}-->


















この頃、よく考える事がある。


私は、一体”いつ”から人を嫌うようになったのか。

他人の嫌な所をみた瞬間からか?ならば、それはいつだ?どんな所を見たのだろう?


そして、再び人を好きになりたいと思う日は来るのか。

もしも、その日が来てしまったら・・・




 『・・・今の私は、きっと・・・いなくなる。』



一般的には、人を信じられない、頼れない、優しく出来ない、残念な人間だ。

だが、それ以下になる事は無い。

他人の影響や評価は、関わらなければ変わることは無いからだ。

他人との最低限のやり取りで私は、私を保っていた。それが精一杯で、生きやすかった。


まったく、私は残念な人だった。

その残念さを見るに見かねて、私に口を出してくる人は、たくさんいた。


ホラ、笑ってごらん?貴女は自分が思っているより笑顔が素敵なんだよ?

誰かに向かって、笑いかけたりもした。

結果、キモイの一言をいただいた。


貴女の良さは話せば解ってくれる人がいる!もっと人の輪の中に飛び込んで、アピールしなきゃ!!

ありのままの私で、他人と1メートル以内の距離を保ったまま、身の上話など3時間以上も話もしてみた。

結果、話がつまらないと一蹴され、ノリが悪い、話が下手と陰口を叩かれ、私の精神は磨り減った。


何の話題を振られても、私はなるべく喋らないようにした。

それが後々楽だと気づいたからだ。

でも、『この人(私)の為、話しかけてやろう!』という変な優しさを持った人が、時折話しかけてくる。

私は、機嫌が悪い時、どうしたの?なんて聞いて欲しいと頼んでもいないし、構われたくもない。

だが、その人は視界に私みたいな残念な人がいると、救い上げたくなるらしい。

水から掬われた金魚が苦しさを訴えるのと同じように、私にとってソレは、大迷惑かつ精神的に殺されそうになるほど、恐ろしい事だった。

しかし、残念人間を放っておけない人間は、何が楽しいのか、ずっとどうしたの?どうして変わらないの?と質問をし、既に二足歩行をしている私を支えようとして、歩みの邪魔する。



あなたの事を思って。

良かれと思って。

普通は、そうするから。

それが、人として正しいから。


彼らは、そう言った。


・・・とてもじゃないが、私は、そんな風に考えられない。それが優しさだと受け入れられない。


だから、普通を知っている他人は、私を正し、普通・正常な状態にしようとする。

本来、君はそうであるべきなのだ。その方が私の為になるから。・・・と私に説く。


常識と普通、平均、基準・・・それぞれ、意味は違う。

他人の目から見て、私は、どれも満たしていないらしい。


私の事を普通じゃない、と指摘した人に悪意は…おそらく無い。


きっと、本当に私の事を思って、良くしようとしているのか・・・この状態の私が目に余る存在だから、言わずにはいられないのだろう。

中途半端な生き方で、おおよその正しさや普通を知らない…変人の人嫌いの私に反論の材料はない。


下手に反論して、他人と激論を交わすなんて面倒臭いとも思う。

どうせ私の意見を最後まで聞かない上、言葉の一つ一つ揚げ足とって、台詞噛んだとか茶々入れて妨害したりして、自分のペースに持っていって、反論するんだもん。

言葉のキャッチボールを無視して、ただのドッジボールに変えたのは私じゃなくて、そっちでしょ?


私の事を思ってくれた上、短所を指摘してくれて、私という人間を忘れる事無く、1秒でもアナタの視界に入れてくれて、1秒でも私の事を考えてくれたアナタ達。

私には、アナタ達がどうして、そんな風に考えられるのか不思議でならない。


他人に構っている余裕、よくもありますねって。


『正しい人の在り方』に反している私には、他人を思う資格がそもそも無い。

他人を正しく導こうとは思えないし、出来る気もしない。

私は、未来の自分に不利益にならず、私がその時に出来る事を、その時に出せる力を出してやってきただけ。


普通の人、正しいことを知っていて、誰かを正しい道へ導こうとする優しさを持つ他人は、一定の常識や価値観で、それを行うという。


普通の基準を知らない、ましてや知ろうともしない私は、普通の人ではないのだ。


断っておくが、私は普通では無いから”特別”と言うわけでは無い。


普通じゃない = 特別 選ばれた感性を持っている奴、と考えている人がいたら、それは大間違いだと覚えていて欲しい。

普通じゃない事にメリットはないのだ、と覚えていて欲しい。



 ただ普通を外れただけの人間は、特別でもなんでもない。



普通では無い事など、漫画やゲーム等ではキャラクターに必要な個性だ。

主人公クラスの力と個性に加え、努力と仲間の力で何でも乗り越えられる、そんな人間なんて…それこそ存在するのは稀、というか、居ないし。

いたとしても、普通の人間関係に、主人公気取りの人間の暑苦しい説教など、世間は求めてはいない。


大体、個性、その人の育ってきた環境の違い、思想云々・・・で”あの人は普通じゃなく特別だからね”と片付けられたら、変人は元々苦労はしない。



現実世界では悲しきかな、普通じゃない人間は・・・”ただの変なヤツ”なのだ。



それは・・・特別、変、というより『異常』。



異常、エラー、間違い。


何も良い事は無い。


だから、他人は私を正そうとした。

あくまで、私のために、と他人は笑顔で言った。



 『情けも優しさも回りまわって、自分の為ですもんね。そりゃそんな言い訳してでも、言いたくもなりますよ。』



そして、修正されている私はそんな時にニッコリと笑って、心にも無い”ありがとう”を口にする。



 それは、されて当然の厚意による行為。

 それに、するのが当然の厚意による行為。



そこに、悪意や思いやりがあっても無くても、私は、もう…どうでもいい。



 私が我慢をすれば、円滑に周囲が回る。

 だから私は、ただ、ニッコリ笑って”ありがとう”を口にする。





 それが、正しき"”普通”の人。




 じきに・・・慣れるさ・・・。






 『・・・まァ、そんな事を思った時期もありましたっけねェ・・・。』







・・・ああ・・・







 ああ、なんだか、すごく、気持ち悪い。










 [ 水島さんは捜査中。 ]









