あの日、火鳥が完全にやる気なく私に教えてくれたのは


祟り神を消す事は不可能ではないが、人間の方は無事では済まない、という事。


「くっだらない事言うけれど、聞いて頂戴。

祟り神も元々は”人間”なのよ。

奴らもまた、アタシ達のように何か秀でた能力を持っていた人間だったらしいけど

何らかのキッカケで人を捨てて、自分の欲望を追求する道を選び、祟り神になった。

だけど、祟り神になった時点で…」



「その欲望…理想は永久に叶う事はないんですね。」


叶えたい願い。

人(元の自分で)で、なくなってしまえば、もうそれは…二度と叶わない。




「そう。人を捨てた時点で、もう叶わないし、叶える気は無い訳。

やつらはただ欲望のままに、人を食い、人で遊ぶ。アタシ達は、やつらの玩具よ。」


「・・・悲しい、ですね・・・。」


私は一言、そう言うしかなかった。

一歩間違っていたままだったら、私もそんな存在になっていたのだから。



「水島。アタシ達が望む勝利の為には…ヤツらを永久の夢の世界から引き摺り落として、殺すしかないの。

だけど・・・」



そこで、火鳥は口を一瞬つぐんだ。

私は黙って、火鳥の目を見つめたまま、言葉を待った。




「…”魂の一撃”こそが祟り神を消せる。

祟り神を消すだけの一撃を放った人間の魂は…命は、その反動で…。」



火鳥は、悔しさと苛立ちとその他色々複雑な感情をない交ぜにしたような顔をして押し黙った。

それ以上、何も聞く必要は無かった。



「火鳥さん。」




私か火鳥、祟り神を消すには…どちらか死なねば、この話が終わらない、というのなら。





「お話は、わかりました。私がやります。」




火鳥は、私の言葉を聞かずとも知っていたように何も言わなかった。




「そう、じゃあ…そうしましょう。」





私と火鳥で決めた事だった。


縁の祟り神の狙いは解っていた。


人間の時に失った想い人を自分の手元に呼ぶ事。

その為に、想い人に似た人間をもっと想い人に近づけるように育てた。


本当の想い人が、その人間に降りて来て、自分の目の前に現れる事を期待して。


…なんと途方も無い、なんというデタラメな計画だろうか。

2月くらいに現れる、友人の為に男子を呼び出し囲んで交際を強要する暴走しがちな小中学生の女子でも、精神はもう少しマシだ。




「いいの?水島。死ぬのよ?」


死にたくはない。

だが、ここまできて祟り神に屈服し、負けて思い通りにされるのは、もっと嫌だ。


しかし、私が一言、”いいんです”と言えば、きっと火鳥はもっと悔しがるだろう。


火鳥にとって、煮え湯を飲まされた祟り神に、自分の関係者の魂を持っていかれるのは、悔しい以外の何物でもないだろうから。



だから「なんとかなりますよ。」とだけ言ってすぐに話題を変えた。


「それより、蒼ちゃんは大丈夫ですか?縁の祟り神のヤツ、きっと何かしますよ。」


「…ええ。狙いが解った以上、手は打てるだけ打つわ。ていうか、既に打ったんだけどね。」


そう言うと、火鳥はいつも通り”ニヤリ”と笑った。



「ただ…アイツの執念は相当な筈だから、油断はしない事ね。」


そうだ。

祟り神になってまで、尚もその一人の存在に固執し続けるのだから、相当の執念だ。

だとすると、私の魂一つで倒せるのだろうか?


いや、弱気になってどうする。

私は、ヤツを倒して、ただの水島に戻るのだ。







 私達の願い(希望) と 祟り神の願い(欲望)。









 ――― 我侭、貫き通してみせるッ!






「…”弓矢八万撃って捨て申すぅ”!!」

「そ、その台詞は…ッ!!」



祟り神の驚きをよそに、私は呪文を唱え続ける。

絶対に使わないだろうと決めていた呪文を。




「いよおおおおおおお!喰らえッ!!空中!●々村・元○・ナッツチョップ!!!!」




”ぺち。”



私は、祟り神の額にチョップを何度も叩き込んだ。



「うが…ッ!?」


祟り神の目が見開かれ、火鳥を拘束していた髪の毛が縮れていく。



”ぺち。”


(う゛…!効いてる!…けど、私にも効いてる…!)


右手が祟り神に触れる度に、痛みが私の全身の骨に響いた。



ああ、これは本当に死ぬんだな。と思った。


だが、これで、いい。とも思った。




「ふ、ふふふ…!」



祟り神は立ったまま、笑い始めた。

祟り神の身体の節々から、紫色の煙が出始め、目からは紫の汁が涙のように流れた。



「あ、あたしを殺すって事は…神を消す事…!人の分際でそれを犯す事は、死に値する事…!

己の命と引き換えだって、わかってやってるんだろうね…っ!?」



「ええ。」


「ふふふふふ…しかし、ただの相打ちで終わる訳は無いだろう?水島ぁ…!」


「・・・・・・・・。」



「アンタと火鳥の事だ…二人共、仲良く生き残る為の策を用意しているんだろう?そうに決まっている!

諦めないのが、アンタ達人間の信条だからね!」



そう、私達は諦めない。

この阿呆らしい戦いに勝利する事を諦めない。

だから…一つだけ”諦める”。




「神でも祟り神でもない、”無”となったイスカンダルは、あんたらのような特別な巫女じゃないと呼び出せない。

どちらかが、その身に宿しているのはわかってるんだ!

そして!イスカンダルをその身に宿していさえすれば…アンタ達は死を恐れる事無く、祟り神殺しが出来るッ!!

さあ!イスカンダル!あたしの前に姿を現せ!さもなくば、この人間は死ぬよ!!

もしくは、お前ごとこの水島を私が取り込むッ!」



「・・・・・。」


祟り神が会いたかったのは、本当に求めていたのは、私ではない。

昔々存在していた人嫌いの巫女”イスカンダル・お真里”だった。


だが、私は残酷な結末を祟り神に伝えなくてはならない。




「イスカンダルはココにはいません。」



「・・・え?」




祟り神の見開いた目が大きく揺れた。



「残念ながら、今の私は”ただの水島”です。

貴女が期待していた、イスカンダルとの再会は不可能です。

貴女が祟り神のままでは絶対に会う事が出来ない、”イスカンダル・お真里”は、私と火鳥、二人の巫女の身体には宿っていません。」



「な、んだと…!?」


「貴女がイスカンダルに会う事は不可能です。ここにはいませんから。よく見て下さい・・・ほらね?」



私の目をジッと見た祟り神の表情は、徐々に絶望のそれに変わっていった。



「じゃあ水島…あ、アンタ…まさか…本当に人のまま、祟り神殺しを…!?」



祟り神は、きっと”私達は生き残る為に、イスカンダルの力を利用する”と考えたのだろう。

私達ごと、イスカンダルを取り込もうとしたのだろうが…


そう易々と、あなたの思い通りに動いてたまりますかっての。

みすみす、お願い事を叶えられてたまりますかっての!






 何故なら、私に喧嘩を売り、完全に怒らせたからだ!!!






「そうですよ。始めから”相打ち覚悟”でした。囮は火鳥さん。私が貴女を倒す。」




「じ、じゃあ、イスカンダルは誰に宿っているんだ!?一体、あの人はどこにいるのよおおおお!!!」



祟り神の目からは、噴水のように紫色の汁が飛び散り、祟り神の身体は徐々に溶ける様に崩れていった。

懇願するようにイスカンダルを求める祟り神に、私は言った。



「教える訳ないでしょう?一度壊れた縁は…そう簡単に戻らないんだから。」




「…くそ…ッ……人選を…誤ったというのか…!」




「そうですね。”私”を選んだ時点で、間違いでしたね。」



「・・・ホント、アンタはあの女にそっくりだよ!それが、間違いだった・・・!」



余程、私はイスカンダルという女に似ているらしい。



・・・ホント、会わなくて良かった。



私は、浅い溜息を一つして、最後のチョップ…いや、掌を祟り神の目の上に置いた。





「・・・さようなら。」



掌から、縁の力を注ぎ込む。






「くそゥ……ちくしょおおおおおおおおおおおおおおおお!!!」




















―― それから 6時間後の事。










 私は、重い瞼をゆっくりと開けた。



 空は、まだ薄暗かった。





 私は口を開き、声を発した。
















 「・・・生きてるじゃん。」














 私、生きてるじゃん。










それに気付いた瞬間、ガバリと起き上がって、私は両手を挙げて叫んだ。













 「私、生きてるじゃあああああああん!!!!」















   『 水島さんは○○中。 最終回。 』









立ち上がり、腕、足を動かす。

動く、動くぞ!こいつ動くぞ!・・・って、私が動いてる!!



