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○月×日。

内容は、シンプルかつ私・・・いや、”私達”を谷に突き落とすようなモノだけれど、仕方がない。




・・・『水島さんが、お見合いをする』・・・。




「じょ・・・冗談じゃないわ!!」



私は携帯電話を取り出し、一斉に知っている限りの関係者にメールを送信した。

それしか、彼女を守る方法が浮かばなかったからだ。



「おーい。門倉くぅん、ちゃんと仕事してね〜。」



聞こえない!何も聞こえないんだから!!



「門倉くーん」


「・・・・・・・・。(うるさい!メタボ!!)」


「・・・あ、いや、なんでもないよ〜うん、仕事してね・・・うん・・・。」


私こと、門倉優衣子はメールを送信し終わると、仕事中なのに燃え尽きている水島さんの背中を見つめた。

待っていて下さい、水島さん・・・私・・・いや、私達・・・


男なんかに、貴女は渡しません!!!





 [ 水島さんはお見合い中・・・の裏側。 ] 





 ― 花崎 翔子の場合。 ―



「な・・・な・・・っ!?」


私こと、花崎翔子は思わず携帯の画面を3度見た。


『水島さんがお見合いするらしいわよ。ご存知?』


そのメールの送信相手は、あの”阪野 詩織”だった。

あの女の事だから、何かあるに違いないとは思うけれど・・・。

特に最後の”ご存知?”の部分・・・

”私は知ってるけれど、貴女は知らないでしょうね?ウフフ”・・・と嫌な笑みを浮かべている阪野の姿がたやすく想像出来る。


(まったく!仕事中に、一体どういうつもりで、こんな悪い冗談を・・・!)


でも、この話・・・阪野にとっても水島さんがお見合いするのって、良い事じゃないわよね・・・。

こんな話をでっち上げて得をするのは・・・誰もいない筈。



「課長、例の企画書出来ま・・・か、花崎課長?どうかしました?顔色すっごい悪いですよ?」

「え・・・?」


私は指摘されて気付いた。

コーヒーを飲もうと、カップを持つ手がフルフルと震えて、プラスチックのカップがカタカタと小さな音を立てている。


「・・・ああ、うん・・・大丈夫よ・・・。」

「なら・・・良いんですけど・・・。」


・・・待って。動揺してどうするのよ・・・!

水島さんがお見合いするってメールを見ただけでしょうが!


でも・・・お見合いって言ったら、アレよね・・・?

男の人に水島さんが会うって事よね・・・お付き合いというか、結婚のキッカケになる、あのお見合いなのよね?

考えてみれば、水島さん・・・男の人にも興味があるのかしら・・・!


 ※注 花崎さんは現在とても混乱しております。”そもそも、水島さんが女に興味があるのか?”という問いは浮かんでこないようです。



私は携帯を再度取り出し、阪野に確認のメールを出した。


『それは本当なの?相手は誰なの?』


・・・情報が手元に無い。ソツのない阪野の事だ・・・きっと知っているのだろうと思うと悔しい。


(考えてみれば、私・・・やっぱり、彼女の事知らないんだわ・・・。)


近づこうとすればするほど、彼女が遠ざかる気がする。

いや、実際は・・・私が彼女に上手く近寄る事が出来ない事への言い訳にしか過ぎない。

もっと何かあるはずなのに。

そもそも、何故彼女はあんなに人から好かれているのに、それを拒絶するのだろう?

前は単に人嫌い、だから・・・と思っていたけど。

最近の彼女を見ていると、どうもそれだけじゃないように思えてくる。

以前は無表情が多かった顔は、最近驚いたり、何かにホッとしていたり・・・。

それに、人とちゃんと会話している所をよく見かける。(・・・主に女性が多いのが少し気になるんだけど。)



・・・もしかして、単に人嫌いなだけじゃなくて、他にも何か理由があって・・・私やみんなとの関わりを避けている・・・?


