人は人と助け合って生きていくんだって…

だから、困っている人がいれば、進んで助けなくちゃいけないって…


小さい頃、大人に教えられた。



・・・でも、成長してから気付く。



人は、助ける人を『選ぶ』んだって。



”助けられるに値する人”にならないと…

助けてもらえないばかりか、後から、自業自得だとか、非難までされる。


だから、良い人にならなくちゃ。


良い人にならないと、誰にも助けてもらえない。



誰も、来ないのは…一人ぼっちは…嫌。



一人が嫌だというと、甘えん坊だねって良く言われた。


そして。


寂しがり屋は、度が過ぎるとウザいって言われた。


いけないとは思いつつ、私は、まだ寄りかかれる誰かを探してる。



一人は、嫌。…絶対に、嫌なの。




『・・・でも、どうして貴女は平気なんですか?・・・水島さん。』







      [水島さんは研修中 〜 門倉 優衣子編 〜 ]





「…え、水島さん?…水島さんって、あの水島さん?」



事務課の先輩に聞くと、みんながみんな、そう聞き返して、”意外ね”という顔をする。


彼女…『水島さん』は私が入社してから、現在まで…


いつも、蚊帳の外の人だった。

いつも、一人で淡々と仕事をこなす人だった。


近藤係長と違って、蚊帳の外に出されている訳じゃない。

すすんで、自ら蚊帳の外に出て行く、そんな人。


自分からは、決して人と交わらない人。

事務課でも、特に目立たないし、誰かと関わらないし、あまり喋らない人。



それが、私の知っている『水島先輩』だった。



ところが、そんな水島先輩の様子が、最近おかしい。


あんなに落ち着いていて、社内の避難訓練でも、一人で静かに仕事をしていた水島さんが

最近、落ち着きが無いというか…何かに怯えるように、事務課に後ろ走りで入ってきたり…

とにかく、水島さんの様子が劇的に変わって、私はそれが気になって仕方が無かった。


「ええ、それで…水島さんって、一体どういう人なんですか?

 なんだか、最近…花崎課長とか、阪野さんとか、会長とか…社内の有名人が尋ねてくるじゃないですか。」


彼女自身の様子もさる事ながら、彼女の人間関係も”変わった”としか言い様がない。


しかし、先輩方の返答は、同じように。



「うーん…水島さんは…あの通り、見たまんまよ。」


・・・だったりする。



(うーん…やっぱり、誰も水島さんの事知らないんだわ…。)


考え込む私に、先輩は不思議そうに聞き返す。


「…で、何で今更そんな事聞くの?」


今更、とは。

水島さんが、誰かと特別仲良くしないのは、事務課では”普通の事”だった。

それに、みんな事務課にいるものの、特別仲良しか?というと、それは違う。



「…いや、なんか…私、あんまり喋った事ないし、どういう人なんだろうって…」


私が苦笑いしながら、そう言うと、椅子をクルリと回して、別の先輩が口を挟んだ。


「無駄無駄。あたし水島と同期だけど、水島は、入社当時から、あの通りよ。

 嫌よね〜…事務課だから良いけど、一定のコミュニケ-ションが取れないヤツって、課の雰囲気壊すのよね。

 …まあ、仕事は人並みに出来るから、あたしは文句言わないけどさ。」


「はぁ…。」

(十分、文句言ってる気も…しないでもない、かな…。)


水島さんは、事務課の人達とどこか”違う”。


みんなと違って、プレゼント(仕事)が増えても文句言わないし。

みんなと違って、飲み会よりも残業を選ぶし。

みんなと違って、近藤係長を無視しないし。




……そんな水島さんが、どこか私は、羨ましかった。




『一匹狼』…のような…そういう雰囲気。

誰かに寄り添う羊のような私とは…違う人。



”ガチャ!”


