暑いのは、今に始まった事じゃない。

日本の夏は、暑いものと決まっているのだ。


・・・私、小山内梢子は、そう自分に言い聞かせる。



「あちー・・・」

「・・・そりゃ、夏ですから。」


素っ気ない態度で、私は返事をして、ひたすらシャープペンを動かす。

夏休みの課題だ。




だらしない声で、暑いを連呼しながら床に転がっているのは、自由人・喜屋武汀。



「態度だけは、クーラー並みにキンキンに冷たいわねー、オサ。」

「…悪かったわね。もっと冷たくしてあげましょうか?」


「おー…怖…そして、やっぱ暑…。」


子供みたいな会話のやり取りをしながら、私達はただ、暑いだの、暇だの単調な会話を、白々しく続けていた。



汀は・・・昨日から、家に泊っている・・・一応・・・・・・”客”だ。





昨日の夜に突然、『ちょっくら近くまで来たから』という理由で、家へやって来た汀。



電話では、この辺に来るなんて、聞いてもいなかったので、私は驚いた。

久々に会えたという感動の再会など、その場にはなく、ただ


何故今、ここにお前がいる?…の驚きしかなかった。



何はともあれ、”仕事”の関係でこちらに急に出向くことになって、という汀の少し疲れたような顔を見て

私は、また汀が、危険な仕事に関わっているんじゃ…と不安になった。


・・・だから、こうして、また会えたのも、また幸運なのかもしれないと、私は思った。


滅多にこうして会えないのだし、ゆっくり話もしたかった。



・・・だから、汀の腕を掴んで、言った。


『あの、汀…』




”ホテル代わりにされるのは御免だけど、泊まるところ探してるなら…”


・・・と私が前置きをする前に。



『玄関で長々と何してんだ?梢子。上がってもらえ。』


そして・・・祖父が、私よりも”先に”汀に『家に泊って行け』と言い放ってしまった。



その瞬間の汀の顔と言ったら・・・

”待ってました!その一言!”という満面の笑顔を浮かべて。



『良いんですかぁ?すみませんねぇ♪』とニコニコ、ズカズカ、家に上がり込んだのだ。



・・・最初から、泊まりに来たんじゃないのか?という私の問いにも


『さあ?それはどうでしょう?』


・・・と、いつもの調子でのらりくらりと、かわされた。


そして・・・布団の上に寝転がるなり、そのまま眠ってしまったのだ。



私の部屋で。


何の話もしていないうちに。


勝手に。


私一人を残して。


いつかのように、また寝たふりか、頬をつつけば起きるんじゃないかとも思ったが



何をしても、汀は、時折ぴくりと頬を動かすだけで、全く起きなかった。




「・・・まったく。」


一体、こいつは何をしに来たのだろうか?と私は溜息をついた。


もしや何かあったんじゃ、と不安になった私の気持ちは、行き場所をなくし。


そして・・・一瞬でも、この夜は長くなるという、ちょっとした私の予感も、行き場所をなくした。



・・・明日は暑くなるだろうな、と私は夜空を見上げた。



……それしか、出来なかった。


  
  



      『残暑の日 − ノーカット版。− 』





次の日。


私のちょっとした予感は外れたが、暑くなるという予想は当たった。

・・・外れて欲しかった方が当たるなんて、本当に私は運が無い。



「確かに少し、暑いわね…」

「でしょー?それに、暇だしー…何してんの?オサ。」


比較的、家の中で涼しいであろう、居間にいる私たち。

一応はいえ、”客”の汀がいるのに、私はひたすらペンを動かしている。


「学生の本分。」

「あー小山内君?柔軟な発想力は、机上のお勉強だけじゃ育たないのだよ?

 友人と遊ぶとか、クーラーの効いた場所で遊ぶとか。」


結局、選択肢は遊ぶしかないのではないか?という当たり前のツッコミを入れるよりも先に、私はペンを動かす。


「夏休みの課題は、貴女と遊んでいては終わりません。暇なら後で、解消してあげる。」

「…後って?何時何分何秒?地球が何周した頃?」

「…どこの子供ですか…というか、今時の子供も言わないわよ、その屁理屈。」


汀は”オサ、かまってー♪”と先程から私の背中にゴロゴロじゃれていたが

私が素っ気なく”やめて”と一言言った途端、汀は、じゃれるのをやめて

床につまらなそうにゴロゴロ転がり始めた。


…本当に、同い年なのだろうか?