私の名前は水島。

悪いが、下の名前は聞かないで欲しい。


「…んっ…あ〜ッ!よく寝た!」


時刻は午前10時半。結構、朝寝したものだ。

昨日の就寝時間が10時だから…12時間は寝てたって事になる。

休日は身体を休める為にあるのだ。これは、正しい使い方だ。


「・・・でも、少し寝過ぎたかもしれない・・・。」

寝過ぎか疲労のせいかわからないが、ギシギシと音を立てそうな関節を動かしながら、私はシャワーを浴びた。


シャワーを浴びた後、冷たい牛乳を飲み干し、一息つくと、ようやく先日までの疲労が和らいだ気がした。

先日・・・岬マリアの試合に乗り込み暴れて・・・母親とも和解・・・それから・・・後はホラーっぽい展開になって、走りまくって・・・力尽きた。


「…ふう…ようやく、ちゃんと休めたって感じ。」


…岬マリアの試合の日以来、妙に疲れが取れなくて絶不調な上、縁の力も全然働かなかった。

お陰で、ただでさえ怠け気味の女難サインは、前よりも働かないし・・・紐も満足に見えないし・・・。


窓を開け、部屋の空気の入れ替えをする。

タバコを一本咥えて、ライターで火をつける。


「まだまだ寒いなぁ・・・あれ?」


何気なく自分の指に視線をやると、私の小指にくっついている縁の紐が、所々ほつれているのが見えた。

現在、私の指には無数の紐がくっついている。

細いのもあれば、やや太いものもあり、強度はどれもこれも・・・強かったはず。

今まで何度切ろうと試みても、まるで切れなかった縁の紐が・・・


「・・・ほつれる事もあるの?コレ・・・。」



手にして、まじまじと観察するとやはり紐の繊維?みたいなものが所々、飛び出ていた。

紐によっては、状態は違っていた。解れかけている紐や…千切れそうな程、ボロボロになっているものもある。

誰と繋がっているのかは、私には判別できない。実際、繋がっている本人を目の前にしないと、誰の紐かも私には解らないのだ。


「・・・こんな風になってるなんて・・・。」


この紐・・・今まで、私がどんなに切ろうとしても切れなかったし、無傷もいい所だったのに・・・いつの間に、こんなにボロボロになったのだろうか?


これは、私と女難の皆さんの縁。・・・クサレ縁。

こんなもの、いつ切れても私は構わない。


縁なんて、そもそもこんな風に目に見えるものじゃない。


見える私がおかしいのだ。

操れる私がおかしいのだ。



(あ、ここもほつれてる・・・。)


・・・だけど、どうしてだろう?

こうして、壊れかけているモノを目にしてしまうと・・・どうして、少しだけ悲しい気持ちになってしまうのだろうか・・・。

縁の紐が見えない間、私が何かやってしまったのだろうか?

それとも、念じた甲斐あって、彼女達との縁が少しずつ切れてきている?



(もしそうだったら・・・いっそ、このまま全部切れてしまえば・・・)


そこまで考えかけて、私はふと思い出した。



先日、祟り神に襲われた時に・・・この紐を”使った”事を。



この紐で祟り神を引っ掛けて、転ばせて…挙句、持ち上げたり振り回したり、もう無茶苦茶やった・・・!

ていうか・・・本当に私って、つくづく普通の人間じゃねえな・・・もうっ!!


(そうだ…紐がこんなにボロボロになってるのは、多分あの時の無茶のせいで紐を傷つけたんだ…。)


祟り神は、紐をそんな風に使った人間は初めてだ、と言っていた。

他にも・・・。


『ぐッ・・・フフフ・・・お前は、本当に面白い人間だ・・・だが、少し・・・忘れっぽいようだね・・・?

 固い絆を武器にするのは結構だが・・・人と人との絆ってのは・・・』



・・・あの時、祟り神は何を言いかけてたんだろう?



逃げる事で頭が一杯で祟り神の言う事なんか、殆ど聞いていなかったけど・・・この紐のほつれは何かに影響が出たり、副作用でもあるのかな?

いや、もしかして・・・このほつれによる副作用で、これから、また何か起きるのではないか・・・?

一度、浮き上がった不安は簡単に沈んではくれない。


何か、マズイのでは…?

私は、ますますマズイ状況に陥っているのではないか・・・?


『逃げても追いかけるよ!今ので確信した!お前はこっち側だ!あはははははははははははは!!』


・・・”お前はこっち側”ってどういう意味だ・・・?

もしかして、私も誰かを祟っちゃう系の女って事?


い、いやいやいや!怒るとか恨むとか以前に、私は人に関わりたくないのにッ!!”祟る”とか!面倒くさすぎるッ!

