「そういえば、もうすぐ誕生日ですね?」

「あぁ?誰の?」


時々だけど、私こと月代 葵は、ロベリアさんのお酒に付き合う。

・・・話題は、ロベリアさんの誕生日に。


「ロベリアさんの。11月13日じゃないですか。みんな、きっとお祝いしてくれますよ。」

エリカさんが特に。


「フン…祝いたきゃ、勝手に祝えばいいさ。」


素っ気無い、ぶっきらぼうな返事に私は苦笑を浮かべて、この人らしいな、と思う。


「…もう、素直に喜べばいいのに。プレゼント、何がいいですか?」

「現ナマ。」


そ…即答する内容が、また…この人らしい…。


「……ほ、他には…?」

「金塊。」


「…出来れば、金銭以外で。」


「じゃ、アンタ。」

「…私…ですか?」


「そ、一晩中、御相手願いたいね。………最近、無いし。」


そう言うと、ジーっとロベリアさんは意味あり気にこちらを見つめてきた。

・・・な、無いって・・・そんな事言われても・・・。


「そ、そうですか…でも、ま、あの…その…みんなと相談して、考えておきますね!!」

と私が笑顔で誤魔化すと・・・。


「・・・・・チッ。」

・・・不満全開で、舌打ちされた。


(…物欲と色欲しかないんですか、貴女は…)


あぁ…なんか頭痛が…。

そんなこんなで、深夜2時。



巴里の夜が、夜風が涼しいと感じる季節から、冷たく感じる季節に変わりはじめている。

…もっとも、体温の高い私には、冷たいくらいが丁度いいんだけど。


橋の上で酔いを醒まそうかと2人で欄干に寄りかかっていると、ふとロベリアさんが、提案した。


「…ひとつ、賭けをしないか?」


「…賭け、ですか?」


「この橋を渡って来るヤツが、オトコか、オンナか賭ける…どうだ?」


私は、よく真面目とか言われるけど、それは仕事面でだけだ。

…というか…最近は、この人の影響を、強く受けているのかもしれない。


「…いいですよ。」

だから、多少の賭け事にも乗る。

私の返事に、ロベリアさんは満足そうに微笑み「アンタから決めていいよ。」と言った。



私は考えを巡らせる。この深夜の時間帯、女性が夜道を歩くなんて考えにくい。

この時間出歩くとすれば、高確率で男性だろう。


「…じゃあ、オトコです。」

「じゃ、アタシはオンナだな。で、何を賭ける?」


金銭を賭けようにも、実はもう財布にはそれだけのお金は無い。


「…あ、どうしましょうね?じゃあ、負けた方が勝った方の言う事をきくなんて…」

私が笑って誤魔化そうとすると・・・


「…ガキじゃあるまいし……」

ロベリアさんは、呆れ顔で私を見た。


「…で、ですよねぇ…(やっぱりだめか…。) 」


チップが、無いと賭け事の面白みは半減する。


だが、しばしの沈黙の後・・・意外にもロベリアさんは「…ま、それでいいや。」と言ったのだ。


「・・・・・・・。」

「・・・・・・・。」


しかし…このまま、橋に人が来なかった場合、賭けはどうなるのだろう?

私は、のん気にそんな事を考えていた。





 make a bet ―罰ゲーム編―




アタシこと、ロベリア=カルリーニと隊長 月代 葵は橋の上で賭けをしていた。


橋の向こう側から来るヤツの性別を当てる。それだけの事だった。

賭けに負けた方は、勝った方のいう事をきく。

…まるで、ガキの遊びじゃないかとも思ったが、アタシはあえてその条件をのんで賭けを始めた。



「…あ、来た。」


遠くから橋の方向に向かって、紳士服の男がこちらへやってくる。


「私の、勝ちみたいですね」

葵は、にっこりと満面の笑みを浮かべてコッチを見た。


「・・・フン、まだ橋に到達していないよ。」


そう言ったものの、葵は余裕と言った顔で男を見ていた。

アタシは腕を組み、ただ橋に、もたれかかっていた。


「…ふふ〜ん♪」


男は、だんだんと橋に近づいて来ているらしく、葵からは、鼻歌なんか聞こえてきやがる。


だが。


(……フッ…)


