アタシロベリア=カルリーニと隊長 月代 葵は橋の上で賭けをした。


橋の向こう側から来るヤツの性別を当てる。それだけの事だった。

賭けに負けた方は、勝った方のいう事をきく。

…単純なガキの遊び。


で、この間の賭けは、当然…このアタシの勝ち。


負けた葵は、未だにこの賭けの結果と、罰ゲームの事を根に持っているらしく、しばらく、アタシの部屋に来なかった。


罰ゲーム終了後は『二度と、ロベリアさんと賭けはしませんっ!』とか、ほざいてたな…。


…フン…わかってないねえ…

…賭けも何も、始めからどうだって良い。

アンタとの一夜を手に入れるための口実に、たまたま”賭け”が必要になっただけの事さ。


大体ねぇ…賭けも、戦いも、何でも…自分の思い通りにしたきゃ…

勝てば良いんだよ、勝てば。




 make a bet 2 ― リベンジ編 ―



シャノワールの地下の部屋。

アタシの部屋は、舞台の道具やら、装置の一部が乱雑に置いてある物置小屋。

ただ、寝泊りするだけの薄暗くて、埃っぽい部屋。



それから…とある女を連れ込むには、うってつけの部屋。

大抵は、アタシから呼び寄せるんだが…



この日は違った。




いつものように、アタシは酒を2,3本抱えながら、自分の部屋のノブを回した。


ドアを開けると、まず目に入ったのは、いつも見慣れたミニスカートの切り込みからみえる”太もも”・・・の持ち主。

ソイツは、でかい木箱に頭を突っ込んで、足をバタバタしながら、何かを探している…ように見える。


「・・・なにしてんだ、赤アタマ。」


アタシは、思わずそう言った。


”赤アタマ”こと、月代 葵は声を聞くなり、上半身を箱から出して「…あらま。」とのん気な一言。


「あらま、じゃないよ…人の部屋で何してるって聞いてんだ。」

「あ、そうですね…すみません、勝手に入って。ちょっと、探し物を…」


「…そりゃ見ればわかる。何を探してんだって聞いてるんだよ。モノに寄っちゃ、出てってもらうぞ。」

「……そんなに、危険な物置いてあるんですか?ココ。」


「モノによりけり、さ。…で、何だ?」

「月の形をしたライトって…みた事あります?」


「……ないね。」

「…この部屋にあるって、聞いたモンですから…おっかしいなぁ…」



葵の話によると、道具係から、見つけてくれと頼まれたそうだ。

確かに、アタシの寝床は、使わない小道具やら、舞台装置が散乱している。


だが。


「アタシだって、この部屋のどこに何があるかまで、細かくは、把握してないよ。」

「…うーん…じゃあ、もう少し探させて下さい。お願いします。」


「…好きにしな。埃立てんじゃないよ。」

「はい。」


葵は、また木箱に頭を突っ込んだ。

アタシは、その様子を横目で見ながら、酒を口にした。


・・・なんとなく、いつもより、埃っぽい空気だ。

アタシは頬杖をついて、ただ、葵のバタバタする足をみていた。


「あれぇ?…コレは……あ、丸い。…なんだ…」


独り言を呟く葵のスカートの切れ込みから太ももが、チラつく。

これ見よがしにそれがチラつくので、アタシは、思わず溜息をついた。


目の前のサービスショットは、酒のツマミになるどころか余計、アタシの欲求不満を招くものだ。

…アタシは、あの太ももの感触を知っている。

膝枕させたら、最高に寝心地が良いし、感度も良い。


「あ……なんだコレ…ま、いっか…えーと…」


太ももに続いて、また目立つのが、尻。アヒルみたいに、フリフリ動く。

アタシは、それを横目で見ている。

…つーか…嫌でも目に入るんだよ、仕方ないだろ。



「・・・はぁ・・・。」


溜息も出るさ…。

”襲ってくれ”とでも言いたいのか?アタシに向けられたその尻は。

ただ、今撫でたり、ちょっかいを出したら、葵はきっと怒るだろう。


…早めに月のライトが見つかる事を、アタシは願う。


「・・・オイ、見つかったかぁ?」

「…全然。」


「…チッ…」

「…あ、そうだ、ロベリアさん?」


「・・・何だ?」

「パンツ見えてたら、教えて下さいね?」


「・・・・・・・見えてないよ。」


仕舞いにはめくり上げるぞ、そのスカート…!