「ていうか、寒ッ!?」



ハイテンションな私。

自分のテンションに気味悪さを覚えつつも、私は自分の置かれた状況を確認した。


振り向けば、朽ちきった社。

見上げれば、明るくなっていく空。

ボロボロの○.M.Rの衣装で動く私。



「…どうして…生きてるの…?」



私は祟り神を倒した。

文字通り、命をかけて倒した…筈。




ふと、私の足元には私のモノではない、ジャケットが落ちていた。

先程まで死んだように寝ていた私にかけられていたのだろう。


ジャケットを拾い上げてみると、どこかで嗅いだような匂いがした。


(これ・・・もしかして・・・?)


このジャケットの持ち主…その人物を私は知っている。

試しに襟元に鼻をあてて、直に匂いを嗅ぐ。


傍から見ると変態行為なのだが、匂いの持ち主がこのジャケットを私にかけて去っていった事が気になってしょうがない。


(あ、わかった…。)


持ち主の特定は出来たのだが、祟り神を倒し、死ぬ筈の私が生きている事がなぜかわからない。

そして、このジャケットを私にかけていった人間の行方。




「なんか、嫌な予感がする…。」



妙な胸騒ぎに突き動かされるように私は走り出し、社を後にした。




ジロジロと好奇、嘲笑、嫌悪感、色々な目で私は他人に見られた。

しかし、今、ジャケットの持ち主に会いに行くには、この視線を、この苦行を乗り越えねばいけないのだ。



なんのこれしき。


一瞬の私しか知らない他人の視線など、気にするものか!


「あ、やだァ…変な格好…。」


グサッと心に刺さったけれど、負けるもんか!

・・・ハッ!?


なんか妙な気配に斜め後ろを見ると、半笑いの女性が携帯のカメラを構えていた。


「ちょ…ちょっと!写真はやめて下さいッ!好きでこうなってる訳じゃないんですッ!」

「・・・チッ。」



・・・勝手に撮影しようとした挙句、注意されたら舌打ちだとぅ!?


よーし。赤い縁の紐、切っといてやろう。私の女難になると困るからねッ!(怒)


 ※注 最終回で、私怨を見せる最低な主人公。




私は、人目を振り切るように走り出した。

疲れで頭の中がいっぱいにならない内に、私はあの人に会わなくちゃいけない。






私の目に映る、左手の指についている赤い紐。

これを辿れば、あの人に会える。



私は、紐の先にいた人物の名前を呼んだ。




早朝、人気もまばらな道路をゆったりと歩く後ろ姿。

まだ寒いのに、そんなに足を出して大丈夫ですか!?と心配になる、あの姿!

コートを着ていても解る、身体のライン。まるでCGで作られたような見事な脚線。



朝から溢れる色気、というか隠しきれていない…否、隠す気が微塵もない色気!!


間違いない!私の探し人だ!!


疲れきり、身体の芯まで冷え切った身体を無理矢理動かし、私は走った。



「さッ…しゃ…さッ阪野、しゃッ…阪野ッさんッ!」



サ行もまともに言えなくなった口を必死に開き、私は叫んだ。



私の声が届いていないのか、阪野さんの後姿はなかなか近付いて来ないし、止まる気配も無い。


無視されているのかもしれない。

手を掴んで、引き止めなくちゃ。



「はぁ…はあッ…はあっ…阪…っ!」


手を伸ばそうにも、上手く動かない。

疲れのせいか、寒さのせいか…。

もしも、社であのまま寝ていたら、本当に凍死してたんじゃないだろうか…!?



そう、思ったらなんだか腹が立ってきた。




(・・・なんだよ・・・!)



足だって走り続けて疲れてんのに。



(・・・放置、してんじゃないわよ・・・ッ!)




こんなボロボロのふざけた衣装で、凄く寒いのに。





(・・・私の事、助けに来てくれたクセに・・・ッ!!)





目が覚めたら”いつも通りの一人”だった。

ジャケットだけ被された状態で放っておかれた。


そこに不満があった。


阪野さんが、私をそういう状態のまま放っておくなんて、と思っただけで不満を感じた。




(私の事、少しでも好きなら、あのまま放置していくんじゃ・・・ないわよッ!!)



いつも会社でチラ見していた後ろ姿。

男性社員からは欲望の眼差しを向けられ、女子社員からは嫉妬と嫌悪の視線を向けられていた阪野さん。

彼女は、それはそれで良しとしていた。

いや、どんな目で見られようと強く自分を保っていた。


でも、本当は無理をしていた。

初めて阪野さんと話をした時、彼女は泣いていた。




『…人間、見た目9割って言うでしょ?…私達、見た目も仕事も10割なのよね。

 私、それは当然だと思ってたし、誇りだった…。

 でも…自分が思ってるほど、周囲はちゃんと見てはくれないのよね…』




私だって、そうだった。

いや、私の方が…周囲の人間より、貴女の事をちゃんと見ていなかったし、見るべきだったのだ。

理解者を求めていた貴女を、ずっとずっと遠ざけていた。

・・・それは、近くにいたら肉体的に危険だったからという言い訳もさせて欲しいのだが。


とにもかくにも、戦い終わり倒れた私にジャケットをかけたのは、間違いなく彼女なのだ。

私が、彼女を引き止める立派な理由だ。



「阪野ッさ……」



これまでずっと…ずっと、私は…彼女に見られているばかりで、捕まえてもらってばかりで…!

助けてもらってばかりで…!



今ココで、彼女を引き止められなければ、もうこれからずっと彼女を呼ぶ資格なんか無い。




「―――阪野ッ詩織ッ・・・・・・さんッ!!」

 ※注 根が小心者なので、呼び捨てようとしてもなかなか出来ない。




私の声は、出入り口のシャッターが閉まったビルの壁に反響した。

阪野さんらしき後姿がぴたりと止まり、動かなくなった。

振り返る事をしない彼女を見て、私は一気に距離を詰めた。


僅かに肩が震えているように見えたが、構わず私は倒れこむように両手で彼女の両肩を掴んだ。




「…ホンっト…足長いんだから…追いつけないじゃないですか…やっと追いついた…!」


もしも、阪野さんが走ってしまったら、私は絶対に追いつけなかっただろう。

阪野さんが立ち止まってくれたから…追いつけたのだ。

それだけ、私の身体の疲労は限界に達していた。


「何言ってるのよ…水島さん」



そう言って、阪野さんは私の手にそっと触れた。




「・・・貴女の方が足が早いんだから、捕まえてくれなきゃ。」



阪野さんの表情は、いつもの微笑みとは違っていて、力が入ってなくて安心感でいっぱいの緩い微笑だった。




・・・エロく、ない・・・!?





「…どうかしたの?水島さん。」



阪野さんがエロくない事なんてなかったので、思わず違和感を感じた、とは言えないが…。

物凄く違和感を感じたが、偽物くさ〜い☆なんて言ったら、失礼に決まっている。

大体、最終回で、阪野さんEDに進もうという人間が、好感度を下げるような事を言う訳が無い!


っと、メタ発言はこの辺にして、と。



私は「い、いえ、な、なんでも無いです!」と本音を無理矢理隠した。


しかし、見れば見るほど・・・違和感が強くなってくる。


・・・なんだろう、この違和感は。



阪野さんの微笑みというのは、エロい・・・だけじゃないのだけれど

一目見るだけで、”あ、エロい!”という情報が私の脳に直撃するのが通常なのだ。


以前、本人に直接『いつもエロいのはどうして?』と聞いた所。

 ※注 さり気無く失礼な事をしている主人公。


彼女曰く『内面から滲み出るものだから抑えようもないし、貴女を見ていると溢れてくる始末だから仕方が無い』、だそうなのだ。


阪野さんのエロさが、枯渇した・・・?


