[水島さんは帰宅中]




私の名前は水島。

悪いが、下の名前は聞かないで欲しい。

今、私は…迷っている。



「あの、好きです…」



場所は、電車の中。私は座るよりも、立ってぼーっと中吊りや背景を眺めるのが好きだ。


鉄、コンクリート・・・物言わぬ、無機質な建物たち。

私は、座らずにいつも一車両目の壁にもたれている。


この時間が一日の中で、2番目に好きだ。



・・・で、だ。



そんな私の安らぎの一時の最中に。


「あの…」

私越しにいる女子高生。


そして。

私越しにいる男性。



「あの…突然でびっくりされると思いますけど…私…あなたの事…ずっと見てて…」


(あーそうかい、そうかい。 見てたんだとだとさ、私の右にいるお兄さん。)


私は、心の中の口で悪態をつきまくる。

それもそうだ。


私を挟んで、今、電車の中で、一組の男女が、恋愛を繰り広げるか、否かの状況なのだ。


私は、声を大にして問いたい。


女子高生よ、何故男の前まで移動しない?

男よ、何故女子高生に駆け寄るなり、ガブリ寄るなりしない?


・・・何故に、私をサンドするんだ。お前ら。


私は、いらないだろう?この状況に。

今更、場所も移動できないだろう?この状況になっては。


一体、私がどれだけ気まずい状況にいるのか、知っているのか?


…と、心の中で叫ぶ。

…ああ、なんて、私は小心者なのだ。


女子高生は、派手でもない…そう、地味な子。

頭髪は黒く、肩までの長さと言った、模範的なストレート。

制服のカスタムはみられないし、持ち物にも、じゃらじゃらとキャラクターモノをつけてはいない。


顔は・・・良く見てない。というより、気まずくて、みられない。



一方…男は、多分学生だろう。バイトとかしてそうな…とにかく、若い。

髪型からして、おしゃれにも、女子にも気を遣える人の良さそうな感じのいい若者。

一般的に言い表すと、優しいお兄さん、だ。


いや。

んな事ぁ、どーでもいいんだ!


とにもかくにも、私をサンドしたこの”告白タイム”を、どうにかして欲しいのだ。

気まずいったらありゃしない。


女子高生よ、何故青年の降りる駅を調査しない?降りてゆっくりと告白すればいいだろうに。

青年よ、口パクパクしてないで、「うん」とか「ああ」とかリアクションしなさいよ。


告白なんぞ、人の肩越しにしないで、よそでやってくれ!


私は、普通に…帰りたいんだあああああ…!!



