― ボツにしたSS。〜アオイシロ 季節ハズレだけど、クリスマスの話 〜 ―
「オサ先輩!オサ先輩ッ!!」
我が青女の剣道部、練習場に、一際元気よく百子の声が響いた。
「…何?百子、背筋100回、ちゃんと終わったんでしょうね?」
基本的な体力づくりも、立派な練習。
私、小山内梢子は、部長として、腕立て伏せをしながら、百子に練習を促す。
「はい!勿論ですよ!…それでですね!オサ先輩!明日のご予定は?」
「…明日より、今。背筋の後は、腕立て伏せよ。」
…いつもにも増して、妙に元気があるのが気になるが、今は練習。
「明日は…ふんッ!…クリス…ふんッ!…マス…フンッ!…イブ…フンッ!…ですよ!?」
”…だから?”と聞き返したい所だったが、百子のあまりの元気の良さに、私はそれを見ていた。
「…げ、元気だね…百ちゃん…。」
私の隣の保美も、苦笑いしながらそう言った。
「ざわっち!…ふぬッ!…甘いっ!…ふぬッ!…クリスマスだよ!…ふぬッ!」
「百子。喋るか、腕立てするか、どっちかにしなさい。」
私がそう威圧しながら言うと、百子はどこかの民芸品のように、せっせと腕立て伏せを始めた。
「…あの、梢子先輩。」
「なに?保美。」
「クリスマス…先輩は、どう過ごすんですか?」
・・・なんと、保美までか。
クリスマスなんて、外国の行事で、日本人である私達には、そんなに特別な行事でもないのに。
そう、私は思っていた。
子供の頃は嬉しかったけど。今は、違う。
クリスマスの後に控えているたくさんの行事が、試合に……
…それに…
・・・こんな時に限って、ヤツは・・・・・・・。
・・・いや。
別にアイツに、何かを期待してるとかそんな気持ちは無いのだけれど…。
……とにかく。
たくさんの出来事が……私の頭を占めていた。
クリスマスという行事を堪能するほど、気持ちに余裕が無いのだ。
「どうって…別に特別な事しないわよ。子供じゃないんだし、家でケーキ食べるくらいかしらね。」
(アイツなら、バクバク食べそう…。)
頭に、その人物が浮かんでは、また振り払う。
「…あ、そうなんですか。」
「はい!秋田百子ッ!腕立て終わりましたーッ!ゼエゼエ…
…それでですね!オサ先輩!クリスマス良かったら、パーティーでも」
…百子は、本当に、お祭りとかそういった類が好きらしい。
私は、肩で息を切らせた百子を呼んだ。
「百子。」
「はい?」
「腕立ての後は、スクワット50回。」
私は、さらりとそう言うと、百子の瞳には、絶望の二文字が浮かび、頬は引きつった。
「・・・う・・・うあああぁ!!鬼だー!どSだー!オサ先輩ー!」
「…何か問題でも?」と私が聞き返すと、百子は”素直に”スクワットを始めた。
「ねえ、百ちゃん…なんだか…先輩、機嫌悪いみたい…。」
「…まあ…確かに。…なんか、ピリピリしてますねぇーオサ先輩。…ざわっち、どうしようか?」
2人の会話に私は”・・・聞こえてるわよ。”と言いたかったが・・・
私、そんなにピリピリしているのかしら?とも思った。
…自分では、全くの無意識だが…。
気のせいか、私を見る周囲の部員の目が、やや怯えている・・・・・・気がする。
そんな私の隣から、綾代が困ったような笑顔で話しかけてきた。
「梢子さん・・・その・・・」
「ん?どうかした?綾代。」
「梢子さん…眉間に…皺、よってますよ。だから険しい表情に…」
「・・・皺?」
指摘された私は、人差し指と中指の先で、皺がよっていないか、を確認する。
しかし、大抵…指摘された時点で、表情は変わり、眉間の皺は無意識の内に、直っているものだ。
険しい表情になっていたのならば、私に怯える部員にも納得がいく。