息を切らせて、水島さんが戻ってきた。

水島さんに近藤係長は、責める様子もなく話しかける。


「どこ行ってたの〜?水島くぅ〜ん?」

「す、すみません…ちょっと…ええ…。」


無視をする事務課の人達と違って、水島さんは近藤係長を無視しないので

係長もそれで、安心してか、水島さんによく話しかけている。


悪いとは思いつつ、私は近藤係長と水島さんとの会話に聞き耳を立てる。


「…もしかして、また阪野さんかなぁ?仲良くなったんだって?」

「いえ…そんなんじゃないです。今日は…何も聞かないで下さい…。」


げっそりと疲れたような顔で、水島さんは無言のまま、机の上の資料を見て、溜息をつく。

事務課では、席を外している者の机に、平然と仕事を置く”悪い習慣”がある。


水島さんはそんな事をされても、文句は言わない。


だから、みんな心のどこかで、水島さんを”チョロイ人”だと思っている。

水島さんには、味方もいないし。


…そうじゃなければ、人の机に自分の仕事を置いたりなんか、しない。


(…損してる人、だなぁ…)



…うわべだけでも、仲良くしたらそんな目に合わなくて済むのに。




(どうして、貴女は、一人で平気なんですか?・・・水島さん。)



そんな事を思いながらぼーっと私が、見ていると。

不意に水島さんが、こちらに振り返り、目が合った。


「・・・ッ!?」

「……。(まだ4時か…定時まで長いなぁ…)」
   
      ※注 水島さんの心の声。



水島さんは、私と目が合っても、何事も無かったように再び向き直った。


(水島さんって…あ、あんなに…目つき鋭い人だったっけ…?)


本当に、狼っぽく見えてきた…。

下手に関わると…噛みつかれそうな…


だけど…水島さんだったら噛みつかれても…



「…あぁ、そうだ優衣子ちゃん?」

「は、はいっ?」


別の先輩に突然の声に、私は一気に現実に引き戻され、声も裏返った。


「ねえ、終わったら、飲みに行かない?事務課だと男いないでしょ?

 今日は営業の人と、企画課の人呼んでるんだけど、行くでしょ?」


先輩はウキウキしたように、私を誘ってきた。


(ああ…合コンのお誘いか…マズイなぁ…)


「あー…すいません、今日はちょっと家族と約束が…」


上手く断ろうとしたが、毎度毎度、これが通じた試しがなく。

下手に断ると、印象が悪くなるし、孤立の原因になる。


「優衣子ちゃんいると、喜ぶ人もいるんだけどな〜?」

「…え、ええ〜…そう言われても…」

「観念しなさい、優衣子ちゃん、もう予約もしちゃったのよ。」


あっという間に2人の先輩に囲まれて、私は”行きます”としかいえなくなった。


(ああ、どうしよう…またお兄ちゃんに…あーだこーだ言われる…。)



ただでさえ、合コンに行くだけでもうるさいのに…。

社内の人と行ったなんて、お兄ちゃんが知ったら…。







「…で、行ったんだな?優衣子」


狭いマンションの玄関先で、私の双子の兄・勝が私をお出迎え。


奥からは、お母さんがリビングで見ているだろう、ドラマの音楽が聞こえる。

お兄ちゃんは、3分ちょっと早く生まれたってだけで、こうやって兄貴面する。

私が、鈍いから心配だと言って、人の人間関係にまで口を出す。


『兄が、妹を守るのは当然だ』というのが兄の口癖で…正直ウザい。



「…仕方ないでしょ?先輩の誘いだし、断れないんだから。」


お兄ちゃんを押しのけて、私は家に入る。それでもお兄ちゃんは、私の後からついてきて、説教をする。


男の人ってみんなそう。結論言うまで、話を止めないの。

人がもう良いって思っても、こっちの話聞いて欲しいって思っても。

自分の話に酔ってるのか、どうか知らないけど、とにかく結論まで言わせろって感じでまくしたてる。


「嫌々なら、断れって。営業課の男はなぁ…みんな口が上手くて、ロクでも無いんだ。

 優衣子は、昔からボケッとしてるから、馬鹿がこぞって、チョロイと思って狙ってんだよ。」


「…自分の同僚の事、そんな風に悪く言っていいの?」

「…同僚だから、だよ。あんなの相手にするなよ。絶対、社内の男はダメだ。」


言うだけ言って、お兄ちゃんはドカドカと部屋に戻っていく。

私の意見も聞かないで。


…感情に任せて、部屋のドアを開けて、そのまま乱暴に閉めて、ベッドにダイブした。


メイクを落とさなきゃ、と思いつつも一度ベッドに倒れると、もう起き上がれない。


(……水島さんが、羨ましいな…)


