「…遅かったな。」

「…なんだ、アンタかいグリシーヌ…何をしてるんだ?人の部屋で。」

「私が、待っていてはマズイ事でもあるのか?ロベリア。」



(…酒、隠し金庫、盗品…その他諸々。)
「………別に、何も。」


「…なら良いではないか。」


「帰らないと、お宅のタレブー様が血相変えて、乗り込んでくるぞ。」


「…だから、その前に会っておきたかった。」


「…何かあったのか?」


「何か無いとダメなのか?」


「…そんなに寂しがり屋とは、思わなかったよ。」


「…さ、寂しがってなど、いない!」


「ま、何でもいいけどね。飲むか?」


「…遠慮する。」


「…食前酒なら飲むくせに?」


「…お前の酒は、強すぎる。先程やっと抜けた所だ。」


「………飲んだのか?」


「・・・・・・・・ゴホンっ・・・・すまん。」


「…やれやれ。」


「ロベリア。」


「ん?…お…どうした?抱きついてきて…」


「……ん……。」


「…………あぁ…ヤリたい?」


「ひょ、表現には気をつけろッ!無礼者ッ!」



(…じゃあ、結局は、当たってるんじゃないか…)

「…へいへい…。」







         [多分、その時の気分で]






アタシは、酒の栓を開けて、そのまま直で飲む。

飲んでから”あ、やっぱりちょっと減っているな”と思う。


飲んだのは、アタシじゃない。

グリシーヌだ。


…貴族サマが、光武にのって、バケモノ退治したり


泥棒の部屋で待ち伏せしたり、酒をタダ飲みしたり


その泥棒のベッドに、全裸で寝転がってるなんて


・・・世の中、どうなっているんだか、わからないもんだ。



「……ロベリア。」


甘ったるい声。

柄にもなく、というか、多分コイツは無意識なのだろう。


「あァ?」

「何故、お前は服を着たままなのだ?」


アタシは、黒いシャツにズボンを着用したまま。

一方、ヤツの服は…床に落ちてたり、椅子にかかったり、散乱している。


「…ホレ。」


アタシは”拾って欲しいのか”と思って、服をかき集めて、ヤツに渡す。

すると、ヤツは、渡された衣服を見つめて、眉をしかめた。


「……」


その不満顔全開は、嫌でも目に付くんだよ。

言いたい事があれば言えばいいんだ。


「何だ?」


甘ったるかった口調が、突然糸を張るように、ピンとなる。


「…服を取れという事ではない。

 何故、貴様は服を脱がないのだ、と聞いているのだ。」


グリシーヌのアタシの呼び名”お前”が”貴様”に代わると、『私、怒り始めましたわよ』というサインだ。


わかりやすいヤツめ。


「…あァ…特に意味無いけど?」


女同士の行為の場合。

両方が服を脱ぐ必要なんか、ハッキリ言って、ない。

どっちかが脱げば、行為は成立する。

だから、それを知っているアタシが、脱がないのはごく自然の事だ。


ま、あとの理由は、その他色々。


「…いつも、私だけ、だ…」

「アタシに、脱いで欲しいのか?」

「…そ、そういうわけじゃないが…」

「じゃあ、何だ?」


大体想像つくが…”私だけ裸なんて恥ずかしい”とかいうヤツか?


「…私だけ…など、ズルいだろう。」


・・・・・わかりやすいヤツ・・・。


「じゃあ、脱がせてみれば?」

「…何だと?」


そう言うと、グリシーヌはこっちを驚いて見つめ返す。

こういう時のコイツの顔は、笑える。


「それとも、一枚一枚踊りながら脱ごうか?」


アタシが掌をヒラヒラさせてそう言うと、グリシーヌは立ち上がった。


「…貴様…ふざけるのも大概にしろ…」


(…あ、ヤバ…斧出しそうだ。)

アタシは、身構えようとすると、意外な言葉が飛んできた。



「私は……私は、真剣なのだぞ!?」




「……は?」


アタシは、思わず、マヌケな返事をしてしまった。

グリシーヌは、全裸のままで怒ってる。

……どっちもマヌケだ。


「は?ではない!私はいつも、真剣に貴様と向き合っているのだ!」



「……だから、真剣に脱げと?」


「ち、違う!だから、ちゃんと答えろと言っている!!」


「ああ、なんだ、そういう事…脱ぎたくないから、脱がないだけさ」


アタシが脱がない理由なんて、そんなに聞きたいか?

