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その日。”彼女”は普段なら、いなくても良い場所にいた。
普段の彼女からすれば、全く縁の無い場所、と言ったところだ。
それが偶然であれ、なんであれ、私には全然、全く関係の無い事だし、その後、彼女に降りかかった問題も何もやっぱり私には関係ない。
・・・まあ、だからスピンオフってヤツになったのだろうし。
とにかく、彼女は普段の生活とは全く縁遠い場所にいた。
(独特の空気・・・。)
彼女が感じる空気は、何故か重く感じた。
カプセルトイの当たり外れに一喜一憂する人。予約延期の文字に目を血走らせる人。
最初は戸惑った。いや、正直言えば彼女はドン引きしていた。そして、今、自分がここにいる事を少なからず、後悔していたりもする。
おびただしい数の本やゲームに群がる人々。18禁とかBLとかそういう系・・・いや、それら本の内容を、ここではあえて詳しくは触れまい。
ただ、彼女にとって縁の無い世界がそこにあった、とだけ記憶していただければ幸いである。
とにかく普段の自分とは縁遠い場所に彼女はいて・・・。
そして、思った。
(・・・とにかく暑い・・・。)
暑い。
とにかく人の放つ熱気と暖房の相乗効果で、その場所は・・・不思議な事に動けば動くほど、真夏並に体温が上昇する場所、なのである。
「・・・で、さー!聞いてよ!このキャラがねー!」
・・・・・・・。
「あーでもさ、それアニメ化しない方が良かったーって思わない?やっぱ原作見てきたこっちとしてはさー…」
・・・・・・・・・・・・・・・。
「よしっ!6回目で遂に当たったっ!カブったヤツは改造してやんよっ!」
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。
(何故・・・。)
彼女は思った。
(何故、私こんな所にいるのかしら・・・。)
そんな事を考えながら店内を巡回するしかない彼女は、ふと、とある本をとった。
(百合・・・?)
『月下のくちづけ』
本のタイトルはともかく、表紙に引きつけられ、彼女は、なんとな〜く・・・その本を手に取った。
女性同士が寄り添い、見つめ合っている、という・・・なんとも危険で異様な雰囲気を・・・いや、彼女にとっては魅力を感じる表紙だった、のだが。
「・・・”女の子同士の綺麗な恋をお届けします”・・・?」
・・・その本の帯の売り文句に、彼女は少なからず苛立ちを覚えた。
「・・・この世の恋に・・・綺麗も汚いもあるもんですかっ!・・・・・・・あ。」
思わず、本に向かって声を上げた彼女に、周囲の視線が一層突き刺さる。
実は、店内を巡回している時から彼女の存在は、その店内では他の客から”異質な存在”としてチラチラと見られているのも、彼女自身よくわかっていた。
だから、すぐに彼女は黙って、本を取りレジへと持って行った・・・。
行った、までは良かった。
だが、彼女が向かった先の横のレジにいる客の会話を聞いてしまったのが、運の尽き。
・・・”運の尽き”っていうのは、この私の為にあるような言葉だと思うのだが・・・。
まあ、それはこっちに置いといて。
「・・・大体さー、こういうお色気キャラっていうの?よく出ては色気振り撒くんだけどさー・・・。」
”ぴくっ。”
彼女達に故意があったのか、無かったのかは、定かでは無い。
「はいはい、おっぱい担当キャラねー。主人公に色気を使って、よく迫ってきたりしてねー。・・・ま、正直、無ぇよって感じ?」
”ぴくぴくっ。”
しかし、彼女達の会話が何故か話にまったく関係のない、第3者の彼女の中の”何か”を刺激する・・・。
「そーそー・・・あくまで主人公の相手の恋敵、つまりは単なる”当て馬”ってヤツで・・・。」
”ぴくぴくぴくっ。”
刺激して・・・
「だからさ、そういうキャラって・・・大体、恋、実んないのよねーっ!」
刺激して・・・
「言えてる!!」
刺激し・・・”ブッチン!”
(くっ・・・!!)
