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あの日、火鳥が完全にやる気なく私に教えてくれたのは


祟り神を消す事は不可能ではないが、人間の方は無事では済まない、という事。


「くっだらない事言うけれど、聞いて頂戴。

祟り神も元々は”人間”なのよ。

奴らもまた、アタシ達のように何か秀でた能力を持っていた人間だったらしいけど

何らかのキッカケで人を捨てて、自分の欲望を追求する道を選び、祟り神になった。

だけど、祟り神になった時点で…」



「その欲望…理想は永久に叶う事はないんですね。」


叶えたい願い。

人(元の自分で)で、なくなってしまえば、もうそれは…二度と叶わない。




「そう。人を捨てた時点で、もう叶わないし、叶える気は無い訳。

やつらはただ欲望のままに、人を食い、人で遊ぶ。アタシ達は、やつらの玩具よ。」


「・・・悲しい、ですね・・・。」


私は一言、そう言うしかなかった。

一歩間違っていたままだったら、私もそんな存在になっていたのだから。



「水島。アタシ達が望む勝利の為には…ヤツらを永久の夢の世界から引き摺り落として、殺すしかないの。

だけど・・・」



そこで、火鳥は口を一瞬つぐんだ。

私は黙って、火鳥の目を見つめたまま、言葉を待った。




「…”魂の一撃”こそが祟り神を消せる。

祟り神を消すだけの一撃を放った人間の魂は…命は、その反動で…。」



火鳥は、悔しさと苛立ちとその他色々複雑な感情をない交ぜにしたような顔をして押し黙った。

それ以上、何も聞く必要は無かった。



「火鳥さん。」




私か火鳥、祟り神を消すには…どちらか死なねば、この話が終わらない、というのなら。





「お話は、わかりました。私がやります。」




火鳥は、私の言葉を聞かずとも知っていたように何も言わなかった。




「そう、じゃあ…そうしましょう。」





私と火鳥で決めた事だった。


縁の祟り神の狙いは解っていた。


人間の時に失った想い人を自分の手元に呼ぶ事。

その為に、想い人に似た人間をもっと想い人に近づけるように育てた。


本当の想い人が、その人間に降りて来て、自分の目の前に現れる事を期待して。


…なんと途方も無い、なんというデタラメな計画だろうか。

2月くらいに現れる、友人の為に男子を呼び出し囲んで交際を強要する暴走しがちな小中学生の女子でも、精神はもう少しマシだ。




「いいの?水島。死ぬのよ?」


死にたくはない。

だが、ここまできて祟り神に屈服し、負けて思い通りにされるのは、もっと嫌だ。


しかし、私が一言、”いいんです”と言えば、きっと火鳥はもっと悔しがるだろう。


火鳥にとって、煮え湯を飲まされた祟り神に、自分の関係者の魂を持っていかれるのは、悔しい以外の何物でもないだろうから。



だから「なんとかなりますよ。」とだけ言ってすぐに話題を変えた。


「それより、蒼ちゃんは大丈夫ですか?縁の祟り神のヤツ、きっと何かしますよ。」


「…ええ。狙いが解った以上、手は打てるだけ打つわ。ていうか、既に打ったんだけどね。」


そう言うと、火鳥はいつも通り”ニヤリ”と笑った。



私達の願い(希望) と 祟り神の願い(欲望)。









「…”弓矢八万撃って捨て申すぅ”!!」

「そ、その台詞は…ッ!!」



祟り神の驚きをよそに、私は呪文を唱え続ける。

絶対に使わないだろうと決めていた呪文を。




「いよおおおおおおお!喰らえッ!!空中!●々村・元○・ナッツチョップ!!!!」




”ぺち。”



私は、祟り神の額にチョップを何度も叩き込んだ。



「うが…ッ!?」


祟り神の目が見開かれ、火鳥を拘束していた髪の毛が縮れていく。



”ぺち。”


(う゛…!効いてる!…けど、私にも効いてる…!)


右手が祟り神に触れる度に、痛みが私の全身の骨に響いた。



ああ、これは本当に死ぬんだな。と思った。


だが、これで、いい。とも思った。




「ふ、ふふふ…!」



祟り神は立ったまま、笑い始めた。

祟り神の身体の節々から、紫色の煙が出始め、目からは紫の汁が涙のように流れた。



「あ、あたしを殺すって事は…神を消す事…!人の分際でそれを犯す事は、死に値する事…!

己の命と引き換えだって、わかってやってるんだろうね…っ!?」



「ええ。」


「ふふふふふ…しかし、ただの相打ちで終わる訳は無いだろう?水島ぁ…!」


「・・・・・・・・。」



「アンタと火鳥の事だ…二人共、仲良く生き残る為の策を用意しているんだろう?そうに決まっている!

諦めないのが、アンタ達人間の信条だからね!」



そう、私達は諦めない。

この阿呆らしい戦いに勝利する事を諦めない。

だから…一つだけ”諦める”。




「神でも祟り神でもない、”無”となったイスカンダルは、あんたらのような特別な巫女じゃないと呼び出せない。

どちらかが、その身に宿しているのはわかってるんだ!

そして!イスカンダルをその身に宿していさえすれば…アンタ達は死を恐れる事無く、祟り神殺しが出来るッ!!

さあ!イスカンダル!あたしの前に姿を現せ!さもなくば、この人間は死ぬよ!!

もしくは、お前ごとこの水島を私が取り込むッ!」



「・・・・・。」


祟り神が会いたかったのは、本当に求めていたのは、私ではない。

昔々存在していた人嫌いの巫女”イスカンダル・お真里”だった。


だが、私は残酷な結末を祟り神に伝えなくてはならない。




「イスカンダルはココにはいません。」



「・・・え?」




祟り神の見開いた目が大きく揺れた。



「残念ながら、今の私は”ただの水島”です。

貴女が期待していた、イスカンダルとの再会は不可能です。

貴女が祟り神のままでは絶対に会う事が出来ない、”イスカンダル・お真里”は、私と火鳥、二人の巫女の身体には宿っていません。」



「な、んだと…!?」


「貴女がイスカンダルに会う事は不可能です。ここにはいませんから。よく見て下さい・・・ほらね?」



私の目をジッと見た祟り神の表情は、徐々に絶望のそれに変わっていった。



「じゃあ水島…あ、アンタ…まさか…本当に人のまま、祟り神殺しを…!?」



祟り神は、きっと”私達は生き残る為に、イスカンダルの力を利用する”と考えたのだろう。

私達ごと、イスカンダルを取り込もうとしたのだろうが…


そう易々と、あなたの思い通りに動いてたまりますかっての。

みすみす、お願い事を叶えられてたまりますかっての!






 何故なら、私に喧嘩を売り、完全に怒らせたからだ!!!






「そうですよ。始めから”相打ち覚悟”でした。囮は火鳥さん。私が貴女を倒す。」




「じ、じゃあ、イスカンダルは誰に宿っているんだ!?一体、あの人はどこにいるのよおおおお!!!」



祟り神の目からは、噴水のように紫色の汁が飛び散り、祟り神の身体は徐々に溶ける様に崩れていった。

懇願するようにイスカンダルを求める祟り神に、私は言った。



「教える訳ないでしょう?一度壊れた縁は…そう簡単に戻らないんだから。」




「…くそ…ッ……人選を…誤ったというのか…!」




「そうですね。”私”を選んだ時点で、間違いでしたね。」



「・・・ホント、アンタはあの女にそっくりだよ!それが、間違いだった・・・!」



余程、私はイスカンダルという女に似ているらしい。



・・・ホント、会わなくて良かった。



私は、浅い溜息を一つして、最後のチョップ…いや、掌を祟り神の目の上に置いた。





「・・・さようなら。」



掌から、縁の力を注ぎ込む。






「くそゥ……ちくしょおおおおおおおおおおおおおおおお!!!」




















―― それから 6時間後の事。










 私は、重い瞼をゆっくりと開けた。



 空は、まだ薄暗かった。





 私は口を開き、声を発した。
















 「 ・・・生きてるじゃん。」














 私、生きてるじゃん。










それに気付いた瞬間、ガバリと起き上がって、私は両手を挙げて叫んだ。













「私、生きてるじゃあああああああん!!!!」















  『 水島さんは○○中。 最終回。 』









立ち上がり、腕、足を動かす。

動く、動くぞ!こいつ動くぞ!・・・って、私が動いてる!!