と心の中で叫ぶ私は…今年で、25歳になる。


一般事務として、働いている。

出世欲も結婚願望も何もなく、今の生活を維持する事に一生懸命な、ごくごく普通のOLと思っている。


ごく普通のOLにこんな告白タイムは必要ないのだ。

ああ、降りたい。早く降りてしまいたい。しかし…私の降りる駅は、まだ3つも先だ。


…よし。


次の駅で、人に紛れて、つり革方面に移動しよう。



私は、人間が苦手だ。

というか、嫌いだ。


人間関係って、どうにも私には、形成しがたいシロモノだ。

同じ人間なのにどうして?と言われるが。

同じ人間だからこそ、だ。


何考えているか、わからないからだ。

これは、私が他人からよく言われることだが、それは私から見た他人にも言える事だ。


何を考えているのか。


同じだけの知能を持ちながら、思考が読めない。

多少の付き合いがあっても、次の瞬間に、相手がどんな感情をこちらに向けているのか、分からない。


信用していない、といえばそうなるのだろう。


大体、意識や考え方が別な生き物なのだから、用心するのは当たり前だ。

どんなに慣れたライオンでも、同じ檻で暮らしたいという馬鹿はいないだろう。

人間は、ルールを守る知性を持ってはいるが、嘘をついて、ルールを破る事も出来るのだ。


・・・だから、ライオンよりも性質が悪い。


そんな性質の悪い"人"という生き物に関わる事や、他人の為に、自分の時間や思考を使う事など、私はしたくない。

私は、私の為に生きているのだから。

誰かを想い、誰かの為に行動して、面倒な事態に巻き込まれたくなんかない。


と…考えたら、きりが無い。

そんなわけで、私は出来る限り、人間とは距離を置いていたいのだ。


…えーそうですよ。人間不信ですよ。えーえー。


『次はー●●町ー』


私は、ドアに流れていく人を見送り、ドアから流れ込んでくる人に紛れて、つり革へと手を伸ばした。

…位置が変わってしまったのは、ちょっと嫌だけど…これで、気まずい気分はしないですむ。


「…あ、あの…っ…す、すみません…」


さっきの女子高生の声が、距離を離したはずなのに、何故か近くで聞こえる。

私の正面に座っている女性が、こちらを見ている。

私は嫌な予感がして、目線だけを声のした方向へと向ける。


「あの…すみません、突然で失礼だとは思ってるんです。 でも…あの…私の話を…聞いてくださいませんか…?」


女子高生が、私を見上げていた。

私は、首を捻り、青年を見た。

すると、青年も私を見ていた。


「…え…」



まさか・・・女子高生の話し相手は、私、なのか?



「…もしかして、私?」


私が、そう呟いた瞬間。


「…はい!」


女子高生は、肯定した。


・・・嘘…嘘と言って・・・


そして、一車両中の、人間の視線を集める。


「あの…ずっと、見てて、あの…」

そこで、私は始めて女子高生の顔を、真正面から見た。

見ざるを得ない。

なぜなら、告白を受けているのは、この私なのだから。



彼女が顔を赤らめて、次に口から出そうとしている言葉が、手に取るようにわかる。



『好きです』


・・・多分、コレだ。



・・・よりにもよって、なんでこんな場所で告白するんだ!!!!


「…………。」


私の腹は決まった。


(逃げよう。)


そうだ、逃げるしかない。

キケンから身を守るもっとも、原始的な方法。


逃避だ。


『●●町ー●●町ー降り口は右側です』


…2駅分、歩くか…。


私は、2,3歩、足を下げる。

ドアが開くと同時に、私は体を翻し、思い切り走り出した。


「あっ…!」

女子高生の制止を求める声を振り切り、私は電車を降りた。

それから、振り向く事無く、私は走った。

走りながら、定期券を出し、改札を風のように駆け抜ける。


駅を出てから、私は息切れするまで走り続けた。


…一体、何だと言うのだ…


誰が、誰を好きになろうと関係は無い。


男が女を。

女が男を。

男が男を。

女が女を。

そんなもの、自由にやればいい。



・・・ただ、私を巻き込みさえしなければ、良いのだ。






「ちょっと、そこのお嬢さん…」





見ると、占い師のオバサンが、口の端をゆがめて笑っている。

いつもなら、足を止める事等無い。


・・・のだが、息が切れて、足もガクガクと悲鳴を上げている。


「…その様子じゃ、早速、現れたようだね…女が。」


オバサンは満足そうに笑いながら、そう続けて言った。

何か言い返そうにも、私は息が切れて声が出ない。


「…これからも、その女は現れるだろう。いや、むしろ…お嬢さんに関わろうとする女の数は…増えていく。」

「…な…!?」


オバサンは40代後半くらいで、紫の着物に身を包んだ、いかにも”占い師”ですという格好で、私を真っ直ぐ見ている。

驚く私を無視して、オバサンはドンドン喋っていく。


「どうしてわかるのか?って…顔だね。そりゃ…私が占い師だからさ。」

「…(ふー)…(ふー)…」


めいっぱい喋りたいのだが、呼吸に精一杯で、喋れない。


「…まあ、根っからの人嫌いの人間不信お嬢さんが、私を信じるとは、思ってないがね。」


あ…当たっている…。

思わず、私は口から二酸化炭素と共に言葉をこぼした。


「・・・どう、して・・・?」


すると、占い師のオバサンは、私の問いに素直に答えてくれた。


「…お嬢さん、アンタは今まで人を拒みすぎた。これまで、アンタが関わるはずだった人の運命にも…アンタは、背を向けてきた。」


「私が関わるはずだった…人の運命?」


「…そう、人は一人では生きていけない。誰もが他の誰かの運命と、交錯して…新たな運命を得る。

 それを、アンタは…拒んだ。」


「……それで…?」


「そのツケが、今、回ってきたのさ。」

「つ、つけ?」


私は、よろよろと上半身を起こし、占い師の台に両手をついた。

占い師のオバサンは、顔を30度ほど傾け、やはり口の端を歪めて笑っている。


そして、次にこう言った。


「…これから、お嬢さんの周りには、厄介な女達が現れて、次々とアンタと関係を持ちたがるだろう。

 そう…わかりやすくいえば、女難の相、だね…」


「…まさか…そんなもの…!」


「今さっき、女に会って、何かされただろう?例えば…好きだといわれたとかさ。」


「ど、どうして、それを…!?」



落ち着け…私!

