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私は、昔っからダメな子って言われてきた。

馬鹿とかあほとか、そういうの言われ慣れちゃった。


馬鹿だなって言われたら、そんな事無いよって否定できる材料を私は持ってなんかいなかった。

事実、他人から、そう見えるんだろうし、私が否定した所で結果は変わらない。いつも失敗ばっかり。


だから、そんな自分を認めて、笑って、こう言うの。



「私、馬鹿だからゴメンね」・・・って。




・・・でもね・・・。




「困るんだよね、亜子ちゃんさぁ、お客さんのスーツにお酒こぼすとかさ、散々気を付けてって・・・

ていうか、これ、何度目の注意だと思ってんの?馬鹿なの?」


仕事の途中、私は失敗してしまった。

お客さんは『気にしなくていいよ』って言って笑って許してくれたけど、クリーニング代を出す事になった。

そのお客さんが店から出るなり、店長は私を店の事務所に連れ込んだ。


「・・・すみません・・・手が、滑っちゃって。」


言い訳しても仕方が無い。正直に言うしかない。


「俺は・・・馬鹿なの?って聞いてんだよ。」



以前、貴女は言ってくれたよね?



『自分の馬鹿な部分に気付いている人は、馬鹿じゃない。本当の馬鹿は、自分が馬鹿である事にも気付かない』って。



それは、とても嬉しかった。


・・・だけど・・・私は・・・。



「・・・・・・・馬鹿、です・・・。」



あれから、その言葉をバネにして頑張ろうってしても・・・私、結局、前に進めてない。今だって、仕事で失敗ばっかり。



「そうだよね。自分でも解ってるよね?同じ事何回も何回もさぁ・・・

この仕事はさ、ただ酒飲んで、愛想振りまけばいいっていう商売じゃないんだよ。解ってないでしょ?

あのさぁ、そうやって、しょんぼりして反省してますって態度で謝ったらなんでもOK、とか考えてない?甘いんだよ!」


「え・・・そ、そんなつもりは・・・!」


「・・・キミさぁ、馬鹿は馬鹿でも、迷惑かける悪い方の馬鹿なんだよ。わかる?店に、人に、迷惑かけてんの。

その事実を潔く受け止めて、馬鹿は馬鹿なりによく考えて。今より、もう少しはマシな方に頑張ってくれない?頼むから。な?

ああ、もう行って良いよ、話してるとイライラすっからさ。仕事して。」



「はい・・・本当にすみませんでした・・・。」



私こと、伊達香里は、軽くお辞儀をして事務所から出た。



(”迷惑かける悪い馬鹿”か・・・。)



胸の辺りが苦しくて、息が詰まる思い。でも、涙は出ない。

営業中に泣いたら、それこそ、フロアのみんなに迷惑をかけてしまうから。



笑顔で、私は席に向かう。


声は、とびきり明るめの声で。




「お待たせしました〜亜子でーす♪」








 [ 水島さんは残業中。その3の5 〜伊達 香里編〜 ]







