それは、神の気まぐれか、イタズラか。


小さな奇跡が起きた。



場所は、テアトル・シャノワールのキッチン。



「・・・おっ!ラッキー。」



その奇跡を始めに見つけたのは、ロベリアだった。

彼女は何の躊躇も無く、それを手にし、口に放り込んだ。


その現場にタイミングよく、コクリコが出くわした。



「…あっ!盗み食いなんてダメだよ!ロベリア!げんこーはん!」


コクリコの声にロベリアはうっかりクッキーを味わう事無く、そのまま飲み込んでしまった。


「げほっ!…いきなり、大声出すんじゃないよ!飲み込んじまったじゃないか。」



コクリコは、ロベリアの傍に駆け寄ると、小さな奇跡を発見した。



「あ、もしかして…シーのクッキー?新作かな?」

「そうじゃないの。もっとも…その新作も味わう前に、アタシは飲み込んじまったけどな。」


「じゃあ、ボクも食べよっと。」

「・・・おい。現行犯だぞ、チビ。」


「ロベリアのせいにするもん♪」

「・・・チッ。」


コクリコはクッキーを空中へ放り投げ、口を開けた。

クッキーは、綺麗に3回転して、彼女の口の中に収まった・・・その瞬間!



「そこで、何をしている!」


凜とした声がキッチンに響いた。声の主は、グリシーヌだった。



「げほっ!…いきなり大声出さないでよ!グリシーヌ!飲み込んじゃったじゃないか!」



コクリコは声を掛けられた瞬間、クッキーを味わう事もなく、飲み込んでしまった。

そしてコクリコに怒鳴られたグリシーヌは、首をかしげた。



「…何をだ?」



ロベリアは、クッキーの入った籠を手に持ち、グリシーヌに差し出した。


「・・・シーの新作クッキーらしいぜ、ご自由に試食して下さいとさ。」


「ふむ・・・そうか。いただこう。」



グリシーヌは、躊躇う事無く、クッキーに手を伸ばし、摘み上げた。

コクリコはマズイという表情をして、小声でロベリアを非難した。


「ろ、ロベリア…!」


しかし、ロベリアは「・・・コレでヤツも共犯だ・・・」とニヤリと笑っていた。



グリシーヌが、クッキーを口に入れた瞬間。


キッチンの扉がバン!と開き・・・


「グリシーヌ!思い出したわ!犯人はヤスよ!!」



今度は、花火が笑顔を浮かべて飛び込んできた。


その瞬間、グリシーヌはクッキーを味わう事もなく、飲み込んでしまった。


「ぐっ…!?げほげほ…っ!大声を出すな、花火!飲み込んでしまったではないか!」



「あ・・・ご、ごめんなさい・・・私ったら、やっと思い出したものだから、つい・・・ぽっ」


「…花火もどうだ?シーの新作らしい。試食して欲しいそうだ。」


そう言って、グリシーヌは親友に自分が味わい損ねたクッキーを差し出した。


((・・・あ・・・。))



