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煌びやかな装飾は、ずっと見ていると目が痛い。

目の前では、権力者に尻尾を振ってご機嫌を伺う犬や狸が大勢いる。


今日のアタシは…呼ばれただけだから、そこにいた。

狙うべき獲物はいない。

むしろ…狙われる獲物を連れて歩いているのは、アタシの方だった。



「あら、見て。可愛らしい。」

「まあ、本当に。どこのお嬢様かしら?」


「火鳥さんのお連れ様らしいわよ。」

「妹様かしら?」



アタシがどんなに静かに黙っていても視線は、アタシの後ろに集中していた。


「お姉ちゃん、私…浮いてない?」


そう言って、アタシのドレスをついっと引っ張りながら、高見蒼はそう言った。


「大丈夫よ。」

「だって…ジロジロ見られてる。」


いい年した大人達の好奇の眼差しは、16歳の子供でも嫌でも解る。


「…堂々としていればいいのよ。どうせ珍しいだけなんだから。」

「ホワイトタイガーじゃあるまいし。」


そう言って、蒼はむすっとした。


「周囲に感化されてんじゃないわよ。ジロジロ見られても大丈夫なように、そのドレスを買ったんだから。」

アタシがそう言うと、蒼は子供らしくぱあっと笑顔でアタシの腕を掴んで顔を覗き込んで言った。


「それって、コレがよく似合ってるって事?」

「…解ってんだったら、堂々としてなさい。」

「はーい♪」


ゲンキンな子供だ、とアタシは浅い溜息をついて、カクテルを口に含んだ。

すると、蒼が小声で言った。



「…お姉ちゃん…あの人、顔色が悪い。具合悪いんじゃないかな?」


「ん?誰?」


蒼の視線の方向を見ると、青白い顔色の女がいた。目は明らかに虚ろだ。


(体調悪いならパーティーなんか来なきゃ良いのに。)


静観していようと思ったアタシだが、蒼はずっと心配そうに見ている。

病み上がりの子供からすると、ああいう状態の人間を放っておけないようだ。


「お姉ちゃん。やっぱり私、手を貸してくる…!」



「待ちなさい。」

「…ダメ?」

「違う。とりあえず、あの人を静かに化粧室に連れて行きなさい。騒ぎ立てるのは、NGよ。

それから、あそこにいるメイドにそっと声を掛けなさい。」


どうして?という顔をする蒼にアタシは言った。


「多分、あのメイドが一番の古株だから。

他のメイドのフォローに回って、円滑に料理と飲み物の提供を安定させているし。

彼女なら、何があっても機転もきくでしょ。」


「うん!わかった!」



15分後、蒼は戻ってきた。


「どう?満足のいく人助けは出来た?」

アタシは別に興味は無かったが、一応聞いた。

すると、蒼はなんだかスッキリしない様子で答えた。



「あの奥さん、貧血なのに、無理してパーティーに来たんだって。

私、後からきた旦那さんに”奥さんの事、もっと見てあげて!”って、ちょっと怒っちゃった。」


「…ふうん。それで?」

「そしたら、旦那さん、”貴女の言うとおりだ”って謝ってきたの。

ああ、私が責める必要なんかなかったなって…ちょっと罪悪感感じてるトコ。」


「フッ…いい勉強になったじゃない。”むやみやたらに他人の家庭に口出ししない方が良い”ってね。」

「・・・お姉ちゃんの意地悪。」


そう言いながら、蒼はアタシの手をそっと握った。


「何?」

「…こうしていないと、お姉ちゃんが遠い人みたいに感じちゃって。」

「遠い?何言ってんの?」


「…だって、こんなに煌びやかなパーティー会場の中で、お姉ちゃんは平然と堂々と立っているんだもの。」



そう言って青いドレスの少女は、笑った。

こんな光と騒ぎだけの薄ら寒いパーティーに慣れてしまったアタシと素直に煌びやかなパーティーだと感じる少女。



アタシ達は…近くて、遠い、そんな曖昧な距離を保っていた。




他人を近くだの遠くだのに感じるって、誰が言い始めたのだろう。

心の位置だの距離だの…くだらない。



まったく、いい迷惑だわ。



心の距離?体の距離?


離れたりしちゃいけないの?

それが適切な距離でも?


近付かなきゃいけないの?

それがお互いの領域を侵しているのに?


