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私の名前は水島。

悪いが下の名前は聞かないで欲しい。

年齢は25歳、普通のOLだったのだが、一歩街に出れば・・・



「水島さぁん!」



女性達がもれなく私の元に、変な欲望を抱えてやって来る!!


「水島さん!?ここで会えるなんて思わなかったわ!あの、食事とかフフフンとか・・・しない?」

「いや・・・今から連れも来ますので・・・!(食事”フフフンとか”ってなんだよ!?それで、伏せてるつもりか!?他にも何かする気満々じゃないか!!)」


私は、目の前の女性からの妙に熱っぽい視線から顔を背け、伸ばされる数々の手を、身体を捻って避わす。

以前は見えなかったが、赤い紐は所謂”好意”の塊である。それが、私目掛けて飛んでくるのだ。

どこからどう考えても、赤い紐=女難トラブル、である。

この畜生な紐は、避けても追ってくる上、動きがバスケやってる影の薄い男子学生並に大変トリッキーな事が多くどんどん避けきれなくなるし、避けている私の動きが不審者になるので、ここは紐を切るしか方法はない。

紐の狙い先は解っているのだ。

紐は、”私の小指”を狙っているのだから、そこさえ理解していれば紐を掴む事など簡単だ。

無数の赤い紐を私は鷲掴み、ブチブチと切る。大抵の赤い紐は、途中で切ると動きが止まる。

紐が指に巻きついても、すぐに切れば縁は出来ない。

縁は出来ないんだけど・・・!


「あ、あのっ!私もッ貴女なら女同士でもいいかなって思ってきちゃってー☆」

また出た!制服着た若い女の子が私の肩に手を伸ばしてくる。

「思うだけにしてッ!!」

女子高生の手から伸びた紐を掴み、切る。


(ああ・・・くそ・・・!やっぱり駅の近くは人が多いから、女難に遭う確率が格段に跳ね上がる・・・ッ!)

普段なら、速攻で身を隠すのだが・・・何せ、私にはこれから待ち合わせがある・・・!


(もっと人気の無い場所は無かったのか!?せめて時間くらい守りなさいよ!待ち合わせの時刻、五分前には到着してなさいよッ!ときメモの主人公は待ってくれても、私は帰るぞッ!!)


心の中で悪態をつきながら、私は早歩きで進みながら、紐を切る作業に徹していた。

切っても切っても・・・女性が周りにいれば、縁の紐は無限に湧いて出てくる。しかし、その紐を切る力には”限界”があるのだ。


あと10分待たされるようなら撤退しなければ、と私は決意した丁度その時。

「火鳥さぁん!!」

・・・という、発情した猫みたいな声が聞こえた。


(やっと来たか・・・。)


待ち人、やっと来る。


「・・・火鳥さん・・・あの夜の事を覚えてる?」

「さあね!覚えてないわ!!」


カツカツとハイヒールの音をさせて、やや冷静を装った早歩きでこっちに向かってくる火鳥。

その後ろに大人数の女性がぞろぞろと後をついて・・・、いや、我先に火鳥の身体に触らんとし、不気味に身体をくねらせている。


・・・気のせいだろうか・・・なんか、夜のお仕事系の女性が多いような・・・。


(どうせまた、自分の為だとかいって利用しようとして、悪目立ちしたんだろうなぁ・・・)


 ※注 二人に付きまとう、大まかな女性分類。

 水島→ 女子高生・女子大生・社会人・老女。  火鳥→ 中学生・社会人・熟女・お水系。


女性達の先頭で火鳥が慣れた手つき・・・いや、小指ブレードでひょいブチひょいブチと、縁の紐を軽々とブチ切っていく。

(・・・なんだか・・・火鳥すごく手馴れているなぁ・・・。)


火鳥には、紐を避ける素振りは一切無く、ただ指についた紐を小指で軽く巻いて、切る・・・それだけの動作をしていた。

簡単なように見えるが、紐はああ見えて重さがまちまちだ。ややこしさが高ければ高いほど、係わりが深ければ深いほど、紐は格段に重く、堅く、小指で切るのが困難になる。

いくら出来たての縁とはいえ、それをサッサと切れてしまう火鳥の縁の力は、私なんかよりずっと強い事が解る。

覚醒だの、イザとなったら爆発的な力が出るとか、主人公補正だとか・・・言われたけれど、そんなものいらない。

私は・・・日常を守る為の平均的な力が欲しい。主人公クラスの大それた力なんか要らない。

もっと補佐的な位置でいいのだ。スーパー戦隊の上司の部下あたりでいい。モニターで5〜6人の戦隊を応援し、時々秘密道具を差し入れする、そういう位置でいい。


火鳥は、さしずめ”戦隊のレッド”かな。(どっちかというと、敵幹部がお似合いだけど。)

華は間違いなく私よりあるし、我侭を通す力だって、私よりあるし。


(・・・だからかな・・・私が祟り神になれるかも、なんて誘いをかけられたのは・・・。)


華々しい火鳥が眩しいくらいだ。最近の火鳥を見ていると、同じ人嫌いなのに自分が本当に嫌になってくる。

火鳥だけじゃない。女難チームの皆さんだって、皆・・・華があって、輝いていて・・・その光を容赦なく湿った私に向けてあててくる。

ああ、呪われてさえいなければ、私達は本当に関わる事など無かったのだな、と思い知らされる。

別に羨ましい訳じゃない。ただ、ただ・・・自分の嫌な所が、彼女達の光で照らされて晒されて・・・落ち込む。

・・・祟り神には、そこを見透かされているような気がして・・・。





「ああ、いたいた。待たせたわね、水島。」


悪気のない火鳥の台詞に、私は顔を引きつらせながら答える。


「いいえ、全然!30分程クソ待ちましたけど!気にしてますけど!」


私は、火鳥に一言言いたい。


・・・だから、反対だったんだ!女難の女同士で駅前で”待ち合わせ”なんて!・・・と!


縁の紐をブチブチと切りながら、私達は待ち合わせ場所の○×駅前でお互いの顔を見合った。


「何?あの女!水島さんの彼女!?」

私の後ろから、縁を切り損ねた女性の声が聞こえる。・・・いつの間に私の名前を知ったのか。


「やだ!何?あの地味な女!火鳥さんの彼女!?」

火鳥の後ろから、火鳥が縁を切り損ねた女性の声が聞こえる。



「水島さんは私のものよ!」

「うるさいわね!だったら、火鳥さんは私のものよ!」

罵りあう女性達の言葉に、私と火鳥は口を揃えて呟く。

「「誰のものでも無いわよ。」」


「下品な女!便所の壁紙みたいな服ね!」

「そっちこそ、下品な服ね!使用済みのトイレットペーパーかと思ったわよ!」

罵りあう女性達の言葉に、私と火鳥は口を揃えて呟く。

「「・・・お前等まとめて下品だよ。」」


駅前でキーキーと罵り始めた互いの女難チームに、私達は心底ゲッソリした気持ちで視線を合わせる。

昼間の駅前の会話とは思えない、放送禁止用語がズッコンバッコン聞こえてくる。

女達の口の悪さを表現するのに、”毒舌”なんて言葉は似つかわしくない。それほど酷いのだ。


「「・・・・・・・・。」」


もはや、交わす言葉も見つからない。



「な・・・なんだ?あの集団・・・!」

「女同士固まって、罵り合ってるぞ・・・!」

「あの真ん中にいる、地味な女と派手な女が頭か!?」


私達を見て不思議そうに見つめる一般の方々。


「「・・・・・・・・・。」」


私と火鳥は目を一瞬だけ合わせ、すぐに伏せ、溜息をついた。


「ママー、あの人達なんでケンカしてるのー?真ん中のお姉ちゃんは悪い人なのー?」

「しっ!見ちゃいけません!」


「「・・・・・・・・・・。」」


も、もはや・・・交わす言葉も見つからないわ!くそっ!(泣)


「ああ、もう・・・移動しましょうか。」

ウンザリしたような口調で火鳥はそう言った。

「あ、ああ、そうですね・・・。」


一方私は、少し力を使いすぎたのか、なんだか体が重だるさを感じていた。

縁の力を使うと、何故だか身体の内側からグニョグニョになるような気だるさが襲ってくる。

勿論、女難に対してのストレスのせいかもしれないが・・・火鳥が遅れて来なければ、こうはならなかったとも言える。


「近くの駐車場に車を用意してあるわ。右の道を切り開いて、行くわよ!」

「ええ!」


火鳥に言われたとおり、私は人ごみをかきわけ、走り出した。

ついでに縁の紐もついてきたが、手で必死に払いのけて走った。


火鳥程の力は無くとも、足手纏いにだけはなりたくはなかった。

自分の事は自分で、だ。


私と火鳥は、ある決意をしていた。


私達に呪いをかけた祟り神に対抗するには、知識も、力も足りない。

挙句、頼みの専門家・スト子は国家権力に捕まってしまった。・・・いや、そもそも犯罪を犯してるんだから、捕まって当然なのだが。


それにしたって、このタイミングは悪すぎる、としか言いようがない。

だが、”専門家がいない”だの、”対策どうしよう”だの、弱音を吐いている時間はない。

ここで私達なりに行動しなければ、祟り神達の玩具としてヒイヒイ言わされる生活が続き、挙句死んでしまうのだ。


もしくは・・・人間をやめ、祟り神になるか・・・。


勿論、そんな生活は望んでいる訳がない。

なんとかして、祟り神に対抗する力を手に入れる必要があった。



そこで私達は休みを合わせ、今日、行動を共にすることにした。

火鳥の車に素早く乗り込み、顔を上げる。


目指すは・・・




「いざ・・・”諏訪湖”に!」



そう、私達は諏訪湖に行く!!

