[ サクラ大戦 〜紅姫恋愛編〜 メル×葵 ]



その人は、赤い髪をしている。

その人は、左頬に絆創膏をしている。

その人は、最近よく笑うようになった。


・・・私、以外の・・・誰かの御蔭で。


「・・・あのー・・・あれ?あのー・・・メル?」


気が付くと、彼女、月代葵が、私こと、メル=レゾンの顔を覗き込んでいた。

至近距離に、思わず私は後退りしてしまった。


「あ、葵さん・・・!?な、なんですかッ!?」


思わず、出てしまった大声。


「あ・・・すみません、驚かせてしまって。」


赤い髪の毛の彼女は、人との距離感がわからないらしい。

・・・私も、だけど。


「ほ、本当にそうですよ!」


・・・ああ、私ってどうしてこうなんだろう・・・。

どうして、彼女に対してもっと・・・優しく声をかけられないんだろう・・・。


「それは、すみませんでした。・・・でも、どうかしましたか?メル・・・ぼうっとして・・・。」


彼女は、すぐに心配そうに尋ねてくる。


「あ、いえ・・・なんでもないんです。それより、何か?」


私の問いに答えるように、彼女は見慣れた表紙のそれを私に差し出した。


「あの、この間、貴女から借りた本を返しに。」

「あ・・・そ、そうですか・・・。」


本を返す彼女の手に・・・正確には彼女の”手袋”に私の指先が触れる。


(あ・・・。)


それでも、彼女の高めの体温が感じられるような・・・そんな気がした。


「言葉の一つ一つが心に深く、じわりと染みてくる・・・そんな印象を受けました・・・。」

「・・・え?」


私が聞き返すと彼女は、苦笑いを浮かべた。


「・・・ああ・・・ダメですね、軍人でこういう本を読む機会が無いから、上手く本の感想が言えなくて・・・でも・・・そう、私は、とても満足でした。」


そう・・・それなら良かった、と私が言おうとした時。


「ありがとう、メル。」

「・・・え・・・?」


「この作品に出会えたのは、貴女の御蔭ですから。だから・・・ありがとう。」


彼女は、微笑んだ。

私の貸した本は、彼女に微笑みをもたらした。


・・・それが、純粋に嬉しくて、嬉しくて・・・。


「・・・あ、あの、葵さん!」

「・・・はい?」


彼女が、また戦いに行ってしまう前に、どうしても読んでほしい本がまだ・・・まだある。

・・・単に私は・・・彼女の微笑みが見たいだけ、なのかもしれない。


彼女が私と同じ本を読んでくれて、同じ世界を共有してくれて、そして・・・微笑みかけてくれる・・・。

その一瞬の微笑みの為に、私はまた、自分の本棚とにらめっこをするのだろう。


「あの・・・実は・・・まだ、あるんです・・・貴女に読んで欲しい、本が・・・その・・・よろしければ・・・」


私がツギハギだらけの言葉を吐き出すと、彼女はまたニッコリ微笑んで言った。


「それは是非、喜んで。メルのおススメの本は、本当にどれも素晴らしいものばかりです。」



私が本を彼女に貸す理由。

それは・・・彼女の微笑みが欲しい、たった、それだけの理由から。



私は、戦う貴女のサポートしか、出来ない。

貴女が戦いの最中庇ってあげる事は、出来ない。


いつも、いつも、皆が笑顔で帰ってくる事を願い、精一杯自分のすべき事をしている・・・つもりだ。


だけど、帰還するまでの待っている時間が、どうしようもなく長く感じる時がある。

貴女を、巴里華撃団のみんなを、笑顔で出迎えられた時、貴女が無事に傷もなく帰ってきた時が、一番ホッとする。

以前は、みんなボロボロの状態で帰ってくる事が多かったから。



私は・・・葵さんの微笑みが、好き・・・。


彼女のその微笑みを得る為に、私は今の所、彼女に”本を貸す”、という手段しか持ち合わせていない。



「・・・・・・じゃあ・・・あの・・・また明日、ここに来て下さい。」

「わかりました。・・・じゃあ、また。」


約束を終えると、赤い髪の彼女は、片手を挙げ、シャノワールの廊下を颯爽と歩いていく。


その人は、赤い髪をしている。

その人は、左頬に絆創膏をしている。

その人は、最近よく笑うようになった。


・・・私、以外の・・・誰かの御蔭で。



・・・でも、私だって・・・



私だって・・・貴女にもっと微笑みを、あげたい。


本を抱きしめると、少しだけ、彼女の匂いがした。


私は、本を抱きしめ、一人、心の中で呟く。決して発せられない、その言葉を心の中で小さく、小さく・・・発する。



 『・・・貴女が・・・好き。』




― メルの独り言・・・END ―


あとがき

倉庫に眠っていたSSを引っ張り出してみました。書いてたんですね、メル×葵。

珍しく、短いお話でした。(いや、元々WEB拍手SSなんだから短い方が良いに決まってますが。)

たまには、(シンプル過ぎる)片想いなんて、いかがでしょうか?

メルを攻略した事がない女が書くとこうなっちゃいましたとさ!(オイ。)

葵視点で書くと、また違うんでしょうけど。