[ 優しいキスより、鋭いキスを ]




全く、世の中、どうなっているのだ。・・・とグリシーヌは思う。



「昼間から、何をあんなにイチャイチャベタベタ…」



巴里の街には、こんなにいたのだろうか?と

疑問に思うほど、カップルが大勢いるのだ。

席は身体が密着するほど、くっつけて座り。

一人で出来る事も、二人で行い。

手を絡ませて歩き、手以外までくっつけようとする輩までいる。


暑ーい夏の終わりかけ、過ごしやすい時期。


巴里は今、恋の季節ともいうべき時期だった。


「お嬢様、仕方ありませんわ。この季節は…」

「嘆かわしい…他にもすることがあるだろうに…」


ローラは、グリシーヌがいつになくピリピリしている事に、とっくに気付いていた。


ただ、いつものグリシーヌなら”ああ、たくさんいるな”程度の感想しか、持たないはずなのに。


今日はいつになく、機嫌が悪い。


勿論、その原因は、わからない。


「…あ…」


ローラが、小さい声を上げる。

グリシーヌもその視線の方向に目を向けると

木の陰に隠れたつもりか、見せ付けているのか、定かではないが…


一組のカップルが、熱いキスを交わしていた。


「……行くぞ、ローラ。」

「は、はい!」


グリシーヌの声のトーンが一段と、不機嫌さを増す。

ローラは、早足で歩く主人の後ろを、走って追いかける。


そして、主人はある路地でピタリと止まると「ローラ、私は用事がある。先に屋敷に帰れ。」と命じた。


「…え…そ、それは困ります!今日は、私が…!」

「どこかで、暇でも潰して、夕刻に帰れば良い。私も、日が沈むまでには戻る。タレブーには、私の命だと伝えろ。

 それでも、おまえのせいにされたなら、私から言ってやる。」

「しかし…!」

「…命だと伝えよ。」

主人に”命じられた”のだから、これ以上何も出来ない…と感じたローラは、”ウィ”と返事を返すしかなかった。








「…げ。」



その人物は、グリシーヌを見て、まずその一言を発した。


「”げ”、とは何だ!?」

グリシーヌは、仁王立ちで、巴里の悪魔に迫った。

巴里の悪魔こと、ロベリア。

場所は、ロベリアの行きつけのBARだった。

昼間から酒を飲んでいたロベリアの時間に、いきなり青い貴族が、ズカズカとやってきたのだから

ロベリアは、内心”面倒臭くて”仕方が無い。


「…お嬢様は帰りな。ココは、社交場じゃないよ」

「知っている!」

そう言うと、グリシーヌは、ロベリアの隣に座った。

「オイオイ、いつからこのBARには、貴族の姉ちゃんがついたんだい?サービスかい?」

ガハガハと、下品な笑い声だとグリシーヌは思った。

不快感を露わにしているグリシーヌの表情をみて、ロベリアはグラスを置いて、問いただす。


「で、何か用か?」

「キサマに会いに来た。」


静まり返る、BAR。そして、沸き起こる笑い声。


「泣かせるじゃねえか!わざわざ、悪魔に会いにきたってよ!」

「ロベリア!そのお嬢ちゃんは、オマエのコレか?」


そう言って、二人を指差して笑う。

グリシーヌが怒るより先に、ロベリアは、キッと振り返ると


「うるせえ、黙んな…頭焦がすぞ…」


低い声で言いながら、手をかざして見せた。


途端に、周りは静まり、一斉にロベリア達から視線をそらした。


「オイオイ、酒に引火しちまうよ、ロベリア。

 外でやってくれや。」


マスターが、外を指差す。”ソイツを連れて帰れ”という意味だ。

異質なモノがいると、トラブルの元だからだ。


「チッ…邪魔したな。釣りの分は、皆で好きにやってくれ。オイ、行くぞ。」


ロベリアは紙幣を数枚置くと、ポケットに手を突っ込んで、店を出た。


「あ、ああ。」


グリシーヌも後に続く。





「で、何しにきたって?」

場所をカフェに変えた二人。

紅茶はグリシーヌ。コーヒーはロベリア。

味わいながら、優雅に飲むグリシーヌに対して、酒の方が良かった、と明らかに不機嫌なロベリア。


「だから、お前に会いに来たと言っただろう。」

「…会って、何すんだよ。」

「…今、こうしてお茶を楽しんでいるだろう。」

「・・・・・・・。」

ズズーと黒い液体を飲みながらロベリアは”そんな事で、アタシの時間邪魔しに来たのか”という目をした。


「・・・なんだ、その眼は。不服か?」


”不服以上だよ…”