アタシは、ソイツを見つけると勝利を確信した。


「・・・悪いね、葵。」

「え?」



「生憎、アタシは”この手の賭け”に負けた事がないんだ。」


「何言ってるんですか、今男性が…」



アタシは、見知ったそいつをクラッカーで呼び寄せた。



「おいで、エリカ。」



コイツには、名前を呼ぶよりエサでつった方が早い。


「…え、エリカ?」

「コイツの名前さ。」


『にゃー』


男よりも先に橋に渡って、コチラにやってきたのは、灰色の”ノラ猫”だった。

ノラ猫のわりに、人懐っこくエサを貰う事にかけては、天才的な猫だ。

巴里の猫好きに、コイツを知らないヤツはいないだろう。

…まあ、そういう所が似てるんで、アタシはこの猫を”エリカ”と呼んでいる。


エリカは、アタシの差し出した手に擦り寄って、お目当てのエサにありついた。


「……ま、まさか…」


「そのまさか、だ。エリカは正真正銘メスさ。」


アタシは、エリカの脇を持って葵に”証拠”を見せた。


『にゃー。』


「ど、動物も入るなんて、聞いてませんよっ!?」


「言っただろ? ”この橋を渡って来るヤツが、オトコか、オンナか賭ける…”ってな。

 …人間だなんて、一言も言ってないぜ?

 なあ?エリカ。」


『にゃー』


アタシは、返事をしたお利口エリカを地面におろした。

名前の由来主より賢いエリカは、得意先を作ろうと、葵にも擦り寄った。


「…はぁ…」


葵は力なく、膝をついてエリカの顎を撫でた。

当のエリカは、のん気にゴロゴロと喉を鳴らす。…こういう所が、あの馬鹿ソックリだと、アタシは思う。


ちなみに、葵が期待していた紳士服の男は、橋には足をかけず、川沿いに歩いていってしまった。


「・・・諦めな、アタシの勝ちだ。」

「うー…わかりました…負けを認めます…。」

「ほう…やけに素直だな?」

「あー悔しいなっと・・・じ…じゃあ、私はこれで。」


”・・・ガシッ”

逃げようとする葵の襟をアタシはしっかりと掴んだ。

・・・何を今更、すっ呆けてんだか。


「…フン…そうは行くかよ。…アンタ、負けたんだからね?」

「…あー…や、やっぱり…?」




『負けた方は勝った方のいう事をきく。』



”ガキの遊び”で、済ませても良かったが、アタシもコイツも、生憎・・・れっきとした大人だ。






「…あの…」

「ふー・・・。」


いつも酒入ってる時は、シャワーも浴びずに寝るんだが…


「なんだ?」

「…なんで、お風呂なんですか?」


葵のアパートの風呂。狭いが、綺麗なだけが救いの、バスタブ。女2人で入ると、これまた狭い。


「・・・いう事、きくんだろ?」


アタシは、まっすぐタイルを見つめながらそう言った。

葵はアタシの背後にいるから、表情は見えないが、大体想像がつく。


「…で、背中を流せ…と?」


呆れているような、声。

そう、敗者への罰ゲームは”勝者の言う事に、敗者は従う”。


だから、いかに反論されても「何か文句あるのか?」といえば、済む話だ。


「…わかりました。…そのまま、後ろ向いてて下さいね…」

「あぁ、そうだ…タオルは、使うんじゃないよ?」

「…え…っ!?」

「アンタの身体で、洗ってもらう。」

「・・・・・・・・・・・・。」


さすがに怒るかな?と思ったが、葵は溜息をついて言った


「…ロベリアさんって…どこからそういう知識、学習してくるんですか?」



『面白そうだから。』が、第一理由。


別に、これで興奮するなんて事は無い。

男のガチガチした筋肉やら、女の単なる脂肪を押し付けられても、別に興奮も何もない。むしろ、ゴメンだ。

だから、女の葵にどういう方法で背中流されても、アタシは別に何も感じない。



…アタシは、な。




「…別にいいだろ?アンタ、負けたんだから。」

そう言って、泡のついたタオルを葵に押し付けた。


「……うゥ…。」

葵は少し唸って、控えめにアタシの背中に胸を押し付けた。


(・・・・・・ふうん・・・思ったより、気持ちいいな。)


