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私の名前は高見蒼。病み上がり。

もうすぐ死ぬ所をお金持ちのお姉ちゃんに助けられて、手術を受けて今に至る。



『蒼。』


指で私の前髪を撫でてくれて、いつもは不機嫌そうなのに、その時だけは少しだけ微笑んでくれる。

私が薄く目を開けても、表情はそのままで優しく私の名前を呼んでくれる。

返事をせずにいると、顔を近づけてまた名前を呼んでくれる。


『蒼。』


私は、そこでお姉ちゃんの首に腕を回して・・・それで・・・



「ちょっと!どういうつもりッ!?」


(んぁ・・・?)


私こと、高見蒼は目が覚めた。


(夢かぁ・・・しかも、妄想に近いヤツだわ・・・。)


いつも目が覚めたら、隣にある筈の感触が、人物が・・・いない。

いつもいないのは当たり前なんだけど、必ず夜が明ける前には帰ってくる筈なのだ。


窓を見ると夜は、まだ明けていなかった。

起き上がって、時計を見ると夜の一時だった。


「部屋にまで押しかけてきて、一体なんなの?」



不機嫌そうなお姉ちゃんの声が聞こえた。

声の聞こえる方向に歩いていくと、どうやら玄関の方で事件は起こっているらしい。


「久々に、まともに火鳥さんと顔を合わせる事が出来たのに・・・その言い草って無いわ。」


廊下から玄関を覗くと、火鳥お姉ちゃんと・・・別のお姉さんがいた。

お姉さんが、お姉ちゃんの首に腕を回していて、キラキラのネイルが見えていた。

二人の距離は、物凄く近くて・・・。

さっきまで私が見ていた夢くらい、近くて・・・今にも、そのまま・・・



「・・・話なら今度、店に行くわ。だから、今日は帰って。」


相変わらず不機嫌そうなお姉ちゃんの拒否の声に、私は少しだけ安心した。

すぐに追い返されるだろう、って思ったから。


だけど、綺麗なネイルのお姉さんの言葉で、それは覆された。


「ねえ、私、知ってるわよ。」

「あ?」



「火鳥さん・・・最近”面白いペット”飼い始めたんだって?」



この部屋に生き物は、いない。

なぜなら、お姉ちゃんは人間嫌いだし、呼吸をして動く生物全般もダメだからだ。

お姉ちゃんの傍で生活している生物は、家政婦の君江さんか、私・・・高見蒼だ。



「・・・誰から聞いたの?」


「可愛いペットよね?”お姉ちゃ〜ん”って、よく懐いてて、何も知らないって感じ。

恩を売って、あんな子を引き取って手懐けるなんて・・・何かあるんでしょ?貴女って、悪い人だもの。」


・・・ああ、やっぱりペットって私の事か。



「何が、言いたいの?」

「子供の教育に悪いコト、ココでしちゃわない?」


甘く小さい囁き声なのに、ハッキリと聞こえた。


大人の言う事は、よくわからない。

15年、人間やってるけど、あまりこういう会話のやり取りなんて聞いた事が無いから。


自分の耳を疑うってこういう状況なんだろうな、と思った。



「”帰って”。次は穏やかには済まないわよ?」


お姉ちゃんの一段とキツイ拒絶の言葉に、もう一人のお姉さんの声も甘い声から、冷めた声に変わった。


「・・・ねえ、あの子供と私の違いって何?」


ゾクリとした。

見ず知らずの人に向けられている、嫌悪感を感じたからだ。


「火鳥さん、人嫌いなんて嘘でしょ?それとも、やっぱり”そういう趣味(ロリコン)”って本当なの?」


怒りは私だけじゃない、お姉ちゃんにも向けられていた。


「少なくともアタシは、そんな物言いをする人間が大ッ嫌い。」


お姉ちゃんの声は、冷たく落ち着いていた。


「何よ!四六時中、貴女を否定せず、褒めちぎっていればそれで良いの!?そんなの、ただの使用人じゃないの!そんなの間違ってるわッ!」


「間違ってる?アンタが、アタシの正しい姿でも知ってるワケ?

アンタの視界から見える一部のアタシを、アンタの尺度で計られた挙句、アンタの世界での正しい姿に矯正したいだけでしょ?

アタシがいつ間違った自分を罰して、矯正してくれる為のご意見を他人に募集したのよ?余計なお世話だわ。」



「じゃあ・・・水島って女はどうなのよ!?貴女にずっと楯突いてる、あのカビ臭い女は・・・ッ!!」


水島のお姉ちゃんは、火鳥お姉ちゃんと同じ人嫌いで、お姉ちゃんの友達だ。

本人達は否定しているけれど、水島のお姉ちゃんがいる時の火鳥お姉ちゃんは、すごくテンションが高いし、よく喋る。

君江さんも『カブちゃん※以来の友達だわ』って言っていた。

 ※カブちゃん 火鳥さんが昔飼っていたカブトムシ(♀)であり、唯一のマトモな友達。


水島のお姉ちゃんと火鳥お姉ちゃんの間には、私でも入れない何かがあった。




「フッ・・・そいつはねぇ”特別”なのよ。アンタと大違い。」



(・・・”特別”・・・。)



ドアが乱暴に閉まる音がした。


私は、逃げるようにベッドに戻った。


そのまま、あそこに居て「おかえり」って言ったらお姉ちゃんは「さっきの話、聞いていたの?」って驚いてくれるだろうか。

いや、きっといつものように平然と「早く寝なさいよ」って言うだけだろう。


心のどこかで、私はお姉ちゃんの特別な存在なんじゃないかな、って自惚れていた。

”人嫌い”のお姉ちゃんが、見ず知らずの私の手術費用を出して、親戚から私を引き取り、家に置いてくれたのだ。

お姉ちゃんは”金持ちの道楽とアタシのプライドの問題だ”って言ったのだけど、それだけじゃないって信じたい。



今、私の傍にいるのは”大切な人”。

でも、お姉ちゃんにとっては?


私は、水島のお姉ちゃんより・・・




(あー嫌嫌嫌!!嫌嫌嫌!なんて嫌な子なの!?上とか下とかッ!くっだらないッ!)




布団を被り、必死に目を閉じ、寝返りを何度も何度も打った。

帰って来たのに、お姉ちゃんはなかなかベッドに来ないし。








 ― 翌朝 ―








「んまあ!蒼ちゃん、酷い顔!瞼、腫れちゃってるわ!目ゴシゴシしたでしょ?」


翌朝、君江さんが素っ頓狂な声で、私の顔の被害状況を教えてくれた。


「・・・なんか、寝つきが悪くて。」



ちらっと見ると、ソファに座ってお姉ちゃんが、ややイライラしながら電話をしていた。



「…あのね、アタシつくづく思うの。

なんだってアニメの女って主人公に対して”お弁当作ってきたの”って家庭的アピールするの?

それで、同時期に大体”料理下手なヒロイン”が影から見て嫉妬してるの!これ、セットなのよ。どうして?

どうして極端なの?あと”あーん”のさせあいっこ。…これほど不毛な行為は無いわ。自分のペースで味あわせてやりなさいよ。

そういう気遣いが出来ない女でいいの?いいわけね?いや、それはいいわ。


問題は、出会ってすぐに他人様の弁当作るってどれだけ難易度高い行為かって事よ。

・・・あー違う違う!そうじゃないの!

”それだけハードルの高い事をしてまで、俺の為に作ってくれた”って意味じゃないの!


”他人の家で製作された食事”をヒロインが作ってくれたからの一言で簡単に食してしまう、アホの防壁の低さを指摘してんのよ。


ねえ、ヒロインが手を洗ったのか見たことあるの?洗ったとして、手を拭いたタオルは、いつ取り替えたか考えたことある?

使われた食材は、国産かどうか確かめた?その上で、食材を洗ってあるのか?洗剤入れて米洗ってないか確認は?

消費期限の確認は?調理に関しても、きちんと火が通っているのか?昼の時間までの保存状態は?