「ていうか、寒ッ!?」



ハイテンションな私。

自分のテンションに気味悪さを覚えつつも、私は自分の置かれた状況を確認した。


振り向けば、朽ちきった社。

見上げれば、明るくなっていく空。

ボロボロの○.M.Rの衣装で動く私。



「…どうして…生きてるの…?」



私は祟り神を倒した。

文字通り、命をかけて倒した…筈。




ふと、私の足元には私のモノではない、ジャケットが落ちていた。

先程まで死んだように寝ていた私にかけられていたのだろう。


ジャケットを拾い上げてみると、どこかで嗅いだような匂いがした。


(これ・・・もしかして・・・?)


このジャケットの持ち主…その人物を私は知っている。

試しに襟元に鼻をあてて、直に匂いを嗅ぐ。


傍から見ると変態行為なのだが、匂いの持ち主がこのジャケットを私にかけて去っていった事が気になってしょうがない。


(あ、わかった…。)


持ち主の特定は出来たのだが、祟り神を倒し、死ぬ筈の私が生きている事がなぜかわからない。

そして、このジャケットを私にかけていった人間の行方。




「なんか、嫌な予感がする…。」



妙な胸騒ぎに突き動かされるように私は走り出し、社を後にした。












横断歩道の向こう側に、彼女はいた。


青信号は点滅を開始し、私は疲れきった足に更に力を入れ、速度を上げて横断歩道に突っ込んでいった。



「しの…ッ」


横断歩道を渡り終えようとしている彼女の背中に声をかけるが、息切れして声が出ない。

掠れ切れそうな声を張り上げて、私は彼女の名前を叫んだ。



「忍さん!!」




私が名前を呼ぶと、彼女は両肩をぴょんと跳ね上げた。


そして、ゆっくりと私の方を見た。




(どうか…!)




唇が動く。



「・・・あ。」




どうか、彼女が私の名前を呼んでくれますように…!



私の事を、忘れていませんように…!!



逸る気持ちに突き動かされるように私は、忍さんの両腕を掴んでいた。


「忍さんッ!!」



自分がどんなに変態的な格好をして、表情が崩れまくっているのかも十分過ぎるほど知っている。

私がこうして、彼女を掴み、引き止める事で、どんなに彼女を困惑させ、迷惑をかけるのだとしても。

それを、隠して、押し殺してまで、忍さんを思いやれる程心の余裕が無い。

彼女が私を受け入れてくれるのを期待して、甘え続けるのは、ここまでだ。



だって。


彼女の名前を呼び、彼女をこちらに振り向かせなければ、彼女は…私を、忘れてしまうのだ。



「貴女・・・。」



「忍さんッ!…私ですッ!!」




私を、忘れないで欲しいから。


こんな私でも、貴女の視界の外に置かないで欲しい。




「まだ…覚えて、ますか…ッ!?」



息切れを起こしながらも、私は忍さんの目を見て話しかける。



忍さんは不思議そうに私の顔をまじまじと見ると、一言。



「誰?」






「――!!!」




呼吸が止まった。

ショックで止まった。


覚えてない…!?



終―了―。のホイッスルが脳内に響いた。


嗚呼、やはり私の好感度なんて、所詮この程度なのだ!

女難の呪いの効果で繋がれていただけで…



「…なんて事、今更言わないわよ。水島さん。」


そう言うと、忍さんは少女のように無邪気に笑った。


私は、ぽかんと開いた口をゆっくり閉じてから、非難の声を上げた。



「ンもうッッ!!ここまで来て、そういう冗談はやめて下さいよッ!!!」


あら、そう?という表情で忍さんは私の服を指差しながら言った。



「…冗談っぽいのは、水島さんの格好の方だと思うんだけど。」

「あ。」


ジャケットで隠れてはいるが、完全に痴女スタイルの私はハッと我に返った。


「あの、コレ(ジャケット)返しに来たんです…ていうか、先にウヌクロ行かせて下さい。」


小声で着替えの時間を要求するも、忍さんは冷静に言い返した。


「こんな早朝から開いてるとは思わないけど。」

「あ・・・あぁ・・・!」


絶望に打ちひしがれる私に忍さんは”困った人ね”と言いたげな表情で笑いながら言った。


「ねえ…少し先に車を停めてあるんだけど、乗る?」

「え。」


「私に話があるんでしょう?…私もあるから。」

「はい。」



忍さんは、後ろを歩こうとする私の手をそっと引いた。


黙って手を引かれたまま、子供のようについていく私。

忍さんの背中を見つめながら、この人が今どんな表情で私の手を握っているのかを考える。

ヒールからカツンカツンと音を鳴らしながら、朝の道路をゆっくりと進む忍さん。


私の指先を軽く握る彼女は、黙って歩いていた。


何も喋らないって事は、やっぱり私に対し怒っているのだろうか。

私から何か喋った方がいいだろうか。



『忍さん、全部、終わらせてきました。』という報告からしようか。


…しかし、その一言の後、一体私は忍さんに何を話す?

話した所で、その後どうする?


彼女にあんなに迷惑をかけ、泣かせて…。



(でも・・・)



彼女に会えてホッとしている自分がいる。

忘れられていなかった事にもホッとしている。


駐車場の奥から2番目の場所に忍さんの車が見えた。

以前はどこからどう見てもゴリゴリの高級車だったのに、彼女は今、白い軽自動車に乗っている。

確か、中古で買ったって言っていたっけ。

忍さんは、助手席のドアを開くと私に乗るように促した。


「どうぞ。」

「失礼します。」


車内は中古にしては綺麗で、タバコのニオイもしなかった。

すんすんとニオイを嗅ぐ私に、喫煙者の忍さんはクスクス笑いながら言った。


「私も一応ニオイは気にしてるのよ?車内でタバコは極力吸わないようにしてるの。」

「あ、し、失礼しました…。」


いいのよ、と忍さんはドアを閉めると運転席の方に回った。



・・・。


(なんでだろ…。)


落ち着かない。


忍さんの車には何度も乗った事はあるのに、妙にソワソワしてしまうのだろう。

癖、なのだろうか。

私の意識の底では、女性と一緒の空間にいるとロクでもない事になるってまだ思っているのか。



もう、忍さんは私の女難ではないのに。


それに祟り神は、この手で…。



「水島さん。」

「あ、はい!」


運転席に座った忍さんは、真剣な顔を向けた。

思わず私も表情を硬くして見つめ返してしまった。


私の目をジッと見ていた忍さんは、やがてふっと力を抜くように笑った。


「・・・なんだか、貴女を見てるとホント力が抜けちゃう。」



それは、どういう意味でしょうか。

意味合いによっては、私ツッコミ入れますけれども。


おそらく、そう言いたげな顔をしていたのだろう、忍さんは私の顔を見て、またクスクスと笑った。


「あ、変な意味に捉えないでね?でも、ホント貴女見てるとなんだか安心しちゃって。」



安心?

こんなに不安定な私を見て?

しかも、テープでT.M.●.の格好してますけど?


複雑な心境な私に向かって、忍さんは紙袋を私に差し出した。

中には、Tシャツが入っていた。


広げると、毛筆で ”女殺し。” と書かれていた。


(忍さん・・・やっぱり怒ってるんじゃ・・・。)


それとなく悪意を感じるチョイスだ。


「あ、ごめんなさい。とにかくTシャツをって思って●ンキホーテで買ってみたんだけど…ダメだったかしら?

もう一枚あるんだけど…」

「はあ…。」


もう一枚には ”一人大奥。”と書かれていた。


『一人大奥って、どういう意味だよ!』とツッコミを入れたい所なのだが

二枚とも微妙に自分に当てはまってるんじゃないか、という錯覚に包まれた私は、ツッコめないでいた。


(忍さん…これワザと選んでるか、Tシャツ選びのセンスが壊滅的に悪いか、どちらかだな…。)


私は・・・












「じゃあ・・・(迷う)」

『いや、忍さんがわざわざ選んで買ってきたのなら…どちらでも。』とも思おうとしたのだが

いざ手にしてみると思う事がハッキリと一つだけあった。




(何故、これとあれを選んだんだ…ッ!忍さんッ!!)