「なにか、あったんですか?」
綾代は、ゆったりとした口調で、私にそう聞いた。
悩みがあるなら、聞かせて欲しい、と言いたそうな顔だった。
「・・・あ・・・うん、別に・・・。」
…自分でも、眉間の皺に気が付かなかった私だ。
綾代に、自分の眉間の皺の理由を…順序良く話せるかは、疑問だった。
私は、大丈夫、と一言言って、練習に戻ろうとすると。
「あの。」
綾代が、私を更に呼び止めた。
「え?」
振り向くと、綾代は笑ってはいなかった。
「私、梢子さんを………あの夏の日から…随分と、遠くに感じます。」
「…綾代?」
綾代の…意外な一言に、私は驚きを隠す事は出来なかった。
冬になると、日が落ちるのが早い。
辺りは、暗くなり、肌に感じる空気もいつもより冷たい。
「・・・あぁ・・・通りで寒い、と思ったら・・・」
寒い筈だ。納得。
外に出ると、雪がちらちらと舞っていたのだから。
今日がクリスマス・イブならば、ホワイトクリスマスになるのだろうが…。
・・・いや・・・。
・・・そんなの、私には、関係ない事だけど・・・。
マフラーをしっかり首元に押し当てて、息を吐くと、白くなった。
今夜は冷えそうだ。
(・・・・あ、そういえば・・・)
『…私、梢子さんを………あの夏の日から…随分と、遠くに感じます。』
練習中に、綾代に言われたその一言が、何度も頭の中を巡る。
…遠くに感じるって…私が、変わったと言いたかったのだろうか。
寂しそうな目線と、少し抗議の意を含んだような・・・とにかく、私を、綾代は、あまりよくは思っていない部分がある、というのは確かで…。
でも。
何が、変わったというのか。
あの夏の日、とは…勿論、あの卯良島の出来事………私が、喜屋武汀と出会った夏だ。
あの数日の出来事は、私にとって、忘れられない出来事の連続で…。
確かに、私は…ある意味、変わったのかもしれない。
でも、私自身、自分の中にある根本は、何一つ変わっていない。
・・・・・・と思っているのは、私だけ?
あの日から、私の何が、変わったのだろう…。
白い息を吐きながら、私は帰り道を歩いた。
歩きながら、私は携帯電話を取り出した。
あまり気が進まないが…こういう時の為の電話だ。
『はーい。…機嫌治った?』
電話の向こう側の人物は、寒さと無縁の地域に住んでいる、私と同い年の少女。
喜屋武汀。
「……ねえ、汀…今、大丈夫?」
私は、汀の後半の質問は無視を決め込んだ。
下手に答えても、こじれるだけだからだ。
『まあ、大丈夫っちゃあ、大丈夫だけど、大丈夫じゃないといえば、大丈夫じゃないわ。』
汀は…『どっちなのよ!』…という私のツッコミを期待しているのだろう。
ツッコミは入れずに、私はそのまま話に入ることにした。
「汀、私…変わった?」
『・・・え?』
汀なら…第3者の目線から私を見ているハズだから…彼女なりの視点で教えてくれるだろう。
「だから…私、貴女から見て、なんか変わった所ないかって…。」
・・・そう期待したのだが。
『・・・は?いきなり何?…あぁ、髪型変えたのに、気付かないのは失礼ってヤツ?
…カンベンしてよー、あたし、エスパーじゃないんだから。遠恋してる相方に、それは酷だよ、オサ。
そういう時は、まず写メしてよー。ちゃんと、褒めてあげるし、待ち受け画面にもするからー。』
汀は、何を勘違いしたのか…スラスラと相変わらず適当な事を喋っている。
それで、いつも誤魔化されてしまうし。今ではもう、慣れてしまった。
それに時々、彼女のこういうおしゃべりで、少しほっと安心してしまう自分がいるから、不思議だ。
もしかして・・・変わったってそういう事か?