そもそも、ヒロインの台所の清潔さを信用してる?使った調理用具は、ちゃんと清潔かどうか確認は?

味見の時に口に突っ込んだ菜箸を鍋に戻して、かき回していないか確認したの!?むしろ唾液が入っていたらご褒美だなんて、アホよ?

あんかけだったら、とろみなくなるからね!?

一番大事なのは、ヒロインの家がどの位の頻度で掃除をしているのか。

そこも知っておく必要があるでしょう?そこを知らないで、その家で作られた物をおいそれと食べられると思うの!?


北海道にまでゴキブリが適応してしまう昨今の日本。

ここ、関東において、ヒロインの家にゴキブリが出ないと何故考えられないの?

毎日同じような服とへんてこな髪型維持してるような女の家よ!?


わかった!百歩譲って、弁当が清潔なモノだったとしましょう!


・・・でも、そのシーンは本当に必要なの?弁当のくだりは本当に必要なの?

むしろ、簡単な食事をとらせて好感度を上げようというヒロインの浅はかさが目立って仕方ないわ!


ヒロインの家庭的で女の子らしい一面をアピールするって狙いの為の演出ならば、弁当アピールなんざ、ちゃんちゃら可笑しいって言っているのよ!!

弁当一つで男がコロッと逝くみたいな描写が!やっぱり男は胃袋を掴まなきゃ!というふざけた風潮が!!

昨今の料理レシピをカオスに導いているのよ!

オリーブオイル?100均の食材オンリーレシピ!?ラブ飯!?彼氏ご飯!?ふざけるんじゃないわよ!

後片付けも…いいえ、そもそも掃除もしっかり出来ない女が胃袋と玉袋掴んでも、ご祝儀袋掴める訳じゃないのよ!馬鹿野郎が!


そんなんで、弁当作ってくる女がヒロインの代表格だなんて、ちゃんちゃら可笑しいのよ!!


アンタは見た事無いの!?バレンタインのチョコレートに、製作者の女の指紋がクッキリとついていたのを!

女の料理なんてね!そんなモンなのよ!溶かして固めただけなのよッ!

お菓子作りが趣味の女なんて、その女が太っていなかったら、9割方嘘ですからね!お菓子作る子は太っていないとおかしいのッ!

たまに作るだけの女は”趣味”じゃないから!台所にいますよ〜っていう女らしさアピールを狙ってるだけだから!


あ?太ってるのは言いすぎ?…いいえ!!料理が、ちょっと出来る女の子の現実なんて所詮そんなもんなのよ!

比較的、ガリガリの面倒臭がり女より、デブの作るご飯の方が高確率で美味い事が多いのよ。

甘くてトロけるほど柔らかければ、アホは美味いって言うのよ。だったら、プリンでもすすってろって話なのよ!


あと、まだあったわ。料理が全く出来ない女の描写よ。アレ、どうにかならない?

黒くなったり、紫色の液体なんか、そうそう作り出したりしないからね!どいつもコイツもね、微妙に生臭くて、微妙にマズイのよ!それだけなのよ!


あと、アレ。不思議な力持ってて強い女が沢山出てきても、非力な主人公を守ったり、奪い合いしてくれるハーレムなんて無いの!あってたまりますか!

それにね!ヤツラは主人公が自分達を性的対象として見たり、転んで偶然、胸掴んだり、女の裸を見たくも無い時に見たら顔が変形する程、殴ったりするのよ!

これね、事件よ事件!只の暴力!煙で隠して、DVDだと消えますなんて商売やってる場合じゃないのよ。

問題は、性や裸の規制よりも、そういうアニメのあるある展開が横行して、視聴者も受け入れすぎている事なのよ!


それを踏まえた上で。


今度出す、レシピ本『二次元の彼女が恥ずかしがって弁当を作ってくれないので、俺が作ってみた(仮)』なんだけど…

コレもう一回、企画の段階から練り直しなさい。結局、作り手は男なんだし…それに…」






お姉ちゃんは器用にも、ノートパソコンのキーボードを叩きながら、電話で誰かと打ち合わせしていた。



…料理作ってくる女の人を批判してるみたいだけど…

私が入院している時、あんかけ料理作ってきてくれたのは…お姉ちゃんだよね…?

 ※注 蒼ちゃん、それを言ったらお仕舞いよ。



今朝から、いつも通り(?)のお姉ちゃん。


「今度は、レシピ本の企画ですって。」


テーブルの上の空になった野菜ジュースのグラスを君江さんが回収し、私にお姉ちゃんの様子を伝えてくれた。


「とりあえず、蒼ちゃんも野菜ジュースを飲みなさい。・・・あ、ブルーベリー入れた方が良いかしら!」

「い、いいです!このまま飲みます!」


野菜ジュースが微妙なリニューアルをする前に、私は慌ててグラスの中を飲み干す。

・・・今日は、苦みがやけに強い。美味しいけれど、いつもより苦い。


「今日は、ほうれん草とピーマン多めです。ケールも入れました。」


ああ、ケールって青汁の原料だっけ・・・。


飲み終えると同時に、お姉ちゃんの電話も終わったようだ。


「君江さん、今日は遅くなるわ。泊まって、蒼を寝かしつけて。」


私はすぐに反論した。


「ね、寝かしつけるって!?私、乳児じゃないもん!」

「同じようなモンでしょ?忍ねーさんからも睡眠時間はたっぷりとらせろって言われてんのよ。成長に響くからって・・・。」


成長・・・背丈・・・胸囲・・・・・・・・・胸囲!?

胸の事か・・・?私の小さなバチカン市国の人口並の胸の事かぁ―ッ!誰が、バチカン市国だッ!!

