私の名は水島。

悪いが、下の名前は聞かないで欲しい。


年齢は25歳。事務課勤務。

普通のOLのはずが、縁切りという呪いのせいで、ややこしい女難に遭う日々を過ごす女。



「…次のデータ…は…っと…。」


誰もいないオフィス。

しんと静まり返る、誰もいないオフィス。


ああ…誰もいない空間ってとても懐かしく、とても落ち着く…。


女一人で仕事なんて、カワイソ〜とか言われそうだが、そんな事は無い。


確かに、残業は願い下げだ。普通なら、お断りだ。


・・・だが・・・私は、この仕事が大嫌いという訳じゃない。

…正直、心底面倒臭いんだけど、大嫌い!という訳ではない。


仕事よりも嫌いなのは、人間。人付き合い。

男女関係は無く、人は嫌いだ。


私が、女達にこうもグイグイ好かれるのは…女難の呪いが掛かっているからだ。


・・・別に作者が百合ネタ大好きだから、主人公の私が女に好かれる傾向が高い、という訳でもない。

 ※注 ………作者的にはノーコメントだ。コノヤロー。






だから、ややこしい女にばかり好かれる。

だから、ますます私の人嫌いに拍車がかかった。


だが、この呪いの恐ろしい所は、自分の望む…一人という幸せな状況が訪れにくい…という所にある。


勿論…仕事をしていく限り、人間関係を全て断ち切れる訳ではない。

多少の人間関係ならば、それも何とか耐えてきた。


だが…最近は、耐えられない。


何が悲しくて、好きでもない人間に追い掛け回されなくてはならないんだ。

好意は、時に凶器だ・・・




こうして一人で、平和に仕事が出来るだけでも、私にとっては、奇跡的に幸せな事なのだ。



だから、自分の仕上げる仕事も、パソコンの画面にヘルプで出てくるキャラクターも好きだ。(特にイルカと犬。)


・・・・・・・・さすがに、後輩の門倉さんみたいに、PCやら、キャラに名前は付けたりしてないけど。




”カチン。”



「…あと、ファイル1つで終わり。…んん〜!」


ENTERキーを押して、軽く背中を伸ばして、私は時計を見る。


「・・・・・・お、新記録。やっぱ、人いないと作業はかどるわぁ…独り言言いたい放題だし。」


※注 仕事が出来る出来ない関係なく、水島さんの器用さと独り言率は、ドンドン上がっているらしい。



何は無くとも、給料の為。


お金が無ければ、御飯も食べられないし、電車賃もない、平和な我が家にも引きこもれないのだ。



そうだ。私は、労働して、合法的な資金を得て、平和に…



「あ〜ぁ…平和な我が家に引きこもりたい…。あぁ、ダメだ…気持ちが沈むな。」
 


そうだ。休日こそが、今の私にとって、最高のご褒美なのだ。


いつもの頭痛が来ないうちに、サッサと仕事を終わらせてしまおう。



「あ・・・”一人鼻歌イントロ・ドン”でもするか。・・・ふふふ〜ん、ふふふ〜ん・・・・・マジンガー・・・

 あ、やべぇ、途中から歌ちゃったよ…。」



※注 水島さんは、25歳の社会人です。







[ 水島さんは、またしても残業中。 〜随分前にやったアンケート結果・SS〜]







「・・・・・・いるわね・・・彼女・・・。」



私、花崎翔子は、事務課のドアの前で聞き耳を立てていた。



いつも通り企画課の仕事を終えて、いつも通りの時間帯に帰宅する予定だったが

もしやと思い、事務課に寄ってみて本当に良かった。






・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。






・・・このパターン・・・前にも無かったかしら・・・?





・・・・・・・まあ、それはこの際、良いでしょう。



前回は失敗したけれど…それは、シミュレーションのし過ぎで、タイミングを逃してしまった、と言うのが敗因。


私は…同じ過ちは、犯さないわ。


いや第一…過ち犯す以前に、私ドアに鼻潰されて…って、誰も過ち犯してないわよ!

いや、アレ…あの、別に…その…”過ち的な行為”を水島さんにしたかった訳じゃなくて…

その、軽くその…触れ合う程度の…いや、触れる場所はね…そんな場所じゃないわよ?

そもそも、そんな場所って、どこ?というか…私はただ…


※注 この後、独身女の言い訳がエライ長く続くので、省略します。ご了承下さい。




この日の為に…すでにシミュレーションは完璧に済ませてある…。

…まず、扉を開けて…挨拶…そして…いや、別に”過ち的な行為”を水島さんにしたかった訳じゃなくて…



※注 作者の独断で今回のシミュレーションは、省略いたしました。ご了承下さい。




「……よし…」



「…あら、随分と気合十分ね?花崎さん。」


(…くっ…!)