もし、そうなのだとしたら・・・


携帯のバイブレーションの音で、私はハッと現実世界に意識を戻す。


(阪野か・・・)


阪野からのメールを開くと・・・。


”そんなの私が知りたいわよ。”


「・・・・・・ぎゃ、逆ギレ・・・?」


先に水島さんのお見合いの事をメールしてきたのは、阪野の方なのに・・・この返信内容。

なるほど。阪野は阪野なりに焦っているらしい、という事は短い文面からでも伝わってくる。

彼女、水島さんは人嫌いだ。お見合いをすると言っても、おそらく彼女の希望ではない筈。



”・・・もしも、そうだったとして・・・彼女のお見合いを邪魔する権利なんか、貴女にあるの?”


チクリ、と私の中の常識が、感情のままに動こうとしている私に向かって刃を向ける。

そうだ。

彼女の結婚を邪魔をする権利は・・・私には無い。

もしも、水島さんが平穏な人生を望んでいて、そのプランの中に結婚というキーワードが入っているのなら。


・・・同性の私なんか、およびじゃない。

むしろ、邪魔。

彼女が人嫌いだとはいえ、もしも相手が水島さんの人嫌いを跳ね除ける位の相手だったら?

彼女だって、人間だ。一人の普通の女性だ。

彼女が、そんな幸せを望んでいるのだとしたら、やっぱり、私なんかの出番は無いのであって・・・。

相手が良い人だったら、そのままお付き合いに発展してしまう、かもしれない・・・。



そうなってしまったら・・・もう・・・



・・・・・・・・・・・・・・・・・・。



・・・今、男性だけが絶滅してしまえばいい、と非常識な事まで考えてしまったわ・・・。

 ※注 全世界の男性の皆様、申し訳ありません。




・・・ああ、今私すごく嫌な想像してる、最高に嫌な女・・・。




(最低・・・。)


両肘をついて、私は溜息をついた。

何かを呪うより、行動を。


・・・異性がなによ。

ぽっと出たお見合い相手に負けるようでは、所詮その程度って事になっちゃうじゃない。


このまま、想像や考えにふけっているだけの時間を過ごしていたら、きっとその時間を過ごしていた自分を許せなくなる。

きっと、後悔する。


(なんにせよ・・・もう少し、情報を得ないと動きようがないわね。)


私は阪野に返信した。


”私も知りたい。ここは協力しましょう。君塚さんに連絡してみるわ。”


・・・すべきことをするだけ。

どんな結果になっても、私は・・・彼女と幸せを掴む為に行動する。


そして、その2分後に門倉さんからのメールが届く。


「・・・ああ、そう・・・私が最後って訳ね・・・。」





 ― 君塚 美奈子の場合。 ―



驚いたわー・・・まさか、水島がお見合い・・・という展開になるなんて!

・・・だって、水島ですよ!?男に好かれる事に定評の無い、あの水島が・・・お見合いなんて!


いや、これでも好きなんですよ?彼女の事。

最近、腰のくびれを見る度、抱きつきたくてたまらなくなるくらい大好きなんです。

くびれだけじゃない。彼女って仕事中、ミスをすると決まって唇の端をチロっと舐める癖があるんです。

本人無意識かもしれないけど、私だけが知っている水島の仕草!

もう!その舌先から、私が奪ってしまいたい!!

そう!伸びをする時に隙をついて、後ろから抱きついて、もうあっちこっち触ってしまいた・・・


 ※注 大変申し訳ありませんが、君塚さんのお話は本筋から話が逸れてしまいがちです。ご了承下さい。


・・・ええっと、だからこそ、驚いているんです。


そんな彼女が、男性とお見合いなんて。

女ばっかりに好かれているのに、男性とお見合いなんて。


まあ、話を聞いている限りでは、もう係長のゴリ押しって感じで、本人は嫌々って感じ丸出しでした。

・・・いやぁ・・・見ていてかわいそうでしたね。


でも、相手の男は水島の事をすごく気に入ってるらしいですね。

自分の会社のコネを使って、お見合いセッティングするんですから、余程・・・って感じでしょうか。

でもね、汚い。やり方が汚いです。

正直、その男、ロクなヤツじゃないでしょう。

好青年だったとしても、お金持ちだったとしても、きっとそいつは水島の事をよく分かってませんよ。

彼女は、そんなお見合いには渋々参加しても、交際まではしませんね。

まあ、いくら小心者の水島でも、そんな男に引っかかるとも思えませんしね。



・・・その自信は、どこからくるのかって?