普段の忍さんの洋服のセンスを知っているだけに、悔やまれてならない。



「(迷ったけれど)・・・こっち。」


私は、”一人大奥”を着る事にした。


書いてある意味はわからないけれど、女を”殺す”なんて文字が入ってるのは気が進まなかった。






「あ、やっぱり…似合う!」


忍さんは嬉しそうに手を叩いた。

どうやら、女殺しはトラップTシャツだったようだ…。


(こっちが正解だったのか…。)


「一文字一文字に、なんか力を感じるのよね!うん、似合うわ!」


うーん…よく、わからない。

心境複雑な私だったが、とりあえず、忍さんにお礼を言った。


「ありがとうございます。」

「うん。」


一息ついた所で、車内に不思議な沈黙が流れた。

私か忍さん、どちらから、何の話をしようか手探りしながら空気を読みあう、そんな沈黙の時間だった。


数分経って、私から口を開いた。




「あの…」


私の言葉に、忍さんは目を少し見開き、いつものように少し微笑んで頷いた。



「・・・私、祟り神を倒しました。」


その報告に忍さんは嬉しそうに頷いてくれた。


「ええ、知ってるわ。きっとやりきってくれるって、信じてたもの。」


「・・・・。」


私は思わず、視線を車外に向けて黙ってしまった。

率直に褒められ、照れてしまったからだ。

嬉しいというよりも、照れる。彼女の信用に応えられて良かった。




「実は、りりに聞いたの。無理矢理聞き出したっていう方が正しいかもね。」


すぐに頭に、嫌な顔をしながら渋々忍さんに話す火鳥の図が浮かんだ。


「貴女が、死ぬ覚悟で祟り神と戦わなきゃいけないって事。

その為に、私達と縁で繋がったままじゃ、私達が祟り神に利用されて、貴女に危害を加えてしまうようになってしまう事。

祟り神と戦った後……その影響で、貴女が死んでしまうって事も…。」


一応、腐っても”神様”。

それを消すには、それ相応の対価が必要だった。

別に死にたくはなかったが、ここまできた以上…アイツに負けて殺されるくらいなら、死んででもアイツを消そうとは思った。



(まったく…火鳥のヤツ…。)



「全部聞いて……ホント…聞くんじゃ、なかった、なっていうか…。」




(・・・結局、全部喋ってんじゃねーか)と私は心の中で火鳥にツッコミを入れた。


「ぅ……ごめんねっ!ダメね!最近…脆くなっちゃって!あーもう、ダメダメ!」



しかし。


しかし、隣で肩を震わせて必死に笑顔を作ろうとしている忍さんを見てしまったら…そんなツッコミも、飛んで行ってしまった。


「…忍、さん…。」


変な呪いに巻き込んで、最後まで自分の我侭で彼女に心配をかけ、彼女を振り回したのだ。

私は、すぐに頭を下げた。



「忍さん、本当に、すみませんでしたッ!」


「やめて、水島さん。そんな事、しなくても…ほら、顔を上げて。」


顔を上げてと言われても、私はまだ上げられる顔が無い。

ぐっと目を瞑ったまま、私は忍さんに頭を下げ続けた。


すると、忍さんは私の両肩をぐっと掴み、無理矢理顔を上げさせた。


忍さんは潤んだままの瞳で、いつも通り少女のような微笑を浮かべながら、私にこう言った。



「…貴女に謝って欲しいなんて、私言ってないでしょ?だから、いいの。」

「でも…!」


それじゃ私の気がすまない、と言いかけた私の唇の前に、忍さんは人差し指をスッとあてて話を遮った。



「私は、貴女が無事で良かったって思ってる。それで良くない?」

「・・・・・。」


「私は、それで良い。人嫌いの貴女が戻ってきてくれて、他人の私の事を探して、他人の私の名前を呼んでくれた。それで良いわ。」


そう言うと忍さんは、ニッコリ笑った。

人嫌いが他人を求めた…その事を実感した私は、なんだか急に恥ずかしさが込み上げてきた。



「あ…あの…どうして、忍さんは祟り神の社に来たんですか?」


まさか、私にジャケットかける為だけに祟り神の社に来た訳じゃあるまい。




「水島さん、その質問に答える前に、私から一つ聞いていい?」

「あ、はい。」


「どうして、私との縁を切らずに残したの?」


私は、あの時、忍さんとの縁だけを残した。

危険に晒すかもしれないし、それを祟り神に逆手に取られるかもしれない。

自分達の敗北に繋がるかもしれない要因を残した。

多分、火鳥は見て見ぬフリをしてくれていたのだと思う。


「私…忍さんを危険に晒したかった訳じゃ、ないんです。」



「ええ、それは解ってるわ。

でも、私との縁を残して、縁を利用されて祟り神に操られた私が貴女を襲いに来る事を、まるで考えなかった訳じゃないでしょう?

現に、私…貴女に怪我を負わせようとしていたわ。」


「でも、気を取られただけで、私の怪我は殆ど祟り神が用意した女難によるものでした。

忍さんは、必死に抑えていてくれたじゃないですか。」


「・・・だから、なんだけど・・・どうして、そんな危険を冒したの?」



この要因で負けるかもしれない。

忍さんを危険に晒すかもしれない。

切った方が、どう考えても良かった。



だけど。



「忍さんを私の危険因子だとは思えませんでした。忍さんは強い人だし。」


私の答えを聞いて、忍さんは少し困ったように笑った。



「うん…そう思ってくれるのは嬉しいんだけれど…私が欲しい回答になってないかなぁ…。」


「ん?そう、ですか?」


自分では、ちゃんと答えたつもりだったのだが…忍さん的には、違ったらしい。

他にどう答えようか考える私を苦笑しながら、忍さんは言った。


「そうね、そこから先を、貴女に言わせるのは少し卑怯かしら…」

「ん?」


思わず、私は忍さんの目を見た。

少し潤んだ瞳をジッと見ながら、何がですか?と聞こうとした矢先――。





”バンッ!!” という、フロントガラスに何かが当たる…いや、何かが激しく叩いたような音がした。


それと同時に、頭痛がピーンと私の頭を突き抜けた。


(あ、嫌な予感がする――!)



二人で一斉に前を向くと。




「あたし以外の女と百合っぽい事してんじゃねえよおおおおおお!!!!」


「「ッ!?」」



フロントガラスには紫のワンピースを着た見知らぬ女がへばりついていて、訳のわからない事を叫びながら、こちらを見ていた。

女の髪は乱れ、目は血走っている。

これじゃあ百合じゃない!ホラーだ!ただのホラーだ!!



「「ぎ、ぎゃああああああああ―――!!?」」



私達は、悲鳴を上げた。


”ガンッガンガン!!”

悲鳴と共に女は石をガンガンあてて、フロントガラスを割ろうとしていた。


その図たるや、物理攻撃をする貞子!!



「な、何!?中に入る気!?」

「ていうか、誰だッ!?」


”ガンッガンガン!…ピシっ…!!”


遂にフロントガラスにヒビが入った。忍さんが小さい悲鳴をあげる。


「あぁっ!大変!ヒビが…!(修理に出さなきゃ…!)」

 ※注 非常事態に冷静に修理の事を考える忍さん。


(マズイ…!)

これ以上殴打されたら、貞子(仮名)の侵入を許してしまう!