・・・だが、彼女には、鍛え抜かれた理性があった。さっきの失態を晒さぬように、警戒態勢は十分だ。
だから、心の中で叫んだ。
『お前ら、オタクに私の何が解るんだーッ!!!』・・・と。
※注 全国、世界のオタク(作者の私含む。)の皆様、ごめんなさい。
・・・それは多分、誰にも解らない。
[ 水島さんは残業中。その3の3 〜阪野 詩織編〜 ]
「いやあ・・・相変わらずですなぁ。城沢グループの秘書課は美人揃いとは聞いてましたが・・・。」
「そうですね、目の保養と言いますか・・・いや、こんな事を言ってはセクハラだーなんて言われちゃいますかね?」
「いやいや、気持ちはわかりますよ。特に・・・おお、あれは副社長の秘書ですな。」
「ほほぉ・・・これはまた・・・。」
(・・・まったく・・・。)と思いながらも
私こと、阪野 詩織は笑顔を浮かべ、その会話をしている男性二人に『お褒めいただきありがとうございます。その会話、聞こえてますよ。』と会釈をする。
そんな私の後方から、元気な声が聞こえてきた。
「あ、阪野先〜輩!!おはようございます!!昨日はどうでした!?今回の”見学”は、どこ行ったんですか!?」
元気・・・過ぎる声の主の彼女は、私の後輩の秘書である、小林 流(こばやし ながれ)。
珍しい名前で、すぐに覚えられてしまう利点はあるが、そのせいで『小林流?どこの流儀?』などとつまらない冗談で茶化されてしまうのが欠点だと彼女は言う。
髪は短く、元気が良くて、どんな時も笑顔が絶やさず、秘書課のムードメーカー、というか・・・
・・・むしろ失敗が多い為、トラブルメーカーに等しい存在だった彼女が私と同じ副社長の秘書を担当する事になって数ヶ月が経つ。
元々、副社長の秘書は2人体制で行う事になっていた。
だが、前の秘書は早々に寿退社してしまい、今までは私一人でやってきたのだが、副社長もいつまでも私一人に任せるのは申し訳ないと思い・・・
これからの成長を見込んで、あえて彼女・・・小林さんを起用したのだという。
確かに、小林さんは裏表が無い元気っ子という感じがして、好印象をもたれる。でも・・・。
「おはよう、小林さん。元気なのは良いけれど、会社内で、はしゃいでいちゃダメよ。」
「あぅ・・・す、すみません!」
私に指摘される度に恐縮してしまう彼女だったが、すぐにまたパッと笑顔に切り替える。
「で、どうだったんですかっ!?阪野先輩!」
・・・だから、はしゃがないで、と言ってるのに。
その興味と声は大きくなるばかり。早々に私は彼女とエレベーターに乗り込む事にした。
まあ、この元気いっぱいの笑顔・・・めげない姿勢、というかなんというか・・・小型犬のような可愛らしさも彼女の良い所かもしれない。
「・・・まあ・・・初めての場所だったから、やっぱりね・・・戸惑ったわ・・・。」
エレベーターのボタンを押した後、昨日の出来事がサッと頭の中をよぎる。
ああ、思い出さないようにしてたのに・・・。
誰が、誰が、色気とおっぱいだけの当て馬女よ・・・!私は・・・私は、それだけじゃないんだから!!
「あの!その”見学”って・・・いつか、いつか私とかも、行かせていただけるんでしょうか!?」
その元気な声に、私はハッと昨日のあの世界から、こっちの現実世界へ戻ってくる。
私は城沢の秘書、阪野詩織よ。こんな姿、後輩に見せちゃいけない。
「・・・秘書課の皆に何を吹き込まれたのかは知らないけれど、見学をイベント的なモノだと楽観視しちゃダメよ。
社長達はそうやって、私達秘書が常に外の世界に目を向けているか、社内と同じように振舞えるかどうかもチェックしてるんだから。」
私達、城沢の秘書達は時々、抜き打ちのように呼び出されては『〇〇に関してちょっと見てきてくれないか?』という一言で街へ外出する事がある。
その後、その”見学”についての報告を口頭で行うという内容なのだが・・・。
まさか、今回の私の見学指定場所が、アニメ・コミックその他色々専門店だったとは・・・。
ああ・・・いけない、また昨日の出来事を思い出してしまう・・・。
「ええっ!?そうなんですか!?でも・・・い、一体、ど、どうやってチェックを!?」
「・・・さあ?とにかく、いい加減な見学してきたら、すぐわかってしまうわよ。
それにボーナスや、その他モロモロに響いてくる事もあるから油断しない事。いいわね?」
「は、はい!私、一生懸命、阪野先輩みたいになれるように頑張りますっ!!」
「ああ、いいのよ。小林さんは、小林さんなりの秘書を目指して頂戴。」
私のように振舞おうとして、無理してまた失敗されても彼女の為にならないだろうし。
彼女には彼女の良さがあり、私は先輩として彼女の良さを伸ばしてあげればいいのだし。
私の言葉に、小林さんは手を前で組んで、目を輝かせた。
「は、はい!阪野先輩!」
「・・・それから、声はもう少し小さくね。」
私の声に片手を挙げてエレベーターの中で、小林さんは返事をした。
「はい!!阪野先輩!!」
「・・・・・・・・。」
(本当に、わかってるのかしら・・・?)