だって、水島を見ている時間は、私が一番多いんですから。

ていうか、多少の自信を持たないと恋なんかできませんって。


え?お見合いの邪魔をしに行くかって?

いや、行くまでも無いでしょう。


少しでも不安な人は邪魔しに行けば良いんじゃないですか?


まあ、私は行きませんよ。

だって水島は、いつも通りの水島なんだから。

きっと、何も変わらないと思います。


だから、お見合いの次の日の出社一番、私はいつも通り笑顔で、水島にコーヒーを持って行ってあげるだけです。


「おはよう。」ってね。


・・・あ、メールだ。

ああ、そっか・・・不安なんでしょうね・・・”他の人達”は。


信じて待っていれば良いのに。



・・・ま、ココは・・・適当に返しておきましょうかね♪





 ― 城沢 海の場合 ―



”緊急事態発生!”という内容も何もないメールで呼び出されたあたしこと、城沢海はファミレスのソファに腰掛けた。

「・・・で、何よ?大事な話って。」

あたしを呼び出したのは伊達 香里。

「・・・今日は、講義が4つ入ってて、さすがのあたしでも疲れてるのよ・・・ね・・・?」

香里の様子がおかしい。

目の焦点が合っていない。・・・どこ見てんの?

「うん、ちょっと待って・・・」

一言そう言うと、既に湯気の立っていない冷めた紅茶のカップを持ち上げた。




「コレ飲んでから落ち着いて話すから・・・!」

「・・・・・・。」


”・・・カタカタカタ・・・。”


(何、震えてんの―ッ!?)


香里ときたら、紅茶のカップを持って・・・いや、もう今にも零しそう!

今時のチワワでも、もうちょっと震え自重するわよ!?


「ちょっと・・・香里!?どうしたの?」

あたしは慌てて、香里の手に自分の手を添えて、紅茶を零さないように押さえながら、香里に一口飲ませた。

そして、一息ついた香里が机をバンっと叩きながら立ち上がって言った。


「み・・・みーちゃんが・・・男と会うんだって!お見合いするんだって!結婚するんだって!そして、エッチして子作りしちゃうんだーッ!わあああああ!!!」


そして言い終わると同時に、今度は机に突っ伏して泣き始めた。


(・・・はい?)