「まあ、そうなの?じゃあ・・・」


花火が口にクッキーを入れた瞬間・・・



「あっ!!ひっどい〜!!」



エリカの大声がキッチン中に響き渡った。


「ぐっ!?…げほげほ…エリカさん、大声を出さないで下さいな…飲み込んでしまいましたわ…」


花火はクッキーを味わう暇もないまま、飲み込んでしまった。



こうして、小さな奇跡は4人の戦乙女達の口に入っていった訳なのだが。


小さな奇跡の恐るべき正体を、彼女達は知らなかった・・・。




「ひどいですよ!エリカの手作りクッキーを皆でつまみ食いするなんて〜ッ!!」




「「「「・・・・・・・・・・!!」」」」



「せっかく、焦げずに焼けたから…

 後で皆をビックリさせようと、こうしてラッピング用品まで買ってきたのに…」



「「「「・・・・・・・・・!!!!」」」」



小さな奇跡・・・


それは、エリカが焦がす事無く、見た目美味しそうなクッキーを焼き上げた事。


・・・もしクッキーを飲み込みさえしなければ、簡単に危険物だと判断できたモノを…

彼女達は、体内へ入れてしまったのだ。




・・・そして、事件が発生したのである。



 ― 20分後 ―


エリカの”奇跡”を、奇跡的に体内に入れてしまった4人の体に変化が起き始めた。


「…くっ…さ、差し込むような痛みが…ッ!」

一番始めにクッキーを口に入れたロベリアである。


「…もう体が、拒否反応を示しているんじゃ…」

花火は静かにそう言ったが、自分もそれを口に入れてしまっている為、他人事とは思えず

数十分後、自分の身にも出てくるであろう症状を不安そうに見つめるしかなかった。


「…ど、どうしよう…今日のショーは、フレンチカンカンだ…こんなんじゃ踊れないよ…」

青い顔をして、コクリコがそう言った。

コクリコの横では、ロベリアが脂汗をかき始め、無言のまま、悶絶していた。


「何を言うッ!軟弱な!…巴里を守る戦士として、舞台に立つ者として、そんな事が許される訳がなかろう!」

グリシーヌはキッパリと言ったが、椅子から立ち上がろうとはしない。

腹痛の症状は、ほぼ4人に出ていたのだ。


「と、とにかく、エリカさんに薬を頼んだから…それまで」

花火の後方から、エリカが勢いよく飛び込んできた。


「エリカでーす!皆さん!お待たせしました!お薬ですよッ!!」

息を弾ませて、エリカはさあ飲んでくださいと小瓶を4人に配った。


「飲み薬か…」とロベリア。

「ねえ、コレ…苦くない?」とコクリコ。

「そんな事言ってる場合か!」とグリシーヌ。


とにかく、一刻も早く薬を服用し、効果を発揮させなければ、自分の身が危うい。

4人は小瓶の薬を一本、丸々飲み干した。


「…にっがーい…」

開口一番コクリコが、そう言った。

他の3人も同じらしく、苦さのあまり、整った顔が崩れるだけ崩れていた。


「…チッ…一体どこの薬屋だ…?燃やしてやる…」


ロベリアが小瓶のラベルを見ると、そこには信じられない文字が…



「…えーと…『便秘にイッパツ!体内、スムーズなセーヌ川状態に!』…だと…?」



ロベリアのその台詞に、目を見開く3人。

まさか…と思いつつ、3人は小瓶のラベルを見る。



 『☆巴里っ子の下剤☆ いっぺんに全部飲まないでね♪』



「・・・・エリカ、これは・・・どういう事だ・・・?」

グリシーヌが震える声でそう聞いた。


「え?あ…腹痛の薬を下さいって言ったんですけど…」

エリカは”何か?”という顔をして首をかしげた。



花火は諦めたように、言った。

「た、確かに…腹痛の薬、ですわね……」


「あ、じゃあ、合ってたんですね!良かった〜♪」




 「「「「良くねえよッ!!」」」」




そして、状況は悪化した。




 − 1時間後 −



テアトル・シャノワールのショータイムが近い。


時間になっても現れない4人を心配して、月代葵はシャノワールを探し回っていた。

スターがいなければ、話にならない。



そして、4人を発見したのは…



「・・・ちょっと!皆さん!何してるんですか!フレンチカンカンの幕が開きますよッ!

