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私の名前は水島。
悪いが、下の名前は聞かないで欲しい。
私は普通のOLだ。
いや、残念ながら・・・もう普通では、ない。
人嫌いな為、散々拒んできた人間関係・・・いわゆる”縁”に邪気が溜まり、呪われてしまったのだ。
この呪いにかかると、とりわけややこしい・・・しかも、同性の人間に好かれてしまう、という非常に!クソ面倒で!吐き気のする!
・・・とてもとてもとても、とっっっ・・・ても!嫌な呪いなのだ。
そして・・・その呪いの効力なのか、あるいは、対抗手段になるのか・・・。
最近、妙な”力”が私についた。
”縁の力”。
元々、私はその力が強い人間らしいのだが、具体的に縁の力とは一体なんなのかというと。
簡単にいうと、人間関係を切ったり、結んだりする事が出来る力だ。
特に恋愛関係の縁を切ったり、結んだりして、自分、あるいは他人の人間関係を変える事が出来る。
そして・・・人間関係の変化は、その人の運命をも変える。
付き合う人間一人で、簡単に人柄、見た目などが変わってしまう人もいるのだ。
・・・ここで、一応、断っておくが、私は人と付き合う気は全くないので、私は変わらない、という事をどうか覚えておいてほしい。
まあ、それはいい。
とにかく。
その縁の力が、今、この私に備わっているのだ。
・・・一体、何の為に人に干渉したがらない人嫌いの女に、こんな力が身についたのだろうか。
この世界は、私にもっと人と関われ、という暗示を出しているというのか?だったら、尚更お断りだっ!!
どんどん・・・自分が、自分の望む”普通”から遠ざかる。
私は今まで普通に、自分の人生を謳歌してきたのに。
一人で十分。
一人がいいのだ。
これからだって、そうだ。
出世も結婚も、何も望まない。ドラマティックな人生なんて、期待もしていない。
あの日々で満足なのだ。
たった、それだけの普通の望みの筈なのに!
どうして、私は、こんな風に呪われなくちゃならないのだ!?
どうして、誰も放っておいてくれないのだ!?
どうして、運動神経がどんどん良くなっていくんだ!?なんだ、この腹筋は!?
どうして、縁の力なんて意味のわからない力が身につくんだ!?
どうして、どんどん普通の人間から遠ざかっていくんだ!?
(どうして・・・。)
そんなことを考えながら、道を歩いていると、妙にハイテンションな地元のアナウンサーがインタビューをしていた。
(あ・・・中継やってる・・・。)
それは、割と有名な地元のTV局で、今はお昼のTV中継コーナーのようだ。
「貴女には、何人!何人友達と呼べる人がいますかぁッ!?」
マイクを向けられた女性は、連れの人数を目ですすっと数え、視線を上に移し。
「・・・えーと、5,6人ってトコですかね?」と答えた。
「では!その中に親友と呼べる人は何人いますかぁッ!?」
マイクを向けられた女性は、連れの人数を目ですすっと数え、視線を上に移し、今度は困った表情を浮かべ笑って時間を稼いでいた。
そして、自分が連れている人数分の「3人ですぅ」と答えた。まあ・・・そんなもんだろう。
「うわぁ~!じゃあ親友同士でお食事ですかぁッ?いいですね!羨ましんこ!・・・と、いう訳で!
友人の中で親友と呼べる人は何人いるか?は、平均・・・2~3人って事なんですね~!親友っていい響きですね!羨ましんこ!
はい!という訳で、街角から谷本真子がお送りしましたーっ!!」
それにしても、うるさい中継だなぁ・・・。お昼の番組とはいえ、テンション高すぎるだろ、アレ・・・。
しかし、あれがお昼の番組での名物アナウンサー(通称・真子アナの羨ましんこ中継。)なんだから、不思議なものだ。
いや、あのくらいの元気さが無ければ、今の時代やってられない、というのもあるか。
・・・でも、うるさいよな、正直・・・。
”羨ましんこ”という謎のダジャレキーワードを押してくる意味もよくわかんないし。
でも、つい、あの声につられて見ちゃうんだけど。
中継に群がる野次馬に気を取られている私に向かって、火鳥が「何してんのよ。」と声を掛けた。
火鳥は全く興味が無いらしく、早くどこか適当な喫茶店に入りたいようだった。
Q 貴女には、何人友達と呼べる人がいますか?
と、もしも問われたら。
A いません。(即答)
と私は、言うだろう。
「友達ねぇ・・・そんなの必要?」
全く興味は無いくせに、中継の内容は聞いていたようで、火鳥は呆れたように火鳥らしい意見を言った。
が、まったく同感だ。と私は火鳥の言葉に頷いた。
「あら?お優しい貴女には、いらっしゃるでしょ?”オトモダチ”。」
手をヒラヒラさせて、火鳥が私を意味有り気に見る。
友達が私にいるだと?
「・・・はい?」
嫌味を含んだ言い方だが、火鳥の言う事なので、もう私は慣れた。
”それにしても、私に友達なんていたか?”という表情をして考えていると、溜息をついて火鳥は喫茶店のドアの前で立ち止まり、言った。
「忍。」
・・・忍さん?烏丸女医の事か?
「・・・ああ・・・。でも、それは、自分の友達にするならって”仮の話”であって。実際、友達かどうかは、違うでしょう?」
忍さんは”協力者”である事は間違いないが、”友達”となると途端に壁のようなものが現れ、私は身構えてしまう。
とても彼女が、友達だなんて呼べない。
「・・・お互い、お友達ごっこしたいと思ってんなら、表面上、仲良くお手手繋いでルンルンやってりゃ良いんじゃないの?」
「・・・・・・・・。」
あの忍さんとお手手繋いでルンルン笑顔を浮かべる自分を想像して、吐き気がした。
・・・だから、言い方・・・。物の言い方ってものがあるでしょうが!もう、慣れたけど!
と心の中で私はツッコミを入れながら、火鳥の後ろに続いて、喫茶店に入った。
”・・・チクンッ!”
