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・・・アタシの名前は、火鳥。

下の名前?・・・その質問は、必要かしら?

あなたとアタシの間に、それ以上の関係が生まれるなんて事ないでしょうし、苗字だけで十分でしょう?


アタシは、無駄な時間と人間は嫌いなの。





(・・・ぼろっちい神社・・・神聖さの欠片もないわね・・・。)


アタシは、街から離れ、少し崩れた階段を上がっていた。

水島に教えてもらった・・・自称・縁の神様のババアに会う為に。


階段を上がりきったアタシの目に入ってきた古びた神社らしきものからは、何か不気味で嫌な印象しか受けなかった。

・・・何を祀っているのかしら、と社らしきものに手を触れようとすると・・・


「・・・おや、アンタかい。」


いつの間にかババアがニヤリとした笑みを浮かべて立っていた。

アタシは、振り向いてババアを睨みつけた。


「・・・アタシは、人の運命を変えるほどの力を持っているのよね?」


ババアはアタシの横を通り過ぎて、穴の空いた賽銭箱の上に座った。


「ああ、そうさ。あんた達は元々、縁の力が強い。強くしようと思えば、強く出来る。

人間関係を破綻させる事も、結ぶ事も・・・それによって、人の運命を変える事も出来る。」

「・・・ふーん。」


話半分、という気持ちでアタシは聞いていた。

どうにも、このババアの言う事は信じられないのだ。


だが、ババアは急に声を低めて言った。

それは、まるでアタシへの警告のように。


「だが、人の絆は脆い。


誰しも、一握りの縁しか、強く保てない。

誰もが意中の相手と結ばれる訳じゃない。

結ばれたとしても、それは永遠に続くとは限らない。


人と人との繋がりは・・・脆いんだ。」


「・・・だから、何?」

「アンタに最近出来た、小さな縁。あれは、アンタの思うとおり、女難じゃない。ただの”偶然”の出会いだ。・・・安心したかい?」


「こっちの行動、見え見えって訳?一体、どうやって知ったのか聞きたい所だけど、何が言いたいの?」


「縁の神様だからねって言ったってアンタは信じないだろう?で、あたしに何を聞きたいんだい?」

「・・・単に、アタシは自分の縁に溜まっている邪気とやらを追い出して、早くこの呪いを解きたいの。

この縁の力が強くして使えば、それだけ縁に溜まった邪気も多く排出される筈・・・だから・・・」


「・・・そりゃあ、嘘だね。」


「・・・・・・。」




「アンタは、縁の力であの子の運命を変えるつもりなんだろう?」



アタシは、黙ってババアを見た。

ババアは何もかも解ったようにニヤリと嫌な笑みを浮かべていた。








 [ 火鳥さんはお見舞い中。 ]









ただ生きるだけの時間が延々と続く、静かで、自由の無い、誰かに管理され続ける、気の遠くなるような長い長い時間。

”白い壁”に囲まれ、窓からは、綺麗な”青空”だけを眺めて・・・。

ただ、一日を浪費し続ける、無駄で、退屈と孤独にまみれた機械的な毎日。


アタシの病院での一日とは、そんな印象だった。


だから、病院は嫌いだ。

それに・・・。



『決して、染まるんじゃないよ。』



おばあ様と過ごした、最後の場所。



・・・アタシと一緒にいる時、おばあ様はどんな気持ちだったのか・・・。


(・・・またか・・・)


