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好きな人に言われたらショックな言葉。


『嫌い。』




『君が私を好きなのは、私にかけられた”呪い”のせいなんだよ。かわいそうに。』



・・・以上、今のところ、この2つ。




[ 水島さんは逃走中。の裏側。 ]



その日、大学の授業は休講が重なり、あたしこと、城沢海は大手を振って水島に会いに行ける・・・そう、そういう口実が出来たから、行っただけ。

それに、今日中に渡しておきたいものもあったし。


(・・・・・・喜ぶ、訳ないか・・・。)


わかっていた。

人嫌いのアイツが、しかも同性からチョコレートなんか貰っても、引きつったいつもの笑顔を浮かべるだけだろう。

だけど、あたしは・・・どうしても、渡したかった。


(・・・・・・あれ?)


ところが、水島は会社のすぐ傍のコンビニ前にいた。



(なんだ、こんな所にいたのね・・・。)


声を掛けようとした瞬間。


「待たせちゃった?」

「・・・行くわよ、水島。」


水島は、女2人と待ち合わせしていたらしく、片手を挙げて合流していた。

髪の短い目つきの悪い、きつそうな赤いスーツスカートにコートを着た女。

もう一人は、仕立ての良いワンピースにコートを羽織った、色白の肌の黒髪の女。


いかにも上流階級っぽい雰囲気を漂わせる二人と庶民の水島の組み合わせ。


「行きましょうか。そこの喫茶店で良いですね?」


(・・・!)


それはあたしが、初めて見る水島の横顔だった。


苦笑いなんか浮かべず、真剣な目で。

だけど、安心しきったようなリラックスしたような感じで、2人の後について行く。


あたしを、あたし達に向ける目とは全然違っていた。


(いや、水島の友達かもしれないじゃない・・・友達?)


あたしはあの2人の女は”友達”という可能性を搾り出すが、水島は人嫌いだ。だから、友達なんて可能性は全く無いとはいえど、高くもないと思った。


・・・だったら、あの女2人は、水島のなんなの?


(・・・気になる・・・。)


あたしの足は勝手に、3人を尾行していた。


バレないように、あたしは他の客と一緒に喫茶店に入ると、そっと水島達の座っている席の近くに腰掛けた。

上手い具合に網目状の仕切り板が、あたしの存在を隠してくれた。


だけど、3人はあたしなんか最初から目にも入っていなかったのだ。


「・・・落ち込んでいる場合じゃないわよ。水島。」


赤いスーツの女がウンザリそうに言って、窓の外を見た。

喫茶店に入るなり、赤いスーツの女と水島は、ずっと重苦しい空気をまとって溜息をついている。


「そうは言っても・・・バレンタインですよ?」

水島も窓の外を見ながら、ボソリと言った。


「・・・わかってるわよ・・・。」


「「・・・・・・はあ・・・。」」


水島と赤いスーツの女は、バレンタインの話して、憂鬱そうに溜息ついてる。

何?バレンタインがどうしたっていうのよ・・・。



「どうします・・・?」


「・・・何って・・・ホワイトデーの事でも考えろっていうの?ふふふ・・・」


「しっかりして下さいよ・・・。」


「・・・だったら、アンタも顔上げて、もう少し声張りなさいよ・・・。」


「・・・だって・・・。」


こ、こんなに憂鬱な行事だったっけ?バレンタインって・・・。

なんなのよ・・・水島とあの女のテンションの低さは・・・。


「あー!ウジウジしていてもしょうがないわ!来るものは来るのよ!」


突然、赤いスーツの女が声を上げた。

途端に、さっきまでのけだるいその場の空気は、ピリッとした真剣なものに変わった。


「いい?確認するわよ?・・・現在、アタシ達が出来る事は・・・縁を切る、結ぶ・・・その2つだけ。」


・・・な、何の話?TVゲームの話か、何か?

インドア派の水島らしいと言えばらしいけど、だとしても、他の2人はそうは見えない。



「新しく出来る女難は、縁を切れば済む事だから、ある程度、アタシ達にも対処は出来る。・・・問題は・・・」

「既に出来てしまった・・・女難ですね・・・」


・・・女、難・・・?

・・・縁を、切る・・・?


話は訳が分からない。だけど、話の端々に出てくる妙な単語がひっかかる。


”女難”。


・・・女・・・。


確かに、水島の周りには、水島に好意を寄せる女がいっぱいいる。

それが・・・まさか・・・女難だっていうの?


