私の名は水島。

悪いが、下の名前は聞かないで欲しい。


年齢は25歳。事務課勤務。

普通のOLのはずが、縁切りという呪いのせいで、ややこしい女難に遭う日々を過ごす女。


「…次のデータ…は…っと…。」

誰もいないオフィス。

クーラーの温度設定も好きに変えられる快適な環境。


 ※注 水島さんはクーラーの設定温度28度を推奨します。



いつものように、私は自分の机のプレゼント(押し付けられた仕事)を片付けていた、それだけだ。



事務課の人間は、この状態で残業する事を

『やぁん、怖〜い☆』だの『寂〜すぃ〜いぃ〜☆』だの…腹の立つ程、ブリっ子(死語)口調で言い放つ。


・・・怖くもあり、見てると寂しくなるのは、こちらの方だ。



一人でいる事に、私は恐怖も寂しさも感じない。

この城沢のビルに、幽霊が出たなど聞いたことが無いし。



もっと恐ろしいのは、実体のあやふやなモノよりも、実体のしっかりした…



・・・人間の方だ。




「……この世で、人こそ、あなおそろしや…っと。」



なんにせよ、私は女難の女。



油断は大敵。


人は、もっと大敵


女性は、最大の敵。



さっさと残業を片付けて、コンビニに寄って、家に帰る!食べる!寝る!


・・・新発売のカップ麺(イタリアン風タンメン)が気になるから、試してみたいし。

 ※注 ・・・意外と、水島さんは”新発売モノ”に喰いつくらしい。



事務課で一人作業を行う私。



今の所、特別な事は、何も無い。

…珍しく女難も無かったし。


「・・・これで、残業が無ければなぁ・・・」


と誰もいないオフィスで呟いてみるが・・・


女難が無いだけマシだと、自分に言い聞かせて、ひたすらキーボードを叩く。




・・・あれ?今日は、あの頭痛がしなかったな、とふと思い返した。








      [水島さんは残業中。]
 










「・・・いるわね・・・彼女・・・。」


・・・私、花崎翔子は、事務課のドアの前で聞き耳を立てていた。


いつも通り企画課の仕事を終えて、いつも通りの時間帯に帰宅する予定だったが

もしやと思い、事務課に寄ってみて本当に良かった。



”カタカタカタカタ…”

『…この世で、人こそ、あなおそろしや…っと。』



キーボードを打つ速度と、彼女独特の独り言でわかる。 

  ※注 水島さんの独り言は結構、声が大きいらしい。 



事務課の水島さんは、確かに事務課のオフィスにいる。


(今日こそ…彼女とちゃんと話して…進展を…。)


私が恋愛感情を抱いている女性・・・事務課の水島さん。



色々あって…ライバルが多数(しかも全員女)いる事が判明したが




・・・まだ、誰も彼女を十分に知らないし

・・・そして、誰も彼女と親密な関係には、至っていない。




私は…水島さんを知りたいし、親密になりたい。



でも。



(・・・どうしよう、第一声は、何て声を掛けようかしら・・・)



私ときたら、先程から事務課のドアの前で、うろつき、ノックする右手をドアの5cm手前で停止させていた。




(…ダメね、私ってば…。)


どうして、私は、こうなのだろう。

これは久々の恋だからだ、しかもその相手が年下の同性だからだ、などど言い訳しても始まらない。


あと一歩が踏み出せないなんて・・・情けない。

その一歩をためらう事で、自分がもっと苦しむというのに。


これが昼間、企画課をまとめる女の姿か?そういう部分が所詮、女なのだ、と・・・言われそうだわ・・・。


髪をかき上げて、頭を振る。


恋に破れることを恐れているのか、それとも私自身の弱さのせいか。


・・・多分、両方なのだろう。


でも、このままではいけない。




私は…ノックを忘れて、ドアに手を掛けた。



”ガチャ”