「「・・・!!」」
その嫌な予感に、私と火鳥は、素早く構える。・・・悲しい事に慣れてしまった。
”それ”が来ると解れば、取るべき行動は一つだ。
「おかえりなさいませ・・・お嬢さ・・・!」
メイド服姿の女の子達が一斉にこちらを見て、挨拶をしかけ・・・店内に入るなり、鬼の形相を浮かべる私達を見て、出迎えの言葉を止める。
それにしても・・・。
何故、適当に入った先が”メイド喫茶”なのか。
私はまず、そこに関して、火鳥を激しく責め立てたかったが、そこはグッと堪え、集中する。
目に力を少し入れるだけで、赤い紐がまるで生き物のように、こちらに向かって飛んでくるのが見える。
あの縁の紐は、私の、火鳥の小指に絡み付こうとしているのだ。
勿論・・・絡みついたら、最後。女難の発生である。
「ふっ!」
「はっ!」
「「「「「 !?!?!? 」」」」」
突然、店内に入るなり、海老反り、後方宙返りをかます女2人なんて、どこからどう見ても怪しい女達だが、そんな事を気にしている場合では無い。
私達が避けてもなお、向かってくる縁の紐を私が一気に手で床に叩き伏せる。
「はあっ!」
・・・縁の紐が見えない人には、一人でエア・メンコやってる女に見えたりは・・・しないか。ただの不審者だろう。
「お・・・お嬢様・・・!?」
私に叩かれた縁の紐は、陸に打ち上げられた魚のように、床でピチピチッと跳ねる・・・紐が、だ。
・・・その動きは、一言で言うと気持ちが悪い。
「まだ、動く!?あの赤い紐は化け物か!?」
「・・・あの・・・お嬢様・・・!?」
視線は一層、入店早々、奇妙な動きをし続ける私達に注がれる。
「・・・やはり叩くだけじゃ、ダメね・・・切らないと。」と火鳥がボソリと言い、私を前へドンっと突き飛ばした。
「へ!?・・・わっ!?とっとっとっと・・・ふぐっ!?」
味方と思っていた火鳥に突き飛ばされ、私はバランスを崩し・・・そのまま・・・メイド服の女の子の胸に顔を埋め、停止した。
更に咄嗟に体を庇おうとした両手が・・・見事にメイドさんの胸の上に乗っている。
・・・二つの胸のふくらみの感触が、私の希望をしぼませる。
そして、大変残念な事に私の中指に丁度、メイドさんの乳首らしきものが当たっているようで、それは更に残念な事に感触がどんどん硬くなって・・・
・・・あー・・・。
・・・・・・気まずい時間が流れる・・・・・・・。
・・・お願いだから、こんな場所の、こんな女の中指があたったくらいで、感じないでいただきたい・・・という願い、空しく・・・。
「あ・・・あ・・・あ・・・!」
断っておくが・・・彼女は決して、喘いでいる訳ではない。
女の子は、突然の出来事に完全に言葉を失っているのだ。そして、ただ、身体が悲しき反応をしているだけの話である。
「・・・・・・・・・・。」
そして、私は、別の意味で言葉を失っている。
「・・・勝機・・・!動くんじゃないわよ!水島ァ!」
火鳥が私の横に駆け寄り、私の小指に絡みついた紐を一気に、小指で下から上へとスッパリと斬った。
いつの間にそんなに力を強くしたのか、いや、そもそも無駄にスタイリッシュな・・・その紐の切り方は、どうなのか。
カッコつけているつもりなんだろうか。もしそうなのだとしたら、カッコは良くない。
しかし、火鳥の小指はすごかった。”小指ブレード”とでも名付けたい程の切れ味。
紐はスッパリと切れた。
女難の気配は・・・消えた。
だが、私は火鳥と入店早々、怪しい動きの数々を舞った挙句、メイドの胸に顔を埋め、胸を掴み、乳首にも触れる、という変態女になってしまっている。
恥ずかしさと情けなさと切なさで一杯になり、動けないままの私の首根っこをぐいっと火鳥が掴んで言った。
「・・・連れの者が失礼したわね。ま、女同士なんだから、気にしない事ね。」
そう言って、火鳥は鼻で笑いながら、何事も無かったかのように私を席に放り投げ、自分は優雅に席についた。
私は、先程の両手の感触を振り払いながら言った。
「火鳥さん・・・私を、囮にしましたね・・・?」
「仕方ないじゃない。そうでもしなけりゃ、縁の紐が切れなかったんだから。」
・・・協力者の一人であるはずの火鳥は、頼りにはなるが、信用に欠ける・・・。
心から、そう思った。
「あの、お嬢様・・・ご注文は?」
私に警戒心丸出しのメイドさんが、私に背を向け、火鳥の方を向いてそう聞いた。
そりゃ、そうだ・・・私は入店早々、メイドの胸を掴んだ女ですものね!!でも、事故よ!!悲しい事故よ!誰も得してないわよッ!(泣)
と心の中で叫んでも、誰にも伝わらないのは、わかっている・・・。
だが、このやるせなさは、一体どこにぶつけたら、いいのだろうか・・・。
「コーヒー二つ。」
優雅に注文している目の前の女に、ぶつけたらいいのだろうが。
「かしこまりました。・・・・・・・・。」
・・・今はメイドさんからの冷たい視線が痛い・・・。
・・・もういいや・・・。
気持ちを切り替えよう!
この店で起きそうな女難は、防ぎきったのだし。
(・・・それにしても・・・。)
それにしても、火鳥の縁の紐の切り方・・・以前より、ずっとスムーズというか、なんというか・・・。
「・・・大分、力を使うのにも慣れてきましたね?」と私は言った。
慣れてきた、というべきか、少しずつ普通の人間から遠ざかってきている気がするが、既に私達は女難の女であって、この時点で、もう普通ではない。
ただ、この縁の力を使う事に躊躇いがなくなってきているのが、少しだけ怖いとすら感じる。
人嫌いの人間が、人様の人間関係に干渉出来るなんて。・・・一体、誰が得をするのか、わからないこの力。
何故こんな力がついて、何の為にあるのか・・・色々わからないのも怖い。
しかし、この不可解な力は、女難を避ける有効手段である。使わない手はない。というか、使わざるを得ない。
「・・・そうね。」
しかし、火鳥はどこか不満そうだった。てっきり、『フン、アタシは完璧なのよ。』くらい言うかと思ったのだが。
・・・それもそうか。こんな力、人嫌いが持っていてもしょうもないものだ。
作者の雑記くらい、しょうもない。
ストラップの飾りが取れて紐だけになってしまった状態くらい、しょうもない。
Twitterで『昼飯なう。』という、どうでもいい書き込みくらい、しょうもない。
『高野豆腐をから揚げにすれば、お肉みたいで満足感も得られるし、良いダイエット食になるわよ』と言っておいて数ヶ月。未だに、そのドスコイ体型を維持している同僚くらい、しょうもない。
※注 でも、美味しいですよ。ダイエットになるかどうかは私は知ったこっちゃないですけど。
・・・話がやや脱線した。元に戻そう。
「さて・・・あれから、あのババアには会った?」
会話を切り出したのは火鳥の方だった。
「・・・いいえ。」
そういえば、私は、あの自称:縁の神様こと、占い師のオバサンに会っていない。
会っていない、というか・・・なんとなく会いたくない、という思いがあるのだ。
・・・これは、クリスマスの火鳥の件が原因だろう。
自称:縁の神様は、私達が必死にもがく姿を楽しんでいるような気がした。
火鳥が死に掛かっている時に、あの自称・神様は・・・笑っていた。
いくら他人事とはいえ、少なくとも私は良い気分はしなかった。