・・・ただ、単に・・・”石を拾いに行く”為だけに!貴重な休みを無駄にして!!(泣)



「とにかく、拾えるだけ拾うわよ・・・!」


火鳥は、車を走らせながら、そう言った。


「勿論。ぎっしり拾って行きますよ・・・!」


諏訪湖の石は何故か祟り神に有効である、という情報だけが手元にある。

つまり、今の私達にまず必要なのは、その石なのである。

持っているだけで、祟り神を寄せ付けない力があり、大きい石で殴れば一時的に祟り神を退かせる事も出来る。

屈辱的な事に諏訪湖の石がなければ、私達は祟り神に対し、まったくの無防備なのだ。


それというのも、石で結界なるものを作らないと、祟り神は私達の情報を盗み聞く事も、寝込みを襲う事も出来る訳で・・・。


そんな事を聞かされた私達は、まず自分達のプライバシーを守る必要があった。

私も火鳥同様、石を拾う気満々だった。


意気込みは良いものの、私は、なんとなく気分が優れなかった。

気だるさもあったが、なんとなく嫌な予感がしていた。


「何?あれ・・・」


ハンドルを握る火鳥が険しい表情で呟き、車を停止させた。

すると警察官らしき男性が車に寄って来て、窓をコンコンと叩き、頭を下げた。

火鳥が窓を開けるなり、警察官の男性は申し訳なさそうに言った。


「すいません、事故の為、この先は通行出来ません。」

「・・・何分かかるの?」


火鳥が顔を引きつらせながら聞くと、警察官はまた申し訳なさそうに頭を下げながら指を向こう側に指し、言った。


「いや〜現段階では何とも言えないですね。まだドライバーさんが車内に閉じ込められてて救助中なんです・・・だから、迂回してください。すいませんね。」


遠くから、痛い寒いという女性の泣き声が聞こえてきた。

「酷いんですか?」

「幸い命に別状はなさそうなんですがね・・・車体が潰れて、ドライバーさんのお腹がつっかかってしまってねぇ・・・あれじゃ、肥満大国アメリカを笑えませんよ。」

やれやれ、と言いたげに警察官は溜息をついた。


「・・・妊婦の可能性は無いの?」

火鳥がそう言った。すると、警察官は少しの間の後、慌てて現場に戻って行った。


「どうやら、確認もしてなかったみたいね・・・ただのデブだろうと、なんだろうと自分の仕事をしないヤツは大ッ嫌い。」


私は火鳥が妊婦の可能性を考えていた事に少し驚いた。

現場がさっきより騒がしくなってきた。


どうやら、本当に妊婦だったらしい。救出はより時間がかかるだろう。

ここで待っていても無駄なようだ。


”急がば回れだ。ここは仕方ない”、と私は言い、迂回ルートを提案した。

急いでいるなら、回る無駄な動作はしたくないのが火鳥という女なのだが、目の前の事故現場を見て納得したようだ。

火鳥は、カーナビに違うルートを探させた。


「こっちのルートで行くわ・・・かなり遠回りになるけれど。」

「はい、お願いします。」


時間はかかるだろうが、到着すればいいのだ。

目的を果たすのが、第一である。


・・・だが。


またしても警察官が道を塞いだ。


「すいませ〜ん!この先で事故があってニワトリが大量に逃げてましてね、迂回してください。」


道路一面に白い羽。警察官に闘志剥き出しで突くニワトリに、逃げるニワトリ、諦めたのか座るニワトリに、なぜかここで産卵したニワトリもいる。

ニワトリ天国状態の道路を見て、私達は口を半開きにした。


「とまあ、こんな状態でして・・・すみません。」

警察官は苦笑して、引き返すように促した。


私は火鳥に目配せをして、火鳥はカーナビに別ルートを探させた。

やがて、火鳥の舌打ちが聞こえた。どうやら今度も遠回りらしい。



「違う道を行くわよ!」



時間はかかるだろうが、到着すればいいのだ。

目的を果たすのが、第一である。



だが。


今度は警備員が車の前に立ちふさがった。

すぐ後ろには、横断幕を持った人間が声を張り上げ、拳を突き上げながら歩いていた。


 『××反〜対!!』  『反対〜!!』 『女性の権利を守れー!』


「すいません、この先でデモ行進がありまして、車の通行は出来ないんです・・・迂回してもらえませんか?」


しかも、女性団体のデモか・・・。


 『××反〜対!!』   『反対〜!!』 『女性の権利を守れー!』


「デモ!?訴えたい事があるなら、せめて迷惑かからないようにやりなさいよッ!デモなんて権力者にとっては、ただのお遊戯会よ!!」


 『××反〜対!!』   『反対〜!!』 『女性の権利を守れー!』

突っ切って行きたいのはやまやまだが、相手が女性である。


女難の女×2が突っ込んでいったら、そこは瞬時に地獄に変わる。


「いっそ、ああいう好戦的な人間だけ集めて、どっかでひっそり戦争でもすれば良いんだわ。

 大勢の前で国の為に国の為にって言ってる奴ほど、国に大して貢献してないんだし。」


個人主義の火鳥は、吐き捨てるようにそう言った。

ああ・・・オリンピックや記者会見で自論展開しようとして、単なる失言かまして謝罪しちゃうタイプだ・・・。


「か、火鳥!問題発言はやめてッ!おとなしく迂回しよう!!」


私はカーナビを操作し、片っ端から道を検索する。

抜け道、遠回り・・・時間はかかっても、目的地に着けばいいのだ。


だが、しかし・・・!!


私達の目の前に現れるのは、希望への道ではなく、通行止めの文字と交通整理の人!!


「す〜いませ〜ん!この先の道でトドが逃げてまして・・・!」


「トド!?」

驚く私の耳に、聞き慣れない獣の声が聞こえ・・・。


「おーい!アンジェ(トドの名前)!!」

「迂闊に近付くな!アンジェ(トドの名前)は繁殖期で気が立ってるんだ!」

「アンジェ!?興奮するなッ!」


とどの名前と繁殖期というフレーズに、私はゾクリと嫌な予感がした。

まさかの動物女難シリーズ・三番煎じ・・・!


「あの、ちなみに逃げたトドは・・・”メス”ですか?」

私の質問に感心したように交通整理の人は笑顔で答えた。


「ああ、よくわかりましたね。そうらしいで・・・」

交通整理の人の台詞が終わらない内に、火鳥がギアをバックに入れた。


「あーはいはい!!迂回すりゃーいいんでしょ!!」

「早く!火鳥!なんか太いの!太い紐が来てる―ッ!!」



こんな具合で・・・道は不幸な事故で塞がれるばかりだ。

今日中に諏訪湖に着き、石を手に入れなければならないのに・・・!


「ええいッ!なんでもかんでも道路にブチまけるなんてッ!馬鹿じゃないのッ!!」


火鳥はイライラしながらハンドルを握り・・・。


「ええっと・・・新規の通行止め情報2件・・・ルート修正っと・・・。」

私は他人のカーナビの操作方法を完全にマスターしていた。




だが。



今度は、工事中の看板とロープが私達の行き先を塞いだ・・・。


「・・・この先、全面封鎖ですって・・・!?」

「そんな・・・!」


しかも、絶望する私達の目の前にあるのは・・・。


 『全日本 アイドル・魔法少女育成センター(仮) 建設予定地』


日本の終末を示唆するような建物の建設予定地とは・・・!

まだガールフレンド(仮)の方が良心的だ・・・!どうか(仮)のままであってくれ!!


(ここまで全滅か・・・。)


・・・諏訪湖への道は、完全に閉ざされている・・・。

まるで、何者かの手によって、私達の道が書き換えられているように・・・ことごとく塞がれていた。


(信じられない!・・・こんなの出来すぎてる・・・!)


いくら不幸塗れな状態であっても、今日は酷い。酷すぎる。

ここまで予定が壊されるなんて・・・あったにはあったけれど、妨害が露骨過ぎる!


今、祟り神が私達を本気でどうにか・・・例えば、殺そうとしているなら、事故死が妥当だろう。

しかし、ただ諏訪湖に行く為の道が塞がれているだけ。不運が重なっただけなのかも。

祟り神のせいなのか、単に運が悪いだけか・・・後者であってほしいが、前者だという確証は無・・・。



「あ。」



私は間抜けな声を出して、先程のトラブルラインナップを思い返した。


事故に遭っていたデ・・・大柄な女性 → 妊婦。

道路の上で産卵したニワトリ → メス。

女性ばかりの抗議デモ → 女性。

脱走した繁殖期のトド(アンジェ) → メス。


・・・立派な女難トラブルによる妨害ではないか!



Q. これまでのは、一体誰の妨害か?


A. 作者 祟り神。


動物ネタ二つ挟んでまで、私を湖に行かせたくないのか、あのババア・・・ッ!!

思わず誰もいない後ろを振り返り、睨むが・・・誰もいない。

視線を戻すと、目の前の”未来の夢産業廃棄物処理場”があるだけだ。

どの道、石も無い状態で祟り神に出くわしてしまったら、打つ手は無い。

勿論ボヤボヤしている暇は無い。これ以上、新しい女難を送り込まれる前に、どうにかしなければ・・・!