「バレンタインなんて、くだらないイベントの空気に乗せられて浮かれた奴らが、アタシ達に何を仕掛けてくるかは、わからない。

だけど、アタシ達は、このくだらない呪いを解きたいだけで、誰かと縁を結ぶ気は全く無い。

しかし、その呪いを解こうにも、今になってチマチマ他人の縁を切ったり結んだりしても、縁の力の消費なんか限られているわ。

バレンタインデーは、もうすぐそこまで来ている。時間はない。

だから今は、バレンタインデーをなんとか乗り切らない事には、呪いを解くなんて・・・」


水島は、赤いスーツの女の言葉に黙って頷いていた。

あたしは、訳がわからないまま。


「不可能、ですね。」

「・・・その通り。」



・・・奴らって、誰のことなの・・・?

・・・呪いって・・・何・・・?



あたしは、初めて聞く異様な内容の話についていけなかった。


始めはバレンタインの話だった筈だ。なのに、二人共、真剣な表情で、女難だの、呪いだのぶっ飛んだ話を始めている。


(なんなのよ・・・こいつら・・・!)


一方、3人目のワンピースの女は静かにコーヒーを飲んでいる。

コイツは、入店してから何も喋っていない。この女は、二人の話題についていっているのだろうか?

全部知っているのだろうか?



「だからといって、何の策も無しに、このまま・・・あの日を迎えるなんて・・・!」

「・・・自殺行為に等しいわね・・・。」


ねえ、バレンタインの話よね!?

そんなに嫌なの!?バレンタインと言う日が、どれだけアンタ達を恐怖に陥れているのよ!!



「ねえ・・・待って、2人共。」


それまで静かにコーヒーを飲んでいた3人目の女が、カップを置いて口を開いた。



「2人の話だから・・・今まで、黙って聞いていたけれど・・・ねえ2人共、他人からモノを貰えるってわかってて、どうして”お返し”を考えないの?」


これは間違いなく・・・ば、バレンタインの話、よね・・・?

良かった・・・バレンタインの話に戻ってきてる・・・。


「・・・忍ねーさん・・・正気・・・?」


まったく理解出来ない、と言いたげに、赤いスーツの女がそう言った。

赤いスーツの女の隣で、忍ねーさんと呼ばれた女は、赤いスーツの女の態度をたしなめるように、更に口を開く。


「りり・・・貴女、なんて顔をしてるのよ。ちゃんとしなさい。私は正気よ。大真面目。普通考えない?・・・お返しの事。」

「・・・当事者じゃないから、そんな事が言えるのよ。」


りりと呼ばれた赤いスーツの女は、そう言ってそっぽを向いた。


「ほら、水島さんも・・・・・・って・・・貴女も、なんて顔してるの・・・。」


水島ときたら、『世界の終わりですか?』みたいな顔していた。


「・・・はっ・・・!?」


「とにかく・・・2人共、バレンタインデーから逃げる為のつまらない策を考えるより、お返しを考えなきゃ。」


バレンタインデーから・・・逃げる・・・。

やっぱり、水島はバレンタインデーが嫌なんだ・・・。

そして、りりと呼ばれた女は・・・多分、水島と同じ、バレンタインデーが嫌で、水島と同じ・・・”人嫌い”だ。


「忍ねーさん、わかってないわね・・・アタシ達・・・これでも、命がかかってんのよ・・・?」


命?・・・たかが、バレンタインデーで何をオーバーな・・・。

あたしは、チョコレート渡すだけで恥ずかしくって精一杯だってのに。


「それはそれ。これはこれ。大人なんだから、ちゃんとお返しくらいしなくちゃ。」


3人目の女、忍ねーさんと呼ばれた女は、どうやら水島とりりと呼ばれた女とは意見が違うらしい。

バレンタインのお返しを勧めている。


「だーかーらー。アタシ達が死んだら、どうしてくれるのよ!?」

「・・・・・・。」


(死ぬ?なんで?そんなオーバーな・・・。)


だが、他の二人共は心底嫌そうな顔をして、バレンタインのお返しなんかしないという意思表示をしている。

水島も、りりと呼ばれた女の言葉に無言で頷く。


(水島も・・・同意見だっていうの・・・?)