「…葵、もっと押し付けろ。」

「…ぅ…い、嫌です…これで精一杯…。」


敗者の反論なんか、アタシには通用しない。


「勝ったのはアタシ。負けたのは?」


アタシが振り向き、そう聞くと、奴は目線を逸らして答える。


「・・・わ・・・私です・・・。」


葵は、顔の表情筋をピクピクさせて、悔しそうだ。


「で、負けた方はどうするんだったっけ?・・・・葵ちゃん。」


アタシが、ニヤッと笑いながら聞くと

「か…勝った方のいう事を、きく…。」

葵は、表情筋を更にピクピクさせつつ、目を閉じて悔しそうに答えた。


「その通り。……で、どうするんだっけ?葵ちゃん?」


「…わ、わかりました…洗いますっ!それから、葵ちゃんって呼ぶのやめて下さいっ!」


葵は堪らず叫んだ。


アタシは”わかりゃいいんだ”と笑って背中を向ける。

柔らかい感触が更に背中に当たる。上下する身体は、まだ遠慮がちだ。


「・・・うー・・・どうして、こんな事を・・・うー…」


(・・・負けたからだろ。)とアタシは心の中で呟く。

アタシの肩に添えられた手には、不必要なくらい力が入っている。

痛くは無いが、もう少しくっついてもらわないと、面白くない。


「…んー、そうそう、ウマイウマイ。」


アタシは、ワザと棒読みで言った。いち早く”皮肉だ”と察した葵は、また悔しそうに唸る。


「…うゥ…棒読み…!」

「だったら…もっと、この位…っ!」


葵の腕を掴むと、アタシは一気に引いた。


「わ…ッ…!?」


バスタブが少し揺れて、アタシの背中に葵の体重が程よくかかる。

後ろから抱き締められるような格好だったが、ヤツの体温がより背中に当たって心地良かった。

一方。葵ときたら、思わぬ至近距離に驚いているようで、目は馬鹿みたいに泳いでいた。


「どうせなら…この位、密着してもらわないとね。気持ちも良くないし。」

「ほ…ホント、どこから…こんな事…学習してくるんですか?貴女は…!」


顔を真っ赤にしてヤツが離れようとするので、アタシは二の腕を掴みながら言った。


「・・・知りたい?」

振り向いて意味有り気な目線をヤツに向けると、一体何を想像したんだか・・・ヤツはますます顔を赤らめて、ついには下を向いた。


「・・・・・・・・や、やめときます・・・。」


悔しそうなイイコちゃんをからかうのは、コレだから面白くてやめられない。


「ホラ、洗いな。湯冷めしても知らないよ、アタシは。」

「ううゥ……」


(あー…その悔しそうな息遣い…なかなか、いいかも。)



「……もう、いいですか?」

「…次、腕。」


アタシは、右腕を出した。


「………(嫌そうな沈黙)。」

「……負けたのは?」


「はいはいッ!私ですッ…!!」


葵は、嫌がりながらも真面目に罰ゲームをこなす。開き直る事で、なんとか自分を保っているようだった。

…まあ、イジメ甲斐はなくなったが…ちゃんと肌をくっつけてくれるので、悪くはなかった。


「ほい、左ね。…ちゃんと”挟んで”くれると嬉しいねぇ…」

「それ…まさか、む、胸で…?」


まさかも何も、他にないだろうに。・・・あぁ、あるにはあるか・・・。


「…他に該当する部分は…あるにはあるけどぉ、どうするぅ?ダーリン?」

と聞くと、さすが同い年・・・意味をすぐに理解したらしい。


「・・・・・・・・サフィール声で、それ以上妙な事言わないで下さいね・・・。」


低い声で、葵はそう答えた。チラリとみると、葵は目を閉じて、耐えているようだった。

腕を差し出すと、割と素直に葵は腕を取り、胸に押し付けた。



「……終わりましたよ…ロベリアさん」


ホッとしたように、葵はアタシに宣言する。

それが、なんとなく気に入らないアタシは「じゃあ次、前。」と敗者に命じた。


「・・・・・・・・は?」

「だから、前。」


「じ、自分で、洗える範囲でしょう…っ!?」


アタシは、余裕を含んだ笑いを浮かべ、目で語る。


 ” 負けた方は? ”


「…わ…わかりました……」


…さすがは隊長。目で、よく察してくれること。

葵はアタシに抱きついて、ぎこちなく動き始めた。さっきより、動きが硬い。表情も硬い。

きめ細かい泡が身体を包む。触れている部分は、柔らかいし不思議な温かさがある。


(あー・・・眠れそう・・・。)

