私の名前は、水島。


悪いが、下の名前は聞かないで欲しい。


性別は女、年齢25歳。

ごく普通の、出世願望も、結婚願望もない、本当に普通のOL。


普通の父と普通の母から生まれた、可も無く不可も無い、普通の女。


そう、あえて普通の人と違う点を挙げるのならば。



人より、人が嫌いだという事。


そして・・・


女難に見舞われ続ける、不幸な運命を背負った”呪われた女”だという事。



そして、この間…1日に女性4人とキスをしたという事。



・・・あ、なんだその目は!?自慢じゃないわよッ!?


これが原因で恋愛関係にでも発展せざるを得なかったら、どうするんだ!?

恋愛関係は、人間関係の中で最もややこしくて、最も避けたい人間関係なんだよ!!



これは、私にとって死活問題なんだあああああああああああ!!!



・・・と、そんな場合じゃなかったわ・・・。



  拝啓


…お母さん、元気ですか?私は、一人の時は元気です。

ちゃんと、自炊もしてます。一人の時は、どんなご飯でもおいしく感じます。

この間のお漬物美味しかったです、いつもありがとう。一人で食べます。




そうそう、もうすぐ夏ですね…蚊と一緒に、この季節増えるものといえば…




 ”パラリラパラリラ…””ブウォン…ブウォン…”




「・・・で、あのー…私、何かしましたでしょうか?」


…ああ、お母さん。




「ああン?気取ってんじゃねえぞ!コルァ!水島ァ!!」




「…は、はい…私…た、たた、確かに、み、水島ですけど…別に気取ってはいません…。」



お母さんったら、お母さん…。




「アタイら、水島連れて来いって、総長に言われてんだよぉ!!」




「はあ…そ、それは、ご苦労様です。…そ、それで、何の御用なんでしょうか?

その…総長?さん…は…」



お母さああああああああああんってばああああああ!!!





「総長が、お前とタイマンはりたいっつってんだよ!コラァ!!」




”パラリラパラリラ…””ブウォン…ブウォン…”





…夏の名物、『暴走族』です。お母さん。





バイクの轟音響かせて走る…レディースの方の暴走族です。お母さん。


生まれて初めて、見ましたけど、別に見たくはなかったです。お母さん。


今帰れるなら、即刻田舎に帰りたいです。お母さん。


無事に生還したら、またお手紙します。


あ、お父さんにもよろしく。


大ピンチの娘より。





    P.S. タスケテ・・・。






・・・と、心の中で、母への手紙をしたためて”現実逃避”している場合ではない。



そんな場合じゃない、というのは…


私は、今…人気の無い空き地のど真ん中で、特攻服のレディースの皆さんに囲まれていて、動けない状態、だからだ。



・・・つまり、いつものように『大ピンチ』という訳である・・・。






        [水島さんは爆走中。]






現在私は、廃ビルの傍にある、空き地にいる。

そして、私を囲み、先程から胃に穴が開きそうなほど、ガンを飛ばしているのは

今日の日本で、『あ、不良だ』と解りやすい非行に走ってしまった堕天使こと、レディースの皆さんだ…。



…女難というよりも、これはトラブル…いや、もう『事件』だ。

スト子以来の”犯罪事件”に、私は間違いなく、巻き込まれている。



それは遡る事、わずか数分前の出来事だった。



私はいつも通り、会社をダッシュで出て、帰宅していた。 ※女難を避けるため。


いつも通り、自宅の近くの駅から、1つ手前の駅で降りて帰っていた。 ※女難を避けるため。


いつも通りコンビニに寄って、後をつけられていないか、チェックし… ※女難を避け(以下略)


いつも通り、家までの抜け道ルート全4つの内、2つほど通った時… ※女難を(以下略)



チクンと、いつもの”あの痛み”を感じた。



慌てて、周囲を見回す私の傍に、人影はなく。

そこは、静かな住宅街の道路だった。




”パラリラパラリラ…””ブウォン…ブウォン…”


しかし、次の瞬間…聞こえたのは、バイクの爆音、だった。





そして。



彼女達…『愚麗都 死守蛇阿頭』に、とっ捕まったのだ。


…ちなみに、グレイトシスターズ…と読むらしい。って、どんな姉妹だよ・・・。


…って、心の中でツッこんでる場合じゃない!


