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『ああ、アイツ・・・死ぬな。』





「・・・は?」



間抜けな声でアタシは他の人間が見えもしない女に、聞き返した。

白い着物の女はゆらりと空中に舞い上がったまま、ふわふわと暢気そうに、他人事のように一人の人間の死を予告したのだ。



『ああ、アイツは死ぬ。そして、お前が生き残る。』


聞きたくも無い追加情報まで耳に入った。


「・・・・・・何故?」



『それは、”何故、そんな事がわかるのか?”という疑問か?


それとも ”何故、そんな事になるのか?”という不満か?』



アタシの反応を愉しむような女の目をアタシは睨み返した。


「質問してるのは、アタシよ。答える気が無いなら、口を開かないで。

水島に今死んでもらっては困るわ。どうすればいいの?」




『ならば、残りの本を揃えろ。私も、多少はやきもきしてるんだ。』



女は、悠々とその一言を発した。



「チッ・・・二言目には、そればっかり!」




アタシは舌打ちをして、改札を通り抜け水島を呼び止めようとした。

簡単に死なせてたまるか。


改札機にICカードをタッチして走り抜け、階段を駆け上がる。


(水島は・・・どっちのホームに行った?1番?2番?3番?4番!?ああ、もう面倒臭い!だから、電車だの公共機関は嫌いなのよ!!)


水島の自宅方面ならば・・・3番ホームだ。

階段を上がりながら考える。

アイツの事だから、席に座らずに先頭か最後尾の車両の端の壁によりかかり、窓の景色をぼうっと見ているに違いない。


水島を呼び止めなければ。

アイツを一人にしたらダメだ。


ふと、思う。


何故、アタシはこんなに必死に走っているんだろう。



 たかが、赤の他人の為に。



アイツには、借りがあるから。

だから、アイツを死なせたくない。


アイツには、利用価値があるから。

だから、アイツを死なせたくない。


アイツが、呪いを解く為の道具として必要だから。

だから、アイツを死なせたくない。




どの理由もなぜか、違う気がしていた。

こじつけに近いようで、まるでしっくりと来ない。

だったら、アタシは何故水島なんていう女一人に必死になっているのだろう。

どうでもいい、と何度も思っているのに。



だから・・・


だから・・・・・・



(だからだから、うるさいッ!!水島を助ける理由なんて、今はどうでもいいッ!!)


無意味な理由付けをやめて、階段を上がる。足が徐々に重くなる。

(クソッ!足が・・・上がらない・・・!!)



 水島だけ死んでも意味が無いのよッ!!


 アタシだけ生き残っても意味が無いのよッ!!



アタシの望む理想の未来に、あの女が存在していなければ、”完成”しないじゃないッ!


こんな思いは”デレ”なんかじゃない!!

アタシは・・・自分の理想を追求しているだけよッ!!





(先頭か最後尾・・・どっちにいる・・・!?)




大体、この階段を上がりきった時、アタシはどこに出るのだろうか。

上がりきって、更に最後尾か先頭かに走らなければいけない訳だけど。



発車を告げるアナウンスと機械音が響く。



 『まもなく発車致します。閉まるドアにご注意下さぁい・・・』



なんとか、階段を上がりきった。息を整えている時間は無い。水島のいる車両を探す時間もない。


こうなったら、電車に乗ってしまおう。そして、電車内を移動して水島と・・・!



 『駆け込み乗車はご遠慮下さぁい・・・』


プシューっという音をたてて、ドアはアタシの目の前で閉まった。


 『発車しまぁす・・・。』


アタシが呼吸をしている目の前で、電車は動き出してしまった。


「ダサ・・・」

「・・・・(ギロッ)」

「うッ!?」



時刻とその場の安全しか気にしない駅員、事情を知らない赤の他人のクセにけなした女子高校生を睨む事ぐらいしか、アタシには出来なかった。


「はあはあはあ・・・!」


膝がガクガクしている。

ヒールのある靴で走るとこうなる事はわかってはいたが、悔しくて仕方が無かった。



確定ではない。

だが、どこかで確信している自分がいる。



ここで水島を呼び止められなかったら、アイツにはきっと何かが起こり・・・死ぬ、と。


『・・・悔しいかぁ?』



「はあはあ・・・!」




『もう一度言う。水島をなんとかしたいと足掻きたいならば、本を完成させろ。事実をつなぎ合わせて、お前の目で確認しろ。』






アタシは、顔を上げた。



冷静になれ。

アタシは、何をすべきなのか。


水島を追いかけても、本が揃わなければ意味が無い。

本を揃えようにも、本がどのくらい散らばっているのか、一体誰が持っているのかも解らない。


急がなければならないが、この場合・・・急ぐからこそ。



(急がば回れ、か。)




車に乗り込み、当初の目的地を目指す。

電話がかかってこなければ、向かっていたはずの場所に。



影山素都子の部屋だ。



オートロックもついていない上に、郵便受けから部屋の中が見えてしまうような、貧乏な大学生が社会人になるまで住むような部屋だ。

鍵は、既にこちらにある。

部屋に一歩入ると、埃とインクの臭いがした。

電気をつけなければ、部屋の中が暗くて見えない。

真っ直ぐ入っていって、窓を開ける。


窓を開け、振り向くと・・・そこにはおぞましい光景が広がっていた。


水島の写真がびっしりと壁や天井を埋め尽くし、所々に地図が貼られていた。

本棚からは、本やノートがはみ出すほど詰められていた。


(・・・いかにもストーカーと研究者を混ぜたって感じ。)


この部屋には警察も入ったそうだが、影山の研究資料までは押収しなかったようだ。


・・・膨大な資料だ。

この地域の神々にまつわる話は多種多様存在しているらしく、異常な数だ。

どうして、ここまでの数の神がいたのか、数の割に誰も信仰していないのは何故か。


研究者が惹かれるのは、そこらへんだろう。

しかしながら、ここまで膨大な資料を読み込むとなると、いくら急がば回れとはいっても、回りすぎる。


「・・・”神になる方法”?」


アタシは本棚に並んでいたスクラップブックを眺め、目に留まったタイトルの本を手に取った。

ギイギイと妙な音を立てる椅子に座り、アタシは本をめくった。


”この地域の人間は3種類に分けられる。 生贄となり神の糧になる者。 生贄を神に捧げ神の恵みを受ける者。 神の元へ行き試練を受け、神になる者。”



・・・呪われるって項目は、無い。

この本はハズレかと思い、飛ばし読みをしていると



 ”女幸村では二人の人間を同時に捧げ、一方は神の糧に、もう一方は神の恵みを受けた例がある。”

 ”二人の巫女を同時期に神に捧げた場合、巫女は人間としての死を迎え、もう一つの魂を捧げることにより、神の恵みにより、どんな願いも叶える事が出来る。”


(・・・嫌な風習・・・。)


 ”ただし、神の恵みを拒否した者は、呪われ悲惨な死を迎える。”


 ”神の糧となる人間は、神からお告げを受ける。”



 ”女幸村を救ったのは、一人の心優しき女の生贄。巫女としての役目を務め、神となり、村に貢献する。”


 ”女幸村に生まれた緑の瞳の巫女は、巫女の存在、神を否定、神の糧、試練をも拒否し、村に災厄を招く・・・。”



 ”村はその後、巫女がいなくなり、女幸村は神の怒りに触れ・・・滅びる・・・。”



・・・以上が、アタシが気になった文章だ。


必死に集めていたあの本の内容、神社から貰った資料とも重複する部分がいくつかある。

結局、生贄を捧げて赤の他人だけがめでたしめでたし・・・で終わるのか、と思っていたのだが、この資料によると結局、生贄の甲斐なく女幸村は滅びてしまっていたようだ。


(複数の罪深き人間の業は、一人の尊い命では洗い流せませんでしたって事よね・・・。)


どうやら、この地域にいる”神”と呼ばれるやつら、それを信仰する人間も、ろくでもないヤツばかりだったみたいだ。


(こんな村に生まれて、他人の為に命を差し出せなんて言われてもね・・・。)


少しだけ、神と巫女を否定した緑の瞳の女に同情する。


周囲の人間が神だ、巫女だと頭がおかしくなってるだけなのに、自分がその犠牲になるなんて、考えたくも無い。

巫女は捧げるもの、という病的な常識がはびこっていただけだ。

そんなあやふやな常識なんて隙間を突けば簡単に崩れる。しかし、それが歪めば、どこかのバランスが崩れ、当然のごとく・・・一部の人間がとばっちりを喰らうのだ。





(とりあえず、これは持っていくか・・・。)


バッグに本を入れ、次の本を探す。


(・・・”女に囲まれる巫女”・・・これも持っていこう。)


そうした作業を10分程繰り返した。

きりが無いし、バッグが重くなるので、次の一冊でとりあえず引き上げるとしよう。




「さて、と・・・ん? ”神の試練を受ける上で、絶対にしてはならない事”?」


書きなぐったようなマジックペンの字になんとなく手を伸ばす。

アタシ達が受けているのは試練ではなく”呪い”なのだが・・・一応確認するか、と目を通す。




 ”巫女は、神の試練の最中に、自分の意思を祟り神に委ねてはならない。”


 ”周囲の人間と年の数だけ交わってはいけない。”



・・・あ?


前者のはアタシも水島も無いとして・・・後者は、散々聞いたんだけど・・・?


・・・これって・・・アタシ達がかけられた”女難の呪い”と”神の試練”とやらは・・・”一緒”のものだと考えて良いのかしら?

今の状態は・・・アタシ達は巫女として、呪われているのと同時に、神からの試練を受けさせられている・・・そういう事?


ページをめくる。


 ” 性交は異性、同性、獣、関係なく、神になるにあたり不浄の行為。試練の最中に行えば即、巫女の資格を失い、終わり無き試練を与えられる・・・。 ”


終わり無き試練・・・死ぬまで呪われ続けるって事か・・・。


・・・いや、さすがに獣はありえないわ。

・・・・・・いや、案外、水島は好きそうかも。


 ※注 水島「そういう意味で好きなんじゃないッ!」






”最期まで巫女として清き肉体を保ち、人の身を捨てる覚悟を固められたら・・・”



人の身を・・・捨てる・・・?




”神は、巫女の魂を・・・神の国に誘う。”


・・・現実離れした話ね・・・。



”肉体が完全に滅びし時、巫女は完全なる神となり、土地の人間に幸と不幸を平等にもたらす。”




「・・・・・・まさか・・・!アイツの狙いって・・・!」




『本を完成させずして、そこに気付けるとは天晴れだ。神の資格を失いし、穢れを知る巫女よ。』



ニヤニヤしながら、また白い着物の女がアタシに声を掛けてきた。


「・・・アタシが巫女だって?冗談は顔だけにしてよ。」



『安心しろ。神から選ばれていても、お前は数回ほど、女を抱いた。

回数が足りないので、女難と死ぬ呪いだけは継続しているが、巫女としては完全に不適切な存在だ。

だから、お前が神になる資格はない。ひとまず、そこは良かったな?』


「良くはないでしょうが・・・資格を剥奪されてるのに女難の呪いは残ってる、なんて・・・呪われ損なんじゃないの?」


『いいや、むしろ資格剥奪は早ければ早いほど良かった。

神は神でも、なるのは祟り神だしな・・・なってもロクなもんじゃないぞ。

お前は、リスクを承知で”自分のポリシーに反する、したくない事”をした。・・・代償を払った甲斐あって、ある意味助かったんだ。

だが、水島は違う。あいつは、したくない事は徹底的にせずに逃げた。』



「確かに・・・アイツは、未だ、誰ともヤッてない・・・つまり・・・。」



思い返せば、岬マリアの試合の日、水島は祟り神に襲われた。

忍がおかしかった時だって、水島は祟り神に邪魔されて到着が遅れた。

一方、アタシは・・・祟り神から直接狙われた事は無い・・・。


「水島は・・・まだ、巫女の条件を満たしたまま・・・!」


神の試練は、巫女の条件を満たしたままの(誰ともヤッてない)水島にだけ継続して行われている、という事になる。


もしも、これまでの女難トラブルが”神の試練”だと仮定、したら・・・


水島は祟り神に巫女として選ばれ・・・神の試練を受けていた事になる・・・。


そして、現時点・・・水島だけは巫女としての条件を全て揃えたまま・・・。




あまり考えたくもない一つの”予想”が頭をかすめる。



『いいや、その予想は大体、合っているぞ。この土地で、今、神になれる条件が揃っているのは、水島だけだ。


お前達が選ばれ、呪いをかけられたのは、祟り神になる為の”試練”の一つなのだ。


・・・まあ、お前等、心ッ底!他人を万人単位で祟れそうな逸材だもんなぁ・・・』


「うるさいわねッ!もったいぶらないで、どういう事なのか説明しなさいよッ!水島はどうなるのよ!?」



白い着物の女は、緑色の瞳を細めて言った。



『巫女が神になる条件は揃っている。

あとは、水島が人間をやめたい、と思った時点で・・・アイツの魂は、祟り神に持ち去られる、そういう事だ。

早く巫女の条件を崩す事が出来ていれば・・・。』



「じゃあ・・・水島に早く連絡を・・・!」


『で、どうするっていうんだ?あの頑固女に”神様になりたくなかったら、早く女、もしくは獣とまぐわえ”というのか?

