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耳に微かに聞こえてくる雨のような音。

目を薄く開ける。

カーテンの向こう側が明るい。


いつもなら、時間になれば誰かがカーテンを開けてくれる。

それまで、私はベッドの中で瞼を閉じていようと決め込む。

ベッドの中なら、消毒薬の匂いが少しは・・・


(・・・全然、しない。)


ベッドの中は、いつもと違っていた。

お姉ちゃんの匂い。


「・・・あ!」


私こと、高見蒼は、起き上がって、隣を見る。

隣に寝ていたはずのお姉ちゃんが、既に起きて、脱ぎ捨てていったショートパンツとキャミソールがある。


(もう!おはようくらい言っても良いのに!)


私はすぐに起きて、ベッドをきちんと直す。・・・これは、入院している時のクセ。

火鳥お姉ちゃんは、朝になると私をいつも起こさない上に、黙ってそのまま仕事に行ってしまう。


病院から退院して、お姉ちゃんの家に来て、約2週間が過ぎた。

カーテンを開けると、窓の外の風景は、ビルでいっぱい。下を見ると、思わず身震いする。

小さい人が、せかせかと歩道を歩いているのがかろうじて見える。


遠くで聞こえていたシャワーの音が止んだ。

私が寝室を出ると、髪の毛をタオルで拭きながらお姉ちゃんと目が合った。


「おはよう!」

私が挨拶すると、お姉ちゃんは少しうんざりしたような顔をして、挨拶をしてくれる。

「・・・おはよう。」

そう言って、お姉ちゃんはパンツとタオルだけでリビングのソファに座って脚を組んで、新聞を読む。


私はその隣に座って、テレビをつける。

『今日のアンラッキーさんはぁ〜ごめんなさぁ〜い!うお座でぇす!

女の人から言われも無い好意と悪意が抱かれやすい日!ラッキーパーソンはスネ毛を5年間剃ってない同僚の女性でぇす!』

『・・・はい、続いては、各地のニュースです。』

占いコーナーが終わって、ニュースが始まるとお姉ちゃんは新聞から目を放し、テレビを見る。



すると、キッチンからお手伝いの美作 君江さんがコップを二つ持って出てきた。


「お二人とも、おはようございます。」


君江さんは50代後半くらいのおばさんで、いつもニコニコしているし、私にお姉ちゃんの事を色々教えてくれる。


「「おはよう。」」


君江さんは、お姉ちゃんの家の家政婦さんで、お姉ちゃんが小さい頃から火鳥家にいたそうだ。

お姉ちゃんが大きくなっても、週に1、2回、お姉ちゃんの家に来て、食事作りと掃除に来てくれる。



・・・君江さんがいなかったら、お姉ちゃんと私の栄養は偏って病気になっていたかもしれない。


というのも。

私が、この家にやって来たとき。

病院食はもうやめて普通の食事をとっていい、と忍先生から言われたので、私はお姉ちゃんと一緒の食事をとれるようになったのだけれど・・・。


― 蒼 火鳥家の一日目。朝 ―


”シェフのおススメ、ぶ厚いサーロインステーキ。マッシュポテトを添えて。”

朝から、肉汁たっぷりのステーキ(ミディアムレア)。


「朝からステーキは重いよ!お姉ちゃん!」

「・・・じゃあ、ポテトあげる。」


「あ、ありがと・・・(そういう事じゃないんだけどな・・・。)」


お姉ちゃんは、忙しい。だから、お姉ちゃんなりに、私の分の朝食も用意してくれた・・・んだと思う。

仕事前に毎朝二人分の食事を用意するのは大変なんだし、ワガママ言うのは良くないとは思うんだけど・・・やっぱりステーキは重い。


― 蒼 火鳥家の2日目 朝 ―


” ヒレステーキ。あっさり大根おろしソースで。 ”


確かに、脂は減った。でも、分厚い見た目の衝撃ったら・・・無い。

「だから・・・ステーキは・・・ステーキは・・・!」

「・・・さっぱりしてるでしょ?」

そう言って、私の目の前でお姉ちゃんは、ステーキを頬張る。


「そ、そうじゃなくて・・・あの・・・もう、甘いパンとかでいいから・・・。」

もう菓子パンでいい、と私は思った。

そう言ったら・・・。


― 蒼 火鳥家の3日目 朝 ―


” チョコレートケーキ。1ホール ”


確かに・・・これも、甘いけれど!パンじゃなくて・・・ケーキ!!


「・・・じゃ、半分ずつね。」

「お、重いよ!お姉ちゃん!」


しかも1ホールの半分なんて食べられないよ!


「あと、スムージー。」

「もう甘ったるいよ!もっと、軽いので良いから!」


そう言ったら・・・。


 ― 蒼 火鳥家の4日目 朝 ―


 ” シュークリーム。 ドリンクは飲めるシュークリームで。 ”

「・・・・・・・。」 ← 諦めた。

確かに・・・確かに、チョコレートケーキより軽い・・・グラム的に、だけど。





・・・という事で・・・朝から肉か甘いモノしか与えられない環境で・・・困っていたところに現れたのが、君江さんだった。

君江さんの話によると、お姉ちゃんは料理は作れるけれど、自分も食べるものとなると、好物しか作らないそうだ。


勿論、そこには野菜のやの字もない。


私達の食卓を見た君江さんは、すぐにトーストとスクランブルエッグ、ベーコンとほうれん草のソテーを作ってくれた。

それでも、お姉ちゃんは野菜をあまり食べようとしない。


・・・だから、君江さんは必ず朝食前にお姉ちゃんに出すものがある。


君江さんが、緑色のジュースを目の前に置いた。

その瞬間、火鳥お姉ちゃんが顔をしかめた。


「お嬢様、さあ、ぐっといって下さい。今日は、レモンとりんごを多めに入れてますから。」

「・・・・・・・。」


匂いをかいで、やっぱり顔をしかめたお姉ちゃんだけど、チラリと私を見ると、グラスに口をつけて一気に飲み干した。


「・・・セロリの風味が不快だわ。」

子供っぽい事言うんだなって思いながら私は笑って、グラスに口をつける。・・・うん、君江さん特製のジュースは今日もおいしい。

「今日はセロリも20g増やしました。」


そう言ってニッコリ笑う君江さん。

いつも、ジュースの内容は微妙に変えてあるらしい。

君江さんは野菜が嫌いなお姉ちゃんの為に、必ず手作りの野菜ジュースを飲ませる。

ジュースの絞りカスは、その後カレーになったり、ハンバーグになったり、スープになったり、色々形を変えて、とにかくお姉ちゃんの栄養になるように仕組まれている。

とにかく、ジュースを飲まないと朝食が始まらない。

これだけは、お姉ちゃんも君江さんのいう事を素直に聞く。


私とお姉ちゃんはそれぞれ、着替えを済ませる。

私は部屋着に。

お姉ちゃんはスーツに。

着替え終わって、テーブルにつくと、食卓の上には彩り豊かな朝食が並んでいる。


「さあ、召し上がれ。」


今朝は和食。君江さんのお味噌汁は具沢山だし、おいしいから嬉しい。

肉食のお姉ちゃんの為に、朝から・・・しょうが焼き。

私は、卵焼き、納豆に鯵の塩焼きに、ほうれん草の胡麻和え。


お姉ちゃんと私がご飯を食べる様子を、君江さんはニコニコ見ながらお茶をすする。

温かい食事に、一緒にご飯を食べてくれる人がいる。


「なんか、いいなぁ・・・こういうの。」


私がそう言うと、君江さんはうんうんと頷いて、ニッコリ笑った。


「ゆっくり、たくさん食べなさい、蒼ちゃん。忍お嬢様は、午後からいらっしゃるから。」

「あ、そうか。今日は忍先生が来る日だったっけ。」


私の担当だった忍先生は、何故か突然K病院を辞めてしまった。

病院を辞めた後も忍先生は、わざわざ火鳥お姉ちゃんの家に来て診てくれるけれど、さすがに検査は出来ないので、別の病院でしている。


「忍お嬢様が言うには、そろそろリハビリの為に外出を増やした方がいいとおっしゃってました。いつまでも、家の中でこんなオバサンと二人きりじゃ・・・ねえ?」


そう言って、君江さんはいささか気の毒そうに私を見た。


「そうでもないよ?君江さんの家事している姿みたり、さやえんどうのすじ取ったりするの、私、好きだよ。」


家のお手伝いなんか指で数える程しかしなかった私。

だから、君江さんのお手伝いは好きだ。

それ以外は本を読むとか・・・あまり、する事が無い。


そして、私が外出する目的は、病院での検査。一日の半分以上の時間がかかる。


・・・確かに、私はちょっとげんなりしていた。


楽しくない外出。

お姉ちゃんの車に乗るのは好きだけど・・・長い時間かけて、やっぱり数値があんまり良くないって言われるので、なんとなくへこむし。


たまには、お姉ちゃんとどこか行きたいな・・・。

と思いながらチラリと、少しだけ期待を含んだ目で見てみるけれど、お姉ちゃんは私を見ない。


(・・・やっぱり、忙しいんだよね。)


そう、お姉ちゃんは毎日、忙しい。

家に住まわせてもらってるのに、これ以上望むのは図々しいのかもしれない。

そう思って、私は期待を含んだ目を閉じて味噌汁に口をつける。


「・・・そういう事は、忍ねーさんに相談して、それからアタシに報告して。じゃ、アタシは仕事行って来るから。」

「はい、お嬢様。行ってらっしゃいませ。」

「行ってらっしゃい!」


お姉ちゃんは、颯爽と玄関から出て行く。

それを君江さんと二人で見送って、私は食事の続き。

お姉ちゃんは食べるスピードも早いんだよね。



そして、私が朝食をゆっくり食べ、君江さんがお茶のおかわりを淹れていると、玄関のインターフォンが鳴った。


「あら・・・こんな朝早く誰かしら?また、お嬢様の”自称・お知り合い”かしらね?」

「うーん・・・かもね。」


お姉ちゃんの家には、色々な女の人が来る。

誰もが口を揃えて、自分はお姉ちゃんに愛されている女だ、と言い張り、強引に家に上がろうとする。

君江さんがいる時は、君江さんが丁寧に断ってくれるけれど、私が一人の時も来るから困る。


相談すると、お姉ちゃんは言った。


『そういうオカシイ人が来たら、後からアタシが家に行くからとりあえず帰って待ってろって言いなさい。』

興味も微塵も無い表情。

お姉ちゃんは、君江さん曰く・・・”人嫌い”だから、お姉ちゃんを親しい人だと言って訪ねてくる人は、お姉ちゃんとは親しくは無いと断言できるそうだ。


・・・変なの。


「・・・はい、火鳥でごさいます。」

『わ、私・・・』


(忍先生だ!)