会うなら、あの古ぼけた神社に行けば会えるだろう。と私は火鳥に教えた。
すると、火鳥は険しい顔をして私に聞き返した。
「アンタ、この力の事であのババアに何か聞こうとは思わなかったの?」
「・・・聞きたいと思えなかったんで。」
私は素直に答えた。
力の事は知りたいとは思う。だけど、今は、会いたくない。
「・・・・・・気持ちはわからないでもないけれど・・・馬鹿ね。」
気持ちはわかるって言っておいて、馬鹿とはなんだ。
「アタシ達の呪いは継続中。おまけに、訳のわからない力までついてきてる。・・・”何の為に”?」
「・・・それは・・・」
元々縁の力が強い私達が持っている力が、今になって開花しただけなのか。
それとも、呪いで追い詰められて、能力開花してしまったのか。
「この力は、呪われているアタシ達への救済システム的な役割かも、と考えがちだけど・・・アタシは、そうは思えない。」
「・・・だったら、何の為に?」
「だから。それがわからないから、ババアに聞けって言ってるのよ。
・・・アタシは、どうも気に入らない。
便利には便利だけど、そもそも呪われてさえいなければ、こんな力なんか使う必要もないんだから。
この馬鹿馬鹿しい力を使いこなしたところで、一体何の得があるのよ・・・。」
「・・・人の運命を変えられる・・・」
「は?」
「私達の縁の力ってのは、結構、すごい影響力があって・・・人の運命をも変えられるんです。・・・人の、命だって・・・。」
私がそう言うと、火鳥の目つきが真剣なものに変わった。
「で?」
言ってはみたものの、私はその先の言葉に詰まった。
『一体、何の為に、今頃になって、こんな縁の力が私達に身についたのか?』
それに対しての答えを正直・・・具体的に考えてなかったからだ。
「え・・・いや、でも・・・なんか、そう考えると、なんか・・・改めて、この力ってすごいなーって。」
と、いう・・・いたって普通の”感想”を言った。
私の言葉を聞くなり、火鳥は急に冷めた目を窓側に向けて、溜息と共に言った。
「・・・そりゃあ、おめでたいわねぇ・・・。」
「だ、だけど、今言える事は・・・私達、確実に・・・”普通の人間”じゃなくなっていってる、って事なんです。
これは、由々しき問題です!普通の生活が・・・どんどん遠ざかる・・・。」
「・・・という事は、単にこんな力がついたのは”呪いが進行しているだけ”なのかもしれない・・・とも言える訳ね。
そうじゃなきゃ、あまりにも都合が良過ぎるわ。
縁に溜まった邪気が、ややこしい縁を呼ぶ・・・その縁を、アタシ達は見る事も出来て、利用する事も出来るのよ?」
そう、御蔭で私達は新しい女難に遭い難くなった。
それはめでたい事なのだが、火鳥の言うとおり・・・それだと、確かにあまりに話が上手すぎる。
私は、あまり気にしていなかったのだが、火鳥はずっと険しい表情のままだ。
「この力は使えば使うほど、強くなっていく・・・この先、もっと使い続ければ、一体どうなるのかしらね・・・。
もっと、強い力が手に入るのかしら?それとも、呪いで死ぬのが先なのかしら・・・。」
険しい顔の火鳥の表情が、なんだか思いつめているようなモノに変わる。
なぜ、そんなに火鳥は、この力にこだわるのだろうか?
「・・・何か、あったんですか?」
私は思わず、そう聞いてしまった。
「・・・何で、そんな事聞くの?」
途端に、不快感丸出しの顔で火鳥は私を睨んだ。
(ヤバ・・・!)
私達は人嫌い。
人に干渉されるのが大嫌い。
人嫌いの私が、それを解っていながら、鉄の掟をこの私が踏み倒してしまうとは・・・!
反省せねばなるまい。この事に関してだけは・・・!ただし、心の中でごめん!火鳥!すまん!
※注 悪いとは思っていても、すぐには謝らない女・・・それが、水島さんです。
「えと・・・いやに、力の事を気にしてるから・・・ちょっと気になって・・・。」
「アンタが気にしなさ過ぎなのよ。・・・全く、その余裕がこっちにも欲しいわよ。」
皮肉を言われても仕方ない、と思って私は薄ら笑いを浮かべてごまかした。
「余裕なら、そっちの方があるじゃないですか。さっきの紐の切り方、凄かったですよ。」
話題を変えようと思い、私は火鳥の力を褒めた。
「・・・・・・。」
「・・・・・・。」
褒めたつもりだったのだが・・・。
『だから・・・お前なんかに、しかもこんな力を褒められても・・・嬉しくないんだよ・・・っ!!(怒)』
そんな言葉が、火鳥の瞳に映っている、ような気がする。
・・・ああ、火鳥の視線が痛い。ごめん、ごめんって・・・火鳥!(心の中で。)
改めよう。
私と火鳥は、友達ではない。そして・・・協力者としても、失格である、と。
私と火鳥の話は、やはり平行線を辿った。
コーヒーを飲みながら、火鳥は縁の力をどれだけ使ったかを話し出した。
・・・その分だけ、数多くのカップル達のご縁が切れてしまったのは、言うまでもない。
火鳥は、縁の力をどんどん使って、自分のものにして、なおかつ強くしていっているようだ。
一方・・・私は、というと・・・やっぱり、何もしていない・・・。
目の前にいる、目つきと口の悪い女は、行動力がある。
「・・・アタシ、ババアに会うわ。」
「え?」
「アンタのいう”他人の運命を変えられるほどの力”を聞き出すのよ。もっと、縁の力を強くする方法も聞きだしてやるわ。」
火鳥は、そう言うと立ち上がった。
行動力があるのは、良い事だが・・・火鳥の目的は一体なんだろうか。縁の力について知って、どうする気なのだろう。
「ちょ、ちょっと・・・待ってください。」
私は、火鳥を呼び止めた。
「・・・何よ?」
「何故、そんなにあんな力を強くしたいんですか?・・・あの・・・貴女の力の・・・”使用目的”はなんですか・・・?」
縁の力を強くして、日々、カップルを別れさせるのが、この女の目的とは思えない。
確かに縁の力を使っていけば、私達に溜まっている縁の邪気とやらが発散される要因にはなる。
だが、火鳥の力の求める理由は、単に縁の邪気発散という目的には、聞こえなかった。
こんなふざけた縁の力を・・・求めている。
「そんなの・・・このふざけた呪いを解く為に決まってるでしょ。」
いつも通りの、火鳥の挑発的な笑み。
だが・・・一瞬、間があった。
人嫌いの女の勘が働く。
『嘘だ』、と私は思った。
そして、とても嫌な予想が、私の頭に浮かんだ。
『火鳥は、この縁の力をまた、変な事に利用しようとしているんじゃないだろうか。』
火鳥は私の表情をみて、まるで『お見通しよ』とでも言いたげに鼻で笑った。
「もう、アンタの世話にはなるつもりないわよ。安心なさい。」
「そ、そんな問題じゃ・・・!」
私の世話になるとか、ならないとか、そういう問題じゃない。
火鳥はやる気だ!なんかやる気だ!
やめて!貴女がやる気になると、なんか悪い事が起きそうだからやめて!!!
という私の叫びを聞く前に、火鳥はさっさと店から出て行った。
・・・テーブルの上には、いつの間にか2千円が置かれていた。しかも、2千円札。
・・・・・・・・・・。
(あれ?火鳥は奢ってくれたのか?・・・コレ、おつり出るよね?私、おつり貰っていいのかしら・・・?)
ハッ!?
いやいや!そんな場合じゃないだろ!!私!!!!