風鈴すら鳴らない、残暑。

時折、汀の抗議に似た戯言を聞きながら、私はペンを動かすふりをする。

今、手をつけている課題は、別に今日中にしなければいけないものではない。

むしろ、夏休みの課題は、計画通りに進んでいるので、ここで私がペンを握る必要性も無かった。

だが、暇を解消するのと、じゃれついてくる汀を追っ払うのに、この課題はうってつけだった。


「オサー…暑いー…」

「…だらしない声出さないの、扇風機あるでしょうが。」


汀が扇風機の前にいるせいで、私に風がちっとも当たらない。



「あ゛−−−−−−−。」



「・・・・・・やると思った。」

「定番じゃないの。」


『我々は宇宙人だー』とか言ったら、拳骨おみまいしてやろうかと思ったが

さすがの汀も、こんなに暑くては、それ以上ボケる気にもならなかったみたいで、素直に扇風機から離れた。


だらだらと、その辺に転がって、いつもなら私にベタベタくっつくのに、それすらも億劫なのだろう。

うーうーとだらしなく唸っている。



・・・汀、貴女、南国育ちじゃなかったの?



「・・・あ、そうだ、オサ、氷ーちょうだーい。」


汀は、オットセイのようなポーズで、体をそらして、汀は氷を要求した。


「で、氷、どうするわけ?」

「どうするって、食べるの。」

「…なるほど、子供みたいな暑さしのぎで。」

「・・・嫌味ったらしいなぁ・・・」

…文句を言うオットセイ役の汀に、飼育員役である私は、”躾”をする。


「あ、氷、いらないの?ふーん。」

「・・・いりまーす。ごめんなさい。」




残暑厳しい日。


小山内家の台所の冷蔵庫の前で、製氷機から出来たてらしい氷を一個指でつまんだ。

後から、ダラダラやって来た汀に、早くと手招きをし、私は、汀に氷をひとつ差し出した。


すると。


「あーん。」

「・・・まったく・・・。」


笑顔で、大口を開ける汀に、私は少々呆れながらも、口の中に氷を放り込んだ。

コロコロ音を立てながら、汀は美味しそうに氷を頬張っていた。


「・・・おいしい?」


私がそう聞くと、汀は喋れないらしく、コクコクと首を縦にふった。


(ホントに、子供みたい…。)