距離を感じたら、どうだっていうのよ。

他人を遠くだの近くだの感じたら、一体どうなるっていうのよ。



まったく、いい迷惑だわ。



馬鹿馬鹿しくってやってらんないわよ。






「・・・はあ?」




アタシは、思わずそう聞き返した。

目の前の人物は、ぴくりと眉を動かし、声を低くして言った。



「その人を馬鹿にするような聞き返しはやめなさい、りり。26歳なんだから。」


「その呼び名こそやめてくんない?忍姉さん。アタシ、26歳なんだから。」


アタシは会社の個室に篭って仕事をしていた。

部下に任せてはおけない仕事だった。


そこに、仕事を中断させる客人が現れた。

烏丸忍だ。



「あのねぇ…何度も言うけれど、蒼ちゃんの家族は、今、貴女しかいないの。」

「ろくでもない親戚ならいたでしょうが。」


他人の仕事を中断させてまで、説教とは毎回毎回、辟易するやら感心するやら…。

しかし、いつも傍観を決めている忍がここまでするのだから、相当怒っている証拠だ。


正直、面倒事は避けたい。


しかし、アタシの思いとは裏腹に、忍はアタシのデスクをばしんと叩いて言った。


「だから!

今度は、その親戚ですらない、別の人間が現れたんでしょう?

どうして、そんな人間に”蒼ちゃんを引き渡す”なんて言いだしたのよ!相手の素性は調べたの?」



・・・そこまでバレてるとか誰が漏らしたんだか・・・。


多分言い返されるとは思うけど、言っておくか、とアタシは渋々口を開いた。




「忍ねーさんには、関係ないでしょ?」






―― それは、1週間前。




アタシのオフィスに一組の夫婦が現れた。

ニコニコ顔の夫に、陰気でニコリとも笑わない妻の二人。

それなりに裕福らしく格好は、それなりのマトモなスーツ。

それなりの地位をお持ちで、仕草もそれなりの上品さを身につけてはいるのだが…



子供だけがいない、という…典型的な夫婦だった。




ビジネスの話だと聞いたから、オフィスに通したのだが、夫婦は真剣に身の上話を始めた。


『…仕事ばかりで家内の体調に気を配ってやれず、落ち着いたら子供を、と思った矢先です…。

家内が病を患って、子供を生むのが難しい状態になってしまったんです。』


よく聞く話ね。それはご愁傷様。

アタシは、夫婦から目線を逸らしカレンダーを見ていた。


(今月が始まって、まだ10日も経っていない…。)


『……それは、大変お気の毒ですけれども。今、ワタシにそれを話されてもですね…。』


身の上話などウンザリだったアタシは早々に話を切り上げようと思ったのだが、夫婦はアタシの話を遮って話を続けた。


『火鳥さん、貴女が先日のパーティーで連れていたお嬢さんは大変素晴らしいお嬢さんでした。

素朴なのに気品があり、何より思いやりがあって、明るい。私達の理想の娘です。』 


・・・コイツら・・・。



『生憎、ワタシはそういう”売り物”は扱ってませんが?』



冗談で流そうとする作り笑顔のアタシに、夫婦は真顔で言った。



『あのお嬢さん、貴女と血縁関係は、まるで無いそうですね。』


無いから一体どうだっていうの?それならアンタらにも無いでしょうが、と言おうと思ったが、相手の思う壺だろうからやめた。

血縁関係が無いから、見知らぬ子供に恵まれない夫婦に寄付しろって?馬鹿馬鹿しい。


夫の方は冷淡に事実を突きつけ、アタシの動揺を誘うつもりなのか、淡々と話を進めようとする。


『だからって、はいどうぞと渡せると思っているんですか?そちらにも血縁、ましてや面識もろくにありませんしね。』


『…火鳥さん、失礼だがこちらも色々調べさせてもらいました。』


アタシは黙って夫を見た。


『率直に申し上げて、貴女の住んでいる世界と、あの子の世界は違う。』


夫は、そう言い終わると勝ち誇ったように口の端を少し上げた。

その程度で何を勝ち誇っているんだか…。


脅しているつもりなら、もっと上手くやればいいのに。


『違っていて当たり前ですわ。だから、血縁関係のある人間から、あの子を赤の他人のワタシが”買い取る”事が出来たのですから。』


事実と事実のぶつかり合い。


『認めましたね?貴女は、人を売り買いをした訳だ。』

『認めるも何も、そちらはお調べ済みなんでしょう?