※注 庶民の悲しき習性。
私と火鳥は、やっぱり・・・協力者には、なれないのだろうか・・・!?
あの女、今度は、何をする気なんだああああああ!!!!
[ 水島さんは混乱中。 ]
「・・・で、私に連絡をくれた、と。」
そう言って、忍さんは軽く笑って、フォークを置くと、ワイングラスを揺らした。
今日の黒いドレスといい、ワインといい、よく似合っていらっしゃること・・・。
「はい・・・そ、そうです・・・。」
事情を話終わった私は、落ち着かないまま、水の入ったグラスを意味も無く揺らした。・・・正確には、手の震えで揺れているのだが。
「・・・あ、やっぱり店変えた方が良かった?」
今、私は、烏丸 忍と・・・庶民が間違っても足を踏み入れるような場所じゃないレストランにいる。
電話で待ち合わせたは良いが、その後、軽く食事にと連れて行かれたのが・・・
この、高級レストランだ。
大きい絵が飾られてるわ、さっきからピアノの生演奏がされているわ・・・高級感を感じずにはいられない・・・。
しかも見たよ・・・この店見たよ・・・TVで見たよ・・・『○゛チになります』に出てた店だよ・・・ッ!!
リーズナブルなお値段のメニューもあります、とか字幕で書いてたけど、私の目の前の料理の皿には、何一つリーズナブルな要素が無いんだよ・・・っ!
「あ・・・もしかして、海老ダメだったとか?」
「・・・”伊勢海老”を食べるのは、生まれて初めてです。」
「じゃあ・・・ウニがダメ?」
「・・・大学合格した時に家族で行った回転寿司で食べたきりです。」
「じゃあ・・・鮑・・・あ、わかった!蟹でしょ?」
「忍さん、これ以上、高級食材の名前を出すの止めてください・・・私の緊張が増します・・・ッ!」
明るくクイズなんかしてる場合じゃないんです・・・!
そして、涙目になるほど美味しいわよッ!食べちゃったわよッ!給料日前なのにッ!美味しぃーッコレッ!
月並みなコメントだけど、甘いッ!柔らかい!美味しぃーッコレッ!!
でも、手の震えが止まりませえええええええん!!!美味しぃーッコレッ!!!
給料日前なのにいいいいいいいいいいい!!!でも、美味しぃーッコレ!!!!(泣)
「ごめんなさいね、私、小学生の頃からよく来てる店だから・・・気兼ねなく食事するといったら私、ココに決めてて。
・・・あ、りりもね、ここのデザートが好きで・・・。」
「そ、そうですか・・・。」
リラックスして嬉しそうに話す忍さんに対し、私は引きつった愛想笑いしか出来ない。
それにしても、小学生に伊勢海老を食わすなんて・・・!”格差”を感じずにはいられない・・・!!
※注 水島家では、回転寿司において400円以上の皿を取る時は母の許可が必要(しかも1皿だけ)というルールがあった。
”シェフの気まぐれ海鮮カーニバル。”(料理のセンスとネーミングセンスは別だな、と思う)をいただきながら、私は火鳥の事を忍さんに相談した。
他に協力者というか・・・火鳥という危険な女を止められる人間を私は知らない。
忍さんに、とにかくリラックスするようにと促されながら、私はとにかく食事をした。
途中で、料理の味は舌が感じる美味しさの限界を振り切って、もう何がなんだかわからなくなった。
緊張でカチコチになった私を、忍さんは笑顔で楽しそうに見ていた。こうやって人を楽しそうに観察するのが、この人なのだ。
そして、テーブルの上に、食後のコーヒーが置かれて、やっと私は落ち着きを取り戻した。
「それで・・・その、りりの話に戻すけど・・・。」
「あ・・・はい。」
高級料理で思考が吹っ飛んでいたが、やっと本題だ。
火鳥が、縁の力を強化して、何かをやろうとしている。
人間関係を結ぶも壊すも、もはや、あの女の自由。
そして、火鳥は今、力を求めている。しかし、これ以上、あの変な力を一層強力にして、一体何をするつもりなんだろうか。
「・・・ホント、面白い事になってるわね。貴女達。」
一言目がそれか。と私は心の中でツッコミをいれた。
忍さんの興味は、やはりどこか違うところにいってしまう。
「・・・面白がる所じゃありません。人間関係変えたら、エライ事になるんですよ。」
「まあ・・・そう、ね。」
そう言って、忍さんは天井を見上げ、”そういえば”と右手の人差し指で、ピッと私を指差した。
「確かに、あの子、最近変なの。うちの病院に頻繁に来てるみたいなのよね。」
「・・・え?火鳥さん、どこか悪いんですか?」
・・・まさか、また女に刺されたのか? ※ 失礼発言
「いいえ。例の刺し傷は、もう大丈夫な筈だし、りりは病院嫌いで、余程の事が無い限り来ないし。
・・・変でしょ?・・・あ、看護師さんに手を出してるって噂も聞かないし。」
「・・・そりゃ、確かに変ですね・・・。」
火鳥の謎の行動。
聞いても素直に教えてくれる訳が無い。
縁の力を強化して、私達の呪いを解く為に使ってくれるならそりゃ大歓迎だが・・・
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。
火鳥の”あの邪悪な笑み”が脳裏に浮かぶたびに・・・『それは無いな』と思ってしまう。
火鳥が縁の力を利用して、何かをしようとしている、のは、間違いないのだ。
「・・・ねえ・・・そんなに縁って簡単に切れちゃうモノなの?」
忍さんが不意に話を変えた。
「ああ、火鳥さんなら、もうスッパリですね。大抵の縁はスッパリです。」
凄いモンですよ、貴女の従姉妹は。と私は太鼓判を押した。
すると忍さんは、持ち上げたコーヒーカップを止めて、こう言った。
「・・・貴女は?」
「え?私?」
「切ってしまいたい縁は、ある?」
切ってしまいたい縁について、私は忍さんの前なら、正直に言える。
「出来るなら、全部切って、元の生活に戻りたいです。でも、私は火鳥さんほど、力使ってないから、弱いんですけどね。」
苦笑して、私はそう言った。
そりゃそうだ。私は、普通の生活を望んでいるばかりで、私は実際、何もしていないのだから。
そう考えると、火鳥の目的は何であれ、彼女は彼女なりに”努力をしている”、という事になる。
対して、私は・・・何も、してない。
今までも、そうだった。私は平和な時間を過ごし、満足していて、それが壊された時だって、逃げ出した・・・だけ。
これからも、ずっと私は・・・このまま、なのか?
それで、いいのか?