マイナスの感情を他人に向けられるのも、自分から向けるのもしたくない。

こっち側もあっち側にも属したくない。


そもそも、私は本当に、あらゆる意味で他人と関わりたくないんだ。




 でも、それって結局…何も変わらないって事、だよね?



頭の中に、私の声そんな疑問が響いた。答えは無かった。


私はタバコを吸いながら紐を見つめ、考えていた。



(紐、このままでいいのかな?自然に治るかな?いや、今全部切れてしまっても別に良いと言えば良いんだけど…でも、こんな感じで切れてしまって、影響はないのかな?)


私が心配しているのは、繋がっている先の人の事・・・いや、人体への影響だ。

もしも、これで女難の具合が更に悪化するとか・・・。

繋がっている人の具合悪くなっちゃう、とか。

ああ、私も最近まで絶不調だったし・・・その可能性の方がが高いかも・・・!

うわ・・・どうしよう・・・皆、体調崩してたら、私のせいだ・・・。


こうしてはいられない!私はすぐにタバコの火を消して、着替え始めた。

下着を身に着け、シャツから頭を出した所で、私はふと思った。


(・・・って、具体的にどうするっていうんだよ。)


大体、今まで縁の紐が傷つく事もなかったのに、紐の直し方なんか知るかっつーの。


まじまじと紐を見ても、特に変化は無い。

しかし、見れば見るほど、紐の状態は以前より酷くなっていた。

ほつれて、赤かったり、赤黒かったり・・・なんか、前より色がくすみ、汚く見えた。


「・・・・・・・・・・・・。」


こういう(超常現象めいた出来事)場合、相談相手は約一名しかいない。


「あ、もしも…」

『はぁい、もぉしもしぃ・・・』


いかにも、今起こされましたって不機嫌そうな声が聞こえた。


「・・・お休みの所すみません、水島ですけど。」

『あー・・・アンタだってのは解ってるわよ、何?聞いてあげる。…言え。』


(寝起き最悪だな…。)


火鳥は不機嫌そうな声で”言え”と命令したので、私は素直に話す事にした。


「あの・・・実は、紐が・・・」


私は、紐がほつれている事、先日祟り神を紐で引っ掛けたり、壁にたたきつける事に使った事をちゃんと話した。

あの日、私は心身共に疲れ切っていたし、火鳥も本を読みながら適当な相槌しか打ってなかったので、やっとちゃんと情報交換が出来る、というものだ。


話し終えると、火鳥の声には、もう眠気は無かった。

ただ、一言。


『・・・アンタ、随分と人間離れした事やったわね・・・普通の人間に見えないものを振り回して、掴んで投げるとか・・・。』


火鳥の口調は呆れ半分、真剣さ半分、と言ったところか。


「祟り神にしかやれませんよ。こんな危ない事。」

『いや、使った相手の事じゃなくて・・・よくも、土壇場で思いついた不確かな事をやろうと思って、そのままやりきれたもんだわって、心底アンタの悪あがきっぷりにつくづく感心してんのよ。』


どう聞いても褒められてはいない事は解ってはいたが、私は火鳥に聞いた。


「それはどうも・・・いや、そんな事より、問題は紐です。どう思います?」

『どう思うって・・・繋がった人間に影響あるのかどうかは、確かめりゃ良いじゃないの。隣に、アンタの女難の一人が住んでんでしょ?』


確かに、隣は伊達香里さんがいる。


「あ・・・ああ、まあ・・・」

『じゃあ確認すれば良いだけじゃない。何をビクついてんのよ。』

「う・・・。」


・・・ああ、確かに私、今ビクビクしている・・・。

これ以上のトラブルは、ゴメンだってビクビクしている。


『それが済んだら、予定通りアタシの部屋に来て。』


簡単に言ってくれるよ、と私は思った。

思ったと同時に、少しイラッとしたので、反撃を試みてみる。


「はい・・・じゃあ、後で・・・あ、先日、力尽きてる私の隣で本見ながらモサモサ喰ってた『さ●さくぱんだ』もお土産に買って行きますから。

今度は一緒に食べられると良いですね。(棒読み)



甘党かつ、子供っぽい味覚の火鳥は、子供用のお菓子をよく食べているようだ。

さくさ●ぱんだだけじゃない、たべっこ●うぶつや子供用のミルクせんべいも食べていたのを私は横目で見ていた。


『ぐっ!一言余計なのよッアンタは!!欲しかったんなら、言いなさいよ!!ていうか、黙って電話切りなさいよッ!』

「大体25歳でさくさく●んだって・・・(笑)」


『うるさーいッ!!さくぱんを馬鹿にしてんじゃないわよッ!!(恥)』

「え!?通は、略して呼ぶのですかぁ〜!?それは知らなかっ・・・」


 ”ブチッ!(怒)”


電話は火鳥の怒りと共にブチ切れた。



(・・・うむ・・・久々に勝った感じ。)

不思議な満足感を得た所で、私は隣の部屋のインターフォンを押した。


「はーい?」


夜の仕事をしている伊達さんは寝る寸前だったのか、しょぼしょぼになった目を擦りながら出てきた。


「あ、伊達さん、おはようございます・・・あの、具合どうですか?」

「んー?具合?うん、悪いよ〜…。」


あっさりと恐れていた言葉を口にする伊達さんの両肩に私は思わず手をかけた。


「え!?ど、どこがどういう風に!?」

「頭が痛くて、胸焼けがして気持ち悪い…」

「なっ!?それって、まさか…っ!」


「そう、二日酔い…あと、眠い。」


「・・・あぁ、ですよね−・・・。」


 ”バタン。”


納得で一杯の心持ちで私はドアを閉めた。

(・・・よし、大丈夫だ。もう、気にしない!ていうか、心配して損したッ!!)