小林さんは小林さんなりに精一杯頑張ってる・・・だと思う。
しかし・・・見た目10割が当たり前の我が秘書課に、この手のタイプは本当に珍しい。
「あの・・・阪野先輩。」
「なぁに?」
ちらりと見ると、珍しくもじもじしながら小林さんがこう聞いた。
「・・・あの、阪野先輩みたいな方が好きになる人って、どんな人なんですか?」
「・・・あら、気になる?」
小林さんからの意外な質問に私はフッと思わず笑みを浮かべた。
「はい!気になります!すっごく!」
「女の人。」
間髪入れずに私は一言答えた。
すると、ぽかんと口を開けたまま、上を見て、視線を私に戻し、彼女はこう叫んだ。
「ええっ!?マジですかぁッ!?」
マジですかぁっー!?・・・かぁっー!?・・・かぁっー!? ※注 エコー。
エレベーター内でもここまで大きいと会社内に響いてしまわないかしら・・・と心配になる。
「・・・・・・さあ?」
冗談っぽく、そう言ってみる。すると、小林さんはぷうっと頬を膨らませて子供のように食い下がった。
「は、はぐらかさないで教えて下さいよ!阪野先輩!どんな女の人なんですか!?」
「・・・・・・。」
(・・・”女の人”でもそんなに動じてない・・・?)
むしろ、興味津々丸出しの方か。
「そうね・・・」
すぐ思い浮かぶのが”彼女”・・・水島さんだ。
素っ気無い態度と目つき。口調は、重くて淡々としてる。
でも、彼女の意思は強く、その言葉や態度で、いつも誰かの背中を押したり、支えたり、助けたりしてる。
そのせいで・・・今、悩んでいる事と言ったら、彼女を好きだという”女”が増えているという事。
何故、彼女は女ばかりに好かれてしまうのか。
まあ、どんな女が来ても私は退く気は無いけれどね・・・私は私なりに・・・
『・・・大体さー、こういうお色気キャラっていうの?よく出ては色気振り撒くんだけどさー・・・。』
『はいはい、おっぱい担当キャラねー。主人公に色気を使って、よく迫ってきたりしてねー。・・・ま、正直、無ぇよって感じ?』
『そーそー・・・あくまで主人公の相手の恋敵、つまりは単なる”当て馬”ってヤツで・・・。』
『だからさ、そういうキャラって・・・大体、恋、実んないのよねーっ!』
『言えてる!!』
言えてないわよ!認めないわよ!誰がおっぱい担当の色気だけの当て馬女よ!!
「ぱい?・・・かの先輩?・・・あの、阪野先輩?」
「・・・はっ!?」
しまった、また昨日の嫌な出来事に振り回されて・・・!!
