あれから、どうなったのだろう。水島さんは。

私の従姉妹の車に乗せられ、連れ去られてしまった彼女。


彼女に連絡しようと携帯電話を取り出してみるものの、通話ボタンを押すまでは、指が動いてはくれなかった。


あんな状況を作ってしまった事、火鳥の手に彼女を手渡す形になってしまった責任は、私にある。

彼女に、謝らなければならない。




(・・・会いたい。)



・・・いや今更、どの面を下げて会うというのか。

彼女を陥れる工作に加担してしまったのに、会いたいだなんて、虫が良過ぎるにも程がある。



(・・・謝りたい、という口実で、単に水島さんに会いたいだけなんじゃない・・・私・・・。)



彼女に、この気持ちは伝える気は無い。

ただ、彼女の助けになりたい。それだけだった。


なのに、どうして気持ちとは裏腹に・・・結果的に、彼女を困らせて、いや・・・もう、彼女は、りりの手に落ちてしまったも同然で。

※注 火鳥さんの本名は火鳥莉里羅。忍さんからは”りり”と呼ばれている。



彼女の無事だけ、彼女の幸せだけを願い、彼女のいない・・・彼女と離れた空間で過ごす事しか、今の私には出来ない。




「あの・・・もしかして・・・忍?」


「・・・・・え?」


私こと、烏丸忍が、その声に呼び止められ、振り向くと・・・そこにいたのは高校の時、一緒のクラスだった花崎 翔子がいた。









  [水島さんは密談中。〜烏丸忍と花崎翔子の場合〜]