「ごめんなさい!水島さん!シートベルトして!」


忍さんは早口でそう言うと、エンジンキーを回した。


「へッ!?」


私が忍さんの横顔を見ると同時に車は急発進した。

”ヴォン!!”という音と共に車は勢い良く前に飛び出した。


「うおッ!?」

シートベルトを探しながら、バランスを崩す私に対し、忍さんはいたって冷静だった。

「行くわよ…ッ!」


忍さんは、すぐに後ろにバックさせた。


「のお!?」


ムチ打ちになるのではないか、と思うほどの急激な前後の動き。


フロントガラスにへばりついている貞子(仮名)にも、わずかながら焦りが見えた。

今度は、ハンドルをすぐに左に回した。


前後に激しく揺さぶられたせいで貞子(仮名)は左に曲がる時には、片手が離れていた。

しかし、更に両手で掴もうと食い下がる。


女の唇が… ゆっくりと ”み ず し ま ”と動く。


私の名前を、呼んだ…!?

見知らぬ女が、私を知っている。


「ア゛ァイ゛ジデル゛ゥ…!!」


私を…恋愛対象として認識(?)している…!?とにかく怖い!!



―― これは、女難!?



もしも、このホラーが女難なのだとしたら…あり得ない事だ。


祟り神は倒した筈。

女難の呪いなんか、もう無い筈…!


ならば、この状況はどうして生まれた!?

ちゃんと、倒した筈だ…!





(…まさか…!)



一つの仮説が浮かぶ。


祟り神は倒した。

祟り神を倒す為に私は命をかけ、そして倒した。

しかし、祟り神を倒したら命を落とす筈の私が生きている。



(まさか…私が…生きているから?)



奇跡的に、私が生きていて…今、女難に遭っている、という事は…。




(…祟り神を倒せていない…!?)


あんなに苦労したのに…!

あんなに恥をかいたのに…!!


これ以上、私に何をしろと…!?


”ばんっ!”


「―――!!」


フロントガラス越しに私を求める声と、手がある。

私が望んでいない…他人に求められる声、感情、愛情の先から湧いてくる、私への憎悪。


恐怖しか感じなかった。


「水島さんッ!!」


忍さんの声にハッと意識を戻される。

彼女は、私の目を一瞬しっかりと見てから、すぐに前を向いた。

”しっかりしなさい”と一喝されたような気持ちになった。


「振り落とすわよ!」と忍さん。

「お、お願いしますッ!!」と私。



忍さんの軽自動車が一段とエンジン音を響かせる。



「邪ァ魔ァよッ!!!」

「・・・・・。」


私はただ黙ってシートベルトを締めて、耐えながら思った。

(・・・忍さん、結構過激になってる・・・。)


「もう一丁ッ!!」

「・・・・・。」



急ハンドルで車は大きく右から左にウネウネと曲がり、急停止した。

その動きにさすがの貞子(仮名)は振り落とされ、ゴロゴロと転がっていった。


忍さんは、そのまま走り出した。



「あァ…私、医者として最低ね。」

額に手をあて苦笑しながら、忍さんは正論を口にした。


「緊急事態です。仕方が無いのです。」

私は真顔で頷きながら、とってつけたような逃げ口上を口にした。


早朝の緩やかな時間とは思えない程、私達を乗せた自動車はスピードを出し、街中を疾走していた。


「どうやら…呪い、まだ続いてるみたいね…!」

「そうですね…」


恐らく、私が生きてるからです、とは言えなかった。

祟り神にもう一度、元●チョップを叩き込まなくちゃいけないのか・・・!?




「水島さん」

「あ、はい?」


考え込む私の意識を忍さんの声が再び現実の世界に呼び戻す。


「私に出来る事は?」

「え…?」


「これ、非常にマズイ状況なんでしょう?私に出来る事はある?」


何も言っていないのに、悟られてしまったのだろうか。


「私なら、大丈夫よ。このまま貴女を助けたいの。」


心強い言葉につい返事をしそうになるが、私は踏みとどまった。



「あ…えと…。」


チラリと忍さんの指を見る。

祟り神がまだ存在しているのならば、私と縁が出来ている忍さんだって無事ではすまない。


もしも…。

もしも、またこの人を巻き込んで、今度こそ、この人を失ってしまったら…と思うだけで怖い。



だが、忍さんが口を開き、私の思考を遮った。


「やっぱりね、待ってるだけじゃ嫌なの。だって、私、貴女がどうあっても…好きなんだから。」


「・・・!」



「水島さん、もう一度言うわね。”私なら大丈夫”だから。いざとなったら、切ってくれて構わないから。」


「忍さん…!」



なんて事を言うんだ、と私は彼女の横顔を見た。

苦笑しながら、忍さんは言った。



「ごめんなさい、意地悪な言い方をして。でも、貴女からの返事は、もう”YES”しか聞きたくないのよ。」


そう言って、忍さんは横目で私を見て返事を促した。


「…忍さん、赤信号。」


私は返事の代わりに一時停止を促した。


「あ、そうね。」


車が一時停止した。

私は心を決めた。


「あの、忍さん。」

「ん?」


「…さっきの答えですけど。」

「うん。」



「どうして、私が貴女との縁だけ切らなかったのか?って。

シンプルに言うと…”私は貴女との縁を切りたくなかったから、切らなかった”んです。

だから、今更どんな状況になっても切りませんし・・・。」



「・・・。」



「切りたくないんです。貴女との縁は。」



私がそう言い終わると、忍さんは顔を真っ赤にして、軽く私の肩を叩いた。



「…水島さん。ストレート過ぎ。」


「す…すみません。」


湧き上がってしまう苦笑をこらえながら、私はそう言った。

私の顔をじっと見ながら忍さんは、柔らかく微笑んでいた。


「…あの、何か?」

「あ、ごめんなさい。でも、なんとなく見て安心してしまうのよね。」


「はあ、安心…ですか?」

「うん…私、やっぱり…貴女の事、好きなんだなって思って。」


ハンドルを抱きかかえるようにもたれながら、忍さんはほんわかと笑った。

私もこのまま、のんびりとドライブに行けたらな、とか考えてしまうのだが…


そうも言っていられない。



「忍さん…信号、青です。」

「あ、ホントだ。ねえ…ところで、どこに向かえばいいの?」




「祟り神の社です。」



車は社を目指して走りだした。


私は再び社へ続く階段を見て、内心ゲッソリしていた。


ああ、また、ここに来るハメになるとは…。



(つくづく…ご縁があります事…。)



頭の中で皮肉を口にしながら、私は階段を上がる。



『それが、アンタの…新しい”道具”かい?そうやって、自分に無い物を持つ人間を使って、問題を解決するんだねぇ…』


祟り神の声がした。


「水島さん…声が…。」


忍さんが心配そうに私に聞く。

私は頷いて、気にしないで上がろうと促す。



『しかし、その女はどうだろうねぇ…?諏訪湖の石より使えない女じゃなぁい?』



私は声など気にせず階段を上がっていく。

忍さんは聞こえるはずの無い声が聞こえる事に、動揺を隠せないでいた。



「忍さん。」


私は後ろをついて来る忍さんに向かって声を掛け続けた。


「貴女に初めて会った時…貴女は、自分に近いようでいて、実際近付いてみると案外遠い人で…正直戸惑いました。」

「え…?」


『似ているからって何だっていうんだい?同属嫌悪って言葉を知らないのかい?大体、その女は…』



階段を上がっている最中、祟り神の声が私と忍さんの会話の邪魔をした。


(無視無視…話が進まない。)