…で、このアタシを敵に回すとどうなるかも…お調べいただけてますかしら?

今、アナタ方はこのアタシに喧嘩を売り出そうとしてる訳なんですけど、それは自覚してます?』


すると、黙っていた夫人が怒りを吐き出した。


『か…買ったから、子供に何をしてもいいんですか?まだ、あんなあどけない子供に…!貴女は…ッ!大人の欲を…!』


何をどう調べたのか、夫人はアタシを完全にロリコン扱いだ。

 ※注 うーん、あながち間違っては(以下省略)



『ちょ、あの、何か勘違いしていらっしゃいません?ワタシが、あの子供に、何かしてるとでも仰りたいのですか?』

 ※注 火鳥さん僅かに動揺。


酷い調べをしたもんだ、とアタシは呆れた。



『…失礼。他人の趣味をとやかく言うつもりはありませんが、あの子は解放してあげるべきだ。』

『いいえ!子供を性の対象とするなんて間違ってます!』


夫も妻も、すっかりアタシをロリコン扱いだ。



『・・・あの、いや、だから、アタシは、そういう趣味はありません。』



『…そういう趣味を持つ人は、最初みんな…そう言うんでしょうね!』


『だ〜か〜ら〜!アタシは…!』




話は脱線してしまったが、要約すれば、夫婦は子供が欲しいから蒼を養女によこせ、と言っているのだ。

その話に辿り着くまで、アタシが何度ロリコンじゃないと言ったことか…。



確かに、アタシは先日、とあるパーティーに蒼を連れて行った。

いけ好かない女に蒼と一緒に来るようにと呼び出されたから、行っただけ。




そこで、蒼を見た夫婦が蒼を気に入ってしまったらしい。







「だからって…その夫婦にホイホイ蒼ちゃんをあげるなんて言ったの!?りり!」


話の途中で忍が割って入ったので、アタシは溜息をつきながら嗜めた。


「だ〜か〜ら〜…話を最後まで聞いてよ、忍ねーさん。話が進みやしない。」

「ご、ごめん。どうぞ。」

立ち上がりかけた忍は再度ソファに腰掛け、片手で続きを話すように促した。



「ちゃんと、本人にも意見を聞いたワケよ。」

「蒼ちゃんに?」


「そう。そうしたら…。」





『・・・うん、いいよ。』





「え、ええええええ!?嘘でしょおおおお!?」

「それはあっさり、快く、OKしたわよ。」


アタシも忍ほどではなかったが、少し意外に思った。


「な、なんで…?喧嘩でもしたの?」

とオロオロした忍に、アタシはいつも通り答える。


「そんなのしてないし、していたとしても別に構わないでしょ。」

「か、構うわよ!大いに構うわよ!りり、何かしたんでしょ!?」


蒼の変化の原因をいつもアタシのせいにするその癖をやめて欲しいものだ。

アタシはちゃんと否定した。


「だから、してないっつーの。」


しかし、忍は何かあるに決まっている、という顔を崩さない。

もう一度、記憶を巡って、それらしい原因を探ってはみる。


「あるとすれば、ただ・・・。」

「ただ?」



「最近、アタシが家に帰ってないから拗ねてんじゃない?多分。」


忍はスッと静かなテンションに切り替わり、アタシを責め立て始めた。


「・・・あるじゃないの。立派にあるじゃないの。何とぼけてんの?」

「別に直接、何かした訳じゃないし、アタシは仕事してんの!!」


「結局、何かしてるじゃない。仕事ばっかりでロクに家に帰らずに蒼ちゃん放置しているって事をしでかしているじゃないの。」


「その程度の事、蒼ならいつも許容してたわよ。ていうか、それが原因だとは思えないんだけど!!」

「りり、我慢の限界って言葉知ってる?堪忍袋って知ってる?人には、同じ事をされ続ける事で怒りに変わる瞬間があるってご存知?」


ここぞとばかりに責め立ててくる…!なんなの!?この女!


「…ぐ、忍ねーさん!ここぞとばかりに責め立てるのやめてくんない!?」

「まだ、彼女の方がそこは察してくれたわよ。彼女なら、遅くなる時は絶対に連絡くれるもの。」


「よ、よりにもよって、あ、あの女と比べないでよッ!!!」


あの死んだ魚の目の女なんかと…!