ドアを開けると、水島さんはこちらをくるりと椅子を回転させて、私を見た。



「…水島さん。」


私が声を掛けると、彼女は首をかしげた。


「花崎課長…どうかしたんですか?こんな時間まで仕事ですか?」


・・・それはこちらの台詞。


彼女の机の上には、書類がのせられている。

書類の量は、右側がもっとも多く、処理済の仕事だろうか、左側の書類は数は少ない。


「すごいわね…こんな時間まで残業なんて…」


そう言って、彼女の仕事の邪魔にならないように、一定の距離を取り、立っている。

PCの画面は、膨大な量の数字を映し出していた。


…彼女…これ、一日中見てるのかしら…私もたまにやるけど…

やはり、スクリーンと資料片手に人と会議している方が、私は好きだ。


「いえ、別に…で、何か御用でも?」


水島さんは、用事の無い時は自分からは話さない人だ。

誰かに話しかけれるのも、用事がある時なのだという認識があるのだろう。


うん・・・用事といえば、用事なのだろうけど・・・。


「あ・・・いえ、その・・・良かったら一緒に食事でもどうかな、と思って。

 女一人で外食って、寂しいでしょう?」



もっともらしい台詞を口にする私。

すると、水島さんからは素っ気無い声で、予想通りの答えが返ってきた。


「すみません、どうにもコレ、終わりそうも無いですし。お付き合いできそうもありません。」


(やっぱり、かわされたか…。)


水島さんは、用事はもう終わりですね、と言いたげに

くるりと椅子を回し、再びPCのキーボードを叩き始めた。


・・・実に早い切り替え。


そして、PCの扱いも見事なものだ。


本当は、すごく優秀な人なんじゃないか、と思うほどだった。

事務課に置いておくのが勿体無いくらい。

人には、向き不向きがあるが…彼女は…水島さんなら企画課でもやっていけそうなのに。



カタカタとキーボードを打ちながら、水島さんは、私の方を向かずにこう言った。


「それに、女一人で外食する事が、周囲の人間から”寂しく見える”んじゃ…なんて言う

 周囲の目なんか気にしない方が良いですよ。私も一人でラーメンくらい食べに行きますし。」


そう言い終わると、ENTERキーをカチンと、押した。


「…そ、そうね…」


・・・内心、ドキリとする。


そう、一人で食事する事は、自分が寂しい訳じゃない。


周囲の人間に、一人でいる事を後ろ指をさされ、嘲笑に似た目線を浴びる”寂しさ”。


水島さんにそれを指摘され、私はやられたと思った。


きっと、一人で食事をするのが嫌だという女性は、大抵この理由だろう。


(…どうして、貴女はいつも真っ直ぐにそんな事を言えるの…)


私は、ますます…胸が締め付けられるような痛みを覚える。

もどかしくて、たまらない。

背中を向けられているせいか、余計に切ない。


水島さんに抱きついて、このまま何もかも、このオフィスで奪い去ってしまいたい。


”〜したい”という願望を叶えようと行動をする前に、私は理性的に行動しようと心掛けてきた。


それが、普通なのだし。

それが、嫌われない、一番の方法なのだし。



・・・でも。




「もうダメ……み、水島さんッ!」


私は、後ろから、椅子ごと水島さんに抱きついた。


「…ッ!?か、花崎課長!?」


驚く彼女の表情と声に、私はためらう事も無く

私は、水島さんの制服を掴み取ると、思い切り、シャツをボタンごと引きちぎった…


「な、何するんですか!?…や、やめてくださ…」

「水島さん…私、貴女が欲しいの…!どんな事をしてでも…!」




「いや……や、やめてええええええぇ!!!」









『 ピピ―――――!!翔子・OUTッ!! 』






「――――ハッ!?」



自分の中の”理性審判”が、OUTを警告し、私は現実に戻って来た。


・・・現実の私は、まだ事務課のドアの前にいた。


(な…何、考えてるのよ…私…!!)


思わず自分の頭を抱えた。

頭の中で、彼女を犯すところだったのだ…しかも、現代の少女コミックと青年誌並のあり得ない展開の早さで。

通常そんな事をされて、『はい、好きになりました☆』とどこの馬鹿が、恋愛感情を持ってくれるのか。


・・・少なくとも、水島さんはそんなタイプじゃない。


(…ああ、シミュレーションで良かった…私…なんて事を…!)


