「うぁー…暑ーい…よく平気ねーオサ。」

「南国育ちでしょ?汀、だらしない声出さない。」


夏の日差しが、上からも下からも照りつける。


「コンクリから照り返す、この反射熱が鬱陶しいのよー…あー…」

「…まったく…」


ここは、コンクリートジャングルの真ん中。


私、小山内梢子と、喜屋武汀は、そのど真ん中にいた。


私と汀の周りには、古着屋やら、雑貨店やら、喫茶店やらが密集していて

たくさんの人が、その道を行き来している。



「で、何が見たいの?」


私がとりあえず、そう聞くと。


「ん〜…とりあえず、オサの100%スマイル?」


と汀が答える。

暑いだのなんだのとダラけた声出しておいて、こういう時だけケロッとして言う。


というか……そっちが100%スマイル浮かべてどうするのよ…。


「・・・帰るわよ?」


暑さのせいか、私も若干イライラしていた。

しかし、汀は、その豊かな表情をコロコロと変えて、私に詰め寄る。


「ほ〜ら、早速お出まし。その仏頂面。

 オサってどうしてそうかなぁ…ホラ、笑ってごらん?ウイスキー♪って。」


そしてウイスキー、と指で、口角をあげてみせる。


「はい、帰りましょ。」


私が、回れ右をしようとすると、汀がべたっと背中に張り付いてきた。


「あーはいはいはいはい、軽いジョークよ!ムクれないの!

 とりあえず、楽しくざーっと行きましょ♪ざーっと♪」


さっきまで、暑いとバテていたくせに、汀は素早い動きで、私の上に覆いかぶさり、擦り寄る。

自分は山猫だと言っていたのに、今は、じゃれるただの”座敷猫”だ。


「ちょっ…ちょっと!こんなトコで抱きつかないでよっ!汀!」


背中に、汀の体の柔らかさと体温を同時に感じて、私は恥ずかしさで、思わず道の真ん中で叫んだ。

一方、その原因の汀はというと、何が可笑しいのか、やっぱり目を細めて笑っている。


「この位、スキンシップとしては、普通じゃないの。

 普段、鈍感なクセにオサは、こういう時だけ いちいち過剰反応なんだから。」


街中でいきなり抱きつかれて、反応しないはずが無い。ごく一般的な反応だ。


「普通、反応するわよ!」


反論するも、汀には通じない。通じた試しがない。


本日。


夏休み中の汀は、観光客で。 私は”単なる”地元の観光案内。



それ以上でも、それ以下でもない。



「ふふ〜ん♪まあまあ、いいじゃないの♪・・・デートっぽくってさ♪」


鼻歌雑じりで、汀は楽しそうに私の耳元で笑う。

私は、後半の単語にひっかかって、慌てて汀に忠告する。


「…デ…!?……あ、あくまで、私、観光案内だからっ。いいわね?汀!」


「はいはい了解了解〜♪・・・おっ!オサ!あそこイイ感じ!行ってみよっか!」


私は、汀に腕を取られて、引きずられながら思った。




(・・・絶対、奴は、解ってない・・・。)





        [ Shinin' on-Shinin' love ]





観光案内のはずが、いつの間にかショッピングになっている事に、私が気付いたのは


3軒目の店だった。


それは、別に良い。


汀がそうしたいというなら、観光案内役の私が、口を挟むことじゃない。



「ねえ、どう?オサ。」


試着室から出てきた汀は、勢いよくカーテンを開けて、ポーズをとって見せた。

汀が選んだのは、チューブトップのキャミソール。


「ん、良いんじゃない?」


と私は正直な感想を述べる。よく似合っている。


「ちょっとぉ。もっとよく見て、ホラ。それじゃあ、チラ見よ?オサ。」


(・・・まったく・・・。)


不満そうな汀に促されて、私は目線を、下から上、上から下へと、2往復させた。



あえて言うなら…そんなに肌を出さなくても良いんじゃないか?とも思うが


汀は、暑い地域に住んでいるのだし、本人は、体の線がキレイに出るファッションが気に入っているらしいし。



「・・・・・・良いんじゃない?」


汀のスタイルは、本人が自慢するだけの事があって、良い。

だから『どう?』などと聞かれても、基本的に汀には、何でも似合うのだから、答えは決まっている。


・・・あとは、色とか…汀本人の好み次第だ。


「オサ、ちゃんと見てんの?適当に答えてない?」

「はいはい、ちゃんと見てるわよ。変じゃないし、似合ってるし、私は好きよ。」


腕組をして、私がそう答えると、汀はその答えを待ってました、とばかりに嬉しそうに言った。


「…オサのえっちー♪」

「誰が!」


見ろと言ったから、見たのに!