無邪気に嬉しそうに氷を頬張る彼女が、愛おしくなって…私は、汀の頭を撫でた。

昨日もそんな無邪気な顔で、寝ていた汀。

何も語る事無く、私の目の前で無邪気に、子供みたいに…

昨夜は・・・私に触れる事なく、汀は眠ってしまったのだ。


汀の髪の毛は、私の髪とは違って、髪質が手触りが少し柔らかい。

猫ほど柔らかくは無いが、ずっと撫でていたい、と思うほど癖になる心地良い手触り。


昨日の夜も、汀の髪をこうして撫でていたのに、汀ときたら、起きる素振りも見せなかった。

起きて何か話すなり何か行動すると、思っていたのに。


私が頭を撫で続けているので、汀は不思議そうな顔をして、私を見つめ返す。


「…氷一つで、そんなに嬉しそうな顔するからよ。」

と、理由を言って、私は笑った。

その理由に納得したのか、汀は、無言のまま、目を細めてまた笑った。


氷の冷たさが、そんなに心地良いの?汀。


氷一つで、こんな風に無邪気に笑う汀が、私にはとても愛おしくて、少し恨めしい。



笑って、口八丁手八丁。掴みどころが無い彼女。

掴ませる気もさらさらありませんという、不敵な笑顔の持ち主。


そんな汀を掴んだ所で、何がどうなるわけでもない。

掴む事等出来るわけもない。



ただ私は…彼女、喜屋武汀の笑顔の内側にある…汀の気持ちを知りたいだけ。



汀の髪の毛を撫で続けてても、それが知れるはずも無い。

私の掌に柔らかい髪の毛が触れて、心地良さを告げるだけ。


もっと触れていたいという欲望をかきたてるだけ、かきたてて、するりと指の間を抜けていく汀の髪の毛。


まるで、汀そのものだ。

私の調子を乱すだけ乱して、掴もうとすれば、あっさりとどこかへ行ってしまう。


でも、不思議とまた触れたくなる。次も触れたい、ずっと触れていたいと願ってしまう。




台所で無言で私達は見つめ合っていた。


汀は笑顔。

私は・・・どんな顔をしているのかは、自分ではわからない。



汀の口の中の氷を転がす音がふと止まった。



「・・・・・・・・。」


すると、汀は急に私を無言で、冷蔵庫に押し付けた。


「ちょっと、何するのよ…汀…」


銀色の冷蔵庫の扉が背中に当たる。


私は・・・汀が無言なのは、単に氷が口の中にあるからだ、と思っていた。


汀が、私に唇を重ねてくるまでは。



冷たい、と感じたのも束の間。


汀が、私の唇を割って無理矢理入ってこようとしている。


「…んっ!?…ぅ……は………!?」


ひんやりとした舌の感触の後、冷たく先程よりも小さくなった氷が、私の口の中に滑り込んできた。


唇を離した汀は、私を冷蔵庫に押し付けたまま笑っていた。


「いやぁ、口の中、凍傷になるかと思ったわ。」


悪びれる様子も無く、汀はそう言って唇で笑った。

目は、ちっとも笑っていない。


「・・・・・・。」


今度は私が無言。氷が、口の中に入ってるからだ。


「・・・オサ、氷、返して。」


そう呟く汀は、何かを狙っている、獣の目をしていた。


私は、汀の”獲物”なのか、汀を狩る”狩人”なのか、わからない。


ただ汀に狩られるだけ獲物はゴメンだ、と私は思ったので


氷を唇で挟んで、汀を引き寄せて、汀の唇に氷を押し当てた。




思ったとおり…氷ごと、汀が私の唇を奪いにきた。



今度は私の冷たくなった舌に、汀の温かさを取り戻した舌が、絡む。

汀の口内で、小さくなった氷に時々触れる。


そして、氷がまた私の口内に返ってくる。

だから私は、また氷を汀の口内に押し返す。


このまま、逆に私が奪ってやろうかとも思った。

でも、逃げられる。

口の中には、冷たい氷しか残らず、汀の温かい舌は、私の唇の端をチロリと舐めていたりする。


(なによ…それ…)


私が、舌を絡ませようとしても、汀は氷と共に侵入してくる。

舌の上に器用に氷を乗せて、満足に舌を絡み合わさない。


氷が邪魔だ。冷たい氷なんか、いらないのに。

邪魔者は解っているのに。





唇を離した汀は、私の顔をみて、満足そうに目で笑った。




・・・・・・いや、その目は、満足していない。


”もっと”の目だ。





汀は、口の中から氷を自分の手に出すと、そのまま氷を私の首筋にあてた。



「…ッ!?冷たいッ!?」

「そりゃ、氷だもの。」


ケロリと、しかしそっと汀は私にしか聞こえない声で愉しそうに囁いた。


「ちょっと!汀、何する気ッ!?」

「さあ?」


そう言うと、汀はニヤリと笑いながら、私のシャツの隙間から氷を中に、放り込んだ。


「うぁっ…!?」


「……ああ、ゴメンゴメン。」


ちっとも。

全然。

全く。


…悪いなんて、露ほども思っていない、汀。


「…今、取りまーす♪」


そう言って、それを口実にして、私の服の中に手を入れる。


「ちょっ…!?」


……汀め…汀の奴め…さては、それが狙いか…!



