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 [ このSSは、フィクションです。実際の人物・団体・職業・業界・その他のものとは一切関係ありません。 ]




「・・・先生・・・。」


もう見ているだけでたまらん。

声を掛けた途端、頬杖ついて、私だけをジトッとした冷たい視線で見るのも。


何よりも、手だ。

すらっとした指。ペンだこ。

だぼだぼの大きめのカーディガンからみえる長い腕。

あんまり外に出ないから真っ白な肌。首筋。軽く一本に縛っただけのサラサラの髪の毛。

耳は・・・確か、性感帯で弱かった筈。



大体、なんで・・・私は、こんなに好きになったのだろう?




芸能人の結婚後のFAXでよく書いてあるじゃない。

”一目見て、ビビビッときました”、とかナントカ。


そういうの、嘘だと思ってた。


曲がりなりにも私だって芸のある・・・”声優”ですし、恋に落ちるなら同じ声優さんか、もしくはスタッフ・・・。

ああ、でもこの二者は離婚率が大変高い、らしい。(友人曰く)

同じ業界にいて、仕事を続けるとどうしても離婚率は上がる、らしいし。(友人曰く)


火遊び程度は出来るにしても、発覚したらリアルとネットのW大炎上の可能性があるし、私は同業者をそんな目で見られない事が発覚。


だから。


友人からの紹介で、一般男性との出会いと1,2年のお付き合いを経て

2割のファンにネット経由の暴言と殺害予告されるのを覚悟の上で結婚報告をツイートし、7割のファンに祝福され、1割のファンが文句を言うか、どうでもいいとか、誰?とか言って・・・

結果、5割のファンが私のファンを辞める。


私の恋愛&結婚ロードは、そんな感じを予想していた。


いつまでも”アイドル声優”なんて言われる訳にはいかない。

人間だから年も取るし、演じてみたいものだって沢山ある。舞台だってやりたいし、ナレーションの仕事で食べていけたら、言う事はない。


だけど・・・半年前に与えられた台詞といえば・・・。



『ふにゅにゅにゅ〜お兄ちゃァん!そんなエッチな本を読んじゃァ、聖、泣いちゃうんだからァん☆』


・・・・・・。



・・・なにが、ふにゅにゅにゅ〜だよ・・・そんな妹いねえよ。


いたら、真っ先にイジメられるっつの。

オーディオコメンタリーでも苦笑いしながら、演じたキャラクターについて”あ、言葉遣い可愛いですよね〜”しか言えなかったわ。


それでも、目の前の与えられた仕事はこなしてきた。

自分にしか出来ない仕事だと、信じてやってきた。


使い捨てのアイドル声優になってたまるかって、その一心で。

2クールのアニメのヒロインが年内でダブっても、やりきってみせた。


キャラクターソングのキャンペーンで、20歳越えてるのに、無理矢理感たっぷりの制服も着た・・・!


とにかく私は、頑張った。

やって欲しいという需要があるし、供給ともいえる私のやる気は、その時無限大にあったのだ。



”最近、日向 洋子の声に飽きてきた。”


・・・そういう声が聞こえてくるまでは。



気が付けば、私の演じるキャラクターは・・・大体同じような性格の、素っ頓狂なテンションと変な語尾がついた、大体3番目くらいに攻略されるようなヒロインばかりに納まっていた・・・。