「違うわよ、馬鹿。………その…私、何か…最近、変?」
『ん〜・・・なんというか、今が変。』
「・・・もう、いい。切るわ。」
フザケるな、という意味を込めて、私は汀を遠まわしに叱った。
『あー!ゴメンゴメン!!…って、オサ、何か言われた?…”小山内さん…貴女、変わったわね〜”的な事でも。』
「あ…当たり。で……どこか、私…変わったと思う?第3者から見て…」
『ねえ…それ…あたしに聞くの、違うんじゃない?』
「…どうして?」
『…だって、あたし、確かに第3者だけど…オサの傍に普段からいないし。
普段から傍にいる第3者から、言われたんでしょ?ソレ。』
「そう、だけど…」
汀は、この件に関しては第3者だ。
でも…
”でも、汀は…私をちゃんと知ってるじゃない。”
私は、そう言いそうになったが、横を通り過ぎる人の気配を感じて、その言葉は飲み込んだ。
『じゃあ、無理。変わったなんて言われても、あたしにはわからないわ。
それに、あたし、オサの特別な所は見てるけれど、普段のオサ知らないもの。』
「・・・特別な所って?」
私がそう聞くと、汀は急に口篭りつつも、説明した。
『うわ・・・皆まで言わせるか・・・。
…だからー……あー…その…普通の”お友達”、じゃない、でしょ?…あたし達。』
「・・・・・・・・・ん、まあ・・・・・・そ、そうだけど・・・。」
確かに。
普通の友達、の領域はとっくに通り過ぎている。
時に好敵手、時に親友、時に…恋人。そういう位置にいる。
一見、矛盾しているようだが…汀が、四六時中ずっと私の好敵手な訳ではない。
親友、というのも…いや、悪友に近いか。
彼女と過ごす時間は、恋人同士のものに近い時もあれば、同年代の友達と過ごす楽しい時間にも感じる。
だけど、決定的”違い”がある。
友人に”近いだけ”で、私にとって、汀は…いつの間にか、大切な存在になっていた。
いつの間にか、汀は…そんな存在になっていた。
『ねえ、オサ…大体、ソレ誰に言われたの?やすみん?』
「あ、うん………実はね…」
私が事情を説明すると、電話の向こう側の汀は、納得したように言った。
『・・・あー・・・・・・・・・姫さんも、鋭そうだもんねぇ。そうか、そうか…。』
「…鋭いって?綾代が?」
そう聞き返すと、今度は深い溜息が聞こえた。
『・・・・・・・・・・まあ、オサが鈍いのよね。人並み以上に。』
「・・・何がよ?失礼ね。」
『あ〜あ、コレだよ。参ったね、こりゃ。…ていうか、鈍さもここまでくると才能よね。』
「…だ、だから、何がよ!?怒るわよ?」
『いや、もう怒ってんじゃない。』
「みーぎーわー…!!」
全くわからない。
…綾代が鋭くて、私が鈍いもの…一体…
タイミングの悪さなら、私の方が悪いけれど…でも、それと鋭さは関係ないし…
第一、私を遠くに感じる理由とは、全く関係がない。
悩む私に、汀がこう言った。
『…ヒント。』
「・・・・・・は?」
ヒント?
綾代が私を遠くに感じた理由?