私は、汀を睨んで

「自分でとるからいい!手を出しなさい!」

と一喝した。


「えー…せっかく、見つけたのにー?……放せばいいの?」


そう言って、汀は、よりにもよって、私の下着に人差し指を引っ掛け

その隙間から、右胸に触れるように、氷を入れた。


小指ほどの大きさしかない、氷が私の右胸の先にあたる。


いや、汀があてているのだ。ワザと。





氷の冷たさと、硬さが私の感覚を刺激する。

汀が、それを平然と見ているので、私は非難の声を上げざるを得ない。


「…ぅあぁっ!み、みぎ…汀ッ…!!」

「はいはい、今とってあげる。」


汀の手が私の服の中に侵入する。


「ち、ちが…そうじゃな…!」



汀は、私の声など聞こえぬフリをして

私のシャツを捲り上げて、私の下着を少しずらして、氷を再び、自分の口に入れた。


・・・私の右胸の先端ごと。



「・・・う、あぁ…っ!?」


見せ付けるように、私の目の前で、汀の奴は氷と私のそれを、交互に舌で転がしはじめた。

冷たさと温かさが、交互に。



「…いっ…汀…い、嫌ッ…それ、嫌…!」


冷蔵庫に押し付けられたまま、私は力なく汀の髪の毛をくしゃっと掴んだ。

手触りが癖になる汀の柔らかい髪の毛。

こんな風に、乱暴に掴めば、髪の感触も何もないのに、私は胸に与えられている刺激が強すぎて

掌にある心地良い感触を楽しむ余裕なんて、無かった。


ぴちゃりという水音と、それを飲み込んだであろう汀の喉がゴクリと鳴る音が交互に。

冷たさによるわずかな痛みと、温かさによる気持ちよさ・・・が、交互に。



「は…ァ…あ…ぁ…ッ…!」


汀の唇から見える舌と氷、汀と強い瞳を私は交互に見つめる。

その度に、溶けていく氷の水が、私の肌にまとわりついて、汀がそれを吸う。


聞こえる音が、見えるものが、私の恥ずかしさをかきたてる。


恥ずかしいから止めて、と前の私なら、全力で抵抗しただろう。


でも、何が本当に恥ずかしいのかを、知ってしまった今。


この行為が、愛撫である事を知ってしまった今。


…一応恥ずかしい事ではあるものの、恥ずかしい事である事が前提で行われている行為であるのを知ってしまった今。



「み、汀…ッ…汀ッ…ってば…ぁ…ッ!!」


恥ずかしさが、私にとって一種の起爆剤なのだと知ってしまった今。



私は汀の名を呼ぶ。



・・・呼んでもきっと止めては、くれないはずだから。




いや、止めないで欲しいから。




・・・だから、私は、汀の名前を呼ぶ。



「汀…ねぇ…汀…!」


汀は、呼ばれてチラリと私の顔をみた。



視線がぶつかると、汀は、私の手を掴んで、指を絡ませた。



両手を掴まれ、冷蔵庫の扉の冷気を背中に感じながら、私は抵抗できないまま

一部に与えられた彼女の愛撫を、受け続けるしかなくなった。



やがて、氷の冷たさは無くなり、胸の先には汀の温かい舌と、熱い吐息しか感じられなくなった。


周囲の温度は、不快なくらい熱いのに、汀の吐息は、熱くても心地良かった。



「…んん…氷溶けきっちゃったわ……取る手間、省けたわね、オサ?」


そう言って、再び、私の視線とぶつかる位置に、顔を上げた。


そして、無言で私を熱を帯びた視線で見つめ続ける。


「・・・・・・。」

「…み、ぎわ…」



いつも突然、彼女は、獣…のような狩人になる。

私は、いつも獲物として、彼女に狩られる。




自分が何を欲しているのか、何を期待していたのかは・・・昨日の夜にもう、理解しているのに。



私は、汀のように口に出せないし、行動も出来ない。

いつも汀はこうして私を焦らして誘い出す。




(わかってるわよ・・・このままじゃいけないって事くらい・・・。)






