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私の名前は水島。

悪いが、下の名前は聞かないで欲しい。


私は、傘を差し、水溜りの真ん中にいた。

パシャパシャと音を立てて、私は道を進み、右に曲がる。

行かなきゃいけない場所がある。


(・・・ここだ。)


冷たい雨の音と湿気に混じって、線香の匂いがする。

喪服に身を包み、皆、俯きながら会場に入っていく。


(ああ、葬式だ・・・。)


私は傘をたたみながら会場の受付に行き、言われるがまま、名前を記入する。

記帳している私の耳に人々の囁き声が聞こえる。


「・・・自殺ですって。」

「人の人生なんて、わからないものね・・・。」


「難しいオペを成功させたばかりなのに・・・どうしてかしら?」

「それより、かわいそうなのは、お母さんだよ。愛娘が死んだショックであんなに取り乱して・・・」


私は記帳を終えると、会場に入った。

そこは、烏丸忍の葬儀会場だった。


「あら、あの人・・・第一発見者の人じゃない?」

「ああ・・・確か、お嬢さんの従姉妹と一緒に落ちる所を見たんだって。」


「現場にいたんなら、助けられなかったのかしらねぇ・・・まるで見殺しじゃないのよ。」


(・・・まったく、その通りだ。)



結局、私は、何も出来なかったのだ。

私は、忍さんに何も・・・本当に何も出来ないまま、彼女を見殺しにしてしまった。


つくづく人間は、無力だと思い知った。


中に入り、目に飛び込んできたのは、彼女の遺影だった。

遺影の中の彼女は、私が見慣れていた笑顔とは違っていた。笑っているのに全然楽しそうではない、という印象を受けた。

彼女は年の割に、少女のように心底無邪気に笑うのだ。ただ口角を上げて笑っているフリなんかしない。

・・・まあ、遺影の写真なんてそういうものなのだろう、と私は思うことにした。


遺族が私を見た。睨みつけるような視線を私はあえて、真正面から受け止めた。

私は遺族に静かに一礼し、ご焼香をした。

ご焼香の後、急に私は肩を掴まれた。


「何しに来たのよ・・・!」



遺族・・・忍さんのお母さんだった。



「・・・あんたのせいで・・・」



枯れた声で、私に向かって、その言葉は刃のように突き立てられた。




「あんたのせいで、忍は死んだのよ!」




私に掴みかかってきた忍さんのお母さんは、親族に止められ、私から引き離された。


「どうして!忍を見殺しにしたのよ!助けてくれなかったのよ!!うわああああああああああああ!!!」


叫びにも似た、私への恨み言は泣き声に混じり、私に向かって突き刺さるように飛んできた。


「み・・・ご・・・ろし・・・?」


忍さんのお母さんのそれは、まるで私は、忍さんを助けられる状態にあったような、そんな言い方だった。

やがて、中年の男性が静かに私の目の前を通過し、横に立った。

そして、小さな・・・しかし、ハッキリときつい口調で言った。


「悪いが、帰ってくれないか。娘の最期を見ただけの君の責任を問う気は我々には無い。

だが、妻の気持ちも察してやってくれ。手塩にかけて育てた、一人娘なんだ。」



そう言われても、何も言えずに私は、ただ一礼をして葬儀場を後にした。




 『アンタのせいで、烏丸忍は死ぬ。』 



縁の祟り神の言うとおりになった。


私は、間に合わなかった。


忍さんは、あの夜、病院の屋上から飛び降りた・・・らしい。



らしい、というのもおかしい話だが、私には彼女が飛び降りて死んでしまった、という記憶が無い。



不思議な事に、忍さんが死んでしまって、もうこの世にいないという実感が未だに無いのだ。

一応、私は第一発見者、飛び降りた所を目撃した人物とされているが・・・その時の記憶が、無い。



無意識に私は消してしまっているのだろうか。



しかし、現に・・・振り返ると、喪服姿の人々が忍さんの死を悼んでいるのが見える。


私は、あの日火鳥と協力して少女の運命を変えた。

だが、もう一人の運命は変えられなかった。



大切な人を失ったのに、私は涙一つ零さず、葬儀場から出てきてしまった。

薄情だと言われても仕方の無い人間。


私は、人が嫌いだ。

他人が何をしようと、どうなろうと、私にはそんなものは関係ない、と思って・・・生きてきた。

他人と深く関わる事を私は、拒否して生きてきた。


だから、忍さんが死んだ事に対しての私のこの反応は、私らしいと言える・・・



・・・だけど・・・。



・・・なんだろう、この違和感は。




『・・・疑え。』


「・・・は?」


妙にエコーのかかった声が聞こえて、私はサッと振り向いたが誰もいない。

声が続く。


『疑え。全部、疑え。』


女の声だ。・・・また、女の声だ。たまにはジジイの声でも・・・いや、もうどっちでもいいや。

・・・疑ってばかりじゃないか。


「そんな疑ってばかりじゃ何も始まらない・・・ていうか、誰なんですか?」


・・・また、祟り神関係か?なんだって、こんなファンタジーな出来事が増えてくるんだ。

どうせ疑うなら、この声が聞こえた自分の耳を疑いたい。


『疑いは始まりだ。信じたいなら、まず疑え。』

「・・・神様のくせに、信じる事を否定するなんて・・・さすが祟り神。」

私は嫌味を言ったが、声は答えた。


『私もお前も、神様ではない。そして、疑いは他人だけに向けるものじゃない。他人を疑うなら、自分も疑え。あって当たり前だって事も疑え。自分で見たモノすらも、だ。』』


・・・疑う・・・自分を・・・。

よく自分を信じてって言葉は聞くけれど・・・これは全く逆・・・いや、意味が違うのかもしれない。

自分の実力を、努力を信じて、って意味と・・・

自分が見ている事、聞いた事、教えてもらった事、今まで信じていたモノは・・・”間違いはない”のか。・・・そういう意味・・・。



大切な人が亡くなってしまったのに、悲しむ事無く、沸いてくるのは違和感だ。違和感が私を包んでいる。これは、喪失感とは違う。


『最終的に疑い続けるか、信じるか・・・判断するのは・・・』


エコーがかかった妙な声を遮る声が聞こえた。


「水島!」



