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暑い。

会社のクーラーに慣れすぎてしまっているせいかもしれない。

女の身体は冷えやすいのだけれど、うちの課は男性社員が多い上に、外回りから帰ってくるのも多い。

他にも女性社員はいるんだけど、カーディガンは用意しているらしいが・・・殆ど身に着けていない。


自分一人ならなんとかなるし、自分だって外に出る事はあるし。

そう言い聞かせてはいたのだが、暑い外と寒い屋内の行き来は、30手前の女の身体に堪え・・・


(堪えるに決まってるじゃないのッ!私、冷え症なのよっ!!)


今度は寒い。

会社のクーラーの設定温度のせいかもしれない。


花崎翔子(29)は、その日溜まりに溜まった不満が爆発しそうになっていた。

設定温度は23℃ 風量は最大。ホッキョクグマが快適さで笑みを湛えそうな温度だった。

カーディガンを羽織り、ひざ掛けで足をしっかりと冷えからガード。

企画課で冬仕様なのは、彼女一人である。


「おい、見ろよ・・・花崎課長、鬼の形相で企画書作ってるぞ。」

「ひえぇ〜今、俺書類に判子を貰いに行こうと思ってたのに無理じゃねえか。」

「やめとけ。課長は鬼モード状態だ。電池切れるまで待ってるんだな。ははは」


「聞こえてるわよ。」



「「「す、す、すすすゃぁませぇんッ!!!(すみません!!!)」」」





花崎 翔子 (29歳)城沢グループ 企画課 課長 通称『鬼の花崎。』

企画課の人間のみならず、彼女を知る人間は第一印象から「あ、この人怒らせたら怖い人だわぁ」と感じるそうだ。


周囲の人間(一部を除く)は、花崎翔子が乙女な部分を持っている事を知らない。



そして、彼らが知らないことは、まだあった。




「なあなあ・・・あんだけ怖い花崎課長が怖がるものってなんだろうな?」

「ああいう人に限ってな、幽霊とか苦手ってパターンだぜ。」

「いや、それはいくらなんでも、ありきたりだろ〜」

「いやいや、あの人相手なら、幽霊の方が逃げるっつーの。」

「幽霊にまで説教しそうだよな?”いつまで成仏しない気なの?自縛霊で採算が取れると思ってるの!?”ってな!」

「あ、今の言い方似てるな!」

「だろ〜?あはは・・・」




「聞 こ え て る わ よ ?(怒)」




「「「す!?す、すすすゃぁませえええぇんッ!!!(すみません!!!)」」」



彼女なりに、部下の事は考えているつもりだった。



 『そうですね…叱られる時は、見せしめのような状態ではない方が、ありがたいですね。』


以前、水島という女の一言で彼女は軽い衝撃を受けた。

鬼の花崎、と呼ばれている事を知っていたし、仕事の為ならばと厳しくもしてきた。


だが、水島はスッパリと言い切った。

やり方が悪いのだ、と気付き、それからは自分の言動や行動を省みた。

一応、彼女なりに直そうと試みたが、先に怒号が出てしまう。

自分は・・・やはり”鬼の花崎”なのだ、とまた反省の繰り返し。


他にも、少し怒りすぎなんじゃないか、言い方が悪いんじゃないか、色々考えた。

考えたが、どうにも出来ず、今に至る。


部下との微妙な距離は、今まで気にも留めてこなかったし、あれから溝が深まった訳でもない。

だが、彼女はその微妙な距離を意識してしまっていた。


自分は上司だ。

部下を管理し、仕事を円滑に進める義務と責任がある。

だから、それなりに厳しく接する。

女課長だからって甘く見られないように。

自分のやりたい仕事をもっと進められるように。



だけど。



「あ〜でも、やっぱり鬼が幽霊にビビる姿は見てみたいな。」

「俺も俺も。お化け屋敷に放り込んでみてえな。」

「お前ら、ドSか。案外泣いて可愛いかもしれないぞ。」

「いやいや、幽霊を正座させて説教してそうだな。」

「「あーありえる!」」

「あー見たいなぁ〜!」



部下に恐怖の象徴として見られるのだって・・・本当は・・・。




「人をお化け屋敷に放り込む算段をする前に、自分の仕事を進めたらどうなの?今月の査定どうなっても知らないわよ!?」



「「「う、うわ!すみません!!」」」

「そ、外回り行って来ます!!」


(・・・まったく・・・。)



ちなみに。



自分にとって都合の悪い、そのものズバリの事を指摘されると大多数の人間は”怒りだす”という。







 [ リクエストSS 水島さんは残業中。〜花崎 翔子 編〜 ]






私の名前は水島。

悪いが下の名前は聞かないで欲しい。

年齢は25歳。事務課に勤める普通のOLだ。


・・・呪われて、女難の女になっている、という事以外は。



8月だ。夏だ。

私は、海だの山だのに興味は無い。

お盆は帰省しようかとも思ったが、複雑な事情を抱える実家には今帰りたくない。


「ただいま〜っと。」


今日も色々あった(女難)が、自宅のドアを五体満足、性的被害もなく開ける事が出来た。

すぐに扇風機のスイッチをつけ、窓を開ける。

スーツも何もかも脱いで、べたついた身体の汚れをシャワーで流す。

髪を拭きながら、テレビをつけると毎年恒例の怖い話特集だ。

怖い話の音声を聞きながら、晩御飯の準備を始める。

準備と言っても休日に刻んでおいた薬味を出して、素麺を茹でて、きゅうりとトマトとモッツァレラチーズを切り、その上からドレッシングをかけるだけ・・・なのだが。


『・・・その海水浴場は、とても人気なのですが、あまりにも人が多く・・・私達は、つい立ち入り禁止のテープの先に入ってしまいました。

その時は、まさか・・・あんな事が起きるなんて皆想像もしていなかったのです・・・。』


主役のアイドルのナレーションの後におどろおどろしい効果音が流れた。


(どうせ、立ち入り禁止区域の海で泳いでいたら足を引っ張られて、足首に手の痕がついてるってオチでしょ。)


早めに茹で上げた素麺を水道水で洗い、ぬめりを取ってざるで水気を切る。


私は、インドア派だ。

わざわざ人が集まる所には行かない。

そもそも、人が集まる所に行くという事は・・・疲れると相場が決まっているのだ。


インドア派と言っても、特に何かしようと思うことも無い。ただただ暑いので、部屋の中で本を読み、DVDを見て、アイスやら素麺等の食に逃げる。


2000円で玩具売り場から買ってきた、我が家の流し素麺機は今日もフル稼働である。

自分で山葵をすり下ろしながら、私はテレビを見ていた。



『その時・・・確かに、足に変な感触がありました。ワカメか何か・・・海草が引っ掛かってるのかな、と思って海中を見ると・・・』

『ゴボゴボゴボゴボボボ!!!!!』


CGだ。

CGの骸骨だ。

CGの骸骨に引っ張られているって設定を強いられている、アイドルのバタ足の映像が流れている。

・・・うん、怖くない。そして、山葵がすり終わりました。

流し素麺機に素麺を入れ2〜3周ほど、素麺を流れるプール体験させた後、箸ですくいあげる。


最近の怖い話は・・・CGが主体なのか。

なんだろう、急にホラー感が薄くなったなぁ・・・。


『先輩に助けられ、私は命からがら岸に辿り着きました。・・・そして、私の足首にはクッキリと手の痕がありました。』


「ほーら。」


私は、やっぱりなと思いつつ素麺をネギが入っためんつゆにつけて、山葵をつけてずずっとすすった。

この香りとツンと来る独特の辛み。通ぶってるけど、やっぱり山葵のおろしたては美味しいなぁ。



『その後、地元の人から”あそこは何人も崖から飛び降りた人の死体が流れ着く場所で立ち入り禁止になっているらしい”という話を聞きました。』


そもそも、立ち入り禁止って書いてあるのに行ったらダメだ。

幽霊が出る出ない関係なく。



『ちなみに・・・あの事があってから、私は・・・』

『おい!早く行くぞ!』

『あ、先輩!』

『オイオイ、まだ先輩かよ〜』

『・・・あ、ごめんなさい・・・アキラ。』

『ははっ行こうぜ!』


『私と先輩は・・・付き合ってマス☆』




・・・ねえ。

これ、怖い話だよね?怖い体験の再現VTRだよね?

ねえ、要るの?その後の主人公達の恋愛事情は、必要なの?怖さに含まれる?

要らない。それね、クソ要らないと思う。

主役のアイドルに気でも遣ったのか?気を遣って、最後無理矢理ハッピー感出さなくて良いんだよッ!!




さっぱりした夕飯を済ませ、私はそのままテレビを見ていた。

この手のオムニバス形式のホラードラマは、1,2本くらい当たり(怖い、もしくはオチが良い)がある。


・・・のだが。


『続いては、明日からすぐ行ける!日本のお化け屋敷巡り〜!』


なんだか、この番組はホラードラマの他にも手を出してしまうようだ。

日本各地にあるお化け屋敷にアイドルが潜入して怖がる様子を収めたVTRが流れ始めた。


”心霊現象”を娯楽の一環としてしか扱っていない感じが、なんとも現代らしいというか・・・。


『お次は・・・なんと!女性限定のお化け屋敷です!』


「・・・はい!?」


嫌な言葉が聞こえた。しかも、写ったのは・・・


『さあさあ!やってきました!百合やしきです!』


何故、私の住んでいる街はそういう方向に頑張ってしまうんだ・・・ッ!!


『百合やしきが、この夏に女性限定でお送りするお化け屋敷があると聞いて、TDFK47の峰内 みなみが体験したいと思いますッ!!』


(あ・・・このアイドル、髪だいぶ伸びたな・・・。)


 ※注 このSSはフィクションです!実際の人物、例の騒動とはまったく関係ございません!!


『羨やましんこ〜!!・・・はい、女子アナの谷本真子です!峰内さん!お化け屋敷ですよ!怖いの大丈夫ですか?』

『実はあんまり得意じゃないんです〜ていうか、怖いですよ〜!もう、入り口から冷気きてません!?』

『そうなんです!涼しくて、ここでゾクゾクして身も心も涼し・・・あれ?峰内さんは頭が涼しそうですね〜羨ましんこ!』

『ちょっと!まだ微妙な時期なんだから、イジるなら丁寧にイジって下さいよ〜!!』


・・・ホラーやる気あるのか?この番組。


仕方ない。レンタルしてきた、稲川ジョン次の夏の怪談セレクションDVDでも見るか。


『嫌だな嫌だな嫌だな〜って思って振り返ったら・・・そこに、さっきの女が・・・いるんですよ・・・!