ひっくり返りそうになる声をなんとか、抑えて私は後ろを振り向いた。

なんて事だろうか…こんな時にあの女と出くわすなんて。



「・・・・・あら・・・阪野さん、お疲れ様。」




相変わらず、社内で不必要な程、色気を振りまいてる、副社長専属秘書…阪野 詩織。

私にとって、正反対の性格と位置にいて…私の恋のライバルの一人。


そんな関係だから、社交辞令の挨拶から、私と阪野の会話は続かない。

阪野は、相変わらず人形のような笑顔を浮かべて言った。


「…よしましょうよ。変にお互いの腹の内を探ろうなんてしなくても…目的は一緒でしょ?

 いるのよね?彼女。」


ゆっくりと、プレッシャーをかけるように、そう言った。


「・・・・・・・・・・・・。」



彼女、とは…勿論、水島さんの事だ。



何故、こんなに水島さんという女性は、こんなに女性を惹きつけるのだろう。


私は…彼女に自分の課のトラブルを救ってもらった事がある。

その時、私自身も…彼女に助けられたのだ。


…彼女の強い瞳が忘れられなくて、振り向いて欲しくて。

彼女に触れたくて。彼女に触れて欲しくて…。



そう、女の私は、女性の水島さんの事が好きになっていたのだ。



そして…気が付けば、彼女に好意的な…勿論、その好意は、友人の域を越えたものだというのは

私も持っている感情なのだから、気付いている。


そんな好意を持っている女性が、彼女…水島さんの周りに多過ぎる。


水島さんを好きになった当初は、女性が女性を愛するなんて事に戸惑ってしまった私だが…

阪野を始めとした女性達をみているうちに…そんな戸惑いは吹っ飛んでしまった。


…前は、レンタルビデオ店で、”オードリーヘップバーン”関連の映画や『○リズン・ブレイク』や『SexAndThe●ity』を見るくらいだったのに。

・・・・・・・・・・『Lの○界』にも、見るようにもなった。

…いや、オードリーの出演作品にも、女同士の恋愛表現を含む映画はあったわね。

何はともあれ…少しは勉強しておかないと…イザという時・・・・・・・・



いやいやいやいや、今は、それはどうでもいいのよ。そうよ。



とにかく、阪野詩織は、私のライバルである事なのは、不動の事実。

事務課で残業をしているであろう、水島さんを…


水島さんの残業が終わった瞬間…この阪野詩織という女が、水島さんにその毒牙を向ける事は、容易に想像できる。


……………………わ、私はしないわよ!!そんな事!・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・まだ。



  ※注  今回は、一番最後に本音がでちゃう、残念な花崎課長を主人公にお送りしております。スイマセン。





「貴女のその反応…どうやら、彼女一人で中にいるようね?」


阪野は、更に余裕を含んだ微笑をこちらに向ける。



「…水島さんは、仕事中よ。」


私はドアの前に右手を差し出した。

だが、阪野が動く事は無かった。


「…そうね。だから、花崎”課長”も待っているんでしょう?」


そう言って、阪野はドアの向かいの壁に背中を預けた。




「…貴女…どうして、水島さんに…」


私がそう聞くと、阪野はまた人形のような微笑を浮かべた。


「・・・・・・・どうでも良いじゃないの。そんな事は。

 気になるのは…私が彼女にどんな用事か…じゃないの?花崎さん。」


…確かに、そうだ。気になる。

どんな用事なんだろう。


阪野は…水島さんとどこまで進んでいるんだろう。

阪野は…水島さんをどこまで知っているんだろう。



もしも、彼女が…水島さんが…阪野を選んでしまったら。



私の恋は・・・



「…そうね。気にならない、と言えば嘘になるわね…。」



水島さんが誰かと…


そう思うだけで、私は・・・私の中に醜い嫉妬が生まれるのを感じる。

ただでさえ…ままならない恋なのに。

私の気持ちは、見えない何かに振り回されて乱れていくのに…それでも…まだ。


水島さんが好きだという想いだけが、くっきりと残る。


私は、阪野と同じように、事務課のドアの向かい側の壁に背中を預けて、腕を組んだ。


互いが互いの目をしっかりと捉える。


”本気なのね?”