・・・それじゃまるで、阪野詩織達と一緒だなぁ?』




 ――― !



「・・・・・・今、なんて・・・?」



『お前の悪い所だ。他人を過小評価しすぎたんだ。

確かに、阪野達はお前達の邪魔にはなっていたが、それは水島が神になるのを防いでいただけにすぎんのだ。

歳の数じゃなくとも、巫女の条件を壊せば巫女の候補からは外れるんだからな。』



「じゃあ、阪野達は・・・忍ねーさんは・・・!」



水島を・・・助けようと、した・・・?



『だが、それもなぁ・・・うーん、人道的?っていうのか?

好きでもない人間を人嫌いに無理矢理抱かせる、という行為は、無理があるというか、間違っているような気がするなぁ。

お前のように割り切って行動する訳じゃない・・・水島は、きっと他の方法を探そうとするだろう。

・・・まあ、誰も自らが水島を犯して穢そう、とは思わないあたりが・・・なんだかアイツが愛されている証拠、と言った所か・・いや、違うな。

いや、単に、あいつら女難共の詰めが甘いとも言えるな。・・・阪野詩織一人だったら、とっくのとうに目的は達成出来ていただろうが・・・。

中途半端な助けは、状況を更に悪化させただけだ。』


「・・・忍ねーさん・・・どうして、誰も最初から、目的を言わなかったのよ・・・ッ!」

『お前、忍ちゃん達に”巫女の条件を破る為に、私を抱け!”って言われたら、素直に女に手を出すか?』


アタシは、即座に首を横に振った。

忍ねーさんらを抱くなんて、考えただけでも気持ち悪くて仕方が無い。


『そうだろう?皆、水島やお前の事を知っているのさ。

水島は、自分のポリシーを曲げる事は無いだろう。あなたを死なせたくないから、私を抱いてと言ってもあいつはしないだろう。

何せ水島にとって、阪野達は呪いの効果で自分を好きだと思い込まされているにすぎない人間なのだからな。

自分の事を好きでもない女、しかも自分と関係の無い人間を自分の糧にはしない・・・水島はそういう女だろう?

余程の事・・・自棄でも起こさん限り、アイツが誰かを選び、性交などありえない。

それは水島の関係者全員が理解している。だから、あえて敵対するしかなかった訳だ。』



「・・・じゃあ・・・アタシが・・・門倉の時、邪魔しなかったら・・・アイツが、門倉を犯すのを待っていれば良かったっていうの?」


『いや、何が良かったのかは私には判断できんよ。

ただ・・・結果的に、あの時、お前が来なかったら、アイツは全てに嫌気が差し、人間をやめていたかもしれん。

もしくは祟り神にはならずに済むが、そのまま阪野達の狙い通りに門倉とヤッて、やがて冷静になった時・・・お前の予想通り自責の念に耐えかね、首を吊っていたかもしれんしな。

選択肢の何が良かったか、なんて・・・選んだ後になってもわからんもんさ。』



・・・ありえる。

あの女は、小心者だから。




『なにはともあれ・・・阪野達がやろうとしている事は、それだけイチかバチかの危険な行為なのだ。

水島を挑発し、自棄を起こさせて、アイツが人間でいる事を支えている心の軸・・・”ポリシー”を曲げさせるんだからな。

やっている事は、水島の優しさや自分達への思いやりから発生している事なんだが・・・結局は、水島の生き方の否定にすぎん。

挙句、あの場でヤッたとしても一晩で年の数だけヤらねば呪いは解けんし、数回程度では神にならずに済むだけで、呪いを解いた事にはならん。

よって・・・水島が精神的大ダメージを負っている今・・・祟り神に遭う、もしくは軸がポッキリと折れてしまうような事があれば・・・』


白い着物の女の言葉にアタシは思わず椅子から立ち上がった。


「巫女の条件が揃っている状態で・・・水島の心の軸が折られたら・・・そ、それって・・・!」

『ああ、即・祟り神決定だ。アイツが一瞬でも、人間でいるコトなんかクソ喰らえと思ったら最後。自棄を起こしている今、非常に危険な状態だ。』


「ああ・・・もうっ!サイッテーッ!!」


水島をあの場で引き止められなかった事。

休ませるという名目で、アイツと別行動をとってしまった事。


(選択を間違えたのはアタシだ・・・最低・・・!)


『まあ、誰かと一回交わったとしても、結論は一緒だ。一晩で年齢の数だけ穢れを知らねば、お前も水島も、あの祟り神の呪いでジワジワと死ぬだけだ。』


「ちょ・・・本当に、それしか無い訳!?もうセックスしか解決方法が無い訳!?最低ッ!エロゲーみたいで最低ッ!!」


『そうだなぁ。他にもあるにはあるが・・・ロクでもない方法しかない。

歳の数だけ性交が一番マシかもしれん。とはいえ、試練という名の生き地獄の呪いだからな。

巫女の条件が揃っている限り、水島はきっと狙われ続けるだろうな・・・』


「最低・・・!」


『・・・後は・・・やはり、呪いをかけた神を殺すしかない。』


「よし!じゃ、それ!!」


『待て待て待て。チャーハン頼む感覚で言うな。

人間を殺すのと訳が違うのだ。祟り神を殺すには、人間には余りある力が必要で、殺した後のリスクもデカイ。

お前等では、結局、どうしようも出来ないんだよ。だから、化け物の私がいるのだ。


だ・か・らぁ・・・』


「・・・結局、あの本を手に入れて、アンタの名前を呼んで願い事を言えと?」



『そういう事だ。

このまま、何も知らぬまま、人間に追われ続ければ・・・水島は、人間をやめる意志を持ち・・・見事に”最悪の祟り神”になるぞ。

この土地を廃墟にも出来る程のな。

いや、この地の行く末云々関係なく・・・お前は、ただ水島を助けたいんだろう?』



「・・・この状況にアイツが必要なだけよ。知ってるなら教えなさい。つーか、今すぐその力発揮して。

あのババア殺して。今すぐ、あの祟り神を一匹残らずブッ殺してよッ!」



『あのなぁ・・・言った筈だ。


私は、お前を救える者。お前は、私を助ける者だ。


私は、お前を救える手段を持っている、だからお前を救える可能性を握っている・・・ただ、それだけなのだ。

自分の意思では、力を発揮する事はままならない。


私がお前を救う力を発揮する為には、お前の助けが要る。

お前はお前を救う為に、私の助けになる必要があるのだ。』



・・・つまり、今すぐ助けられない、と?



「はあ!?ふっざけんなッ!アタシの助けがなければ力が発揮できない!?

”私はまだ本気出してないだけ”って言い訳の間違いじゃないの!?

助けが必要なら、結局、全部アタシの力じゃないのよッ!この期に及んで、何ゴネてんのよ!?」



この役立たず!という言葉が出かかった所で、女は言った。



『だからな、ガソリンだけで時速100qで走れるかァ?車やら乗り物があってこそだろう?お前がガソリン。私が車だ。』


「ねえ、馬鹿にしてんの!?車でも飛行機でも不具合だらけのJR北海○でもなんでも良いから、なんとかしてよッ!化け物らしく、規格外の力でもなんでも使って!!」



『化け物らしく、か・・・良い言葉だ。・・・そこまでして、お前が水島を助けるのが不思議でならんよ。同じ人嫌いとしてはな。ま、そこが人間らしさ、とも言うのか。』


「だ、だから!違うってば!そんなんじゃないっての!必要だから、助けなさいって言ってるだけでしょ!?ホント、何様のつもり!?それで自分は神様だ、とか言うつもりなら・・・」


先程までアタシの言葉をのらりくらりとかわしていた女は、神様という単語にぴくりと反応し、急に真顔になって答えた。


『私は、神ではない。人でもない。生きてるか死んでるかもわからない。何でもない。・・・ただ、一部の人間にしかいると認識されない、そういうものだ。

いずれにせよ、私の力を発揮するための条件が不足している・・・早く、あの本を手に入れろ。ホントに間に合わんぞ。』



女はそう言い終わると、少し寂しげな表情を浮かべて消えた。



・・・結局、アタシの理想の未来を手に入れるためには、あの祟り神のババアを殺すしかない、訳で・・・


その為には・・・本を集めて、白い着物の女の名前を手に入れ・・・その前に水島を・・・!!


で、水島を助けるには・・・!!!





残されたアタシは、頭を掻き毟って叫んだ。





「あ゛あ゛ッ!!クソ面倒臭い――ッ!!!」









叫びきった所で、アタシの電話が鳴った。

着信相手は・・・烏丸忍。



「もしもし?」


アタシは影山の部屋を出ようと重くなったバッグを肩にかけた所だった。


『りり、生きてる?』

「生きてなかったら、電話出れないでしょうが。」


忍の申し訳なさそうな声はもうウンザリだったが、あちらの狙いがわかってしまった以上、アタシは詰問する気は無かった。

”生きてるか”と聞いたのは、神に魂を持ち去られていないか、を確認する為だろうとも解ったのだし。


『・・・ごめん、なさい。』

「フン、さっきアタシは許さないって言ったわよね。責任とって、今度はちゃんとアタシ達に協力してよね。」


『貴女達を助ける為に一番良い方法を知っている人がいて・・・自分でも恐ろしい、と思うわ・・・。』

「あのエロ秘書がそこまで調べ上げたなんて、賞賛ものね。・・・殴りたい程腹立つけど。」


『あ、ううん・・・全部が阪野さんという訳じゃないの。』

「あ?違う?」


『主に実行に移したのは、確かに阪野さんなんだけど・・・。

山陰トモ子さんって人がね、この地域の神様の研究しててね。で、たまたま調べていた阪野さんと知り合って・・・今回の計画を立ち上げたらしいの。

まず、巫女の条件を崩す事が大事だからって・・・』

「・・・そう・・・。」


『ギリギリまで悩んだの・・・こんな形じゃなくて・・・水島さんに選んで欲しかったし・・・こんな状況に追い込んで本当にごめんなさい・・・。』

「別に。迷惑かけるのはいつもの事でしょ?それに・・・謝る相手、間違えてんじゃないの?」


『・・・そうね・・・りりには、いつも私甘えちゃうね・・・ごめんね・・・。』

「だから、謝る相手も甘える相手も違うでしょ?とっとと・・・ん?」


ちょっと、待て・・・今さっき・・・妙な名前を聞いたような・・・。


『でも、まさか翔子まで傷つけて、門倉さんまで利用するなんて・・・私、いくら貴女達の為とはいえ、あまりの犠牲の多さに耐えきれなくて・・・。

自分の記憶や、貴女達の命に関わるから仕方がないんだって言い聞かせてきたんだけど・・・』


「いや、ちょ、ちょっと待って!忍ねーさん?その、もう一回言ってもらえない?・・・研究してた人の名前。」


『山陰トモ子さんの事?彼女が、どうかしたの?』


アタシは顔を引きつらせて、思わずバッグを床に落とした。




山陰トモ子 → ヤマカゲ トモコ → カゲ ヤマ モト コ → 影山 素都子 



なんて・・・なんて、安易な・・・!