ちょっと言ってる事がわからないわ、とあたしは首をかしげ、香里に言った。


「ちょっと落ち着きなさい。泣いてんじゃないわよ、この年上!まさか、酒飲んでるの!?」

「年の事は言わないでえええええ!そして、シラフよおおおおおおお!!」


泣くばかりの香里をなだめながら、あたしはゆっくり質問をした。


「で、水島がなんだっていうのよ?」

「だから!みーちゃんが男と会うの!お見合いなの!結婚なの!子作りなの!わあああああああ!!!」


机に額をゴツッとぶつけて、香里が頭を振る。

やっぱり理解不可。


「だから!一気に単語だけ並べられても訳わかんないっての!!」

「これだけ言ってもわかんないの!?海ちゃん、大学に何しに行ってんのよ!!」


「大学で極限まで取り乱した人間のなだめ方と話の聴き方なんて講義があったら、今受けたいわよッ!つーか、単にアンタが落ち着けば良い話なのよ!」

「・・・ホントにわかんないの?」


「1mmも話の内容が伝わってこないわよ。男がなんだっていうのよ。」

「伝わってるじゃない!男に会うの!そして、お見合いで結婚・・・」


あたしはとりあえず、香里の単語の連投を止めた。


「はい、ストップ。・・・まず、誰がお見合いしたっていうの?」

「ううん。これから、みーちゃんがお見合いするの・・・。」

「これから?」

「そう、これから。」


これから、という事はまだ起こっていない。という事だ。


「・・・香里。」

「ん?」

「じゃあ、お見合いは、まだ”してない”のよね?」

「うん、そうだよ。」

「じゃあ、続いて聞こえてきた、結婚だの子作りだのは香里の妄想ね?」

「んー・・・そうかな?お見合いって言ったら、もうそういう領域まで考えちゃわない?」


ケロッと起き上がって、香里はそう言った。

あたしは深い溜息をついた。


「はぁ・・・お見合い一つで、よくもまあ、そこまで話を広げたわねぇ・・・」


そう言って、あたしはとりあえず何か飲み物でも頼もうとメニューを広げた。

そんなあたしを香里は不思議そうな顔で見ていた。


「なによ?」

「・・・海ちゃん、冷静だね?」


何を言ってるんだか。


「・・・あのね、香里が慌てすぎなのよ。あたしはね、水島がお見合いするなんて聞いても・・・」



その途端、あたしの思考がピタッと止まる。





・・・・・・・一時停止・・・・・・・。





「・・・海ちゃん?」



・・・・・・・・・・・・・・・・・・え・・・?待って・・・ちょっと、待って・・・。



「えええええええええ!?お見合い!?水島が男とお見合い!?マジで!?」


「だから!そうだって言ってるじゃない!何度も自分でお見合いって口にしといて、どれだけ人の話をスルーすれば気が済むのよ!!」


香里にツッコまれて気付いた。

ああ、しまった・・・あんまりにも不似合いな組み合わせだし、なんか嫌だったから無意識にスルーしていたわ・・・!

 ※注 現実逃避。


「で・・・何でそんな事になってるのよ!水島が、お見合いなんて聞いてないわよ!?」

「今言ったんだもん。」

「屁理屈はいいのよ!確かなの!?」

「かどっち(※門倉 優衣子の事。)からメール来たんだもん。同じ事務課だから確かじゃない?」

そう言って、あたしに向けて携帯の画面を見せる。


 『大変です(;゚Д゚)!!水島さんが男の人とお見合いします。。。(;´Д`)<どうしよう?

 相手は得意先の部長の息子さんで、水島さんは断りきれませんでした!どうしましょう!?\(^o^)/』


「・・・・・・・・・・。」


・・・・・・なーんか・・・イマイチ、緊張感無いわねー・・・。

もしかして動揺してるから、この文面なのかしら・・・?