赤の他人に、何がわかるというんだ。

これは、オバサンの人生経験の豊富さからくる統計学で、あてずっぽうが当たっただけで、私を大殺界に…

ああー!!自分で何言ってるか解らなくなってきた!!

落ち着け…落ち着け…考えろ…この場合、一番考えられるのは…



……そうか!!



「まさか、さっきのアレ…貴女の仕込みですか!?変な霊感商法は、止めて下さいよ!」



私は、やっと本来の自分に戻れた。

ちゃんと考えたら、こんな非日常的な事…起こり得る筈がないんだ!

しかし、オバサンは余裕笑いを、崩す事無く…それはまるで、私がそう言うだろうと、最初から、予想していたような口ぶりで喋り始めた。



「別に、何も売りはしないさ。アンタは、珍しい運命の持ち主だったからね。 気が変わったなら、またおいで。女難の対処法を教えてやろう。」



また、会う?冗談じゃない!


「私は、町で出会った人には、2回以上会わない主義です・・・!」


「…会うよ、私が女である限り…ねぇ…」



私は、オバサンのその問いに答えず、サッサと歩き出した。



一体、なんだというのだ。

女子高生に告白され、2駅分歩くハメになり…

挙句、それが自業自得だなんて…私は、無性に腹立たしくなり、競歩並みのスピードで歩き出した。


しかし、普段から座りっぱなしの事務職女の体力が、続くはずも無く。

再び、息切れを起こした。


…なんて、情けないんだろう…



ふと、前方にファミレスがみえたので、私はそこへ入る事にした。

店内は、少し混み合っていた。しかし、平日の夕方という時間では、学生がほとんどだ。


…学生の制服をみると、さっきの電車の女子高生を思い出す…。


・・・ああ、嫌だ嫌だ・・・。

…そうだ、確か、私をいつも見てたとか言ってたな…これから、帰宅時間、ズラしたりした方が良さそうだな…。


「いらっしゃいませ、お席ご案内します。おタバコは吸われますか?」


やってきたウェイトレスの札には『春川』と書かれており『研修中』の札もついていた。


「あ、はい、吸います。」

「喫煙席に、ご案内します。…えっと、こっち…こちらにどうぞ!」



喋り方や、仕草、態度から、アルバイト1カ月以内丸出しの初々しさが感じられる。

そういえば、会社の同僚がよく、ここのウェイトレスの制服が可愛いと言っていたな。

……制服じゃないな。


これは、こういう制服を着たら可愛いと思われる女の子を選んでいる結果だろう。

…大体、ツインテールが似合うのは、10代もしくは20代前半までだ。


「こちらです。」

私は、席に着くと、彼女が店のインターホンの説明に入る前に 「あの、アイスコーヒー下さい。」 と先陣を切った。


「え、あ…はい!えーとアイスコーヒーですね?他にご注文はございますか?」

「いえ、それだけで。」

「けしこまり…かしこまりましたっ!」


・・・微妙に、カンだ・・・。


ウェイトレス”春川”は、自分の失敗に顔を真っ赤にして、厨房へと姿を消した。


(私にも、あんな頃あったかしら…)


ふと、私の顔の筋肉が、少し緩む。

そして、タバコを取り出すと、火をつけて、吸い込んだ。


…いつの間にか、吸うようになったタバコ。


大抵は、仲間や、恋人から教わるものらしいが、私の場合、好奇心で自分から吸い始めた。

それは、高校卒業してから…たしか19歳の秋だった。

 ※注 タバコは二十歳になってから♪ 


大してうまいとも思わず、むせもしなかった、ただなんとなく買ってしまった1箱を吸いきってから、私は、違う銘柄のタバコに手を出した。

それが、良かったのか、悪かったのか…すっかり愛煙家の一人だ。

酒と違って、意識が酩酊しなくて済むし、落ち着く。


・・・いつかは、やめなければと思うのだが、今はその必要は無い。


「…お待たせしました。」

さっきのウェイトレス”春川”が、アイスコーヒーを持ってきた…



…ってなんだ!?その量は!!



私は、思わず目を見開いた。

彼女の持ってきたアイスコーヒーは、グラスに、なみなみと注がれており、淵からこぼれそうなほど…だったからだ。


おいおい、少しは考えろ!何のための右脳と左脳だ!?