やはり、水島にとってバレンタインは・・・あたしのバッグの中のチョコレートなんか、迷惑なんだ・・・。


「・・・貴女達は、単にややこしくて関わり合いたく無いから、逃げたいだけ・・・じゃないの?」


あたしは、水島にとって・・・ややこしい存在、なの・・・?

そんな疑問に対し、赤いスーツの女が叩き返すような言い方で言った。


「逃げて、何が悪いのよ?アタシとコイツはね、好かれたくて好かれてる訳じゃないの。全部”呪い”のせいなのよ?」


・・・呪い・・・。

・・・好かれたくて、好かれてる訳じゃない・・・。


つまり・・・今まで、水島があたしの前から逃げるように去っていったのは・・・


「たとえ、呪いのせいだとしても・・・その人達の想いは、真剣なのよ?

その気持ちを無視して、逃げてしまうのは、あまりにも失礼なんじゃない?せめて、お返しくらい・・・」


”その人達”の中に、あたしは含まれているのだろうか。

真剣に水島を想っているのに、あたしの想いは・・・呪いのせいで、生まれたものに過ぎない、と水島は思っているのか。


「そんな事したら、奴らがつけあがるだけよ。」

「・・・つけあがるって、そんな言い方しなくても・・・ねえ?水島さん。」


「え?あ・・・えと・・・」


あたしは水島の言葉を待った。

水島は困って、言葉が詰まっているようだった。



「こっちには、気持ちもまっっっったく!無いのに、お返しだけ律儀にする方が、よっぽど先方に失礼ってヤツなんじゃない?

ねえ、水島・・・アンタはどう思う?」


赤いスーツの女の言葉は鋭くあたしの心に突き刺さるが、あたしはその先の・・・水島自身の答えを聞きたかった。


「え、えぇ・・・!?」

「・・・どう?水島さん。彼女達の気持ち、考えられない?」


3人目の女が、ゆっくりとそう聞いた。


(あたし・・・”達”の気持ち・・・?)


赤いスーツの女も、ワンピースの女も、水島の異常ともいえる人間関係を知っている・・・?

いや、今はそんな事よりも・・・




水島が、あたしを・・・あたしを始めとする、香里やみんな、水島の事が好きな奴の事をどう思っているか、だ。





「・・・正直に言わせてもらうと・・・私に好意を寄せている人達は、かわいそうな人だと思います。」



その言葉に、息が詰まりそうになった。



・・・なによ・・・!


なによ・・・”かわいそう”って・・・ッ!!


あたしの気持ちは・・・あたしは”かわいそう”だって言うのッ!?



「ふーん・・・かわいそう、ね・・・。」


「彼女達は、私が呪いにかかっているせいで、本来関わらずに済んだのに、私に関わっているだけに過ぎないんです。」


・・・呪いって・・・そういう意味・・・?


水島が呪われてる?

あたしの気持ちは、その呪いの影響?


そんなの、信じられる訳が無い!!


だけど、いい大人3人が真剣な顔で話しているのを見る限り、3人は本気で”呪い”を前提に話しているんだと嫌でも分かった。


「私は、早くこの呪いを解いて、彼女達を私を想っている状態から早く解放してあげたいんです。」


解放・・・。

あたしが、いつ、アンタへの想いに縛られて困ってるなんて言ったのよ・・・!

そんなのあたしが、いつ、頼んだのよ・・・!!


「だけど、その前に私が彼女達に深く関わってしまったら、切れる縁が、ますます縁が切れにくくなってしまいます。」


縁を切るっていう事は・・・あたし達を水島を想う気持ちから解放するって事?あたし達を遠ざけたいの?

それって、やっぱり水島にとって、あたしは、あたし達の気持ちは”いらない”って事なの?


