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アリーナから戻ると、疲労で体が悲鳴をあげていた。

足が棒のようで・・・もはや校内を歩くのもやっと。

こんな時に、対戦相手に襲われたら、ひとたまりも無い。


だけど・・・。

(こうでもしなくちゃ・・・。)

私には、記憶もなければ、魔術師としての実力も無い。

今は、少しでも力を身につける事・・・そうやって、生き残る道を進むしかない。


(今度の対戦者に負けてしまう・・・)


昨日は、対戦相手に仕掛けられて、上手くセイバーと戦えなかったし、情報だって、まだ足りない。

それに、これまでの戦い、セイバーに頼りきりだった分、もっと頑張らなくちゃと思い、トリガーは取得済みだったが、今日は遅くまでアリーナの探索を続けた。

・・・それが、予想以上に体に負荷をかけていたようだが、弱音は吐いていられない。


実力を持つ者のみが生き残っていく、この聖杯戦争。

勝てば生き残り、負ければ・・・死ぬ。

そんな戦いの中、私は、記憶を失っているだけではなく、戦う覚悟だって中途半端なままだ。


こんな自分のせいで、これ以上、セイバーが傷つくのを見ているのは嫌だった。

そして、戦いの後、自分に敗れた参加者が目の前で消えていくのを見るのも・・・本当は・・・。


「・・・奏者よ、大丈夫か?」


心配そうに声を掛けてきたのは、私のサーヴァント・セイバーだった。

(あ、良かった・・・。)

どうやら、今日の私の采配は上手くいったようだ。セイバーの傷は、いつもより少なかった。


「・・・うん。ちょっと、疲れただけ。」

そう言って笑ってみせると、セイバーは”そうか”と一言だけ残し、姿を消した。


アリーナから戻ってきたとはいえ、校内だって気は抜けない。

いや、今だからこそ、一層警戒しなくてはいけないのだ。

気を張り詰めたまま、私は普段と同じ速度で階段を上がり、マイルームの扉を開けた。


1歩。

(明日は・・・まず、購買部に行って・・・アイテムを・・・補充して・・・)


頭の中に浮かぶのは、明日の事。

対戦の日まで、日数は限られている。


2歩。

(それから、図書室・・・情報を・・・あつ・・・めて・・・)

対戦相手のサーヴァントの事をもっとよく知った上で、戦略を練らなければ・・・。


(・・・それ、か、ら・・・)


3歩目を踏み出した筈の足から力が抜けて、バランスを崩す。

張り詰めていた気が一気に抜けたのだろう。

安心して、無防備なまま、床に倒れこめると、私は思い、瞼を閉じた。


「マスター!!」


私より小柄なセイバーが私を抱きとめ、支えてくれた。


「ゴメン、セイバー・・・」

「余に謝るよりも、少しは自分の身を庇うなり、なんなりせぬか!そなたは、余のマスターであろう!?」


耳元で自分のサーヴァントに怒られつつも、私は上半身を上手く起こせないでいた。

ここは、マイルームだし、正直に言うしかない。


「ごめん・・・まだ、ちょっと、今は・・・立てない、かも・・・。」

私はごまかすように、また笑って見せた。

「・・・まったく・・・。だから、言ったであろう。今日は切り上げようと。」

そう言って、呆れたようにセイバーが軽く溜息をつく。


セイバーのその言葉に、私は”ああ、そうか。アリーナで言っていた湯浴みがしたい、とは単なる口実だったんだ”と気付かされた。

本当は、マスターである私の体を心配して、セイバーなりに提案をしてくれていたというのに、私ときたら・・・このザマだ。

情けないな、と思う。


「本当に、ゴメン・・・こんなマスターで・・・。」


私がそう言うと、セイバーは急に険しい表情でこう言った。


「・・・・・・撤回せよ。」

「え・・・?」


「そなたは、余の認めたマスター。それを自分自ら”こんなマスター”などという表現をするのではない。

余は、そなたの剣となるサーヴァントであるぞ!自分をそんな風に卑下するのは、余の信頼を裏切る言動だ。

足りない所、未熟な所は確かにあるが、余は・・・そんな表現は気に入らぬ。撤回せよ!」


・・・セイバーは、怒っているようだ。

こんなにも本気で心配して、本気で叱ってくれるなんて・・・こんな私を・・・


・・・いや、もうこんな事を言うのは、やめよう。


私は・・・”セイバーのマスター”なのだから。


「・・・セイバー・・・。」


セイバーはハッとしたような顔をして、口篭りながらも付け加えた。


「むぅ・・・まあ、その〜・・・なんだ・・・第一、その表現は美しくないからな。」

「・・・そうだね・・・ゴメン・・・。」


セイバーの腕の中にいると、安心する。

まるで、セイバーの自信を分けてもらっているみたいで。

心地良い眠気が襲ってきて、私は再び瞼を閉じた。


「まったく・・・この余の腕を枕にするとは・・・困ったマスターだな。・・・まあ、今日だけ特別に許そう。」


そう言うと、セイバーは私の腕を自分の肩にかけ運び、そして、ソファに寝かせてくれた。

いつもは、自分が真っ先に座るのに。


(・・・ありがとう、セイバー・・・。)