「・・・・・・・。」

「み…ぎ、わ…」




不安は、ない。



…逃れられない彼女の罠に、私は掛かるしかないから。




でも、恐怖は無い。




「・・・なに?オサ。」






彼女が・・・汀が、私に微笑んでいるから。








「・・・・・ここで、して。」








無言で、汀は私に応じてくれた。


すぐに汀とキスを交わして、強く抱き合う。

最初は浅く、短く。





汀の手が、私の下着のホックを外し、上半身を解放し始めた。


「…んッ……んん…ッ…!」


よりにもよって…食事を作るべき場所で何をしてるんだ、と普段の私なら思っただろう。


でも、汀は…汀から与えられる感覚が、それを考えさせてはくれない。

シャツを脱ぐ時、一瞬でも唇が離れるのが、少し辛かった。

汀に脱がせて貰うよりも先に、私が脱いで、床にたたきつけた。


「おいおい…オサ」

「いいの…ッ!」


汀の苦笑雑じりのツッコミよりも、キスをする。

そして、どんどん深く、長いキスに、どんどん呼吸が乱れていく。


それすら、心地良く感じてくるから不思議だ。


続いて、ズボンのボタン、チャックに汀の手が掛かる。

下着と一緒に、膝下まで降ろされる。


その後は、もどかしくて、自分から片足を上げて、脱いだ。




・・・心のどこかで、私は何度も何度も、期待していた。




昨日から、ずっと。

この予感・・・いや、期待していた。




どうしようもなく暴れる”私の中の獣”を汀が狩ってくれるのを期待してた。


いつ、どんな風に狩ってくれるのか。


素直になれない獣は、追い詰められないと、正体を現してはくれない。




私の肉を、汀が甘く噛んでくれる度に、獣が暴れる。



「…汀ッ…はぁ…ぁ……あ…汀……んッ…!」



『ケダモノみたいだ』って、笑われるんじゃないかって…後ろめたさがあった。


でも汀は、そうは言わなかったし、からかいもしなかった。

あの、汀が、だ。


・・・私のこんな部分を見ても、ネタにする事もなく、戸惑う事もなく。


そして。


『ま、普通でしょ?…パートナーに自分を求められて、嬉しくない人、いる?』


と、微笑んだ。



女だから、こんな事、自分から求めるなんておかしいって、固定概念がどこかにあった。

相手が同じ女だから、なおさら抑えていた節があったのかもしれない。


思い込みは、そう簡単に払拭できない。



「…い、ぅッ!?…やっ…あぁ…汀ぁ…っ…!」



単に、氷は、キッカケに過ぎない。




私の中にいる獣は、汀にしか反応しない。

汀は、それをよく知っている。




…暇ね、暑いね、の会話を私が繰り返した時から、きっと汀は気付いていたんだと思う。


私が・・・汀を、求めてるって事に。


「オサ。」


私は、力なく汀にもたれかかり、台所の床に優しく寝かされた。

床の冷気が、背面全てで感じる事ができる。



私の皮膚を、汀の手が、指が、唇が、舌が、通り過ぎる。


くすぐったくて。

熱くて。

通りすぎた後、少しひやりとして。



その感覚を私は、目を閉じて耐える事はしない。




目を開けたまま、私は汀がこちらを見てくれるのを待っている。

目が合うと、汀は微笑んでくれる。


「オサ、力み過ぎ…ま、いつもだけどさ。」


そう言って、私の両足を捕まえ、持ち上げて広げる。

普段ならとても耐えられない格好だが、抵抗する力はもう殆ど奪われているし

私には、抵抗する気はなかった。



「ぅ…はっ…ぁ……ぃ…ッ……はぁ…ぁ…ッ…!」



水の音がする。

これは、氷じゃない水の音。



私の体の中と、汀の間からする水の音。


きっと、自分でも見る事の出来ない部分を、露出する挙句にそこに唇をつけるなんて。

…出来る事なら、汀にはそんな事させたくなかったのが、本音だった。


しかし、当の汀は、全く気にしていないと言うし、恥ずかしさと申し訳なさを差し引いても…。