赤い服をビチャビチャに濡らして・・・何かブツブツ言ってる!こっちに歩いてくるんです!その間ブツブツ何か言ってる!

どんどん、こっちに近づいてくる。何かブツブツ言いながら、どんどんこっちに来るんです!

嫌だな嫌だな嫌だな〜って思って逃げようと思っても今度は足が動かない。手も動かない、声も出ない!

体じゅうに嫌な汗が、どばあああっと吹き出てくる。呼吸だけは出来るんだけれど、まともに息なんか吸えない!

その間も女がぴちゃっ・・・ぴちゃっ・・・と近づいてくる!ブツブツブツ・・・まだ、ブツブツ何か言ってる!

とうとう、Sさんの目の前まで女がきて、ぴたっと止まって・・・ハッキリとこう言ったんです。


 ”こっち 来ないでよ”  』



 ”じゃーん。”




「お前がこっちに来たんだろ!?」

※注 こういう怖い話に、無粋なツッコミはやめましょう。


『後から聞くと、その道で3年前、ストーカー被害に遭っていた女性が、そのストーカーに殺されて亡くなったっていうんです。

更に、彼女。白いワンピースがお気に入りだったそうなんですが、メッタ刺しにされて・・・発見当時、大量の血で真っ赤に染まって、ビチャビチャだったそうです。

・・・そういう話がありました。』


(・・・やっぱり、ジョン次の話しは上手いなぁ。)


私はとりあえずDVDを停止させ、ニュースに切り替えた。

寝る直前くらいは、ホラーと縁遠い番組を見たい。・・・夢に出たら嫌だし。


 ※注 結局は怖がる水島さん。


そんなこんなで忘れていたが我が街唯一の遊園地・百合やしきに、期間限定+女性限定のお化け屋敷が出来ていた。

この屋敷が後に、私を地獄に突き落とす事になろうとは・・・まあ、大体予想は出来ていた。





「ねえねえ!行った?」

「百合やしき?行った行った!めっちゃ怖かった〜!」

「女性限定って言っても、女性同伴なら男も入れるらしいわよ?」

「いや〜連れてった男にギャン泣きされたら嫌だし。泣き叫んで、メイク崩れたの見られたくないしさ〜。」

「もう後半まともに歩いた記憶がないもん!怖すぎ!」


日に日に事務課には”お化け屋敷”の体験者が増えていった。

皆、口を揃えて、○○が怖かった、あのタイミングで来られたら泣く等と言って笑っていた。


・・・普段の貴女達の方が、色々怖い気がしますけど。と心の中で呟きながら、私は黙々と仕事をしていた。


普通のお化け屋敷と何が違うんだろう?

女性限定にする意味は・・・?


それが、少し心にひっかかっていた。

小学1年生の頃。やはり、父と私でお化け屋敷に行った。


商店街のおじさん達が作った手作りのお化け屋敷だった。


三階建ての小さいビルに、良く言えば手作り感満載・・・悪く言えばショボイの一言で片付けられる装飾が施された玄関が印象的だった。

ビニール製のテープを裂いただけの暖簾がついた、ふつうの民家と変わらぬ玄関。

赤ければ血になると思ってるのか、やたら赤い。梅津先生だって、ここまで赤を入れるくらいなら、もう少し白を取り入れてバランスを取る。

提灯から、看板から、挙句、描かれている幽霊の口からは全員赤い滝が出ている始末だった。

その幽霊も白い着物の女ならわかるのだが・・・描かれていたのは、上半身裸の男。

近所の同人誌を作っているお姉さんが絵を描いたそうで、やたら上半身裸の細身の男が目立っていた。

なんか、キャ○テン翼や聖闘士○矢とかで見たようなキャラもいたような気がしたが、絵柄が似ても似つかなかった為、よくはわからなかった。

牛乳パックや果物の入っていたプラスチックのケースで作られた角ばった・・・化け物の展示物。

やる気のない商店街の奥さん扮する幽霊にお辞儀をし、張り切ってしまっている商店街のおじさん達の脅かし声に「あー・・・あ、はい。」という残念なリアクションで答える。

正直、怖くはなかった。

作り手の苦労が見えたから。お化け屋敷としては失敗だろうけれど、たくさんのいい年ぶっこいた大人が子供を本気で脅かそうという姿勢が見えて、私はそれが楽しかった。

私と父はビルを一周し、その間、ずっと手をつないでいた。

確かに”楽しんでいた”のだ。



・・・最後の幽霊を見るまでは。



一通り見させられた後、最後は、これまた手作りの小さい神棚の前に入り口で渡されるお札を神棚にお供えして、代わりに商店街のクーポン券を取る、という事をやらされる。

テーブルの上に置かれた神棚の脇には、ボロボロになったぬいぐるみの山があった。正直、どの作り物よりも不気味だった。


そして、クーポンを取ろうとした瞬間、ぬいぐるみの山の中から、町内会長の奥さんが頭を左右に振りながら奇声を上げて出てきた時、そこで私は泣いた。

マンドラゴラを擬人化したら、きっと・・・こんな感じかもしれない。

これは、人ではない。魔物だ。


その動きを見て、10人中9人は、これは人ではない!と思う程の動き。


その後、町内会長の奥さんは、その町内の子供達のトラウマになった。


挙句、お母さん達から「ちょっと、うちの子が親の言う事も聞かず、夜更かしするんで・・・」と依頼があれば

幽霊に扮装し、言う事を聞かない悪ガキの元へ出張し、不意をついて脅かし、数々の悪ガキをギャン泣きさせ、ちょっとした有名人になった。


(怖かったなぁ・・・町内会長の奥さん。)


懐かしさに、つい顔が緩む。

子供の頃は、まだこんなに人嫌いじゃなかったし、割と素直だったのだ。・・・これでも。


今時のお化け屋敷は・・・どうなってるんだろう?

ふと、そんな事を考えた。


リアルにこだわりすぎて、最終的にCGばかりのホラードラマ。

ビックリ要素だけがウリで走り回るゾンビを撃ち殺す作業のホラーゲーム。


そんなのが珍しくなくなった今、お化け屋敷は・・・どうなってるんだろう。

商店街のお化け屋敷と比較するのは、間違っているのかもしれないけれど、少しだけ”お化け屋敷”が気になっていた。



「おーい。水島くぅ〜ん。高橋課長が呼んでるよ〜」

「はい。(・・・マルゲリータ。)」


※注 水島さんは近藤係長を見たり、近藤係長に話し掛けられたりすると高カロリーな食べ物を連想するクセがある。


「ついでに、課長にお茶持ってってやりなさい。」

「・・・はい。(ミルフィーユトンカツ・チーズ入り。コーラフロート。)」


お茶を持って、私は高橋課長の部屋の扉にノックをした。


「入りたまえ。」

「失礼致します。・・・お茶、お持ちしました。」


妙に薄暗い課長の部屋に私は入室し、お茶を机にそっと置いた。


「ありがとう・・・。」


相変わらず顔色が悪い高橋課長は、私をジッと見て頷いた。



「・・・うん、キミなら大丈夫そうだね。」

「・・・はい?」


「すまないが・・・百合やしきに、行ってもらえないか?」


(嫌です。)

※注 心では即答の水島さん。


「・・・どういう、事でしょう?」


私は無表情で問い直した。


”チクン。”


頭におなじみの痛みを感じる。

これは、アレだ。絶対、アレだ。


高橋課長は、遠い目をしてやはり頷いた。


「知人から百合やしきの優待チケットを貰ったんだ。最近、盛り返しているらしいね。百合やしき。」

「はあ・・・。」


百合やしきの盛況具合なぞ、どうでもいい。

もう百合って単語は聞きたくない。このサイトが百合を取り扱っていようとも関係あるか!


「女子社員のほとんどは行ってしまっているらしいし・・・そこで、水島君・・・このチケットを貰ってく」

「いえ!私は遊園地が苦手なのです!申し訳ありません!!」



断れっ!


「そんなに畏まる事はない、ただ貰って」

「いえ!!私は遊園地が苦手なのです!!申し訳ありません!!」



フラグなんか折れてしまえ!!

「うん、それはさっきも聞いたよ、水島君。苦手なのはもう分かったよ、だからね・・・まず君が貰って」

「いーえ!!私はっ!」


断れ!折れろフラグ!!



「苦手なんだよね、うん。・・・話しを 続けて 良いかな?」


高橋課長が首を捻り、私を見た。

先手必勝作戦は通じない、か・・・。

どうあっても高橋課長は私に百合やしき・地獄行きの片道切符を渡したいらしい・・・。


「・・・本音としてはね、君に行ってもらいたいんだ。見かけによらず、同性の友人が多いと聞いたもんだから。

しかし、苦手というならば・・・このチケットを貰った後、君が知人にあげるなり、なんなり、どうしようと僕は何も問わないから。」


普通の人なら、それなら友達にあげよっかな♪、で済む話であろう。


だが。


私には、友達がいない。


そして、女難の女がチケット二枚持っていたら、もう一枚は・・・女難が持つ事になるのだ!!


「顔色が悪いね・・・そんなに苦手なのかい?遊園地。」

「ええ、まあ・・・。」


・・・否。


遊園地のせいではない。遊園地にいるであろう、女が苦手なのだ。

それに誘う紙切れなど、不要!というか、見たくも無い!!


「僕には、これをくれた友人以外に、こういった物を譲渡出来るような人間が少なくてね。

水島君ならてっきり喜んでくれるかと思ったが・・・すまないね、無理矢理押し付けるのもなんだか申し訳ないな。」


はい、その言葉を待っておりました!

引っ込めて!申し訳ないと少しでも思うなら、今すぐ引っ込めて!



すると、課長が残念そうにチケットを引っ込め・・・



「待って下さい!!話しは聞かせてもらいました。企画課の木村です!!」


私がガッツポーズをしかけた時、ドアを勢い良く開けて、若い男性社員が入ってきた。

それは、本編第2話、企画課で花崎課長に叱責された挙句、逆切れしていた木村君だ。

ズカズカとやってきて、部署の懇親会の出欠届けを高橋課長の机に置くと、いやに自信たっぷりに言った。


「うちの課長用に、それ下さい。」


それ、とは勿論、百合やしきの優待チケットだ。

鬼と呼ばれる仕事人間 と 遊園地。

不釣合い過ぎる組み合わせに、私も高橋課長も思わず聞きなおした。


「「花崎課長に!?」」



「ええ!課長に!もらって良いですか?」


「それは構わないが、本当に花崎課長・・・彼女に渡すのかね?」


「え?ダメですかね?いや、なんか・・・面白そうじゃないですか!」


何故だ?木村君。

何故、それが面白いと思ってしまったんだい?

