欠けた月は、満月よりも弱い光を放つ。


月の光は、どこか彼女に似ていた。


あくまでも、私の・・・イメージ、でしかないけれど。



・・・私を捉える強い瞳の光。


いつもは優しい光・・・だけど、時に強く鋭くなり・・・そして・・・



・・・そして、どこか脆くて、弱い光。




もし。



もしも・・・私に欠けた部分を照らすだけの光があれば…きっと…






「見た?今の人…髪真っ赤…」

「すごいわね…」

「確か、シャノワールのモギリの人よ。アレ。」


人々の視線を集める、彼女の赤い髪。


「すみません、花火さん…目立つんですよね…コレ。」


赤い髪の持ち主である葵さんが、私こと、北大路花火にそう謝ってきた。

どうして、彼女が謝る必要があるのだろう。


・・・原因なら、買い物に誘った私にこそ、あるというのに。


「いいえ、そんな謝らないでくださいませ…こちらこそ、無理に買い物に付き合っていただいたのに…ごめんなさい…」


彼女だって、日本から来て、こんなに沢山の人に物珍しい顔で見られたら、きっと不快に違いないのに…。

・・・私ったら・・・。


「いいえ、そんな深々と頭を下げないでください。・・・私も、早く慣れたいですから。この街に。」

「…葵さんは…お優しいんですね…」


彼女は、とても優しい。

戦いの場では、別人のようになるけれど…本当は優しくて…



・・・傷つきやすく、脆い人。




「あ、あのっ・・・気を遣うのは、日本人特有だって言いますけどね・・・私は、本ッ当にそう思ってるんですよ?