水島さんみたいになれたらな、と私は思う。

水島さんみたいに、1匹狼になれたら…自由なんだろうな…。



水島さん、みたいに…




「門倉さん。おはようございます。」

「水島さん…おはようございま…あれ?みんなは?」


いつもの事務課には、誰もいない。

私と水島さんの2人だけ。

水島さんは、いつも通りの制服姿で、私に素っ気無く挨拶をした。


「…さあ、まだみたいですね。」


妙に広い、事務課に…水島さんと私、だけ…。


「……あ、あの…前から聞きたかったんですけど…水島さんは…どうして…」

「はい?」

「どうして、一人で平気なんですか…?

 皆とワザと距離を離してるっていうか…もっと仲良くしたら…」


「……フッ…」


思い切って私が、そう聞くと、水島さんは口元を押さえて笑った。


(……水島さんが…笑った…!?)

水島さんの笑顔?は初めてみる…いつも引きつったような笑顔しか見たことないし…。


「……好きだから…ですかね。」


水島さんは、そう言いながら私に近づいてくる。


「一人が、ですか?そんなの寂しくありませんか?」


私は”一人が嫌い”だから、そんな水島さんの言葉が信じられない。

一人でいても、良い事なんか無いから。


「門倉さんは、一人が嫌いなんですか?」


「だって…一人だったら、仲間に入れてもらえないし、あらぬ事を言われるし…何も出来ないんです。

 一人でいたら、ずっとそのままなんじゃないかって…思って…寂しくて…

 きっと…私、耐えられないです…」


水島さんは、黙って私の話を聞きながら、私の目の前まで歩み寄ってくれた。

こんなに早口で、まくし立てなくてもいいのに、私は何故か吐き出すように、言葉を続ける。


「寂しいのは…嫌です…一人は怖いんです…。」


「…じゃあ、2人になりましょうか?私と、貴女で。」


「・・・・え?」


微笑む水島さんが、私の肩に手を置いて、そして…そのまま…近づいて…


それで…





「うぅひゃああああああああああああ!?!?」


気が付くと、私はベッドの上で寝ていたらしい。

腕時計を見ると午前3時…



ゆ、夢か…!そ、そりゃ…そうだよね…水島さんが、いきなり笑うわ…その…


き・・・キス、しちゃうとか…あり得ないよね…



私は、夢もメイクも流してしまおうと、慌ててシャワーを浴びに起き上がった。




ところが。

日に日に、水島さんを見かけるたびに、あの夢がチラついて離れなくなってしまった。

観察すればするほど、あの人が解らなくて、もっと知りたくなる。


あんな夢のせいで、まるで子供みたい…。



水島さんが横を通り過ぎるたびに、私は途端に体ごと緊張して、水島さんが席に着くのを見てしまう。


お昼休みに、どこか慌てて出て行く水島さんをつけた事もある。


・・・結局、速過ぎて追いつかなくて、断念したけど・・・。




そんなある日。あの研修デーがやって来た。




わたしはそっと、水島さんに資料を渡しながら、何に出場するのかを聞いた。

だけど、水島さんは、去年も、一昨年も、水泳しか参加していない、という記録が残っている。※社内報より。


「あの、水島さんは、どれに出るんですか?」」


資料を渡しながら、私は水島さんに話かけることができた。


「…まだ決めていませんけど、遠泳にしようかと思ってます。」


やっぱり水島さんは、いつもの、水島さんで。

やっぱり素っ気無い対応の水島さんで。


それでも、やっぱり…私は、そんな水島さんと話せたことが嬉しくて。


「ああ、遠泳って言っても、プールでしたね。得意なんですか?水泳。」


私は、毛先を指でいじって何とか、緊張をごまかす。


「いえ、そんな得意ってワケじゃないんですけどね。」


(よし、ここでちょっと…ネタを挟んで…)

「私、てっきり名前に、水って入ってるからかと思いました♪」


・・・・・・・・・。


「・・・・・ははは・・・。」


水島さんは、1テンポ遅れて笑ってくれた。

(わ、笑ってくれた…!よかったー!!)