喪服姿の火鳥が、葬儀会場の外の道にいた私を呼び止めた。


「・・・火鳥さん。」


火鳥の周囲をチラチラと見るが、やはり誰もいない。

道と、路上駐車の車、壁・・・火鳥、それくらいしか見えない。


火鳥は笑いもせず、表情を崩す事もなく言った。


「これで、証明できたという訳ね。

アンタの口先だけの優しさは・・・こんな風に、他人を殺すのよ。

運命を変える力を持っているだなんて言っても、結局、アンタの大事な人間は死んだじゃない。」


私は、何も言い返せなかった。


「とはいえ・・・蒼の事を助けてくれた事には素直に感謝してるわ。・・・だけど・・・アンタのせいで忍は死んだ。」


「私の、せい・・・。」


私のせいで、忍さんは死んだ・・・。


「アンタが、忍との縁を無理矢理切った影響よ。忍にとって、アンタは大事な人間だった。その縁がなくなった影響よ。

忍は、人生に希望を見出せず、身を投げた。あの夜、一緒に見たでしょう?涙を流しながら、落ちていく忍を!」


私に関わりさえしなければ女難になってしまった彼女達は幸せになれる、と私は思っていたのに・・・。

その縁を切ってしまった影響で、忍さんは死んだ・・・火鳥は、そう言った。


でも。

忍さんが身を投げた、その時の様子が、どうしても・・・どうしても思い出せない。


私は、あの時、病院に向かって走って行った。

ただ、間に合えと願いながら。

息が切れて、急激な運動に足が悲鳴をあげても、私は走るのをやめなかった。



そこまでは、覚えている。



だけど、その先の記憶がどうしても思い出せない。

私は、本当に忍さんを助けようとしたのかすら・・・わからない。

私は、本当に、忍さんの所へ辿り着けたのかも・・・わからない。



 『疑え。』


・・・ふと、妙にエコーのかかった声の言葉を思い出した。



わからないなら、確認しよう。

だから、私は火鳥に聞いた。



「・・・あの・・・火鳥さん・・・忍さんが・・・その、死ぬ直前の時の事、覚えてますか?」

「・・・アンタ、何言ってるの?」


火鳥は呆然とした表情で私に言った。

だが、正直に私は話した。


「実は、私、覚えてないんです。忍さんが、本当に・・・どうやって、いつ、どんな風に飛び降りたのかも・・・」


私がそう言うなり、火鳥はかあっと顔色を変えて、私に近付いてきた。


「あ・・・呆れて、モノも言えないわ!今更、そんなの思い出してどうする訳!?アンタとアタシで、忍が屋上から落ちていくのを見たって言ってるでしょう!?

アンタがもっと早く・・・儀式でもなんでもしてりゃ、こんな事には・・・!」


火鳥に怒鳴られ、石壁に肩を押し付けられた。鈍い痛みが左肩に伝わる。


「あの・・・それは、頭からですか?忍さん、どんな顔してたんですか?」

「どこまで無神経なの!?そんなの思い出してどうするの!?」


それでも、私は火鳥の手を掴み自分の肩から離しながら、正直に質問を続けた。


「最期だからこそ、知りたいんじゃないですか!」

「・・・。」


火鳥は理解できない、といった顔をして私を見ていた。


「・・・私は、覚えていない!忍さんが死んだ所も、彼女が死ぬ前に私をどんな顔で見ていたのかも、覚えていない!

教えて下さい!忍さんは、本当に私達の目の前で飛び降りたんですか!?一体、どんな風に飛び降りたんですか!?」


「・・・それって、現実逃避ってヤツじゃないの!?この期に及んで、忍が死んだ事実を信じたくないだなんて・・・本当におめでたいヤツね!」


吐き捨てるように火鳥は私を責め続けた。


「私を見た時、忍さんは・・・”笑って”ました?」


彼女は、私を見ると必ず笑う。

縁の紐を切っているのだから、私の事を覚えていないのかもしれないが・・・最期は、あの遺影のように作り笑いだったのか、いつものように笑ってくれたのか・・・。


それすらもわからないなんて・・・”彼女を見ていない”のと一緒ではないか。


どうして覚えていないのだろう・・・。

わからない・・・!

そんな大事な場面を見たのだとしたら、忘れる訳がないのに・・・!




「いい加減に認めて、諦めなさいよ、水島・・・あの時、忍との縁を切ったアンタが、全部悪いのよッ!それが結末なの!!」




「・・・・・・・火鳥・・・。」





その一言で、私は目が覚めたような気分に包まれた。

すぐに私の目は、火鳥の手を”確認”していた。



(・・・ああ、間違いない・・・私が、間違っていたんだ。)



たった一つの単語が、私の迷いと疑いを晴らしたのだ。

この不思議な違和感にも、なんとなく”ああ、そうか、だからか”と納得出来た。



私は、持っていた傘をブン投げた。雨の冷たい感触が肌に伝わる。



私は、雨だと錯覚させる水を握り締めた。



・・・私は、記憶を失った訳ではないのだ。



続いて、喪服の上着を脱ぎニヤリと笑った。



「・・・ありがとう。目が覚めたわ。火鳥。」


「・・・何、言ってるの?ていうか、笑ってるの?水島!忍が死んだのは・・・アンタのせいだって言ってるのよ!?」



私は力強く言った。



「いいや。彼女は、まだ死んでなんかいない。」



なぜなら・・・。



「な・・・ッ!?頭おかしいんじゃないの!?忍は・・・!」



なぜなら、忍さんが飛び降り自殺したという事実は存在しないのだから。

私は彼女が飛び降りる場面など見てない。だから、記憶が無いのだ。


だから、今この目の前に広がっている世界、目の前の火鳥も・・・全部、偽者だ!


・・・根拠は、ある。

例えば、目の前の火鳥が偽物である、という根拠。


「”本物”の火鳥はね、以前・・・私が忍さんとの縁を切った時”アンタは悪くない”とハッキリ言ったんですよ。

それに、儀式でもしてりゃ、とか言いましたよね?本物の火鳥なら、私と一緒に決めた、”馬鹿儀式をせずに呪いを解く方針”を貫くはずです。

あの女は、結構頑固なんですよ。自分の主義や考え方を簡単に変えるヤツじゃないんです。


まあ、覚えてない・・・いや、知らないのも当然ですよね?貴女、火鳥じゃありませんからね!

隠しているつもりでも、火鳥の小指についている筈の縁の紐だって、貴女にはまったく無い!