…アタシは、葵から目を逸らし、ふと天井を見上げた。


(・・・あれ?あんなの…あったか?)


その、三日月形のお粗末な物体は、部屋の隅の柱に、紐でぶら下がっていた。


…多分、中に電球か何かを入れて、使うんだろう…


・・・・・・・・。


……まさか…探しモノは、アレ(あんなモン)か?しかも、あんな近くに…”灯台元暗し”…だな。



「オイ、葵。」

「はい?パンツ見えてます?」


・・・例え、見えてたとしても、教えるもんか。


「違う。…その月のライトって、必要なのか?」


アタシがそう言うと、葵は箱からぱっと顔を上げて、こちらを見た。


「ええ。一緒に探してくれるんですかっ?」


…その嬉しそうな表情はよしなよ…。

・・・ますます、イジメたくなるだろ・・・?(ニヤリ)


「探す必要ないさ。」

「え?どうし・・・・・あ、やっぱり知ってるんですね?場所。」


「まあな。思い出した。」

「教えて下さい。」


「じゃあ、賭けをしようじゃないか。アンタが勝ったら、教えてやるよ。」

とアタシが言った途端、葵の表情は曇った。


「・・・・・・また、ですか・・・。」

と言った葵の表情は、曇るというより、呆れているようだった。


「嫌なら、良いんだよ。でも、明日まで…見つかるかねぇ?アレ。」


アタシは、揺さぶりをかけた。

どんなにお粗末なモノでも、必要ならばコイツは、この勝負を受ける。

アタシには、その確信があったから。


「…うう…くっ…!」


ホラホラ、その悔しそうな顔…たまらないねぇ…。


「どうするぅ?葵ちゃん?急ぐんだろ?」

「・・・わかりました、やります。…で、負けたら私は何を?」

「…ふふ、分かってるじゃないか。物分りの良い人間は、好きだよ、アタシ。」

「…あ、先に言っておきますけど!”勝者のいう事をきく”ってのは、もう無しですよ!」


葵、お得意の”学習能力”というヤツか、アタシは先手を封じられた。


「ま、いいだろう。」

「・・・・・ほっ・・・。」


安心してて、いいのかな?葵隊長…



「じゃあ勝負は、シンプルに…」


アタシはトランプを取り出した。


「ルールは簡単。このトランプからお互い、一枚引く。

そして、そのカードの色・・・つまり赤か黒かを当てていく。

それを繰り返し…山札が無くなった時点で、当たりの多い方が勝ち。・・・どうだ?簡単だろ?」


「…それ、50%の確率ですよね?…勝負になるんですか?」

「だからこそ、さ。今度は、割とフェアだろ?」


「…イカサマ、無しですよ?」

「じゃあ、調べてみなよ。普通のトランプだ。」


アタシは、テーブルの上にトランプを置いた。

葵は、椅子に腰掛けると、トランプを手に取り、調べた。


「・・・・・・・・・ですね・・・。」


一通り、目を通した葵は納得したように、トランプをテーブルの中央に置いた。


「…で、どうやって、イカサマするんだ?カードに目印なんて、ついてないし、つけられない。

イカサマの仕様がないだろ?」


アタシは、手をヒラヒラさせて、笑った。


「うーん・・・」


用心深く、葵はアタシをみていた。


「じゃあ、こういうのは?”イカサマした時点で、負け決定”。」

とアタシが条件をつけると、葵は、見破る自信があったのか


「…わかりました、やりましょう!」

勢いの良い返事が返ってきた。


…リベンジのつもりか…?