目を瞑って、のん気に考えていた。



「ひっ…」

浴室の天井から水滴が落ちて、それが葵の背中に垂れたらしい。

小さい悲鳴と共に、アタシの体に泡まみれの葵が、より強くしがみつく。

「・・・おや、サービス良いね。」


アタシがそう言うと、葵はハッとして、体を離した。

「あのっ…こ、この罰ゲーム…子供の、遊びの、範疇を…越えて、ませんか…?」


葵は、さっきより恥ずかしそうにしている。面と向かうとやはり、恥ずかしいらしい。


「…子供の遊びを、大人の遊びに持ち込もうとするから、こうなるんだよ。」


そう、この罰ゲームを提案したのはアンタだろ、隊長。


「…で、でも…これ…もう、風俗じゃないですか…私、こんな事、した事ないのに…」

「おやおや、これは人聞きの悪い。隊長は、恋人の体を洗う事を”風俗”と呼ぶんだな?」

「…ち、ちが…そういう事じゃ…」

「なら、アタシが洗ってやっても良かったんだよ?アンタの身体…奥の、隅々、まで。」

「え、遠慮、します…」

「そう?そりゃ、残念だ。ククク…」


アタシは、体を少し離して、頬杖をついて葵を観察した。

泡の隙間から、葵の体の傷が見える。相変わらずのソレは、見慣れている。


「もう・・・なんて罰ゲームだか・・・流しますよ?」


赤くなった頬に、しっとりと濡れた赤い髪。

日本人か?と時々疑問に思うほどの、その派手な見た目と対照的な、時折見せるこの表情。

コイツのどこに惹かれたのかは、よく考えるが、未だにわからないし、わからなくてもいい。

大体・・・このアタシが、女に惹かれること自体、どっかイカレてるんじゃないかと自分でも思う。



「流す前に・・・」

「え?」


アタシは、葵の腰にゆっくりと手を回す。


「もうちょっと、こっち来なよ。」

「な…何、言い出すんですか…酔いが回ったんですね?早く、出ましょう。」


葵は目を細めて、困惑の表情を浮かべ、シャワーの蛇口に手を伸ばそうとする。


「…アンタ…嫌がってる割には、拒否しないな?」


顔を寄せて、揺さぶりをかける。


「…私に拒否権あるのを知ってたら、とっくに使ってましたよ…。」


葵は、あくまで冷静を装う。


「…使えなかったんじゃない、使わなかったんだろ?」


アタシは唇を葵の唇につくかつかないか、のギリギリの距離まで近づける。


「・・・私が、拒否権を使えたとしても、貴女がマトモに使わせなかった、でしょう?」


葵はアタシの唇を避けるように、少し顔を背ける。


「それは思い込みだね。アンタは拒否できたさ。いつだって、ね。それをしなかったのは…」


顔を背けられたので、今度は耳元で囁く。


「か、賭けに負けたから、ですよ…。」


身を縮めて、葵は更にもっともらしい理由を口にする。


「いいや。違うね。」


「…何が言いた…いや、私に何を言わせたいんですか?」


隊員の思考や行動を、察する事のできる、さすがの隊長も…自分の気持ちが絡むと、察して行動してはくれないらしい。



「…アンタには、性欲があるか?」

「…あるんじゃないですか?人間ですし。」

葵は、そう言いながら、またシャワーを出そうと手を伸ばすが、アタシはそれを制止する。

「そういう一般論じゃなくて…だな。

 アンタ自身はどうなんだ?アタシが欲しいと思う時はあるか?」


シャワーに伸ばされた手を、今度は掴んだまま離さない。


「……話が、みえませんけど…。」

「…思い起こせば、アンタから夜のお誘い…迫られたこと無いんだよな、アタシ。」


アタシは、葵の手を掴んだまま、葵を浴槽の隅へと、追い詰める。


「……。」

葵は、目で逃げ場所を探しているようだった。

脱出不可能とわかると、ようやくアタシの目をみた。


「…もし、アンタが女のアタシに抱かれる事に対して、少しでも抵抗があるなら、求めないのも納得がいくんだが。

とてもそうは見えないし、性欲もあるみたいだし。」


「…好きでもない人と、夜を共にするような性癖は、持ち合わせてませんからね…。