どうですか?・・・結末の大好きな・・・”寿命の祟り神”さん。」



私がそう言うと、火鳥を装ったヤツは、ニヤリと嫌な笑みを浮かべやれやれと呟き、首を横に振った。

そして、くるりと一回その場で回ると、火鳥は・・・派手で赤い着物を着た、寿命の祟り神に姿を戻した。


「・・・ふーん・・・どうやら縁の神が見込んだ通り、窮地に立たされると異常に底力を発揮する典型的主人公タイプのようですねぇ。

挙句、土壇場でピンチを乗り越える、厄介で目障りなタイプだ。本当に・・・、あなたという人は、つくづく邪魔な人間ですねぇ。」


そう言いながら、ニヤニヤと笑う寿命の祟り神。

私は、目の前の祟り神を睨みつけた。


「やっぱり、寿命の祟り神か・・・!」


「貴女のこれからの為に、と思って、心地良い結末の世界を貴女に見せて差し上げたんですが・・・お気に召しませんでしたか。」


寿命の祟り神は、赤い着物の袖をヒラヒラさせ、長い黒髪を揺らし、私に黒い眼を向ける。

何を考えているのかわからない、ただただ黒い眼を見て私はゾクリとしたが、今の私にはそれより怒りの感情の方が勝っていた。


「あ、当たり前だッ!悪い冗談にも程がある!!」


「でもねえ・・・貴女はもう逃れられないんです。女難からも。定められた運命からも。全ての決定権は・・・私達、神の手の内にあるのです。

どんな事をしてでも、彼女は、貴女を手に入れるでしょう・・・。」



「うるさいッ!さっさと私を忍さんの所に行かせろ!これ以上、邪魔はさせない!!」


「あーあーやだやだ、これだから能力に目覚めた人間は気に入らないんですよ・・・たかだか一回祟り神を撃退できただけで、物語の主人公気取りですか?まったく。

・・・ま、いいでしょう。もう少しだけ、縁の神の余興に付き合いますかね・・・。」


そう言って、祟り神は袖をバサリと振り上げた。

私は思わず目を瞑り、次に目を開けた時、寿命の祟り神は、もうそこにはおらず。

病院の消毒薬の臭いがする、暗い階段の前に私はいた。



(私は、幻を見せられていたのか・・・?)



私が、相手にしているのは、やはり人間ではない。・・・そう実感した。



「って、今はそんな事言ってる場合じゃない!!」


今度こそ、現実だ。思い切り床を蹴って、階段を駆け上がる。

祟り神だろうが、なんだろうが・・・関係ない!私はもう後悔したくない!



だから、最後まで足掻いてやる!









   [ 水島さんは抵抗中。 ]








エレベーターを待っている余裕は無かった。自分の足で駆け上がった方が早かった。だから、必死に階段を駆け上がる。


屋上の鉄の扉を開けると、突風にも似た風が私に吹き込んできた。




「いつまで、そうやって待ってるつもり!?」



火鳥の声がする。

私は、息を整えながらも火鳥の声の方向を探した。

首を左右に振り、視線は焦れば焦るほど、思うように定まってくれない。

落ち着け、と自分に言い聞かせ、息を深く吸い込み、吐き出し、もう一度声の方向を探す。



「誰かに助けられても、自分の人生を進んでいくのはアンタ自身なのよ!まだ誰かに連れ出してもらうのを待ってるの!?」



(―――いた!)



「アンタの優秀な頭も、その足も・・・アンタ自身が、アンタの思うとおりの道に前に進む為についてんのよ!!」



火鳥は怒鳴りながら、手すりに半分以上身を乗り出し、片手で必死にバランスを取り、落ちないようにしていた。

もう一方の火鳥の手の先には、おそらく、忍さんがいる、と私は思った。


火鳥の方へ駆け出そうとする私の耳に、火鳥の怒鳴り声がまた聞こえた。


「そして、アンタのこの手はッ!ただの命綱なんかじゃない!


この手は・・・水島を・・・アイツを離さない為についてるんでしょ!?


何もしないうちに、ただ諦めるなんて、このアタシが・・・絶対許さないわよッ!!!」



「りり・・・そんな事言ったって・・・もう私、ダメなのよ・・・私みたいなつまらない人間、彼女と一緒にいても変わらないんだから。」


弱々しい忍さんの声に、足がぴたりと止まる。


「私は彼女が好きだったのかもしれない・・・もしそうだったのなら、私は幸せだったのかもしれない。

でも、今の私には・・・彼女に対する気持ちも、一緒に過ごしたはずの楽しい思い出の記憶も、何も無い!水島さんがいた、という”情報”しか私の中に無いのッ!!」



・・・私の、せいだ・・・!


