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「こんな事を言いたくはないんだけどねぇ、水島くぅん・・・。」


私の名前は、水島。

悪いが、下の名前は聞かないで欲しい。


私は今、近藤係長に呼び出されている。

話がある、と聞いた時から嫌な予感がした。

長くて、しこたま面倒な事になりそうな気がしたからだ。

正直、黙って仕事をさせて欲しいのが本音だが、係長は上司だから仕方ない。

そして、呼び出されている私を事務課の連中がチラチラと様子見ているのが、嫌でもわかる。

視線がチクチクと背中に刺さるのだ。


「君の性癖・・・ゴホン・・・プライベート・・・うん、プライベートにどうこう言うつもりはないんだよ?だけど、ねぇ・・・。」


近藤係長は、資料を見ながら横目で私の表情を伺うようにこれまたチラリチラリと嫌な視線を送ってくる。

そして、その勿体つけたような口ぶり。

・・・思いっ切り、私のプライベートに踏み込む気じゃないか、と私は心の中でツッコみながら、私は黙って近藤係長の机の前に立っている。


「・・・仕事に問題なければ、こんな事は言わないんだよ?うん、良いんだよ、君のプライベートだから。うん。

・・・だけどねぇ〜・・・女・・・友達?か知らないけど、最近外部から水島くぅんへの電話が多過ぎると自分で思わないかい?どう?」

「・・・はい。申し訳ありませんでした。以後気を付けます。」


私は、黙って頭を下げた。

今は耐える時だ、と自分に言い聞かせる。



先日、火鳥に縁の紐?なるものを切って貰ったとはいえ、女難は止まってくれる事はない。

女性からの電話なんか、私は望んでいる訳ではないが、かかってきてしまうのだから仕方がない。

しかし、まあ・・・元と言えば火鳥のせいだけど、火鳥が縁の紐を切ってくれたおかげで、火鳥が以前、大量に仕掛けてきた女難は大体消えた。


『その後、どう?水島。紐くらいは見えるようになった?』


・・・なんていう、火鳥からの定期連絡的な電話も近藤係長のいう”外部から電話”にあたるのだが。

この頃、よく掛かってくる電話には違いない。

それに、私の呪いを解く上で大事な電話でもある。


「うっすら時々・・・見える、感じですかね。それ以上は、なんとも・・・。」


縁の紐。

最近、火鳥が見えて、触れるようになった紐。


まるで、人と人とを結んでいるようなその紐を私達は”縁の紐”と読んでいる。

それに私達、呪われた女にしか見えていないのだ。これが縁じゃなければ、一体なんだというのか。

その縁の紐を、私は近眼の人のように目を細めて、力を入れて、やっとうっすらと見える程度である。

ただでさえ、水島さんって目付きが悪いよねと影から他人に言われるのに、御蔭様でもっと人相が悪くなった。


『・・・そう。』

「で、その能力・・・どうする気なんです?」と私は火鳥に電話で聞いた。


『アンタが言ってたじゃない。アタシ達は、強い縁の力があっても使わないから、それが今、暴走してこんな状況になっているって。

つまり、縁の力を上手く消費すれば、この馬鹿げた暴走は止まるはず。

今のアタシのこの力は、縁の力を消費するって事に相当するんじゃないかしら?・・・ついでに女難の縁も切れるしね。』

「・・・なるほど。」

火鳥が最近、身に付けたその力は、非常に便利なものだと私は思っている。

火鳥の言うとおりなら、その力・・・あって損はない。


(しかし、私ときたら・・・。)


・・・何もない。


『でもまあ、紐が見えるようになったのなら、次は触れるようになる筈よ。

今はまだウザイ回数制限があるとはいえ、アタシは・・・この力を使いこなしていくつもりよ。

それまで、そっちも精々アンタなりに努力してみて頂戴。』

「はあ・・・。」

(この人、口が悪いのは変わらないな・・・。)

という訳で。

あれから、火鳥は懲りもせず、縁の紐を切る練習を繰り返しているらしい。

いや、確かに・・・あの能力を使いこなせるようになれば、女難を容易に回避する事は可能だろう。


そして、便利で不思議な力が火鳥に備わったのに対し、私は・・・ただの水島のままだ。


「それで・・・聞いてるかぁい?水島くぅん!」

「・・・はっ!はい?」


ハッと我に返ると、近藤係長が私の目の前で険しい顔をして立っていた。


「だからね、水島くぅん・・・君に会いたいって奇特な男性がいるんだよ、勿論会ってくれるよね?

今度の日曜日は、必ず空けておくように。」


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。


「・・・・・・・・・・・・・・は?」


男性?

それって・・・まさか・・・


「まさか・・・お見合い、ですか?」


背中につうーっと冷や汗が流れるような感覚。

お見合いって・・・あのお見合い?

・・・この私が、か?

女難でクソ忙しいって時に、男性とゆっくりお見合いだと!?


「だからそうだって、さっき言ったじゃない。なんでも、君の事が気に入ったとかでね。

大事な得意先の部長の息子さんだから、くれぐれも失礼の無いように!」

「え?いや・・・私の意思は・・・?」


「行ってきなさい。女友達と遊んでばかりじゃ、ダメだよ。うん。これも、仕事の付き合いだよ。いいね、水島くぅん。」

「あー・・・」

近藤係長は私に反論する隙を与えず、伝える事だけ私に伝えると、くるりと椅子ごと窓の方を向いた。


残された私に対して、向けられるのは・・・


「水島がお見合い・・・?」

「なんで、あんな無愛想な女が玉の輿候補になるのよ・・・!」

「失敗するか、賭ける?」

「やだ、賭けにならないでしょ・・・絶対失敗するわよ!」


私は、事務課の女達の暖か〜〜〜〜くて涙が出る”陰口”と、冷た〜〜〜〜〜くて反吐が出そうな”視線”を浴びた。


(ああ・・・嘘でしょ・・・私がお見合いだなんて・・・!!)


頭を抱えて、その場に座り込んで駄々っ子のようにジタバタと見苦しく暴れたい衝動をグッと抑え、私は自分の机に無表情で戻った。

だが、やはり”精神的にキッツい!!!”と体中が訴える。

私は黙って、机の前でくの字になり、額を冷たい机につけた。



(あーあ・・・女難の女が、男性とお見合いですか・・・あーあ・・・。)



まったく。


・・・本当に、人生というのは自分の思い通りにならないもので・・・。




[ 水島さんはお見合い中。 ]




『・・・はあ?なんですって?』


私の言葉に、火鳥が電話口で間抜けな声を出した。

今朝、近藤係長から注意されたばかりの為、私は携帯電話を持ち込み、トイレの個室でこそこそ話すしかなくなった。


「だから・・・今度の日曜日、私・・・お見合いをする事になって・・・

その、相手との縁を切っていただけないかと・・・。」

『・・・・・・・。』


私の二度目の説明に、火鳥は黙り込んだ。


「あの〜、火鳥さん?聞いてます?」


なんだか嫌な予感がして、おずおずと聞くと・・・


「・・・ぷっ、あーっはっはっはっはっはっは!!お見合い!?アンタが?お見合い!?