まあ、それは、ともかく。

・・・見事に、アタシの罠にかかったな・・・葵・・・(ニヤリ)




「じゃあ、シャッフルして、一枚引いてみな。」


アタシは、葵にトランプをシャッフルするように、促した。

葵は、素直にシャッフルして、山札から一枚引いた。


「はい、どうぞ。」

「赤。」


「…残念。黒です。」


”スペードの8”。微笑を浮かべながらも、葵からは真剣というオーラが出ている。


「フン、じゃアタシの番だな……ホラ。」


アタシは、カードを引くと、自分の顔の前に持ってきた。

じーっと、アタシのカードを見つめる葵。

いくら見つめても、カードの色が透けて見えるわけが無いが、アタシは、答えを急かしたりはしない。

しばらくすると、葵の表情が一瞬変わった。


「・・・・・・・あ、赤…。」


自信がなさそうな、その答え方に、アタシは笑って答える。


「お、やるな。正解だ。」


葵に”ダイヤの5”のカードを見せる。


「…え、えと…はい、どうぞ。」


若干、焦りの表情を浮かべる葵は、ささっとカードを引いた。

アタシは、さっきと同じタイミングで答える


「黒。」

「あ、赤です…。」


葵は”ハートのクイーン”を見せた。


「フン…じゃあ、アタシの番だ……ホラ。」


アタシは、カードを引くと、自分の顔の前に持ってきた。葵は、真剣な眼差しでアタシを見た。


「・・・・・・・・黒。」

アタシは笑って答える。


「正解。随分、勘が良いな…。」


”スペードの3”ついでに褒めてやると、葵も微笑を浮かべた。


「いえ…どうぞ。」


葵の差し出したカードに、アタシはまた同じタイミングで答える。


「黒。」

「…正解です。」


葵はアタシに”クローバーのエース”を見せた。アタシは、頬杖をついて状況を整理した。


「これで、3―1か・・・アンタの方が優勢って事か。」

「そうですね。」


(そろそろかな…)