…いや、このままいちいち汀の口車に乗っていては、この先、体が持たない。



(・・・深呼吸、深呼吸。)


汀は、鼻歌交じりで試着室のカーテンを閉める。残された私は、ただ、静かに待つ。


(・・・平常心、平常心。)



「あ、オサ、ごめーん。ブラのホック止めてくれない?外れちゃった。」


カーテンの向こうから、汀のあっけらかんとした声がして、私の力は抜けていく。



(・・・・・平・・・常・・・心・・・が・・・・・・。)



「……はあ…まったく…。」



本当に、まったく・・・だ。



私は試着室の中に入り、汀の背中に回る。

外れたらしい淡いピンク色の下着のホックの”一方”を、汀の左手が掴んでいた。


「…ねえ、オサは服とか見ないの?さっきオサに似合いそうなの、あったわよ?」



「動かないの。…汀…もう片方は?」


まったく…マイペースと言うか…なんというか…

私の服よりも、今は、汀の”コレ”を止めるのが先だ。


「ん〜ゴメン!あたし、前押さえてないと、ブラ落ちちゃうからさぁ。

 そこら辺にぷらーっとしてない?」


別に汀の上半身を見ても、何も感じないけど…”変な意識”が働くのは…多分、試着室にいるからだと思う。


「…そこら辺ってどこら辺よ。」


汀の適当な答えに、私はツッコミを入れつつ、ホックの片割れを探す。


南国育ちだというのに、汀の肌は焼けてはおらず、キレイな背中だと思…


いやいや、私は、何を考えているのか…。


私は頭を軽く振って、ホックの片割れを探しあて、指先でつまんで、引いた。


「……はい、終わり。さっさと着替えなさいよ。」


私は、少ししかめ面で、汀の背中をポンと叩いて”終了”と伝え、試着室のカーテンに手を掛けた。


「うん、サンキュー …あ、オサ。」


そう言うや否や。


一瞬、ふにっとした柔らかい感触が唇に。


私の動作が止まる。





汀が、素早く顔を寄せて、私に『キス』をしたのだ。





「……なっ!?」



私は思わず、試着室のカーテンから手を離して、汀を怒鳴ろうとしたが。


「”何するのよ?”って?答えは『キス』。」


私の台詞を先読みし、遮って、いつものように、汀はケロリとした様子で答える。


…一方の私は、というと。


顔が…いや、全身が熱い…勿論、これは怒りという感情で…。


「…なんッ」

「”何でするのよ?”って? 答えは『オサが、カーテン開けようとするから』。

 あたし、まだ上半身、下着姿だしー普通、出ても大丈夫?とか、聞かない?」


またしても、私の台詞を先読みし、遮って、汀はスラスラと答える。

そして、続けざまにその理由を突きつけられて、私は黙るしかなく。


「………わ、悪かったわよ。待つわ。」


「ふふ〜ん♪解ればよろしい♪」


そう言うと、汀はニッコリ笑って、着替え始めた。



・・・・・・・・・・・・・・・・ん?



いや、待て。



よく考えたら、カーテンを開けさせない為にキスで止めなくても、声掛けたら良いんじゃ…


「汀ッ!」

「んー?何ー?」



「・・・ッ・・・!」



狭い空間。

こうも至近距離で着替えられると……嫌でも目に入ってしまうわけで。


「…な、何でもない。早くして。」

「はいはい。」


私は、別に…汀が下着に手を突っ込んで、胸を寄せる所なんか、見たくなんかない。

私は、別に…汀の身体のラインになんか、興味なんかない。


私は、別に何も感じないけど…”変な意識”が働くのは…多分、試着室にいるからだと思う。


普段は1人で使うものだし、2人で入っているという感覚が、多分、そうさせるのだ。


…って、一体誰に言い訳しているのだろうか、私は…。


「…サ?…オサ?オサってば。」

「・・・えっ?」


目の前には、着替え終わった汀の顔が、ほんの10cmくらいの距離で・・・。


(…ち、近い…!!)