しかし、私は無視をし、そのまま話を続けた。


思い返せば、今まで色々あった。

私の身にも、忍さんにも。


「貴女は”人に興味が無かった”だけで”人嫌い”じゃなかった。それは似ているようで、全く違いました。」


階段の一段一段を上がる度に、私の頭をこれまでの出来事が通過する。

彼女は…いつだって、年の割に可愛い人で、かと思えば時々大人の意見をぶつけてきて、子供みたいな我侭な人嫌いをたしなめた。

 ※注 年の割に、は余計ですよ。


「ええ…そうね。私、貴女達に…いえ、きっと貴女に憧れていたのよ。好きなモノは好き、嫌いなモノは嫌いって自分にすごく正直だったし…。

だから、私、少しでも貴女との共通点を探して、近付きたかったのよ。」


「・・・私は、人が好きだって感じる人、好きだって言える人皆が羨ましかったですけどね…。だからって、そうなろうとも思いませんでしたけど。」


雑音が低い声で、会話に余計な合いの手を入れてくる。


『憧れなんて軽い言葉に惑わされるな。近付いてよくよく見れば、毛穴並に欠点のオンパレードだよ。』


「私は…女性も男性も関係なく、人の悪い所ばかり見てきました。

きっと良い所もあるのだろうけど、私はソレを探さなかったし、見たとしても悪い事が際立ちすぎて、価値観が変わる事はありませんでした。」


「…そうね。でも、それが貴女なのよね。」


『そうやって”自分らしさ”で何もかも誤魔化していくつもりかい?開き直りとも言うねぇ。そんな人間でいいのかい?』


「聖人を目指している訳じゃないし、最初から嫌われようと、他人にどう思われようと、私はこれでいいんだって思ってました。」

「うん、解る。貴女にとって、それが一番生き易いスタイルだったんでしょう?」



『そのスタイルの裏で、何人の人間が傷ついたと思う?アンタ自身も傷ついたんじゃあないのかい?』


「いいえ…他人を見ると、どうしても自分と比較してしまうんです。そんな事してもしょうがないって解ってるのに。

キラキラしている他人をみて、比較して、冷めたフリして見てるしか出来なかったんです。

そうじゃないと、劣る自分の欠点を突きつけられているようで…。

他人と関わらない事で、そういう事感じたり、自分と向き合う事からも逃げてたんです。

それが、私の人嫌いの真相です。」


「うん…でも、それが悪いだなんて、今の私は思わないわ。」




『嘘をつけ!騙されるな!』



耳から脳に達するかと思う程の大声が響いたが、私は顔をしかめながらも無視を決め込んだ。


「…ありがとうございます。でも…生き易いスタイルと思ってた半面、すごく面倒臭い生き方でしたね。

忍さんは、私のそういう話を笑って聞いてくれましたよね?普通は、鼻で笑って終わりですよ。」


誰もがそうだった。

アドバイスと称したお説教や自分がいかに高尚な人間かを示そうと、訓示のような言葉を放つ。

誰もが私のコレを”直ちに是正すべき欠点”だと確信し”真人間”にしようと言葉を放つ。


そんなのは余計なお世話だし、そんな言葉一つ放たれた所で私の根源は変わらなかったのだ。

大体、私のコレはとても根深く、自分でその根が抜けないんだから始末が悪い。


・・・だが、それは誰かに愚痴ったり直したりするより先に、まず私が認めるべき私のもう一つの姿だった。

他人に話す事になる度に、私は自分の欠点を汚い部分を思い知らされた。

普通の人や清廉潔白な聖女様と比較させられた。


「本当に面白かったんだもの。貴女と話していると、自分に無い感覚を刺激されるの。興味を持てない方がおかしいわ。」

忍さんは笑いながら、そう言うがそんな風に好意的に私を見てくれる人は、今の今までいなかった。



『ただの興味本位だ!長続きしやしないよッ!』



例え、いたとしても、そう…一時の興味本位でしかなく、結局は欠点を直して真人間にならなければ、という結論を出されてしまうのだ。


「ホラ、忍さんは、そんな風に恐れず人に近付こうと出来るじゃないですか。私は、怖いやら面倒臭いやら。」

「あははは…本当に貴女らしいわね。」


こんな後ろ向きな自分語りなんかで忍さんが笑ってくれて、私は安心した。


「だから、人に興味が無いって言う忍さんは、私とは全然違うなって思ったんです。…当たり前ですけど。

そんな貴女が、人嫌いの私を理解しようとしてくれて…。」


ありがたかった。

ありがたかったのに、私は心のどこかで疑っていた。


理解ある人を演じていたいだけ、とか。

女難だから、とか。

呪いで好きなだけだから、とか。

今は良くても、きっと私を全否定するんだろうな、とか。

目では見えない忍さんの気持ちを疑っていた。


「ううん…そんな良い言い方しなくていいの。

私…結局、貴女を理解し切れなくて、自分の枠に当てはめようとしたわ。

少し貴女が変わってきたって思ったら、自分の気持ちや自分の思う常識を…貴女に押し付けてしまった。

・・・きっと、落胆させてしまったでしょうね。」


忍さんはゆっくりとそう言った。


「それでも、私は・・・どんな形であれ、貴女に会えて、貴女と過ごして、今の私になれて良かったと思っているの。

貴女に出会って、変われた自分が嬉しくて。

貴女にも、私という存在で何か…感じて欲しかった、のかもしれない。だから、貴女に私を押し付けた。

・・・でも、おこがましかったのよね。そんなの。」


「いえ…。」

正直に吐露してくれたんだ、と素直に思えた。



『アンタの好みの人間を、あたしはよく知ってるよ…。自分の隣で自分だけを賞賛し続けてくれる、自分から遠い存在さ。

水島、あんたみたいな人間は、物言わぬ石ころの方が愛情を抱けるんだよ。人じゃなくても良いんだ。』




「あの…忍さん…私みたいな人間に、こんな事件に巻き込んでしまった事、今一度心からお詫びします。」

「いいの。私は、好きでここにいるんだから。これこそ”ご縁”よ?」



『あたしの呪いがなければ、あんたとその女は何も無かった!今だって、その縁を切れば、何も無くなるんだ!何一つ、無い!』



祟り神の野次に一層怒気が増した。

もうすぐ、階段を上がりきって、朽ちた社が私の視界に入るだろう。


(上がってから・・・まっすぐ社に飛び込んで・・・ヤツにもう一発、元●チョップを・・・!)


前回は、祟り神の隙を作るのに火鳥という尊い犠牲があったからいいのだが…。

 ※注 火鳥さんは、死んでません。


(変な歌でも歌いながら、踊って隙でも作るか…。)


縁の力も無い忍さんに、これ以上は危険だし、そんなアホな事はさせられない。

・・・ちょっと見たい気もするけれど、ダメだ。危険すぎる。


私は一旦足を止め、忍さんに警告した。


「…もう十分です。忍さん、ここからは階段を降りて下さい。ここから先は…」

「水島さん。」


私の台詞の途中で、忍さんは私の名を呼び、手を握った。


「はい?」

「…私は、貴女が好きよ。

呪いがキッカケとか、何がどうだとか…そんな事どうだっていいの。

とにかく…今の私が言いたいのは、貴女を好きになって…良かったって事。」



『どんなに好きになっても、人の根本は変わる事は無い。表面の色が変わるだけで、そうそう根元は変わらん!

お前みたいな女がいくら愛を囁いた所で、その人嫌いがお前の理想通りに変わる事は永久に無いッッ!!』




「変わらない根元まで好きになってみせるわよッ!」




忍さんは、大声で祟り神に言い返した。

私はそこで、忍さんの方を振り向いた。



忍さんの目は、いつになく真剣でまっすぐ私を見ていた。



「この先、彼女に誤解されたって!喧嘩したって!不信がられたって!私は、彼女を…愛し続ける!」



その一言を聞いて、私は、思わず…息を止めた。

首肩からスッと熱い風のようなものが身体に入ったかと思うと、胸の中心からドクドクと血液が溢れ出しそうな位、激しく鼓動が鳴り始めた。




(この人、真剣に私に向かって…あ、愛…!)


そこまで頭に思い描いた所で、完全に頭が沸騰した。



『・・・・・・・。』


祟り神が沈黙し、忍さんは更に私の手を力強く握って言った。


「人間の想いの限界を悟ったようなフリして利用したり、人風情の想いを下に見て、さぞ優位に立ったような気分でいるんでしょうけれどね!

そんな腐れた心の神様には…きっと永遠に理解できないでしょうね!いいえ!理解されなくて結構よッ!

私は…人間らしく、愚かにも、彼女に心から恋焦がれてるの!邪魔をするなら、否定をするなら…私が許さないッ!私が戦うッ!」



「し、忍さん…!」


「水島さん、私は本気よ。貴女じゃなくて、私が祟り神を倒す。ていうか、張り倒したいのッ!!



張り倒す…!?忍さんが!?



