王子様って、いるんだなって思った。


ただ、あたしが、憧れてた王子様は…出会ってみたら、女の人だった。



『水島』っていう人。



「水島…ちょっと!水島!聞こえないの?」


似たような制服を着ているOLがどんなに多くいても、水島だけは分かる。


「……し…城沢…海お嬢様…。」


水島が、いつも何かに怯えているのが、ちょっと気になるけど…


「何よ、その顔は。」


まあ、水島はイザとなったら、出来る女なんだから。


「いえ…別に…。」


あたしは、そのままどこかへふら〜っと行こうする水島の腕をさっと捕まえた。


「…な、なんでしょうか?」


顔が引きつっている、あたしの王子様は、いつも、どこか冴えない感じの女。

なんていうか…そう…『ビンボー面』って言うの?

ま、そんなのだって、今じゃ全然問題にならないんだから。


「付き合ってもらうわよ。”恩人”なんだから、恩返しに付き合ってよ。

 おじい様経由で、仕事場には上手く言っておくから。」

「……い、いや、そんなのいいですよ。困ります、海お嬢様。」


水島は、何故かあたしを”お嬢様”と呼ぶ。

確かに、お嬢様だけど…水島にはそんな呼ばれ方されたくない。


「その呼び方止めて。あたし、そういう呼ばれ方、嫌い。」


「あの、お嬢様、私…仕事中で」

「あたし、そういう呼ばれ方、嫌い。」


「・・・・・・はあ…オバサンの言うとおり、儀式しないとダメか…」


額に掌を当てて、悩む水島の横顔。

あたしは、その頬に人差し指をぐいっと押し付けて、言った。


「なあに、ブツクサ言ってんの?行くわよ、水島。…受けた恩、返してあげる。」


「・・・・・・。」

(恩を押し付ける、の間違いじゃ…)※ 水島さん 心の声。





   [ 水島さんは仕事中 〜 城沢 海 編 〜 ]



ハッキリ言って、イメージって邪魔くさい。

…キャラ付けって…いうの?


別に芸能人じゃないんだし、どういうキャラなのかっていう解りやすさなんて、必要ないじゃない?


…ちゃんと知りたきゃ、決め付けないであたしに聞きなさいよね。



大学は、楽しい。

何かとレポートを要求される以外は、特に苦労しない。


大学生になってから、少しずつだけど、自由が増えてきた。


…学校行って家に帰る、の繰り返し。


高校はつまらなかったなぁ…友達と寄り道とかも出来なかったし。

お嬢様ってイメージが、付いて離れなかったから、皆が何かと気を遣って

イベントの準備も、何もさせてくれなかったのよね。


おじいちゃん…城沢豪気の孫娘だからって、周りの反応が過剰だった。

おじいちゃんは好きだけど、そんな風に見られるのは、嫌だった。


お嬢様だもんな、の一言で片付けられるあたしのキャラ。

その3文字で、片付けられたあたしの人格。



その日も、あたしはバスと徒歩で帰ろうと思っていた。

ところが。

校門の前に、堂々とリムジンが止まっていて、見慣れた人物があたしをジッと見ている。

素通りしようかと思ったのだけど、その人物は、あたしの思考でも読んでいたように

サッと前に立ちはだかった。


「海さん」

その声は、おじいちゃんの秘書の宮元だ。


「どうしたの?宮元。おじいちゃんとのディナーは、明日でしょ?」


いつも、清潔な格好して、ひょろ長くて、やしの木みたいな、男の人。

…ただ、目つきがいつも険しいせいで、何かとヤクザに間違えられる。


「いえ、海さんを自宅まで送り届けるように、と。」

宮元は、そういうと慣れた手つきで、車のドアを開けた。


「ちょっと、待って。あのね…あたし、家までちゃんと帰れるんだけど。」


アタシは、こめかみに指をトントン当てて、そう言った。

しかし、宮元は長い体を曲げて、あたしに進言してくる。


「寄る所があるなら、ちゃんと寄ります。」


「そういう問題じゃないの。わかんない?」

あたしがギロッと睨みつけてやると、宮元は長い体を、ぐっと元に戻して言った。


「……海さんの安全、の為です。」


安全。


それの為に、あたしがどれだけ窮屈な思いをしたか、知ってる?