そう思った瞬間、私の肩に手が掛けられた。


『そう、アンタのせいさ。水島・・・ややこしいだろう?あの女は。』


「縁の祟り神・・・!」


振り向くと、縁の祟り神が嫌な笑みを浮かべて、私の後ろに立っていた。


『アンタが縁を切っただけで、死を選ぶ女。アンタのせいで、烏丸忍は生きがいを無くし、死を選ぼうとしている。・・・アンタになんか、関係ないのにねぇ。

所構わず、自分の性欲・感情をぶつけて来る女、烏丸忍のように死ぬだのなんだの言って、結局アンタに迷惑をかける女。

わかっただろう?アンタには、どう足掻いても、こんなややこしい縁が降りかかってくるんだ。』


私は、縁の祟り神の言う事を無視して、前へ進もうとした。


「・・・ッ!?」


不思議な事に、縁の祟り神に肩を掴まれたままの私は、そこから一歩も動けなかった。

力で振り切ろうとしても、肩にずっしりと手とは思えない重さが伝わり、全身から力が抜けていく感覚すら覚える。


『水島、いいのかい?アンタは、他人と深く関わるのが嫌な人間だ。この先に行けば、アンタは間違いなく、またややこしい事に巻き込まれる。

・・・いい加減、人間をやめてしまいな。水島。アンタは選ばれた人間だ。その力を自分の為に使いな。

こっち側にくれば・・・これ以上、人間に関わらずに済む。人嫌いのアンタにとっては夢のような生活が待ってるんだよ。』



人間をやめて、祟り神として新しい人生を生きる。


言葉の圧力。人嫌いには夢のような誘い文句。


でも、私は解ってるんだ。

そういう典型的な、貴女だけにお教えするお得な情報だのなんだの・・・上手い話には、必ず何か裏があるんだって。


いくら囁かれても、相手が相手だけに、私は信用なんか、まるでしていない。


とにかく、身体を1mmでも動かしたいのに・・・言う事を聞いてくれない。

もどかしい。

鼻息を荒くして、私は右手だけでも伸ばそうとする・・・が、出来ない。


「でも、正直言うと・・・もう限界だわ・・・あと・・・あと10秒で・・・アタシは、この手を離す!だから、自力で上がりなさい!忍!!」


火鳥・・・!あの体制では、確かに限界は近いだろう。せめて、忍さんが上がる気になってくれたなら負担は減るだろうが・・・。


「りり・・・もう無理よ・・・」


だけど、一番良いのは、私が火鳥に手を貸す・・・この一択しかあるまい。



『水島、諦めな。あの人間は、そもそもアンタが救う必要はないんだよ。』



「上がってくるのよ!忍!自分の力で!!・・・10!!」

「りり・・・私は・・・」



私は、右手に力を入れる。すると、徐々に右手は上に挙がる。



「9!」

「お願い・・・」



『あたしの手を取って、祟り神になると宣言おし。そうすれば・・・』



「8!」

「離して・・・りり・・・」


弱々しい忍さんの声は、もはや風の音にかき消されて、聞こえない。

私は、左肩に置かれた祟り神の手に、自分の右手をゆっくりと伸ばす。


「私は・・・!」


右手がゆっくりと挙がる。


「7!」


『そう、そうだ・・・水島・・・こっちにおいで。』


「6!」


「私は・・・!」


「5!」


「私は・・・祟り神に・・・!」


「4!」



『そう・・・そうだ、水島・・・おいで・・・こっちにおいで・・・。』



「3!早く、上がって・・・来なさいよッ!!」

「・・・・・・・ごめん・・・」





「私は!祟り神になんか、ならない!

人間として、一人暮らし満喫生活をするんだッ!邪魔者は、アンタだ!祟り神!

私なんかに構うな!放っておけぇええええええ!!」




叫びながら、私は左肩に置かれた祟り神の手を払いのけた。

その瞬間、びくとも動かなかった身体が縛られていた糸が切れたように動きだした。




「・・・2!」

「ありがとう、りり・・・それから、本当にごめんね・・・。」


火鳥の身体が震えている。本当に限界なのだろう。


「1・・・ッ!」




・・・間に合え・・・!




”パシッ!”





「・・・プラス、300秒ッ!」



届いた。今度こそ、私の手は忍さんに届いた。

安心と共に、手に伝わる人間一人分の重さ。



「水島・・・!?」

「・・・水島さ、ん!?」



火鳥と忍さんは驚いた表情で私を見ていた。

私は目も眩む様な高さを我慢し、忍さんに向かって言った。


「私は、隣の女と同じように、絶対、手は離しませんから!だから、上がってきて下さい!忍さん!!ていうか、火鳥、もう一度、力振り絞れ!引き上げるぞ!」


カウントダウンをしていても、力の限界ギリギリまで火鳥は耐えていた。

なんだかんだ言って、この女は、本当に自分の身の回りで大事なものがわかっていて・・・それを守る為に、尽力する奴なのだ。


「い、言われなくても解ってるわよ!ていうか、アンタ、来るのが遅いのよッ!!」


手を代えて、火鳥が私に向かって怒鳴った。


「うるさい!こちとら、色々あったんだ!せーの!!」

「うるさい!アタシに命令しないで!せーの!!」



女難の女同士が、かつて、こんなにも迅速に行動が一致した事があっただろうか。


「「・・・せッ!!」」



私と火鳥は、忍さんを途中まで引き上げた。

とはいえ、途中から、忍さんが片方の手で、手すりに手をかけ、上がって来てくれたお陰で、スムーズに引き上げる事に成功したのだった。




3人共に息を切らせながら、その場に座り込んだ。


息を切らせながらも私は忍さんを見ていた。

忍さんは息を切らせながら、泣いていた。



私は、忍さんによろよろ歩きで近付いた。



「忍さん。」


「・・・・・・。」



”パシンッ!”



私は、忍さんの頬を叩いた。

・・・年上の人だけど、もう我慢の限界だった。



「何やってるんですか!命を救うべき医者が、簡単に自分の命を粗末にして!

つまんないだの、なんだの・・・よくは、わかりませんけど!私は貴女といる時間は、つまんなくなんか、なかったですよ!

いくらでも笑わせてあげますから・・・ッ!今死ぬなんて言わないで下さいよッ・・・!

大体、今、貴女が死んだら・・・貴女が死んだら、私や火鳥が悲しむんですよ!?それくらい、その頭に浮かびませんか!?」


心の底からの叫びにも似た言葉を、私は吐き出していた。

感情をそのまま他人にぶつける、とは、こういう事なのだろう。

なるべくなら、したくなかった。言ってる内に興奮のあまり言葉がこんがらがるし、傍目からみて格好悪い。

だけど、湧き上がったこの感情は”ちょっと冷静になりましょう”の一言で簡単に引っ込んでくれるようなものじゃなかった。


「・・・水島さん・・・」



確かに、他人は自分がされて嫌な事や言葉を浴びせる事もある。

だけど・・・

時には、その人の事を心の底から思って、あえてハッキリと突きつけて理解させなくてはいけない時があるのだ。


現に、忍さんは命を絶とうとしていた。

正直、私は忍さんの事をよくは知らない。

きっと、色々抱えているに違いないが、それは皆、人それぞれあるだろうし。大体、そういう事を抱えた人に関わる事を私はずっと避けてきた。


だけど、目の前で命を絶とうとしている人を救える手を私が持っているならば、今使わずにどうする、というのだ。

知らないし、深く知りたくもない他人だけど、私にとって、忍さんは私の話をちゃんと聞いてくれた、友人のような人なのだ。


そんな彼女だからこそ、、私は言葉を選び、彼女にぶつかるべきなのだろう。

今までの私は言葉選ぶばかりで決めず、迷ってばかりで行動も起こさなかったが・・・。




今こそ、ちゃんと真正面から向き合い、伝える時なのだ。

今こそ、ちゃんと手を伸ばし、掴むべきなのだ。




「だから、つまらないから死ぬなんていう貴女は、馬鹿ですッ!ホント・・・助かって・・・本当に、良かった・・・!!」




私には、貴女が必要なのだ、と。

それは恋人として、ではないけれど・・・貴女が大切な人に変わりはない。


それが、本当の・・・私なりの気持ちの表現・・・「今まで逃げて、ごめんなさい。」という謝罪になるのだと思う。



「・・・・・・・・・・・。」


私と忍さんを交互に見ていた火鳥は、ふっと背中を向けて、手をぶらぶらさせていた。



「私・・・初めてだわ、真正面から身内でもない他人に馬鹿って言われたの・・・。」


そう言って、涙を指で拭きながら忍さんは、やっと子供のような笑顔を浮かべた。

久しぶりに見るその笑顔に、私も思わず笑みがこみ上げてきた。


・・・ああ、良かった。と心から思えた。


が。


――― チクン!!