オーディションをいくら受けても、受かるのはお馴染みのヒロインの役か、小動物の役。

似たような役、というか・・・私の声のイメージが似たような役を惹き付けるのか・・・。

でも、本を読めば・・・似たような性格ってだけで、設定は違うのよね。

だから、一所懸命演じる。


与えられた仕事をこなすんだ・・・と言い聞かせて、またコスプレをして写真を撮って、ライヴで晒される。


コスプレをしなければならない度に、思う・・・。

年齢の事じゃなくて。


”違う。こんな事をやりたくて、この世界に来たんじゃない・・・。”って。


事務所にイメージチェンジや自分の演じてみたい役を申し入れても答えはNO。

挙句”下手にイメージ変更したら、イメージが崩れファンが減り仕事がなくなって、なんやかんやで、お前をクビにしてやる”と脅された。

そして、水着を持ってこられた日には、泣いて転がって、何とかメイド服で許してもらえた。

プールサイドでメイド服を着てビーチボールを持って『この仕事、声関係ねえじゃん!!』って、何百回心の中で言ったことか。

何故、こんなグラビアアイドルみたいな事をしなければならないのか。


・・・私は、アイドルを演じにきたんじゃない。


はあ・・・。


・・・ああ、忘れてた。私の恋の話だったよね。つい、半年前の自分を愚痴ってしまった。


とにかく半年前は、脱皮できなくて、本当に本当に苦しかった。

こんな事、ツイート出来る訳が無い。声優目指している子の夢を壊しちゃうし、ツイッターが炎上しちゃう。



そんな時だった。


ライトノベル作家 梶 涼子こと、”梶っさん”に会ったのは。

サングラスにマスクをして大きなコートで身体を隠すような格好で・・・ミステリーアニメの犯人か?と思うような怪しい格好の女だった。

まあ、作家とか芸術関係の人間って大体変わっているんだけどね。



問題は、ここからだ。


オーディション会場で梶っさんは静まり返った会場で、控えめながらもハッキリと言ったのだ。



『本物の声優さんに是非、取材を申し込みたいんですが・・・どの方なんですか?』と。



それを聞いた、会場内にいる人間全員が、一斉に同じ事を考えたと思う。



『この会場にいる人間、全員ですけど!?(怒)』ってね。



”本物の声優”だと?馬鹿にしやがって!素人が!とブチ切れた私は、当初狙っていた役以外・・・つまりは、台本に書いてある配役全部を渾身の力を込めて、演じていた。



監督やスタッフさんは知り合いだったので、苦笑いで許してくれた。

後から聞いた話じゃ、あの日の日向洋子の目は完全にイってしまっていて、止めたら殺されそうだったし、第一面白かったから自由にやらせてみた、だそうだ。


そのオーディションの数日後、私の事務所に、梶涼子からの取材の申し込みがあった。

”本物の声優”発言について、私も何か言ってやろうと意気込んで待ち合わせのカフェに行ったのを昨日の事のように覚えている。


梶涼子は、待ち合わせ時間ぴったりに待ち合わせのカフェに現れ、その時初めて、あのサングラスとマスクを外して挨拶をした。



「改めまして、梶 涼子です。娘をよろしくお願いします。」


そう言って、私に、梶涼子原作のアニメの主役当確の通知と台本を手渡したのだった。




・・・多分、この時かも。ビビビッと来たの。サングラスとマスク外したし。




・・・いや、自信なくなってきたなァ・・・他にも良い所いっぱいあるから。






アニメの主人公の事を”娘”と呼んだ作者は、コーヒーを飲みながらメモを片手に話し始めた。

なんだか私の事をネットで調べたらしく、今まで演じたキャラクターの話が始まった。

嬉しいけれど、それって全部ネットの知識でしょ?とツッコもうかと思った矢先。



「でも、アレですね・・・私、日向さんの演じられたキャラで・・・あの、1回だけ”悪女”やりましたよね?『ポケットサーガ』のレイチェル、好きでした。

海外ドラマのアレ。ええっと、HRPのゲストキャラ。シーズン2の途中で、殺されちゃうんだけど、あれも悪女っぽかったかなァ・・・好きでした。」



・・・どっちも、事務所に『無いわァ』の一言で、もうやらないように言われた仕事だ。


ポケットサーガのレイチェルに関しては、試行錯誤して、初めて壁にぶち当たって砕けながら演じた役だったから、凄く嬉しかった。

アレって言ってる割に、梶っさんはよく覚えていて、台詞までスラスラ出てきた。


「嬉しいです、そう言ってもらえると、役者冥利に尽きます。」