動揺していたとしても、とりあえず、あたしはこのメールを破棄するわね・・・。


「海ちゃん!どうしよう!?」

「うん。まあ、状況はわかったわ。でも、香里は動揺しすぎ。落ち着きなさいよ。」


「海ちゃん!?みーちゃんがお見合いするんだよ!?」


信じられない!といった感じで香里はあたしを非難した。

あたしは、まあ座りなさいよと手をヒラヒラさせながら言った。


「・・・そりゃ、聞いた時は驚いたし、あいつがあたしを置いてお見合いなんかするなんて到底認めたくないわ。」

「うん・・・。」


これ以上、水島に近づこうなんて人間が増えるだなんて、相手が女だろうが男だろうが、あたしは認めない。


というか、水島の事だから・・・お見合いなんか嫌よね。

きっと、嫌がっている筈だ。嫌がっていなきゃ、困る。ていうか、怒る。

まったく・・・やる時はビシッと決めてくれるのに、こういう時に気が弱いんだから・・・。


うちの会社の都合で、そんな事しなきゃいけないのが、常識だっていうんなら・・・このあたしが、壊すしかないじゃない。


待ってて、水島。

あたしが、全部ぶち壊してあげる。


「相手は、うちの会社の得意先の部長の息子・・・会社絡みなら、どうにかなりそうね。」


「どうにかって・・・邪魔する気なの?」

「当たり前じゃない。」


あたしが即答すると、香里は「ふえ〜・・・」という気の抜けた声を出した。


「何よ?口ポカンと開けて。」

「いや、海ちゃん・・・冷静な鬼だなーと思って。」

「鬼は余計よ。・・・というか、慌ててる香里を見てると自然と落ち着いちゃったのよ。」


実は心の中では、香里から聞いて良かったとホッとしている・・・。

これが、香里以外の誰かだったら、絶対パニックになってた・・・と思う。


「あ、そう?えへへ・・・。」

「さて、と。そうと決まったら・・・行くわよ!」

「え?どこに?」

「門倉が水島のお見合いを知ってるって事は、他にも知ってるヤツがいるってことでしょう?

打ち合わせして、一緒に水島のお見合いを潰しに行くのよ!」

「・・・あはは!その笑い方、やっぱ鬼だよ、海ちゃん♪」

失礼な事を言いながら、よしっと気合を入れた香里が席を立つ。

どうやら、香里は落ち着いたみたい。


あたしもそれに続こうと席を立とうとしたが・・・。


「・・・・・・・・・・・・・・・。」

「・・・どうしたの?海ちゃん。」


「いや・・・やっぱり、ちょっと飲み物飲んでから行こ・・・。」


・・・今になって足が震えて立てないなんて、我ながら情けないから、絶対言うもんか。




 ― 烏丸 忍の場合。 ―



「・・・ぷっ・・・。」


突然、りりが吹き出した。

私こと、烏丸忍は、笑っている従姉妹の背中を軽くつつきながら言った。


「ちょっと、聴診器あててる時に笑わないでよ。」

「ああ、ゴメンゴメン・・・さっき、水島がお見合いするから、邪魔してくれって、このアタシに頼んだものだから・・・つい、ね。」


・・・ドクンと、心臓が鳴った。


彼女がお見合い?