ちょっと、真昼間から笑わせないでよ!!あーっはっはっはっは!!!」


・・・はい、火鳥さんから大爆笑いただきました。・・・チクショウ・・・!


「笑ってる場合じゃないんですよっ!こっちは真剣に悩んでるんですから!」


突然のお見合い自体も大変な事だが、もっと大変なのは・・・


「この事が、会社の女難の皆さんに知られる前になんとかしないと・・・!」


そうだ。

このお見合いの事が、私の女難の誰かに知られると・・・何があるか、わからない。

考えたくない!もう嫌!!なんで、私ばっかりこんな目に遭うんだ!?

どうして私なんか気に入るんだ!?その男には、一体どこに目がついているんだ!?

だが、その前に・・・火鳥に縁を切ってもらえば・・・お見合いなんて、ブチ壊しだっ!!


『そうね、面倒な事になりそうね。ぷっくくく・・・お見合い・・・くくく・・・』


コイツ、何が笑いのツボに入ってるんだ!他人事だと思って・・・!!


「だから、そうだってさっきから言ってるじゃないですかっ!笑い事じゃないんですよ!

そもそも・・・お見合いなんか、私は・・・!」


そこまで言うと、火鳥はその先を遮るようにピタリと笑いを止めて言った。


『解ってるわ、冗談よ。しかし、次から次へと大変ね。』

とは口で言ってはいるが、その言い方は、まるで他人事だ。

・・・まあ、火鳥らしいとは思うけど。

この手のややこしい縁を切れるのは、火鳥だけだ。

相手が私を気に入ってるらしいが、そんな縁は火鳥に切ってもらうに限る。


『でも、良い機会じゃない。』

「良い機会?どこがです?」


悪い点しか浮かばない。


『この際、女達に見せつけてやれば、良いのよ。”自分は男にしか興味が無い”ってね。

そうすれば、女達も諦めるってもんでしょ?』


・・・あいにく、私は男にも女にも興味は微塵もない。


「そんな事で諦めてくれるんだったら、苦労しませんよ・・・。」


むしろ、もっと酷くなる可能性がある。


『アンタ、元々、男に縁が無かったんでしょ?それが、男の方から寄ってくるなんて良い機会じゃない。』


何を言うか。この女は・・・!まったくもって無責任だ!!


「だ、だから・・・興味は無いんです。私なんかに関わるより、もっと違う人に関わった方が良いですよ。」

『・・・フッ・・・アンタらしいわね。自分を”なんか”で片付けて、他人の事を考えてる。随分、イイ子ね?』


次は、嫌味か。やれやれ・・・。

火鳥はこういう人だった、と私は溜息をつきながら言った。


「・・・そういう言い方、しないで下さい。」



気を取り直して。

とにかく、とっとと縁を切ってもらおう。

が・・・しかし!


『縁を切るったって・・・実際、その人物の近くにいかないと無理よ。』

「じゃあ、お見合いの場所教えますから!当日来て、そして、切って下さい!」


火鳥に私のお見合いの席にわざわざ来てもらうことになるが、仕方がない。(でも正直、火鳥に見られるのは嫌だなぁ・・・。)

私は電話越しに小声で頼み込んだ。

すると、火鳥は黙り込んで、そして言った。


『・・・なんでアタシが?一体、何の得になるの?』

「・・・・・・・・・・・。」


今、損得の話してどうするよ。

それに私達・・・一応、手を組んだんじゃないのか!?

と言いたかったが、火鳥のコレは今に始まった事ではない。

しかし、ここで下手に口答えをしてしまっては、肝心の火鳥を引っ張り出せなくなってしまう。

大事な取引先の部長の息子さん・・・下手にこちらが断ったら、何を言われるかわからない。

円滑にこの人間関係を小奇麗さっぱり精算するには火鳥に縁を切ってもらうしかない!!

とにかく、火鳥にしか余計な縁を切れないんだから、火鳥を呼び出すしか私には手が無いのだ・・・!!


『・・・ふぅ・・・まあ、いいわ。今度の日曜は、空けておいてあげる。感謝しなさいよね?』

「あ・・・アリガトウゴザイマス・・・(棒読み)」

『あ?小さくて聞こえないわねー?(ニヤニヤ)』

「(笑ってやがるな・・・クソ・・・)あ、アリガトウゴザイマスッ!火鳥さん!!」



という訳で。


火鳥と電話で何度か打ち合わせをして、お見合い当日を迎えた。


恨みたくなるほど、雲一つない快晴。

私は美容院に行き、店員さんに長々とお世辞を言われながら着たくもない着物を着せられ

そして、お見合いに指定されたホテルにタクシーで向かっていた。


(それにしても、憂鬱だなぁ・・・。)


人間嫌いにとって、お見合いなんて後にも先にも希望が無いイベントだ。

私は嫁ぐ気なんか、さらさらない。

結婚が幸せだなんて、誰が決めたんだ。こうして不幸せを感じている人間がここに存在しているのに。


(あー・・・なんか、苦しい。)


このレンタルの着物だって、着せられてる感でいっぱいだし、動きづらいし。


(これで新しい女難が来たら、逃げられないじゃないの・・・。)


そして、女難の心配しかできない自分が、また悲しい。


「・・・はい、お客さん、着きましたよ。」

「あ、はい。」


料金を支払い、領収書を貰って、タクシーから降りると、ホテルの入口付近に火鳥が立っていた。


・・・予定通りだ。

火鳥は私を一目見るなり、横を向いてフッと笑った。

・・・それは、どういう笑いだ?・・・どうせ、この格好の事だろうけど、腹立つなぁ・・・。

私は怒りを抑えながら、火鳥の横についた。


「・・・相手は?」


火鳥は、私を見ることは無かった。真っ直ぐ前を向いたまま、手を少し私の方へ差し出した。


「・・・これです。お願いします。」


私は見合い写真のコピーを渡した。

2日前、近藤係長からノリノリで見せられ、事務課の女性たちの嫉妬をさらった写真を・・・。


「・・・あら、イイ男じゃない。」


見合い相手の名前は高瀬 史郎(たかせ しろう)。

顔は確かに火鳥の言うとおり、写真の人はイイ男なのかもしれない。性格も良さそうな笑顔で、そして爽やかである。

中学、高校とサッカー部に所属していたスポーツマンらしく、体格もそれなりに良い・・・らしい。


・・・だが、私は・・・興味は微塵もない。


「そう思うなら、火鳥さん、どうぞ。」


小声で私はそう言った。

どうぞ、私の代わりにお見合いして欲しい。


「まさか。アタシが結婚なんて、する訳ないでしょ?アンタと同じ、他人との生活になんか、興味はこれっぽっちもないわ。」

「だったら、とっとと潰してください。こんなお見合い。」


私は目を瞑って、念じるように頼んだ。


「・・・任せなさい。アンタは、ヘラヘラ不器用な愛想笑いでも浮かべてたら良いわ。壊すのは得意よ。」


ニヤリと笑いながら、そう答える火鳥が恐ろしくもあり、頼もしくも思える。


「頼みます・・・。」


私の思いは一つ。




―― 思う存分、ブッ潰してくれ!火鳥!