声で分かる。烏丸忍先生・・・私の担当の先生だ。

忍先生の声に私は箸を置いて、インターフォンの近くに歩いていった。


「忍お嬢様?どうなさったんです?いらっしゃるのは、午後からじゃ・・・?」

『あの・・・その・・・』


「忍お嬢様?」


インターフォンの画面には、苦笑混じりの忍先生が映っていた。

そして・・・。



”・・・ぐううううううううううううきゅるるる・・・。”


インターフォン越しでも、はっきり聞こえたおなかの音。


『・・・お、おなかすいちゃって・・・あの・・・朝食、食べさせてもらえない?忙しくて、昨日の昼から何も・・・』


「・・・・・・・・。」


忍先生・・・。


「忍お嬢様!お嬢様といい・・・・あなたまで、食事をなんだと思ってるんですかッ!!」


・・・うーん・・・火鳥家とその親戚って・・・もしかして、栄養管理が・・・ド下手・・・?


「うん!やっぱり君江さんのお料理は、良いお味♪」


忍先生はニコニコ笑顔で、ものすごいスピードでご飯を食べる。・・・なんか・・・掃除機みたい。


「忍お嬢様・・・御家を出られてから、ご苦労でもなさってるんですか?」


そう言って、君江さんが追加の卵焼きを皿に盛り付け、しらすおろしを添えた。


「え?いや・・・なんというか、金銭面の苦労とかは無いんだけど・・・

どうも一人暮らしだと食事がね面倒・・・いや、なんというか、食事を作る時間より睡眠時間が優先になっちゃうというか・・・。」


「要するに、ちゃんと3食とってらっしゃらないんですね?」


「・・・まあ、時々・・・抜かす事は、多いかな・・・忙しいし。」


そう言って、誤魔化す様に笑って忍先生は卵焼きを口に入れた。



「・・・前より、忍先生楽しそうだね?」


私は思った事をそのまま口に出し、自分の分のお漬物を忍先生の方に差し出した。


「ん?そうかしら?」


忍先生は、ありがとうと言ってお漬物に箸をつけた。


「うん、なんか・・・キラキラしてる。今が楽しそう。」

「蒼ちゃんと一緒。先生はね、今、新しい生活に夢中で、色々考えさせられたり・・・とにかく、楽しいの。」


それは良かった、と私は笑った。


「・・・夢中すぎて、くれぐれもお食事は抜かさないでくださいませ。」


君江さんがぴしゃりとツッコミを入れて、私と忍先生は苦笑した。






「検査結果があんまり良くないとは聞いてたけど、今は落ち着いてるね。」


忍先生はそう言って、聴診器を耳から外した。


「外出しても大丈夫?」

「それは勿論。軽い外出だったら推奨します。」


それを聞いて、私は少し嬉しくなった。

君江さんにスーパーと本屋に連れて行ってもらおうっと。


「忍先生・・・あの検査は、いつまで続けるの?数値が良くなるまで?」


私が気になるのは、次回の検査。

すごく長いし、終わった後はなんだか病人に戻ってしまったように感じて、なんだかだるくて、憂鬱になるし、その日一日耐える為の心の準備が必要だから。

長い時間かかった割に、私の検査結果は良くないみたい。

検査は苦痛だけれど・・・まだ、このままで良いかな、とも思う自分がいる。


「そうね・・・数値関係なく、当分は検査の為の通院を覚悟してもらおうかな。」


忍先生は申し訳なさそうに、そう言った。


「えー・・・。」


言葉だけでも、そう言っておく。


もし、学校に通えるようになったら、お姉ちゃんと一緒の生活が終わってしまうからだ。



今は、まだ・・・お姉ちゃんの傍にいたい。



「じゃないと、また再入院かもよ?」

「はーい。」


これは素直に聞いておこう。

私は、お姉ちゃんと一緒にいられる時間が欲しいのであって、病人に戻りたいわけじゃない。


「・・・毎日、退屈じゃない?」

「大丈夫。」


病室でずっと一人で時間を持て余しているより、ずっとマシ。

ここにいれば、お姉ちゃんが帰ってくるし。


すると、忍先生が診察の道具を片付けながら私に言った。


「・・・そうだ。今度、お姉ちゃんにどこか連れて行ってもらえば良いじゃない?あの子の人嫌い克服にもなるし。」


忍先生は、ニッコリ笑っていた。

ベッドの上で、私は服のボタンをはめながら言った。


「・・・別に、いいよ。」

「あら、どうして?」

「お姉ちゃん、そういうの好きそうじゃないし。忙しいみたいだし。」


私は、そう答えた。


火鳥お姉ちゃんは、部屋で静かに過ごすのが好きなのを私は知っている。

時々、ソファに座って、海の生き物のDVDをぼうっと見ていて、私はその横にそっと座る。

気が付いたら、二人共寝ちゃってる事が多いんだけど、私はそれで良かった。

お姉ちゃんの寝顔を見るのも結構好きだし。



「蒼ちゃんは、行きたくないの?」


ふと、君江さんが心配そうな顔で私にそう聞いてきた。


「・・・んー・・・それは・・・。」

本音を言うと、お姉ちゃんとどこかへ行きたい、という思いはある。

でも、お姉ちゃんがそれを望んでないのは、明らかだった。


「蒼ちゃん、子供はね、子供のうちにわがままを言う権利があるのよ?それを使わないなんて、もったいないわ。」


「あ・・・。」


君江さんが、以前お姉ちゃんが言っていた同じ言葉を使った。


「この近くで、適度に休む場所があって、楽しめる場所があれば良いんだけれどねぇ・・・。」


君江さんは困ったように、真剣に悩み始めた。

「あ、別に今は・・・」

私が、別にいいよ、と言いかけた時。


『リニューアル!百合百合百合百合”百合やしき”!遊びの華を咲かせましょうッ!!

安全安心!百合やしき!家族揃って百合やしき!子供の遊び場、百合やしき!おじいちゃんおばあちゃんも皆楽しく百合やしき!

男同士!女同士!みんなおいでよ百合やしき!

可愛いユリイちゃんも皆を待ってるよッ!期間限定パレードも開催中!百合百合百合百合!百合やしきーっ!!』


TVから、一際大きな音で百合やしきのCMが流れてきた。


「・・・あ、百合やしきは?楽しそうよ?」

「そうですわね。ああいうテーマパークなら、休む所いっぱいあるでしょうし。」


・・・CMってすごい。

大人をたった30秒で、簡単に引きつけるんだから。


「しかし、問題はお嬢様ですわね・・・ああいうの、大嫌いですから。

私は、この通り、おばさんで体力もありませんし…週末は、主人の面倒がありますから。

やはり、お嬢様に行っていただかないと。」


君江さんはそう言って、私の両肩に手を置いた。


「ま、そこはなんとかしましょ。あの子にだって、蒼ちゃんを預かった責任ってやつがあるんだから。」


そう言って、忍先生は少し悪そうな顔をして笑った。


「・・・私に、考えがあるわ。蒼ちゃん、先生のシナリオ通りに動けるかな?」

「う、うん。」


忍先生は楽しそうに、自分の考えた悪巧みシナリオを私に聞かせてくれた。

その時の忍先生と相槌を打つ君江さんときたら、なんだか火鳥お姉ちゃんみたいだった。


火鳥家といい、烏丸家といい・・・やっぱり、親戚なだけあって、この家の人達って変な所が似ているのかもしれない。





「・・・はぁ?”検査が嫌”?」


私の訴えを聞いて、シャツのボタンを外しながら、火鳥お姉ちゃんはそう言った。

帰宅してすぐ、私達は行動開始。


「私、検査にウンザリ。長い時間、ずっと数字を計られて、でも結果はいつもイマイチだから、また今度も来てねってそればっかり!」


まず、私が先陣をきって、お姉ちゃんに訴える。

・・・火鳥お姉ちゃんにこういう愚痴やワガママ言っても、普段は聞いてもらえない事が多いんだけど・・・今は味方がいる。



「まあ〜まあ、大変!昔から、病は気からというけれど!大変だわ!ここはリフレッシュが必要ね!(棒読み)」


・・・あんまり頼りにならないけれど、君江さん。(棒読み演技が、やや忍先生のシナリオに影響しそう。)


「・・・君江さん?」


ああ、ホラ・・・火鳥お姉ちゃん、早速君江さんの演技に疑問を抱いている・・・!