「そう!そうでなくちゃ!・・・素人が口を出したり・・・違う業界の方にこんな話をするのは、本当は失礼だとは思うんですが・・・。

でも、私は職人同士の話がしたくて!同じ作品を作るんですし、娘を託す身としては・・・」


「さっきから娘って・・・サクヤちゃんの事ですか?」

「ええ。貴女に演じていただければ人気出ちゃって、これから夏と冬あたり、娘は薄い本の中で陵辱される運命でしょうけど、覚悟はしてます。」


「いやいや、梶さん見なきゃ良いじゃないですか。同人誌が全部そうとは限りませんし。」

「いえ、あの子は結構S心を誘うんですよ。気が強い所があるし。」


「そこが良いんじゃないですか?あ、ホラ第一話から、孤軍奮闘してるシーン・・・ここは、めちゃめちゃカッコイイですよ。」

「そう・・・ただ、カッコイイだけじゃなくて、この後、人質にとられている自分の家族が殺されている事実を知って、彼女は最低な事をしてしまうんです。

彼女は、そういう弱みがあるんです。」


「ストーリー的に、そのネタバレは、まだですよね?・・・じゃあ、このシーンを演じる時、ここの感情は抑え気味にした方が?」

「うーん・・・監督さんともお話したのですが、ここは私の文章だと・・・」


何も知らない人が聞けば、典型的なオタクトーク。

だけど、その時の私と梶っさんは、職人同士として話をしていたのだ。



「参考になりました、先生。」

「いや、先生はよして下さい。」


コーヒー2杯以上のトークをしまくった私達は、すっかり意気投合した。


その時は・・・梶っさんも私に対して敬語を使って、日向さんとしっかり呼んでくれてた、とは思うんだけど・・・。






そして、現在・・・。






「・・・先生・・・。」


私が声を掛けた途端、梶っさんは頬杖ついて、私だけをジトッとした冷たい視線で見る。


「日向ァ何見てんだよ。」


・・・この口調である。


将来有望株の声優・三村和ちゃんが私に向かって白い箱を差し出す。


「あ、日向さん!梶先生から差し入れの焼きドーナツですよ!食べません?」


「三村さんは優しいですね。」


梶っさんは、現場で一番年下の和ちゃんに敬語を使って、私にだけ使わない。

他の人には物凄く丁寧なのに。


「せぇんせぇ〜なんなんですかァ〜その扱いの差はァ〜!?」


私はわざとらしく声を出して、梶っさんに絡もうとするが梶っさんは凄く嫌そうな顔をしてソファに座りなおす。


「うるさい。こっちは寝不足なんだよ。」

「・・・目覚めのキッスはいかが?」


そう言って隣に座って、彼女の好きな”悪女声”で耳元で囁くと、ビクリと跳ね上がりぶるぶるっと身震いをする。


「い、いらねえって言ってんだろ!?」

「耳、弱いんだから☆」


和ちゃんが、それを見てクスクス笑う。他の出演者も全員そうだ。


「ホント、仲良いですね。」

「三村さんも、早くこんな先輩追い越して下さい。」


「あーひっどい!先生ッ!」


でも、解ってるんです。これが梶っさんなりの私に対する”特別扱い”って事。


あれから梶っさんは取材だといって、私に何度も会いに来てくれた。アフレコ現場に差し入れもしてくれた。



「じゃ、そろそろ始めまーす。」


台本を手に、出演者全員がキリッと表情を切り替える。


「・・・頑張れ。」


小さく優しい声で、梶っさんがそう言う。

そんな台詞を、あんまりにも優しい表情で送り出そうとするから・・・



「・・・洋子ちゃん、顔デレッとしてるけど?」


思わず出演者がツッコむ程、私はデレデレしてしまう。


「あ、妻が可愛くって。」


笑ってそう返すと、後ろから梶っさんのドスのきいた声がした。


「いいから、仕事して稼いで来いや。旦那ァ。」

「はぁい♪」




・・・実は、あれから”色々あって”私と梶っさんは付き合っている。




このアニメの関係者の中で、私達の関係になんとなく気付いている者もいるが、全く気付いていない者もいる。


中堅アイドル声優とライトノベル作家の恋愛。


ありそうでなさそうな、二次元でなら許され、リアルでは叩かれる、このカップリング。


問題は、事務所やファンにこれが知られてしまう事である。


”百合ネタ”ならば、キャンペーンでたいして仲良くもない声優と一緒にやった事はある。



百合というジャンルがあり、独身、彼氏無しという項目があっても、イザとなればこのジャンルに逃げれば良い。

処女イメージは保たれるし、スキャンダルもネタです、の一言で解決する。百合は便利だ!