でも・・・。


「どうする・・・?」

疑問は、私の口からすぐに出た。


「どうするもこうするも・・・一番始めに行った道に戻って通行止め解除になってないか確認するしかないでしょーが・・・」


私の問いに、火鳥は気だるそうにネクターを飲みながら、ナビを操作していた。


このまま何度道を変えて選んでも・・・行く手は塞がれる。


”敵”がいる限り。


やり口は変わらず。生かさず、殺さず。

女難まみれ。

人嫌いにありとあらゆるストレスを送り込み、ゴッソリ精神力を削って、ジワジワと嬲り殺す・・・。


それが、あの縁の祟り神のやりたかった事・・・。



(・・・敵は、私達で”遊んでいる”。)


人間は、神様の掌の上で弄ばれる、玩具。



『でもねえ・・・貴女はもう逃れられないんです。女難からも。定められた運命からも。全ての決定権は・・・私達、神の手の内にあるのです。』


私の人生の決定権は、よく知らない誰かの手の内にあるという。

神様だから?馬鹿な事を言うな。



『どんな事をしてでも、彼女は、貴女を手に入れるでしょう・・・。』


確かに・・・その”どんな事”もされている私。

これ以上、祟り神の暴挙を許す訳にはいかない。


手に入れる、だって?ふざけんな。

私は、所有物になる気は無い。私を所有しているのは、私だ。

獣、獣みたいな性欲をもった女達をどう操っているのかは知らないが、私を手に入れる為の手段ならば



・・・アホすぎるッ!!



いや、祟り神がどうしても諏訪湖に行かせないつもりならば、私達もプランを変更する必要がある。

目的地は諏訪湖だったが・・・目的は、諏訪湖の石を手に入れる事だ。

・・・石さえ手に入ればいいのだ。


だが、どうやって?


いや、今はとにかく、ストレートに諏訪湖を目指す現プランは中止せねば。

私は火鳥の手を取り、操作を中断させた。


「いや・・・火鳥・・・もう無駄なんじゃないかな。多分、私達は諏訪湖に行けないんじゃないかな。」

「何よ、もう諦める気?・・・らしくもない。」


私は、火鳥の言葉に首を振った。


「いや、そうじゃなくて。これも祟り神のせいなんじゃないかな。」

「どういう事?」


「例えば・・・私達のやる事、なす事、全部祟り神はお見通しで、こうやってあらゆる”偶然の罠”を引っ掛けて、私達の邪魔をしてるんじゃないかな、と。」


気分が優れない。

車酔いのせいではない。

まるで、縁の力を使った後のような気だるさに似た感覚が、さっきからずっと付きまとっている。


「体の具合、おかしくないですか?」

「・・・単に縁の力を使いすぎただけ、と思ってたけど・・・。」


「・・・火鳥さん、なんかその紐・・・黒っぽくないですか?」

「え?・・・どれ?」


「その・・・3番目の・・・私から見て右から3番目。」

「何よ、そんなの・・・ん?・・・こんな太いのついてた?いつから?」


「知りませんよ、火鳥さんの縁の紐でしょ?気が付かなかったんですか?」

「ん・・・違う。コレは、赤い紐を見る感覚で見ようとすると、よく見えないわ。見ようとすると変に疲れる。」


「・・・んん・・・確かに・・・目が疲れる・・・!」

「あ、見えた。アンタの真っ黒い紐5,6本ついてる。」


「う、嘘ッ!?」


自分の左手を見ると、赤黒い・・・いやほぼ黒に近い紐がプラプラと何本もぶら下がっていた。

女難ではない縁の紐は、初めて見たが、不吉極まりない感じがした。

「どうする?」

「切りましょう・・・嫌な感じしかしません。」

「そうね。」


嫌な予感がしたので、私達はすぐに黒い紐を断ち切った。

しかし・・・黒い紐はどこからともなく現れ、指にゆっくりと絡み付こうとしていた。


周囲を見渡しても、人間はいない。

じゃあ、この黒い紐は何を表しているのか・・・。


「この嫌な感じ・・・やっぱり”トラブル系”かしら・・・。」

火鳥が言った。

「ええ、私もそう思います。トラブル以外の縁となると、女性からの好意くらいですもんね・・・しかし、ロクなもんが来ない。」


黒い紐の正体はあやふやなままだが、ハッキリした事が一つ。

・・・これは、単なる偶然ではない、という事。


今日一日のトラブルの原因が、黒い紐によって起こされたものならば・・・これは祟り神による悪意ある妨害工作である確率が高い。


「・・・それが本当なら、神の名も伊達じゃないわね・・・。」


そう言って、火鳥がまた黒い縁の紐を小指で引っ掛け、悔しそうにブチッと切った。

私は無言で温くなった缶コーヒーを飲み、火鳥はネクターを口にして、それぞれ缶を置いて、ほぼ同時に口を開いた。




「「それで、どうすんのよッ!?」」




お互いの顔に向かって、私と火鳥はほぼ同時に同じ問いを投げかけた。



「「・・・・・・・・。」」



ほぼ同時に口をつぐみ、路肩に停めた車のウィンカーのカチカチという音だけが空しく響く。

そして、私と火鳥は同時に目の前の相手を指差し、ほぼ同時に口を開いた。



「「アンタに聞いてるんだよ!!」」



そして、そのツッコミの後、私達は、ほぼ同時にそっぽを向いて窓のに頭をつけた。


「「・・・ダメだ・・・こりゃ・・・。」」



諏訪湖には行けない。肝心の石は手に入らない。祟り神に対抗できない。

このままでは、本当にせっかくの休日が無駄になる。


祟り神への他の対抗手段がなければ、私達は人間をやめなければいけなくなってしまう。

人間として生まれ、それなりに自分の人生を好きに生きてきたのに。

何故か祟り神に選ばれ、呪われ、同性に好かれ、振り回され、死に掛け・・・散々な目にあった。

こんな日々に終止符を打たねばならないのに、私達に残されている道は今の所、敵が用意した網の中にしか無い。

そして・・・そんな状況を打破する手段が、今、無い。


八方塞がり、とは、この事か。

この状況を打破できるなら、多少の女難は受け入れよう!・・・一時的に!5秒だけ!!

 ※注 水島さんなりの精一杯の許容。



何でも良い・・・この状況をなんとか出来るキッカケが欲しい・・・!



”コンコン。”



「・・・今度は何?」


火鳥がウンザリしながら、窓を開けた。


・・・なんだろう、また・・・嫌な予感が・・・する・・・。


すると開けるな否や、ぬっと人間の頭と手が車内に入り込んできた。



「・・・げ、元気か?奇遇だな!」

「あ、貴女は・・・!?」


白い歯を見せ、若干不自然な笑顔で、私達に向かって挨拶をしたのは・・・


「ひ、樋口、咲・・・さん・・・!」


ド派手な『姫夜叉』のステッカーを貼り付けた、これまたド派手なバイクに乗った女子高生、樋口咲(元・レディース総長)だった。

いや、なんでも良いとは言ったけれども!ここで、私の女難が来るのはありえないッ!!

樋口さんは挨拶もそこそこに、私と火鳥をチラチラと見比べて言った。


「お前ら・・・その・・・つ、付き合ってんの?」

「「はあ?」」


思わず、二人して間抜けな声を出す。


「い、いや・・・お前等、今日、ずっと二人きりだったから!デートかなって・・・違うのか?」


樋口さんのトンチンカンな問いに、火鳥はムキになって答える。


「どこを見たらそうなるのよ!?女同士で車に乗ってたら、全部デートって訳!?違うに決まってるでしょ!?」


ホント、百合サイトの登場人物だからって、二人きり=濡れ場とかいう図式はやめていただきたい。

 ※注 デート=濡れ場 という図式もやめていただきたい。


「・・・ええ、違います。」


私がいつも通りの口調で答えると、樋口さんはもごもごと口篭りながらも、私に言った。


「いや、だって・・・今日一日、ずっとお前ら一緒だったじゃんか・・・どこ行くわけでもなく街の中ウロウロして、まるで見せ付けるみたいに・・・。」


いや・・・だからね?樋口さん。百合サイトの登場人物でもね、人を選ぶ権利はあるっつーの。と私は心の中でツッこんだ。

樋口フィルターから見た私達は、デート中に見えたそうだが・・・

生憎、車内の空気は、完全に2時間サスペンスドラマの中の容疑者がいるかもしれない山小屋状態だった。


「ち、違う違う違う違う違ーう!!」


火鳥が首をブンブン振って否定してくれたので、私は余計な事は言わず、ただ”違います”、と一回だけ言った。

それにしても樋口さんの口ぶりは、まるで今日の私達の行動を見てきたようなものだったが・・・。



「・・・樋口さん。もしかして、今日・・・ずっと私達を尾行してました?」


私がそう言うなり、樋口さんは顔を真っ赤にして、手を振った。


「ばっ、ばばば、ばっ馬鹿言ってんじゃねえよ!叔母さんの買い物を頼まれて、偶然水島を見かけて・・・あたしは、醤油をだな・・・あのーそのー・・・あー!!」


・・・これは、もう、明らかだ。ここまで解りやすい人も珍しい。


「尾行したんですね?」


私が再度そう聞くと、樋口さんは唸ってから、ボソボソと気まずそうに答えた。


「・・・いや、単に・・・きょ、今日は、バイクで走りたかったんだよ・・・そ、そういう気分だったんだよ!」


私の問いの答えになっていないので、私は再度尋ねた。


「尾行、したんですよね?」


すると、樋口さんは急に怒られた犬のようにしゅんとして答えた。


「し・・・しました・・・」


尾行を責めようとは思わなかったのだが、思ったより低い声で問い詰めてしまった。

樋口さんは、私が怒ってると思ってるんだろうな、と思いつつも私は下手に繕わずに”そうですか”とだけ言った。


「いや!そんな事より!み、水島の方こそ、何してたんだよ!?女二人っきりで!」


・・・厄介な時に厄介な人物に出くわしたな、と私は思った。

それを聞くなり、火鳥は横目で『また、厄介な女難を呼んだわね』と言わんばかりに冷たい視線を私に浴びせた。


「・・・ちょっと諏訪湖に行きたかったんですけどね。日帰りで。デートじゃないです。」


私は、正直に答えた。

隠す事なんか何も無いし、目の前の状況が、ややこしいのは今に始まった事ではない。


目的地が単なる諏訪湖であり、これはデートではない、と聞くなり、樋口さんはニッコリと笑った。


「・・・諏訪湖?なんだよ・・・あははっ!なんだよ、諏訪湖かよ!あははは!!」


そいつは悪うございましたね、諏訪湖で。


「今時期に女だけで諏訪湖なんて”祟り神の厄除け”にでも行くのかぁ?ははは!なんだぁ・・・心配して損したぜ!」



―――――!!