「あ、水島さん!こっちです!こっち!」


爽やかな笑顔でこちらに手を振る男性の声に、私はたまらず駆け寄る。

お願いだから、ロビーに響き渡る声で私の名を呼ばないで欲しい・・・!それだけである。


「お、お待たせ致しました・・・!」

「君が、城沢グループの水島君か。ふむ。」


スーツをビシッと着こなした気難しそうな中年男性が、私をジロリと見た。

・・・なんだか、厳しそうな人だ。

そして、人にじいっと見られるのは慣れていない為、とても気まずい。


「・・・息子が気に入ったとは聞くが・・・ふむ。」

何か文句でも・・・ありそうだな・・・その不満そうな表情と口ぶりからすると。

私だって、どうしてここにいるのか、貴方の息子さんにお聞きしたいくらいですわよ!と言いたい所を私はグッとこらえた。

見合い相手の高瀬さんのお父さんは得意先の部長さん。

失礼があってはならない・・・と何度も会社で釘を刺されたのだ・・・。



「・・・・・・。」


一方、見合い相手の高瀬さん(物好き息子)は、私をジロジロとしっかり見ていた。


「な、何か・・・!?」


思わず私は身構えてしまう。

すると、高瀬さん(物好き息子)はハッとして、ひときわ声を張って答えた。


「いやぁ、イイですね!着物!やっぱり、日本人には着物ですよ!よく似合ってます!はっはっは!」

「は、はぁ・・・ありがとうございます。」

馬子にも衣装ですね、と言われた方がまだ、マシだ。

今の格好が似合ってない事くらい、自分で痛いほど分かっている。


「いやぁ!良いですよ!とてもお似合いだ!!はっはっは!」

「・・・・・・・・・。」


もういいよ!無理して褒めないで!悲しいわ!(泣)

そして逐一、大きな声でリアクションをするのは、なんとかならんのか、この人・・・!

早くもげんなりしてきた私は、愛想笑いを浮かべて必死に耐える。


と、その時。


(・・・火鳥!)


ナイスタイミングで、火鳥が高瀬さん(物好き息子)の後ろから歩いてくる。

不敵な笑みを浮かべ、どこか楽しそうに・・・そんなに人間関係を崩すのが面白いのかなんなのか知らないが、今はとにかく火鳥に頼るしかない!


しかし、火鳥はピタリとその足を止めた。


(・・・どうした?何をしている?)


小指を立てたまま、ピタリと動きを止めた火鳥は、不審者全開状態だ!切って!早く切って!!


「では、行きましょうか!水島さん!はっはっは!」


陽気な大笑いで、私の肩に手を触れると高瀬さん(物好き息子)は歩きだした。

一方、火鳥はピタリと動きを止めたまま、一向に紐を切ろうとしない。


(何故だ・・・何故とっとと縁の紐を切らないんだ!?)

さては火鳥の新手の嫌がらせか?と思いきや、火鳥はそのままこちらへ歩いてきて、そのまま私の手を取ったのだ。


「・・・み、水島さん!久しぶりじゃない!どうしたの?今日は随分綺麗ね!」

「―!! な、なんで・・・!?」


打ち合わせでは、顔合わせをした時点で火鳥が後方からやってきて、縁の紐を切って去って、後は見合いが自然と失敗する・・・


・・・予定だったのに・・・!


火鳥は、段取りも何も無視して、こちらにやってきて声を掛けてきたのだ。

これまでの火鳥との打ち合わせは、なんだったのか・・・!?


「へえ・・・綺麗な方ですね、水島さん、こちらは?」


高瀬さん(物好き息子)はニコッと良い笑顔で私の方を向いて、そう言った。


「ワタシ、火鳥と言います。水島さんとは親しい友人で、お昼もよく一緒に・・・ねえ?水島さん」


・・・嘘付け!!!!!


「そ、そんな事・・・うっ!?」


私が否定しようとすると、即座に火鳥に尻を抓られ、私は声を詰まらせた。


「ねえ?ミ・ズ・シ・マ・・・さん!」


同意しろ、という脅迫に近い視線と痛みを感じ、私は少し間を置いて、答えた。


「は・・・はい・・・彼女と私は、実は・・・すっごく親しい間柄です・・・!」


・・・ていうか、火鳥・・・お前は、一体何しに来たんだ!?


「そうですか!ご友人でしたか!はっはっは!やっぱり、水島さんの周りには・・・綺麗な方が多いなぁ・・・。」


火鳥の説明に、何も知らない高瀬さん(物好き息子)は納得したようにそう言った。


”やっぱり”?

”綺麗な方が多い”?


私の周りの女性関係を知ってて言っているのか?この男は・・・!

私の日々の苦労を知ってて言ってるのか!?何も知らないくせに、この男は・・・!!

綺麗な人だろうがなんだろうが、それら女性が私の周りにたくさんいても、なんにも良いことなんか無いんだよ!!!


”女難の女”の私としては、ムクムクと怒りが沸いてくるが、ここは我慢だ。


が。



「宜しければ、ご一緒にいかがですか?」と高瀬さん(物好き息子)

「あら、よろしいのかしら?」と火鳥が笑いながら答える。


おいおいおい!何をおっしゃってらっしゃるの!?二人共!!


「お、おい・・・史郎!見合いの席にお前・・・」


そうよ!?親御さんの高瀬部長の言うとおり!

いくら相手が私でも、一応これはお見合いだ!友人という位置の火鳥を見合いの席に同席させるなんて、いくらなんでも・・・!


「良いじゃないか、父さん。水島さんは緊張しているみたいだし・・・あ、それは俺もか!とにかく、イイじゃないか!あっはっはっは!」


そういう問題じゃねぇよ!笑ってたら済むと思うなよ!?


「・・・史郎が良いなら、俺は構わんが・・・。」


構う!私は大いに構う!!


「あら・・・なんだか、悪いタイミングでお邪魔しちゃったみたいで申し訳ありませんわ。フフフ・・・。」

「・・・・・・・。」


いや・・・待て。待つんだ、私。

悪いタイミング?お邪魔?・・・火鳥はもしかして・・・わざわざ、邪魔しに来てくれたのか?

しかし・・・そんなことをするくらいなら、何故、とっとと縁の紐を切らないんだ?余計、面倒じゃないか!

私の視線を浴びながらも火鳥はこちらを見ることなく、付いてくる気満々である。

一体、火鳥はどういうつもりなのか・・・!