「・・・疲れたなー。」


部屋に戻って、独り言を言いながら、冷蔵庫の中のミネラルウォーターの蓋を開ける。

今度は、お湯を沸かす。インスタントのスープパスタを作る為。カロリーもそんなに高くないし、第一失敗しないからね。


「ピザ・・・寿司・・・引越し・・・」


ポストに入っていた郵便物を見ながらいらないチラシ類はゴミ袋に入れていく。そのチラシの中に荷物の不在届の伝票が混ざっていた。


「・・・あ、またお母さんからだ。”冷凍”?やだ・・・また、ナマモノ?料理しないって言ってんのに〜・・・」


お母さんは、料理くらい自分で覚えろと、私が料理しないって言っても何度も何度も送ってくる。

調理済みだったら、どんなにいいか。


決まって、私はせっかくの贈り物を焦がしてしまう。どうやっても、魚も何も上手く捌けた試しがない。


何度も何度も同じ失敗・・・私って・・・ホントに・・・


『・・・キミさぁ、馬鹿は馬鹿でも、迷惑かける悪い方の馬鹿なんだよ。わかる?店に、人に、迷惑かけてんの。

その事実を潔く受け止めて、馬鹿は馬鹿なりによく考えて。今より、もう少しはマシな方に頑張ってくれない?頼むから。な?』


店長の厳しい言葉を思い出す。

お湯が沸いても、食欲がなくなっちゃったよ。



「とりあえず、明日は休みだから・・・・・・午後に配達してもらおっと。」



次の日、インターフォンの音で目を覚ます。

ドアを開けると、早くしてくれとばかりに早口の配達のお兄さんが印鑑をくれと言い、私はサインで、と答える。

・・・印鑑探すより、この方が早いって知ってるから。


「・・・どうしよう・・・コレ・・・」


荷物の中身を開けると、ビニール袋に2重に包まれた魚や貝類が入っていた。

するめは、なんとか出来るとして・・・。


「あとのイカとか魚とか貝は・・・無理・・・。」


決して嫌いな訳じゃない。ただ、出来ないの。自分で調理したら、本当に不味くて生臭くって食べられなくなる。

台所はめちゃくちゃになるし、部屋は臭くなるし。

着ちゃったものは、しょうがないとして・・・荷物着いたって実家に電話しなきゃ。


「・・・あ、お母さん?荷物着いた。ありがとう。」

『そう、良かった。ちゃんと料理するのよ。アレよ、ちゃんとさばいて鍋とかにすればいいじゃない』

「うん、そうだね、」


・・・ちゃんと、捌けたら、の話だけど。


『元気ないわね・・・香里?ちゃんと食べてるの?仕事場の人に迷惑かけてない?』


・・・その質問、今の私にはちょっと、キツイかも。と私は一瞬言葉に詰まった。

でも、お母さんって妙に鋭い上に、心配性だから。


「・・・ふふ、大丈夫だよ!私、そういう人間関係とか、上手いから。」


笑って、私はそう言った。


『そうは言ってもねぇ・・・香里は昔っから、そそっかしい所があるから・・・気を付けるのよ?』


お母さん、それってさ・・・私が、迷惑かける悪い馬鹿だから?

私は、その言葉を飲み込んで、笑った。


「えへへ・・・大丈夫。大丈夫だって。ホ〜ント!」


笑って、笑って、大丈夫を繰り返す。

実家のお母さんの長い近況報告を聞いて、電話を切って、鏡を見たら、私は・・・





・・・私は、泣いてた。




私は荷物を持って、外に出た。


今日は土曜日だ。きっと、家にいる。

隣のドアのインターフォンを押して、目をゴシゴシこする。



”ピンポーン。”




「はー・・・・・・・・・い。・・・だ、伊達さん・・・どうかしました?」


何故、私をみたらおびえるのかわからないけど、とにかく、頼れるのはこの人しかいない!!


「みーちゃん!お願い!!コレ貰って!!!」


私は両手をパチンと合わせてお願いのポーズを取った後、足元に置いた荷物を指差した。

隣に住む水島さんこと、みーちゃん。


少なくとも、私より料理が出来る人!


「・・・こんなにたくさん、貰っていいんですか?」

「うん、どうせ・・・ほら、私がやると焦がしちゃうしー。」


「ふーむ・・・いくらなんでも、これだけの量となると・・・家の冷蔵庫にも入りきれないですよ。」


そう言って、みーちゃんは荷物の中を見ながら険しい顔をした。


「そこをなんとか・・・・・・あ、迷惑、だった?なら、いいよ、別に。」


みーちゃんにまで、私・・・迷惑かけたら・・・。

そう思うと、気が引けた。


「・・・いえ、ただ、やっぱり量が多いです。これから、全部捌いて料理しますから、伊達さんも少し食べていって下さい。」


そう言って、みーちゃんは荷物を持ち上げた。


「・・・え・・・良いの!?」

「良いの?って、最初から、そのつもりじゃなかったんですか?」


みーちゃんの言葉に私は慌てて笑いながらごまかす。


「・・・え・・・あ・・・ま、まあねっ!えへへ・・・バレた?」





「へえ・・・やっぱ上手いね。」


「昔・・・よく父と釣りに出掛ける事があって、こういうのは慣れてるんです。」


「へえ・・・」


なんとなく、無口な親子2人が無表情で釣り糸を垂らしている姿を想像して、私は思わず笑ってしまった。


でも、本当にみーちゃんの手先は器用で。

魚・貝・イカ・・・次々と捌いていく。


私は、それをじっと後ろから見ていた。

私は、何も出来ない。


「・・・ねえ、やっぱさ・・・迷惑だった?」

「いえ、こんなにモノ貰っておいて、迷惑だなんて言うわけないじゃないですか。」


そう言いながら、てきぱきと冷凍室に小分けにした魚の切り身なんかを入れていく。

おんなじ一人暮らしでも、みーちゃんは、なんでも一人で出来ちゃう。


(すごいなぁ・・・ホント、みーちゃんって良いお嫁さんになりそ・・・。)