 ※注 寝不足の影響で蒼ちゃんの精神が著しく荒れております。ご了承下さい。


「寝なくても!お、大きくなりますぅッ!もしくは遺伝子で大きさは決まってるんですぅ!!」


私の言葉に、お姉ちゃんは新聞をたたみながら言った。


「・・・何、ムキになってんの?」

「なってませんけど?全然ッ!なってませんけど!?」


私の顔を見て、お姉ちゃんは少し呆れたような顔をして言った。



「変なリアクションと妙なツッコミが、水島に似てきたわね・・・。」



その人物名を聞いて、昨日のお姉ちゃんの台詞が、瞬時に再生された。



 『水島(そいつ)はねぇ”特別”なのよ。』



別に気にもしてなかった人物の名前が、何故か・・・起爆剤になった。



「似てないッ!全然!似てないッ!!」



捨て台詞を吐くと、私は部屋に閉じこもった。


別に、水島のお姉ちゃんが嫌いな訳じゃない。

ただ、お姉ちゃんの・・・ああ・・・嫌だなぁ・・・。


私、子供みたい。・・・・・・・子供だけど。



「あ、蒼ちゃん!朝食は・・・!!ああ、お嬢様、どうしましょう?」

「子供なんだし、ああいう時もあるでしょ。一食くらい食べなくても死なないわ。あ、薬は飲ませて。そっちは死ぬかもしれない。じゃ、仕事行って来る。」


「お嬢様!」

「怒りの矛先はアタシよ?この場合、矛先の人間より、それ以外の人間が説得にあたるのが適任だわ。」


「自分が蒼ちゃんの怒りを買ったとわかってらっしゃるなら、蒼ちゃんに少しは優しい言葉の一つでもかけてあげて下さいな。

蒼ちゃんは、お嬢様が好きで、お嬢様に一番甘えたいんですよ。」



「・・・・・・。」

「お嬢様?」


「・・・・・・無理。行って来る。」

「もうッ!お嬢様ったらッ!」



大人達の会話は、私の耳にハッキリと聞こえた。

そのまま、私は布団に潜り込んで眠った。


「蒼ちゃん、起きて頂戴。具合悪くないの?お顔だけ見せて。」


ノックと声で起こされ、私はドアを開けた。

心配そうな顔をした君江さんが、お水を持って立っていた。

グラスを受け取って、私はぐっと水を飲み干した。


「大丈夫。」

「良かったわ・・・さあ、軽く何か食べて、お薬飲みましょう?ね?」


君江さんは私の顔を見るとニッコリ笑って、私の肩に手を置いた。

変な意地を君江さんにまで張る必要はないな、と思い、素直に食事をとった。

今朝のやり取りから2時間程経っていて、君江さんはネギが多めのうどんを作ってくれていた。



「ねえ、君江さん・・・お姉ちゃんって人嫌いだよね?」

「ええ、もう筋金入りよぉ。でもねぇ、最近は・・・うふふっ」


君江さんはそう言いかけて、嬉しそうに笑い出した。


「最近、どうかしたの?」

「お嬢様はね、人を頼る事は滅多に無かったの。なんでも自分でやりたがる人で、他人に助けを求める事は甘えだと思ってるから。

そういう生き方はね、強く心を持たないといけない。・・・ホントに不器用な人。」


「・・・そう、なんだ・・・。」


私、お姉ちゃんに甘えっぱなし。子供は、我侭言う特権を使えってお姉ちゃんは言ったけれど・・・。

それでも、私がお姉ちゃんに甘えたりしたら、その程度の人間だって思われたりしないかな・・・


「でもねぇ、それじゃいつか、お嬢様は損をしちゃうし、困った時に助けを得る事が出来ない。

しなくてもいい苦労をするんじゃないかって心配してたのよ、私は。」


君江さんは、そう言った。お姉ちゃんの事を小さい頃から知っているだけあって、本当のお母さんみたいに心配している。

確かに、お姉ちゃんって誰かに頼るのも手を貸すのも好きじゃないみたい。

全部一人で出来るのは凄いけれど、全部一人ってすごく疲れるんじゃないかなって思う。


「それが最近、お嬢様も変わってきたのよ。きっと、その人の影響でもあるのよねぇ。」


君江さんは嬉しそうだ。


(それが・・・水島のお姉ちゃんって訳ですか。)


「・・・・・・ふぅん。」


私と会った時のお姉ちゃんは、今のお姉ちゃんとあまり変わっていない。

だから、変わったんだとしたら、私と出会う前の人の影響だと思う。


「大人になるとねぇ・・・信じられる人を探すより、人を信じる気持ちを保つ事の方が難しくなっていくのよ。」


君江さんはそう言って、豆腐の野菜あんかけをテーブルに置いた。


「そう、なの?」

「ええ。」



(人を信じる気持ちを保つ事、かぁ・・・。)


私は、とっくに無くなっているのかもしれない。

という事は、私も・・・人嫌いの仲間入り?



食事が終わり、午後になると夜勤明けの忍先生がやってきた。


「・・・眠れなかったんだって?」


優しく問診する忍先生。パステルブルーのシャツが可愛い。

そのまま、オープンテラスでお茶でもしそうなカジュアルな格好で聴診器を持ってるんだから、ちょっとシュール。


「水島のお姉ちゃんってどんな人?」

「・・・え?ええ!?わ、私にそんな事聞くの?どうして?」


珍しく動揺している忍先生に、私は正確に聞きたい事を伝える。


「いや、水島のお姉ちゃんと火鳥お姉ちゃんって仲良いでしょ?二人って普段どの位、仲良いのかなって。」

「・・・・あ。ああ・・・そっちね!」


・・・どっちだと思ったんだろう?ていうか、そっち以外あったっけ?


「・・・そっか。蒼ちゃんも気になるんだ。」


忍先生はそう言って苦笑した。


「”も”って、先生も気になる?」


私の質問に忍先生は唸った。


「え?あ、うーー…ん・・・別に、気にする事は無いと思うのよ?二人は似た者同士だし、同い年だし、私よりは話しやすい事もあるとは思うし。」


その割には、唸る時間長いし、納得してなさそうな感じがするんですけど?とは言わなかった。


その代わり。


「お姉ちゃんにとって、水島のお姉ちゃんは”特別”だって言ってた。」


吐き出してしまいたかったコトを忍先生に言ってみた。



「あの子がそんな事を?」


忍先生は目を丸くして聞き返した。

一言出すと、雪崩方式でつらつらと出てくる。



思わず、私は昨日の事を話してしまった。


見知らぬお姉さんから向けられた敵意、人嫌いのいう特別な人の存在、そして自分の立ち位置。


話すにつれて忍先生は真剣な顔になり、話を聞いてくれた。




「ふうん・・・それで”特別”ね。」

「……。」


吐き出してスッキリしたら、今度は余計な事を言ってしまったかも、という思いが込み上げてきた。


「ちょっと解るなぁ、蒼ちゃんの気持ち。」

「…ホント?」


理解者がいた!

そういえば、忍先生ってお姉ちゃんの従姉妹だし、水島のお姉ちゃんの友達だったんだ!

私と一緒の立ち位置にいるかもしれない人がココにもいた!


「ホラ、彼女って人嫌いっていう割には、なんだかんだで優しいでしょ?」

「うん!うんうん!」


解ってる!この人、やっぱり解ってる!!


「だから思わず”ああ、この人、もしかして私にだけは…”な〜んて思っちゃったりね。」

「うんうんうん!」


ああ、なんて共感しやすいの!私、大人になったら忍先生ときっと飲みに行ける!

 ※注 やめておきなさい。お願いだから。


「でも、水島さんとあの子の間柄でいう”特別”とはちょっと違うのよねぇ。」

「うん…。」


そこだ。

例えて言うと、他人を絶対に入れないお姉ちゃんの領域に、水島のお姉ちゃんだけは易々と入れる感じ。


「確かに入っていけない領域というか、二人が一緒に話していると踏み込んで来るなって態度を取るのよねぇ。二人共。

そんな二人が仲良くなったのは嬉しいんだけど、ちょっとねぇ…”露骨”っていうか…。」

「うん、うん。」


私は心から納得と同意を込めて、相槌を打つ。

特別な存在がいる事、その特別が私ではない事、特別な人間にお姉ちゃんは何を見せているのか等、それらは別にいい。


・・・別に、いい・・・んだけど・・・。


・・・あれ?



「…多分、あの二人は一緒だと、お互いの心の距離を取りやすいんだと思う。だから、気が楽なんじゃないかしら?」

「心の距離?」


「心の距離って近すぎたら傷つけちゃうし、遠すぎても寂しいし難しい。

相手が人嫌いなら、それは特に難しい。私達にとって適切な距離だと思っても、あっちには近すぎて不快に思うコトがあるのよ。

でも、あの二人は人一倍他人の感情に敏感だし、お互いの心地良い心の距離や接し方を知ってるんだと思うわ。

だから一緒にいて楽なんじゃないかな。話は弾むし(?)、分かり合ってるし(??)、いつも楽しく(???)一緒に過ごせるのよ。」

 ※注 忍先生個人の感想です。


「なるほど。」


心の距離は、近すぎても遠すぎてもいけないのね…そうか、確かに。私は学んだ。


「私ね、二人共好きなのよ。だから私を残して、あの二人だけで盛り上がられるとちょっと、ね…


・・・妬いちゃってるのかな?寂しくって。」


そう言って、忍先生は笑った。


”妬いてる” ”寂しい”


