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[ 水島さんは偵察中。〜火鳥さんはデート中。の裏側で。〜 ]






私の名前は水島。

悪いが下の名前は聞かないで欲しい。


今の私の目の前には、女性がいる。

女性と言っても、正直若くは無い。歳は40代後半か50代だろう。

・・・別に、若かろうが、老けていようが、性別が”女性”である限り、女難の女である私は油断できない。


水島さんシリーズも初期はドタバタ感あったし、色々な女性と絡んでて良かったよね〜最近はなんか女難トラブル少ないし、展開遅いし、つまんねえんだよな〜


とか言われようとも、私がピンチの連続に見舞われ、ヒイヒイ言うのはもはや毎回の事。


女性と関われば、ロクな事は無い、とわかりきっているのに、避けられないから問題なのだ。


だから、目の前の女性と関わるからには、私は身構えずにはいられない。


場所は、街中のとある喫茶店。

木のテーブルに、椅子。観葉植物と風景画が数点飾ってあり、落ち着いたジャズが流れ、コーヒー豆を挽く音と混ざりあい、それが調和する店内。


土曜日。電話で、突然呼び出され、私は素直に出かけた。

無視しても良かったのだが・・・知り合いの名前を出された挙句、”来ないとどうなるか、知りませんわよ”と最後に呟かれたら、行くしか無いだろう。

上品そうな服に、これまた上品な仕草のその女性は、私をやや厳しい顔で下から上とチェックした。


会釈をすると、女性は黙って座るように手のひらを出した。

椅子に座って、私はコーヒーを頼み、しばらく黙ってコーヒーを飲んでいると、女性は自己紹介もせず、こう切り出したのだ。



「正直に申し上げまして・・・私は、貴女様をお嬢様のご友人としては、完全に認めてはおりません。」

「は、はあ・・・。」


出だしから、私は否定された。


「しかし、お嬢様が他人をあれだけ気にし、評価なさるのは、稀の稀の稀・・・本当に、稀な事・・・異常事態です。

私には、どう見ても、貴女は一般的な非社交的な方としか見えないのですが。」

「は、はあ・・・。」


私は褒められてるのか、どうなのか・・・いや、やっぱり褒められてはいない。


「それにしても・・・わからないものだわ・・・あんなに友達に縁の無いお嬢様にやっと友達が出来たと思ったら、こんな・・・」

なんだか、愚痴っぽくなってきた。それに長くなりそうだ・・・。


「あ、あのー・・・そろそろ、本題に・・・。」


私は必死に苦笑いを浮かべて、本題に入るように促した。


「ああ、そうでしたわね。・・・私、悩みに悩みましたが・・・やはり、適任者は貴女だと思いまして。」

「は、はあ・・・つまり?」


本題に入るとは言っても、ちっとも話が見えてこない。

すると、ご婦人はぴくりと眉毛を動かし、じっと私を見て、目をカッと見開き、こう言った。



「明日の日曜、お嬢様のお出かけに、同行なさいませッ!!」



しばしの沈黙。




「・・・・・・・失礼します。」


私はすっと席を立ち、喫茶店の出口に向かおうとした。

・・・やっぱり、そんな予感はしたのだ。

先日の火鳥の相談事といい、このご婦人は”火鳥”の親近者だって名乗るし、そんな事じゃないかと思ったんだ。

日曜日の火鳥のロリコンデートに付き合えだと!?冗談じゃない!貴重な休日を潰してたまるか!


「お、お待ちなさいな!貴女は、莉里羅お嬢様の”ご親友”でしょうに!?」


立ち去ろうとする私の腰に両手でがっしりと掴みかかる、ご婦人。目は血走っていて、もう怖い!


「ち、違います!私は”知り合い”です!あと、勝手に友達のランクを上げないで下さいッ!」


周囲からみたら、人嫌いが二人いて、度々一緒にいるんだから、似たもの同士、友達と呼ばれるのは不本意だが仕方が無いとして。

断じて、私と火鳥は・・・親友、ではない!

大体、そんな気持ちの悪い称号なんか要らんッ!!


「人嫌いのお嬢様が、初めての人ごみの中心地テーマパークで、初めての未成年と過ごすんですッ!これが心配せずにいられますか!?」

「だから!それは火鳥さん自身が選んだ事でしょう!?私は知りませんよっ!」


私の言葉を聞くなり、ご婦人は信じられないという顔をして、こう言った。


「んまあ!お嬢様とティータイムを2回以上なさったくせに、友達ではないというのですか!?どんな神経してらっしゃるのッ!?」

「いや、友達認定のハードルが低過ぎるでしょッ!?火鳥さんには、どんだけ友達いないんですかッ!?」


「ゼロよッ!お嬢様には、友達と呼べる生物は、小学生の頃飼ってたカブトムシくらいしかいなかったわッ!」

「わざわざゼロ宣言しないであげて!薄々わかってた事なんだし!しかも、友達が虫しかいないってどういう事なのッ!?」


「お嬢様の初めての人間のお友達・・・!ここで逃してたまりますか・・・!」

「違うっ!それは、友達に対しての言葉じゃない!は、離してええええ!私はカブトムシじゃない!」


しかし、離れない!しかも、徐々に腕がきつく絞まっていく・・・!

いかん!胃が圧迫されて、さっき食べたココイチの『なすカレー』が出てしまうッ・・・!!


「わ、わわかりました!詳しく話を聞きますから!一旦座って下さいッ!」



・・・という訳で。


日曜日。

私は、火鳥の家政婦である、美作 君江さんと火鳥のロリコンデートに同行することになった。


・・・だって・・・怖いんだもん、あのおばさん・・・。



「・・・一応、断っておきますが・・・私は、火鳥さんにテーマパークでの庶民的な過ごし方をレクチャーしておきました。

だから、特別な事は何も起こらないと思いますよ。(・・・女難トラブル以外は。)」


賑やかなテーマパーク・百合やしきの入場ゲート前で、私はそう言った。


何が悲しくて、私は知り合いの人嫌いのデートを、よく知らない他人と見守らなくちゃならないんだ・・・。


こんな事なら・・・


(忍さんと見守ってた方が、気が楽だった・・・かも・・・)


「水島さん、貴女が私を知らなくても、私は、貴女を知っております。

・・・今だって”何故こんな見知らぬ吉永小百合系のオバサンと一緒にいるのか”とお考えなのでしょう?」


「・・・いえ、そんな事はありませんよ・・・。(特に吉永小百合系の所)」

「ご心配なさらず。・・・以前、お嬢様の命令で、貴女の素性をお調べしたのは、この私なのですから。

それに、貴女は、お嬢様と考え方が似ております。故に、私は貴女との接し方も心得ているつもりです、安心してお嬢様のデートを見守って下さいませ!