「じゃあ私も、遠泳にします。一緒に頑張りましょうね?水島さん♪」

「あぁ、そうなんですか、がんばりましょうね。」


「…水島さん。」


キーボードを叩き始めた水島さんに、意を決して私は言葉をかけた。


「・・・はい?」


「水島さんは…どんな、水着着てくるんですか?」


…大丈夫、声は裏返っていない。


「・・・ビキニじゃない事は、確かですね。」


「あ、そうなんですか?ホルタービキニとかにしないんですか?

 水島さん、痩せてるし、きっと似合いますよ?カワイイですよ?」


私は、自分でも途中から何を言ってるのか解らないくらいに、一生懸命になっていた。

とにかく、1分、1秒でも、水島さんと話していたくて。


自分でも強引じゃないかと思うほど、私は水島さんを水着を買いに誘っていた。


スタイルも凄く良い水島さんは、何を着せても引きつった笑顔だったけど…凄く似合っていて…

彼女が、好みそうなシンプルなデザインのビキニを薦めてみたら、これがまた良く似合う。

絶対コレが良いって、自分でも強引な程、店員さんと一緒にプッシュした。

水島さんは終始、店員さんの勢いに引きつった笑顔で、レジでは、ぐったりしていたように見えた。


それが、なんだか新鮮で…可愛い人だな、なんて思ったりして。

いつもと違う水島さんが、もっとみたいだなんて思って。


それから、強引に、夕食も誘った。


「ココ、安いけど量が多くて、美味しいんですよね。水島さんは、自炊とかしてます?」

「…そうですね、外食はしないですね。」


(やっぱり、水島さんは一人が好き、なのかしら…?)


「私は、やっぱり外食しちゃいますね…一人だと、寂しくって御飯あんまりすすまないんですよ。」

「へえ…」

やっぱり、どこか素っ気無い返事の水島さん。

他の人なら、この場にいない誰かの悪口や、愚痴や不満話になるのに。



「…水島さんって、事務課でも謎の人って聞いてたんですけど…

 凄く面白い人ですね。」


「……は?」


「水島さんって、皆と喋る事少ないですけど、今日話してみて解ったんです。

 ああ、水島さんって裏表が無い人なんだなって。」


…水島さんは、自分からあまり喋らない。…ううん、きっと喋る必要が無いから、喋らないんだわ。


この人は、他の人と違って…私とは違って…

誰にも頼らないでも、一人で立って生きようとしている人なんだ…。


…水島さんは、やはり”1匹狼”だったんだ。


私の言葉を聞いていた水島さんは、少し考え込んで…


「・・・いえ、私にも裏ありますよ。」


とポツリと言って、寂しそうに笑った。



その表情と言ったら…すごくアンニュイというか…すごく大人の色気があって…


(・・・あ、ダメ・・・!)


「…えー?そうですかー?」


私は笑ったけど、心の中ではドキドキしていた。

夢の微笑みなんか吹っ飛ぶほどの、破壊力で。

こんな水島さんを見れたの…初めてで。嬉しくて。


「お待たせいたしました。」


私の注文したパスタが先に来たけれど、なんだか食べる前だというのに、私は胸がいっぱいになっていた。


「…あの、伸びてしまうから、先にどうぞ?」


水島さんは私にそう促すけれど、今、私胸がいっぱいなんですって言えるはずも無く。


「いいんですよ、私、伸びた方が好きですし。待ちます。」

と笑って誤魔化す。




「水島さん…」


湯気の向こうの水島さんを見つめて、私は無意識に、水島さんの名前を呼ぶ。


「はい?」


「…私、あの…」




『……貴女と”2人”になりたい。』




「お待たせいたしました。」


(・・・・危なッ!!?)