私は見せてはいけない一面を見せてしまったかと恐る恐る小林さんの顔を見た。
だが。
「はぁ・・・物思いにふける阪野先輩も素敵です!そんな先輩が好きになる人って、一体どんな人なんだろうなぁ・・・はぁ・・・。」
そう言って、小林さんは手を組んだままエレベーターの天井を見つめ、ほうっと息を吐いて、うっとりしている。
何を考えているのか、ちょっと気になるけれど・・・まあ、いいわ、と私はエレベーターの停止する音を待つ。
「さあ、行くわよ。小林さん。」
「はい!阪野先輩!」
エレベーターが停止し、ドアが開き、その一歩を踏み出そうとした瞬間。
ドアの前で息を切らせて前屈みの姿勢をとっている制服姿の女性がいた。
その女性はドアが開いたと思い、顔を上げた。
「・・・あ。」
「・・・あら、水島さん。」
この階では会えないと思っていた珍しい人に出会えた。
「あ、どうも・・・っ!?」
これもチャンスかと思い、私は彼女の手首を掴んでみる。
水島さんの表情が強張っていき、言葉を詰まらせる。
その反応が楽しくて、こちらは、つい・・・ちょっかいを出してしまう。
「そうそう、良かったら今度、ランチかディナーでもいかが?貴女の行きつけの、あのお店でも良いけれど。」
「あ、はい・・・機会があれば。それじゃ・・・」
閉まりかけたエレベーターの扉を私は”ガンッ”と足で止めた。
「その機会も・・・貴女次第なんだけど・・・ね?」
「ええっと・・・まあ、ええっと・・・」
視線を逸らしつつ、水島さんは手首を振りほどこうとしている。
私は彼女の手首を開放してあげてから、今度は彼女の顎に手を添えた。
「いつでも良いなら、私、貴女を捕まえに行くわよ?」
ぐっと顔と顔との距離をつめて私はそう言った。
「いやっ!そのっ!・・・それはー・・・えーと・・・。」
「やぁね・・・冗談よ。可愛い反応しちゃって。」
私は、そう言って彼女から離れた。エレベーターのドアがゆっくりと閉まっていく。
「・・・ははははは(苦笑)・・・・・・じゃ。」
どこかホッとしているような顔の水島さんを私は、笑顔で見送った。
やっぱり可愛いな、と思う。
「さ、阪野先輩の好きな人って・・・」
「ん?」
・・・ああ、そういえば小林さんが私の後ろにいたんだったわ、と私は思い出した。
さて、小林さんの反応はいかがかしら、と私は少しだけ期待していた。
「まさか、とは思いますけど・・・もしかして、全然違うかもしれませんけど・・・違ったらすみません・・・。
でも、あの・・・阪野先輩の好きな女性って・・・あの・・・地ッ味〜で暗そうな人なんですか・・・?」
疑いの眼差し。そして、その言い方は、いかがなものかしら、とは思いつつも私は笑った。
「さあ、どうかしら?」
「・・・あー!また、はぐらかしたー!阪野先輩ズルいですよー!」
元気な後輩だな、と私は思いながらも先輩らしく振舞う。
「ほーら、またそんな声を出す。・・・さあ、仕事に戻るわよ。」
「あ、待って下さいよー!阪野先輩!」
副社長室の前のスペースで、私と小林さんは電話応対や、資料整理等の仕事をしている。
ふと、私は新しい付箋を出そうと、自分の机の引き出しを開けた。
(・・・・・あ。)
そこにあったのは、昨日の見学先で手に入れた、あの本だった。
私は、あれから、そのまま机に入れて帰ってしまった。
どうして、昨日の事がこんなに気になるのか。
いや、こんな不快な気分になる原因はハッキリと覚えてはいるのだ。
『・・・大体さー、こういうお色気キャラっていうの?よく出ては色気振り撒くんだけどさー・・・。』
『はいはい、おっぱい担当キャラねー。主人公に色気を使って、よく迫ってきたりしてねー。・・・ま、正直、無ぇよって感じ?』
『そーそー・・・あくまで主人公の相手の恋敵、つまりは単なる”当て馬”ってヤツで・・・。』
『だからさ、そういうキャラって・・・大体、恋、実んないのよねーっ!』
『言えてる!!』
言えてないわよ!認めないわよ!誰がおっぱい担当の色気だけの当て馬女よ!!
・・・・・・・。
私の事じゃない、とはわかっている。
だけど・・・心のどこかで、それは自分の事なんじゃないか、という意識があるから気になって仕方がないのだ。
確かに私は自分の身体に自信があるし、彼女に対して、それを惜しむ事無く見せ付けたり、胸を押し付けたりもした。
※注 阪野さん・・・それじゃ、ただの変態です。
勿論、それが同性に対して通用するとは私だって思っていない。
単に私がしたいから、してるだけ。水島さんの反応だって可愛いし。
※注 阪野さん・・・だからって、それじゃ、ただの変態です。
〜 ここまでの阪野詩織、自分自身の行動を振り返る。 〜
『あら、水島さん♪』
『・・・さ、阪野さん・・・お願いですから、出会い頭に手の指を絡ませて来ないで下さい・・・!』
『あら、水島さん♪』
『・・・さ、阪野さん・・・お願いですから、人混みで密着するのやめません?人が・・・人が皆、見てるんですけど!』
『あら、水島さん♪』
『・・・さ、阪野さん・・・お願いですから、服のボタン外しながらこっち来ないでくれませんか!?人いないからって社内ですよ!?』
『あら、水島さん♪』
『だから!脱ぐなーっ!!』
〜 回想終了。 〜
・・・・・・・あれ?・・・待って・・・。
私の行動って・・・。
『・・・大体さー、こういうお色気キャラっていうの?よく出ては色気振り撒くんだけどさー・・・。』
もしかして・・・。
『はいはい、おっぱい担当キャラねー。主人公に色気を使って、よく迫ってきたりしてねー。・・・ま、正直、無ぇよって感じ?』
もしかして・・・!