と答えたかったが、ココで斧振り回されたら、ますます面倒だと思い、ロベリアは


「別に」と答えた。


…実に、大人になったものである。


「…あまり、嬉しくなさそうだな…」

グリシーヌは少し、寂しそうに言った。

突然押しかけられて、嬉しいも何もないだろうが。と心の中で呟くロベリア。


「アンタが、あんな場所まで会いに来るなんて、思わなかったモンでね。」とごまかす。

「…あんな連中とは、いない方がいい。」

眉をしかめて、グリシーヌは言う。

実に貴族の彼女らしい言い方だ。

ロベリアは、肘を突いて、忠告する。

「ああいう場所や連中から、貴重な情報が手に入る事もあるんだ。簡単に言うな。

大体、アタシの領域に先に入ってきたのは、アンタだろ?

 …それとも、単に説教しに来たのか?」


相手が誰でも、自分を縛り付ける勝手な言い分は、認めるわけにはいかない。

しかし、意外な答えが返ってくる。


「…違う。本当に…貴女に会いたかっただけだ。」

頬を少し、染めてグリシーヌがそう言うので、ロベリアは責める気にもなれず。

「……あ、そ。」と返すしかなかった。

カフェテラスから見える景色には、行き交う”カップル”の姿が、多く映る。


「チッ…暑苦しいな…イチャつきやがって…」

とロベリアが忌々しそうに呟くと・・・

「ロベリアもそう思うか!?」

グリシーヌが、その話題に食いついてきたのである。

それも、ものすごい勢いで。

その勢いにいささか押されながらも、ロベリアは感想を述べる。

「ま、まあ…見ていると、イライラするからな。」

「ああ!実に不愉快だ。街中で、ベタベタと恥知らずな…!」

そう言って、外を睨むグリシーヌが可笑しくて、ロベリアは思わず、吹き出して笑う。


「…クックック…アハハハっ!」

「な、なんだ!?」

「あー可笑しいさ……そりゃ”うらやましい”ってヤツじゃないのかい?グリシーヌ。」

そう言うと、またロベリアは笑った。

「何を言うか!!あんなマネ死んでも御免だ!!」

テーブルを叩いて、グリシーヌは抗議するが、ロベリアは笑うばかりで聞いてはいない。

「キサマ、聞け!」

顔が徐々に紅潮し始めたグリシーヌを落ち着かせて、ロベリアは提案した。

「わかった、わかった…じゃあ、どうだ?

 アタシとあんなマネした所、想像してみたら?」

「ブフッ!!!」

貴族たるものが、お茶を吹き出してしまった。

「うわ、汚ね…」

「き、キサマが!変な事言うからであろう!!!」

「人のせいにしないでくれるゥ?」


おどけながら、ロベリアは、通りがかりのウェイターから、ハンカチをひったくってグリシーヌに差し出す。


「馬鹿も休み休み言えッ!!全く…!!」

咳き込みながら、グリシーヌは、液体が衣服に飛んでいない事を確認すると、ハンカチで口元をあてがう。


「で、したのか?」

「何をだ?」

「アンタとアタシが、イチャイチャベタつくと・こ・ろ♪」

ロベリアは、目を細めて楽しそうに笑う。

「す、する訳がなかろう…!」

グリシーヌは、ムッとしながらも、顔の火照りを隠すようにお茶を飲む。

その様子を見て、ロベリアは”ふーん”とつまらなそうに、そして、納得したように言った。


「…そうだな、アンタ、想像力乏しそうだし。」

「聞き捨てならんな。誰が想像力が乏しいのだ!?」


「じゃあ、想像して、アタシに教えてみなよ。

 アタシとイチャついてるシチュエーション。会話の内容とか、さ。」

具体的なお題を与えたのが良かったのか、グリシーヌは考え始めた。

「…………。」

(わー…ホントに考えてるよ、コイツ…)

ロベリアは、自分から言っておきながら、呆れていた。


「……………。」


「………………。」



「…………………。」



「・・・おい、グリシーヌ。オイって。」

どこまで考えていたのか、ロベリアの声にグリシーヌはハッと顔を上げた。


「…な、何だ?」

「…大丈夫か?」


「あ、ああ…大丈夫だ。」

「…で、想像できたのかい?」


「え…あ…そ、それは…」


ロベリアが追求すると、顔を紅潮させるグリシーヌ。

(一体、何考えたんだ…コイツ…)