ご友人として!」

「・・・は、はあ・・・。」

もはや、私は火鳥の友人という設定から逃れられないようだ。


「水島さん、今日一日が無事に終了したら・・・約束どおり、例の品を差し上げましょう。・・・はっ!お嬢様だわ!行きますわよ!」


そう言って、君江さんはサングラスをかけた。


「・・・・・・・・・。」


仕方が無い。

既に火鳥と蒼ちゃんは百合やしきの中に入ってしまったし、謝礼も出るなら、やるしかない。

私はゆったりと歩き出した。

しかしながら、前かがみで足音を立てないようにひょこひょこ歩き、柱の影に身を隠すを繰り返す、君江さんの動きが不審すぎる。

「あの、美作さん・・・?」

この人、どうやって私の情報を仕入れたのだろうか。


「美作じゃなくて・・・キミーと呼んで!」


呼ばねえよ。(水島さん心の中のツッコミ。)


ノリノリの不審な中年に向かって、私は冷静にアドバイスをする。


「・・・君江さん。動きが不審の極みです。普通で良いんですよ。あの二人、全然振り向きませんし。」

「あ、あら、そう?月曜ミステリアスドラマでは、こうやってたんだけど・・・」


ああ、なんかそこら辺は・・・普通のおばさんっぽいなぁ・・・。


「あくまでドラマ、ですから。行きますよ、見失います。」

「ラジャー!」


・・・なんか・・・行き先不安だなぁ・・・。





なんでまた人嫌いが、人嫌いのロリコンの犯罪現場に立ち会わねばならないんだ。

もしかして、18禁な展開に向かおうとしたら、私が止めなくちゃいけないの?そんなの、知ったこっちゃない。


晴れ渡る空が・・・憎い。

はしゃぐ子供・婦女子の甲高い声が、頭に響く。


しかし、愚痴っていても何も始まらない。

まったくのタダでこんな事をする訳じゃないのだ、ちゃんとそれなりの見返りがあるのだ。

まだ、今日は始まったばかり。


「ああ・・・お嬢様のこんな姿を生きている内に見られるなんて・・・。」


君江さんに至っては、もうエンディングを迎えている。

子育てが下手な娘とその孫の不器用な交流を見守る祖母・・・こんな感じだろうか。


・・・じゃあ、私は何なんだ。

いや、そんな事はどうでもよくて!


「順調に、空いてるアトラクションに向かってますね。さすがだ・・・。」


さすが、ロリ腐っても火鳥だ。

人嫌いは、行列が嫌いだ。人に挟まれ、じっと待つ時間がまた耐えられない。


そして、そういうのが嫌いなら、徹底的にそうならない為の努力は惜しまず、すべきなのだ。

係員に文句言ったって、周囲を睨んでも、どうにもならない。順番は順番なのだ。


「さすが、お嬢様・・・中学生とはいえ、蒼ちゃんは、病み上がりの体力のない子供。それに対しての惜しみない配慮・・・!

どんなになっても、お嬢様のやさしさは色褪せる事ありませんのね!ああ、優しい!お酢よりやさしい!」

「・・・そーですね。」


受け取り方によっては、そうなるのか・・・。

お酢、関係ないから比較対象にもならないけれど・・・。


(んー・・・)


確かに。


火鳥の表情にいつもの険しさがあまりない。

いつ、女難が襲ってきてもおかしくないのに、火鳥は落ち着いていた。

スマホを構えて、蒼ちゃんの写真なんか撮ってる。


・・・いや、待て。


今、撮るべきじゃないだろ。

大体、今蒼ちゃんカメラの方見てなかったし。

今、ただ乗り場まで待ってるだけだし、なんかポーズつけさせるなり、スマイル浮かべさせて、心の準備をさせたりしないのか!?

これでは記念撮影じゃない、ただの盗撮・・・いや、言い過ぎた。記録撮影じゃないか!

言わんこっちゃない。

蒼ちゃんが困った顔をしてから、苦笑いを浮かべている。中学生に気を使わせてるんじゃないよ!


「・・・なってないわ・・・。」

君江さんが不満そうにボソリと呟いた。

「そうですね、せっかくの記念撮影なんですし。あんな突然・・・」


私も私で、火鳥にそこまで細かいアドバイスが必要だとは思わなかった。

記念撮影の基本をもっと教えといたら良かった。


「最近のスマートフォンの解像度は確かに、デジカメ並みですが、それでも所詮、電話は電話。

このカメラには及ばないわ・・・」

「うわっ!?」


どこから飛び出したのか、君江さんは、大きな広角レンズのカメラを構えた。

メガホン・・・いや、パーティーで使われるかどうかも微妙な、ただ大きなクラッカー!?


とにかく、でかい!目立つ!


「さー近づけ〜!寄り添え〜!そーそー・・・いいよー・・・一枚脱ごうかー・・・?」

「き、君江さん・・・?」


どこのグラビアアイドルを脱がせるカメラマンだ・・・!

しかし、君江さんはそのカメラを使い慣れているのか、ちっとも手元がぶれない。

シャッター音が2,3回して、君江さんはやや悲しそうに笑って言った。


「・・・お嬢様は、お写真が嫌いなんです。入学式、卒業式・・・そして、私が隠し撮った写真くらいしか、ちゃんとしたお写真が無いんです。」

「隠し撮ってる時点で、ちゃんとはしてませんよね?」


しかし、色々嫌いなもんがあるなあ・・・不便じゃないのか?

 ※注 他人のこと言えませんよ。水島さん。


「もう、いい大人ですし、お嬢様はああいう方ですから、誰もお嬢様の嗜好や行動、好き嫌いまでを咎める人はいません。

それでも、私は・・・お嬢様の事を思えば、行動せずには、口にせずにはいられません。

お嬢様に意見をして、耳を傾けてくれるのは、私、忍お嬢様、そして・・・蒼ちゃんくらいですから。」

「そうですか。」


自分にとって都合の悪い事を言う人物は、大体そうだ。


多少言葉がきつくても、本当に自分の事を思って言ってくれているのか。

ただ、自分の不満を伝えるばかりで、自分が楽になりたいだけなのか。


その両方を兼ね備えているのか。


その人がどういうつもりで自分に意見を言うのか、それは、私にはわからない。

その言葉によって、自分の進行方向が阻害されるならば、私は無視をしてしまうし。


・・・いや、それはこの際、どうでもいい。


自分に都合が悪い、言われて腹が立つ、だけで済まない問題もあるのだ。

自分に非があるなら、自分が悪いと自覚したなら、認めて改善する努力はすべきなのだ。


・・・そうはわかっているのだが、年を重ねれば重ねるほど、余計なプライドと、”お前にだけは言われたくないし、言う程お前だって出来てない”という余計な考えで、自分自身の成長を自分で止めてしまう。

お前の為に、私がわざわざ言ってやってるんだ、みたいな言い方をされたら、それこそ”結構です”とも言い返したくなる。


とにかく、本当にその人の事を思っての言動ならば、言葉によってはムッとするだろうが、多少なりとも受け入れようとする姿勢が言われた本人にだって、見られる筈だ。

だから、言われる方も、どんなに都合が悪くても素直に受け入れる心を持たなくちゃいけない。


・・・まあ、それがスムーズに出来たら、苦労はしない。


「次点で、貴女ですかしら。」

「そ、そうですか・・・。」

単に、それは火鳥に深く関わる人間が、美作さんと蒼ちゃん、そして私の3人くらいしかいないからじゃないだろうか。


大体、火鳥は出会った頃からああいう女だし、私の言う事は馬鹿にするばかりで私の意見など聞きやしない。

例え、自分が悪くてもきちんと下げる頭や相手を納得させるだけの謝罪の言葉を、あの女はきっと持ってないだろう。

あの女に何かを言おうものなら、自分の痛い所を何十倍もの痛みで返されるに決まっている。


本当に嫌われていたり、その人の事を考えていない奴が取る行動は、無関心、とよく言ったものだが。


しかし、本当の本当に嫌われていたら・・・人は”排除”される。


無視による排除、社会的に排除、命を排除・・・。

嫌われるというよりも、憎まれると言った方がいいかもしれない。


それが振り切れると、もはや構う事すら嫌になる。

いや、もっともっと振り切れ、千切れて、感覚が狂ったら、そいつの存在が許せなくなるのだ。


それが、いつどのような人物に抱かれる感情かわからない。それが、いつ爆発して、どのような形で自分に向けられるのかもわからない。


だから、人間とは恐ろしいのだ。


人と付き合ってると、こういう事があるから、私は嫌いだ。

だからこその人嫌いなのだが。


火鳥は、どうだろう。

私に近いが、近付くと遠い存在。


火鳥は、私と違って人と関わる事に恐れてはいない。

あの女は、自分に不都合な人間を排除する事が日常茶飯事なのだ。

もしくは、自分の糧に・・・いや、”踏み台”の方がしっくりくる。


火鳥は、そこら辺がハッキリしているし、解りやすい分、私のような人嫌いにとっては、確かに付き合いやすい。

うん・・・付き合いやすいんだけど、長くは付き合いたくは無い。



(火鳥の傍にいる、蒼ちゃんは・・・いずれ、火鳥の踏み台に、なるのか?)