一方、春川はあくまでも、慎重に、私の前に注文されたグラスを置こうとしている。

「…そぉーっと…」


そうだよね!?そぉーっと置かないと、こぼれちゃうもんね!?

だけど、そんな状況にしないように、少し減らせばよかったんじゃないか!?

注ぎすぎないようにするとかさーぁ!?


・・・と心の中で私は、また悪態をついている。


しかし、私は…こんな時にあのオバサンの言葉を思い出してしまった。




『…これから、お嬢さんの周りには、厄介な女達が、次々とアンタと関係を持ちたがるだろう。

 そう…わかりやすくいえば、女難の相、だね…』


・・・厄介な女達・・・女難・・・。


私は、嫌な予感を感じ、タバコを灰皿に置いた。


「で、告ッたんでしょ?真白(ましろ)!」

「うん…でもね、逃げられちゃったの…」

「えー!?あり得ないでしょ!それ!」


私の視界に入ったのは、先程電車で、告白してきた女子高生の姿(+ややこしそうな友人A同伴!)だった。


(げええええええっ!?)


私は、咄嗟に身を隠そうとした。

見つかっては、また微妙な告白タイムを受けざるを得なくなる…!

・・・何のために2駅分歩いていると思ってるんだ…!!


すると、次の瞬間!


「あっ…!?」


         ”バシャ…”


恐れていた事…アイスコーヒーが盛大にこぼれたのだ。

テーブルを伝い、それは私の服に、冷たさと湿気と共にヒタヒタと侵入してくる。


(…騒ぎになれば、見つかる…!)


私は、瞬時に頭をフル回転させた。


「す、すい…ッ!?」

私は素早く、ウェイトレス”春川”の制服のネクタイを引き寄せ、テーブル下へ体を引き寄せた。

勿論、客にこんなことされたら、普通は驚くだろう。

要点は簡潔に済ませる。


「声出さない、良いわね?」

「は、はい…」


私は、低い小声で、春川に話しかけた。

春川の動揺は、こちらにも伝わるほどだった。


「…私、トイレに行くから、タオル、持ってきて。いい?誰にも言わないで。お互い、騒がれたくないでしょ?いい?

 誰にも言うんじゃないわよ?わかった?」


私の迫力に圧倒されてか、春川は素直に返事を返す。


「は、はい…」


私は、一応確認をとる。


「…じゃ、貴女は何するの?いってごらん」

「タオル的なものをトイレに持っていく…」


…どんなに動揺していても、ちゃんと指示を与えれば、人は動けるのだ。


「よし、行って。」


私は、ぽんとウェイトレスの肩を叩き、身をかがめながらトイレへと侵入した。


・・・なんて、情けない日だろう。


鏡の前で、私は自分の疲れきった表情と対面した。


「はぁ…」


自分の顔で溜息なんて…一体、今日と言う時間の中で、私は何年歳を取ったのだろう。

そんな疲労感が、どっと出てくる。

白いYシャツには、茶色のシミがついていた。

Yシャツはともかく、スーツは黒くて良かった…。

このYシャツの汚れをふき取ったら、すぐにでも、女子高生と対面する前に、ここを出なくてはならない。


私は…こんな時にまたしても、あのオバサンの言葉を思い出してしまう。


『…これから、お嬢さんの周りには、厄介な女達が、次々とアンタと関係を持ちたがるだろう。

 そう…わかりやすくいえば、女難の相、だね…』



・・・厄介な女達・・・女難・・・。


…これが、そうなのか?


もし本当にそうだとしたら…一体、あのオバサンは何者なのだろう。

どうして、私が人間嫌いである事を知っているのだろう。


そもそも、どうして人間嫌いであることで、私の身の回りで妙な出来事が起こるというのだろう。


すると私は、嫌な予感をチクリと感じた。



ドアの向こうから、何か来る。

そんな、非科学的な…予感。


私は、そっとトイレの入り口のドアをあける。


「でもさー…どこが良かったの?ぶっちゃけ、電車で出会いなんかある?」

「んー…なんというか…私も、好きになってから気付いちゃったってだけ」


やっべええええええ!!!!

さっきの女子高生が、トイレにやってくる!!


マズイ!これじゃ、運命の再会とか思われてしまう!


ただでさえ、奇跡だらけの携帯小説で感動してしまう女子高生という生き物に

こんなタダの偶然なんか、与えてたまるかっ!!!!



こうなったら、個室に入りやり過ごすしかない!