アタシらしくもない。

そんな事、思い返してもしょうがないのに。



だけど・・・何故か、アタシは昔の事を思い出す事が多くなった。


・・・まったく”約束”なんて、らしくもないものをしたからだ。



「・・・251号室・・・ここか・・・。」


ノックをして、病室の扉を開ける。


ベッドの上には蒼がいた。

しばらくの間、アタシの顔をぼうっと見ていた蒼は、ハッと目を見開いた。


「・・・火鳥お姉さん!?」


そう言って、耳からイヤホンを外した。


「他に何に見える?・・・ああ、別に起き上がらなくていいから寝てなさい。」


そう言いながら、アタシは片手で椅子をベッドの横に寄せて座った。

アタシが来たのが予想外だったのか、蒼は妙にそわそわしてから、やがてはにかんだ笑顔をこちらに向けた。


「・・・それ、お見舞いの花?」

「まあね。」


アタシは片手に抱えている花束を蒼に預けて、花瓶を探した。


「綺麗・・・こんなお花貰ったの初めて。」


そんなオーバーな、と思いながら、アタシは花瓶を探したが見つからない。

花瓶どころか、何も無い部屋だった。

携帯音楽プレーヤーだけが、ベッドの上で小さな光を出しているだけ。


「ああ、花瓶・・・無いんだ。ごめんね、火鳥お姉さん。」

「別に・・・あ、こうなったら、もう牛乳瓶で良いでしょ。」


そう言って、アタシはさっき買ったコーヒー牛乳を出して蓋を開けた。

K病院の牛乳やコーヒー牛乳は瓶で売られている。


「こんなに綺麗な花束なのに、花瓶が牛乳瓶なんて・・・なんかなぁ・・・。」


蒼はそう言って、花を見ながら笑っていた。


「無いものは、仕方ないでしょ。」

「・・・まあね。」


笑っていると、蒼は病人には見えなかった。

さっき、アタシに気付くまでは、虚ろな目だったのに。

花束の一つでこんなに喜ぶなんて、単純な子供だ、と思いながらアタシは、コーヒー牛乳を一気に飲み干した。

牛乳瓶を洗いに行こうと立ち上がると、蒼がアタシの袖をついっと引っ張った。


「もう、帰っちゃうの?」

「コレ、洗いにいくだけよ。」


そう言って、飲み干した牛乳瓶を振ってみせると、蒼はホッとしたようにまた笑った。


「・・・なんだ、びっくりした・・・もう行っちゃうのかと思った。」


アタシは座り直した。


「具合、どうなの?」

「まあまあ。」


アタシの社交辞令な台詞に、蒼は社交辞令な台詞で返す。

蒼は見かけ単純な子供のようで、アタシが思っているよりも大人に近い・・・子供なのかもしれない。


「病院抜け出して暴飲暴食したんだから、具合を気にするのは当然でしょうが。」


アタシがそう言うと、蒼は苦笑いをしながら答えた。


「・・・看護師さんに、すっごく怒られた。」

「でしょうね。」


「でも、調子は・・・良くも悪くもないよ。」

「そう・・・じゃあ、コレ洗ってくるから。・・・それから、これ。」


アタシは再度立ち上がり、花束を蒼から受け取り、もう一つのお土産を蒼に手渡した。


「これ何?」


タッパーに入ったものを珍しそうに見る蒼にアタシは端的に答える。


「・・・”海老と豆腐のあんかけスープ”。」


「もしかして・・・お姉さんの手作り?」


「・・・だったら、何?」


「だったら、凄く嬉しい。」


そう言って、また嬉しそうに笑う。

病人には見えないくらい・・・屈託の無い笑顔。


「あ、そう。じゃ、行ってくる。」


廊下を歩きながら思う。

どうしてだろう。

アタシは、どうしてこんな事をしているんだろう。


アタシが見舞いに行ったくらいで、あの子の病気が治る訳でもないのに。


『・・・死ぬの。私、もうすぐ・・・死ぬの。』


ただ、あの子の笑顔を見ていると、そんな風には見えなくて。

本当にあの子は死ぬのだろうか。


看護師の柏木に聞いた所・・・


『・・・251号室の患者さん?ああ、先天性の心臓の病気で、手術が相当難しいらしいんですよ。

だけど、問題はそれだけじゃなくって・・・

入院費は元より、手術費用も相当かかるんですけどね・・・実は、あの子の両親、事故で死んでるんです。

だから、彼女を引き取った親戚が亡くなった両親の保険金であの子の入院費出してるみたいなんですけど・・・

どうも、手術費用までは工面出来ないって言ってるらしくって・・・担当の先生も困っているみたいですよ。』



(要は、手術の成功率か・・・それとも、金の問題か・・・もし、金の問題なら・・・。)



牛乳瓶を洗いながら、アタシは思う。



「・・・ならば、自分が彼女を救うしかない、とか?」


後ろから不意に声がした。

着物姿の口元にほくろのある若い女だった。なんだか、この女の雰囲気、どこかで・・・。


「・・・誰?」

「縁の神の知り合い、と言えば信じて・・・もらえなさそうですね。」


そう言って、着物の女はヘラヘラ笑いながら横髪を指でくるくると巻いて遊んでいる。

ああ、そうか、あの嫌な占いのババアと雰囲気が似ているんだわ、と納得した。


「生憎、アタシは自分を神様っていう奴にロクな奴いないと思ってるんでね。」


「ま、いっか・・・じゃあ、単刀直入に言います。あの子の”結末”は決まっています。何をしようと無駄です。」

「・・・はぁ?」


着物の女は、いやにニッコリと笑いながら言った。


「あの子は、近々”死にます”。貴女が何をしようと、あの子は死にます。そういう結末なんです。」

「・・・そんなの、信じると思ってるの?大体、アタシがなんで、出会って間もない子供の手術費用出すなんて事しなくちゃいけないのよ。」


「おや、私は手術費用の事なんて一言も言ってませんが?」

「・・・・・・・・。」



さっきの蒼の笑顔を思い浮かべる。

あの子が、急に死ぬとは思えない。



・・・いや・・・思いたく、ない・・・?