「あ、あのね!だから!私、今度の週末どこか行きたい!連れてって!ゆ、百合やしきとか!!」


必死で私は忍先生のシナリオ通りの台詞をまくしたてる。

・・・でも、心のどこかで 『ちょっと、無理があるな』 って思ってたりする。


「はぁ!?アンタねぇ・・・術後の検査が嫌だから、どこか行きたいって言っても、まだ病人なんだし・・・君江さん、近所の商店街は・・・」


「あーん!私は、もうこの通りおばさんでして、体力も無く・・・週末は主人の世話が・・・ああっもうっごめんなさいねえぇぇ!」


今度の君江さんの演技は、過剰演技過ぎる・・・!


「・・・・・・。」


ヤバイ・・・お姉ちゃんが思い切り、怪しんでる・・・。

こうなったら・・・!


「良いじゃない。君江さん、ここは、このお姉ちゃんに連れて行ってもらいましょうよ。

近場だし、休む場所もいっぱいあるし、近くに病院もある。立地条件が良すぎるわ。

これもリハビリよぉ〜。ていうか、行きなさいよぉ〜。」


そう言って、忍先生がお姉ちゃんの肩に腕を回した。


「忍ねーさん、勝手にアタシの家で飲酒しないでくれる?ここ、アタシの家なんだけど。」


何故か、忍先生は、いつの間にかお姉ちゃんのワインを飲んでいた。

お姉ちゃんの帰りが遅いので、君江さんが気をきかせて、ワインを出したのが・・・多分失敗だったんだと思う。


・・・お酒って、こんなに人を変えるんだ・・・。


「良いじゃなぁい…これは診療報酬よ☆」

「・・・帰って。ていうか、最近忍ねーさん、ハジケすぎ。悪い意味で。」


うん、私にもそう見える・・・。

忍先生、飲む前と飲んだ後で全然違うし。


「色々なしがらみから解放されて、吹っ切れて、すっごく気分が良いの。・・・分かるでしょ?」

「・・・はいはい、おめでとう、そして帰って。ややこしいから。お願いだから。」


「お嬢様!蒼ちゃんのリハビリの為です!ねえッ!?」

「あー!もう!なんなの!?君江さんは、とりあえず落ち着いて!」


火鳥お姉ちゃんの周りで、大人が二人、私の為に騒いで・・・なんか変なことになっている・・・。


私の為とはいえ・・・なんだか、見ていて辛くなってきた・・・。


「・・・・・・ちょっと蒼、何なの?コレ。」


火鳥お姉ちゃんは思い切り不機嫌そうな顔をして、私に向かって、そう聞いた。



「う、うーんと・・・・・・あの・・・えと・・・」


私は思った。


やっぱり、ダメだ、と。(あの二人の大人が、という意味ではなく。)


お姉ちゃんの休日に、お姉ちゃんが嫌な事を私の為に無理矢理させるなんて、出来ない。


「やっぱり、お姉ちゃんが、嫌ならいいよ。私、近所の本屋に行きたいな。」


私は、そう言った。


すると、お姉ちゃんが大きな溜息をついた。


「・・・わかった。」


「「「・・・え?」」」


「わかったわよ!行けばいいんでしょ?・・・蒼、当日までに調子崩すんじゃないわよ?あと、途中で具合悪くなったら、すぐ帰るからね。」


そう言って、お姉ちゃんは忍先生と君江さんを振り切って、真っ直ぐ浴室に向かっていった。


「お・・・お嬢様・・・週末・・・お出かけに!?」

「あ、ほ、ホントに?行く?」


大人二人は、火鳥お姉ちゃんがここで折れるとは思ってなかったようだった。

・・・じゃあ、何の為の味方だったんだろう・・・っていうツッコミはしない方がいいのかな・・・。



「・・・フンッ。二度も言わせないで。」


行ける。

お姉ちゃんと一緒に、よくわからないテーマパークに行ける!!


「あ、ありがとう!私、楽しみにしてるね!」


私がそう言うと、お姉ちゃんは振り向かずに私を呼んだ。



「あと、蒼。」

「ん?」



「・・・ガキが変な気を使うんじゃないわよ。良いわね?」

「う、うん・・・。」



不機嫌そうな声のお姉ちゃんは、さっさと浴室に入ってしまった。


お姉ちゃんは、やっぱり・・・怒ってる、のかな。

気を遣っているのは、お姉ちゃんの方なんじゃないかな。

やっぱり、私がいると、お姉ちゃんは・・・


とか色々、思っていると、後ろで大人二人がニヤニヤ笑っていた。



「「・・・相変わらずですこと。」」



何の事かわからないけれど、大人二人は、私よりお姉ちゃんの事をよく知っていた。




・・・それが、ちょっとだけ・・・




ちょっとだけ・・・悔しかったりして。



 ― 外出前夜 ―



「蒼ちゃんの調子は良いわよ。明日は楽しんでらっしゃい。緊急の際の処置は、さっき説明した通りよ。」


「・・・・・・。」


明日は蒼と二人で、よくわからないテーマパーク百合やしきに行く。

自分は人ごみは好きではないし、何しろ蒼の術後初めての遠出・・・火鳥の心境はあまり良いとは言えなかった。


「・・・そうやって、嫌々行くつもり?」


玄関で蒼の主治医の烏丸忍が”姉”として、火鳥に言葉を向ける。


「心配だったら、一緒に来れば?アタシの事だから、子供の面倒なんか見ないで放置しちゃうわよ。」


「・・・ダーメ。そうやって、他人に任せて、自分は蒼ちゃんと変に距離置こうとする癖がつくから。

それに、もう解ってるんでしょ?蒼ちゃんに今、必要なのは・・・」


「あーはいはいはい。」


火鳥は”その先は言わなくてもわかっている”と面倒臭そうな顔をして、犬を追い払うように、手をしっしと振った。

忍は、もうそんなの慣れたものだと笑いながら言った。


「・・・よろしい。では、良い一日を。」
 







「行くわよ。忘れ物、無いでしょうね?」

「うん!」


カーテンを開けると、晴天。

雨だったら、お姉ちゃんは”きっと行かない”と言うだろうと前から心配だったんだけど。


本当に良かった。


(えーと、これを着て・・・髪留めも色を合わせようっと。)


火鳥お姉ちゃんは、前日ワンピースを買って来てくれた。(いつの間にサイズ調べたんだろう?)

君江さんは手を叩いて”素敵素敵!”といっぱい褒めてくれたけれど、お姉ちゃんは忍先生と話してばっかりで全然見てくれなかった。

薄いピンクのワンピース。所々にレースが施されてあって、それが裾を翻すたびにふわふわして可愛い。


「蒼?行くわよ。」

「・・・うん。」


・・・で、やっぱり当日になっても、似合ってるとかの感想は無し。

ま、いいけど。



駐車場に停めてあるお姉ちゃんの赤い車の助手席に乗って、シートベルトを締める。


地元のテーマパークなのに、全然知らない。同世代の子供なら1回は行くらしいけど。


「お姉ちゃんは、百合やしき行ったことあるの?」

「無いわ。」


「そっか、二人共初めての場所に行くんだね。」


よくわからないから、楽しみ。

どんな所なんだろ、百合やしきって。



テーマパークの駐車場に、車を停めたお姉ちゃんはサッサと歩いていく。

来た事無いって言ってた割には、迷いも無く私の前をサッサと歩いていく。


なんか、昨日まで思い描いていたお出かけと違うなぁ、と思いながら私は後ろをついていく。


『ようこそ!百合の香り漂う、夢の楽園へ!』


ややテンションが高い受付のお姉さんの声に、お姉ちゃんは一段と低い声で言った。


「・・・大人一枚。学生一枚。」

『はい!こちら、パンフレットと夢の案内地図です!楽しいお時間をお過ごし下さいませっ!』


そう言って渡された冊子をお姉ちゃんは全部私に渡した。


「さ、選びなさい。」


私はパンフレットをめくった。

色々な乗り物があったので、お姉ちゃんをチラリと見た。


(・・・お姉ちゃんも好きそうなの乗ろうかな。)


とはいえ、メルヘンチックなのは・・・お姉ちゃんに似合わないだろうし・・・嫌いそうだし。


「・・・ねえ、どれが良いと思う?」


私が聞くと、お姉ちゃんは時計を見て言った。


「・・・今の時間帯なら・・・オリオンコースターかプラチナアクアストリームね。」


「え?時間帯?」

「あんまり待たずに済むって事。」


ああ、単に乗りたいんじゃなくて、並ぶのが嫌いなんだ・・・お姉ちゃんは。

私は何でも良かったので、とりあえずパンフレットに載っている青いジェットコースターを指差した。


「じゃ、オリオンコースターにする。」


私の言葉に、火鳥お姉ちゃんはちょっと嬉しそうにふっと笑って、また私の前を歩いた。

お姉ちゃんが歩くと、周囲の女の人が皆、チラリとお姉ちゃんを見る。

その視線は、熱っぽく、ずっと見つめている。後ろをついてくる人もいる。

お姉ちゃんがその度に面倒そうな顔をして、小指で何かを巻き取っては、千切っているような仕草をする。

何してるんだろう、と以前聞いた事があるけれど、遠い目をして答えてくれなかった。


・・・本当に、お姉ちゃんは女の人にモテるんだから。


(・・・でも、今は、私といるんだもんねー。)