「もういいわよ、カーテン開けても。というか、オサがいると出られないんだけど?

 あぁそっか・・・そんなにあたしを独占したいなら、後で」


”シャーッ!!”


今度は私が、カーテンを開ける事で、汀の台詞を遮った。


「お疲れ様で〜す。」

「お客様、サイズの方、いかがでした〜?」


私は、試着室から飛び出すようにそそくさと、離れた。


一方、当の汀は、というと。




「あ、はいは〜い♪ぴったりで〜す♪うわ、こっちも可愛い〜なぁ♪」

「お客さんだったら、こういうのとかも似合いそう〜どうですか?」

「おっ!それ良い!グッドチョイス!」


あの人懐っこい笑顔で、何事にも無かったかのように、店員さんと話し込んでいた。



(ああ、今日一日、私の精神力と体力は持つのかしら…。)


「ん〜…あ、でもコレだったら……ねえオサ!」


大きな声で、名を呼ばれて私は、ぶっきらぼうに返事をする。


「・・・・・・何?」


「着てみたら?オサなら、多分似合うわよ。」


似合うといわれても…汀が私の体にあてたのは…”ワンピース”で。

…そして”多分”という言葉が、気になる。


こういうの…嫌いでは無いんだけど…あんまり着ないというか…。


「私、こういうの…」

「いいからいいから、着るだけ着るだけ♪」


私の答えなんか、まるで聞かないで、汀は、強引に私を試着室に押し込んだ。


・・・まったく、汀ときたら、いつもこうだ。


(・・・・・・あ、そうだ。)

”シャッ”


「汀。」

「ん?」


「覗かないでね。」

「…チッ、先手を打たれたかー…って、人の事、何だと思ってんの?」


「…変な同い年。」

「うわぁ、普通にムカつく〜…。」



私は試着室のカーテンを再び閉めると、ロングパーカーとシャツを脱いで、しぶしぶ”それ”に着替えた。


(……なんか、ね…。)


着てはみたものの。


鏡で見れば、悪くは無い印象がする。

悪くは無いのだが、自分のファッションの中にあまり登場しない”コレ”は

自分の中で、どう評価すれば良いのかわからない。


(こういうのは…綾代や保美あたりが、着たら似合いそうだけど…)


「お客さ〜ん、どお?」

「・・・覗かないのっ!!」


いつの間にか、カーテンの隙間から、汀が顔だけひょこっと出して見ていた。


「あ、やっぱ思った通りだわ。似合う似合う♪」


そう言って、汀はどこか嬉しそうに笑う。


「……ホントに?」

「あたしが、今まで嘘言った事ある?」


そう笑顔で言い放った汀に対して、”よく言うわ”と私は呆れた。


「…嘘をつかない方が、少ないくらいだけど?」


私が低い声で、聞き返すと、汀は・・・


「じゃあ、嘘つくわ。”それ全然、似合ってない”。」


と、微笑みながら言った。


…どうせ、嘘付くんなら、もっといつもみたいに、ニヤニヤしたりすればいいのに。



(…そんな事、そんな顔で、言われたら……)