「に・・・逃げてッ!!忍ねーさん!ソイツ、犯罪者よッ!!」




なるほど・・・阪野が妙に詳しかったのは、入れ知恵してたヤツがいたからなのね・・・!!


それにしても、安易過ぎるッ!偽名くらいもう少し工夫しなさいよッ!!何やってんのよッ!?あのストーカー女!!

なんで読者も作者も忘れた頃にやってくるのよ!迷惑すぎる!!


しかも、あのストーカー女、忍ねーさん達を使ってまで、水島を・・・!?そして、また脱獄したんだわ・・・どこまで狂ってんのよ!!


(ああ・・・!)



アタシが今いる場所は、その女の部屋だ。

急に嫌な予感が襲ってくる。

早くココから出なくては、とアタシは部屋を出ようと玄関に向かう。



『・・・え?犯罪者?どういう事?』


「とにかく!!阪野と影山の言う事はもう聞かないで!そうだわ・・・水島!水島にこれ以上、他の女を近づけさせないで!それくらいは出来るでしょ!?」


『え・・・りりは?どうする気?』


「アタシはとにかく・・・うぐッ!?」


背後から急に首に腕を回された。

咄嗟に片手を挟むが、腕の力は強まるばかりで首が圧迫される。


「か・・・っ・・・!?」


声が出ない。



『・・・りり?』


「ぐ・・・ぅ・・・ううッ・・・は・・・ぁぐ・・・ッ!」


視界がぼやけ始める。

後ろの人間を足で踏みつけようにも、力が入らない。


「・・・貴女って、どこか彼女に似てるから、少しだけ好きだったわ。」


耳元で、あの不快で艶のある声が聞こえた。


(阪、野・・・!)


「ごめんなさいね。彼女を救えて、自分の記憶を守る為なら、私はなんでもするって決めたの。これで、当初の目的は果たせそうだわ。」


アタシの首を捕まえているのは、紛れも無く阪野詩織だった。


「そ、れで・・・ヤツが・・・死んで、もいいのね・・・ッ?」


声を絞り出す。なんとか隙を作り、脱出を試みるが力が弱まる事は無く、どんどん首の圧迫が酷くなる。



「なんとでも言って。貴女をここで殺し、生贄として祟り神に捧げれば・・・水島さんは助かるのだから。」




声のトーンが、冗談ではない事を物語る。

このエロ秘書・・・忍よりも性質が悪い。


阪野は、やはりあの本を読んだのだ。

そして、自分の恋愛と水島を救う方法を知り、実行した・・・!




それが、よりにもよって・・・もう一人の巫女(アタシ)を生贄にする事、だと・・・!?・・・ふざけるな!!




「こ、の・・・ク・・・ズ・・・女・・・ァッ・・・!!」




こんな事なら・・・関係者全員、始末しておけば良かった・・・!


口を開いても酸素は入ってこないまま、舌に空しく空気が当たるだけ。



「貴女が彼女の傍にいてくれたお陰で、色々都合が良かったわ。

そして、私は貴女が一人になってくれるのを待っていたのよ。

従姉妹のお姉さんには悪いとは思うけれど。」



・・・ああ、殺される。・・・覚えていろ・・・出来たら、化けて出てやる・・・。



ていうか・・・こんな時こそあの白い着物の女が出るべきじゃないのか・・・?

条件が揃わないとやはり何もしないのか・・・あの役立たず・・・!




意識すら遠くなって、文句も何も考えられなくなってきた・・・。





(これも、女難で死ぬって事になるのかし・・・ら・・・)






 水島(アイツ)なら・・・




 きっと・・・


 


 ここまで来ても、諦めない。




 どこまでいっても、アイツはきっと諦めない。





 アタシになくて、アイツにあるもの。



 アタシが昔、失くしてしまった・・・








「・・・キミエ・ストラァイク―ッ!!」








体中に大きな衝撃が伝わり、アタシは廊下に左肩をぶつけ倒れた。、

途端に首の圧迫が無くなり、一気に空気が入ってきた。



「――っ!ゲホッゲホッ!ゲホッ・・・!」



喉までヒューヒューと空気が入り込み、むせながらもアタシは必死に呼吸をした。

遅れて肩に鈍痛が伝わる。


「お嬢様ッ!!」


廊下に倒れたアタシを抱き起こし、一番に視界に入ってきたのは、アタシが信用している人間だった。



「き、君江・・・さん・・・!?」



家政婦の美作 君江だった。また、彼女に助けられたのか。


「しっかりなさいませ!はいッ!本ですよッ!携帯持って!」

「ゲホッゲホッ・・・うん・・・ありがと・・・君ぇ、ゲホッ。」

「・・・立って!さあ!」


礼も満足に口に出来ないままなのに、君江さんは声を一段と張り上げて、アタシに立つように言った。

アタシは言われるがまま、君江さんに本を握らされ、バッグに携帯電話を突っ込まれた。

そして、自力で立ち上がって資料の入ったバッグをなんとか持ち上げた。


君江さんの視線の先には、君江さんの2倍はある身長の阪野がいて、こちらを睨んでいた。


まだ安定しない視界の中でも、アタシは阪野の目だけはしっかり捉えることが出来た。

それだけ、阪野の眼光は鋭かったのだ。


アタシを行かせまいと今にも飛び掛って来そうだが、君江さんがそれを阻んでいる。

目的を遂げる為ならなんでもやる、と言ったのは本当のようだ。


「あ・・・アイツが、本当にこんなの・・・望んでると思うの!?これで、アンタの想いが通じたとして、それで良いワケ!?

巫女の条件を崩す為に・・・アイツを殺す事になっても構わないっていうの!?」


ストーカーの壁の不気味さと、その壁をバックに立つ阪野の雰囲気が妙に合致する。

危険、という意味で。



「ええ。私、彼女と殺し合いをするつもりでやっていたもの。彼女の意思は、あなたも知ってるでしょ?とても・・・とても強い。

そんな水島さんが、私の記憶を消す。それは・・・今の私を否定する事よ。

私は、それを何としてでも阻止したいし、彼女を人として生かしておきたいとも思う・・・。


だけど、彼女は私達が何をしても、きっと”誰も選ばない”。

・・・それがわかっているから。


このまま黙っていたら、ただ祟り神っていう、いるのかいないのかわからない存在に彼女は、さらわれる。

それだけは阻止しなきゃって・・・それでも彼女はきっと一人で・・・私の存在意義は・・・ああ、もうなんだかわかんなくなっちゃった・・・もう”どうでもいい”わ。」



自嘲気味に阪野詩織は笑って、片手で頭を押さえた。

こんな風に笑う女では、なかった。


今の阪野詩織は、忍のように水島を生かして結ばれたいとか、ハッピーエンドの類は考えていない。


とにかく、目先の目標の事しか考えていない。

とりあえず、水島をすぐに死なせない為、自分の記憶が消されない為にしか・・・動いていない。


それも水島の為ではなく、自分の為だ。




確か、水島は以前、阪野の事をこう言っていた。



『阪野さん、ですか?・・・えーと、何かとエロくて一緒にいると変な緊張感で疲れるし、油断出来ない。


 あと・・・


 ああ見えて、すごく優しいんですよ・・・あ、私にだけっていうのは・・・多分、呪いのせいでしょうけど。』




水島に対する優しさを上回ってしまった、独占欲。

例え、好かれたいが為の下心込みの優しさだろうと、阪野は水島の事を思って行動していたはずだ。


それが、今は自分を守る事で精一杯。


結局、呪いは呪い、女難は女難、という訳だ。



水島の言うとおり、阪野詩織という人間は、水島に関わらなければこうはならなかっただろう。



「・・・なるほど。水島の言うとおり、門倉やアンタみたいなカワイソウな女は、記憶リセットして水島から解放された方が良いのかもね・・・!」


アタシが足を一歩後退させると、阪野から笑みは消え、一歩こちらに踏み出した。

「彼女を救うのは・・・私よ・・・!」


すると、君江さんが素早くアタシと阪野の間に立った。


「人を救う割には、精神が乱れてますわよ、お嬢さん。」

「・・・どいてくださる?殺人未遂に加えて、老人虐待までしたくないの。」


「誰が老人ですか!熟女と呼びなさいッ!!!・・・さあ、お嬢様!早く、お車で安全な場所にッ!この、色気だけの牛女は・・・私めが!」



アタシは目を閉じて、家政婦に命令をした。

こんな事を言うのは、心苦しい。



「・・・君江さん、この馬鹿女を頼んだわ。”止めてあげて”。」


アタシの言葉に君江さんは即座に返事をした。


「承知いたしました。」



彼女に無理をさせてしまう事が心苦しいのではない。

・・・彼女ならば、やりきれてしまうからこそ、心苦しいのだ。



「貴女には・・・第二のキミストを御見せし・・・”バタン!”




アタシは、玄関のドアを閉め、自分の車に戻った。



・・・車のドアを閉め、アタシはふと嫌な事を考えた。


忍に電話をかけ直すべきか悩んだのだが、阪野の事がある。



『なんとでも言って。貴女をここで殺し、生贄として祟り神に捧げれば・・・水島さんは助かるのだから。』



影山に何を吹き込まれたのかは知らないが、アタシもうかうかしていたら殺されてしまうようだ。

阪野に続き、忍までアタシを殺しに来るかもしれない。



そして、このまま、阪野詩織のように考える女が増えてしまったのだとしたら・・・水島もアタシも、もうダメかもしれない。




また、阪野の発言『アタシが死ねば、水島が助かる』を逆に考えれば、水島が死ねばアタシが助かる事となってしまう。




水島が死んで、生贄として祟り神に捧げたら、アタシが助かる。


水島が死ねば、アタシは、助かる。




(アタシだけが・・・助かって、どうする・・・!!)




アタシは、車のハンドルを思いきり叩き、突っ伏した。



本は手に入れた。

残りの本を回収するかどうか確認しなければならない。

一歩前進した。


進んでいるのに、ちっとも解決する気がしない。

望みに近付いている気もしない。




ここで、本を読んだとして、これからどうする?




アタシはどうなる?

水島を助けに行くのか?



水島かアタシの女難に邪魔をされて、命のやり取りをしなくてはならないのか?

アタシと水島の命も生贄にするかしないかの問題だって出てきている。

どちらかしか、人として今まで通りに生きられないの?



どうして、こんな目に遭うの?



人嫌い、だから?


因果応報、だとでも言うのか?



いいや、何を言う。






「・・・アタシ達を拒絶したのは、他人(ヤツラ)の方が先じゃないのッ!!」





人嫌いは、始めから人が嫌いだった訳じゃない。

そんな事、アタシだって知っている。


水島だって、そうだった筈だ。



他人との間に何かがあって、なるべくして、そうなったのだ。

反省や教訓を得て、今の自分と安定を手に入れたのだ。

自分がより生きやすくなる為に。



それを、誰に責められる必要があるというのか。



今更、沢山の人間が寄ってきて、好きだなんだとうるさく付きまとって邪魔をするだなんて、どこまで馬鹿馬鹿しいのか。


挙句、一人助ける為に一人を殺す?馬鹿馬鹿しい・・・!!