まあ、知ってたら、しないわよね。


「毎回毎回、そういうけどさ…遭った事ないんだけど、安全じゃない事に。」


「そうなるように、行動してますから。お乗り下さい。

 会長からの、お願いです。」



…もう、おじいちゃんったら…


「・・・・わかったわよ。」


これじゃ、しばらく、自分の足と意思で帰れそうもない。



「海さん、会長も貴女を束縛したくて、こんな事をしているんじゃないんです。

 そこは、理解してあげて下さい。」


「…おじいちゃんの事は、信用してるし、大好きよ。

 だけど、私にだって付き合いとか、あるんだから。
 
 その辺の事は、そっちにも理解して欲しいモンだわ。」


「…そのように、お伝えはしておきます。」


・・・どこまで、伝えてくれるんだか・・・。


あたしは、ぼーっと、車中から流れる景色を、見ていた。


ジャンクフードを汚く食べながら、歩いていく女子高生達。

携帯の画面を見せ合いながら、談笑する男女。


類は友を呼ぶってヤツか、同じような格好した人間同士が集まって、同じような事をしている。


安心するのかな?

ああいう風にして固まって、同じ格好して、同じ事していたら。


一人じゃないって感じる事ができて、安心するのかな…?



…あたしは…多分、ああじゃない。


ああいう風に、なれない。

なりたくても、きっとなれない。



あたしは、いっそ、自分とは、全く違う人と一緒にいたい。




次の日も宮元は、あたしを迎えに来た。


…校門の前に車を止めるのは止めてと、あたしは言った。

周囲の学生の視線が、好奇の眼差しに変わった。



次の日は、宮元だけが校門の前にいた。


…目立つから、止めてと、あたしは頭を抱えて言った。

好奇の眼差しが、増えていくのがわかる。



その次の日。


あたしは、大学をサボって抜け出した。


もう、堪らない。


あたしは、おじいちゃんに直談判する事にした。


歩いて、バスを乗り継いだりも、電車にだって乗れるんだし。

城沢グループの本社に、あたしは向かっていた。


・・・いた、ハズなんだけど・・・・・ん???


(えーと…ココ、どこ?)


ビジネス街って、どうしてこう、似たようなビルばっかりなんだろう。

歩き過ぎて、もう足も痛いし…。

休むにも、お店みたいなのは見つからないし…。

何よりも、あたしの前方を歩いている、デカい男がのろのろ歩いているせいで、余計イライラする。



そして、あたしがキョロキョロ周囲を見回していると、前方を歩いていた男が、突然立ち止まった。


あたしは、思い切り男の背中にぶつかった。

…汗臭い匂いが、鼻先にツンっとくる。


「…ブツブツ…」


振り向いた男は、あたしをチラッとみると、小さい声でブツブツ喋っていた。

・・・変なヤツ。

関わらないでおこう。

あたしは、黙って男の横を通り過ぎて、城沢グループ本社を探した。


そうやって10分くらい歩いていると、前に見覚えのあるビルを見つけた。

そのビルは、車で必ず通っていた場所で、とある芸術家が作ったモニュメントが

正面玄関にあるのが、特徴だった。


(良かった……この近くだわ。)


安心した直後、横断歩道で、赤信号にひっかかったが

ゴール目前だったあたしは、別に腹は立たなかった。


だけど。


「ふー…ブツブツ…ふー…ブツブツ…」


後ろから、荒い息と、小さい呟きが聞こえる。

あたしは、そっと振り向いた。

それは、さっきあたしがぶつかった、デカイ男だった。


(…嘘…)

そして、男と目が合った。


「ふー…ブツブツ…ふー…ブツブツ…」


怖い。

何を言ってるのか、解らない。

怖い。

青信号に変わった瞬間、あたしは、走り出した。



…怖い!