私の問いを無視して、汀は言葉を続けた。
『……この電話をしてる時点で、姫さんはオサを、より遠くに感じてるって事。』
「・・・ちょっと、汀、解ってるなら、ヒントじゃなくて、答えを・・・」
『じゃあ、ヒントその2。』
「汀、人の話を…」
『…ちゃんと、周り見てる?』
「な、なによ、それ!周りが見えてないっていうの!?」
『例えば、姫さん達の誰かが悩んでたり、何か様子がおかしいって気付いた時、オサはどうする?』
「…それは…”どうしたの?”って聞くわよ。何か、力になれる事があれば…」
『そうよね、オサはそういう人よ。ああ…なんだ、答え出たじゃない。
じゃ、切るわよ?…悪いけどさ、あたし移動中なのよね。さすがにもうそろそろ…切らないと。』
「…え?ちょ、ちょっと!汀!答え…まだ聞いてないわ!」
『………来たか…ゴメン。オサ、タイムオーバー。今、鬼を逃すとまた延びる。…またメールするから。じゃあね。』
”プチ…”
「・・・・あ・・・」
電話は、切れてしまった。
私の変化に気付いていそうで、私に教えてくれる・・・身近にいる人物を私は、知らない。
綾代達から見て、私の変化は・・・
「・・・寒。」
マフラーを巻き直し、私は自宅へと足を向けた。
次の日。
なんだか、学校の中が盛り上がり、みんなそわそわしていた。
予定がどうとか、何を食べるか、とか。
そういえば、クリスマスなんだと思い出した。
「梢子さん、おはようございます。今朝は冷えますね?」
白い息を吐きながら、綾代がいつも通りに話しかけてきた。
「あ、おはよう、綾代。」
昨日の一言が引っかかっているためか、ぎこちない挨拶が口から飛び出た。
「あの、梢子さん・・・昨日の事、どうか気になさらないで下さい・・・。」
綾代がすまなそうな表情で、私にそういった。
「え?あ・・・うん・・・。」
私は、ぎこちない返答をする。
「私・・・きっと、汀さんに嫉妬してるんです。」
「はい?」
思わず立ち止まる。
学校の玄関まで数メートルの所で、私と綾代は突っ立ったままだった。
「あの夏の日から・・・クリスマスやそれ以外のイベントの話題になると、梢子さん・・・
どこか遠い目をして、会話に入ってこない事が多くなりましたから・・・
私・・・”ああ、きっと汀さんの事を考えていらっしゃるんだな”と思ってしまうんです。」
「そ、そんな事・・・!」
私は、即座に否定した。
まるで汀で心の中がいっぱい、と言われているようなものだったからだ。
「ええ、無意識だろうとは思うんです。私としては、応援したいなとは思ってますが…」
「ちょ、ちょっと!?綾代!?」
「イベントの話をしていても、イベントに参加してもらっても、どこか梢子さんの視線は、あの人を探してる気がして・・・。
そんな・・・汀さんでいっぱいの貴女をみていると、やっぱり寂しいな、って思っちゃうんです。
ふふっ・・・これは、私の我侭、ですね。」
綾代は、そう言って笑った。
「…そ、そんな風に、見えてたんだ…私…。」
「…御気を悪くなさらないでくださいね?…正直、そういう風にしか、見えませんでした。」
苦笑混じりの綾代は、今まで言わなかったけれど、と前置きをして、更に口を開いた。
一緒にいても、心ここにあらず。
目の前の人間に対して、これほど無礼な行為は無い。
「あ・・・あああああぁ・・・!」
恥ずかしいやら、情けないやら・・・。
私は声を上げて、ドアにもたれかかった。
「”梢子さんは悪くない”んです、私がちょっと、寂しいなって思うだけで・・・!だから、御気を悪く・・・」
「いや、私が悪かったわ、綾代。指摘してくれてありがとう・・・私、気をつける・・・!」
「いえ、そうじゃなくて・・・!」
学校のチャイムが鳴り、私と綾代は慌てて学校内に飛び込んだ。
昼休み。
汀から”鬼討伐!”の報告メールが届いた。