また、答えの出ない自問自答が始まる。
心の中の自問自答を強制的に止め、目の前の忍さんの話に私は意識を戻す。
「そう・・・貴女は、その力を強くしたいと思ってるの?これまで知り合ってきた、人達との縁を切る為に。」
「それは・・・。」
忍さんのいつになく真っ直ぐ過ぎる質問に、私は答えに詰まった。
「確かに、今の生活は貴女が望んでいる生活じゃないけれど・・・貴女を好きになってくれた人達との時間は、苦痛だけだった?」
「それは・・・。」
その質問に、ぐっと喉が詰まる思いがする。
・・・苦痛だけだった筈だ。
自分の人生で話す機会なんかないだろう、色んな人に会って、話して・・・決まっていつも、ややこしい事になって・・・。
だけど、思い返してみると・・・笑ってしまう程のややこしい出来事で・・・私は・・・。
『水島さん!』
『水島!』
『みーちゃん!』
私は私の名前を呼ばれる度に・・・嫌な予感しかしなくって・・・。
でも、心のどこかで”またか”と苦笑して・・・。
だから・・・私は・・・。
『水島さん!』
私は・・・。
いや。
・・・いや、そんな筈は無い。これまでの日々は、苦痛だけ、だった筈だ。
「・・・ねえ、こうして、私と一緒にいるのも・・・水島さんにとっては苦痛かしら?」
「あ、いや・・・それは・・・。」
言葉に詰まる。
”忍さんは、女難じゃない。だから、安心だ。”・・・私は、そう思っている。
ただ・・・それだけ?
いや、そもそも、お前は”人嫌い”だろう?
・・・じゃあ、今、ゆったりと過ごしている、この時間は何だ?
更に、喉の奥が詰まる思いがする。
「・・・人間関係は、確かに色々と面倒なものよ。でも、きっとそれだけじゃない。私は、そう思う。
貴女にも、きっとそう思える時がきっと来るって、私は祈ってる。」
本当に・・・。
・・・本当に、そんな時が、私に訪れるのだろうか。
私は、下を向いた。
私の事で、こんな風に言葉をかけてくれる忍さんのような人は・・・この世界にまだ、いるのだろうか。
そう考えた。
もしも、いるのなら・・・私は、もう少しマシな人間になれるだろうか。
私の周囲にいる魅力的な人達。
彼女達みたいになりたいとは思いはしない。
だけど、一緒にいるだけで、頭の片隅を掠めるのだ。
”私、今のままでいいのか?”という疑問。
今までの自分で十分だと思い込んでいただけで。
私の周囲の人達と話してみて、人間はこんな風にも生きられるんだな、とか。
こんなにもハッキリとした意思を人に向けられるのか、とか。
色々とその人達の生き方の片鱗を見せられた。その度に頭の片隅を掠めた。
” 私、このままで、いいのか? ”
この疑問にハッキリと気付けたのは、目の前の人の御蔭だ。
「あ・・・忍さん・・・あの・・・。」
こういう時、こんな言葉を私にかけてくれる人を、なんと呼ぶか、私は・・・知っている・・・。
知っているけど・・・私は、見ないフリをしていた。
『あら?お優しい貴女には、いらっしゃるでしょ?”オトモダチ”。』
・・・”友達”・・・。
『・・・ああ・・・。でも、それは、自分の友達にするならって”仮の話”であって。実際、友達かどうかは、違うでしょう?』
また、壁が現れる。
そして思う。
いいや、この人は、あくまでも”協力者”だ、って。
単に困っている私に協力してくれるだけで、友達なんて、そんな関係なんかじゃないって。
「あの・・・忍さんは・・・私が人嫌いだって知ってますよね?」
「ええ。」
「それを知った上で、どうして私に関わるんです?」
私の質問に、忍さんはカップを静かに置いて、ゆっくりとした口調で答えた。
「まず、第一に、貴女といると面白いし。
それに今、私の従姉妹の事で困って、私に頼ってきてくれたんだもの。だから、私は貴女に力を貸したい、と思ったのよ。」
「・・・・・・・。」
『実際、友達かどうかは、違うでしょう?』
「それに、人嫌いの扱いには慣れてるし?・・・そうね、私だって人付き合いが上手い方じゃないから、貴女の考え方全てを否定したい訳じゃないのよ。
あーわかるなーって思う所も、あったり、なかったり?」
そう言って、忍さんは照れくさそうに笑った。
「・・・・・・・・・。」
・・・ああ、そうか・・・。
勝手に、面倒くさがって、勝手に壁を感じてたのは・・・壁を作ってたのは、私の方、だったんだ・・・。
忍さんは、そんなの全然作らずに私を笑顔で迎えてくれているのに。
忍さんだけじゃない・・・みんな・・・心の中に何かえげつない感情を私に向けてはいるけれど・・・
呪われているのだとしても・・・みんな、私に会うと笑顔で接してくれた。
だけど、私は、苦笑で精一杯で・・・。
何も・・・。
何も、出来なかった。
私は”もう、何もしたくない”、と考えるよりも先に、誰かに何かをされて、何も出来ない自分に少しイライラするようになっていて・・・。
「・・・忍さん。」
「ん?」
「・・・ありがとう、ございます・・・。」
今の私には、これが・・・精一杯。
情けないけれど、これが・・・精一杯。
「・・・何のお礼?」
首を傾げて、不思議そうに忍さんが聞いたので、私は目を逸らしながら答えた。
「いや・・・あの・・・私に関わってくれて・・・。」
「水島さん・・・。そんな、当たり前でしょ、私達は・・・」
拙い言葉で、私は目の前の貴重な人物に精一杯の言葉をかける。
「あ、いや、だから・・・その・・・私と・・・”友達”で、いて、くれて・・・。」
私のその言葉を聞いて、忍さんは一瞬の間の後、ニッコリと笑った。
「そう・・・そうよ、私達は・・・”友達”。だから、もっと・・・もっと私に頼って。水島さん。」
「・・・はい。宜しく、お願いします。」
私はそう言って、照れ笑いを隠すように頭を下げた。
友達、がいる。
人嫌いの私なんかでも、私を助けてくれて、私を理解しようとしてくれて、私に時々真っ直ぐな質問を投げかけてくれる・・・そんな存在が出来た。
・・・なんだろう、くすぐったい、この感じ・・・。
高級料理店に入った時とは違う、落ち着かないこの感じ・・・。
「・・・水島さん。」
「は、はい!?」
「大丈夫よ。この先、友達なんて、いっぱい出来る。貴女の周囲はきっと貴女を受け入れてくれる。貴女が望めば、ね。」
「の、望めば・・・ね。ははは・・・。」
私は苦笑しながら、コーヒーを飲んだ。
私の周囲の人々と、私が、私の望み通りの関係になるかどうかは、微妙な所だ。
「大丈夫。水島さんなら、大丈夫。」
根拠の無い”大丈夫”。
だけど、嬉しかった。
でも・・・目の前の、この人は・・・。
少女のような笑みを私に向けて、コーヒーを飲むこの人は。
・・・信じてみても、いいかな・・・。
そう思えた。
「・・・りりの行動は、私も調べてみるわ。分かったら、連絡する。」
店を出て、忍さんがそう言った。
会計は、結局、忍さんがした。
・・・割り勘でいいと言いかけたが、給料日前の私の全てを掻っ攫っていく金額だったので、奢ってもらうことになった・・・。
「それから、今度はラーメン屋さんにしましょ。つけ麺の美味しいお店があるらしいから。」
「へえ・・・。」
街はすっかり夜の空気に包まれていた。
私と忍さんは、歩道を二人並んで歩いていた。
そこなら緊張しなくて済みそうだし、今度こそ割り勘・・・いや、今度は私が奢る番だ。
私が、今度はそこにしましょうか、と言いかけた瞬間。
”・・・チクン!”
