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・・・アタシの名前は、火鳥。

下の名前?・・・その質問は、必要かしら?

あなたとアタシの間に、それ以上の関係が生まれるなんて事ないでしょうし、苗字だけで十分でしょう?


アタシは、無駄な時間と人間は嫌いなの。

事は手短に済ませ・・・


「お姉さん。」


「・・・何よ?」


服を引っ張られ、アタシは停止せざるを得なくなったので、止まる。

止まらなければ、また騒ぎを起こすかもしれない。だから、子供は嫌いだ。


「お腹空いた。」


「・・・・・・。」


アタシは、携帯で周辺にある行きつけの店を検索しようとしたが、ガキが袖をついっと引っ張って言った。


「そこのファミレスがいい。」

「・・・あんな安っぽいのが、いいの?」


「うん!あそこ、あんかけメニューがいっぱいあるんだもん。ね?行こう!」

「はいはい、わかったわかった。」


アタシは、ガキに引っ張られるようにファミレスに入った。


(まったく、計画が台無しよ・・・。)



・・・アタシは・・・バレンタインデーに・・・一体、何をやっているのよ・・・。




[ 火鳥さんは食事中。 ]




2月14日。魔のバレンタインデーは、逃げて過ごそうと思っていた。

忍は、お返しがどうのこうのとのん気な事を言っていたが、所詮それは他人だから言えるのだ。

呪われているアタシには、そんな事する必要なんか無い。


有給休暇を使って、街中を走り続ける。例の頭痛は今のところ、ない。

水島の奴は、どうしているのか・・・まあ、どうでもいいか。


赤信号で一時停車すると、アタシはいつも通り、ダッシュボードから、チョコレートを・・・


(・・・無い・・・。)


そうだ・・・バレンタインデーフェアって文字だけで、チョコレートを買う気が失せて、買いだめするのをすっかり忘れていた。


(・・・仕方ないわね、コンビニで何か甘いものでも買って行くか。)


何気なくコンビニの駐車場に車を停めた。


・・・思えば、それが、間違いだった。


コンビニのゴミ箱の横に座り込んでいる人間がいる。

髪の長い・・・患者衣の子供だった。年は・・・15、6才くらいだろうか。


(・・・患者衣?)


真っ昼間から、患者衣の子供?

病院から逃げ出したのだろうか。いや、そんな事はどうでもいい。アタシは、今、甘い物が食べたい。


ふと、患者衣の子供と目が合った。

どこか疲れきったような目は、アタシをじっと見ていた。



(・・・あの目は・・・。)



・・・また、嫌な目の持ち主に会ってしまった。


瞬時に”コイツとは関わらない方がいい”と思い、アタシは黙って車から降りて、まっすぐコンビニの扉を開けようとした。


だが。


その手を掴まれた。細い腕だった。


「お姉さん、お腹空いた。」

「・・・・・・。」


見知らぬアンタの腹の減り具合なんかどうでも良いのよ、離しなさいよ、とアタシは無言で睨みつけると、その手を振りほどこうとした。


だが。


「・・・助けてぇー!!!」

「なッ!?」


周囲の視線が一斉にこちらに向けられる。


「人さらいーッ!」

「アンタ、一体何言い出すのよっ!?早くその手を離しなさいよ!」


アタシがそう言うと、ガキはニッと笑って小声で言った。


「・・・あんかけ焼きそば、奢ってくれたらいいよ。誤魔化してあげる。」

「・・・・・・・・・・・。」


このガキ・・・アタシの女難?


いや、違う・・・あのいつもの痛みや嫌な予感はしない。

だとしたら・・・ただの物乞い?