「じゃあ、行きましょう!水島さん!火鳥さん!はっはっはっ!」

高瀬さん(物好き息子)は大声で笑いながら、どんどん先へ進んで行く。


「水島・・・」

小声で火鳥が話しかけてきたので、私も小声で聞いた。

「一体どういうつもりですか?とっとと紐切って下さいよ!」


私の問いに火鳥は一気に不機嫌そうな顔をして言った。


「・・・切れなかったのよ・・・!」

「は・・・?」


「アンタとその男の間に・・・紐なんか無かったの!」

「そ、それって・・・!?」


戸惑う私に、火鳥はキッパリと言った。


「アタシの経験上・・・あの縁の紐は、主に恋愛感情を抱いている相手や、それなりに付き合いのある人間同士にくっついているものよ。

初対面で、それが無いって事は・・・アンタに対して、あの男・・・

少なくとも興味はあっても、好意なんか無いって事ね。」


好意が無い?それは大変結構な話だが・・・


「だったら・・・どうして・・・!」


何故、お見合いなんて面倒な事をするんだ?


「アンタの目の前にいる男・・・アンタの”何”が気に入ったのかしらね・・・?アンタ、隠し財産でもあるわけ?」


言うに事欠いて、なんて失礼な事を言うのか!


「・・・ありませんよ!そんなもの!」


大体、そんなもんあったら、私は事務課のOLなんかしてない!


「まあ、縁の紐が細くて見えないだけかもしれないから、もう少し近づいてみるわ。」


火鳥がそう言って、目を細めた。

どうやら”頼みの綱”の火鳥は、まだ諦めていないらしい・・・良かった・・・!

細かろうがなんだろうが、とっとと切っていただきたい。


「・・・よ、よろしくお願いしま・・・!」

(・・・はっ!?)


気がつくと、こそこそと話している私と火鳥を、高瀬さん(物好き息子)がじっと見ていた。


「女同士、さては”秘密の相談”ってヤツですか?」


そう言ってニッコリと爽やかな笑みを浮かべた。

一体何が面白いのか、高瀬さん(物好き息子)は、終始笑っている。先程よりも楽しそうにすら見える。

確かに、今相談している事(この男、何が狙いなんだ?とにかく、もう縁を切ってくれ。)は秘密にしないといけないけれど・・・。


「ぅ・・・あ・・・いえ・・・。」と私がたどたどしく答え。

「なんでもありませんわ。ウフフ・・・」と火鳥は、友人らしく私の肩に手を置いて平然と言ってのけた。



そこから、長い廊下を歩き、日本庭園が見える広い和室に通された。


「まあ、素晴らしい庭園ですわね。」

火鳥がそう言って、完璧なお世辞と愛想笑いを浮かべた。

室内は豪華な生花が飾られており、畳の落ち着いた室内だが、私は落ち着かない。

今日がお見合いでもなければ、もっと大らかな気持ちで庭を眺めることが出来たのに・・・。


私は今、目の前の男性に対し、不信感しか無く、一刻も早く帰りたい気持ちでいっぱいだ。

お茶を静かに飲みながら、私は考え込んだ。

私は普通のOLだ。しかも、自慢じゃないが誰かに好かれる自信なんか、これっぽっちも無い。

男性受けだってする気も、実際好かれる事だって、これまで無かった。

好かれると言えば、最近はもっぱら女性だ。


それ以外は、普通にしていた筈。

私は、普通の事務課の目立たないOLだ。


だから、火鳥の言うとおり、お見合い相手の高瀬さんは私ではなく、何か別の目的があるとしか思えない。

だが・・・私は普通のOLだ・・・他に何がある?

自慢じゃないが、何もない!悲しいくらいに、私には何も無い自信がある!!



・・・くそ・・・本当に悲しくなってきた・・・。



庭の見える和室に4人で座る。

私の隣では友人という設定の火鳥が座り、平然と茶をすすっている。

その目の前には、高瀬さん親子が座っている。

お父さんの高瀬部長は、しきりに火鳥の方を見ている。

高瀬さんは、私と火鳥を交互に見ては、爽やかに笑っている。


「・・・緊張は、まだ解けませんか?水島さん。」

「は・・・あ、いえ・・・大丈夫です・・・。」


断っておくが・・・これは緊張、ではない。

戸惑いだ。

目の前の男性の狙いが、わからない。

たったそれだけの理由だが、ここはお見合いの場だ。

相手は結婚を前提に私に会いに来ている・・・筈?なのだ・・・。

しかし、私はどんな理由があろうとも断るがな・・・!!

再び黙り込みを決め込んだ私は、会話するのもそっちのけで考え込んだ。


そこで・・・。

「・・・あの、高瀬さんはどうして、水島さんの事がお気になるのかしら?」

火鳥が、口を開いた。


「え?えぇ?・・・いや、まいったな・・・ははは・・・」

爽やかに、しかし言葉を濁す高瀬さん。

そこに火鳥は、まだ食い下がる。


「是非、お聞きしたいわ。・・・彼女は私にとって、大事な友人ですもの。」

「・・・・・。」


よくも、ぬけぬけと言ったもんだ。

火鳥は、一体どこまで私の友人としての役作りをしているんだろうか・・・。

この女と一時期、対立していた自分が恐ろしいとすら思えてくるくらいだ。


「・・・そう、ですね・・・強いていえば、彼女は見ているだけで、自分の癒やしになります。」


高瀬さんは爽やかな笑みを浮かべながら、そう言った。


「・・・・・・・・。」


私は、なんというか・・・返す言葉もなかった。


「い・・・癒やし・・・?コレが・・・?」


火鳥がそう言って、唇の端をヒクヒクさせながら、”コレ”と私を指差した。

・・・さてはコイツ、笑いを堪えてやがるな・・・!?大体、コレってなんだよ!


いや・・・確かに、私は癒やしでもなんでもない女だけどさぁ〜!


「いや、はははは・・・照れるなぁ・・・はっはっはっはっ!」

爽やかに大きな声で笑う高瀬さん。


(全然照れているようには見えないんですけど・・・。)

その横で、まだ火鳥をみている高瀬部長が口を開いた。


「・・・ちなみに、火鳥さんはお仕事は何を?」

「え?ワタシ?SNTC株式会社の第二企画室長・・・あ・・・まあ、ワタシの話はイイじゃないですか。」


そう言って、笑いながら火鳥は自分の会社の話を手を振って止めた。

今SNTCって言った?・・・え?あの有名IT企業の?

そして・・・なんか知らんが、無茶苦茶いい役職ついてる・・・。


なんなんだろう、火鳥って・・・。

目の前には大企業の部長さんとその息子さん。

隣には、有名企業のなんか知らないすごい役職についてる火鳥。

そして・・・やっぱり私、ただの庶民だ・・・!


「ほう・・・あの有名企業の室長か・・・。その若さで余程、仕事が出来るんでしょうなぁ。今や、女性も活躍する時代だな。」


チクチクと部長の言葉が刺さる。


「・・・・・・。(どうせ、どうせ・・・私はただの事務課ですよー・・・。)」


「とはいえ・・・やはり結婚したら、女は家庭に入ってもらわないと。なあ?史郎。」

「父さん、今そんな話しなくても・・・俺は良いんだよ。そういうのは、自由で。ね?水島さん」


ね?って話を振られても・・・私は、結婚する気は無いし。


「は、はあ・・・。(別にどうでもいい・・・とか言ったら、怒られるな・・・。)」


「何言ってるんだ、女は結婚したら、家にいて子供を育てる・・・それが昔から一番家庭が安定する家族の在り方なんだよ。

・・・で、あんたはどう思ってるんだね?水島さん。」


そう言って、高瀬部長は自分の意見にうなづきながら、茶を飲んだ。

わー・・・本当にこういう考え方の男性っているんだなぁ・・・。と私はある意味、感心して聞いていた。


「・・・へ?わ、私ですか?あ・・・えーと・・・」


A. ぶっちゃけ、結婚する気も家庭を築く気もございません。少子化も核家族化もどうでもいいです。


・・・なんて、正直に言えるか!