途端に、恥ずかしさが、こみ上げる。

恥ずかしいのと嬉しさが、ごちゃ混ぜになって、私は鏡から目を逸らしていた。

自分の今の格好と、それを見ている汀の視線を見ないように。


「…も、もう…脱ぐから。」

私がそう言って、カーテンを引こうとすると

「あ、ちょい待ち、オサ。」

汀がそれより先にカーテンから顔を引っ込めて、閉めてしまった。


「すいませ〜ん!コレ、着て行くんで値札切っちゃってくださ〜い♪」


カーテンの外から、とんでもない言葉が聞こえる。


「ええッ!?ちょ、ちょっと!汀!!」

私は、思わず顔を出して、汀を呼び止めようとするが、時すでに遅く。


汀はすでにレジの前にいて、勝手に話を進めていた。


「あ、支払いはカードで。あと領収書下さい♪」


「領収書の宛名は、いかがなさいますかぁ?」


「宛名は”守天党様”で…そこは”品代”でヨロシク。」




「汀ーッ!何勝手に話進めてるのーッ!!」




「あぁ、あと試着室で叫んでる、あそこの元気なツンデレ娘に、紙袋あげて下さいな♪」


「人の話、聞けーッ!!」





   そして。




「ん〜♪…やっぱ暑い時は、アイスが美味いわ〜…ねぇ?オサ♪

 これが夜なら、炭酸の効いたアレをぐっといきたいトコなんだろうけど。」


私と汀は、アイスを片手にベンチに座っていた。


汀は、すこぶるご機嫌だが、私は…。


落ち着かない…すごく、落ち着かない。

いつもと違う格好をしているから、だろう。


ひらひらとなびく、ピンクレースのワンピース。



「…汀、いいの?」

「何が?」


「…”守天党”名義で、こんなの買って大丈夫なのって聞いてるのよ。」


よりにもよって、鬼切りの団体に、私の洋服代が請求されるのだ。

バレたらどうなるかわからない。

…後から料金払えなんていわれたら、困るし。


そんな私の心配を、知ってか知らずか、汀はやはりニコニコ笑っている。


「いいのよ。経費よ経費。仕事中に服がボロボロになる事だってあるし、ね。

 それに、1着も2着も変わらないって♪」


「でも…私…」

「あ、ホラ…そんなのグダグダ言ってるから…オサ、溶けてるわよ。」


汀は、私の手を素早く自分の方へ引いて、私の指を伝う”溶けたアイス”を舌で拭った。


「ーッ!?」


私は驚いて、アイスから手を離しかけるが、汀がしっかりと私の手を握っていた為、それは免れた。

汀の舌の感触が、指先にまだ触れている。


「ちょ、ちょっと…汀…」


私は、汀の舌の動きを見ながら、それを止めさせようとするが、汀は手を離してくれない。

ぽたりと、溶けたアイスの雫が、地面に落ちる。


「…買ったばっかなんだから、汚さないの。…ん、意外とコレ、美味しいわね。

 次、買う時は、コレにしようかしら。」


確かに、このまま、手を元の位置に戻したら、溶けたアイスで服は汚れる。


だけど…これじゃ……『”はい、あーんして♪”の図』だ。



「…み、汀…もういい加減に…」


いい加減、汀を止めないと、周囲の人の視線が気になってきた。


しかし、汀は何を勘違いしたのか


「はいはい、あたしのも食べていいから。」

「違ッ…んぐっ…!?」


自分のアイスを私の口元に押し付けた。


…これじゃ……『”あーん♪し合うバカップル”の図』だ。


汀の選んだストロベリーの味が、さっきまで、彼女が口をつけていた、アイスの味が、私の口の中に広がる。


(・・・もう、何よ・・・。)


仕方なく、その状態のまま、汀が手を離すまで待つ私。



もう、冷たいのか、熱いのか・・・私は、よく解らなくなって来た。




・・・これじゃ、本当に汀とデートしている状態だ。





「…で、次は、どこ行きたい?」


私は、力がごっそり抜けていた。

本日、今の今まで、観光らしい観光もしていない。

汀の見たい所や、行きたい所へ行く度に、私の力は抜けていく。


考え込む汀は、手をポンと叩いた。

「…じゃあ旅の記念に……」





・・・・嫌な予感。







      ー 数分後 ー




「…ねえ…どうして、旅の記念にプリクラなの?」


私と汀は、ゲームセンターにいた。


「ホラぁ、今日一日、写真撮ってなかったし?あたしとしては、オサとのメモリーを大事に…」

「写真撮るような所、行かなかったからでしょ?自業自得よ。」


と、言いつつも、汀に行き先を決めさせていた私も、ちょっとは悪い。


「うわー…無愛想なツアコン。」

「誰がツアコンよ。」


それに。

別に、楽しくない訳ではなかった。


汀との会話のやり取りをしている内に、自分が今、着慣れていない物を着ている事すら、忘れている。

どんなに力が抜けても、汀の笑顔をみていると、なんとなく”まあいいか”という気分になってくるのだ。


「はいはい、じゃあプリクラ代は『ジャパネット汀』が負担いたしますからー。」

「別に、割り勘でいいわよ。200円くらい。」


そんなに、撮りたがるとは思わなかったので、私は了承した。


硬貨を入れて、画面を何回か押すと、撮影は始まる。

私も汀も、軽く髪を揃えて、カメラの位置を確認する。



『…じゃあ行くよ〜?…3・2・1…はい、ポーズ♪』


明るい声の後にシャッター音。

その瞬間に、汀に肩を抱かれて、頬と頬が触れ、私は思わず視線を隣の汀にうつしてしまった。


「…ッ!?」


(・・・・あ、失敗した・・・。)