「ホレ、当ててみろよ。」


アタシは、カードを引くと、同じように自分の顔の前に持ってきた。

葵は、真剣な眼差しでアタシを見た。


「…………黒です。」


アタシは、笑って答えた。


「…残念だったな…”赤”だ」


そう言って”ダイヤのジャック”を見せる。その瞬間、葵は、目を見開いて驚いた。


「…えぇ…っ!?」

「……なんで、そんなに驚くんだ?」


「い、いえ、別に…!」

「…まあ、いいさ…引けよ。」


・・・思ったとおりだ。罠にかかったな葵。アタシは、自分の勝ちを確信した。



「…はい。どうぞ。」

「赤。」

「…正解…。」


葵は”ハートのキング”を見せた。

別に、アタシは始めから、カードの色なんざ、当てる気はさらさら無い。


この勝負、始めから勝率なんて関係ないのだから。


「次、アタシの番だな…さあ、当てな。」


アタシは、カードを引くと、自分の顔の前に持ってきた。

葵は、真剣な眼差しでアタシを見る。


「…………赤。」

「残念、黒だ。」


アタシは”クローバーの2”を見せた。


「え…ええ!?そんなはずは…!」


思わず口にしたその言葉に…アタシは吹き出しそうになるのを抑えて、言った。


「……オヤオヤ、どんなハズだったんだい?」

「え、いや…そ、その…!」


「葵…いやに、アタシの瞳見つめてくるけど…何かあるのか?」

「い、いえ…べ、別に!?色素薄い瞳だな〜と思って…えへへ。」


「…一応確認するけど、イカサマしたら…その場で、負け決定だぞ。」


「わ、わかってます…!……どうぞ!」


アタシは、もう余裕だった。


「赤。」

「・・・・せ、正解・・・。」


冷静を装うとしているが、アタシには葵の焦りの表情が、よく見える。


「…じゃ、当ててみな。」


アタシは、カードを引くと、自分の顔の前に持ってきた。

葵は、より真剣な眼差しでアタシを見る。


「…………赤です!」

「残念、黒だ。」


アタシが”スペードの9”を見せると、葵は立ち上がって、叫んだ。


「…え!?えぇ!?どうして―!?」

「オイ、赤アタマ。ギャンブルは、常に冷静に、って学習したんだろ?」


アタシにそう言われて、葵は目を閉じ、呼吸を整えると

「・・・・・・・ロベリアさん、イカサマしましたね?」

そう言って、テーブルに両手をついて、抗議しはじめた。


「…じゃあどんなイカサマだって言うんだ?言ってみなよ。」

「私の色のコールの後、カードをすり替えましたね…?」


「それで?」

「…私の正解率が低ければ、貴女が必ず勝つ…」


「…ふーん…じゃあ、アンタがアタシのカード見なければ、成立しないな? そのイカサマ。」



アタシがそういうと、葵は、マズイ!という表情を浮かべて「え゛・・・。」と声を漏らした。


「…だからさ、アタシが、確実にカードをすり替えた、と…どうしてアンタが断言出来るんだ?」


「う……そ、それは…。」



勝負は決した。たった今。


(…もう、いいかな…。)


アタシはそう思って、口を開いた。もっとおちょくってからでも、良かったんだが…。


「アンタは、アタシの”眼鏡に映った”カードを見て答えた。違うか?

 だとすると、イカサマしたアンタの負けだよ。葵。」


「・・・そ、そんな・・・!あ!もしかして、最初から、それが狙いだったんですね!?

 ・・・私に”イカサマさせて”負けるように…!」


アタシは、眼鏡を指で上げて、ニッと笑った。


「フフフ…アタシは、何にもしてないよ。アンタが”勝手に”アタシのカードを見ただけさ。」


「だだだ…だ、だって!ロベリアさんがカードをすり替えたのは、事実じゃないですか…!