人は、簡単に変わったりなど出来ない。


人嫌いは、人から影響を受けるのを何より嫌う・・・だから、人嫌いなのだ。


火鳥にとって、蒼ちゃんは・・・正直”邪魔”な存在である筈だ。

こんな場所にだって、本当は来たくない筈だ。


だが、蒼ちゃんと一緒にいる火鳥は、間違いなく・・・いつもの”人嫌いの火鳥”ではない。


他人と手を繋いで、自分の時間を他人と共有する。

それを、人嫌いの火鳥が、自分の時間より優先させたのだ。


つまり、火鳥にとって、それが・・・一番ベストな事だから。



そう、案外、火鳥に必要だったのは・・・。



”カシャっ”

考え事をしていた私は、シャッター音に現実世界へ呼び戻される。


「き、君江さん・・・?」

「とにかく、お二人にとっては、今日この日は、大事な日です。しっかり記録せねば・・・!」


頑張るのは、大変結構なことなのだが・・・。


しかし、どうにも、その記録の仕方が目立ってしょうがない。

どこからどう見ても不審者だ。

これで『ミニにタコが出来たというギャグ写真を撮ろうとして』とか言っても、世間様、警察様、バカ殿様が納得する筈もない。


なんだか、周囲の大人の目が厳しいような気もする。

これで火鳥にバレたら、怒られるし、蒼ちゃんの面倒を押し付けられるに決まっている。

ただでさえ、よく知らない、家政婦は見過ぎと言いたくなる様なおばさんといて、苦痛なのに・・・

赤の他人3人と人混みを歩くなんて、そんなの嫌だ!!


「き、君江さん、そのカメラは目立ちますし、怪しすぎます。撮影は(頼りないけれど)火鳥さんがしますし、我々がすべきなのは、二人を見守ることです。」

「・・・なるほど、これ以上は、野暮って事ね・・・。」


(いや、野暮っていうか・・・アホっていうか・・・。)


何故かニヒルな笑みを浮かべる君江さんをなんとか説得し、私たちはそのまま、火鳥達を見守った。

オリオンコースターに乗り込む火鳥と蒼ちゃんを遠くから見守る。

なにやら火鳥がコースターに乗るのを拒否しているみたいだが・・・空気を読んで乗ってくれた。


”カシャッ”

「き、君江さん・・・記念写真を撮りたいのはわかりますが・・・火鳥さんにバレちゃいますし、本当に不審者にしか見えないんで・・・。」

「何をおっしゃいますか!私が撮らなかったら、お嬢様と蒼ちゃんの揃った姿を誰が撮るんです!

お嬢様が自ら進んで自分撮りするような人にみえますか?見えないです!えー私には見えませんよ!ありえませんよ!」

「あの、大事なお嬢様に向かって、結構酷い暴言吐いてますよね・・・。」

「あら、そんな事は・・・ナッ!?」


私のツッコミに反論しようとした君江さんの表情が固まった。

君江さんの視線の先を追う。


「はうあ!?」


私が見たのは・・・蒼ちゃんをお姫様抱っこするロリコンの姿・・・!

火鳥という女は、いかなる事情があろうとも人前でそんな事をする女では無かった、と私は認識していたのだが・・・。


これは・・・さすがの君江さんでもショックなんじゃな


「超・シャッターチャンス!!!」

「何言ってんの!?」


私のツッコミそっちのけで、君江さんはカメラを構え、連続撮影を始めた。

・・・どこのカメラ小僧なんだ・・・。


(・・・あ!ヤバイ!)


ふと、火鳥と目が合いそうになり、私は咄嗟に君江さんを抱え、物陰に隠れた。


「危なかった・・・!」


呼吸を整え、火鳥達の後をつけようとする私を君江さんが止めた。


「ちょっとお待ちなさい。私に良いアイデアがあります。」

「・・・なんですか?」


ニヒルな笑顔の家政婦の台詞に、あまり良い予感がしない。


「このままつければバレます。」

「・・・ええ。(ほぼ、貴女のせいですけど!)」


「これまで、貴女を極秘調査してきた私の技術をお見せいたしましょう・・・そこら辺の秘書の小娘より、迅速丁寧に活動してきた、私の実力を・・・!」

「・・・・・・はい・・・(このオバさん、大丈夫かな・・・。)」


そして、君江さんは5分程、私に黙ってトイレの裏で待つように言い残し、別行動を始めた。


5分後。

私の予感は的中する。



君江さんは、なにやらもふもふとした、着ぐるみらしき衣装を抱えて戻ってきた。


「さあさ、これに着替えて〜潜入捜査らしくなってきたでしょ〜?」


そう言いながら、君江さんは私に茶色い着ぐるみを渡した。

まあ、確かに遊園地に着ぐるみが歩き回っていても、デカイカメラ持った怪しいおばさんよりは、誰も着目はしないだろう。

私が着ぐるみを着用しようとした時・・・


「よいしょっと。」


君江さんが、着ぐるみの頭を被った。

あれ?その百合の花の形をしたゆるい表情の頭・・・どっかで見た覚えが・・・?


『ユリィでぇす☆体重は、ドリアン8つ分で、結構ぽっちゃり系だよ☆』



それは、紛れも無く、ゆりやしきの看板マスコットキャラクター・・・ユリィちゃんであった。

私は叫んだ。


「何で看板キャラクターさらって来てんだよおおおおおおおおおお!!!」




ヤバイヤバイヤバイ・・・コレ、ヤバイヨ!ヤバイヨヤバイヨ!リアルにヤバイヨ!!


目の前の着ぐるみは、正真正銘の百合やしき看板キャラ、ユリイちゃんだ!


「君江さん・・・マズイでしょ・・・!これ、看板キャラじゃないですか!目立つでしょ!どこから持って来たんですか!?」


目を逸らし、口元を隠し笑いながら君江さんは言った。


「あぁ・・・その・・・まあ、その・・・親切な方に譲っていただきましたの。」


その言い分は、無茶苦茶怪しい。

ていうか、いくら親切でも、尾行している不審人物に、看板キャラの外装をわざわざキャストオフして貸し出すヤツがいるものか!!


「嘘ですよね?なんか、黙って持ってきちゃった系ですよね?ね!?」

「んまあ!人聞きの悪い。ちゃんと拳を交えて、大人の話し合いをしました〜ッ!」


「大人の話し合いに拳は交えなくていいんですよ!ていうか、交えるな!やっぱり暴力による略奪行為しちゃってる〜ッ!!」


何と言う事だ・・・!これじゃ、着ぐるみを着た瞬間、暴行罪と窃盗罪のWパンチ確定だ!

私は頭を抱えた。


「とにかく、この状況じゃ、これは着られませんよ!」


私は、着ないと拒否した。

しかし、中年女性は引かない。


「ご安心下さいな。あまり、大声じゃ言えませんけれどね・・・ちゃんと中の”具”は・・・始末しましたよ。」


君江さんは、そう言ってうふふっとのん気に笑って、着ぐるみを着始めた。

聞き慣れない単語を反芻して、私はハッとした。


「・・・・・・”具”って・・・・ハッ!?」


中の具って・・・な・・・中の人おおおおおおおおおおおお!?

口を開け、がたがた震える私を見て、君江さんはニヤッと笑った。


・・・その黒い笑みは・・・火鳥とダブる。


「始末って・・・まさか・・・!?」


そうか、年をとっても、目の前の中年は・・・やっぱり火鳥関連の人だった!やる事成す事、真っ黒!!