面白くねえよ!スベってますよ!私的に、駄々スベりもいい所よ!!


「花崎課長と遊園地・・・失礼かもしれないが、イメージとしてはあまり結びつかないね。」


高橋課長は首を傾けてそう言った。

目は依然として細いままで、閉じてるんだか開いてるんだかわからない。


「いやいや、僕もそう思ってはいます。しかし、狙いは・・・お化け屋敷ですよ。」


今、百合やしきといえば、やはり女性限定のお化け屋敷だろう。



「ああ、チケットをくれた友人も言っていた。女性限定のお化け屋敷がどうとか・・・だから、彼女にあげようと思ったんだが。」


その彼女とは私の事だが、私は首を横に振った。


「・・・まあ、こういう事でね。しかし、花崎課長がお化け屋敷が好きだとは知らなかった。そういう事なら・・・」

「いやいや、多分・・・”課長はああいうの苦手なんじゃないかな”、と課のみんなで予想してるんです。」


木村君は朗らかな笑顔でそう言った。


私と高橋課長は首を傾けた。


「「ん?」」

「だから、ですね・・・企画課の鬼・花崎の”弱点”・・・知りたいと思いません?」


「「んん?」」

「だから、お化け屋敷に花崎課長を放り込んで、運がよければ幽霊に泣かされる課長を拝めるって訳ですよ!わははははは!!」


「「・・・・・・。」」



・・・コイツ(木村)最低だ・・・。



「先輩方にメールしたら、是非貰って来いって返事来ちゃいましたし!どうか!譲って下さい!」



木村君は高橋課長に手を合わせた。

彼は、企画課の子分的な存在に収まっているようだ。

高橋課長は、私の方に向き直った。


「ふむ・・・水島君。」

「はい?」

「僕は改めて、君に譲渡したい。いいかい?」


高橋課長は、やはり私にチケットを渡したい、と言い出した。


「え?・・・でも、私は・・・。」

「少なくとも僕はね、楽しんで欲しいんだ。チケットを実際に使う人が、だ。」


少しだけ、だが・・・高橋課長はムッとしているような気がした。

勿論、原因は木村君だ。


「あ、はい・・・。」

「そ、そんな!僕の立場はどうなるんですかー!?」


(知らんわ、そんなの。)


コイツ、春のあの一件からなんにも反省していないではないか!花崎課長に怒られてしまえ!!



「木村君、安心したまえ。チケットは2枚ある。水島君、責任をもって、花崎課長と行って存分に楽しんでくれ。」


「えぇ!?な、何故そうなるんですか――――っ!?」



大体2枚あっても、無理に2枚同時に使わなくても良いではないか!

何を言い出すのか!?それはあんまりだ!

だって・・・花崎課長と私とで遊園地に行ったら・・・



でっ・・・デートになってしまうではないか―――――ッ!!!




・・・・誰だ?”それで良いんだよ!”って喜んだヤツはッ!不謹慎なッ!!

 ※注 水島さん、もういい加減、諦めてください。



「花崎課長は、君達が思っているような女性ではないよ。まあ・・・少し力を抜くお手伝いをすると思って行ってらっしゃい。」



・・・そ、そんなお手伝い・・・行きたくないです・・・。


とは言えず。

高橋課長は、半ば強引に私にチケットを握らせた。



(・・・フッ)


かくして、私の手にチケットは渡った。

謀られたように、渡ってしまった。

謀ったな!○ャア・・・!!

・・・ああ、これはちょっと言ってみたかっただけ。


しかし、どうする?

こんなチケットは持っているだけで、もう女難へのフラグが、おっ立ってしまう・・・。



何度も言うが、私は他人と関わりたくない。

それが女性なら、尚更だ。




・・・あ、ひらめいた!!



(フフッ・・・)



私は、会社の廊下の真ん中で薄ら笑いを浮かべているが、気が狂った訳ではない。


確かに、女難への片道切符はここにある。


だが・・・。


このチケットは、受け取ってから私がそれをどうしようとも構わない、と高橋課長が言っていたではないか!



(ふふふふふふふ・・・!)



フラグを折るには、行動せねば。

遊園地のイベントが起こる、と言うならば・・・捨ててしまえば良いのよッ!!


そう。そうだよ、花崎課長だって本気でお化け屋敷苦手かもしれないじゃないか。

これは、お互いの為!

 ※注 主人公の都合の良い解釈


私は、社内の喫煙所の近くに設置されているゴミ箱にチケット2枚を叩きつけるように捨てた。

ゴミ箱の蓋がクルクルと回転し、チケットを飲み込む。


(ヒャッハーッ!スッキリ!サラバ!愛しくもないチケット達よ!!コレでいいのだ!問題解決だZッ!!)


「あっれー?事務課の水島さんじゃないッスか。」


振り返ると、木村君がいた。

なんだ、彼も喫煙者だったのか。

タバコの箱を振りながら、木村君はその手で私がチケットを捨てたゴミ箱をさした。


「あっれぇ?今、捨てたのチケットですよね?やった!これで、ドッキリ計画が自腹を切らずに出来るぞー!」


木村君は、意気揚々とゴミ箱の中に手を突っ込んだ。


ああ、チケットを回収して花崎課長にドッキリ仕掛けようって計画に利用するわけか・・・。

まあ、いいや。私は、関係ない。これで、問題は解決なんだ。


「あっれ〜?どこだ?課長を泣かせる天国のチケットちゃ〜ん♪」



これで・・・解、決・・・。




『いやいや、多分・・・”課長はああいうの苦手なんじゃないかな”、と課のみんなで予想してるんです。』



花崎課長なら、案外お化け屋敷なんて平気そうな気がする。

彼女の事は、よく知らない。



だけど・・・



『だから、ですね・・・企画課の鬼・花崎の”弱点”・・・知りたいと思いません?』



彼女は、強い。

男の中に混じって、課長というポジションで、人を動かし仕事をしている。

並の精神力では、やっていけないだろう。


そう・・・だから、多分お化け屋敷に放り込まれても、花崎課長なら、平気・・・。


多分・・・。


『だから、お化け屋敷に花崎課長を放り込んで、運がよければ幽霊に泣かされる課長を拝めるって訳ですよ!わははははは!!』



・・・・・・・・・。




「出て来い出て来〜い。花崎課長の泣き顔を皆に晒してくれるわ〜!はははは!」



木村君はウキウキといった感じで、ゴミ箱を漁っている。




・・・はぁ・・・なんつーか、なぁ・・・。




・・・私、こういうノリが嫌いなんだよな。

芸能人がTVでやってる事を、そのまま素人が中途半端にやってみた・・・って感じ。


ドッキリとか罰ゲームって・・・ホント、ターゲットが多数の人間の玩具になって、それを笑って許さなきゃならない拷問だ。

怒ってしまえば、冗談が通じないって言われるのは良い大人なら、わかっている。

だから、許される前提で、ドッキリという名の試練や嫌がらせは平然と行われる。

騙す方は全てを知っていて、引っかかっていく人間の行動や言動を笑っている。


誤解しないで欲しいが、TV番組のドッキリが嫌いな訳じゃない。

TVでやっている演出や内容やノリをそのまま、一般人の自分の周りに持ち込むのが、嫌なのだ。

しかも一般人のドッキリは、限度を越える事が多々ある。勿論、その間テレビ特有のCUT編集など、ありはしない。

単なる悪ふざけの延長上にあるのは、ただの”罪”だ。



だから例え、騙される本人も一緒に笑えたとしても・・・。



・・・私は、そういうのが大嫌いだ。



(ああ、問題発生だな。)



「おっ?これか?・・・あったー!!」



私が木村君からチケットを取り返す理由をあえて付けるとしたら、それだ。



「すみません。」

「ん?」



「そのチケット返して下さい。」

「いや、だって今捨てたじゃないですか・・・」


小ばかにしたように鼻で笑う木村君に、私はだんだん腹が立ってきた。


「使うんです。」

「はぁ?まさか、別に課長と友達って訳でもないのに、一緒に行く気なんですか?」


はぁ?の言い方も、大して親しくない人物に向かって使わないし。

人に見下されたりするのは好きじゃないクセに、自分は他人(事務課)に対しては、当たり前のようにやるのね。


「いえ、そういう訳じゃ・・・」

とにかくチケット回収をしようとする私に、木村君は指をさしながら言った。


「あー、あー・・・思い出した。そういえば、ある意味有名ですよ。アンタ、人付き合い悪いのに女癖は悪いって・・・

あ、もしかして課長狙ってるんですか?マジで?まあ、美人は美人ですけど〜」

「・・・・・・・。」

(・・・アンタ呼ばわりされる覚えないんですけど・・・。)


「別に恋愛は自由だし、課長を狙ってくれても構わないけれど〜・・・どうなの?女同士なんて楽しいの?」


苦笑混じりで勝手なことを言い始めた木村に向かって、私は声を低くして言った。


「・・・いいんですか?さっきのドッキリ計画の事、花崎課長の耳に入っても。

私が話に尾ひれ背びれを付けてしまえば、そちらの都合や印象、その他諸々が凄く凄〜〜く悪くなりますけど。」


「ちょ、ちょっと・・・それは・・・ッ!」


卑怯だ!といわんばかりの木村に、私はゴミ箱に突っ込まれた木村の腕を掴んで再度言った。



「私はノリも悪いし、空気も読めません。もう一度、言います。そのチケットを返して下さい。」

「あ、アンタ・・・!」


「親戚でもないのに、勝手に他人をアンタ呼ばわりしないで下さい。チケットから手を離す気はあるんですか?」


しばらく、木村君と私は睨み合った。

自慢ではないが、黒乳首の人嫌いの女とのイザコザがあってから、私は他人への効果的な敵意の示し方を学ぶ事が出来た。

呼吸はゆっくり。相手の眼球の奥へと”怒り”を送る。

あの女はベラベラ喋るのだが、喋ると視線が泳ぐので、静かに相手を睨むだけだ。

・・・まあ、愛想の無い顔が余計暗くなるだけの話だ。



「・・・・・・・・・わ、わかったよ・・・。」


木村君はそう言うと、素直に腕を出し、私はゴミ箱からチケットを回収した。



「・・・チッ。」


後ろから舌打ちが聞こえるが、構う事は無い。

こんなのいつもの事だ。

お前のせいで場の空気が壊れるだの、ノリが悪いだの、せっかくの雰囲気が台無しだとか・・・


(そんなもん、私が知るか。)


私は喫煙室の中に入り、タバコに火をつけた。

一服してから、事務課に帰ろう。慣れない事したから、少し疲れた。


「・・・ふー。」


空気を壊すなんて、決して褒められない事は知っている。

そして、このチケットは木村君の目の届かない・・・そう、私の家のゴミ箱にでも放り投げよう。


そうだ。それが一番良・・・



「花崎課長、大丈夫ですかぁ?クーラーの近くですもんね、課長の席。皆に言って温度もう少し上げてもらいますかぁ?」

嫌に間延びしたきゃぴきゃぴした感じの、やや馬鹿っぽい声が聞こえてきた。

※注 失礼ですよ、水島さん。


「あ、ううん・・・外から帰ってくる人が困るから。私は、平気。予防策はちゃんと用意してるのよ?カイロとか。」

その声に応えているのは、花崎課長だ。なるほど、企画課が妙に冷えているのは、そのせいか。


「やっだ!課長、それじゃ真冬の装備じゃないですかーうふふふふ!」

「あ、あー・・・うん、そ、そうね・・・。」


喫煙室の私に気付かず、二人はゆったり歩きながら会話をしていた。



「課長、休みの日はどうしてるんですか?」

「え?・・・あ、ど、どうしてそんな事を聞くの?」


「いや、花崎課長・・・今月、休みらしい休みを取ってませんよね?

