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―貴女には、雨が似合うと思っていた―
昨日は、肩に触れられた。
今日は、触れていない。
明日は、触れたいと願う。
触れられたい、と願う。
私は、いつからこんな事を考えるようになったのだろう。
貴女は、こんなに近くて…遠い。
グリシーヌは雨の日に、ロベリアを傘に入れる。
傘はグリシーヌの物だが、持つのは長身のロベリアだ。
どこに行くわけでもない。グリシーヌは、ロベリアの”散歩”に、付き合うことにしたのだ。
「……なんだ?」
雨に紛れて、ロベリアが視線を向けずに、グリシーヌに問う。
「え…」
「アタシの顔に、何か文句でもあるのか?」
無意識に、見つめていたらしい。
「…いや、なんでもない。」
グリシーヌは、視線を戻す。
「…心配しなくても、突然、暴れたりしないよ。」
ロベリアは、ぶっきらぼうに言った。
「…そういう心配はしていない。」
それは本当だった。
「…じゃあ、あんまりジロジロ見るな。」
「……すまん。」
そんなつもりはなかったのだが、と言い訳を考えたが、言うのはやめた。
『近くて、遠い、存在。』
ロベリアは、いつだって仲間と一線置いた存在だった。
実際、仲間だと思い込んでいるのはこちらだけで、ロベリア自身は、思っていないのかもしれない。
…だとしたら、今の自分は、彼女のどこにいるのだろう。
ロベリアから、グリシーヌに話しかける事など、めったに無い。もっぱら、グリシーヌからの方が多い。
多いといっても、毎日ではない。用件があるときだけ。
仲が悪いと思われているし、二人が話をしている時、周りは”ケンカするのでは?”とハラハラしているくらいだ。
グリシーヌは、そんな日々に少しずつ、焦りに似た感情を抱いていた。
(…何故…黙っているのだ…ロベリア…)
自分からばかりなのは、ロベリアが自分を欲していないからでは、と。
「だーかーらー…なんだよ。」
その声に、ハッとする。
「・・・何がだ?」
「用が無いなら、見るなっての。」
放たれた言葉が、心に重くのしかかる。
「…ダメ、なのか?」
手が震える。
「気分悪いだろ。」
「す、すまない…」
(見ることも、叶わぬのか…)
下を見てあるく。彼女のブーツの先をみて、黙って歩く。
「……………」
ロベリアも、黙って歩く。
雨の日の彼女は、雰囲気が違う。雨に濡れた彼女は、儚く、美しく見えた。
だが、それは、彼女にとって、辛い過去を思い出させる時間。
だから必要以上に拒むのかもしれない、と思い込む。
自分は、彼女の傍で、彼女の全てを受け止める、と決めたのだ。それが、ロベリアと自分の距離を縮める、と信じて。
今の二人の距離は、傘の範囲内。
手すら、触れる事は、ない。肩に触れる事が出来るのは、声を掛けるときだ。
(何を、考えているのだ…私は…)
彼女の時間に、グリシーヌは、自分の想いでいっぱいだった。
彼女の横顔を、見ることは、遠くから。今、近くにいても、迷惑がられるだけ。
正反対の人間だから、仕方ないのか。と、諦めにも似た悔しさが溢れる。
「…なあ…」
「…な、なんだ?」
思わず、声がうわずる。
「アタシのどこが良いんだ?」
「…!」
「…アンタ、前はアタシの事、毛嫌いしてたみたいだし。」
「…それは…偏見だった…謝る…」
「…フッ…そんな事慣れてるって言っただろ?そうじゃなくて、どこが良いんだ?顔?」
彼女が、そう言って笑いかけてきた。その顔に、胸は高鳴る。こんな感情は、初めてだった。
慣れる事のない、この感情の起伏を、グリシーヌは未だ上手く処理できなかった。
「……す…全て、だ…」
搾り出すように、言う。答えようによっては、距離が縮むかもしれない、と淡い期待を抱いて。
「そりゃ、ウソだ。」
それは、あっさりと否定された。
「何故だ?私の気持ちだぞ!」
思わず、声を張る。
「…アタシは、アンタが思ってるほど、綺麗じゃないからね。じきに、嫌な部分も見えるさ。
前みたいに、毛嫌いするほどな。」
(また、そうやって、突き放すのか…?)
ロベリアの考えている事は、大体わかっているつもりだった。どんなに好意を寄せても、彼女は自然と距離をとる。
「それは、ない。」
「まあ…今は、そうだろうな。」
どんなに、距離を縮ませようと言葉を発しても、彼女は、やはりそれを、遠ざける。
「未来永劫無い!」
「…そこがオコサマなんだよな。」
そう言うと、ロベリアはどこを見ているのか、わからない方を見て、笑った。どこか悟りきった顔だった。
今までの人間と自分は、比べられているのか。今までの人間と同じに見られているのか。
(私は、お前のどこにいる?)