『そーそー・・・あくまで主人公の相手の恋敵、つまりは単なる”当て馬”ってヤツで・・・。』
もしかして・・・!!
・・・私・・・もしかして・・・本当に”色気だけ”の女として認識されていて、他の女の為の当て馬になってる・・・?
(・・・まさか!)
純情っぷり全開のキャラが”正統派ヒロイン”で、色気を振りまくキャラが、その”当て馬の脇役”だなんて、漫画の中の話じゃない!
(・・・でも・・・。)
水島さんに逃げられるのは、いつもの事なんだけど、毎度逃げられてばかりで終わりなのも悩みなのよね。
逃げられる理由は・・・やっぱり、彼女を困惑させてしまう私の行動にあるのね・・・。
今までは単なるスキンシップ感覚でやってきていたけど・・・このままじゃ・・・私・・・
水島さんにとって私って、単なる色気だけの女になっているんじゃ・・・。
前はあるがままの自分で構わないわ、とは思ったけれど・・・考えてみれば、それが彼女の好みとは限らないし。
ああ、なんか考え始めただけで、色々と今の自分じゃいけない気が・・・。
※注 好み云々以前の問題で水島さんは人嫌いです。
「少しだけ、スタイル変えてみようかしら・・・。」
ポツリとこぼした私の一言に、小林さんが反応した。
「え?何か言いました?」
「え?ううん、べ、別に。単なる独り言。ウフフ・・・。」
「でも、今、スタイル変えるって・・・。」
「・・・え、ええ・・・ちょっとね。(・・・バッチリ聞こえてるんじゃないのよ・・・。)」
「そんな!今の阪野先輩なら無敵ですよ!仕事は出来るし、私になんか無い大人の色気があって・・・。」
後輩は先輩を褒めてはくれるけれど・・・。
「・・・その色気が、ね・・・もう、いらないかなって。」
「え!?いらないんですか!?どうして!?」
「・・・どうして?って言われてもね・・・」
私は適当な言葉を探した。
だが、頭の中に出てきた言葉は・・・。
『だからさ、そういうキャラって・・・大体、恋、実んないのよねーっ!』
いや、別にあの子達の言葉を鵜呑みにしている訳じゃないのよ、決して・・・。
でも・・・。
進展があまり無いのも事実だし・・・全く気にならない、と言ったら嘘になる。
このままだったら、どうしよう。
彼女をからかっている分には意識はしてなかったし、面白いと感じてはいたが、いつまでも今のままの関係だったら・・・そう考えると・・・。
「少しね、いつもとは違う一面を誰かに見せたいと思った事ない?」
「・・・違う一面、ですか・・・。」
私の言葉に、キョトンとした顔で小林さんは鸚鵡返しのように呟いた。
「違う一面・・・ギャップってヤツですか?」
「そうね・・・まあ、そんなトコ。」
「阪野先輩のギャップですか・・・なんか想像出来ません・・・。」
「・・・私も、よ。」
そう言って、私は机の引き出しの中の本を取り出した。
どうしようかな、コレ・・・
一度、目を通しておくくらいなら、と私はその本を袋から取り出した。
「あれ?阪野先輩なんですか?ソレ。・・・女の子同士の綺麗な・・・恋?」
横から小林さんが興味深そうに資料を抱えたまま、私の手にしている本の帯を見た。
本についている帯には、やはり『女の子同士の綺麗な恋をお届けします』と書いてある。
恋に綺麗も汚いも無い。
わざわざ帯に綺麗だなんだと書かなくても、いつだって恋をする人間には綺麗な面も汚い面もついてくる。・・・まあ、それは人それぞれだとは思うけれど。
つまり、言える事は、どんな恋愛でも綺麗なだけじゃないって事。
それを同性だから、割と女同士だとイメージ的にその恋の全体像が綺麗に見えるだなんて言うから、笑える話だ。
誰が誰に恋しようと、人を想う事に変わりは無い。それはいつだって純粋であり、素晴らしい事だ。
・・・まあ、多分こう書いた方が売れるだろうと思ってるから、書いてるんでしょうね。帯の製作者は。
でも、その綺麗な筈の恋の当事者は、綺麗だのなんだの考える事も感じる暇もなく、結構大変なのよ?