 トイレに閉じこもってないで、早くッ!幕がッ!」



スター4人を発見した場所は、トイレだった。


扉を叩きまくり、葵は出るように促す。




「うるさいね!こっちは、さっきから別の幕が開きっぱなしだっつー…のっ…ぐ、ぉ……!!(泣)」

ロベリアの苦悶に満ちた声。


「好きで閉じこもっている訳ではな…ぃ…むしろ開きっぱなしで……(泣)」

グリシーヌの苦悶に満ちた声。



「な、何言ってるんですか・・・!?」

女子トイレに響くのは、複数の苦しみ悶える声と、疑問と焦りの葵の声だ。



「葵いぃ・・・ボク達、お腹が痛くて、ふ、フレンチカカ…カンカンなんか、とても踊れないよぉ…(泣)」

コクリコの苦悶に満ちた声。


「葵さん・・・今、舞えば最後!・・・私達・・・散りますッ・・・別の意味で・・・ッ(泣)」

花火の苦悶に満ちた声。



それでも、客は入ってしまっている。

前座で時間稼ぎは出来るが、たかが知れている。


単なる腹痛なら、と葵は説得に当たる。


「ちょ、ちょっと・・・そうは言っても・・・舞台に穴をあける事に・・・!」



「今は、違う穴がとんでもない事になっているのだ!一歩たりとも外に出られん!」


グリシーヌが掠れた声で叫ぶ。



「・・・そ、そこは・・・が、我慢して踊って下さい!お願いします!時間が無いんです!」


トイレのドアにすがるように、葵は説得するが、花火は、必死に叫んだ。



「踊りなら、先程から腸内が踊ってますっ!死の舞を!!」



これ以上は危険だと思った葵は

「さっきから、たいして上手くもない言い回しで、モノ言うの止めて下さいよっ!しかも、殆ど下ネタですよ!!」

と・・・ツッコミを入れる。


しかし、このままでいる訳にはいかない。


「大体、どうしてこんな事に…!」


葵の言葉にロベリアが、答えた。


「大体!エリカのせいなんだ!どうせ毒なら、もう少し解りやすく作れってんだ!」


「…な、何ですって?…エリカさんと一体何があったんですか!?」


毒とエリカの繋がりが読めない葵は更に、大声で問いただした。・・・女子トイレで。


「…ボクら…エリカの作ったクッキー食べちゃったんだ…」


コクリコの悲痛な声に、葵は驚愕した。・・・女子トイレで。


「ど、どうして・・・!見れば解るでしょう!?あんなに、破滅的な色と形しているのに!」


その疑問を埋めるように、グリシーヌが答える。


「それが・・・今回は見た目が…キレイ過ぎたんだ…奇跡的に…うぐう…。」


「…それでも、口に含めば毒だと解った筈です!」


ショーの前にそんな自殺行為をどうして!と言いたげな葵に、反論するように花火が言った。


「4人が4人とも、味わう事無く、クッキーを飲み込んでしまったのです・・・はうぁっ…!」


飲み込んだ、と聞いて、葵は震えた。


「・・・な、なんてバカな事を!!揃いも揃ってッ!命を粗末にするような真似をしてッ!!」


葵は涙目になりながら、トイレのドアにもたれかかった。


 ※ トイレの外で会話を聞いているエリカ:「・・・・・・・・。」




「しかも、エリカさんが腹痛の薬と下剤を間違ってしまって…私達の体は、とっくに活動限界を越えています…!」

「…そ、そんな……」

花火の報告で、葵は言葉を失った。


まさか、自分の部下がそんな極限状態にあるとは、知らなかった。

この状態が続くようならば、本日のショーは中止せざるを得ない…

とはいえ、シャノワールの観客にどう説明すべきなのか、葵は迷った。

下手をすればチケット払い戻し。今日のショーは、エリカ達の出番を残す所まで進行してしまっている。




「と、とにかく…説教垂れるなら、後にしなッ!今はアタシ達がた」

「言わせませんよッ!!貴女達、乙女って設定忘れてませんか!?巴里の美少女・美女でしょ!!」

ロベリアの発言に葵はカットインして塞ぐ。

葵は、混乱する現場を、どうにかして、これからどうするかの対策を立てなければならない。


しかし・・・


「バカモノッ!巴里だろうと地底だろうと、美少女・美女だろうと出るものは出るわッ!!幻想を抱くなッ!!」

「どこでキレてるんですか!そういう事じゃないでしょ!?だから、下ネタ言わないで下さいってば!!

 キャラ的に一番貴女が、そういう発言しちゃイケナイでしょーがっ!!」


いつもは冷静なグリシーヌ達はすっかり動揺・混乱してしまっている。


「貴族だろうとなんだろうと!下半身の事情は変わりませんわッ!」

「花火さんまで…し、しっかりしてください!全員キャラ崩壊著しいですよ!!」



・・・あろうことか・・・


「「「こんな状態になって、キャラを保つ余裕なんかあるかーッ!この中ニ病設定隊長!!」」」

「・・・ひ、人が一番、気にしてる事をーッ!!好きでこんな設定組まされたんじゃないですっ!!」


その混乱と動揺は、葵にまで伝染した。





「うわーん!お腹痛いよぉ〜!大人が醜い争いをしてるよぉ〜!!」





コクリコの涙ながらの叫びに、エリカは立ち上がった。



「皆さん!…消化器系の霊力治療はやったことありませんが・・・エリカが治してあげます!!」


女子トイレの閉じられたドアに向かって、エリカは両手を広げ、そう叫んだ。



「え、エリカさん…!」




「さあ、変な下痢ピーなんかとっとと治して、舞台に立ちましょう!」



すると4人は、トイレのドアを突き破る勢いで叫んだ。




 「「「「元は、お前のせいだろうが――――ッ!!」」」」



(…あ、最初からそうすれば良かったのか…)

そう思った葵の肩の力は、すうっと抜けていった。



 その後、エリカの霊力治療により、4名は回復。

 フレンチカンカンも予定通り行われた。





 …そして…ショー終了後。



「…あっれぇ〜?あたし、こんなの焼いたかしら…」


シーがキッチンで、小さな奇跡を発見した。

メルは、嬉しそうにその奇跡の入った籠を持った。


「丁度良いわ。今、支配人室にお客様達が来てるの…持って行きましょう。」
 
「は〜い♪」




数時間後…賢人機関に謎の奇病が現れた、というが…原因は定かではない。




そして。


「あっれ〜…?葵さんにあげようと思ってたエリカのクッキー残ってたのも、無くなっちゃいました…

 せっかく綺麗に焼けたのに〜…残念です…」


「いや…私は、遠慮しておきま…」

「はい?何か言いましたー?」


「うっ…いや…その…えーと…また、今度作ってください…エリカさん…」

「はいッ♪喜んで♪」


葵は、ゴキゲンなエリカに腕を組まれつつも思った。



世の中には起きなくても良い、奇跡もあるのだな、と…。



END



…はい、下半身の事情ネタでした。申し訳ありませんでした。(笑)

加筆修正を行いましたがお分かりになりましたでしょうか?

本当に、腹痛になった時って孤独な戦いになりますよね…。