別に、いいじゃないか。

脱いだら、色々、面倒なんだよ。




「……何を隠している?」


しばらく黙っていたグリシーヌが、静かに口を開いた。


「…何?」


「…貴様のその顔だ。貴様のその顔は…何かを隠す時の顔だ」


「フン…いつも通り、いい女だと思うけどぉ?」


「・・・あくまで、シラを切るか・・・。」


トボケても無駄だ、と言わんばかりに、貴族のお嬢様はこっちにズンズンやってくる


そして


「…脱げ。」

と一言。


「嫌だね。」

と、アタシも一言。



「脱げ。」「嫌。」


「脱げ。」「嫌。」


「脱げ。」「嫌。」



「脱げ。」「イ・ヤ・だ。」



「・・・・・・。」


そして、先に強硬手段に出たのは、貴族様の方。

アタシのシャツに無理矢理、手をかけた。


「…くっ!このっ!やめろ!」


そして、強引にシャツを捲り上げられる。


「……やはり…!」


やれやれ…見つかっちまった。


「・・・チッ・・・。」


「酷い…何故放っておいた?」


肩は、前々回の戦闘で痛めたもの。背中の痣は、前回の戦闘での打ち身だ。


「…別に…たいしたもんじゃない。」

「答えろ!何故放っておいた!?」

「離せって…」

「!…この爪痕は……」

「……。」


背中に刻まれているだろう”それ”は、昨夜とさっき付いた傷。


「…私の爪痕、だな?」


・・・だから、脱ぐのイヤだったのに。


「…私が…お前の背中に、傷を、つけたのだな?」


そうやって、アンタに落ち込まれると、こっちの気分まで台無しだ。


「…たいしたもんじゃない。気にすんじゃないよ。」


それに、よくある事さ。

だが、グリシーヌのヤツは納得いかなかったらしく。

あろうことか

「…エリカに、治してもらおう。」

とまで、言い出した。


「それは、ダメだ。というかイヤだ。」

「わがままを言うな!…傷が残ったら、どうする!?」

「すぐ治るだろ。それに…別に”これ”は残っていい。」


「…バカモノ!残っていい傷などあるか!!」


耳の奥まで響く、その怒鳴り声。

どうやら、コイツは、本気で怒っているらしい。


「アタシだって、アンタに傷をつけた。」


アタシは、グリシーヌの傷を指を差した。

鎖骨付近につけた、小さい赤い痣。


グリシーヌは、それを見て、少し赤くなって、声も小さくなった。


「…これは…お前の傷とは、違うであろう…」


…ま、それは解ってるんだがな。


「とにかく、いいんだよ。このままで。」


「何故だ?…私は…」


そう言って、ヤツはアタシの背中をさする。

赤ん坊にさわるみたいに、そっとやさしく、だ。


「…私には、理解できん…」


実は、めちゃくちゃ痛い。

ズキズキするし、多分どっか化膿してるトコもある。


「…アンタのくれた傷だから、さ。」


エリカに見せる?冗談じゃない。


「アンタがアタシを感じた時に、ついた傷だ。」


コイツのつけた傷だけ治さず、あとは治せなんて器用な真似、エリカに出来るわけがない。


「…な、何を…!」


グリシーヌの顔は、完全に赤くなっている。


「だから…治さないで良いんだ。」


が。


「り、理由にならん!こっちに来い!」


シャツをぶんどられて、アタシはズルズルと、ベッドに引き戻される。


「この部屋には、包帯というものが無いのか!全く…」


(……普通、無えだろ…包帯なんか。)


