[ アオイシロSS ミギオサ ― 手紙 ― ]
拝啓 喜屋武 汀様
こちらは、草木の緑が・・・
(うーん。)
そこで、私こと、小山内梢子はペンを止めた。
・・・なんか、堅苦しい。
そもそも、何故私がメールしないで、わざわざ手紙なんて手段をとっているのか、というと。
とある日の学校の帰りに、ふと綾代が漏らした言葉がキッカケだった。
「そうそう、梢子さん。先日、汀さんから絵葉書をいただきました。」
ニッコリ微笑みながら、綾代はそう言った。
「・・・え?」
驚きと共に、どうして綾代に汀が手紙を出したのだろう、と疑問がわいて来た。
汀が手紙なんて、珍しい。・・・というか、奴が手紙なんて、らしくない。
私には、文明の利器を使うべきだとか言って、くだらない内容のメールをよく送ってくるのに。
「とても綺麗な海の絵葉書でした。汀さんの故郷なんでしょうね。字も綺麗で、文章の内容は汀さんらしいですけど。」
「へえ・・・。」
私には、メールで。
綾代には・・・直筆の手紙、しかも絵葉書。
比べるもんじゃない、とは解ってはいるけれど、どうしても頭の片隅が余計な計算をしてしまう。
送られた手紙とメールの数、文章の内容、汀にとって、それが特別なのかどうか。
比べたって何にもならない。
「・・・やっぱり、気になりますか?」
「え?」
綾代が少し苦笑しながら、私を見ていた。
「梢子さん、顔に出てます。」
「・・・べ、別に・・・そんなの・・・」
「実は、持ってきてるんです。」
綾代は鞄の中から手紙を出した、チラリと青い海が見えた。
綺麗な青。吸い込まれそうなくらい、真っ青な空と海。
裏返せば、汀の文字があるのだろうな、と思った時。
私は見たくない、と思った。
「・・・それは、あいつが綾代に向けて書いたんだから、私が見る必要ないと思うんだけど?」
「まあ、梢子さん・・・とにかく、見て下さい。」
そう言って、綾代は困ったように笑って私に手紙を押し付けた。
「・・・もう、仕方ないわね・・・」
何故、綾代宛ての手紙を私が見なければならないのだろう。
汀が、綾代に何を書いたのか知らなきゃいけないのだろう。
帰ったら、メールで汀に文句を言ってやろう、と私は思った。
『お元気ですか? 青女の剣道部の活動は順調ですか?
こっちは色々大変。部活動って、正直、あたしの性に合いません。とりあえず、元気です。
まあ、それはおいといて。
この間、オサが一年の指導の事で悩んでいたみたいで。
オサの事だから、一人で深〜く考え込んで、眉間に皺作ると思うから、あまり一人で抱え込まないように、サポートよろしく。
あの人、頑固だから、あくまでさり気無く、で。
あたしが言っても、あの人は素直に聞かないと思うし、何も出来ないことが多いので、姫さんにお願いします。
オサの事、よろしくお願いします。』
それは、とても丁寧な字で。
それは、とても余計な事で。
それは、とても・・・とても・・・
「・・・・・・。」
(汀の、馬鹿・・・。)
私は気まずくて、顔を真っ赤にして、黙り込み、既に文章が一言一句頭に入ってしまった絵葉書を綾代に返した。
綾代は、葉書を受け取ると、口を開いた。
「汀さん、すごく梢子さんの事、心配されているみたいです。
今まで、私も影ながらサポートしていたつもりだったのですが、やはり梢子さんは一人で頑張ってしまう事が多いので、今日は思い切って、これを見せてしまおうかと思ったんです。」
これまで、部長だから、しっかりしなきゃ、と思えば思うほど、上手くいかない事が多かったのは事実だった。
もし、綾代がいなかったら、もっとダメになっていたかもしれない。
そして・・・現に、私の悩みも一年の指導も、汀の心配通り、うまく進展しているとは言いがたいのは事実。
でも、それをどうして汀は私に直接言わずに、綾代に伝えたんだろう。
「・・・ごめん。なんか、ごめん・・・。」
そう言いながら、私は俯いたまま、夕日に照らされた自分の影が伸びているのを、横目で見ていた。
まだ校門を出てもいないのに、学校から家までの距離が、何故かやけに遠くに感じた。
「いえ、梢子さんに謝って欲しくて、これを見せた訳ではないんです。
・・・こうして、心配して見守ってくれる人がいるのですから、梢子さんも自分の事を大切にして下さいって事が言いたくて・・・あ。」
そう言って、綾代は俯いた私の肩を叩いて、前を見るように言った。
「・・・梢子さんには、絵葉書より、あちらの方が良いみたいですね。」
「え?」
「オサ。」
夕日に照らされた、どこか見覚えのある影のシルエットを目で追っていく。
まさか、と思いながら。
そして、間違いない、と確信して。
私は顔を上げると同時に、その人物の名を叫んでいた。
「汀!?」
「やあ、調子どう?」
片手を軽く挙げて、いつものように猫みたいに笑って汀が、校門の傍で立っていた。