「・・・だから、私は彼女達から、物を受け取る事なんか出来ません。・・・お返しだって・・・考えられないです。」


はっきりと水島の気持ちをあたしは聞いた。

出来れば耳を塞いで聞かないという選択肢もあったが、あたしは最後まで聞いた。


出来たら、あたしは今すぐ立ち上がって水島の頬を思い切りひっぱたいてやりたい、そう思った。


だけど、今聞いたそれが水島の・・・本音なのだ。

ここで、あたしがひっぱたいても変わる事なんか無い。

あたしの前では、絶対話してくれない、水島の本当の気持ちなのだ。


・・・水島の本音が聞けたのなんて・・・多分、初めてだ。


それは、あの二人が、水島にとってあたしより信用できる人間って事なんだろう。


・・・それが、何より悔しくて、かわいそうと表現されたあたしの想いの行き先は、方向を見失った。

真っ直ぐぶつかる気持ちで、水島に渡そうと思っていたチョコレートをこの場で叩き割ってやりたくなった。



「・・・ですって。忍ねーさん。」

「・・・そう・・・。」


ワンピースの女は水島の言葉を聞くと無表情になり、瞼を閉じてコーヒーを口にした。


「・・・どうやら・・・私はお邪魔みたいね。」


そう言いながらコーヒーカップを置くと、女はコートを持って立ち上がった。


「あら、気にしなくて良いのに。」


「・・・今日は・・・単に、私が勝手について来ただけだから。じゃあ・・・失礼。」


「あ・・・!」

「・・・ご馳走様♪」



ワンピースの女は・・・なんとなく、水島・赤いスーツの女とは違う、そう思った。

なんだか、どちらかというと、あたし達の方に近い・・・ような・・・。


(・・・あの女、もしかして・・・。)


目線で白いコートの女を見る。

横顔が少し寂しそうだった。


・・・もしかして、あの女・・・水島の事を・・・?



「・・・お返し、か・・・。」


ボソッと、独り言が聞こえた。

水島の声だった。


「・・・まさか、水島・・・お返しする気にでもなったの?」


赤いスーツの女は半分馬鹿にしたようにそう言った。

水島は素っ気無く答える。


「・・・まさか。」

「フン・・・まあ、そうよね。」


赤いスーツの女は”やっぱりね”、と笑った。


「アタシ達には、アタシ達の人生にそもそも関係の無い人間が関わり過ぎてる。

その縁をこれ以上強くしちゃいけない・・・切れなくなったら、それこそ最後よ?

・・・アタシ達には、自分の人生を守る権利があるわ。」


・・・水島の人生・・・水島は、ただ自分の人生を守っているだけ・・・。

あたしが、土足でそこに踏み込んではいけないって事?


「・・・そう、ですよね・・・。」


・・・でも、これでハッキリした。水島、赤いスーツの女は、共に”人嫌い”だって事。

水島は、自分が呪われているから、あたしの気持ちをその影響だと・・・思い込んでいる事。


どんな呪いかは知った事じゃない。


水島・・・あたしは、今すぐにでも立ち上がって聞きたい。


その気持ちは、ただの”同情”なの?

本当に、あたしを、水島に好意を寄せている人間をかわいそうだと思っているの?


たかが、呪いのせいだって・・・。



呪いのせいで好きになったと思われているあたしから、何を貰っても、きっと水島は心から喜んではくれないだろう。

だけど、水島は・・・。


あたしの知っている水島は、何があっても自分に正直で、妙な所で優しくて、ココ一番の時、勇気があって頼りになる人。

少なくとも、あたしはそんな水島を見て、好きになったのだ。


それは、呪いのせいなんかじゃない。

呪いなんかのせいじゃない!


例え、呪いのせいなのだとしても、今あたしの中のこの気持ちはあたしのモノだ。誰にも否定はさせない。


あたしは・・・あたしは、水島が好きなんだ!!


何が・・・何が、呪いよ・・・!


あたしは、かわいそうな女なんかじゃない!!




「・・・忍の言った事は気にしない。」

「・・・え?」


「顔に出てるわよ。どこまで、お人好しなの?アンタは。」

「いや、私は別に何も・・・。」


「”私、お返ししようか、迷ってます”って顔してるわよ。」


赤いスーツの女の言葉に、あたしは立ち上がりかけた腰を再び下ろした。


(・・・水島・・・。)