私が黙っていると、火鳥が口を開いた。


「・・・彼女は、仕事を続けていくつもりです。」

「ちょ・・・!?」


確かに、私は結婚する気はない。だが、私からお見合いをぶち壊してしまっては、会社的にマズイ・・・!!


「ほう?いくら、城沢でも・・・たかが事務課のOLだろう?無理して働くことは、ないんじゃないのかね?」


(・・・たかが・・・?)


高瀬部長のその言葉に、さすがの私も少しムッとした。

すると、即座に火鳥がこう返した。


「どんな仕事だろうと、働く事は個人の自由。勿論、女にだって必要だと思います。

男だの女だの、今の時代、関係ありませんわ。ねえ?水島さん。」


スパーンとキッパリ返す火鳥に、呆気に取られている私を3人が一斉に見つめる。


「あ・・・えっと・・・私は・・・えーと・・・」

ここは部長に合わせて会社のメンツを保つか・・・それとも、火鳥に同意して空気と共に見合いをブチ壊して・・・


”ギュッ・・・”


尻に激痛再び。


「うっ!?・・・そうですね!私もそう思ってます!」

「ほう、君もそう考えるか・・・ふむ・・・。」


さっきよりもより険しい表情・・・というか、睨むような目で私をみる高瀬部長。


「父さん、もう良いじゃないか。俺は、そんな事気にしないって。個人の考えを尊重するよ。ねえ?水島さん!はっはっはっは」


そう言って、気楽に言ってくれる高瀬さんだが・・・





” シ――――ン。 ”





・・・室内の空気が先程より、重くなったような気が・・・。


「ちょっと、失礼・・・水島さん。」

「は?」

「ちょっと化粧直しに・・・ね、水島さんッ・・・!」


”ギュッ・・・”

「うっ!?・・・はい!」

いちいち尻に痛みを与えないと会話できないのか!?こいつは!!