グリシーヌは、悔しさと悲しみで心が満たされていくのを感じた。
「バカにするな!私は……私は…!」
「オイオイ、興奮してんじゃないよ。」
「キサマが!私の気持ちも知らず、好き勝手言うからだ!!」
「アタシは、当たり前のことを言っただけだぜ?」
「…お前から見れば、私は…同じなのか!?他のヤツのように、私は…当たり前のように…
…あっさり、お前を嫌うと思っているのか!?その程度にしか見られていないのか!?」
「…じゃあ、聞くが。アンタは、アタシとこうゆう関係を公表できるか?」
試されている。
そう感じた。
女同士で恋仲など、公表できるものではない。
ましてや、自分は貴族。彼女は犯罪者。大問題になる。
だが、これはロベリアの”試験”なのだ。
だから、答えは―
「…お前が望むならば、出来る。」
「…ふざけんな、そんなことしたらいい笑いモンだ。
貴族のお嬢様が、犯罪者の…しかもオンナと出来てるなんてな。」
グリシーヌの答えは、鼻で軽くあしらわれる。
「わ、私は他の人間とは違う!お前の事を…真剣に…!」
冷たい声がそれを遮る。
「アタシはな…自分の面倒も見られないヤツは大嫌いなんだ。軽々しく、カッコつけて好感度上げてんじゃないよ。」
「…そんな、つもりは…ない…」
「100パーセントの愛情なんて、この世にはないのさ。」
ロベリアが、何を言いたいのかがわからず、グリシーヌはただただ、戸惑うだけだった。
「…お前は、そんなに…そんなに…私が嫌いか…?」
やっと、出たその言葉は、出したくなかった言葉だった。
「………。」
黙るロベリアの答えは”肯定”と考えるしかなかった。
「よく、わかった…!私より、偏見に満ちているのは、キサマのほうだ!
キサマは…貴族の私など、最初から…眼中に無いのだ!その証拠に、私の気持ちを試すような事ばかり聞く!
私を…信用もしてくれぬのだからな…!!」
グリシーヌは、顔を上げて、ロベリアを睨みつける。ロベリアの表情は、無表情だった。
そして
「…ホラ…”嫌い”になっただろ?」と悲しげに微笑んだ。
「!!」
そして、グリシーヌに傘を押し付けると、後ろに下がり、やがて消えるように、去ってしまった。
「あ、グリシーヌさん、ぼんじゅーる♪」
「エリカ、か…」
「どうしたんですか?なんか、顔色悪いですよ?」
「…なんでもない。」
「…ロベリアさんも同じ事言って、逃げちゃったんですよ。
”なんでもねえよ”って。」
「…ロベリアに、会ったのか?」
「ええ、なんか…こう…雨の日のロベリアさんって、不思議な雰囲気になるじゃないですか。
私、前から気になってて。思い切って聞いてみたんですよね。」
「…それは…」
エリカにも、話したのだろうか?とグリシーヌは何故か不安になった。
自分とロベリアを繋ぐ、二人だけの共通点だったからだ。
「・・・なんか、雨の日は運が悪いらしいんですって。」
「…そう、か…」
何故ホッとするのか、と自分に苛立ちが募る。
「あ、そういえば逃げる前に…私、ロベリアさんに ”ロベリアさんのどこが好きで、どこが嫌いか言え”って言われました。変でしょ〜?」
「…!!」
「…ん?どうしました?グリシーヌさん。」
「いや、それで、エリカは・・・なんと答えたのだ?」
「”なんだかんだ言って優しいトコ、かっこいいトコ、手先が器用な所、ケーキがおいしく作れるトコ”が好きで…
あと、”悪事にすぐ加担するトコと、自分で何でもやろうとするトコと、時々お酒臭いトコ・賭けをするトコ”は嫌いですって言いました♪
・・・いやあ、思っている事、全部言って、スッキリしました♪」
「……。」エリカらしい回答だ。と思ったグリシーヌ。
「で、それが、どうかしたんですか?グリシーヌさん」
「…エリカ…100%の愛情は存在すると思うか?」
「…生きとし生けるもの全てに、100%愛情を注げるのは神様のなせる業です♪」
「……そ、そう、か…」
「…でも…」とエリカは続ける。
「神様は、そんな事をして大丈夫なのかな、とも思うんですよね…だって、神様は、私たちの為に常にお傍にいるのですから
100%の愛情は、言うのは簡単でも、実行は難しいものです。…きっと、プリンを食べる暇もないでしょう…