自室に戻り、私は出かける準備をする。


(・・・これが、私とあの人達を繋げている・・・”縁(元凶)”か・・・。)


そう思うと、私は掴んでいた紐を掌から地面に落として、自分の視界から消した。

これは・・・元々、無いモノなのだ。


「出かけよう。」


私は、コートを着て、走りやすいブーツを履き、街へと出かけた。

日差しは穏やかに道を照らしていて、冬はもうすぐ終わりを告げようとしていた。


でも、私の生活には一向に光が差す気配は無く。

女難に囲まれ、死の恐怖も迫り、解決策にも手が届きそうで届かない。

太陽の光が、こんなにも遠く感じる。


私の今までの生活は、日陰もいい所な目立つ事も波風も無いものだった。

数字や書類、PCを相手に、時々他人様と関わって、疲れたなって思いながら、休日を待つ・・・その程度の生活。

その程度が、私には丁度良かった。

他人との深い関わりは不快に繋がるから、求めていない。


今は、全く逆の生活…。

元々他人に好かれるような人間ではないし、その好意に応えられる人間でもない。

それでもやってくる女難トラブルを私は辛うじて解決してきたつもりだ。


なんとかやりきってはいるけれど、物凄い疲れに対して、得られるモノは何も無く・・・ただ、ただ・・・私は・・・元々ある何かを失っていくばかりである。

こうして歩いている時も油断は出来ない。


「あの〜…ちょっとすみません、道をお尋ねしたいのですが…。」

「はい?」


何気なく声を掛けられたので、私は振り返って行き先を聞こうとする・・・が。


「あ、あのッ!私と一緒に女同士で結婚式が出来るテーマパーク行きませんか!?」


・・・はい、この通りでございます。


「行きませんッ!あのカップルに続いてウォルトの所で式を挙げようだなんて思いませんからッ!!!」


こうして、タイムリーな求婚をかわしながら、私は目的地を目指す・・・。





 ― 約2時間後  火鳥さん家 到着 ―


息を切らせながら、なんとか目的地に到着した私は火鳥の部屋に入った。

靴とコートを脱いで、そのままリビングへ行くと…。


「随分遅かったわね?待たせたからには、何か持ってきたんでしょうね?」


火鳥は、ソファの上で今にも昼寝をしそうな体勢と厳しい口調で私を迎えた。


「すみません・・・新手の女難に遭遇しまして・・・」


言い訳をしながら、私はなんとか手に入れたさくさくぱ●だを3箱差し出した。


「何を言い訳し・・・(さくぱんを見て)・・・まあ、良いわ。”ガサガサ…ぺりぺりぺりっ!(さくぱん開封)”」


とりあえず、私は例の紐の報告をした。・・・が、やはり火鳥は目の前に甘味があると相槌が適当になるようだ。

しかし、一応話はちゃんと聞いているらしく、私が新たにやってしまった事も手帳に書き込んでいた。

こういう細かい所や手帳を使いこなす所が、出世するコツなのかもしれない…。

・・・どうも手帳買っても使いこなせないし、殆ど予定が無いし使いようが無いんだもんなぁ・・・。


火鳥はテーブルの上にダンボールをドンッと置いた。

神社から提供された資料は、これで全部である事も火鳥は不服そうな顔で付け加えた。


その表情から察するに、このMサイズのダンボール箱いっぱいの資料を全部に目を通したとしても、呪いを解く方法は載っていなかったようだ。


「神社からの資料には、何故か、この地域にいた巫女について書かれていたわ。」

「巫女?」


私は本をパラパラとめくりながら、聞き返した。


「巫女とは言っても、名称だけよ。蓋を開ければ、巫女という名の身代わり人形。」

「どういう事です?」


「お雛様って知ってる?昔は、女の子の災厄から守り、穢れを払う為、紙で出来た人形を川に流す儀式があったの。」

「聞いた事はあります。流し雛、でしたっけ?」


そこまで自分で言って、私はハッとした。


巫女という名の身代わり人形・・・流し雛・・・。


「・・・・・・まさか・・・巫女の役目って・・・!?」


私は、自分の考えた事が恐ろしくなり、途端にゾクリと背筋に悪寒が走った。


「そう。巫女は、さしずめ生きたお雛様。その土地に生まれた女の子の幸せの為、いいえ・・・その土地に住まう赤の他人の為に、その命を使われる役目を負っていたの。」

「・・・そんなの、まるで生贄じゃないですか・・・!」



「それだけじゃないわ。どうやら、この地域…昔は公共の電波じゃ言えないような事をしていたようね。」

「い、言えないような事?」


聞きたいような、聞きたくないような・・・。八つ墓村とかそういう系だろうか・・・?