いずれにしても、性質が悪い。親は一体どんな教育をしているんだか。

これ以上、騒がれても面倒だし・・・。自分の買い物を済ませるついでだ。


「・・・わかった。買うから、一緒に店に入りなさい。」

「やった!・・・あ、なんでもありませーん♪」


さっきまで警戒心丸出しの視線は呆れたものに変わった。まったく、調子のいいガキだ。

アタシは、コンビニの中にガキと一緒に入った。


「いらっしゃいませーこんにちはー。」


さっさと用事を済ませようと、アタシはお目当てのチョコ菓子を適当にカゴに放り込む。

その横から、患者衣のガキが、あんかけ焼きそばをカゴに放り込む。


「・・・お姉さん、甘党なんだ?」

「・・・悪い?」


「ううん。私はね、あんかけが好き。かに玉とか、あんかけチャーハンとか・・・。」


そんな事、こっちは一言も聞いてないのに、ガキは嬉しそうに話す。人懐こいガキだ。

アタシは、さっさと用事を済ませて、ガキと離れたかった。

グズグズしていたら、女難が来るかもしれない。


「こちら、温めますかー?」

「ええ。」


「お姉さん、良い人だね♪」


(人を脅したクセに、何を言うの・・・。)


温かいあんかけ焼きそばをガキに手渡し、アタシは店をさっさと出た。

無言でアタシは車に乗る。

ガキは嬉しそうに笑いながら、アタシに手を振っていた。


(まったく・・・あんなモン買ってもらったくらいで・・・。)


車に鍵を差し込んで、エンジンをかけようとした時。

ガキを3人の・・・見るからに着てる物も、頭も悪そうな男達が囲んだ。


「何?どうしたの?キミ、その格好・・・もしかして、迷子?」

「俺ら、送ってやろうか?」

「メシ食うなら、そんなの捨てちゃってさ、お兄さん達の家行こう?ね?」


「やだ。私、コレ食べたいから、放って置いて。」


コンビニの駐車場にかがんであんかけ焼きそばを食べようとしているガキがそう言って、そっぽを向いた。

ところが、頭の悪そうな茶髪の男が、ガキからあんかけ焼きそばを取り上げた。


「こんなもんより、もっと良いもん食わせてやるって!マジで!人の親切、無駄にすんなよ。」

「ソーセージとか、カルピスとかなァ!」

「ハハハハ!下ネタやめろって!ハハハ!!」


これから、起こる事はなんとなく想像がつく。

柄の悪そうな連中だから、周囲の人間は見て見ぬフリ。

大体、からまれているのは、患者衣の子供だ。


「つーか、こんなんいらねーだろ。まずいぜー?ここの麺類はよー。」


男はあんかけ焼きそばを地面に落とすとそのまま、踏んだ。


「あ・・・!」


「さ、行こうぜ。」



(・・・・・チッ・・・。)


アタシは、車を降りた。

水島のお人好しでもうつったのか、なんなのか知らないが、アタシは無性に腹が立ってきた。

あえて理由を付けるなら・・・頭の悪いクソ男が踏んだあんかけ焼きそばは、アタシの金で買ったものだから。


「・・・ちょっと。」


”ドゴッ!!!”


思い切り蹴りを入れると、あんかけ焼きそばを踏んだ茶髪の男がコンビニのゴミ箱に突っ込んだ。


「・・・あら、結構飛んだわね。」


「な・・・何してんだ!?てめえ!」


アタシにニキビ跡でボロボロの顔を近づけてくる3人の中で体格だけは良い男が、睨む。


「こっちの台詞よ。」


”ドッ”


みぞおちに、肘を思い切り入れる。

体格だけは良い男は、あんかけ焼きそばの上に倒れこんだので、アタシは更に踏んでやった。


「ゲホッ!?ゴホッ!?・・・あ、アチチチチ!?」


「・・・ふっ・・・無様ね。」


「テメエ・・・女のくせに・・・!」


背も低く、ファッションセンスが一番無い男が殴りかかってくるので、アタシはその腕を取って、ひねってやった。


「い、いててててて!?」


「いるのよねぇ…勝てそうな相手にだけは、強気で口も達者。でも、実力は大したことも無い、ただの下品な人間。・・・あんた等が、まさにそれよ。」


「離せ!離せよ!!くそっ!」

「いいわ。離してあげる。」


希望通りアタシは離してやった。


「あ、コレ、おまけ。」


”ゴッ!!”