いや、阪野さんはあれでも、まさかの”26歳”だ…!

濃厚エロスだけど、簡単にあのエロスが枯渇するとは思えない…!!





 こ れ は お か し い ・ ・ ・ ! !




い、いやいや!待て待て!奇跡的に阪野さんを見つけたっていうのに

これが偽物ってどういう事だ!?仮に偽物だとしたら、これは一体誰なんだ…!?



「・・・水島さん?どうしたの?難しい顔をして。」



目の前の女性を信じたい、と思う反面、この人が信じても良い人、本人なのかの確証が無い。

元々、人なんて信じる性質ではないのだ。



(仕方ない…)



ここは、彼女を試す事にしよう。








「阪野さん…覚えてるんですね、私の事。」


私がそう言うと、阪野さんはニッコリと自信満々に言った。


「え?やだ、何を言ってるのよ。例え、縁を切られても私は貴女を忘れないわ。」


その笑顔。

よく似せてきたもんだ。


「…ええ。でも、縁の紐切った方々には悪い事をしました…。みんな、もう私の事は覚えていないでしょう。」


私は少し俯きながらも、阪野さんらしき者から目を逸らさなかった。


「…そうね、でも私は違う。私は、他の女とは違って、こうして愛する貴女をしっかりと覚えてるんだから。」


皆が私との縁を切られる前…忘れる前…女難チームの女達は、一緒に笑っていた。

誰もが個性的で、仲が悪い事も多々あったけれど…みんな、あの時だけはお互いを認め合っていた(はず)。


それなのに…。


「本当に全てが終わって良かった。水島さんも安心したでしょう?これからは、女の事で悩む事なんか無いんだから。」


目の前の阪野さんの表情には、記憶が無いであろう女難への侮蔑に近い、勝ち誇った笑みしか浮かんでいない。


「だって、貴女が選んでくれた私がい…」


「ええ。そうですね。」


自信たっぷりに語っていた奴は「ええ。そうですね。」と言った私の目を見て、口を閉じた。

そして奴は、私の目を見て、ニッコリと笑っていた表情をスッと無表情に変えた。



その瞬間(あ、やっぱり。)と確信に変わった。



こいつは、阪野さんじゃない。


不覚なことに、阪野詩織という人物を私は…よく知ってしまっている。




「・・・何か、気になる事でもあるのかしら?」




白々しく口角を上げながら奴は問いかけてくるが、目は静かな敵意に満ちている。



「なんだか…まるで、私が貴女を覚えていたら、おかしいみたいね…。」



そうだ、おかしい事は無い。

阪野さんとの縁は確かに切らなかった。

だから、彼女だけは私を覚えていてもおかしい事はない。


「いいえ。」

私はそう答えた。


「そうでしょう?…じゃあ、心配無いわよね?…さあ、行きましょう。」


そう言って差し出された手を私は握れずにいた。



「どうしたの?」


「確かに、私は、阪野さんとの紐は切りませんでした。でも・・・」


「でも?」





「貴女は、阪野さんじゃない。」

「・・・。」




昨日、その紐が繋がっていたが故に、彼女は私の前に姿を現した。






 ― 時は遡り 昨日 ―






「…待って!」


社へ向かう道を走る私に、声を掛けたのは阪野さんだった。




 『どうして、自分の縁だけ切らなかったの?』



彼女の目は、そう言っているように見えた。

だから、私は一言、彼女との縁を切らなかった理由を口にした。



『良かった…貴女に、もう一度こうやって会えて良かった…!』



それを聞いて阪野さんは、涙を流した。

きっと、彼女は複雑な心境だったに違いない。

なんて無責任かつ酷い事を口走ってしまったのか、と今なら思う。


それでも・・・私は、阪野さんにもう一度会いたかったんだ。

祟り神との対決の後…私は息を吹き返せるなんて思っていなかった。


『水島さん…!』


阪野さんの声は、涙混じりな時でも相変わらずエロいな、なんて頭の片隅で思いながら、私は少し笑った。

そんな不謹慎なことを思う私に阪野さんは、堪え切れない様子で叫んだ。



『…行って!お願い!行ってッ!!』


阪野さんの手はガードレールを掴み、私に向かおうとする足を必死に止めていた。


祟り神の呪いの効果だろう。

女難となってしまった人間は、私との縁が繋がっている限り、私だけを狙うようになっていた。

恐らくそれには私や火鳥以外、誰も抗えないだろう。


好意と敵意は、紙一重。


祟り神の匙加減で、精神は揺らぎ、私を殺したいほどの破滅的な愛に変化する事もある。

だから、女難メンバーの縁を切らざるを得なかったのだ。

阪野さんもそれを感じ始めているのか、私に近付こうとする気持ちを必死に抑えていた。






それでも、最終的には…





「水島あああああああああああ!!!!」

「!!」



涙が混じった悲鳴のような声は、私のすぐ後ろから聞こえた。

その後、私の左肩には鈍い痛みが走った。





「ぐうッ…!!」


バランスを崩し、前に転がるように私は転倒した。


そのまま寝ている余裕は無い。すぐに立ち上がり体勢を立て直し…


嫌な予感がして、瞬時に顔をあげる。



「ッ!!」




角材を持った見知らぬ女が立っていた。

角材は…工事現場から持ち出したのか?咄嗟の武器でもあの角は当たったら痛いに決まっている。

起床直後に祟り神に操られたのだろう…かわいそうに。パジャマ姿のままのご登場だ。


「あ…愛してあげる…!」


寝起き全開の小さな声で、私への歪んだ愛を口にしたかと思うと、パジャマ女は手にしていた角材を振り上げる。


「あ…!」


パジャマ女の指についている縁の紐は黒くなっており、目は完全に据わっている。


「まぁずはぁ…その脳みそからぁ!愛してあげるゥッ!!」



愛って、そんなに解剖学的に部分的に進行しなきゃいけませんでしたっけ!?

上から下に振り下ろされる角材。

立ち上がり途中の体勢では、横に避けるので精一杯だが…。


(やるしか、ないッ!)


”カンッ!”


乾いた木がアスファルトに当たる音がした。

立ち上がって逃げなければ、と思ったが、左肩に痛みが走り一瞬出遅れた。

その一瞬で、角材パジャマ女は即座に私と距離を詰めた。



振り上げられる角材が、やけにゆっくりに見えた。


正直 (やられる…!) と思った。

身体に当たるのは間違いない。せめて、左腕を犠牲にして、なんとかこの状況から脱しなければ、と思っていた。






”ああ、最終的には、いつもこうだ。”

私は、そう思った。




「失礼。」



凛とした声が聞こえたと同時に、角材の動きが止まった。

角材をすらっとした指が掴んだかと思うと、一陣の風がふっと私の頭上をかすめて、続いて”バキッ!”という音と共に角材が真っ二つに折れた。



「・・・阪、野・・・さん・・・!?」

「細めの角材で助かったわ…さすがに足に傷がついちゃう。」


ふうっと一息つきながら、長い足を下ろした阪野さんが立っていた。


「うそ・・・!」


お、折りおった―――ッ!!この女!角材を折りおった―――!!!


「な、な、なんて女なの…!?」


私、今、パジャマさん(仮)と同じ事を思いましたッ!!

阪野さん…つくづく女難でいたら危険な人…っと、そんな場合ではなかった!