ああ、まさにそれだ、と私は思った。

心の中でもやもやとして形作れなかったけれど、これは確かにそうなんだ。



診察が終わり、忍先生から良く効く目薬を教えてもらった。


診察に使った道具をバッグに仕舞いながら、忍先生はボソリと言った。


「…それにしても、あの子には、いつかガツンと言っておかなきゃね…。」


細くなった先生の目は、少し怖い感じがした。





ベッドでゴロゴロしながら、私は考えた。

もやもやの正体はハッキリしたけれど、スッキリしない。


数時間後、様子を見に来た君江さんは、私を外に誘ってくれた。



「…目薬は買ったでしょ〜?後、お嬢様用のブ○ックサンダーに〜…」


君江さんはハンドルを握りながら、買い物の確認をする。

黒い軽自動車で、イギリス製だ。全体的に屋根の丸い感じが可愛くて、私は好きだ。


「あ。」

「ん?どうかした?」


私は、思い切って君江さんに我侭を言ってみた。

子供の特権だもの。こういう時こそ、使わなきゃ。


「私、水島のお姉ちゃんの家に行きたい!」


その言葉に、君江さんは表情を固まらせた。


「・・・ダメ?」


私の顔をジッと見て(前も見て欲しいけど)君江さんは、何かを察してくれたのか(お願い!前を見て!)ニッコリと笑った(前見ろ―ッ!!)。


「蒼ちゃんが今夜スッキリ眠れる為の寄り道、しましょうか…」


そう言って、ウィンカーを出して右に曲がってくれた。


「ありがとう、君江さん。」


言ってみるものだ、と私は嬉しくなった。


「……旦那様の不倫相手に会いに行く奥様について行った事を思い出したわ…」


・・・隣から聞こえた呟きは聞こえなかった事にしよう。




「ここが、あの女の家ね・・・!」


君江さんが険しい顔でアパートを見上げた。


「えーと、二階の端のお部屋だっけ?」


水島のお姉ちゃんの部屋に行くのは初めてだ。

ああ、こういうアパートって久々。というか、これが基準。

二階に上がって、インターフォンを押したが・・・応答は無い。


だけど、これは火鳥お姉ちゃんもよく使っている手、『居留守』だ。

何度鳴らしても、やはり応答は無い。


「蒼ちゃん、よく考えたら…今日、平日だわ。」

君江さんがそう言って、気が付いた。

「・・・あ!」


平日14時に、いる訳が無いよね…。


「うっかりしてたわねぇ、どうしましょ?」

「うん…。」


手詰まりだ。日を改めようか。

すると、刑事モノのドラマによくある展開が待っていた。


「水島さんなら、いませぇんよぉ〜?」


隣の部屋から、間延びした声の小柄な女性が顔だけひょいと出した。


(・・・あ、可愛い。)


髪の毛がボサボサである事を除けば、小柄で顔も小さくて可愛いお姉さんだ。


「・・・今回は、少女と熟女かァ・・・みーちゃん、レベル上げたなァ・・・。」


私と君江さんを見て、お姉さんは目を閉じて唸った。


「んま。」と一言言って、君江さんが顔をしかめた。

「あ、こ、こんにちは。」と私は挨拶をしてみる。



お姉さんは私と君江さんをジロジロと観察し続けた。

なんだろう、品定めされているような感じ。


しかし、ぽかーんとしている私と君江さんをとひとしきり見たかと思うと、小柄なお姉さんは手招きをしながら言った。


「…ねえ、上がっていかない?」


「「え!?」」


私と君江さんはとにかく驚いた。

赤の他人を5秒後に自分の部屋に誘うなんて…考えられないッ!

眠そうな顔は、もうピッカピカの笑顔に変わっていて、私達をどうぞどうぞと急かしていた。


「あの、せっかくですけど…」と君江さんが断りの姿勢に入ったのだが…


「みーちゃんのお客さんは、私のお客さんでもあるの!」


この一言で一蹴されてしまった。

私は君江さんと顔を見合わせ、苦笑しながら「じゃ、折角だから、ちょっとだけ。」と歩き出した。


「今は、A地区とC地区がクリーンなの♪」


そんな事を言われ、少し不安を覚えながら、部屋に入ると・・・


・・・コレ、部屋?それとも、空き巣の団体様がいらっしゃった後?


「私、観ました。コレ、ナウ○カで観ましたわ。腐海。」


君江さんのコメントに、少し納得してしまう。

部屋は、お世辞にも綺麗とは言えない状態だった。


「よく、これで人を招こうと思えましたわね?」


君江さんの冷たい視線が向けられていないのに、私が辛い。

お姉さんはきっといい人だし、悪気が無い。だから、余計辛い。


リビングの中央にあるソファの傍にゴミ袋が2〜3袋置いてあり、ソファの後ろにカゴに入ったままの洗濯物。

隣の部屋をチラリと見たが、ダンボールが私の腰くらいまで積まれているのを見て、視線をリビングに戻した。


「んもう!失礼ね〜今、大掃除してたの〜断捨離よ!で、そっちは片付いてないB地区とD地区なの!ほら、こっちは綺麗でしょ!?」


「・・・・・・・・。」


では・・・片付いているA地区とC地区は、一体どこにあるんでしょうか?

というか、1LDKのお部屋に何地区あるんでしょうか?


…と言いたかったけれど、口には出せなかった。


よくよ〜く見ると、同じリビングでも片付いているスペースとそうでないスペースがクッキリと分かれていた。

ああ、あそこがAかC地区なのかな?あの地区なら座れそう。

とりあえず空いてるソファに座ろうとする私の腕をグッと掴み、マスクを私に装着させた


「えーと…あっちから腐海、樹海、不愉快…あそこに多少の足の踏み場があるくらい、ですわね。」


上手く韻を踏んだ君江さんに対し、お姉さんは胸を張って言った。


「ああ、そこは昨日、みーちゃんが片付けてくれた場所だから!」


断捨離って、他人の手を借りちゃダメなんじゃ…。

同じ人嫌いでも、私のお姉ちゃんと違って、水島のお姉ちゃんって人の面倒を見ている事が多い気がする。


(水島のお姉ちゃんって大変だなァ・・・。)


「か、片付けて、このザマ・・・だと・・・!?」


君江さんの直球すぎる感想に思わず同意しそうになったが、マスクでかろうじて隠せた。


「もーオバさん、文句多すぎぃ〜!一人暮らしの女の部屋なんて、大体こんなもんですって!後は物を収納して、掃除機かけるだけだもん!」

「ひ・・・一人暮らしって大変なんですね・・・(棒読み)」


私が搾り出すように言った言葉だったが、君江さんはバッサリと切り捨てた。


「何を言いますか!全国の独身女性に謝罪なさいな!…文句も言いたくなります!ええいッ!!」


今度は君江さんの家政婦魂が大炎上。

君江さんは腐海(隣の部屋)に入ると引き戸を閉めた。そして、窓の開ける音がした。


「家政婦が市原とミタだけだと思いなさんなッ!!」

「お、思ってないよ!…あ…あの!君江さーん!お姉さんの私物捨てちゃダメだよー!!」

「ヨーソロー!」


チラッと見ると、今度はお姉さんがポカンとしていた。


「あ、あのプロの家政婦さんなので、安心して下さい。わ、悪気は無いんです!」

「え?あ、うん。いーよ、別に。な〜んかゴメンねぇ?」


そう言うと、お姉さんはへらっと申し訳なさそうに笑った。

ああ…この人…陽気で細かい事を全然気にしないタイプだ…。



「お姉さんは、あの…水島のお姉ちゃんとは…」

「私?みーちゃんのお隣さん♪まあ、それだけじゃないんだけどっ。」


水島だから、みーちゃん、か。

この人は、多分…水島のお姉ちゃんの事が好き、なのかも。


「私、伊達香里です。年は貴女より確実に上ね。で、貴女は、いくつかな?」


お姉さんは、ソファの肘置きの部分に座ると笑って自己紹介をした。

脱力感を誘う笑顔で、私も思わずへらっと笑ってしまう。


「あ、すみません。私、高見蒼です。年は15歳になったばっかりです。」

「うわ、若ッ!…海ちゃんの二十歳を抜いて、最少年齢記録突破だぁ…手ごわいなぁ…!」


十分に香里さんも若いですよって言おうとしたけど、年下が若いなんて言って心から喜んでくれるのは50過ぎの女性くらいだ。

その下は、結構嫌味に感じられてしまう事が多い。


「にしても、残念だったねぇ。みーちゃん、あれでも城沢に勤めてるから、平日はいないんだよ。

あ、コレ知ってる?