もっと・・・もっと、強くなるから・・・貴女のマスターとして・・・もっと・・・。


「・・・・・・・・・・・・それにしても・・・。」


(ん・・・。)


眠りに誘われる私の頬に、何か温かいものが触れた。


「・・・容姿は、本当に・・・至って普通であるな。」


・・・普通って・・・何だ・・・。


「ささやかな胸・・・これまた普通の腰のくびれ・・・。」


さ、ささやかで悪かったわね・・・しかも、また普通って言った・・・。

だ、大体!この容姿は、この世界の私の仮の姿であって、本当の私の姿は・・・思い出せない・・・けど・・・。

(・・・今より貧相だったらどうしよう・・・。)

記憶が無いというのは、やっぱり不安だ・・・。


「・・・しかし、この制服という服は、どうにかならぬのか・・・せめて、もっと・・・奏者の太ももが見えれば・・・」


(・・・おっさんの呟きか・・・!)


人が眠ったと思い込んでいるセイバーは私の容姿・その他を言いたい放題。

言いたい放題なだけじゃない、寝てると思って身体をなぞる様に触ってくる。


「・・・ハア・・・ハア・・・」


(・・・なんか・・・ハアハア言ってる・・・!?)


さすがに、もうそろそろ抗議した方がいいかと思った、その時。

また頬に、温かいもの・・・多分、セイバーの手が触れた。


「・・・・・・奏者よ、焦るな。・・・どうか、今日のような無理は、もうするな。

・・・胸を張って良いのだぞ。そなたには・・・この余がついているのだからな・・・。」


(セイバー・・・。)


胸に響くサーヴァントの言葉。

目を開けて、ちゃんと『ありがとう』を言いたい。


(・・・あれ・・・?)


身体全体に温かいものが乗り。

続いて、私の唇に何かが、触れた。


うっすら目を開けると、セイバーの顔がものすごく近くて。


(キス、されてる・・・!?)


声も出せないまま、私は反射的に手でセイバーの服を掴んだ。

私の動作に、セイバーはハッとして私から少し離れた。少ししか離れられないのは、私がとっさに服を掴んでしまったせいだ。


「なっ!?ま、マスター!?寝たふりをしていたのか!?」

「いっいや!寝たふりじゃなくて、寝る一歩手前で・・・・・・セイバーが・・・。」


その後、私は口篭る。

かあっと顔を真っ赤にしたセイバーが、私に顔を近づける。


「さ、さささ最初から、起きていたのか?余を騙したのかっ!?」


セイバーは、顔を真っ赤にして怒っている。


「・・・え?いや、騙すってつもりは、まったく無くて・・・それに、セイバーが勝手に喋り始めて、勝手に・・・」


さっきの感触がよみがえって来て、その後の言葉が繋がらない。


「か・・・勝手に・・・。」


まさか、セイバーがこのタイミングでキスをするなんて。

この暴君ときたら、女同士も何もお構いなしだ。


「・・・勝手・・・勝手をしたとは、今日のアリーナ探索で勝手に無茶をしたのは、奏者の方であろう!?」

(う・・・!)


今度は、絶妙なタイミングでセイバーが話題をすり替えた!

しかし、今日のそれを言われると、抗議も何も・・・言い返せない。


「ご・・・ゴメン。心配、かけちゃって・・・でも、私セイバーの足手まといにはなりたくないから。ちゃんとした、マスターになりたくて・・・。」

「・・・余の先程の言葉を・・・聞いていたのであろう?そなたは、胸を張っていれば良い。余がそなたを守ってみせる。」


セイバーは微笑み、一段と力強くそう言った。

本当に彼女は強い。

私は、この強さにどこか甘えていたのかもしれない。


「でも・・・私だって、守りたい・・・セイバーの事・・・。」


いつまでも守られっぱなしの情けないマスターは、卒業したい。


「な、なんと・・・?」

セイバーは驚いたように、大きな目を更に見開いた。

「目の前で、私の為に、私のせいで傷つくセイバーを見るのは嫌だ。

私だってセイバーの事を守りたいから・・・だから、今日は・・・自分なりに頑張った・・・・・・・つもり。」


でも、こんな風に倒れているようじゃまだまだだけどね、と付け加えて、私は苦笑した。


「・・・・・・そ、奏者は・・・時々、妙な事を真顔で言うから困る。」


しかめ面で腕を組み、赤い顔のセイバーはそう言った。

・・・だけど、そろそろ私達の置かれている、この状況を理解して欲しい。


「・・・妙な事をマスターにするサーヴァントも困るけど。」


私は、ボソッとそう言った。


「?何の事だ?」

「・・・・・・。」


私は無言のまま、左手の指でセイバーの唇に触れた。


「・・・あ・・・。」

ハッとしたセイバーは、両手をオタオタと動かす。・・・今、必死に私を打ち負かす為の自論を考えているのだろう。


「そっそんな事より!奏者が先に余の服を離せ!だから、この距離が保たれるのだ!余は悪くないッ!」


(・・・そうきたか。)