助けを求める暇もなく、私はバイクの後ろに乗せられて、更に人気の無い所へと連行された…。


聞く所によると、私がここに連れ込まれたのは、総長とタイマンをはらされる為だとか。


・・・現役暴走族と現役OLで、タイマンなんか、はってたまるか!!





もれなく死んじゃうじゃないのっ!私ーっ!





まさか…とうとう…その時がきたのか…?


縁を拒み続け、呪われ…それでも縁を拒んだ私に対して、訪れる…



『死』



ゾクリ、と背中に寒気が走る。

…よりにもよって、リンチで…喧嘩で、死んじゃうなんて…!


やだなぁ…こういう事件で死んじゃうと『昔の学生の文集』とか『作文』とか出されたりしちゃうんだよな…


…私、中学校時代の夢で『家のパソコンで株取引する人』って書いちゃったんだよな…。

高校時代なんか『尼寺に入るかも』みたいな事書いて、担任に書き直せって言われて

最終的に『マルサの女になりたいかな』みたいな事書いてやっとOK貰ったんだっけ…。


・・・なんで、よりにもよって、国税局志願しちゃったんだろ・・・?


とにもかくにも、被害者の私の資料には…夢も希望も無いじゃないの!!


一か八か…逃げようか…いや、もうこれ…



”パラリラパラリラ…””ブウォン…ブウォン…”



・・・・・・逃げ道、無いし・・・(泣)



おそらく彼女達は、ガソリン税の事も頭にないのか、ひたすらバイクのエンジンをふかし続けている。

奇声をあげて、私を威嚇しては、笑っている。

10代の暴走って怖い…!



「…あ、総長!チーッス!!!オメーラ!!」


その声が聞こえた途端に、レディース達に緊張が走る。


「「「「「「「チーーッス!!」」」」」」


気合の塊の挨拶をしながら、モーゼの十戒の海のように、レディースの皆さんが2つに割れて、道を作る。

廃ビルの中から、真っ赤な特攻服に身を包み、背中に大きなケースを背負った女性がその道を通る。


…どうやら、私をここまで連れてくるように指示した諸悪の人物。


総長の御登場、らしい。


・・・別に総長が出てきても、私は噛み付く事もない。

・・・命は惜しい。すごく惜しい。


「…あ、どうも…チーフ…。」
 
   ※注 あまりの恐怖に”チーッス(挨拶)”と”チーフ(主任)”を間違える水島さん。


総長らしき女性は、眼光鋭く、金髪と赤い特攻服をなびかせてこちらへとやってくる。

そして、ただならぬ緊張感の中、私の目の前で止まり、そして…



「4代目!愚麗都 シッターッ!ソウチョー!ヒグッ!サアー!ヨロックュー!!!」





・・・・・・・・・・・・ ※注 只今、ものすごい静寂の世界です。




「・・・・・・・は・・・。」


・・・え、何ですと?


よ、4代目愚麗都…から、後半…何?高い声で叫びすぎて解らん…!!


「え、あ…えーと…水島です…。水島、ですけど…。」

私は、私でビクつきながら、挨拶を試みる。


しかし、総長らしきナントカさんは、ガンを飛ばしながら

「んな事ぁ、ハナから知ってるんだよぉ…」

と顔を近づけてきた。


「あ、はい…。」


返事をしてみるも・・・怖い。年下の筈なのに、怖い。

総長の目が、常軌を逸していて怖い。…これが10代の瞳ですか?

…人の瞳ってもっと澄んでませんでした??いや、元々人の目なんか見ないから、わからないわ。


「オイ、テメエら…邪魔すんじゃねえぞ…あたしらの戦いだ。

 こっちだ…来い、水島。」


顎で、廃ビルに行くように指示をされるが、行ったら最後だ。


「え?…あの、いや…私はタイマンなんか…出来ませんッ!」

(暴力反対ーっ!それに、大体何故、私とタイマンなんかはる必要性が…っ!?)