”勿論よ。”


阪野の表情から”お人形”が消え、本来の阪野詩織の表情が見えた。

・・・おそらく、これは・・・水島さんの影響だろう。


人を…こんなに変えてしまうなんて…本当に、水島さんって人は…。




『ふっふふふ〜ん…』



私と阪野の間に流れる不思議なメロディー…メロディーというか、脱力感いっぱいの・・・・・・単なる鼻歌。



「・・・・・・・。」

「・・・・・・・。」


でも、この声質………水島さん…?

なんか、すごく私の中のイメージと違うけど…。


でも。


そのイメージとの差が…なんか…カワイイかもしれない。


『ふふ〜ん…』


「…意外ね…水島さんが、鼻歌なんて…」

ぽつりと阪野が言った。


『ふっふっふ〜ん…』


「ええ、そうね…。」

私も、ぽつりと返した。


『ふっ…ふぅ〜ん…』



「・・・・・・あら、嬉しそうね。花崎さん。」

「・・・え?そ、そう?」


私は、頬に手をあてて、頬の緩みを確認していると、阪野は意地悪く笑っていた。


「…”ギャップ”にちょっと感じちゃった…とか?」

「な、何言い出すのよ・・・。」



『ふっ…ふぅ〜ん…』


確かに・・・・ギャップに少しテンションが上がってしまったが…感じるって…。



「私は、感じたけど。」


サラリと阪野はそう言い切った。

って…こ、小指を噛むな!!阪野!


「…ま、前から言いたかったんだけど…阪野さん…貴女、そういう発言、女同士でも控えた方が良いわよ。」


同じ女性として…そういう軽はずみな発言されても、困る。

気心の知れた女友達でなければ、そんな話題するはずもない。


いや、大体私の女友達は…今、ほとんど結婚してしまっているか、結婚を半ば諦めて、恋愛止まりで、仕事に生きている。


だから…こういう会話が発生するのは…もはや、この阪野詩織くらいになってしまった。


「私は、素直に、自分の感情を表現しただけ。」


「感情?…欲望の間違いじゃないの?(そして、小指を噛むのを止めなさい…。)」


「…ムッツリさんに言われたくは、ないわね。」

「むっつり?」


私がそう聞き返すと…阪野は、実に楽しそうな笑みを浮かべた。


「花崎さんは・・・ムッツリス・ケ・ベ♪」

…最後のスケベだけ、ゆっくりと人差し指で、私を指しながら。

「・・・・・・・・・・・・。」


『ふっふふ〜ん…』



「・・・な!?誰が!…名誉毀損で訴えるわよ…。」

「残念…この状況じゃ、名誉毀損は成立しませんわよ。大体…名誉も何も、今いるの貴女と私、2人じゃないの。」


「・・・・・・。」

本当に、優秀な秘書だこと…ッ!本当に、私の嫌いなタイプ…!


『ふ〜ふ〜ふ〜ん…』


「そもそも、どうして私が・・・その・・・ムッツリなのよ!?」


「あら…自覚もないの?」

「……こ、根拠は…?」


『ふっふ〜ん…ふっ………ふ〜〜〜〜ん。』



「・・・あらまあ・・・根拠…そんなもの、必要?」


自分で言い出しておいて、何を言うの?このエロ秘書…!


「……大体…貴女、私より年下よね?阪野さん。口の利き方が…」

「あら。今時、歳なんか、気になさるの?年功序列派?花崎さんは。」


「・・・・・・。」


・・・・くっ・・・・口で、勝てる気がしない・・・・!悔しい・・・!卓球なら、負けないのに・・・・!!