画面の中の私は、見事なまで、うろたえた表情を浮かべていた。


『続けていっくよ〜!』


「ねえ、汀…これ、何回撮るの?」

「全部で6回。…あと、5回。」


…あと、5回…汀に、触られる…。


『…じゃあ行くよ〜?…』


「ねえ、多くない?」

「いや、多くないでしょー。」


…十分、多いし、もたない。


『3・2・1…はい、ポーズ♪』


明るい機械の声の後に、シャッター音。


「…オサ、表情硬いというか…写真写り極限に悪いわね…。」


汀は画面をみて、こちらを呆れ顔で見ている。


「…うるさいわね、苦手なのよ。」

(…それに、誰のせいだと思ってんのよ。)


『どんどん、いっくよ〜!』


「ホラ、だから言ったでしょ?”ウイスキー”だって。」


口角をあげろと汀は言う。

しかし、口角あげても、次の瞬間には、汀が至近距離にきて、途端に私の表情は崩れる。


『…じゃあ行くよ〜?…』


「だから…私は…こういうの苦手なの!」

「やれやれ…仕方ないわねぇ…オサ、次、前ね。」


『3』


前に出るよう促され、私は汀と一緒にカメラに近づく。


『2』


そして、汀は、私の体の向きをカメラではなく、自分の方に向かせた。


『1…はい、ポーズ♪』


汀はその瞬間、私をグッと引き寄せ、左手でしっかり私の後頭部を捕まえて、キスをした。



本日、2度目のキス。


シャッター音の後、汀は一旦唇を離して、画面を確認した。


「ん〜…角度が甘かったか…」


一方、私は言葉を失って、何も出来ない。


『良い調子〜♪もう一枚いっくよ〜!』


「オサ、もうちょい顎、上ね。」

「・・・・・・・・。」


『…じゃあ行くよ〜?…3・2・1…』


カウントダウンに私はハッとして、抗議しようと思うが、時すでに遅く。


『はい、ポーズ♪』


唇は、塞がれていて。

続いて、シャッター音。


(…もう、なんなのよ……)


シャッター音がした後も、汀はキスを止めない。


『どんどん、いっくよ〜!』


機械の声も、なんだかよく聞こえない。

聞こえるのは、自分の心臓の鼓動だけ。


『…じゃあ行くよ〜?』


こんな場所でするなんて。

ああ…いつだったか、汀は…部員の前でも構わず、こんな事したんだっけ…


『…3・2・1…はい、ポーズ♪』


シャッター音がした後も、汀はまだ、唇を離さない。

私は、それを突き放せないでいた。

突き放せない。

…汀の服を掴んでは、離して…彼女の掌に導かれるように、私は、何度も顎の位置を変えさせられた。



『撮影終了〜』


機械の明るい終了の合図と共に、私はようやくちゃんと、まともに呼吸できるようになった。


「ふ〜む。…まあまあの写り具合ってトコかな?…さて、と…」


いつの間にか離れていた汀に、私は、唇を押さえながら、詰め寄った。


「ちょっと!汀ッ!貴女」


「”何するのよ?”って?…答えは『キスプリ』または『ちゅープリ』とも言う。

 ・・・知らないの?オサ、一応、女子高生でしょ?」


当の汀ときたら、相変わらず何が可笑しいのか、ニコニコと笑っている。


『キスプリ』とは、キスして撮るプリクラの事で…いや、そんな事は知っている。

でも、実際は…キスする寸前で止めるって、友達から聞いてたのに…


結局、撮影された6枚中、4枚がキスプリになっている。


「そうじゃなくて!だ、だからってッ!」


抗議する私に対して、汀はあっさりと、こう言い切った。


「撮るでしょ?親しい友達なら、この位。」



(・・・・・え・・・?)