忍はやれやれといった感じで、話題を少し変えた。


「ねえ、りり…電話の一つでもしてるの?」

「必要ないでしょ。」


「お詫びのメール。」

「なんで詫びるの?悪くないのに。仕事してるのに。」


「埋め合わせのデート。」

「何を埋めるの?大体、あの子なら買い物くらい一人で行けるでしょうが。」


「デート!!」

「子供と行けるかッ!!」


「蒼ちゃんは、心はもう子供じゃないわよッ!」


「体が子供なら、まるごと子供よッ!

アタシがこれ以上あの子供と関わったら、ロリコンってますます言われるじゃないのよ!

ああっもうッ!情けない会話させないでよッ!!」


アタシは椅子をくるりと回転させ、忍に背中を向けた。



―― 子供は嫌いだ。


蒼は物分りがいいし、子供らしくない子供だが、アタシが傍にいると蒼は子供丸出しだ。

かと思えば、急に”女”を出してくる。

思春期だと言えば、それで片付くのだろうが…蒼がまさにそういう時期なのかもしれない。

アタシは蒼の年齢の時から他人を嫌い始めたから、思春期の時、他人がどうしていたのかなんて知らない。

だから、どうしたらいいのかも勿論知らない。


そのせいだろうか…たまに、蒼をどう扱っていいのかわからない時もある。


仕事はしたいし、自分の時間は削りたくない。

出来る限りの援助はしているつもりだ。



それに、あんな子供らしい子供なら…。




『率直に申し上げて、貴女の住んでいる世界と、あの子の世界は違う。』





世界が違う。

違っていて当たり前だ。

年齢、性格、育ち…全てが違うのだ。

違うからこそ、一緒にいて苦痛じゃない部分もある、というか・・・。





『他人の趣味をとやかく言うつもりはありませんが、あの子は解放してあげるべきだ。』




(…解放、か…。)


拘束しているつもりはない。

だが…アタシが援助をしているだけで、蒼が”アタシの傍にいなければいけない”と感じる足枷は存在しているのかもしれない。




「りり…貴女…。」

「なによ、まだ文句あるの?」


頬杖をついたまま、アタシは早く出て行けという意味を込めてそう言った。


「ううん。文句じゃなくて…ただ、貴女にしては意外だったなって思って。」

「…はァ?」



「”他人がどう言おうと、そんな事はアタシに関係ない”って…貴女なら、そんな話突っ撥ねると思ってた。」

「・・・。」


「蒼ちゃんと一緒に住む事で、何も知らない人間は好き勝手言うだろうけど、強い貴女はブレる事なく蒼ちゃんの傍にいてくれるだろうって思ってた。」



いかにも失望しましたって声が背中から刺すように聞こえた。



「…そりゃ、ご期待に添えなくて残念だったわね。」



素っ気無く返事をすると、扉が閉まる音がして、アタシのオフィスは再び静かになった。




「・・・・。」



何よ。



「・・・・・・・。」



アタシが悪いって言うの?



「・・・・・・・・・・・・。」



脳裏に浮かぶのは、夫の言葉だ。


『火鳥さん、我々は我々の未来を考えるべきなんです。蒼ちゃんは、とても聡明な子だ。火鳥さん、貴女もそうだ。

今の状況、子供を抱えながら今までのように仕事をする事は難しい…。歯痒いでしょう?

思春期を迎え、子供にとってますます支えが必要な時、貴女は蒼ちゃんの傍にはいない。それは悲しい事だ。

お互いに今の環境…とても望ましいとは思えないんですがね?』



「・・・うるっさいわね・・・知ってるのよ、そんな事は。」



あの言葉に少しでも納得してしまった自分がいた。

アタシは、蒼が必要だと思った時にいないから。


だから、蒼に話した。

蒼に判断を委ねよう、と。


アタシは…別にどっちでも良かった。



『・・・うん、いいよ。』


あっさりと蒼は、そう判断した。

アタシに、見切りをつけたのだ。



(ま、それはそれで良い判断だわ。)



やはり、蒼は頭が良いのだ、とアタシはホッとした。




「なんでホッとしてんのよッ!!」


※注 火鳥さん、自分ツッコミ習得。






「あーイライラする!帰る!!」




仕事を切り上げ、家に帰ると、君江さんが困ったような顔で「おかえりなさいませ」とだけ言った。




「お嬢様、蒼ちゃんを…養女に出す、というのは…」

「君江さんまで、その話?」


ウンザリしながら、アタシは真っ直ぐリビングに向かった。

蒼が通学している学生服の上着がソファにかけられたままになっている。



(入学式、結局・・・。)