「・・・あー・・・」



その後の会話は、あんまり耳に入っては来なかった。

ただ、呪われているせいで女難に遭って酷い目に遭っている、そういう類の愚痴に近い話が続いた。

あたしの知らない所で、水島が色々なトラブルに巻き込まれていた事を知った。


それは紛れも無く、災難。

今、現在水島の周囲で水島に好意を寄せている女が増え続けている事も、ただの災難。


・・・あたしの気持ちは、水島にとって災難の一つなのか。


そして、それらの出来事は・・・全て、水島と赤いスーツの女が呪われている事が原因で起きている事。


降りかかるトラブルは、呪われているから仕方が無い、という感じで、水島と赤いスーツの女は溜息をついていた。


しばらくすると、二人は立ち上がった。

二言、三言言葉を交わすと、水島と赤いスーツの女は別れた。



「・・・よし。」

「・・・何が”よし”なのよ?」


「へぅわっ!?」


あたしが呼ぶと、水島はひどく驚き、あたしの方に振り向いた。

喫茶店のドアがベルを鳴らして、ゆっくりと閉まっていく。


「・・・海、ちゃん・・・!?」


水島の顔を見て、あたしは思い切り、その頬を叩いてやろうと思った。

だけど、目と目が合った瞬間、あたしは手を下に下ろした。


・・・出来なかった。


あたしは、あたしの意思で水島の事が好きなのに、それを呪われてるから、という理由で否定されたのは事実だ。


だけど、どんなに腹が立っていても、水島を叩く事は出来なかった。



『彼女達は、私が呪いにかかっているせいで、本来関わらずに済んだのに、私に関わっているだけに過ぎないんです。』



・・・まるで、自分に原因があるような言い方をするから。

どんなに憎らしく思っても、嫌いになれなかったし、叩く気にもなれなかった。


あたしは、ただ鞄の中から、渡そうと思っていたものを取り出した。


「・・・あの、コレ。今のうちに渡しておこうと思って。受け取りなさい、水島。」


そう言ってグイッと突きつけられた。ピンク色の包装用紙に包まれた四角い箱。



「あの・・・これは・・・?」


「鈍いわね・・・。あのね、変に身構えないでくれる?これは・・・ただの”友チョコ”だから。あたし、その日大学だからね。」



「は、はあ・・・。」



「あのね、あたしはバレンタインなんて、別にどうでも良いのよ!あたしはね!・・・いつだって・・・あの・・・渡そうと思えば、渡せるし・・・。

・・・バレンタインなんか、特別な日なんて思ってもないから。」


「・・・は、はあ・・・。」


「あ・・・あ、あのさ・・・コッチも一応、そっちに迷惑かもしれないってのは、一応・・・頭に、あるのよね。」


全く何も考えないで、押し付けてばかりの恋愛なんて、あたしだって嫌だ。

あたしは、水島の災難なんかになりたくない。


「・・・え・・・?」


「でも、それを承知の上で、自分の気持ち伝えたいだけなの。それは、単なる押しつけだとか、我侭だって言われたら、それでお仕舞いなんだけど。

でも、それでも・・・ただ、知っていて欲しいの。自分は、真剣なんだって・・・。」



だけど・・・あたしは・・・今のあたしの正直な気持ちだけは押し通す。

それが、水島に通じなかったら・・・その時はその時、だろう。あたしは、水島にとって、ただの災難の一部になるのだろう。


「え・・・ええっと・・・」


会話を聞かれていたとは思っていなかったのだろう、水島の顔色が少し変わる。


「水島!」

「は、はい!?」


「あたしの気持ちは、あたしにしか表現出来ない・・・こんな形でしか、表現できない。

でも、あたしのこの気持ちは・・・”呪い”とか、そんな何かに操作されて、作られた感情じゃない。

・・・例え、何かの影響を受けて作られた感情だとしても、よ?・・・あたしは・・・好きになったことを後悔なんかしてない。」



あたしは水島をまっすぐに見つめ、水島もあたしの目を見ていた。



「・・・あたしは、今の自分の気持ちが、アンタの呪いの産物だなんて・・・認めないから。」


「えと・・・海ちゃん・・・あの・・・」



あたしは俯いて言った。

本当は不安でたまらない。貴女は、ただの女難です、って言われるのが。

”かわいそうな女”扱いされっぱなしも嫌だ。


「・・・正直、呪いとかなんとか、あんたが何に巻き込まれてんのか、あたしには信じられないし、訳わかんない。

あたしが呪いの影響で、アンタの事をどう思っても、それはあたしの勝手よ

呪われてる?呪われていようと、いまいと、そんなの・・・どうだっていいのよ。

あたしの気持ちは、真剣。

そして・・・アンタは・・・水島は・・・そのままでいてくれたら、いいの。」


あたしは、今の水島を好きになったのだ。今だって好きな事に変わりは無い。

ただ、好きになった水島を、好きになった自分を信じようと思った。



呪われていようと、なんだろうと誰にも文句は言わせない。

