}-->
[ 水島さんは帰省中。〜 最終回・ボツSSヴァージョン。 〜 ]
私が故郷に帰ってきた時、必ず立ち寄る所がある。
私が通っていた学校が見下ろせる木のある丘。
夕日が沈んでいく。
深い蒼が空を染めて、夜の訪れを告げる。
「お水さん。」
ふと、後ろから声を掛けられ、私は振り向いた。
懐かしい・・・友人に会った。
「…矢島君?」
「やっぱり・・・お、お水さん、じゃないッスか。クカカカ。」
私を”水島”ではなく”お水さん”と失礼なあだ名で呼ぶのは、矢島 広人(やじま ひろと)。
体型はお世辞にも細いとは言えず。ゲームのやり過ぎで、眼鏡をかけていた。
相変わらず、変な笑い方で、なんか生き急いでいるような…無茶苦茶早くて聞き取りづらい口調。
・・・だが、彼の事は私はよく知っていた。彼は紛れも無く、良いヤツだ。
「あ、あ相変わらず、女っぽくないな。も、萌えもないしさ。クカカカ。」
「失礼ね…矢島君こそ、私は君を異性として意識せずにすむよ。」
そう言って、私は笑った。
矢島君は私の隣にやって来て、座った。
「人嫌いは、お、お互い様ってね。」
「…矢島君は人嫌いじゃないでしょ?私と違って、人懐っこいじゃないか。」
「…いや、さ、最近は、き、嫌いなヤツばかりだよ。お俺…こんなだからさ…。
ぶ、ぶっちゃけ…女と喋ったの…あ、通販とか、こ、コンビニとか、そ、そういうの以外ね?
ぷ、プライベートでしゃ、喋ったの、さ…3年ぶりだ。」
「じゃあ…カウントするんだな?私を女に。」
「い、一応…カウントしてみた。クカカカ。・・・それより、ゲームやってるか?」
「うん、色々やってる。あ、でも・・・最近のRPGは手を出してないな。」
「ささ最近は…ぐ、グラフィックだけ、り、立派で、あれはプレイするゲームじゃないな。み、見るゲームだ。
だけど、キャラクターは魅力的なのが、ふ、増えたよ。あのグリムロのハスキーってキャラは良い。
ほら、お水さん…コレだ。コレ。」
矢島君は、まるで自分の彼女のように、待ち受け画面の、ゲームの猫耳キャラの画像を私に見せた。
数年前のRPGのキャラクターだったが、好きなキャラクターの好みが偏っているのが、彼らしい。
「あぁ…矢島君好きそうだわ。こういうの。」
矢島君の萌えは、ズバリ…獣と女性の融合だった。
高校の時、人から完全に浮いていた私と矢島君は、ゲーム雑誌を交換して読んでいた。
別に、2人きりになる訳でもない。
ただ、学校に自分の買った雑誌や漫画を持って行き、廊下で交換し、それぞれの教室で読み、帰る時に返すのだ。
矢島君は、2次元の女性にしか興味は無かったし
私は、その頃から既に、3次元の人間が大嫌いだった。
共通点は、ゲーム雑誌を交換する事だけだった。
だが。
周りは付き合っているのか?と余計な勘繰りを始めた。
ゲーム雑誌を交換するだけの付き合いなど、どこにある。
若さは、時に勢いで、交際相手すら決めるというのか。
勝手に私達は付き合っている事にされ、からかわれた。
どいつもこいつも、キモくて暗い最悪なカップルだと嘲笑う。
・・・そして、私は、矢島君と距離を置く事にした。
だが、ゲーム雑誌の交換は続けた。私と矢島君の共通点は、やっぱり一緒だ。
ゲームの攻略方法や新しいゲームの特集を見るのが、ただ好きだった。
それだけ、だったのに。
私と矢島君が一緒にいると『ほら、見ろ』と暇な馬鹿野郎共が集まってきて、私と矢島君をくっつけた。
ある日、矢島君は私の目の前でズボンとパンツを下ろされた。矢島君は泣いていた。
私は耐え切れず・・・その場から逃げ出した。
それ以来、私は卒業まで、矢島君と話す事は無くなった。
いや、クラスの誰とも自主的に口をきこうとは思えなくなった。
私を含め、このクラスは最低な人間の集まりだと思った。
先生は「お前達は良い生徒だった」と白い歯を見せ、卒業式で笑っていた。
ろくでもない奴らは新しい未来の先を見ながら、何事も無かったかのように笑っていた。
傍観者で嘲笑っていた奴は、白々しくみんなと離れたくない、いつかみんなで集まろうだなんて泣いていた。
そして・・・私は・・・。
「矢島君…ずっと、あの時の事を謝るべきだった。逃げて・・・助けてあげられなくて・・・すまなかったって。」
私は、矢島君を助けずに逃げた。
矢島君は何も言わず、私と廊下で会う事もなかった。
ゲーム雑誌交換もしなくなった。自分で雑誌を買って、自分の部屋で読んだ。
それが、私と矢島君の縁が切れた時だった。
「お、お水さん、そ、それは言わない方がいいよ。俺だって、わ、わかってんだ。
お水さんは、良いヤツだから、俺のせいで嫌な目に遭わせたくはなかったんだ。
…俺、男だから。我慢出来る覚悟はあ、あったさ。」
「…男も女も、最初ッから、私と矢島君の間には、なかっただろ?