 せめて、ドローに…っ!」


「だが、アンタが色のコールをした後に、アタシがカードをすり替えたって分かる為には

変わる前のカードの色…つまり、アタシのカードを”事前に見る”必要がある。

仮に、アタシがカードをすり替えるイカサマを働いていたんなら

カードを見たアンタは、アタシより”先に”イカサマ働いたって事になる。だから、先にイカサマしたアンタの負け。」


「う・・・ううう・・・反論できない…ぃ…!!」


クソ真面目な性格だから、反論出来ないだけだろ?と、アタシは心の中でほくそ笑む。


「…その観察眼が、仇になったな?」


リベンジを狙う葵は、恐らくアタシのイカサマを見抜こうと、アタシを必死に観察するだろう。

それを逆手に取っただけ…全てはアタシの計算通り。さすが、アタシ。


「まーたー負ーけーたー!!!!」

「フン…前回も言ったけどさ…アタシ、この手の賭けで負けた事無いんだよ。」


「うええええええん…また変な事強要されるー!!」


オイオイ、なんて言い草だよ…全く…


「…ホント、アンタといると、退屈しないねぇ…ククク…。

 …さて…じゃ、ベッド行こうか。」


そう言って、アタシがぽんっと肩を叩くと

葵は、顔に”最悪だー”という文字が、くっきり浮かぶ程の表情で、アタシを見上げた。


「………やっぱり…」


アタシは、梯子を上ると、渋い顔をした葵に手を差し出した。


「…来いよ、今回の罰ゲームは、簡単で、短時間で済む。」


「……。」


葵は”今、言え”と言わんばかりの顔をして、アタシの顔を見上げている。


「ベッドの上で”ある台詞”を言うだけだ。だから、上がってきな。」


そう宣言すると、無言で葵は上がってきた。

ベッドに座ったアタシは、指で”来い”と誘った。

葵は、スーツの上着を脱ぐと、手すりにかけて、聞いてもいないのに「皺になりますから。」と、脱いだ理由を口にした。


「はいはい。」


「…で、ある台詞とはなんですか?」


「もっと、近くに寄りなよ、アタシがアンタの耳元で台詞を言うから、アンタは、その台詞を繰り返すだけで良いんだ。」


「…わかりました…。」


葵は何を言わされるのか、多分、わかっているんだろう。

なるべく感情を表に出さないように、目を瞑っている。


…アタシとしては”余計に”そそるんだよな…その耐えてる感じが、さ。


引き出したくなるじゃないか。その奥にある、葵の本音と欲望を。

ベッドに座ったアタシの隣に、葵は座った。目は閉じたまま。


アタシは、そっと耳元で言葉を囁く。


「―ッ!」


葵の体が徐々に硬直していくのが、手に取るようにわかる。

アタシは構わず、ボソボソと続けた。よくやるなアタシも、と自分でも苦笑してしまう。


「・・・以上、頭の良いアンタの事だ、一回で覚えただろう?・・・さ、言ってくれ。」

「……ほ、本気ですか…?」


その問いに答える舌は持たない。

アタシは、ただ目を細めて笑った。

葵は、目を閉じて言った。


「…ろ…『ロベリア…』………や、やっぱり嫌です!い、言えない…ッ!」


アタシは、ただ目を細めて笑う。


”言え。葵。”


アタシの目線で、葵は再び目を閉じて、感情を押し殺した声で、人形のように”台詞”を言い始めた。


「…『ロベリア、私は』…」


葵の弱点は、感情の切り替えがヘタな所だとグラン・マが言っていたな。


…アタシも、そう思う。


「…『私は貴女が好きです』…

 …『私は、貴女に抱かれたい』

 …『貴女が欲しくて、たまらない』…

 