学校に迎えに行っただけ、だった。

勉強がどれだけのレベルとか、あれから友人が出来たとか…そんな話もいつしたんだったか。




「…お嬢様、もう一度考え直してもらえませんか?蒼ちゃん、やっぱり…。」


君江さんはアタシのバッグを持ったまま、小声でそう言った。


「嫌だって言ったの?」

「いいえ…ただ、自分は、お姉ちゃんの邪魔になったんだって…」


思わず振り返る。


「そッ!・・・・・・そう、そんな事言ってたの。」


否定しようと思ったがやめた。

いい訳じみた言葉しか出なさそうだったから。


『火鳥さん、我々は我々の未来を考えるべきなんです。』


「違うって言ってください、お嬢様。本当に蒼ちゃんの事を考えて…」



『思春期を迎え、子供にとってますます支えが必要な時、貴女は蒼ちゃんの傍にはいない。それは悲しい事だ。』



考えたわよ。

言われなくたって、考えたわよ。




『お互いに今の環境…とても望ましいとは思えないんですがね?』



思ったわよ。

他人に言われなくたって、思ったわよ。



「…このアタシが、他人の為に何を考えろっていうのよ。」


アタシは薄ら笑いを浮かべながら、そう言った。


誰かの為に、なんて…所詮、アタシには無理だった。




「お嬢様!」


「アタシは蒼に”選べ”って言ったのよ。本人に任せたの。」



「お嬢様……貴女は…!」



君江さんは、それ以上、何も言わなかった。

きっと彼女の事だ、察してくれたのだろう。




蒼の部屋からは光が漏れていたが、アタシは部屋に入る事無く、シャワーを浴びに行った。





「お姉ちゃん。」


シャワーを浴びていると、ドア越しにシルエットが見えた。


「お姉ちゃん、いい?」


…蒼だ。



「そのままでいいから、聞いて欲しいの。」

「・・・何?」


「あのね?…”確認”。」

「何の?」


「今回の事。」

「・・・・・・。」



「忍先生や君江さんは色々心配してくれたけど、お姉ちゃんは気にしなくていいから。

二人共、考えすぎなんだよ…。」


「・・・・・・。」


「私ね、実は、お姉ちゃんに止めてもらえるって…期待してた。

赤の他人に渡さないって、家族だからって証明…っていうと、オーバーかな…うん、でも…

お姉ちゃんから必要だって言って…欲しかったんだよね。」



(誰が…不必要だの邪魔だの言ったのよ…。)



ムカムカする。

一体、何に?


蒼…じゃないのは確か。



「あ!別に…お姉ちゃんが、私を不必要だから養女にする話を持ってきたんだなんて、全然思ってないんだよ?

お姉ちゃんは…私の事、ちゃんと考えてくれる人だもん。

あの人達、良い夫婦だもんね…良い人だもんね。

だから、お姉ちゃんは…きっと……これが、ベストだと思ったんだよね?」


「・・・・・・・・。」


「あ、で…確認だけどね?これは私の問題、なんだよね?だから、私が、この話の結論を出して良いんでしょ?」


「…そ…」


アタシの口はそこで止まった。




私の問題。

蒼だけの問題?



『火鳥さん、我々は我々の未来を考えるべきなんです。』



我々の問題?


我々って、誰?


アタシは…どうしたい?

蒼の事を考えろって…自分の事じゃないから、蒼に委ねたけれど…。


そもそも、なんでこんなにイライラするの?

そもそも、蒼をくれとか言う話がなければ…。


アタシが蒼と一緒にいるコトに、赤の他人にアレコレ指図される覚えは…。




『…失礼。他人の趣味をとやかく言うつもりはありませんが、あの子は解放してあげるべきだ。』


解放って言うけれど、アタシは蒼を束縛した覚えは無いし…。




『いいえ!子供を性の対象とするなんて間違ってます!』




ロリコンじゃない!!





そこで、ブチッとアタシはキレた。



「・・・・・・。」


「…お姉ちゃん?」



黙り込むアタシに、蒼は話すのを止め、蒼のシルエットが薄くなった。



(ああッもうッ!!)