私と火鳥は化粧を直す、という名目で席を立った。

部屋を出てから、高瀬部長の大きな声で「火鳥という女が良いと思ったが、ありゃ、どっちもダメだな!」というご意見が聞こえてしまった。

あの親子・・・自分の声量がどのくらいなのか知らないらしい。


「まったく・・・化石はとっとと隠居して、縁側で茶でもすすっていりゃいいのよ。」


火鳥にもそれが聞こえていたらしく、吐き捨てるように小声で言った。

ちなみに”化石”とは高瀬部長の事だろう。


「・・・で、どうでした?縁の紐の方は・・・。」


お手洗いに向かいながら、私は火鳥に尋ねた。

火鳥は、明らかに不機嫌そうな顔をして言った。


「・・・ダメ。ヤツは机の上にずっと手を置いていたけど、まったく見えない。見えない以上、切るなんて不可能よ。」


やはり、縁の紐は無い。

私と関わりたいと思うなら、縁の紐が形成されても良いのに、それがまるで無いのだ、と火鳥は言った。


「じゃあ、何の為にあの人・・・私をお見合い相手にしたんでしょう?」


当然の疑問を口にすると、火鳥は少し考え込んでから言った。


「・・・別にアンタじゃなくてもいいのかも。」

「ん?どういう事です?」

「あの化石親がお見合いしろって、息子に強要した。そこで、息子は一番見合いが失敗しそうな女を・・・」

「・・・失礼な推理やめていただけます?」


しかも、自分でもちょっと当たっていそうで、怖い。


「とにかく、縁の紐は無いという事は、縁が結ばれる事も無い。例の頭痛もなかったでしょう?」

「ええ、そうですね・・・」

「女のトラブルだけでも大変なのに、男のトラブルも加わっちゃ、たまんないわよ。」

「ええ、そうですね・・・。」


しかし、高瀬さんの狙いが、見合いの失敗がならば、私は何も恐ることは無い。

会社には「失敗しちゃいましたっ☆てへっ☆」という一言で、しょうがねえな、やっぱりかと思われるに違いない。

とにかく、縁の紐が見つからない以上、火鳥がこの場に居続ける必要はなくなった。


「火鳥さん、わざわざ来てもらったのに、すいません。」


鏡で化粧を直しながら、私は火鳥に謝った。


「本当よ。アンタの友人を演じるのは、一回で十分だわ。」


火鳥も化粧を直しながら、そう言った。


「・・・私も尻を抓られるのは1回で十分です。」

私は、まだジリジリと痛む尻を気にしながら、そう言った。


すると。



「もう嫌――ッ!!」



何かを叫びながら、ドタバタと駆け込んで来た着物姿の女性が火鳥にぶつかった。

「ちょっ・・・!?」

ぶつかった、と思ったらすぐに個室に入り込んで、勢いよく扉をバタンと閉め、鍵をかけた。

「危ないなぁ・・・。」

ぶつからなかった私は他人事のように、そう呟いた。



「好恵!好恵!!出てきなさい!ちょっと!お母さん怒るわよ!!」


・・・お母さん、それはもう怒ってます。

私と火鳥は、気まずいなと思いながらも化粧を直し続けた。


「もういいわよ!これで25回目よ!どうせ、私なんかお嫁にいけやしないのよ!!」


・・・それは、ご愁傷さまです・・・。


「好恵!だからって、こんな所に閉じこもっちゃ迷惑でしょ!出てきなさい!次があるって!」

ドンドンと扉を叩きながら、お母さんが好恵さんを説得している。

「次も失敗よ!もう嫌っ!売れ残りの女には、売れ残りの男しかあてがわれないのよっ!!」

涙声で好恵さんは籠城を決め込んだ。

・・・真後ろでそんなやり取りをされると・・・なんか、さすがに気になってきた。


「コラッ!お母さん本気で怒るわよ!!好恵ッ!!」


そう言って、既に本気で怒っているお母さんは着物姿にもかかわらず、とうとう個室の扉を蹴り出した。

激しい・・・激しくて、なんだか哀しい現場だ・・・。

私はお見合いなんか失敗すれば良い、と思っているのに対して・・・。



「好恵えええええええ!出ろおおおおおお!!」

「嫌だあああああああ!絶対嫌だああああ!出てきて欲しくば、男連れてきてよおおおお!」

「だから、連れてきてやるから、出てこいっつってんでしょがああああ!!」

「でも、結局売れ残りしかねえんだろおおおおお!!」

「お前が売れ残ってるのに、売れ筋の男を要求してんじゃねえよおおおッ!!」




・・・この親子は、本気でお見合いをし、成功させたいと思っている(?)のだ。

結婚ってするのも、そこに至るまでも、本当に大変なんだな・・・。


「・・・出るわよ。」

「え、ええ・・・。」


私と火鳥はなんだか憂鬱な気分になって、お手洗いを出た。

お手洗いの方向からは、あの親子の叫び声が聞こえ、ホテルの従業員が慌てて、駆けつけている。


それを少し離れた場所で見ながら、私と火鳥はふうっと溜息をついた。



「ま、アタシ達には関係の無い事ね。」

「そうですね。」


結局、私も火鳥も人嫌い。

他人には関わらないし、他人に関わって欲しくもない。

それは、今も昔も変わっていない。

他人と一緒の時間は、苦痛なのだ。

他人と一緒にいる、というだけで、私は自分の何かを押し込めなければいけない。

結婚生活で大事なのは、我慢・忍耐・許容とはよく言ったものだがそこまでしてまで他人と一緒にいたいなんて、私は思わないのだ。

廊下ですれ違う人々は、真剣に自分の人生を一緒に歩む人間を探している。

それは、彼らが必要としているからだ。

だが、私は違う。

求めてなど、いない。


(自分が自分でいられなくなるくらいなら・・・。)


私は自分に問いかけた。


何をぐずぐずしている。

何を成人式以来の着物に惑わされているのだ。


お前の道は最初から一つじゃないか。


「私、この際、二人きりになった時、ハッキリお断りしようと思ってます。」


私は火鳥にそう言った。

「あら、会社のメンツとやらはイイワケ?」

そう言いながらも火鳥はクスリと笑った。


「いや・・・もう良いです。”たかが”事務課のOLですけど、見合い断る権利も働き続ける権利だってありますよ。

結婚も見合いも興味なんか、さらさら無いんですから。」


もはや、会社も何も関係ない。

所詮、会社の業務の一部でしかないのだ。


私の人生は一度きりだ。

女難にも、一般男性にも譲り渡す気は無い。


私は、私の意思を突き通す覚悟が出来た。


始めから、係長にもこうやって、ビシッとお見合いを断れば良かったのだが・・・。

それは私の弱さが招いた”自業自得”だ。


高瀬さんが私をどう利用しようとしているのかは薄々分かってはいるが、要は、このお見合いは私も高瀬さんも望んでしている事ではないのだ。

私は高瀬さんをよくは知らないけれど、興味は無いし、これからも無い。

利用するなら、別の女を引っ掛けていただこう。


「そういう結論出てるなら、アタシの出番は無いわね。・・・さて、アタシはイイ男が無様にフラレる現場を遠くから見学させてもらおうかしら。」

そう言って、火鳥はニヤリと笑ってこちらを見た。


「か、帰らないんですか?」


てっきり、『フンッ!アンタには付き合いきれないわっ!』とか吐き捨てて、とっとと帰りそうなのに。

有名企業のなんか・・・すごそうな役職についておいて・・・暇、なのか?火鳥!


「元はアンタが呼んだんでしょ?どっちかがフラレるのが、今日の唯一の楽しみだったのよ。」

「・・・・・・・・・・・・。」



・・・この人・・・本当に・・・性格が悪い・・・。



火鳥を横目で見て、私はつくづくそう思った。




私はハッキリとした決意を持って、部屋に戻ると、部屋には高瀬さんしか居なかった。

庭には、火鳥が散歩のフリをしてこちらをニヤニヤ見ている。


・・・そんなに人がフラレる現場を見たいのか・・・!


「お待たせしました・・・あれ?部長さんは・・・?」

「ああ、”後は若いもの同士で”ってやつですよ。はっはっはっは!」


相変わらずのテンションで、高瀬さんは大きな声で笑う。


「あの・・・お話したい事が・・・。」


私は話を切り出そうとしたが、高瀬さんが口を開いた。


「俺もあります。水島さん・・・次はいつ、会ってくれますか?」

「・・・・・・・・は?」


私の思考回路が、プツンと停止しかけた。


ちょ、ちょっと・・・!

ちょっと、待て・・・!


「貴女は・・・やはり俺の癒やしです。正式に、付き合って欲しいんです。」

「・・・・・・・・はあっ?」


思わず間抜けな声を出してしまった。

目の前の男性が何を言っているのか、私には理解出来ないのだ。

会って実感したはずだ。私と付き合うなんて、無理だと。

それに、高瀬さんは、私と縁を結ぶ気は無いんじゃなかったのか・・・!?

この見合いは・・・渋々、嫌々、企画されたんじゃ・・・ないのか!?


「あああ、あの!高瀬さん!?貴方は、私の事・・・好きじゃありませんよね!?」


ハッキリと突きつける。

縁の紐で、高瀬さんが私に対し恋愛感情が無いのは分かりきっている事なのだ。


「・・・貴女も、でしょう?」


そう言って、高瀬さんはフッと始めて静かに笑った。


目の前の男の爽やかな笑顔が、段々不気味にさえ思えてきた。


一体、何を考えているのだろうか・・・。

私は、自分に落ち着けと言い聞かせ、ゆっくり口を開いた。


「ええ、だから・・・このお見合いは無かったことに・・・」

「いえいえ。俺達の間に恋愛感情は必要ありません。むしろ、無くていいんです。俺は、それで良いんです。」


「・・・はい?」


どういう事ですか?

訳がわからない。最近のお見合いは、そんなモンなのだろうか?


 お互い、恋愛感情は無い。


結婚に愛は必要かと問われれば、いるかもしれないし、いらないかもしれない。

だが、私にはそもそも結婚を前提としたお付き合いの意志が無いのだ。

だけど、高瀬は交際をしたい、と言い出す。


?だらけの私に対し、高瀬さんは言った。



「水島さんは今までどおり、女性とお付き合いしてください。俺は・・・それを見ているだけでいいんです。」



男は、爽やかな笑顔でそう言った。



・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。



庭の遠くで、鹿威しがコンっと音を立てた。



「・・・・・・・・・・・・・・・・・は?」


ぽかんと口を開ける私に対し、水を得た魚のように高瀬さんは猛烈な勢いで喋り始めた。


「俺は、女性同士の恋愛を見ているだけで満足なんです。百合が大好きなんです!

だけど、男である俺が関わってしまっては、美しい女性同士の世界が崩壊してしまいます。

しかし、見たい・・・女性同士の恋愛を俺は見守りたい!そっと影から観察したい!関わらなくていい見るだけで満足なんです!

・・・その欲求は隠しきれませんでしたッ!!」



「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。」


こ、この人って・・・。



「そこに、貴女が現れた!・・・数多くの女性と関係を持つ、水島さん!貴女が!

会社の女性だけじゃない・・・調べたら、街中に貴女の彼女候補がいらっしゃる!貴女の周囲は、まるで百合の園だ!!」


「いや・・・別に、彼女候補じゃ・・・。」


「守るべきなんだ!その庭園は!・・・欲を言えば、年齢をもう少し下げてもいいとは思うんだけれど・・・社会人百合は貴重だと気付いたのですッ!」

「いや、だから・・・」


私の言葉等もう届かない遠い百合畑のような場所で、高瀬さんは喋り続けた。


「俺は、貴女と表面上のお付き合いをして、隠れ蓑にでも、パトロンにでも、なんにでもなりましょう!