(そうよ・・・水島を生贄にしてもアタシが助かる、なんて・・・事実か、確かめてもいないし・・・ッ!)






 そんな結末(敗北)、アタシは望んでなんかいない・・・!!







『どうした?随分と不機嫌・・・いや、辛くて泣きそうか?』

「・・・・・・。」


また、白い着物の女がアタシに話しかけてきた。

骨格が似ているせいだろう、声も随分と水島に似ている気がする。

バックミラーを見ながら、アタシは溜息をついた。


・・・だからこそ、余計腹立たしいのだ。



『難しいもんだ。巫女同士、生々しい殺し合いになったなら、お前だって楽に水島を殺す決意も出来ただろうに。


日常生活からジワジワと地獄に変わって、気が付いたら周囲の見知った人間はみんな敵だ。


お前と水島も今や、似たもの同士の協力者・・・いや、立派な”仲間”だもんな。』



「・・・薄ら寒い表現やめてよ。アタシはゴム人間が海賊王にナントカとかいう漫画には一切関係ないわよ。」

 ※注 関係あってたまるか。



『お前にとっての水島という人間は、今までの人間の中であれほど自分に近い存在で、それでいて考え方がまるで違う人間だった。

お前に無い物を持っている人間は沢山いるが、お前が失いたくなかった物をアイツは持っているし、大事に守る強さもあった。


だから、お前は水島が羨ましくもあり、妬ましくもあり・・・今のアイツを守らねば、と思うのだろう。』


「・・・知ったような口を利かないで。」


アタシの人生を見てきた訳でもないのに、ペラペラと喋る女にアタシはぴしゃりと言った。

だが、白い着物の女は、化け物らしく恐れる事無く続けた。



『守れたかもしれない人間を救えなかった自分の不甲斐無さを嘆き、他人でその分を挽回しようとしても、過去は変えられんぞ。

過去の失敗を反省し、次回に生かすのとはまるで違う。

お前のソレは、ただの”嘆き”だ。』



「違う!アタシは・・・ただ・・・!!」



『・・・ばあさんのアレは、ああいう人生だったのだ。あの時のお前の力云々で、変わる事は無い。』






 ”決して 染まるんじゃないよ。”


白い壁に囲まれた部屋。


たった一人で、壁の向こうの空をずっと見ていた。


アタシが傍にいれば、あの人の悲しそうな笑みは、もっと・・・




「だからッ!うるさいって言ってんのよッ!アンタに何が解るのよ・・ッ!」





あんなに一緒にいたのに。あの人は死ぬ時、一人ぼっちだった。

せめて、アタシがずっと一緒にいてあげられたなら。


あの時。


アタシの頭が大人達の会話をちゃんと理解出来ていたら。

大人を振り切って、あの人を守れるだけの力や知恵があったら。



あの人の事を、もっと思いやってあげていれば・・・。




あの時は子供だったから、なんて言い訳はしたくない。




アタシはあの人の味方でいたかったのに、あの薄汚い大人達に染められていた。


でも、もう、あの頃のアタシはいない。




だから、今度こそ・・・!




『あの時、ああしておけば良かった、と嘆き続け、今度こそと意気込むのは結構だがな。


本当に救われたいと願うならば、お前達はあまりにも遠回りをしすぎているぞ。


救いたいのは、どいつなんだ?

既に救えない者ではないのか?そんな者を救う事で、本当に救われるのは自分だけではないのか?


大体、どう救うつもりなのだ?


先程の阪野詩織が良い例だろう。あの女が救いたかったのは、水島ではない。自分の幸せだ。

阪野詩織はそれに気付いてはいるが、もう止まれなかった。


勿論、あのやり方ではお前は死に、水島は生き残る。

だが、全てを知った水島は祟り神に堕ちるだろう。


お前ら一人風情が、自分の中だけで考え出した幸せの結末など、所詮、自分一人にしか感じない幸せを導くに過ぎん。


・・・それこそ”自己満足”というヤツじゃないのか?』



自己満足。


それは、アタシが水島に懇々と言い聞かせた言葉だった。





「じゃあ・・・どうしたら、いいのよッ!?ねえッ!?アタシの手の届く人間が救われる未来を手に入れるには、一体何が必要なのッ!?」



白い着物の女は、アタシのバッグを人差し指でトントンと柔らかく押した。



『本を読め。昔話が残されるのは、娯楽の他に教訓の役割があるのだ。

先人の賢さや馬鹿をやるとこうなる、といった具合だ。

その本にも”二人の人嫌いの女”の生き方の結末が描かれている。


お前ならば、ちゃんと読める筈なのだ。』


ガラスが割れる音がした。

(君江さん・・・!)


『・・・どうする?』

「君江さんは・・・アタシとの約束を破った事は一度だってないわ。」


アタシは、とりあえず阪野から離れる為、車を発進させた。

水島の家にすぐいける距離まで来ると、一旦車を停車させ、君江さんから預かった本を開いた。


足りないだろう情報は、バッグの本から補った。



穴だらけだった物語のピースを持っている分全てを埋め込み、アタシは一つの予想を組み上げた。

それは認めたくは無い、最低のものだが、恐らく・・・それは、近い未来で起こるだろう。


二つに分かれてしまった本を繋ぎ合わせ、もう一度読む。



(・・・ん・・・ここの文字・・・。)




文章、挿絵、白いページまで目を凝らして読み・・・そして。




「・・・・・・・・・・・。」




本を閉じたアタシは、無言で破れた本に突っ伏した。



本をやっとちゃんと読めた。




もしも、アタシの予想が合っているとしたら、現時点、アタシがやろうとしている事は後手に回っている、という事だけは解った。




『・・・わかったか?我々は、既に立派でおぞましい愛(罠)の中だ。』




アタシは顔を上げた。

女の言う、愛という名の罠という言葉はもっともすぎて、笑えてくる。


ホンットに、くだらない。


不思議と気分は、いつも通りの平静を取り戻していた。

コンパクトを出し、頬にファンデーションを軽くはたき、少し崩れた化粧を直す。


コンパクトを閉じ、アタシは後部座席にいる白い着物の女に話しかけた。




「・・・ええ・・・アタシがやるべき事がなんとなくだけど見えてきたわ。とりあえず、水島に・・・いえ、”水島を回収してくる”わ。」



全くもってくだらないけれど、他人の好き勝手に自分達を操り、利用された事に関しては、平手打ち百回でも足りないくらい、腹が煮え繰り返る思いだ。



『うむ・・・わかっているとは思うが・・・お前の予想通り、水島は、もうそろそろダメだろう。

だが、それで確実にお前は助かるんだが、いいのか?水島を助ける道を選んで。』



「それが、そもそもの祟り神の狙いなんでしょ?そうはさせないっての。・・・ブスは、死んでもブスなのね。」


『ああ、全くだ。あそこまでいくと、哀れとも思えんよ。だが、私の力の使い道の一つだ、呼び出す時は盛大に頼む。・・・まぁ、もうしばらく・・・宜しくな?』



女はフッと軽く笑った。




「ええ、願い事は・・・後でお願いするわ。」



アタシは、アクセルを踏み込むと同時に女は消えた。



アタシが予想している、これから起こる最低な展開。


巫女である水島を・・・女難に属する女達が追い込む。肉体的よりも精神的な方へ。

あの女達は、水島を助けようとしたのだろうが、皮肉な事に・・・それらは逆効果となる。


他人の捻じ曲がった縁を元に戻そうとしているだけなのに、抵抗され、否定される。

助ける所か、水島はどんどん追い詰められる。


現に、アイツは今日何度もブチキレている。

あんな精神状態から落ち着くには、アイツを丸3日は一人にしないと難しいだろう。


しかし、水島の部屋の隣には、女難の一人が住んでいた筈だ。

アレが黙っているとは思えないし、ヤツが利用しない手は無いだろう。



水島が、人間なんかやめたい、と思ったが最期。

アイツの魂は、祟り神に持っていかれる。





間に合えば、万々歳。


だけど・・・多分・・・もう・・・。



だとしても・・・!


(・・・いや・・・”諦めてたまるか”・・・!)



あくまでも冷静に車を走らせた。

姿は見えないが、アタシの後ろには”化け物”がいる。

祟り神のババアが直接アタシを妨害しないのは、この”化け物”のせいだろう。


祟り神の妨害が無いとはいえ、女難の妨害はあり得る。

さっきから女難対策用の携帯電話が鳴りっぱなしだ。(無視しているけれど)


ふと、前方に人影が見えた。

道の真ん中に立っている。

ただの歩行者かと思ったが、歩行者は歩く事無く、道の真ん中に立っているだけだった。


どこの阿呆かと、アタシは車線を変更しようとしたが、ソイツは真っ直ぐアタシの車を見ながら、車の進行方向の前に再び立った。


その顔に見覚えが・・・


「・・・えーと・・・。」


「止まりなさい!!もう一人の巫女!私の水島さんは、私の手で神にするのよッ!!」



「あ、そっか、ストーカーの・・・


いや・・・
えぇっとー。誰だったかしらー。危なーい。(棒読み)



目の前の女の事を思い出すのに夢中で、アタシは・・・つい!うっかり!!ちょっとした!!!・・・不注意で!!!!


・・・車のブレーキを踏み忘れた。



「うわおっ!?こ、殺す気かーッ!?」



黒いライダースーツの女はギリギリで車をかわし、道路を転がると素早く立ち上がって叫んだ。


(・・・チッ。避けたか・・・。)


アタシは一時停車し、車から降りて、ドアに寄りかかってストーカー女に笑いかけた。


「あァら、研究熱心な”山陰さん”じゃないの。それとも、本名の”影山さん”で良いのかしら?

そのまま天に召されたら、いとしの水島さんの生贄になれるんじゃない?もう一回バックして、轢いてあげましょうか?」


アタシの言葉に、影山素都子はライダースーツのジッパーを少し下げながら険しい表情になり、アタシを睨んだ。


「遠慮するわッ!・・・その分じゃ、私の資料を見てしまったようね!理解できる人がいる事に、少し驚きと喜びと興奮を覚えるわ。」


「興奮しないで気持ち悪い。アンタは、阪野達とは違って・・・水島を救うんじゃなくて・・・殺す気よね?」


「・・・・・・。」


誤魔化す事もせずに、影山はアタシを黙って見つめた。



「図星ね。全く、人の女難を上手く操って追い詰めて・・・舐めた真似をしてくれたわね。」


アタシの言葉に影山は両手を軽く振って、否定した。


「いいえ、そこは誤解よ。確かに、阪野詩織に現状を伝えてあげたわ。そして、教えて欲しいというから、ちょっとした対処法を伝授して、彼女がしたいって言った事を少〜し手伝っただけよ。

それがちょっとしたハプニングで失敗しようと、それは阪野詩織の責任ってものだわ。」


ちょっとした、ね・・・よく言うわ、とアタシはそう思った。

阪野すら、このストーカー女は自分の目的の為に利用したのだ。


「・・・花崎翔子を殴って負傷させ本を奪い、門倉優衣子をそそのかしたのもアンタね?」


「門倉優衣子もやはり失敗したようね。いえ、必ず失敗すると思ったわ。

”ただの人のままの水島さんで良い”だなんて、あの女たちの勝手な言い分だわ。


彼女はね、普通の人間じゃないの。神になるべき、選ばれた女性なのよッ!!」




・・・ああ、痛々しい。


水島も本当に嫌な女に巡り会ったもんだわ。

この時ばかりは、さすがのアタシも水島に同情した。


影山は悠々と持論を展開させ始めた。



「水島さんは、神の力を手に入れるの。神は死にはしない。

彼女は、この地で永遠に生き続け、人々に恵みを与える高貴な存在になるのよ!