口から次々出てくる言葉は、もう自分でもよくわからない。


ただ、自分の素直な言葉を水島にぶつけていく。


「・・・え・・・?」


「アンタは、呪われていようと、いまいと、・・・ただの水島、でしょ?」


あたしが好きになった水島なら、きっと・・・呪いだの、なんだの、訳のわからない物なんか跳ね除けて、あたしの元に来てくれる・・・。


「あ・・・ええ・・・。」


信じてるよ、水島。


「なんか知らないけど!わかんないけど!あたしは・・・今の水島が良いの!わかった!?」


だから、あたしが好きな水島のままでいて。


「・・・あ・・・はい・・・。」


「・・・じゃあ、またね。」


言いたい事は全部言った。あたしは、振り返る事無く、その場から立ち去った。












「・・・やっちゃった・・・。」

「・・・何が?」


香里の部屋であたしは膝を抱えて、最低まで落ち込んだテンションで話した。


「・・・みーちゃんが呪われてる?マジ?」


・・・香里の反応が軽い。解ってはいたけれど。


「あたし達の”好き”って気持ちが水島に向くのは、そのせいなんだって。・・・信じられる?」


香里は、首を傾げて少し考えてからへらっと笑って言った。


「んー、なんか突然ファンタジーって感じだねぇ。」


違いない。あたしだって全部信じた訳じゃないもの。


「でも・・・冷静に考えると、少し納得出来る部分もあるんだよね。水島が女ばっかりに好かれる理由・・・。」


呪われてるせいで女に好かれやすくなっている、なんて、どんな馬鹿馬鹿しい呪いかは知らないけれど。


「そーかなぁ?」

「・・・香里はどう思う?」

「単に、みーちゃんにそういう魅力がいっぱいあるからー、じゃ、ダメ?」


女に好かれやすい、そういう魅力を水島が持っている。

あたしだって、その可能性を考えた。


だけど、一番引っかかっているのは・・・。


「水島の事を好きになった奴は、水島には”呪いのせいで、そうなっただけで、かわいそう”って思われてるんだよ!?」


水島にとって、あたしは、あたし達はただの呪いの災難。

災難になってしまったあたし達は、呪いに巻き込まれてしまった”かわいそうな存在”だなんて思われている。、


「・・・でも、海ちゃんは、それを全部否定したんでしょ?」

「・・・うん・・・。」


香里はあたしの横に座りなおして、肩に頭を預けて言った。


「私も・・・きっと、否定するよ。海ちゃんと同じ状況にいたら。」

「・・・香里は・・・腹立たないの?」


あたしがそう聞くと、香里は笑いながら言った。


「腹は立つよー。勿論。・・・だけど、その程度の事で諦められないもん。それも、海ちゃんと一緒だよ。」


そう言うと、携帯電話を取り出してメールを打ち出した。

やっぱり香里はマイペースだな、と思う。時々、それが羨ましい。


「・・・・・・そっか。・・・で、何してるの?香里。」

「メール打ってんの。みんなに。・・・みーちゃんが呪われてるって思い込んでるってね。」


「え!?そ、そんな事してどうするの!?」


「みんな、コレを聞いたら、みんななりに、みーちゃんに真剣だって想いを少しは工夫してぶつけられるでしょ?

それで、みーちゃんが私達の本当の気持ちを少しでも分かってくれたら、良いと思って。

呪いのせいで、貴女は好かれている訳じゃないってね。・・・でも、みんな信じてくれるかなー?」


そう言って、ひたすらメールの文章を打ち込む香里。


「・・・香里・・・。」


香里の表情は、いつもと変わらずニコニコしていた。


「バレンタインは楽しまなきゃ。みーちゃんにとっても、そうあって欲しいじゃない?ただの災難の日だなんて嫌じゃん。」


香里の言葉に、あたしはまた膝に額をつけて、丸まった。


「・・・・・・そういう、考え方もあるんだ・・・。」


あたしは、ただチョコレート突きつけただけ、だったけど。

バレンタインを楽しめだなんて、水島にあたしは言えなかった・・・。


「・・・海ちゃん、ありがと。」

「は?」


「私に最初に教えてくれて。海ちゃんは、切り込み隊長だね?」

「・・・最後のそれ、褒められてんのか、わかんない。」


香里のよくわからない褒め言葉にあたしは顔を上げた。


「ふふふっ」

「・・・ふふっ」


何故か笑えてきた。

こんな状況でも、人は笑えるから不思議。



それから、何があったのか知らないけど。

みんな、それぞれ、チョコレートは渡したらしい。


だけど、最初は水島の方からチョコレートを渡されたらしい。


みんな自慢っぽく香里にメールしてきたみたいだけど、水島は顔見知り全員に配っていたらしい事が後から解って、あたしは笑った。


香里からの報告メールを見ながら、あたしは吹き出し笑いながら大学から帰り道をゆっくり歩いていた。


(なんだ・・・結局、バレンタインの事、アイツなりに考えてたんだ・・・。)