してもいない行為に、ただ、ただ…後悔が募る。


そんな展開、私だって嫌なのに…

ちゃんと、デートして…ちゃんと…水島さんの色々な事知って…その上で…


同意の上で…事を成し遂げたいのに…。



そのための”シミュレーション”の筈なのに。


…単なるシミュレーションを頭の中でしていたのに、どうしていつも私は、ここで変になってしまうのか…。


どうしても、脱線してしまう。

いつも、彼女とどうにかなりたいという、醜い欲望が前面に出て、シミュレーションは強制終了を告げる。



…なんて情けないんだろう。

頭の中で、何度もシミュレーションするしか出来ないなんて。

しかも、欲望に負けて、彼女に襲い掛かり、見事に失敗している…。



(…こんな事してる場合じゃないわ…!)



私は思い切って、ドアを開けた。



「み、水島さん…!」

「あ…花崎課長どうか、しました?」


声が裏返った私に対し。

落ち着いた、いつもの水島さん。


私ときたら、声が裏返った事にすっかり動揺して、動けずにいた。


(……ああ、やっぱりダメだわ…)

黙り込む私に対し、水島さんは怪訝な顔をしながら、椅子から立ち上がり、こちらにどんどん近づいて来る。


「…花崎課長…具合でも、悪いんですか?」

「あー、いえ…」



私は頬を押さえながら、必死に頭をフル回転させる。

頬が熱い。



…なんて誤魔化そう。なんて言おう。なんて誘おう。


(もう、どうしてこうなるのよ・・・!)


蛍光灯が一部しか点灯してない為、出入り口付近は薄暗かった。

顔色がバレないのは、幸運だったのかもしれないが…


「…花崎課長…?」

「・・・!?」


いつの間にか、水島さんは私の20cm程の距離から私の顔を覗き込んでいた。


フル回転していた頭は、完全に思考を停止した。


「…あ、み…みずし…」


もはや言葉も出ない。

こんなに至近距離で彼女を見るのは、初めてだった。

薄い化粧に、コロンじゃない、石鹸特有の清潔な香り。


私を見つめる瞳は、相変わらず、真っ直ぐで、誇り高く…戸惑う私を容赦なく射抜く鋭い矢のようだった。


「…花崎課長…口、開いてますよ?」


水島さんは、いつも通り、落ち着いて素っ気無い声で、淡々と口を開く。


「・・・あ、ごめん、なさい・・・」


私ときたら、すっかりのぼせ上がって、もう1分先の事を考えられないでいた。

指摘された口の開きを、真一文字にしっかりとしめる。


「……顔も赤いし…」

「ご、めん…なさい…」

(あぁ…水島さん…距離が、微妙に、近いのよ…。)


水島さんには、きっと自覚は無いのだろう。

・・・女同士だし。

私だって、水島さん以外の女性ならば、このくらいの距離、平然としていられるハズだ。


でも。

・・・私、研修デーの時に、彼女に一応気持ちだけは、伝えたのよね・・・


「いえ、花崎課長、そんなに謝らなくても…」

「あ、そ、そうね…ごめん、なさい…」


…水島さんは、私の気持ちを…知っている…。

だったら………じゃあ、この距離は…何…?


妙な期待が、私の頭に沸いて出て来た。


「…熱、あるんですかね?」


私の前髪がふわりと上がる。

水島さんは、そっと右手の掌を、私の額に押し当てた。


「……ぁ…。」


更に近づく彼女と私の距離。

石鹸の匂いに混じって、彼女の吸っているタバコのにおいもした。


彼女と私は同じくらいの背丈だ。

と言っても、私はヒールの高い靴を履いているが、彼女は低めのパンプス。


靴を脱いだら、私の方が少しだけ小さい…。



「…やっぱり、熱いですね…クーラーですかね?