私は個室のドアに手を掛け…


”ガチャ”


ああ、ドアをあける音…!ダメだ…間に合わなかったか…!!


「あの、お客様、おしぼりを」


入ってきたのは、春川だった。しかし、すぐ後ろから女子高生の声がする。


「よし、おいで!」

「え!?あのッ…」


”バタンッ!ガチャリ!!”


…私は、春川ごと個室に入り、鍵をかけた。

しっかりと、春川の口を塞ぎながら、私は耳元で事情を説明する。


※注 小声:『いい?今、私は、すごく会いたくない人と鉢合わせしそうなの。このまま、しばらく、我慢して頂戴…』


春川は、意外と物分りがいいらしく、コクリと頷いた。

いささか、乱暴過ぎる説明だが…これはもはや非常事態だ。


これ以上、私の人生に、ややこしい人間関係加えてたまるか…ッ!


”ガチャ…”

「でもさー…それって一目惚れってやつでしょ?電車で。」


声の主は、さっきの女子高生の友人Aだ。

…まだ、その話題なのか…!いい加減にジャ●ーズの話題とかにしろ。


「うん。すっごく、カッコいいの。横顔とか…目とかね…電車の中で、いつも遠く見てて…

 なんか、世の中のつまんない事なんか見ないで、ずっとその先の、未来見てるみたいな…」


いや、私、晩御飯のおかずとか考えてたんですけど・・・。


「へー…真白がそういうなら、あーしも見てみたいなぁ。」


…ああ、見ないで良い…お前の期待に添える気は無い。


どうやら、あの告白してきた女子高生は”真白(ましろ)”という名前らしい。

…気をつけよう…彼女のせいで、私の人生が真っ白になる前に、ココを出なくてはっ!



・・・・・。



…ああ、なんか、こんな非常事態にくだらない事言っちゃった…

私は、反省しながら彼女達の話を聞いている。


「えへへ…今度はちゃんと、駅で降りてからにする。降りる駅も突き止めてるんだ♪」


…オイオイ、聞き捨てならねえな!


「…やっべ…真白、ストーカー寸前じゃん(笑)」


止めろ!友人なら、止めろ!そして、笑うなッ!


「ん…ヤバイかなぁ?でも、まだ、家も知らないもん。」


知られてたまるかーッ!


「じゃ、大丈夫じゃね?」



…ざけんなーッ!



「…ね、どう?新しいグロス。これ、めっちゃいいよ。」

「あ、かわいい!」

「でさーこれ、クミに教えたんだーそしたらー」


”がちゃ…バタン!”