昼休みなのをいい事に、私は誰もいない道場の中で、汀に電話をかけた。
そして、今朝の綾代とのやりとりを話した。
『で?』
「私…やっぱり汀の言うとおり、周りが見えてなかったのかも…。」
『ほう?』
「…私、綾代達の気持ちに気付いてなかった…。」
自分では、そんなつもりはなくとも。
私は、心のどこかで汀を求めていて、それを周囲の人に知られている。
目の前の人達をそっちのけにしているつもりは、本当に無いのだが・・・。
それが、余計周囲の人達に気を遣わせてしまい、寂しい思いもさせてしまっていた。
『うんうん、少しは反省しなさい。』
(偉そうに・・・。)
「始めから言ってくれたら良かったのに。私、どこか自分が普通の自分じゃなくなったのかと思った・・・。」
『あたしがまるまる言ったんじゃ、オサの為にならないでしょ?それに・・・』
「ん?」
『姫さんの言うとおり、あの夏の日から、オサが変わってしまったんだとしても、あたしはそのオサで十分良いと思うし。
うん、あたしがオサを思う分には・・・うん、変わらないから。』
「・・・・・・ん。」
その一言が、ちょっと嬉しかった。
『あたしの事で頭いっぱいで人間関係ギクシャクしてますって言われてさー、複雑だけどさ…嬉しくない訳ないじゃない。
いや、大問題か…あたしのせいでオサが腑抜けになった、とか言われたらたまんないし。』
「汀。」
誰が腑抜けだ、と突っ込む。
慌てて、汀が言葉を繕う。
『いや、とにかくさ、遠く離れているあたしの事はもう考えるなー!って言えないでしょ?
ホントに忘れ去られちゃうと、こっちもさ・・・困るっていうか。』
「・・・汀、結構、寂しがり屋?」
『・・・うるっさいなー。あたしとしては複雑なんだからねー?』
「そう、よね・・・ごめん。」
『あたしがオサの事、独占しすぎ、なのかもね・・・。』
”控えようかな”と呟くように汀が言った。
「・・・か、構わないわよ。」
『姫さん達に寂しい思いさせても?』
「そ、そうならないように、努力するわ・・・。」
『・・・じゃ、引き続き、オサはあたしのモノってことでOK?』
「うん・・・って!私はモノじゃないわよ!馬鹿!」
『あっはっはっは、ごめんごめん!・・・で、仕事終わったからさ、明日、会える?』
「会えるの?」
『会おうよ。』
「・・・うん。」
随分急ね、と文句は出ない。
会えるってだけで、私はまた頭の中がいっぱいになる。
『ごめん、クリスマスイブには、やっぱり間に合いそうもないのが悔しいんだけど…』
「いいわよ、そんな事考えなくても。」
すまなそうな汀の声に、私はフォローの言葉をかけた。
その途端に、汀の声が弾みをつける。
『あ、その代わり!あたしがクリスマスプレゼントでーす!くらい言えばよかった?』
「・・・・・・。」
私が黙るとさすがに冗談を言うべきではなかったか、と思ったのか汀が声を小さくした。
『あ、ごめん・・・つまんなかった?』
「ううん、笑えないけど・・・貴女がプレゼントなら、嬉しい。」
『あ・・・そう来るとは思わなかったな・・・。』
声が照れているのが、電話越しでも伝わる。
「ふふっ・・・じゃあ、明日ね?」
思わず笑みがこぼれ、私は電話を切った。
そして、振り向くと・・・。
「梢子さん、良かったですね。」
「あーあ・・・今年のクリスマスもミギーさんに盗られちゃいますねー!」
「百ちゃん、そんな事言わないのっ。」
後ろには、もっとも会話を聞かれたくない・・・ギャラリーがいた。
「あ、あの・・・えと・・・」
三人共、満面の笑みのように見えて目はまったく笑ってはいないが、弾みをつけた声で言った。
「「「メリークリスマス!!」」」
次の日、汀は待ち合わせ場所で私と一緒にニコニコ笑う3人の付添い人の存在に顔を引きつらせる事になる。
午後6時。