 で、それがどうかしました…?」


葵は、隊長。

部下のアタシに”抱いてくれ”なんて、コイツの性格上言うわけがない。

衣服を奪って、理性を奪って、コイツは、赤い髪を振り乱して、アタシをやっと受け入れる。



「…いい加減、待つのやめないか?」



待っているんだ。

いつも、アタシから奪ってもらう時をいつも、アンタは待っている。


「…な、何がです、か…?」

「欲しいなら欲しいって言いな。」

「欲してないのに、言えま」

「そう?ホントに?」

「だから別に…してませんって…」


「それが嘘だっての。」


アタシは、更に体を寄せた。

葵は、その勢いに押されて立ち上がり、浴槽の淵に、腰をかける。

すかさず、葵の閉じかけた足の間に、膝を入れる。


「…っ!」

「逃げるなよ…」


人差し指で、ゆっくりと拭う。トロリとした感触。


「…ホラ、これが証拠さ。」


親指と人差し指で、それがわずかに糸を引く様を、ワザと見せ付ける。

こうでもしないと、真面目な隊長様は認めないからな。


「そ、れは…ただの…」

「…ただの生理的反応ってのは、聞き飽きたね。だったら、誰がこうしても、アンタは濡れるって事になるだろ?

 あぁ、そうか…他の誰かとこんなマネしたんだ?」


「ち、違…います…!」


表情がかなり変わってきた。

普段は絶対見せない、女の顔。


「だろうな。」


アタシがいじればいじるほど、葵は困惑し、理性を失っていく。

その段階を、アタシは愉しんでいる。…ま、意地が悪いといえば、悪いんだろうが。


「…わかってるなら…聞かないで…」


唇の間から、小さく聞こえる声。

閉じられない葵の両足は、アタシの膝に当たっては、開き、また閉じようとする。

・・・更に、意地悪したくなる。


アタシは、唇の端にキスをして「…拒否権、使ってもいいよ?」と、ワザと優しく言う。


葵が、やっとこちらを見る。”酷い人”といわんばかりの顔で。


「…欲っしてないんだろ?使ったら?拒否権。」

「………」


熱を持った葵の瞳からは、拒否は感じられない。今も、さっきも。

しかし、沈黙を守ろうとする葵に向かってアタシは言う。


「…ふうん…ダンマリかい?」


よくここまで、意地を張れるもんだ。

拒否権使わない時点で、欲してると言っているようなもんなのに。


「・・・・・・・。」


「葵、壁に手をついて背中をむけな。罰ゲームの続きといこうじゃないか。」

「…ま、まだする気ですか…?」


「アンタが、素直に欲しいって言うまで。」

「…な、なんで、そんなにこだわるんですか…」


「・・・さあ?なんでだろうね?最近、誰かさんが構ってくれないから、かな?」


「そ、そんなつもりは…あぅっ…!」


アタシは、葵の背中に自分の体を密着させた。

さっきの体制とは逆。違うのは、アタシの手の位置。

柔らかな胸を両手で包み、五指で優しく刺激する。

アタシの体を洗っていた時から、葵の胸の敏感な部分は”反応”していた。


「そんなつもりないのなら…そろそろ言ったらどうだ? ”欲しい”って。」


アタシは、泡を絡ませて、首筋を撫でる。

葵の性感帯は、大体記憶しているから、快楽に落とそうと思えば、いつだってできる。


「…だ…から…くぅっ…!?…べ、別に、わ、たし…ぁ……!」


ただ、徐々に刺激しないと、葵にまた逃げられる。

…近頃、葵は忙しいだの言ってはいたが…どこまでホントかは疑わしい。

アタシを避けてるんじゃないか、なんて思うほど。

…理由は、心当たりがあるような、無いような…そんなに酷い事はしてないと思うんだがな…。

・・・・・ま、いいや。


今夜、2人きりで会う運びになったのもおおよそ、お祭り騒ぎが好きなエリカ達から

アタシが”誕生日”に積極的に参加しないのを参加をするよう説得しろとか、ナントカ言われたからだろう。


(…面倒くさいし、ややこしいんだよな…。…第一、年取るだけだろ?何がめでたいんだか…)



