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[ 火鳥さんは暗躍中。〜関口 雪 編〜 ]


どうして・・・。

どうして、私はここにいるんだろう。


どうして、あの人は私を・・・


「雪。」

「・・・あ・・・。」


火鳥さんがゆっくりと立ち上がり、私こと、関口 雪にファイルを差し出す。

まだ入院してなきゃいけないのに、火鳥さんは無理をしている。

その原因を作ったのは・・・この、私・・・。


『火鳥さん!今すぐ、その女から・・・離れて下さいッ!!!』


私は、あの時どうしようもない嫉妬と怒りに包まれていた。

あの人の為なら、なんでもしようと思った。

私が、あの人に近づく為に。

あの人に近づく女を排除したかった。

あの人が、私以外の誰かを見続けるのを阻止したかった。

あの人の特別な存在になりかった。


『 ・・・何よ?まさか、このアタシが馬鹿達の輪にでも入りたかったんじゃ・・・なぁんてつまんない事、言うんじゃないんでしょうね?』

『・・・そうですけど。』


だけど。


『フッ・・・そんな訳ないじゃないの。馬鹿の輪に加わって、馬鹿の仲間に入って、馬鹿踊りして、自分の価値を下げろっていうの?』


あの人にとって、他人とは馬鹿でしか・・・足枷でしかなかった。


『アンタだって・・・散々見てきたんでしょう?他人がいかに馬鹿か。輪に入ったら最後、馬鹿に染められる。

馬鹿は馬鹿でしかないのよ!それ以上でも、それ以下でもない!

自分たちと同じ馬鹿に染まらなきゃ、奴等は”敵”とみなして、猟犬みたいに攻撃を仕掛けてくる・・・。

誰かを頼り、もしくは踏み台にして、それを笑いながら生きていける汚い奴らばかりなのよ!

もしくは、そこの女みたいに、こっちの迷惑も考えずに自分の想いをぶつけるだけぶつける馬鹿も沢山いて・・・アタシの人生を滅茶苦茶にする!』


そう言って、こちらを見た火鳥さんの目は、私を軽蔑しているようだった。

その瞬間、私は何の為にここにいるのか、わからなくなった。


何の為に?

火鳥さんの為に。


だけど、火鳥さんは・・・私を必要としていなかった。


最初から・・・私なんか・・・いらなかった・・・。


そう思った瞬間、何かがガラガラと音を立てて崩れていくのを感じた。


どうせ、必要とされていないのなら・・・。


そして・・・私は・・・火鳥さんを、ナイフで刺した。



「・・・雪、何ボーッとしてるの?このファイルのコピー20部。早く。」

「あ・・・はい・・・」


あれから、火鳥さんは私の起こした事をもみ消した。

そして、何事もなかったかのように、今、私と仕事をlしている。

私のした事に火鳥さんは何も言わずに、私にただ仕事をしろとだけ言った。


(・・・ホントに、これで良いのかな・・・。)


どうして、私はまだ会社にいられるんだろう。

どうして、私はまだ・・・火鳥さんの傍にいられるのだろう。

どうして、火鳥さんは・・・私を責めないのだろう。



「・・・は?」


私の言葉に呆れた様子で、火鳥さんはたった一文字で聞き返した。


「だから・・・どうして、私を警察に突き出さずに、仕事をさせてくれるんですか?」

「・・・必要ないからよ。黙って仕事してなさい。」


「でも・・・火鳥さん、今だって怪我してるのに無理して仕事して・・・そんな風にしたのは、私のせいじゃないですか!」

「・・・アンタ、アタシにどうされたいワケ?」


「だから・・・いっそ、私をクビにして下さい。」


「・・・・・・はぁ・・・。」

火鳥さんは溜息を付きながら、持っていた資料を無造作に机の上にバサリと投げた。


私は、火鳥さんに関係を切られる覚悟が出来ていた。

いや、火鳥さんから切ってもらわないと、私の中のケジメがつかないと思っていた。

最後に火鳥さんから、私が火鳥さんから離れる理由を貰いたかった。


だが。


「・・・まあ、いいわ。アンタに自責の念があって、アタシの顔を見るたびに辛くて辞めたいと思うなら、自分でとっとと辞めなさい。

アタシ、二度は止めないから。」


そう言って、火鳥さんは私に背を向けるように椅子を回転させ、私を追い払うように手を振った。


「・・・え?」


どうして・・・!?