今日は、仕事もないお休みの日。

今日は、私と一緒にいてくれる。

白い壁のない、真っ青な空の下で、一緒に遊んでくれる人がいてくれて、その人が大好きな人で・・・私はとても、嬉しかった。


「オリオンコースターの特徴は、前半のスピード感と後半の高速回転が特徴よ。

・・・あと、安全バーの確認だけはしなさいね。数ヶ月前に外れたまま発進したトラブルがあったから。」


「随分、詳しいんだね?」

「・・・い、一般常識的な情報よ。」


そう言って、オリオンコースターの乗り場に着いた。

お姉ちゃんの言う通り、乗り場にはあまり人が並んでなかった。

10分くらいで乗れるらしい。

並んでいると、目の前には仲の良さそうな3人親子がいた。

お父さんが、お母さんと手を繋いでいる子供の写真を撮っている。


私のお父さんとお母さんが生きていたら、私は・・・こんな風に手を繋いで歩けたんだろうか。


「・・・・・・・。」

「・・・・・・・。」


前の家族を黙って見ていた私は、なんだかそのまま見ているのも辛くなってきたので、下を向いた。


「蒼。」

「ん?」



”カシャっ。”


呼ばれて顔を上げてお姉ちゃんを見た途端、スマホを向けられ、撮影された。


「・・・もっと良い顔しなさいよ。」

「・・・なんで、写メ撮ったの?」


私の戸惑いの表情と疑問に対し、お姉ちゃんは首をかしげて言った。


「こういうの、撮るもんなんでしょう?・・・普通。」

「いや、別に・・・今は・・・そんなテンション上がってないし、並んでるだけだし・・・。」


「・・・・・・水島の奴・・・適当な事を吹き込んで・・・。」


※注 『とにかく、ワンアトラクションずつ、何かと写真を撮るんです。面白いのとかそういうのは全く関係ありません。とにかく撮っとけば良いんです。』という水島さんの偏ったアドバイスより。


そう、ブツブツ呟いているお姉ちゃん。やっぱりなんかズレてる・・・?

『お待たせしました!百合やしきが誇る、宇宙への高速の旅へレッツゴー!!』

またハイテンションな係員の人達に案内されて、コースターに乗り込む。


・・・あれ?隣にお姉ちゃんがいない?


『あ、お連れ様もどうぞ。』

「・・・アタシはいいです。」


あー・・・やっぱり、乗らないんだ・・・お姉ちゃん・・・。

てっきり、一緒に乗ってくれるんだと思ってたけど・・・火鳥お姉ちゃんだもんなぁ・・・。

腕組をして動かないお姉ちゃんに向かって、私は手招きをしてみる。


「お姉ちゃん!乗ろうよ!」

『さあさあ!妹さんが宇宙でお姉さんを待ってますよ!さあ、出発しますよ!』


マイクから係員さんのハイテンションな勧誘が続く。


「ちょ、ちょっと!変な設定押し付けないでよッ!(恥)」

『宇宙を恐れないで!お姉さん!さあ!冒険の旅へ!』

「誰も恐れてないってのッ!そのマイクを切って話しかけなさいよ!(恥)」



なんだかんだで、お姉ちゃんは渋々コースターに乗った。


『お待たせしました!クルー全員、心を一つに!それでは、宇宙への旅に出発でーす!!』 


「お姉ちゃんが怖がりだとは思わなかった。」


なかなか乗ろうとしなかったお姉ちゃんにチクリと攻撃してみる。


「・・・違う。」


少しだけ、げんなりしたお姉ちゃんは自分の安全バーを確認して、私の安全バーも確認した。

ベルが鳴り、コースターが動き出す。


ドキドキしてきた。

お姉ちゃんは・・・いつも通り。


「蒼、具合悪くなったら、言いなさいよ。」

「・・・うん。」


コースターがカタカタゆっくり動いて、どんどん青空に向かって上がっていく。


(大丈夫、大丈夫・・・。)


ゆっくり上がっていくのが、恐怖心を煽る。

これが上がりきったら、落ちる前に、もう一回お姉ちゃんの横顔見よう・・・そしたら、多分大丈夫。


コースターが・・・上がりきった。


落ちる。


下の景色が否が応でも、目に入ってくる。


「お・・・お姉ちゃん!!」


怖いという感情と一緒に出た言葉が・・・コレ。


「ん。」


私の目の前に、真っ赤なマニキュアの爪の手が現れる。

私は、差し出されたお姉ちゃんの手を無我夢中で掴んだ。


「きゃあああああああああああああああああああああ!!」

「チッ・・・水島の奴め・・・。」



 ー 2分後。 ー



『御搭乗ありがとうございました!宇宙は、君たちの旅立ちをいつでも待ってるぞーっ!!』


「蒼?」

「う、うん・・・大丈夫・・・怖かった・・・意外と・・・最後のグルグルが・・・。」


最初の落ちながらの加速も怖かったけれど、最後の高速20回転って奴が、すごく怖かった。

安全バーが上がった後も、私は席から動けなかった。


『どうかされました?』

「・・・いえ、なんでもないわ。今動くから。」


(む、無理無理・・・足が・・・。)


頭を振る私に対し、お姉ちゃんは身体を寄せてきた。

背中と太腿の下に腕が入り、ぐいっと私の体が持ち上がる。


「・・・失礼。」


降りる人達が、お姉ちゃんにお姫様抱っこされている私をジッと見る。

恥ずかしい、という感覚より、まだ恐怖が残っていた。


外にいる人達も私達を見る。


「これ、地味に超怖いんだよね!乗ろう乗ろう!」

「あ、あの子!お姫様抱っこで出てきたよ!」

「え!?そんなに怖いの!?」


遠巻きにキャーキャー騒ぐ若い女の人の声に、段々恐怖よりも恥ずかしさが勝って来た。


「・・・お、お姉ちゃん・・・ご、ゴメンなさい・・・。」

「・・・気にしなくていいわ。子供だもの。」


そう言ったお姉ちゃんの顔は、完全に勝ち誇っていた顔をしていた。


「具合は?」

「大丈夫・・・でも、絶叫系は・・・いいや・・・。」


そう言って、私は周りの他人の視線を浴びないようにお姉ちゃんの肩に顔を押し付けた。


「じゃあ、観覧車ね。ただ乗ってりゃ良いから、楽だし。」

(・・・チョイスの動機が不純・・・。)


お姉ちゃんに下ろしてもらい、そのまま観覧車に行くと、やっぱりお姉ちゃんの言うとおり、行列は少なく空いていた。


黄色いゴンドラに乗り込み、係員の人が扉を閉める。

向かい合って座る。

ゆっくり座り、私は景色を見る。


動く景色が、病室の窓から見える景色とは違って面白い。

もっと高い場所になれば、街が見渡せる。


だけど。


(・・・う・・・!)


私は、性懲りも無く真下を見てしまった。

血の気が引いていくような感覚に襲われ、私はお姉ちゃんの方を見た。


”カシャっ”


(また、撮った・・・。)

「・・・うーん・・・イマイチね・・・。」


お姉ちゃんは、スマホでまた私の写真を撮った。

だけど、納得がいかないようで、顔をしかめていた。


「ねえ、お姉ちゃん・・・隣行っても良い?」

「狭いわよ。」


スマホをいじっていたお姉ちゃんが、私を見た。


「・・・はぁ・・・来なさい。」


仕方ないわね、といった感じでお姉ちゃんは手を差し出した。

その手を掴んで、私は向かいの席に座った。


「高い所苦手なら、そう言いなさいよ。」

「いや、多分・・・さっきのオリオンコースターのせい・・・。」

「あ、そ。」


お姉ちゃんの腕にぴったりくっついて、私は遠くの景色をお姉ちゃん越しに見た。


お姉ちゃんは、いつも通りのお姉ちゃんで。

なんだか、どこかつまらなそうにも見える。


それは、やっぱり私に合わせてくれている、からだろうか。


「・・・お姉ちゃん。」

「何?」



「お姉ちゃんは・・・私に気を遣うなって言ったけれど・・・お姉ちゃんはどうなの?」

「ん?」


「お姉ちゃんこそ、行きたくも無いのに、私に気を遣って無理して付き合ってるとか・・・」

「・・・アタシがアンタに対してそんな気を回す訳ないでしょ。」


「ホントに?じゃあ、来たかったの?」

「いいえ。」


「じゃあ、やっぱり・・・」


「気を遣ってるって意識がアタシに無いだけ。

アタシは、その時のアタシに出来るベストな選択をしてるつもりだし。

気を遣うって言っても、それが当たり前になってる人間や気を遣って他人に接してる方が楽だって考える人間だっているわ。

大体、他人との適切な距離なんて、気を遣わなきゃ縮みもしないし、丁度良い具合に離せもしないんだから。」



お姉ちゃんもそんな風に考えるんだ、と意外に思えた。

冷たく突き放すような態度を取ってる割には、色々考えている・・・お姉ちゃんは、きっとそういう人なんだ。



「・・・でも、お姉ちゃんは・・・」


「アタシは、気を遣う以前に他人と関わりたくない。」


(うーん、ハッキリ言うなぁ・・・。)


でも、やっぱり”人嫌い”。

色々考えてはいるけれど、結局は”嫌い”な訳で。


「アタシの普段がそうだから、余計に、今のアタシがアンタのいう”気を遣ってるように見える”んでしょ?