 …『貴女の』……っ……!」


そこまで言うと、葵は右手で、顔を覆った。人形じゃ、いられなくなった様だ。


「…葵、続けな。最後まで言ったら、罰ゲームは終了だ。後は、アンタの”自由”だ。」


そう言うと、葵は顔をゆっくりあげた。きつく閉じられていた目は、開いていた。


「たかが、台詞、だろ?」


アタシがそう言うと、葵はゆっくりと瞬きをした。

最後の台詞を言ったら、罰ゲームは終了だ。


「『貴女の』…」


葵の瞳は、潤んでいた。


「…『貴女の指を…入れ、て』…。」


言い終わると、葵は再び目をきつく閉じた。だが、罰ゲームは終わらない。


「…抜けたな、単語一つ。もう一度。」


そう言って、アタシは葵の左頬の絆創膏を、ゆっくりと剥がした。

横に走る、切り傷。…コイツの、過去の傷。

目を閉じたままの葵の顎を、指で持ち上げ、こちらに向かせる。


「もう一度、だ…葵。最初から。」


アタシは、葵の中に響くように、ゆっくりと囁く。

すると、葵は目を開け、アタシの目を見つめながら、言葉を口にした。


「…『ロベリア、私は貴女が好きです』…

 …『私は、貴女に抱かれたい』

 …『貴女が欲しくて、たまらない』…


 …『貴女の』…」


そこで、やはり言葉は途切れた。アタシは、待った。

葵から、求められた事が無いアタシには、どんな形でも、葵からの言葉が欲しかった。

だから、アタシは何度も好きだと囁いたし、何度も葵を抱いた。

ヤツが、アタシを欲しくなるように…。


アタシに攻められて、やっと出る生理的反応じゃない。

アタシを自分から欲するように体に教え込んだ。

消せないように、痕までつけて。


アタシは、アンタを求めてる。だから、アンタも求めて欲しい。

葵から”好き”と言われた事はあっても、”抱いて”と言われた事は一度も無い。


前回の罰ゲームで、アタシはやっと、葵に求められた。

今回の罰ゲームを楽しむ一方、アタシはどこか期待していた。


”求められる”のを。


葵が再び口を開くまで、1分程だったと思う。



「…『貴女の指を…私の奥まで…入れて』…

 ・・・早く・・・」


葵は言い終わると、アタシを引き寄せて、唇を重ねた。

舌を使わない、優しい柔らかいキス。葵らしいキスだ、とアタシは思う。


アタシみたいに、奪おうだなんて、考えてもいない。

多分、触れたくてたまらない…それだけなんだろう。


そのまま、葵はアタシの服を掴んで、アタシごとベッドに倒れた。


唇を離すとアタシは、湧き上がってくる欲望を抑えながら、葵に問う。


「どうした…?罰ゲームは、終わり、だぞ。」


葵は、アタシの頬を撫でると、ネクタイを外してみせた。


「台詞、言い終わったら…自由だって…言ったじゃないですか…」


どこか、辛そうな表情だ。溢れ出しそうな感情を、抑えている為か、それとも…


「…ああ、アンタの自由さ…」


…確かに、罰ゲームは台詞を言い終わると同時に終了している。



だからって…こうも”期待通りに事が運ぶ”と、嬉しさを通り越して、怖くなってくる。

ゾクゾクと何かが、アタシの全身をかけていく。手をゆっくり葵の頬につけて、指で傷を撫でる。


「私は、明日までにライトが見つかれば、良いんです。だから……”早く”。」


葵は、さっき済ませた罰ゲームの最後の台詞を、また呟いた。


”早く”


だが、その最後の単語は、アタシは指定していない。

言葉の続きにアタシは耳を澄ます。

罰ゲームじゃない、強制じゃない、葵自身の言葉。



「…早く、抱いて下さい…。」



その台詞を聞き終わると同時に、アタシと葵はキスをした。

お互いが、自分の衣服を脱ぎながら、何度も何度もキスをした。

呼吸、服を脱いで、キス、思い出したようにまた呼吸…。


忙しいサイクルを繰り返して、やがて服を脱ぐ必要もなくなると、アタシは、葵の胸に顔をうずめた。

両手で、包み込み、指先でほぐすように、触る。胸の先に舌先をつけて、刺激を与える。


「…ぁ…ぅ…っ………っ!」


いつもは、アタシが、葵の体の感触や、反応を楽しむ為にしていた。


今日は違う。


今日は、アタシが、葵に”求められた”から。


今夜、アタシを、欲しているのは、葵だ。


「…感じてもらうよ、葵が欲しがった分まで、たっぷりとな。」


とアタシが言うと、意外な答えが返ってくる。


「…きて…ロベリア…」

「・・・・!」


その言葉に、更にアタシは、喉が詰まりそうになる。

太腿で、葵が、指を欲しがっている部分を擦って刺激する。


「…なんだよ、今までそんな事…言った事無いくせに…」

「…だって……ぁ…っ…う…!」


「”だって”…なんだ?」


アタシは、葵の上に乗ると、掌で体のラインをなぞる。

正確には、傷痕を。


「…欲しくなったら、言えって…言ったの…貴女でしょ…?」


確かに、言ったけど…


「……あぁ…」

いざ、言われるとこっちが恥ずかしいな…。


「だから…言ったんです…」


葵は、そう言って、目を閉じた。

ゆっくりと、ニーソックス付きの足が、開く。開いたと言っても、わずかな隙間程度。それでも、十分だった。


(…ヤバイな…持つかな、アタシの理性…。)