・・・・・声も、気配もしない・・・


「ふう…行ったわね…ごめんなさい…いきなりで、びっくりしたでしょ?」


私は、春川から離れ、トイレの壁に寄りかかった。

春川はおしぼりを数本抱えたまま、私に押さえつけられていたのだ。

全く、何が女難だ…彼女も私も、これじゃ女難仲間だ…ホントに、今日は疲れる一日だ…。


「いえ…私も、コーヒーこぼしちゃって…あの…コレおしぼりです。」

「…ありがとう、ホント、ごめんなさいね…」


私は、おしぼりを受け取るとスーツを脱ぎ、Yシャツのシミをぽんぽんと叩いた。


「いいんです、私も…騒ぎになると…クビにされちゃうかもしれないし…」


春川は、そう言いながらひざまづいて、私のスーツをおしぼりでぽんぽんと拭き始めた。


「あ、いいわよ…貴女はもう、お仕事に戻ったほうが…。」

「いいんです。」

「…でも…それじゃ、悪いわ…」

「…お客様は、優しいんですね…」


春川は、少し辛そうに笑った。


「……え?」


「実は、なんか…このバイトくじけそうだったんです。ファミレスにくるお客さんって、良い人もいれば…その逆が…多いんですよね。」


そう語る、彼女の表情を良く見ると、すこし疲れがみえる。


「…客商売だと思って、態度がデカくなったりとか?ええと…クレーマー…って言うんだっけ?」


「ええ、まあ…他にも、私に膝に乗れとか…料理がまずいから、金はお前が払えとか…そういうクレームついちゃうと、私達が怒られちゃうんですよね…。

 制服が可愛いって条件で選んだ、私も悪いんですけど…やっぱり、辛くって。」

「…意外と、苦労してるのね…」


見ると、彼女の目には、うっすらと涙が浮かんでいた。

…なんだか、な…と私は思う。


他人の事をとやかくいうほど、人と接していない私が言うのもなんだが、自分がされたら嫌な態度を平気で取れる人間は、あまり賢い人間じゃない。


他人だからこそ、店員だからこそ。

社会人は、礼儀をわきまえないと、知性が下がって見える。なんでもかんでも、言えば良いってもんじゃない。


「…す、すみません…こんな事…お客さんに…」

「別に、ココはトイレだし…ここで聞いたことは、お互い水に流しましょう?」


・・・・・・・はい、山田君、座布団持ってちゃいなさい…。


「あ、上手い!」

「…いや…我ながら、くっだらない…と思ってるのよ。」


「いえ!そんなことありませんよ!お客さんっ上手いです!フフフッ…」


春川は手を叩いて、笑った。私は、それを見て、少しホッとした。

…んん?……一体、私は、どうしたというのだろう…


見ず知らずのウェイトレスに、こんな事を言うなんて、今までの私じゃ、あり得なかったことだ。


・・・女難のせい?


いや・・・やはり、疲れているんだわ、私。

帰らなくては…。


「……さて、もう行かないと…」


私は、おしぼりを春川に渡し、個室の鍵を開けようとした。

しかし、その手を春川が止めた。


「待って、下さい…あの、クリーニング代を…」


手首から伝わる春川の”握力”。

少し、強めで…痛いくらいだ。


「…い、いいわ。バイト代、そんな事に使わないほうが良いわよ。」

「…でもっ!それじゃ気が済みません!あの、れ、連絡先、教えて下さいっ」

「・・・・・・・は?」


連絡先??



「く、クリーニング代、絶対…渡しますから!お願いしますっ!」


・・・・・・・・・。

チクリと、予感がした。

何か、嫌な予感。


私は…こんな時にまたまた、あのオバサンの言葉を思い出してしまう。



『…これから、お嬢さんの周りには、厄介な女達が、次々とアンタと関係を持ちたがるだろう。

 そう…わかりやすくいえば、女難の相、だね…』


・・・厄介な女達・・・女難・・・。


気のせいか…春川の頬が……赤い…?


「…い、いいわよ!ホント!全然、大丈夫!これ、Yシャツ捨てるし!」

「じゃあ!Yシャツ代、弁償させて下さいっ!だから!連絡先をっ!これっきりになると…困りますっ」


「な、何が困るの…?」

「え…あ、その…お客様と…会えなくなったら、嫌だなって……あの…せめてお名前だけでも…」


何?…その微妙なコメント+熱がこもった視線…

それ…なんか、今日の夕方の電車で見たような気がする…。


…ちょっと、待って…これ、まさか…!?



…そうか…。



もう、普通だった頃の私はいないのだ。


今の私は…もう、普通じゃない!



女難の女だ!