「ま、悪習って事ね。」

「それって・・・う、姥捨て山とか?」


「さっきまで巫女の話してたでしょーが。・・・この地域じゃ、巫女は生贄であり、万能薬なのよ。」

「ば、万能薬?」


「祈ってもよし、子供が出来ない時は村人の為に慰み者になってもよし、土地の為の生贄になってもよし、血肉を薬にしてもよし・・・ま、実際どこまで役に立ったのかは知らないけどね。」

「う・・・。」


火鳥はスラスラと言葉にしているが、内容はこのSSシリーズにはそぐわないほど、とてもエゲツない・・・。


「でも、その巫女と呪いの関係は・・・あっ!巫女の怨念!?祟り神は元・巫女って事!?」

「その可能性も捨てきれないけれど・・・どうも、資料を読んでいるとね・・・巫女=アタシ達、なのよね。」


「・・・・・・巫女?私と火鳥さんが!?巫女ぉ!?」

「アンタが言うと何かムカつくけれど・・・アタシ達は巫女って柄じゃないのは本当よね・・・でも、コレを見て。」


火鳥は本を3冊取り出し、付箋がつけてあるページを開いた。

書かれてある文章は読めないしわからないが・・・挿絵の巫女がひび割れた地面の上で祈っている絵や、鬼と戦っているように見える絵・・・どの巫女も苦しそうな顔をしている。


「巫女の選定や活用方法は村の人間が決めてたようね。役目は一つに限定せず、不明瞭であるからこそ、何にでも使える・・・そこが重宝されていた訳ね。

雨が降らないなら降るまで祈らせたり、生贄にする・・・化け物が出たら、巫女が身を賭して戦う・・・。

村人が困った時は、まず巫女が犠牲になる図式よ。村人のどうにも出来ない不満をぶつけるには、巫女はうってつけの身代わり人形だったって訳。」


「・・・それが”万能薬”って意味、ですか・・・。」


万能・・・便利な言葉だ。

確証もない事に、命を使われてしまうなんて。

要するに、巫女に選ばれた人間の行く末は、他人によって決められてしまい、更に他人の幸せの為に、自分の幸せを諦めなければならない、という訳だ。


「昔・・・ましてや小さい村が点在するだけの地域だもの。娯楽が少ないんだから、それなりに作り出すしか無いわよね?暇と不満があれば、人間は簡単に悪に染まるわ。無意識にね。」

「・・・巫女って・・・そもそも、そんな存在じゃないじゃですか・・・。」


人間の業を、一人に任せて他人が幸せを手にする。


・・・人間社会じゃ、そんなのよくある話だって言われそうだけど・・・

自分の借金を赤の他人に擦り付けたり、仕事を気弱そうな部下に押し付け飲み会に行くのとは訳が違う。


業、穢れ、人間の力じゃどうしようもない天候・・・そんなモノを同じ村に住んでいて、顔見知りの人間一人に押し付けて、自分達は安全な場所で生を噛み締める。

赤の他人の穢れを、どうして背負わなければならない?

自分の人生を、どうして他人の祈りに任せようと思うんだ?

・・・でも、私のこれは現代に生まれたからこそ、考えられる事であって・・・実際に、この時代に生まれていたら”巫女は犠牲になって当たり前”と思っていたのかもしれない。


それでも・・・この心の中に沸き起こる怒りはなんだ・・・?

本の挿絵を・・・巫女の苦痛に歪む姿を見ているだけで、私は熱くなってくる。


それは、確かな怒り・・・”憎しみ”に近い怒りだった。


「・・・アンタ、顔が強張ってるけどどうかしたの?」

火鳥に声を掛けられ、私は一呼吸おいて”大丈夫です”と答えた。


「話を続けるわよ?・・・巫女と村人の立場が変わった時期が・・・ここら辺の資料に書いてあるんだけど・・・アタシとしては、ここら辺から気になるのよね。」

「立場が変わった時期?」


火鳥が指でトントンと指した所には、巫女が女性に囲まれている絵があった・・・。


「こ、この巫女に何があったッ!?」


女性に囲まれ、心底嫌そうに天を仰ぐ巫女の表情。

囲む女性達の熱い視線とニコニコ笑顔・・・昔の挿絵だというのに、私達にここまで状況が細かく伝わる絵は近年見た事が無い。


これでは、まるで・・・”女難の女”・・・ッ!


「ええと・・・最後の挿絵は、なんというか・・・私達の状況に似てますね。」

私は咄嗟に言葉を濁してはみるが・・・どう見ても、この絵は、昔の女難の女である。


「ええ、その通りよ・・・この巫女のエピソードは、他の巫女と違ってるのよね。親子二代に渡って女に囲まれ、日々災難に見舞われつつ暮らしていた・・・とあるわ。

アタシとしては、どうして女難に遭うようになったのかが知りたかったんだけど・・・巫女になった事と女難は関係あるのかしらね?」


火鳥はいささかゲッソリとした顔で言い放った。

親子二代で女難とは・・・昔の人とはいえ、同情してしまう・・・。


「・・・昔の女難の女は、どうやって女難を避けていたんでしょうね・・・」


「それこそ、村なんか捨てて、山で暮らした方が余程良かったでしょうに。

その後、母親は巫女として役目を勤め上げた、とあるから・・・おそらく、何らかの儀式で死んでいるわね。娘は知らないけれど。」


「・・・どう、だろう・・・それ・・・。」

「は?」


「自分が暮らしてきた街を簡単に捨てて、不便な山に暮らすって凄く覚悟の要る事だと思いません?