♪荒波〜人の波〜負けはしな〜い!人と人とを繋ぐ破〜天〜荒〜〜〜企業!『夢の言葉で誤魔化さない職場ッ!』しろさ〜〜わ〜〜グループぅ〜!♪

・・・の城沢だよ?」


ああ、海の波しぶきが立ってる、岩の上にふんどしのお兄さんとサラシ巻いたお姉さん達が手を繋いで黙って立ってる、あのCMの事ね…。

 ※注 城沢グループは、この物語の中では一流企業です。


「他の子もね、みーちゃん帰ってくるまで私の部屋で待ってる事多いから、気軽に尋ねて来て良いんだよ?」


香里さんは笑ってそう言うが・・・。


「あの…それって…水島のお姉ちゃんの事を好きな他の人達もここに来る、という事でしょうか?」

「うん、そうだよ。」


あっさりと香里さんは言った。

まるで”貴女達なんて、ライバルとも思ってもいませんからぁ”とでも言うような 余裕。

…私に分けて欲しいくらい。


「あの、香里お姉さんは気にならないんですか?お隣さんに、こう…色々な人が尋ねてくる事…。」

「ん?まあ、気にならないと言えば気にならないし、気になる時もあるなぁ。」

「・・・・・・。」


前言撤回。これは、余裕じゃない。ただ、暢気なだけだ。


「だって、今の季節寒いじゃない。人待ってて風邪引くなんて、馬鹿馬鹿しいじゃない。」

「…は、はあ…。」

そういう問題だろうか…。

でも、香里さんのお陰で、私は風邪を引かずに済み…ハウスダストによる体調不良の危機を迎えている訳だけど…。


隣から聞こえる掃除機の音が頼もしく聞こえる。(あと、本当に赤の他人の家を掃除してしまう君江さんって、凄い。)



「ま、私はそう思うけど。蒼ちゃんは、気になるよねぇ?」

「ええ、まあ…。」


適当に答える私の肩にぽんと手を置いて、香里さんは言った。


「大丈夫、みーちゃん人嫌いなんだもん。どんな美人や美少女でも、条件は一緒よ。

みーちゃんは簡単に心を開かない。だから、みーちゃんを好きになる人の事を気にするよりも

どうしたら、みーちゃんが心を開きやすくなるような人に自分がなれるかってのを考える方が、ずっと良いよ。」


香里さんの目は笑っていたけれど、そこに信念のようなモノが宿っているように見えた。

”そんな私に勝てる?”って言ってる気もする。

きっと香里さんは自信があるんだなぁ・・・。


「・・・あの、実は、私・・・水島のお姉ちゃんと仲良くしてる、お姉ちゃんがいて・・・その人の・・・・・・。」


途中で言いかけて、私は止めた。

今日会ったばかりの人に、しかも火鳥お姉ちゃんの事を知らない人に、言って良いのだろうか、と。


「じゃあ、そのお姉ちゃんの代わりに、みーちゃんに会いに来た感じ?」


ちょっと違うけれど、そういう事にしようと、私は頷いた。


「・・・はい、そんな感じです。」

「じゃあ、お姉ちゃんは、みーちゃんのどういう所が好きなのかなぁ?」


ニコニコしながら、シビアな質問してくるなぁ…と思った。

お姉ちゃんは水島のお姉ちゃんを”特別な存在”って言っていた。

人嫌い同士、気が合うし…。



 『確かに入っていけない領域というか、二人が一緒に話していると踏み込んで来るなって態度を取るのよねぇ。二人共。』


私が入っていけない二人の世界…。

 ※注 単語が微妙に違うだけで、こんなにも変わる二人の描写。





「お姉ちゃんも人嫌いなんです。」




例1

『あの、火鳥さんってライブとか行きます?』

『はァ!?行くわけ無いでしょ?あんな人ごみ!』


『ですよねぇ〜…私は黙ってDVDの発売待ちますよ。』

『アタシはCD派よ。ライヴの音源は滅多に聞かない。』


『そうですか?音とか違いますし、良いですよ?』


『それがさ…よくあったのよ。アタシがライヴで聞きたかった曲のサビ。アレ、必ず、マイク向けられて客が歌わされるのよ?聞く意味が無いじゃない。』


『ああ〜!よく解る!それ解ります!私も、大体好きな曲がアコースティックバージョンになったり、変なラップ入るんですよ…!』


『『やっぱり、行くもんじゃないわぁライブなんか。』』


そもそも行かないのに、詳しいよね…二人共…。


 ※注 只のライブ批判。




「…だからか、水島のお姉ちゃんとすごく気が合うみたいで…」




例2

『あ〜あ…本を取り返すいいアイデアも浮かばないし…水島、ちょっと何か食べない?奢るから。』

『良いんですか?』


『出前で良ければね…あ、和洋中どれが良い?』

『ピザ!ピザが良いです!マルゲリータとごっつり豚スペシャルのハーフ&ハーフ!いつもソレなんですッ!』

『嘘!?…好み一緒とか…マジで気持ち悪い…!あ、ねえ、もしかして…』


『勿論、セットでアイスも付けます。』

『…そこも一緒か…!』


『ネットで注文すると5%OFFですよ!』

『飲み物コーラで良いわよね?ダイエットじゃない方の!』


『ひゃあ!火鳥さん解ってるー!肥満大国アメリカ万歳〜〜!』


……心配だから、私、野菜サラダ作っておこうかな…。


 ※注 只の食べ物の好みの一致。



「…二人一緒だと凄く仲が良くて笑いが耐えないんです。」



例3

『冗談じゃないわ!卑怯者!今すぐコントローラーを置きなさいよッ!』

『火鳥さんが言わないで下さいよ。勝負仕掛けてきたの、火鳥さんじゃないですかぁ…それにコレは裏技じゃありませんよ、知識と言う名のテクニックというんです。』


『チッ!アタシはTVゲームの類は初めてなのよ!素人相手に裏技使うとか…信じられないッ!』

『あくまでモニターとしてテストプレイして、その映像をPVに使うんでしょう?だったら、こういうプレイも必要じゃないですか。』


『…ああ、そう…じゃあ…コードの書き換えも裏技ね!!』

『ちょッ!?それは無い!ゲーマーとしてのプライド無いんですかッ!?』


『ゲーマーじゃないわよッ!アタシは負けるのが嫌いなのッ!』

『友達いなかったの、納得が行きますね!うりゃッ!』


『あ、待って・・・水島、この感じは・・・!?』

『あ、ヤバイ・・・コレは・・・!!』


「Ah☆」「Oh☆」


『あ…ああ…ピー○姫と○イジー姫が…18禁的な事を…!』

『カー○ックスじゃなくて、マ○オカートさせろ―ッ!!』


『あ〜…あははは…もうダメ…やる気失せた…』

『あ、ははははは…はあ〜ぁ…』



 ※注 女難の女はマリ○カートもマトモに出来ない。


「随分と似てるっていうか…そういう一面あったんだぁ。」


私の話を聞いて、香里さんはすごく興味深そうに前のめりな姿勢で頷いてくれた。


最初は、私も”そういう一面があったのかぁ”で済んだ。


二人共、大人のクセに、口や顔が悪い時があるし、人に対してすごくネガティブだけど優しいし、一緒にいて楽しい。

二人で会議していると私は部屋から追い出される事もあるけれど、その後は3人一緒にご飯を食べたりする事だって数回あった。


二人共、共通の悩みとかあるし、そりゃあ…私とは共有できない事は山程あるでしょうけど。


一緒にいると楽しかったのに。

だけど、昨日のアレで二人の関係を”ただの友達”とは思えなくなった。



「お姉ちゃんは水島のお姉ちゃんの事、特別な存在って言ってました…。」


とうとう、口に出してしまった。


「…ふーむ…なるほど。」


そう言った香里さんは、にこりと笑った。


「蒼ちゃんは、みーちゃんじゃなくて、そのお姉さんの方が好きなんだ?」

「・・・は・・・えッ!?」


私のリアクションで香里さんは”やっぱりね”と笑った。


「お姉さんはね、夜のお仕事をしているの。

そこはね、嘘で溢れてる。年齢、お金、職業…悪意の無い嘘もある。

そういった嘘込み込みで私達はお客様も嘘も受け入れて、嘘ごと楽しむ場所なの。

だからかなぁ…なんとなく嘘は解るんだぁ。」


・・・ホントかなぁ?と思ったけど、当たってるから私は黙った。



「ね、聞いていて思った事、言って良い?」

「あ・・・はい。」


はい、と答えたものの嘘を暴いた人から何を言われるのか、内心怖かった。



「蒼ちゃんは寂しいんだよ。でも、その寂しいって気持ちをお姉ちゃんに言えない。

お姉ちゃんにとって特別な存在じゃないから、言ったらいけないと思ってる。・・・違うかな?」


「・・・・・・・。」


私は、指摘されて下を向いた。

香里さんはそのまま話し続けた。


「特別ってさ…一つしか無いモンじゃないよ?