私はパジャマさん(仮)との黒くなった縁の紐を切り捨てた。





「秘書たる者…角材くらい折らなくちゃね。」

※注 この秘書は特別な訓練を受けています。普通の秘書は真似をしないで下さい。


(秘書のハードル高すぎいぃッ!!)という私の心のツッコミもなんのその。

阪野さんは額に汗を滲ませながらも、いつも通りにっこりと微笑んだ。


私の為に行動してくれた彼女の瞳は、いつだって…エロさの中に優しさがあった。

 ※注 いい加減エロから離れてください。



「阪野さん…大丈…!?」


私が声を掛けると、阪野さんはスッと手を伸ばし、私の頬に触れた。


「ぇ…!?」


こんな時にまでセクハラですか?と言いかけた私に阪野さんは言った。


「これが終わったらエステに行ってみない?きっと、気に入るわ。」


あ、お肌、荒れてます?ていうか、終わったらどうのこうのって、死亡フラグ…!


「安心して。これでも理性はまだ、あるのよ。…ものすごく、貴女の身体を撫で回したい気持ちはあるんだけど。」

「・・・。(普段からその理性働きませんかね?)」←本音を飲み込んだ水島さん。


私が頬に添えられた阪野さんの手に触れようとした瞬間、彼女はスッと私から離れた。


「さあ、早く行って。コレを終わらせて。角材みたいに貴女の腰を折ってしまうわよ?」

「は…はい!(最後の台詞が怖えぇ!)」


「それで、これが終わったら……ちゃんとデートしましょ?」


「え、えっと…。」


いや…だから、阪野さん、それは死亡フラグ…!!


「やぁね…私なりに順序良く貴女を口説いているだけよ?デート当日の貴女の下着、楽しみにしているわ。」


「は、はははは…。」



最後の台詞も要らない…!もう、セクシーっていうか、下品!




「信じてるわ、水島さん。記憶が残っていたら、私から必ず迎えに行くから。」




阪野さんは、そう言ってエロ優しい目で微笑んだ。




「わかりました!約束、します!!」



柄にも無く私は、阪野さんと約束をした。





 ― そして 現在 ―





おかしい、と思ったんだ。



「私の事は覚えている、というか知ってはいたでしょうけど、”約束”は覚えているはずが無い。」

「は?約束?」



「…阪野さんと私は約束をしました。」


「・・・ん?」


一つ。

迎えに行くと宣言した彼女が自分から来なかった事。

まあ、すれ違っただけとか事情はあったかも、と考えようとしたのだが二つ目の違和感が現れた。


誤魔化すように首をかしげてみせる奴に向かって、私は確認をしつつ、肩幅に足を開いた。


「貴女は、約束の事を一言も口にしないし…第一、さっきから…私に”何もしない”ですよね?」


二つ。

阪野さんが、私にセクハラを働かなかった事など無かった。

シリアスな雰囲気にはさすがに空気を読んで、触れるだけに留まっていたものの…

こんなにも適切な距離を保ち続けるなんて、不適切な阪野さんにしては、おかしいにも程がある。

 ※注 一応ヒロインに向かって失礼ですよ!



「な、何もしないって…ど、どういう事?そんな事で私は疑われなくちゃいけないの?」


とぼけるつもりか。


「彼女(本物の阪野さん)に、何もしてませんよね?」

「…彼女って、誰の事かしら?」


阪野さんの皮を被ったソイツは、腰に手をあてて、まるでモデル気取りなポーズをとり、少し顎を上げて私を見下ろした。


「阪野詩織さん」

「あぁ、私の事?」


白々しい。


「いいえ。」


「例えば…目の前にいる私を阪野詩織と認めないのだとしたら、私は何になるのかしら?

そして…私をどうする気?」


ゆらりと奴の後ろの景色が揺れたような気がして、奴は、あからさまな殺気を放ち始めた。


「どうもしませんよ。貴女が阪野詩織じゃないなら用はありませんから。ここから立ち去るだけです。」

「は?・・・人嫌いが”用がない”?・・・随分な口を叩くじゃないのよ。」


ゆらりと横に揺れたかと思うと、阪野詩織だった奴は、すぐに緑色の着物を着た女に変わった。

細身の女だった。頬はこけ、浅黒い肌。唇は薄く、血色は決してよくは無い薄紫色。

焦点の定まらない目は揺れ、宙を見ている。



「あーあ…縁の祟り神を出し抜いて巫女を喰ってやろうかなと思ったけれど、嫌になっちゃった。勘の良い人間は、味が淡白なのよね。」


そう言って袖を振っている人間ではない者に向かって、私は言った。


「…貴女は、やっぱり祟り神ですか?」


「そーよぉ。私は”変化の祟り神”。人間はいつだって不満だらけ。変化を望む生き物でしょ?

例えば〜…自分自身に不満を抱き”あんな風に変わりた〜い”、というふざけた願いを利用して…人間を祟って喰らうワケ。」


「・・・・・・。」


…祟り神って、イマイチこう…持ってる属性が地味っていうか、なんていうか…。


いや、そんな事より!!

阪野さんの姿をした祟り神がいたって事は…本物と祟り神が接触している可能性があるって事だ。

焦点が定まってないし、祟り神は大体にして人間の魂を喰う、ヤバイ奴ばかり…。

もしかしたら…という不安をなんとか頭の中から振り払う。


「人は誰でも自分に…自分の環境や自分自身に不満を持っている。その不満を糧に、前向きに変化出来る人間は、まあ少ないのよね。

人の根本や本能が簡単に変わらないのと同じように…。

大体の人間は、自分以外のモノを変えようとする。」


変化の祟り神は、突然語り始めた。

妙に落ち着いた口調が、私の焦りを誘う。


「そんな事より…阪野さんは、どうした?」


感情を押し殺し、私は尋ねるが、祟り神は答えない。


「阪野詩織も例外ではなかった…。あの女も”完璧なお人形”なんて言わているけれど…本当はコンプレックスの塊。」


嘲笑うように阪野さんの話をする祟り神。

こいつは間違いなく、阪野さんに接触している。


「阪野さんは、どこだ…ッ?」


「世間から見て殆ど完成されつつある阪野詩織は、悩んでいた。

自分は完璧であって当たり前、世間も皆、彼女を完璧だと言っているのに、その実、本人はちっとも完璧なんかじゃなかった。


だから、もう…絶望、だよねぇ?だって、もう完成されてるんだから…。


”完璧なお人形・阪野詩織”以外、変わりようが無い。

そして、変わりたい自分が、理想がどこにもない。完璧以外望まれていない。彼女はナニモノにも変わる事を許されない。


でも、あの女は思うワケだ。変わりたい、と。阪野詩織以外なら…誰でも良い!変わりたい!…と。

そんな女が、どうして変わりたいと願ったか…水島(オマエ)には…わっかるゥ?」


からかうような口調に、私は痺れを切らした。



「そんな事より!!阪野さんは!どこにいるんだって聞いてるんだ!!」


私の怒鳴り声なんて小鳥の囀り程度にしか思っていないのか、変化の祟り神は、にたりと笑って、初めて私と目を合わせた。


「人間ってさぁ…無い物ねだりが好きなんだよ。」


「・・・は?」



「欠点を嘆いたり、無い物を求めたり、変わりたいって思う事は…自分を高めるチャンス!

…っておめでたく思っている奴がいるみたいだけど。

それって、こじつけも良い所だよ。どんだけ前向きなの?ベッ●ーですら、ああなったのに。

どんなに足掻いても、無い物は無いんだ。」


「な、何が、言いたい!?あと、●ッキーネタはやめろ!!」


「阪野詩織も”そう”だったって事さ。だから、簡単にこちらの手に堕ちた。」


あの、阪野さんが…無いモノをねだり…だって?

あの阪野さんが!?完璧で…何でも出来て…何でも自分で獲りに行く人だ…!

何かっていうとエロがついてくる、あの人が…!?あ、それは関係ないわ…しっかり!私!!


「な、なんだよ!?…あの阪野さんに欠けてるモノって…!阪野さんが欲しかったものって…!?」


私は動揺を隠せずにいた。

何もかも知ったような口で祟り神はこう言った。




「ふっふふふ…!全く、人間は愚かしいね!気付きやしないんだから!!