頭を貫くような痛み・・・女難のサインが私の頭に痛みとして、現れた。


な、なんだと!?今!?よりにもよって、大団円的な、この空気をブチ壊すというのか!?


ふと見ると、火鳥がこちらをみてニヤリと笑っていた。


「な・・・!?」


何がおかしい!?と言い知れぬ不安に駆られ、火鳥に問いただそうとした私の身体に向かって、鈍い衝撃と人肌の温かさが伝わる。


「だから・・・だから、私は、貴女の事を好きになったんだわ・・・。」

「し、忍さん・・・!?」


忍さんが、大胆にも私に抱きついて・・・って、こんな事を従姉妹とはいえ、人前でするような人じゃなかったよね!?


「思い出した・・・貴女は私の好きな水島さんだって・・・!」

「・・・!」


即座に火鳥を見た。火鳥は相変わらず、満足気な笑みを浮かべたまま、私と忍さんを見ていた。


「思い出した?・・・か、火鳥!?な、何をしたの!?ま、まさか・・・ッ!?」


私は即座に自分の左手を見た。

そこには、私と忍さんを繋ぐ・・・新たに蝶々結びされた、赤い縁の紐がぶらりと垂れ下がっていた。





・・・・・・・・・・・・え?これ、ちょっと・・・え?





「ちょ・・・ちょっと!?火鳥!?」



まさか、火鳥が・・・私と忍さんとの縁を結び直したというのか!?


何故、今そんな事を!?意味が・・・意味がわからない!!

即刻、私の頭はパニック状態になった。



「・・・自分の女難の事くらい、自分でちゃんと処理してって事よ。」

「だから、なんだ!?その”やってやったわよ”っていう、どや顔はッ!誰が望んだ!?」


私は忍さんとの縁を切ってしまった事に、確かに後悔はしていたが、火鳥に縁を結んでくれとは一言も頼んでいない!


「あんな風に感情的になって雑に処理しないで、今度こそ”アンタなりのやり方”で、けじめはつけなさいね。」

「だから!私が、いつ、何時何分何十秒前に貴女にこんな事をしろと頼んだんだッ!?」


私のツッコミも火鳥は、鼻で笑って取り合ってくれない。


「・・・フン・・・とにかく、これで借りは返したわ。もう手なんか貸さないわよ。」

「人の話聞いてますー?勝手に何をしてらっしゃるんですかー?って聞いてるんですけどー!?」


「うるっさいわね・・・。」

やや気だるそうに火鳥が言って、ふらっと手すりにもたれかかった。


「大丈夫ですか?」

私がそう聞くと、火鳥はふうっと溜息をついて言った。

「・・・誰かさんがもっと早く来てくれたら、もっとマシだったわよ。」


・・・こんな口利けるんだから、大丈夫だね!(怒)


でも、火鳥の消耗ッぷりは明らかだった。

忍さんを引き上げるのにかなり体力を消耗したのか、縁の力を使いすぎたのか・・・多分、両方だろう。

なんだかんだ言いつつ、火鳥は・・・凄い女だ。

性格は悪いけど、私と違って自分の目的の為なら、本当になんでもやる。やりきろうとする強さがある。


・・・私は、ダメだ。

何度もこうだ!と決めても、すぐに折れてしまう。

諦めないぞって啖呵は切れるけど、壁にぶつかるとどうしても勢いが止まる。


(諦めない姿勢を維持するだけじゃ、ダメなんだ・・・。)


壁を壊す力や登る力、知恵・・・それらが圧倒的に火鳥より私は少ない。

私だけだったら、忍さんは救えなかったかもしれない。

それに・・・この縁の紐だって・・・

前みたいな関係に戻れたのだから、少しだけど繋がってくれて良かったかも、なんて思えるのだ。


(・・・借り、返してもらったどころか、私が火鳥に借りを作ってしまったようなものだ・・・。)



「・・・じゃあ。お邪魔しましたぁ。」


嫌味を吐きながら、火鳥は少しふらつきながら、屋上の出口へと向かって歩いていく。


「うん、りりは察しが良いから好きだわ。ありがと♪」


・・・一方、私はご機嫌な忍さんに抱きつかれたまま、だ。


「ま、待ってー!火鳥!こんな状況の私を一人にしないでーッ!!」


気まずいし、なんか今の忍さんは、私の知ってる忍さんじゃない!!


「ハッ!知らないわよ。そこの従姉妹は一度開き直ったら、手が付けられないんだから。」


そんな従姉妹を放って、私に預けて行くなあああああああああ!!お願い、火鳥!退場しないで―ッ!!


「あら、わかってるじゃない、りり。・・・という訳で、水島さん?」


不気味なくらい上機嫌な声に、恐る恐る、私は、自分の顔の間近でニコニコ微笑む忍さんを見た。


「あ・・・は、はい・・・?」


「私は・・・もう、ご存知の通り、貴女の友達じゃなくて、恋愛感情をもっている”女”だから。頭の隅にでも意識はしておいて、ね?」


「・・・は!?え・・・あの・・・はあ・・・。」



ひ、開き直っちゃった!!完全に、この人、開き直っちゃったよッ!!

どうしよう!?まともだと思ってた人が、開き直って帰ってきちゃった!!