ふと、宮元の言葉を思い出す。


『海さんの安全、の為です。』

『毎回毎回、そういうけどさ…遭った事ないんだけど、安全じゃない事に。』


・・・・こんな事なら・・・・


いや。


…なによ!こんな事で反省なんか、しないわよ!



あたしは、城沢グループ本社を目指していた。

この横断歩道を渡れば、到着。

の…ハズなのに。


赤信号。


嫌な予感がする。

とても、嫌で、怖い予感。


「ふー…ブツブツ…ふー…ブツブツ…」


「・・・・・・!!」


「ふー…ブツブツ…ふー…ブツブツ…」


(…信号…早く、変わって…!!)


「ふー…シロサワ…ふー…ウミ…」

「……っ!」

(どうして、あたしの名前を…!?)


あたしは、思わず振り返ってしまった。

男とまた目が、合った。


男の目が、少し鋭さを増した。

怯えるあたしを、更に。


続いて、アタシのお腹には、布で巻かれたナイフのようなものがあてられた。


「ふー…声出したら…ふー…わかってるな?」


あたしは、男に腕を掴まれた。

…そのまま、歩くように促された。


体が震えてきているのが、自分でもわかる。

足が止まる度に、ツンツンとナイフで、男に急かされる。



「ふー…ブツブツ…ふー…ブツブツ…」

男は、あたしの後ろでまたブツブツと呟き始めた。

(怖い…助けて……!)


あたしは声を出せなかったので、目で周囲の人に、SOS信号を送った。

しかし、周囲の人とは誰とも目が合わなかった。

(助けて…!コッチ見なさいよ!!)

一体、何を見てるのか、誰も下ばかりみていて、見てくれない。




誰も彼も、同じような格好して…誰一人…ちゃんと、あたしを…みてくれない…




「こっちだ…ふー…来い…」

荒い息の男は、あたしの肩を掴んだ。


男が、あたしを城沢グループの本社へと突き出すように、歩かせた。


「ふー…入ったら、すぐ…ふー…非常階段へ行け…。」


(…正面玄関から…?何考えてんの?コイツ…!)


会社の裏口から入るならともかく、正面から入るなんてバカじゃないの?とあたしは思った。


こんな男が、会長の孫娘の後ろにいて、正面玄関から入ったら、すぐ受付が気付くだろうと思っていた。


ところが。


「止めて下さいよ〜…もう、いつもそうなんですか?フフフっ」

「いや、ホントだって。こんな事、ここでしか言えないって。ははっ

 で、名前は?」

「…ふふふ…君塚ですけど?」

「いや、良いね、君塚さんか。うん、俺もう、顔だけじゃなく名前も覚えたよ。」


あたしの頼みの受付は、ナンパされてて使えない。


(…仕事しなさいよ…っ!クソ受付ッ!結婚相手なら、労働時間外で探しなさいよッ!)

もう一方の受付は、真面目な顔で電話でなにやら喋っている。


そのまま、あたしは横目で、受付2人とナンパ男を交互に睨みつけながら

非常階段へと向かわざるを得なくなった。


非常階段に行けば、誰とも会わない。


「…ふー…ふー…」


デカイ男は、非常階段に着くなり、目出し帽を被った。

(それ…意味、あるの?何がしたいの?こいつ…)

あたしは、この男が何の目的であたしにこんな真似するのか、わからなかった。

ただの誘拐なら、まだわかる。

でも、何故会社にまで乗り込む必要があるんだろう?