すると、資料をデスクに置きながら、小林さんが話を切り出した。
「あの〜阪野先輩・・・さっきエレベーターで会った地味な女の人って事務課ですよね?」
「・・・ああ、水島さんの事?」
「その・・・阪野先輩が好きだって人は、その〜水島さん・・・なんですか?」
「ええ、好きよ。彼女を知れば知るほど、好きになるわ。」
私があっさり答えると小林さんの顔はみるみる赤くなっていき・・・
「・・・ぅひゃぁ・・・っ!」
なんとも妙な声を出した。
「・・・副社長室前で秘書が、なんて声出してるの、小林さん。」
私が注意をすると小林さんは立ち上がって、頭を下げた。
「す、すいません!・・・でも、阪野先輩って大胆・・・。」
「そう?」
・・・正直に言っただけなんだけど。
「・・・でも、そういう所、阪野先輩らしいですね。」
しみじみと小林さんがそう言うので、私はそうかしらを首をかしげて見せた。
すると”そうですよ”と言わんばかりに小林さんは頷きながら笑顔で答えた。
「副社長室担当になるまでに、色々、阪野先輩の噂話は聞かされましたけど、やっぱり、本人に会って直接話すと全然違うもんですね。」
「あら、そう?嫌な先輩と組まされちゃったかしら?」
私は苦笑しながら、そう言った。
というのも、秘書課でも私の存在は浮いていた。
だから私に関する噂話と言ったら、おそらくあまり良いものではないだろう。
だから、そういった噂話に染まる事無く私と一緒に仕事をしてくれる、この後輩の存在は、最近になって信頼できる人間関係のひとつだ。
「いえ、そういうんじゃなくて・・・やっぱり阪野先輩は素敵ですよ。しっかりしてて、自分に素直でカッコイイです。」
「ありがとう。でも、そんな事ないわ・・・。」
しかし今、自分に素直すぎた結果、好きな人に”色気だけの女”として認識されている可能性が出てきてしまったので、私は上手く笑えずにいた。
「・・・わかりました。・・・この小林・・・阪野先輩の事、めいっぱい応援しますよ!!」
「あ、ありがとう・・・でも、声は抑えて頂戴ね・・・。」
「はいっ!!」
「抑えろって言ってるでしょ!」
頭の隅で考えてみる。
今の自分とは違う、自分の事を。
そんな私を彼女は、好きになってくれるのかどうか。
(まあ、考えて解れば苦労しないわよね・・・。)
会社の就業時間を大分過ぎた頃。
長い会議を終わらせた副社長と共に、私達にもようやく仕事の終わりが来る。
「さて・・・。」
会議室の片付けをしながら、食べ損ねた遅めの夕食の事を考えていた。
また、水島さんを誘ってみようか、とは考えるのだが、私はいつものように動けないでいた。
(どうしようかな・・・。)
水島さんは私をどう思っているのか、と今更になって考える。
(花崎課長の事、笑えなくなっちゃったわ・・・。)
今までこんな事はなかった。
考えるよりも先に体が動いてくれたから。
したいと思ったら、ちゃんと体は動いてくれた。
『・・・大体さー、こういうお色気キャラっていうの?よく出ては色気振り撒くんだけどさー・・・。』
『はいはい、おっぱい担当キャラねー。主人公に色気を使って、よく迫ってきたりしてねー。・・・ま、正直、無ぇよって感じ?』
『そーそー・・・あくまで主人公の相手の恋敵、つまりは単なる”当て馬”ってヤツで・・・。』
その回想は、もういいわよ!!