「おやおや?何をムキになってるんです?貴女、人嫌いなんでしょう?他人なんか、どうでも良いんでしょう?

それとも、自分の大切だった人と重ね合わせて、今度は自分の手で救いたいなんて、思っているんですか?

それは、幼い頃の自分が、おばあさんに何も出来なかった事への罪滅ぼしですか?」


スラスラと動く鬱陶しい口を塞ごうとアタシは着物の女の口を抑えようと手を伸ばした。


「ッ!・・・知ったような口を利かないでッ!アンタ、一体なんなのよッ!!」


だが、着物の女はフッと目の前から消え、今度は耳元で声がした。


「だから、縁の神の知り合いですよ。ただ、縁の神と違って、私は人間の結末を見るのが得意であり、趣味なんです。」


着物の女は、アタシの真後ろに立って、アタシの耳元で不気味にニッコリと笑っていた。

寒気がした。

・・・これで、コイツが人間じゃないのは、よく解った。


「・・・随分、悪趣味な神様ね・・・!」

「ええ、よく言われます♪とにかく、何をしても無駄ですから、今のうちにいっぱい思い出を作っておくと良いですよ。・・・”火鳥お姉さん”♪」


”ドカッ”


アタシの蹴りは空を切り、壁に当たった。足に痺れる様な痛みが伝わる。

着物の女は消えていた。まるで、最初から、そこにいなかったかのように。


「・・・化け物が・・・!」


呪われてから、ロクな目にあってないが・・・とうとう、あのババア以外の化け物にまで遭遇するとは・・・。


アタシはそのまま牛乳瓶を持って、蒼の病室に戻った。


「・・・蒼?」


待ちくたびれて寝てしまったのか、蒼はベッドで静かな寝息をたてていた。

アタシが持ってきたタッパーの中のスープは、空になっていた。

待ちくたびれて、というより、食べるだけ食べて、満腹になって眠ってしまった、という方が正しかったか。


(・・・味の感想聞けなかったわね・・・。)


静かに花瓶代わりの牛乳瓶を置いて、何気なく蒼の左手を見た。


(・・・一応、蒼にも縁の紐がついているのね・・・)


だが、蒼の縁の紐の色はとても薄く、細く・・・そして、アタシの小指の縁の紐とは結びついていなかった。


(・・・この子は、アタシの女難じゃない事は確かね・・・。)


ふと、思う。

この子は将来、どんな人間と縁を結ぶのだろう。こんなに細くて、色素が薄い紐で大丈夫なんだろうか、と。


(・・・って、何、他人の人間関係の心配してるんだか・・・。)