どうして巫女に選ばれたり、女難に遭ったり・・・誰かの為に自分の生き方を曲げなきゃいけないんです?」


昔の出来事とはいえ、祟りだ生贄だと暴走する村人に向かって、”呪い?現象には必ず理由があァる。物理学的に証明してみせよう・・・実に面白い!”と言い切って否定してくれる物理学者がいる訳がない。


人間の命を供物にしたら、人間以上の何かが解決してくれるかもしれない!・・・という一種の賭け。それが生贄の儀式だ。

自分で切り開けないから、生贄を捧げて神頼みなのか・・・それとも、自分で切り開こうとせずに、他者を使って乗り越える神頼み、なのか。


実際に見ていないから、私は村人がどんな気持ちで巫女を使ったのかはわからない。

火鳥の言うとおり、不満のぶつけどころが無かったから巫女にその矛先が向いたのかもしれないし、本当に止むを得ず、巫女と神に頼るしかなかった・・・のかもしれない。



だが、私は・・・嫌だ。


他者を頼るのも、他者を捧げるとか、他者に捧げられるとか・・・己の力でなんとかしたい。

それに、村の為にとか、赤の他人の為に、自分の身を切り刻もうとかも思えない。


そんな事をしなくても良いように。その為の知識や腕力、脚力があるのだ。テレビやラジオ、ネットは、生きる為の情報を提供してくれるのだ。

それを活用している限り、私は自分で情報を得て、自分で考え、自分で決め、自分で行動する。


自分の力に限りはあるだろうけど、私は誰かの上に立って生きられるような人間じゃない。

自分一人分しか救えない程度の力しか無いのだ。


すると、火鳥は言った。


「じゃあ聞くけど、巫女が生き方を曲げたかどうか、アンタはその場にいて、確かめた訳?」

「え・・・」

「巫女が自分で犠牲になる、と決めて臨んだ結果なのかもしれないでしょ?これは、所詮、書物よ?一言一句、事実のみが書かれているとは限らない。

普段のアンタなら、疑う余白がある筈よ。アンタらしくもない・・・自分の目で見てもいない事を決め付けるなんて。」


それは、思わぬ言葉だった。

火鳥の目には、私はそういう人間に映っていたなんて・・・。


「・・・あ・・・す、すみません・・・。」

私は、両足をきつく閉じて座った。


「やっぱり、情報が足りないわ・・・あの日、手に入れられなかった本が必要って事ね。

女難に見舞われていた巫女は存在していたようだけれど・・・どうして女難に遭い始めたのか、その回避方法・・・それら、肝心な情報が載ってない。」


「ええ・・・そもそも、私達が巫女ならば、こんな神聖の欠片も無い、どす黒い巫女なんかいませんし・・・一体、何の為の巫女なのか、解りませんからね。」


「でも、一応見ておく?水島。」

「あ、はい…。」



五豆武神社からの資料提供に一時は喜んだ私達であったが・・・私達が欲しい情報は書かれていなかった。


こういう事をすれば、呪いが解けちゃうよ!とか。

ああいう事をすれば、祟り神を封印できちゃうよ!とか。

あんな事やこんな事をしなくても、女難に遭わない方法があるよ!とか。

・・・そんなドストレートな解決策は、やはり載っていなかった。





 ― 1時間後 ―




「で、どうすんのよ・・・?」

「どうしましょうね・・・。」



私と火鳥は、だらぁっと真夏の動物園のホッキョクグマのように、火鳥の部屋のソファに座っていた。

最早、手詰まり過ぎて、女難の女二人がただ口を零すだけの時間になりつつある。


後にも先にも、話題は、あのバ金持ちのパーティーで消えた”本”だ。


「誰が持っていったのよ・・・。」

「誰が持っていったんでしょうね・・・。」


呪いを解く為のヒントが記されている、という資料の入手に失敗した上、その後の行方すら掴めなかった私と火鳥。


「アンタね・・・他人事みたいに言ってんじゃないわよ。ホントに、死ぬわよ?アンタが。」

「そっちこそ、金持ち特有のネットワーク駆使して、本を探してくださいよ。ホントに、死にますよ?貴女も。」


赤いソファの肘掛けの両側に、だらあっと25歳の女二人が頬杖をついて、互いの死んだ魚のような目を向け、再びそっぽを向く。


「「はぁ・・・。」」


後にも先にも溜息しか出ない。

どうしようも無い。

こんなにもあの本を欲している私にヒントも残さず、あの本はどこかへ羽ばたいて行ってしまったのだ。



「「はぁ・・・。」」


本当に、溜息しか出ない。

希望を見出した後、希望に去られるとこんなにも精神が落ち込むのか。



「あの、一息入れませんか?私、コーヒー淹れてみたんだけど・・・飲みます?・・・コレ、赤いのがお姉ちゃん専用ね。」


ぎこちない敬語で喋りながら未成年の女子中学生の蒼ちゃん(安全)が、赤と黒のマグカップを持って立っていた。

黒い髪を二つ結びにして、火鳥が好きそうな赤くて、蒼ちゃんには少し大きめのカーディガンに黒いショートパンツ。

細く真っ白な生足を出して、”若者ですぞ!”とこちら(25歳)に見せ付ける。