「…友、達、と…?」



汀の”友達”という言葉に、思わず私の思考は、止まりそうになる。

私を、友達と言った汀は、いつも通り・・・イタズラ猫みたいな笑顔。


(…友達…)


汀の日常には、会えば怒ってばかりの…私よりも…私よりも長い時間、傍にいる友人がいて…


彼女は、その友人と…時を過ごしている訳で…。


私の日常と、汀の日常は…同じ空の下にありながら、まったく違うのだ。



でも・・・。



『私という存在は、貴女にとって”友達”に分類されているの?汀。』


という言葉を…私は、咄嗟に飲み込み。


「…しないわね。」


私は、短く答える。

それを聞くと、汀は肩をすぼめて見せた。


「あ〜やっぱ、オサは堅いわね〜。ノリでちゅーっとすれば良いのに。」



『…ノリで、そういう事、他の人にしてるんだ?汀。』


という言葉を飲み込み。



「……こちらでは、友達同士での、キスプリは一切しません。」


冷静さを装って、私は言葉を口から出す。


「へえ、そうなの?あたしはプリクラ帳とかにペタペタ張ってあるけどなぁ…
 
 ホラ、全国大会で、百ちーと良い試合した、あたしの後輩とかも写ってんだけど。

 あ、後で見る?」


汀の…その無邪気すぎる笑顔が、余計憎らしく思える。



『ああ…別に私じゃなくても、良いんだ…。』


という言葉を飲み込み。


「遠慮しとく。」

と答える。


『見たくなんか無い』なんて、言ったら余計、自分が惨めになるだけ。


冷静に、何事も無かったように振舞う事を、私は頭の中で何度も何度も言い聞かせる。

それでも、体中の血がドクンドクンと、騒いでいる。


「……何、怒ってんの?オサ。」

「・・・別に、怒ってなんかなってないわよ!」


「ホラぁ、またそうやって、す〜ぐ怒るんだから。オサは。

 そういう顔、可愛くないし、損よ?」




汀にとって、私は…結局、好敵手の”枠”の中の存在なのだ。


私だけが、その”枠”を越えてしまっただけで。



あの時…1年前にお礼だと言ってされたキスも

私がスランプで苦しんでいた時、余計な力を抜けと言ってしてくれたキスも


汀にとっては”キスプリ”と同じように、日常的な事で。


”普通の友達”にする”普通の行為”なのだ。



でも…私は…


・・・私は・・・汀の・・・



「コラ、オサ。ぼ〜っとしてないで、落書きコーナー行くわよ?」

「・・・ん。」


そうだ。


汀は、時がたてば、帰ってしまう。


私の知らない汀が、私の知らない誰かと過ごす時間に、帰ってしまう。


私の単なる自惚れた想いだけを残して、汀は”単なる友人との思い出”を手に、帰っていくのだ。



「うーん…こう種類が多いとなると、何か面倒ねぇ…背景とかどうしようか?」


隣にいる汀が、なんだか、前よりもずっと遠くに感じる。

メールや電話のやり取りをしていた頃よりも、ずっと、ずっと遠くに。



今度はいつ会える?なんて聞きたくても聞かない。


聞けない。


”会えなくて寂しいの?”と、汀に笑われそうだから。


”寂しい”なんて、うっかり答えでもしたら…きっと汀は…




「…ん?オサ、落書きしたら?」

「…こういうの、百子とかがするから、私いつも見てるだけだし。よくわからないの。」



そんな事言ったら…汀をきっと、困らせる。


”友人”の私なんかが、そんな事を言ったら…きっと。




「ああ、確かに。百ちーは、好きそうだわ。やたら、ラメとか入れてそう。」

「…そうね、結構ゴチャゴチャしてるわね。出来上がったのは、鏡とか、持ち物に貼ってる。」



私は、どこに貼ろうか…。

見たら辛くなるだろうし、からかわれるだろうから…きっと、机の奥にしまう羽目になるのだろう。



「あ、じゃあさ、百ちーの携帯の裏とか、みた?」

「携帯の裏?」


「ホラ、一昔前に流行らなかったっけ?