ロベリアは、ちょっと気になったので、誘導して聞き出す事にした。

「ああ、やっぱり、無理だったか…」

「違う!ちゃんとできた!」

”やっぱり”と決め付けられると、ムキになるのが、グリシーヌだ。

「……よし、じゃ聞かせてみなよ。」

「…う、それは…嫌だ…!」


「…じゃあ、出来なかったという事にするよ・・・。『想像力乏しいグリシーヌ様』…あーぁ…残念残念…。」

「…ちょっと、待て!…わかった、言う。」


ニヤリ。

誘導が、勝利で決まったところで、悪魔は笑った。


「……まず、腕を組んで…街を歩く。」


脳内で、二人は想像する。


ロベリアの腕にハニカミながらグリシーヌが腕を通す所・・・


その瞬間。

想像した光景のせいで、ピクリ、とロベリアの顔の筋肉が引きつる。


(ダメだ…考えると笑いそうだ…)


「それから…買い物に出かけて…お前に似合う服を選んで…」



グリシーヌ好みの服を着せられるロベリア・・・


(…似合わない自信があるな…)

想像したロベリアは俯いて、両肘をついて、歪む口元を隠す。


「ランチを一緒にとって…」

ロベリアは、ふと気になって質問する。

「”あーん”とかやるのか?あんな感じに。」

あんな感じと良いながら、ロベリアは、斜め向かいに座っている親子を指差した。

母親が「はい、あーん」と子供がこぼさないように、スープを与えている。


「…う、うむ…イチャつかねばならないのだから、そうだな…やるな。」

そこで、ロベリアは質問をする。



「…どっちが?」



「・・・・・・・・・・。」
「・・・・・・・・・・。」

そして、黙って、2人は考え込む。



((どっちも、嫌だなァ…))


結論を言ってしまえば、この二人、人前で”イチャつく””ベタつく”と言った行為が、あまり好かないのである。


「ま、いいや。お互いやりゃ良いだろ。」

そう、ロベリアが結論を出した。

想像するだけなら、自由だ。


『はい、ロベリアあーん♪』

『おう、グリシーヌもあーん♪』


(・・・ブハッ!アハハハハハ!!!)

「ック!…ゴホゴホ…!…んで、その後は?」

自分で言っておいて、心の中で大爆笑中のロベリア。慌てて咳でごまかす。

その様子に、グリシーヌは気が付かない。想像するだけで、今の彼女は精一杯だから、である。

「そうだな…それで…馬に乗り、思い切り…遠くに行く。」


(この場合、アタシ…コイツの後ろに乗るのかな…)


手綱を持つグリシーヌの腰に手を回すロベリア…


『行くぞ!ロベリア!』

『………。』



(………アタシ…なんか、情けないな…)


グリシーヌに抱きつきながら、馬に乗る自分・・・想像して、ロベリアは自分の姿に少し幻滅する。


一方。

グリシーヌは、柔らかい口調でロベリアに話しかけた。


「そうだ…この間…良い木陰をみつけたのだ。

 二人で静かな午後を過ごすには、ぴったりだと思う。

 よく、寝ているだろう?どうせなら、ああいう場所で寝る方がいいだろう。」


「ん…まあ、別に嫌いじゃないけど。」

(…二人で…ね…)