※注 花崎さん早くも敗北宣言。



「・・・・・・・・・・。」

「・・・歳も、性別もどうでもいいの。私は、ね。・・・気にしていたら、自分を見失うわよ。自分の手にしたいモノですら、ね。

 私は、水島さんが好きなの。そこは、譲れないでしょ、貴女も私も。」


「阪野さん…?」


私は…随分、阪野は、表情豊かになったのだな。と思った。





阪野は…水島さんの微妙な鼻歌に聞き入るように目を閉じて、微笑んでいた。


・・・あんなに嫌な女だと思っていたのに、こんな彼女を見ていたら・・・敵視しにくくなってしまう。


水島さんは、彼女に何をしたんだろう。


こんな穏やかに笑うのが、本来の阪野なのだとしても…


…私の知らない水島さんを…阪野は知っていて…。

阪野の知らない水島さんを私は、知っている。



「…実際、自分でも不思議よ。女性にこんなに惹かれるのは。

 だけど…普通の生活していても…あんな人そうそう出会えないって、諦めさせてくれないのよ。

 私の中の何かが。」



「・・・・それは・・・解るわ。私も…そう思う。」


阪野が口にした一言は、一種の恋の愚痴に近い。

恋をして、いくらウキウキしていても、片想い。やはり、どこかで不満は溜まっていく。

本人に伝わりきらない想いのやり場は……自分の中に溜まっていく。

…もしくは、こうしてどこか適当な場所で吐き出すのだ。


「阪野さん。」

「なあに?ムッツリさん。」


「……譲らないわよ。エロ秘書には。」

「……フッ…良いじゃない、その敵意むき出しの顔。女の汚い所…隠さず、イイ感じで滲み出てきてるわね。」

「・・・だって、相手も女ですもの。隠したって、バレるんじゃない?」

「ふふ…そうね。」


ニッコリと笑う私達。

決して友達なんかじゃない。


共通点があるだけ。


それは・・・・


”…ガチャ。”



「・・・イテテ・・・・・・・・あ。」


「・・・・・・・・・・・・・。」

「・・・・・・・・・・・・・。」



”・・・・ぱたん。”



ドアを開けた私達の共通点こと”水島さん”は、私達の顔を見るなり、表情を凍りつかせて…ドアを静かに閉めた。



「ちょ…!ちょっと、水島さん?残業、終わったんでしょ?」

「今、逃げた?逃げたわよね?なんで、閉めたの?」


私達は、ドアを開けて素早く事務課の中に入り込み、水島さんに話しかけた。

彼女はビクリと身体を強張らせた。


「い、いや・・・あの・・・と、トイレ行こうと思っただけで。ま、まだ、仕事は残っ…」


「…PCの電源落としていくの?水島さん。」

「残業のファイルは?水島さん。」


いつも肝心な時に逃げられている私達は、ある意味…ムキになっていたのかもしれない。

ズンズンと水島さんに向かっていくと、ズンズンと水島さんは後ろに後退していく。

やがて、コピー機に背中をつけた水島さんを、私と阪野は”優しく”二の腕を掴んだ。


阪野も私も…一人なら、水島さんに嫌われることを恐れて、あまり無理強いは出来ないのだが…



「・・・あ、あぁ・・・・あの・・・」




本日は、2人。


私が退けば・・・・・・阪野に持って行かれる危険があるからだ。




水島さんは、交互に私達の顔をみると、決心したように言った。



「・・・あの、お食事まだなら、行きませんか?3人で。」


・・・若干、水島さんの顔が引きつっているのが気になったが・・・その申し出はものすごく嬉しかった。


不器用な人だから、作り笑いも苦手なのね…。

こういう所がカワイイというか…


※注 以下省略します。




ー 1時間後 ー



私と水島さんと阪野は、軽く食事をしようという事になった。

水島さんについて行くと・・・”ジ・オ”という名前の店に着いた。

中に入ると…薄暗くて…とても食事する雰囲気とは思えない店内だったが…

店内の匂いは、とても良い。

だが、とにかく陰気な雰囲気で…人が殆どいない。静か過ぎる。


それも…無口なマスター(無表情)に無口なウェイトレス(無表情)が1名いるだけ。

そして、この店は全室…個室の様式になっていた…


以上の情報から、阪野と私は納得した。



・・・これは、水島さん(人間嫌い)好みだわ。と。



「・・・・・・・・。」

「・・・・・・・・。」


店の奥の部屋に案内された。

赤いカーテンを開けると、丸い部屋になっていた。

黒く丸いテーブルに、それを囲むように壁と椅子があった。


個室は、店内より少し明るいくらいだが…依然として、全体的に薄暗いのは変わらない。


(水島さんって…本当にプライベートが、よくわからないわね…。)


それは阪野も同様なのだろう…珍しく、周囲をキョロキョロしていて、落ち着かない。


「いらっしゃいま……メニューをどぅ・・・。」


・・・やって来たウェイトレスの話し声は弱々しく…語尾が聞き取り辛い。


「…あ、ありがとう…」「ど、どうも…」


メニューは文字ばかりで、写真がない。

(あ・・・意外と良心的な値段ね・・・。)



「…タンシチューまだ、ありますか?」

「・・・(コクリ)。」

「…じゃあ、それのセットで。パンは…」

「いつもの米粉で…?」

「あ、はい。」


サクサクと水島さんは、注文した。


「ねえ、水島さん…おススメってある?」

阪野は、初めて来る店に戸惑いを隠せないらしい。

・・・いや、私だってそうよ!