ま、いいや。結論を言ってしまえば、”変化を望む人間は、とても愚かで とても孤独で とても美味”って事さ。」




どくんと心臓がゆっくりと鳴った。




「・・・まさか・・・阪野さんを・・・喰った、のか・・・!?」




ぐらりと視界が揺れる。

全部終わらせてきたのに。

約束をした相手がいない。

その事実が胸に突き刺さって、痛みを徐々に私の中で拡大させていく。




「・・・喰ったんだな・・・!」






「味のポイントとしては…”絶望”かな?・・・あれ?」




「うわああああああああああああ!!!!」




悪びれる事は勿論しない祟り神の顔に、私は思い切り拳を突き立てた。

確かに祟り神の顔にヒットしたと思ったのに、ぐにゃりという嫌な感触が伝わってくるだけで、手ごたえが無い。



「う〜ん、いいパンチだ。さすが縁の祟り神に挑んだ巫女だ。」

「うるさいっ!!!」


拳は祟り神に当たるのだが、柔らかいゴムを殴っているような感触しかなかった。

余裕の表情で祟り神は、私をせせら笑っていた。



「そうそう。無い力を振り絞ってみなよ。

愚かな人間は、自分に無い物を自分から作り出そうと足掻く哀れな生き物なんだから。

欲しいモノを奪おうと必死に奔走する姿は、滑稽を通り越して、愛おしさすら感じちゃうよ。


そういえば、阪野詩織は、君に好かれようと随分と頑張ったらしいねぇ…自分の手を汚してまでも。」



「…手を汚し、た?」



「君を無理矢理犯そうとしたり、火鳥を殺して生贄にして君を生かそうともしたんだ。

君が望んでいないと解っていた上で彼女は、自分の信ずる愛の為に色々手を尽くしたワケだ。

嫌われる危険を冒してまで、君の為にあんなに動いたのに…君ときたら、自分の命を掛けて祟り神を殺そうとした。

ねえ、君が勇気ある死を選んでしまったのなら…阪野詩織のこれまでしてきた事は、なんだったんだろうね?」



それは、確実に私の心を突き貫いた。


私は、私の勝手で祟り神と決着をつけた。

巻き込まれてしまった人は記憶がなくなり、全てが元に戻るから、と安易に。



「どんなに努力しても、容姿や性格、血筋、その他もろもろ…結局、もっていない奴は変われない。

阪野詩織の場合は…持ち過ぎている故に、本当に欲しいモノに近づけない。そして、変われない。

変われなくても、君の傍にいたい。変わらなくてもいいから、日々変化していく君を見ていたい。

自分は悪役に落ちてもせめて、水島という人間の命を助ける、という願いが叶うかもしれない。

…そう思って、頑張っていたのにねぇ…。」



「・・・・・・・。」



握っていた拳の力が緩んでいく。




「そう思って頑張って迎えた結末の先に、愛しい君が縁の祟り神と共に死ぬ、というオチが解ったら…


阪野詩織は、一体どの位、苦しむと思う?」



彼女の変わらない笑顔が頭に浮かんで…。



「・・・・・・・。」



私は涙を流さずにはいられなかった。



「そうそう、そういう顔になるよね。

悔恨、苦悩、失望、それら最高のスパイスが加わった魂を喰らうのが・・・快感なんだよねぇ。」






…ああ、阪野さん…。







 『水島さん、デートしましょ?』







…もう、ごめんなさい…も言えないです…私…。




私はがっくりと膝をついた。


「うっ・・・ううッ・・・!」


流れる涙は止まることなくあふれ出し、口元に手をあてて、私はその場で泣いた。



「あらら…人嫌いが他人の為に涙を?こりゃあ…いいスパイスだ。喰べ頃かな?」


そう言って、祟り神はニタニタッと笑って、私に近付いてきた。

こいつは私を食うつもりだ。



今はもう…叶わない願いだろうけれど、阪野さんに会いたい。





『信じてるわ、水島さん。記憶が残っていたら、私から必ず迎えに行くから。』








コイツに喰われたら、一緒になれるかしら?








…な〜んてな。










「思う訳ねえだろ!!ふんぬッ!!!」


拳を握りなおし、祟り神の腹に突き立てる。



「ふぐっ!?な、なんだ…急に…!?」


今度は手応えがあった。



「本当に…魂を喰ったなら、吐き出してもらいましょうか…?」


私は高橋課長から貰ったハンカチに包まれた何かを握って、更に殴りやすい拳を作った。



「こ、この人間外の力は・・・!?」


祟り神がジリジリと後退していくが、私は逃さなかった。

そのまま拳を連続で祟り神の腹に打ち込み続ける。




「吐け吐け吐け吐け吐け吐け吐け!!昨年の飲み会後の作者のように吐けえぇええええええ!!!」

  ※注 めっちゃ出ました☆





「ぐ、ぐ、ぐぐぐぐ・・・・ぐぼおおおおおおおおおおおお!!!」


黄色い液体と共に、煙が出てくる。

どれが魂だかわからないが


「…汚ねえッ!!!!」と足で蹴っ飛ばす。


「ぐふゥッ…ひ、ひどいッ!」


あらかた吐いた祟り神が私を睨む。


「…どこが?哀れな人間が無い力を振り絞ってるだけですよ?」

私がそう言うと、祟り神は脂汗を浮かべながら、笑った。


「…ははッ…やっぱり、水島…アンタは、コッチ側に相応しいよ。」


「はい?」


「オマエ、自分でも解ってるんじゃないの?」


祟り神が何を言おうとしているのか、なんとなくだけど、予想はつく。

自分でも思っていて、気分がしこたま悪い。


「…何をですか?」と一応聞く。



「だって、オマエ、もう人間じゃな」


祟り神がそう言いかけたが、私は拳でその後の言葉を潰した。



「私が人間なのか祟り神にまた落ちてるのか、そんな事はどうでもいい。阪野さんは、どこなの?吐いたんだろうね?」

「吐いたもなにも……私は喰ってないよ。」


「つまんない嘘を…」

「だって、縁の祟り神がさらってしまったもの。」


「…本当に?あの人がタダで捕まる訳が…!」


「祟り神って言っても、ちゃんと神様だもの。」

「・・・何?」


「死に掛けたオマエを助けに来たケナゲな阪野詩織ちゃんはねぇ〜カワイソウに。アンタを助けようとして、縁の祟り神に捕まってしまったんだよ!!」



「・・・あ、そ。」



私は、拳を祟り神に突き立てた。

祟り神は私の拳を受けた後、やってられないわぁと言い残し逃げるように消えた。





次に、目指すべき場所は解った。






私は社を目指して走りだした。


そして再び社へ続く階段を見て、内心ゲッソリしていた。

ああ、また、ここに来るハメになるとは…。



(つくづく…ご縁があります事…。)



頭の中で皮肉を口にしながら、私は階段を上がる。



『ああ、戻ってきたね?あの女の為かい?見捨ててしまえば、アンタは人間のままでいられるんだよ。』


私は声など気にせず階段を上がっていく。


『それとも、祟り神になる決心でもしたかい?歓迎するよ?』


私は無視をし、そのまま階段を上がり続けた。

思い返せば、今まで色々あった。

私の身にも、阪野さんにも。



やっぱり最後まで巻き込んでしまったな、という反省しか残らないが。





「水島さんッ!来てはダメッ!!」




階段の上の方から、確かに阪野さんの声がした。


(良かった…声にちゃんと艶がある。今度は本物っぽい。)


私は足を止める事なく、そのまま歩み続ける。



「本当にやめてッ!私は、貴女を死なせたくないし、貴女を忘れたくも無い!!」


「大丈夫です。今、行きますから。」


「どうして…ッ!!」



涙声に私は答える。




「会いたいんです。貴女との約束があるから…いや、ただ会いたいんです。

会って、やっぱりエロいなぁって再確認したいんです。それじゃ、ダメですか?」


私がそう言うと、涙声はますますこもったものになった。


「な・・・によ、それぇ・・・。」

「あ、ごめんなさい…エロだけじゃないってわかってるんですけど。」


「そうじゃなくてッ!私ッ!人を…貴女の友達を殺そうとしたのよ…!?」

「…じゃあ、謝る相手は私じゃないですよ。」




「だから!そうじゃなくて…ッ!私は、もう貴女と一緒にいられるような女じゃないのッ!資格がないの!」



「ああ、だったら…。そんな事、どうでもいいんです。」


「・・・!!」


「私は阪野さんに会いたい。阪野さんが私に会いたくないなら、話は別ですけど。」

「…るい…ズルイわ…水島さん!」



「この頃、よく言われます。」


私は階段を上りきった。

迷いは無い。


自分の目的は一つだ。



階段を上がりきって、私の視界に入ってきたのは、社までびっしりと地面を覆うように蠢く黒い紐だった。


(これ…全部、呪われた縁か…。)


捕まったらややこしそうだし、紐が絡みついたら、どんな影響が出るか解らない。



ボロボロの社の中には、祟り神のオバサンが直立不動で立っていた。

無気力そうな立ち姿なのに、目は一切、動かず、近付くもの全てを否定しようとしていた。


その後ろには黒い紐に縛られた阪野さんだ。

・・・やっぱり、紐が所々狙ったところに食い込んでいて、なんかエロい!