※注 阪野さんの一人ツッコミ。
・・・でも、結局は気にしている自分がいる・・・。
今、こんな自分でいいのか、という疑問がこうして出てしまっている。
前は、別にそんなに意識してなかったのになぁ・・・。
※注 無意識で迫っていたので余計性質が悪い。
資料の束を抱えて、私と小林さんは社内の廊下を歩いていた。
この資料さえ片付けたら、今日の仕事は終わりだ。
その後は・・・今日はまっすぐ帰ろうか・・・。
「・・・あ、阪野先輩!危ない!」
「え?」
”・・・ゴツ。”
突然目の前が真っ白になる。
続いて鈍い音をさせて、私は何かに額をぶつけた。続いて尻餅をつき、これまた鈍い痛みがジワジワと額に広がる。
その痛みに反射的に資料から手を離してしまい、資料の束が廊下にバサバサと散乱する。
「・・・痛ッい・・・。」
「だ、大丈夫ですか!?阪野先輩!・・・ちょっと!突然、ドア開けるなんて危ないじゃないですか!」
「あ、ごめん・・・大丈夫よ、小林さんそんな大声出さなくても。私が、ちょっとぼーっとしてただけで・・・。」
「あ・・・あの、す、すみません!私の不注意でし・・・」
その声の主は、痛みで涙目になって視界がゆらゆらする目で見なくても解った。
「あ。」
「・・・あ。」
「あーっ!!」
会議室Cー2のドアを勢い良く開けた人物は水島さんだった。・・・そして、小林さん、声が大きい。
彼女もまた会議室の片付けだったのだろう、片手に資料の入ったダンボールを抱えている。
「・・・み、水島さん・・・ですね!?」
「は?」
「水島さんですね!?」
「は、はい!そうですけど!?(誰?この声でっかい人!?)」
「・・・こ、小林さん?」
何度も小林さんは水島さん本人かどうかを確認し、上から下までじいっと彼女を観察したかと思うと私の方へ向き直ると、ニッコリ笑った。
「ああっ私ー忘れ物をしてしまったわー。阪野先輩ー私ー取ってきますー!」
棒読みの即興台詞を発すると、資料を持ったまま、小林さんは走り去って行った。
「なんなんだ・・・あの人・・・。」
ボソッと水島さんが率直な感想を漏らす。
(・・・バレッバレ・・・。)
恐らくは私に気を遣ってくれたのだろうが、それが解るだけに、なんだか気恥ずかしくなってきた。
どうして、いつもの私じゃない時に限って、会っちゃうのよ・・・!
「・・・あ、と・・・すみませんでした、阪野さん・・・大丈夫ですか?」
素早くしゃがみ込んで水島さんが、私の額を見る。
「あ、ううん。平気。」
私は慌てて視線を逸らし、額を両手で隠す。
「でも、すごい音したし・・・。」
「だから・・・それは、私がぼうっとしてただけで・・・平気。ホント。」
今の私は・・・
『・・・大体さー、こういうお色気キャラっていうの?よく出ては色気振り撒くんだけどさー・・・。』
『はいはい、おっぱい担当キャラねー。主人公に色気を使って、よく迫ってきたりしてねー。・・・ま、正直、無ぇよって感じ?』
『そーそー・・・あくまで主人公の相手の恋敵、つまりは単なる”当て馬”ってヤツで・・・。』
『だからさ、そういうキャラって・・・大体、恋、実んないのよねーっ!』
だから!!もういいっつーの!その回想!!いい加減、出て行け!私の頭から!どれだけ気にしてるのよ!私も!!
※注 阪野さんの一人ツッコミ。
「・・・なんか、ありました?阪野さん。」
「えっ・・・?なんかって何?」
散らばった資料を集めながら、水島さんが私にそう聞いたので、私は思わず聞き返してしまった。
「いや、なんかいつもっぽくないなー・・・と。」
「・・・・・・いつもの私って・・・どんな?」
「・・・エロ・・・いや、いつもの勢いっていうか・・・そういうのがないな、と。」
「ねえ正直に答えてくれる?今更だけど・・・私、エロい?」
水島さんが言いかけた単語に私は喰い付いた。
「え!?・・・・・・いや・・・えーと・・・・・・はい・・・。」
・・・やっぱり。
水島さんは、実に言いにくそうに、しかし私の真剣な質問に正直に答えてくれただけだ。
「・・・今は、妙な質問より、額の方を・・・」
そう言って、言い終わるか否かの間際に私の前髪をくしゃっとかき上げて、じっと見た。
頭に彼女の掌の感触。
「!!」
いつもの私ならチャンスだと思う距離。
いつもの私が狙っていただろう瞬間。
なのに、当の私は、何故か動けない。
「・・・うわ、真っ赤。本当にすみませんでした・・・。でもコレ、ちゃんと冷やした方が良いですよ?阪野さん。」
「・・・あ・・・うん・・・」
”どうして?”