男は、相変わらず何に興奮してんのか解らないけど、息だけは荒いまま。


「…あたしの事、知っててこんな事してんの?」

「ふー…知ってるさ…ふー…」

「…何する気?殺すの?こんな場所で」

「…ふー…そうなる場合も…ある…ふー…」

男は、布を捨ててあたしに鋭く長い包丁を見せ付けるように、突きつけた。

…柳刃包丁、だ…。

そして、あたしに階段を上がるように、クイクイッと包丁で上を指してみせる。


階段を上がるあたしと、後ろから上がってくる男。

男はぽつりぽつりと、あたしに話しかけてきた。


「アンタは…ふー…良いよな…ふー…」

「…何が、よ…?」

「なんでも手に入るだろう?…ふー…テメエで何にもしないでも…ふー…

 おじい様やパパの力で…ふー…なんでも、手に入るだろう?…ふー…

 俺は、その日の暮らしもままならないのに…ふー…

 …テメエは、お嬢様やってりゃ…ふー…それで幸せなんだからな…

 それに比べて…俺はなぁ…」


・・・だから、何?

アンタが不幸せだから、あたしは喪に服すような人生送んなきゃいけない訳?


「…アンタにまで…そんな事言われると、ホントムカつくわ。」

「あぁ?」

「自分だけ不幸みたいな、面してんじゃないわよ。

 だから、ダメなんでしょ?」

「ふー…テメエ…!」

「大体…あたし、アンタみたいに、誰かと自分の”不幸比べ”なんか、した事無いもの。」



”…バンッ!”

それを聞くと、男はあたしの襟を掴んで、階段の壁に叩きつけた。

「うっ…!!」


あたしは背中の痛みに、尻もちをついた。

すかさず、男はあたしの胸倉を掴んで、怒鳴った。


「…テメエの人生は、俺が握ってんだよッ!解ってんのかッ!?」

「・・・・・・ッ!」


…あたしは、口唇を噛み締めて、泣き叫びたいのを我慢した。

でも、体の震えだけが止まらない。


「ふー…ふー…会長の目の前で、テメエをバラバラに、サバいてやる…!」


男はそのまま、太い腕をあたしの首に巻きつけるようにして、階段を無理矢理上がり始めた。

体が震えて、足が、上手く上がらない。


(助けて…助けて…)


「・・・あ。」
「・・・あ。」

男が変な声を上げて、立ち止まった。

あたしが目線をあげると、そこにいたのは制服をきたOLだった。

もう、なりふり構ってられなかった。

「た、助けてっ!」

人生で初めて、あたしは叫んだ。

続いて男も叫んだ。

「さ、騒ぐなっ!ぶっ殺すぞ!

 そこのッ!お、お前もどけ!警察に言ったりしたら、この女殺すからな!!」


「……。」

しかし、そのOLときたら、こちらをジッと見ているだけで、黙っていて、何もしようとしない。

そして、そのOLときたら、黙って両手を挙げ、壁に背中をつけて、道を通そうとしていた。


(…どいつもこいつも…!)


その途端、あたしはOLを睨みつけて、叫んだ


「薄情者!死ね!恨んでやる!」

 絶対許さない!」


だけど、そのOLときたら、じっとこちらを冷静に見ているだけで、何の反応もしない。

普通、怯えるとか、説得するとかする筈なのに。


そして、男とあたしが、そのOLと同じ段に足をかけた時ー


”グキッ!”

男が…突然、バランスを崩した。

男に捕まっているあたしも、つられてバランスを崩した。


「う…うわああああ!!」

「きゃーっ!?」


あたしは咄嗟に、目を瞑った。



耳に入ってきたのは、男の叫び声と、何かが転がり落ちる音。


(…痛くない…温かい…?)


あたしは、その不思議な感覚に、恐る恐る目を開けた。


すると、あのOLが、あたしをしっかりと抱きかかえてくれていた。


男はというと、階段の下でうーうー唸っていた。


「…………大丈夫ですか?」

OLはあたしを、抱えたままそう言った。


…冷静なままのOLの横顔をあたしは、ぼーっと見ていた。

(もしかして…この人…あたしを助け出すチャンスを狙っていて…ワザと男に道を譲ったの?)