下を向いたままの気に入らない男の面にアタシは、すかさず膝蹴りを入れた。

その瞬間、男の鼻の骨が折れる音がかすかに聞こえた、ような気がする。


「・・・おい・・・喧嘩?」

「みたいよ?どうする?警察呼ぶ?」

「女一人で男3人片付けたよ・・・すげーな・・・。」


気が付くと、野次馬が集まり始めている。

アタシは、患者衣のガキの腕をとった。


「何やってんの、立ちなさい。行くわよ。」

「・・・え?どこに?」


面倒事はゴメンだ。


「・・・あんかけ焼きそば、奢ってやるって言ってんのよ。」


患者衣のガキを助手席に乗せ、アタシは車を発進させた。





そして、今・・・安さとメニューの豊富さが売りのファミレスにいる。


「好きなもん適当に頼みなさい。その後、病院まで送るわ。」


そう言って、メニュー表を開いて向かいに座った患者衣のガキに見せる。

目を輝かせたガキは、嬉しそうにメニュー表を開く。何度も何度も、めくって、最初から、また嬉しそうに開く。


「早く決めなさい。アタシは、暇じゃないの。」


今日はバレンタインデー。

こんな女難でもないガキに構っている余裕は無い。早く、逃げないと。


「えーと・・・あんかけチャーハンと、あんかけ焼きそば、天津飯に、中華海鮮あんかけおこげに・・・」

「”あんかけ料理”ばっかり・・・ていうか、その量食べられるの?アタシは食べないわよ?」


「だって、好きなもの頼んで良いんでしょ?あんかけが好きなの。あのとろ〜っとした感じが、幸せなの。」

「・・・はいはい。わかったわかった。」


アタシは、ファミレスの店員を呼ぶボタンを押し、店員に注文をした。


「えーと・・・ご注文を繰り返します・・・あんかけチャーハンお一つ、あんかけ焼きそばお一つ、天津飯お一つ、中華海鮮あんかけおこげお一つ

・・・チョコレートパフェお一つ、コーヒー以上でよろしいでしょうか?」

「ええ。」


店員がジロジロと交互にアタシとガキを見る。

患者衣の子供を連れて、あんかけ料理を大量に注文すれば、そりゃあそういう目で見るだろう。


「・・・で、アンタの名前は?どこの病院から出てきたの?」

「お姉さんこそ、名前は?」


溜息をついて、アタシは簡潔に答えた。


「・・・火鳥。」

「私、高見 蒼(たかみ あお)」


「で・・・病院は?」

「・・・秘密。」


言うと思った。

だけど、アタシは、さっき車内で思い出した。

ガキの着ている患者衣を、アタシも着た覚えがあることを。


「・・・K病院でしょ?その患者衣、見覚えがある。」

「・・・むー・・・知ってるんなら、聞かないでよー。」


やはり、そうか。

忍ねーさんの病院って、患者の管理も出来なくなってるくらいお忙しいのかしら。


「コーヒー、お待たせいたしました。」


「面倒事はゴメンよ。大声出したりして、騒いでも無駄だから。」


アタシはそう言いながら、砂糖を5杯入れて、黙ってコーヒーを飲んだ。

注文した料理が来るのを待っている間、アタシはずっと黙って外を見ていた。

(今日は・・・やけに、静かね・・・)