「ホント、ゴメンね・・・私、何も出来ないし、さ・・・。」

「・・・鍋にしますから。カセットコンロ、机に置いて下さい。」


言われたとおり、机にカセットコンロを置く。

みーちゃんが土鍋を持って来て、その上に静かに置いた。


「鍋が吹き零れないように、見ててください。私、他の具、切りますから。」

「わかった!任せて!」


そのくらいなら出来そうだと、私は笑顔で答えた。

火をつけて、ひたすら待つ。


包丁のリズミカルな音を聞きながら、私はぼうっとしていた。


台所に立つみーちゃんは、相変わらず無表情だけど・・・なんだかんだ言って、私の面倒見てくれるよね・・・。

・・・私、多分、それに甘えてる。みーちゃんの優しさに漬け込んでるんだ。


迷惑じゃない訳、無い。

いきなり、一人暮らしなのに大量の海産物持ってこられたら、迷惑に決まってる。



『・・・キミさぁ、馬鹿は馬鹿でも、迷惑かける悪い方の馬鹿なんだよ。わかる?店に、人に、迷惑かけてんの。

その事実を潔く受け止めて、馬鹿は馬鹿なりによく考えて。今より、もう少しはマシな方に頑張ってくれない?頼むから。な?』



・・・私、みーちゃんにまで、迷惑・・・かけてるのかな・・・。

みーちゃん、人嫌いだし・・・。

ホントは、私と一緒にいるのだって、嫌なんじゃないかな・・・。


・・・どうしたんだろ・・・なんで、こんな後ろ向きな考えしか浮かんでこないんだろ・・・。



「さん!――伊達さん!!」

「え?」


みーちゃんの大声なんて珍しいと思ったその瞬間、私の目の前で鍋が吹き零れた。


「あッ!!」


火を止めても、もう遅かった。

吹き零れのせいでカセットコンロの火は消え、食卓のテーブルは散々な光景になる。


布巾を持ったみーちゃんが、すぐにやってきて、その散々な光景を片付ける。

私は、また何も出来ない。というか、これ以上、何かしちゃいけない気がしてきた。


「ごめんなさい・・・ぼうっとしちゃってて・・・」


「いえ、いいです。火傷してません?」


「・・・あ、平気。」


みーちゃんは、責めない。

『鍋ちゃんと見てて下さいって言ったじゃないですか!!』って、いつもみたいにツッコミもない。


・・・呆れてるのかな・・・鍋の番も出来ない私に・・・。



『あのさぁ、そうやって、しょんぼりして反省してますって態度で謝ったらなんでもOK、とか考えてない?甘いんだよ!』



・・・そうかもしれない。心のどこかで、私は、謝れば、許してもらえるって思ってる。

でも、そうじゃない。謝っても取り返しのつかない事だって、あるんだ・・・。


たとえば、信用とか。


「ごめん・・・みーちゃん・・・鍋すら、私失敗しちゃう有様だよ・・・」


申し訳なくて、体育座りをして膝に顔を付ける。


「・・・なんか、あったんですか?」


みーちゃんが、そう言って、野菜とさっき切った魚や貝の乗った大皿をテーブルに置く。


「・・・別に、何もない・・・。」



『・・・キミさぁ、馬鹿は馬鹿でも、迷惑かける悪い方の馬鹿なんだよ。わかる?店に、人に、迷惑かけてんの。

その事実を潔く受け止めて、馬鹿は馬鹿なりによく考えて。今より、もう少しはマシな方に頑張ってくれない?頼むから。な?』


馬鹿は馬鹿なりに、よく考えて。

みーちゃんに、これ以上、迷惑かけるのも、嫌われたくもない。



「・・・じゃあ、なんで泣いてるんです?人の部屋で。」


そう言って、みーちゃんが私の頭に手を載せた。


「・・・ドア開けた時から・・・目、真っ赤でしたよ。」



みーちゃん、こういう時だけ・・・鋭いなんて、ずるいよ・・・。

みーちゃん、こういう時だけ・・・優しいなんて、ずるいよ・・・。



「・・・しいの・・・。」

「ん?」


「悲しいのッ!」


私は顔を上げて、涙を零しながら、声に出した。


「みーちゃん、馬鹿って言われると悲しいよ!私、確かに馬鹿だけど、悲しいんだよ!馬鹿なのに、心が痛むの!

でも、私が馬鹿なせいで、たくさんの人に迷惑かけてる!私は、迷惑かける悪い馬鹿なんだって・・・!その事実が・・・悲しいの・・・ッ!!」


こんな事、お隣に住んでるだけのみーちゃんに聞かせるのだって、迷惑極まりない事だってわかってる。

でも、もう止まらない。

もう随分、昔から、慣れてる筈なのに。



「悲しいの・・・ただ、悲しくなるの・・・慣れてる筈なのに、悲しいの・・・ッ!」



でも、本当は・・・ずっと・・・悲しかった。

言われる度に、悲しかった・・・!