「…大丈夫…」


あたしがそう答えると、OLがチラリとあたしを見た。


(……カッコイイ……)


あたしは、体が突然、熱くなっていくのを感じた。


「……ごめん、死ねとか…言って…。」


とりあえず、その一言を言う。




…自分でも、自分自身が、よくわからない。

たかがOLに抱きかかえられてるだけ、の話。


いや…これは、つり橋理論ってヤツよ。こういう状況で出会ったから…ドキドキしてるから…

なんか、恋したと勘違いして…いや、そもそも恋なんてしてないって!


「いえ、別に気にしてませんから。」

OLは、というと…あたしから視線を外して、そう答えた。


あたしはふと、OLの制服の左肩が、パックリと切れている事に気付いた。


「…でも…あッ!切れて…る!…大変ッ!」


「制服切れただけですから、ご心配なく。」

素っ気無く答えてOLは、あたしから離れてしまった。


(やっぱり…カッコイイ…。)


その冷静な態度と、横顔のカッコ良さに、あたしの中のつり橋理論は、崩壊した。


「…どうしました?あれ?…ちょっと!どうしたの!?」


階段を上ってきたスーツ姿の男が、騒ぎ始めた。

OLは、簡単に事情を男に説明した。

あたしが、それをじっとみていると、スーツ姿の男と、目が合った。


・・・さっき、受付をナンパしていた男だった。


「……なるほど、じゃあ…俺、警察と広報に電話しますから。」

妙に、テキパキと男はその場を仕切り始めた。

OLは、溜息を一つついて、コクコクと頷いていた。



その後…警察やら、会社の重役やら、宮元やら…いっぱい人がやって来て、非常階段はにぎやかになった。


男は連行され、あたしはホッと胸を撫で下ろした。


「海!海は!?海はどこだあああああああ!!!」

…とびきりデカイ声が響く。

「あ…おじいちゃん…!」

「海!ああ…良かった…ッ…ワシが、ちゃんと…お前を守ってやれねばならんのに…ッ!

 すまんかった!うううううううう…」

おじいちゃん、こと城沢豪気は、泣きながらあたしに抱きついて、頬ずりしながら泣いた。

「おじいちゃん…ヒゲが痛いわ…凄く。」

あたしは、苦笑いを浮かべて言った。

おじいちゃんは、そういえば、とあたしから身を離して、聞いた。

「…それで、お前を助けてくれたヤツはどいつだ?」

「え…ああ…それはね」


あたしは、あの人を…あのOLを探した。


「…あれ?」


だけど、もうその人は、いなかった。


「会長、警察に通報したのは、この社員だそうです。」

「ん?おお、お前か!」

宮元が連れてきたのは、ナンパ会社員。

おじいちゃんは、すっかり通報しただけのソイツを、あたしを助けたヤツだと勘違いした。


「はい!営業二課の伊藤です!」

受付ナンパ男は、さっきとはエライ違いの真面目な態度で、ハキハキと返事をしていた。

おじいちゃんは、ニコニコしながら男に質問をした。


「…年は?」

「はい!28歳です。」

「ふむ…」


(…じょ、冗談じゃないわ…)

おじいちゃんが、男に歳を聞いたら…それは『結婚相手候補』に入れるサインだ…。


「ちょっと、宮元!」

「…はい?」

「あの男じゃないわ!急いで調べてちょうだい!

 あたしを助けたのは、ここの会社のOLで…背丈は…」


あたしは、宮元を即座に呼びつけて、あのOLを見つけるように言った。

年齢・特徴を、言うと宮元はデータベースに照会してみます、と言い残し去っていった。


「海!伊藤君というそうだな!」

と、ニコニコしながら、おじいちゃんは伊藤というナンパ野郎の肩を抱いていた。

「俺…まさか、城沢会長のお嬢様だとは思いませんでした。いやあ、良かった良かった。」

伊藤も伊藤で、ヘラヘラしてこっちに笑いかけている。


(・・・おじいちゃんってば・・・もう、そそっかしいんだから・・・。)