イチャつく、というより、それは本当の”デート”だ。

不思議とロベリアは、その光景を笑う事なんて出来なかった。


「………」

「…貴女には、退屈…だろうか?」

グリシーヌは、真剣に聞いてくる。

ただの想像ごっこなのに、すっかり、はまり込んでいる。

「いや…昼寝には丁度よさそうだ。」

ロベリアはフッと笑い、コーヒーを口にする。

こちらもそう。すっかり、想像デートを楽しんでいる。

「そうか…それは良かった…」

「で、その後は?昼寝の後。」

「…そうだな…夕方まで、そこで過ごして…………。」


グリシーヌの言葉がそこで途切れる。


「どうした?」

「いや…何か、街角の輩程、イチャついていないな、と思っただけだ。」

「フフ、ただの想像なんだから、そんな風に考えなくても良いじゃないか。」

ロベリアが、そう言うとグリシーヌは、瞬きをして

「む……ベタベタするのも、楽ではないな…」

と素直な感想を述べた。

「……ああ、そうかい。」

ロベリアは、グリシーヌが本気でベタベタしようと思ったらどうなるのだろう?と考えて、苦笑した。



「ロベリアはどうなのだ?」

「・・・・・・は?」

「この後、どうすればいい、と思うのだ?」

今度はアタシかい、とロベリアは内心面倒だと思ったが、一応考えてみる。

そして、結論に至る。

「…キスでもやりゃ、良いんじゃねえの?」

至極、シンプルで、彼女らしい結論である。

「キスだと…?」

女同士で何を考えている!?と怒り出すだろうな、とロベリアは身構えた。

しかし。

「イチャつく輩からすると、それは”平凡”だな。」


グリシーヌは、平然とそう言った。

ロベリアが『ただの想像なんだから』と念を押したのが、幸いした。

しかし、平凡という評価を喰らったロベリアは少し、ムッとした。


ムッとしたので…

「じゃあ…グリシーヌ。他に何か、イチャつく行為思いつくか?」

と逆に、聞き返した。

「む……それは…」

口篭るグリシーヌに、悪魔は更に追い討ちをかける。

「じゃあさ…グリシーヌ『平凡じゃないキス』のシチュエーション、言ってみなよ。」

「…な!?バッ、バカモノ!!そんな事…言える筈が…!」

「想像だよ、想像。」

「・・・ぬう・・・・・・・・。」



(何だかんだでも、やっぱ、考えるんだよな…)

してやったりの顔で、ロベリアはグリシーヌを観察する。

一方、グリシーヌの顔が徐々に紅潮していく。

(どこまで考えてるんだ…コイツ…)



「…無理だ…出来ん!!」

グリシーヌはそう言うと、そっぽを向いてしまった。

ロベリアは、眼鏡を少し上げると、不敵に微笑んで言った。

「…じゃあ、言ってやろうか?」

「何をだ?」

「アンタの好みそうな、シチュエーション。」

「…なに?」

「…キスするんだから、人気のない所は基本だよな?」

「まあ…な。」

「それで…こういう風に…」

ロベリアは、テーブルに左肘を突きながら、そっと、右腕を伸ばして、グリシーヌの頬に触れる。

「…!」

「…アンタは、こうしてそっと触れられるのが、好きだろう?嫌いかい?」

「…いや…。」

嫌いか?と問われたら、余程嫌いでない限り「嫌いだ」とは答えないのを、ロベリアは知っている。

「だが、決して子猫をあやすみたいな、優しさは必要ない。

 …だろ?」

指先が、グリシーヌの顎のラインを優しく、優しくなぞる。

「……。」

グリシーヌは、ロベリアの指の動きに目線を、奪われている。

「それから、ゆっくり互いの呼吸を感じ取られる位置まで、アタシが近づいて…」

「……。」

「…そこで…………

 ……って、何見てんだよ、蹴り飛ばすぞ。」

ロベリアのその一言で、グリシーヌは我に返り、二人を見物していた周囲のギャラリーが、一斉に引いていく。

「…!!!」

「…ったく。」

巴里のど真ん中のカフェテラスで、キスの話にふける美女2名がいて、今にもそのようなフリをするのだから

誰もが、興味を持って、聞き耳を立てるだろう。


グリシーヌは、すっかり真っ赤になり、立ち上がった。


「…で、出るぞ!ロベリア!!」

「へいへい、ごちそうさん。」(←ちゃっかり、奢って貰うロベリア。)