私達は樋口さんの言葉に目を見開き、驚いた。

まさか、その言葉が今ここで聴けるとは思わなかったからだ。


「なっ!?何ですって!?」

「樋口さん、今・・・なんて言いました!?」


私達は二人して、樋口さんに詰め寄った。


「え?だから・・・今時期に女だけで諏訪湖なんて祟り神の厄除けにでも・・・って、あんたら、本当に厄除けに行くつもりだったのか?

あんな・・・この地域の人間でも信じる人が少ない、ただの迷信を?」


不思議そうな顔をして、樋口さんは私達を見た。

迷信でも、なんでも結構!これこそ私が待っていたキッカケだ!なんという女難中の幸い!ピンチはチャンスだ!!

私は樋口さんに質問を投げかけた。


「あの、そもそも何故貴女が『祟り神』なんてキーワードを知ってるんですか?」

これで話を聞いて、ただの○ブリマニアでしたってオチは勘弁して欲しいものだ。


「なんでって、この街に古くから住んでるじいさんやばあさん、神社の関係者なら結構知ってるぜ?

この街には”祟り神”って良くないものが多くて人間に厄を喰らわせるんだと。

その厄除けに・・・えーと・・・昔から、祟り神の好まない方位にある諏訪湖の石を持っていると良いんだとか、なんとか・・・

ほら、あたしのこのお守りに入ってるのも諏訪湖の石を砕いた物だ。」


そう言って、樋口さんは胸元から赤いお守り袋を見せ、触らせてくれた。

中には確かに小石のような、ごつごつとした感触がある。


これこそ、私達が捜し求めていた・・・諏訪湖の石か!!・・・ちょっと小さいけど!


「叔母さんが、この街に住むなら持ってろって言ってさー。まあ、確かに大きな事故にも遭わねえし、会いたい奴にも会えたし・・・ま、とにかくご利益はあるっちゃーあるんだよな。ははっ」


そこで、火鳥が鋭い口調で質問した。


「つまり・・・その叔母さんの神社に行けば、諏訪湖の石が手に入るのね?」

「ん?まあ、叔母さんの五豆武神社なら、お守りの中に入ってるぜ。そんなに石が欲しいなら、来るか?」


樋口さんの声に、私は大きく頷いて答えた。


「行きます!」


これで、活路は見出せた・・・気がした。

いいぞ・・・!女難だけど、あえて受けよう!多分、また変な歌を聞かされるんだろうけれど、耐え抜いてやろうではないか!

なんとしてでも石を手に入れなければ!


「・・・なんか、ワケアリみたいだな・・・いいぜ!案内するよ、ついてきな!」



そう言って、樋口さんは不敵な笑みを浮かべるとヘルメットを被り、巫女の服をなびかせながら、走り出した。

・・・どうでもいいけれど、巫女衣装を着ているのに神聖さが全く無い。


火鳥も車を発進させ、樋口さんの後を追った。


「・・・アンタの女難もなかなか使えるじゃないの。」


火鳥がそう言って鼻で笑った。少し機嫌が良くなったようだ。

私は私で、とびっきりの嫌な予感と湧き上がるほんの少しの期待で、ぐちゃぐちゃになりそうな精神を落ち着かせるのに必死だった。

この際、目的の為なら女難の中でも飛び込もうではないか。


「そういう言い方、私は好きじゃないですけど・・・この際、頼れるものは頼りましょう。私達には、助けが必要なんですから。」


そう、私達は自分で出来る事は、し尽くした。

手段は浮かばない今こそ、こうした他人の”助け”が必要なのだ。




しかし、この”助け”が、数時間後・・・”地獄”に変わってしまうとは、この時の私達は、知る由も無かったのである。






 [ 水島さんは修行中。 ]



「・・・んー・・・」

助手席に座ったまま、私は左手を見ていた。

赤い紐は、相変わらずプラプラしている。

(・・・かなり疲れるけれど、見方を少し変えると・・・)

目を細めて、ぐっと眉間に皺を寄せて、左手を見る。それは、眼鏡無しで遠くの黒板を見るような感じ、と言ったところか。

うねうねと動く気味の悪い、黒い紐がうっすらと見えた。

「・・・うーん・・・。」

私は指でクルクルと巻いて、引っ張って紐を切った。

「何よ?唸っちゃって。」

「いや・・・こんなの・・・」


やっぱり普通の人間の生活に起こり得ない事だ。

どんどん・・・普通の人間じゃなくなっていく。


『でもねえ・・・貴女はもう逃れられないんです。女難からも。定められた運命からも。全ての決定権は・・・私達、神の手の内にあるのです。』


これも、全部祟り神の狙いか・・・。

強制的に普通の人間から、女難塗れの不思議な力の女にレベルアップとか、本当に要りません!そんな設定!!


「こんなの、やってられませんよ・・・!」

私がそう言うと、火鳥は”そうね”、と短く答え、こう続けた。

「それでも、ヤツラに対抗する為に、アタシ達には足りないものがいっぱいある。」

(諏訪湖の石とかね。)と私は心の中で呟いた。


「足りないなら、増やせば良い。派手に売られた喧嘩なんだから、買ってやるわよ。

”アタシ達が人嫌いじゃなかったら、こんな目に遭ってなかった。”・・・そんな下らない悔い改めをさせたいんなら、無駄だって教えてやりましょう。」

「そうですね・・・人嫌いである事で今の私がいるんですから。・・・あ、もうすぐ神社です。」


悔いるより前進する事を誓って、私達は車を降りた。


「ここだ。・・・んじゃ、先行ってるぜ。叔母さんに買い物の醤油届けてくるからさ。」

そう言って、樋口さんは石の階段をひょいひょい駆け上がっていく。

醤油一本買いに出て、今の今まで私達をつけ回していたとは・・・長いおつかいだったな、と思う。


残された私と火鳥は、神社の階段を黙って見つめた。

五豆武神社は、私の家の近くの商店街にある、名前に妙に濁点の多い神社だ。

(まさか、こんなシケた近場に・・・捜し求めていた諏訪湖の石があるとは・・・。)

 ※注 口が悪いですよ。水島さん。


今日一日、火鳥の車で大量のガソリンを消費したのは、一体なんだったのか・・・・・・まあ、ガソリン代は火鳥のだから、いいとして。

目的の石は、この神社にお守りとして売られている!


「水島、石が入ってるものを片っ端から買い占めるわよ。」

神社の階段の前に堂々と車を停めた火鳥が、ニヤリと笑って言った。

大金を持った大人として、大いに買い占めていただこう。金で買えないものを手に入れる為だ。

「・・・お願いします。」

私は火鳥に向かって、そう言うと、火鳥は私の顔をジロッと見て、こう聞いた。

「水島・・・アンタ、所持金は?」

「・・・・・・・・・。」

私は黙った。

正直、所持金を言いたくない。

だって、諏訪湖に石を拾いに行くだけだと思ってたから、そんなにお金・・・持って来てないんだもの。

・・・しかし、火鳥の追求の視線に負けて、私はボソリと答えた。




「・・・・さ・・・・3058円。」


「・・・・・・・。」





それを聞いた火鳥は一瞬、眉間に皺を寄せ、哀れむような顔をしてから、さっさと階段を上り始めた。


「・・・聞いたアタシが悪かったわ。ゴメン。ホント・・・ゴメン。」


火鳥にそんな事を言われて、私は途端に恥ずかしくなり、思わず声を張り上げる。


「あ、謝らないで下さいよ!普通のOLの所持金なんて、そんなもんなんだってば!」

 ※注 個人差があります。

そして、慌てて火鳥の後を追うように階段を上がる。



「醤油1本買ってくるのに、一体何時間かかってんのッ!?”はじめてのおつかい”気取りかッ!道中買う物忘れたのか!?泣いたのか!?ええ!?おい!?」

「痛ッ!ご、ゴメン!ゴメンって!!知り合いがいて・・・痛ッ!痛ッ!!」


階段を上がりきると同時に、私達は、境内で女子高生の巫女に向かってローキックをかます中年の巫女を見た。

巫女二人も揃っているのに、神聖さは全く無い。

「買うのに4時間以上もかかる程、良い醤油なの?今度頼む時は”安くて30分で買ってこられる普通の醤油”って言わないとダメなのかい!?ええ!?咲ちゃんよぉ!!」

「ご、ごっごめんなさあああああいッ!!」


中年巫女のあまりの剣幕に私は思わず石段を一段下がってしまった。

ゴクリと唾を飲み込み、元来た道を引き返そうかとも思ったが、樋口さんがこちらに気が付いた。


「あ!み、水島!ホラ!厄除けのお守り買うんだろ!?な?な!?」


必死だ。

元・レディース総長の女が必死の形相で、手招きしている。

(正直、行きたくねぇ・・・。)