”ガチャ!”


アタシは即座にドアを開け、そのままシャワー室を出て、蒼の手首を捕まえた。


「お姉・・・!」


振り向いた蒼の目には、涙が浮かんでいた。



「ふざけんじゃないわよ…。」


ぱたぱたと水滴が身体から床に落ちる。


「お姉ちゃん?」


「赤の他人風情が…好き勝手に…!」


「お、お姉ちゃん?」



何を抑圧していたのかは解らないが、蒼の顔を見たら、一気にそれが出た。



「アタシなりに、蒼の事は考えた!アタシは蒼の事を考えたから、あの夫婦の話をアンタにしただけ!

傍にいないのは事実だし!仕事はしたいし!そういう意味では、アタシは…アンタと一緒にいるのに向いてないって思ったのよ!」


「・・・え?」


「で!養女になるかどうか決めるのはアンタよ!アタシは、別に蒼が決めた事なら文句は言わない!

だけどね!一つだけ言っておくけど!

そもそも、なんでアタシが、こんな事を考えなきゃいけないのよッ!」


「・・・へ?」


「赤の他人がノコノコやって来て、脅しめいた言葉で娘をくれ、とかふざけんじゃないわよ!

人身売買だなんてよくも言ったわね!自分達には子供が出来ないなんて大義名分があるから許されると思ってんの!?

うるさいのよッ!赤の他人がぴーちくぱーちく!

蒼は、アタシが出会って、アタシが守って、アタシの元にいるんだから、アタシのモノよッ!!」


「・・・!」


「挙句、”我々の為”だァ!?アタシはアタシの為にしか頭を使いたく無いのよッ!

アタシの事まで勝手に含めて考えてるんじゃないわよッ!アタシの判断はアタシがするんだからッ!」

「う、うん…。」




「蒼!」

「は、はい?」



「アタシは、行かなくていいと思ってる。」

「え・・・!?」


「アンタをあの家に行かせたら、あの家に染まる。だから、ダメよ。で、アンタはどうなの?」


「あ、うん・・・行きたくない。」

「そう、わかったわ。断るわよ、いいわね?」


「うん!」

「よし!」



アタシは、そう結論付けるとシャワー室に戻った。





次の日。

アタシは、夫婦に養女の話を断った。

正確に言うと、蒼と一緒に夫婦の家にわざわざ訪ね、蒼がハッキリと断ったのだ。




『私の事を大人に買われてかわいそうな子供だと勝手に思っている大人は嫌いだし

子供に恵まれない可愛そうな夫婦だなって思いながら、気を遣うのも嫌だし、

お互い同情を抱えて、隙間を埋め合いながら一緒に暮らすなんて器用なこと、私には出来ません。

素敵なご夫婦だと思いますが、私にとっての家族は、この人なんです。


…だから、ごめんなさい。』



夫婦はぽかんと口を開けて、何も言わなかった。



アタシも正直、驚いた。


帰りの車中。

蒼は終始ご機嫌だった。





「お姉ちゃん。」

「何?」


「…私、これからもお姉ちゃんのモノで良いんだよね?」






『蒼は、アタシが出会って、アタシが守って、アタシの元にいるんだから、アタシのモノよッ!!』





・・・しまった、口が滑った。





「・・・そ、それを決めるのは、アンタよ、蒼。好きにしなさい。」




”アタシも好きにするから。”

この言葉は飲み込んだ。




赤信号で停まると、蒼が瞬時にアタシの右頬に唇をあてた。


「何してんのよ…!」

「私がお姉ちゃんのモノなら、お姉ちゃんも私のモノって事。」



「勝手に決めないでくれる?」

「私が決めたの。私の中で。だから、文句は言わせません♪」



「この、クソガキ・・・。」



そうは言いつつも、アタシは思わず笑ってしまった。


他人を近くだの遠くだのに感じるって、誰が言い始めたのだろう。

心の位置だの距離だの…くだらない。

まったく、いい迷惑だわ。


でも、これで解った。



曖昧ながらも、これでいいのだと。


お互いの顔が見える、これが、アタシ達の適切な距離。









― 彼女達の適切な距離。 END ―


よくあるお話?と思ったので、小ネタ扱いです!

火鳥さんは・・・ 完 全 に ロ リ コ ン 枠 になりましたね。(満足)