彼女には、神になれる資格があるのだから!他の人には無いモノを持っているのッ!特別な人!


ただの人間にしておくなんて、もったいないわ!彼女こそ、神に相応しいのッ!

そして、私はそのための方法を誰よりも熟知しているッ!


彼女を神にすれば、もう何も恐れる事などないわッ!ダークネクロマ星人の侵略も!腐りきった国家の陰謀も!何もかも!


今こそ・・・私の研究が、論文が・・・私の彼女への愛が、この宇宙に証明される時が来たのよッ!」





・・・・もう・・・・面倒臭い、この女。




「ハッキリ言って・・・くだらないし、気持ち悪いし、馬鹿みたい。」



溜息と共にアタシは、やっとその言葉を吐き出せた。

しかし、この場の空気もあの本もちゃんと読めない女は、興奮しながら反論した。


「さ、三段階でけなさないでよッ!その三本柱は、ホントに傷つくのよッ!?

貴女にはわからないわよ!人が神になれる、その素晴らしい進化を!机上の空論でしかなかった私の研究を叶えてくれる存在がいるのよッ!

なんて・・・なんて、愛おしいの・・・愛する人が、私だけの神様になってくれるのよ!?」



「人を神にしたって、金を納めろだの、空を飛ぶ修行を強要されるだけで、クソの役にも立たないわよ。」


ダメだ、この女。

完全に頭がイカれてる。


だが、このまま放っておけば、また邪魔をしに来る。


「アンタ、縁の紐は見える?」


アタシは、話をがらりと変えた。

怪訝な顔をしながらも、ストーカーは答えた。


「・・・いいえ。私は巫女に選ばれていないもの。

巫女には人には見えないモノが見え始めるというけれど・・・ああ、そうか。貴女も一応、巫女だったわね。

だけど、貴女は神に相応しくないわ。」


「元からなるつもりは無いわ。

ねえ、知ってる?この本、ただの人間には見えない文章があるのは知っていた?知らないわよね?

巫女っていうの?まあ、そういう位置にいる、アタシや水島みたいな人間にしか読めないページがあるのよ。」


「・・・なんですって?」


自分の研究に絶対の自信を持っている女は、自分の知らない情報を素人に言われたのが気に入らないようだった。

すぐに反応し、アタシを睨みつけた。



アタシは茶色く変色した、何も書かれていないページを影山に見せた。



「この、へったくそな挿絵の黒い部分、やけに手抜きな白いページ。


アンタみたいな下卑た思考の人間が、神になるべき巫女とやらをを悪用しないように、巫女用にも注意書きが書かれていたのよ。


この本には”巫女にしか読めないページ”が存在するの。


アンタには、これが読めないだろうから、確かめようがないだろうけど・・・アタシには見えるわ。」



化け物は言った。



『その本を読め。昔話が残されるのは、娯楽の他に教訓の役割があるのだ。

先人の賢さや馬鹿をやるとこうなる、といった具合だ。
 
その本にも”二人の人嫌いの女”の生き方の結末が描かれている。


お前ならば、ちゃんと読める筈なのだ。』



アタシならば ”ちゃんと読める” とアイツは言った。

その通りだった。


アタシが、あの本を読んでも脈絡の無い文章だと思ったのは、要所要所に物語と関係の無い話が入っているからだった。


水島には、本の物語の大体の内容しか伝えなかったが、それらは全く重要ではなかった。


アタシ達にとって、最も大切だったのは、本に書かれていた誰にでも読める物語の内容ではなく、その合間に描かれていた挿絵や白紙のページだったのだ。



いくら研究者でも見えない上に読めなければ、どうにも出来ない。



「・・・な、なるほど・・・それは、そのままにしておけないわね・・・!」


影山が、不敵な笑みを浮かべて近付いてくる。



「・・・ああ、近付いたら”切る”わよ?」


アタシは、くいっと人差し指を曲げて見せた。


「ふふっ・・・何?私を切りつけようというの?私は、国家権力・警察から二度逃げ出した女よ?

果物ナイフかしら?それとも日本刀?例え、エクスカリバーでも、私は避けきってみせるわ!!」


多分、それは本当だろう。

真正面から立ち向かっても勝てそうな相手ではないし、第一触りたくない。


アタシは、語気を強めて言った。


「誰が、アンタを身を切るって言ったのよ?アタシは、アンタと水島の縁を切るって言ってんのよ。」


「うふふ・・・え・・・縁!?い、いやいやいや、うふふふ!まーたまたァそんな事言ってぇ!」



影山は、クネクネと身体を曲げながら半信半疑と言った顔で笑って、おどけてみせた。



「・・・出来ない、と思ってるの?ていうか、気持ち悪いからクネクネしないでくれる?


今日一日分の縁の力を使い果たすだろうけど、アタシには切れる自信と力が十分にあるわ。


水島は以前、ブチ切れて烏丸忍との縁を切った。・・・アイツに出来て、このアタシに出来ない筈は無いわ。」


「・・・・・・・・!」


影山の顔色が変わった。


「現に、今、アタシはすごく・・・機嫌が悪いの。いつ、爆発してもおかしくないくらいね。・・・試してみる?」




アタシの挑発の言葉に、影山はピタリと足を止めた。

が、やがてニヤリと笑って、こう言った。




「ふふふ、貴女には絶〜〜〜〜対に、切れないわ!!


私と水島さんの絆は、貴女の気まぐれで飼い始めた小娘との絆よりもずっとずっとず〜〜〜〜っと!強くて固いんだもの!!」







「・・・あ゛?」









 何で そこで 蒼が 出てくる ワケ?












その言葉が頭に浮かんだ瞬間。



「今日の日本は、
ロリコンには厳しいわよ〜おーっほっほっほ☆」






ロリコン?





ロリコン・・・アタシが?












「そうよ、貴女は ロ リ コ ン ★」








ビシッと人差し指でアタシを指差し、影山は大きな声でそう言った。






 「・・・・・・・・・・」




そして、アタシの中の何かが切れた。



影山の言葉とアタシの声に反応して、後ろから白い着物の化け物の呆れ声が聞こえた。




『あ〜あァ。NGワード出しちゃったなァ。アーウートー。』




化け物らしく、人間同士のやり取りを愉しんでいるのだろう。間延びした声で、からかった。





アタシは溜息をついて、右手に力を入れた。




「一つ、言っておくけどね・・・」




(お前のような身勝手なヤツがいるから・・・。)



赤い紐を手で掴む。



「アンタの程度の低い薄汚い恋愛と・・・」



紐を少し捻る。



(アタシ達は、いつだって、しなくてもいい苦労と心労をこの身に受けてきたんだ・・・。)



手にしっかりと巻きつける。



「アタシの単なる人間関係を・・・」



更に左手で紐を掴む。





(思い知れ・・・。)






「勝手に 一緒に並べて比較してんじゃないわよッ!!!」






腹の底から声が出て、右手で思い切り引っ張ると同時に影山はアタシに向かって来た。




「黙りなさい!邪魔者!!水島さんの全てを、私は彼女よりも彼女を知っているのよーッ!!」




「ただ他人の周りをつけ回しただけで、全部解った気になってんじゃないわよ!このストーカー屑女ァッ!!」



アタシは怒りに任せて、両手で力の限りに一気に引いた。




「あと、アタシはロリコンじゃなあああああああいいい!!」





”ギリギリギリ…――――――ブチッ!”



紐が軋んだ音を出したかと思うと、弾け飛ぶような音を立てて、紐は切れた。




「・・・あ・・・?」




影山の手がアタシの腕を掴みかけ、その寸前で止まる。


忍曰く、紐を切られた瞬間、頭の中が真っ白になるのだそうだ。



今、どうして自分がここにいるのかすらも認識出来ない程の軽い記憶障害を起こした感覚に陥り、徐々に大切な記憶が消えていくらしい。



「・・・ほぅら・・・どうしたのよ?ストーキングしてた女との固い絆が他人に今、切られたわよ!?」



アタシは、すかさず時が止まったままの影山の頬を思い切り引っ叩いた。



「あぅッ!?」



地面にべたっと転がる影山を見下ろし、アタシは言った。




「・・・邪魔しなければ、もう少しだけ、ただの思い出として記憶を残してあげても良かったのにね?ご愁傷様。」



どうしても、この女は一発殴っておきたかった。

余計な手間をかけさせ、アタシへ暴言を放った報いだ。


影山は道路の真ん中で両膝をついたまま、動かなかった。

必死に状況や記憶を整理しようとして、追いつかないまま、動かなかった。




アタシはドアを閉めて、車を発進させた。


そのまま、真っ直ぐ水島の部屋に向かった。




水島の住むアパートに着き、水島の部屋の近くまで来ると、隣の部屋から悲鳴に似た声が複数聞こえた。



「・・・え?みーちゃん?どうし・・・嘘・・・息、してな・・・!」


「ッどいて!・・・水島さん?水島さん!?」


忍の声だ。

水島は、水島の隣の女の部屋にいるようだ。



ああ、嫌な予感が、する。




「・・・息は・・・いや、微かにしてるけれど、こんなに弱いなんて・・・・・・脈は?・・・嘘・・・こんなのって・・・!?」

「ちょっと!どうなってんの!?ねえ!?水島は・・・!」



ドアの前に立って、入って中を確かめようか迷うアタシの視界に、あの祟り神のババアが廊下の奥で笑っているのが見えた。

ニヤニヤと気味の悪い笑みだった。



(持っていかれたか・・・。)



アタシは、水島が人間をやめたのだ、と悟った。


祟り神のババアはアタシの顔を見て、手を振りながら消えて行った。



「ねえ、化け物。」

アタシは後ろにいるだろう、白い着物の化け物に問いかけた。


『なんだ?』


「魂を持っていかれても、今なら、完全に終わった訳じゃないのよね?」

『昔は終わりだったろうが、今は肉体だけを生かす術がある。それでとりあえず、時間は稼げるな。』



「・・・ああ、そう。」


アタシは玄関を開けた。


家主は無用心らしく、玄関のドアに鍵は掛かっていなかった。

玄関の靴は散乱し、靴箱の上にも領収書の類が無造作に置かれていて、ごちゃごちゃしていた。


短い廊下の向こう側にはドアがあり、うっすら開いている。



「・・・・・・死にかけてる・・・。」

「そんな・・・救急車ッ!」



黙って部屋の中に入ると女難共が、水島の抜け殻に群がっていた。

それは、子供が吐き捨てた飴玉に群がる蟻のようだった。


抜け殻は虚空を見たまま、だらりと力なく床に転がっていた。

その傍には、抜け殻の本体がぼうっと立っていた。


その光景にも、あまりゾッとはしなかった。



アタシは、どこかで聞いたような言葉をふと思い浮かべた。



『夢であってほしいと思う出来事が起こった時、大抵、それは現実だ。


悪夢だ、と頭を抱えて嘆いても夢じゃないから、場面が切り替わる事はないし、目が覚める事はないし、解決はしない。

ただ、こう考えて見たらどうだ?

夢なら、成功しても失敗しても泡となって消えるが、現実ならばいかなる結果も残るし、結果が出る前に状況を変える事ができる。


・・・前向きだろ?


