「な、なによ!?その不満そうな顔は!」
「別に・・・。」
・・・本当は、不安なだけ。
「ちょっとお昼食べに・・・い・・・つ、付いてきなさいよ!」
「え・・・ええ・・・!?」
・・・本当は、素直に「一緒に行こう」と言いたかったのに。
「いい?水島。あたしは会長の孫なんだから・・・」
「はあ・・・。」
・・・本当は、自分に下げられた看板なんか、どうだっていいと思ってるはずなのに、それを都合の良い時だけ利用してる自分が嫌。
「ホラ!アンタのペースに付き合ってると、日が暮れるわ!」
「はい・・・。」
本当は、貴女に手を引かれて歩きたいのに。
先頭を歩くのは、いつも腰に手をあてたあたしの方。
こうして振り返ると、自分で自分が嫌になる。
[ 水島さんは残業中。その3の4 〜城沢 海編〜 ]
流れる景色。
正直、見飽きた。
歩く人は毎時間変わっている筈なのに、気分が変わらない。
「・・・お嬢様。」
「・・・何?」
車の中で、宮元がすまなそうに話しかけてくる。
「最近、また物騒な事件が多くて、会長は心配されています。ご自分の身を守るのも役目と思って・・・」
「・・・はいはい。」
宮元にあたっても仕方がないってわかってる。
大学に行くのに送り迎えは必要ないって言ってるのに。
物騒な事件ばかりで孫が心配だから、という理由で、あたしはこの人生、数回しか電車に乗ったことが無い。
おじいちゃんは好きだけど、こういう所がちょっとあたしには理解出来ない。
大事にされている、と言えば、聞こえは良いんだろうけど・・・。
これじゃ、アイツの傍にいけない。
ただでさえ、会社員と学生ってだけで会える時間も限られているというのに。
(・・・それに・・・それに、あたし・・・まだ・・・)
「ねえ、宮元・・・香里の家に寄りたいんだけど。」
「ああ、お友達のご自宅ですか?」
香里の家には何度も行っている。
それに、隣には・・・水島が住んでいる。
(今日こそ・・・。)
あたしには、決めている事がある。
それは先日、香里の部屋を片付けている時の事。
お酒が飲めないあたしは、香里の部屋を片付ける事で暇を潰している。
香里は、その横でお酒を飲んでいる事が多い。
『みーちゃん目当てに私の部屋に来るのはイイんだけどさー』
『何よ?』
『海ちゃんとみーちゃんが、ちゃんと話してるトコ見た事ないなーって。』
『な・・・!?』
人が気にしている事を・・・のほほんとした顔でズバッと言うのが香里だ。
確かに。
あたしと水島が、ちゃんと会話していることは・・・”少ない”。
『いや、海ちゃんが良いなら良いんだけどー・・・私なら、ああいう言い方とか無いなーって。
まあ、海ちゃんのキャラだから良いんだろうけどねー。』
”・・・どんなキャラだよ!!”というツッコミは置いといて。
『あ・・・あ・・・あ、あははははは!良いのよ!あたしはあれで!』
・・・本当は良い訳が無い。
あたしはただ・・・水島と普通に会話したいだけなのに。
・・・いや、そもそも・・・”普通の会話”って何?