「さあ、とっと着てしまいなさい。・・・前の具が、報われませんわよ?」

「・・・はい・・・。」


(”前の具”って言うな・・・!前の中身の人を、具って言うなッ!)


私は、なんとか犬のキャラクター”ワン座衛門”に着替えた。

・・・百合の花のキャラとセットなのが、犬で、小難しい名前なのが、やや理解しがたいが・・・。


着替え終わって、私と君江さんはのそのそと園内を歩き始めた。


「あっ!ユリイちゃんだ!」

「写真一緒に撮ってー!」


やはり、着ぐるみは目立つ。

子供や若い女性がわあっと寄って来て、ユリイの中の具である、君江さんは手を振って応える。

その対応は・・・上手い。握手をしたり、ユリイちゃんの身振り手振りもやってのける。

元々、この人がユリイだったんじゃないか、と思うほど仕草は女の子っぽく、愛嬌も愛想も満点だ。


・・・それに比べて・・・。


「おーワン公じゃん。ついでに写真撮らせろやー。」


”げしっ!”


『ぬおっ!?』




私の背中に蹴りが入った。

着ぐるみを着ていても、衝撃は重くて痛い。


振り返ると、ニヤニヤ笑いながら、いかにも頭の悪そうな若い男が、いかにも頭がゆるそうな若い女の肩を抱きながら、私を蹴っていた。


それが・・・犬にモノを頼む態度か・・・ッ!!


(私(ワン座衛門)の扱いって・・・百合の花の化け物以下?)


内心ムカつきながらも、必死に手を振ったりして、愛想を振りまいてはみるが・・・


「時給いくらで、そんな恥ずかしい事やってんだよ!へへへ!なあ?いくら?」


『・・・・・・。』

(そんなの出てたら、もっと真面目に稽古してからやるわッ!)


「やだー健二〜そんなにワンちゃん蹴ったら、か〜わ〜い〜そ〜お〜!きゃははは!」


『・・・・・・・。』

(・・・かわいそうなのは、お前とお前の隣にいる健二だよッ!馬鹿丸出しじゃねえか!!)


「いや、蹴るとマジで気持ち良いぜ。手ごたえあってよー!実際、中身痛くないよなぁ?な?」


犬は蹴るもんじゃありませんし、具は心身共に痛みを感じてます!!


「ジェット・スパーク・キーック!!」

「グハッ!?」


腹にものすごい衝撃。

蹴られ続ける私を見て、小さい子供が”これは蹴ってもいいものだ”と認識し、朝のヒーロータイムの必殺技の練習台にし始めた。

私は、声も出さずに”やめて”と両手を出してみるが・・・


「とおっ!とおっ!・・・チェンジ!リヴァイアサンモード!パンチ!パンチ!!」


童よ・・・きっとリヴァイアサンモードの正義のヒーローは着ぐるみ相手に、そんなに本気のパンチを繰り出したりはしない・・・!


「ワン座衛門じゃなくて、サンドバック衛門の方がよくね?はははは!」

「やだ、超ウケる〜健二〜芸人向いてる〜!」


向いてねえよ!語呂悪すぎるし、笑えねえわッ!

ダメだ・・・!こんなことしてまで、ロリコンのデートなんか見守れない・・・!!


ヨロヨロする私を見て、皆笑う。

着ぐるみって、元々こんな悲しい役目だったっけ・・・?


そこに、ユラリと・・・白い花が現れ・・・


「・・・あ?」


妙にデカい白い百合は・・・少し、ゆらっと揺れた後、視界からふっと消えた。



「キミエ・ストライク―ッ!!」



「「ぎゃああああああああ!!」」

百合の花は、豪快で、きっと一発でレッドカード決定な悪意満点の凶悪スライディングで、カップルを吹っ飛ばした。



(や、やりやがった―ッ!!そして、キミエ・ストライクって何―ッ!?)

それを傍で見ていた、子供は禍々しい百合の花と距離をジリジリっと取った。


『ユリンユリン・・・暴力はいけないんだよ?悪い子には、伝説のキミエ・ストライク・・・お見舞いしちゃうからね★』


(たった今、暴力振るったお前が言うな・・・!そして、伝説のキミエ・ストライクって何!?そんな恥ずかしい伝説、子孫に伝えられんわッ!)


キミエ・ストライクの後のせいか、百合の花が、やけに怖い。

笑顔なのに、怖い。・・・キミエ・ストライクのせいだろうか。


『今度ユリイのお友達を蹴ったら、キミ・ストかました後に、泥団子にして畑の肥料にしちゃうぞッ★』


中年女性の甲高いだけの声と、生々しい脅しの台詞がトドメをさした。


そして、キミエ・ストライクを無理矢理、略し始めた・・・だが、それは流行らないぞ・・・ッ!



「ひっ!・・・お、お母さあああああああん!!!」


子供じゃなくても、怖いわああああああああッ!!!

大人がジリジリと私達と距離を取り始め、中の具は何を考えているのか、といった表情で見る。


マズイ。具が・・・バレる・・・!!


私は咄嗟に、君江さんの手を取り逃げ出した。

着ぐるみだが、関係ない。とにかく逃げるだけ!


「着ぐるみなのに、早い・・・!」


なんで、こんな事に・・・!!

女難トラブルでも無いのに、こんな苦労を何故、休日にしなくてはならないのか・・・!!


火鳥だ・・・!

人嫌いなのに、ロリってデートなんかするからッ!!



(とっとと、火鳥のデート終わってくれないかな・・・女難の一つでも現れてくれたら・・・!)


『水島さん!止まってユリユリ★』

ユリイの中から、不愉快な奇声が聞こえ、私は止まった。

『・・・普通に喋ってもらって良いですか?』


君江さんの指差す方向に、観覧車の乗り場から、そそくさと立ち去ろうとする火鳥を発見した。

良かった、と思い後をつけようとした、その時。




「火鳥お姉様あああああああああ!!ここで会ったが百年目よおおおおおおお!!」



遠くから高くて大きな声が、園内に響いた。


あ、あの小娘は・・・確か、名前は忘れたが、火鳥の女難の一人!!


火鳥も気付いたのか、蒼ちゃんを抱えて走り出した。


(女難キタ―ッ!!)



女難が待ち遠しかったのは生まれて初めてだ!

※ 注 他人の女難。


これで、火鳥のデートは中止だ!

私の役目はこれで終わり・・・


『水島さん!何してるんですの!?追いますわよ!!』

『え!?でも、こんなトラブルが出たんじゃデートどころじゃ・・・』


百合の花の暴走は止まらない。

引っ張っていた私の手を今度は引っ張り、走り始めた。


『トラブルが起きたからこそ、私達がサポートする!決まってますでしょ!!』

『ま、マジですか!?』


『おのれ・・・お嬢様の邪魔をしおって・・・どこの小娘だ・・・!具にしてやる・・・ッ!!』

『やめて下さいッ!そして、結局、具って何なんですかーッ!!』


百合の花と犬は、そのまま園内を疾走した。



『はっはっはっ・・・はっ・・・くう〜ッ!』


・・・火鳥・・・足、超・早ええええッ!!


女難に遭った時の女難の女の脚力は侮れない。



しかし、蒼ちゃんがいくら痩せているとはいえ、人一人抱えて走る行為など・・・逃走のプロ(笑)の私に言わせれば、愚策だ。

着ぐるみで後を追う私達は、もっと馬鹿馬鹿しいが。


いつもの火鳥なら、あんな逃げ方はしない。


病み上がりの女の子を一人にせずに一緒に逃げるのは、人としては、やや正しい道?ではあるが。

ただ、いつもの火鳥ならば、形だけでも女の子をなだめて、その場を取り繕うなり、なんなりして、自分だけでも逃げる。

女難に狙われる危険性の少ない蒼ちゃんはその場に置いて、自分だけ逃げて、後で合流すればいいのだから。


人嫌いの私から見た火鳥という女は、そういう女だ。


大体・・・同じ未成年の女の子なのに、何故あっちの女の子はダメなんだ!?火鳥!