「黒いのが水島のお姉ちゃんの分・・・あ、今、砂糖とミルク持ってきますね。」


蒼ちゃんは、礼儀正しい少女だ。若いながらも、そういう所が出来ている人間は少なからず、社会で上手くやっていける、かもしれない。

・・・私は、そんなものは、とっくの昔に放棄したが。


「あ、お気遣いありがとうございます。私はブラックで良いんで・・・。」

「へえ・・・お姉ちゃんと違って、健康的な飲み方ですね。」


笑顔でそう言う蒼ちゃんに、火鳥が眉間に皺を寄せて低い声で言った。


「・・・どういう意味よ。」


 ※注 火鳥さんは、プライベートでコーヒーを飲む時は、砂糖を大さじ4杯以上と蜂蜜を入れてドロドロにして飲む。


高見蒼は、まだ一時帰宅の段階らしく、もうすぐ完全に退院するらしい。

一時帰宅の筈なのに、何故火鳥の家にいるのかは、疑問だが。

おそらく、火鳥が寿命の祟り神が、蒼ちゃんを再び殺そうとする危険性を避ける為にとった、一時的な措置だろう。


・・・多分。


「いいから蒼、座ってなさい。・・・ホレ。」


素早く火鳥が立ち上って、蒼ちゃんからマグカップを受け取り、「ホレ。」と餌のように、私の目の前に置いた。


「あ、どうも。(餌付け珈琲か・・・。)」


せっかくだから、いただこうと口をつける。


「平気だよ、コーヒー淹れるくらい。今日はね、インスタントじゃなくて、ちゃんとドリップで淹れたんだから。君江さん直伝だよ。」


蒼ちゃんは、嬉しそうに報告する。

中学生にしては、やや子供っぽくて、無邪気すぎるはしゃぎっぷりだが、元気があるならそれが一番だ。


きっと、今が楽しくて堪らないのだろう。


「・・・はいはい、ありがたく飲むから。座って。」


火鳥は、蒼ちゃんの頭をぐしゃぐしゃとやや乱暴に撫でると、立ったまま珈琲を口にした。


「どう?」


味の感想を求める蒼ちゃんに対し、火鳥は・・・。


「・・・まあまあ。」


褒めろ。そこは、ちゃんと『おいしい』と褒めてやってくれ。火鳥。

変に照れ隠し・・・はしていないな。それでもちゃんと褒めてやってくれ。そこから、青少年の非行が始まったりしないでもないんだから!


しかし、”まあまあ”という評価を聞いて、蒼ちゃんは嬉しそうにスリッパをパタパタ鳴らし、台所に向かっていく。


・・・褒められ慣れていないと、まあまあでも嬉しく感じるものなのか。


珈琲の香りが鼻の奥に広がる・・・味は、苦味が強めで酸味が少なく、コクがあって・・・濃い。

これは、缶コーヒーやインスタントでは感じられない美味さ。

絶望に近い感情が、少しだけ和らいだ。


「・・・ふう。」


やはり、カフェインは私の味方だ。(人間じゃないしね!)


「さて、話・・・元に戻しましょうか。」


火鳥は、そう言って再びソファに腰掛けた。


私と火鳥は、縁の祟り神によって、ややこしい縁、とりわけややこしい同性に好かれやすくなる、女難トラブルに巻き込まれる呪いをかけられた。


この呪いを解くには・・・

心から愛する人(どう足掻いても相手は女性しかいない。)と自分の歳の数だけ・・・ゥヴぇ(吐)・・・まあ、性行為をしないとならない。

しかし、この情報・・・どこまで信じてよいのか、本当に性行為25回で呪いが解けるのかも、すき○が何故牛丼の上にやきそばをのせようと思ったのかも、ストライキが全く話題にならなかったのも不明。

勿論、この儀式と称した、ただのエロ同人誌みたいな行為をやる訳にはいかない。


・・・思えば、嫌なタイトルだ。『水島さんは○○中。』なんて。

絶対、○○の中に『合体』とか『自慰』とか『陵辱』とかクソ頭の悪い単語を入れて、ニヤニヤする人がいるに違いない!主人公の気も知らないでッ!!・・・このネタ、前も言ったな!とにかく嫌だよ!バカヤローっ!!


 
※注 だから、いませんってば。


とにかく、私と火鳥は何があっても、誰とも性行為をする気はない。

今、知るべきなのは、呪いの解き方と・・・そもそも、この呪いは何なのか、という事だ。

呪われて、徐々に死への道を辿るだけならば、まだしも。


私達には、人間関係の縁を切ったり結んだり出来る、普通の人間には必要ない能力まで備わってきている。


「確か・・・アタシ達は、あのババアに選ばれた、とか言われたんだっけ?」


火鳥がドロドロのコーヒーを口にしてから言った。


そう。


縁の祟り神である、あのオバサンが”私達を選んだ”と言った事で

私達の極度の人嫌いって事だけが呪われた原因だと言い切れなくなった。


私達が人間関係を良好にした(つまりは女とヤッた)としても、あの祟り神がいる限り、呪いが解けない、もしくは解けたとしても、あのオバサンが私達を選び続ければ、再び呪われてしまう可能性があるのだ。


だから、呪いを解く事も大事なのだが、最終的には元凶を断たねばならない。

しかし、未だに私と火鳥は、まともな呪いの解き方、及び元凶の正体・対抗策、何故、私達は沢山いる人間の中から選ばれてしまったのか、その他色々・・・本当に、何もわかっていない。