こみ上げてくる感情を抑えながら、私はゆっくり汀に近付いて、言った。
「・・・そっちは?」
私の言葉に、汀はまたニッコリ笑って答える。
「まあ、しんどい事もあるけど、まあ、おかげさまで。こうして元気だね。で、そっちは?」
「・・・心配ご無用です。」
私はそう言って、横を向いた。
どうしていきなり、目の前に現れるのか。それこそ、メールで伝えてくれたら、迎えにくらい行ってあげたのに。
しかも、綾代から見せられた絵葉書のせいで、今、顔を合わせるのが、ものすごく恥ずかしい。
すると、後ろから綾代が歩いて、私を追い越し、振り向いて言った。
「それでは、後はお二人でごゆっくり・・・。梢子さん、また明日。」
それに対し、汀は首をかしげて、ややオーバーに言った。
「あれ?帰るの?姫さんとオサと3人でお茶でも、と思ったのに。」
「ええ、せっかくですが、また、今度にいたします。」
そう言って、綾代はにっこりと笑いながら、頭を下げて校門を出て行ってしまった。
「・・・そっか。ありがと。姫さん。」
「ごきげんよう。」
「・・・・・・。」
後に続こうとする私は・・・私の腕は汀に掴まれ、一歩も動けなかった。
手を引かれながら、私は汀と歩いた。
「いやぁ、こっちは良い天気だね。いい空だわ。」
楽しそうに、夕焼けの空を見上げながら汀がそう言った。
綾代に送った絵葉書みたいに、真っ青な空が浮かぶ。
確かに綺麗な夕焼けだけど、快晴ではないし。
「オサ、さっきから何、拗ねてんの?」
「別に。」
自分でも、どうしてこんなに胸の中がモヤモヤするのか、わからない。
汀は、私の心配をして、私に黙って綾代に手紙を出した。
それだけが、心に引っかかっている。
心配してくれたのは嬉しい筈なのに。
綾代に手書きの葉書を出すなんて。
いや、たったそれだけの事、なのに。
私は、せっかく会えた汀とまともに話せなかった。
どう気持ちをコントロールして、いつもみたいに喋ったら良いのか、わからなかった。
「そういう曇り顔っていうか、むっつり顔されてると、せっかくの夕焼けも台無しじゃない。」
「・・・私は普段から、こういう顔です。それに、そんなに快晴って訳でもないし、雲だって多いし・・・普通だし。」
拗ねた子供みたいな理屈を並べて、私は歩いた。
汀は私の手を掴んだまま放さず、時々振り返っては呆れたような顔をして、言葉を返す。
「あーもう、理屈っぽいなぁ・・・もう少し、自然を愛でるとか、そういう考え方出来ない?」
・・・それは、自分でも解っている。子供っぽいって。
「大体・・・汀の故郷の空は、こっちより、澄んでるじゃない。」
綾代に送ったような、絵葉書みたいに。
すると、私に背を向けたまま、汀が言った。
「・・・あのねぇ・・・どんな良い景色でも、一緒に見たい奴が隣にいるのと、いないとじゃ大違いだっつーの。」
「・・・・・・。」
汀のその言葉に、私は何も言い返せなかった。
なんだか、気恥ずかしくて、何か言おうとしても、うまく言葉に出来ない。
沈黙の時間が続く。
「・・・・・・あー・・・今の・・・意味、伝わってる?オサ。」
ややうわずったような汀の質問に、ぎこちなく私も答える。
「・・・一応。」
「じ、じゃあ!空見なさいよ!いつまでも、そんな仏頂面してないで。」
「・・・いや。」
夕日に照らされた汀の顔を私はじいっと見ながら、そう言った。
途端に、汀は不満そうな顔をした。
「・・・うっわ。そこまで機嫌悪いの!?」
「違う。」
私は首を横に振って、言った。
「・・・私が見たかったのは・・・」
そこまで言って、私は言葉に出すのを止めた。
肩に手を置いて、かかとをあげ、私より、ほんの少しだけ背の高い汀にあわせ、顔を近づける。
「ちょ、オサ!?」
「・・・心配してくれて・・・ありがとう。でも、今度は綾代じゃなくて・・・ちゃんと、直接私に言って。」
私がそう言うと、汀はばつが悪そうな顔をしてから、目を逸らし苦笑いを浮かべた。
「あ・・・うん。あー・・・そっか、バレちゃったのか・・・はは・・・参った・・・。」
「もう!笑って、ごまかさないの!馬鹿!」
「あーもう、そうやって、すぐ怒るー。」
私が怒って、汀が面倒そうな顔をして会話して、ふと、お互いの顔を見て、ふっと気が抜けて笑いあう。
・・・これで、いつも通り。
今度は、私も絵葉書を貰おう。
汀が、いつも見ている風景の絵葉書を。
そうしたら、私も私が見ている風景の絵葉書を、送ろう。
そうやって、お互いが普段見ている風景を、共有しよう。
唇を指でなぞりながら、昨日届いたばかりの汀の絵葉書をもう一度見る。
砂浜の写真。夕日に照らされ、光り輝く波打ち際が描かれている。
(・・・よし。)
書き出しはこうだ。
『お元気ですか? こちらは色々ありますが、私は、貴女のお陰で、今日も元気です。』
― アオイシロSS ・・・END ―