「・・・でも、本当に偶然ね。世間って、案外凄く狭いのかしら。」


私はそう言うと、翔子はクスリと笑った。


「かもね。・・・同窓会・・・出た事ある?」


翔子にそう聞かれ、私は正直に答えた。


「仕事で全部パス。・・・次回のお呼びが、かかるかもわからないくらい出席を蹴ってるくらい。」


「・・・私もよ。仕事優先。」


「なんたって、城沢のエリート課長ですもんねぇ?」

「あ、からかってるつもり?それ。」


翔子は、仕事一筋の真面目な社会人。

休日なのに、街でもスーツで歩くなんてと私は苦笑したが

彼女が言うには、スーツじゃないと落ち着かないし、電話で急遽呼び出される事もあるらしいので都合が良いのだそうだ。


「卓球少女から、見事に転身したなって感心してるのよ。」

「卓球ね・・・しばらくやってないから、腕がすっかりなまっちゃって・・・。ダメね。継続してやらないと、ブランク出来ちゃって・・・はあ・・・。」


そう言って、遠い目で溜息をつく翔子。もしかして・・・卓球の話は、まずかったのだろうか。


「でも、懐かしいわね。同窓会でもなかなか会えない者同士、会えるとも思って無かったから、余計に。」

「ええ、そうね・・・懐かしいわ。」



・・・懐かしい、あの頃。


翔子の髪は、昔あんなに短かったのに、今は長くて綺麗になっていた。

化粧はシンプルだが、彼女の顔の良さを引き出すには、十分だった。


・・・あの頃の翔子は、とにかく真面目で控えめで、特別目立つ事はなく。

初めて出会った時は、1年生の時に、生徒会の役職についた真面目な子、という印象だった。

また翔子は、真面目な印象を受けるのは今と変わらないのだが、卓球になると人が変わるように動いた。

卓球で全国大会に出るんだなんて、よくクラスでこぼしていた。現にベスト8までいった実力の持ち主だ。


翔子は、私と違って、生き生きと活動出来る場所を自分で探して、得ていた。


・・・だから、私は翔子が羨ましかった事だけは、しっかりと覚えている。


私と翔子は、偶然にもクラスが同じになる事が多く、また席も偶然にも隣になる事が多かった。

また、話や考え方もそれなりに合い、時には違う事が刺激にもなる事も手伝ってか、話している内に自然と仲良くなった。


その頃から、私は翔子の事を”綺麗な子”で”髪を伸ばした方が似合うだろうな”と思っていた。

そして、今の翔子は、あの頃の私の予想をはるかに上回って、随分と綺麗になった気がする。



「・・・忍は相変わらず、物静かで、存在感あるわね。」

「・・・え?」


翔子のその言葉に、私は首をかしげた。


「ご本人は自覚が、無いだろうけど、貴女結構モテてたのよ?」

「・・・そうかしら?そんな楽しい記憶、無いわ。」


「・・・そうやって、すぐ素っ気無い返事してるから、皆、ダメだって引いちゃうのよ。」

「まあ・・・興味、無かったのよね。正直に言うと。」


あの頃の私は”自分の将来”と”家族”との間にズレが生じて、オマケに母のヒステリーに耐えるのに精一杯だった。

恋愛に興味を持つ以前に、心の余裕というものが無かったのだ。


「・・・ええ、私も、忍って、多分そうなんじゃないかなって思ってたのよ。

忍って、存在感はあるんだけど、なんだか、不思議といつもどこか遠くにいて、ミステリアスな感じ、だった。

だけど、時々遠すぎて見えなくて、近づき辛いなぁって部分があったのかもね。」


「・・・へえ・・・」


クラスメイトは、自分をそんな風に見ていたのか、と私は感心した。


「あ・・・気を悪くしたかしら?あくまでも、これは、私個人の感想だから・・・」

「いいえ、全然。参考になったわ。ありがとう。」


笑って、私は答えた。


それから、歩きながら会話を続けるのも疲れるので、ランチを一緒にとろう、という話になった。



イタリアンの店に入って、席につき、メニューを見ていると、翔子がこちらをじっと見つめていた。


「・・・どうかした?翔子。」

「・・・うん・・・さっきの忍、何考えてたのかなって、気になっちゃって。」


「え?さっきって?」

「私が声掛ける前の事よ。忍・・・なんか凄く、真剣な顔して立ってた。実は・・・正直、声掛けようか迷ったのよね・・・。」


翔子は、メニューを見ずに、私の顔を真剣に見つめながらそう言った。


「・・・ああ、さっきね・・・考え事、ちょっとしてたの。」


そう言って誤魔化すように笑う。

こんな態度が、”存在感はあるんだけど、なんだか、不思議といつもどこか遠くにいて、ミステリアスな感じ”をかもし出すのだろうか。


翔子はそんな私の態度にも、笑いながら「もしかして・・・恋わずらい、だったりして?」とからかった。

真面目な翔子が、そんな冗談を言うなんて、と私は少し驚いた。


「・・・・・・だったら、もっとマシな顔してるわ。」と笑って答える私だったが、翔子の指摘が、少し当たっているだけに、返事をする時に変な間が空いた。


「まあ、恋してるからって、いつだってウキウキしてるとは限らないものね。」


翔子が、意味有り気な言葉を使うので、私は聞き返した。


「・・・そういう、翔子は?」

「してるわよ。」


意外にも、翔子は即答した。


「へえ・・・。」


旧友の想い人に、少し興味が湧いた私は”聞かせて”という視線を送ってみる。

すると、翔子はやっとメニューを開き、笑いながら話し始めた。


「・・・とはいえ、前途多難・成就するかもわからない恋だけど、ね。

 あ・・・断っておくけど、不倫じゃないわよ?」


「大丈夫、解ってるわよ。」


冗談を交えながら、楽しそうに話す翔子につられて私も笑う。


「・・・とても不思議な人なのよ。