・・・でも、アタシにはそんなつもり無いから。アタシの言葉を信用なさい。」


私も、その”嫌い”の中に入ってるのかな。

私も、他の人と同じなんだろうか。


「・・・うん。」


観覧車はゆっくりと頂上に到着した。




「・・・・・・。」


火鳥お姉ちゃんの腕にぴったりとくっついたまま、私は景色を見た。

少しだけ怖さが軽減しているから不思議。


きっと、お姉ちゃんが堂々としているからだと思う。


青空の下に並ぶビル。

見慣れた病院の窓から見ていたものとはやっぱり違っていた。


緑が少ない景色。

一見、冷たい感じがするけれど、それは見た目だけ。

冷たい鉄やコンクリートで出来た街の中には、人がいっぱいいる。

そのたくさんの人達の中で、私の傍にいてくれて、私を助けてくれて、笑顔をくれた人は・・・数えるほどしかいない。


お姉ちゃんは、その中の一人。



「蒼、怖い?・・・って言っても、降りられないわよ。」


イジワルそうな笑い方をして、私の顔を見るお姉ちゃん。


「ううん。大丈夫。」


私は、首を振って笑って答える。


私の手術をした胸の上に、お姉ちゃんの腕があたっている。

・・・あ、私が胸を押し当ててるとも言えるかもしれない。


あんまりベタベタしたら、迷惑かな。

でも、普段こんなに近寄れないし、手を繋いだりも出来ないし、お姉ちゃんは何も言わないし・・・ま、いいか、と片付ける。


怖い、という感覚はもう消えていた。

きっと、お姉ちゃんが一緒だからだ。


お姉ちゃんは、本当に強いと思う。


いつの間にか、お姉ちゃんを頼りにしている自分がいる。


・・・私は、自分にはない、お姉ちゃんの強さに憧れているのかもしれない。


(・・・なんか、変な感じ・・・)


このまま、こうしていたいような・・・少しくすぐったくて恥ずかしいような・・・。

お姉ちゃんは、いつもと変わらず、頬杖をついて私の顔を見ずに景色をぼうっと見ている。


「・・・景色、見なさいよ。」


そう言われて、お姉ちゃんの横顔ばかりみていたのに気付く。

お姉ちゃんは、少し顔をしかめていた。


「・・・なんか、嘘みたい。」

「何が?」


「こうして、遊園地に来ちゃってる自分が。」

「・・・・・・。」


病気になってから、こんな日が来るなんて考えもしなかった。

治ったとしても、きっと・・・この人と来れるなんて思いつきもしなかっただろう。


「初めて会った時の事、覚えてる?私、最後の晩餐おねだりしたんだよ?」

「そうだったかしら。」


素っ気無くお姉ちゃんはそう言って、相変わらず窓の外を見ている。


「ずっと、ちゃんとお礼言ってなかったよね・・・ありがとう。」

「・・・・・・。」

反応が無いので、顔を覗き込む。


「お姉ちゃん?」

「・・・・・・っう゛ぅんッ!」


咳払いをして、お姉ちゃんは私から更に顔を背けた。

一瞬だけ見えたのは、少し照れたような表情。


こういうお姉ちゃんは珍しいし・・・面白い。


景色より、お姉ちゃんを見ていた方が楽しいと気付いた私は、ずっと見ていた。


「ちょっと、蒼・・・景色を・・・!」

「見てる見てる。」


笑いながら、私はお姉ちゃんの腕をきつく抱きしめた。

ふと、見ると隣のゴンドラのカップルが呆気に取られた様な顔で、私とお姉ちゃんを見ていた。


「・・・余計な誤解されるじゃないのよ!」

「誤解じゃないもーん。」


おどけながら、お姉ちゃんの顔に顔を近づけると、甘くていい匂いがした。

仕事の時にはつけて行かない、香水だ。

唇からは香水とは違う、甘い匂いがする。なんの匂いだろうと、更に顔を近づける。


「ちょっ・・・!?や・め・て!」


お姉ちゃんは掌を私の額に押し当てて、ぐいっと引き離した。


「む・・・・・・はぁい。」


・・・ちょっと、残念。



「ありがとうございましたー!」


そそくさと観覧車を降りるお姉ちゃんの後ろを私は、急ぎ足で追う。


「えーっと・・・次は・・・」


パンフレットを見ている私の前を歩いていたお姉ちゃんが、ふと止まった。


「どうしたの?」

「・・・こんな時に・・・ッ!」


こめかみを抑えて、お姉ちゃんは忌々しそうに呟いた瞬間。



「火鳥お姉様あああああああああ!!ここで会ったが百年目よおおおおおおお!!」



遠くから高くて大きな声が、園内に響いた。


「・・・よりにもよって、アイツか・・・ッ!!」


お姉ちゃんの後ろから、ひょいっと顔を出すと、前方から女の子がこっちに全力で走ってくるのが見える。



「誰?あの子。」


私がそう聞くと、真っ青な顔色のお姉ちゃんは、私をひょいと抱き上げた。


「蒼、逃げるわよ!しがみついてなさいッ!」

「え?え!?ええッ!?」


言われるがままに、お姉ちゃんの身体にしがみつき、お姉ちゃんが走り出した。


「ちょっと!?お姉様!どうして逃げるのよ!!お父様に言いつけてやるんだから!そして、その女は誰よおおお!!」


必死に追ってくる女の子が叫ぶ。

ツインテールで、おしゃれだし、見た目はすごく可愛いのに・・・力いっぱい叫んで走ってきているせいで、ちょっと怖いかも。


(でも、学校に通うようになったら・・・あの位の女の子と友達になるんだよね・・・。)


ちょっと話してみたい気もするけど・・・どんどん、遠ざかっていく。

お姉ちゃんの足が早過ぎるのだ。


無言で走り続けるお姉ちゃんに、私はしっかりしがみついていた。




園内を走るお姉ちゃんを周りの人は、不思議そうに見ていた。

私は正面からお姉ちゃんに抱きつき、お姉ちゃんは私を抱えて必死に走っていた。

口には出せないけれど、私は内心ドキドキしていた。

いつも強い筈のお姉ちゃんが、年下の女の子から逃げるなんて・・・何がなんだかわからないけれど、それが余計ワクワクさせた。


・・・なーんて事を言ったら、きっとお姉ちゃんは大激怒するに違いない。


さっき、近付いただけでも怒って引き離されたのに、今は抱きついても平気。

走るお姉ちゃんの身体に、しっかりと抱きつく。


お姉ちゃんの匂い・・・やっぱり好きだな、と思った。


「・・・もう最低・・・!」


そう呟くお姉ちゃんに対して、私はそうでもなかった。


「ねえ、あのかわいい子、お姉ちゃんの知り合い?」

「知り合いじゃなければ、どんなに楽か・・・!」


そんな言い方しなくても良いのに。お姉ちゃんは、忌々しそうにそう表現した。

思い返せば、お姉ちゃんの周りには女の人がいっぱいいる。

君江さん、烏丸先生、さっきの女の子、さっきの女の子みたいに車に乗ってるお姉ちゃんを走って追いかけてくる人、仕事の電話をくれる秘書の人も、お姉ちゃんの家に突然お酒と手料理持ってやってくる人や不法侵入してこようとする人、お姉ちゃんの友達の水島のお姉ちゃんも。

・・・みんな、お姉ちゃんが好きなんだよね。

 ※注 一部ちょ〜っと違う人がいるよ〜蒼ちゃん。


「お姉ちゃん、沢山の女の人にいっぱい好かれてるね?」

私は羨ましいなって意味を含ませ、素直に思った事を口にした。

「・・・アンタ、アタシに喧嘩売ってんの?」

お姉ちゃんは、走りながら必死な形相でそう言って怒ったので、私はきゃーとおどけながらお姉ちゃんの肩に顔をつけて笑った。


 ― 1分後 ―



「はあはあはあはあはあはあっ・・・!」

お姉ちゃんは私を抱きかかえたまま、息を切らせて歩いていた。


「お姉ちゃん、大丈夫?降りようか?」


いくら病みあがりの私でも、心配になるくらい疲れている。


「子供が・・・余計な・・・心配を・・・はあはあ・・・!ゲホゲホッ・・・!」


優しい言葉は、かえってお姉ちゃんをムキにさせてしまうようだ。

・・・そんなに、あの可愛い子が苦手だったのかな・・・。


「あ、お姉ちゃん!私、喉乾いちゃった!あと、お腹もちょっと減った!ね?休もう?」

「・・・・・・・・・・・。」


※ 庶民代表・水島さんのアドバイス その2

『火鳥さん、テーマパークで食べ物、飲み物を買うのは、食事ではなく、アトラクションの一種と考えて下さい。

高くて当たり前!そんなに特別美味しい訳でもない!量も少ない!・・・っていうのは当たり前なんです。

キャラクターをイメージしたり、なんか不気味に形どった、なんか見た目だけが先行している食べ物を買ってください。

買って「わあ!かわいい〜食べるのもったいなぁい☆・・・・まあ食べるけどな。」というリアクションをして、あとは黙々と食べる!

味なんて二の次!可愛い形した食品を褒める自分が可愛いという状況に浸る!それこそが、売店というアトラクションです!』


 ※ あくまで水島さん個人の偏見に基づく見解です。


「・・・・・・・ちょ、ちょっと・・・だけよ・・・。」


私を降ろすとヨロヨロと歩き出したお姉ちゃんの腕をすかさず取って、私は引いた。

売店は赤と白でキャンディの形をした建物だった。中にいる店員さんはニコニコしていて、赤いポロシャツときのこの帽子がすごく可愛い。


「いらっしゃいませ〜!ご注文どうぞ!只今、”ユリイちゃんの口の中の水分ごっそり吸い取られパンケーキ”を期間限定発売中ですぅ!」


「へえ〜」


期間限定発売って事は、今しか食べられないって事、だよね。うーん、惹かれちゃうなぁ。


「ご・・・ごっそり?」

メニューを見るお姉ちゃんの顔は引きつっている。


「はい!もう、ごっそりです!ご一緒に”期間限定ユリイちゃんの特製百合汁ドリンク”もいかがですかぁ?相性ばっちりですよ!」

「・・・百合汁・・・。」


他には

”BLポテト×イカフライ┌(┌ ^o^)┐” (文字の後ろの絵文字はなんだろ…?)

”ごんぶとフランクフルト♂”(後ろの文字はなんだろ…?)、

”鮑の踊り食い♀”(で、後ろの文字は…?)