聞こうと思ったけど、それから火鳥さんは一度も私を見ることは無く、仕事を続けた。




― その夜 火鳥さんの部屋にて。 ―


『それ、大丈夫?』

「・・・痛み止めさえあれば、別に仕事に支障はないし。・・・いいから、忍ねーさん薬出して。」


『いや、そうじゃなくて・・・彼女、関口さん。』

「何か問題でもある?アタシの部下よ。せっかく役に立つようになってきたのに、クビを切れっていうの?」


『・・・そうじゃなくて・・・彼女、貴女に悪いって思ってるから、そういう事言ったんじゃないの?』

「・・・フン・・・アタシは仕事をしていればいいって言ったわよ。」


『ちょっと言葉が足りないんじゃない?もし、水島さんなら・・・』

「アイツなんかと比べないで。」


『じゃ・・・貴女、関口さんに対して、少しは悪いと思ってるから、あんな風に”もみ消し”なんて工作したんじゃないの?

それが、良い行いか悪い行いかは、この際置いといて。

貴女のその気持ち、上手く彼女に伝わってないんじゃない?だから彼女、責任を背負い込んでどんどん思いつめて・・・』

「・・・はぁ?・・・伝えるって、どうして、今更そんな事をアタシが・・・。」


『時には、ちゃんと口で伝えないと本人に伝わらない事があるのよ。それこそ・・・他人なんだから。』

「・・・ふうん、気持ちを隠してる忍ねーさんに、言われる筋合いはないわね。」


『な・・・!?・・・と、とにかく!少しでも悪いと思ってるなら、貴女は最後までフォローをすべきよ。薬は明日取りにいらっしゃい。以上。』

「はいはい、じゃあね。・・・・・・・・フン・・・フォロー、ね・・・。」


― 次の日 ―


「・・・おはようございます。火鳥さん。」

「・・・ん、おはよう。・・・あー・・・その・・・」


今朝は火鳥さんにしては、やけに歯切れの悪い挨拶だった。


「・・・チッ・・・なんでもないわ。コーヒーくれる?」

「は、はい・・・。」


私は今日、辞表を提出する気でいた。

火鳥さんの傍にいたら、私はまた同じことをしてしまうんじゃないか、それが怖かった。

嫉妬や悲しみに我を忘れて、また・・・火鳥さんを・・・。


「・・・ねえ、関口さん。」

「はい?」


コーヒーを入れていると、私より3年先輩の女性社員の三澤さんが、話しかけてきた。


「貴女も大変ねー毎日コキ使われて、いびられて、苦労してるんじゃない?」

「あ、いえ・・・私が希望したことですから。」


ニヤニヤと嫌な笑みを浮かべながら、三澤さんは私の隣でどんどん質問をしてくる。


「ねえねえ、どうして火鳥の傍にいるの?やっぱり、火鳥のそばにいると、イイ事あるわけ?」

「いえ・・・別にそういう訳では・・・。」


私が・・・火鳥さんの傍で仕事をしたい理由は・・・単純に、彼女の仕事の姿勢に憧れを抱いていたからだ。

どんどん出世していく彼女を、私は遠くから見ていた。

周囲の圧力や非難する声も、彼女は跳ね除けた。それだけ、火鳥さんは強かった。

いつか、自分も彼女のように・・・いや、それが無理でも・・・彼女のサポートに回りたい、と思うようになった。

今は間近で彼女の仕事を見られる、手伝えるのが本当に嬉しくて・・・。


「ねえ、火鳥がヤバイ奴らとつるんで、なんか汚い事してるって噂は本当なの?ねえ?」

「さあ・・・私は、ただスケジュールを管理したり、仕事を教えてもらってるだけですから・・・。」

「こ・こ・だ・け・の話よ?・・・火鳥がヤバイ奴らに関わって、怪我したらしいって。病院に通ってるらしいじゃない?貴女、何か知らないの?」

「・・・・・!」

・・・私は、無言で下を向くしかなかった。

その原因は、私だからだ。私が原因なのに、根も葉もない噂が火鳥さんについている。

私のせいで・・・。

「・・・まあ、あんな女の栄光なんか、一時のモノよね。一気にポンポン出世して、調子に乗ってたから、怪我なんかするのよ。長くないわね〜ま、これも栄枯盛衰ってヤツよね。