アタシらしくもない事だ。

なんだか、この子の傍にいると・・・。




「・・・あ、ごちそーさま。」

「寝起きの第一声がそれ?普通は”おはよう”でしょうが。」


呆れたようにアタシがそう言うと、蒼は椅子に座ったアタシの手を握って言った。


「・・・手作りの味がした。薄味ですごく美味しかった。料理、上手いんだね・・・火鳥お姉さん。」


少し冷たい手。


「褒めたって、もう何も出ないわよ。」

「・・・また会いに来てくれる?」


寝起きだからか、少し瞳が潤んでいる。


「一回だけのわがままじゃなかったの?」


そう言って、アタシは蒼の少し乱れた髪をもう片方の手で整える。


「・・・一回じゃ足りないよ。今日会って・・・また、会いたいって思っちゃったんだもん・・・。あのあんかけもまた食べたい・・・。」


蒼の縁の紐が弱々しく動いたような気がした。

まるで、アタシの縁の紐と結びつこうとしているように。


「・・・言ったでしょ、あんかけくらい、いくらでも食べさせてあげるって・・・」

「うん・・・。」


頭では、余計な縁との結びつきなどは避けなければ、と思う。

だが、アタシは動くことは無かった。


「でもね・・・あんかけも好きだけど・・・私、ただ・・・お姉さんに会いたいだけなの。」

「・・・・・・・・。」

「私、お姉さんの事、もっと知りたいの・・・下の名前だって、知らないし・・・」


蒼の手が、アタシの手に、指を絡ませてしっかりと握られる。



「・・・わかった。また来てあげる。・・・だから・・・」

「だから?」



アタシは、もう片方の手で、そっと蒼の縁の紐ごと、蒼の手に触れた。



「・・・死ぬんじゃないわよ、蒼。それまで、アタシの下の名前は教えてあげない。」

















「アンタは、縁の力であの子の運命を変えるつもりなんだろう?」



アタシは、黙ってババアを見た。

ババアは何もかも解ったようにニヤリと嫌な笑みを浮かべていた。



「変に勘繰らないで頂戴。単に、アタシの力試しみたいなものよ。それとも、何か文句があるの?」


鼻で笑ってみせるアタシに向かって、ババアは言った。


「いや・・・アンタじゃあの子の運命を変えるのは、無理だよ。」

「・・・なんですって・・・?」


「あの子の運命を変えるには・・・今のアンタじゃ無理さ。そうだね、水島くらいの力があれば、可能かもしれない。」

「そこで、なんで・・・なんで、水島が出てくるのよ・・・ッ!?」


聞き捨てならない。

縁の力は、十分つけているつもりだ。それでも足りないなら、また街で力をつければ良いだけの話・・・。


「そうだね・・・たとえるなら、アンタが努力して力を強くした秀才タイプなら、水島は元々の潜在能力が高い天才タイプだ。

この間、烏丸忍との縁をブチ切っただろう?あんなに堅かった縁を、感情と勢いに任せて水島は切った。漫画みたいな成長速度だよ。あの女は。」


「そんな・・・アタシが、奴に・・・水島に劣るっていうの!?アタシの方が奴より縁の力を使ってるのに・・・!!」


水島は、縁の力をあまり使っていないし、アタシより縁の紐も切れない。

確かに、忍との縁をアイツは切った。だけど、あれは・・・まぐれだ。

力は、圧倒的にアタシの方が上の筈・・・!


「そうだね・・・アンタの力は強くなった。ただ、あの子を助けるには・・・今のアンタじゃまだまだ力不足だし、時間がかかるだろうって話さ。

手っ取り早くあの子の運命を変えたいなら、アンタは、あの子との縁の紐を切っちまって、水島とあの子の縁を結んだ方が早い。

水島なら、あの子の運命を変えられる可能性はある。」


ババアは懐からタバコを出して、火をつけた。


「そんな・・・そんな馬鹿な・・・そんな馬鹿な事・・・!」


水島の方が・・・力が上・・・?このアタシよりも・・・?

そんな事、アタシは認めたくはなかった。


「あの子の紐の色、薄くて細かっただろう?あれは、寿命が短くなっている証拠だ。・・・このままだと、あの子は間違いなく、近々死ぬよ。

早く助けたいと思うなら、諦めてアンタとあの子の縁を切って、水島と縁を結ばせな。」


確かに、蒼の縁の紐の色は薄くて・・・紐というよりも糸のように細くて、触ったら切れてしまうんじゃないかと思うくらいで・・・。

だけど、それだけで簡単に水島なんかに頼る訳にはいかない。納得いかない。

あの子の縁の紐は、アタシに向かって伸びてきたのだ。それなのに、見ず知らずの水島と蒼の縁を結びつけろだなんて・・・!



「・・・そんな・・・アタシじゃ・・・力不足だっていうの・・・!?」

「そう、今のアンタじゃ無理だ。時間も無い。諦めな。」


「・・・・・・・・。」



このままだと・・・また、アタシは何も出来ないまま・・・失う・・?

金も特別な力もあるのに・・・結局、アタシは何も出来ないの・・・!?


悔しさで震える拳を握り締める。


「どうした?アンタ、手段は選ばない主義なんだろう?何を迷ってるんだい?いつものように、他人を、水島を利用すればいいじゃないか。」

「・・・ち、違う・・・迷ってなんか・・・!!」



アタシを見ながら、自称・縁の神はタバコの煙を吐き、笑いながら言った。



「そうかい・・・アンタは、あの子を救うのが、自分ではなく、水島になるのが、そんなに悔しいのかい?」


どいつもこいつも、知ったような口ぶりで、好き勝手な事を言う・・・。


「・・・黙れッ!アタシは・・・アタシは・・・諦めないッ!!」



アタシは捨て台詞のようなものを叫んで、古びた神社から走り去った。









アタシは手段は選ばない。


でも、そうじゃない。


今のアタシは、手段を選んでなんかいられる立場じゃない。


力が足りない。

もっと力を・・・。



諦めない。



・・・アタシは、絶対に、諦めない。






 [ 火鳥さんはお見舞い中。・・・END ]




 ― あとがき ―

火鳥さんがどんどん良い人っぽくなって・・・るか?(笑)

こんなの・・・こんなの、火鳥さんじゃない!という方もいらっしゃるかもしれませんが、彼女も変わりつつ・・・あるのかな?

本編の水島さん次第で、火鳥さんと蒼ちゃんの運命が決まります。

地味にちょこっと新キャラ出てますが、本編にも登場します。