・・・と事務所は言っているが、やっているこっちは白々しいったらありゃしない。


女の子同士ってーやっぱりー独特の世界観でー綺麗でーふわふわってしててーなんか安心しますぅー☆とか言って手を繋いでりゃいいんでしょ?


しかし!!



私と梶っさんのは”ガチ”だ。


確かに、独特な世界で・・・ふわふわというか・・・ムニムニしてて、興奮はした。

安心どころか、指を見ただけで、私はドキドキする。


手を握って、頬をくっつけて写真一枚撮れば気が済むものじゃない。


彼女を見ていると、それよりも、もっと上の・・・行為を・・・したくなるのだ。



「・・・っく・・・はァ・・・ねえ、どうだった?梶っさん・・・。」



今日あたり差し入れと取材を兼ねて、スタジオに来ると思って、スカートにして良かった。

さっきまで真面目に仕事の為に動いていた彼女の指が、今私を刺激する為に動いてる。

布一枚ごしに、指の腹が優しく擦る。

この指で、物語が作られ、人々の脳を刺激するのに・・・


(今は…私だけ…)


梶 涼子という人間を・・・おおよそ誰も知らないであろう梶涼子の一面を、私一人が知っている。

それを意識すると、余計快感が増す。


「・・・アフレコの感想聞くか、Hに集中するか、どっちかにしてくんない?」


小声で呆れたように梶っさんが言うので、私は声を殺す為に彼女のカーディガンに顔を埋める。

彼女の匂いとアロマの香りだ。


なんとスキャンダラスな、と思う方もいるだろう。


中堅アイドル声優とライトノベル作家が、女子トイレ個室で逢引しているとか。

まあ芸能記事の一面は飾れないだろうけど、ネットの海に流せば、暇人のそれなりの暇つぶしのネタにされるだろう。

その程度。 だけど、私達にとっては…とてつもなく大事で壊したくない事だ。

自分でもちょっとエロゲーみたいな事してるな、とは思う。

あと・・・別に、スリルを求めてこのプレイに落ち着いている、という訳じゃなくて。



単に・・・純粋に・・・今、ヤリたいだけ!!

私だって・・・女なのッ!


仕事は仕事!プレイ・・・じゃなくて!プライベートはプライベート!



私は、この人が好き。

会う時間が無いなら作るだけ!

それでもダメなら、と打開策を作るだけ!