「うっ・・・!?」
頭の奥に響くこの痛み・・・女難だ・・・!
こんな時に・・・!?
「・・・どうしたの?・・・あ、例のアレ?」
忍さんがコートのポケットに両手を突っ込んだまま、笑いながら聞いてきた。
「笑い事じゃありませんよ。・・・大丈夫です。新しい女難なら、私でも切れます。」
私はそう言って、目に力を入れた。
だが、縁の紐らしきものが周囲には見えない。
(あれ?おかしいな・・・確かに、女難のサインが・・・)
周囲の女性達を見ても、紐は見えない。
むしろ、カップルの赤い紐ばかりで、私に向かってやってくる女難の縁の紐が見えにくい。
「あれ・・・?」
「どうしたの?」
「・・・見えないんです・・・縁の紐が・・・。」
「あら、それは、困ったわね?」
そう言いながらも、のんきに笑っている忍さんが心底うらやましい、と私は思った。
が。
「そこの人ーッ!逃げてええええええええええ!!!!」
「・・・は?」
悲鳴に似たその声に、私は間抜けな声を出して、振り向いた。
すると、次の瞬間、目に飛び込んできたのは・・・馬だった。
白い馬が・・・車道から、走って、こっちに・・・
・・・白い馬が・・・こっちに・・・やってくる・・・。
・・・馬が・・・?
「馬ああああああああああああああああああああああああああ!?!?!?」
・・・ど、どうして馬が街中に!?
馬は真っ直ぐ私の方へ向かってくる。
白い馬の前足から赤い紐が見える。
「う・・・嘘おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!?」
「み、水島さん!?まさか・・・!?」
私のリアクションに、忍さんも分かってくれたようだが、私と向かってくる馬を見比べて困惑の表情を浮かべる。
「忍さんは下がって!」
「だって・・・あれ、馬よ!?”女難”じゃないじゃない!!」
ごもっともなご意見!
でも、この呪いは節操が無い!
「以前、メスゴリラも来た事あるんです!だから、あれは、牝馬ですッ!!」
「そういう問題!?なんでもアリ!?」
ごもっともなツッコミ!
でも、この呪いはそういう常識が通用しない!
作者め、動物女難パターンの二番煎じを使ってきやがったッ!!
※注 うるさい。
「いいから忍さんは下がって!!!」
私は向かってくる馬をギリギリまで引き付けて、マタドールのように横に避けた。
「・・・オゥーレィッ!!」
『・・・何がオーレ!!』だよ、と自分にツッコミを入れた。
・・・悲しきかな、本当にこういう時の反射神経だけは、研ぎ澄まされていく一方だ・・・。
続いて、手綱を手にして、思い切り引っ張る。
『ヒヒーン!!』
前両足を上げて、馬が啼く。
今にも再び暴れだしそうな馬に、私は素早く乗り、更に手綱を引いた。
(紐さえ切ってしまえば・・・!!)
「どおどおどおどお!!」
勿論、私の言葉なんか聞くわけが無い。いつも、そうだ。私の話なんか、動物だって聞きやしないんだから!
その場で私を振り落とそうと馬は暴れた。必死に私は振り落とされないように馬に乗ったまま、手綱を更に引いた。
(・・・紐・・・紐さえ切れば・・・!!)
手綱を持つ私の左手には、馬との縁の紐が巻きついているのがハッキリと見えた。
未だ興奮状態の馬に振り落とされないように、私は体を揺らされながら、小指の紐を右手の小指で巻きつけ、引っ張り、そのまま引き千切った。
すると、どんどん馬の動きがゆっくりになって、やがて何事も無かったように大人しくなった。
「どーお、どおどおどおどーお・・・よしよし・・・。」
何度も馬に振り落とされそうになった私は、すっかり疲れてしまった。
「す、すみません!イベントの馬車用の馬が突然暴れだしてしまって・・・大丈夫ですか!?」
馬の主らしき男性が、駆け寄ってきて手綱を持った。
馬は、ブルルッと首を振った。
「・・・大丈夫に見えます?」
振り乱され、ボサボサになった髪の毛をかき上げて、私は一言そう言った。
「す、すみません!普段は大人しいんですけど・・・!ジェーン!めっ!」
馬の主らしき男性が、馬の首を撫でながら叱った。
(怒り方軽い・・・。)
少し不満が残ったが、トラブルは解決だ。
しかし・・・。
・・・街中で白馬に乗ったOL。
なんてシュールな光景だろうか。
ああ、ほら・・・物好きの野次馬に写メールまで撮られ始めてる・・・さっさと降りて帰ろう・・・。
「女難もいろんなパターンあるのねー。」
忍さんまで、野次馬に混じって、何をのんきな事言ってるんだか・・・。
私は溜息をつきながら、馬から降りようとした・・・が。
『ヒヒーン!』
「あっ!ジェーン!!」
牝馬が再び啼きながら、前足を上げた。
「う、うわあああああああああ!?」
バランスを完全に崩した私は、落馬した。
「水島さん!!」
・・・・・・・・・・・。
硬い地面の衝撃を覚悟していたのだが、思ったより身体に痛みは無い。
(・・・あれ?)
目を開けると、私の下には忍さんがいた。
落馬した私を受け止めようとしてくれていた・・・のか・・・?
助けてくれたのは、嬉しいけれど・・・!
「なんて無茶を・・・!忍さん?・・・忍さん!!」
歩道に寝転がったままの忍さんは、力なく笑っていた。
「・・・あ、大丈夫?」
「こっちの台詞ですよ!!」
私の言葉に、忍さんはまだ、のん気に笑っていた。
「白馬の王子様が落馬しちゃ、ダメじゃない・・・」
「そんな冗談言ってる場合じゃないでしょ・・・怪我してませんか?肩とか、腕とか・・・手とか・・・!」
私は忍さんを下に組み敷いたまま、怪我は無いか身体を見た。
そして・・・
「え・・・?」
そして・・・ある部分で、私の視線は止まった。
忍さんの、左手の・・・小指で。
”それ”は、ハッキリと私だけに・・・見えた。
私は、息を飲んだ。
待って。
ちょっと・・・待って・・・。
な、なんなんだ?
なんなんだよ、この・・・紐・・・!
どうして・・・どうして、私と忍さんが”こんな紐”で繋がっているんだ!?
「・・・縁の、紐・・・?」
私の言葉に、忍さんはビクッと体を強張らせた。
チラリと紐から、忍さんに視線を移す。
彼女は、何も言わず、ただ黙って私を見ていた。彼女は、もう笑ってなどいなかった。
(・・・そんな・・・!)
彼女は、友達だ・・・。
でも、目の前の彼女は・・・!
彼女が私に対して抱いている気持ちは・・・!
彼女は、私の・・・友達じゃ・・・なかったのか・・・?
いつから?
最初から?
”友達”という思いを抱いていたのは、私だけ、だったのか?
今の今まで、私を騙していたのか?