「あ、じゃあ食べましょうか!いただきまーす。」


…ウェイターさんが来なかったら、私は大変な事を口走っていた…。

私は、なんとかその場を誤魔化すように、とりあえず食事を取った。


その後、私は夢中で、話した。


水島さんは黙って、私の話を聞いてくれた。

不満も、暗い話も、今夜は一切無くて、私は自由に喋る事が出来て、楽しかった。



そして、食事を終え、会計を終えると、私と水島さんは、それぞれの帰宅した。


・・・ホントは、もっと一緒にいたいって思ったけど、後輩だもの。そこまで無理は言えない。



「ただいまぁ−。」

ご機嫌で帰宅した私を待っていたのは、またしても、玄関先で仁王立ちするお兄ちゃんだった。


「…優衣子、お前…最近、付き合ってるヤツでもいるのか?」


私は、一瞬、ドキリとしたけど、ゆっくり息を吐いて言い返す。


「…えぇー?なによイキナリ。別にいないよ。」


”おかえり”も無しでいきなり、そんな口調で問い詰めるので、私もついぶっきらぼうになる。

でも、お兄ちゃんが話を聞いてくれたためしは無い。

・・・ああ、水島さんとは大違い。


「もしかして、社内のヤツじゃないだろうな?」

「うるさいなぁ・・・。社内だろうと、社外だろうと別にいいでしょ。」



私が、お兄ちゃんを押しのけようとすると、お兄ちゃんは低い声で言った。


「・・・・お前、遠泳出るんだって?」

「な…なんで、知ってるの?」


正直、驚いた。

…お兄ちゃんにだけは、秘密にしてたのに。


「…遠泳俺ら営業3課も出るからな。…お前、泳げないだろ!?なんで出るんだよ!」

「い、良いじゃない!別に!全く泳げない訳じゃないもん!」

「お前の運動オンチは、俺が良く知ってんだよ!また、誰かに誘われたのか!?

 断れよ!なんでもかんでも人に流されて決めるな!」


…今回は、違う。

人に流されたとか、断れなかったとかじゃない。

今回は、私の意志。水島さんと遠泳に出たいから。


「別に、関係ないでしょ!?水着だって買ったんだし、明日からちゃんと練習に行くわよ!」


私が、更にお兄ちゃんを押しのけようとすると、買った水着がタイミング悪く、床に落ちた。

(あちゃー…!)


勿論、兄は怒った。


「お前…!!遠泳にビキニって何考えてるんだよ!?やっぱり、社内の男を引っ掛ける気か!?」


(…ビキニで男引っ掛けるってどういう発想なのよ…?)


「いい加減にしてよ!何でもかんでも、そういう事と結び付けないでよ!!このシスコン!」


シスコンと呼ぶと、お兄ちゃんはますます怒る。

怒る事を知っていて、私は言った。


「お、俺はなあ!…お前の事を心配して言ってるんだぞ!?

 会社の馬鹿となんか止めろ!泣くのはお前なんだからな!?」


…ほら、出た。

『心配してるから、俺が正しい』理論。


「会社の人でも、良い人はいるもん!私が好きになった人は、お兄ちゃんの言う馬鹿でもないし!

 お兄ちゃんみたいに、人の話聞かないで、ベラベラ喋り続ける人じゃないもん!!」


そう…水島さんは、他の人なんかと全然、違う。


「…ほら…やっぱり!好きなヤツいるんだな!?やめろよ!ソイツの為に遠泳も出るんだろ?

 悪い事は言わない!兄ちゃんの言うとおりにしておけ!社内恋愛は止めるんだ!

 お前がボケッとしてるのに漬け込んで、ソイツは優しく振舞ってるだけなんだ!目を覚ませよ!優衣子!」


そうやって、いつもいつも…決め付ける…!!


ついに我慢の限界が来た。

私は、思い切り睨みつけて、怒鳴った。


「…お兄ちゃんは、心配なんかしてないのよ!ただ、自分の言う事を聞かない私が、気に入らないのよ!

 私だって…私だって、自分の事くらい考えてるわ!心配を盾にして、私の自由まで奪わないでよ!!

 私だって…好きな人に、近づく権利だって、好きだって言う権利だってあるわよ!お兄ちゃんは関係ない!!