そういう”理由”がないと、動かないのがコイツだ。

自分の欲求は、後回し。いや、正確には欲求を抑え込む。

だから、アタシが無理矢理にでも”理由”を与えないと、この女は欲しいのほの字も言わない。


「…ぁ…っ!」

「…こっちも洗う?」


アタシは利き手を、足の間に滑り込ませる。


「―っ!!」


その途端、葵の体が強張る。筋肉と脂肪のバランスがいい身体をアタシはしっかりと捕まえる。


「…たまらないね、その反応…。」


一度、コイツの理性を失った姿を見ると、癖になる。

次の日には、何もなかったような、顔で笑うから。だから、余計、引きずり出したくなる。


「…ろ、ロベリア…っ…ぁ…」

怒ったような声を上げて、それでもアタシを突き飛ばさない。

何を言っても、あくまでアタシは泡をつけて身体中を撫でるだけ。

・・・葵の立場なら、さぞ、もどかしいだろう。


いや、もどかしいのは、アタシの方だ。

アンタを抱いたあの日から、ずっと欲していた。・・・別に、強引に抱いても良かったんだが。



「欲しいって、いう気になったかい?」


アタシは、葵を後ろから抱き締めて、囁いた。

体は洗い尽くしてやった。


「…それも、罰ゲーム…?」


葵は、息を途切れさせながらそう言い、右手を壁から離して、アタシの濡れた銀髪にそっと添えた。


それを聞いたアタシは、ゆっくりと答える。


「…いいや。」


葵がゆっくりと、こちらに振り向く。

目には、たっぷりと涙を溜めて「…ここじゃ、嫌…。」と、そう小さく呟いた。


「なんで?」

「声、反響するから…。」


ブツブツと単語で区切られた、喋り方。



「…反響しなきゃ良い訳だ。」


アタシは、シャワーの蛇口を捻る。

流れる湯の音で、葵のか細い声は、かき消される。


「…ロベ…ア…!」


頭上から降り注ぐ、温かい雨の中―

体の泡が流れ落ちて、互いの肌がハッキリと見える。


キスを交わす。舌を絡ませて、唇を優しく噛んでは、離して、舐める。

口を塞げば、声は出ない。


「っく…!…ふっ…ぁ…」



アタシは一旦、唇を離して葵の顔を見つめた。

何秒の間か、ずっとまっすぐ、見つめた。








葵の唇が、動いた。








…それをみて、アタシは”もう、ダメだな”と思った。


十分刺激してから、ベッドへ運ぶ・・・という予定は、すっ飛ばした。


片足を浴槽の手すりに上げさせて、アタシは葵の中に侵入する。

声は、アタシが飲み込んでやる。

上下する体がぶつかる音と、弾む息、シャワーの水音が、全てかき消す。

湯冷め覚悟で、アタシは葵を抱いた。






幸い、湯冷めはしなかった。

…まあ、湯上り後2〜3時間の”全身運動”をしたし、血行は良くなっただろう。


「なあ。」

「なんですか…?」


アタシはベッドの中で、葵の背中を撫でながら言った。


「…始めから素直に欲しいって、何故言えないんだ?アンタ。」

「・・・・・・それも、罰ゲームですか?」

「…それで、答えてくれるなら、勝者の権利を使おうか。」


長い沈黙の後、葵は疲れた声で答えた。


「…素直に言ったら、今度はきっと…”どこに何が欲しいのか”を聞くでしょう?」


「・・・・・・。」


・・・う、鋭い。


「そんな酷いイジワルされるくらいなら…欲しいなんて、言いたくないんです。

 …拒否権を使わない代わりに、それくらいは認めてくださいね。」


そういうと、葵は、頬杖をついていたアタシの唇に、軽くキスをした。


・・・・フン・・・そんな理由で言わなかったのかよ・・・

そんな言い方されると、ますます言わせたくなるじゃないか…。


「…じゃあ、おやすみなさい…。」


葵は、こちらに完全に背中を向けて、寝に入ろうとしている。



アタシは、右腕の具合を確かめる。


…うん、まだイケるな。




「…葵ちゃ〜ん♪」


アタシは、とびきり可愛い声で、擦り寄る。


「・・・んん?・・・ちょ、ちょっと・・・なっ!?」



その後、葵が”どこに何が欲しいのか”を言ったかどうかは…


アンタらに教える必要はないだろ?







・・・end





あとがき

修正してみましたが・・・若気の至りって本当に怖いですね。