そんな疑問が顔に出てしまっているようで、忍さんが見ていられないという風に私から視線を逸らし、少し悲しそうに笑った。
「・・・ごめん。」
忍さんは一言小さくそう言った。
一言。
それだけ?
冗談じゃない。
その言葉じゃ、否定にならない。
否定して下さい!お願いだから!
私は、貴女なんか好きじゃないって!そんな目で見てないって!
女同士がどうとか、それ以前の問題で・・・!
私は、口を開け閉めするばかりで、肝心の言葉が出てこない。
『私と貴女は、友達じゃないんですか?』
その”ごめん”の一言だけじゃ、まるで・・・まるで・・・!!
ああ、頭が・・・クラクラしてきた・・・ッ!
「あ・・・あ、謝られても・・・困ります・・・っ」
私は、やっと、それだけ言った。
「み、水島さ・・・」
「困ります・・・!私、困りますッ!!」
頭がクラクラして、もう、何がなんだかわからない。
こんな紐なんか見え出して、切ったり結んだりして、それを楽しみ始めていた自分が馬鹿だと思うし、憎らしい。
忍さんは、いい人だ。
わかっている。
でも、私にずっとこの事を隠していた。騙していた、訳じゃない。
忍さんに、きっと悪気はない。
それも分かっている。
だけど、信じていたかった。
やっと、こんな私にも・・・信用できる”友達”が、出来たんだって。
けど、やっぱり、それは私だけの思い込みでしかなく。
目の前の赤い紐が、それを、事実を突きつける。
目の前の人間は、私を友達だとは、思っていない、と。
やっぱり、私は女難の呪いのせいで、周囲にこんな縁しか生まれない運命なのだ。
平和に、静かに、過ごしたい。
ややこしい人間関係なんか、必要としていない。
恋愛関係なんて、以ての外だ・・・!!
第一、こんなの私は1mmたりとも望んじゃいない・・・!!
「私・・・」
目の前の紐が憎い。
目の前の紐が認識出来る自分が憎い。
こんな紐の存在が見えなければ・・・!
こんな紐なんか・・・!
「水島さん・・・!!」
私は、赤い紐を両手で乱暴に掴んだ。
ずっしりと重いソレを、私は感情に任せて、力の限り引っ張り、捻りを加え、更に引っ張り・・・
「う・・・うわああああああああああああああああ!!!!!」
私は、腹の底から、人生に一度有るか無いかの変な大声を搾り出した。
「・・・水島さん・・・」
忍さんは、私の名前を呼んだだけで、止めはしなかった。私も自分で自分が止められなかった。
私は、赤い紐を引きちぎろうとしていた。
赤い糸が、私の力に任せ、ブチブチッと離れていき、最後の一本がキリキリと音を立てる・・・その瞬間。
「・・・・・・本当に、ごめんなさい・・・水島さん・・・。」
忍さんが、右手で顔を覆った。
「・・・・・・!」
私はごめんなさい、という弱々しい声に一瞬、力を緩めそうになったが、ブレーキをかけても、もう遅かった。
プツンっという音を立てて、最後の糸は切れ・・・私は、私と忍さんを結んでいた縁の紐は、完全に断ち切れた。
(・・・切れ・・・た・・・。)
これで、忍さんが抱えている私への想いは、消えた。
だけど、これで良かったとか、悪かったとか、そんな事、私の頭の中には無かった。
何も考えられなかった。
ただ、ただ・・・今、知ってしまった事が、ショックで。とにかく、ショックで。
やり場のない感情に任せて、私は縁の紐を断ち切った。
ずっしりと体が重い。いや、それ以上に、胸のあたりが重い。
私は、無言で立ち上がり、そのまま黙って、その場からできる限りの力を振り絞って、トロトロと走り去った。
なんだろう。
この喪失感。
自分の部屋に帰り、黙って風呂に入った。お湯に顔を何度も突っ込んだ。
『・・・そうよ、私達は・・・”友達”。だから、もっと・・・もっと私に頼って。水島さん。』
私は、今日・・・縁を切った。
『まず、第一に、貴女といると面白いし。
それに今、私の従姉妹の事で困って、私に頼ってきてくれたんだもの。だから、私は貴女に力を貸したい、と思ったのよ。』
私は、今日・・・縁を切った。
どうしよう。
『大丈夫よ。この先、友達なんて、いっぱい出来る。貴女の周囲はきっと貴女を受け入れてくれる。貴女が望めば、ね。』
私は、今日・・・縁を切った。
どうしよう。
『大丈夫。水島さんなら、大丈夫。』
私は、今日、忍さんとの縁を切った。
『だから例え…そう、これは”例え”よ?
…例え、私が、貴女を好きになっても、絶対に好きだなんて言わないわ。』
彼女は、一体、どんな気持ちで、あの言葉を口にしたんだろう。
『・・・いつでも力には、なるわ。”友人”として、ね。』
どんな気持ちで、私の傍にいたのだろう。
『・・・え?』
『それくらいなら、多少は、結んでも構わないんじゃない?・・・貴女の嫌いな”人間関係の縁”ってヤツ。』
一体、どんな気持ちで・・・私の傍であの笑顔を浮かべていたのだろう。
・・・それは、わからない。
それは、私が、忍さんとの縁を切ったから。
・・・どうしたら・・・いいんだ・・・
「・・・・・・・。」
『・・・もしもし?水島?』
携帯電話がやけに重い。
電話の相手も、どうしてか、火鳥くらいしか思いつかなかった。
「あ・・・あの・・・」
『・・・どうせ、忍の事でしょ?今更・・・アタシなんかに何を聞こうって言うの?』
どうやら、火鳥は全てを知っているようだった。私は、重たい口を開いた。
「もしかして、前から・・・知ってた・・・んですか!?」
『だったら、何?わざわざ、教える義理ある?忍が必死に隠してて、アンタは気付かなかった・・・それだけの事でしょう?』
「でも・・・!」
『はぁ・・・じゃあ、アタシが、アンタに忍の本当の気持ちとやらを教えてたら、アンタの中で何か変わったワケ?