逃げるだの、脅威だの言ってたみたいだけど・・・結局、水島は・・・水島なりに考えてたんだ。


(あ・・・でも・・・あたし・・・)


・・・あたしだけ、貰ってない。


でも、仕方ないか。あたしは、バレンタイン当日に渡したわけじゃないし、自分の気持ちごと水島に渡せたから、それで良いんだ。


それで・・・良いんだ・・・。


正直、まだあたしの心の中で水島が言っていた”かわいそう”が引っかかっていた。

チョコレートのお返しだって、同情のひとつでくれるくらいなら、貰わない方が良い。

水島はあたしをまだ”かわいそう”だと思っていて、自分から引き離そうとしているのかな・・・。


・・・やっぱり、人嫌いに恋しても無駄なんだろうか。

見返りなんか求めても仕方ないとは、頭でわかっていても、それでも・・・


・・・それでも、あたしはあいつに振り向いて欲しい、と願う。


(あー!!!もうっ!!)



歩道橋の階段を駆け上がるように上る。一番てっぺんで、息を思い切り吸って吐く。



・・・ぐだぐだ考えても、仕方ないか、と考えを振り切る。


そう、思った時。


こんな時に限って。



「・・・あ・・・。」


こんな時に限って、会ってしまうのだ。水島という奴には。


「・・・海ちゃん!?」


そこには、水島がいて・・・あの時、水島と赤いスーツの女と一緒にいた、ワンピースの女もいた。


「・・・・・・・・・・。」

「・・・・・・・・・・。」


一体、この女と水島はどんな関係なんだろうか、と考えたが、それより先に、あたしはすぐに後ろを向いた。

こんな時に水島と会っても、あたしはいつも通りに水島に接する自信が無かった。

あたしは、まだ心の中に”どうせ、あたしはかわいそうな女よ”という子供じみた文句があったからだ。


「あ・・・!待って!!」


水島に手首を掴まれた。振り向いて、水島をみると水島は何か必死に、口をパクパクしたまま動かずに何かを言おうとしていた。

あたしは、黙って水島を見ていた。

黙って、水島の言葉を待った。


水島は急に、鞄をあちこち探ってから、ピンクの小袋を取り出した。


「・・・海ちゃん!コレ!」


急に目の前に出されたソレに、あたしは少し驚きつつ、聞き返した。


「な、何よ!?」

「えと・・・友チョコ・・・・・・の類です・・・。」


何か言いにくそうな、歯に物でも挟まったような、言い方。

あたしは、もう一度ゆっくり聞き返した。


「・・・何?コレ。」

「えと・・・あの・・・日頃の感謝の気持ちというか・・・」


「つまり?」

「い・・・”いつも、ありがとう”って意味で・・・。」


・・・つまり、同情じゃない、と解ったあたしは、思わず笑みがこぼれた。


「・・・よーし。」


で、物は何かしら?と思って眺めていると、水島は曖昧な答えを口にした。


「さあ・・・今朝、何かの試供品だと言われて貰ったんですけど・・・今配るといったら・・・」


普通、試供品をお返しにくれるか?とも思ったけど、もう物の中身なんか、どうでも良かった。


「ああ、そっか・・・開けていい?」


「どうぞ。」





”ガサ・・・。”