「………」

「………」

カフェを出てから、二人は無言で歩いた。

時折、お互いをチラチラと見るだけ。

結局、グリシーヌが、何故休日に自分の所へ来たのかは、わからず仕舞い。

やれやれ…今日はおとなしく帰るか。とロベリアは夜を諦めた。



街は、夕暮れに染まり、建物のレンガまで赤く染めている。

いつの間にか、昼間はあんなにいた人は、まばらになり、数えるほどしかいない。

「オイ、アタシは帰るけど、どうするんだ?」

「…帰る、のか?」

「ああ、アンタだってそうだろ?」

「…私は…まだ…」

グリシーヌの歯切れの悪い、その答えを聞くと、ロベリアはニッと笑った。

「……なるほどな…。」

「なにがだ?」

少し、グリシーヌの体が強張る。


「最初から、デートしたいならそう言えばいいのに。なあにが”会いに来た”だよ。」

「ー!!」

ロベリアの一言で、完全にグリシーヌは固まった。


「帰りたくないんだろ?子供じゃあるまいし。」

やれやれと、ロベリアは首を振った。


その瞬間、グリシーヌは怒鳴った。


「…ば…バカはキサマだ!」

「あァ?」

見れば、グリシーヌは、カフェテラスにいた時と同じように、顔を真っ赤にしていた。

・・・さっきと違うのは、場所と目まで真っ赤だという事。

呆気にとられるロベリアに、グリシーヌは更に、言葉を繋げた。


「…会いに来た理由など、それ以外、あるか!バカモノ!」




「…わァー…」

ロベリアは、棒読みで感嘆詞を口にした。思い切り、グリシーヌを茶化している。

「な、なんだ!何が言いたい!!」

「…グリシーヌ様ってば、大ー胆、ですこと。」

そう言って、また棒読みで茶化す。

「からかうな!大体、休日にも関わらず、キサマが…昼間からBARに入り浸るから、この私がわざわざ…!」

「誘いに来た、と。」

「そうだ!悪いか!!」

「…じゃあ、おデートの続きでもすっか。」

「…もういい。私は夕方までに帰るのだ。」

「さっきと言ってる事、違うじゃないか…。」

「……また、今度にする。だから、来週の予定は空けておけ。ロベリア。」

「…フン…エラソーに。」

グイッ

「な、なんだ!?」

突然、ロベリアに、巴里の細い裏道に引き込まれ、グリシーヌは壁に背中を押し付けられた。


「アタシは、待たされるのは嫌いでね。今、夕方だから…ここから始めるとしよう。」


ロベリアに頬を撫でられて、グリシーヌはハッとする。


『決して子猫をあやすみたいな、優しさは必要ない。』


「…まさか…ロベリア…?」

(さっきのキス…の話か…!?)


『それから、ゆっくり互いの呼吸を感じ取られる位置まで、アタシが近づいて…』


カフェテラスでの会話の通り、進んでいく、キスの順序。


「ろ、ロベリア…」

壁に押し付けられる形になったグリシーヌは、困惑していた。

「なんだ?」

壁に押し付けるロベリアは、グリシーヌの頬から顎を、指で優しく撫で続ける。


「誰かに…見られる…」

「…そん時はアタシが、ソイツの目焼いてやるよ。」

ロベリアは、囁きながらどんどん顔を近づけてくる。

思わず顔を背けながらグリシーヌは、ロベリアの肩を少し掌で押した。

「バカ、い、うな…近い…」

「嫌か?」


優しく、そう問われると…こう答えるしかない。


「…いや…。」


2人は再び、向き合った。


「グリシーヌ。」



顎を撫でる指先の心地良さと、自分の名を呼ぶ声に、グリシーヌは、そっと目を閉じた。


触れるだけ。


想像したより、優しいキスだとグリシーヌは思った。

彼女には、もっと、鋭くて噛み付くようなキスをされると、思っていた。

重なった唇はわずかな時間で、あっけなく離れた。


それから、2人は特に言葉も交わさず、別れた。






「…結局、何だったのだ…今日という日は…」


グリシーヌは、屋敷へ帰ってから、今日一日を思い返した。


ふと、唇をなぞる。


優しいキスだった。


でも…何か…


”ガタンっ”

不意に窓が開く。


「ろ、ロベリア!?」

窓から不法侵入してきたのは、ロベリアだった。

「フン…なんだ、まだ起きてたのかい。」

驚くグリシーヌを見て、ロベリアは笑いながら、不満を口にした。

「なっ…刑務所は!?」

「点呼終わったから、出てきた。朝までに戻ればいいし。」

「・・・・・・・。」

グリシーヌは、額に手を当てて、俯いた。

ロベリアは、ケロリと

「どうした?感動したかい?」と言ってのけた。

グリシーヌは、小声でロベリアに怒鳴った。あくまでも小声だ。

「…呆れておるのだ、馬鹿者!何故、こんな真似してまで、ココに来た!」

家主のあまりの剣幕にロベリアは、面倒そうに説明を始めた。

「…アンタの寝顔でも、拝んで帰ろうかなと思っただけだよ。

 はいはい、帰りますよー。」

ちょっと、拗ねた子供のような口調で、ロベリアは窓へと向かう。

グリシーヌは、そこで思案した。

(…寝顔を拝みに来た、だと?)