そのお姉ちゃんにとっての特別な存在って、まだ沢山いると思うし…でもさぁ〜…


別に、今は特別じゃなくて良いじゃない。」


「え・・・?」


「だってさぁ、特別な存在だって相手に思われなくちゃ、蒼ちゃんはお姉ちゃんの事…好きじゃいられないの?」



香里さんの問いに、私は反射的に顔を上げて答えた。



「!!・・・いいえ!」


私の答えを聞いて、香里さんはニッコリ笑った。


「そうでしょ?特別でも特別じゃなくても、蒼ちゃんはお姉ちゃんが好き。それは確かな事。

それだけで、蒼ちゃんにとって、そのお姉ちゃんは特別な存在。それで良いじゃない。

で、だ。…最もハッキリしてる事は、何かっていうとだねぇ…」



香里さんは、少し間を置いてゆっくり言った。



「蒼ちゃんは、お姉ちゃんにちゃんと”寂しい”って伝えなきゃいけないって事だと思うよ。」


「・・・・・・。」


言えるのだろうか。

言って、良いものなのだろうか。


「ちゃんと言わなきゃちゃんと伝わらない事、沢山あるよ。人嫌いだろうと何だろうと、言わなきゃいけない事はあるでしょ。

大体…言っても伝わらない事だって、その倍はあるんだから…ね?」



本当なら、言いたい。

言ってしまいたい。


でも。

子供の我侭だと切り捨てられるんじゃないか。

アタシには関係ない、と突き放されるんじゃないか。

お前まで他の女と同じ事を言うのか、と嫌われてしまうんじゃないだろうか。


だって、水島のお姉ちゃんは…寂しいなんて言わないから。



「あとさ・・・みーちゃんはみーちゃん。蒼ちゃんは、蒼ちゃん・・・だよ?」



そう笑いながら、香里さんは私の頭を撫でて ”だから、頑張れ。” と言った。


それで、肩の荷が下りた。



へらっと笑う香里さんにつられて、私も顔中の筋肉を緩ませて笑った。



「あ。そういえば、君江さん…」


隣の部屋が静か過ぎるので、扉を開けた。


「「な、なんという事でしょう!!」」


私と香里さんは同時に呟いた。

服は全て部屋の隅に置かれ、ダンボールは畳まれビニール紐で結ばれていた。


「とりあえず散乱している物をまとめ、空いた場所を拭きました。」

「たったそれだけで…こ、こうなりますか…!?」


香里さんは自分の部屋じゃないみたいだ、と驚いていた。

君江さんはフンッと答えた。


「私はプロの家政婦です。整理整頓は基礎基本。埃は出来る限り、取り除きましたから、すぐにでも断捨離なさいませ。」

「…あ、ありがとうございますー。」


「私が思うに、余計な物が多すぎます。もしかしたら使うかもって思ってとって置いてる物は一番にお捨てなさい。」

「あははは…みーちゃんにも同じ事言われましたぁ…」


君江さんの冷たい視線に苦笑いの香里さんに向かって、私は頑張ってと笑った。



その後。

家政婦魂に火の付いた君江さんが台所を片付け、私は床を拭いた。

やがて、人類の努力の甲斐あって…腐海は森に変わった。


「まあ、半日でしたらこんなものですわね。この状態で、やっとこさお茶が飲めるというモノです。」


そう言って、君江さんはピカピカのマグカップにお茶を注いだ。

私が拭いたピカピカのテーブルを3人で囲み、お疲れ様と乾杯をした。


「今日は、みーちゃんの帰りが早いといいねぇ。」

「ああ、そういえばそうでしたわね。」

どうやら君江さんは、当初の目的を忘れていたらしい。


「あ、いいえ。今日は帰ります。」


私は、そのまま水島のお姉ちゃんの帰りを待つ事なく、帰ることにした。


「え?待たなくていいの?」

「うん…スッキリしたから。」


私はそう言ってマグカップを台所に置くと、コートを羽織った。


「ゴミ袋、早めに捨ててくださいね。燃えないゴミは木曜日でしたわよ。」

小言を言いながら、君江さんも私の後に続いた。



「じゃあ、ありがとう!香里さん!」

「え??いや…こっちこそ!ありがと〜!またね〜!」


やっぱりヘラヘラ笑って、香里さんは私達を見送ってくれた。



「ごめんね、君江さん…疲れたでしょう?」


ハンドルを握る君江さんの横顔を見ながら、私は謝った。

散々付き合わせて、成り行きとはいえ他人の部屋を片付ける大作業をしたのだ。


「いいえ、久々に全力の掃除を致しましたし…蒼ちゃんも”ああいう部屋は生活を堕落させる”と解ったでしょう?」


「うん。埃は溜めちゃダメだね。窓、3時間開けっ放しだったもんね。」


「それに…掃除といい人との出会いというのは、色々とスッキリさせますから。」


君江さんは、そう言った。


(…君江さんにもバレバレだったのか…。)



私は恥ずかしくなって、寝たふりをする事にした。


が、寝たふりの筈が…本当に眠ってしまった。



(お腹空いたな…)


起きてリビングに行こうとすると、話し声が聞こえた。




「…ああ、そう…蒼が世話になったわね。」

『で、蒼ちゃん…伊達さんの話から考えるに、女難と貴女の会話を聞いちゃったみたいですよ。』


「……なんですって?」

『私を特別な存在(そういう位置)として、蒼ちゃんに被害が及ぶのを避けるのも結構ですけどね。

彼女、女難じゃないし…なのに、貴女と出会えて、縁はまだ健在。結構ミラクルな存在なんですよ?

あんなに苦労と恥をかいて助けたんですし、もう少し彼女の事、考慮して一緒に暮らしてくださいよ。大体、青少年の教育に悪いですよ。』


「黙って聞いてりゃ…!アンタにそこまで言われる筋合いは無いわよッ!教育に悪いのは、お互い様でしょ!」

『…多分、その女難でしょうけど今日会社に来たんですよ…”火鳥さんに付き纏わないで、この牝豚!”ってなじられました。

…今時、牝豚って(笑)ああ、すみません…きっと、またそっちに行きますよ。刺されないで下さいね?』


「・・・・・・そう、わかったわ。水島、悪かったわね・・・あ、蒼が起きたから、切るわ。」



電話の相手は水島のお姉ちゃん、か。



「お腹、空いちゃって…」


そう言って、香里さんのように笑ってみた。

お姉ちゃんはいつも通り、不機嫌そうな表情で私を見た。


「…何食べたい?」

「あ…」


私が口を開けると同時に、お姉ちゃんは言った。


「あんかけね。」


お姉ちゃんは、私の好物を知っている。


「ふふ〜ん、流石わかってるねぇ、お姉ちゃん!」


私も…お姉ちゃんの事、ちょっとだけど知っている。






 ― 次の日の夜 ―




昨日、変な時間に寝てしまったせいか、僅かな物音でも目が覚めてしまった。

お姉ちゃんが丁度帰ってきたのだ。


お疲れ様、と言おうと思い、私はすぐに起き上がって、玄関に向かって行った。


「おかえり。」

「蒼…」


お姉ちゃんと目が合った瞬間。


”ピンポーン。”