「あれ?なんでユリイちゃんと犬走ってんの?」

※注 悲しいことに、ユリイちゃん以外のキャラクターの認知度が低い。


火鳥は、どんどん遠ざかっていく。

というよりも、着ぐるみの私達が遅いのだ。

周囲の客の視線も、どんどん引きつけていく。

『やっぱり追いつけない・・・君江さん!止まりましょう!お客さんにも不審がられてます!具の正体が私達だってバレます!』


私は君江さんを引き止めるが、君江さんは止まらない。

躾のなってない大型犬みたいに、私を闇雲に引き摺り、それでもなお止まる気配すらない。


『おっ・・・お嬢様・・・ッ!ぜーはー!・・・お嬢様の為ですッ!カーッしんどいッ!

私は・・・もうッ・・・お嬢様を・・・絶対にッ・・・一人にしないと・・・誓ったんですッ!アーッしんどいッ!』


『は、はいぃ!?いや、とにかく止まりましょう!ここで体力使い切る訳にはいきませんから!』

『お一人で休憩なさいませ!私は・・・お嬢様の為なら・・・一人でも参ります!あの邪魔な小娘にキミストを・・・!』

※注 キミスト・・・ 伝説の技 キミエ・ストライクの略。


『それはやめて!!』


一体なんの事かはわからない。そして、しんどいなら止まってくれ!それから、キミストはやっぱり流行らない!


だが、着ぐるみの内側から確かに伝わる、ある種の・・・強い思い。


一人を望む、人嫌いの火鳥を・・・一人にしないとは、どういう事なのか。

君江さんが、火鳥の事を知らない筈がない。


つまり・・・?


『貴女は、知らないかもしれませんがね!お嬢様は、今まで・・・お一人で苦労してきたんですッ!』

『それは・・・火鳥が人嫌いだったからでしょう?』


私の言葉を聞くなり、百合の花の化け物はピタリと止まった。


『他人に心を許さなかったんじゃない!許せなかったんですッ!それが、やっと・・・!

今なら・・・まだ、間に合うかもしれない!お嬢様は・・・お嬢様を心から理解し、慕う、沢山の人に囲まれて、もっと幸せになっていい方なんです!』

『・・・え?・・・えぇと・・・。』


そんな事、私(人嫌い)に言われても・・・。

言葉に詰まる私の後ろから、聞きなれた声が聞こえた。


「・・・最近の着ぐるみショーってシュールなのね。お客さんが引いてるわよ?」


『忍さん!?』『忍お嬢様!?』


私と君江さんは、ほぼ同時に声を出し、驚いた。

声の主は、烏丸忍だった。

白衣ではなく、白いコート姿だったので忍さんだと簡単に認識できた。


「・・・やっぱりね。すぐわかったわ。トラブルの中心にいるんですもの。」


そう言って、忍さんは年に似合わず、少女のように笑った。


「さあ、素直にこっちに来て、二人共。ホントに、ここでショーを始めなきゃいけなくなるわよ?」


そう言って、忍さんはミネラルウォーターを振って見せた。


「は〜い!この続きは、午後からのショーをお楽しみに〜!!・・・ホラ、お客さんに手を振って。」


『『・・・・・。』』


すっかり”お姉さん役”になりきった忍さんに誘導され、私達は手を振った。


「なんだ、宣伝かよ。」

「午後のショーの内容ってどんなのかしらね?」

「ちょっとドロドロしてるのかしら?」


私達を見ていた群集は、さあっと散っていった。

勢いを削がれ、火鳥も見失った私達は、大人しく女医の後についていった。



「ぷはっ・・・生き返る・・・!」


多少温くても、乾いた身体に水が染み渡って美味い。

喉が渇きすぎて、今にもひっつきそうだったから、とてもありがたかった。


私は、着ぐるみの頭だけ取って、トイレの裏の茂みで休憩をとっていた。

君江さんは・・・芝生の上で、死体のように寝ていた。

ユリイの頭部は芝生の上に置かれ、まるで傍の死体から養分をとって百合の花の化け物が生えているように見える。



「大分、迷惑かけてるわね。ごめんね、水島さん。」

「いえ。(報酬があるし)」


短く答えて、私は水を飲む。


「なんだかんだ言って・・・結局、貴女って来ちゃってるのね?トラブルとは無縁でいたかったんじゃないの?」


そう言って、忍さんになんだか嬉しそうに笑いかけられ、思わず私は咳き込んだ。


「・・・ぐっ・・・ゴホッ・・・忍さんこそ、どうして、ここに?」


「私の新しい勤め先とココは近いの。えーっと、あの辺。」


忍さんはテーマパークの外を指差した。指をさされても、正直わからないが。


「・・・それに彼女の様子が気になったから。」


どうやら、ただの暇つぶし・・・では、無かったようだ。

私は蒼ちゃんが、病み上がりだとすっかり忘れていた。

火鳥と一緒にいる蒼ちゃんは、普通の子供らしいのだ。


「蒼ちゃん、そんなに具合良くないんですか?」


私がそう聞くと、忍さんは首を横に振った。


「いいえ、私が気にしてるのは・・・りりの方。」


子供より心配かける大人の火鳥って・・・と私は思ったが、見たままを報告した。


「大丈夫だと思いますよ。さっきも蒼ちゃん抱えて逃げてましたし、ちゃんと面倒見る気あるみたいだし。」

火鳥が今日を楽しんでいるかどうかは別問題だが。


「そう?」

「ええ、いつもの人嫌いの火鳥さんらしさは、無いです。」


じゃなきゃ、人嫌いの女難の女は、あんな逃げ方しないし、そもそも、こんな所最初から来ない。

火鳥は、きっと何が起こるかも承知の上で、蒼ちゃんを連れてきたのだろう。

自分の苦労を捧げてまでも、蒼ちゃんをココに連れて楽しませる事が、火鳥にとってのベストな事なのであれば、私が言う事は何も無い。

ただ・・・ただ、火鳥を語る際、ロリコンを付け加えなくてはならない、というだけの話だ。


「・・・なんだか、寂しそうね?」

ふと、忍さんが私の顔を覗き込みながら、そう言った。

「はい?」


寂しい?そんな訳あるか。という顔で、私は聞き返す。


「同士がいなくなるのは、やっぱり寂しいのかな?って。」

「ふっ・・・まさか。」


思わず苦笑がこぼれた。

それに対し、忍さんは意味ありげにニコニコ笑って「そう」と短く答えた。


(・・・なんか、調子狂う・・・。)


話題を変えようと思い、ふと君江さんを見ると、君江さんは寝そべったままの格好でじとっとした視線を私に浴びせていた。

「・・・・・・・・・・。」


その顔は"お嬢様のピンチの時に、何をのんびりしてんですか"といわんばかりの顔だ。


「あの・・・大丈夫ですか?」

「・・・・・・・・・。」


私の問いに、君江さんは答えなかった。"お嬢様のピンチの時に、何をのんびりしてんですか"といわんばかりの顔のまま。


「君江さん、大分バテてるわね・・・」


忍さんはそういうが・・・。

いや、あの目は、バテている瞳じゃない。今にもこちらに喰いつきそうな目をしている。

そして、バテている原因は、もう君江さんの行動すべてが原因なのだが。


「・・・そりゃ、着ぐるみ着たまま、なんとかストライクとかやるからじゃないですか?」


私は、一番の原因を口にした。

すると、忍さんの表情が変わった。


「え?・・・まさか・・・使ったの!?君江さん、あのキミエ・ストライクを使ったの!?」


え?”あの”キミエ・ストライクって、忍さん知ってるの!?そして何!?その反応!?浸透してるの!?キミエ・ストライク!!