少し考え込んだ水島さんは…

「…なんでもイケますよ。」

とケロリと言った。


(そ、その回答が一番困るのよ…!!)

と思いつつ、私は「じゃあ…水島さんと同じので…」と言った。



「私も同じので…あ…お酒飲む?」


阪野の提案に私は乗った。

・・・・別にお酒に酔わせて、なんて考えてないわよ。ホントに。・・・・・・まだ。


「…そうね、せっかくだもの…あ、水島さんは?一杯くらいなら、どう?」

と私が進めると、少し考えた水島さんは

「…あ、はい。じゃあ1杯だけ…。」

と答えた。


すると、ウェイトレスは、静かに言った。

「マスターおススメのワインがありま…」


静か過ぎて、やっぱり語尾が聞こえないのが気になるのだが…。


「じゃあ、それ、グラスで一杯ずつ。」


ウェイトレスは、コクリコクリと、静かに頷くとカーテンを閉めて去っていった。


「…ねえ、よく来るの?ココ。」

水島さんの左隣から、阪野が距離を縮めながら、そう聞いた。


「え…ええ、まあ月に1度くらいですけど…あの、ちょ…近いんですけど、阪野さん…。」


私は、阪野に”近付き過ぎだ”という警告のつもりで足で、阪野の足を軽くつついた。


「こういう雰囲気のお店…初めてなんだけど、静かで良いわね。」


ニコリと笑ったが、水島さんはチラリと私の顔を見て、すぐに逸らした。


「・・・ええ。」


「…おまたせいたしまし・・・。」


赤ワインが3人分運ばれてきた。

「…へえ…良い香り…どこの?」

と阪野が、ウェイトレスに聞くと…。



「・・・・・・・・・・(ニヤリ。)」


謎の微笑み(?)を残してウェイトレスは去っていった…。


・・・ふ、不安・・・このワイン・・・大丈夫かしら・・・?


「・・・・・・・・。」
「・・・・・・・・。」


「じゃ…じゃあ、か、乾杯でもしておく?」

と私は、とりあえず乾杯を促した。


「「「乾杯…。」」」


薄暗い店内は、私達は3人だけらしく、静かなままだった。


「あ、本当に美味しい。このワイン…」

思わず、言葉が零れた。

日本酒や焼酎を飲んでいる私だが、このどこで製造されたのかわからないワインが

とても美味しいと感じてしまうのは、珍しい事だった。


やがて、水島さんも私達の様子をみて、少しだけ口に含んだ。

「…あ、ホントだ…」


なんだか、とても驚いた様子だったので、私は聞いてみる。

「水島さん、もしかして…初めて飲んだ?」


「ええ、私…あまりお酒飲まないんです。苦手、というか。」

そうだったのね…以前、社員旅行で飲んでいたから、てっきりそれなりにいけるものと思っていたのに。

苦手だったのね…。


「あら、じゃあ…そう言ってくれたら良かったのに。無理させちゃって…」

阪野は、申し訳ないわと言ったが、水島さんは”いえ、大丈夫です。”と相変わらずな返答だった。


その内に、タンシチューのセットが運ばれてきた。

タンシチューにコロッケ・サラダ・パン(好きなパン選べて、食べ放題)のセット。


「・・・ん・・・。」

「・・・美味しい。」

「ホント…!」

私と阪野さんは、思わず水島さんを見た。

作ったのは、水島さんでは無いが…彼女が連れてきてくれた店で、出会ったこの料理に、私は素直に感動していたのだ。



「そうですか。良かった…。」


水島さんは、そう言って少し笑った。

パンにシチューをつけて、口に含み、美味しそうに咀嚼していた。



人は、美味しいものを食べた時、笑顔になるって本当…。


(…水島さん、こんな表情もするんだ…)と私は、少し胸が高鳴った。

食事中だというのに、すっかり手を止めて、見入っていた。

それは、阪野も同じだったらしく、阪野もフォークを止めて、水島さんを見ていた。


「・・・・ん?」

やがて、私達の視線に気付いたのか、水島さんが私と阪野を交互に見た。

慌てて私達は、目線を逸らしてワインを飲み、食事を続けた。


絶品、と言っても良い。シチューもコロッケも美味しい。

サラダも、特にドレッシングが美味しくて…一体何が入っているのか気になったのだが…。

さっきのワインの一件で、聞いてもきっと教えてくれないでしょうね、と私は諦めた。




その後。

3人で、ワインのおかわりをもらった。


マスターもウェイトレスも、相変わらず必要以上の事は話さないらしく。

私達が店を出る時、静かに頭を下げた。


そして、店を出た私達は、駅まで歩いていた。


「…あぁ、美味しかったわ…意外な穴場ね。」


阪野は、最後まであのワインの品名を知りたがっていたが…ウェイトレスもマスターもニヤリと笑うだけで教えてくれなかった。


”♪〜♪〜”(仁義なき戦いのテーマの着メロ。)