そうは思えど、お守りの売り込みをする若き巫女に、私達は黙って頷いた。


「・・・あら、そうなの?」

ローキックをやめて、中年巫女は乱れた髪を直しながら私達の方を見た。


「あの、ここのお守りには諏訪湖の石が入っている、と聞いて来たのですが・・・。」


私の質問にさっきまで、ローキックを繰り出していた巫女は穏やかな笑みを浮かべて答えた。


「ええ、入ってますよ。昔から、この地域には沢山の神様がいたんだけれど、その殆どが祟り神になって、人間に災厄をもたらすと言われているの。

この地域の神様は、諏訪湖のある方角からやってきたとされていて、とても縁起の良い方角なの。諏訪湖の物も勿論、縁起が良いのよ。

だから、祟り神は諏訪湖の石をもっている人間には災厄をもたらさない、と言われているのよ。

だから、他の神社と違って、うちの神社に置いてあるお守りには、特別に諏訪湖の石を入れてるってワケ!あははは!」


中年の巫女さんはそう言って豪快に笑いながら、いくつかのお守りを私達に見せてくれた。

「どうやら、あのストーカー女の研究の内容は・・・本当だったみたいね。」

火鳥はお守りを触りながら、小声で言った。

「・・・そうですね。」



この地域が、そんなにも諏訪湖推しとは知らなかった。

当初、スト子の祟り神研究に対して半信半疑だった私達だが、こうしてちゃんとした一般人、しかもそれなりに年齢を重ねた巫女の言う事には、説得力が有り余っている。

ここには、私達の欲しい、ありがたい諏訪湖の石がある!


何も入っていない普通のお守りと、石が入っていて少し膨らんだ赤色と紺色のお守り袋を受け取った私達は、中の諏訪湖の石を何度も指でさすりながら、言葉を交わした。


「確かに石が入ってますね・・・」

「少し小さい気もするけれど、確かに石ね・・・」


袋の中の石はとても小さく、やや丸みをおびていた。


「これ、本当に諏訪湖の石なんですか?」

「ええ、いつも主人が諏訪湖から、拾ったりしてくるから確かよ〜。あたしも若い頃、一緒に拾いに行ったわぁ〜」


「そう。じゃあ、石の入ってるお守り、全ていただくわ。諏訪湖の石も全部買い取るわ。・・・現金でいいかしら?」


火鳥がそう切り出し、分厚い財布からこれまた分厚い札束を簡単に出した。

・・・なんなの、コイツ・・・!?どこまで、庶民を馬鹿にしてるの・・・!!その金は、私の給料の何か月分だ・・・!?


「あらあら、まあまあ・・・どうしましょ・・・在庫が無くなっちゃうわ♪」

困ったような口調だが、中年の巫女は笑顔だ。


「お願いします。私達、どうしても諏訪湖の石が欲しいんです。」


私は頭を下げた。お金は無いが下げる頭はある。


「二人共、必死だな?祟り神の災厄でも襲われてんのか?なんだったら、お祓いもしていくか?」

そう言って樋口さんは、のん気そうに手を頭の後ろで組みながら言った。


「それで、祟り神の呪いが解けるんだったらね・・・」

火鳥が憂鬱そうにそう言うと、中年の巫女の目つきが変わった。


「・・・呪い?もしかして・・・”祟り神の呪い”?」



・・・マズイ。

いい年ぶっこいて、呪いだのなんだのに振り回されてる女だなんて思われたくない・・・!

いい年ぶっこいて、パワーストーンとかパワースポット巡りで婚期を掴もうとしてる女と一緒にされたくはない・・・ッ!

絶対、頭がイカれてる、と思われる・・・!


「あ、いえ・・・その・・・もしかして〜そうなのかな〜?みたいな〜?あはははは・・・はは・・・。」


私は必死に目を逸らし、誤魔化した。

しかし、中年の巫女の眼力の鋭さと言ったらない。


「もし、そうなのだとしたら、厄介ね・・・ちょっと、ついていらっしゃい。」


そう言って、私達を強引に神社の奥の小屋に案内した。


「ここに人を案内するのは祟り神の研究をしていた大学生さん以来ねぇ・・・」

「埃すげーな・・・ゲホゲホ・・・」

そう言いながら、巫女二人が小屋の中に入っていく。

私は”どうする?”と火鳥に目配せを送ろうとしたが、火鳥は間髪入れず小屋の中に入っていくので、慌てて私も後を追った。

やがて、薄暗い小屋の中に灯りが点いた。点いたといっても、裸電球なのだが、明るさはこれで十分だろう。


「長年、この地域の神社の娘として巫女やってるけどね・・・祟り神に呪われたらそりゃ、酷いもんよ。

あたしのばあちゃんからは、そりゃもう・・・祟り神だけには近付くな、悪い事やったら祟り神がくるぞーって脅されたもんよ。

もう信じている人も知っている人も数える程しかいない。近年じゃ、迷信だって言われる始末。」

中年巫女は、そう言いながら埃の中を進んでいく。


「はあ・・・。」

「あ、それあたしにも言ってたな。ははは!」


中年の巫女さんは樋口さんと昔話をしながら、小屋の中の棚から何かを探しているようだった。

そんな昔話よりも、今は諏訪湖の石が欲しいと思う私だったが、適当に返事をして静観していることにした。


「中にはねーホントに祟り神に呪われちゃったっていう人もいるのよー。そうなったら、大変よー。」


(ええ、今、その人間がここにいます。)と私は心の中で呟いた。


「今じゃ殆ど迷信だなんだって言われてるけれど、以前、そりゃあ熱心に祟り神を研究した学生さんがいてねぇ・・・

あたしもひいひいばあちゃんの日記を見たり、神社の中ひっくり返して、資料提供したり、なんだりして研究を手伝ったワケよ〜。

そんなこんな〜で・・・その大学生が完成させた研究のDVDを記念に貰ったんだけど〜アレを見たら少しは参考に・・・あら、どこだったかしら〜?あら〜?」


そんな人物がいたのか、と感心する一方・・・私の周りに、なんかそんな人物がいたような・・・まあ、気のせいだろう。

 ※注 その人物が誰なのかは、勘の良い方はお気づき・・・じゃないですかね。すいません。


やがて、叔母さんの話にもそんなに興味が無い様子だった樋口さんが、やれやれといった感じで中腰姿勢になり、ダンボールを開けて、一緒に探し始めた。

「祟り神に関して詳しいのは、この神社だけ?」

「そーねぇ・・・祟り神の資料が残っているのは、ここと・・・あと片山さん所くらいかしら?

昔ながらの神社は減ってしまったわ・・・最近、この地域の神社は町おこしだって言ってね、やたらと新しい事やりだす人が多いのよ。

この間は、なんだったっけ・・・?どこかのアニメとコラボレーションして失敗したのよ。確か。」

この地域・・・まさかアニメで”町興し”をやっていたとは・・・!


「ああ、アレだろ? 『あなたクラスから尼ってますヨ』 って萌えアニメだろ?出てくる女が、全員尼。」

なんで、こんな微妙なアニメで町を興せると考えたんだ・・・!ていうか、どんな内容!?

樋口さんの説明に、火鳥は呆れて一言。

「ダッサ・・・。」

私も同意したい。

「それ、絶対流行りませんね。」

「金剛力彩子の主演で実写化して、尼ダンス流行らせるぞって話もあったんだけどねぇ・・・やっぱり尼より巫女よねぇ。」


(そういう問題じゃない・・・。)

むしろ、そのアニメで興すどころか、この町は完全に沈んだと思う。


「・・・あ。DVDって、コレじゃねーの?叔母さん。」

「え?・・・あ、あったあった!コレよコレ!今、あなたたちにコレを見せてあげるからね!あと、『あなたクラスから尼ってますヨ』予告編も見せてあげる!」

そう言って、中年の巫女さんがニコニコ笑顔で私達に見せたのは一枚のDVDだった。

「あ、予告編はいいです。」

そのDVDのラベルには、手書きでこう書いてあった。


「”これでイッパツ!あなたにもできる祟り神滅却術”・・・?」


私がそれを読み終わると同時に隣にいた火鳥が”心底損した”、という顔つきで言い放った。


「なんて、センスの無いタイトルなの・・・。」


私もそう思う。ついでに、ものすごく怪しい。これを見るくらいなら、『あなたクラスから尼ってますヨ』を見た方が・・・いや、やめておこう。

とにかく、このDVDからは嫌な予感しかしない。


「もし、祟り神で悩んでいる事があるなら、これをみればイッパツ!元気モサモサ!見ていきなさい!今、お茶出すから!上がって!さあ!」

(元気の湧き方の表現が、まるで腋毛みたい・・・。)


中年の巫女はガハハハと豪快な笑い声を発しながら、私と火鳥の背中をグイグイ・・・いや、グワングワンと押し出した。


「ちょ、ちょっと・・・私達、諏訪湖の石を貰いたいだけで・・・!」

「アタシ達は暇じゃな・・・ちょっと!押さないで!わかった!わかったから!」


そんな私達の後ろで、頭の後ろで手を組んだ樋口さんが、のんびりと歩きながら言った。


「悪ぃな、水島。叔母さん言い出したら人の話きかねえんだよ。・・・ま、ゆっくりしていけよ。」


冗談じゃない!私達は、時間が無いんだ!