「し、忍さん!?」



『ふ・・・ふははははは!!愚か!全くの愚かだ!馬鹿女をお供に連れた可哀相な桃太郎だね!!』



私は無意識に胸に手をあてながら、目の前の強い女性を見た。

祟り神の高笑いなど耳に入らなくなる。


彼女は、真っ直ぐに私を見つめていた。


ただ巻き込まれたから、ここにいる訳ではない。

彼女は、彼女の意志で私と共に同じ目的を達成しようとここにいるのだ。

これほど心強い味方を私は知らない。


それに、ここで何を言っても、土下座しても、きっと彼女は階段を下りたりしないだろう。




私は、彼女の決意を受け取った。






「…さっきから煽りになってないですよ、祟り神。今の”私達”に何を言っても、負け犬の遠吠えです。」



私は階段の上の方へ向き直って、忍さんの手を握り返した。




『…黙れぇッ!!お前の後ろにいる女は、アンタが命懸けであたしを殺そうとした努力を妨げた女だよッ!!

あの時、その女は――!』




祟り神の身勝手な話など耳も貸さず、私は忍さんの手を引いた。



「忍さん!走って!!」

「あ、はいっ!!」


階段を駆け上がり、真っ直ぐ社を目指し走った。


「「!!」」


階段を上がりきって、私達の視界に入ってきたのは、社までびっしりと地面を覆うように蠢く黒い紐だった。



『どうだ!社は朽ちても、あたしは健在だ!来れるモンなら社まで来てみやがれッ!

一度絡まった縁を切れるのは、水島…アンタだけだ!あたしを倒せるのも、アンタだけッ!

どうする?その女の使い道は隙をつくる役目しかない!

その女を踏み台にして紐に喰わせている間、社にアンタがココに辿り着く、それだけだッ!!』


紐が絡みついたら、どんな影響が出るか解らない。

忍さんに至っては縁に関しての力も無い。



「水島さん…私、さっきから嫌な声は聞こえるんだけど、姿は見えないし、状況がわからないわ…!私は、どうすればいい?」

「そうでしたね…えっと…。」


忍さんにそう問われて、私は頭を振り絞って考えた。


(どうする…!?)


何か…何か無いのか!


発煙筒は使い切ったし、祟り神対策の衣装は、ボロボロでほぼ壊れかけている。

あと一度でも祟り神の攻撃を受けたら、こんな衣装の効力なんて無に等しいだろう。


今更、火鳥の助けを呼んでも時間の無駄だろう。


何か…こんな時、石の一つでも…!



―― その時、偶然にも 私の手は自分の腰で何かに触れ、止まった。


その物を入手した経緯を瞬時に思い出した私は、掌でそっとハンカチを開く。



(コレ、釘か…?呪いの五寸釘?……いや、違う…これは…!)



パッと見て、それが一発逆転のアイテムかどうかは解らなかった。


今は、これしか無い。


そう、私の直感が言っている。




(いけるかも・・・いや、これで行く!!)



私は忍さんの手を握りながら叫んだ。


「忍さん…大丈夫です。あの木材がぐちゃっとしている所まで走って下さい!」

「わ、わかったわ!」



走ると足にぐちゃぐちゃとした嫌な感触が連続で訪れた。

まるで虫か何かを踏みながら走っているような嫌な感触。


「み、水島さん…!足の下に何か…!」

「止まっちゃダメです!忍さん!!」


止まれば、嫌な感触が全身に絡みついてくる。それを振り切るように、私は忍さんの手を引いて走る。



(ああ、今まで一人で走っていたっけ…)


自分の手の先に重みを感じる。


一人じゃない。

誰かと一緒。


今、手と手で繋がっている彼女の体温を感じる。


(ああ…今、こんなにも、この手の重みが、体温が…)


なんなんだ・・・!?

このふわふわした・・・気持ちは・・・!

不快感・・・ではないのだが、なんだか物凄く恥ずかしいような、そうでもないような・・・!



「きゃあッ!?」


忍さんが突然、倒れた。


(しまった!そういう場合じゃなかった!!)

「忍さん、じっとしてて下さい!切りますからッ!」


彼女の足に絡みつく黒い紐を私は掴んだ。


「うっ!?」



その瞬間、バチッと電気のようなモノが私の掌から頭にかけて流れた。




見えたのは、幼い少女一人。

面影がある…この少女は、忍さんだ…。

表情は無表情に近く、気だるそうにソファに腰掛けたまま、ぼうっと何かを見ている。


「忍…。」

複数の大人が、少女の名前を呼んだ。


(誰、だ?)


忍、と呼び捨てにする所をみると・・・複数の大人達は、彼女の家族、だろうか。

しかし、彼女を一人ソファに座らせたまま、大人達は少女に背を向けて食卓を囲む。



(…忍さんの…家族?どうして、忍さんを仲間外れにするような真似を…)



  コレは、私の家族…

  心象風景っていうのかしら…。



解りやすい忍さんのナレーションが聞こえてきた。


(ああ、解説助かります!…で、どうして、こんな事になってるんです?)


  どうして・・・かしらね?

  自分が生まれ育った家庭なのに、どうしてかしら?

  違和感があったの。なんか違うなあって。




(違和感?)



「忍、私を失望させないでくれ。」


白衣の男性が、忍さんに向かってそう言った。


  父は…いつも私にそう言ったわ。

  私が父の名誉を傷つけない為に。

  私の将来は、生まれた時から決まっていたようなものだったから。


(そんな事…娘に言う人、本当にいるんですね…)


ピアノの傍で男性と絡み合う女性が言う。

(あ・・・こ、これは・・・アダルティな現場…ッ!?)


見てはいけない不倫の現場!

少女の忍さんは冷めた目でそれを見ている。



  私の母よ。



(え、えええ!?)


思わず二度見をした。

忍さんの母親は、うっとりとした顔で夫以外の男性に身を預けていた。


「あの子の事、お願いね。忍は、私の人生の一部なんだから。」

「勿論ですよ。今度のコンテストはミスさえしなければ、忍ちゃんが優秀な成績を収める事でしょう。」


(これって・・・!?)


  母は、私の為だと言って色々してくれた。


  だから私は、努力した。


  家族の為。

  母の為。

  それが、自分の為だと言い聞かせた。

  母の言うとおりにすれば、それで良かったの。


  それでいい、と母は私を家族として認めてくれたし、褒めてくれたし、笑ってくれた。



(でも・・・忍さん・・・)


すると、今度は白衣を着た若い男性が現れた。


「莉里羅といい、水島って患者といい・・・付き合う人間は考えろ。影響されるな。あいつらとお前は所詮、違うんだよ。」


(あ゛!?なんだと!?)


白衣を着た若い男性が、忍さんに向かって更にこう続けた。


「お前、おかしいよ。」



  そう、私がおかしいのかもしれない。

  家族の言うとおりにすれば、家族のままでいられるのに。

  違和感やどうしようもない退屈さが私を包むの。


  私は・・・




(そんな事ないですよッ!)





――― 家族の言うとおりにすればするほど…私の人生は、どんどんつまらなくなっていった。





(これが・・・忍さんの人間関係・・・!?)


忍さんに絡みつく縁、忍さんの望まない縁…?

家族なのに…こんなに辛い…!




―― 変わりたい、と願っても、ずっと望んでも、変わり方が解らなかったの。

―― だから、ずっと待っていた。でも…




――― 待っているだけじゃ、変わらないって貴女が教えてくれたの。







あの・・・忍さん?


私、そんな御大層な事、お教えしましたっけ・・・?





――― だから、私は・・・


(あれ?)


忍さんの心象風景から突然、映像が切り替わった。


場所は、祟り神の社。

そして…地面にはT.●.Rの衣装を着て仰向けに倒れている私


・・・と、白いジャケットを着た忍さん。


(忍さん、やっぱりジャケットをかけてくれたのは、忍さんだったのか…。)


忍さんはジャケットを脱ぎ、私の身体の上にそっとかけると私の手をとった。


「ごめんなさい…水島さん、やっぱり私は…」


(ん?)


そして、忍さんは、ゆっくりと私の指を口に含…


(・・・え?)