”アブノーマルたこ焼き”に”百合やしき名物・ビル兄貴のホイホイチャーハン”・・・うーん、色々あるなぁ。ビルって誰だろう?

 ※ このSSはフィクションです。


メニュー表をじっと見ていると、息が整ったお姉ちゃんが私に肩に手を置いた。


「・・・ここのメニュー名は改善の余地があるわね・・・。」

「そう?面白いよ、顔文字とか。」


私がそう言うと、お姉ちゃんはやや顔をしかめて言った。


「決まった?」

「お姉ちゃんは?」


出来れば、同じものにしたいな、と思ってそう聞くと、お姉ちゃんは素っ気無く答えた。


「・・・アタシはなんでもいい。」


そういうのが、一番困るんだよね・・・えーと”あんかけ”は、ないから・・・。


「んー・・・じゃあ、鮑の・・・」

「やめなさい!それは、やめなさい!」


結局、店員のお姉さんのおススメの”ユリイちゃんの口の中の水分ごっそり吸い取られパンケーキ”と”ユリイちゃんの特製百合汁ドリンク”1つずつ注文。

白いテーブルと椅子に腰掛けて、なんかの顔の形をしたようなパンケーキを一口食べる。


「あ・・・おいしい!そして、すごく口の中がモハモハ・・・もむもむ!」


優しい甘さのパンケーキ。

でも、一気に口の中の水分がパンケーキにもっていかれる。おいしい!けど、口の中のもさもさ感がすごい!

うーん、さすが!名前の通り!


「・・・わかったから、黙って食べなさい。・・・ほら喉に詰まりそうだったら、ドリンク飲んで。」


そう言って、ドリンクにストローを差して、私に向けた。

なんだかんだいって、お姉ちゃんは面倒見が良い、というか気遣いが出来る。

ベリー系の甘酸っぱくて、後味が爽やかなジュース。


「お姉ちゃんは食べないの?おいしいよ。」

「いや、今、口の中の水分もっていかれたくないから・・・。」


お姉ちゃんはそう言って、まだ周囲を気にしている。


「喉、乾いてない?」

ストローから口を離して、私はドリンクをお姉ちゃんに差し出した。

「・・・・・・。」


お姉ちゃんは不審そうに見るばかりで、口を開かない。

あれだけ走って、喉が渇かないわけが無いのに。


「・・・”あーん”。」


そう言って、お姉ちゃんの唇にストローをちょんちょんと突きつけると、お姉ちゃんは渋々、と言った感じでストローを咥えた。


「ね?おいしいでしょ?」

「・・・まあまあ。」


お姉ちゃんの”まあまあ”は良いって事だ。

私は笑って、パンケーキを口に運んだ。


(・・・素直じゃないんだから。)


こうして、青空の下で・・・普通に、遊園地に遊びに来て、遊園地でしか食べられないモノを食べられて・・・


「・・・火〜鳥〜お〜姉〜様〜・・・!!!」



「「・・・!!」」



お姉ちゃんの後ろに、ユラリと現れたのは、さっきの可愛いけれど、怖いツインテールの女の子。


椅子から立ち上がろうとしたお姉ちゃんより早く、女の子がお姉ちゃんに抱きついた。


「火鳥お姉様!」

「うっ!?」


すごく会いたかったのか、女の子はお姉ちゃんの腰に抱きつき、胸に顔を押し付ける。


(・・・あ。)


胸のあたりが、少し苦しい。

パンケーキのせいかも、とドリンクに口をつける。



「お姉様!円は・・・ずっと、お姉様からの連絡を待っていたのよ・・・!

本編では少しスピンオフも少ししか、出番がなくて・・・同じロリキャラなのに、この扱いの差はなによッ!?」

「アタシに言うなッ!」


お姉ちゃんが引き離そうとしても、女の子は離れない。

ドリンクを飲んでも、喉に何か引っかかってる感じが離れない。


「ああ、お姉様のこの匂い・・・円はわかります!コロンを変えても、お姉様特有のニオイは嗅ぎ分けられるわッ!」

「ええい!離れなさい!みっともないッ!」


お姉ちゃんの胸に顔をすり寄せていた女の子、円ちゃん・・・は、私の顔を見ると・・・ものすごいきつい目で睨んだ。


(え?・・・私、敵視されて、る?)


そして、お姉ちゃんの腕を取って・・・フッと笑った。




・・・・・・これ、もしかして・・・”宣戦布告”ってヤツ・・・ですか?




円って名前の女の子は、私を見て笑った。

その手はお姉ちゃんの腕をしっかりと掴んでいた。


なんとなく、わかる。


それは・・・”欲しい物を目の前で手に入れ、それを見せ付ける笑み。”


お姉ちゃんは、溜息をついて額に手をあてて、何かを諦めたように上を向いた。

そして、再び私と円ちゃんを見比べて、もう一度溜息をついて、上を向いた。



・・・それだけ?

さっきの観覧車での私みたいに、無理矢理引き剥がさないのかな・・・。

あんなに可愛い子だし、雰囲気からしてなんか品があるっていうか、私みたいなのと同じ扱いは・・・しないよね。やっぱり。


「良かった〜!円、ずっとお姉様の事を想ってたのよ!」

「ああ、そう・・・忘れてくれたら良かったのに。」
※ 目も声も死んでる火鳥。


「円は一歩ずつ大人になってるわ・・・いつかお姉様と同じ舞台にたって、立派なビジネスパートナーになって・・・私生活のパートナーもつとめたいなってキャッ☆」


「ああ、そう・・・間違ってるわよ、その人生設計。」
※ 目も声も死んでる火鳥。



「・・・・・・・・。」


別に・・・不公平だなんて、思ってないよ。

お姉ちゃんは誰に対して、嫌いって感情が一番に来る人なんだし。

別に、自分だけ特別扱いなんて、求めてないし。


「うふふッ・・・成長を遂げて、熟したら、その時は、私の色々な初めてをもらってね?お姉様っ♪」

「・・・意味わかってて言ってんの?アンタ。」


円ちゃんは、ずっとお姉ちゃんをみている。

お姉ちゃんの魅力に気が付いてる。

お姉ちゃんは何度も否定したけれど、本当は優しくて・・・


「ああん!そんなクールな態度ばっかじゃ嫌っ!私は、甘えたいのッ!お姉様ぁ」

「あーッ!!離れなさいってばッ!!」


お姉ちゃんは、本当は優しくて綺麗な人なんだから、ああやって色々な人が惹きつけられるのは当たり前だよね。


 ※ どうやら、蒼ちゃんには、あんなに温度差のある二人がイチャついているように見えるらしい。



「あ、そうだわ、お姉様!私、この人にご挨拶してなかったわ!本妻としての勤めですもの。」

「・・・ほ、ほんさい?」


勝ち誇った笑みをうかべて、円ちゃんが私の前につかつかとやってきて、下から上、上から下へと視線でなぞる。


「・・・ふっ・・・性徴がまだまだね。」

「・・・え?」


「あーいいのいいの、これからって事で、貴女もじっくりジワジワ、女として目覚めていくんでしょうから。女は胸の大きさがすべてじゃないのよ。」

「は、はあ・・・。」


・・・ん?それって・・・


「わ、私(の胸)が小さいって言いたいの!?」


た、確かに・・・小さいけれど・・・!い、今いう事!?

・・・・・・・確かに・・・円ちゃん、幼い顔の割にちょっと・・・大きい・・・。


「あぁら、嫌だわ。そんなつもりはないのよ?ただ、成長期なのに、そ〜んなガリガリの身体なんて・・・円は貴女の未来の健康をとっても心配してるの。」


円ちゃんの言い方はちょっと嫌味っぽいけれど、私も今のガリガリの身体は好きじゃない。


「・・・あ、そうなんだ・・・ありがとう。」


心配してる、と言われて私は素直にその言葉を受け取る事にした。

これは、長い入院生活で結構好き嫌い言って病院食も抜いて、点滴にもお世話になった・・・その結果だし。

自業自得ってヤツだよね。


「は?何、お礼言っちゃってるの?」


「え?だって、心配してくれたんだよね?私の健康・・・。」

「んん?・・・ふんっ何言ってんだか。そうやって、天然ぶってるんじゃないわよ。そうやって、本編のレギュラー狙って・・・」


突如、腕が伸びてきて、円ちゃんの頭の上にずしっと手が置かれた。


「円。」


置かれた手を両手で包み込みながら、円ちゃんが後ろを振り向いた。


「はい?何ですの?お姉さ・・・ッ!?」

私も円ちゃんと同時に、お姉ちゃんの顔を見て、びくりとして息を飲んだ。


火鳥お姉ちゃんは、円ちゃんをじっと射抜くように冷たく見ていた。

その瞳の奥からは、単に怒ってるとかで表現出来ない程の無言の圧力が周囲の空気を飲み込む。


初めて、お姉ちゃんが”怖い”と思った。


「・・・蒼は先月まで入院してたの。・・・今度、そいつの身体について、からかったら・・・わかってるわね?」


お姉ちゃんのただならぬ雰囲気に圧倒されて、円ちゃんはジリジリと後退しながら言った。


「・・・あ・・・いや・・・わ、私はそんなつもりじゃなくて・・・あの、その子の入院とか知らなかったから・・・」


円ちゃんの言い分を聞いても、なお、お姉ちゃんの表情は変わらない。

それどころか、口調もどんどん冷たくなっていく。


「じゃあ、今入院の事を知ったわよね?そして、今の自分の発言内容の善悪を自覚したわよね?

