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 [ 火鳥さんは就寝中。 ]


・・・アタシの家に、子供がくる。

自分と全く血も繋がってもいない、赤の他人の人間の子。


「・・・という訳で、明日から子供一匹、預かる事になったから。」


そういと、家政婦の君江さんは目と口を大きく開けて、アタシの元に近付いてきた。


「お、お嬢様・・・私は、お嬢様がずっと小さい頃から、お傍におりました。」


ソファで新聞を読んでいたアタシの前にそっと両膝をついて、君江さんは悲しそうに話しはじめた。


「・・・は?」


「その間、本当に色々な事がございました・・・だから、お嬢様があまり人様に心を開かない事も私なりに理解しているつもりでしたし・・・

私のように、本当のお嬢様を知っている人間からすれば、小さい事だと思っておりました・・・。」


「な、何よ・・・急に・・・。」


だけど、何が言いたいのかわからない。


「でも・・・まさか、お嬢様が・・・こ、子供に対して”そういう興味”がおありだなんて・・・ッ!!」


君江さんは今にも床に突っ伏して泣き出しそうな勢いで、両手をついて、肩を震わせた。


「ちょ!?誤解よッ!何、涙目で勘違いしてるのよ!ちゃんと話聞いてた?」

「・・・ほんの冗談でございます♪お嬢様と何年のお付き合いだと思ってるんですか。」


そう言うと、君江さんはウインクをした。・・・歳を考えなさいよ、と言いたいが、君江さんは昔からこうだった。


「・・・だったら、やめてくれる?その冗談。」


「お嬢様のやる事ですもの、私は勿論信じてますよ。

ただ・・・この部屋にもう一人住人が増えるとなると、色々用意しなければなりませんわね。衣服に、生活用品・・・。」


「そう。だから、それを君江さんに頼みたいのよ。しばらくは、この部屋で生活するから。」


アタシの事を熟知している君江さんなら、任せておいて大丈夫だろう。




 ― 次の日 ―




病院から、蒼を連れて帰って来ると君江さんがやたら嬉しそうに玄関で出迎えてくれた。


「この子が、昨日話した高見蒼。こっちは君江さん。分からない事があったら、この人に聞いて。」

「こ、こんにちは。」


緊張した様子で、蒼がペコリと頭を下げた。

君江さんは孫でも見るように、ホクホクしながら、蒼の荷物を抱えながら言った。


「まあまあ!こんな可愛いお嬢さんを家でお預かりするなんて!まあ〜お嬢様の小さい頃とソックリ!」

「よ、よろしくお願いします。・・・あの、このお家でのルールとか、お姉ちゃんの事、いっぱい教えてください!」

「良いわよ〜どんどん聞いて頂戴!」


・・・ややこしそうな話になりそうだったので、アタシはさっさと仕事に戻る事にした。


その日の夜。

帰ってくると、二人はすっかり打ち解けていた。


「お姉ちゃん、おかえりなさい。お風呂にする?ご飯にする?それとも・・・ワ・タ・シ?」


「・・・・・・・・・。」


「それとも、君江にする?ウフフフ♪」

「なんちゃってー!えへへへ♪」


・・・打ち解けすぎて、蒼がすっかり君江さんの悪い所を吸収してしまったのが、痛かった。


「・・・・・・・・・・。(怒)」


「あ、はい・・・おかえりなさいませ、お嬢様・・・すぐに夕食に致します。はい。」


夕食をとり、熱いシャワーを浴び、一日の疲れをワインと共に飲み干し、携帯とパソコンのメールチェックを済ませると、アタシはいつも通り、自分のベッドに向かった。


(やれやれ・・・ようやく、休めるわ・・・。)


明日も忙しい。早く休まなければ・・・。

寝室に行くと・・・パジャマ姿の蒼がベッドの真ん中に枕を抱えて座っていた。


「あ、お姉ちゃん。どっちで寝る?右?左?」

「・・・なんでココにいるの?ここはアタシの寝室でしょ?」


「でも、このお家にベッド一つしかなかったよ?」

「・・・そう。じゃあ、君江さんの発注ミスね。」


君江さんらしくもない。

アタシは、他人と一緒に寝られない。ていうか、寝たくない。

蒼はアタシの表情を見て、ベッドから降りた。


「ごめんなさい、一緒に寝て良いんだと思ってた・・・。」

「別にいいわ。そのまま、そのベッドを使いなさい。」


蒼は病み上がりなんだし、トラブルはゴメンだ。

だから、アタシは素直にベッドを譲った。


「・・・お姉ちゃんは、どこで寝るの?」

「どこでも良いでしょ。アンタはもう寝なさい。」


毛布を取り出し、クッションを枕にしてソファで横になる。

ベッド程じゃないけれど、アタシが特注したソファだから、睡眠を取るだけでも十分。


ふと目が覚めた。


カーテンからは、まだ日も差してない。

暗闇の中の時計の文字盤を見ると・・・午前4時。

やはり、ベッドじゃないと熟睡出来ないか、と思ったアタシがなんとなく視線を落とすと・・・


蒼が、いた。


蒼は、アタシに触れないように、ソファの端に寄りかかるように座ったまま寝ていた。


(なんで、ベッドで寝ないのよ・・・!)


せっかく、他人が譲ってやったのに、この子供は・・・!