そう、それこそが最大の謎。


『何故、(外見上)普通のOLとタイマンをはる必要があるのか?』


私は女難の女。

だから、女性との結びたくも無い縁が、すれ違うだけでも出来てしまう、という不幸な身の上。

しかし、だ。

通りすがりのレディースに因縁つけられて、総長とタイマンはらなきゃいけない覚え等、毛頭ない。

ここは断固拒否!平和宣言!


「あの、タイマンよりもまず、穏便に、話し合いを…」



「・・・あ゛ぁん?」



それは、伝説の怪物メデューサ…のような瞳と唸り声。

周囲のレディースの皆さんも、ジリジリと私の周りを囲んで、先程よりも眼光をギラギラさせている。


「……あ、いえ…はい。あの、あっちのビルですね?はい。」


・・・ああ、ダメだ・・・ここは、物の怪達の森・・・。

逆らってはダメ…!だって…命は惜しいから!!

 ※注 只今、水島さんは恐怖心から、パニックになっています。


「フン、こっちだよ。さっさと行こうぜ…。」


…かくして私は、心の中で号泣しながら、総長とタイマンをはるため、廃ビルの中へと足を踏み入れた。




「最近サツが、うるさくってな…集会開けるのは、ココだけになった。

 …さしずめ…ここは、あたしらの最後の…安住の地だ。」


「……。」


…私にとっては、最後の…『墓場』ですけど…。


暗闇に目が慣れてきて、私と総長は、階段をカツンカツンと上がっていく。

飛び散ったガラス片に、スプレー缶の訳の解らない落書き。

…日常生活では決して足を踏み入れる事はない、この場所。


・・・帰りたい・・・いつも以上に、帰りたい・・・。


ただ、黙って階段を上がる。


………絞首刑ってこんな感じなのかしら………(泣)


「さて、と…」

総長は、肩にかけていた黒いケースを床に下ろして、こちらを向いた。

着いた場所は、ソファが一個あるだけ、ダンボールがそこら辺に散乱していて

酒の缶やビン、タバコの吸殻が、あちらこちらに転がっている、薄暗い一室。


…ああ、未成年のイケナイ残骸が見える…。


おそらく、いつもココで、集会とやらを開いていた、のかもしれない。


…それにしても、あのケースの中身は、釘バットか、木刀か?…いや、それにしては大きすぎる…。

いずれにしても、あんな凶器持った総長と、1対1で戦って、勝てるわけも、生き残る自信も無い。


「…待ってな、今準備するから。」


総長はヤル気満々と言った様子で、ケースを開ける。


ああ・・・説得は不可。


しかし、聞かずにはいられない。


「……あの、どうして…私をココに呼んだんですか?」


そう、OLとタイマンはるっていうなら、別に私じゃなくてもいいはずだ。

『水島』という名指しがあった以上、私でなければいけない理由がある筈だ。


・・・冥土の土産に聞かせてくれないかなぁ・・・はははは・・・

   ※注 水島さんは自暴自棄になっています。ご了承下さい。


私の言葉を聞くなり、総長は、しゃがんだまま、こちらに振り向いて、こちらを睨んだ。


「…ば、バカヤロー…そんな事、今更聞いてんじゃ、ねえよ…」


…あ、あらら?

総長、さっきの剣幕は?怒涛のガンは?


レディースの総長は、妙に静かに反論したのだ。


「……よし…準備OK…。」


総長は、スックと立ち上がった。


『タイム・オーバー』


…くそう、結局、何もわからないまま、タイマンしなくちゃならなくなった。


…私は、一応拳を握り締めた。

小さい頃は、水泳しか習ってこなかったけど…やってやる…!




・・・こんな所で死んでたまるかああああああああああああ!!!!




私は、一応、TVで見たように、空手の構えを取ってみる。

すると、総長は…。


「…じゃ、歌います。聞いて下さい。

 樋口 咲(ひぐち さき)で…”マイ・エンジェル”」


そう言い終わった総長は、ギターをボローンと奏でた。


「・・・え゛?」


(・・・う、歌うのーっ!?)


   ※注 水島さん、心のツッコミ機能 ON!



…な、なんという、驚愕の展開だ…!


総長…いややっと聞き取れた総長の名前、樋口さん(下の名前は意外と可愛いな…)は


ギターをぼろーんと奏でると、20××年とは思えないタイトルを言い放ち、その歌を歌う構えを見せた。



・・・いや、待て。



何故、今、私に向けて、歌う?タイマンは?