「水島さん…!」





忍さんの声にハッとした私は、急いで彼女の足や身体に巻きつく黒い紐をブチ切った。




「ごめんなさい!突然、足が動けなくなって…!」


「いえ、良いんです。あの…」



忍さん…あの時、私の指を咥えた後、何をしようとしていたんですか?

・・・と聞こうと思ったが、今はそんな場合じゃない。


こんな事を考えている内に、黒い紐は数が増えていく。

祟り神にトドメを刺さなければ、二人共やられる!


(私だけ動いてもダメだ…!)


祟り神へのトドメも私がやらなければ、と思っていたが…。


「忍さん。」


名前だけ呼んで私は、彼女に目で語りかけた。

 ”お願いがあります。”と。



彼女は私の目を見て、頷き、手をぐっと握り返した。



ボロボロの社の中には、祟り神のオバサンが直立不動で立っていた。

無気力そうな立ち姿なのに、目は一切、動かず、近付くもの全てを否定しようとしていた。



『水島、お前は本当に解ってないね。自分の事を。

お前は、人に向いてないんだよ。人間と触れ合う事も向いてないんだよ。

だが、それ故にか…お前は、人を妙に惹き付け続ける。

望んでもいない人間達からあらゆる欲を注がれ、苦しみ続ける。

だから、お前は今のお前になったんだ。

人を惹きつけ、押し潰されそうになったから、人嫌いになって…自分を隔離して守っていた、臆病者の弱者。


あたしは、それを…守ってやったのに…』



確かに、そうだ。

今の私を作り出したのは、私の弱さだ。

そうする事で自分の好きな自分を保っていた所はあった。


でも、だからって…




「誰が頼んだ…!」


私は忍さんの手を握ったまま、立ち上がり叫んだ。


『!?』



「誰が、女難の女にして守ってくれと頼んだんだッ!

誰が、お前なんか必要だって言ったッ!

私の意志を、お前が語るな!私を創るなああああああああああああ!!!」





私の渾身の叫びと共に忍さんが更に加速し、私の手を引く形を取る。

忍さんの表情は苦しそうだったが、走る足を止める事は無かった。



「忍さんッ!お願いッ走ってッ!」


私は、忍さんの足に絡む黒い紐を片手で切り落としながら叫んだ。


「わかったわッ!」



『…その女を信用するのは危険だッ!命懸けであたしを殺そうとしたお前の邪魔をしたんだよッ!?』




「当たり前よッ!!貴女の存在なんかと彼女の命を秤にかけられる訳ないでしょッ!

私は…水島さんと一緒に、貴女を倒すッ!!」


一斉に黒い紐が私達を包み、潰そうと盛り上がる。


「きゃあああああ!?」


片手で黒い紐を切っていたが、腕に2本、3本、と紐が絡まり始め、動きが鈍くなってきた。



ぴりっと視界が暗くなったかと思うと、ノイズ混じりの映像が見えた。


「ごめんなさい…水島さん、やっぱり私は…」


(これ、さっきの・・・!)


社の前で倒れた私の指を咥える忍さんの姿だった。

やがて私の指を口から離した彼女は、申し訳なさそうな顔をしながら言った。


「やっぱり、私は…貴女を死なせたくない。」



私の手をそのまま自分のスカートの中に入れて・・・ってオイオイっ!!!!!

そして身体を前に倒し、私の唇に自分の唇を押し当て…彼女は目を閉じたまま、動き続けた。

声を押し殺したまま、彼女は・・・。


 ・・・これ・・・為されてるよね?私の意志、関係なく・・・為されてるよね・・・?

 これ、完全に入って・・・いや、ていうか・・・ヤッ・・・

 えっと、これ、死姦に入るのかな・・・?

 ※ 注 そういう問題ではありません。



「あっ・・・水、島・・・さ・・・ごめん、なさ・・・っ・・・でもっこうすれば…ぁっ…!」




 ・・・なるほど。解った。

 どうして、私が命懸けで消そうとした祟り神を仕留めそこなったのか。

 忍さんが、私と通じた事で、強制的に私の巫女の条件を崩したからだ。




だが、今は”そんな事”どうでもいい!!




彼女が、私を想って、ヤッ・・・いや、してくれた事だ。


その想いで、今、私が生きているのだ。

その想い・・・受け止めさせてもらうッ!!