「ねえ、宮元・・・」
「はい、なんでしょうか?」
「・・・ねえ、奥さんを口説く時にどんな話した?」
「ゴホッ!?ゴホッ!?い、いきなり何を聞くんです!?」
運転席でいきなり咳き込む宮元。耳が真っ赤だ。
・・・ホントに、どんな話したんだろ。
「いきなり、咳き込む事ないじゃない。ただ、どんな会話してるのかなって・・・。」
「そんな・・・普通ですよ。」
「その普通がわかんないから、聞いてるの!あたしは・・・」
ただの嫌味だと人から言われるだろうけど、あたしは・・・普通じゃない。
思い返せば・・・小さい頃から、そうだった気がする。
それが、あたしの普通であって・・・香里や水島達の普通では無い、って最近気付いた。
あたしは『○まい棒』や『●っちゃんイカ』の存在も知らなかった。
小銭で食べられるお菓子をおつまみにして、安いお酒が飲めるのがいかにありがたいか・・・を香里は知っている。
だけど、あたしは知らない。
水島はお酒を飲まないけれど、コンビニにはよく行ってるらしい。
だから、香里と行ってみた。
あたしは・・・コンビニの看板の光が眩しくて、立ち止まった。
中に入れば、色々売ってて・・・驚いて、目移りした。パンスト、風邪薬に、コンドームまであるんだもの。
香里がカゴいっぱいに商品を放り込んでいる間、あたしは動物の食玩がついているお菓子を買った。
一箱持って行くと、香里に”それは大人買いだよ!”と言われ、両手に持っていた箱の中から、更に小さい一箱を取ってもらった。
卵形のチョコレートの中からは、白いうさぎが出てきた。
妙に嬉しくて、そういう感覚をみんな知っているのに・・・あたしは知らない。
「・・・あたしは、普通がわかんないから。教えてよ、宮元。」
車の中で腕を組みながら、あたしは聞いた。
宮元には、こうやって聞けるのに・・・どうして、水島の前だと、あんなに不必要に強気になっちゃうんだろう?
「・・・そう、ですね・・・妻と出会った時は、上手く話せませんでしたよ。緊張してしまって・・・」
・・・わかる。
緊張、するんだ、あたしも。
「だから・・・相手の好きなものや嫌いなものを知る努力をしました・・・。」
水島の好きなもの・・・人以外の生き物。(というイメージ)
水島の嫌いなもの・・・人。(という事実)
・・・って感じかな。今のところ。
・・・ダメだ。情報が足りない気がする。
「・・・偶然、好きなものが一緒だったりすると嬉しいものだし、違う点があっても、その違いを楽しめる。
・・・まあ・・・好きな人と一緒なら、どんな会話でも楽しめるという事です。」
「ふうん・・・」
普段、無口な宮元にしては、よくしゃべるな、と思った。
そして、普段より口調が優しいということも・・・。
まあ、それだけ自分の奥さんが好きって事なのね。
・・・まったく、のろけちゃって。
「だから、お嬢様・・・そんなに”普通である事”にこだわる必要は無いんですよ。
お嬢様のお友達は、少なくとも今のお嬢様と話す事が楽しい筈なんですから。
今は、自分達の類似する所を探すより、違いを楽しめば良いんです。」
「・・・そうかな?」
「そうですよ。そのうち、似ている所も見つかります。」
宮元に言われると、そんな気がしてくる。
「あ・・・下ろして、宮元。」
「・・・どうしました?・・・コンビニ?」
不思議そうに言って、宮元はコンビニの駐車場に車を停めた。
「今日発売される食玩買うの。あと、10円玉数枚で買えるお菓子色々。」
「・・・それは、楽しそうですね。」
あたしの顔を見て、宮元はふっと笑いながら運転席を出て、後部座席のドアを開けてくれた。
「・・・で?」
ドアを開ければ、いつも通りの愛想の無い引きつった笑顔。
本当は”迷惑だった?”と言いたいけれど、あたしは、息を吸い込み一気にまくし立てる。
「”で?”じゃなくて!手伝いなさい、水島!・・・コレ!この”落ち込み動物シリーズ”の
『借金まみれで首がまわらないパンダ』当てるんだから!」
「何故、そんなネガティブな動物シリーズの食玩を・・・こんなに・・・箱買いしたんですか?」
「そうよ!この哀愁漂う後ろ姿・・・良くない?ホラ、持ちなさい!」
そう言って、コンビニの袋をグイッと水島に押し付ける。
「うわ、重たっ!?・・・あぁ、こういうのが好きなんですか・・・。」
「そうよ。こういう・・・のも・・・好きなの!・・・悪い?」
あたしがそう言って、うま○棒を差し出すと、両手が塞がったままの水島は・・・
「・・・いえ・・・良いと思いますよ。私も好きですから。」
と言って、う○い棒をパクリとくわえた。
(これって・・・”はい、あーん”・・・ってヤツじゃ・・・。)
自分でやっておいて、今更恥ずかしくなってくる。
(しかも、水島も食玩好きだって・・・!)