・・・と叫びたかったのだが、妙に勢いづいたオバサンに太刀打ち出来る程、私は図太くない。

火鳥も珍しくオバサンの勢いに押され、いつの間にか、私達は樋口さんの叔母さんの家に上がりこみ、居間のTVの前に座り、茶をすすっていた。


「この状況、どーしてくれるのよ?水島ァ・・・アタシ達は、呪われてるのよ?黒い紐まで現れた。なのに、あんな怪しいDVD見てる暇あるわけ無いじゃない。」

火鳥が非難めいた事を言うので、私はこう返した。

「ここで、一緒にお茶をすすってる貴女に言う資格あるんですか?」


「・・・・・・・・。」


私の言葉に、火鳥は黙った。

おとなしくDVDを見終わって、さっさと帰る。・・・これに限る。

DVDの情報など、この際どうでもいい。あんなタイトルのDVDの内容で祟り神に対抗出来る訳がない。

ただ情報を耳へと流していく、スピード○ーニング作業を行うだけだ。


私達のそんな会話を聞いていたのか、ちゃぶ台の前にあぐらで座っていた樋口さんがせんべいを一枚齧りながら言った。


「・・・ふうん、つ〜ま〜り〜・・・お前ら二人共、ホントに祟り神の災厄を喰らってんのか。」


私達は胸を張って、実はそうなんです、とは素直に肯定できない。

何故なら!とてつもなく恥ずかしいからだ・・・!!


「・・・まあ、その・・・他人から聞いた話なんで、お守りさえいただけたら、大丈夫かなと。」

と私は言ったが、すぐにその言葉は、障子をスパーンと開けた中年巫女から、エアケイのように打ち返された。




「祟り神の災厄を喰らっているなら・・・お守りなんかクソよ!!!」



み・・・巫女がお守りをクソ呼ばわり・・・だと!?



なんとなく、新鮮な気分に包まれたが、諏訪湖の石を諦めるつもりはない。

・・・だけど・・・お守りがクソとは・・・。



「さあて、再生するわよ!オラ、ワクワクすっぞ!」

「「・・・・・・・・・・・。」」

呪われている当事者は、ワクワクの欠片も感じないんですけど・・・。


「ああ、悪い。叔母さん、最近、ドラゴン○ールにハマっていてさ。すっかり影響受けちゃってな。」

「は〜い、スイッチ、かめはめ波っと。」


影響受けすぎて、こじらせちゃってますよ!大丈夫なの?この中年巫女!!



かくして、望まれないDVDは再生された。

再生直後に、こんな字幕が画面に現れた。





 ― このVTRは刺激の強い映像が含まれています。お子様には見せないで下さい。 ―



 もう嫌!!この時点で見たくない!!!また下ネタか、なんかでしょッ!?



込み上げてくる後悔を抑える私の耳に、ナレーションが聞こえてきた。

『祟り神は、古くから存在します。

神々が多く住んでいたこの地域、この街では非常に身近な存在です。

こういった見えないものに対し、存在している、というのも変な表現ですが・・・それは確かに”いる”のです。』


(あれ?)


言っている事はぼやけてはいるが、DVDのナレーションは至って真面目に始まった。

画面もこの街の神社や石碑などが流れているだけで、私が想像していた最低のラインの映像は見えてこなかった。

最悪、う○この映像でも流れてくるかと覚悟していたのだが・・・。


『祟り神は人間に災厄をもたらすと言われています。では、実際・・・その災厄に見舞われた際、私達はどうすれば良いのでしょう?』

「・・・・・・・・。」


真剣なナレーションに、思わず私はゴクリと唾を飲み込み、姿勢を正した。



『では、まず・・・貴女達に、私が研究して編み出した、祟り神を一発で滅殺する、キッチュでアバンギャルドな方法を伝授するわよッ!Let’sGO!!』



途端にノリが軽くなった―――ッ!!!



『このDVDには祟り神に対する基本的な事・・・いえ、全てが詰まっていると言っても過言ではないわ!

このDVDを見終わる頃には、アナタは祟り神マイスターになって、身長が5cm伸びたり、筋肉がムキムキになったり、色々あって・・・クラスの余り物になったりしないわよっ!』


「あ・・・地味に『あなたクラスから尼ってますヨ』とリンクして・・・」

「してない!無理にリンクさせないでッ!!」

樋口さんにツッコミを入れたはいいが・・・。


『祟られても大丈夫!象が踏んでも壊れにくい!』

・・・”壊れにくい”んだったら、壊れるね!多分、無事ではすまないね!


『恐れる事は無い!本当に恐れているのは何?祟り神?呪い?いいえ!己の弱い心よ!』

いいえ!祟り神の呪いです!!

本当に恐れているのは、祟り神の呪いですッ!なんか良い台詞で誤魔化してるけど、底が浅いッ!!


・・・ホント・・・何コレ・・・!?


「アタシ、帰りたいんだけど。」

火鳥が頬杖をついて言った。


「まあまあ、そう言わず!学生さんにしては、研究内容も編集にも凝っててね、ここからがすんごいのよ〜」


中年の巫女曰く、研究熱心な学生が相当時間をかけて製作されたDVDとのこと。

その凝った編集が、明らかに間違っているような気がするが・・・。


「わかりました、このまま拝見致しましょう。その後で諏訪湖の石を貰うって事で・・・それで良いでしょう?火鳥さん。」

私は、火鳥を一応引きとめた。


「・・・仕方ないわね・・・。」


とりあえず、ここには諏訪湖の石がある。

祟り神の基本的知識もまだあまりない私達にとって、このDVDはありがたいものになる・・・かもしれないのだ。


『そうそう、このDVDを観る時は、坂井菓子店の塩せんべいがおススメよ!この歯応えがたまらないのッ!』


宣伝してんじゃねえよ・・・!!


「ああ、坂井さん所ねぇ、あの尼のアニメで出資しすぎて潰れたのよね・・・。」


潰れてるのかよ・・・!!


「そんなに美味しくもなかったよなァ?高確率で煎餅しけってたし。」


歯応え無いのかよ・・・!!


『”弱気を持たず、強気で攻めろ!打倒祟り神!”・・・この言葉をどうか忘れないで!

それじゃあ、行くわよ!合言葉は・・・・・・・”打倒・・・呪いと祟り神ーッ”!!』



お前が速攻で言葉を忘れてるんじゃねえかッ!!



前言撤回だ!このDVD最後まで観てもありがたくなんかないッ!!


『ウフフっそれじゃ・・・まずは、このVTRを見て頂戴!!』


次にTV画面に映し出されたのは、四角いリング・・・プロレスの会場だった。


(ん?これも凝った編集の一つか?)


『ここで・・・出るか!?出るか!?・・・出ます!』


実況アナウンサーの興奮した声の後、リング上では長髪の男が、体格の良い男性の上に肩車をして乗っていた。


『弓矢八万撃って捨て申すぅ!!』


・・・も、元○だ・・・!プロレスやってた頃の和泉元○だ・・・!!

このネタ・・・この百合サイトで一体何人に通用すると思ってんだ!?


「・・・・・・・・・・・・。」

「・・・・・・・・・・・・。」


『いよおおおおおお!!!!』


『そう、この掛け声、大事!みんな、見てる?ちゃんと見て〜!次は、腕の角度が大事よっ!!』


真面目なナレーションが不快なナレーションだと感じ始めた頃、それは解き放たれた。



”ぺちっ!ぺちっ!”


「・・・・・・・・・・・・。」

「・・・・・・・・・・・・。」


室内に響く、チョップ・・・らしき、かすかな音。



『出ました!”空中元○チョップ”!和泉○彌の”空中元○チョップ”です!!』

『これがそうなんですねー。』



「・・・・・・・・・・・・。」

「・・・・・・・・・・・・。」


『これは、狂言界の未来が危ない!』


今は、これを見ている私の精神が危ない。



『これが、祟り神滅殺の必殺技よ!是非、チャレンジしてね!!』



「・・・・・・・・・・・あの・・・これ・・・」


私は指差しながら、一応中年の巫女に尋ねてみる。


「・・・・・・これ・・・アタシ達にやれと・・・?」

火鳥も顔を引きつらせながら、中年の巫女に尋ねる。


頼む。”違うよ”と朗らかに笑ってくれ・・・!

しかし、その願いは、またしても○山律子さんのストライク並に吹っ飛ばされた。



「その通り!!」



「「ふざけんな。帰る。」」


もうダメだ。限界だ。

このDVDからは、何も得られない!

元○の情報しか、このDVDには無い!


「待ちなさいよぉー!!こちとら真剣なのよぉ!!」


中年の巫女がすかざず、私と火鳥の襟を掴み引っ張った。

私も火鳥も”ぐえっ”という間抜けな声を出して止まった。


「っ・・・大体、何でこんな・・・見た目も威力も微妙そうな技を・・・!こんなもんが祟り神に効くか!!」


私がそう言うと、火鳥も同調して反論してくれた。


「そうよ!一体、何を研究したら、こんな微妙なただの肩車チョップで祟り神に対抗できるって言い切れるのよ!」



『いよおおおおおおお!!!!』

「元○うるっせえ!!」



せっかくの抗議も元○に潰される始末だ。

しかし、中年の巫女は再び、目つきを鋭くして、私達に低い声で語りかけてきた。


「・・・いい?和泉元○は、狂言界から宗家じゃねえだろと怒られ、プロレスに挑戦するもファンに嫌われ、お母さんやお姉さんが出しゃばるせいで影は薄く、目立たず!

嫁が地上波のテレビに出て、ちょくちょくちょっとした暴露話するだけッ!!