肝心なのは・・・私は・・・大事なゲーム雑誌友達を裏切ったって事だ。
それを心から悔やんでいるんだ・・・。」
「じゃ、じゃあ、許す。」
矢島君は沈んでいく夕日を見ながら、笑っていた。
「・・・・早いな。許すの。」
「当たり前だ。許してこそ、お、大人ってヤツだろ?お水さん。」
それは、もうあっさりと許された。
あんなに心に重くのしかかっていたモノが、矢島君の許すという言葉一つで、一気に軽くなった。
「・・・矢島君は・・・すごいなぁ・・・」
心から、そう思う。他人を許す事が出来る人間は、私は少なくとも凄いと思う。
「本当に・・・すごいなぁ・・・。」
私は目を覆うように手で視界を塞いだ。そうすると、より矢島君を私の隣にいる気配を感じられた。
「それに、俺は最初ッから、お水さんに何にも怒ってなんかいないさ。
あの時の、適切な対処だ、だったと思う。逆なら、俺もそうしてた。」
「…適切な対処でも、正しい事だって誰かに言われても、私は後悔してるんだ。矢島君の事を…。」
「…お、俺は、されても困るよ…。」
私は立ったまま、俯いた。矢島君はまだ、私の隣に座っている。
「だからさぁ…お水さん。」
「・・・ん?」
「・・・自分をそんなに嫌うなよ。」
「・・・・・・。」
「・・・俺も、こんな自分は嫌だ。今も大嫌いだ。
俺は自分が嫌いだが、お水さんは俺を嫌いじゃないって事が解った時、嬉しかった。
お水さんは…俺の事、好きでもないし嫌いでもないって言ってくれただろう?そ、それで、すげー気が楽になった。
き、嫌われたら、傷つくし…す、好きだって言われても、こ、困るから、あの言葉は俺、う、嬉しかった。
あれで、俺はお水さんに男気を感じたね。」
「・・・いや、おかしいおかしい。矢島君、ソレ、褒めてない褒めてない。」
「…クカカカ。」
「笑い所じゃないよ、矢島君。」
矢島君は楽しそうに笑っていた。
だけど・・・。
「…クカカカ。」
「……笑ってる場合じゃ…ないだろ?矢島君…。」
私は、笑えなかった。
「…泣くなよ。俺、この為に、ずっとお水さんがココに帰ってくるの、待ってたんだからさー。」
「…泣くわよ……久々に再会した友達の…足が………透けてるなんてさ…!!」
私は、もう堪え切れなかった。
隣に座っている矢島君の気配は、気配だけは確かに感じていた。
だが、それは、まるで蜃気楼のようなものだった。
彼は、すぐそこにいるのに、この世には存在していない・・・。
「なんで…なんで……!?」
「だ、大丈夫だ。あの世へ、お水さんを連れて行こうだなんて、思わん。
た、たた・・・ただ、待ってたただけだ。」
「”た”が多いよ…矢島君…」
「クカカカ…お水さんは、やっぱツッコミ派だな。」
「だから…笑いどころじゃないって…。」
それでも、矢島君は笑っていた。
足から透け始めて、もう腰の辺りまで透け透けになっていた。
「・・・なんで、死んでるんだよ・・・!?矢島君!」
私が聞くと、矢島君は苦笑いしながら答えた。
「・・・俺もわからん。そんなつまらん事は、忘れた。忘れるに限る。
ただ、生まれ変わったら、また…ゲームやりたい。
でも、お水さんの子供はカンベンしてくれよ?」
「…こっちの台詞だ。矢島君は……生まれ変わっても私の友達でいて欲しい。」
