「うっわ…寒ッ!寒いって!」



外へ続く扉を開けて、喜屋武 汀は絶叫に近い声をあげた。


私達の前には、一面の雪景色。

月の光が、雪に反射し、青白く光って、神秘的な風景を作り出している。

皮膚にしんと刺さるような空気の温度。


私こと、小山内 梢子は、自分の吐き出す息が白くなった事に、改めて、その寒さを実感した。

もっとも、汀ほど、感じてはいないが。


「…冬なんだから、そりゃ寒いわよ。」


私は、汀のいう”寒さ”にある程度、慣れている人間なので、冷静だった。



「あーのーねー!!あたし、南の出身なの!雪とか、氷とか、あり得ない地域の人間なの!!」



まるで、子供のような言い訳を並べる汀。

外の寒さに耐えられない自分を正当化しようとしているのだろうか。


いずれにしても、ここで”寒さと汀”について私に語られても、困るわけで。


「残念ね。ここはそういうのが、あり得る地域です。ほら、観念しなさい。行くわよ、汀」


私は、汀に手を差し伸べる。

しかし、汀は私の手を掴まず、口を開いた。


「・・・・・オサ」


先程まで寒さで強張っていた汀の表情は、真剣なものに変わった。


「何よ?」



「・・・何か、嬉しそうね?オサ。」



「・・・別に?」


そうかしら?と思いつつも、私は汀に差し伸べた手を引っ込めなかった。



「…もう一度言うけど…遊びじゃないわよ。」


「・・・わかってるわよ。」



何度も確認された事だけに、私は少々語気を強めて、同じ返答をした。



これは、遊びじゃない。



解っている。

過去、何度か経験した…命がけの出来事。



「まったく……冬にまで、あたしの仕事に、アンタを付き合わせてしまうとは…」



汀は、とても苦い顔をしていた。

私は汀に向けた手を降ろさず、その状態のまま、汀の目を見て言った。


「それも何度も聞いた。」


「・・・・・・。」


汀は、じっと私の目を見ていた。


「…大丈夫。汀の足は引っ張らないから。」


私がそう言うと、汀は”やれやれ”という顔をした。

それは『やっぱり、解ってないじゃないの』と言いたげだ。


「何よ、その顔…私は…!」


私が何かを言おうとすると、汀は私の差し伸べた手をがしっと掴んで、私より先に歩き始めた。

もう一方の手には、汀の棍が握られている。


「あーぁ…寒い寒い…さっさと済ませて帰りましょ。うおっ…風がこれまたキツイわぁ…」

「・・・・・・・・・。」




こうして、私と汀の二名は…雪原地帯へと足を踏み入れたのだった。





   [ POWDER SHADOW ]