だから、したい。でも時間がない。だから、女子トイレで会う!・・・そういう訳だ。


「・・・日向、やっぱりこういうの家で落ち着いてしたいんだけど。」


梶っさんは、少し落ち込んだような顔でそう言った。

どうせ、私から強引に誘われてしまったとはいいつつ、自分も性欲にしっかり負けてしまったのが悔しいんだろう。


「私だってそうだよ。こんな風にコソコソと・・・なんか、不倫みたい。」

あと、相変わらず、気持ち良かった。って言うと、怒りそうだから止めよう。


「ま、似たようなもんでしょ。バレたら、イメージダウンと事務所からのクビは免れない。」


そう言うと、梶っさんは鼻で笑って個室のドアを開けた。

・・・ああ、さすがに2回目は無いのか・・・コレも言ったら怒りそうだから止めよう。


二人で鏡を見て、化粧を直す。

化粧直しても、次の仕事場でメイクさんに直されるだろうな、とか考えて薄めにする。

ビジュアルか・・・。

もっとブスなら、写真撮らずに済んだのかな。それとも、仕事すら与えられなかったのかな。


「・・・やっぱり声優は顔を出すべきじゃないのかなぁ・・・。」


私はそう言って、リップをつける。


「ああ、キャラクターのイメージが壊れるってね。よく言ったね。」

「それでもテレビに出て、女優や俳優をしている人もいる。その人達は舞台や演技の勉強をして、才能があったからだわ。

・・・私も、ああいう風になりたい。いつまでもアイドルを演じてなんかいられない。」


そう言うと、梶っさんは笑い出して、言った。


「ふふ・・・思い出した。そういえば、あの時のオーディションでもそんな事言ってたね。

私が、君達に喧嘩売るような事言ったから、日向はガチギレして配役全部演じたんだっけ。」


「ああ・・・まさか、あれで”篩いにかける”気だったとは、思わなかった。」


「・・・まあね。どうせ似たり寄ったりのライトノベルのアニメだろって雰囲気プンプンさせてたからね。こっちもつい意地悪したくなったわけ。

で、オーディション全部終わってから、日向言ったよね?」





『私は、アイドルを演じにきたんじゃない。声優です!声で演じる職業を馬鹿にしないで下さい!』




「・・・生意気言いました。」


私は苦笑しながら謝った。

梶っさんは笑ってこちらこそと謝った。


「君は、その台詞を言うに相応しい演技力を持った声優さんだったよ。」


そういう一言を職人の貴女から言われると、とても嬉しい、職人の私です。


「・・・ふふ、まだまだよ〜。”やっぱり日向がいてこそだ”とか言われるようになったらさ・・・」

「・・・なったら?」


私はコンパクトをパタンと閉じて、言った。


「貴女と堂々とデートして、ツイートされて大炎上してやる。」


私は、梶っさんに軽くキスをした。


「・・・できれば、炎上は回避してくれ。」

「似合うよ、そのリップ。」


ニッコリ笑う。


「私で、リップを拭く癖は直せ。」



次に会えるのはいつだろう。今度もトイレの中だろうか。

今度の休みが取れたら、ゆっくり出来るだろうか。

あんまり期間が空いたら、別れを切り出されるかも。

いや、むしろ仕事がおろそかになってしまって、悪影響にならないだろうか。


恋愛をすると仕事に影響が出てしまう人間は、少なからず存在する。

表現者として未熟ならば、尚更。


恋愛のせいにはしたくないし、そんな事が彼女に知られたら、きっと職人の彼女は職人の私の為に身を引くだろう。

だから、私は・・・現状維持と上昇志向の間でもがいている。


不安は、つきない。




「あとさ、日向。」

「・・・ん?」


「私の前で”偶像(アイドル)スマイル”はしなくていいよ。演技をしてない肉食女の君が私は・・・好きなんだから。」


梶っさんは言い終わると、目線を逸らし、物凄い速さでトイレから出て行ってしまった。



「・・・なんだ・・・もう一回言ってって言おうと思ったのに♪」


改めて思う。

こういう所に惹かれたんだな、と。



不安は、つきない。


でも、こういう事含めて、これが私がやりたかった仕事なのだ、と思うようにしている。

青臭いかもしれないが、今は精一杯与えられた仕事を演じきるだけだ。


それが、支えとなり応援してくれている彼女やファンへの私からの精一杯のお返しだと思う。



「お休みまで、もう少し頑張ろうっと。」




 [ このSSは、フィクションです。実際の人物・団体・職業・業界・その他のものとは一切関係ありません。・・・END ]





[ このSSは、フィクションです。実際の人物・団体・職業・業界・その他のものとは一切関係ありません。2 ]