その30分後。

宮元が、何枚か持ってきた写真の中に、その人はいた。

「どうですか?海さん…」

「いたわ…この人よ…この事務課の『水島』って、人。

 さすがね、宮元…仕事が速いわ。良かったぁ…」

「海さん…すみませんでした…。」

宮元が、突然膝を突いて、土下座した。

「…何が?」

「…今回の全てです…私は…」


その先、いう事は解っている。

宮元は、真面目さにかけては群を抜いている、男だから。


「もう良いわ。あたしの命の恩人見つけてくれたんだもの、それで帳消しよ。

 …それに、安全圏から勝手に出たのは、あたしよ。

 おじいちゃんには、あたしが言っておくし、もう、心配かけるようなマネはしないわ。」

「…う、海さん…ありがとうございます…!!」


会長室で、あたしと宮元が話しこんでいるところへ、おじいちゃんが帰ってきた。


人の気も知らずに・・・随分とご機嫌なこと。


「いやあ…あの伊藤という若者と話し込んでしまった…やはり口が上手いな、さすが営業…

 …ん?一体何の話をしている?」


あたしは、すぐに全ての事情を話した。


…水島さえ見つかれば、もうこっちのモノだ。


おじいちゃんは、基本的にあたしの話しか、信用しない。

あの場で言ってやっても良かったけど、あの口だけ達者な野郎の前じゃ、きっと

『お嬢様は、混乱されているんですよ』とか言うに決まってる。



…伊達に、幼少時から”大人の駆け引き”見てきてっねえっつーの…。


…お嬢育ちだと思って、なめんなよ…。




あたしは、ニコニコして水島を待った。

そして、真面目な宮元は、しっかりと水島を連れてきてくれた。


おじいちゃんは、水島を大変気に入ったようだった。


「包丁を持った男を蹴り落とすとは…豪快な女だのう!

 豪快な女はワシは好きだ!…もっと言えば、もっとぽっちゃりしていると…」


おじいちゃんは立派なヒゲを、撫でながら言った。

すかさずあたしは、おじいちゃんに宣言する。


「…言っておくけど、あたしの…だからね?おじいちゃん。」




そして。





「…あの、恩って…私…ホントに、何もしてないんですけど。」

「…謙遜もそこまでいくと、嫌味よ?水島。」


あたしは、水島の腕をしっかり組んだまま、ズルズルと引きずって、街を歩いた。

困ったような顔をしている水島。


「いや…でも、ホント…。」

「なーによ?」


「……いえなんでもないです。

 えーと…そういえば、どうしてあの時、あんな目に?」

水島は、あのデカイ男が『何をしたかったのか?』と聞いた。

今更…って感じだけど。


「さあ?よく知らないわ。お嬢様やってると、人生…色々あるみたいね。」

とあたしは笑って言ってやった。


「はあ…そんなモンですか…」


「だからさ、水島…あたしの事”海ちゃん”って呼んでくれない?

 せめて、水島といる時くらい…忘れたいの…城沢の事は。」


水島はいつも、冷静で、素っ気無い態度で、あたしに接している。

そこが、良い。

それが、水島って人間なんだって、あたしは思ってる。

だから、そのままで良い。


そのままの水島が、あたしは好き。


「………。」


水島は相変わらず、冷静な顔のまま、何かを考えているようだったので…


「海ちゃんって、呼ばないと、減給するわよ。」

と一言、トドメをさした。


「…わかりました、海ちゃん。」


…そのうち水島の方から、あたしを”海”って呼び捨ててもらう日を、あたしは楽しみにしている。





   水島さんは仕事中 〜城沢 海 編〜 END





あとがき



海さんって…まあ、こういう人なんですね…というお話。(どういう話だ…)

作者としては、水島さんシリーズで、一番扱いに困る人です。

…神楽はお金持ちじゃないから、感覚とかわかりませんので…(苦笑)