まさか、と思う自分と・・・どうしよう、と思う自分が現れる。


いや、どうしようって何をどうするつもりなんだか。


考えても無駄な事を。

水島さんの人生だ。お見合いをして、その相手とどうなるかなんて、彼女が決めるべきだ。

でも、邪魔をしてくれ、と・・・よりにもよって、この従姉妹に頼むだなんて、水島さんらしくない。

いつもの彼女なら、自分でなんとかするはずなのに。


「あら、ご執心の人が取られるとなると、やっぱり忍ねーさんも慌てるのかしら?」

「・・・馬鹿言わないで。」


素っ気無く言ったが、りりは私の左手を取って、小指を指差した。


「な、なに・・・?」


「隠す必要無いのよ?隠しても無駄っていうか・・・この小指の紐で、アタシは解るんだから。

なかなかの太さね・・・安心して良いわよ、この縁は、そうそう簡単に切れないわ・・・。」


そう言って、私の手を握りながら従姉妹はニヤリと笑った。

りりは最近、妙な事を言い始めた。当初、何かの後遺症かと思って検査をしてはみたが異常なし。

私には見えない”縁の紐”なるものが見えるようになった、と言うのだが・・・信じがたい。


「・・・それも呪いの効果?だとすると、呪いは大分進行したって事になるわね?大丈夫?」


私は手を振り払って嫌味を言っても、りりは笑ったままだった。


「ねえ、アドバイスしてあげましょうか?」


さも面白そうにりりは、笑いながら私に言った。

元気になってくれたのは嬉しいのだが、やはり我が従姉妹の性格だけはそう簡単に直ってはくれないらしい。


「・・・女難の呪いに掛からない為のアドバイスなら、遠慮しておくわ。」


私はカルテを見ながら、なるべくりりを視界に入れないようにした。

しかし、視界の外にいるりりは、話を続けた。


「水島にその左手を見せちゃダメよ。一応、アイツも”縁の紐”が見えるんだから。きっと、忍ねーさんの小指を見たら、自分と繋がっていると気付くわ。

そしたら、忍ねーさんが自分に友情以上の好意を抱いている事がわかってしまう。

そうそう、縁の紐は切る事も出来るのよ。そしたら、あーら不思議・・・何も無かったかのように、ぷっつりと関係が切れちゃうの。」


「・・・そんな非現実的な話を信じろと?」


確かに、りりと水島さんは非現実的な日常を生きている。

だけど、どこまでその話を信じたら良いのか、呪いにかかっていない私には判断しにくい。

横目でチラリと見ると、りりは両手を広げて余裕たっぷりの笑みを浮かべて、言った。


「別に信じても信じなくてもアタシは、いいのよ?水島の人間関係が変わろうと、アタシには関係が無いもの。

だけど、従姉妹のお姉さんに命を救ってもらったアタシとしては、貴女の気持ちを考えるとアドバイスせずにはいられないのよ。

悪いことは言わないわ。今の関係を続けたかったら・・・


”水島の前で、その左手は隠しなさい”・・・いいわね?忍。」


「・・・・・・。」


りりは私を時々、呼び捨てにする。

年上でも、私に対して尊敬なんて気持ちは、もう無いんだと思う。

だけど、りりが私を呼び捨てにして、何かを忠告する時は”本気”だという事だ。


「もしも、左手を見られたら、水島に貴女の気持ちはモロバレよ。せっかく続けてきた”お友達ごっこ”は終わり・・・。」


自分の小指に目をやるが、やはり、そんなものは見えない。

だけど、りりも水島さんも頭痛によって、トラブルを感じ取るという不思議な危機回避能力がある。

縁の紐、なるものも、彼女達なりに得た女難によるトラブルを避ける為の新しい術なのだろうか。


「・・・はいはい、左手ね。」


本気にしません、という態度で私は素っ気無く突っぱねた。


左手を見たくらいで本当に、彼女に私の気持ちが見透かされてしまうのだろうか。

チラリと左手を見る。


「やっぱり、気になる?」

「・・・別に。薬出しておくわ。いくら従姉妹でも順番は守ってね。」


「ヤツのお見合いの事、よ。気になるんでしょう?」

「・・・別に。」


私は二度目の”別に”を強調して言った。

少し、イライラしているのが自分でも解る。

隠しているモノが見透かされている、と宣言されては嫌な気持ちになるというものだ。


「そうよね。邪魔しようにも、その左手見られちゃ、何にもならないものねぇ。」

「・・・貴女は、どうするの?また、見てるだけ?」


「だ・か・ら・・・水島に”縁の紐を切ってくれ”って頼まれているの・・・どう思う?忍ねーさん。

そうね・・・貴女の言う事、今なら一つだけ聞いてあげなくもないわよ?」


そう言って、ニヤリと笑った。


「・・・・・・・見返りは何?」

「・・・アタシは忙しいの。薬局の前でダラダラ待ちたくないの。」


・・・やはり、そうか。と私は溜息をついた。


「・・・彼女が望む通りに、切ってあげて。」


他意は無い。

彼女が望んでいる事だ。

私が邪魔したい訳じゃない。


 ”貴女ってつかなくてもいいウソをつく方でしょう?”


以前、水島さんの知り合いに言われた言葉が響いてくる。


「OK」


満足そうに笑ってりりは立ち上がり、診察室から出ていった。

残された私は左手の小指を見た。


(・・・何も・・・見えないわ・・・。)



でも、彼女には・・・。



彼女のお見合いは、きっと失敗するだろう。

それを、私は心の中で・・・。



私は、黙って白衣に左手を突っ込んで天井を見上げ、心の中でつぶやく。



(・・・・・・ああ、私って・・・嫌な女・・・。)






 『 そして、本当に水島さんのお見合いは色々あって、見事に失敗するのでした・・・。』





 [ 水島さんはお見合い中。の裏側。・・・END ]






あとがき

人によって反応は様々ですねって話ですね。

君塚さんが意外にも、一番どっしりと構えているという感じでして。

・・・個人的に、忍さんをチクチクいじめる火鳥さんが書いていて楽しい私です。

忍さんが好きな方にとっては、本当に嫌なヤツだと思うでしょうが(笑)