私、一応…覚悟して、拳を握っちゃったんですけど…。



”ジャーン!!”


ギターを思い切り弾くと、樋口さんは一息を吸い込み・・・・



「・・・あ゛ぁあ゛ぁあ゛あ゛ああぁぁー!!」




「…ひいぃっ!?」


いきなりの雄たけび…!で、デスメタル!?

もっと、なんか違うの想像してたけど…暴走族なんだから、一応納得しておこうか…

・・・いや、出来ないよ。このハードなスタイル!


ってツッコんでる場合じゃない!何で、歌うんだよ!?タイマンはー!?



「♪アタシのハートを奪った、お前はデビルーッ!♪」



「………。」


いやいや!タイトル”マイ・エンジェル”はどこいった!?いきなり、悪魔呼ばわりか!?

ものの1フレーズで歌のイメージ覆ったじゃないのーッ!?

”私の天使”的な部分は、いずこにーッ!?そして、タイマンはー!?



「♪気にしないでーアタシはどうせ、はぐれモノー♪

 ♪アタシだけ見つめろー♪」



「………。」


…結局、気にして欲しいのかよ!どっちだよ!?複雑な乙女心か!?いや、知るか!そんな事!!

そして、何で最後、さり気なく命令口調なんだよ!?そして、タイマンはー!?



「♪夜の闇切り裂いてぇー!叫ぶ、アタシのマイネーム!

 マイネーム!ゴートゥーヘブン!!♪」



「………。」

どうして、自分の名前を、わざわざ切り裂く夜に叫ぶんだよッ!新手の自己主張か!?

そして、この人…絶対ッ!英語の意味解って、作詞してないッ!!

大体、『アタシのマイネーム』って、”アタシの私の名前”で、意味カブっちゃってるだろーッ!!

それから自分の名前、天国送りみたいになっちゃってるだろーッ!!そして、タイマンはー!?


”ジャーンジャジャ…。”

「…”ねえ”…”あたしの値段、ハウマッチ?”…」


「………。」


…デスメタルで”台詞”も入れちゃったよ…この人…!

…一体歌で、何を伝えたいの!?表現方法が多彩すぎて、逆に伝わんない!!

そもそも、今までの流れで、値段聞かれても困るわッ!聞いてどうするんだよ!?そして、タイマンはー!?




「♪アンタにだけ伝えたーい!世界中に愛してるって伝えたーい!!♪」



「………。」


だから!結局!それじゃアンタ”だけ”じゃ済まないだろ!?世界発信してるじゃないかッ!!

なんで、さっきから1フレーズ毎に物事を覆すんだよ!?

協調させろよっ!融合させろよーッ!!そして、タイマンはー!?



「♪アンタの愛が欲しいーアタシをエンジェルにしてー♪」



「………。」


…最終的に、お前がエンジェルかーッ!!

タイトル”マイ・エンジェル”はどこいった!?結局、お前の天使はいずこだーッ!?

そして、タイマンもいずこにー!?


「……はぁ…はぁ…」

「………。」


拍手、した方が良いのかな…



”…パチ、パチパチパ


「♪ギャラクシイーィー!!!!♪」



「…うッ!?」

ヤベッ…終わってなかった…ッ!?どうしよう、フライング拍手しちゃったよ…!

いや、待て…何故、今”銀河”と叫んだ…?そして、タイマンは…?



「……はぁ…はぁ…。」

息を切らし、全力で歌いきった4代目 愚麗都 死守蛇阿頭 総長 樋口 咲さん…。


”マイ・エンジェル”。


…結局、エンジェルは誰だったのか…そして、誰が、銀河へ行ったのだろうか…?


「………。」

考えても、何のメッセージも伝わらず、ただ私の頭の中をギャラクシーにしていた。


「…終わり。」

樋口さんは、呆然とする私に、曲の終わりを告げた。


「・・・あ、あぁ、はい…。」

”パチパチパチ…。”


私は、必死に拍手を送った。

もう、思考回路が、5分先の事を考えられない程、ショート寸前だったのだ。


「…で…どうだった?」

樋口さんは、額の汗を拭いながら、そう聞いてきた。


「……え゛!?」


…感想なんて言える訳が無い。

さっきまで、変なトコにツッコみまくってましたなんて言えない。


言ったら・・・・高確率で・・・・死ぬ!!