そう思いながら、アタシはご丁寧にも蒼をベッドに運んだ。


・・・まあ、それが災いしてか、蒼は次の日・・・案の定、風邪を引いた。




「・・・どういう事?」


診察を終えた忍が、アタシを睨んだ。


「どうもこうも、あのガキがベッドで大人しく寝なかったから、風邪引いたのよ。自業自得でしょ。」


「・・・あのね・・・貴女、自分が一人の人間、しかも病み上がりの子供を預かっているって自覚あるの?」


忍はすっかりお説教モードだ。こうなると、ウザイのよね・・・。


「そんなの・・・」

「わかってない。あなたは、わかってない。」


・・・そうやって、決め付けられると、すごくムカつく。


「蒼ちゃんは確かに、手術をして、すぐに命に関わるような状態を脱したわ。

でもね、これからの生活は彼女が、日常生活をちゃんと送れるかどうかの大事な時間なの。」

「だから、わかってるわよ!ベッドだって、今、蒼の分を手配して・・・」


風邪を引いたのは、ベッドが足りなかったからだ。

だけど、忍はそれを否定した。



「そうじゃなくて!ちょっとした体調不良でも、誰かが傍にいて気付いてあげなきゃいけないの。

ただでさえ、蒼ちゃんは黙って我慢するタイプなんだから。」

「・・・何?じゃあ、アタシに四六時中、蒼を見張ってろって言うの?無理よ。」


「そこまで言って無いでしょ?私が言いたいのは、彼女を必要以上に突き放さないでって事。

風邪の兆候は前から出てたはずよ?貴女が一緒の時間をたくさん作って、彼女をちゃんと見ていたら、風邪を引いてる事にだって、こんな状態になる前に気付けたわよ!

お金出して、君江さんに何もかも任せてるから、自分は何もしなくても良い、だなんて甘い考えを少しでも抱いてるなら・・・


貴女に、蒼ちゃんをどうこう言う権利は無いわよ!」


「・・・・・・。」


「・・・蒼ちゃんは、本当に、貴女の事が好きなのよ。

何年も一人でいた彼女にとって、親身になって、傍にいて、助けてくれる大人は、貴女しかいないの。

お願いだから・・・精神面での支えになってあげて。

わからないの?蒼ちゃんに必要なのは、新しいベッドじゃない・・・そうでしょう?」


アタシは、ずっと一人で生きてきた。

強くならなきゃ、生きていけないから。


誰かの助けなんて、期待しないし、その誰かだって信用できるかわからない。


少なくとも、アタシはそうだった。


誰かにすがりつく事は、アタシにとっては”甘え”や”依存”でしかない。


「・・・・・・そんなの、アタシに関係ないわ。依存されても困るもの。」


蒼だって、いずれアタシの元を去る時が来る。

下手に懐かれても困るし。

アタシにとって、蒼との同居は一時的なものであり、成り行きでしかない。


手術代を出して、生活だって保障している。

忍のいう、支えになれるような大人なんか、アタシ以外にたくさんいる。


アタシが、そこまでする義務は・・・


「・・・本当に依存するような子だったら、そういう態度でいれば良いわ。

でもね、そんなつまらないこだわりや意地を張ってると・・・彼女、本当に死ぬわよ。


・・・貴女が、殺す事になるのよ?」


忍は、アタシの目をジッと見た。

いつになく、強い警告の目。


・・・単なる脅しでも、冗談でもない、医師としての警告だろう。



(アタシが、蒼を殺す・・・。)




「いいよ。忍先生、お姉ちゃんの事、責めないで・・・。」


寝室のドアがゆっくり開き、蒼が赤くなった顔を出した。


「蒼ちゃん!?」


「この家のルールは、お姉ちゃんなんだって・・・君江さんが言ってた・・・。

だから、私そのルール守るよ。お姉ちゃんにも嫌われたくないから。」


そう言って、蒼は、熱で焦点の定まらない目でアタシをぼんやり見た。


「蒼ちゃん、そういう問題じゃ・・・とにかく、今は寝て・・・」

「忍先生・・・あとね・・・君江さん、言ってたの・・・。

”自分は、お姉ちゃんに大きな恩義がある、お姉ちゃんのする事には必ず意味があって、自分はそれを信じてついて行くだけだ”って・・・

私も、そうだから・・・。お姉ちゃんに恩があるし・・・お姉ちゃんの事、信じてるから。だから、私、大丈夫だよ?」


・・・君江さんも、余計な事を喋ったもんだわ・・・とアタシは思った。


「・・・・・・・。」


忍が、どうするの?と言いたげにアタシを見た。


「・・・蒼、寝てなさい。何も心配しなくて良いから。」


そう言って、アタシは蒼を寝かせ、扉を閉めた。



こうなってしまった以上、やる事は、一つしかない。



「・・・もしもし・・・さっき注文したベッド、キャンセルするわ。代わりに、椅子一脚をお願い。」


電話を切ると、忍は少し微笑み、無言で帰っていった。



「・・・・・・チッ・・・面倒臭いわね・・・。」



だから、嫌いなのよ。他人と一緒に過ごすなんて。




「・・・何よ?」

「・・・一緒に寝ると、私の風邪、うつっちゃうよ?」


アタシがベッドに入るなり、蒼は不安そうにそう言った。


「うつせるもんなら、うつしてみなさい。もらって治してやるわよ。」

「・・・・・・お姉ちゃん・・・。」



・・・仕方ないでしょ?

アタシが自分で決めた事なんだし。

蒼に何かあったら、それこそあの変な祟り神に笑われるってモンだわ。



「だから、端っこにいないで、もっとこっち来なさい。寒いでしょ?」

「うん・・・これからも、一緒に寝ていい?」



「・・・好きにしたら?」

「うん!」



・・・それに・・・割と、一人で寝るより温かいと思ったから、そうしただけよ。


それ以外、深い意味なんか、あるわけないじゃない。




 [ 火鳥さんは就寝中。・・・ END ]


あとがき

Q. どうして、火鳥さんと蒼ちゃんが一緒に寝ているの? ・・・という疑問にお答えしました。