「あら…はい、阪野です。はい…はい…ごめんなさい、ちょっと失礼。」


どうやら、副社長からの電話らしい。

阪野は途端に、表情をキリッと変えて、私達から少し距離をとった。



・・・・・・・・・・・。



・・・・・・・あれ?



・・・・・・・・・コレ・・・・




・・・・・・・コレって・・・・・・・・・チャンス?


そうよ。チャンスよ…前半、まさかの阪野の登場に、グダグダになったけれど…

これは、チャンスよ…翔子…最高の笑顔で振り向くのよ…



「…本当に…本当に今日はありがとう!…水島さ…」


そう言って、私が振り向くと…



「・・・・・・・はぁい?」





・・・・・・・・・・・・・・。




水島さんの顔は真っ赤で、足元がフラフラしていた。


「・・・・・ちょ、ちょっと!水島さん!?大丈夫?」

「あ…うい。」


大丈夫、と言う意味なのか、右手を上げる水島さん…だが、それはどうみても大丈夫じゃない。

ワイン3杯で、こうなるなんて…酔いやすいのね…………あ、カワイイ…。


「あぁ…酔いって、後から来るのよね…大丈夫?水島さん。肩貸すわ…」

「あ、はい…少し休めば…。」


そう言うが早いか…水島さんの方から、もたれかかってきた。

私より少しだけ身長が高い彼女を私は、両腕でしっかりと支えた。

初めて…こんな至近距離で彼女を見る事が出来た。

初めて…彼女を、両腕で抱き締める事が、出来た…。


(・・・あ・・・意外と…肩の筋肉しっかりしてて…でも、やっぱり、女性ね…腰が思ったより細くて…柔らかい…)


私は、両腕に掛かる重さと、感触に一種の幸せを感じていた。

こ、こういう…絵に描いたようなハプニングが…まさか、本当に起こるなんて…


いや!それよりも、酔った水島さんを休ませなければ・・・・!



ん?・・・休む?



休むって…それは……きゅ、休憩的な事?



いや、違う!ホテル的な事なんか考えて無いわよ!私!ちょっと!違う!


でも、チャンス?

いやいやいやいや!お酒の力を借りるなんて…!



『ヤッちゃいなさいよ…今、阪野、出し抜かないでどうするの?』

(え・・・?)


『止めなさい!こんな手段…水島さんを傷つけるに決まってるわ!』

(あ・・・?)


『うるさいわねぇ…良いじゃない。意外とこういうイベントからフラグ立つのよ。』

『ダメよ!課長という立場で、しかも同じ女性に対して、何を考えているの!もうすぐ30歳よ!』



(い、いやあああああああ!こんな時に、私の中の悪魔と天使の囁きが…!)



水島さんに寄りかかられて、ただでさえ動揺しているのに…!

いい年して・・・!私は・・・!!


阪野が戻ってくる間に、結論を…!!


と、私が…妙な事にあれこれ、迷っている間に、私と水島さんに声を掛けてくる男性が現れた。

随分とガタイの良い、サラリーマン2人組だ。

どこかで飲んできたのだろう、しまりのない笑顔で、ややスーツが乱れていて、だらしない。


「アレェ?お姉さん、酔っ払っちゃった?良かったら、僕ら運びましょうか?」

「俺ら、元・ラグビー部ですからー」


確かに、私の抱えている人が、水島さん以外の女性なら、預けたかもしれない。

だが…私は今、この時だけでも…この両腕にかかる重量がすごく幸せで…!!


「…あ、いや…私、連れがいるので。」

「遠慮しないでいいって!そっちのお姉さん、俺が運びますよ。」


そう言って、陽気に近付いてきたガタイの良いサラリーマンからは…酒の匂いが嫌でも臭った。


「…こっちのお姉さんは、俺が。」

「え?ちょっと、私は大丈夫…」

「酔っ払いは皆そう言うんですよーあっはっはっは」


(アナタに言われたくないわーッ!!)


・・・一見、親切・・・だが・・・・・彼らにはやはり・・・・・下心が・・・ある?