この女が、それだけの為にこんな事をワザワザするのだろうか?と。

寝顔を見に来たのが、本当だったとしても、それがロベリアの何の得になるのだろう。


「…ロベリア。」

「ん?」


「…私に会いに来たのなら、始めから素直に、そう言うが良い。」


ピタリと、ロベリアの動きが止まった。


振り返ったロベリアの顔は、少しだけ引きつっていた。

それは「お前に”素直に”なんて言われたくない」という思いからだった。


「…フッ…誰が、だって?」


ロベリアの問いに、グリシーヌは、黙って右手でロベリアを指差した。


『お前だ』と。


「……。」
「……。」

両者、そこで沈黙する。


昼間、デートに誘いに来たくせに、単に会いたかったとしか、言わなかったグリシーヌに対して、ロベリアは思った。

『コイツは、どうして、最初から素直に言わないのだろう?』と。


そして

今、自分に会いに来たくせに、寝顔見に来たとしか言わないロベリアに対して、グリシーヌは思った。

『この女は、どうして、最初から素直に言わないのだろう?』と。


結論を言ってしまえば、この二人、どっちもどっち…なのである。


そして、沈黙を破ったのはグリシーヌだった。

「窓を閉めて、座るがいい。今、お前が飲めそうなモノを持ってくる。」

そう言って、部屋を出た。

ロベリアが、それに返事をする事はなかった。

もしかしたら、部屋に戻ったらロベリアは、いないのかもしれない。


でも、彼女は、いるような気がした。

そんな、変な確信をグリシーヌは抱えていた。


扉を開けると、やはり彼女はいた。自分の家のように椅子に座り、くつろいでいた。

そしてワインを見せると、案の定彼女は喜んだ。

「お、気が利くじゃないか。コイツは、なかなか良いワインだぞ。」

コルクを抜いて、匂いを楽しんでいるロベリアに、グリシーヌは目を細め笑った。

「…昼間の詫びだ。」

「ん?詫び?」

「…最初から、ちゃんと誘うべきだった。」

「…ふーん…」

そんな事に感心はありません、という態度でロベリアは、ワインを傾け、グラスに注いだ。

「……ま、アタシも詫びなきゃいけない事があるといえば、あるな。」

そう言うとロベリアは、ワイングラスを持ち上げた。

「…何を?」

「美味い。」


ロベリアは、質問には答えず、ワインの感想だけ述べたので

グリシーヌは咳払いをして、ロベリアの視線をこちらへと向きなおさせる。


「あ…いや、なんかさ、違うなと思ったんだよ。」

「何が、だ?」

「アンタの好み。」

「…好み?」


グリシーヌは、何の事だと聞き返そうと思ったが、出来なかった。


ロベリアが、突然体を引き寄せて、唇を奪ったからだった。


ほぼ、強引。

鋭くて、顔を背ける余裕も無い。

昼間のとは、まるで違う。

重なっている時間も長い。


でも、何故かロベリアらしいと、納得させられてしまう。


唇を離したロベリアは、額をつけて小声で言った。

「…最初から、こうすりゃ良かった。」


ロベリアは、満足そうだった。


昼間はきっと、ロベリアが自分の事を考えて”ああいうキス”をしたのだろう、とグリシーヌは思った。

でも、本当は、お互い…ちょっと違う、と気付いていた。


「…確かに、な。」

そう言ってグリシーヌは、微笑みながら、ロベリアの顎のラインを指先で撫でた。


別に自分に合わせてもらおうなんて、お互い考えてはいない。

合わせる必要なんて、無い。


お互い、相手の前で”自分らしく”いられて、それが心地良いから、一緒にいたいと思えるわけで。

彼女達は、自分に合わせて欲しい時は、お互い言える、そういう関係にある。

・・・いかんせん、素直じゃないのがネックであるが。


「で、これが詫びか?」

とグリシーヌがワザと素っ気無く言う。

ロベリアは、目を細めて笑った。

「フン、足りなかったかい?」


グリシーヌが答えようとすると、ロベリアはまた顔を近づけた。


(ああ、そうか…。)


グリシーヌは、目を閉じながら、理解した。


自分の好みは…


『ただ可愛がられる優しいだけのキスより、

 求められ、奪われる形の鋭く、深い、貴女らしいキス。』




END







あとがき


もったいぶった台詞のやり取りするロベ×グリでした…。


私は、タイトルとかフィーリングで決めてしまうので、今回も書きあがってから

あれ?と思いました。そのうち、こっそり、変えるかもしれません・・・

それから…時々(大方)、英語のタイトルの場合スペルやら、意味も何もかも間違っている時があります。

いいんです…外国は、英語できる友人と、旅行に行って頼りまくりますから(殴)