先週だって、来日されたポールセンさんと会議だし・・・先々週は、そのポールセンさんの接待の下見でしょ?

で、来週はポールセンさんとレビデントさんとボーリング行って、契約書を交わすんですよね?

・・・お休み、ちゃんと取れてます?有給消化できてないって聞きましたよ。

私、思うんです。仕事尽くめの花崎課長にとってのお休みってなんなんだろうなぁってぇ。」


うん、その前に・・・ポールセンさんは何者なんだ・・・。

いや、そんな事より・・・花崎課長・・・無茶苦茶忙しいじゃないか。


「私だってね、休むだけの理由があれば休むわよ・・・ハロウィーンのイベントとかライヴショーとか。」


何?ハロウィン?あの、ハロウィンか?


「え?花崎課長、ハロウィーンやるんですか!?」

「え!?あ、じ、実家がね!そういうの大事にするから!そう!そうなの!かぼちゃが好きなの!!!」


「ライブとかも行くんですか?誰のファンなんですか?・・・まさか、ジャ○ーズ?」

「違うわよ、マイメ・・・うぅ゛ん!!」


「ん?マイ?・・・舞の海?」

「それ元・力士!どんなライヴよ!?つーか、よく知ってたわね!?・・・まあ、そんなのどうでも良いじゃない!」


「遊園地とか、行かないんですか?・・・あ、もう大人ですもんね!」

「(大人でも行くだろうが。)・・・そうね。」

※注 ↑花崎さんが飲み込んだツッコミ。


(あー・・・だよな。20代後半から遊園地って結構キツイよなぁ・・・)


私は、ふとポケットに突っ込んだ百合やしきのチケットの存在を思い出しつつ、煙を吐いた。


(いや、誘うなんて選択肢はないって。)


「あの・・・課長、今のプロジェクト一段落したら・・・みんなで飲みに行きませんか?」


女子社員の言葉に花崎課長は言葉を少し詰まらせたが、にこりと笑って言った。


「・・・私がいると皆のびのび出来ないんじゃない?春にやった歓迎会がそうだったし。

私抜きで新人君を連れて、みんなでちゃんと親睦会開いたりしても良いと思うのよ。私、資金は提供するから。」


当たらずとも遠からず。

普段から鬼と呼ばれる女課長がいる飲み会だと・・・うん、目に見えるな・・・気を遣いまくったぎこちない飲み会が。

確かに”無礼講”なんて言葉は存在しても、現実世界にありはしないんだよね。

 ※注 そもそも、飲み会に参加しない人嫌いが何言ってるんだ。



「そ、そんな、課長!課長抜きで飲み会だなんて!」

「・・・そうね、こんなの上司の発言じゃないわね・・・ごめん、今のは忘れて。懇親会はそのうちにね。

今は・・・私にそういう余裕が無いから。」


「は、はい・・・。」


どうやら、女子社員は花崎課長と部下の皆さんとの架け橋になろうとしたようだが・・・失敗したようだ。

花崎課長が、いささか交流を諦めている節があるのも気になる。

冷房と日々の業務での疲れ、加えて・・・部下への配慮+業務外での人間関係の調整・・・


ああ、考えただけで・・・吐きそうだ。


余裕が無い、とは・・・金銭ではなく、心の方だろう。


(・・・大変、なんだな・・・花崎課長も・・・。)


花崎課長の横顔は、笑顔だったが・・・疲れが隠せないようだった。

率直に言うと・・・30歳代の越えてはいけない壁を越えて、○モホルンリンクルに手を出すか出すまいかを迷いそうな顔だ。

それに加え・・・部下達は、疲れきってもなお、自分達にクーラーの冷気を当てようとしている上司を脅かすべく、お化け屋敷に放り込もうとしているのだ。


お互いがお互いを知らないから、扱い方を知らないんだろうな、と思う。

大人になれば、沢山の人間関係が出来る。

いちいち、お互いの事情を知り合っていたら、キリが無い、と考えたら基準となるのは、今まで培ってきた、ある程度の知識や常識である。


だが、それが万人に通用するかというと・・・違う。

千差万別。

今までの人生経験から、”コイツはこういうパターンの人間だから、こういう思考をする。だから、こういう扱いで良い”、と決め付けてしまうと楽なのだが、そこで終了である。

人生経験に基づく、パターン別人間扱い術ほど、危ないものは無い。

学者でも無いのに、気取ってそんな事したら、読み間違えるに決まっているのだ。


私のように、全人類一律”面倒臭い。この線から出ないで。近付かないで。”で良いのだ。

 ※注 ・・・いや、それはどうだろうか・・・。


いずれにしても、花崎課長も・・・人間関係には苦労しているみたいだ。

それに関しては、精神的にキツイっていうのは嫌でも解る。現に、花崎課長元気なかったし。



 『私だってね、休むだけの理由があれば休むわよ』



休むだけの理由、か。



(・・・やめろよ、私・・・花崎課長は、私の女難だぞ・・・。)



正直、迷った。

迷わなくても良い所で、私は迷い・・・そして。






「水島さん、今、なんて・・・?」


夜9時を過ぎた頃、会社の玄関で私は花崎課長を捕まえることが出来た。

私が用件を伝えると、花崎課長はひどく驚いた。


「ですから・・・”お暇でしたら、今度の日曜日百合やしき行きませんか?”、と言いました。」


私がそう言って、花崎課長は頷いた。


「あ、うん・・・え?・・・今、なんて?」


が、余程信じられないのか、私の発音が悪いのか・・・いや、絶対前者だ!

とにかく、もう一度聞き返してきた。


「で!す!か!らッ!お暇でしたら、今度の日曜日に私と百合やしき行きませんか?、と言いましたッ!」


私が再度強めにそう言うと、花崎課長はコクリと頷いた。



「わかったわ・・・予定を、空けるわね・・・。」



・・・こうして。

アホな私は、やっぱり百合やしきに行く事に・・・


「あの、水島さん・・・確認の為、もう一回言ってもらっていい?日曜日?どこに?」


「でぇ〜すかルらぁッ!(巻き舌)お暇でしたルぁらぁ!(巻き舌)今度の日曜日に!私と!!百合やしきに!!行きませんかッ!!!」



はい、今度こそ、私は百合やしきに行くことになったぞ!!チクショーッ!!(自棄)





その時、私は花崎課長の動揺に気が付かなかったのだ。







 [ その日、夜9時58分 レンタルビデオショップ 昇竜拳 にて。 ]





「あれ?花崎?」

「あ、ホントだ!かっちゃ〜ん!」


レンタルビデオ内で、花崎翔子は顔見知りに会った。

それは”会った”というより”発見された”という方がいいかもしれない。


「あの、伊達さん・・・私のあだ名、もう少しなんとかなりませんか?」


伊達香里は、相変わらずニコニコと笑いながら馴れ馴れしく花崎翔子に勝手なあだ名をつけて近づいた。


「あれ?ダメだった?かーちゃんだと不評だったから、かっちゃんにしてみたんだけど。」


かーちゃんだと母ちゃん呼ばわりされているみたいだし、かっちゃんもなんだか男性のあだ名のようでしっくりこない。


「あたしは、かーちゃんの方が好きだったけどなぁ・・・かっちゃんだと、なんか勝俣みたいじゃない?」


城沢海は他人事のような感想をこぼして笑っていた。半ズボンのタレントと一緒にされたくはない。



「海お嬢様、呼ばれる身にもなってください。どっちも嫌です。」


花崎翔子は、そう言うと持っていたDVDを棚に戻した。


「そういえば、何借りるの?AV?だったら、あっちの方に新作の”叔母の魔法使い”ってフザケたのが・・・」


城沢海はそう言って、ピンク色の暖簾がかかっている方を指差した。


「そんなの借りませんッ!!二人とも、AVを借りてるの?」

「みーちゃん家で見てから、海ちゃんハマっちゃって。」

 ※水島さんは休暇中。参照。


「何言ってるの、香里だって面白がってたじゃない。それに、AVコーナーに行くと、あたし達を見た男共の反応が面白いのよ。」


なんとなく想像できる。

仁王立ちしながらAVを評論する海お嬢様と、とにかく目に付いたものを声に出して読んで騒ぐ伊達香里・・・に翻弄される性欲を持て余した男性の姿が。


「ああ、そう・・・」


二人の言い分に花崎は少々呆れていた。


「花崎は・・・あれ?ホラー好きなの?」

「え?あ・・・いや・・・これは・・・」


二人は、花崎がいる棚のラインナップを物珍しそうに見た。

『日本の夏・ホラーの夏』というPOPが飾られ、等身大の女幽霊のパネルまで飾ってある。


「うわ、これ怖いよね!昌子のリング!私、最後プロレスのリングのマットから飛び出す森昌子で泣いたもん。」

伊達が花崎が棚に戻したDVDを取り出して、感想(ネタバレ)を言った。


「そ、そうなの!?」


花崎は過剰に反応したが、海がDVDの表紙を見ながら冷静に言った。


「あーこれねぇ〜確かに設定や演出はいいんだけど、主役の女優の演技で台無しよ。昌子役はすごく良かったけどね。」

「「あー・・・。」」

花崎と伊達は、海の評論に近い感想に何も言えずDVDを棚に戻した。

再び、伊達は違うDVDを手に取った。


「うわ〜これ!元祖和製ホラーのリメイクだって!こんなの出たら絶対無理!なんでこんなに白いの!?」

「そうねそうねそうよね。」


表紙だけでも怖い、という共通点で話を盛り上げようとしてる二人に対し・・・。


「うーん…確かに、リメイク版はカメラアングルは斬新だったけれど、驚かすばかりの演出で以前の和製ホラー独特の”じわじわくる不気味さ”や”後を引く恐怖”が無いのよね。

あと・・・女優、俳優は良かったのよ。でも、この映画に恋愛要素は必要なかったわね。その点では、このリメイクは失敗ね。」


「「・・・・・・。」」


おす●並の評論をブチかまされて、二人は沈黙を余儀なくされる。

なんか、にわかみたいな感想ですみませんでした、とばかりに二人は海に軽く頭を下げる。


「海さん、ずいぶんホラーに詳しいのね?詳しいっていうか、平気なのね?」


花崎が関心したように、そう言った。


「ん?ああ、映画はね、あたしは大抵試写会で見てるの。ホラーは好きに近いけれど、怖いって刺激を求めてる感じかな〜。

それに、こういうのは大人数でカメラ回して、後から音加えて”作り出された”ものなのよ?