いや、実際、前でも後ろでも進めりゃいいんだ。単に、結果が違うだけさ。』





夢であって欲しいが・・・目の前のコレは、現実であり、結果だ。

今、やるべきは・・・前進する事。



「・・・ああ、遅かったようね。」


解りきってはいたが、やはり口からは、そんな言葉が出る。



「りり!?」



アタシは上を向いて瞼をきつく閉じて、深い溜息をついた。

わかりきっていても、見たくは無かった。


アタシの目の前で、何度も斜め上を越えて行った人間が。

馬鹿でも阿呆でも、この馬鹿正直な女だけは、たった一つ自分の意志を貫ききるヤツだと思っていた。


しかし、目の前にあるのは、人間である事をやめて、自分の生きたい道を諦めた女の成れの果て。



そして、その女の道を塞いだ蟻共がこちらをポカンと見ていた。

どいつもこいつも、目に涙を溜めて、抜け殻の服を必死に掴んでいる。


「・・・あー・・・下らない事だけど、一応言い訳は聞くわ。アンタら、何言ったの?・・・コイツに、何を言ったの?」


アタシはとりあえず、蟻達に質問をした。

マトモな返答など期待していなかったが。


「・・・あ・・・う・・・!」


キャバクラにでもいそうな女は、ただうろたえるばかりで、マトモな返答はやはり返って来なかった。


「・・・あー・・・もう、いいわ。わかった。」


アタシは早々に水島の肉体の回収に取り掛かる。

傍に立っている本体が、さっきから気楽にヘラヘラ笑っているのが癇に障るのだ。


「・・・諦めないってどの口が言ったのよ・・・ったく・・・。」


このまま自宅に運ぼうとアタシは、水島の腕を掴んだ。


「りり・・・何が起きているのか知らないけれど、とにかく緊急事態なのよ。

病院に運ばないと、脳に酸素が・・・今、処置するから運ぶの手伝って・・・」


忍は、もっともらしい事を言うが信用出来ない。


阪野の事がある。


好意があるからといって、自分の味方になるのかと言えばソレは違うし、全く害が無いわけじゃない。

好きだから、と言えばどんな行為も映画みたいに美しく見えて、許される訳じゃない。


それに関しては、ストーカーが良い例だ。

望まれないモノをいくら積み上げられても邪魔なだけ。



邪魔な上に、自分を否定され、他人好みに作り変えられる。

それが普通だ、礼儀だ、一般常識だ、と価値観を押し付ける。


これほど、迷惑な事があるか。


呪いの効果は、アタシ達だけじゃない他の人間にさえ、目に見えない速さと効力で確実に広がっている。

いや、女達のした事が大体呪いの効果なのかも怪しいものだ。


こいつらの底意地の悪さが、今更、最悪の形で出ているだけなのかもしれない。



とにかく、もうここにいる人間は信用できない。




いつものアタシなら、他人よりも自分を優先する人間を尊重するし、理解も出来るだろう。


だが、口から出る愛のような言葉にガムみたいにひっついた、水島を助けたいという言葉は信用できない。



コイツらが助けたいのは、水島ではなく、”自分”だからだ。



助けがここにないから、水島が人間をやめたいと思い、こうなったのだ。




『また門倉さんみたいな人、増やしたくないんです。私・・・きっと、できることはあっても、何もしてあげられませんから・・・。』




ああ、そうね。


今の今まで、何も・・・出来なかったわね。


アンタも・・・アタシも。



でも、もう違う。



 ”パシッ”


「いたっ!?りり!?」



忍の手を叩き落し、アタシは睨んだ。


「・・・あのね、それ以上味方のフリして、コイツに触らないでくれる?

もう、十分よ。コイツに何を言ったのかは、大体想像つくし。

水島にこれ以上、他の女を近づけさせないでって言ったわよね?」


「そ、そうは言っても、彼女達だって水島さんの事を・・・!」

「想っていりゃ、コイツはなんでも受け入れなきゃいけない訳?だから、あんたらの愛は押し付けがましいって言ってんのよ。

必要か不必要かは本人の自由でしょうが。他人が本人の意思にまで、口出してんじゃないわよ、何様なのよ。

・・・まったく、一体何が理解したかったんだか。ホント、恋愛に染まった馬鹿共の言葉には、反吐が出るわ。」


「りり!?こんな時に何を言ってんのよ!?まだ、彼女は生きてるのよ!?処置をさせて!」


忍は、本当に善人ぶるが上手い。・・・つくづくそう思う。


じゃあ、何故こうなる前に、水島をこの場から逃がさなかったのか。

何故、こうなる前に守ってやらなかったのか。

好きならば、何故やれるだけの事をやって、水島を守ろうとしなかったのか。


答えは簡単だ。


他の馬鹿と一緒になって、自分の恋愛感情とやらを優先して、水島を追い詰めたからだ。


いや、そもそも、ただの足枷風情が”助けたい”と言っている時点で、話がおかしいのかもしれない。


それでも、アタシは事情を知っている忍ならば、と『水島にこれ以上、他の女を近づけさせないで』と言ったのに。

その結果がコレだ。馬鹿馬鹿しくてやってられるか。



アタシは、女達にハッキリと突きつけた。



「いいえ。下手な処置は必要ないわ。”人間”のコイツは、もう死んでるの。つーか、アンタらがトドメ刺したっていうの?

いいから、もう引っ掻き回さないでくれる?はい、どいて。」


アタシはサッサと水島の腕を肩にかけ、運び出そうと立ち上がった。

途端に女共は混乱したような声を上げた。



「え!?」

「な!?・・・死ん、で・・・る?」

「どういう事!?」




「だから〜・・・見てわかんないの?コイツ、アンタらに自分の心の拠り所をズバリ否定されたから”諦めた”のよ。


アンタらと一緒に生きる事、その他もろもろ、何もかも。


アタシ、言ったわよね?これは、馬鹿馬鹿しいけれど、命にかかわる呪いだって。」


まあ普通は、こんなアホな内容の呪いで死ぬとは思わないだろう。


だが、目の前の抜け殻を見ていい加減、自分達のした事に気が付いて欲しいものだ。


人嫌いだなんて開き直っても、一般的には少数の考え方である事は知っている。

多数派が”間違っている”と責め立てても不思議ではない。

ただ、その価値観を押し付けられたら、こちらとて黙っていられないだけだ。




「「「・・・え・・・?」」」


え?だって・・・?


何を今更、驚いているのか。



・・・自分が正しい、と思ったからやったんでしょ?



アイツが嫌がる事も想定済みだったけれど、アンタらは自分の正しさを通す道を選んだんでしょ?

それでアイツがどうなろうとも、アンタらは自分の思うとおりの道を進めるんだから良いじゃない。


アイツは、その正しさに屈したのよ。


自分が正しいと思った道が間違いだって思って、自分の道を曲げて、崖から落ちた。


それだけの話でしょ?

自分で自分の思う通りに進んで、水島が死んだとしても、その責任は呪いのせいにすればいいじゃない。


アンタらがやった事は、そういう事なんだから。



「正論なんだから、胸張ってて良いわよ。コイツが、正論に負けただけの話なんだから。

ま、安心なさい。コイツが”完全に死んだら”アンタらの頭の中から、コイツに関する記憶、罪の意識も徐々に消え失せるわ。

それまでの数日間は苦しむだけ苦しめばいいわ。人のあるべき正しい姿なんて曖昧な枠で、押し潰したコイツの死に苦しめばいいわ。」




アタシは、そう言って水島の抜け殻の顔を再度忍達に見せた。

浅い呼吸がわずかに聞こえるだけで、どこからどう見ても、死体だ。





「ホラ、よく見なさいよ。アンタらが、心底愛して殺した女の顔よ?」


水島の顔を見て、全員が表情を歪めた。




アタシは自分の目で見た事実をハッキリと言った。


”水島は、アンタらが殺した”と。




「そんな・・・」



忍はがっくりと膝をつき、それ以上アタシに何も聞かなかった。




また、どこかで聞いたような言葉が浮かんでくる。




『口を開けば開くほど、人間はろくな事しか喋らない。

やたら批判を口にするヤツは、ただ単純に物事を肯定するヤツの頭とは一味違うぞ、と粋がりたいヤツだ。肯定も批判も大した差など無い。

喋らなければ、言葉の使い方や話し方が洗練されず、何が言いたいのかも伝わらず、結局聞いてる方も喋っている方も何も見えない。



だから、行動するしかないんだ。


口先や言葉、文字など、所詮はその程度だと思え。


問題は、どう対処するか、だ。

1分後に、自分はどうしているか、だ。』



そうだ。

問題は、この後だ。



とにかく、もうここにいる必要はない。

アタシは、足枷共に終了の宣言をした。


「じゃ・・・皆さん、お疲れ様。GAME OVERよ。」



水島の女難でしかない自分に出来る事は、もう無い。

ゆっくり記憶が融解してなくなるのを待つだけ。


アタシは脱力した水島の抜け殻を抱えながら、玄関を開けた。

突っ立っている水島と少しだけ目が合った。

部屋の中で、その水島を認識できるのはアタシだけのようだ。

いつもの陰気臭い表情は無く、ただの腑抜けた顔でアタシを見ていた。



水島は、へラッと笑ってアタシに向かって手を振った。


(・・・この女、何を暢気に手なんか振ってるのよ・・・!)


人として死にかけているのに。

依然として最悪な状況に変わりは無いのに。

ちっとも解決なんかしていないのに。


解放されて楽になったのか、どこかしら楽しそうでもある。


ただ、そんな水島を見ていると、どうしても今日の水島を思い出して、比べてしまう。

アタシにとっての水島とは、いつも陰気臭い雰囲気を纏っていても、目の奥から強固な自分の意志を飛ばし、実行に移すような女だった。

限られた時間や限られた条件下でも、庶民なりのプライドを持って行動していた女の姿は、もう無かった。


 ※注 死ぬと生前の故人の姿が美化されてしまう、という不思議な現象。


アタシの認識できる水島は、片方死にかけてるし、片方は最早・・・水島に見えるだけの別物だ。


「・・・あーあ・・・重いったらありゃしない。これで、デブだったらますますもって救えないわね。」


誰も聞いてない独り言を呟き、水島の本体から目を逸らしてドアを開けた。

不思議とまだ身体だけは温かった。


(とりあえず、肉体だけは生かし続けないと・・・。)


「・・・あの、火鳥さん、どうするんです?」


脱力した人間を運びながら、考えをまとめている最中、のんびりと水島が話しかけてくる。


「うるさい。話しかけないで。」

「いや、だって・・・それ、もう・・・私じゃないし。」


そんな事は知っている。

むしろ、水島じゃないのは身体じゃなくて、喋っているお前の方だ。


「うるさい。」


車の後部座席に水島の身体を分ぶん投げ、ドアを閉める。

助手席には白い着物の女が『おかえり。』と暢気に言った。



後ろには、死体になりかけの女とその本体。

隣には、正体は解っているけど、化け物。




・・・なんなの。



この状況は、なんなの?