考えながら、首筋にキスを落とす。いつも通りに、傷痕を舐めるように、キスを落とす。

ニーソックスも剥ぎ取って、下へ下へとキスをする。唇が触れる度に、葵は声を発する。

体温高めの掌が、アタシの銀髪を探しては、触れる。

葵の肌に顔を近づけると、葵の匂いがする。女特有の匂いというよりも、葵の匂い。

アタシは、葵の右太腿を押し上げて、体を沈められるスペースを作る。


「…蹴るんじゃないよ…葵。」

アタシは、そう言ってゆっくりと体を沈めて、そこへ口付けた。

「はぁ…ぅ…ロベリア…ぁ…」

名前を呼ばれて、アタシはそこをきつく吸って、軽く噛む。

薄暗いライトが、葵の肢体を照らす。


傷だらけの身体を見下ろす。

刺し傷、切り傷、銃創、手術痕…。

今では、気にならなくなるどころか…傷跡をなぞる感触がクセになってしまった。


「…ロベリア…」

「…ん?早く入れて欲しいのか?」


「…め、目つきが…いつもより…いやらしい…。」

「・・・・・・。」


…一体、今のアタシは、どんな顔をしているんだ?


「いいんだよ、いやらしい行為してるんだから。…アンタと2人で。」


アタシは、そう言うと葵の中に侵入した。

予告無く入れたせいか、葵は体を仰け反らせた。


「っあぅ―!?」

「欲しかったんだろ?」


アタシは、一気に奥まで入れて、指を動かし始めた。

「あぁっ…そ…んなっ…急…!?」


「…早く欲しいって言ったの、アンタだろ…?」


(・・・・・・違う、ホントに欲しいのは・・・・)


「だからって…あっ…こんないきなり…はっ…ぁ…!」


ふと、葵の左頬が目に入った。

横に走る、傷跡。

葵の、過去の象徴。


(・・・・・・ホントに、欲しいのは・・・)


「………奪ってやる…」



(・・・ホントに、欲しいのは・・・)


「ん…ぅ…奪うって…?」


(ホントに欲しいのは、アタシの方だ。)


「アンタが、欲しいから…奪う。」

「もう…ぅ奪われて、る…ぅっ…!」


アタシは、葵の目を見つめながら言葉を吐く。


「…奪わせてくれよ…葵…欲しいんだ。アンタが…欲しい。」


ベッドの上で頼み事なんて、どうかしている。

奪うなんて、言葉だけ。

まるで、ダダをこねるガキだ。


アタシは今、どんな顔をしているんだろう。


「…ホント、貴女って人は…」

「…ん?」


葵はアタシの顔を見ると、アタシの額にキスをして、困ったように笑った。


「…激しく、しないで下さい、ね?」


葵の表情に、艶が増す。

色気の一種だろうな…アタシには出来ない。

女を欲情させる色気ってヤツは…多分、この女しか出せないだろう。(アタシは、出そうとも思わないが。)