監督や脚本家、演者が観客に恐怖を感じさせる為に作りだした仕掛けを楽しまなきゃ損じゃない。」


「海ちゃん、世界観台無しー。」


ホラーは作り物、と海に断言された伊達は口を尖らせてそう言った。


「ゴメンゴメン。あたしだって、すごく怖がった時もあるけれどね、考え方を変えたら怖くなくなったわ。それに本当に怖いのは・・・人間よ。」

「海ちゃん、後半のコメント重いよ。」


「香里だって、きゃーきゃー言う割りには平気じゃないのよ。正直言って、香里のリアクションって、ホラー見てる時とマリオカートやってる時と大差ないわよ。」

「ん?いや、見た時はきゃー!ってなるのよ、怖いし。でも・・・うん、すぐ忘れちゃうよね〜。

あと、なんか明らかに行っちゃイケナイ場所に主人公達行くでしょ?ツッコミたくって仕方が無いのよ。

あとは・・・テレビのチャンネル変えたら、怖さも醒めちゃうし?」

「あーわかるわかる。アホなバラエティ番組見てると一気に恐怖の余韻なくなるよね〜。」


海と伊達のコンビは、ぽんぽんと会話を重ねていく。

そのやり取りは、まるで何年もの付き合いがあるような友達に見える。


「あ、あの!その考え方を変えるってどうするの?」


花崎は、海にそう聞いた。

二人は花崎のどこか必死な態度に首を捻りながらも、恐怖への対抗策を教えた。






 [ 同日 夜 11時12分 水島自宅にて。 ]



『明日のお出かけはどちらまで?平日、週末のお出かけスポットをお届けします。本日は・・・百合やしき。』

自宅で歯ブラシを片手にテレビのリモコンをぽちぽち押していると、百合やしき、というキーワードが聞こえた。


「おっ。やっぱり!」


日曜日に出掛ける百合やしきが登場したので、私は思わずそちらを見た。


『今、百合やしきでは、女性限定のお化け屋敷が夏限定でオープン!』


(なんだ・・・既出の情報か・・・。)


私はテレビから、視線を外そうとした・・・が!


『更に!このお化け屋敷をある条件を満たしてクリアすると園内で”素敵なプレゼント”があるとか!スタッフの吉村さぁん!?・・・そのプレゼントって何ですか?』


何?プレゼント!?お化け屋敷を巡って品がもらえるのか!?

中身によっては行かねば・・・!


『それは、秘密です。』


吉村さんは黒縁めがねをクイッとあげてニヤッと笑って、そう言った。


(・・・はいはい・・・そうですか・・・。)


秘密っていっても、どうせ、こういう所の記念品なんてタオルとか写真とかキーホルダーとか、そんなもんだろうに。


『あーん☆残念☆でもでも〜タオルとかそういう粗品じゃ〜〜ないですよね?吉村さん♪』

『えー・・・ぶっちゃけ1万円以上の価値はあります。粗品ではなく、もう赤字覚悟のプレゼントですね。』


(ま、マジか!?信じていいの?吉村さん!!)


『では、問題のある条件ですが・・・』



歯磨きも忘れて、私はテレビに見入っていた。






 [ とある日曜日。百合やしきにて。 ]






個人的に遊園地に来たのは・・・うーん、数える程しかないけれど、成人してからは初めてだ。

百合の花の香りが門から匂う・・・。もう、なんか帰りたい。むせ返りそう。


ああ、でも何故、人嫌いが遊園地に・・・。

日曜日のせいか、子供連れと女性がいっぱいだ。


(それにしても、花崎課長遅いなぁ。)


腕時計の時刻は、待ち合わせ時間の5分を過ぎていた。

仕事人間だから時間にはキッチリしていると思ってたのに・・・いや、これは思い込みか。


せっかくの日曜日だし、花崎課長だって色々用事が(主にポールセンさんと)あるだろうし・・・。


(いくらなんでも無理矢理誘って悪かったかなぁ・・・。)


花崎課長は私に好意を持ってくれている。

だから、誘えば来てくれる、と思うし・・・多分、多少は喜んでもくれそうな気もする。


だけど・・・私は、まるでそれを利用しているみたいだ。


大体、花崎課長みたいな仕事命の人に強引に休みを取らせて、ただの人嫌いが何をしようっていうんだ。


(こんなんで、花崎課長の元気出るんだろうか。)


遊園地からは、早くも楽しそうな声や悲鳴、乗り物の駆動音が漏れ出ている。


(やっぱり・・・いい大人の女が二人で遊園地は・・・)


木村君にドッキリに使われるよりは、この方がマシだと思ったのだが・・・自分と一緒に来た方がマシ、と思ってる時点で・・・なんか違うような・・・。


どうも、花崎課長自身の気持ちを置いてきぼりな感じがする。

いや、もう誘ってしまったのに、何言ってるんだかとは自分でも思うんだけれど。

最も・・・そう、彼女にとって最良の選択があったかもしれないのに・・・。


そんな事をウダウダ考えながら、待っていた。


「み、水島さん・・・!」


課長の声を聞いて、私は振り向いた。



「花崎課・・・ッ!?!?!?」


す、スーツ!!まさかの・・・ビジネススーツ!黒いスーツだから、なんかSPみたい!手に持ってるスマホが、拳銃みたい!

私、思いっきり私服(デニムと薄手のカーディガンにキャミソール)で来ちゃった!!


ヤバイ!花崎課長の前だもの!正装という意味でスーツを着てくるべきだった!!

これは、『恋愛シミュレーション ドキドキメモリースティック〜そういう意味の棒ではないよ☆〜』であった、ヒロインの好きな服装に合わせないと、好感度が下がる!という、セオリーに反するッ!!

さ、下がる!好感度が下がる!この後のヒロインのテンションも変わってくる・・・



待て!落ち着け!私!!

これは現実だ!恋愛シミュレーションのセオリーなんぞ、関係ないだろうがッ!!

人嫌いが、ヒロインの好感度なんか気にするんじゃないよ!!



「水島さん!ごめんなさい!待たせてしまって!」


 ・いいえ、待っていませんよ。

 ・確かにちょっと待ちましたけど、気になりませんでした。

 ・何かあったんですか?心配しちゃいましたよ。



・・・どれだ?

って、選択肢出すなッ!どれが好感度上がるか、とか考えるな!!


「ごめんなさい、明日、取引先に向かわせる部下から急に確認の電話が入って・・・あ、ごめんなさい、言い訳ね・・・」

花崎課長はそう言うと、潔く頭を下げた。

私は・・・。


「い、いえ・・・」


その先の言葉を考えた。


 ・休みの日もお仕事なんて、大変ですね、課長。

 ・全然気にしないで下さい。私、仕事している花崎課長を尊敬してます。

 ・まあまあ、そんな事よりも百合やしきに入りましょう!



・・・どれだ?

って、だから!選択肢出すなッ!上がらせないよ、好感度なんか!!


そういう事じゃなくて・・・!



『花崎課長は、君達が思っているような女性ではないよ。まあ・・・少し力を抜くお手伝いをすると思って行ってらっしゃい。』


高橋課長は、そう言っていた。

企画課の連中は、花崎課長と妙な距離を取って、挙句ドッキリを仕掛けようとしている。

花崎課長はそんな人達をまとめて、仕事をしている。

休みだっていうのにスーツ着て、今だって仕事をしていて遅れて来た。


(疲れてるんだろうな・・・やっぱり。)


必死で走ってきたのだろう、花崎課長は乱れた髪を片手で一所懸命に整えていた。


「あ、あの・・・気にしないで下さい。今日は・・・その、肩の力を抜いて・・・」

私は花崎課長の肩に手を置いた。

「・・・!」


その瞬間、花崎課長の両肩がビクリと上に跳ねて、止まった。

顔が・・・真っ赤だ・・・。


「あ、あの・・・今日は・・・誘ってくれて・・・あの・・・」


そう言うと、花崎課長は恥ずかしそうに俯いて黙り込んでしまった。


「・・・・・・・・・・。」

「・・・・・・・・・・。」




・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。





・・・・・・・・え?・・・え?何?この気まずい間。


何黙り込んでるの?ねえ!29歳でしょ!?25歳の私と遊園地の前でモジモジしないで!?


「わ、私・・・あの・・・遊園地・・・ひ、久しぶりで・・・その・・・結構、楽しみにして、ました・・・宜しくお願いします。」


(・・・敬語!?)


そう言って、課長はさっきまで持っていたスマホを両手で抱え込んだ。よくよく見ると・・・ストラップ・・・マイメ○だ。


(お、乙女?乙女なの?)



凝視する私に対し・・・


「あ・・・そ、そんなにジッと見ないで・・・昨日あんまり寝てなくて、目の下のクマが目立っちゃう・・・。」


両手で顔を覆い、クネクネする花崎課長・・・。


・・・”鬼の花崎”はいずこに・・・!?


つーか・・・この人、乙女くせえ・・・ッ!!



彼女に好意を持つ人間なら、間違いなく・・・可愛いと感じるのだろうが・・・



私には、まったくの無意味!!!


これ以上妙な空気になる前に、入ろう!!