「・・・一体、なんだっていうのよッ!?全くもおおおっ!!!」




怒りながら、アクセルを踏み込む。




赤信号で止まり、携帯を確認すると君江さんから着信が来ていた。

イヤホンをつけて、君江さんに折り返し電話をかける。



「もしもし?無事?」

『・・・大丈夫です。』


深めの呼吸音の後、返答があった。

答えるまでに間があった。・・・これは、しばらく休まさせないと。


「阪野は?」

『眠っていただきました。なかなかの手練れでございました。まさか、3つ目のキミストまで使うことになろうとは・・・』


声の感じからして、かなり疲れているのだけはわかった。


「・・・キミストって、そんなにバリエーションあったの?ていうか、キミストって何だっけ?・・・いや、それはいいわ。ホントに大丈夫?」

『惜しい人材ですわ。ああいうのが、お嬢様のお世話役に向いてそうなんですが。』


阪野みたいな人間が傍にいるだなんて、考えただけでも居心地が悪い。


「やめて。・・・これから自宅に戻るわ。君江さんは、もう帰って大丈夫よ、後日病院も受診して。」

『はい・・・あの、お嬢様?』


本当に大丈夫ですか?と聞きたそうな”お嬢様”の響きにアタシはハンドルに両腕をもたらせ、答えた。


「後は、本当に大丈夫よ。・・・ありがとう、さっきは・・・。」


阪野に危うく絞め殺されそうな時、駆けつけてくれた事に対し、ちゃんとお礼していなかった。

君江さんは、そんな事は言われなくとも当然の事をしただけ、と答えた。



『私は、お嬢様の味方で居続けます。大奥様にもお約束致しましたので。』


約束なんて、アタシにとってはあっても無くても良かった事だ。

何年も前の約束を、忠実に守り続ける彼女のこういう所にアタシは信用をおいている。

彼女が、自分の女難にならなくて本当に良かった。


「ねえ、君江さん・・・おばあ様の事、だけど・・・」

『はい。』


「・・・アタシは・・・今のアタシは、何物にも染まっていない、おばあ様に誇れるような・・・人間になれているのかしら?」

『私なんかに、それを聞くなんて・・・どうしたのですか?』

「いや・・・単に、第3者からの意見を聞きたかっただけ。・・・アタシは、馬鹿に染まってる?」

『・・・お嬢様は、いつだってお嬢様のお色です。余計な色など、入っておりません。』


「・・・そう・・・。」


アタシは、ハンドルを握りなおし、前を向いた。


「アタシの問題に巻き込んで悪かったわ、帰り道は本当に気を付けて。」

『いえいえ、お嬢様の問題は私の問題でございますから。わかりました。そろそろお暇します。』


「あ。あと、忍ねーさんから何を言われても、絶対に何も喋らないで。今の所、アタシの敵だから。」

『・・・承知いたしました。』



電話を切って、アタシはすぐに知り合いの業者に電話をかけた。



「もしもし。火鳥です。いつもお世話になっております。それで、ですね・・・」



今の状態から建て直しつつ、対策をちゃんと練るまで、時間が無い。

大体、立て直そうにも、対策を立てようにも、水島がいなければ話にならないのだ。


車から降り、水島を運ぶ。

人間を運ぶのは重労働だが、仕方がない。


やっとの事で部屋に戻ると、音を聞きつけたのか、蒼がパタパタと玄関先に出てきた。




「おかえりなさ・・・!!」


蒼の目に飛び込んできたのは、アタシの肩と腕にだらりと垂れ下がる死体のような水島だった。


「どうしたの!?」


単に酔っ払ってるだけ、と誤魔化す手もあったが、後から業者が入って死体に近い水島をいじくり倒すのだから誤魔化しても無駄だろう。


「・・・死にかけてるのよ。」

「病院に連れて・・・いけないの?」


蒼は、察しだけは良かった。

アタシは頷きながら、水島を引き摺って部屋に運ぼうとした


「そういう事。部屋に行ってなさい。これから、アタシの知り合いの業者が来るから。」


蒼はアタシの話を聞きながら、水島の足を持ち、玄関の段差を越えさせた。


「あの、今朝話してた、祟り神の呪い・・・ってヤツなの?」

「・・・深く知らない方がいいわ。」


水島を見ながら、蒼は今にも泣きそうな顔をした。


「今朝、会った時・・・動いてたのに・・・。」

「そういうもんよ、生物(人間)なんて。それに・・・まだ、完全に死んでないわ。」

「うん・・・」


アタシは淡々と水島を運び、蒼は言葉を詰まらせながらも、ドアを開けた。


それから、何十分後・・・業者と医師がやって来た。

どいつも金さえ積めば何でもやるし、秘密も守ってくれる人間だ。


「どう?」


金持ち専門の医師は言った。


「・・・極めて珍しい例ですが、今は、ほぼ植物状態ですね。

自発呼吸が弱すぎるとはいえ、さっきまで一応してましたし、今も弱いですが、してるといえばしていますから、脳への影響は今は出てないでしょうが

この状態が続くと・・・完全に人間としては終わりです。臓器移植には使えるでしょうがね。」


臓器の類は、良い金になる。

喫煙者とはいえ、水島の肉体は20代だし需要はあるだろう。

どうします?という顔をして医師の男はアタシを見た。


「・・・そう。」

「もしも、安全に処理なさるなら、別料金になります。」


ここは曖昧な返事で濁しておこう。


「わかったわ、その時は連絡する。」


「珍しいですね、貴女が迷うとは。」

「いいえ、違うわ。単にクライアントの預かり物なのよ、この女。」


アタシがそう言いながら金を差し出すと、男はあーそうなんですか、と社交辞令の返事をして、茶封筒に入った金を受け取った。

業者と医師は頭を下げ、静かに帰って行った。


とりあえず、アタシはバッグから本を取り出し、椅子に座って読み始めた。

部屋には、水島のバイタルを示す計測器の音だけが響いていた。


控えめなノックの音の後に、蒼の声が聞こえた。


「・・・お姉ちゃん、入って良い?コーヒー淹れたんだけど。」

「いいわよ。」


ドアが開き、少し間があって、足音が近付いてきた。

ベッドの上の水島を見て、少し戸惑ったのだろう。


「あまり見ない方がいいわよ。」


アタシはそう言って、ページをめくった。

本を読み込んでいる筈なのだが、あまり頭に入ってこない。

どこまで読んだかを忘れて、また同じページをめくる。


「・・・どうしたの?」


蒼にそう聞かれて、アタシは顔を上げた。

アタシの顔を見て、蒼は少し瞬きをした。


「・・・おやすみ。ここ、置いとくね。お砂糖いっぱい入れたから。」


蒼は少しだけ笑ってみせて、コーヒーをローテーブルの上に置いて、静かに出て行った。

湯気が立つコーヒーを眺めた後、アタシは古文書に再び目を向けた。




「火鳥さん・・・もう、そんな頑張らなくても良さそうですよ。私、今、凄く楽です。」


水島らしき何かが話しかけてきた。アタシの邪魔でもしようというのか。

アタシは無視を決め込み、本を読み続けた。

先程ストーカー女と水島との縁を切った時に、縁の力を使い切ってしまったせいなのか、文字がさっきより読みにくい。

集中したいのに、文字が霞んで読み難いったらない。



 『・・・い、いや!そうじゃなくて!儀式なんかしなくても、私達が力を合わせたら、生き延びる方法が・・・きっと・・・!』


アタシに向かって、オドオドしながら必死に提案をする水島の姿と声が、頭に浮かんでは消える。



「始めは抵抗あったんですけど、こうしてみると楽ですよ。

それに、コレ。この衣装、白くて浴衣っぽいけれど・・・楽だし、なんかヒラヒラしてて、神様って感じしますよね。

現実世界でこんな格好してると、絶対指差されて笑われて、ツイッターに写真つきで馬鹿にされるんでしょうけど。」


水島らしき陽気な阿呆は、ベラベラ喋り始めた。



 『アンタが、どれだけ金持ってるのか、仕事出来るんだか、頭良いんだか・・・アンタの事をよくは知らないけどな!

 アンタは、人を馬鹿にする事しか出来ないじゃないか!!』


アタシに威勢よく吠えた水島の姿と声が、頭に浮かんでは消える。



「ああ、そうそう。私、まだ下っ端ですから、すぐにでも人間達の縁を切ったり結んだりするお仕事を始めるんですって。

気が乗った時にやっていけばいいらしいし、楽な仕事ですよね。

で、たま〜に人間の縁を操作していくと、その影響で誰かがたま〜に死ぬんですって。」


低俗なラジオのワンコーナーよりも下らない内容を聞き流す。




 『勘違いするなッ!今のアンタは特別な人間なんかじゃないッ!

 今のアンタは馬鹿にもなりきれない、ただ人を馬鹿にするだけの!ただの人間だッ!!』


アタシがムカつく程、アタシを扱き下ろした水島の姿と声、視線が・・・頭に浮かんでは消える。



「その魂が、これからの私の食事になるらしいんです。美味しいそうですよ。

空腹感は多少感じる事はあるそうなんですが、飢餓感までは感じないそうです。


お腹すいても死なないんですから便利ですよね♪ ”祟り神”って。」




 『何度でも言ってやるわッ!私もアンタも、特別でもなんでもない!そこら辺を歩いてる、ただの人間と一緒だ!一緒ッ!!』



そう、少し前までは・・・人間だった。

特別でもなんでもない、そこら辺を歩いている、ただの人間だったのだ。

アタシも水島も。


だが、ただの水島は動いていない。



そして、あんまりにも嬉しそうな知り合いに似た声に、アタシは思わず口を開いた。





「・・・似合ってない。」




アタシが反応し返すと、あちらもまた喋り始める。


「あ、ひどいなぁ・・・やっと喋ってくれたと思ったら。慣れですよ、こういうのって。」


「似合ってない。その衣装も、その喋り方も、何もかも。」


「ある意味、生まれ変わったんですから、そりゃあ何もかも違いますよ。」


”生まれ変わった”?

”死にかけているだけ”のくせに?


あんなに諦めないって息巻いていたクセに、変わってしまった人間に同情し、女難に囲まれて自分の欠点を否定されて、簡単に凹んで自分のポリシーを曲げて、勝手に死んだ女。

どんな惨めな姿になっても、泥の上を這ってでも生き抜けるような女が、ベラベラと楽になっただの、自分は神様だのといらない情報を報告してくる。


それは、自慢のつもりか?

以前の自分はクソに等しい存在で、生まれ変わった今の自分を認めてもらいたい、そう言いたいのか?


持っていた誇りを捨てて手に入れたのは、より下劣なものなのに?


アタシは本を閉じると、水島に似ている化け物を睨んで言った。


「・・・アンタの今の状態ってね。

致命的な短所を教えてやったら、逆ギレして開き直って、暴走。

自棄を起こしたのか、テーマパークで伝説作ってやるって裸になって、乗り物乗って、馬鹿やらかして、怒られて。

周囲の人間に後ろ指さされて笑われても、これが”自分のスタイルです。みんなもっと注目してください。私は、もっと凄い事出来ますよ。楽しみでしょう?”

・・・って、胸張って自分の恥と汚物をネットの海に垂れ流す、どっかの馬鹿なクソガキと一緒よ。

褒めるべき所は、何も無い。自由と可能性の意味を履き違えた、ただの馬鹿よ。」


自分でも何を言ってるんだか、解らない。

とにかく、今、目の前にいる水島らしき女を扱き下ろしたくて仕方が無かった。



「ひどいなぁ・・・やっと喋ってくれたと思ったら、そんな悪口長々と・・・。」


口ではそう言うが、水島らしき化け物は安そうな浴衣をヒラヒラさせて、余裕綽々といった表情で落ち着いていた。



「アタシは、アンタと違って、諦めないから。」


アタシがそう言うと、水島は”あーはいはい。”と含み笑いをしながら答えた。


「いや、私もね、思ったんですよ。はじめは、諦めないぞって。うーん・・・でもね・・・もう、疲れちゃった・・・。」


年寄りが若者に”自分もそんな時期があった”と下らない人生経験を交えて、諭すような言い方だった、


「・・・・・・・。」



「人が人として生きていく限り、誰かが言ったとおり、必ず誰かとぶつかるんです。仕方が無いんです。

避けて通っても、避けきれない。人と関わらなければ、進まない。

人生は、茨の道ですよ。傷無しでは通れない。しかも長くて、つまんない。


他人に折角通ってきた自分の道に、あれやこれやと文句を言われ

それは普通じゃないと吐かれ、それでも信じて自分の道を進んでも、やっぱり誰かが間違いだと言って、私の道は変えられる。


・・・挙句、その道の最終ゴールが”死”ですよ? やってらんないですよ。人間なんか。」


「あ、そう。」



だから、諦めたの?

たった、それだけの事で?


そう思いつつも、アタシはそれは言わずに、短く答えた。



「火鳥さん、いつまで私の抜け殻、保存しておくんですか?