「水島さん…!」

私は阪野さんの目をジッと見て、こくりと頷いた。




『水島、お前は本当に解ってないね。自分の事を。

お前は、人に向いてないんだよ。人間と触れ合う事も向いてないんだよ。

だが、それ故にか…お前は、人を妙に惹き付け続ける。

望んでもいない人間達からあらゆる欲を注がれ、苦しみ続ける。

だから、お前は今のお前になったんだ。

人を惹きつけ、押し潰されそうになったから、人嫌いになって…自分を隔離して守っていた、臆病者の弱者。


あたしは、それを…守ってやったのに…』



確かに、そうだ。

今の私を作り出したのは、私の弱さだ。

他人から隔離する事で、自分の好きな自分を保っていた所はあった。



でも、だからって…




「誰が頼んだ…!」


私は拳を握ったまま叫んだ。


『!?』



「誰が、女難の女にして守ってくれと頼んだんだッ!

誰が、お前なんか必要だって言ったッ!

私の意志を、お前が語るな!私を創るなああああああああああああ!!!」



とは言い切ったものの、発煙筒は使い切ったし、祟り神対策の衣装は、ボロボロでほぼ壊れかけている。

あと一度でも祟り神の攻撃を受けたら、こんな衣装の効力なんて無に等しいだろう。


そういえば…さっき。

殴っただけで、あの祟り神は消えた。



私の手に握られた”それ”からは、妙な安心感を感じるのだ。

その物を入手した経緯を瞬時に思い出した私は、掌でそっとハンカチを開く。



(コレ、釘か…?呪いの五寸釘?……いや、違う…これは…!)



パッと見て、それが一発逆転のアイテムかどうかは解らなかった。


今は、これしか無い。


そう、私の直感が言っている。




(いけるかも・・・いや、これで行く!!)




走ると足にぐちゃぐちゃとした嫌な感触が連続で訪れた。

まるで虫か何かを踏みながら走っているような嫌な感触。



『馬鹿の一つ覚えで突っ込んでくる気かい?阪野詩織の首を捻ってやる事も出来るんだよ!?』

「そんな事、させないッ!!」


黒い紐が一斉に私を捕まえる。

勿論避けきれる訳は無いし、祟り神もそれも解っているだろう。



「水島さんッ!!」

『そうら!捕まえたぁッ!!』 



「うっ!?」



その瞬間、バチッと電気のようなモノが私の足から頭にかけて流れた。

見えたのは・・・会社?城沢グループ本社だ。

若い女性が立っている。

(・・・阪野さんだ。)

阪野さんを囲むように沢山の人々が彼女を見ている。

(こんなに沢山の人々の視線に晒されているのか…。)

でも、気に入らないのは、その視線が殆ど好奇心や敵意むき出しのものばかりで…。


  コレは、私の日常…

  心象風景っていうのかしら…?

解りやすい阪野さんのナレーションが聞こえてきた。


(ああ、解説助かります!…で…これは?)


  うーん、入社時からずっとこうだったのよね。

  慣れてしまったけれど、私はずっと周囲の視線に囲まれていた。



『いいな〜あのスタイル…秘書ってやっぱり響きもエロいけど、阪野詩織は全部がエロいよなぁ…ヤラセてくれないかなぁ…。』

(え?・・・ドン引き!)

  そうね・・・こういうのも多かったわね。安易な思い込み。

  面と向かってヤラセろとか言う人もいたし、襲われそうにもなったから。

(え・・・!?)

 でも、エロい私が全部悪いの。

 誘ったんだろう?刺激しただろう?そう思われたらセクハラと一緒だ、なんてね。


『あーら、また完璧なお人形が男をたぶらかしたわよ』

女子社員からのキツイ一言。

 まあ、これも慣れたわね…。

(慣れる、ものなの・・・?こんなキツイの・・・)


 慣れる、というか、それが私の生き方だったの。

 私はみんなの理想のままに動いていたに過ぎない。

 始めは両親を喜ばせたかった。

 周囲にかわいいね、とか礼儀正しいねとか褒められたら両親は喜んだから。

 学業、運動、どれもこれも、周囲の評価を上げれば、周囲は勿論、両親は喜んだから、私も嬉しかった。


 周囲の期待に応えれば、応える程、私は褒められる。

 …だから、幼い私は、人の望むように振舞った。


 周囲の望む”私”に 私は、なりきった。


(それが、完璧なお人形の始まり・・・?)



 周りの為に頑張って来たのにそんなの酷いって想いがまるで無かった訳じゃないわ。

 自分で選んだ生き方なのに、もう戻れなかった。

 誰かの評価を上げたいと思ったり、誰かの喜ぶ顔が見たかったのは、本当だったから。



「あんな女…大ッ嫌いよ。」


(え?)

急に聞こえた冷たい声。


「あの女…私が社長秘書から降ろされた日…何て言ったと思う?

 『私のように見た目も仕事も10割、完璧にこなしてみせる』ってワザワザ、あの日、この私に言ったのよ?」


「そりゃ、嫌味ですよねー。」

「確かに。」



 私が尊敬していた先輩。

 まさか、こんなに嫌われているとは思わなかった。

 私に仕事を丁寧に教えてくれて、自分でなんでも出来た先輩だったから、憧れていたの。



「ま、お人形だものね…私が言った事、真に受けてるのよね。」


・・・酷い。

 いつからか、私は・・・私の振る舞いや存在は、疎まれ始めていた。

 それどころか、私自身も自分に矛盾を感じていたの。

 お人形と呼ばれて・・・他人の理想を完璧に演じる事に喜びを感じなくなっていた。



「…大体ね、見た目も仕事も10割、なんて出来るわけないじゃない。

 お人形じゃあるまいし。

 私達、あの女と違って、ちゃんとした人間だもの。」


そんな・・・阪野さんだって・・・人間だよ・・・!

あんた等が、勝手に人形としてみてただけじゃないか!!




―― だから、私をそういう風に見てくれた貴女を愛おしく感じたの。

―― 私が完璧だろうとなんだろうと、どうでもいいって言ってくれた貴女を




――― 本当に大事な事は、貴女が教えてくれた。



・・・そう、なんですか?全然・・・覚えてないんですけど・・・??



(あれ?)


阪野さんの心象風景から突然、映像が切り替わった。


『水島・・・。』

「あ・・・?」


気が付くと、足からブラリと吊るされたように私は捕まっていて、そのまま祟り神の元へと運ばれていた。

ゆっくりと動く気持ちの悪いアトラクションのようだ。


『さあて…水島、どうする?祟り神になって、この女を喰らうかい?そうすれば、許してやるよ。

それとも…まず、この女を殺さないと、まだあたしの気持ちを理解できないのかね?』


祟り神がそう言うと、阪野さんの首に紐が絡まった。


「うッ…!」


「阪野さん!」

『さあ、立場を理解したら、まずは…あたしに感謝の言葉を述べな!』


感謝、だって?

こんな事になったのに?馬鹿馬鹿しい!!