私の言葉を聞いた矢島君は満足そうに笑った。
「・・・お水さん。気にすんなよー?俺、確かに許したからなぁー!」
そして、クカカカと笑いながら、矢島君は消えてしまった。
私は夜空に向かって叫んだ。
「わかったよー!!どうでもいいけど、今度はゆっくり喋るクセつけろー!時々だけど、聞き取りにくかったぞー!!」
私の耳には、まだ消えた矢島君のあの笑い声が小さく残っていた。
時間通りに会場に到着。
会場に入ると、同級生という名の人間が酒を酌み交わしていた。
私を見つけるなり、やつらは「変わってないねー」とか「元気だったー?」とか当たり障りのない挨拶をした。
「そうそう、水島見て思い出したけどさ。オマエさー覚えてる?矢島。矢島広人!」
「あ、どうしてるの?あのキモイの。いないな?」
「なんかさー死んだらしいぜ。自殺だってよ。」
「…あー、あたし知ってる。社会に適応できなかったってヤツらしいよ?」
「まあ、適応しようと努力しなかったんだろ?自殺なんて、弱いやつがする事じゃん。」
「それに、その程度で自殺するんだから、どの道、この現代を生きていくには耐えられないヤツだっ…」
私は、持っていたグラスをテーブルに叩きつけた。
その途端、しんと空気が静まり返り、同窓会会場の外の賑やかな声がやけにハッキリと聞こえた。
私は、ゆっくり口を開いた。
「…矢島君を…死んだ人の事、悪く言わないでくれませんか?
それこそ、25歳にもなって、社会的常識に欠けるんじゃないの?」
”俺はお水さんに男気を感じたね。”
矢島君。
今の私は、もうこいつらから逃げたりしないよ。
「・・・え?いや・・・」
「なんだよ、水島・・・急にマジになって・・・」
「そ、そうよ・・・せっかくみんなで集まって楽しく・・・」
「お前らが、なんだかんだ言おうと勝手だけど、矢島君は私の友達だ!
友達が死んで、それが死んで当然みたいな言い方されたら…腹が立つんだよ!!
何も知らないお前らが矢島君の話をするのは・・・もうやめろ!黙れ!・・・矢島君は、私の友達だッ!!」
「・・・ちょっと・・・水島、お前何一人で熱くなっちゃってんの?」
「ははは・・・そうだよ。あの頃の俺ら、くだらねえ事でも笑っちゃうようなヤツだったしさー」
「あーあるある。ガキだったよなーホント。ははははっ」
「そうそう、今だと、あの頃は、ちょっとやりすぎたかもって思ってんのよ?ねえ?ふふふっ」
「うんうん、反省反省ってな!だから、そんなキレる事ないだろ?水島ー」
笑いながら、奴らは矢島君を綺麗な思い出の一部にしようとしている。
矢島君は、矢島君が受けた傷は・・・そんなもんじゃない。
なんなんだ、こいつらは。
ちょっとした悪戯程度にしか思っていないのか?矢島君の事を知ろうともしなかったくせに。
矢島君は、お前達を・・・許したんだぞ・・・?
なのに、お前達の、その言い草はなんだ・・・?
「やっぱ、水島って矢島の事、好きだったのかぁ?」
「だったら、俺らキューピッドだよな!はははは!」
「まあ・・・人の男の趣味まではあたし、何も言わない・・・プフッ・・・ダメッやっぱ、あたしだったら、ありえないわー!あははは!!」
「笑い過ぎ!ひっでえな!お前!あははははははは!」
一体、何がそんなに可笑しい?