そもそも、私がまた汀の仕事に首を突っ込む事になったのは、全くの偶然でしかなかった。

いつものように、不定期にかかってきた汀の電話から、話が始まった。

私はまず、連絡が遅い事を叱りつけ、今どこで、何をしているのか、と聞いた。


すると、汀は意外な話題を出してきた。



「・・・雪女?」


『そう、オサ知ってる?』


「それくらい知ってるわよ…でも、雪女が温泉に?」


『その雪女が、とある温泉宿に出るんだって。笑えると思わない?溶けちゃうって。

 ああ、勿論、雪女って言うのは、いわゆる俗称よ。昔話の雪女、現代に現る!って見出しのゴシップって感じの。』


「私が言いたいのは、それは確かな情報なのかって事。」


『さあ?・・・それが、まだ雪女かも、雪女が斬るに値するかどうかも、定かでは無いんだなぁ〜。』


「定かじゃないって…」


『ん〜…なんかね、噂が一人歩きしてるカンジなのよ。これが。』


「…そんな眉唾な話の為に…わざわざ…?」


『そうよー。そんな話の為に、下っ端は、わざわざ温かい南の国から、寒い寒い雪山の中の温泉宿に行く羽目になったのよ。

 あーあ・・・。あぁ、ココ、笑っていいわよ。』


「笑うも何も…」


冬の厳しさが、更にきつくなるこの時期に…汀がそんな仕事してるとは…。

私は、温かい部屋でみかんを頬張ろうとしていたというのに。


同じ年で、こうも違う冬の過ごし方があるだろうか。


・・・いや、それが普通なのだ。

私と汀は、違っていて普通。

汀にとって、私が非日常だと感じる事は、汀には普通の事なのだ。


「…大変ね、鬼切部って。」

『や、今更?』


「汀があんまり、ホイホイ仕事してるから。」

『酷いなあ…あくせくと一所懸命に、身を粉にして働いている、と言って欲しいね?小山内君。』


10代の女子高校生が、そんな命懸けの仕事をしているなんて、今は”ああ、そうなんだ”と慣れてしまったが

通常では考えられないだろう。


私だって、未だに”鬼”が現代にいるなんて…汀と出会ってなかったら、きっと信じてもいなかった。


「…ものは言い様ね。」


そんな非日常的な世界を生きている汀と私。

すれ違う生活の時間帯や、会えないもどかしさで、私は…時々”このままでいいのか”と考える。




改めて。


”汀とは住む世界が違う”


…そんな嫌な言葉が、私の頭をよぎっていた。






『あー…あのさ……この前の約束、守れなくってごめん。』



突然、歯切れの悪い口調になる汀。

この前の約束、という単語で、私は汀が何を言いたいかが解った。

だから、それ以上何も言わなくても良い、と意味を含ませて言った。


「気にしなくていいわよ、別に。私だって、色々やる事あったし。」



『そういえばさ、この間の試合だったんでしょ?足の怪我、大丈夫だった?』

「…え。」

(まだ、覚えててくれたんだ…。)


それは、もう1ヶ月以上も前の話だ。


剣道の試合が近い私は、こちらに来ていた汀に相手をしてもらっていた。

彼女と試合をすると、何故か程良い緊張感の中で、自分の剣を見つめなおす事ができる。


ただ…熱中しすぎて、私は右足首を捻ってしまい

汀に”あーもー!だから、さっきやめとけって…オサの負けず嫌い!”と

珍しく私が怒られてしまった。


その後の事は、昨日の事のように覚えている。


汀は、応急処置をして、私がいいって言っているのに…。

柄にもなく、”あたしのせいだから”と言って、汀は、私の家までおんぶで運んでくれた。


お祖父ちゃんは、その時の処置が良かったから、悪化せずに済んだと私に言ってくれた。

足を捻挫しただけで、1週間程度で痛みは消えて、試合にはギリギリ調整が間に合った。


肝心の試合は、というと…勝ったには勝ったが。


私の試合を観戦するはずだった汀は、直前になって都合が悪くなって、私は試合の後でそれを知った。



試合前に知らせてくれないのは、汀なりの配慮か…。

怒っても仕方のない事なので、喧嘩にはならなかったが…なんとなく気まずかった。


私も汀もお互い、その話題には特に触れる事は無かった。

本音を言えば、来て欲しかったと言えたら、楽だったろうが

それは、鬼切りの仕事をしている汀にとって、あまりいいものじゃない事は、解っていたからだ。


しかし…そういう事は、隠すと、余計際立つもので。


そのせいか、その日から汀の連絡が、前より回数が減った。

気のせいだと片付けたかったが、こうして話していると、改めてあれが原因だったんだな、と感じる。


だから、今こうしてなんの気まずさもなく、汀と話せているのが、とても嬉しかったりする。


『で、今は大丈夫?痛み残ってない?…あの手の怪我は、とにかく冷やす。炎症さえ抑えたら…』


汀は、余程気にしていたのだろう。


あの怪我は、私の不注意だと言っているのに、試合した自分にも責任あると言って聞かない。

…いつもなら、オサの自業自得だと開き直ってもいい筈なのに。

気にしている割には、汀が電話をくれなかったのは、やっぱりある種の罪悪感があっての事なのだろう。



(まったく・・・変な所で気を遣うんだから。)