 携帯電話の電池のカバーの裏とかに、好きな人と写したプリクラとか貼るのよ。」


「・・・それ、よく不倫とか、浮気相手と写したヤツだって聞いた事あるけど?」



「あれ?そうなの?えーどうしようかなぁ…

 あたし、コレ携帯の裏に貼ろうと思ってたのに・・・ま、いいか。」


「・・・・・・・え?」

私が、汀をハッと見ると、汀は、ペンをクルッとまわして、落書きを続けながら、言った。


「…大体さぁ。
 
 こ〜んな写真写り悪い”彼女のプリクラ”携帯の裏しか貼れないでしょ?」


いつものように、ニヤッと笑いながら、こちらをみた。


その視線で、私はなんとなく。

なんとなく、自分が…とんでもない誤解をしていた事に気付く。


「……悪かったわね…写真写り、悪くて。」

「いやいや、コレなんか、よく撮れた方よ?」


そう言って、汀は、私に画像を見せた。


それは、最後の6枚目。


私と汀が、唇をわずかに離して、互いを見つめている。



そこに写っているのは


どこを、どう見ても、友達とは呼べない真剣な表情の2人で。


(汀…)


私が汀の顔を見ると、汀は少し照れくさそうに笑った。


「で、オサ…なんて書く?

『大好き』でも『アイラブユー』でも、なんでも良いわよ?あ、オサ先生が、一筆入れますか?」


頬を指先でかきながら、汀は困ったように笑った。


…”旅”の記念なんて、嘘ばっかり。


最初から、そう言えばいいのに。


「…照れくさいから遠慮しとく。何も書かないで。」


私がそう言うと、汀はペンをクルクル器用に回して反論した。


「えー…落書き時間余るじゃないの。まだ113秒もあるわよ?

 オサもなんか、書きなさいよー」


そう言う汀の画面には、何も書かれていないし、スタンプすらも押していない。

冷静になって、ライトに照らされた汀の顔を良く見ると、頬がわずかに赤い。


(…まったく…。)


私は、自分から、力を抜いた。


「…じゃあ…その時間が終わるまで…」


私は、汀の首に腕を回した。


「え?ちょ、ちょっ…オサ…んぐっ!?」


カバーで隠れているのは、プリクラの中だけじゃない。

落書きコーナーも、上半身は隠れている。



さすがの汀も驚いたようで。

まさか、私がココで、こんな事するとは考えていなかったのだろう。



汀が慌ててるのが、手に取るようにわかる。


…これは、私を勘違いさせた報いだ。



私と汀は、お互いに”好き”という言葉をかわしては、いない。

ましてや、お互いを恋人同士だとは、一度も口にはしなかった。



でも、お互い、認識していた。

お互いが”特別な人”である事を。




口に出さないのは、私達が、単にそういう・・・”告白”みたいな事が、苦手だから、で。



「…オサ先生、妙に、大胆過ぎやしませんか?」


余裕を見せようとする汀の顔は、完全に真っ赤だ。

私も、多分…顔は赤い。


「…汀に言われたくない。…まだ89秒もあるわよ?汀。」

「うわ、89秒”しか”ないんじゃないの…」




その後の89秒は…今日一日の時間の中で、一番、記憶に残る大事な時間になった。






END











ーあとがきー




ぐああああ、長かったーッ!


…いかがでしたでしょうか? 愛と勢いで、ミギオサ・シリーズ第3弾(殴)


まあ、オサと汀のデート話です。…単に書きたかったんです。キスプリを。


それから、神楽の勝手なイメージですけど。


多分…この2人、絶対意地でも、自分から、真面目に『好きだー!』とか言わない気がして。


喜屋武ちゃんは、きっとノリで軽くしか言えません。オサはもう、論外で。

だから水面下では…『お前が好きと言え』『いいやお前が先に好きと言え』…という感じで。

2人共、口で言うより、行動の方が早い気がしました。



…微〜妙に…最後オサが攻めの匂いをさせましたけど、一応、ミギオサです(笑)



追記。

あとあと!MAXのShinin'on-Shinin'loveはPVもカッコ良くて大変良いです!MAXのダンスの中で1,2を争う難しいダンスですし。

神楽のサイトのミギオサは、このままMAXの曲で、書き続けたいと思います…。


今回。なにより、歌詞の内容が…『今まではずっと冷静な顔して、友達のままでいたけど』とか…

『ふとしたときに、見つめるその瞳 何かが崩れ始める』とか…

『揺さぶるように狂わせる』とか『私の全てを狂わせるforyou』がなんとなく、この2人にあっている気がするんです。

…実際、喜屋武ちゃんといる時、オサの調子狂いっぱなしですしね。

是非、聞いて見て下さいッ!(宣伝だ…)