お前達は、何にも分かっていない。お前達は、この問題に関して、何も前に進んじゃいない。
酒のせいか、あの時のように・・・いやもっと酷い。私を指差し、せせら笑う、元・クラスメイト達を私は・・・睨んだ。
『当たり前だ。許してこそ、お、大人ってヤツだろ?お水さん。』
・・・・・・だめだ、矢島君・・・私はまだ・・・
「じゃあ、矢島の為に追悼の乾杯でもしますか!」
「あ、賛成ー!」
私は、まだ・・・君ほど、大人じゃ、ないみたいだ・・・。
「かんぱー・・・」
私の右の拳は、次の瞬間・・・加速をつけて、乾杯の音頭を取ろうとした、ヤツの頬に吸い込まれるように飛んでいった。
何も無い田舎道をだらだらと歩く。
何も無い。
それが、今はありがたい。
『・・・もしもし?どうしたの?今日、クラス会だったんでしょ?終わったの?』
・・・ああ、聞きたかった声が聞こえる・・・。
何も無い、こんな田舎でも、貴女の声がハッキリと・・・。
「あの…」
『水島さん?…泣いてるの?』
「……私…今日…生まれて初めて…」
『・・・ん?』
「・・・・・・・憎しみのあまり、人を、殴りました・・・。」
『……そう…それで、今…どこ?迎えに行くから…それで、ちゃんと話聞いてあげる。』
「…いや、このまま…聞いてください…間を置かれると…ダメなんで…。」
『わかった・・・・』
両拳が痛む。
右足のすねも痛む。
私は、矢島君に何かしたかった訳じゃないし、結局何も出来なかった。
私は、矢島君が好きだった。それは恋愛感情なんかじゃなかった。
その頃のクラスメイト達は、恋もしてないと人間じゃないみたいな言い方をしていた。
恋愛感情なんか抜きで、気楽に、ただ自分の趣味に付き合ってくれる友がいる事は、素晴らしい事なんじゃないだろうか。
それが、例え、同性であろうとも、異性であっても。
だけど、私は、そんな大切な友達に何も出来なかった。ただ、彼に許してもらっただけだ。
私は、何もしていない。
「……こんな、私でも…貴女は、良いんですか?」
全てを話し終えると、私は電話の相手にむかって言った。
返事はすぐに返って来た。
『ええ。そんな貴女だから、好きなのよ。』
私は、生きている。
矢島君は死んでいた。
私は、生きている。
私の傍には、私の事を…好きでもなく、嫌いでもないと言ってくれる、あの大切な友人は、もういない。
私の傍には、こんな私を好きだと言ってくれる人がいる。
矢島君は死んでいた。
私は、生きている。
同級生を殴って会場を飛び出して、歩き続け、ふと携帯電話を見つめ、貴女に電話をかけたい、と思った時。
貴女の声を欲した時。
私は・・・貴女が大切な人で、私は貴女が好きなのだ、と気付いた。
・・・単に、私を好きになってくれたから、貴女が好きだという訳じゃない。
私の言葉を、受け止めてくれる人は、この人しかいない。
この人に、私の頭の中の言葉を伝えて、知って欲しい。
私が、今…辛い・悲しい・憎い・楽しい・嬉しい…
感じた事を、体験した事を…
私以外の存在に、認めて欲しい。
私は…こんな私でも…あんな良い人だった矢島君が死んだ後でも…生きる価値はあるのか?と問う。
私は、自分が嫌いだった。
こんな自分を、周囲はもっと嫌っているに違いないと思っていた。
たとえ今は好きでも、いずれ嫌いになると思っていた。
人の好みは様々だ。きっと、私と貴女の間にも、何かすれ違うものが生まれるかもしれない。
「でも、貴女なら・・・きっと・・・。
・・・その時も、私の話を聞いてくれますか・・・?」
『・・・勿論。』
私は、何も無い田舎道を一歩一歩ゆっくり、しっかりと前を向いて歩いて行った。
明日は、あの場所に、矢島君に花束とゲーム雑誌を届けに行こう。
― 水島さんは帰省中。ボツEDヴァージョン・・・END ―
あとがき
ボツネタSSです。私が作った、ゲームシナリオの中にあったEDの一つです。
どうして、このEDがボツになったのか、というと・・・ハッキリ言って『暗い』から!!!
水島さんシリーズ本編には、まったく関係ありませんが、せっかくなのでUPしてみました。
電話の相手は・・・あなたの好きな誰かに当てはめてみて下さい。
たまには、こんな水島さんもいかがでしょうか?