ところが、樋口さんは…


「…アンタの事を想って、書いたんだ…。」

と、ぽつり。


「・・・え・・・?」

聞き返すまでもない、確実にその単語は私の耳に、イヤと言うほど聞こえている。

耳だけに、イヤー…ああ、また下らない事言ってしまったああ!!

そんな場合じゃないんだって!


「…悪りぃ、タイマンなんて…本当は、嘘なんだ…。

 女呼び出すって部下に言いつけたら、タイマンだって思い込んじまってよ…

 あたしも、総長として…告るとは言えなかったんだ…。」


「・・・え、え・・・?」


聞き返すまでもない、確実にその単語は私の耳に、イヤと言うほど聞こえている。

ああ、その目と赤くなった頬…これ、いつものパターンだよ…!



「いや、こんなの情けねえ…この際、ハッキリ言う。


 …その、あたしはな…アンタに…惚れちまったんだよぉ!!」



はい。



 大・どん・でん・返〜し!! ※注 古いネタでスミマセン。




こ、これは…どうしよう。


本当に…どうしよう…!逃げる事も出来ない。断ったら(高確率で)死ぬ。


「…水島…アンタの事、道路で見かけた時から、あたしの全てが変わっちまった。

 もう、竹外 力也じゃ、ときめかねえんだよ!!」


知るかー!そんな事ー!!

Vシネの帝王と私を比較しても、トキメキ☆ポイントが解りにくいわー!!


「…あの、いきなりそんな事、言われても、ですね…私…」


なんとか、穏便に断ろうとする私の話を遮って、樋口さんは右手で”待った”とサインを出した。


「わかってる・・・今のままじゃいけないって。

 カタギにならないといけないって…だから、今夜ケジメはしっかり、つける。」


「・・・え?」


・・・いや、聞いて?私の話を、最後まで聞いて?

カタギになるのは、イイコトだけど…私、まだ貴女を受け入れるとは言ってな


「総ー長ー!!何言ってんスかッ!?」

「咲総長いなくなったら、アタイらどうしたらいいんですかッ!?」


振り向くと、階段からわあーっと、先ほどのレディース軍団の皆さんが、ご登場。

みんな、何故か泣いていた。


「アタイら…総長の事、マジ尊敬してるんですッ!辞めないで下さい!総長!」

「さっきの曲だって、マジ感動しましたッ!!辞めないで下さい!総長!」


・・・いや、”今”ご登場したんじゃない。

”さっきから”この人たちは、潜んでいたんだ…!!


そして、あの迷曲”マイ・エンジェル”で感動して泣いているのか…!?


「総長ー!」「総長ー!」


”…ドガッ”「う゛!」”ズサー…”


総長を囲んで、レディースの皆さんは、泣きながら総長コール。

そして、私は駆けて来たレディースの皆さんに吹っ飛ばされて、ダンボールの上に突っ伏していた。



「お、お前ら…大好きだー!お前らこそ最高だよー!!」

「総長ー!アタイも好きぃー!!」「総長ーアタシもだー!!」

「総長!もう一度、歌って下さい!」「そうだ!総長!聞かせて下さい!」



「…じゃ、歌います。聞いて下さい。

 樋口 咲(ひぐち さき)で…”マイ・エンジェル”」


”ボローン”


「あ゛ぁあ゛ぁあ゛あ゛ああぁぁー!!♪アタシのハートを奪った、お前はデビルーッ!♪」


「総長ー!!」(合いの手)





私はダンボールの上で、思う。


(・・・・何?このノリ・・・。)・・・と。





「♪気にしないでーアタシはどうせ、はぐれモノー♪アタシだけ見つめろー♪」


「イエッサー!」(合いの手)




そして、私はゆっくりと起き上がり、避難訓練のように、体を最小限に縮めて、廃ビルから脱出した。

誰もが”マイ・エンジェル”に夢中で、私の存在は完全に忘れられていた。



…廃ビルを抜け出して、見上げると、ビルからは、まだあの”マイ・エンジェル”が聞こえる…。




私は、そのままバイクを盗む事無く、自分の足で爆走し、帰宅した。



爆走しながら、思う。



やっぱり、あの歌は”マイ・デビル”の方が良いな・・・と。


…いや、そんな問題じゃねえや…あははは…(泣)