「い、行きましょうか!」



私はパンフレット片手に、百合やしき内をサッサと歩き始めた。

早く何かに乗ろう・・・!

後ろから歩いてくる・・・なんかお花畑背負った乙女のモジモジ恥じらい度がどんどん上がって振り切れる前に・・・ッ!


「ええっと・・・何か乗りたいのあります?」


とにかく何かに乗ろう!花崎課長の乙女モードをOFFにしなければ・・・!


「え!?私!?・・・あ、いや・・・今日は、水島さんにお任せしようかな、と思ってたんだけど・・・。」


途端に私の心の中にダミ声と複数のシェフっぽい男達の声が響いた。



『オーダァ!乗り物は水島さんにお任せー!』

『『『『ウィームッシュ!!』』』』



「・・・では・・・。」


私は目的地に真っ直ぐ歩いていった。目指すは・・・!



「み、水島さん・・・!こ、ここは・・・!!」

「はい、夏・女性・限定の!お化け屋敷です!」



『百合やしき名物・女の恨みの館。』



なんかワイドショーみたいな名前だけど、私が体験した商店街のお化け屋敷よりクオリティは遥かに高いッ!


安いペンキではない、ちゃんとした血のり!!

ちゃんとした美術スタッフの手で描かれた悪意すら感じる幽霊の絵!!

町内から搾り出した予算を遥かに越える企業の予算で作られた建物ッ!!

完璧だ!これこそ、お化け屋敷だ!!


若干人が並んでるが、予想より少ない。

『えーこのアトラクションは、只今最長30分でのご案内となっております。お並びくださ〜い。』


うん、行ける。1時間並べと言われたら帰ってたところだ。


「み、みみ、水島さんッ!?い、一発目からお化け屋敷っていうのは・・・!」


花崎課長の顔は引きつっていた。

正直、一発目に何を乗ったら良いのかなど、皆目見当もつかない。

私は、ただ行きたい場所に行く、それだけだ。


「いや、これはラッキーですよ、花崎課長。これ、結構人気なのですが、今なら30分でいけます。今、行きましょう。」

「あ・・・ああ・・・!」


そのリアクション・・・やはり、花崎課長は怖いもの系は苦手なのだろうか。

木村君じゃないけれど、私も少しだけ鬼の花崎の怯える姿を見たい、という欲求が顔を出し始めた。


(いやいや。これで花崎課長の肩の力を抜くお手伝いになれば、という目的がね・・・うん。)


私は誰に向けてかわからない言い訳を言いながら、お化け屋敷の行列に並んだ。


入り口の隣は出口になっていて、出口から出てきた中学生のグループの女の子達は・・・みんな泣いていた。

怖かったね☆とか言い合うレベルを越え、「誰だよ、これ入ろうって言ったの〜!」と言い合いになりそうな雰囲気すら漂わせている。

それを見た花崎課長は、本当に入るの?と私を見たが、私は一回頷いただけで何も言わず、並び続けた。


列が進む度に、建物内部から悲鳴が聞こえる。


「悲鳴、すごいわね・・・。」

花崎課長が呟くようにそう言った。

夏の日差しがキツくなってきた。こうなったら、早く涼ませて欲しいものだ。


(ここまでの前フリがあると、どれだけ怖いのか興味深いな・・・。)


なんだか楽しみになってきた。

何しろ、私は商店街の手作りお化け屋敷しか行った事が無いのだから。


「あの・・・水島さん・・・聞いて良いかしら?」

「はい?」


「どうして、私を誘ったの?私の他にも・・・色々・・・海お嬢様とか伊達さんとか・・・阪野、とかいたでしょう?」

「ん?」


「私が仕事の鬼だとか、クソ真面目とか・・・あまり良い噂は聞かないでしょう?

積極的に遊びに誘うには私みたいな人間は向かないと思うの。それに、貴女は・・・」


「人嫌いですけど、遊ぶ時は遊びますよ。私は、人の噂は半分以上信じていません。

それに、チケットをくれた高橋課長から貴女を誘うように言われているんです。」


私のその言葉の後、花崎課長は瞬きを少しして、少し声のトーンを落として言った。


「・・・・・そう、高橋課長が言ったから、なのね。」


悲鳴が建物内から響き、私達は沈黙する。

俯く花崎課長の横顔は寂しげで、企画課の鬼の影など微塵も無い・・・一人の女性の顔だった。


改めて。

花崎課長は・・・私に好意を寄せてくれているのが、わかってしまう。

痛いほどに。


気持ちを知っているのに、私は遠まわしに彼女の気持ちを避けながら、デートに近い何かの時間を一緒に過ごす。


・・・それは、失礼な事なんじゃないだろうか。

私が花崎課長を誘ったのは、間違いだったんじゃないだろうか。


疑問が浮かんでは消えていく。

一緒にいる今となっては、どうしようもない。


嘘でも、私は貴女と行きたかったんだZE☆とか言えば良いのか?


「・・・あ、いいのよ、水島さん。貴女から誘ってくれただけでも、本当に私嬉しいわ。」


そう言いつつも、花崎課長はやはりどこか辛そうな顔をしていた。


「あの、花崎か・・・」


『『キャー!!』』



一際でかい悲鳴が館の中から聞こえた。


「はい、前へどうぞ〜チケット拝見しま〜す。」


スタッフに誘導され、チケットを見せる。

次は、いよいよ私達の番だ。

入り口の前に立ち、スタッフから呼ばれるのを待っているとスピーカーから声が聞こえてきた。


『この館には、嫉妬に狂い自ら命を絶った女99人分の魂が眠っている・・・

貴女達の目的は、99人の女達の霊の魔の手から逃げつつ、お札を指定された場所に貼り、浄化する事!

先に除霊しようと入った霊能者・三上が残したヒントや矢印の順に進み、彼女達を怨念から解放するのだ!


・・・どうか・・・その道すがら・・・100人目にならぬように・・・ひゃーはっはっはっは!!』


・・・なんて、わかりやすいアトラクションの説明だ・・・。


「はい、お次の方、御札でーす!中へどうぞ〜いってらっしゃいませ!」



お札を手に取り、私と花崎課長は若干不自然な距離をとり、中へ入った。




中は、一気に暗闇の世界だ。煙のようなものが見えたり、鈍い光が時折見える程度。

目が暗闇に慣れるまでの辛抱だ。


「・・・っ!」


近くで唾を飲み込む音が聞こえた・・・花崎課長だ。


「花崎課長、行きましょう。目が慣れたら、普通に歩けますから。」


中はやはりお化け屋敷らしくひんやりとしていて、僅かなノイズ音がなんとも不気味だ。

廃屋のようなボロボロの日本家屋独特の板の廊下を歩く。踏み込むと若干沈む床は不安定感を感じさせて、歩く者の恐怖を引き出す。

段々目が慣れてきて、いつもの速度で歩けるようになっている私に対し、花崎課長はジリジリとしか進めない。


「み、水島さん・・・貴女もこういうの平気なの?」

「お化け屋敷に免疫はそんなにありませんが・・・」


私が喋っている途中で、冷気が天井から噴出した。


「わっ!冷たッ!」


こういうのは商店街では無かった!首筋がひんやりする。驚きと清涼感で、私は少し笑ってしまった。


そして後ろを歩いていた女性は・・・というと・・・。


ブシャー!!という音と共に


「ぎゃあああああああああああああ!!!!!」



花崎課長は口を大きく開け、腹の底からの声を轟かせる。

「うおっ・・・!」

冷気を浴び、直立不動のまま悲鳴を上げる女性の方が怖い。

私は、花崎課長で少し驚いた。


「か、花崎課長大丈夫ですか!?」

「ああんっ!!」


私が手を伸ばす前に、花崎課長は私にしがみついてきた。

目は涙目になり、手も口もガクガクと震えている。


「・・・だ、だだだ・・・大丈夫じゃない!大丈夫じゃない!!私ッダメなの!こういうのダメわおッ!!」



うん、わかった!

ていうか、目の前でダメっぷりを確信できた!!最後の『ダメなの!』が全然言えてねぇしッ!!


「・・・とりあえず、一旦離れて手でも繋ぎましょうか。」


落ち着くように言って、私は花崎課長の手を取り歩き出した。



「・・・・・。」

「・・・・・。」




・・・・・・手汗・・・凄ッ!




なにこれ?しっとりどころの騒ぎじゃないよ!?びっしょり!手を洗った直後!?むしろ・・・ぐっしょり!!

そうこうしている内に、広い廊下に出た。

暗闇の世界から、青白い光が多くなったが、見えるものが増え、小道具などにますます怖さを感じる。



「おお・・・中は案外広い・・・。」

入る前には、もう少し狭いと思っていたが・・・この不自然な広さがなんとも言えず、怖い。


「う・・・!」


破れた襖や複数のドアが見え、廊下には親切にも矢印がついている。とりあえず、真っ直ぐ進め、だ。


”ギシッ・・・ギシッ・・・”


廊下の軋む音がなる度に花崎課長も唸った。


「うー!うー!うー!・・・うー!!」


どこの幼女ですか?私は『そのうーうー言うのをやめなさい』って叱れば良いんですか?

怖いのはわかるが、ここまで怖がられてしまうと私の恐怖心が和らいでしまう。

そして、手汗が凄い!!ぶっちゃけ、引く!!


・・・”バッ!”
「あああああああああああぁ!!(叫)」



・・・と襖から複数の手が出た。と同時に花崎課長の声も出た。

すっかり私は驚くタイミングを見失った。

・・・うん、手がいっぱい出てるね、としかいえなくなってしまった。


「大丈夫。大丈夫ですから。」


「・・・あ゛ー!ぁ゛ー・・・あ゛ー!!」


私は必死になだめるが、低い唸り声が花崎課長の口の中から聞こえる。

横から白い手。後ろはゾンビ・・・じゃなかった、花崎課長だ。


私は、ただひたすら歩く。

小さかった、あの頃・・・商店街の大人が作り上げたお化け屋敷と度々比較してしまうが・・・本当によく出来ている。


廊下を更に進むと、壁にある、生々しい手の痕が見えた。

そして、床には何かを引き摺ったような跡。そこらじゅうに蜘蛛の巣。

ノイズ音に加え、人の声らしい囁きや呼吸音・・・そして、唸り声・・・・・・は、後ろの花崎課長からだった。


うん、雰囲気満点!これはなかなかに怖い!


だけど・・・!!