はたまた漫画のBLE○CHが好きだと言って、元○がTVで○LECH狂言を披露するもアニメ・原作ファンを憤慨の渦に巻き込み

『いつから宗家だと錯覚していた?』とネタにされた人物・・・ッ!!」


「それは単に元○が人に嫌われてる悲しい話じゃねえか!つーか、元○が可哀想に思えてくるわ!!」


思わず、私はツッコミを入れた。

真剣な顔して何を言うかと思えば、祟り神の情報ではなく、元○の情報だ。


「そう!とことん人生の何かを間違い続け、あらゆる世界を切り離し続けた男が繰り出す技・・・その力は、祟り神すらこの世から切り離し、滅殺する負の力!」

「このDVD見てる時点で、ここにいる全員、十分間違いだらけの人生まっしぐらよ!」


火鳥も怒りMAXでツッコむ。

が、中年の巫女の勢いは止まらない。


「そして、その集大成が・・・祟り神を滅する技こそ・・・”空中元○チョップ”なのよ!!!」


人差し指をビシッと向けて、中年の巫女が言った。


「「やっぱ帰る。」」



帰りたい。諏訪湖の石も、もうどうでもいい。帰りたい。


「ああああああん!!待って!真剣なのッ!あたしも一緒に研究したの!本当に祟り神がこれで消えるのぉ!!」


しかし、またしても後ろの襟を掴まれ、私と火鳥は”ぐえっ”という間抜けな声を出して止まった。


「ゲッホ!どこをどう研究したら、元○に行き着くんだよッ!?」


咳き込みながら、ツッコミを入れると樋口さんが余裕たっぷりに言った。

「水島と赤い姉ちゃん、まだDVDは途中だぜ?どうして元○に行き着いたのか、文句言うなら観た後でも良いんじゃないか?」


それも一理あ・・・ってたまるか!チクショー!!(泣)


「・・・どうする?」

火鳥が私に決断を委ねた。

「・・・うーん・・・。」


悩みながらも私は、チラリとTV画面を見る。

今度は、高橋○樹が映っている。画面の下の方にテロップで『これは、補足情報です☆』と書いてある。


『他にも・・・”正解は…越後○菓!…チョップ!”もあるけれど・・・

これはあらかじめ、特別に○後侍の格好をしなければいけないし、特別な間も必要よ・・・それに、あまり効果は期待できないわ。

”空中元○チョップ”の方が、祟り神は確実に即効で死滅する負の威力があるのよ!』


「・・・元○にどんだけの負の力があるんだよ・・・!」


『まず、祟り神の肩に乗る特訓よ!公演時間ギリギリにヘリに乗って行くイメージで〜肩に乗りまーす!

乗ってからが大変よ!祟り神と節子に振り落とされないように、注意して!!

そして、仕事のドタキャンを堂々と謝罪する姿勢〜!胸を張って〜!』


「・・・ああ、果てしなくどうでもいい特訓の映像が始まったわよ・・・。」


確かに、どうでもいい情報しか流れてこない。

こんな事で祟り神に対抗出来るなら・・・いや、出来れば、こんな事好き好んでしたくは無い。


『観客がドン引いても、決して負けない!というイメージをしながら〜

祟り神の脳天に、威力もそこそこ・・・『効いてんの?それどうなの?』的なチョップを繰り出すのよ!!Let’sTry!!』


不快なナレーションは、そこで終わった。


『皆さんも祟り神にはご用心☆』


そんな字幕で、DVDは終わった。


「・・・い、いやだああああああ!!やっぱり、こんな技、使いたくなああああああああい!そして、どうして元○の技が有効なのか謎のままああああああ!!!」


私は頭を振って、全身で拒否を示した。

元○も節子も悪くない。だが・・・このDVDが私の不愉快を刺激する・・・ッ!!


「でも、祟り神に呪われてるんでしょ?このくらいの常識、この街の住人なら、覚えておいて損は無いわよ?」

「あんなのが、この街の常識なら、アタシは、この街を出るわよッ!!」

火鳥も全身で拒否を示した。

良かった。私の感覚は麻痺してなんかいない!

このDVDを見たのは失敗だったのだ!完全にハズレだ!さっさと石を持って帰ろう!・・・私はそう思った。

しかし、巫女二人は互いの目を合わせると、コクンと一回頷き、素早くちゃぶ台を片付け始めた。


「え!?」

「な、何よ・・・何してんのよ!?」


火鳥も私も嫌な予感がして、ジリジリと後退するが、中年の巫女が部屋の箪笥から何かを取り出した。



「こっちはOKだぜ、叔母さん!水島、こうなった以上、覚悟を決めな!女は度胸だ!!」

それを見ていた隙に、樋口さんが私達の後ろの障子を閉めた。


「しまった・・・ッ!!(そして、駄洒落っぽい台詞になってしまった・・・!)」

私の微妙な台詞は全員にスルーされ、中年巫女は不敵な笑みを浮かべて振り返った。


「はいはいはいはい!!じゃあ、早速特訓しましょ!まずは聖水でお清めよっ!!」


間髪入れず、中年巫女は私達に謎の液体を頭からぶっかけた。

 ”びしゃ・・・どろり・・・。”

・・・ん?なんだこれ・・・!?

この味は、水じゃない・・・!なんかネトネト、トロトロする・・・!?


「げほっ!?こ、これ、ローションじゃないのよ!水じゃないわよ!何を清めてんの!?」

火鳥がすかさずそう言ったので、私はその場に崩れ落ち、咳き込んだ。


「ぐはっ!口に入った!ゲホゲホッ!!」

咳き込む私の肩に中年巫女は手を置いて、親指をぐっと立てた。

「大丈夫!食べられるローションだから大丈夫!」

うん、確かに、なんとなく苺味がするけど・・・

「って、そういう問題じゃない!ゲホゲホッ!何故、水を使用しない!?何故ローションなんだ!?」

「水だと風邪引いちゃうじゃない!」

「あ、そうか、叔母さん頭いいな!」

「そんな問題か―ッ!!」

ローションで立っているのがやっとでも、ツッコむ所はツッコむ私。


「だ、大体、こんな業務用のローションがどうして、神社にあるのよ!?」

それはそうだが、私は同時に、どうして火鳥が”業務用の”ローションを知っているのか?が気になっていた。

そして、咳き込みながら中年の巫女を見た。

すると、中年の巫女は顔を赤らめて、小声で言った。


「・・・それは・・・ふ、夫婦のプライバシーよ。(恥)」



 知りたくなかった――――!!!



「お、叔母さん・・・。」


さすがの樋口さんも顔を真っ赤にしていた。

すると、遠い目をしながら、中年の巫女がボソリと呟いた。


「・・・最近、回数が減って、しこたま余っちゃってねぇ・・・」

中年の性の悩みをキャンセルするように私はツッコんだ。

「いいよ!こんな場所で、他人と未成年の前で微妙なカミングアウトしなくていいからッ!!」


「つ、続いて、聖なる石ッ!!」

中年の巫女により、乱雑に細かい石が部屋に撒かれた。

やっぱり踏むと地味に痛い。


「いてててッ!?これ、冬に使う滑り止めの石でしょ!?」

「痛いッ・・・しかも、ローションだから・・・滑るッ・・・作者のギャグ並に滑る!そして痛い!!」

 ※注 うるせー!!