どうして、と聞きたいのは私の方だ。
こんなの”いつもの私らしくない”のは解りきっているのに。
『だからさ、そういうキャラって・・・大体、恋、実んないのよねーっ!』
もし私が、どう動いても、この恋が実らないのだとしたら。
この人にとって、私は単にエロいだけの女だなんて認識しかされていないのだとしたら。
それらを考えると、動けない。
「ホント、今日どうしたんですか?阪野さん。(頭打ったせいかな・・・あ、ヤバイ・・・私のせいかな・・・。)」
「・・・エロいだけより、大人しい方が、いいでしょ?」
私が苦笑交じりにそう言うと、彼女は真顔でこう返した。
「・・・返って不気味なんですけど。」
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。
「・・・・・・・。」
思わず、私は水島さんの顔をじっと見た。
「・・・あ、いや・・・まあ、普段の阪野さんを知ってるこっちとしては、今の阪野さんはらしくないですよ・・・やっぱり。」
「・・・・・・・。」
「いや、勿論、エロいだけじゃないっていうか・・・。」
「・・・・・・・。」
ああ・・・私が散々アレコレと気にした結果が・・・コレだ。
「別に、そのままの阪野さんで・・・私は(どうでも)いいというか・・・。(なんでフォローしてるんだ、私は・・・。)」
※注 ()の中の言葉は水島さんの心の中の言葉です。
ふつふつと笑いが込み上げる。
「フフ・・・そっか・・・あははははっ!そっか!あはははは!」
「・・・だ、大丈夫ですか?(やっぱり頭を打ったから・・・!)」
私は水島さんの手首を掴むと”ぐいっ”と引っ張った。
それは思ったよりも簡単に私の方へ倒れてきて、私は彼女を抱きとめる事が出来た。
「・・・じゃ、こんなのは、どう?」
「んむっ!?」
水島さんの顔が私の胸に埋まる。
ジタバタもがく水島さんだが、私は黙って抱き締め続け、天井を見てふうっと溜息をつく。
・・・なんとなく、落ち着く。
彼女にちょっかいを出すのは、やっぱり楽しい。そして、彼女に触れると私はどこか安心するのだ。
・・・確かに、この恋は簡単に失いたくは無い。そして、誰かの当て馬になる気も無い。
だけど、こうやって自分らしく彼女と接しないと、私は彼女にとって単に不気味な存在に成り下がり。
私自身も、もどかしいやら、恥ずかしいやら・・・実に不本意だ。
だから、私はこの恋も、私らしく彼女に接する事も諦めるつもりはない。
恋には、汚い面もあれば綺麗な面もある。私は、自分のそういう面を全部受け入れていこう。
この恋には、この人を好きになった事には、それだけの価値があると私は思っている。
・・・あーあ・・・さっきなんか、頭に触られたくらいでドキドキさせられちゃったわよ。・・・まったく。
私が、あっちをドキドキさせたい側なのに。
「ぷはっ・・・”どう?”じゃないですよ!何してるんですか!?社内で!」
顔を横向きにしたまま、まだジタバタもがく水島さんに向かって私は笑顔で言う。
「今日は・・・これでドアの事、チャラにしてあげる。」
「・・・どういう取引ですか?コレ。」
「ウフフフ♪これで、いつも通りの私、でしょ?」
「まあ、そうですけど・・・って、納得出来ませんって!離して!」
「・・・嫌。」
私は、ぎゅっと力一杯水島さんを抱き締める。
「覚悟しなさい。私、簡単には諦めないんだから。」
「・・・あー・・・。(・・・やっぱ、今日も厄日だ・・・。)」
[ 水島さんは残業中。その3の3 〜阪野 詩織編〜 ・・・END ]
― あとがき ―
何気なく耳にした話にショックを受けた事はありますか?
それが自分に対して、じゃなくても・・・なんとなく思い当たる節があると居心地が悪いというか、なんというか。
あの阪野さんが攻めないなんて、けしからん!とはお思いでしょうが、こんな番外編もいかがでしょうかって感じです。
新キャラが出たせいでいつもより長くなりました。