「・・・あ゛ー!ぁ゛ー・・・あ゛ー!!」


・・・屋敷よりも、後ろの人の方が遥かに怖い!もう、人っていうか、声だけ聞いてると化け物みたい!


「花崎課長・・・ホント、ダメなんですね・・・こういうの・・・」

「うぅ・・・(泣)らえらろ〜(だめなの〜)」


半分、泣いてる・・・。

私の手、腕に花崎課長はすがるように抱きつく。

嬉しくも無い同性の胸が腕にあたる。・・・花崎課長、スレンダーだと思ってたけれど、意外と・・・。


「あ゛ァ−ッ!!」


・・・そんな事言ってる場合じゃないな。主に課長が。

歩きにくいが、これ以上引き離すとパニックを起こしそうだ。


「あぁぁ・・・水島さぁん!?これ、何!?ねえ何?なんで?こんな暗いの!?なんか言ってる?ねえ!」

「暗いのは、ここがお化け屋敷だからです。あと、何か言ってますけど、聞き取れないですね。」


妙な会話をしつつも私は進む。


(ん?・・・あそこ、妙な空間があるな・・・。)


次を左に曲がらなければならないのだが、右に妙な空間がある。暗く、破れた襖が斜めに壁に立てかけられているだけ、なのだが・・・

通行人にとって死角になるだろう、そして・・・人一人分のスペースがありそうな場所。

私はなんとなく、予感はしていたが・・・


「の゛ああああああ・・・!!」



白い衣装と白い肌の幽霊が長い髪を揺らしながらゆらり、と出てきた、その途端・・・後ろのゾンビは再び咆哮をあげた。


「ああああああああああああああああ!!!」


「か、花崎課長・・・?」


すごい。もう、喉から血が出るんじゃないかって程の低音の絶叫だ。

にしおか○みこだって、もう少し高い声で叫ぶぞ、と心の中でツッコミつつ私は進んだ。

予想通りだったので、私は声を出さずに済んだが・・・完全に後ろの花崎課長がパニック状態だ。



「ああああああああああああああああ!出たァ!出たァーッ!」


・・・うん、出てるね・・・声の方が・・・。


「の゛・・・あ・・・う・・・・・・・・・えぇ・・・と?」


しかも、花崎課長の状態を見て、幽霊の方が、これ以上脅かしに行こうか迷っていらっしゃる・・・!

私は片手で”もういいです。”と合図を送る。

幽霊の方は、私に軽く会釈をして奥に引っ込んでくれた・・・いい人で良かった。



「あーうーあーうーあーあー!うなあああああ!!」



一方すっかりパニック状態の課長は・・・もう、日本語すら喋ってくれない・・・。

もう、ゾンビっていうか・・・声が・・・平泉 成だ・・・。



「あー!!水島さぁんッ!もう、もう私・・・限ッ界ッ・・・!」




限界なのは貴女の声です。あと手汗、ホント凄い・・・!

”企画課の鬼の花崎”の原型すら・・・留めていない。



「課長、落ち着いて下さい。絶対、身体には触ったりとかしませんから!大丈夫ですから!」



「あ゛あ゛あ゛ぁ゛ん゛!ミ゛ズジマ゛ザァ゛ン゛!」




・・・もう台詞が全部濁音ッ!濁りまくってるッ!!




「あァ・・・水島さん・・・・!」


いよいよ、花崎課長は私の肩に顔をつけて泣き始めた。


「うう・・・ダメなの・・・!私・・・ホント・・・ホント・・・こんなの・・・無理ィッ!!」


必死に泣きながら、恐怖を訴える花崎課長。

課長、というよりも・・・ただの花崎翔子。


木村君達の予想通り、花崎課長は怖い物がダメで・・・こんなにも人(声)が変わる。

今現在、私しか確認できていない、花崎翔子の別の顔。


「大丈夫です。進まないと、もっと出てきちゃいますよ?」

「う・・・うー・・・!」


子供に言い聞かせるような台詞を口にして、私は花崎課長をほぼ背負うように歩いた。

花崎課長は花崎課長で、私の背中にぴったりとくっついて離れようとしないのだ。

「・・・ゴール、まだァ?」

「歩いていればゴールですよ。」


背後霊みたいな花崎課長の嗚咽を聞きながら、私は歩いた。

幽霊の皆さんは気合たっぷりに脅かしてくるが、花崎課長を見て『あ・・・はい、わかりました。すいません!』と言った感じで、気を遣ってすぐに引っ込んでくれる。 


「ねえ・・・ど、どうして・・・平気なの?水島さん・・・!ぅわっ!・・・あ、ビニール袋だった・・・もう・・・!

ああ・・・こんな情けない姿見せるつもりなかったのに・・・ご、ごめんなさい・・・!」


もはや、ただの飾りにすら恐怖を感じてしまう自分に失望しかけている花崎課長に向かって、私は言った。


「花崎課長、私・・・小さい頃、小さい商店街のしょぼい手作りのお化け屋敷に行った事があるんです。

こんな風に、本格的ではありませんでしたけど・・・楽しかった。

町内会長の奥さんだけは、怖かったけれど・・・笑える恐怖ってあるんですよ。」


後になってみたら、あの日の体験は・・・凄く笑えた。

心の底から、怖くて叫んだのに。


・・・女難に比べたら、全然マシっていうか。


「・・・笑える、恐怖・・・?」


「そう・・・今は、怖さ一色ですけれど・・・後から考えるとなんでもないな〜って、いうの。」

「私・・・とても、今は・・・!」


「だから、今はですよ。時間が経てば、忘れてしまうし・・・ここに来た事自体も忘れてしまうかもしれない。

今、この瞬間しか無い事なんです。だから、楽しみましょう?怖くても大丈夫。」


暗闇のせいだろうか。

妙に口が動いた。

あんまりにも花崎課長が不安そうだから、かもしれない。


「み、水島さん・・・!」

「後で一緒に笑ってあげますから、今は存分に叫んでください。これは、叫ぶ為にあるようなもんです。

叫んでこそ楽しいんです。近所迷惑とか気にしないで良いんですから、堂々と叫んだら良いんです。

普段の課長と比べたりなんかしないし・・・情けないなんて思いませんから・・・だから、歩きましょう?」


私は自分の背中に張り付いた花崎課長の手をぽんぽんと掌で撫でて、そう言った。

すんっと鼻をすすって、花崎課長は聞いた。


「水島さん・・・楽しんでるの?」


私は、自然と口元が緩み笑って答えた。


「はい。結構、楽しいですよ。ワクワクしません?これ、全部人の手で作られたんですよ。他人驚かす為に、全力ですよ。」


私がそう答えた後、花崎課長は言った。


「海お嬢様も、言ってたわ。ホラー映画やお化け屋敷に行ったら、怖いという思いと同時に、怖がらせた人間の存在を考えるんだって・・・

他人が他人を怖がらせる為に、タイミングや音やビジュアルを試行錯誤して、四苦八苦して、椅子に座ってお茶を飲んでる姿を思い浮かべたら怖くないって・・・。」


「あ、あと、映画ならNGシーンとか、カットって言われた後の和気藹々としたスタジオを思い浮かべるとか。」

「ああ・・・なんか、醒めてきたかも。」

「でしょう?」

「でも・・・あの、水島さん?」

「ん?」



花崎課長は離れて、私に向かって右手を差し出した。


「あの・・・手・・・握ってもらって・・・いい?ちゃんと、歩くから。」

「・・・はい。」


私が握ろうとすると、花崎課長はハッとしたようにスーツのズボンで掌を拭った。

・・・ああ、一応手汗気にしてたんだ・・・。


私は、拭ってる手を掴んで歩き出した。


「ちょ、ちょっと!まだ湿っぽいから・・・!」

「もう、さっきからびちょびちょでしたから、気にしませんよ。」


私と花崎課長の間に少しだが、穏やかな雰囲気が訪れた。


「も、もう!水島さ・・・」



「の゛ああああああ・・・!!」



ゆらりとそこから出てきた白い衣装の幽霊に、後ろのゾンビは再び咆哮をあげた。





「あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛―ッ!!!」






凄い・・・。

叫びも凄いが、手の握力も半端じゃない。

そして・・・花崎課長・・・もう、歯を食いしばり過ぎて、輪郭が卵型から・・・真四角になってる・・・!!



 『暮らしの中の怖い物おまへんかー?まァるい花崎が、四角く叫びまっせー。』


仁鶴師匠だ・・・!法律相談の仁鶴師匠だ・・・!!


 『私はね、これ怖い、と思います〜。うちにもね〜ホラースポットあるんです〜。』

 『上沼さん家にホラースポット?家の中にですかァ?』

 『いえいえ、私の家の敷地なんです〜・・・ご存知ですかね?・・・富士の樹海って言うんですけど〜うふふふ!』


 『まさにホラースポットではなく、上沼さんがホラ吹きスポットでんな。

 えー上沼相談員は怖い、という事でんな。ほなら、法律ではどないなってますかァ?』




「あ゛―ん゛あ゛あ゛あ゛―あ゛ん゛―あ゛あ゛あ゛あ゛―ッ!!!」




 ※注 あなたがお使いのパソコンは正常です。



仁鶴師匠だって、びっくりだよ・・・。法律ではどうにも出来ないよ。

・・・ていうか、生活笑百科のくだりいるか!?

泣き叫びながら、花崎課長は私を盾にしたり、寄りかかったり・・・とにかく酸素を吸っては、叫び続けた。

私は私で、課長をなだめるのに必死で・・・驚くタイミングを失ってしまった。



・・・その後、やはり花崎課長は一人絶叫マシーンと化した。




途中で何度も腰を抜かし、私は介助に回った。肩の力どころか、全身の力を抜くお手伝いだ。



「水島さん・・・もう、御札はいいんじゃな・・・
ぎゃああああああ!!女の人ぉ!?血ぃ―!?」

「はい、出てますねー。」



私は、御札を丁寧に指定された場所に置いて、きちんとゴールを目指した。








「はーい!探索お疲れ様でしたー!お札全部貼れましたね!清めのお塩でーす!!」



最後は出口で塩をかけられて、終了。

外気はやはり暑い。ギラギラした太陽がまだお昼ですよ!と主張する明るい世界が広がっていた。



「ふう・・・なかなか時間かかりましたが、元取れた感じで丁度良いですね。涼しかったし。」


と言いつつ、花崎課長の方を見ると・・・・・・真っ白に燃え尽きていた。


(あれ?力どころか・・・魂抜けてる?)