インターホンの音…。


「「・・・・・・・。」」


私もお姉ちゃんも、この時間帯の来訪者に心当たりが無い訳じゃない。

酔っ払った忍先生の方とはまた違う意味のややこしそうな訪問者を私は知っている。


お姉ちゃんは靴も脱がず、玄関の扉に背中を向けたまま、横目でじっと睨んでいる。

インターホンの音は、やがて玄関の扉を叩く音に変わった。


「火鳥さん?いるのわかってるから!話があるの!」


どうやら、下のオートロックは突破されてしまって、扉の向こう側に訪問者はいるらしい。

しかも、この声・・・あの時のネイルの人だ。


「…またオートロックの番号変えなきゃ。」


お姉ちゃんがボソリと呟いて、私を見た。また奥に引っ込んでろって言うつもりだろうか。


「…警察、呼ぶ?」


私はそう言って、携帯をちらっと見せた。

お姉ちゃんは黙って首を横に振って、腕組みをして、少し目を閉じた。


「火鳥さん!私、こんな事じゃ貴女の事、諦めるつもりないから!他の女に話もつけるからッ!」


その言葉に反応するように、お姉ちゃんの目は開き、再び後ろの扉を睨んだ。


(あ、怒った。)


5秒後、お姉ちゃんが扉を開けて、怒鳴る光景が目に浮かんだ。

そうなったら、私の出番は無い。部屋の奥で、静かになるまで大人しく待つしか…。


「・・・蒼。」

「ん?」


やっぱり、奥に行けとお達しが・・・



「脱ぎなさい。」


「・・・え?」


思っても見なかった言葉に私の目は点になった。

再度、お姉ちゃんは、むっとした表情のまま言った。


「だから、脱げっつってんの。」

「な、なんで!?」


「わざわざ玄関(ココ)に居続けるなら、アタシに協力する気、あるんでしょ?無いの?」

「協力はするけどさ…なんで脱ぐの?!」


「協力するなら脱ぎなさい。あの女を早く黙らせたいから。」



私は言われるまま、その場で脱いだ。

女同士だから、別に脱ぐのは良いんだけど。お風呂や脱衣所以外で脱ぐのって抵抗がある。


「だから、全部だってば。」

「ぱ、パンツも?」


私の質問にお姉ちゃんは無表情で頷いた。

パンツを脱ぐと、お姉ちゃんは私をすぐに正面から抱きかかえた。


「うわっ!?」


私の首元にお姉ちゃんの唇があたり、その唇は動いた。

吐息が耳にかかると同時に、お姉ちゃんは右手で扉の鍵を開けた。


「入るわ・・・・よ・・・!?」


途端に、扉の向こう側にいる訪問者が入ってきた。

扉を叩く音は確かに止み、訪問者も私とお姉ちゃんを見て、言葉を失った。


私は必死に余計な事を言わないようにお姉ちゃんだけを見ていた。

お姉ちゃんは私を壁に押し付け、鎖骨から首、顎まで舌でなぞった。

温かくてぬるっとした感触が、すーっと伝わり、ぞくっとしたかと思うと、自然と声が出た。


「あっ…やっ…お姉ちゃ…!」


(…やだ…すっごい変な声!引く!自分にドン引き!)


普段から一緒にいるのに。

いつも一緒に寝てるし、キスだって私から一回した事もある。

なのにお姉ちゃんから、こういう事をされると…すごく…非日常的で…!

目の前のお姉ちゃんの表情は、お姉ちゃんというより…”女性”そのものだった。目が合ったら、きっと私は平気じゃいられない気がする。


顔の距離が近く、今にも唇が触れそうで…触れない。

二人の間にある僅かな空間が、もどかしくもあり、このままでいたい気もする。

これは…漫画でよく見た見ず知らずの誰かに無理矢理されてドキドキしているんじゃない。

これは、お姉ちゃんだから。だから、私はコレを許しているのであって…。


「…あ…!」


言葉を失った訪問者からは、ゴクリという唾を飲み込む音だけが聞こえた。

すると、お姉ちゃんの右腕がくるくると動き、左手から何かを抜き取るような動作をした。


”ブチッ”という空気が破裂するような小さな音が聞こえたかと思うと、お姉ちゃんは私を下ろして、ジャケットを私の体に向かって投げた。


「…悪いわね。子供の教育に悪いコト、アタシはとっくにしてるのよ。」


言葉に含まれる、悪そうな笑い。


「・・・あ・・・ああ・・・嘘・・・!」


お姉ちゃんは、呆気に取られたままで言葉を発せない派手なネイルのお姉さんを突き飛ばし、再度ドアを閉めた。


それから、ドアが叩かれる事も、インターホンが鳴る事も無かった。



「・・・これでよし。蒼、服着ていいわよ。」


そう言うとお姉ちゃんはスタスタと廊下を歩いていった。

夢から覚め、現状を把握。


私は、素っ裸を赤の他人に見られ、変な声を出し…

そこまで思い出し、私はジャケットで体を隠しながら、お姉ちゃんに詰め寄った。



「お、お姉ちゃんッ!な、何よコレェッ!?」

「何よ?協力してくれって、同意したでしょ?」


「するって言ったけどさ!私を裸にした意味は!?」

「あのね、だから、さっき言ったじゃないのよ…」


お姉ちゃんが、呆れ顔で言った。

言われなくても、さっきの言葉のやり取りは覚えている。


確かに、扉を開ける直前、お姉ちゃんは耳元で小さく言った。



 『 これからする事に、意味はないわよ。 』・・・と。



「い、いいい、意味が無い方が余計大問題よッ!!」


使い古された手だけど、即興の恋人同士(?)の演技をして、諦めさせようっていうなら、もっと…他にあったじゃない!

演じるなら演じるで、恋人のフリしてくれって、そう言えばいいじゃない!


あれじゃ、まるで…


な、なんか…………”なされている”みたいじゃないのッ!!あれは演技じゃ済まない!

むしろ…ッ!



「…うっさいわねェ。じゃあ、もう頼まないわよ。」


頭をかきながら、お姉ちゃんはシャワーを浴びに行こうとする。

そんな問題じゃないのに。



「お姉ちゃん酷いよッ!あんなコト初めてしたのに、意味無いとか…ッ!」

「…意味無い方が、アンタのダメージ少ないでしょうが。」


「意味無い方が十分ダメージあるよ!馬鹿ァッ!!」


私は、叫びながらお姉ちゃんの背中を叩いた。

お姉ちゃんはピタリと止まり、私の方を振り向いて私を抱きかかえ、そのままソファに私を投げた。

起き上がろうとするのを阻むように、お姉ちゃんが私の上に乗ってくる。


「…アンタは…アタシの何になりたいの?」


「・・・え?」


「アタシに寄って来るロクでもない女と、アンタや君江さん…あと、水島は違う。だから、信用して傍に置いてる。それじゃ不満なの?」


不満は、無い。いや、無かったのだ。



『ちゃんと言わなきゃちゃんと伝わらない事、沢山あるよ。人嫌いだろうと何だろうと、言わなきゃいけない事はあるでしょ。』


さっきのショックのせいか、体が震えてる。

でも、言わなきゃ、と奮い立たせる。



「違う…。」




『大体…言っても伝わらない事だって、その倍はあるんだから…ね?』



ならば、これは…その”言っても伝わらないコト”なのか。



「違うよ!私、さっき追い返された人と一緒だよ!」


特別か、どうか。

特別は特別でも、水島のお姉ちゃんと私は違う。

信用してくれているのは解ってるけれど、でも、私の立ち位置は決して水島のお姉ちゃんと一緒の位置じゃない。



「だから、それは違うって…!」



そんな事あるもんか。

現に、私のやれた役目なんて…女の人を追い返す為の道具にすぎないじゃないか。


それに、私より年が近い水島のお姉ちゃんとやった方が、もっと真実味がある。手近な所に私がいただけだ。

こんなの私じゃなくても、誰でも出来る。


「君江さんは…お姉ちゃんの事、小さい時から知ってる!私は知らない!