私は、そう思いながら、苦笑した。そして、首と耳で電話機を挟んで、剥きかけのみかんの皮を剥いた。


「解ってる。お祖父ちゃんも同じ事言ってた。それに、あれから3週間も経ってるのよ?平気よ。」


私は純粋に、汀が、私を心配してくれたのが嬉しかった。

ここ数日メールがろくに返って来なかった事も、電話も繋がらなかった事も、吹っ飛ぶくらいに。

自分でもゲンキンなものだな、と思いつつ。



『・・・・まあ、なら良いけどさ。時々、オサ無茶するんだもの。心配よ。』

「・・・その言葉、そっくり、そのままお返しするわよ。」



『えー?なんでー?』

「・・・・解ってるくせに。・・・馬鹿。」






急に会いたくなる。





いつも抑えている分、心配が募ったり、ほんの少しの幸せを感じてしまっただけで、会いたくなる。

心配は会えば解消される。

ほんの少しの幸せは、会えばより強く感じられる。


それを、ここ最近になって知ってしまったが故に…

私はたった今、こみ上げてきている”会いたい”という我侭を抑えるのに、必死で。



口に含んだ温いみかんが、いつもよりもすっぱく感じる。




『と、まあ…そういう訳で、雪女の調査が終わり次第…会えない?』



そう言われて、私は考えを巡らせた。


会うか会わないか、を考えているのではない。


会うのは勿論だ。



ただ汀を待っている、という選択肢しかないのか、と私は自分自身に聞いたのだ。



幸い、今の私は冬休みだし。遠出も出来る。


いつも、汀ばかり私の方へ来るのだし。



いや、理由はいくらでも後付できる。



・・・・・・本心は、とにかく、今からでも会いたかった。



「・・・ねえ・・・・・・・そっちで会えない?」


『…え?そっちって……オサ、まさか来るつもり?』



あからさまに、動揺…そして、拒否が混じったようなリアクションが返って来た。


「…ダメ…?」


一瞬の嫌な沈黙。

汀は、穏便に事を済ませられるように、断る理由を考えているのだろう。

解っていた事だが、いくら汀でも、簡単に、仕事場に”はい、どうぞ”と手招きする筈がなかった。


やはり、私と汀の世界は…区切られてしまうのだろうか。


『いいわよ。』

「・・・・・・え?」


嫌な沈黙の後だっただけに、意外な返答だった。


『…その代わり、交通費はそっちでヨロシク。じゃあ、待ち合わせ場所言うわよ?』


ドンドン進行する話に、私はついていけず、たまらずストップをかけた。


「ちょ、ちょっと!汀!」


『ん?』

「・・・いいの?」


『や、今更?』

「だって…」



”これは、私の我侭よ・・・?”…そう言いかけた。



『いやぁ…ぶっちゃけ、雪女の件は、ガセの可能性が高いのよね。あくまでも調査ってだけだし。

万一、仕事の時は、オサは邪魔にならないように、大人しく温泉に入ってくれていればそれで良し。

それに、一応温泉宿に、あたしが来るって話は通ってるんだけど、10代の女一人で行ったら、目立つでしょ?』



「・・・・・つまり・・・・・私がいても、汀にとっては、都合が良い訳ね。」


『ま、そゆ事。』


”・・・なによ、それ・・・”私は、そう言いかけたが。


これは、汀の罠だとすぐにわかった。

こうやって、ワザと私を怒らせるような単語を並べて、私の方から引かせようとしてるのだ。


・・・まったく。


無断でどっかに行ったり、人を怒らせて突き放したり…こういう所は、前から変わらないんだから。


叱りつけたい気持ちをグッと抑えて、私は、汀が一番避けたい事態をあえて選択してやろうと思った。



「じゃあ、良かった。はい、待ち合わせの場所、言って。」


『・・・・・・あ、コッチ、来ちゃう系・・・?』


…ほら、焦ってる…。

私は、汀のようにニヤリと笑いながら言った。


「…私が来た方が、都合、良いんでしょ?」


『あぁ・・・うん、まあ・・・あぁ、ええと・・・。』


上ずった声が、全てを語る。

・・・私の勝ちだ。



「都合、いいのよね?行って、良いのよね?」


『・・・・・・はい。』



こうして。

私は汀と”問題なく”待ち合わせの約束を取り付けた。




もしも、汀が言っていた待ち合わせの場所が、デタラメだったらどうしよう、なんて…電車に乗ってる途中に思ったが。




そうなったら、そうなった時だ。




(・・・意地でも汀を探し出して、泣くまで拳骨喰らわせ続けてやる・・・。)