「それから・・・」

「ん?」


さっきまでニコニコしていた忍さんが、言葉を詰まらせた。そして、頭を少し下げて私にしがみつくように抱きついた。


「なんか・・・今になって、怖くなってきちゃった・・・申し訳ないけど、もう少し・・・このままでいて・・・水島さん。お願い。」


忍さんは、震えていた。


「・・・あ・・・はい・・・。」


私はそのままの体制をキープする事にした。


忍さんが額をしっかりと私の肩につけて、背中に腕を回した。

少し震えている忍さんの背中に、私はそっと手を添えた。



「ねえ、水島さん・・・貴女が自分の人生を送る上で心掛けてる事って何?」

「な、なんですか?突然・・・。」


抱きついたまま、忍さんは妙な事を聞いてきた。。


「ポリシーみたいなもの。貴女って、そういうのちゃんとしてそうだから。」

「・・・うーん・・・一人で過ごす事・・・いや・・・それは好きな事だし・・・」


ポリシーと言われても・・・とにかく一人暮らしをエンジョイする、とか・・・は、なんか違うし・・・。

ふと、思いついたのが。


「・・・諦めない事。」


火鳥にお前はしつこいだの、しぶといだの言われてたから・・・きっと、私は諦めの悪い女なのだろう。

そう思い、頭の中で簡単にまとめると、実に私のポリシーみたいなものが出来上がった。



「私は、絶対に諦めたくないんです。周囲の人の行動や考え方は、どうにも出来ませんけど

自分の意思だけなら・・・自分の人生の方向だけならば、自分で決められます。

いや、私は、それを自分で決めたいんだと思います。それだけは、絶対に、絶対に・・・他人にも、いや、誰の手にも渡したくはないんです。

その・・・嫌というか・・・自分が後悔、したくないから・・・だから、私は私の人生の行き先を簡単に諦めたりできません。・・・私の場合、それだけ、です・・・。」


言い終わってから、私は苦笑した。

我ながら、クサイ長台詞だな、と思う。


「そっか・・・。」


忍さんは、自分の人生に何か迷いがあるのかもしれないl。

思い通りに生きていけない、とか・・・。


「きっと・・・自分の人生は・・・自分で決めて、変えて良いんですよ。」


人の人生に対して軽々しく言ってしまったかな、と私は思った。


「そうね・・・。」


忍さんの声が柔らかくなった。


(言って、良かったのかな・・・)



ふと空を見上げると、雲は晴れて、くっきりと月が浮かんでいた。


(・・・ひとまず、なんとかなったけど・・・。)


なんとかなったけれど・・・なんか、ややこしそうな女難が・・・また、増えた気がする。

複雑な気分を抱えながら、それでも私はそれなりに、良かったと思っている。後悔はしていない。

それを選択したのは、私なのだし、悔いは無い。・・・あとは、火鳥が悪いんだし。


 ※注 結局、他人のせいにする女、水島さん。



忍さんは、もう大丈夫と言って立ち上がると、私を自宅近くまで車で送ってくれた。

ちらりと忍さんの横顔を見る。

さっきまで屋上から身投げしようとした忍さんとは思えないくらい、普段どおりの忍さん。

いや・・・あの時の忍さんだって、私が知らなかっただけで、立派な忍さんの一部なのだ。


(他の皆も・・・ああいう一面があるのかな・・・。)


女難、という一言で片付けてはいるが、私は・・・彼女達の事を知らなさ過ぎる。

必要ないと思ってたし.、これからだって知る必要があるとは思えない。


(これは知りたいんじゃなくて、単なる、興味・・・)


頭の中で呟いて、すぐに矛盾に気付く。


・・・興味?他人に?・・・まさか!


「・・・水島さん、どうかしたの?美川○一のモノマネ?ホント器用ね、似てるわよ。」

「・・・いや、モノマネしてませんけど・・・。」

「え?あ、ごめん!」

忍さんは褒めてくれたが、やってもいないモノマネ顔をしていた私は心中複雑だった。


「信じられなかったけれど・・・本当なのね・・・貴女とりりが言ってた事・・・」

「呪い、の話ですか?」


「・・・うん、見えない力ってモノを実感したわ。貴女が私の傍から去った時どうにも出来なかった。私の目の前に貴女が現れた時だって・・・私、貴女の事半分以上忘れてたし、助けられちゃったし・・・。」

「・・・大体、どうしてあんな事・・・」


「・・・貴女に会う前の私に戻ったからだと思う。」

「戻った?」


「水島さんとの出会い、貴女の事、思い出を忘れてしまったら・・・私、コンビニに行く感覚で死んでたと思う。」

「め、滅多な事言うもんじゃないですよ!?」


忍さんの場合、なんかあり得そうで冗談に聞こえない!怖い!