水島のお姉ちゃんはお姉ちゃんと同じ人嫌いだし気が合うし!それに、お姉ちゃん言ったじゃない…”特別な存在”だって…!」


「だから・・・それは・・・!」


「だからッ!私…ちょっとでも…お姉ちゃんの役に立てるならって……なのに…やっと出来たと思ったら…こんな…ッ!」


涙が出てきた。


「せめて、もっと…話し合ってくれても…いいじゃない…ッ!」


協力なら出来る限りする。だけど、狙いも意味も知らなくていいとか意味は無いとか、全部流されるのは嫌。

協力したって実感まで私の中から無くなってしまう。同等じゃない。


ああ・・・これじゃ、ますます玄関先で暴れる女性と一緒だ。


そういう人達の末路はいつも一緒。

お姉ちゃんの家からも心からも”追い出される”。

お姉ちゃんを責めている今が終わったら、本格的に私は…路頭に迷うコトになるのかな。



しかし。




 「・・・ごめん。」




その言葉に、まず涙が止まった。

目の前で、ここではあり得ない単語を放ったのは、間違いなく目の前のお姉ちゃんだった。




「ごめん、蒼。」


「・・・・・・。」



”悪かった”じゃない。


ごめん、なんて…。許して欲しいって意味の?いや、それ以外のゴメンって聞いた事が無い。

言い方も”そんなのゴメンよ!”って感じじゃない。

でも、許すも何も関係なく、ゴメンを言わせる側にしか立たない世界の人が…。



「・・・何よ、その顔。アタシが悪かったって言ってるでしょ?許しなさいよ。」


謝っておいて、最終的に許せと命令するあたり・・・お姉ちゃんだ。

私は顔を逸らせないように、お姉ちゃんの顔を手で固定した。



「も、もう一回、謝って。」

「・・・ごめん、蒼。」


少しむっとしたような顔で、お姉ちゃんは3回目のごめんを口にした。

ごめんの一言で、お姉ちゃんが私を想ってくれたのが伝わった途端、私の中の感情がひっくり返る。

昂ぶってた感情が、しゅーっと空気が抜けていくようにしぼむ。


それだけ、目の前の女王様が素直に謝る事は、衝撃的な事なのだ。


「…ねえ、お姉ちゃん…さっきのさ…」

「あんなの、もうやらないわよ。…隙を生む別の方法を考えるから。」



…隙を生むって…ホントに”そういう意味が無い”行為だったんだなァ…さっきの。



『だってさぁ、特別な存在だって相手に思われなくちゃ、蒼ちゃんはお姉ちゃんの事…好きじゃいられないの?』


あの行為に意味があっても、無くても…お姉ちゃんにとって私が特別な存在だって証明には、きっとならないだろうな。

首筋ぺろっとで済んだのは良いとして、裸にするのはやりすぎだ、うん。実に、生々しい。



「お姉ちゃん。」


私は、お姉ちゃんの特別な存在に対抗していた。

私にとっては大好きな人だから、同じように想って欲しかったのかも。

それで、いつの間にか、同じような”見返り”を求めていたんだ。


でも、私がしなくちゃいけないのは、見返りを求める事じゃなくて…



『蒼ちゃんは、お姉ちゃんにちゃんと”寂しい”って伝えなきゃいけないって事だと思うよ。』



そう、だった。

人嫌いに、一人にされている寂しさを伝えなくちゃいけないんだ。

寂しさを感じない人嫌いに?どうやって?

うだうだ考えても仕方ない。



「…さっきのさ、もう一回して。ぺろ〜って。」

「は?何言ってんの?もう、する意味ないっての。二度としないわよ。」



「だ・か・ら…するの。して。」

「…クセになるからやめなさい。それにね、そんなのしなくてもアタシはね…」


「してもしなくても、言っても言わなくても、とにかく私は……寂しかったの!だから、して!」


滅茶苦茶な言いがかりだけど、私は”寂しかった”とやっと言えた。


「寂しかった?」

「そ、そうよ…。さっきの意味無い発言で余計傷ついた!だから…今度は意味アリにしてよ。」

「・・・どんな意味?」


それを私に聞きますか?


「さっきの謝罪の意味でもなんでも!とにかく、無しなのは嫌ッ!」


・・・・・・・・・・。


少しの沈黙の後。


「……ふーん…ま、いっか。それで納得するんなら。……はァ…」


納得がいかないような顔のお姉ちゃんは、小さな溜息をつくと、体を沈めた。

お姉ちゃんの体温がYシャツ越しに伝わり、私の鎖骨から首、耳の後ろまで舌がなぞり、吐息が耳に伝わった。


構えていたせいか、変な声は出なかった。


だけど。


「……ホント、ワケわかんない子ね…アンタ。」


その小さくて低い声が耳に伝わると、びくっとしてしまった。



「ぁ…!」

「…蒼、ソレね…”感じてる”って言うのよ。」


そう言って、お姉ちゃんは意地悪く笑っていた。

教育に悪い大人っていうのは、どうやら本当らしい。



それでも…この人から、学び取れるモノは結構あるし、逆もまた然り。



「…そういえば、あの時以来キスしてないね?さっき、ぺろっとしないで、キスすれば良かったんじゃない?」

「んなのホイホイ出来るか。…余計な事思い出してんじゃないわよ。」

 ※注 犯罪だしね☆


「・・・それから。」

お姉ちゃんは、背中を向けたまま言った。


「水島は水島。アンタはアンタよ。・・・二度と比べないで。」


それだけ言うと、立ち去ってしまった。




『あとさ・・・みーちゃんはみーちゃん。蒼ちゃんは、蒼ちゃん・・・だよ?』





ゲンキンだな、私って。

今になって、香里さんの言葉を実感できてる。



「そっか…そういう、事ですか…。」








  ― 後日談 ―




「お嬢様、おかえりなさいませ。」

「何?君江さん、蒼に何かあった?」


「いいえ、検査で疲れたのか、今は寝てます。…それにしても、お嬢様、随分と気になさるようになりましたわね?」


「…病み上がりの子供預かってるんだから、当然でしょ?」


「そのせいかもしれないんですが、お嬢様変わられましたわ。あ、コレ蒼ちゃんにも言ったんですけどね。

傍に、人の助けを借りる事を素直に受け入れる存在がいるせいもあるんでしょうけど、お嬢様も前より私をお部屋に呼んでくれるようになりましたわァ。」


「……それは…アタシが、蒼に染まってるって言いたいわけ?」


「いいえ、そんな変な意味じゃありませんよ?お嬢様は、少しですが変わられたんですよ。さなぎから蝶に、とでも言いましょうか。」



「…フン……”虫”には変わりないわね。」

「まあ!素直じゃない事!」


「いいから、蒼起こしてきてよ。夕食3人で食べた方が…早く片付くでしょ?」

「…はいは〜い♪」



 結局、私達の女王様は、今日も平常運行です。





 ― END ―








あとがき


・・・狙いすぎ、な火鳥さんと蒼ちゃんのお話です。

女同士のスキンシップは、どこのラインから”ヤベエ!”と思えるのでしょうか。

舐めたらどこでもOUTだという人もいますが、指ペロペロはたまらんだろ!とかアオイシロとかアカイイトの吸血はどうなるのか、とか色々ありますよね。

火鳥さんの行為は、恋愛感情から来るモノが無くて・・・愛情不足です。あったらあったで、犯罪なんですが・・・。

あ、一番力を入れたのは、火鳥さんの電話での打ち合わせシーンです。

なんで、弁当一つであんなにヒートアップしたのか・・・。