「忍さんッ!!」



私は、最後の力を振り絞り、忍さんの腰を両手で捕まえた。

「水島さんッ!」


私と目が合い、忍さんは少しだけ安堵したように笑ってくれた。

そのまま彼女の足がふわりと宙に浮き、私はそのままぐるりと回転しながら、彼女を…




「いっけえええええええええ!!」




…私は、忍さんを社に向かって放り投げた。


 ※注 最後の最後でヒロインの扱いが酷い水島さん。



私の火事場の馬鹿力のせいか、忍さんの軽さのせいか、思ったより飛距離が伸びた。

社の近くに膝をついて着地した忍さんは、手にしていた釘を社の中心に突き立てた。


『ぎゃああああああああああ!?』






忍さんには見えていないが、祟り神の左足にそれはちゃんと突き刺さっていた。


その瞬間、黒い紐の動きがピタリと止まった。



『そ、それは…楔(くさび)…!?どうして…それを…ッ!?』



「へぇ…コレ楔って言うんですか…知らなかった。…最初から使えば良かったァ。」

『どうして…!?名前すら知らないモノを、どうしてお前が持っている!?』


「これは以前、貴女が呪いをかけた人間の遺したモノです。」

『ば、馬鹿な…!これを作り出せる人間など…!とっくの昔に死んだ筈…ッ!!』


「だからね、人間の想いって侮れないんですよ…。貴女を倒そうと必死こいた結果…これを生み出せたんだから!」


高橋課長の友人が心血を注いで研究し、作り出した”楔”。

守る者を亡くした高橋課長は使わなかったそうだが、今の私には守りたい者がいる。


私はヘラヘラ笑いながら、忍さんの背中にもたれかかるように、倒れこんだ。


「水島さん…大丈夫?」

「大丈夫です。」


私を気遣う忍さんの手に、私は自分の手を重ねた。

この楔をもっと深々と刺し込めば…終わる。


だけど。



祟り神を殺すという事は…その対価として、私達の命も…。



「…怖い、ですか?」と私は聞きながら、もう片方の手で彼女の肩を抱いた。

「いいえ。」と忍さんは答えながら、肩を抱く私の手を握った。





「…忍さん、こんな時になんですけど。」


「何?」





「貴女が、好きです。」



私は一言そう言うと、何かを言いかけた彼女の唇を塞ぎ、そのまま楔を深々と突き刺した。

彼女の胸の鼓動が伝わり、祟り神の悲鳴も耳に入らなかった。





















 ― その後 ―













「で、何で生きてるの?この死に損ない。」





火鳥は、開口一番そう言い放った。



「なんですか、その言い草は…。」


私はそう言いながら、コーヒーを口にした。

女難の女同士でよく待ち合わせをした、この喫茶店も…呪いが解けた今、最後の利用になるかもしれない。



「私が考えるに…あの楔のアイテムが幸をそうしたのかもしれないし

あの祟り神を殺す対価に、人間二人分の命はつり合わなかったから、お釣り分で生きてるのか…私もよくわかりません。

調べてた火鳥さんの方が、あの場にいたら解ったんじゃないですか?」



「そうねぇ…あと考えられる事は…縁の祟り神の執着心を壊せたから、とかかしらね?」


「執着心?」


「縁の祟り神は、まさか水島が誰かを好きになるだなんて始めから信じていなかったのよ。

だから…あの時、祟り神の執着心を粉々に打ち砕いて、腐れ縁もブチ切れるような、衝撃的な事でも二人でやらかしたとか?」




「・・・・・・・。」



あの時、自分で言った言葉とした事が、未だに信じられない。




「・・・黙らないでよ、恥ずかしいわね。」

「じ、自分で言っておいて…。」


「とにかく、今度こそ縁の祟り神は消滅したし、あの社は楔ごと完全に埋め立てて、電波塔建てる予定だから。

これで全て終わり。

だから、アタシとアンタがこうやって待ち合わせしなくても済むって訳ね。」


「そう、ですか・・・。」



そう。

今度こそ、全て終わった。



女難の女は、もういない。


・・・筈だ。




「でも…そうだと思います?火鳥さん。」

「あァ?」


終わったら終わったで、もっと清々しい気分になるかな、と思っていた。

私のこれまでの女難にまつわる記憶は、忍さん、火鳥、蒼ちゃんしか知らない。

他の女性は・・・もう、私の事なんて覚えてもいなかった。

でも、これで良い。


守りたいモノは守れた。


「…忍さん、ちょくちょく私と火鳥さんと3人で食事しようって言ってたんですよ?」


私の言葉に火鳥はフンッと鼻で笑って言った。


「あーもう、勘弁してよ…お邪魔したくないわよ。アンタと忍ねーさんの並びを見させられるのを想像しただけで、恥ずかしくて食事が喉を通らないのよ。」


何度誘っても、一回も参加していないクセに何を言うんだ、この黒乳首。


「な、なんですか!それッ!人をバカップルみたいに・・・!」

「実際そうじゃないの?」


「そんな事ないですよ。忍さんだって仕事忙しいし、そんなに会えていないですから。

ちゃんと食べてるかなァ…よく噛んで食べてってお弁当渡したけれど…。あの人、意外と…ん?」


私は、話を途中でやめた。

なぜならば、私の話の途中にも関わらず、火鳥があきれ果てたような顔を私に向けていたからだ。


「・・・なんですか?火鳥さん。」


「アンタ、忍ねーさんの事話してる時の自分の変化に気付いてないでしょ?」

「え?そ、そうなんですか!?」



吐き捨てるように火鳥は言った。



「フッ…”初恋感”丸出しよ。」


その一言に、私の顔はすぐに真っ赤に染まった。


「う、うわァ…いや、そ、そんな筈はないッ!!」


そんな、少女マンガみたいな反応…25年生きてきたが一度も無かったッ!!


 ※注 悲しき25年の歴史。



「…フン、まあ、どうでもいいけどね…幸せそうで良かったわ。」

そう言って、火鳥は席を立った。


「あ、火鳥さん…やっぱり行っちゃうんですか?」


忍さんから「りりを誘っておいて」と言われている私は、一応引き止めた。


「ええ、アタシは、忙しいのよ。せいぜい、イチャこいていればいいわ。」

「へいへい。そーですか。」


「・・・アタシはアタシの道を、アンタはアンタの道を。もう二度と交わる事が無いと願ってるわ。」



「まァた(格好つけて)そんな事を…。」


そう言い掛けた私だが、そこで止めた。


二人共…腐っても”人嫌い”。

呪いが解けたとはいえ、色々それで環境や人間関係が変わったとはいえ…根本は変わらない。

祟り神の言うとおり、根本はそうカンタンには変わらないのだ。

そして、それが良い事なのか悪い事なのか、生きてみないとわからない。


「そうですね…トラブルが無いんだから…私達は一緒にいる必要はないですもんね。」


再会の約束などはしない。

するとなれば、きっとお互いがどうしようもなく必要だと思った時…しかし、その時は…。


「再びアタシ達が会う時、きっとロクな事になってないでしょうから。」

「あーもう…そんな縁起でもない…。」


いかにも意味有り気な台詞だ。

最終回で、二期目があるかもよ〜、と匂わせる感じに似ている…。



・・・二期とか絶対やらないけどな!!二度と!!

※注 水島さん、心の叫び。





「そういう事よ。元・女難の女同士は会わない方がいいのよ。じゃ、お幸せに。」


火鳥はそう言うと、席を立った。

私はそのまま席に座り、忍さんを待とうと思っていた。



すると。



「ごめんなさい!遅れてしまったわね!」

火鳥と入れ替わるように、白いコートを着た忍さんが息を切らせながら喫茶店に入ってきた。



「あ、いえ!それより、火鳥さんは、やっぱり…」

「うん、いいの。3人で食事は、また今度にしましょ。さて、お腹も空いちゃってるし、行きましょうか。」


喫茶店を出ると、辺りは薄暗くなっていた。

そのまま、目的の店まで二人で歩いた。



「あ、見て。」と忍さんが公園の一角を指差した。


桜の木だった。

桜の木には、無数の蕾がついていた。


「もう蕾が開きそう…」


そう言いながら、忍さんは私の手をそっと握った。

「そう、ですね…。」


(今、つないでいるこの指…。)

手を繋ぐたび、彼女の指や口元を見るたび・・・ふと、私は考えてしまう。

私の意識が無い間とはいえ、この指が忍さんの中に入っていたんだなぁ、と。


一体、どんな感覚なのだろう?

意識が無かったとはいえ・・・この女性の、中に、私の・・・。


あー・・・やめやめ!!



「お花見って一回行ってみたいのよね…一度もないから。」

「え?あ、私も無いです。人が嫌いだったもので。」


そう答えると、忍さんはニヤニヤしながら聞いてくる。


「…ねえ、私は?嫌い?」

「……最近、そういう質問多くないですか?」


「ねえ、私は?ねえ?」

「…………好きです。(棒読み)」


小さい声だったが、しっかりと忍さんには聞こえた筈だ。

忍さんはにっこり笑って「よろしい。」と満足気に言った。





「ねえ…水島さん。もう一つ、質問いい?」


「…好きです。(棒読み)」


「…そーじゃなくて。棒読みもやめて。」


「なんでしょう?」



忍さんは、私の顔を覗き込みながら言った。



「貴女の下の名前なんだったかしら?…誰に聞いても水島さんの下の名前知ってる人、いないのよね。」



そろそろ教えても、いいかな…。


「ああ、そうでしたね…。実は、私、決めてたんです。」


「ん?」




「自分の下の名前は、自分が下の名前で呼ばれたいって思える程、好きになった人にだけ教えようって。」



嘘っぽい内容だが、それが真実であり、それが全てだ。

言いたくないから言わなかった。


それだけ。



「……教えて、くれる?」



そして、今…言える状況が揃っているから、言える。



私は、ゆっくりと頷いた。



私の名前は水島。


悪いが、下の名前は…この女性にしか教えたくない。



「あ、そうだ…水島さん」

「はい?」


「お誕生日、おめでとう。」



年齢は25、いや…今日で26歳。



「ありがとうございます、忍さん。」

「ねえ、プレゼント、食事の後で選びに行きましょう?」


「あ、いや・・・いいです。」

「要らないって事?」


「いえ、そうじゃなくて…。」



普通の、どこにでもいる。



「今夜は、朝までずっと一緒にいて下さい。忍さん。」


「・・・はい。」





人嫌いで、人に恋した…普通の女だ。









 ―   烏丸忍 編  END ―







 あとがき



一応、烏丸忍さんEDです。

当初は、グイグイ迫ってくる女難とは違って、気持ちを押し殺す女難だった彼女でした。

好きになっても絶対言わない、というスタンスが良かった、というご意見多数いただきました。その後、開き直ってしまいましたが(笑)

また、年の割に(失礼)可愛いらしい所があったり、怒らせると火鳥さんでも怖かったり、というギャップも持ち合わせるキャラクターでした。

ただ、この手の女…作者の私の目には”ちょっと面倒臭い女”という印象がありまして。(苦笑)

自分の感情など様々なモノを我慢してしまうクセ、と言いましょうか・・・それも上手く隠せていない所があったり。

私の事は気にしないでいいのよ、と言いながら部屋の隅で泣いている背中を見せ付けて”どうしたの?”って聞いてくるのを待っていそうな女…そんなイメージです(好きな方はすみません)

だから、この人はこの人でややこしいんだな〜って思います。

しかし、忍さんは、水島さんや火鳥さんの一番近くで見守っていた女性でした。

人嫌いの二人に対し真正面から、”それはどうなの?”と、たしなめられるのは、彼女くらいしかいません。

家族の事で大分悩んでいて、自分の人生に疑問を感じつつも殻を破れず、人嫌いに恋をしても言うに言えず、本音を言ったら言ったで悩み…という不遇でした。

水島さんとは、のんびりタバコを吸いながらゆったりすごしていただきたいものです。