…えと、だから…えと…」


言葉を捜している彼女の表情、私は嫌いじゃない。


むしろ…


「…クスッ…」

「?」

「そういうところが、優しいのですわ。葵さんって。」

「・・・そ、そう・・・なんですか?うーん…」


悩んでる彼女。

困っている彼女。


巴里に来た頃は、こんなに表情を変える事は少なかったせいもあるから

だからかもしれないが、今はそういう彼女を見ているのが、楽しい。


・・・という言い方は、少し、意地が悪いかしら・・・。



「それで、次はドコですか?花火さん。」

「あ、はい…次はですね…」



買い物なら、一人か、グリシーヌと一緒と決まっていた。

・・・でも、今日は葵さんと一緒。


隊長を一人占めのこの状態・・・皆に、嫉妬されてしまうかしら・・・なんて事を頭の隅で考えた。





「あ、夜になりましたね…」


最後の店を出る頃には、見上げる空は暗くなり、月の柔らかい光が差し込んでいた。

葵さんは両手に紙袋を抱え、腕には手提げ袋を二つ提げていた。


「・・・あの、葵さん、荷物重くはありませんか?」


私が持ちましょうか?と言おうとするよりも先に、葵さんは笑って言った。


「大丈夫です。このくらいの事は、慣れてますし、これは鍛錬にもなりま・・・・・・あ。」


葵さんの台詞の途中で、私は彼女の手から荷物を一つだけ、奪い取った。


「…少し、お持ちします。これも、私の鍛錬になりますでしょう?・・・まだ、持てますわ。」

私がそう言うと、葵さんは少し目線を上に向けてから、こう言った。

「……えと…じゃあ、この袋をお願いします。」


・・・そう言って、彼女が差し出したのは、一番軽い袋だった。


「・・・もう少し、持てます。」

「・・・じゃ、じゃあ、コレを・・・。」


見るからに軽そうな袋を差し出す彼女から、私は違う袋を取りあげた。


「…こっち持ちますね。」

「あ。」


両腕に、ぐんと負荷がかかる。

こんな重い荷物を、それもたくさん・・・今まで、一人で持って街を歩いていたなんて、と私は少し驚いた。

驚きの後にきたのは、少しの不満。


「あの…くれぐれも、一人だけで無理は、なさらないでって…私、前にも言いましたわよね?葵さん。」


それは・・・今日の荷物だけに始まった事じゃない。


「あ…いや…そんなつもりは…本当に大丈夫なんですけど……」


・・・この人は、いつも一人で・・・何でも背負い込もうとする。


私達が入っていけない世界を持っているみたいで、私は時々、それが歯痒く思えてならない。

・・・勿論、強引に入ってはいけない彼女の世界。


・・・だけど・・・


「…私にも、ちゃんと…背負わせて下さい・・・。」


「…・・・でも…重いですよ?」

「平気ですわ。」


私は、更に彼女から袋を取り上げる。


「あ、あの…無理してません?」

「・・・いいえ。」


私がきっぱりとそう言うと、葵さんは瞬きをしてから、ふっと笑った。


「…意外と…頑固者な気質をお持ちなんですね?いや、この場合は・・・意思が固い、というべきですね。少し、驚きました。」

「……そうですよ…私、一度決めたら、変えませんから。」


そう言うと、彼女はまた柔らかく笑った。

彼女のこの微笑みを見て、私も少し頬が緩む。




「…なんだか、今日一日で、花火さんへの印象が変わりました。」

歩きながら、葵さんがふとそんな事を言い出した。


「まあ…今まで、私に対してどんな印象持っていらしたんですか?」

「・・・うーん…なんか、日本人より、大和撫子な感じがするというか…」

「・・・つまり・・・大人しい、って印象でしたのね?」


「・・・ええ。」

「今は?」


「……”花火さん”って感じ、ですかね…。」

「え?そのまま、ですけど…?」


「だから、そのまま、なんです。・・・花火さんは、花火さんなんだなぁって。今は・・・すみません、なんだか例え様が無いんです。

物静かだけど、強い芯がしっかりと1本スッと通っていて・・・・・・とにかく、貴女はステキな方です。」


そんな彼女の言葉はお世辞でも嬉しかった。


「…まぁ…そんな…ぽっ。」

「…あえて、例えを出すなら……あ…そうだ……月って感じがします。」


そう言って、彼女は顔を空へと向けた。

私は、月を見てから、彼女の左頬の絆創膏を見た。


「…月、ですか?」

「ええ。ほら、今日は、特に柔らかい光ですが・・・でも、しっかりとここまで光を届けている・・・。

普段は、もの静かだけど・・・頭上には、しっかりとした光を届ける・・・。貴女には、その光に似た強さがあります。」


そう言って、空を見上げる彼女に私は言った。


「……月なら…葵さんの方が似合いますわ。」


そんな私の言葉に、少し驚いた様子の彼女がバランスを崩しそうになるが、なんとか持ち直した。


「え!?・・・わ、私、ですか!?そ、そんな・・・月、って苗字に入ってるだけで・・・そんな事ありませんよ・・・。」


動揺する彼女に、私は微笑みながら言う。


「・・・いいえ、貴女は月のような方です。」





・・・私を捉える強い瞳の光は、いつも戦う事を、戦いに生き、散る事まで・・・考えている。

いつも優しい光で私達を包み、自分の身を呈してまで守ろうとする。



・・・だけど、その光は、時に強く鋭くなり・・・


そして・・・


・・・そして、どこか脆くて、弱い光を放ち、それを雲で隠そうともする。



それでも、私は月の光を探すだろう。


どんなに隠れよう、隠そうとしても・・・


止まない雨が無いのと同じように。

夜になれば、月が出るのと同じように。


いつかきっと、本当の貴女を見つけてあげられると、私は信じている。

そして、貴女の微笑みを、心を・・・守ってあげたい。



だから、私は・・・貴女の姿を、探すだろう。

それが、どんなに弱い光でも・・・。


「・・・良い月夜ですわね・・・葵さん。」


私はそう言うと、彼女はゆっくりと頷いた。









「・・・お風邪を引きますわ。葵さん。」

「あ・・・花火さん・・・?」


次の日。


演習場で、彼女はまた一人、円月輪を振っていた。

彼女が呼吸を整えようと片膝を地面につけたのを見計らって、私はタオルを差し出した。

私の登場がそんなに意外だったのか、彼女の声は僅かに裏返り、そして、慌てて胸元のボタンを閉じた。


「・・・あまり、根を詰めすぎると体調を崩しますわ。」

「お気遣い、ありがとうございます。」


私の言葉に答えながら、タオルで汗を拭き、彼女はまたふっと笑った。


演習場からシャノワールに移動しながら、彼女の横顔を私は見ていた。


左頬の傷。


私達には、まだ隠したままのその傷。

癒えるかどうかわからない傷。


私も、大切な人を失っているからこそ、彼女の気持ちが解る部分がある。


彼女は、戦っている。


新種である敵、そして、現在の自分・・・そして、許す事の出来ない過去の自分と。

それが彼女の戦う理由であり、支えであり、彼女の強さでもある。



・・・だけど・・・


私は・・・そんな彼女が心配でならない。


一人きりで、仲間である私達にまで背中を向けてしまう彼女を・・・この腕で抱き締めて止めてあげられたら、どんなにいいだろうか。


・・・それが上手く出来ない臆病な私は、そっと彼女の手に触れた。


「ん?どうしました?花火さん・・・。」


その白い手袋の下には、生々しい傷があるのも、知っている。



私は、彼女になんて言えばいいのだろう。

私は、何をすればいいのだろう。



どうしたら、彼女の・・・



「花火、さん?」


「あの・・・葵さん・・・貴女は、一人じゃありませんわ・・・。」


どうしたら、私は、彼女の影を取り払い、彼女に光を取り戻してあげられるんだろう。


「花火さん・・・?」

「・・・私にお役に立てる事があれば・・・もしくは、鍛錬なさるなら声を掛けてください。全部、一人でなさらないで・・・。」


私がそう言うと、彼女はゆっくりと頷いた。


「・・・・・・わかりました。」

「・・・約束、ですよ?」


彼女の手をぎゅっと握り、私はそう言った。



「・・・はい。」



葵さんは、柔らかく微笑み、頷いた。

手袋越しの彼女の体温は熱く、私はしばらくそのまま握っていたかった。


「では、私はこれで・・・。」

「はい・・・。」


・・・手が、距離が、彼女の背中が離れていく。


彼女の背中を目で見送り、彼女と別れた後。

私は、ふとシャノワールの窓から、月の光が差し込んでいたのに気付いた。


やはり、柔らかい光。




「・・・やっぱり、貴女には月が似合いますわ…葵さん…」




欠けた月は、満月よりも弱い光を放つ。


その月の光は、どこか彼女に似ていた。


あくまでも、私の・・・イメージ、でしかないけれど。


・・・私を捉える強い瞳の光。

いつもは優しい光・・・だけど、時に強く鋭くなり・・・そして・・・


・・・そして、どこか脆くて、弱い光。





「・・・葵さん・・・。」


彼女のタオルを抱き締めて、私は彼女の名を呼んだ。



もし。


もしも・・・私に欠けた部分を照らすだけの光があれば…きっと…




 『私、貴女を、もっと照らしてみせる。』





― END ―


あとがき

花火さんの片想い的なSSです。たまには、こういうのもいいんじゃないかなって。(笑)

ロベリア、グリシーヌ、ときたら、花火さんも!と思いまして。

WEB拍手に飾っておいたものに、少々加筆修正を致しました。