断っておくが、私こと、日向洋子は、まったく経験が無かったという訳ではない。


しかし、アイドル声優の処女性というものは、意外と大事とされるもので。

開き直って、恋愛トークなどした日には致命的ダメージを受ける場合がある。

結婚のタイミングも、信号と横断歩道の関係・・・ではないが、みんなでやればなんとやら、だ。

誰かが結婚したら、続けとばかりに嫁いでいく。もしくは、嫁いだ事を報告する。


で、私はというと・・・嫁ぐ予定は無い。

付き合ってはいるけれど、相手は女性だ。

ライトノベル作家の梶涼子、である。


しかし、私が最初から女性を恋愛対象としていたか、というと、そうではない。


高校生の時、私は初めて男性と付き合った。


彼は星を見るのが好きで、女性には全然興味なんか無い感じで、奥手な人だと思ってた。

私はそんな彼を好きになって、くっついて歩いて、興味もない星の勉強もして、アピールしまくってやっと交際にこぎつけた。

しかし・・・まあ・・・彼の淡白な事。

私から声を掛けないとデートも誘って来ない。仲良くなったのは彼のお母さんくらい。

声の仕事には前々から興味を持っていて、私はそれとなく彼にそういう仕事がしたい、と言った。

応援するよ。と彼は言った。


そこで、私は・・・やっと女になった訳だが。

彼の淡白さは変わらず。終わってから、さっさとシャワーを浴びに行ってしまった。


この時点で、私はあれ?おかしいな、この温度差、と気付く。


やがて、大学受験が近くなると二人の将来は決して交わらない、と突きつけられる。


将来の話をしている最中、彼が言ったのだ。


『え・・・?声優なんてマジ話だったの?なれる訳ないじゃん。君の声、結構普通だよ?』


すぐに怒りは来なかった。ただ、ただ・・・ショックだった。

しばらく呆然として、何も喋れなくなり、喉が枯れるまで泣いて・・・その後、怒りが来た。


普通って・・・なんだよ!!


彼は『僕はA大(有名校)に行く事をママと約束している身だから、君と一緒にはいられそうもないよね?』と言った。

言った、というか・・・聞いた?