ただし、俺に貴女の百合を見せて欲しい!ホントに見るだけでいいんです!俺はそれ以上は望みません!

あ、さっきのご友人も、貴女のお相手の一人なんでしょう?分かってますよ!

実に良い組み合わせだった!もう、肩に手を置いて”水島さんは私のモノよ”アピール!たまりませんでしたよ!!

火鳥さん・・・彼女は、貴女がお見合いすると聞いて、乗り込んできた彼女候補の一人・・・そうでしょうッ!?

設定が良い!実に萌える!!いやぁ、本当に貴女は女性にモテる!

実にイイですよ!これからも、俺に見せてください!貴女の百合を!はっはっはっは!






「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。」






”・・・・・・・・・・・・・コンっ”


※注  静寂の中の鹿威し。










何?コイツ・・・。


正直。

ぶっちゃけ。



・・・気色悪い・・・。



 ※注 只今、主人公が暴言を吐きました事を、百合好きの皆様に深くお詫び致します。


この人は、私に恋愛感情を持っているわけじゃない。

ただ、私の人間関係に興味・・・っつーか、なんつーか・・・単に自分の妄想を重ねて楽しんでらっしゃるのだ。



他人事だと思って・・・!!

人がどんだけ、日々苦労して、逃げ回ってるのか知らないのか・・・!!


いや・・・が、我慢・・・よ・・・。

私が女難の女だって、この人は知らない・・・ただの百合オタク・・・!


でも・・・!


「あの・・・誤解してらっしゃるようですけど、私は女性とお付き合いはしてません。」


私はハッキリと事実を口にした。

・・・が。


「はい!その”設定”で、構いませんよ!水島さん!はっはっは!

で・・・来週、彼女とご一緒に俺とディナーでもしませんか?俺に、その百合百合っぷりをたっぷりと見せつけて下さい!」


ぐぐっと奥歯が軋む。


何言ってんの?とブチ切れる前に・・・誤解は解かなくちゃ。

が、我慢よ・・・私・・・!

解ってもらわねば・・・困る・・・!


「いや、あのですね・・・それは、大きな誤解でして・・・私にとって、皆さんは、ただの顔見知り程度の方達なんです。

高瀬さんが思っているような、恋愛感情とか、百合とか、そういうのは一切無いんです。」


「はっはっはっは!大丈夫!俺には、そういう百合場面を見つけたり出来る百合フィルターがあるんです!

もしくは・・・貴女達の何気ないやり取りから、妄想させていただきますから、気にしないで良いんですよ。」


「いや、そういう問題ではなく・・・」

「ん?ならば、俺から”百合お題”を出しましょうか?それなら、俺好みのシチュエーションが楽しめる・・・!うん!そうしましょう!

じゃあ、次回第一弾は・・・お茶会でケーキを食べていたら、口元に生クリームがついてしまって、それを相手が・・・」





ぷっちん。









「だあああああ!!!ウゼエェッ―――!!

違うっつってんだろ!・・・気色悪いんだよッ!!」







私は気が付くと、立ち上がり、そんな大声を出していた。



「・・・なっ!?」


私が言いたい事は、一つだ。




「百合好きだか、なんだか知らないが、私をお前の妄想劇に巻き込むなああああああああああああ!!!

私は、好きで女に好かれてる訳じゃないわよッ!他人の苦労も知らんくせに!!ふざけんなああああああッ!!!」





私は、百合オタクの妄想のネタじゃない。

私は、人嫌いのただの水島だ。

これからもそうだ。

だから、私に関わるな。


「何、女同士のやり取りに夢見てんの?夢も希望も何もあったもんじゃないよ!?ただの喧嘩ですよ!?

そこにツンもデレも一切無いのッ!ただ、ただ、巻き込まれた人間が病んでいくだけの悲しい話だよッ!!

ただ、こじれた人間関係に振りまわされる女と女と女を見てニヤつきたいの!?そんなもんで表情筋を緊張させたいの!?

何が楽しい!?他人の迷惑を顧みず、口角を上げて妄想したいの!?そんなのが”百合好き”ですか!?



 
阿呆かッ!!!



百合に何を求めてるか知らないけどね!やってる事は他の人間と一緒ッ!!

異性・女同士・男同士ッ!禁断だの、綺麗だの、アブノーマルだの、そんなもの知るかッ!!

見るだけで癒しになる?癒してるつもりなんかサラサラ無いわッ!大体、自分混ざれないんだよ?いや、むしろ、混ざれると思うな!

そもそも、私の人生の時間に他人が混ざってくるなッ!そこに貴方の癒しがあっても、私の安らぎが無ければ、無意味ッ!



もう一度言う!女同士のやり取りに!お前の勝手な夢を押し付けるなッ!!






着物で叫んだ後、視線を天井から高瀬さんに戻すと、高瀬さんはあの爽やかな笑顔を引きつらせていた。




「・・・・・・・・・・・す、すいません・・・。」


小さい声で、高瀬さんは一言謝った。



”・・・・・・・・・・・・・コンっ”


※注  静寂の中の鹿威し。


「では、このお見合いは・・・無かった事で、宜しいですね?」

私が確認すると、高瀬さんは必死に何度も首を縦に振った。


「お疲れ様でした。」


私がそう言ってから、ふと庭を見ると、火鳥が庭でこちらを見ながらニヤリと笑っていた。

実に愉しそうに。



(・・・ふう、やれやれ・・・他人事だと思って・・・。)



そこに複数の足音が聞こえた。廊下の方だ。



「お、お客様!お待ち下さい!他のお客様のご迷惑に・・・!」

「好恵ッ!待ちなさい!そういうの”現実逃避”っていうのよ!お母さん、未だかつてないくらい怒るわよ!?」


「もういいのよおおおおお!ほっといてえええええ!!」


さっきトイレで暴れていた好恵さん親子だ。



(・・・好恵さんは、まだいたのか・・・。)


これ以上恥を晒す前に、いい加減、態勢を立て直す意味でも早く帰った方が良いのに、とも思うが・・・。


(ん・・・?)