ブツブツ文句言いながら、グリシーヌが包帯を探す。

このまま部屋を引っ掻き回されるのはゴメンだ、と思ったアタシは、

「そっちの、赤くてでかいキャンディーの缶の中。」

と包帯の場所を教えてやった。


「…これか。…これは…消毒薬だな。うむ。」


一人で見つけて、一人で納得してるグリシーヌに背中を向けて、あたしは頬杖をついた。


(…やれや
”びしゃ。”


「ッ痛ててててっ!?!?」


「…動くな、ロベリア。」


突然、消毒薬ブッかけられて動かない方がどうかしている。


「ッいきなりやるなッ!いってえだろ!?」


アタシが振り返って怒鳴っても、グリシーヌのヤツは聞きやしない。


「だったら、余計な心配を掛けさせるな!」


逆にアタシを怒鳴り返すときたも

”びしゃ。”

「ッうがああああああああ!?」


…人の心のナレーションの途中でも、構わずブッかけるとは…コイツ…!


「…ふ…。」

「…今、笑ったな…?」


アタシがそう言って睨みつけるとグリシーヌは、即座に無表情になり、否定した。


「・・・いいや。それより動くな。」

”ベタっ”

「オイ、グリシー…ぬはァ!?」

また突然、薬付きのガーゼを張られて、アタシは言葉の途中で仰け反る。


「…ふ…」

「今、絶対、笑ったな…!?」

「いいや。動くな、ロベリア包帯が曲がる。」


”ぎゅ。”

「う、ぐぉ……ぉ…!」

「…だらしない声を出すな。ロベリア。」

「クソ…!」


こうして、アタシはしばらく、グリシーヌの良いオモチャになっていた。

包帯を巻き終わって、グリシーヌがホッと溜息をついた。

ホッとしたのは、こちらの方だ。

シャツを着ようと立ち上がろうとするアタシの後ろから、グリシーヌが呼び止めた。


「ロベリア。」

「あァ?」

「…すまない。」


アタシは、それに振り向かずに、単に聞き返す。


「…何が、だ?」

「これ、だ。」



そう言って、包帯の上から背中の傷をなぞる。


「別にいいさ。」


別に良いんだ。そんなつまんない事。

好きで隠していたんだし。


「…前から、お前の肌は、白くて…綺麗だと思っていた。」

「…そりゃ、どーも。」


褒めたって何も出やしないよ、と言おうと思ったら

背中にじんわりと、ヤツの体温を感じた。


「私は…出来れば、直に…触れたかったのだ。」


そう言って、ヤツは腕を回す。

…あったかいな、と思った。


「…だが、変な理由をつけて、傷は隠すな。今度はちゃんと、治してもらえ。」

「……へいへい。」

「それに…そんな傷なら、いつでもつけて、やる…。」


そのグリシーヌの言葉は、小さくて聞き取るのがやっとで…。

アタシは、理解するのに、数十秒掛かった。


「……それって、いつでもヤる気って事かい?」


ニヤッと笑って答えると、グリシーヌのヤツは真っ赤になって怒り出した。


「だから!表現には気を遣えと言っているだろう!!


 それから………服は、今度こそ脱げ。」


(まーだ、こだわってやんの…。)

アタシは、それにハイハイと、笑って答えた。


けど…どうしてやろうかねぇ…そうだなあ…まあ…従うか従わないか、決めるのは



…”多分、その時の気分で” だな。




・・・END



あとがき。

はい。甘いというか、消毒薬臭い話になりました(笑)


前半は、あえて2人の会話だけにしました。

て、手抜きじゃないです…ええ、ホント。


やっぱり、グリシーヌさんって神楽の中でムッツリさんなんですよね…。

エロ狼のロベリアさんと、意外とムッツリのグリシーヌさん。


…はい、受けも攻めもちょいエロ好きなんです。

神楽のサイトは、そんな要素で出来ています。