「ちょ、ちょっと!私達、大丈夫です!…は、離して下さい!離して!」



…というか!私の幸せを奪うなーッ!


※注  本音。




その時…。


「…水島さん?」


ゆらりと、水島さんの身体が、私からゆっくりと離れた。

水島さんはまだ足元がフラフラしていたが、立っていた。


そんな水島さんを支えようと、ガタイのいいサラリーマンAが、少ししゃがんで、彼女の腰に触れた。


「ちょ、ちょっと!彼女に触らないで!!」


私が制止したのにも関わらず、サラリーマンは陽気に笑いながら、水島さんを運ぼうとしていた。


「あーはいはい。大丈夫。お姉さん、無理しないで…あ、なんだ…こっち(水島さんの事)はハズレか。」


一方、水島さんは、頭をボリボリと掻いたかと思うと…自分の右腕を掴んでいたサラリーマンをチラリと見た。




”・・・・ゴンッ”


水島さんの右足が…高々と上がったかと思った瞬間、それは下に降ろされた…。

…サラリーマンAがしゃがんでいたのが、災いしたのかもしれない。



・・・・『踵落とし』・・・人はその技をそう呼ぶ。


サラリーマンAは頭を抑えて、ぐおおおっと悶えていた。


「・・・み、水し・・・。」


それをみていたサラリーマンBは、水島さんの脇から太い腕を通して、抑えた。

「ホラ、お姉さん…暴力はダーメ…」


言うが早いか…

”…ガン!”


水島さんの頭が、サラリーマンBの顔面にヒット。

「…はいはーい。」

そう言いながら、腕が離れたと同時に、水島さんは更に、振り向きざまにサラリーマンBの顔を殴った。


(・・・嘘・・・水島さん・・・・・・酔拳・・・?)


衝撃的だった。

彼女が、酔って…人を殴ってしまうなんて…。


だが、すぐに水島さんは地面に膝をついた。


「・・・ってえな・・・!」


サラリーマンBが、水島さんの後ろから今にも殴りかかろうという勢いで、睨んでいた。


迷っている暇は無かった。


元・卓球部の私が…こんな事をするなんて…想像もつかなかったけど…




この私が、男性の股間に思い切り・・・・・・・・膝を…。




「………!!!」

声にならない声で、男性は悶えていた。





私は、その場に立ち尽くしているしか、出来なかった。


水島さんは、やっぱり足元がフラフラしていた。


目はいつもより、眼光が鋭かったが、やがて…いつもの目に戻った。

※注 恋する花崎フィルターを通さず、この文章を訳しますと…

 『目はいつもより死んでいて腐っているようで、怖かったが、やがて、いつもの死んだ魚の目に戻った。』…です。勘違いしないように。


フラフラする水島さんは、ゆっくりとこちらに歩いてきた。


「…どうかしました?」


・・・・・・・・・・・・・・・・。


「…それ、私の台詞。」


「大丈夫でした?」

「だから、それ…私の……」


・・・・あ。


…今、水島さん…大丈夫?って…心配してくれた。


…もしかして…サラリーマンを殴った原因って……私なの?


水島さん…私を、守ってくれた…?


「ねえ、水島さ…」


確かめようと私が口を開くと同時に、電話を終えた阪野が戻ってきた。




そして瞬時に…状況を把握した阪野は、タクシーを呼び、この場からの撤退を私達に促した。


「花崎さん、行くわよ!乗って!」


「・・・え?」


「警察なら、呼んでなくても今、来るわよ…警察沙汰になったら、揉み消すの大変なのよ!行くわよ!」

※注 阪野さん問題発言。



水島さんを乗せて、私達はすぐにその場から立ち去った。









「・・・フフフフフ…あーもーダメ…笑ってお腹イタイ。本当に、不思議な人ねェ…」


阪野はタクシーの中で笑っていた。涙を浮かべて大笑いしていた。


「こっちは笑い事じゃないわよ…。」


水島さんを真ん中に、私達はタクシーに乗っていた。


「これ、もしかして例の謎のワインの効果かもしれないわよ?」


私はそう言ったが、阪野は笑っていた。

いくらお酒に弱いと言っても、こんな漫画みたいな行動…そうそう水島さんのような人、出来るわけが…


・・・・・・・・あ、ダメ。なんか、出来そうな可能性があるわ・・・。(泣)