「・・・貴女はそう思うだろうけどね。

それだけ、以前の私は自分の生き方が嫌いだったの。嫌いだけど、そんな状況を打破する事もしなかったし、考えなかった。

家族の安定を守るだけのつまらない人生をずっと歩んでいくんだって、決め付けてた。

貴女みたいに嫌なモノにぶち当たっても、諦めないって意思を持つ事すらも放棄して、流されて・・・ただ他人を羨んで、そんな自分をまた嫌いになる、その繰り返し。」


やはり、忍さんにも・・・影はあったのか、と私は思った。

悩みは誰でも持ち合わせている。大なり小なり誰でも持っているモノだ、とはよく言うが、本人にとっては・・・大きくて重いものばかりだ。


「最終的には、誰かがきっと助けてくれるなんて、考えて・・・自分から動く事を忘れてた。」


ハンドルを握る忍さんの表情が、また寂しそうなものに変わる。

何か言葉をかけようか、と思うが上手く見つからない。


「でもね」


忍さんの声が、また明るくなった。


「水島さんに会って・・・貴女に自分一人で人生を考えて、歩む楽しさを教わったの。

何より、貴女の傍にいるだけで、過ごす時間が、今までの何より楽しめたの。

多分、それは私だけじゃ無いと思うな・・・貴女に出会って貴女の事を好きだっていう人は、きっと貴女に何かを変えられた人なんだと思うよ。」


「そんなオーバーな・・・何もしてませんよ?」


「ううん、貴女は間違いなく・・・私を変えた。

明日がどうなるかワクワクして眠れる事が・・・私にとっては、どんなに嬉しい事か・・・・・・あ、ごめんなさい。貴女にとっては、こういう話はプレッシャーよね?」


忍さんは私をチラリと見て、苦笑した。


「とにかく・・・縁の紐、だっけ?それが切れた日からかな・・・

そういう明日へのワクワク感がなくなって・・・息苦しささえも感じなくなってね・・・」


忍さんの言葉がまた詰まった。


「このまま生き続けて、もっと下に落ちる前に死んじゃえばいいんじゃない?って声が聞こえたような気がして・・・ああ、そうだなって・・・。」


そんなにも追い詰められていたのか、と同時に、私は”声”に反応した。


「・・・声?」

「あ、いや・・・実際に誰かが言った訳じゃないの。誰もいなかったし。非科学的よね。

・・・多分、精神的に追い詰められて、そういう声が聞こえた気がするっていうだけ。」


祟り神に呪われてなければ、私だって気のせいで済ませていただろう。

しかし・・・私の周囲には非科学的な事象で溢れて、はみ出て、ベロベロ状態だ。


・・・声の主に、心当たりが無い訳ではない。


私が忍さんとの縁の紐を切った事で引き起こされた事とはいえ・・・忍さんがこうなった、原因は・・・


元はと言えば・・・祟り神のせいかもしれない。もしくは、私が呪われている影響・・・。


(だったら・・・やっぱり、このまま呪われっぱなしって訳にはいかないよね・・・。いや、当初から呪い解く気満々だけどさ・・・。)


呪いを解こうにもトラブル続きで、ちっとも進展しない。

考えようにも今日はもう・・・疲れた・・・。

とにかく、今日は喉も身体も全身を使いきって、疲れた。


(火鳥も同じだろうなぁ・・・。)


「水島さん、ここら辺?」

「あ、はい。」


忍さんは私のアパートの前で車を停めると、私の手を握った。


「・・・ありがとう。来てくれて。」


真っ直ぐ私を見つめる忍さんに対し、私は・・・なんだか申し訳なくて、目を逸らした。


「・・・いえ・・・。」


私が、忍さんを巻き込んだかもしれないからだ。

忍さんは私と出会って楽しいって言ってくれたけれど、私との縁の紐が切れたら、こんなにも危ない目にあったのだ。

だから・・・良い訳が無い。

私は挨拶をすると、車から降りた。


階段を上がり、道路を見ると忍さんが運転席から手を振ってくれていた。

私は軽く会釈をすると、玄関の鍵を開けて、自分の部屋に入った。

靴を脱ぎ、電気を点け、コートを脱いでそこら辺にぶん投げて、ソファに身体を投げ出し寝転がり、テレビの電源を入れる。


とりあえず、部屋に音を入れる。


疲れすぎて、声も出ない。

何か飲みたいな、と思っても身体を起こすのも億劫だ。


祟り神が言っていた言葉を思い出す。


私は選ばれた人間であり、選択権など無い。人間をやめて、祟り神になれ。  その言葉が繰り返し頭の中に響く。


この先も祟り神は、私を祟り神の仲間に引き込む為に何か仕掛けてくるのだろうか。

今回のように、誰かを死の運命に引き込んででも、私を祟り神の仲間にしたいだなんて・・・どうしてだろう?


単に、人嫌いの私を人から遠ざけてくれる、という都合の良い話なんかではないだろう。

何か、裏があるに違いない。


・・・それに関しては、専門家スト子が調べてくれている筈だ。

今の所、スト子頼りというのは気に入らないが、祟り神への対抗手段のほとんどは専門家の彼女が担っていると言ってもいい。


「とにかく、今日は疲れたな・・・。」


タバコを探しながら、テレビのチャンネルをぽちぽちと適当に回す。

この時間、何をやってるんだろうか、とタバコを口に咥え、ぼうっと寝転がったまま、私はテレビを見ていた。



すると、いきなりドラマのワンシーンから、映像が報道センターに切り替わった。



『番組の途中ですが、ここで、緊急報道をお伝えします。』


「・・・ん?」



『”スカイストーカー”の異名を取る、全国指名手配・影山素都子容疑者が遂に逮捕となりました。

繰り返します。影山素都子容疑者が、先程○○駅付近で逮捕されました。』




た・・・





頼みの専門家、捕まった――――――ッ!!!






『この逮捕劇には、一件の匿名の電話での情報提供があり、警察は・・・』


何故、今、大事な時に、あっさり捕まってるんだよッ!お前は、そんな所で捕まるような不審人物じゃないだろ!?

 ※注 不審さと警察回避能力にかけては水島さんの中で、定評のあったスト子。



「う、嘘だあああああああああ!!」



祟り神への対抗手段を、情報も・・・私は失った。

・・・ゼロからのスタート・・・いや、むしろマイナス・・・。



テレビの画面を見つめながら、言い知れぬ不安だけが、私の心を支配していた。



どうすんだよ!これから―――ッ!!



パニックになりながらも、私は携帯電話をバッグから取り出した。

とりあえず、火鳥に電話しなくちゃ・・・!

何はなくとも、すぐに連絡を取るべきは、同じ境遇の火鳥だろう。

すると、私の携帯電話から、着信音が鳴った。

きっとTVを見た火鳥だ!と思った私は、、着信相手も確認せずに、すぐに通話ボタンを押した。


「もしもし?火鳥!?」

『・・・父さんだが?』


その声を聞いて、私は”やっちまったな”と額をパチンを掌で叩いた。


「ああ・・・父さん・・・何かあったの?」

『火鳥というのは・・・お前と・・・その・・・そういう関係か?』


・・・そら、きた・・・親のなんか複雑な気分だけど、受け止めますよ、良かったね、で、どこまでいったの?結婚する気あるの?みたいな、そのテンションの声。


「そういう関係ってどういう関係よ!?はあ・・・違う違う。火鳥は女の人で父さんの想像してるような関係の人じゃないの。」

『お前に今、父さんが何を考えてるのか、わかるのか?』


少し呂律が回っていないような・・・怪しい。


「いや、そんな事一言も言ってないけど・・・父さん・・・もしかして酔ってる?」


ふと、私はそうたずねた。


『・・・ああ、母さんが家に帰って来たんだ。何故か、外国の女の子連れて。今、テキーラをいただいた。3杯いったぞー』

「なッ!?なんですって―――ッ!?」


まず、テキーラはどうでもいい。

離婚届けを残して家を出た、あの母が帰って来ただと・・・!?

「ねえ!父さん!母さんが、家にいるの!?ていうか、外国の女の子って誰!?」

『お前の妹的存在だとさ。・・・モ○クロでいう、し○りんポジション?』

「妹のポジションの話しているんじゃねえ!だからソイツは、誰なのッ!?」


母は帰ってきて構わないが、妹の存在が気になる!!