「いいの…水島さん…。」

「阪野さんッ!」


「私…貴女が来てくれただけで…また…”そんな事どうでもいい”って聞けただけで…もう…。」


阪野さんは笑いながらも震えていた。目には確かにうっすらと涙が浮かんでいる。

死を覚悟しながらも、私を案じていてくれている。

彼女を救いたい、と身体が疼く。


「だから、もう・・・いいの・・・。」


阪野さんの生きる意志がなければ、この先反撃しようにも彼女を救う事は不可能になってしまう。




「良くないッ!全然良くないッ!!阪野さん!私ッ…私は・・・ッ!!」



こんな時、何を言うべきだ?

こんな時、人嫌いは気が回らない。

他人を想う事が無かったから、励ますとか、希望を与えようとか、おおよそ私の手にはあり余まって落ちる。


阪野さんに…何を言えば…!



 『人間ってさぁ…無い物ねだりが好きなんだよ。』

先程の祟り神との会話がふっと浮かんだ。


 『・・・は?』



『欠点を嘆いたり、無い物を求めたり、変わりたいって思う事は…自分を高めるチャンス!

 …っておめでたく思っている奴がいるみたいだけど。

 それって、こじつけも良い所だよ。どんだけ前向きなの?ベッ●ーですら、ああなったのに。

 どんなに足掻いても、無い物は無いんだ。』


 『な、何が、言いたい!?あと、●ッキーネタはやめろ!!』


 『阪野詩織も”そう”だったって事さ。だから、簡単にこちらの手に堕ちた。』




 『な、なんだよ!?…あの阪野さんに欠けてるモノって…!阪野さんが欲しかったものって…!?』



 『ふっふふふ…!全く、人間は愚かしいね!気付きやしないんだから!!』





先程の祟り神との会話を思い出し、私は言葉をかけるより先に、質問せずにはいられなかった。



「阪野さん…貴女の欲しいモノ…私なら、あげられるでしょうか?」


「・・・え・・・?」



「見た目も仕事も10割の完璧な人で、何もかも自分で手に入れられるような貴女だから…

きっと、私は貴女に何も出来ないかもしれない。

だけど…貴女が自分に無くて苦しんでいるモノ…私は、貴女にあげられるでしょうか?」


あ、身体以外で、って言うの忘れた。
 ※注 シリアス台無し。



阪野さんは目を見開いた後、笑った。


「…もう、もらってるわ。貴女にしかもらえない物、溢れちゃって溢れちゃって…もう…濡れちゃう。」


阪野さんは、笑いながらも涙を流して、いつものようにエロを交えて言ってくれた。

いつもの阪野さんなら、もう大丈夫。


「…そう、ですか。」


私は決心し、手にしていた釘のようなものを黒い紐に刺した。



『ああ、もう!あたしを蚊帳の外にしてるんじゃな…ッ!!』



その瞬間、黒い紐の動きがピタリと止まり、祟り神の動きも止まった。



『なんだ?…そ、それは…楔(くさび)…!?どうして…それを…ッ!?』


どうやら、刺したコレは・・・かなりの良いアイテムだったらしい。

火鳥、これ量産してくれないかな・・・。


「へぇ…コレ楔って言うんですか…知らなかった。…最初から使えば良かったァ。」

『どうして…!?名前すら知らないモノを、どうしてお前が持っている!?』


「これは以前、貴女が呪いをかけた人間の遺したモノです。」

『ば、馬鹿な…!これを作り出せる人間など…!とっくの昔に死んだ筈…ッ!!』


「だからね、人間の想いって侮れないんですよ…。貴女を倒そうと必死こいた結果…これを生み出せたんだから!」


高橋課長の友人が心血を注いで研究し、作り出した”楔”。

守る者を亡くした高橋課長は使わなかったそうだが、今の私には守りたい者がいる。


黒い紐がびちゃびちゃと地面に落ち、私は解放された。


楔の効果が祟り神に伝わっていき、阪野さんを縛っていた紐も切れた。

紐が切れて無くなって判明したが、阪野さんの衣服はボロボロで殆ど半裸だった。

・・・って、T●Rの格好の私がいえた義理じゃないが。



「水島さん!大丈夫!?」

貴女がそれを言いますか、とツッコミそうになったが、油断は出来ない。

「大丈夫!それよりトドメを…!」


トドメを刺そうとする私の手に阪野さんが重なった。

「阪野さん!?」

「一緒に。」


「でもッ!これは、命が…」



この楔をもっと深々と刺し込めば…終わるのだ。


だけど。


私と一緒に祟り神を殺すという事は…その対価として、私達の命も…。

阪野さんは、それを知らない・・・訳じゃなさそうだ。

彼女の目には決心で満ち満ちていた。




『頑張って迎えた結末の先に、愛しい君が縁の祟り神と共に死ぬ、というオチが解ったら…阪野詩織は、一体どの位、苦しむと思う?』


これ以上巻き込めない、と思ってはいる。

だけど、離れたくない、とも思っている。


「ちゃんと最後まで一緒がいいの。」と阪野さんがダメ押しの一言を放った。

「…ありがとうございます。」と私は答えた。



『水島あああああああああ…ッ!』

楔の影響で祟り神は完全に真っ赤になって怒っている。



「…怖い、ですか?」と私は聞きながら、もう片方の手で彼女の肩を抱いた。

「いいえ。」と阪野さんは答えながら、肩を抱く私の手を握った。





「…阪野さん、こんな時になんですけど。」


「何?」



「エロい貴女が、好きです。」



私は一言そう言うと、何かを言いかけた彼女の唇を塞ぎ、そのまま楔を深々と祟り神の額に突き刺した。

彼女の胸の鼓動が伝わり、祟り神の悲鳴も耳に入らなかった。


















 ― その後 ―













「で、何で生きてるの?この死に損ない。」





火鳥は、開口一番そう言い放った。



「なんですか、その言い草は…。」


私はそう言いながら、コーヒーを口にした。

女難の女同士でよく待ち合わせをした、この喫茶店も…呪いが解けた今、最後の利用になるかもしれない。



「私が考えるに…あの楔のアイテムが幸をそうしたのかもしれないし

あの祟り神を殺す対価に、人間二人分の命はつり合わなかったから、お釣り分で生きてるのか…私もよくわかりません。

調べてた火鳥さんの方が、あの場にいたら解ったんじゃないですか?」



「そうねぇ…あと考えられる事は…縁の祟り神の執着心を壊せたから、とかかしらね?」


「執着心?」


「縁の祟り神は、まさか水島が誰かを好きになるだなんて始めから信じていなかったのよ。

だから…あの時、祟り神の執着心を粉々に打ち砕いて、腐れ縁もブチ切れるような、衝撃的な事でも二人でやらかしたとか?」








「・・・・・・・。」



あの時、自分で言った言葉とした事が、未だに信じられない。




「・・・黙らないでよ、恥ずかしいわね。」

「じ、自分で言っておいて…。」


「とにかく、今度こそ縁の祟り神は消滅したし、あの社は楔ごと完全に埋め立てて、電波塔建てる予定だから。

これで全て終わり。

だから、アタシとアンタがこうやって待ち合わせしなくても済むって訳ね。」


「そう、ですか・・・。」



そう。

今度こそ、全て終わった。



女難の女は、もういない。


・・・筈だ。




「でも…そうだと思います?火鳥さん。」

「あァ?」


終わったら終わったで、もっと清々しい気分になるかな、と思っていた。

私のこれまでの女難にまつわる記憶は、阪野さん、火鳥、蒼ちゃんしか知らない。

他の女性は・・・もう、私の事なんて覚えてもいなかった。

でも、これで良い。


守りたいモノは守れた。



「祟り神って、思ってたよりいっぱいいたんですよ?」

「…そんなの知らないわよ。喧嘩売られたら買うし、関わらなければ、アタシは何もしないわよ。」


なんとも火鳥らしい。


「そう、だと良いんですけどね。」

「あの完璧なお人形が一緒なんだから、サポートはソイツで良いじゃない。アタシには頼らないでよね。

・・・ていうか、ヤッたの?」


「不躾ですね。ずいぶんと。」

「まあ、愚問だったわね。あのエロ秘書と一緒なんだから。」


「実はまだ。」


「嘘でしょ!?」