 何よ!自分だって、好き勝手に社内恋愛してデレデレしてるくせに…ッ!!」


「・・・お前ッ・・・!!」


”パシンッ”


頬に衝撃、その後火が付いたように、熱くなって、痛みがじわじわと伝わる。


「……痛…」

殴られた。この歳になって、こんな兄に、殴られた。

それが、悔しいやら、悲しいやらで。


「…あ…優衣子、その…俺はな」


殴ってからもお兄ちゃんはまだ、何かを話し続けようとしていた。


「もういい!!!」


お兄ちゃんの話の結論なんか、もうどうでもいい。聞いてやるもんか。

私は、話を遮って、自分の部屋へ入ると、鍵をかけた。


外からお兄ちゃんの声と、ドアを叩く音がするけど、私は答えなかった。


…今、私は一人ぼっち。

助けてくれる人なんか、いやしない。


私が、悪いの?

私が悪いから、周りから独りぼっちにされるの?



…水島さん、一人って…やっぱり辛いです…

どうしたら、貴女みたいに、カッコ良くて、強い一匹狼…になれるんですか?


自問自答しているので、水島さんが答えてくれるはずも無く。


私は、暗い自分の部屋で、ベッドの上で、一人で静かに泣いた。



「門倉さん。おはようございます。」

「水島さん…おはようございま…あれ?みんなは?」


いつもの事務課には、誰もいない。

私と水島さんの2人だけ。

水島さんは、いつも通りの制服姿で、私に素っ気無く挨拶をした。


「…さあ、まだみたいですね。」


妙に広い、事務課に…水島さんと私、だけ…。

ん?このパターン前にも…


「…あの、水島さん…」

「昨日、楽しかったです。」

そう言って、水島さんはこちらへ歩いてくる。


「え?あ…ああ…」


水島さんのその微笑で、私は…”あ、これは夢だな”と解ってしまった。

水島さんの微笑みには、こんな爽やかさは無いから。


ちょっと、残念だなと思いつつ。

ちょっと、嬉しかったりして。


「門倉さんは…そのままで良いんじゃないですかね?」


「え?」


「さっき聞いたでしょう?一匹狼になりたいって。」


「え…ああ、まあ…」

(さすが夢…対応早いなぁ…)


夢の対応の早さに感心しつつも、目の前の水島さんが…夢とはいっても

やっぱり”水島さんである”と認識してしまうと、途端に恥ずかしくなってくる。


「私は、一人ぼっちは嫌です。でも、水島さんは一人でも平気、なんですよね?

 私、強くなりたいです…水島さんみたいに…」



「…自分が嫌いな自分にさえ、ならなければ、狼でも、羊でも、良いんですよ。

 …だから、貴女はそのままで良いんです。門倉さん。

 言ったでしょ?一人が嫌なら、私と一緒に2人になろうって。」


「…水島さん…」


私は、これが夢だと解っていた。でも、それでも構わなかった。


その言葉が、嬉しくて…嬉しくて…。



そして、私は、夢の中の彼女の胸の中に飛び込んで…そして…




「ぅひゃあああああああああああ!!!」


私は、その瞬間に飛び起きた。

そして、目覚ましが、その隣でやっと鳴った。


「うそ…夢とはいえ、2度目よ…!?」


ど、どうして夢だと解ってるのに!私は水島さんとキスしちゃうの!?

お、女同士!しかも会社の先輩!!ああ、もう!!お兄ちゃんのせいだわ!!