『ああ、いい子だぞ。』

「と、父さん!まさか、その子と母さんと一緒に住む気!?」


『母さんがそう言って聞かなくてなー・・・いやーすっかり盛り上がったんで、これから、父さんが尻からみそを生成する所をみせようかと・・・


”ピッ”


私は電話を耳から離し、通話終了のボタンを押した。

「・・・・・・・・・・。」


すると、また電話が鳴った。


”ピリリリ・・・ピリリリ・・・ピッ”


「・・・もしもし?」


私は不機嫌な口調で電話に出た。


『すまんすまん、父さんの話の途中で切れちゃったな。はっはっは』

「切ったのよ!単に脱糞シーンを海外の女の子に見せようとする父親なんて情けないわよッ!いつまで酒で自分をごまかして、下半身にこだわってるのよ!!しっかりしてよ!

ちゃんと、母さんと話してよ!いつまで好き勝手させておく気なの!?自分の家族の事、心配じゃないの!?」


私は、泣きながら父を一喝した。

動揺する気持ちはわかる。だけど、いつまでもそんな父さんを、私は見たくない。


『・・・・・・・・・・そうだな、ごめんな。』


父のテンションが一気に下がり、通常の父に戻った。


「ごめん、怒鳴っちゃって・・・でも、この頃の父さんは、私に対しても、母さんに対しても、何も言わないで自分をごまかしてるばっかで、自分の本当の気持ちでちゃんと話してない気がする。」


それは・・・今までの私にも当てはまる所だったが。経験者だからこそ、語れる事がある。


『そうだな・・・父さん、そんな所があったのかもしれない・・・。』

「父さん・・・」


『お前の話で、こんな話を思い出した。いいか?娘よ、人生には大事な袋が3つある。一つはおふくろ、2つ目は胃袋、3つ目は金玉・・・


”ピッ”

私は電話を耳から離し、通話終了のボタンを押した。

「・・・・・・・・・・。」


・・・もう、今日の父はテキーラで・・・なんというか・・・ダメだ!!


すると、また電話が鳴った。


”ピリリリ・・・ピリリリ・・・ピッ”


「もしもし、父さん?あのね!!金○袋っていうオチ解ってたから電話切っただけよ!?もう下半身にこだわるのやめてよ!」


私の悲痛なる声の後、聞き覚えのある溜息が聞こえた。


『・・・・・アンタの所の家族って、随分と低俗な話してんのね・・・。』

「か・・・火鳥!?」


恥ずかしい!これは、恥ずかしい!!


「いや、こ、これはその・・・父が酔って電話をかけてきて下ネタ話を・・・」

『そういう言い訳は必要ないわ。・・・アンタ、TV見た?』


あ・・・言い訳にされちゃった・・・。

まあ、仕方が無い。話を本題に戻そう。


「・・・見た。それで今、電話かけようと思ってたんです。

スト子が・・・逮捕されたら、もう祟り神に対抗出来る手段が・・・!」


問題は、私達に祟り神の対抗手段を教えてくれていたスト子が逮捕されてしまい、情報もアイテムも入手出来なくなった事だ。

せっかく祟り神に対抗し、そのまま一気に呪いを解ける、と思ったのに・・・。


『アンタ、今度の休みいつ?』

「こ、今度の土曜日だけど・・・」




『そう、じゃあその日に例の諏訪湖の石を調達しに行きましょう。

ストーカー女の集めてた資料もみたいけれど、逮捕されちゃったしね。部屋に入るまでには少し時間がかかるけど、使えるモノがあれば手に入れるわ。非合法でもね。

・・・余計な事を喋るんじゃないわよ?』

「・・・はい・・・!」


私はスラスラと悪党の台詞を喋りながら、この危機を乗り越えようとする逞しい火鳥に心から感心した。


『・・・大体、ストーカーに頼る方が間違いなのよ。アタシ達の問題なんだから、アタシ達で動かなきゃ。

敵の正体が解ったんだから、後は潰す為に動くだけよ。』

「火鳥・・・!」



ああ、火鳥・・・いつになく、頼りに出来そうな感じがする・・・!火鳥!さすが、攻撃的な性格!


『やるわよ、水島。アタシ達に喧嘩売ったヤツに、一泡も出ないまでに・・・潮を吹かせ続けてやるわ!』



「お前も下ネタか――――ッ!!!」



・・・私は、力の限り叫んでツッコミを入れた。


しかし・・・一体、私達はどうなるのだろう?

本当に、こんな調子で呪いは解けるんだろうか・・・。



・・・そんな不安だけが募っていった・・・。







― 水島さんは抵抗中。・・・END ―




あとがき


まず・・・忍さん好きの方には、ご心配をおかけしました。

人気キャラだから助かった訳ではなく、水島さんが成長していく上で必要なイベントだったのです。

火鳥さんの粋な計らい?で、縁も復活しました。・・・でも、これで良かったのかは、わかりません(笑)

そして、胡散臭さ200%の祟り神達との争いに、唯一の対抗手段であった専門家・スト子は、今回まさかの退場となりました。

果たして、水島さんに、この先、平穏な日々は訪れるのでしょうか?

次回は、久々にあのキャラが本編に登場します。お楽しみに。


2014.02.09 修正しました。

大分、後々の事を意識した感じの加筆修正をしました。

次回から最終部ですが、大きく修正します。

読みにくいとか・・・翻訳しにくいとか・・・展開がアレだとか・・・色々言われた最終部ですので・・・ここからはガツンと気合入れてやらせていただきます。

ここから、序盤にあった笑いだけの内容ではなく、水島さんの成長や彼女の大小様々な悩みや葛藤をいれていきます。

展開的に、かったるい主人公のグジグジした悩みが出てきたり、非協力的な人間ばかりで、スムーズに物語が進まず、本当に鬱陶しいとは思います。

色々な考え方やおっしゃりたい事、正論、マジレス色々あるでしょうが・・・そんなサックリ進んでしまったら、誰も苦労しないし、お話として成り立たない、と私は思います。

これからのお話は、普通のOLには全く縁の無い展開が連続でやってきます。

ご指摘されました、展開、主人公のウジウジ具合、登場人物達の振る舞い等、反省に反省を重ねまして、出来る限り丁寧に描き物語として最終部として一つ一つ相応しいモノに仕上げていきます。

ご覧いただく方々に少しでも楽しんでもらう為、私も皆様からの貴重なご意見を参考にし、努力を致しますので温かく見守っていただけますと幸いです。