「…ッ……はぁ…ぁ…ぅ…あぅ…ぐ…ッ!」


床を爪で引っ掻きたくなるほど、私は汀を嫌と言うほど感じてしまうし…


汀は汀で、私を攻め立て、落としていく。


「…痛い?」

汀が、私の足の間から、声をかけた。


・・・痛い訳が無い。

その部分が、舌と指で優しく攻められて、痛みなんて感じる部分ではない事くらい、もう知っている。


「だい、じょぶ…。」


辛うじて、そう答えると、汀は口元を手の甲で拭いながら、体を起き上がらせた。


「…”あつく”ない?オサ。」

「…貴女は、服を着てるから”暑い”んでしょうけどね…私は…」

全裸で、台所の床に寝かされているのよ?と言おうとしたが、汀は

右手で違う違うというジェスチャーをしてみせた。


「そうじゃなくて…こっち。」

そう言って、ワザとらしく小指で、私の中に侵入した。


「――…ッ!?」


…突然、なんて事をするの、と私が聞く前に汀の小指は、あっさり引き抜かれた。


指が引き抜かれる瞬間、熱くなったのを感じた。

汀の指を離したくないと、身体が反応したのも、感じた。


「…どう?オサ・・・”熱く”ない?」

「………馬鹿…聞かなくてもわかるクセに。」


そう答えると、汀はそうかそうか、と呟いて立ち上がった。


「…あたしも、あついわよ。」


そう言って、冷蔵庫の冷凍スペースから、割れた氷の欠片を一つ取り出し、口に含んだ


(また、氷の口移し…?)


汀の舌を満足に感じられないのは、少し不満だったので、私は顔を少ししかめた。

それを見た汀は私を見下ろしながら、コロリコロリと氷を口の中で転がした。


愉しそうな狩人。

こっちは生殺しの獲物。


「…汀…」


ここでして、と言ったのは、私だ。

それは、焦らされる事に耐えられなくなったからだ。



なのに、また焦らされている。

焦らしでは無く、遊びなのだとしたら…さすがにここは私が、怒ってもいい権利はある筈だ。


「…そんな苛め甲斐のある表情浮かべられると、困るんだけどなぁ…

 ねえ、オサ…Sってね…Mの要素も持ってるのよ?」


そう言って、汀は氷の欠片を口から出して、人差し指と親指でつまんで見せた。

窓から入る太陽の光で、一瞬宝石のように輝いた氷の欠片からは、ぽたりと水滴が落ちた。


「…また、妙なSM理論?いい加減に…」


どっちがSでもMでもどうでもいい。

こんな風にしたのは、全部…汀、貴女のせいなのに。

どうして、こんな風に乱すの?もう乱す必要なんかないのに。



「だからね、オサ…あたし…実はSだったりする訳よ。」

「・・・は?」


私がどういう意味かを聞き返す前に、汀は氷の欠片を私の足の間に押し当てた。


「つっ…!?」


冷たいなんて、言葉にもならない程、私は体を仰け反らせた。

汀は中指で器用に、私が感じそうな場所に氷を擦りつける。


「ぅ…ぐ…ッ…!?…ちょ…ちょっとぉっ!汀ぁ!!」


「…コレは、お仕置きかな?」


汀は私の額にキスをして、そう言った。


「な、にが・・・!?」


「オシオキの理由その1。あたしに構ってくれなかった事。」


ペラペラと喋りながらも、汀は手を休めてはくれない。

ただ触られる感覚のもどかしさと、氷の冷たさが交互にやってくる。



「オシオキの理由その2。昨日のあたしの髪の毛、散々いじくってた事。」


(って事は・・・やっぱり汀は、気付いていたんだ。)

やはりかと、普段なら怒るところだが、状況が状況だけに、怒る事が出来ない。


「・・・だって…くっ…汀、寝て、たじゃない・・・

 ちっとも…ぁ…起きないし…ぃ…ど、どうせ、寝たふりしてたんでしょ…!?」


氷が、動く度に身体が嫌と言うほど反応して、怒ろうとしても出来ない。


「…いや、起きろって言われて無いし?それに、起きて欲しかった理由、あったの?」



昨日の夜…汀の奴はやはり寝たフリをしていたのか…

寝たフリをして、私がどんな気持ちで髪の毛を撫で続けたのか…知っているの?