すると、私の話を聞きながら、しばらく黙ってテーブルを拭いていたみーちゃんが口を開いた。


「それは、普通そうでしょう。」

「え・・・。」


「・・・私は言いません。貴女の事を馬鹿だなんて、絶対に言いません。

人の全部を馬鹿の一言で片付けるのは、私自身・・・経験上、嫌なんで。

それに、馬鹿な所を自覚している人は・・・馬鹿じゃないって、前、言いましたよね?」


「・・・みーちゃん・・・」


でもね、私・・・ホントに馬鹿なんだよ?

こんなんじゃ、みーちゃんにだって呆れられちゃうよ。

私・・・それが、怖いんだよ。


全部、言いたいのに、言葉が出てこない。出てくるのは涙と鼻水ばっかり。


「多かれ少なかれ、人間生きてたら、誰かに迷惑かけます。それが、規模がでかいとか、人数が多いとか、その両方か・・・

とにかく、誰でも馬鹿やって、迷惑掛けて、そうやって生きて・・・もとい、そうやって普通の人は他人と関わって生きてるんです。

良い馬鹿も悪い馬鹿も関係なく、いて良いと思います。人間、そんな器用にホイホイ生きられる人なんか、なかなかいませんし。」


「みー・・・ちゃん・・・」


・・・みーちゃん、そんな風に考えてたんだ。

私がじっとみーちゃんを見るので、みーちゃんは少し、ばつが悪そうな顔をしながら更にこう言った。


「・・・・・・・あー・・・それに・・・人はね、変われますよ。

以前、自分の事をカオって呼んでた貴女が、自分の事を”私”って呼び直せたのと同じくらい、結構簡単かもしれないですよ?」


そう言って、みーちゃんは鍋の蓋を取ると、鍋の具を入れ始めた。


「・・・・・・・・・・・・。」


再び、カセットコンロに火が着く。


「少なくとも、貴女は誰かから馬鹿って言われて人の心が傷つくのを知っている。

それは・・・とても良い事だと私は思ってます。

父が言ってました・・・”傷みを知ってる人間は、強くなれる”って。

・・・だから、その・・・それは、成長っていう事で・・・あー・・・だから・・・伊達さんは、大丈夫ですよ。」



言い終わると、後は煮えるのを待つだけ、と言ってみーちゃんは鍋に蓋をした。


「つまりさ・・・私って、ちゃんと、それなりに、前に進めてるのかな・・・」

「さあ・・・私は、伊達さんじゃないから、わかりませんけど。」


そう言ってみーちゃんは立ち上がる。


「・・・多分、進んでるんじゃないですか?それなりに。」


背中を向けて言うところが、なんともみーちゃんらしい。

私はティッシュで涙も鼻水も拭いた。



「・・・・・・みーちゃんのお父さんって優しい人なんだね・・・それに・・・」


「ん?」


「みーちゃんのその優しさは、きっとお父さん似だよ。」


「・・・褒めてるんですか?」


「ダメ?」


「・・・心境としては複雑です。さて、煮えたかな・・・。」



複雑そうな顔をした、みーちゃんが鍋の蓋を取って、箸で具を突く。

くつくつと音を立てる鍋。良い匂いが鼻をかすめる。


「わぁ!美味しそう!」

「・・・はいはい、でも、まだ煮えてないです。」


そう言うと、みーちゃんは立ち上がり、冷蔵庫を開けて、何かを持って、私のお椀の隣に置いた。


・・・ビールだ。


「ん?え・・・?」


みーちゃんが、ビール?


「俗に言う、頑張った自分への”ご褒美”って奴です。・・・その代わり、家では2缶まで、ですよ。というか、2缶しかないんで。」


そう言って、いつも通り素っ気無い態度で、私にビールを飲むように言った。

それが、嬉しかった。


みーちゃんに言われて、”私、今、頑張ってるんだ”って実感したから。


「・・・うん、ありがとう!みーちゃん!大好きっ!」


私は、やっぱりまだみーちゃんに甘えてしまうのかもしれない。まだ、こんなにも弱いから。

でも、いつか・・・きっと、みーちゃんに頼ってもらえるくらい、強くなりたい。



みーちゃんは、ウーロン茶のペットボトルを開けた。

私は、ビールの蓋を開ける。




「「乾杯。」」





[ 水島さんは残業中。その3の5 〜伊達 香里編〜・・・END ]




あとがき


・・・え?水島さん・・・これ、ちょっと良い人過ぎないか?これ、作品の傾向的に大丈夫?と書き上げてから不安になるSSでした。

少しだけ、ハートフルな感じを出そうと思ったので、お笑い要素は無くなりました。