・・・だったら、謝罪しなさい。頭を下げて。」


「・・・あ・・・ぁ・・・う・・・はい・・・”ごめんなさい”。」

「あ・・・いや、うん・・・いいよ、大丈夫。」


円ちゃんが謝ると、お姉ちゃんは手を離し・・・。

そっと私の前にしゃがみ込み・・・そして、一気に抱え上げた。



「ッ!?」

「・・・じゃあね!円!幸せに暮らすがいいわ!!」


そう言いながら、私を抱え上げ、お姉ちゃんは走り出した・・・。

そもそも、なんで・・・お姉ちゃんと私は、円ちゃんから逃げなきゃいけないんだろう・・・?


「ゆ、油断大敵とはこ、この事か―ッ!?お、お姉様!は、謀りましたわね―ッ!?」


円ちゃんも負けずに駆け出した。

円ちゃんともお話したいとは思うけれど・・・




お姉ちゃんを取られそうになるのは・・・ちょっと・・・嫌かも。




・・・ああ、なんか、こうやって言葉にすると、嫌な子だな、私って。


二人きりになっても、お姉ちゃんは喜んだりなんかしないって、わかってるのに。


「お姉様ああああ!!」

「・・・くっ!!」



必死に走るお姉ちゃんだけど、さっきの疲れが残ってるみたいで、徐々に速度は落ちていく。

逆にどんどん円ちゃんが追いついてくる。



このままじゃ・・・二人きりが、終わっちゃう・・・。



「お、お姉ちゃん!・・・が、頑張って!!」

「・・・は!?」



「頑張って走って!私を・・・私をもっと遠くに連れて行って!私・・・乗り物なんか、もう・・・どうでも、いいから!」




私がそう言い切った時だった。




『・・・キミストーッ!!!』





「「え?」」


後ろで、何かの叫び声が聞こえた。

その瞬間、ユリイちゃんが円ちゃんにスライディングを仕掛けているのが、見えた・・・。

幸い、スライディングで浮いた円ちゃんを、後ろの別のキャラクターが受け止めていた。


「う、うわあ!?何してんの!?ユリイちゃん!?」

「き、着ぐるみとは思えない動きしたぞ!?」



((・・・な、何?あれ・・・!?))


『・・・百合ン百合ン☆』


遠くでユリイちゃんが、こっちに向かって手を振ってくれた。


「・・・な、なんだかよく解らないけれど・・・今の内に逃げるわよッ!!」



子供の頃の遊園地のイメージは、楽しい所。

一日中走って騒いでも怒られない。


大人になると、ただ疲れる所に変わるらしい。


大体、私は・・・まだ走り回れないし。(忍先生に”まだ走っちゃダメ。”と言われているから)


走ってるお姉ちゃんはもうすごく不機嫌で、必死で・・・それでも、私の事をしっかり抱きかかえていてくれて・・・

私の中で、遊園地の景色とか、前日まで必死に考えていた次は何乗ろうというプランとか、そんなのはもう、どうでも良くなっていた。


こんなに楽しいのは、どれくらいぶりなんだろうか。



私が望んでも、私のお父さんとお母さんは、もう私に”ただいま”と言って、帰っては来ない。

家族と楽しい時間を共有する事は出来なくなった。


私がどんなに笑っても、状況は変わらなかったし。

人から、自分の幸せを望まれる事もなくなった。




私を受け入れ、一緒に過ごしてくれる人はいなかった。



病気になって、孤独感は増した。



新しい家族だと思ってた人達は、私が完治するのを望んではいなかった。


だから、私が今まで浸っていた幸せの時間は、もう過ぎ去って、なくなってしまったんだと悟った。


失くして、白が支配する部屋の中、気が遠くなる程の一人の時間を持て余して、過ごしている内に


私は・・・もうこれから、ずうっと一人なんだ、と割り切る事にした。


いや、割り切ったというよりも、諦めたんだけどね。


でも、それから少しだけ気が楽になった。

誰かに何かを求めても、何も返って来ない事に空しさや怒り、悲しみを抱く事は無いから。


それでも、いざ死ぬって解ったら、今まで閉じ込めていた欲求が顔を出した。


薄味で、噛んでも食感が無い病院食なんかじゃなくて

お母さんがよく作ってくれた、シャキシャキとした食感の野菜がたっぷり入った、とろっとしたあんかけの料理が食べたい。


お願い、神様。

それ以上は、もう・・・求めたりしないから。


 『じゃあ、抜け出しちゃいなよ。どうなっても良いんでしょ?』


そんな声が聞こえた気がして。

そして、私はフラリと病院を抜け出した。


一度、羽目を外してしまうと、結構大胆な事も出来るもので。


外で会った、一切面識もない他人にも平気で声を掛けられた。


”私は、どうせ、明日以降にはいなくなってしまうんだし。”


だから、患者衣のままで外を出歩き、他人にどんな目で見られていても、気にしなかった。


ふと、コンビニの前に着いて、気付く。


食べ物を買おうにも、今、お金持ってない。


どうしようかな、と悩んでいると、赤い車が駐車場に停まり、不機嫌そうな女の人が車から降りてきた。


私と目が合ってもニコリともせず、むしろ近付くなと言わんばかりの厳しい視線を浴びせた。


目から伝わる、強い力。

この人は、きっと私より強い。


そして、私に近付くなって言っている。


ここまで、ハッキリ自分の意見を言葉も使わずに示した人は、初めてだった。



”どうせ、私は死んでしまう。今、この時間しか無いのだから、やりたい事は、やるしかない。”


そう思った瞬間、私は怒られる覚悟で、お姉さんの腕を掴んで言った。


「お姉さん、お腹空いた。」



この腕を放したら、きっとこんな人には、二度と出会えない。

・・・そんな気がしたから。





その強い人に、今私は抱っこされて、遊園地内を走り回っている。

ホント、人生どうなるかわからない。


「はあはあはあ!」

「頑張って!お姉ちゃん!」


いつもぶっきらぼうで、周囲の他人を突き放すような態度ばっかりのお姉ちゃんが、しっかりと私を守ってくれている感じがした。


私の背中に伝わる、お姉ちゃんの掌の温かさと、力強さ。


それが感じられて、何より嬉しかった。


忍先生や君江さんがせっかく勧めてくれたけれど、遊園地を楽しむ、というよりも、お姉ちゃんに降ってきたトラブルの方が楽しかった。


・・・遊園地に行く事よりお姉ちゃんと一緒に過ごせたら、それで良かった。


そうだ。



私、お姉ちゃんと一緒の時間が欲しかったんだ。



「・・・お姉ちゃん!」

「あ゛ぁ!?」

※ かなり気が立っている火鳥さん。


絶叫マシーン、園内中から悲鳴が上がっている。



「大好き。」



聞こえるか聞こえないかの声で、私はそう言った。


「あ!?何?・・・とにかく、グダグダ言ってる場合じゃないわよッ!?このまま逃げるからね!」


「うん!」


そのまま、お姉ちゃんは百合やしきの駐車場まで走り続けた。

助手席に乗せられ、お姉ちゃんは周囲を見回しながら、運転席の方に向かった。


(確か、お姉ちゃん・・・ダッシュボードに、ドリンク入れてなかったっけ?)


・・・せめてもの、私なりの気遣い。


ダッシュボードを開けた瞬間、ドサリと何かが落ちた。


(ん?)


拾い上げると・・・


『完全攻略!もう何も怖くない!百合やしき公式ガイドブック!』



「・・・・・・ぷっ・・・!」


その本の表紙を見て、私は思わず吹き出して笑ってしまった。

通りで、あの火鳥お姉ちゃんが、百合やしきに詳しい筈だよ。


しかし、この本をお姉ちゃんが読んでる姿を想像すると・・・笑いがこみ上げてくる。


(今日まで、これで”予習”してたんだ・・・。)


笑ってると、ドアが開いたので、私は咄嗟に本を隠した。


「・・・何笑ってるのよ?蒼。」


運転席に腰掛け、シートベルトを締めるお姉ちゃんは、笑いを堪えている私を横目で見て、そう言った。


「ううん、なんでもない!」

「・・・身体の具合は?」


お姉ちゃんが、キーを回しながら、そう聞いた。


「絶好調!」


そう言って私はニッコリ笑う。


「・・・悪かったわね、乗り物ロクに乗れてないのに。」


お姉ちゃんは、右手で額を押さえて、憂鬱そうな顔をしてそう言った。


太陽はまだ高くて、駐車場にはどんどん車が入ってくる。

こんな時間に帰る体勢を取っている私達は、きっと珍しいのかもしれない。


「いいよ、その代わり・・・あんかけ食べたいな。」


私の言葉に、お姉ちゃんは最初目を丸くして、段々瞼を落とし、呆れたように少し笑った。


「・・・飽きないわね?」

「うん!」


私は、知っている。


火鳥お姉ちゃんの下の名前は知らないけれど


お姉ちゃんは、すごく優しくて・・・



私の大事な・・・家族だって事。



お姉ちゃんは、電話を取り出した。



「・・・・・・変ね・・・君江さん、電話に出ないわ。」

「そうなの?」


今日の夕飯の準備を頼もうとしたんだろうけど、肝心の君江さんと繋がらないんじゃ、頼み事も出来ない。


「じゃあ、ファミレスに行く?」


私の問いかけに答えないで、電話を切ったお姉ちゃんは、溜息をつきながら、液晶画面を見ていた。


「・・・・・。」


そのまま、お姉ちゃんがしばらく黙って電話の液晶画面を見つめているので、私は声を掛けた。


「お姉ちゃん?どうしたの?」

「・・・なんでもないわ。」


私の声にいつも通り素っ気無く答え、お姉ちゃんはシートベルトを外した。


「蒼・・・15分、そこで大人しく待っていなさい。ロックかけていくから、絶対車から出ないでね。」

「え?お姉ちゃんはどこに行くの?」


「・・・忘れ物。」

「え?」


忘れ物って言ったって、お姉ちゃんは遊園地に入った時、バッグ一つ持ってただけだったし。

そのバッグは・・・運転席にあるし。

忘れ物なんてある筈が無い。


だけど、言い終わると、お姉ちゃんはサッサと車を降りて行ってしまった。


急に一人にされると思わなかったけれど、私はじっと車の中で待っていた。

駐車場にはたくさんの車が止まっていて、私達の車の前には、家族連れが乗ってきただろう大きなワゴン車が停まっていた。

ここに家族で来てる人って、やっぱり多いんだなと改めて実感。

ま、今日は、私も一人じゃないし。


・・・今は、一時的に一人にされてますけどね。我慢できるよ、この位。


そうは言っても、ちょっと・・・一人だと、この車広すぎるかな・・・。


(あ。)