 効き過ぎなんですよ、ここのクーラー。28度くらいが丁度いいのに。」


依然として、平然とした様子の水島さんは、少しも微笑む事無く、そう言った。


クーラーでもない、風邪を引いたわけでもない。


・・・全ては、水島さん・・・貴女のせいよ・・・。


「…かも、しれないわね…でも、大丈夫よ…水島さん…」


目を逸らす事で、何とか理性を保つ私。

お願いだから、今は少し離れてくれると助かるわ、水島さん…。

さっきのシミュレーションの結果だけは、避けたいんだも…


「…”熱冷まし”…ありますよ?」

「・・・え?」


私は”あ、いいわよ”と右手を上げて、断ろうとしたのだが、次の瞬間。


水島さんにその右手首を掴まれた。


「・・・え・・・?」



「・・・ちょっと、ゾクッとしますよ・・・きっと。」


そう言って、水島さんは更に私との距離を縮め、やがて・・・

彼女の唇が、私の熱を奪っていった。


・・・ちょっとどころではない、全身に・・・ゾクリと感じてしまった。


「んン…!?」

「…花崎課長…って……なんか、可愛いですね…」


唇を離した水島さんは、やはり笑う事無く、平然とした顔をしていた。

も、もしかして…水島さん…貴女…されるより、する方が好きだったりする…ワケ…?


「・・・・・み、水島さ・・・」




『 ピピ―――――!!翔子・OUTッ!! 』






「――――ハッ!?」



自分の中の”理性審判”が、OUTを警告し、私は現実に戻って来た。


・・・現実の私は、まだ事務課のドアの前にいた。


(…何、自分の願望とか、混ぜちゃってんのよ…ッ!!

 ちょ、ちょっと…想像だけで、ちょっと本気で恥ずかしかったじゃないの!)


・・・いけない。また暴走してしまった・・・。


たかが、シミュレーションなのに、こんなんでどうするのよ…もうっ!!



現実の水島さんが、いきなりあんな風に私に迫ってくるなんて、これまでのデータ上、あり得ない。


・・・そりゃ、そうなってくれたら・・・手放しで嬉しいけど・・・。


…私、水島さんに、ナニをしても、ナニをされても…どっちでも、いい、かもしれない…

大体、女同士って…そういう役割的なものを決めて臨むのかしら…


・・・彼女、どっちなのかしら・・・


いやいや…待ちなさい。まだ、そこまで到達してないのよ…私と水島さんは…!


事務課のドアの前で、ドアを開ける事無く、延々悶々とシミュレーションを続けている私。


・・・み、見せられないわ・・・こんな姿・・・。


今度こそ、ちゃんと…水島さんを食事に誘うなりなんなり…アプローチを…




私は、意を決して、ドアに手を掛けた。

やはり、薄暗いオフィス。

水島さんのいるスペースだけ、蛍光灯の灯りが点いていた。

「み、水島さんッ!いる!?」

「…うわッ!?は、はいっ!?」


私が発した声に、水島さんは一瞬ビクリとして、こちらを見た。

その拍子に、机の上の書類がバサバサと音を立てて落ちた。


「「あ。」」


・・・悪い事をしてしまった。

私は、すぐさま、駆け寄って書類をかき集めるのを手伝った。

かがんで書類を集めるが、その量ときたら…


(・・・ちょっと・・・コレ、洒落にならない量・・・!)


・・・それは、残業というよりも、一日の仕事の量そのものだった。

単純な内容の書類ではあるものの、量が単純ではすまされない。


「…あの…水島さん…これ貴女一人の残業?」

「…あ……ええ、そうですけど…。もう殆ど終わってますし、あと少しです。」


書類を集めながら、私がそう聞くと、水島さんはいつも通り、淡々と

私と目を合わせる事無く、書類を集めながら答えた。



(水島さん…コレ、職場イジメって奴じゃ…。)


・・・全く、私のスパイ・君塚美奈子は何をしているんだろうか…

彼女がこんな量の仕事を押し付けられているというのに、ただ黙っているなんて。


 ※注・・・このお話は、時期的に、社員旅行”前”(水島さんは旅行中・参照)のお話です。




「…いつも、こんな量を?…同僚は?」

「…手伝ってくれるって言う人もいるんですけど、私は遠慮してもらってるんです。

 一人の方が、気楽で。」


トントンと手早く書類を整理する、水島さん。

私は、書類を集めながら彼女の表情を伺う。


ご機嫌でも、不機嫌でもない、表情。

淡々と目の前の仕事を片付けようとする目。

ふと、彼女の制服のスカートから、引き締まったすらりとしたキレイな足が、視界に入る。


(…事務課の割には…)


水島さんは、水泳が得意らしく、他にも運動をしているのか、プロポーションがとても良い。

普段は、制服に隠れて見えはしないが、パーツをよくみるとその引き締まり具合は、同性ならわかる。


いや、そんな事よりも、だ。


「そんな…自分だけで背負う事無いわよ。…こんなの不平等だわ。」


私は、きっぱりとそう進言した。

しかし、水島さんはあっさりと返答した。


「…そうですよ、不平等です。だから、バランスが良いんです。」


不平等だから、バランスがとれている?