これ以上は、さすがに綾代の家族に心配をかけてしまうので、解散する事に。
賑やかなクリスマスパーティーだったが、少し騒ぎすぎたのか、疲れた。
「あー・・・楽しかったけど、まいったー!」
汀が、そう言って空を仰いだ。
「あら、嬉しそうにカラオケ3時間も百子と一緒に調子良く騒いでたのは、どこの汀さん?」
「んもう、チクチク刺さないの。結構、気を遣ったんだよ?」
「あれで?」
一緒になって騒いでただけじゃないの、と私は汀の隣でマフラーを直しながら言った。
「いや、あたしが盛り上げ役に徹する事で、オサは姫さん達と大いにふれあえるでしょ?」
「どうも口実くさいなぁ。」
横断歩道の前で止まり、青信号になるのを待つ。
マフラーが上手く直らないので、一回ほどき、もう一回巻き直す。
「貸してみ。」
と、汀が私の肩に手を回し、マフラーを直し始めた。
南国の汀がマフラーの巻き方なんて、と思っていたが私は黙って見守っている事にした。
「・・・今日、ホント・・・実感したわ。」
「何を?」
首や頬にマフラーのぬくもりと少し冷たくなり始めている汀の指が当たる。
「オサは、ホントみんなから愛されてるよ・・・そんな人気者をあたしが独り占めなんてね〜。」
「からかってるつもり?」
苦笑混じりの汀に私はそう言ったが、汀は肩をすくめて言った。
「冗談じゃない。本気中の本気よ。だから・・・ちょい、優越感と罪悪感感じちゃったりして。」
「・・・別に、人気者って訳じゃないわ。」
「照れなさんなって・・・なんというか、本当にドエライ人を旦那に持ったなぁって妻の苦労、わかる?オサ。」
「だっ!?誰が旦那で誰が妻よ!!」
反論しようとする私の首にマフラーが巻かれる。
「いや、モノの例えだよ?顔真っ赤にしちゃって。
・・・だからさ、改めて、大事にしようと思ってさ。ほい、出来上がり。」
汀の指先が赤くなった手が、出来上がりと同時にぽんっとマフラーに触れた。
「・・・・・・良い、心掛けね。」
私はマフラーから離れようとする汀の指をそっと握り返した。
「・・・ん?」
汀が”どうしたの?”と首を軽く傾けた。
「・・・大事に、してくれるんでしょ?」
私の言葉に汀はまたニッと笑って、両手を私の頬につけた。
「わっ!?冷たい!?こんなに冷たいのに、なんで汀、手袋持ってないの!?」
「いや〜オサがいるから、こうやって温めようか、と。あーあったかい。」
「和むな!私の手袋貸すから!」
「ん〜手袋よりさぁ・・・」
手袋を脱ごうとする私に汀は顔を近づけた。
「・・・手よりさ、こっち温めてくんない?」
一瞬だけ触れた唇は、全然冷たくなんか無かった。
温かい白い吐息がお互いの顔の近くで混ざる。
「うん、あったかいね。」
そう言って、汀は私の額に額をぴたりとつけたまま、笑っていた。
私は、皆でいる時も・・・汀を見ていた。
悪い事だって思ってたけれど、視線は汀を追っていた。
また会えなくなるかもって、心のどこかで考えているせいかもしれない。
「・・・馬鹿、場所を考えなさい。」
”ごめん”とまた笑みを浮かべる汀に、今度は私から近付く。
なんだか、妙に離れたくなくて。
妙に近付きたくて。
汀がコートのフードを被った。
大きめのフードが、私の顔まで隠すように被さった。
汀なりの気遣い、のつもりなのか?
軽くキスをして、私は改めてメリークリスマスと呟いた。
汀も小さい声で笑いながら”メリクリ”と短く答え・・・そして。
「オサ・・・信号、また赤になってる。」
「・・・じゃ、もう一回ね。」
― ボツにしたSS。〜アオイシロ〜 ―
あとがき
えーと・・・正直言って、自分の中でオチもヤマもなかったので、ボツにしてました。
もうちょっと書き込んで、綾代さんと汀で一悶着あれば面白くなったかもしれないですね。
加筆修正したら、マシになって甘くなるかもしれない・・・と思ったら、大誤算!!!