いささか、食いつき過ぎな反応の忍さんに私は戸惑う。



「・・・ええ・・・一度だけ、ですが・・・」


君江さんの台詞を聞くなり、忍さんは君江さんに素早く寄って言った。


「一度でもダメよ!キミストは、禁じたはずよ!自分の体の事、考えてるの!?」

「申し訳ございません。」



「・・・・・・・。」


つ、ツッコむ所だろうか・・・迷った。


「えーと・・・そ、そんな・・・」


そんなオーバーな、とか、そんな事言われても、とか。

色々考えたが口に出すのは、やめた。


「キミストは、一回使う度、術者の膝に膨大な負担がかかるの。使った自分がよく知ってるでしょ?」


忍さん、まさかの”キミスト”発言・・・ッ!そして、術者って・・・!?


「キミストは、その強力さ故、普通のスライディングの3倍膝に負担がかかるの。

その代わり、普通のスライディングの5倍、相手にダメージを与えられるわ。

まさに、諸刃の剣よ・・・!」


忍さんが、真剣な表情で私にキミストの解説をしてくれるが、私の人生には全く必要の無い情報だった。


「あの、キミストの説明とか別にいいんで・・・そもそも、そんなにスライディング多用しませんよ。」

「いえ、スライディングじゃないわ、キミストよ。」


忍さんにキリッとした真顔で言われても・・・もう、それ以上ツッコむにツッコめない。

君江さんが、悲しそうに笑って言った。


「良いんです。お嬢様の助けになるのならば・・・膝が爆発するまで、キミストを放ち続けます・・・!」


だから!キミストって浸透させようとしないで!あと、爆発なんかしねえよ!とか

色々考えたが口に出すのは、やめた。


「それが、私に出来るお嬢様への・・・せめてもの・・・」

「そんなこと言ったって、君江さん!その膝は、皇●じゃ、どうにもならないのよ!?」

「良いんです、八千草薫は無理でも・・・すらっ●宣言の熊田曜子よりはマシな筈・・・!」

「君江さん、諦めないで・・・!」



「・・・・・・・・・・。」


(もう帰りてぇな・・・。)


口を出すのをやめようかと思ったけれど、どんどん変な方向に盛り上がっていく二人を見て、私はとうとう口を開いた。


「あのー・・・そもそも、どうして二人共、そこまでして、火鳥さんと蒼ちゃんを見守ろうというか、関わろうとするんですか?」


「「え・・・?」」


記念写真撮影だけならまだしも、忍さんまでこれじゃ・・・この先、このまま進めば・・・関わられた火鳥がかわいそうだ。

これは、もう火鳥に介入しすぎなのだ、と私は思った。


「確かにぎこちないし、トラブル(主に女難)も多いでしょうけど、今日は一日、本人達が自由に”一緒に過ごす事”が目的なんでしょう?

助けも求められてないのに、外野の私達が下手にサポートするより、二人で色々乗り越えさせた方が良いんじゃないですか?」

「そ、それは・・・」


二人共、火鳥に何かしらの思いはあっての行動なのだろうが、それが丸々全て本人のためになるのかって言ったら


第3者の私の意見は『NO』だ。


「それから。

火鳥さんの過去に何があったかは知りませんけど、人嫌い(火鳥さん)を”直してやろう”とか”自分達が思う理想の火鳥さんに近づける”とかそんなんじゃなくて

彼女のなりたい自分の道に進ませてあげた方が、きっと自然と彼女らしくなって良いと思うんです。

今日のコレは、その為のキッカケにすぎない・・・それ以上の助けは必要ないと思います。」


確かに。

人嫌いっていうのは、いい響きではないし、その中身も良くは無い。

人の欠点になりうる、というならば、そうなのだろう。


火鳥の人嫌いには、過去に何か原因があったのだろうけれど・・・それならば、ますます直そうとすれば時間が掛かるだろう。

周囲がどうこう言っても、本人に向き合い、直そうという意思がなければ、お互い疲れるだけだ。

そもそも、火鳥は人嫌いを欠点だと思っていないだろう。


「・・・さすが、同士の人嫌い。」


目を丸くして、目から鱗といった感じで忍さんはそう言った。


「いや、褒めてないでしょ、忍さん。・・・人嫌いは、自分の変化を恐れます。今の自分の状態が一番だと思ってますから。

だから、周りから変化を押し付けずに・・・そして、本人の意思・無意識に変わってしまっても、ただ黙って受け入れてもらえた方が・・・」


そこまで言って、忍さんが目を輝かせ始めたので、私は目を逸らした。

いかん、喋りすぎた。

心の内は、むやみに明かさない方が良いのだ。

やっとそこまで打ち明けてくれるまでに、私に心を許してくれたのね!・・・とか、思われていたら嫌過ぎる。


「その・・・だから、下手に関わられるよりも・・・気が楽なんですよ。」


人嫌いの私は、そう言って立ち上がった。


「私は、帰ります。火鳥さんなら、大丈夫です。」


私は、着ぐるみを脱いで帰ろうと思った。

もう、やることは無い。


「水島さん・・・そう・・・その通りね・・・。」


「どうやら、私は・・・お嬢様を思うあまり、暴走してしまったようですわね。

そう・・・お嬢様はお嬢様のペースで、少しずつ前に進んでいるというのに・・・

私は過去にこだわるあまり、その一歩に気付かなかったのですね・・・」


「そうね、私達は・・・ただ、りりに私達の後悔の思いをぶつけていただけだったのかもしれないわね。」


君江さんと忍さんは互いに苦笑をかわし、立ち上った。


が!


「・・・あ。」


目の前に、火鳥と蒼ちゃん、そして・・・火鳥に纏わりついていた女の子がいた。



「ああん!そんなクールな態度ばっかじゃ嫌っ!私は、甘えたいのッ!お姉様ぁ」

「あーッ!!離れなさいってばッ!!」



・・・・・・なんだか、関わり合いたくない雰囲気を醸し出している。

後ろの二人は食い入るように、その様子を見ている。



「あ、そうだわ、お姉様!私、この人にご挨拶してなかったわ!本妻としての勤めですもの。」

「・・・ほ、ほんさい?」


あれが、未成年の子供の会話か・・・時代は思ったよりも進んだもんだ。

マイナスの方向に。


「・・・ふっ・・・性徴がまだまだね。」

「・・・え?」


まあ、定番といえば定番なのかな・・・身体を比べるのって。

大きさなんて問題ではない。

どうせ年を取ったら今度は、垂れたとか、皺がとか、色がとか、緩いとか他の問題が出てくるのに。


「あーいいのいいの、これからって事で、貴女もじっくりジワジワ、女として目覚めていくんでしょうから。女は胸の大きさがすべてじゃないのよ。」

「は、はあ・・・。・・・・・・・・わ、私(の胸)が小さいって言いたいの!?」

「あぁら、嫌だわ。そんなつもりはないのよ?ただ、成長期なのに、そ〜んなガリガリの身体なんて・・・円は貴女の未来の健康をとっても心配してるの。」


火鳥よ、本妻が本妻に喧嘩売ってるぞ。頭抱えてないで、そろそろ醜くて誰も得をしない論争を止めてやれ。


「・・・あ、そうなんだ・・・ありがとう。」

「は?何、お礼言っちゃってるの?」

「え?だって、心配してくれたんだよね?私の健康・・・。」


うう〜ん・・・蒼ちゃんは、知らぬ間に敵を増やすタイプだなぁ・・・。


「んん?・・・ふんっ何言ってんだか。そうやって、天然ぶってるんじゃないわよ。そうやって、本編のレギュラー狙って・・・」




「・・・蒼ちゃんの敵は・・・お嬢様の敵・・・。」


ブツブツと不吉な事を呟きながら、君江さんが無表情でユリイの頭を持ち上げた。


「♪もう一度 あの頃のように〜♪」


(ヤバイ・・・皇●のCMソング歌い始めてる・・・!出る・・・!キミエ・ストライクが出ちゃう!誰も望んでないのに!)