会えなくて、寂しくて。

会えたと思ったら、寝てしまうし。

汀…貴女からは、触れてもくれなかった。


私は、それに怒っているのに。


「別、に……い、いいから…氷、どけて…ぇ…汀…ぁ…!!」


もし、私の気持ちを知っていた上で目を閉じながら、笑っていたのならば…悪趣味にも程がある。

この氷にしたって…焦らして、私の反応を見て楽しんでいるだけの、単なる汀の悪趣味なら…


酷い奴としか、言いようが無い。



「…じゃあ、3つめね。オサ」


氷が私の体から、離れた。

しかし、それは一瞬だけだった。


「・・・昨日も、今日も・・・エッチしたいって最初から正直に言わなかった事。」



そう言うと、汀は氷の欠片を私の中に押し込んだ。


「――――あッ!?」



私の息が、一瞬止まる。


するりと入ってきた氷の欠片は、角が取れて丸くなっていた。

氷は私の奥まで入り込む事無く、じわじわと溶けているようだった。


「あ…ぁ…あ…!」

「オサ…あたしね…今回、珍しく…待ってたのよ?ギリギリまで。」


情けない声を出す私に、汀の言葉が頭に響いた。



「…やっぱり、待つのは仕事だけでたくさんよ。オサ。

 アンタがどうしようと、勝手だけど…やっぱあたしは欲しいもんがある時は、自分から行くわ。」

「みぎ…」



汀はしっかりと私の足を固定し、再び口付け、吸い上げた。



「ッぁ…ぁあぁぁ――ッ!?」


痛くは無かった。

冷たかったのは数秒ほど。



(それこそ、早く言いなさいよ…汀も待ってたなんて……)


汀の舌と吐息の温かさが、すぐにそれを消し去ってしまった。

私は汀の頭を、押し返したり、乱雑に掴むのを止めて、指先で触れるだけに留めた。


やっと、汀の柔らかい髪の感触を感じられる安心感があった。





(…こっち、見て、汀。)