そんな複雑な想いを抱き、電車とバスに揺られ、到着したのは、待ち合わせに指定されたバス停。

正直言うと…何も無い場所だった。


ただ、辺り一面、雪で覆われていて、人の気配もまばらだ。


本当にココであっているのか、汀に騙されているんじゃないかと、不安になった。



「・・・寒い・・・」


日はまだ高かったが、山奥の為か、街よりも気温は低い。

静かなのが救いか…。

バスの時刻表を見ると…1時間に2本程度しか、走ってない。

・・・結構な田舎だ。嫌いじゃないけど・・・。



「…おーい。オサ。」


振り返ると、寒さに身を強張らせている………………誰?



その声の人物ときたら、耳掛けに、分厚い手袋、ダウンコートをしっかり着こんで、その上マフラーを巻いて…

ゴーグルまでつけて完全防備を決め込んでいるのに、ガチガチと震えているような体たらくだった。

これから、雪山登頂するような人みたいで・・・



「…いや…あ、あたし…。」



いつまでも、黙っている私に業を煮やしたのか、その人物はやっと声を出した。


「・・・もしかして・・・汀?」


声の主は、紛れも無く、喜屋武汀だった。

…あまりの重装備に私は、その登山家が…汀だと気付かなかった。


「…遅いよ…凍死させる気…?」


白い息を出しながら、汀は小さい声で言った。

汀よりは軽装の私だが、昼間のせいもあり、汀が言う程の寒さは感じなかった。


「・・・そ、そんなに、寒い?」


南の出身の汀には、確かに寒いだろう。

だけど…そんな格好しなくたって…。


「寒いよ…当たり前…」


見た目のインパクトに加え、もの静かで低い声の汀に、私は思わず吹き出して笑ってしまった。


「に、似合わない…く、く・・・あはははは…!!」


「…オサ…洒落に、ならないんだって…本気で…。」


汀の必死?の抗議も軽くスルーして、汀が喋る度に、私は笑ってしまった。

目的地の温泉宿へは、バス停から歩いて10分という割と、良心的な場所にあった。


「へえ…近いわね…………汀、大丈夫?」


私の問いに、雪山登頂挑戦中の登山家のような格好の汀は、答えた。


「…大丈夫に…見える…?」


「…まだ、大丈夫には、見える。」


それだけ着込んでいれば、凍死する事は無いだろう。

後は、汀自身に、この環境に慣れて貰うしかない。


・・・確かに、温泉宿の玄関までは・・・バス停から10分だった。

玄関から宿の中までが、途方も無く長い道のりである事を知ったのは、玄関の門をくぐって、看板を見つけた時だった。




『ようこそ!八雲谷温泉へ・・・・・・・・・・3km先。』



「・・・・汀、あと3km。」


私の言葉に、汀はポツリと「・・・地獄だわ・・・。」と力なく言った。






「…あー…」


宿に到着して、汀は安堵の表情を浮かべた…かは、ゴーグルとマフラーで隠れて解らなかったので…

汀の声で私は、そう判断した。


宿の人に、宿泊部屋に通されてから、汀はストーブの前から一歩も動かない。


猫は、こたつで丸くなるとは、よくいったものだが…

汀は、ストーブの前で石になるようだ…。


「・・・で、これからどうするの?いつまでも、温まっているワケには、いかないんじゃない?」