「まあ…阪野さんって、意外と…攻めるのは得意でも…攻められるのには慣れていないようでして。」


「・・・・・・・・え・・・えと・・・どこからツッコミを・・・」


「だから、まだ突っ込んでませんってば。軽く揉みましたけど。」


「やめろ!!アンタ、毒されすぎよッ!!!」


「自分なりに大事にしているつもりですし、阪野さんもそうみたいです。何しろ、お互い初めての事ばかりなので。」




「はあ…まあ、どうでもいいけどね…幸せそうで良かったわ。」

そう言って、火鳥は席を立った。


「あ、火鳥さん…やっぱり行っちゃうんですか?」



「ええ、アタシは、忙しいのよ。せいぜい、イチャこいていればいいわ。」

「へいへい。そーですか。」


「・・・アタシはアタシの道を、アンタはアンタの道を。もう二度と交わる事が無いと願ってるわ。」



「まァた(格好つけて)そんな事を…。」


そう言い掛けた私だが、そこで止めた。


二人共…腐っても”人嫌い”。

呪いが解けたとはいえ、色々それで環境や人間関係が変わったとはいえ…根本は変わらない。

祟り神の言うとおり、根本はそうカンタンには変わらないのだ。

そして、それが良い事なのか悪い事なのか、生きてみないとわからない。


「そうですね…トラブルが無いんだから…私達は一緒にいる必要はないですもんね。」


再会の約束などはしない。

するとなれば、きっとお互いがどうしようもなく必要だと思った時…しかし、その時は…。


「再びアタシ達が会う時、きっとロクな事になってないでしょうから。」

「あーもう…そんな縁起でもない…。」


いかにも意味有り気な台詞だ。

最終回で、二期目があるかもよ〜、と匂わせる感じに似ている…。



・・・二期とか絶対やらないけどな!!二度と!!

※注 水島さん、心の叫び。




「そういう事よ。元・女難の女同士は会わない方がいいのよ。じゃ、お幸せに。」


火鳥はそう言うと、席を立った。


喫茶店を出ると、辺りは薄暗くなっていた。



「水島さん!」


後ろから柔らかい圧迫感。


「阪野さん。」

「後姿で解っちゃった。」


そう言って、息をきらせた阪野さんが私の腕をとった。

街の人の約9割は、すれ違いざまに阪野さんを見る。

美人が朗らかに笑っているのを見るのは、やっぱり心が癒されるらしい。

隣にいる私が劣等感をまるで抱かない、と言ったら嘘になるが。


阪野さんはずっと私しか見ていない。

阪野さんが見た目も仕事も10割を要求されているのを私がどうでもいいと言ったのと同じように。

私が世間様に人嫌いの地味女である事は阪野さんにとってはどうでもいい事なのだ。



そのまま、目的の店まで二人で歩くことにした。



「あ、水島さん、見てアレ。」と阪野さんが公園の一角を指差した。


桜の木だった。

桜の木には、無数の蕾がついていた。


「もう蕾が開きそう…」


「そう、ですね…。」


(今、つないでいるこの指…。)


手を繋ぐたび、彼女の指や口元を見るたび・・・ふと、私は考えてしまう。



一体、どんな感覚なのだろう?

・・・この女性の、中に、私の指が・・・。



「ねえ・・・水島さん、今、何か考えてる?」


ふと阪野さんがそう聞いた。


「え?あぁ、えーと…。」

「この間はビックリしたわ…急に服の下に手を突っ込んでくるんだもの。」


興味があったもんで、とは言えず。


「ずっと同じような事されてましたからね。どんな感じなんだろうと思って。」

「その前は[ピ――]についてどう思うか、なんて…」


興味があったもんで、とは言えず。



「こっちは何も知識無いんで、とりあえず追いつこうと思ってですね…」

「くすっ。解ってるわよ。嬉しいわ。」


そう言って、頬に軽くキスをしてくれる阪野さんは、あっと小さな声を漏らした。



「ねえ、水島さん。そういえば!」

「なんでしょう?」



阪野さんは、私の顔を覗き込みながら言った。



「貴女の下の名前なんだったかしら?…誰に聞いても水島さんの下の名前知ってる人、いないのよね。

ベッドで呼ぶ時は、苗字より下の名前よね?」




ああ、そっか。と納得してしまう自分は、かなり阪野さんに染められているのだろうか。


まあ、とにかくそろそろ教えても、いいかな…。




「ああ、そうでしたね…。実は、私、決めてたんです。」


「何を?」


「自分の下の名前は、自分が下の名前で呼ばれたいって思える程、好きになった人にだけ教えようって。」



嘘っぽい内容だが、それが真実であり、それが全てだ。

言いたくないから言わなかった。


それだけ。



「…へえ…じゃあ、教えてくれる?」



そして、今…言える状況が揃っているから、言える。

私は、ゆっくりと頷いた。


「ええ、後で。」

「随分、もったいつけるのね?」


私は自然に阪野さんの胸に手を押し当てた。

柔らかく弾力のある胸に私の指は沈むように入っていく。



「ど!?…どうしたの?」


…うん、動揺してる。

阪野さんってば、最近ずっとこうなのだ。



「…前は全然動じませんでしたよね?この程度で…。」

「あ、ちょっと…やッ…摘まないで…。」


身を捩る阪野さんに私はすぐに謝った。


「あ、すみません。むしろ、こういう事するの阪野さんの方で…。」

「ん…だ、だって前は…前じゃないの…。今は、今ですもの。」



前なら私の手を掴んでとっくに茂みに連れ込まれていた筈だ。



「私は、貴女と付き合う事になって、大事に関係を深めてみようかなって思ってたら…

水島さんってば、すごく真っ直ぐに色々迫ってくるから………って…したい、の?」


私は「逆に、詩織さんは、したくないんですか?」と返す。




その瞬間、詩織さんは完全に顔を真っ赤にした。





「んもう…この頃、調子狂わされっぱなしだわ。あ、そうそう…水島さん?」


「はい?」


「お誕生日、おめでとう。」



年齢は25、いや…今日で26歳。



「ああ、そうでしたね。」

「誕生日だし……とりあえず、私をあげる。」


「わぁ〜定番。(棒読み)」

「喜んでくれない?もうちょっと!」


いつもの口調の詩織さんの笑顔に、私は笑顔でYESと答える。

多分、阪野さんの誕生日には逆になるのだろう。いや、別に誕生日じゃなくても。




私の名前は水島。


悪いが、下の名前は…この女性にしか教えたくない。



人嫌いで、人に恋した…普通の女だ。











 ―   阪野詩織 編  END ―







 あとがき


お待たせしました。阪野詩織 EDです。

いつも阪野さんには助けてもらっている水島が、助けに行きましたね。

そして、水島が、完全に目覚めちゃった感じです。いや〜〜違和感ありますね(笑)

意外と阪野さんって、ドストレートに弱いんですよ。


阪野さんにむっちゃくちゃにされる、と期待していた方には肩透かしかもしれませんが、この辺は烏丸忍編とは差はつけたくなかったので。

エロさだけが当初、彼女のキャラクター性を占めていて、ネタにも活用しました。

完璧なお人形なんてあだ名もつきましたが、あんな長いあだ名、誰が呼ぶんだ。ってツッコミもありましたっけね。(笑)


私にとって、阪野詩織は只のエロ要員って訳じゃありませんでした。

彼女ほど自己犠牲と自分の野心との微妙なバランスで動いた人間は、いなかったんじゃないかなって。

そこが完璧人間から、人間らしくなったかな、というか。

自分の想いを通す為と主人公を一応救いたいと思い、結果自分が汚れようと嫌われようと行動し続けていた点は、忍さんと大きく違います。

正しい道じゃないけれど、目的を果たす為になんでもやる。(ん?今、なんでもって・・・)

結果、正ヒロインからは完全に外れた位置に、そして2番目の女とも呼ばれる事に…(苦笑)


でも、そこが良いんです!人気が2,3番目位の位置が!!

懐の豊かさは折り紙つきですから、水島さんの事をどんどん包んで、エロスを教えていって欲しいと思いますけど、18禁の文章にさしかかったら絶対書けないからーっ!!