彼は、『私に一緒にはいられないよね?わかる?』という確認をしたのだ。


勿論、そこでも怒りは爆発した。


彼のご自慢の頭にヘッドバッドをかまし、私は彼からも学校からも卒業した。


養成所に入り、恥を捨て、芝居に没頭し、声優の仕事を求め彷徨う日々が続いた。


そこに、私の疲れた心を癒すような優しい彼氏が出来た。

お互い貧乏だったし、お金のかかるオシャレスポットなんか行けなかったけれど、無料で行けるスポットは行けるだけ行った。

その頃の私はオーディションに落ちまくっていて、受かっても女子生徒Bくらい。

落ちた日は、彼に頭を撫でてもらっている時がすごく癒された。

彼との交際は絶好調。声優としては最低の部類にあった。


しかし、事件は起こった。


それは、いよいよ彼との最初のHという時。

付き合って3ヶ月。そろそろHしようか、という雰囲気になり・・・彼は肩を抱いて言った。


『今日、あの・・・洋子、前にオーディション受けてた”マジカルシャイン”・・・アレ、俺すごく好きなんだ。』


当時、彼の前で練習する事も多かった為、彼氏は知っていた。


『え?アレ?まだ結果来てないんだけど・・・』

当時から大人気だったマジカルガールズシリーズの声優は、名の売れた声優が選ばれる事が多くて、殆ど新人が選ばれる事は少なかった。

声のイメージを掴む為、彼の前で演じたのを覚えていてくれたのか、という、嬉しさは・・・



次の台詞で、ブチ壊された。




『あのさ・・・あのシャインの声でさ・・・俺をちょっと誘ってみてくれる?いや、なんていうの・・・これもさ、練習・・・

出来れば・・・あの、”お兄ちゃん”って呼んでくれると・・・!!』


私は・・・即、隣にいた男を殴った。


私に・・・中学2年生の女の子の声を出して、性欲を刺激しろ、なんて・・・よくも・・・言ったな、と。


私は、その場で解きかけたチュニックのリボンを結び直し、彼との赤い糸は解いた。




その後、年月は流れた。

仕事が増えて、私は恋愛への向ける余裕が無くなった。

いや、単に恋愛の為の余裕を作る意欲を刺激するだけの人が、いなかっただけだろう。



「・・・じゃあ、あの時・・・セックスしたの6年ぶりって事?」


梶っさんは何もかも終わってから、目を見開いて私に聞いた。

喰い付いて欲しいのは、そこじゃなかったんだけどな・・・と私は内心思った。


「そう。女の人としては、先生が最初だよ。」


そう言って笑うが、梶っさんの表情は凍りついたままだ。

私はただ、初めての彼みたいに素っ気無いセックスはしないし、前の彼氏みたいに声優だからって変な注文つけずに愛してくれている所が良い、と褒めようとしたのに。


「・・・あ、そ。」


梶っさんは、軽い溜息をついて素肌の上から紺色のカーディガンを羽織った。

編み目が粗いので、所々から蛍光灯の光が透けて、体のラインがうっすら見えるのだ。


(全然、外出てないから、肌めっちゃ白い・・・。)


彼女は肩まである髪の毛をシュシュでまとめていた。

私がベッドに寝そべりながら、体のラインを視線でなぞっているのを感じた梶っさんは、ぷいっと背中を向けて、冷蔵庫に向かっていった。


(・・・あれは・・・完全に拗ねているな・・・。)