私がそう言うと、石、いや…汀はやっと、ゴーグルとマフラーを外し始めた。


「…ご心配なく。出る時間は、決まってんのよ。時間は余裕たっぷり。」


「それって雪女の出る時間?」


「ご名答。…雪女ってのは、室町時代からいるとされていた、ご存知、雪の妖怪の事。

 んで、”雪女””雪ん婆””ツララ女”その他色々…諸説色々呼び名や逸話があるんだけどね。

 …一番有名なのは、小泉八雲の怪談の”雪女”ね。」


「ええと…雪女と出会ってしまった猟師の話…?」


「そうそう。ある吹雪の夜…雪女に殺される筈だった猟師が、雪女に会った事を秘密にするって約束で、命を助けてもらって…

 何年か経って、結婚した奥さんに、うっかりそれを話したら…奥さんが実は雪女だった。

 しかし、子供も出来て、今まで、幸せな生活を過ごしていた雪女に秘密を守らなかった夫の猟師は、殺せなかった。」


「…その後、消えちゃうんだっけ…」


「そう。雪女は、猟師に子供を頼むって、言い残して消えてしまうのよ。雪が溶けるように、すうっとね。

 それで、2度と会う事はありませんでした、と…まぁ、住む世界が最初から違ったって事よね。」


(・・・住む世界が違う・・・。)


まさか、その言葉を…汀の口から聞くとは、思わなかった。


違う世界を生きてきた者が、一緒の時を過ごし…どんなに幸せに暮らしていても…

やはり、元々生きてきた世界が違っている者は、相容れないのだろうか。


汀は、雪女じゃないけれど…私とは、違う環境で育ってきた人物だ。


鬼切りと一般人。

前は特別意識なんてしなかったし…こんなに一緒の時間を過ごして…

お互いの気持ちだって、何度もぶつけて、解り合えていると、思っていたのに。


…どんなに溝を埋めようとしても、近付こうとしても…元々、お互いの住む世界が違えば……


…やがて、汀は私の元を去っていくのだろうか…。

それとも、私が…


ああ、いけない。また、自分の中の負のスパイラルにハマりそうだ。


私は、嫌な考えを振り切るように、ぎゅっと右手を抓った。

汀は汀で、話を続けていた。



「それで・・・・ココに、その怪談そのまんまの雪女が出るかどうかは、解らないんだけどね。

 それに、雪女に類似してるモンは色々いるのよ?若い女、山姥風、はたまた子供…それに、雪女Withその子供…とか。

 
 まあ、話によると…ここに出るのは、雪女らしき”なにか”が、…月の出る晩に出るんだそうな。


 ・・・・・って、オサ?聞いてる?」


「え?あぁ、うん。大丈夫。」


「調子狂うわね・・・ま、いいか。・・・んで。

 今回のあたしの仕事は、通称・雪女の正体を暴いて、鬼だったら斬って来いって事。」


「…じゃあ、ガセネタって可能性もある訳ね。」


「あ、その口調…オサ、信じてないな?相変わらずだなー。」


「…まあね。なるべくならそうあって欲しいわ。」



「まあそうね、ガセなら、仕事は終了。

 遠慮なく、2人きりで、お泊り温泉デートに切換え出来る訳だし?」



「・・・・・・・・・・。」


・・・・・・・あ、そうか。私、汀と2人きりなんだ・・・。

泊まるのも、2人きり・・・いや、それは前にもう経験済みだから・・・いや、でも・・・。

よく考えたら、2人きりで旅行という事に…!