エリカだったら、耐えられる自信がありませんっ!!」
エリカは、目を潤ませて、改めて神様は凄いと、感心している。
「…!」
(…”言うのは簡単、実行は難しい”…)
さっきの会話がよみがえる。
『…じゃあ、聞くが。アンタは、アタシとこうゆう関係を公表できるか?』
『…お前が望むならば、出来る。』
『…ふざけんな、そんなことしたらいい笑いモンだ。
貴族のお嬢様が、犯罪者の…しかもオンナと出来てるなんてな。』
ああ、そうか…貴女は”私の心配”をしたのだな…
『アタシはな…自分の面倒も見られないヤツは大嫌いなんだ。軽々しく、カッコつけて好感度上げてんじゃないよ。』
…そうだ、私は、貴女に好かれたかったんだ。
貴女に、少しでも、近づきたくて…背伸びをし過ぎた。
貴女に好かれるのなら、と…現実も、何も考えずに…
『それは、ない。』
『まあ…今は、そうだろうな。』
『未来永劫無い!』
それが”オコサマ”だというのだな…ロベリア。
『…アタシは、アンタが思ってるほど、綺麗じゃないからね。じきに、嫌な部分も見えるさ。
前みたいに、毛嫌いするほどな。』
…ロベリア。
『ホラ…”嫌い”になっただろ?』
…つまり。
…キサマは、やはり、私の気持ちを…また”試した”のだな?…ロベリア…!
グリシーヌに、徐々に、怒りの感情が湧き上がる。
「ぐ、グリシーヌさん…顔が怖いですよ…?」
「…エリカ、ロベリアと会ったのはどこだ?」
「へ?あ…あっちですけど…」
「…わかった。」
「あ、あれ?グリシーヌさーん??」
「…随分、探したぞ…!」
ロベリアは巴里の街を見下ろせる丘にいた。木にもたれて座っていた。
「ああ、そうかい、ゴクロウサン」
”バシン!!!”
グリシーヌの渾身の平手打ちが飛ぶ。
「いっ…てぇ…ッ!」
ロベリアは思わず、右手を構える。
「…キサマのそういう所が大ッ嫌いだ!!」
間髪入れず、肩で息をしながら、グリシーヌはそう怒鳴った。
「悲しそうな顔をして、何かを一人で抱え込んで心配掛けて!かと思えば、人をおちょくって、妙な質問して、人の気持ちを試して!!
そうやって、人の本音を引き出そうとして…!自分は、辛いときも、何を考えているかも、何も言わないくせに!
ただ、距離を置いて自分を保つしか、考えないクセに!!高みの見物か!!
一体何様だ!!!この性格悪魔が!!!」
一気に喋って、グリシーヌは、ハアハアと息を切らせる。ロベリアは、怒る様子も何もなく、キョトンとしていた。
そして、グリシーヌはすっと息を吸い込むと、一段と声を張った。
「…あんな喧嘩で、お前を嫌いになるわけが無いだろう!!バカモノ―っ!!」
・・・・・・・。
「…よくもまあ、そんなに口が回るもんだな…怒る気も失せたよ。」
「関心、している場合か…バカモノ…」
「そうだな。アンタが本音を出したんだ。そろそろ”高みの見物”は、やめるとするか。」
「…待て…もう一つ言いたい事がある。」
「まぁだ、あるのかい?」
「…私は、用事が無くても、お前を見る。気持ち悪いなど、二度というな。キサマが、私に話しかけないから、見るしか出来ないんだ。」
「…ククク…あっはっはっはっは!!」
「笑うとは無礼な…!一刀両断にするぞ…!」
「アハハ…わかった、斧は仕舞えよ、悪かった。」
「悪かったで済むか!!私はな…!」
「…悪かったよ、グリシーヌ。」
そういうと、ロベリアはグリシーヌの唇の端に一瞬だけ、口付けた。
…沸騰しそうな真っ赤な顔で、グリシーヌは、ロベリアを見つめる。
「も、…もう、二度と…!私を試すな!…まだ、試す気なら…私は、今度こそ、キサマに見切りをつけるぞ。」
必死に冷静さを、保とうとするが、言葉がそれにおいついていない。
一方、余裕のロベリアは、あっさり「つけられちゃ困るねぇ…折角、アンタを好きになったのに。」と、言った。
「……っ!」
「…それじゃあ、今度はアンタがアタシを試す番だ…」
「…私は、お前を試す気は無い…!」
「じゃあ聞きたいことがあるなら、何でも言ってみな。本音で、こたえてやるよ。」
「………私の事をどう思っている…?」
「イイオンナだと思ってるよ。」
「…そうではなく、今、私を好きになったというのは、本当、か?」