その人、普段は他人を人を遠ざけていて、しかも目立たない存在なのに、イザという時凄い事をスラッと言ったり、やっちゃう人でね。

だから、一度視界に入るともう、逸らせないの。その人の動きの一つ一つに魅力を感じちゃうのよ。・・・あ、なんか語り過ぎ、かしら・・・ね。」


「全然。翔子がそこまで夢中になる人なら、私も興味あるわ。」


翔子の想い人は、なんだか彼女・・・水島さんに似ていた。


私は翔子の話を聞きながら、水島さんの事を考えていた。



タバコを吸う彼女の横顔を思い出しながら、私は瞼を閉じた。



もしも。



・・・もしも、彼女に何かあったら・・・りりに何かされていたら、私の責任だわ・・・。



「・・・忍?どうかした?」

「あ、いえ・・・なんだか翔子の恋人に似たような人が、私の患者さんにいたから。」


そう、一部分だけ正直に答える。

すると、翔子が顔を少し赤らめながらボソリと言った。


「・・・こ、恋人じゃ、ない、わよ・・・まだ・・・。」


「・・・という事は・・・もしかして、片想いなの?翔子ってそんなに奥手だったの?」


小声でモジモジしているのは、なんだか翔子らしくない、初めての反応だ。

これも彼女の隠された・・・というより、本来の彼女のほんの一部分、なのだろうか。


「・・・ああ、言わないで・・・。自分でも、いい歳して、情けないと思ってるのよ。

でも・・・なんというか、いつもタイミングが、ね・・・合わなくて。言い訳にしか過ぎないけど。」


いい歳して、という言葉も気にならない程、翔子が可愛らしくみえる。

きっと、彼女なりに良い恋愛しているのだろうな、と思う。


・・・私なんかとは、違って。


「大丈夫よ。タイミングなんて、いずれやってくるわ。

肝心な時に、チャンスを掴む為の一歩を踏み出す勇気さえあれば・・・」




そこまで言って、私は言葉を止めた。



私は、何を言っているんだろう。

旧友に向かって、偉そうに。



チャンスを掴む為の一歩を、私はこの人生で、一度も踏み出した事が無いクセに。



守りたかった人を、従姉妹の道具にしたくない一心で、行動した結果・・・

結局、私は、守りたかった人を道具にして従姉妹に差し出してしまったのに。


肝心な時に、私は、何も出来ない。


私は、思った。


私は、何を言っているんだろう。

旧友に向かって、偉そうに。



「・・・忍?どうかしたの?」


翔子に声を掛けられ、私はハッとした。


「あ、いや・・・そろそろ、オーダーしましょうか。」

「・・・ええ、そうね。」



その後、高校時代の懐かしい共通の話題を探した。

体育祭・文化祭・・・主に行事や先生、当時のクラスメイトでこんな人いたわよね程度の世間話をした。


話は弾み、ランチの時間はあっという間に済んだ。



・・・だが、頭の片隅には、あの人がいた。


あの人、水島さんは・・・今、どうしているのだろう、と。

私のせいで、彼女はどうなってしまったのだろう、と。


勇気のない私は、ただ、ぐずぐずと頭の片隅で考え続けていた。





ランチを済ませてから、翔子と一緒に駅に向かって歩いていた。


「・・・そういえば、忍は?」

「え?」


「私の恋愛事情を聞いておいて、自分はどうなの?って話よ。」

「・・・さあ、どうかしらね・・・」


”言わない”と決めた想いだから。


「・・・あ、そうやって、誤魔化すつもりなの?烏丸先生は。」

「いや・・・そういうつもりじゃないんだけど、ね。」


”伝えない”と決めた想いだから。



「・・・いるのね?」

「・・・ご想像にお任せします。」



私は、ニコリと笑って答えた。


「忍のタイプって想像つかないわね・・・」

「・・・あんまり深読みしないで、翔子。私は・・・」


駅まで、もうすぐだ。と思いながら、階段を通過した


その瞬間。


”ドサッ”という音が私と翔子の左後ろ、さっき通過した階段付近から聞こえた。


思わず振り向くと、人が倒れていた。

その人から、みるみる血液が流れ始めた。



(―― 怪我人だ・・・!)



「・・・翔子!救急車呼んで!」


私は、上着を脱ぎ、すぐにその人の傍に駆け寄り・・・・・・・驚いた。



(・・・水、島・・・さん!?)



おそらく階段の一番上から転落しただろう、その人は・・・水島さんだった。


どうして、彼女がこんな所に・・・!?

驚く私の後ろで、携帯電話を手にしていた翔子が声を震わせて叫んだ。


「み、水島さん…?…水島さんっ!!しっかりして!水島さん!!」


「翔子、知り合い?」


私の問いに動揺しきった翔子は答えた。


「会社の人・・・ど、どうして!?水島さん!やだ、どうしよう!?血が・・・!」


「翔子、まず落ち着いて、救急車呼んで頂戴。今、私が応急措置をするから。いいわね?」


「わ、わかったわ・・・!」



私は、彼女の名前を呼んだ。


「―水島さん!聞こえますか?」


私の呼びかけにも無反応、既に彼女の意識は無かった。

頭を打っているらしく、むやみに動かすのは危険だ。


血が流れていく。


早く病院に運ばなければ。

私は、冷静に対処した。




彼女を、助けたい。

・・・今度こそ、彼女の助ける為に、私は彼女の名前を呼び続けた。




「―水島さん!」












「ふう・・・あの状態から、よく持ち直したな。ゴキブリ並の生命力だな。」

「・・・失礼よ、兄さん。」


オペの後の兄の言葉に、私はそう言った。


「まあ、お前がすぐ傍にいたのが、幸運だったんだな。良かったな。」


そう言って、私の肩をぽんと叩いた兄は、背伸びをしながら手術室から出て行った。


眠っている彼女の顔を見ながら、私はやっと安心した。


(・・・良かった・・・。)