女難・・・。

女難・・・。

女難が・・・来ない・・・。

来たら来たで面倒だが、覚悟していただけに、逆に来ないとその分、不安になる。


一方、ガキはというと、何かソワソワし始めて、もじもじしてから、話を切り出した。


「・・・何で、聞かないの?」

「何をよ?」


「・・・私が、この格好のまま、病院から逃げ・・・出てきた理由。」

「そんなの赤の他人のアタシには、知ったこっちゃないし、関係ないわ。興味も無い。」

素っ気無く、会話をぶつ切りにする。


「チョコレートパフェお待たせしましたー。・・・・・・あ、こちらのお客様でしたか、申し訳ありません。」


無言でアタシはチョコレートパフェにスプーンを突っ込む。

蒼がぼうっとそれを見ているので、アタシは刺さっているポッキーを1本抜いて、アイスクリームを付けて、無言で差し出した。

蒼は、瞬きを数回してから、身を乗り出してソレを咥え、アタシは手を離した。

・・・後は、分けてやらない。


「・・・私、さ・・・最後の晩餐食べたくて、病院抜け出してきたの。」

「・・・最後の晩餐?」


ガキの台詞とは思えない単語が出てきたので、思わず聞き返してしまった。



「・・・死ぬの。私、もうすぐ・・・死ぬの。」

「・・・ふうん・・・。」


それは、嘘か本当かは、わからない。

なにせ、さっき会ったばかりだし。


だけど、なんとなく・・・蒼の言っている事は、嘘だとは思えなかった。

現に、あまり健康そうには見えない細い腕には、点滴の痕があった。


「それにね、私が生きていても、喜んでくれる人いないの。

仕事だから、生かされているみたいだし、一応身内と呼べる人には、むしろ、早く死んで欲しいって思われてるの。」

「・・・かわいそうに、なんて事言わないわよ。」


素っ気無くそう言うと、蒼はニコリと笑った。


「うん。ソレ、私が言ってもらいたくない言葉ナンバー1。」

「・・・あ、そう。」


アタシは、スプーンを咥えながら、メニュー表を開いた。なんだか、まだ甘いものが足りないと感じて。何か甘いものを食べたくなってメニュー表を見た。


「・・・大人の心にもない言葉ってさ・・・本当に、ウザイ通り越して悲しくなってくる。

入院費用嵩むし、保険金が欲しいから、早く死んでくれって顔に書いてるのにさ・・・。

頑張れとか、きっと治るとか、何か欲しいものはないかとか、私の為だとか・・・本当に参っちゃう。」


テーブルに両肘をついて、蒼は自嘲気味にそう言った。

アタシは、追加注文をする気が失せた。メニュー表を閉じ、目の前の溶け始めたパフェを一口食べた。


「・・・だから、病院から抜け出して、安いファミレスで、最後の晩餐って訳?」


子供の発想は、わからない。

最後の晩餐が、あんかけ料理だなんて。


「そう。そしたら、素敵な大人に会っちゃった♪やっぱり、病院抜け出して正解だった♪

最後の晩餐をお姉さんみたいな人と一緒に食べられて、嬉しいよ、私。」


・・・挙句、最後の晩餐を迎えている時に一緒にいる大人が、人嫌いで呪われた”女難の女”だとは知らないで。


「・・・アタシは、ロクな大人じゃないわよ。お気の毒様。」

「そう?さっきは、カッコ良かったよ?それに、お姉さん、優しいし・・・」

「あのねえ・・・さっきのは、単なる成り行きで・・・」


そんな事で懐かれちゃ困る、と言いかけたが、蒼が続けてこう言った。


「それに、なんか私と似てる気がして。」

「・・・どこが?」


蒼の目は・・・またアタシの嫌いな目になった。


「周囲の人間に何も期待してない。むしろ、絶望してる。」

「・・・そう。」


確かに、蒼を見ていると、昔のアタシを見ているみたいだった。

だから、蒼の気持ちが、少しだけ解る様な気がしていたが・・・。


一つ、違う所がある。


「だからね、とっとと死ねたらなーって。誰かに迷惑かけるなんて、もう嫌だし。」

「・・・ガキの考え方ね。」


アタシがそう言うと、蒼は、あからさまにむっとした。


「・・・どうせ・・・ガキだもん。」

「ガキはね、迷惑かけるのが仕事みたいなもんなの。ある意味、特権よ。それを使わないまま死ぬなんて、損よ。ていうか、馬鹿。」


蒼はアタシの言葉を聞くと、少し考えて言った。


「・・・じゃあ、お姉さんになら、迷惑かけてもいいの?」

「やめて。」


アタシは即答した。それとこれは別だ。


「さっきは特権だって言ったのに。」

「・・・アタシは、ガキに迷惑かけられるのが嫌いな大人だからダメ。」


素っ気無くそう言うと、蒼はまた嬉しそうに笑った。