「コレで祟り神の動きを止めて、一気に祟り神を消す特訓を始めるよッ!全部覚えて帰ってもらうわよー!!」

「頑張れよ!水島と赤い姉ちゃん!!」



私と火鳥は力の限り、叫んだ。





「「その前に、お前を消してやる――――――ッ!!!!」」






 ※ これより、水島さんと火鳥さんが微妙な修行中の模様を樋口さんの中でボツになった歌を交えながら、ダイジェストでお送りします。




 二人の修行中のメインテーマソング 『キミのタ・メ・イ・キ(樋口さんの中ではボツ) 作詞作曲 樋口咲』



 ♪心地良い風が吹き抜ける〜 隣の席のキミは なんか不・機・嫌〜♪



私「いてて!!石が痛い!痛いですって!まず、立てない!」

中年「水を撒くわよー!!」

火鳥「だから、それローションでしょ!?ていうか、何本もってるのよッ!!」

中年「最近、回数が減ってね、硬さも・・・」

私「よっしゃこーい!!(泣)」




 ♪なにか不安な事でもあるの? 私はそれすらも聞〜けない〜♪



私「立てない!マジで立てない!!生まれたての小鹿じゃあるまいし!!」

火鳥「こんな状況で、チョップもクソも無いわよ!コレ流しなさいよッ!!」

中年「水を入れると更にヌメヌメ度が増すわよ!・・・あ、それもアリっちゃアリね!咲、ちょっと水を・・・」

私「ナシだ!撤回を要求する!!」


 ♪こんなに心地良い空の下 キミの顔はずっと曇ったまま〜♪

 ♪なにかあったの? キミのその顔の理由を聞〜かせて〜♪


中年「打たせローションよー!!そおれ!!」

私「やめろおおおおおおお!ゲホゲホッ!他人の家で、なんでこんな事・・・!」

火鳥「業務用ローション、あと何本余ってんのよッ!?」

中年「えーと・・・2ダース買ったから・・・」

元・総長「叔母さん・・・。(恥)」

私「もういい!!それ以上、言わなくていい!!」


 ♪下を向いたままじゃ、私の顔も見えないよ〜 ねえ、せめて、こっち見て〜♪

 ♪そ〜の〜 タメイキの訳を聞・か・せ・て ♪


元・総長「バランス取れてきたぞー!!」

私「嬉しくなあああい!!もう嫌だあああああ!!」

中年「そーれ!元○!元○!」

私と火鳥「「煽るなあああぁ!!」」


中年「ほぉら!ボヤボヤしてると、記者会見で○子と姉が、またでしゃばって嫁がTVで苦笑いするわよぉ!!」

私と火鳥「「知らねえよッ!!」」


 ♪単純に!キミの笑顔が見たいだけ〜 私は、どんな話も喜んで聞くから♪

 ♪単純に!キミの事が大好きだから〜 私は、キミの力になってみせるから♪


中年「はい!そこで肩車〜!!」

私「無理だ―ッ!物理的に無理だ――ッ!」

元・総長「諦めんなよ!水島!アンタなら・・・出来る!!」

水島「そもそも、したくないんだよおおお!!」



 ♪もう 5回目だ〜よ〜 キミのタ・メ・イ・キ♪ 



火鳥「ねえ・・・アタシ、メリーポピンズになれるかしら・・・はっはは・・・。」

私「火鳥!しっかりしろおおおおお!!お前みたいな邪悪なポピンズの誕生はさせんぞッ!!」



 ♪もっと・・・ キミの近くにいたいのに・・・ キミの冴えない横顔 悲しいね(OH・MY・LOVE〜)♪

 ♪せめて もっと笑顔の可愛い私になれたのなら・・・きっと・・・!(タ〜イ〜マ〜ン!)♪



私「いける!やれる!・・・私達は宗家になるんだ!ははは!!(壊)」

中年「そうよ!名乗るだけなら誰でも出来る!ドタキャンしても胸を張る身構えを忘れちゃダメよッ!」


元・総長「よーし!赤い姉ちゃん!追加のローション行くぜーッ!!」

火鳥「アハハハ!!どんどん来なさーいッ!アタシの顔にぶっかけたら良いわ!!(壊)」



 ♪単純に!キミの笑顔が見たいだけ〜 私は、どんな話も喜んで聞くから♪

 ♪単純に!キミの事が大好きだから〜 私は、キミの力になってみせるから♪



私と火鳥「「”空中元○チョッ・・・グハッ!!」」


元・総長「あー!惜しい!水島と赤い姉ちゃん!途中まで上手くいったのに・・・ッ!」


中年「ローションに惑わされるんじゃないのッ!女子たるもの、ローションを操りなさい!」

私と火鳥「「操りたくもないわ!そもそも、ローション撒いたのアンタだろうが!!」」




 ♪次で 13回目だ〜よ〜 キミのタ・メ・イ・キ♪ 





私と火鳥「「もう嫌だああああああああああああ!!!」」






 ― 数時間後 ―






「ふう・・・もう、教える事は何も無いわ・・・よく頑張ったわね、二人共・・・。」

「完璧だぜ!さすが水島だ!赤い姉ちゃんも根性あるな!」


ローション塗れの巫女二人が拍手を送ってくれた。

部屋の真ん中で、ローション塗れの私と火鳥は、くの字になって倒れていた。

部屋中が苺の甘い匂いと私達の無駄な汗の臭いでいっぱいだ・・・。


「・・・はい、もう教わる事は無いです・・・お風呂貸して下さい・・・(泣)」

私はやっとこさ、それだけを言ってゆっくり立ち上がり、火鳥に手を差し伸べた。

「・・・・・・。」

私の手を掴んだ火鳥は、もはや気力・体力全てを使い果たし、引きつった顔と光の無い目で、不気味に笑っていた。



人嫌いの女難の女が一緒に風呂に入る。・・・別に、お互い何も思っちゃいない。

二人だとなんか狭いとか、お互いの身体がどうとか、考える余裕も無いし、そもそもそんなの考えてもいない。

お湯を頭から被り、とにかくローションを落とす。



「水島・・・」

「・・・はい?」


「アタシは祟り神を絶対に許さない・・・こんな・・・こんな屈辱を受けたのは初めてよ・・・全部、祟り神のせいよ!!」

「ええ・・・私も許す気は無いです・・・こうなった以上、徹底的にやりましょう・・・!」


私は、火鳥に向けてそう言った。


「あ、そういえば、その前に一つだけ、気になることがあるんですけど。」

「何?」


お互い背中を向けて、身体を洗いながら話す。


「以前、縁の祟り神が”あんた達は選ばれた”って言ってましたけど・・・なんで私達が選ばれたんでしょうね?」

「人間同士の生活に適合しようとしない人間だから誘ったって所、じゃない?妙な力だってあるし、普通の人間じゃなくなってるのはだけは、嫌でもわかるわ。

・・・フン・・・つまり、人間のアタシ達は限りなく祟り神に近い所にいるんでしょうよ・・・。」


火鳥は、そう言って鼻で笑った。馬鹿げている、とでも言いたげに。


「でも・・・」


「まあ、アンタの言いたい事は解るわ。祟り神達の話は、あまりにも上手すぎるもの。・・・あの手の奴には、きっと裏がある。

狙いは、アタシ達を仲間にする事じゃない。別にあるわよ。」


人間をやめて、祟り神になって人間同士の付き合いから解放される、という好条件。

だが、どう考えても、それは私達を釣る餌としか思えない。

しかし、今の所、その条件を跳ね除けようにも私達には対抗手段が無かった。


「私も、そう思ってます・・・それがなんなのか、わかりませんけど・・・。」

「当面は、それも調査した方が良さそうね・・・でも・・・最終的にやる事は決まってるわ。」


「・・・ええ。」



私達の思いは、奇跡的にもシンクロした。




「「祟り神を倒そう・・・別の方法でッ!!!」」




私達は決意を新たに、お湯を頭から被った。



・・・こうして、私達の中で、祟り神への対抗の秘策?である、”空中元○チョップ”は、封印された。


その後、無事、諏訪湖の石入りのお守りを大量に手に入れる事は出来た訳だが・・・。


「ほ、本当に現金払いでいいの?」

中年巫女は火鳥から現金を受け取ると、信じられないという顔で言った。

私はダンボールに入った大量のお守りと石を持たされていた。

「ええ。あと・・・この神社にある祟り神に関する資料。出来れば、写しをいただきたいの。もっと石も欲しいわ。譲ってくださる?」

火鳥は、冷静に交渉を始めた。


「それは構わないけれど・・・少し時間をくれないかしら?石はお父さんに言って調達しなきゃいけないし・・・

資料は昨年の大掃除に屋根裏部屋の奥にしまってしまった物もあるから・・・」

「そう・・・なるべく早くお願いするわ。報酬は、きっちりお支払いします。」


金に糸目をつけずに目的を果たそうとする、この姿・・・さすがだ!火鳥!!

そんな二人を見ていると、樋口さんが話しかけてきた。


「水島・・・やっぱり、お前は・・・なんでもやりきっちまうんだな・・・尊敬するよ。」

樋口さんは、微笑みながらそう言った。

「いや、尊敬出来ませんって。マヨネーズ作った人の方がまだ尊敬できますって・・・。」

「何言ってるんだよ。あたし、お前が祟り神の呪い受けてるなんて知らなかったからさ・・・ゴメンな?もっと早く、お守りの事教えてやれたら・・・」

「・・・いいえ、こうやって貰えましたし。今日は本当に助かりました。ありがとうございます。」


結局、女難だったけど・・・目的は果たせたのだ。だから、私はお礼を言った。

すると、樋口さんはモジモジしていたが、バッと私の顔を見て意を決したように言った。


「・・・あのさ・・・!あたし・・・もっと水島の力になるから!・・・アンタの為なら、何でもする・・・!」


”なんでもする”・・・私は、あまりこの言葉は好きじゃない。

正確に言うと、他人にそう言われるのがあまり好きじゃないのだ。


「樋口さん、そんな事を言ってはダメです。信用していない訳じゃありませんが・・・私の為なら、尚更なんでもしないでいいんです。出来る範囲で協力して下さい。」


私の為に、という名義で無理をされても、私はその責任を取れない。

万が一、誰かが『貴女の為にやったのよ!だから○○して!』と見返りを求められても、私には応える気は無いのだ。


「そう言うと思ったけどさ・・・言うなよ・・・見返りなんか、求めねーよ・・・。」

樋口さんは俯いてそう言った。


「あ、すみま・・・」

「・・・あたしは、あんたが好きだ。正直、無茶苦茶惚れてる。」


ど、ドストレート・・・!

・・・というか、歌わなくても告白出来たんだ・・・樋口さん。


「振り向いてもらいたい。気は惹きたいよ・・・!だけどさ・・・だからって、あんたを助けるんじゃない。

恩を売って、付き合ったって・・・あんたがちゃんとあたしを見てくれなきゃ、嫌なんだよ・・・!

あたしは・・・ただ、歌いたいから歌う。やりたいから、やる。シンプルなんだよ。そこを・・・解ってくれ・・・。」


やや辛そうに、樋口さんは言った。

女子高生で、元レディース総長だけど、彼女のこういう所が他人を惹き付けるのだろう。

正直で真っ直ぐで、シンプル。

樋口さんが大勢の不良に親しまれていたのは、こういう所なんだろう。なんだか、解る気がする。

少し潤んだ樋口さんの目を見つめて、私は言った。


「ありがとうございます。」


想いに応えなくていいのなら、断る理由は無い。

私への好き嫌いの問題より樋口さんにとって重要なのは、乗りかけた船に乗る事なのだ。

実にシンプルな理由だ。そういうのは、実に好ましい。

私の言葉を聞き、樋口さんはぱあっと明るく笑って言った。


「・・・あ・・・ああ!泥舟に乗ったつもりで、資料とか石とか任せとけッ!はははは!!」


・・・それを言うなら”大船”ね。と心の中でツッコミながら、私は火鳥と一緒に神社を後にした。


「「はあ・・・。」」


色違いのジャージ姿で車に乗り込み、互いの情けない姿を見た瞬間。

・・・火鳥と私は、目的を果たしても尚、今日という一日を超無駄に過ごした気分で、いっぱいになったのだった・・・。




 「「・・・お疲れ様・・・。」」






 ― 水島さんは修行中。・・・END ―




あとがき

果たして、元ネタはどの位通じているのか疑問ですが・・・まあ気にしない!!