「…いや、大丈夫、うん、大丈夫…じゃ!」

「ああっ!お客様…っ!」


私は、訳のわからない大丈夫を繰り返しながら、素早くトイレから駆け出し、自分のテーブルへと戻った。

そして、素早く伝票をかっさらい、レジへと向かった。


「お釣りはいいわ!募金しといて!」


千円札を置いて、私は勢い良くドアを開け、走り出した。

…途中で私を引き止めるような、2つの声を聞いたが、私は無視して走った。



私は、走った。全力疾走なんて、ここ4年ほどした事なんか、なかったのに。


目指すは、先程の占い師のオバサンの元。

私は、先程のオバサンの前で、息を切らし、仁王立ちしていた。


「……おや、2回目だねぇ?」


オバサンは”ほーらごらん”と勝ち誇った笑みを浮かべていた。


「…はぁ…はぁ…どう、すれば良いんでしょうか…!?」


それはもう、神にもすがるような問いだった。

しかし、オバサンに逆に聞き返された。


「どう、したいんだい?」

「私は…人と、程よく関わらずに生きていきたいんです…。人との…縁なんて…私には…」


まっぴらゴメンなのだ。


人間関係など、当たり障りの無いくらいで丁度いいではないか。


人と関わる事で、他人の為に、自分の時間や思考を使う事など、私はしたくない。

私は、私の為に生きているのに。

誰かを想い、誰かの為に行動なんて、したくない。


「・・・そうやって、アンタは縁を断ってきた。その影響で、人が何人も死んだ。」

「…し…死んだ?」


「…そう。人の運命や縁はね…人とすれ違うだけでも簡単に生まれるのさ。

 例えば…アンタが道で”今日は雨が降るかも”と呟いたとする。そして、偶然アンタの声を聞いた通行人が、傘を買う。

 通行人は、アンタとの縁を選んだおかげで、ずぶ濡れになる事は無い。」


「そんな…そんな只の偶然で、人なんか死ぬわけ無い!」


「偶然も、縁さ。アンタは、その縁を断ち切りすぎた。

 アンタは、人と接しても、縁を結ぶ事を拒んだ。

 縁を切らずに、ちゃんとアンタが縁を結んでいれば…死なずに済んだ人がいるんだ。」


「私が…いつ、人を殺したって言うんですか!?」


「…いいや、死んだだけで、アンタは殺しちゃいないよ。

 だが、人の運命を作るのも変えるも、縁なのさ。…特にアンタは、人の運命を変える強い縁の力を持っている。

 それだけに、縁を結ぶのを拒むと…その力はマイナスに大きく働く。

 時には、人の生死さえも、ねえ…。」


「そんな、オーバーな!…私一人くらい、いなくっても世界はちゃんと回ってる!」


「まあ、回るだけならどこでも同じさね…ちょっと待ってねぇ…見えてきたよ…去年の11月だ…」


オバサンは、水晶玉に手をかざし、中を覗き込んでいる。

・・・私には、何も見えない。


「…覚えてないかねぇ…アンタはその日、会社の飲み会に出る筈だったが、断って、わざわざ残業を申し出た…。」


「…覚えてます…ああいうの、嫌いなんで…。」


「もし、アンタがその飲み会に出ていれば…飲み会は 確実に、盛り下がっていた。


   ”ガクッ”


「ちょ、ちょっと…人が真面目に話を…」


「アンタがいないせいで、盛り上がって2次会にもつれ込んだ先で…アンタの同僚の女が、同僚の男と…できちまった。」

「…めでたいじゃないですか。」


「だが、所詮、酒の席の延長戦…遊びさね。付き合い始めた途端に、お互いの情熱は薄れ、別れる事になったが

 ・・・女は妊娠していた。 しかし、別れた後だから…結局子供はおろすことに…。」


・・・たしか、そんな噂を聞いたような・・・。


「…もしかして…私のせいで、その人は子供を殺した、とかいうんじゃないですよね?」


だとしたら、とんだ濡れ衣だ。


「確かに、殺したのはアンタじゃない…だが、アンタがいれば未来は変わっていた…かもしれない。」

「…そんなの、私には関係ありませんよ。大体、避妊しない方が悪いじゃないですか。

 後先考えず、そういう事するから…!」


「…そうそう、アンタがもし、あの時、飲み会に行ってたら、その同僚の男と女の前で、アンタは今と同じような事を言っていたのさ。

 そして、2人の結びつかなくてもいい…無駄な縁を切る事が出来た。

 そうすれば」


「…ちょ、ちょっと…憶測でモノ言わないで下さい!そうなるとは、限らないじゃないですか!

 そんな事、私は言わないかもしれないし!


 わ、私が行っても…も、盛り上がったかもしれないし!


そういうと、オバサンはニヤリとまた笑った。


「…じゃあ、今日一日の出来事…どう説明するんだい?肌で感じただろう?女達の視線を。」

「…そ、それは…でも…どうしてそれで、私に女難が降りかかるんですか?そっち、説明して下さいよ!」


「さっきも言ったが、アンタは良い縁、悪い縁、人との深い縁を拒み続けた。

 浅い縁だけを選り好みして、自分に都合の良いように生きてきただろう。

 そのせいで、アンタが結んだり切ったりするはずの、周囲の人間の良い縁、悪い縁が、ぐちゃぐちゃになり、縁に邪気が生じたのさ。

 その邪気は蓄積し…縁を切り続けたアンタに、とうとう…


 ”縁切り”という呪いをかけたんだよ。」


「縁切り?…呪い?」


…そんな、非科学的で…馬鹿げた事って…!?