「…気持ちイイのに?」


アタシがそう聞くと、葵はピタリと動きを止めた。


「…腰、痛めちゃうから、ですよ…。」

「フン……痛くなっても『抜いて』なんて、言うなよ?」


アタシは、意地悪く宣言する。例え止めてと言われても、誰が止めてやるもんか。


「…ちょ、ちょっと…何する気ですか?」

「イイコト♪」

「イイコトって、な…」


アタシは、葵の言葉を遮って、指を更に深く捻じ込んだ。

途端に、同い年の女は、子犬みたいな高い声を出した。


「あっ…やっ…激しく、しないでって…いっ…!」

「…いや、無理無理…無理だって、もう…。」


アタシは、自分でも湧き上がってくる感情を堪えきれなくなっていた。

口の端が、徐々に上がっていくのが、わかる。

指の動きは、激しさを増していく。


「…だっ…なっ…何……っ…!!」


”何で?”と聞こうとしても、言葉になってない。


「…アンタが、あんまりにも、可愛いから。」


アタシが、意地悪く笑って、答えてみせると子犬は、少し暴れて、キャンキャン可愛らしく鳴き続けた。


「ッ…ロベリアァ…ッ!!」





どんな言葉も、どんな行為も、時間に流されて、消えていく。


ただ、記憶に残るだけ。


いや、残れば良い方。


葵の”現在”という時間に、アタシを刻み込んで、葵の記憶に”アタシ”という存在をイヤというほど叩き込む。

葵の時間を、アタシの時間と重ねる事で…アタシは、葵の”現在”を奪う。


今は、まだ…頬の傷(過去)には、及ばないが…





いつか、アンタの時間全部…このアタシが、盗んでみせる。







「…どうだ?痛むか?」


アタシは手を洗い終わって、ベッドへと戻ると、葵はまだ、裸のまま突っ伏していた。

体勢は、行為が終わった直後から、変わっていない。


・・・やれやれ、戦う体力はあっても、コッチはダメか・・・。※『ロベリアさんは、全く逆ですけどね。by葵』


背中にキスをしても、葵はピクリとも動かないので水で洗ったばかりの冷たい掌で、火照った葵の頬を撫でた。


すると、葵は虚ろな目をこちらに向けて

「・・・また腰痛になったら、貴女のせいですよ。」

と少し掠れた声で言った。


第一声が、それとはなんてヤツだ。まあ、葵なりのアタシへの仕返しなんだろう。


「・・・まだ、元気じゃないか。葵ちゃん。」


まだ、熱を帯びたままの瞳が、アタシを捕らえる。

ホント、つくづく…変に色気がある女だ。


…このまま、見つめていたら、また泣かしちまうかもしれないね。


「…で、葵ちゃん…ご感想は?」


”今度は、優しかっただろ?”と付け加える。



最初は、アタシも自制心が全く効かなくて、葵を何度泣かせたか…

………まあ、それはそれとして。

今回は、ちゃんと………まあ、それなりに…保った方だ(と思う)。



葵が、あんな目でアタシをみたり、あんな仕草しなきゃ…

アタシだって、少しは………いや、それはもういいや。


葵はアタシの問いには答えず、目を閉じて、アタシの手から冷気をとっていた。


「・・・なんだよ、拗ねてんのか?」


アタシは、温くなった右手を、まだ冷たい左手に変えてやった。

余程気持ち良いのか、葵はアタシの手に頬をすり寄せ、今度は、その左手を額に当てて、少し考え込みながら言った。


「いえ…なんというか…ですね…。」


どうやら、感想を何かに例えて、話してくれるようだ。


そして、少しの間を置いて、結論が出たらしく。


いかにも”正直に言おう”という決意の顔をしながら

「…やっぱり、罰ゲームって…感じでした…。」と言った。


「…フッ…聞かなきゃ良かったよ…。」


それを聞いたアタシは、苦笑いを浮かべてどっちが罰ゲームなんだかわからなくなってきたな、と思った。



言葉も、行為も所詮は、一晩で時間に溶けて、消えていく。

記憶に残れば、良い方だ。


…ただ、残る記憶が良い物ばかりとは、限らない。




ちなみに…。



アンタ達がエロシーンに夢中で、すっかり忘れているだろう”月のライト”の件だが・・・

折角、このロベリア様が、提供してやったというのに古いわ、壊れてるわ

道具係に『なんか、思ってたイメージと違うわ(笑)』とか

・・・散々言われて、つき返されたそうだ。



「わ、私が、めちゃくちゃ苦労して…手に入れたのに…

 私が、私が…一体何をしたっていうんですかああああああああああ!!!!」


「よしよし、カワイソウに・・・飲みに行くか?」


アタシは、泣き叫ぶ葵の肩を、しっかりと抱いた。


(さぁて、今夜はどんな賭けをしようかなぁ…)


こみ上げる笑いを、堪えながら。




END





あとがき


はい、SなロベリアさんとMな隊長…の危険な賭け事プラスα・・・でした。

まあ、賭けじゃなくて単なるロベリアさんの屁理屈ゲームですけど(笑)


そして・・・修正もしてみましたが・・・限界か。