次の日の朝。





「○月○日未明、女性暴走族集団『グレイト・シスターズ』が一斉に検挙されました…

 この暴走族集団は兼ねてから、意味不明な歌を歌いながら、暴走行為をする事で有名であり

 付近の住民から苦情が出ていました。

 今回の検挙で、数十名が書類送検されるとの事で…」

 ニュースから、聞き覚えのある単語を聞いて、私はコーヒーをゴクリと飲んだ。

「・・・・・・・・。」


書類送検されたという女性の名前の中に、あの”樋口 咲総長”は、いなかった。


きっと、上手く逃げたんだろうけど…。


なんだろう……あの人とは、ゆっくり話す暇も無かったなぁ…。


一体、どんな事情で…不良になって…総長になって…


・・・一体、私をどう想ったら、あんな変な歌が出来るんだろう・・・



そう思いながら、私は、玄関の鍵を開けて、いつも通りに出勤し



”ブウォンブウォン…”


なんか、昨夜聞いたような、音が…


「…よォ!水島ぁ!」


なんか、昨夜聞いたような声もする!


「………。」


バイクにまたがり、不敵に笑うのは……………誰?


「昨日、黒く染めて、短くしたんだ。解らなかっただろ?」


そう言って”樋口さん”は、白い歯をニッと出して、親指を立てた。


「……やっぱり、無事だったんですね。」


別に良くは知らない人だけど。なんとなく、この人は警察に捕まらないような気がしていた。

・・・ん?またか…。

どうも私という奴は、女難に遭う毎に、自分の中の微妙な変化に気付かされるらしい。



「まあな…サツにあらかた捕まっちまったけど…その責任は

 あたしが総長を引退するって事でケジメをつけた。」


「…じゃあ…その髪…」

「ん、まあな。うちらのケジメだ。」


髪は女の命。

昨日よりも、すっかり短くなった黒髪は、痛々しいくらいで。

きっと、昨日もそうやって、ケジメをつけようとしていたんだろう…。

昨日より、樋口さんは、眼光も鋭くは無いし、メイクは殆どしていない。


どっからどう見ても、カタギ?の女性だ。


「じゃあ…もうタイマンとか、喧嘩とか、悪い事しないんですね?」


私が、そう言うと、樋口さんは決まり悪そうに答えた。


「…ま、まあ…な。高校もこれからなんとか通えば…卒業できっから…。

 その、それなりに、頑張るつもり…。」


樋口さん・・・こ、高校生、だったんだ・・・・。


昨日まで総長だった女性は、今は普通の高校生。

私の女難が、青少年の非行防止に役立っ…

…いやいや、そんな風に考えるのは危険だ…!



「で、だ。…コレで…堂々とアンタに告れるって訳だ!!」


そう言って、樋口さんは高校生らしい、爽やかな笑顔で笑った。


(・・・・・・うげッ!!)


しまった…!!



”マイ・エンジェル”ですっかり忘れてたけど…!




この人、立派な女難チームの方だったのねー!!!!!




「水島!とりあえず、乗ってけよ!駅まで送ってやっから!」


そう言って、カタギが乗るようなバイクでは無い、バイクに私を乗せようとする。

ああ、せめて…『姫夜叉』のステッカーを剥がして来て欲しかった…!!



「いっ!?いいです!いいです!!走ります!走るの大好きだからッ!!」


こうして、私は朝っぱらから、樋口さんの姫夜叉号(バイク)の併走で爆走した。



…ああ、私…どんどん体力がついていって…どんどん、精神がすり減ってきている…。


ちくしょー…。

私がいくら走っても、ゴールテープはまだ見えない…ようだ。


    『水島さんは爆走中』・・・END






ーあとがきー


さてさて。

今回もなんとか、書き上げる事が出来ました。

最近、前後編多いので、今回は単発・ツッコミ大盛りで!!


夏といえば、暴走族と歌、です。夏に2●時間テレビとかで、よく歌が流れてますでしょう?

まあ、マイ・エンジェルは流れませんけどね!!