黙り込んだ私に向って、汀は、ニヤ〜っと笑った。



「・・・あれ?オサ、もしかして、今意識しちゃってる?ハネムーン気分?」


最後の”ハネムーン”と言う単語が、起爆剤になった。


「ば、馬鹿ッ!!わ、私は別に、そういうつもりでココに来たんじゃなくて!!」


思わず声を張り上げた後になって、私は失敗したと思った。


…案の定…。


「え?そういうつもりって?」


更にニヤニヤした顔の汀が、どんどんこっちに寄って来る。

弱みを握られた気分になった私は、顔を逸らして、「う……い、言いたくない。」としか言えなかった。



「…んもう、オサのスケベ将軍…☆…布団の位置は、思い切り寄せましょうね〜♪」


器用に頬を染めて、あからさまに目で笑っている汀に対して、私はたまらず抗議をする。


「だ、誰が!!それに、将軍って何よ!そして、寄せなくてよろしい!」


「まぁ、イチャイチャするのは、残念ながら、仕事終わってからよ、オサ。」


汀は、白い歯をニッと見せて、私の鼻をちょんと突いた。

イチャイチャって…コイツは、一体何をするつもりなんだろうか…


・・・いや、今は、考えない方がいい。考えると、こっちが無駄に恥ずかしい。


「…別に、貴女の仕事終わってもイチャイチャなんかしません。」



「えー?いつも、甘えてくるのは、そっちのクセにー。」

「”えー”じゃない!いつ、私が貴女に甘えました?…しませんったら、しません。」


「再会のちゅーだって、まだなのに。」

「知りません。というか、そういう事言わないで。」


「いやァ…オサ、ツンデレに磨きが掛かったねぇ…。」

「一体、何の話してるのよ…。とにかく、その雪女の噂の原因を突き止めるのが先なんでしょ?」


「まあね。その前に、キス一回くらいしても〜・・・」


そう言いながら、顔を寄せてくる汀。

”・・・・べち。”

私は、汀の口を掌でおさえて、そのまま引き離した。


「で、話を元に戻すけど…実際の所、見間違いって可能性が高いんじゃない?

 ここの宿、良い所だけど…それなりに古いし、雪深いところあるし、周りは木で囲まれているし。」


…私がそう言うと、汀は顔を近づけるのを止めて、少し考え込んでから、口を開いた。


「んーそうね。一理あるわね。何せ今の所、目撃情報しか聞いてないし。

 案外、木にゴミ引っかかってただけとか、露天風呂の湯気でしたってオチもあるわよね。」


「・・・え?ここ、露天風呂があるの?」


「あれ?言ってなかった?ここ、あるのよ。先入ってきたら?

 ま、そういう訳で…詳しい話を関係者さんに聞いてこないと…

 んじゃ、山さん、あたしは、ちょっくら聞き込みしてきます。」


そう言って、おどけながら私に向って敬礼する汀。


「誰が、山さんよ。…待ちなさいよ、私も行くから。」


「…オサ、まさか手伝う気?」

「手伝うというか、自分の目と耳で確かめたいから。それだけ。汀の足は、引っ張りません。安心して。」


「…おーおー…良いお心掛けで…。」


おどけながらの口調でも、汀の言葉には、”来るな”という意味合いが含まれていた。


「……邪魔もしません。」


私は、強めの口調でそう言った。


邪魔者扱いされているのは、知っている。


汀と折角会えたのに、同じ空間にいるのに、別々の時間を過ごしたくは無かった。

それこそ”住む世界が違う”という事を認めてしまう気がして。


例え、私と汀の住む世界は違っていても、ちゃんと私と汀は繋がっている、と信じていたかった。


調査の手伝いくらいなら、出来そうな気がした。

それに、私には、以前の実績があるんだし。

だから、自信は、あった。



汀は、ふうっと息を吐いて、目を細め、私の顔を真っ直ぐ見つめた。

瞳の奥を探られているような感覚だった。


そして、次の瞬間。


汀は、無言で私の唇を奪った。




「・・・・んう・・・!?」



あまりに、速く、しかも突然の、前触れも何もないキスに、私は完全に頭が真っ白になっていた。


…慣れない。やっぱり、こういう行為は、慣れない…。


だが、柔らかくて、温かい感触は、すぐに離されてしまった。



いつもみたいにニヤニヤしているかと思ったのだが、汀は・・・一切、笑ってなどいなかった。


そして、正気に戻り、何をするのよ!と私が叫ぶ前に、汀は先に口を開いた。




「…別に、仕事の邪魔だから、あんたを遠ざけてる訳じゃないわよ。」



「・・・・え?」


(…じゃあ、なんなの…?)


そう私が聞こうとしたが、それより先に汀は立ち上がって、さっさと廊下に出て行った。

キスの余韻を感じる暇なく、私は慌てて、汀の後を追った。




   続く。


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 あとがき

…はい、無理しちゃって…この体たらく…(苦笑)

やっぱり長くなるので、一旦前半で切ることにしました。

次回(あるかどうか…)までお待ち下さい!