なるほど、過去の恋愛話なんて、現恋人の前でするもんじゃないってのは本当だ。

梶っさんはグラスに氷を入れ、梅酒を注いだ。


「先生、私も飲みたい。」


ご機嫌を伺うように、私は梶っさんの首に唇をつける。

途端にびくっと反応した梶っさんは頭を傾けて、私の唇から距離を取ろうとする。


「・・・あのさ・・・その”先生”って呼び方は、やめてくれるかな?」


そう言って、自分が飲んでいたグラスを私の方に向けた。

声に少し怒りのトーンが混じっている。こういう場合、梶っさんは演技が出来る人じゃないから、すぐにわかる。


「あ、もしかして・・・さっきの話で、ちょっと妬いた?」


私はグラスを受け取り、氷をカランカランと鳴らし、一口飲んだ。


「・・・妬いたって、過去に乗り込めやしないでしょ。」

「でも、ムカつく?」


私の目を見たまま、梶っさんは口をへの字にしたままじっと見つめ、少しの沈黙の後。


「そうやって嬉しそうに妬いた?って聞くお前にムカついてんだよ〜!」


そう言うと、私の髪をぐしゃぐしゃと両手で乱した。


「あはは!ごめん!ごめんって!!」


笑いながらも、梶っさんが本当に笑っていてくれてるか、を横目で見ている。


「わかってんのか、こんにゃろー!」

「すーいーまーせーんー!」


私はいつもそうだ。

言ってしまってから”この失言で、この人に嫌われたらどうしよう”って半分考えている。

だったら言わなきゃ良いのに。これも、いつも言ってしまってから思う。


そうは思っても、この人の反応が見たくて、受け入れてくれたのが嬉しくて・・・つい、甘えてしまう。

彼女は、大抵黙って受け止めてくれる。


付き合う前。

私が、アイドル寄りな仕事が多い、と愚痴を言ったところ、彼女はずっと黙って話を聞いてくれた。


やっと口を開いて、最後の最後で言ったのは


『やりたい仕事と出来る仕事は大きく違う。大抵は合う事がない。

 きっと誰かは、貴女の言う事をそんなの贅沢だ、と切り捨てるのだろうけれど、私はそうは思わない。私にとっても最も難しい問題だから。

 だから、その二つが重なる仕事が来た時の喜びは大きく、得るものは何物にも代え難いんだよね。

 ただ・・・今は、きっとその時じゃないだけだよ。』


・・・という台詞だった。


表現者って、皆こんな風に悩み、言葉を紡ぎ出すのだろうか、と思った。

それと同時に、自分と考え方が違うのに、こうもすんなりと他人の言葉が心に入ってしまうのが不思議だった。


・・・それが出会ってから2度目の会話。


もう一度会いたいって思った。

3度会って、また会いたい。もっと話していたい。それらがどんどん膨らんでいった。


先輩声優・田村美紀さん(姉御)は、私とライトノベル作家が頻繁に会っているのを不思議に思い、彼女との酒の席に同席し3人で話をした。

その次の日、姉御は、こう言った。


 『お前等、結婚しろ。(笑)』


姉御曰く、私の梶涼子に対する熱の入りようは、相当なものだったらしい。

それは第3者に言われるまで、私は全く気がつかなかった事だった。


姉御と梶っさんは、元々性格的に似ている所もあって、すぐに仲良くなった。


しかし、二人が盛り上がれば盛り上がるほど、私が沈むので姉御は決まって


『あー!先生!うっかりだわ!この子、私に先生を盗られて激おこだわー!抱いてあげて!』・・・と からかった。


勿論、梶っさんは苦笑して本気には取らなかったが、私はいつも本気で『ちょ、やめて下さいッ!』を連発していた。


・・・今、思えば・・・姉御がいなかったら・・・私と先生どうなっていたんだろう。


・・・・・・・もっと、スムーズにお付き合い始められたんじゃなかろうか・・・なんて、思う。



「ねえ。」


私は、口にお酒を含んで、椅子に座った梶っさんの上に向き合ったまま、座る。

勘のいい彼女は口を閉じて、呆れたような表情を作る。


「んむむむんっんむ。(ぬるくなっちゃうから)」

「・・・は?」

「んうーん。(はやーく)」

「はいはい。」


少し笑って、彼女は少しだけ口を開く。私は唇をつけて、酒を口移しする。

お酒の味が無くなって、ぬるい液体の感覚から、熱い舌の感触。


「・・・んん・・・ふ・・・は・・・」


身体をぴったりとくっつけ、胸を押し当てる。

彼女のカーディガンのボタンは外されたままなので、簡単に前は開いていく。

肌と肌が触れ合い、互いの胸の弾力を感じる。

私は、手を差し入れ、お腹から、胸、鎖骨まで撫で上げた。

彼女は私のうなじから、肩、背中、腰までなぞって、背骨を真っ直ぐ指先でなぞり、刺激した。


「ふ・・・ぅ・・・んっ・・・!」


手による愛撫は・・・やっぱり、彼女の方が上だ。


「・・・私が耳なら、君は背中だね・・・・・・性感帯。」

「・・・当たり。」


軽く笑って、もう一度キスをする。

もう少し舌を絡ませて、このままもう一回するのかな、という期待が上がってきた所で、梶っさんが突然ハッとしたように唇を離した。


「加湿器のスイッチ、入れてくる。」


梶っさんは、私の為に空気清浄機(加湿機能付き)を買った。

しかし、彼女は頑なに『自分の為です。』と言って聞かない。

照れ隠しなのか何なのかは、まだわからないけれど、こういう事をさらりとしてしまう辺り、嬉しく思う。


「・・・優しいよね、先生は。」


勿体無いくらい。


「・・・は?何か言った?ていうか、何か着なさいよ。風邪、流行ってるんだって。」


お母さんか、ってツッコミたくなるような口調で、梶っさんがそう言うので、私はくっと酒を飲み干して言った。


「大好きって言ったの。あと、寒いからベッドまで運んで?」


「・・・・・・・歩け、アホ。」



梶っさんは手で顔を少しだけ隠してボソリと言った。



「・・・ああ、良い休日だわ。」


窓の外からは朝日が差し込んできていた。



 [ このSSは、フィクションです。実際の人物・団体・職業・業界・その他のものとは一切関係ありません。2・・・END ]





 ― END ―



あとがき

業界モノに手を出すと・・・こうなってしまいました。

特にモデルはいません!ホントにいないんです!信じてください!

なんというか、内容的には企画ものAVとそんなに変わらない感じです。(もう少し言い方はないのか)



大変な仕事ですよね・・・自分も知らない不特定多数の人間のイメージを崩さないように、とか。

演技とか喉のケアとか、DVD売る為の企画が炎上して、むしろ足を引っ張って作品のイメージ変えちゃったとか・・・

何が起こるかわからないけれど、素敵に見える特殊な世界ですよね・・・よく知らないけれど(笑)

地道に活動している方、この人のこの声だからこのキャラ生かされてるんだなって思わせてくれる声優さんは凄いと思います。

どんな仕事も続けていくってだけでも、本当に大変なんですから!