あらかじめ、忍が自分の事を好きだって知ってたら、アンタはどうしてたワケ?』
忍さんが、女難の一人だと、知っていたなら・・・私は・・・。
私はきっと・・・。
「・・・そ、それは・・・。」
『・・・これは、アタシ個人の感想よ?アンタは、”悪くない”。』
「・・・え・・・?」
火鳥の意外な言葉に私は、思わず聞き返した。
それと同時に”自分は悪くない”と言われて、少しホッとしている自分がいて、それがなんともいえず、自分自身に腹が立った。
『勝手にアンタの事を想って、勝手に隠して、状況を今みたいに悪化させるよう選択をしたのは、忍の方よ。
アンタが、そこまで動揺する必要はないのよ。アンタは、いつも通り、女難に対処しただけ。そうでしょ?』
「そ、それは・・・。」
『・・・一体、アタシに何を言わせたいのか知らないけど、とにかく落ち着いたら?動揺しすぎ。
しかし、まあ、いつもは一人で解決しようとするアンタが、よりにもよって、このアタシに意見を求めてくるなんてね。
余程、ショックだったのかしら?忍との”お友達ごっこ”が終わってしまった事が。』
「火鳥・・・。」
何か言い返したいのだが、その後の言葉が続かない。
『・・・フン・・・”友達”ねぇ・・・。』
少しの沈黙の間の後、火鳥はいたっていつも通りの口調でこう言った。
『友達、友達とは言うけれど・・・
友達である忍の気持ちを知って、忍の友達であるアンタは
忍の気持ちを真正面から受け止めることもなく・・・紐ブチ切って、ただ”逃げた”訳よね?いつも通り。』
「・・・・・・!」
火鳥は、正しい事を言っている。
私は、何も言えないまま。
『・・・まあ、大体アタシは、友達の定義なんか知らないし、どうでもいいんだけれど。
・・・アンタの言う友達ってヤツは、そんな扱い方で良いのね?楽で良いじゃない。』
「・・・・・・。」
胸が痛んだ。
ソレと同時に、また心のどこかでそれを指摘されて、その通りだと納得して受け止めてしまう自分が、また、腹立たしかった。
『な~んて、ね。・・・アタシは、アンタが誰とどうしようと、正直どうでもいいのよ。
忍の事は、アンタの好きにすれば、いいわ。
・・・ただ、もしも、逃げた事を後悔してるんなら、最初から、逃げなきゃ良いだけじゃない?まったく、馬鹿じゃないの?』
「・・・火鳥・・・。」
後悔、しているのだろうか。
だから、私はこんなにも動揺しているのだろうか。
『・・・で。アンタは、どうしたいのよ?』
「・・・私は・・・」
火鳥の問いに私は、鈍くなった頭をフル回転させる。
彼女は・・・私の・・・
「・・・私は、彼女と・・・友達でいたい・・・。彼女を恋愛対象なんかに、出来ない・・・。」
『あ、そう。答えが出てるなら、それで良いじゃない。・・・切るわよ。』
「あ・・・ちょ、ちょっと!」
『アタシ、無駄話は嫌いなの。じゃ。』
”ピッ”
私は脱力して、携帯電話を落とした。
『・・・そうよ、私達は・・・”友達”。だから、もっと・・・もっと私に頼って。水島さん。』
私は・・・友達でいたかった人との縁を、自分から、切った。
途端に、激しい後悔が襲ってきて、私は、その場にうずくまった。
こんな感情に振り回されるのが、嫌で逃げていた今までの自分の事なんか忘れて、私はただ、額を床に擦り付けた。
火鳥が通話終了ボタンを押すと、部屋に響いていた水島の声は消えた。
「・・・聞いてた?」
ソファに座っている客人に向かって、火鳥はぶっきらぼうに聞いた。
客人がフラフラと自分の部屋に来て、これまでのいきさつを聞いてから、水島から電話が来るんじゃないかと火鳥はなんとなくわかっていた。
「ええ。」
火鳥の部屋にいた客人こと、烏丸忍はあっさりと答えた。
「まあ・・・その・・・残念だったわね、忍。」
工夫のない、心にもない言葉を火鳥は呟いた。
その言葉をスルーして、忍はボソッと呟いた。
「・・・不思議ね・・・。」
「何が?」
聞き返すと、妙に落ち着いた声で忍は答えた。
「うん・・・思ったよりね、彼女の答えを聞いても、今、全然悲しくないの・・・。」
そう言いながら、無表情のままの忍は、自分の左手をみていた。
「・・・・・・へえ・・・それは、良かったじゃない。」
火鳥からは、忍の指から、無残にも引きちぎられた赤い紐の切れ端がプラプラしているのが、くっきり見えていた。
(・・・アイツも、もしかしたら、以前より力が強くなっているのかも・・・。)
忍の縁の紐は、火鳥でも持つ事すら出来なかった、強固な縁の紐だった。
それを考えると、それを両手で持ち、なおかつ・・・感情に任せて無理矢理、引きちぎってしまった水島は・・・
(・・・アイツの力の利用価値が、また上がったか・・・。)
そう思いながらも、何故か火鳥は素直にそれを喜べずにいた。
すると、長椅子にぼうっと座ったままの、忍がボソリと呟いた。
「でもね、りり・・・紐を切られたくらいで、彼女に対しての気持ちがこんなにも簡単に変わるなんて・・・・・・なんだか気持ち悪いわ・・・。」
「・・・それは・・・」
言葉が何故か途切れる。
確かに、普通の人間には見えない、不可思議なモノ・・・”縁の紐”を切ったくらいで、忍は何かが変わってしまった。
だが、もっと気持ちが悪いのは、自分の方だと火鳥は思った。
とある顔見知りのせいで、あんなにしっかりしていた従姉妹が腑抜けになっているだけ、だと頭では分かっているのに。
自分は、従姉妹の気持ちを知った上で・・・散々憂さ晴らしのように楽しんだクセに。
何故か、今、忍へのフォローの言葉を探している自分がいる・・・そんな自分が、なんとも言えず気持ち悪かった。
「・・・そういうモンなのよ。」
適当にそう答えて、火鳥は立ち上がって、酒が並ぶ棚の扉を開けながら言った。
「・・・それより、何か飲む?明日は休むでしょ?」
「そうね・・・ブランデー頂戴。ねえ、りり・・・」
気だるそうな呼び声に、火鳥は少しだけ顔をしかめた。
「・・・・・・何?」
「・・・おつまみも作ってくれるのよね?りり。」
振り返ると、ニッコリ笑っている忍がいた。
その作り笑顔に向かって、火鳥は舌打ちをした。
「・・・・・・チッ・・・あんまり、調子に乗らないでくれる?」
そう言ってから、”今日だけよ。”と付け加えて、火鳥はキッチンに向かった。
冷蔵庫に手を掛け、火鳥はふと考えた。
(・・・アタシは・・・何をすれば、いいの・・・。)
水島のように、縁の力を強化すべき・・・なのだが。
頭の隅では、全く自分の利益にもならない事を考えていたりもする。
(チッ・・・一体、何を考えてるのよ!?アタシは・・・!)
最近の自分は、自分でも反吐が出るほどおかしいと思っている。
無造作に忍の好きなチーズを掴むと、火鳥はやけくそ気味に言った。
「・・・適当に作るわよ?文句言わないでよね、忍ねーさん。」
「うん、言わなーい。」
片手をプラプラさせながら、妙に能天気で子供のような返事に、火鳥はふうっと溜息をついた。
「・・・人の縁は、人の運命を変える、か・・・。」
少なくとも、火鳥の視線の先にいる人間の何かは・・・変わった。
[ 水島さんは混乱中。 ・・・END ]
― あとがき ―
加筆修正も済みまして・・・また、やりますけど。
忍さんがお好きな方には、ちょっと怒られてしまうかもしれない、と覚悟の上のお話でした。
実は、結構前々から、このお話をやりたかったので・・・。やっちゃいました。
最近、笑いが少ないような気がしますが、今回は内容的に少なめでいいかな、と思い、こんな風になりました。
主人公が動かないので、火鳥さんの行動に今後はご注目下さい!!