やっと見つかった、普通の・・・水島とあたしの似ている所。
靴を脱いで、水島の部屋に上がる。
相変わらず、シンプルな部屋。
・・・てっきり居留守でも使われるかと思ったけど、最近は使わないみたい。
諦めたのか、何か心境の変化でもあったのかな・・・。
「・・・何か飲みますか?」
「あ、うん。」
「・・・ソファにでも、座ってて下さい。あ、伊達さんも来ますか?・・・だったら、二人分用意しますけど。」
「うん、多分来るよ。呼んでなくても。」
「・・・そうですね。」
水島が、少し笑った。
「・・・・・・・。」
水島は、最近・・・あたしに・・・あたし達に優しい。
それは、まるで、もうすぐ遠くに行ってしまうような・・・そんな感じにも・・・。
これは・・・あたしの気のせい、だよね?水島・・・。
きっと、誰かの影響・・・かな。・・・だとしたら、誰の影響?
その人は、誰?
「・・・海ちゃん?どうかしました?」
マグカップとゴミを入れる袋を持って、水島があたしの傍にやって来た。
紅茶の入ったマグカップをテーブルに置いて、あたしの隣に座った。
「あ・・・えと・・・開封するわよ!」
こんなに、すぐ近くに水島がいるなんて・・・意識したら、胸が急にドキドキしてきた。
「はい。・・・狙いは・・・パンダでしたっけ?」
「そ、そそ・・・そう!あと・・・あの・・・この『健康診断に引っ掛かったダチョウ』も狙ってるの!引き当てなさい!水島!」
真っ赤になってませんように。
変に意識して、手が震えませんように。
「・・・そればっかりは、運ですけどね。」
そう言う水島の横顔が、表情が曇る。
「また、そういう”私不幸です”って顔する・・・。」
「実際、不幸ですけど・・・。」
「さしずめ・・・あたしは、その不幸の一部?」
「え・・・!?」
急にあたしに指摘されて、水島が食玩の箱を手からポロリと落とす。
ただ、素直に口にするのが怖かった。
あたしの普通には無かった事だから。
新しい一歩を踏み出すとか、新しい事をするのっていつだって大変・・・。
自分のキャラじゃないってわかってても、それでも口にしなきゃいけない言葉や行動。
「水島にとって・・・あたしは、水島の不幸の一部かもしれないけど・・・
これだけは、忘れないでね。」
体が強ばるけれど、無理に動かす。
「・・・海、ちゃん?」
あたしは、隣に座る水島の頬にキスをした。
「・・・あたし、アンタの事、幸せにしたい位、嫌いじゃない・・・っていうか・・・好き、だから。」
・・・これが、新しいあたしの”普通”。
まだ心臓がバクバクと音を立てている。
自分でも、思い切った事をした、と思う。
恥ずかしいわよ、やっぱり。自分のキャラじゃないって思うし。
だけど、しょうがないじゃない?
・・・い、言わないと、コイツには伝わらないんだから!
「海ちゃん・・・あの、私、実は・・・」
水島が何かを言いかける。
「・・・ん?」
すると。
”・・・ピンポーン。”
「・・・オイーッス!香里でーす!」
・・・・・・・・・・・・・・・・・。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ちっ。(舌打ち)
ヘラヘラ笑いながら香里が入ってきた。
手には、今あたし達が開封している食玩が3個と○まい棒が入った袋。
「コレ海ちゃん、好きそーだなーと思って♪」
「さすが、香里。わかってる♪(空気は読んでくれないけどね!)」
「じゃあ、開封作業始めますか?」
「「おー!」」
箱を開ける度に、声を上げて笑う。
10円玉数枚で買えるお菓子が、妙に美味しい。・・・前は貧乏くさいなんて思ってたけど。
楽しい時間。
・・・水島にとっても、そうであれば、嬉しいんだけど。
あたし・・・少しづつでも、水島を知っていくって決めたんだから。
・・・教えてよね?水島。どんな小さな事でも・・・。
[ 水島さんは残業中。その3の4 〜城沢 海編〜 ・・・END ]
あとがき
短くて、どこかやっつけ仕事感があるSSですが・・・お嬢様の感覚は庶民にはわかりません!
水島さんが何を言いかけたのかは、本編にて徐々に明かしていく・・・予定です!