「円。」


火鳥の鋭い一言に、君江さんはハッと我に返った。

火鳥が、怒っている。・・・正当な理由で怒っている・・・!


蒼ちゃんの事をからかった事に対し、火鳥が・・・火鳥が、他人の為に・・・怒った・・・!


「はい?何ですの?お姉さ・・・ッ!?」


振り向き、火鳥の顔を見て女の子の表情は固まった。


「・・・蒼は先月まで入院してたの。・・・今度、そいつの身体について、からかったら・・・わかってるわね?」

「・・・あ・・・いや・・・わ、私はそんなつもりじゃなくて・・・あの、その子の入院とか知らなかったから・・・」


おたおたし始める女の子に、火鳥は容赦はしない。

それを見ていた忍さんは、ふっと安心したように笑って木にもたれかかった。


「どうやら・・・水島さんの言うとおりだったようね。

私達がどうこうしなくても、あの子はあの子なりに、ちゃんと考えて・・・蒼ちゃんのボディガードやってたのね。」


いや、私にとっては、火鳥の今の行動は”意外”だった。

火鳥は、自分に関係がないと思う事柄には、まるで興味も関心も示さないし、行動もしないヤツだった筈だ。


だから、火鳥が他人の為に怒るなんて、私には予想外だったのだ。


火鳥は、更に続けた。


「じゃあ、今入院の事を知ったわよね?そして、今の自分の発言内容の善悪を自覚したわよね?

・・・だったら、謝罪しなさい。頭を下げて。」


でも、あんな脅迫まがいの言葉で子供を守る物騒なボディガードがいてたまるか・・・。


「・・・あ・・・ぁ・・・う・・・はい・・・”ごめんなさい”。」

「あ・・・いや、うん・・・いいよ、大丈夫。」


険悪な雰囲気は、蒼ちゃんの対応で、少しだけ穏やかになった。

蒼ちゃんはふっくらと微笑み、火鳥は相変わらず不機嫌そうないつもの顔に戻った。


実に不器用かつ凶暴。

だが、それでこそ火鳥。


あまり好きな生き方をしている人間ではないが・・・火鳥は、あれでこそ火鳥なのだ。


(自分の変化に気付いた時、恥ずかしくて戸惑うだろうな・・・火鳥も。)



案外、火鳥に必要だったのは・・・


あのままの火鳥を受け入れる人、だったのかもしれない。



人は簡単に変われない。


だが、少しずつ・・・人生を歩み、進化と退化を繰り返す。

それに対し、早く変われだの、なんだのと急かす、普通の感覚の持ち主達と一緒にいるだけで、正直欠点だらけの人間は疲れ果てるのだ。

蒼ちゃんは、きっと火鳥の進化のキッカケだ。


進化と退化の繰り返しは、自分の思い通りには、いかない。

その繰り返しはやり遂げるまで、きっと疲れるし、苦痛だろう。


だが・・・少なくとも・・・今の火鳥は、それから逃げちゃいない。


それが解っただけでも、十分だろう。


「お嬢様・・・!」

君江さんは涙ぐんでいた。


(♪エンダあぁぁ〜♪・・・ってか。)

 ※注 映画「ボディガード」より。


火鳥に向けて、手向けの歌を歌った。

すると火鳥はそっと蒼ちゃんの前にしゃがみ込み・・・そして、一気に抱え上げた。



「ッ!?」

「・・・じゃあね!円!幸せに暮らすがいいわ!!」


そういうか早いか、駆け出す。


「ゆ、油断大敵とはこ、この事か―ッ!?お、お姉様!は、謀りましたわね―ッ!?」


さすが火鳥だ。あの女なら、あの調子でなんとかするだろう。


後ろの二人だって、見守って・・・


「もういっそ、3人で一緒に過ごしたら良いのに。」


忍さんがのん気にそんな事を言うので、私はすかさず言った。


「いや、あれはただの女難ですから、そんな安易な事は・・・」


「女難!?・・・あ、あの小娘えええええ!!まだお嬢様の道の邪魔をする気かああああああ!」


君江さんが再びユリイに変身を遂げ、駆け出した。


「き、君江さん!?」


見守ってくれないのね・・・私の話、ちっとも聞いてなかったのね。(泣)


「水島さん!君江さんを止めて!」

「そうですね・・・伝説のパンストは止めないと膝の小爆発起きますからね・・・。」

「うん、キミストね。」


忍さんの軽めのツッコミを受け、私も再び”ワン座衛門”に戻り、ユリイの後を追う。


「お姉様ああああ!!」

「・・・くっ!!」


必死に走る火鳥だが、徐々に速度が落ちていく。

着ぐるみの私でも追いつけそうだ。


(体力を残してなかったのか!?休憩中にただ乳酸を溜めっぱなしにしたのか!?火鳥、甘すぎるぞ・・・!)

※注 逃げのプロの見解です。


「おっ!?なんだアレ?」

「ユリイと犬が客を追い回しているぞー!」


客が私達を見て、騒ぎ出した。

ここで、アレ(キミスト)を出されたら・・・間違いなく・・・百合やしきがパニックになる・・・!


『君江さん!止まって下さい!』

『しかし!蒼ちゃんとお嬢様が・・・!』

『このまま、周囲に私達の正体がバレたら、意味がありませんよッ!!』



「お、お姉ちゃん!・・・が、頑張って!!」


「・・・は!?」


『水島さん・・・彼女達が進む為には・・・やはり・・・』


「頑張って走って!私を・・・私をもっと遠くに連れて行って!私・・・乗り物なんか、もう・・・どうでも、いいから!」


一人の少女のそんな叫びが、園内に響いた。


『・・・やはり、助け(キミスト)が必要なんです!!』


『どうしてそうなる!?それはやめて!あと、略しても絶対流行らないからなッ!!』



必死に止めたが、百合の花は・・・再び舞った。



『・・・キミエ・ストライクーッ!!!』


『うわああああああああああ!やりやがった―ッ!!』



円、という名の少女は”キミスト”でブリーンっと弾き飛ばされ、私は必死に走ってその子を受け止めた。


『っとと・・・だ、大丈夫!?』


思わず声を掛けたが、少女から返って来た言葉は・・・


「火鳥お姉様・・・私、負けない!いつか、デレてくれるって信じて・・・って、いつまで抱きかかえてるのよ!?この犬!!」


・・・あれ?・・・どうして、助けた私が怒られるのかな・・・?


「う、うわあ!?何してんの!?ユリイちゃん!?」

「き、着ぐるみとは思えない動きしたぞ!?」


「こ、これが・・・百合やしきのリニューアルのショー・・・なのか・・・ッ!?」


あっという間に人に取り囲まれた、着ぐるみ二体。

ああ、女難でもないのに、どうしてこんなトラブルに巻き込まれているんだ・・・!


『・・・ふふ・・・♪もう一度 あの頃のように〜♪』


一体は、膝の限界を迎え・・・。

もう一体は・・・


『そうだね!あの頃には、もう戻れないねッ!チクショーッ!(怒)』



「ねえ!もっと、キミエストライクやって見せてー!」

「アンコール!アンコール!」


観客が、もっと珍妙な動きを求めて、着ぐるみをはやし立てる。

・・・人の苦労も何も知らないくせに、刺激を求めて、勝手に騒いでるんじゃない!!