まさか、こんな形で再会するハメになるとは思わなかった。今でも内心、驚きで信じられないでいる。

またしても、患者と医師という関係で出会うとは、なんという偶然だろうか。

助かってくれて良かった、と心から思いながら、私は手術室を出た。


手術室の外では、翔子がボロボロに泣きながら私に向かってきた。


「あ・・・忍!どうなの?水島さんは・・・!」

「・・・今、眠ってる。大丈夫よ。命に別状はないわ。」


どうやら先に出た兄は、待っていた翔子に説明もせずに行ってしまったらしい。

・・・まったく、こういう部分でも無責任な人だ。


私は水島さんが無事である事を翔子に伝えた。



「・・・良かっ・・・た・・・!」


そう呟くと、翔子は、その場で泣き崩れた。


「翔子・・・!とりあえず、座って、ね?」


私は彼女を支えて、椅子に座らせて落ち着かせた。


「・・・良かった・・・本当に、良かった・・・ありがとう、忍・・・!」

「大丈夫、大丈夫だから・・・。」



・・・それにしても、水島さんもよく災難に見舞われる人だと思った。


ふと、水島さんが言っていた事を思い出す。



『…とにかく、私はその呪いのせいで『女難』に見舞われるようになったんです…

 つまり、ややこしい女性ばかりに好かれるようになってしまいまして…。

 どこへ行っても、何かしら女性に関わるトラブルに見舞われて…事件に巻き込まれるのは日常茶飯事。』



(・・・まさか・・・これも彼女の言っていた、女難のトラブル?)



そして、彼女のある言葉をふと思い出した。






『この呪いを解かないと、死んじゃうらしいんですよ。』





(・・・まさか・・・)



まさか、そんなはずは無い、と思う反面、彼女のその言葉が、何度も頭に浮かんでは消える。


もしも。


仮に、彼女の”呪い”が存在しているのだとしたら・・・


(・・・日常茶飯事に起こるトラブルで・・・死ぬ・・・・・・?)



彼女の話を本当だと信用すると、この事故は、やはりただの事故では無い、という事に・・・。

この事故は、女難によって引き起こされたのでは、という結論に達してしまう。



そして、水島さんがまだ呪われているという事は、りりは、水島さんと儀式し損なった、という事も同時に言える事で・・・。



(・・・・・・こんな時に、何を考えているの、私は・・・。)



それは、とても不謹慎な考えだった。


従姉妹との儀式が、失敗してくれて良かった、なんて内心安心している自分に、怒りすら覚えた。

私のせいで、彼女は従姉妹の策略に落ち、少なくとも何かを強要されそうになった事には、違いないのだから。


私がしなければいけない事は、彼女の治療と彼女への謝罪だ。


(・・・水島さんの目が覚めたら、まず、謝らなくちゃ・・・)




「良かった・・・水島さん・・・」

「ねえ・・・翔子・・・貴女、水島さんと仲、良かったの?」




同じ会社の人間の為に、翔子がこんなに泣き崩れると思わなかった私だが



「・・・・・・・・・・。」


(――― 翔子、まさか・・・貴女・・・!)





無言で顔を上げた翔子の目を見て、私は悟った。






・・・翔子の想い人が・・・”彼女”である事に。






「・・・良かったわね、翔子。」





私は、辛うじてその言葉を出した。



言わないと決めた想いを、ぐっと下に押し込めて。


今は、共に分かち合おう。




・・・”私達の彼女”が、無事だった事に対する喜びを。






  ― END ―









あとがき

烏丸女医関係になると、どうしてもシリアス度が、グンっと上がってしまうから大変です。

本編は、あんなにフザケたりなんだり、好き放題やったのに。(笑)