大体、地道に努力してる私達社員の苦労を、あの女はなんとも思ってないのよ。それどころか、全部自分のモノにして出世の道具にしてる。」

「そんな事・・・」


火鳥さんは、ちゃんと自分の仕事をしている。

誰かの仕事を奪った事は一度もない。この社員にこれ以上、仕事を任せきれない、そう判断した時だけ、彼女は自ら仕事を請け負っている。

それを私は間近で見ているから、知っている。


「火鳥はね、自分の以外の人間の事なんか、なんとも思ってないのよ。貴女も気を付けなさいよ〜。」

「・・・・・・・・・。」

ニヤニヤ笑いながら、三澤さんはそう言った。

嫌な思いがした。


『・・・まあ、いいわ。アンタに自責の念があって、アタシの顔を見るたびに辛くて辞めたいと思うなら、自分でとっとと辞めなさい。

アタシ、二度は止めないから』


・・・本当に、私の事をなんとも思っていないなら・・・


『アタシ、二度は止めないから。』


あの人は、私を引き止めてくれる・・・?


「三澤さん!そんな言い方止めて下さい!火鳥さんは・・・!」


思わず、そんな言葉が口をついて出た。



「・・・随分、楽しそうね。仕事もしないで、人のくだらない噂話を垂れ流すのが、アナタの仕事の努力っていうのかしら?」



鋭い口調。

凛々しくて、強い光を持った瞳に、不敵な笑み。

気が付くと、火鳥さんが柱の影からこちらを見ていた。


「か・・・!?」

三澤さんは、火鳥さんの登場を予想していなかったらしく、途端にビクリと反応して、後ずさりした。


「そんなに文句が御有りなら、出世してアタシを踏み越えてから、存分に言ってみなさいよ。

それまでは何をどう言おうと、只の”負け犬の遠吠え”よ。」

「っ・・・!」

火鳥さんの横を悔しそうな顔で睨みつけながら、三澤さんが通り過ぎる。



「火鳥さん・・・」

「コーヒーって言ってから、何分経ったと思ってるんだか・・・。」


・・・しまった!

「す、すみません!遅くなってしまって・・・!」

私は慌てて、頭を下げた。


「あー・・・まあ・・・その・・・庇って欲しいなんて言った覚えはないけれど、アナタの今の発言は評価するわ。」

「・・・え・・・?」


「か・・・勘違いしないで欲しいんだけど・・・アタシなりに考えて、今の仕事にアナタが必要な人材だと判断したから、アナタはここにいるワケ。

それでも辞めるって言うなら、アタシはもう止めないけれど。」

「・・・・・・・私・・・必要、なんですか・・・?」

「・・・同じ事言わせないで。」


火鳥さんが私を必要としている?


「でも、私・・・火鳥さんを・・・」


私の言葉を火鳥さんはイライラした様子で遮った。


「それは、もう許すって言ってんのよ。もし、アタシにまた同じ事をアンタがしたなら、それはアタシがアンタを選んだせいよ。」


火鳥さんは頭をかいて、イライラした口調で続けた。


「ああ、もう・・・それよりも!アナタ自身は仕事を続けたいの?続けたくないの?どっち?」



『アタシ、二度は止めないから。』



二度目のその言葉を聞いて、火鳥さんの瞳を見て、私の返答は決まった。


「・・・・・・わ、私・・・つ・・・続けたいですっ!」


心からの声を、火鳥さんに伝えた。

その瞬間、何故か涙が溢れてきた。

私の肩にポンっと火鳥さんの手が乗る。


「・・・良し。なら、さっさとコーヒー持ってきて頂戴。」

そう言って、私の方を向かずに、火鳥さんは足早にその場を去っていく。

「はい!」

その後ろ姿に向かって、私は返事をした。



『あー・・・水島?アタシ。その後、どう?力に変化は?』

「あ、いえ・・・というか、火鳥さん?どうしました?女難ですか?声が・・・」

『あー・・・いや、単に慣れない事しただけ・・・。』



― 火鳥さんは暗躍中。〜関口 雪 編〜 ・・・ END ―


あとがき

ツンデレ(笑)っていうんですか?まあ、そんな感じの火鳥さんでした。