私が完全に死なないと、私、祟り神として活動できないんですけど。」


「そんなの、アタシの知った事じゃないわ。」


勝手に人間やめたくせして、その後始末すら考えていない阿呆に誰が協力するか。


「私が困るんですよ。私、水島は、今日から祟り神です。

あ、そうだ。なんなら、火鳥さんの呪い、私が解きましょうか?今までのお礼に・・・」


「黙って。」


アタシが望むのは、完全勝利だ。

アタシの人生の時間を台無しにし、アタシをコケにした祟り神を完膚なきまでぶっ潰す。


その為には・・・。



「・・・何、怒ってるんですか?」


聞くな。聞いてくれるな。

怒りたくもなるだろう。


「アタシにとっての水島って”人間”は、ベッドでアホ面晒して寝てるコイツだけよ。

目の前のアンタなんか、アタシの知ってる水島じゃないわ。」


アタシは、バッグから石を取り出した。



「ちょっと、それは・・・」



”ゴンッ!”



「いてっ!?」



諏訪湖の石を思い切りぶつけると、水島は部屋の外まで飛ばされていった。




「前のアンタも嫌いだったけど、今のアンタはもっと嫌い。・・・今すぐ、消えて。」



このまま、アイツと話していたら、アタシは生命維持装置の電源を切りたい衝動に駆られてしまう。








(無様だわ・・・ッ!)



壁を殴りたい衝動が湧いても、拳に力が入らない。



無様かつ無力。



そんな自分に腹が立つ。




『・・・ただ”今のままでいたい”の!

それなのに、記憶がみんなリセットさせるのは・・・嫌なのよ!



水島さんと出会う前の自分に戻るのが怖いのよ!貴女だって、そうでしょ!?』




忍の言葉に、水島と出会う前の自分を思い浮かべる。


無知で無力で、奇跡と友情を信じ、恥知らずだった、あの頃の自分。




アタシは・・・”結局、何も出来ない自分”に戻るのだけは、嫌だった。



その為に、なんでも出来る大人になりたかったのに。


全能じゃなくていい。

万能じゃなくてもいい。



アタシは、アタシが失いたくないものを守れる大人になりたかったのに。

守る為の一歩を踏み出せる大人になりたかったのに。


水島は、簡単に一歩も二歩も踏み出せたのに。




アタシが踏み出した先には、道も、守るべき人も・・・いなかった。







「・・・水島・・・。」



ベッドの上の抜け殻の頬を触る。

少しだけ、温かい。


(・・・諦めない、か・・・。)



諦めない事を美徳と考える人間がいるが、そうとも限らない。

区切りをつけ、別の道を歩む。それもあるだろう。


要は言い方、表現の問題だ。


諦めないか諦めるの二択だから、後者を選ぶヤツは敗者のような気分になるだけ。

区切りをつける、と言えば聞こえはいい。

諦めないって言葉も、アタシから言わせると惨めったらしくしがみついている感じがして、嫌な印象を受ける。


だが所詮、それらは言葉だ。結果は、どうあがこうと見る人間によって違う。



本人さえ良ければ、後は馬鹿が何を語ろうが勝手なのだ。



人生には限りがある。

諦めずに全ての時間を注ごうとも、区切りをつけ、サッサと違う道を選ぶのも何も間違ってはいない。



水島も人である事に区切りをつけ、別の道に進んだだけ。

どこにどう歩もうとも、本来は水島の自由だ。



だが・・・アタシはそれを認めない。



考えるだけ考えて行動する水島が、複数の馬鹿に囲まれ、一時の感情で選んだ道など

到底、あの女に似つかわしくないに決まっている。



神?なにが、神だ。貧乏神みたいな顔しやがって。

アタシがアンタの女難に今日何度殺されかかったと思っているんだ。





 大体ね・・・。





 ねえ、水島・・・アンタ、本当はこんな結末を望んでいたわけじゃなかったんでしょ?







 アンタなら、きっと・・・もっと・・・なんとか・・・やり切れた筈よ。





 アタシは、アンタのそういう所が・・・







アタシは、程よく冷めたコーヒーをぐいっと一気に飲んだ。




・・・涙が、出た。




「哀れね・・・前のアンタは、あんなに馬鹿じゃなかった・・・。」






奥歯を噛み締めて、アタシは呟いた。







「・・・・・・・・あと、蒼・・・コレ・・・砂糖じゃなくて・・・
・・・!」





涙が出るほどマズイ・・・!




クソマズイコーヒーの後味を口の中に残しながら、アタシはいつしか無様に眠ってしまった。


疲れがピークに達していたのだ。

重だるい身体は床に吸い込まれるように横になり、瞼は重く意識が遠くなっていった。








『誰に何を言われても、限りある機会を逃さず、粘り強く待ち続け、動くべき時に動く事。


たった一回の勝利でいい。

負け犬、ダメ犬の烙印を押されても。』




アタシに出来ない馬鹿をやれるのが、水島ならば。


水島に出来ない事が出来るのが・・・アタシ。






そうだ。アタシは、ただ、もう一度だけ・・・。






『よう、お疲れさん。』




ハッキリとした声が聞こえて、アタシは目を開けた。



(また夢か・・・。)



周囲は霧で真っ白で、白い着物を着た女が座っている岩しか見えない。

ここがどこなのかを隠すように真っ白い霧が、あたりを包んでいる。



『・・・ぐっすり眠っているようだ、たっぷり話せそうだ。』


白い着物の女は、さも愉快そうに笑っていた。




『お前達は、巫女に選ばれた。

元々、お前達二人は力が強い上に、その力を持て余すばかりか、使う事すらせず。

人間を嫌い、人間の世界から浮いていた。

異質の素質をもった存在・・・いうなれば・・・どっちつかずの中途半端な強い生き物だ。


だから、こうして人間ではないモノと話す事が出来る巫女となったのだ。』



「選ばれたくて、こうなったんじゃないわ・・・。」

アタシは、やっとそれだけ言った。



『お前達は祟り神を呼び寄せるような生活を送っていたのだろう?

ちゃんと人間の分相応な生活をしていたら、良かったものの。

集団の中での一人の人間であり続ける事より、”自分”という生き物としての生き方を無理矢理に通すから、そういう事になるのだ。

”私らしく”も度が過ぎれば、ただの我侭という訳だ。・・・まぁ、私は好きだがなぁ?・・・我侭。』




「そんなの、何が悪いっていうのよ・・・?」


『悪いとは言っておらん。だが、我を通す・・・そういう方向の強さは、実にあの祟り神の”好み”なのだ。

お前達は、アレにトコトン好かれてしまったのだ。仕方あるまい。私も人間だった頃、そうだったしな。』



「・・・・・・あァ・・・そうだったわね・・・。」



『人間の頃の名は忘れた。覚えていたとしても、もうどうでもいい事だと思っていた。

私はな、名前を呼ばれぬと生き物に直接的に干渉出来んのだ。

だから、神のように救いなど求められても、私は誰一人、金銭の類や恵みの雨の一粒も与えられない。ただの化け物だ。』



「今、立派にアタシに干渉してんじゃないの・・・。」

『それは、アレだ。お前が、もう人間じゃないから。』


「あ?」


『正確に言うと、お前は神になる資格を失っただけで、まだまだ、化け物になれる要素を持っている人間だ。

お前は、かろうじて人間の姿を保っているだけ。人間でもあり、こちら側の生き物でもあるのだ。

水島と大差は、ない。』



化け物だと言われた挙句、あんな水島と大差が無い、と言われ、アタシは鼻で笑った。


『アイツもお前も、人に愛されるが・・・自分自身を愛そうとしない。大嫌いだからな。

で、自分を甘やかしたりはするが、結局ソレは愛ではない。


他人に愛されても、それは自分が好きな自分、自分が認められる自分じゃないから、いくら他人から愛されようとお前等は愛されている気がしない。

自分が求めている愛じゃないから、いらないって思うんだ。


贅沢な悩みだというヤツもいるだろうが、お前等にしか抱えられない悩みとも言える。

苦しいのか、楽なのか、どのくらい辛いのかは、誰にもわからん。理解もされんだろう。


愛などいらなくても、縁を求める紐は、お前等に私を愛せとまとわりつく。


普通なら拒否した時点で縁の紐は消えるが、生憎、お前等は縁に対しての力が人より強い。

ひきつける力、留める力・・・何もかも、望んでやしないのに、だ。


だから、纏わりついた紐は簡単に解けない。

一旦愛されると、人からの愛を惹きつけ続けるんだ。


”構って。” ”受け入れろ。” ”もっと愛して。”


皆、自分勝手な感情をぶつけてくるが・・・


お前は拒否し続けた。

だが、水島は応える事はしないし、拒否もしない。受け流して、無視をした。


ここが、お前と水島との”大きな違い”だ。


お前は、お前なりに答えを示し、お前の傍にはお前が大事に思う人間がいる。その一部の人間さえ無事なら、他の人間がどうなろうと構わないと思っている。

一部の人間を守る為なら、お前はなんでもする。執着心がある。・・・素晴らしいことだ。


だが、水島は違う。

大事に思う人間は浅く広くいる上、他人に対し、お前ほど執着が無い挙句・・・答えを出す事からも逃げた。


 だから、水島の方には問題が起きた。


祟り神は、お前等の周りの人間関係を少しずつ狂わせる。

ほんの少しなのに、お前等人嫌いにとっては、縁の紐の締め付けがきつくてきつくて、耐えられたもんじゃない。

人をやめたくなるほど、お前等は他人に病的な程、愛される。望んでもいない愛程、重苦しく不要なものは無い。



・・・だがな、忘れるなよ。



お前達に呪いがかけられたのは、お前等がそうやって生きてきた”報い”なのだ。



縁切りって呪いはな・・・お前等の生きる世界と、お前等自身との縁を切る・・・それが”縁切り”の正体だ。


縁切りの呪いは、お前等を人の世から切り離す為の単なる罠だ。お前等を愛して病んでしまった馬鹿のな。』




「・・・アタシもいずれ水島のようになるの?」



『お前は、女難に対し、やるだけの悪事をやり、抵抗した。周囲に助けを乞い、何度も助けられた。


他人との縁を、お前はお前なりに守った。


そして・・・お前は、まだ自分の世界を、自分がこれから生きようとしているより良い未来を掴める、と信じている。


人間をやめようとは思わなければ、ああはならん。』




「・・・聞こえは良いけど・・・ソレ、恥ずかしいわね・・・。」





『まあ、良いじゃないか。・・・さて、話を戻そう。願い事は決まったか?』





「・・・ええ、決まったわ。」






『では、願い事を聞こうか?私の名を呼ぶのを忘れるなよ。』










アタシに出来ない馬鹿をやれるのが、水島ならば。


水島に出来ない事が出来るのが・・・アタシ。





たった一回の勝利でいい。

負け犬、ダメ犬の烙印を押されても。





アタシは、絶対に馬鹿には染まらない。






だから。





 アタシは、ただ、もう一度だけ・・・。











 アタシは アイツと 馬鹿が やりたい。











 アタシは、深く息を吸い込んだ。







 「イスカンダル。 アタシと取引をしなさい。」





願い事なんて柄じゃない。だから、アタシは化け物と契約を交わす事を提案した・・・。





 ― 火鳥さんも捜査中。 END ―




あとがき


火鳥編 やっと(修正)出来ました。

水島さんを思って泣いたのかと思えば、塩味のコーヒーのせいだったとか(コレ、別に書かなくてもいいエピソードだとは思うのですが)

色々詰め込みました。


門倉さんの変化、阪野さんが変になったり、スト子も脱獄したのに変になってたり。



主人公交代とも思える程の活躍ぶりですが・・・そんな事はありません。

縁切りの呪いの正体とは、人の世から切り離す為の嫌がらせ(女難)です。

だったら、別に女難じゃなくても良かったんじゃ・・・と思うでしょうが、女幸村の事件が深く関わっていたり・・・。


あと、ここが百合含有サイトだからですッ!!



あんまり長く書くと、前回どこまで書いたか忘れちゃうんですよね・・・だから、長々書くのは本当は嫌いです。