「・・・お姉さん、本当に面白いね。本音でしか話さないもん。」

「・・・アンタの周囲の大人がどれだけ、上っ面がお上品なのか・・・見てみたいわね。」


アタシが鼻で笑ってそう言うと、蒼はまた嬉しそうに笑った。


やがて料理が運ばれてきた。

見てるだけで、お腹がいっぱいになりそうなあんかけ料理に蒼は目を輝かせて箸をつけた。



「・・・結構食べた方だけど、結局、残したわね・・・。」


しかし、あんかけの部分だけ綺麗に食べて、その他は見事に残している。


「うん・・・ごめんなさい・・・。」


蒼は満腹というか、今にも吐きそうだ。


「・・・苦しいなら、トイレで吐いてらっしゃい。楽になるわよ。」

「・・・やだ。最後の晩餐だもん。」


そう言って、蒼はまた笑ってはいるが・・・その目は・・・気に入らなかった。

本当は、心の底から満足なんかしていない。


・・・本当は・・・


「・・・これが、最後じゃないわよ。」

「・・・え?」



「あんかけ料理くらい、何度でも食わせてやるから・・・その涙を拭きなさい。」


そう言って、アタシは蒼にナプキンを差し出した。

なんだかんだ言っても、やっぱり子供だ。


そして・・・この子供の傍には、素直に涙を見せられる大人がいない。

わがままを言える大人がいない。爆発しそうな感情を向ける矛先が無い。


本当は、不安で、怖いのに。

本当は、気に入らない周囲の馬鹿な大人に馬鹿野郎と怒りをぶつけたいのに、それすらしない。


いや、もう諦めているんだろう。・・・昔のアタシみたいに。


蒼には、最後の晩餐が終わってしまった以上、後は・・・何も残されていない。そう思い込んでいるのだ。



『私は・・・絶対、諦めない!』



ふと、どこかのお人好しの女難の女が言っていた台詞を思い出す。

あの諦めの悪さは、ある意味、賞賛すべきだろう。


・・・だから、かもしれない。

目の前にいる、昔の自分には、諦めるという以外にも、探せば多数存在している選択肢を与えてやりたい・・・なんて柄にもなく、そう考えてしまったのは。


「なんだろ・・・お姉さん、今まで会った大人の中で最高かも。」

「よっぽど、周りが最低なんでしょうね。」


アタシがそう言うと、蒼は涙を拭きながら笑った。


「・・・かもしれない。」

「・・・送るわ。病院まで。」


K病院まで、ゆっくり車を走らせた。蒼が吐いてしまわないように。

辺りはすっかり夜になっていた。


・・・不思議なことに、女難の気配はまるで無かった。


「・・・ねえ、火鳥のお姉さん。」

「何?」


赤信号で停車していると、蒼がこちらを向いた。


「・・・私、死ぬ前にやっておきたい事あるの。」

「な・・・」


何?と聞く前にアタシの唇に蒼の唇が触れた。

一瞬だけ、軽く触れるだけのキス。


「・・・この際、素敵な大人となら、誰でも良いからキスしてみたかったの。」


そう言って、蒼はまた・・・満足してないような笑みを浮かべる。


(誰でも良いなら、別にアタシじゃなくても良いじゃないのよ・・・。)


「・・・今度やったら、殴るわよ。」


アタシは再び車を発進させた。


K病院前に着くと、蒼は素直に車から降りた。

そして、運転席の窓をトントンとノックするので、アタシは開けた。


「何よ?」

「・・・私が死ぬ前に、もう一回会いに来て。お願い。」

「・・・・・・・・。」


そう言って、ハンドルを握るアタシの手を握った。

その手は少し、震えていた。


「子供のわがまま、一回くらいは聞いてよね。大人なんだから。」

「・・・・・・一回、だけね。」


アタシは素っ気無く、そう返事した。


「251号室。待ってる。」

「・・・わかった。期待しないで待ってなさい。」


窓を閉めて、車を発進させる。まったく、アタシらしくもない。

結局、女難は来なかったし・・・一体なんだったのか。

 ※ 休み明けに出社するとチョコレートが大量に机の上にあったが。



あのガキがアタシの女難である可能性は無いとは言い切れないが・・・。



「・・・土産・・・何、買っていこうかしら・・・。」



そんな、らしくもない独り言をアタシは呟いていた。

柄にもなく、アタシは、約束を守ろうとしていた。



・・・これも、どこかのお人好しの女難の女の影響、という事にしておこう。



  [ 火鳥さんは食事中。 ・・・END ]



あとがき


珍しく、毒っ気のない火鳥さんでしたが、たまにはこんなお話もいかがでしょうか?(笑)

「15、6才くらいの子供って何が好きなの?」という台詞は、こういう裏話があったのです。