『よ、寄るな・・・寄るな、客!触るな!囲むな!!・・・ええい!キミエッ・ストライクうううう!!』



気が付くと、私は・・・覚えたての伝説の技を繰り出していた。



その後・・・私達は必死に逃げた。

キミストを何度、園内の客に向けて使ったか・・・途中から覚えていない。


とにかく、忍さんの誘導に従って・・・私達は逃げた。



「二人共・・・後部座席に乗って!」


「ひ、膝が・・・!膝があ・・・ッ!まだ25歳なのにッ・・・!」

「うおッ・・・お嬢様ぁ・・・ッ!!」



着ぐるみを脱ぎ捨て、駐車場に止めてある忍さんの車に転がり込んだ。

もうとにかく、膝が・・・痛い!


私は中年女性と一緒に、膝を抱えて、後部座席で呻いていた。



「二人共、お疲れ様。後で診てあげ・・・あ、ちょっと待ってて。」



忍さんは運転席から降りて、誰かに駆け寄り、話をし始めた。



「・・・だから・・・ごめんってば。どうしても、心配で。・・・うん、もうしないから。


あ、お土産買いに行くの?私も一緒に行こうか?・・・やだ、貴女の事、子供扱いしてる訳じゃないのよ?


でも、そうね・・・二人のお出かけ記念なんだから、貴女が選ばないとね。・・・もう、そんなに怒る事ないじゃない。


・・・え?着ぐるみ?仕込んだ?え?何の事?・・・ああ・・・そのキミストは・・・違う人のキミストだと思うな、うん。


キミストって・・・ホラ、今流行ってるから。うん。


それは置いといて・・・今日は、楽しめた?」




忍さんの問いに、その人物は私の耳に聞こえるようにハッキリと答えた。




「・・・”まあまあ”。・・・礼なんか言わないわよ、お節介共。」



 ”まあまあ。”それだけで答えは十分出ていた。


面倒臭さそうで、全てを放り投げるような言い方だが、その単語に十分過ぎるほど感想は詰まっている。



・・・少しは楽しめたんなら、そう言えば良いのに。


いや・・・いかにも、ヤツらしいではないか。




数日後、私の元に『名探偵・大学教授 辻向井 貴子シリーズ・Blu-ray BOX』(報酬)と蒼ちゃんからの手紙が届いた。



そこには、一言。



『先日は、ありがとうございました!おかげさまで、お姉ちゃんと一緒に楽しく過ごせました。

写真もいっぱいで、嬉しかったです。今度は皆で一緒に遊びましょうね! 


 トラ座衛門さんこと、水島のお姉ちゃんへ♪』




 ・・・あー・・・惜しい・・・ワン座衛門でした・・・。





 [ 水島さんは偵察中。〜火鳥さんはデート中。の裏側で・・・ END ]




 ― おまけ。 ―




「お嬢様、申し訳ありませんでしたーッ!」

「・・・忍に何吹き込まれたのか知らないけれど、よりにもよって水島まで巻き込んで、よくもやってくれたわね・・・。」


ソファに座って、頬杖をついて火鳥は不機嫌そうな顔でそう言った。

足元では、美作君江が土下座をしていた。


火鳥は、勿論怒っていた。

勝手に自分を子供と一緒に遊園地に行くように仕向けておいて、これまた勝手にコソコソ嗅ぎ回られ・・・

挙句、自分の見られたくない姿を、自分に近くて遠い人間に見られたのが、気に入らなかったようだ。


「申し訳ありません・・・私は、ただ・・お嬢様と蒼ちゃんのやり取りをみていて・・・なんか、こう・・・見ていて微笑ましくて・・・

つい、当日どうなるのか、気になってしまいまして・・・。

それに、蒼ちゃんにもっとお嬢様と仲良くなっていただければ、お嬢様の為になるのではないか、と思いまして・・・。」


暴走した家政婦は、そこまで言って顔を上げた。

主は、無表情で家政婦を見下ろしていた。


「・・・アタシの為になるか、ならないかは、アタシが判断する事よ。わかってるわよね?」


そう言うと、火鳥は目を細めて家政婦を睨んだ。


「は、はい・・・」


再び、頭を下げる家政婦に、主は溜息をついて言った。


「・・・・・・はあ・・・足、崩していいわ。・・・まさか、キミストまで出すなんて・・・。」

「あの・・・お嬢様、せめて、お写真だけでも・・・。」


家政婦の盗撮に等しい、記念写真。

しかし、アングル等は完璧。

写真には、蒼と火鳥の二人が写っている。蒼がよく笑っていて、二人が姉妹のように仲良く写っている、良い写真だった。

だから、家政婦は写真には自信があって、主にそれを見てもらえば、あの一日は”最高の一日”だったという証明になるのだ、と思っていた。




「・・・全部、蒼にあげて。アタシは、いらない。見たくない。」



素っ気無い、というよりもはっきりとした拒否だ。



「お嬢様・・・。」


「そんな事より、膝、大事にして。●潤じゃ、どうにもならないんだから。」


主は、そう言うと、写真を一枚も受け取る事無く、立ち上がり部屋から出て行った。


(仕方が無いわね・・・お嬢様には今までの経験と、お嬢様なりのお考えがあるんだから・・・。)



「君江さん。」

「あ、蒼ちゃん・・・!」


さっきまで眠っていた、と思っていた蒼がそっと後ろから現れた。


「ごめんなさいね、起こしちゃったのねぇ・・・」

「ううん。それより、コレもらっていい?」


蒼はそう言って、床においてある、写真の入った袋を拾い上げた。


「ええ、勿論よ。」


君江がそう言うと、蒼は袋の中に手を突っ込みながら、口を尖らせて言った。


「・・・お姉ちゃん、あんな言い方しなくてもいいのにね?」

「今に始まった事じゃないのよ。・・・お嬢様は・・・」




 『そんな事より、膝、大事にして。』




「お嬢様はね、本当に大事な事を”最悪のタイミング”で言って、上手く伝えないってクセがあるのよ。」


家政婦は知っている。


「変なクセだね。」


蒼はそう言って苦笑した。

多分、蒼も薄々解っている。



部屋を出て、駐車場に停めてある車に乗り込んだ火鳥は、スマートフォンの画面を見て顔をしかめた。


「・・・全く・・・あんなに写真撮って・・・どう考えても、アタシの行動を面白がってるとしか思えないわ。ったく。水島まで連れてきて・・・。」


一人で愚痴を言いながら、火鳥はスマートフォンの画面を指でスライドさせていた。




「・・・・・・チッ・・・大体・・・このデータ、どうしたら良いのよ・・・。」




火鳥は、自分が撮影した”高見蒼の画像”の処理に困っていた。

普段の彼女なら、不必要だと感じたら、真っ先に消去しているデータだ。



「・・・やっぱり・・・君江さんの写真に比べると、イマイチね・・・。」


ぽかんとした表情で写っている少女の写真を火鳥は指でなぞった。

メールで画像を蒼の携帯に送った後、消去しようかとも思ったが、家政婦のあんな完璧な写真の後に、こんな写真など見せられない。




「・・・今頃、蒼ちゃんの写真をどうするか、迷ってるわ。」

「写るのも、写すのも、苦手っぽいもんね、お姉ちゃん。」

「そうなのよ、あの人・・・ホント・・・」



家政婦は知っている。

多分、蒼も薄々解っている。






「・・・・・あー・・・やっぱ、やめた。」



火鳥は、画像消去をキャンセルして、データフォルダにロックをかけ、スマートフォンを助手席に投げた。





「「・・・あの人、ホント、不器用だから。」」



彼女の事をよく知っている彼女達は、写真に写る不機嫌なお嬢様を見ながら笑った。



 ― END ―





あとがき

裏側では、ふざけ放題でした。

キミストのくだりが書きたくて、君江さんのお話を書いたようなもんです(笑)