ふと、運転席にお姉ちゃんのストールが置いてあるのを見つけた。

触ると、それはすべすべして、まだ少し温かった。


車の中は特に寒いという訳ではなかったけれど、私はストールを手にした。

顔を近づけると、お姉ちゃんの匂いがする。


(・・・うん、さっき嗅いだ匂いだ。)


観覧車で嗅いだ、いつもお姉ちゃんがつけてる香水とは違う、甘い匂いがちょっとだけする。


もっと近くで嗅ぎたくて、顔をストールに埋める。

さっきお姉ちゃんが私を抱きしめてくれた感覚に、少しだけ近づけたような気がした。


こんな事してるの見られたら、きっとお姉ちゃんに嫌な顔されて「何してんのよ、変態。」とか言われちゃうんだろうな。


(ホント、何してんだろ、私・・・。)


さっきの円ちゃんも、こんな事は・・・しないよね。

背は私より小さいけど、すごくしっかりしてたし、自分をしっかり持ってたし。

お姉ちゃんの事、すごく好き・・・みたいだし。


『うふふッ・・・成長を遂げて、熟したら、その時は、私の色々な初めてをもらってね?お姉様っ♪』

『・・・意味わかってて言ってんの?アンタ。』


(・・・”初めて”かぁ・・・。)


これから、お姉ちゃんと私、君江さんとは家族として、家族でいられるのは期間限定なんだけど

それでも、家族としては、なんか普通じゃない。


私達は、あと、どれだけの”初めて”を一緒に過ごせるんだろうか。


初めてお姉ちゃんに会った日、初めて二人でした食事、初めてお姉ちゃんがお見舞いに来てくれた日

初めてお姉ちゃんの家に来た日、初めて君江さんに会った日、初めて一緒に眠った日・・・


あと・・・。


・・・この車の中で、私が勢い余ってやってしまった・・・”初めて”。



『・・・私、死ぬ前にやっておきたい事あるの。』

『な・・・』


一瞬だけ、軽く触れるだけのキス。


『・・・この際、素敵な大人となら、誰でも良いからキスしてみたかったの。』


(うーん・・・我ながら、思い切った事したなぁ・・・。)


あの時は・・・もう、自分はダメだって決め付けていて、やりたいと瞬間的に思った事がスッと出来たんだけど・・・。

もう、今の私にあんな真似・・・出来ないかも。


死ぬ前にキスしてみたかったのは事実だし・・・目の前には綺麗で強くてカッコイイお姉ちゃんがいたし。


瞬間的に思ったんだよね。


私、この人がいいって。


だから、今、この時だって、生き延びて、その人と一緒に暮らす事になるなんて思ってなかった。


毎日が驚きの連続で、時々、苦手な事もあるけれど、とにかく楽しい。


君江さんは、いいおばあちゃん・・・って、まだそんな年じゃないか。とにかく、お母さんみたいだし。

お姉ちゃんは・・・あの通り、常に素っ気無いけれど、私の事をちゃんと守ってくれるし、気遣ってもくれる。


ホントは、優しい人。


人嫌いだなんて言ってるけれど、人付き合いとか、人と関わるのが下手だったり、嫌いなだけ。

そこが大問題だ、っていう人もいるだろうし、褒められる事じゃないのかもしれないけれど。


私は、そこも含めて・・・お姉ちゃんだと思う。



なにより。

私が一人になる時間がどんなに増えても、必ずお姉ちゃんは帰ってきてくれる。



そんなお姉ちゃんの事を、理解してくれている君江さんや


そんなお姉ちゃんだからこそ、好きな私がいる。




「私、大好きだよ・・・お姉ちゃんの事。」


”ありがとう”と一緒にちゃんと伝えたかった言葉。

お姉ちゃんはきっと、いつも通り不機嫌そうな顔で『フン』って鼻で笑って・・・くれるかどうかも微妙だけれど・・・。


ストールの端っこを摘んで、私は唇をつけた。


乗れた乗り物は少なかったけれど、お姉ちゃんと過ごせた時間は、楽しかった。

温かくなってきた車内の中で、心地の良い温度と匂いに、急に瞼が重くなってきた。



・・・そうだ、私、昨日あんまり寝付けなかったんだっけ・・・。


そこから、意識はぷっつりと途切れる。


目を開けると、窓の外の景色が動いていた。

夕暮れの赤い光とビルの影が、交互にチラチラと私の目の前を通過する。


ふと、運転席を見るとお姉ちゃんがハンドルを握っていた。


「お姉、ちゃん・・・?」

「寝てて良いわよ。後は、マンションに帰るだけだから。」


お姉ちゃんは・・・やっぱり、帰ってきてくれた。


「・・・うん。」


ふと、見るとお腹の上にぬいぐるみが乗っていた。

さっき、円ちゃんにスライディングを仕掛けてた、ユリイちゃんのぬいぐるみ。

私の頭には、ユリイちゃんのトレードマークの百合の髪飾りが付いていた。


「・・・コレ・・・。」

「・・・記念のお土産。」


※水島さんの偏見に基づくアドバイス。

『・・・帰りは、買いたくはないでしょうが、お土産は買って下さい。

行った!という記念になるような、もう遊園地内だけで通用して、実生活では何の役にも立たない、下らないモノ1つと

食べ物やマグカップとか実用的なお土産2点は買って下さい。

食べ物に関しては・・・なるべく、缶に入ったお菓子を買って下さい。もう中身ではなく、見た目で買ってくださって良いです。

そういうもんなんです。

あと、この缶が空いたら何か入れようと考えるんですけど、結局どうでもいい物しか入らない上

丸とか星とか中途半端な形と大きさで、生理整頓の役には全く立ちませんし、後々邪魔になりますが、買って下さい。

記念のお土産、とはそういうものなのです。』

 ※ あくまで水島さんの個人の見解です。


「お土産・・・」

私が寝ぼけながら、呟くと、お姉ちゃんは行った。


「今日の記念のお土産。全部、アンタのよ。」


コレ買いにわざわざ戻ったんだ・・・。

 ※注 女難さえなければ、もっと普通に、二人でお土産は買えました。


「ありがとう、大事にするね・・・」


私はまた瞼を閉じた。

お姉ちゃんの運転する車の振動が、いつもより心地良い。


お姉ちゃんは、きっと私を一人にしない。

私が一人でちゃんと歩み出せる日まで、きっと・・・一緒にいてくれる。



私が、一人でちゃんと歩み出せたら、今度は・・・



「・・・私から、ちゃんとデートに誘うね・・・お姉ちゃん。」




「・・・フン、生意気な寝言、言ってんじゃないわよ。」











「おかえりなさいませ・・・。」


アタシが帰ると、既に部屋の中に君江さんがいた。

なんだか、すごく疲れたような顔をして、足を引き摺っている。


「君江さん?いたの?何故、電話に出なかったの?・・・足、どうかしたの?」

「いえ・・・ちょっと・・・伝説の技を乱発しまして・・・」


「は?」


全く、何を言ってんだか、この人は・・・。


「いえ、なんでもありません・・・蒼ちゃん、眠ってしまったのですか?」

「そうよ。このまま、ベッドに寝かすわ。」


15とはいえ、蒼はまだまだ子供。

遊園地ではしゃいで疲れて寝るなんて。


(・・・疲れて眠いのは、こっちの方よ。全く。)


アタシは蒼を抱きかかえて、ベッドまで運ぶ。


「あら、蒼ちゃん、お嬢様のストール巻いて・・・寒かったのかしら?」


抱えられた蒼の首にはアタシのストールが巻きついていた。

アタシが車に戻ってきた時には、すでに蒼がしっかり自分の首に巻いていたのだ。


「さあね・・・君江さん、ココアいれてくれる?はい、これお土産。」


「はい、かしこまりました♪あら、可愛い缶に入ったクッキー!・・・お二人とも、楽しかったんですねぇ」


そう言って、さっきまで引き摺ってた足で陽気なステップを踏みながら、君江さんが台所に向かう。


寝室のドアを開けて、蒼をベッドに寝かす。

身体を離すと、蒼がうっすら目を開けていた。


「・・・お腹空いてる?」


アタシがそう聞くと、蒼は瞬きを2,3回して上体を少し起こした。

起きる気なのか、とアタシはそのまま見ていた。


”・・・ちゅっ。”


という、妙な音を立てて蒼がアタシの唇に吸い付いたかと思うと、そのまま後ろに倒れ、そのまま完全に眠り込んだ。


「・・・・・・。」


アタシは何も言わず、寝室を出た。


「お嬢様、ココアで・・・あら?どうかなさいました?お顔の色が・・・」

「・・・ちょっと、暑いだけよ。」



・・・あの、クソガキ・・・一度ならず、二度も・・・!




 ― 火鳥さんはデート中。 ・・・END ―



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