確かに、私の右手は、セイバーの服を掴んだまま。

だから、セイバーは私の顔を間近で覗き込んだ体勢のままで動けないのだ。

だけど、こうなるキッカケを作ったのはセイバーの方だ。・・・私は悪くない。


「・・・嫌って言ったらどうする?」

「・・・なッ!?」


そんなに私の言葉が意外だったのか、セイバーの目が左右に動く。・・・彼女は激しく動揺している。


「・・・離れたくないから。」

「な・・・な・・・!?」


・・・勝った。後は、おとなしくなったセイバーを離してやれば良いだろう。


「・・・ふっ・・・。」


しかし、一瞬目を瞑ったと思ったら、やがてフッとセイバーは鼻で笑った。


「ふふ・・・そうか、嫌か・・・ふふふ・・・そうか、余を離したくないと言うのだな・・・ならば、余に何をされても致し方あるまい・・・。」

「・・・・・・・・・・え・・・?」


セイバーが、フフンと勝ち誇ったように笑った。


「吹ッッッ切れたッ!!そもそも、この余が!わざわざ奏者の寝込みを襲う必要など無いのだッ!そちらの望み通り、今襲ってくれよう!!」

「そっち方向に開き直ってどうするッ!?大体誰が襲って欲しいなんて言った!?せっかく、良い話で展開していたのに台無しだよーッ!!」


・・・どうやら、私が挑発しすぎて、セイバーが処理しきれなくなって・・・キレてしまったようだ。


「ええい!話の展開など知るか!余のマスターならば潔く襲われろッ!」

「言葉がおかしいよッ!?え・・・ちょっと・・・やめ・・・!」


私に馬乗りになったセイバーの目は、完全に・・・戦闘モードだ。これはまずい。


「・・・止めて欲しくば、服を離せばよかろう?」

「はい、離したー。今、離したー。ゴメンなさーい。調子に乗りましたー。」


目を逸らし、私は両手で降伏宣言をする。


「離すなッ!馬鹿者――ッ!!余を離したくないと言ったのは、奏者の方であろうが―ッ!!」


うわぁヒートアップしていく・・・あ、そうだ!

確か、図書館で読んだ物語の中の主人公が言っていた!

野獣に襲われて、馬乗りになられた時・・・下手に引き剥がすよりも抱き締める方が安全だ、と・・・あの主人公は言っていた!!

 ※注 フィクションです。


「・・・セイバー・・・!」


私は、セイバーを思い切り抱き締めた。

私より小柄なその体は、セイバー自身が自慢をするだけあって、細くて、でもどこか、たくましくもあった。


(・・・これで、少しは大人しくなるまで・・・。)


セイバーの動きはこれで封じた。

後は、セイバーが落ち着いてくれるまで背中を擦りながら待つとしよう。


「・・・奏者・・・良いぞ・・・」

「・・・・・・・・・・・・え?」


「そういうのも、悪くない。いや、むしろ・・・非常に、良い。」


込み上げてくる笑いをこらえるような口調で、セイバーはそう言った。


「・・・ハッ!?」


完全に作戦ミスだった、と気づいた時には、もう遅かった。

私は、火にニトロをぶち込む行為をしてしまったのだ。


首筋に、不敵な笑みを湛えた唇が押し当てられ、続いて、耳元で囁きが聞こえる。


「・・・余が特別に許そう。今宵はここで余と共に寝るのだ。・・・わかったな?奏者よ。」


力でねじ伏せられるように、私はソファに沈んだ。


・・・どうやら、私が眠るのは・・・まだ先のようだ・・・。


「今日・・・疲れてるのに・・・。」

「ふむ・・・その疲れも余が忘れさせてやろう。」


そうですか、と私が言う前に、唇はまた・・・暴君に塞がれた。


「ねえ・・・セイバー・・・一つだけ、いい?」

「・・・なんだ?この期に及んで・・・い、嫌だとかいうのか?」


少しだけ、セイバーが、びくついたような表情を見せた。

嫌われる、という事にセイバーは少しだけ過剰反応する傾向があるみたいだ。


私は首を横に振って、笑って言った。


「ううん・・・好きだよ。」

「・・・・!!」


「・・・私は、貴女が好き。嘘じゃないよ?」

「・・・あ・・・う、うむ・・・。」


あれ?当然だ!とか、言わないのかな?

セイバーは少し複雑そうな表情で笑った。


「・・・貴女は、私のマスターだ。その・・・余は、そなたが余のマスターで良かった、と心から思うぞ。」

「そ、そう・・・?」


私がそう聞き返すと、セイバーはふわりとした笑顔で言った。


「・・・余は・・・そなたが、本当に大好きだ・・・。」


そう言うと、セイバーは私に抱きついた。


「我が剣の全てをもって、勝利をそなたに。」

「・・・違うよ。二人で力を合わせて、次も勝とう。セイバー!」


勝利を誓い合った私達は、唇を重ねた。


[Fate/EXTRA 自重を知らない暴君2 ・・・END ]


やっぱり、赤セイバーさんが好きです。