『一人が嫌なら、私と一緒に2人になろうって。』


ああ…夢の中の水島さんのあの台詞…本物の水島さんが言う訳ないんだろうけど…。

嬉しかったなぁ…


「水島さんと一緒に、2人になりたいな…。」


ぽつりと、口から零れる独り言。



・・・ああ、やっぱりそうなんだ。



「私、恋しちゃったんだ…水島さんに。」



自分のベッドの上で、私はポツリと、自分の『始まってしまった恋』を言葉にした。




そして、私は、お兄ちゃんと仲直りする事無く、研修デーを迎えた。


何度も何度も、お兄ちゃんの事を水島さんに相談しようとも思ったけど

そんな下らない身内の事を、水島さんには、言えるはずもなく。


しかも、夢の中で2度もキスをしているので、それが余計拍車をかけて。





…そして…。







「ん…。」


「…優衣子?大丈夫か?」


「お兄ちゃ…」


私は、気が付くと病院のベッドの上だった。

天井も、カーテンも真っ白で、薬品の匂いがするからすぐに解った。

そして、私の近くにお兄ちゃんがスーツを着て立っていた。


「優衣子、溺れたんだって…覚えてるか?」

「ん…なんとなく…。」


・・・そうだ。今日は研修デーで…私、プールで溺れて…。


「だから言っただろ?…練習しても、いきなり遠泳なんて無理なんだよ…それを」


お兄ちゃんの言葉が詰まる。鼻水も涙も隠す事無く、泣いている。

汚いなーと思いつつも、私は笑った。


「…お兄ちゃん…泣いてるの?」

「当たり前だろ…助かってよかったって思ったら…泣くしかないだろ…?」


お兄ちゃんは、そのままわーっと泣いた。

看護婦さんが、ドン引きしても、泣くのを止めなかった。


そんな兄の姿をみて、喧嘩していた事も私は、忘れていた。


「…で、私なんで助かったの?」


助かった状況を全く覚えていない私は、とりあえずお兄ちゃんに詳細を聞いた。


「(グスっ)…事務課に水島さんっているだろ?

 あの人が、泳いでお前を抱えてプールサイドに上げて、そんで…」


「水島さん、が…?」

(…嘘…!!…よりにもよって、水島さんが…?)


私は、体に電撃が走った。


(水島さん、が…私を…助けてくれた…?)


お兄ちゃんは、ひっくひっく言いながら、更に衝撃の情報を教えてくれた。


「あの人は本当に良い人だよ、俺に病院に行くように勧めてくれたし…

 お前の事、『人工呼吸』までしてくれて、助けてくれたんだよ…!」



「・・・・・え?」




じ、人工呼吸って…



「えぇぇえぇえぇえぇええええええええええええええ!!!!!!」

「本当によかったああああああああああああああああ!!!!!!」





「病院内ではお静かに!!!」



看護師さんに注意されて、私達は兄妹揃って、すいませんと謝った。




…ああ、どうしよう。

人工呼吸で助けられたなんて…ドラマじゃあるまいし…。


このまま寝たら、今夜も…また、変な夢見ちゃうじゃないのー!!!


…でも…それでも、いいかもなんていう自分がいるから、ちょっと怖い…かな…。

今はまだ、夢の中でしか…だけど。


決めた。


会社に出勤したら、本物の水島さんと…絶対”2人”になってやるんだからッ!!




   … 一方その頃 水島さんは …



「水島くぅ〜ん。門倉くぅ〜んのお見舞い行ってみる気無〜い?」

「…(チクン!)…いえ、行きません!絶対に!」


「やっぱり、気まずいよねぇ…マウスツーマウスしちゃったらねぇ…」



・・・・・・。


「………近藤係長、お茶淹れましょうか?(ニコリ…)」


誰も見たこと無いような不敵な笑みを浮かべながら、水島さんは

今日も、雑巾の絞り汁入りのお茶を、近藤係長に出していた。



「水島くぅ〜ん、今日はまた濃くって良い味だねぇ♪」

「…そうですか、ヨカッタヨカッタ。(棒読み)」



  水島さんは研修中〜門倉 優衣子 編〜 END








  あとがき



あぁー…難しかったです…この人の話は。


結局、水島さんの事が気になっているだけというか、夢に振り回されてるだけというか(笑)


なんだか、中途半端な話になってしまいましたが…夢の中限定ですけど、水島さん攻めに回ってみました。

・・・いいえ、それだけ書きたくてやった訳じゃないですよ、このスピンオフ、あはは。(ごまかし笑い)


余談ですが。

アオイシロ発売前に書いた『研修中』の”人工呼吸イベント”が

…まさか、汀ルートでもあるとは…いや、偶然の一致です…うん、でも、怖い。(笑)


ちょっと、修正した箇所がありますけど…気にしない気にしない(苦笑)