「……どういう意味?」


私は思わず手を止めて、その言葉の真意を聞いた。

やはり水島さんは手を休める事も、目を合わせる事無く、淡々と答えた。


「…本当に平等だったら、私、たくさんの人と一緒に”仲良く”残業しなくちゃいけません。

 仲良くも無いのに、協力しないといけない状況に置かれて、笑って早く終わると良いねなんて

 白々しい会話をするのは、本当に”残業”です。」


彼女は、そう言い終わると、床に落ちていた書類の束を全て拾い上げ、トントンと整理した。


「それってつまり…誰かと一緒に残業する方が、貴女にとって、苦痛って事?」


私は、同じように書類を上下左右そろえると、水島さんに差し出しながら、そう言った。

水島さんはそれを受け取ると、再度書類を重ねて、机の上でトントンと整理した。


「ええ、そうです。聞いてませんか?私、人嫌いだって。」


…そう、水島さんは”人嫌い”らしい。


情報は、耳に入っていた。


「まあ…ちょっと、はね…。」

「…だから、自分で出来る事は、人の手は借りずにやってしまいたいんです。」


それは、解る。

自分で出来る仕事は、自分でしたいのは、理解は出来るけど…


「………でも、それで、いいの?水島さん。」


彼女は、無言で初めて私を見た。



「…貴女が仕事に対して責任を持って取り組んでいるのは素晴らしい事だけど…

 でも、そのせいで…貴重な時間が、この仕事に取られているのは事実でしょう?

 貴女の時間は、他人から押し付けられた残業を処理する為にある訳じゃないわ。」


「・・・・・・。」




水島さんがどうして、そんなに人を避けるのかは解らない。

しかし、彼女は遠ざけ過ぎている。


人の人生は…楽しむものだ。

楽しんで良いはずなのに。


彼女は、自分の人生と、周囲にたくさんいる人間の誰とも、人生を触れ合わせようともしない。


そのせいで、彼女は、楽なのかもしれないが、現に損をしている。



「仕事も、私生活も…もっと、楽しむべきだわ…貴女にはそうする権利があるわ…」



私は…人と接する仕事を中心にしているから、それが楽しくて仕方が無い。

複雑な人間関係に…悩む事も、ストレスも溜まる事もある。


けど、それらの人間関係を拒絶しようなんて、思わない。


…勿論、水島さん…貴女も、私は、拒絶したくない。


私は、蛍光灯に照らし出された水島さんを、真っ直ぐ見つめていた。



「私は…人と接する楽しみ方、知らないものですから…それに…」


水島さんは、書類を机の上に置くと、再び私の目を見た。





「…課の違う花崎課長には、関係ないじゃないですか。」




「・・・・!」



……い…今のは、ちょっと、傷ついた…。

確かに、関係ないけど…それをズバリ言われると…やっぱり、ちょっと傷つく。


無言になった私に、水島さんはすぐに察して言った。

「……あ、すみません…。」

でも、きっと心から自分が悪いとは思ってはいないのだろう。



確かに、これは・・・正しいとか悪いの問題じゃない。個人の価値観の違い、というものだろう。


…それでも、私は……


「いいえ、気にしないで。確かに私は…企画課だし…貴女の直接の上司じゃないわ。

 ただ…苦しかっただけなのよ。」


「…何が…ですか?」


「私が、貴女の力になれない事に。」


私は、彼女の一言で、自分の仕事のスタイルを見直すことが出来た。


彼女のおかげで考え方が、変わった。


以前の自分は、部下の欠点だけを直す事が自分の仕事であるように錯覚していた。


でも、違った。

欠点は…お互いに、欠点を補い、時にそれを指摘し、共に、修正し合わなければいけないのだ。


…100%誰かだけが悪い事なんて、無いのだ。

誰もが、何%か、何かしらの要因を持っているのだ。


…価値観の違いなんて、簡単に埋められるものじゃない。むしろ、違っていて構わないから…


・・・だから・・・



「・・・・・・。」


黙り込む水島さんに、私は意を決して、口を開く。



「……私じゃ、ダメかしら…?