私が声も出していないのに、心で想っていると、不思議と汀はこちらをみるのだ。



「・・・ん?呼んだ?オサ。」



「・・・・うん。呼んだ。」




呼ぶと、汀は、私の足の間から、ゆっくり起き上がって猫のように、近づいてきて


・・・必ず、手の甲で一度、自分の口元を拭う。



その動作ひとつひとつに、私は愛おしさすら感じる。


互いに息を整えながら、見つめ合う。


「…ごめん…オサ…あの…やっぱ…」


汀のいう、ごめんとは、どっちの事だろうか…

寝たふりした事か・・・氷を私の中に入れた事か。


「・・・冷たかった?」



・・・どうやら、氷の方だったようだ。



「謝るくらいなら、しないの。…それに、ごめんは…こっちの台詞。」


責める事よりも先に、汀に言うべき事がある。

私も…ある意味、汀を待たせていたのだし。


「…汀。」


汀の服を掴んで、私は引き寄せてキスをする。

これ以上、汀を責める気にはならない。


「ん…オサ…?」


「汀、さっき言ったでしょ…ここでしてって。

 貴女に焦らされて、言わされたんじゃなくて…私、自分の意思で言ったつもりよ。

 ・・・その・・・貴女が・・・その・・・」


その先で、やはり口ごもってしまうのは…

汀曰く、そういう部分がヘタレなのだろうなと、私は成長できていない自分を情けなく思う。


それでも、汀は私が何を言いたいのか察してくれたらしく。

「…うん。わかった。」


と、ほっとしたように笑った。

何も企んだりなんかしていない、無邪気な笑顔だった。



2人で何度も重ねていた行為だけに、タイミングは知っている。


汀を、自分の中で感じる。

汀の指の関節が時折当たって、刺激が強くなる。


「…ぅ…くぅ…ッ!」


震える私を、汀が感じ取って、すぐに左手で抱きしめて、額にキスをしてくれる。

私は汀の胸に顔を埋めて、背中へ腕を伸ばし、くぐもった声を出す。


「・・・オサ、大丈夫よ。今、この家、あたしとオサしかいないんでしょ?」


「う…うん……で、もぉっ…!…あ…ッ!…」


汀の微笑みと、全身に与えられる感覚に、溶けてしまいそうな自分の意識をなんとか保っていようとするが


「じゃあ、良いじゃない。声、ちゃんと聞かせてよ、わかんないから。」


・・・汀がそうはさせない。


水音が、更に激しく…水が跳ねるような音に変わる。

両手両足でしっかりと、汀の体にしがみつく。

汀と離れたくない一心で、力の加減も何も制御は出来ない。



「う…あ…ぁ……」



汀は、私の意識に残る獣を狩ろうと、燻り出している。


「オサに、ちゃんと、あたしが届いてるかどうか、教えて。」


耳に届く汀の囁きが、頭に心地良く響く。


もっと聞きたい、汀の声を。

電話じゃ感じられない、汀の息遣いを。


指も、体温も、声も…私を見つめる視線も。


それは、私の奥まで届いている。


心の中は、汀の事でブレーカーが落ちそうな程、満たされすぎている。


呼吸が止まりそうになりながら、私のブレーカーがバツンと落ちる。




「汀ぁ…ッ!汀…みぎッ……――――っ……!!」



呼吸が、止まる。


心臓の音が、全身に響き、私は、再び呼吸を開始する。




「・・・・・ッ・・・はぁッ…はぁッ…はぁッ!」


「…ねえ…オサ、大丈夫?」



汀曰く、私は達する時、呼吸を止めるので心配になるのだそうだ。


声を出せばいいのに、といわれるが。

何度しても、私は呼吸を止めてしまう。


「…声、出せばもう少し楽なんじゃない?」


私は、汀の左腕に頭を預けて、呼吸を整えた。


「…大声出せば…なんとか、ていうのは、きっと個人差よ…。」


少なくとも、私はそう思う。

声と、貴女を感じるのは、また別モノだと。


「…それで、いいの?嫌よー、あたし…”女の子腹上死させた鬼切り”って、看板背負うのだけは。」


そう言ってイタズラっぽく笑う彼女。

私は、汀の頬を撫でながら


「…そしたら、すぐに人工呼吸して頂戴。」


と言って、軽くキスをする。


「……オサってさ、普段はそういう話題、避けるくせにえっちした後は人が変わったように、平気で言うよね。

 ・・・人工呼吸してとか、そういうネタ。」


「……………。」


「…あ、ツンデレモード移行した?」


「うるさい。」




氷ごと、それは溶けてしまったのか・・・

氷ごと、それは彼女に喰われてしまったのかは、わからない。



今、私の中の欲望という名の獣は、静かに眠っている。




「にしても、暑いわねぇ〜…オサ、氷おかわりしていい?」

「・・・・・・え?」


私は、びっくりして汀の顔をみる。


すると、汀はキョトンとした顔をしてから、”ははぁん”と納得した嫌な笑いを浮かべて言った。


「・・・いや、もう一回って意味じゃないんですけど?」


「あ、ああ…そう…って解ってるわよ!馬鹿!」


「いや、あたしは、別に良いんですけどねー?求められたら〜♪」


「……冷凍してやるわよ?汀。」



「あー…そしたら、今みたいに裸になって温めて頂戴。」


・・・後半は、私のモノマネのつもりか?



「・・・・・・。」



私は、製氷機から出来たての氷を5、6個、鷲掴んで汀の服の中に放り込んだ。



「つッ…冷たぁああああああああああああッ!?!?!?」



「…良かったわね、汀。涼しくなって。」



そう言って、私は床に散乱した自分の服を持って、シャワーを浴びに浴室へ向かった。













    ー 『残暑の日-ノーカット版-』 ・・・END ー 




あとがき


はい、ノーカット版でした。

・・・えーと・・・まあ、あの…ノーカットでもこの体たらくです(殴)

あは、あははははは!!


具体的に、どこをカットしたのかは…言うまでも無く……氷IN!+その他…の部分です。

カット理由は、本音をいうと・・・エロいから、と……無い、いくらなんでも…これはありえ無い。・・・と思いカットしました。

・・・凍傷になったら大変ですからね。うんうん。

あ、良い子は真似しないでね?ホントに。(しねえよ。)


手直しは、随所に色々加えましたので、先にUPしたカットしたSSよりも、少しはマシに…なって、ない、か…。

と、まあ・・・暴走SS、やはり違う方向へ、走ってしまったようです。


・・・・というか、とうとう、キャラ崩れましたね(苦笑)

次回は、マトモに…ちゃんと、します。