袋から出てきたのは『生理用ナプキン昼用。(羽根付き)』。






「「「・・・!!!」」」




こ、これは、予想外・・・だった・・・かも。



みるみる水島の顔が紅潮していく。

多分、水島も中身を把握してなかったんだろうけど、そこがコイツらしいというか、なんというか。



「あ・・・ああ・・・アンタらしいわ・・・。もうすぐだし、使えると言ったら使えるね。」


その場で頭を抱えだして、唸る水島に向かってあたしは更に言い放つ。


「・・・でも、あたしタンポン派なのよね・・・。」


「・・・な、何も言わないでください・・・っ!」


ホント、中身なんか、どうだっていいのよ。


「・・・ま、アンタらしいけど。」


水島の肩にポンっと手を置いて、あたしは笑って見せた。


「・・・はい・・・?」

「・・・こうでなくちゃ、あんたらしくないわ。」


第一、香里のメールによるとみんなチョコレートを貰ったらしいけど、あたしの場合は違うみたいだし。

例え、余り物だろうと、試供品だろうと、どうでもいい。


同情してくれた物なんかじゃないって、これと言葉で十分に伝わったから。

水島は、やっぱり、あたしの好きな水島のままだった。


「・・・えっと・・・それは、どういう意味でしょうか・・・。」


まだ、わからないの?と思いながらも、あたしは水島の鎖骨付近に指をトンッと置いて言った。


「・・・正直、数日前”私に好意を寄せている人達は、かわいそうな人だと思います。”なんて聞いた時は、その場でブン殴ってやろうかと思った。

挙句、呪いだのなんだの・・・一体、コイツ人の想い、なんだと思ってんのよってね。

人嫌いだってのは知ってたけれど、ただ好きなだけなのに”かわいそう”なんて表現されたら、ムカつくでしょう?」


「あ・・・。」


「でも・・・それでもね・・・あたし、ブン殴る事出来なかった。水島に嫌われるの怖くて。・・・だって、水島の事、好きだから。

ただね・・・”かわいそう”だなんて思って欲しくないの。

コレといつもありがとうって台詞が聞けただけで、マヌケな程、あたしは十分幸せなワケ。」


そう言うと、水島は目をパチパチさせて不思議そうにあたしを見ていた。

・・・多分、まだよく理解してないんだろうな、と思う。

同性なのに、この鈍さったら・・・。


「ま。呪いだろーとなんだろーと、関係ないわよ。・・・・あの・・・まあ、嬉しいもんは嬉しいってヤツ。」

「・・・ホントに・・・?」


そこで、まだ聞き返すの?とあたしはさすがにムッとした。

人がせっかく、嬉しいって言ってるのに。


「な・・・なによ・・・疑うの?」

「疑ってます。」


はあ・・・ホントに、水島って奴は・・・。と思いながらもあたしは、どこかホッとしていたりする。

水島らしいな、と。

そして、信じていた水島のままだった事にも。


「・・・鈍いヤツ・・・。」


ふと、水島の後ろに立っている女は、誰なのかは気になった。

タバコを片手にこちらを一見、微笑ましそうに見ているが、目が・・・笑っていないとすぐに解った。


(もしかして・・・)


女の勘という奴だろうか。

あたしは、後ろの女に見せ付けるように、そして、水島の鈍い頭に叩き込むように、水島のスーツを引っ張り、水島にキスをした。



「・・・嬉しいに決まってンでしょ。馬鹿。」


聞こえるか聞こえないかの小声で呟いた。


「あ・・・・・・・・。」


唇を押さえて、水島がひどく驚いた顔をする。

この程度、あたしにかわいそうだなんて言ったお返しよ。


さて、それから・・・。


「・・・そこの人、水島は渡さないからね!」


あたしが、タバコを持ったままこちらをぼうっと見ている女に向かって声を掛けると、女はハッとしたような顔をしてから、ニコッと笑って見せた。


「え?私?あ、はいはーい。」


一瞬だけど、返事をするまでに間があったし、あたしと水島がキスをした瞬間、少し動揺していた。



・・・やっぱり、こいつも”敵”だ。あたしは、そう確信した。



どうして、こうも増えるのかしら?

これも、呪いの一種なのだとしたら・・・あたしは、その呪いごと水島をかっさらってやるわ。



水島は、やっぱり、あたしの好きな水島だったという事が解っただけで、今日は十分。



・・・最高のバレンタインデーよ。



でも、来年は、もうちょっと・・・出来れば、ナプキンじゃないものがいいかな。





[ 水島さんは逃走中。の裏側。 ・・・END ]




 ― あとがき ―


今回の裏側SSは、視点をお嬢様に固定しました。(やり易かったので。)

補足SSは、色々と埋める穴がいっぱいあって(つまり本編穴だらけ)大変です。

海お嬢様と伊達さんのやりとりは、なかなかほっとするというか、個人的に好きです。

よくよく考えると、水島さん逃走してないな、と思ったんですけど・・・ま、いいか。