「花崎課長?」

「・・・・・・・・・・。」



口は開いたまま、目は潤んだまま。

うーん、どうも限界を振り切ってしまったらしい・・・ちょっと、何か飲ませて、休憩を入れねば・・・。

考えあぐねていると、スタッフの方が私達に声をかけた。



「お客様!おめでとうございます!条件達成ですッ!!」


「え?条件?」

「おおっ!やった!やりましたね!」


魂が戻った花崎課長に私は笑いかけた。



「はい!お札を全部指定の場所に設置し、100デシベルを越える悲鳴を上げた方にこちらのプレゼントを差し上げてます〜!!」


そう言って、スタッフの人は花崎課長に割と大きめの箱を手渡した。


「良かったですね、花崎課長。結構、価値のあるものらしいですよ。」

「え?そ、そうなの?・・・知らなかったわ・・・。」


赤い箱を受け取り、花崎課長は始めて笑った。


「笑える恐怖って・・・こういう事、なのね。」

「はい。」






そして、私達はそのまま、売店に直行した。

私はアイスコーヒー、花崎課長にハチミツレモンジュースを差し出した。


”ありがとう”と言って、花崎課長はストローに口をつけた。喉はやはり渇いていたようで、すぐに、ジュースの終わりのズゾゾという音が聞こえた。


「ぷはっ・・・・・・ホント言うと・・・迷ってたわ・・・。」

「え?」


花崎課長は空を見上げながら、言った。


「・・・ホントは、仕事って口実を作って、逃げようかと思ったの。百合やしきのお化け屋敷の事、知らない訳じゃなかったし。」


それは、意外な言葉だった。

花崎課長は、私に好意を寄せている筈だし、口実を作って逃げる必要はない。

やはり、嫌だったのか・・・?


「百合やしきに、あのお化け屋敷があるって知ってたから・・・もしかしたら、私・・・あそこに入るハメになるんじゃないかなって思ったの。」

「でも、入りましたよね・・・もしかして無理したんですか?」


「無理はしたわよ・・・怖いモンは怖いもの。」


そう言って、ストローをくわえながら、花崎課長は私をじとっと目で見た。


「そ、それは・・・すみませんでした・・・。」


ああ、やはりそうだったか。


「いいの。貴女は、ただ私の泣き顔が見たくて、連れて行った訳じゃない・・・でしょ?

私ね、鬼の花崎なんて呼ばれているけれど・・・ホント、ああいうのダメなの。職場の人間は、面白半分に私を怖がらせようとしててね・・・。

実を言うと・・・貴女もそのクチなんじゃないかって、ドキドキしてた・・・。」


「あー・・・なんとなく、それは知ってました・・・。」


木村ァ・・・お前のせいだぞ・・・怒られてしまえ・・・。


「そう・・・実はね、部下との距離、交流の仕方がわからなくてね・・・ずっとモヤモヤしてた。

貴女に木村君の件でハッキリと言われてから、自分のやり方を省みたの。言い方や自分に非が無いか毎日考えた。

それまではね、上司なんて、所詮恨まれる役なんだしって割りきってるつもりでいた。

でも・・・割り切ってるだけで、平気な訳じゃない。出来る事なら、私だってみんなと笑って仕事したい。

それでも、やっぱり私は怒ってしまう。”鬼の花崎”って呼ばれる。

聞こえるような声で、自分のアレコレをネタにされるのだってホントは・・・でも、そこまで口を出したら、状況はもっと悪化するって思ったの。」


確かに、状況は悪化しないだろうが・・・それだとちっとも変わらない。

しかし、自分だけの問題ならそれで問題は無いが、二人以上の人間が関わっている以上、我慢さえしていれば状況はまったく変わらない、とは言いきれない。

人間は、調子に乗るものだ。勢いやノリで、どんどん加速する。後の事なんか考えなくなる。


「私の泣き顔が見たいって、みんな言ってた。でも・・・私、今改めて思ったわ。

・・・これ、貴女にしか見せたくないって。こ〜〜んな私、絶対、あいつらになんか見せてやんない。」

「それが良いですね。」


「貴女は本当に純粋に楽しんでたみたいだし・・・だから、単に私の泣き顔目当てじゃないって思えたの。」


(ええ、まあ・・・見た所でどうもしませんし。)


「何よりね・・・私、貴女に誘われて・・・ホントに嬉しかったの。」

「あ、はい。プレゼントも貰えましたしね。」


私は満足だ、と伝えた。

お互い良い事があったのだ。

うん、良かった良かった。



「・・・ねえ、水島さん・・・コレに、深い意味は無いのかしら?・・・いえ、深い意味があって欲しい訳じゃないんだけれど・・・ただ・・・

さっきも言ったけれど、私・・・遊びに連れて行くのに向いてないし・・・今だって・・・叫んで泣いただけ・・・。

私は、課長って立場にあるし・・・水島さんとは課も違うわ・・・あ、でも勘違いしないでね?貴女が楽しいのなら、良いの。

良いんだけれどね・・・でも・・・もしも・・・貴女が、私に気を遣って、無理をしてるなら」


「課長こそ、勘違いしないで下さい。私は、貴女がかわいそうだから、と誘ったつもりはありませんよ。」

「・・・!!」


「課長、今、楽しくないですか?まだ、怖いままですか?」

私の問いに花崎課長は首を横に振った。


「・・・楽しい・・・来て、良かった。」


「良かった。

・・・確かに、高橋課長に花崎課長を誘ってあげて、とは言われましたが、そこから先は私の意志です。

それに、正直に言うと・・・チケットは・・・最初、破棄しようと思ってましたし。」


「そう・・・じゃあ・・・どうして、私を?」


「・・・・・・プレゼント。」

「・・・え?」


「あのお化け屋敷で、悲鳴100デシベルを上げる自信が私には無いし・・・適任者がいなかったんです。

海ちゃんはホラー平気だって言うし、伊達さんは騒ぐだけだから論外。阪野さんと暗闇はセットにしちゃ危ないし・・・花崎課長が一番良かったんです。」


「・・ああ・・・・消去法、だったのね・・・。」


何故か、がっくりと肩の力を抜く花崎課長に私は言った。


「そもそも・・・人嫌いには、結構ハードル高いんです。人を遊びに誘う事自体が。」

「・・・水島さん・・・。」



「あ、そうだ!開けてみません?プレゼント!」

「・・・そ、そうね・・・うん。」


テレビでは、賞品の中身を教えてくれなかったし、とても中身が気になるところだ。



箱を開けると・・・そこには・・・



 『 名作ホラー映画詰め合わせ。 ブルー霊(Blu-ray)BOX  〜10本セット〜 』



表紙には、真っ白い不気味な幽霊が映っていた。

どれもこれも、名作ホラーだ。




「・・・確かに・・・普通に買えば、1万円以上はするなァ・・・花崎課長、良かったで・・・課長?」




「・・・・・・・・・・・・・。」





・・・花崎課長は・・・気絶していた。


声は、もはや出なかったようだ。



私は、そのまま彼女を休ませてあげる事にした。











  [ その後 伊達の部屋にて。 ]






「で、結局・・・ソレ、貰ったわけ?」


城沢海は、さきいかを齧りながら、伊達香里にそう聞いた。


「そうなの。かっちゃん、この表紙見てるだけで気が休まらないんだって。だから、10本全部貰ったの。」

「・・・もったいない。」


「だよね?BO●KOFFとかに売れば良いのにね。」

「そうじゃなくて。・・・花崎は、水島と一緒にお化け屋敷デートしたんでしょ?そのまま気絶、とか・・・もったいないじゃない。」


「ん?・・・ああ、そういう事。・・・気絶してる間、みーちゃん、ずっとかっちゃんの傍にいたらしいよ。」

「へぇ・・・。」


「夕方になって、やっと目が覚めて、みーちゃんと観覧車乗ったんだって。でも、他は・・・よく覚えてないってさ。」

「・・・・・・へえ・・・。」


「ずっと手を繋いでた感触は、覚えてたらしいよ。」

「・・・・・・・・・・・・・へえ・・・。」




 二人は低い声を揃えて言った。



「「・・・花崎め・・・呪われてしまえ!!」」







 ・・・結局は・・・人間が一番恐ろしいのであった。







 [ 数日後。企画課にて ]



水島との遊園地デート・・・に行ったはいいが、途中からよく覚えていない。


花崎翔子は悩んでいた。

悩みの一つ(ブルー霊(Blu-ray)BOX)は解決したが・・・


(ああ・・・それでも・・・私、絶対変な顔を水島さんにいっぱい見られたわ・・・。)


いつも無表情の水島が、生き生きとしていたのは覚えていた。

彼女の幼い頃の思い出を聞けたのは良かったと思うし、彼女が自分を気遣ってくれていたのも解って良かったし、嬉しかった。


(いっぱい泣いて・・・いっぱい、水島さんに抱きついちゃったし・・・)


恥ずかしい。

本当に、恥ずかしい・・・。

想い人の前では、もう少しちゃんとしている自分を見ていて欲しかったのに・・・。


「あの、花崎課長。」

「は・・・!?水島さん!?」


「これ、頼まれていた書類一式です。お待たせしました。」

「あ、ありがとう・・・!」


先日はどうも、と言いかけたが、途端に絶叫を重ねた自分を思い出し、言葉に詰まる。


「あと、コレ・・・先日、アトラクションで無料で撮られる記念写真。先日は渡し忘れてしまって・・・良かったら。」


水島は茶色い封筒を机に置いた。


「・・・花崎課長は、お化け屋敷行ってもブレませんでしたね。ビックリしました。」


割と大声で、水島はそう言うと企画課を出て行った。

聞き耳を立てていた社員は、花崎の方を少し驚いたように見ていた。


水島なりに・・・自分を立ててくれたのだろうか・・・?


メッセージカードには一言。



 『 お疲れ様です。 水島 』 


なんとも素っ気無いメッセージが彼女らしい。

そう思いつつ、花崎は茶色い封筒から、記念写真を取り出してみた。





「・・・あ゛―ッ!」





写真に写っていたのは、大量の幽霊に追いかけられる、水島と水島におんぶされている顔が四角い自分の姿だった・・・。





 『暮らしの中の怖い物おまへんかー?まァるい花崎が、四角く叫びまっせー。』






 ― 水島さんは残業中 ・・・END  ―



花崎課長のお茶目な一面を出してみました。

・・・内容がリクエストに沿っているかどうか、は・・・はい、ええっと・・・正直、沿っている、とは言えない感じですね・・・はい。

とにかく、ちょっとだけ幸せになるのが似合う人です。


私のミスで、一時、完全版ではない方をUPしてしまいました。申し訳ない!!