「嘘で、女なんかにキスはしないね。アンタも、そうだろ?」
「…あれは…衝動的な…モノだ…」
「わかってるさ。アタシもだからな。」
「……。」
「でも、今は違う。衝動も何もなく、アンタに触れたいと思えるよ…ま、それが好きって感情の説明になるかは、知らないけどさ。」
「……。」
「…そんな顔するなよ。試したのは、悪かったよ。ただ、確認したかっただけだ。アンタが、本気か、どうか。」
「……無論、本気だ。そう…97%、本気で”そう”だ、といえる。」
「…あと、3%は?」
「本音で言うと”大ッ嫌い”だ。理由は…先程殴った時に言った。」
「…ククク…」
”それで良い”とロベリアは、満足そうに笑う。
ロベリアなりの、遠回しな”忠告”。解ったときには、はらわたが煮えくり返るかと思った。
一発殴って、スッキリした。
「ロベリアは、どうなのだ?」
「…アタシは、99%ってトコかな。」
「…それこそ、本音かどうか疑わしいものだな。…残り、1%は?」
「そうだな…今のところ、アタシの顔をブン殴ったその馬鹿力が、嫌いだね。」
「…自業自得だ。バカモノ。」
ロベリアが手を差し出した。グリシーヌは、そっとその手を取る。
グイッと引き寄せられ、距離が一気に縮まる。
「ロ…ベリア…!?」
「…安心しな、17歳のお嬢さんには”まだ”手は出さないでやるから。清く正しいオツキアイからでも始めようか?」
たじろぐグリシーヌに、ロベリアの唇が、すぐ傍で、妖しく動く。
その態度から”清く正しいお付き合い”など、連想できない。
「…子供扱いは、よせ。」
ロベリアから見れば、自分は子供、なのだろう。それが、歯痒い。グリシーヌは、目を細める。
こんなに傍にいる彼女に、何をどうしていいのか、わからない。
「…本気にするよ?」
ロベリアの含み笑い。
「……。」
グリシーヌは、このまま、彼女に委ねてみようか、と考える。
フッと、笑ったロベリアには、自分の考えが”お見通し”なのだろうか。
「ロベリア…」
グリシーヌは、歯痒さを感じて、自分から唇をつける。しっとりとした、唇の感触を数分かけて味わう。
やはり、自分の気持ちはまやかしではないと、再確認させられる。
ロベリアの手が自分の腰に回されると、ゾクリと背筋に何か心地良いモノが通る。
…貴族という身分では、考えられない行為を自分はしている。ロベリアの胸が、自分の身体に触れた瞬間に、思う。
彼女も自分も女性である事。
自覚する。
きっと、許されない恋なのだろう、と。
それでも、止められない想いが、ここにある。
どんな手でもいい。
彼女が、汚れていようが、いまいが。
彼女が欲しい。
目の前の彼女を、手に入れたい。
一種の支配欲。
唇を離そうとする、ロベリアに、グリシーヌは飛びついて拒む。腕で引きよせて、何度も重ねる。
自分は、どうしてしまったのだろう。
いつから、こうなった?
抑えられない。
「・・・グリシーヌ。」
呼ばれて、ハッとする。
「…窒息しちまうよ。」
そう言いながらも、ロベリアは、余裕の笑みを浮かべる。肩で息をする、グリシーヌは、ただ、ロベリアを見るしか出来ない。
もう一度、唇をつける。今度は、短いキス。
ロベリアが、どんな表情をしているのか、と顔を離すと、ロベリアは、普段どおりだった。
もう一度と、グリシーヌが顔を寄せると、ロベリアは指で唇を塞いだ。訳がわからず、グリシーヌはロベリアを見つめた。
すると、ロベリアは「…続きが欲しい?」と、囁いた。グリシーヌは、静かに頷いた。
「…じゃあ、今夜…アタシの部屋に来な。」
「…わかった。」
それは、悪魔の誘いに似ていた。
―アンタには、光が似合うと思っていた―
昨日は、肩に触れた。
今日は、触れない。
明日は、触れようかと、思う。
触れたい、と願う。
アタシは、いつからこんな事を考えるようになったのだろう。
アンタは、こんなに近くて、遠かっただけ。
・・・ロベリアは、降り出した雨の中で微笑んだ。
― HOLD RAIN ・・・ END ―
あとがき
WEB拍手にて公開してましたSSです。
私のSSは、どうしてもグリシーヌさんがこう・・・”しゅん…”となりロベリアさんが”ニヤリ…”とする事が、多いですね(苦笑)