「…縁切りってのはね。アンタが望まない縁を呼び、どんどん結びつけてしまう呪いさ…。」


「…望まない縁って…ま、まさか…!!」


「そう、女難の正体は、ソレさね。 アンタには、これから…女の影が、どんどん絡み付いていくよ。」


「ま…マジ、ですか…?」


「…マジマジ…超マジ。 アンタだって、薄々、感づいているはずだ。自分の周囲が、いつもと違ってきていることに。」


確かに・・・そう、違ってきている。


女が、女2人に告白されただけの出来事。


だが、私にとって、それはもう、非日常的な出来事なのだ。

私の体の中から、チクリチクリと、嫌な予感だけが、今も発せられ続けている。

…なんとなく、それが…解る。


「・・・い、一体…どうすれば…!!」


「簡単さ。アンタが、心から想う相手と深〜い縁を結び、縁結びの儀式を行うこと。」


「…え…それって……恋をしろってことですか…?」


「ま、簡単に言っちゃうとね。アレなんだけど。」

「アレって何ですか…。」


「ま、とにかく…恋をすること。それが深い縁を結ぶには、手っ取り早いだろう。

 今のアンタじゃ…寄ってくるのは、女しかいないから……それに…言いにくいけど、男受けしそうじゃないよ、アンタの顔。

 どっちみち、一生女難が続くと思っても、いいんじゃないかねぇ…」


「そ…そんなあぁ!い、いやだあぁ!

 人と深く付き合ったり、人に追い回される人生なんて、いやああああ!!!

 い、今まで通り、人と着かず離れず…生きるにはどうしたら…!?」



「今まで通り生きてると、ややこしい人間関係ばっかり結ばれて、がんじがらめになるよ。

 だから…アンタの事ちゃんと理解してくれる女を捜すんだねぇ…いい加減な気持ちで縁を結ぶと、ろくな事にはならないよ。

 ちゃんと、自分から、言葉を選んで…愛を育てるんだよ…」



愛を…育てる…?

人間と・・・?


「い、いいいいいいぃやあああああああああああああ!!!!」



私は、初めて人前で泣いた。

ボロボロと泣いた。

恋愛関係なんて、最も…

最も面倒で

最も感情の浮き沈みが激しくて



最もややこしい、人間関係じゃないかああああああああああ!!!!



「…それに、アンタ…」

「…な、なんですか…まだ、あるんですかッ?」


取り乱す私に、オバサンは悲しそうな顔で、付け加えた。


「ちゃんと縁結ばないと…今度はアンタが死ぬかもしれないよ。」


し、死ぬ・・・?

人(女)と、恋を…しなかったら?


「じょ、冗談じゃない…!そ、そんなの…し、死にたくないですよ!」


「信じなくても良い、アンタの縁は…アンタが結ぶものだからね…人とも、命とも。

 ま、せいぜい…がんばるこった…。」


そういうと、オバサンは片づけを始めた。

私は、それを呆然と、黙ってみているしか出来なかった。



こうして…私は、いつ死ぬか解らない身で…

女性の影に怯えながら…生きていく事に………






…なってたまるか…!!




そうだ。


誰が…死んでたまるか!


幸い、(望むものじゃないにしろ)”縁”はあっちからやってくるらしい。




…でも、女性とお付き合いなんて…できるのだろうか…?



・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。





…む、無理かもしれない…。




小心者の私は、深い絶望と小さな希望を胸に、帰宅の道をとぼとぼと歩いた。





― 水島さんは帰宅中 …END ―





あとがき

えーと、嫌な人間が主人公でスイマセン。
元々、恋愛シュミレーションツクールというもので、百合ゲーム作っちまおう!と作成しようと思っていたのですが

・・・・まさかの挫折!(笑)

せめて、どういうゲーム作りたかったのかを友人に伝える為、出来たのがコレでした。

ゲーム内容としては

水島さんは生きる為に、数多くの『ややこしい女性』達と知り合い、その中から縁結びの儀式をする相手を選ばなくてはいけません。
会話をしたり、デートに行ったり…しかし、知り合う女性はみな、一癖も二癖もある女性です。
そんな彼女達の妙なアプローチをかわしつつ、人と触れ合う事で水島さんの人間嫌いを克服し、ヒロインをおとす…そんなゲームの予定でした。
(…短所ごと愛せないようじゃとてもやっていけない…そんな嫌なヒロインばっかです)
ゲームの中では、上手く選択肢を選ばないと・・・
水島さんがとんでもない事になったり、ヒロインに殺されたり
ヒロインが他のヒロインを殺しちゃったり(この場合も水島さんは死亡します)
あんまりにも人と関わり過ぎる(デート・会話等)と、水島さんがストレスを抱えて、自殺しちゃったりと…

・・・・・・・なんか、危険なゲームですね。今考えると。
通りで、挫折するはずだ(笑)
シナリオは、意外にも友人に好評だったので、UPしてみました。


戻るのボタンでお戻り下さいませ。