 貴女の人生の楽しみを見つける手助けさえも、私じゃさせてもらえないの?」


「・・・・・・。」

答えは無い。

水島さんは、ただいつものように、黙って私を真っ直ぐ見てくれていた。


「”周囲の人”として見ないで、花崎翔子として、見てもらえない?」


私は一歩を踏み出す。

一歩踏み出せば、距離は縮む。

手が届く。

そして、彼女をこの腕に抱き締める事も、出来る。


「…何、言い出すんですか…って…花崎課、長…!?」

「…貴女の事が、好きなの。一人の女性として…真剣に…」


女性特有の体の柔らかさが、全身に伝わる。

それを、しっかりと両腕で抱き締める。


「…か、花崎課長…ここ、会社ですよ…あの…離してもらえませんか…」


水島さんの声がわずかに、上ずった。

私は、もう…動揺する事無く堂々と、気持ちを伝えようと、それだけを考えた。


「…悪いけど、それは…出来ないわ。」

「…でも…困ります…こんな事されても…私は…」



…何度でも、言おう。


たとえ、今回がダメでも、私は何度でも…貴女にこう言おう。



「…好きよ、水島さん。」






”ガチャッ””…バ――ンッ!!”




「…う゛ぅむ゛ッ!?」




突然の衝撃が、私の顔面に伝わった。

現実世界に強制的に、私の意識は引き戻された。

突如開け放たれたドアの衝撃の痛みに、私は咄嗟にしゃがみこみ、壁側にその身をもたれかからせた。


ドアから出てきたのは、一人の女性。


・・・水島さんだ。


「・・・・ん?今、何か当たったよーな・・・ま、いいか、あー…疲れた〜…

♪イッタリア〜ァ〜ノ〜タンメ〜ン♪ドウジャ〜ノ♪パッルミジャ〜ノ♪オイシイィ〜ノ♪」

 ※注 なにやらCMソング。


遠ざかる水島さんの足音と陽気な歌声を聞きながら、私は声と鼻血を止めていた。


いつも…いつもこうだ…。


シミュレーションしているうちに…ベストなシミュレーションを終えると共に


いつもこうして、肝心のタイミングを逃してしまう…!!




・・・ああ、もう・・・最悪・・・(泣)









・・・その後、花崎翔子は鼻栓を詰めながら、帰宅。


一方、当の水島さんは、と言うと、無事にお目当てのタンメン(イタリアン風)をすすっていた。




ちなみに、そのお味は・・・



「・・・・うわ・・・マズ・・・。」



・・・クソ不味かったらしい。




 



   ー 水島さんは残業中・・・END ー









あとがき。



・・・水島シリーズはこうでなくちゃね(ニヤリ)と、書きあがってから思ってしまいました。

なんて、性格が悪い作者なんでしょうか。

折角のランキング2位なのに!…単なる、ムッツリスケベの妄想課長のお話になってしまいました。


そうです、オイシイ場面は全て、花崎課長の妄想でお送りしたんです。


水島さんの台詞は、彼女が君塚から得たデータの賜物なのです。

そのずば抜けたデータを生かす能力を、ちゃんと仕事に生かせているから、29歳で課長なんでしょう(嘘。)


さて。

よく、メッセージで、どっちが攻めなの?とか、水島はこういう受け(または攻め)の筈だ!


・・・とよく予想を頂くもので(笑)


ご意見を頂くたび、こんなにもイメージが違うのかとキャラの受け攻めの可能性に驚くばかりでした。

水島のキャラの組み合わせを考えるのも、一つの楽しみ方だな〜と思い

皆様のイメージを壊すのも、アレかな〜とも思い


色々考えまして…


あえて、水島・花崎の受け攻めは、今回では決めずに、受け攻めどっちもやってみようという結論に。


もっと色々な攻めや受けの形があるのでしょうけど…

あまりやると、ネタが無くなってしまいますので、ひとまずこれでご勘弁下さい(苦笑)



…あと、エロを期待していた方へ…


・・・なんか、すいません、いつものスタイルでお送りしました・・・(汗)