それに…もしかしたら、私を守る為に、彼女が無理をしてしまった可能性だって…

だったら、嬉しいかも…。いや、暴力はダメだけど…ね。


※注 自分の金的は棚に置いた花崎課長。


「あら、花崎さんもそんな冗談言うようになったの?意外。」

「あのねぇ…貴女、あの現場にいなかったから、そんな風に言えるのよ?」


「あら…じゃあ、花崎さんは水島さんを諦めるのね?」

「どうしてそうなるの?」


「そういう意味じゃないの?酒癖の悪さに…」

「違います。絶対に、諦めません。」


「あら、しぶといオンナ。」

「貴女こそ。」


一方、当の水島さんは、タクシーの中で、本格的に眠り込んでしまった。


水島さんの部屋に、彼女を送り届けるまで、私達はタクシーの中でひたすら騒いでいた。


傍からみれば、女友達3人で騒いでいるだけに見えるのかもしれないが…。


私達は、単なる友達じゃない。



だけど…一緒にいて、楽しかった事は、認めるしかない。




・・・・たまには、こんな夜も、あっていいかもしれない・・・






ー 後日談 ー



「なあなあ、知ってる?最近…通り魔出るんだってよ。」

「あーまたかよ。嫌だね〜…また、ナイフか?」


「いや、素手。素手なんだよ。空手技使ってきて、最後は…タマ潰されるらしいぜ。」

「うわ…ひでえ事しやがるな・・・。」




「花崎課長、企画書直しました、チェックを・・・・あれ?どうしました?課長?」


「・・・・・・・・・・・あ・・・いや、別に・・・うん。」


そして、通り魔は、都市伝説となった・・・。




ー 後日談 2 ー





「さすがね、水島さん…。ネオ・ダークネクロマの幹部を倒すなんて…。

 今回、私の出番は無かったようね…。でも、待っていてね水島さん…必ず、光の石を見つけて…

 いつか、貴女を許しきって戻ってくるわ…。」



影山素都子は、城沢のビルを見上げながら、そう呟くと、ライダースーツのジッパーを再び閉じて、バイクを走らせた。





ー 後日談 3(もういいよ) ー



「はい…”酔拳3”ご返却ありがとうございました〜。」


「・・・ふーむ・・・ジャッキー●ェンのアクションは、好きだけど…やっぱりシティーハン●ーだけは、納得いかないわね…。

お、アンダーテ●カーとブロッ●レスナー戦?次回は、コレ借りるか」



「なあ、あの常連OLさん…この頃…アクション映画ばっか借りていくな。」

「いや?●WEとか、●ッスルマニアとかも見るぞ。あのOLさん」


「うわ、すげー…多趣味。」

「いや、雑食っていうんだよ、ああいうの。」





…水島さんの酔った時の行動は…前日に見たDVDが原因だったり、する。





―後日談4(いい加減にしろ)―



「マスター…あの人、また来ないかな…」


「・・・・・・(デミグラスソース仕込中のマスター)」


「ねえ、マスター…実は、私…あの人のワインに…」


「・・・・・・・(首を横に振るマスター)」



「……そうね。あの人なら、また来てくれるね・・・ちゃんと、生きて・・・ココに・・・フフフ…フフフフフフ。」





・・・・・・ええと・・・水島さんは・・・どうなっちゃうんでしょうね・・・。




水島さんは、またしても残業中・・・・END







あとがき。


・・・アンケート結果に基づくSSでした。

花崎さんメインですが、阪野付きでした。スイマセン!!


アンケートでは、なるべくご意見を取り入れようと(普段リクとか、やらないから)頑張っております。

普段からアレやコレとリクエスト受け付けていると…大変なので…(いやぁ…前は一部のアレが、色々酷かったんで)

これは、たまに行うアンケート内で、展開の希望や、ネタへの希望を聞いたりしてます。


あくまでもリクエストでは無く…ご意見いただいて、参考にさせていただいてます。

全て取り入れるという器用技は出来ないんです…ぐふっ!(吐)



次回アンケートは…火鳥方面が落ち着いてから、またやろうかな〜と思いますが…いつになるんだろう。


ちなみに、今回のSSは『花崎さんには、なんか幸せになってほしい』というご意見を取り入れてみました。

結構、花崎さん…乙女モードから、ムッツリスケベモードに変わってましたけど。(笑)


・・・まあ、随所になんか幸せ要素?入れました。


そして、何気にヤンデレ、と。

・・・ええ、結局・・・酒と笑いとスト子で誤魔化す、というね・・・SSでした・・・(殴)


はい…管理人・リハビリ作品でした〜。

申し訳ありませんでした!アンケートにご協力いただきました皆様ありがとうございました!!!