絶望に染まりきった瞳の高瀬さんの小指から細い紐が伸びているのが、視界に入った。

所々ぼやけて見える、不思議な紐だった。


(もしかして・・・。)


火鳥がさっき見えないとか言っていた”縁の紐”だろうか。

私は、そっとそれをつまみ上げてみた。


(あ、触れた・・・。)


初めて持ったそれは、案外簡単に触ることが出来た。

少し弾力のあるそれは、とても軽かった。しかし、とても細かった。


(こんなに細かったら、火鳥が見つけられないのも無理は無いかも・・・)


素麺よりも細いそれを見つけた私は運が良かった・・・のだろうか・・・。

今となっては、この縁を切る・切らない、どちらも関係無い。

私は私の意思で、今、この人とのお見合いを蹴ったばかりだし、元から私と高瀬さんは繋がってなどいなかった。



「好恵ーっ!!」


障子を開けて廊下を見ると、好恵さんが今、私の通過した所だった。


(・・・あ。)


目の前をひらひらと靡く赤い紐。

まるで、欠けている何かを求める求めるように、紐の先が舞う。

舞うっていうか・・・荒ぶっている。

水道の蛇口に繋げたホースが水の勢いで、庭をビタンビタンと跳ね回っているような動きだ。


私は、好恵さんの紐を掴もうとしてみた。

高瀬さんの小指についていた紐より、太めのそれを私は、なんとか掴むことが出来た。


・・・持ってみると、やはり軽い。


私は二つの縁の紐を持ったまま、持ったはいいが、これをどうしようかと考えた。


切ってみようか、とも考えたが既に両者の紐はブラブラと私の指に垂れ下がっている状態だ。

チラリと後ろを見ると、高瀬さんがビクリとしてこちらに会釈した。


・・・そんなに怯える事無いのに。


ふと、私は試したい事が頭に浮かんだ。


(・・・コレ、結んでみたりして。)


私は両手で紐を持つと、蝶々結びで結んでみた。

なんちゃって気分で、冗談半分で結んだソレは、やがてパチパチッっと音を小さな音をさせ・・・繋ぎ目がどんどん溶けるように消えていく。



そして・・・二本の紐は、ゆっくりと一本の紐になった。




「・・・あ。」







”・・・・・・・・・・・・・コンっ”


※注  静寂の中の鹿威し。






マズイマズイマズイマズイ・・・やっちゃった・・・やっちゃったよ、コレ・・・!

勝手に遊び心に任せて、人の縁を結んでしまった・・・!


これは、切らないと・・・!

しかし、切るってどうするんだ!?


(か、火鳥・・・!こういう時の火鳥!)


私は、火鳥に助けを求めるべく、庭の方を向いた。



すると、そこには・・・



「いた!いたわよ!みんな!水島よ―ッ!!」

「水島さん!!」

「お見合いなんて、やめて!」

「私達、みんなで助けに来たわよ!」



庭には、二羽、鶏が・・・いたら良かったんだけど。


「・・・・・・・・・・・・・・。」


鶏も火鳥もそこには居なかった。


ただ、女難チームの皆様が、ゼエゼエと息を切らせ、恐ろしく必死な形相で私の前に立っていた・・・。


 ・・・高瀬さん、見てますか?


 いや、むしろ見るが良い。


 そして、己の妄想と現実との決定的な差を感じるが良い。


 ここには、お菓子のように甘い女の子同士の会話や触れ合いは存在しない。

 みんな、目を血走らせた肉食獣のような眼で高瀬さんを威嚇し、私を取り囲む。



 ここには、ふわふわした空気など無い。荒々しい呼吸に彼女達から発せられる熱気、様々な女のニオイが混じり合い、メス同士の戦いの雰囲気がより強くなる。




 わかったでしょう?ココにはね・・・百合なんて世界は存在しないんだ。



 これはね、ただの修羅場、というんだよ。





 ねえ・・・高瀬さん・・・貴方の望む百合は・・・こんなの、ですか?

 こんなのを、貴方は自分の好きに操作して、萌えられるとお考えでしたか?



 それこそ、百合の蜜より甘い。




「水島さんっ!大丈夫!?」

「花崎課長・・・休日までご苦労様です・・・。」


「・・・たっぷり、邪魔させてもらうわよ!」

「阪野さん、もう大丈夫ですから・・・。」


「水島!あたしの許可なくどうして見合いなんか・・・!」

「海ちゃん・・・だから、もう見合い終わりました・・・。」


「みーちゃん・・・じゃあ、お見合いは・・・」

「伊達さんまで・・・あーもう!見ての通り、失敗ですよ!!」


女性の皆様に、私は声高々に『お見合い失敗宣言』をした。

それを聞いた女性達は、肩の力をフッと緩めた。


「「「「なーんだ♪良かった♪」」」」と一斉に言った。


呆気に取られる高瀬さんに、女達は言った。


「人を見る目はあるようだけど、相手が悪かったわね?」

「悪いけれど、この人にもうこういう事をしないでくださる?」

「ていうか、無駄だから。」

「私達・・・何度でも、ぶち壊すし。」


女達の低い声の脅し文句に、高瀬さんは声もなく、笑うしかなかった。


「・・・・・・・・・。」



「ははは・・・だ、そうですよ・・・高瀬さん?」



女性たちに羽交い締めされるように強引に腕を取られ、私は力なく笑った。


高瀬さん、どうですか?わかりましたよね?


貴方の望む百合はココにはありません。

それは、雑誌の世界のお話なんです。

もしくは、私を中心とした登場人物が、そもそも甘い百合というモノに適していないんです。



そして、目の前で繰り広げられいるコレは・・・貴方が思っているよりも、綺麗なんかじゃありません。




デロデロとしたヘドロに似た沼に常に電流が流れて、どんどん沼の温度が上がって、熱湯に変わっていくような・・・苦痛の世界。







・・・ホント、私にとっては、地獄です。








「・・・もしもし?アタシ・・・火鳥よ。・・・言われたとおり、ちゃんと最後まで面倒みたわよ。

さっき、大声でハッキリ男をフッたわよ。アイツにしちゃ、上出来なんじゃない?フフッ・・・。

・・・え?”家まで送ってやれ”?なんでアタシがそんな事・・・水島一人で帰れるでしょ。ガキじゃないんだから。


大体ね・・・そんなに心配なら、自分で止めにくれば良いじゃない。・・・そうでしょ?・・・忍ねーさん。」









次の日。

会社に行くと、”高瀬さんが好恵さんという女性と運命的な出会いをしたらしいから、君はもういいらしいよ〜。”と係長に言われた。


女難チームの出現で、すっかり忘れていたが、私はあれから高瀬さんと好恵さんの縁を元に戻し忘れていた。

つまり、切らずにそのままにして帰ってきてしまったのだ。




(ヤバイ!そういえば、火鳥に縁切ってもらうのすっかり忘れてた!!)





・・・うーん・・・ま、いいか。


結婚って幸せな事らしいし。

嫌になったら、離婚するだろうし。


他人がどうなろうと、私に関わらなければ、それで良い。

私から歩み寄る事は無いのだ。


それが、お互いの為。


高瀬さん、好恵さん・・・どうか、お幸せに。





・・・と、良い感じを装って私は、この話を締めようと思う。





― 水島さんはお見合い中。・・・END ―





あとがき。

まず・・・百合好きの皆様に、喧嘩売ってるつもりは本当にありません!

私も百合が好きですが、基本このシリーズ・・・そういう流れに逆らっていくので・・・。

今回の話は、神楽が実際、この話の夢を見てうなされたという裏話があります。

悪夢をSSにする、という実験SSでした。

まあ、今回水島さんもそれなりに力?に目覚めてくれたので、良しという方向で・・・。