やっと得た手がかりは、入手し損ねた”この地域に伝わる古書”だったのだが、行方不明。

落胆はしたが、いつまでも落ち込んでもいられない。


「そうです。・・・まるで、下手な宝くじに当たった感じですね。」

「単に運が悪かったのか、アタシ達に選ばれるだけの要素があったのか・・・。」


考えられる、その要素、とは

縁に関する力が強い、もしくは、人嫌いである事。

人嫌いなら、この世の中沢山いそうなものだが・・・。



「ねえ、お姉ちゃんと水島のお姉ちゃんは、どうして人が嫌いなの?嫌いだとしても・・・私には二人共、態度は至って普通だけど?」


「「・・・・。」」


素直かつ無垢な瞳からの問いに、私達は思わず黙り込む。


そりゃ決まっている。

蒼ちゃんは、病み上がりだから襲い掛かってきそうもないし、女難じゃないし。

逃げようと思えば、いつでも逃げられそうだし。

逃げなくても、彼女なら話は通じそうだし・・・仮に女難トラブルになっても、火鳥の女難だから、私には全く関係ないだろうし。


だから、特に警戒していないだけだ。心を許した覚えもないけれど、敵でも無いのに闘争本能むき出しにする程、私は人間を”憎んではいない”のだ。

ちょっと人間関係を結んで、深めるのがとてつもなく嫌いなだけだ。



・・・なんて、打算塗れな事言える訳がない。



「・・・蒼、大人の話に入ってくるんじゃないの。」


火鳥が定番の台詞を口にした。

お母さんか!とツッコミを入れたいが、絶対怒られると思うのでやめた。


「だって、すぐ傍で二人共”人嫌いです”って話をしていたら、ここにいる人嫌いじゃない私は、心の底で二人に嫌われてるのかもーって不安になるじゃない。」


蒼ちゃんは、女難には含まれない、とはいえ、私達と同じ人嫌いではない。

深く付き合うのは勘弁して欲しいけれど、敵視する程の存在ではないし・・・。

なんか細かく人嫌いの経緯とか説明すると、次々正論ブチかまされて、余計面倒臭そうな気がするし・・・。


うーん、答えにくい。


10代のガラスのハート(死語)を傷つけずに、この場から去っていただけないだろうか、と私は考えを巡らせるが

マトモな10代とロクな交流もしていない私に何も出来るはずも無く、ただオロオロするばかり。


 ※注 同じ10代でも、ストーカーやレディースシンガー等、水島さんの周りにはマトモな人材が枯渇していた。
 


何か言わなければ、と私はチラチラッと火鳥を見ながら、一応精一杯のフォローをしてみる。


「いや、そ、そんな事は・・・ね、ねえ?火鳥さん?」


・・・情けないほどに、フォローになっていない。


そして、乱暴にも、その後のフォローの言葉を火鳥に放り投げた。

いや、火鳥ならば、私より説得力があって、蒼ちゃんが納得出来る答えを出してくれる筈だ。




『ええ、安心して。アタシは蒼が好きよ。』

・・・は、さすがに期待できないし、言ったら言ったで大問題(ロリコン)だけれど・・・。



うーん・・・。



 ― 水島さんの考える 模範解答 ―


『いや、そ、そんな事は・・・ね、ねえ?火鳥さん?』

『どうして、アタシにそんな話を振るのよ?関係ないでしょ?』

『お、お姉ちゃん・・・』


『・・・フン・・・別に、嫌いだなんて言った覚えは無いわよ。・・・これじゃ、不満なの?』

『お、お姉ちゃん・・・蒼、その一言だけ嬉しい!納得したから、話が聞こえにくいあっちの部屋にそそくさと移動するね!バッハハ〜イ!』




・・・ああ、そうだ、コレだ!一旦突き放しておいて、微妙にデレる台詞!!

これこそ、火鳥っぽいし、模範解答だ!こういう系で頼む!と私は火鳥をジッと見た。



ところが、火鳥が少し首を傾け、気だるそうに小さい溜息を吐いて言った。



「フン、他人の好感度なんて気にしてたら、自分を通せないわよ。

だから、アタシ達になんと思われようと、アンタがいちいち気にする必要も価値なんかも無いのよ。

わかったら、とっととあっちに行きなさい。ココにいても、時間の無駄よ。」








 模範解答 爆散!!






フォローにも答えにもなっていない!!


私は、恐る恐る蒼ちゃんの顔をみた。



「・・・ふーん。」


蒼ちゃんは、ケロッとしていた。

ふーん、とあっさりした、まるで醤油もかかっていない冷奴、いやむしろ、ただの豆腐のようなさっぱりした反応。


いつも通り、ニコリとも笑わない、不機嫌そうな仏頂面の火鳥とケロッとした表情のままの蒼ちゃんは、黙って互いの目を見ていた。


な、なんだ、この妙な間と・・・空間は。


やがて、蒼ちゃんは口元に笑みを浮かべた。


「・・・ふふっわかったよ。あっち行ってるね?アイス食べよ〜っと。」


そう言って、未成年はあっさり退場した。


「ふう・・・物分りがいい人間は、助かるわ。」


火鳥は満足そうに少しだけ笑った。



わかって、くれたの?あれで?

わからない・・・私、貴女と10代の小娘がわからない・・・!

なんだか急に、火鳥を遠くに感じる・・・元々、近くにもいなかった存在だけど。


もしかして。

今の空間に、私一人だけお邪魔だったような・・・。


蒼ちゃんの、あの”しょうがない人ね、みなまで言わずとも、わかってるわよ。”みたいな目は・・・まさに、大人の女の目!!

あの年代は、子供だったり、急に大人になったりと油断ならないんだ、と思い知る。


しかし、この短期間で、火鳥のあの台詞から察する・・・というよりも、良い所を見つけ出して解釈出来るなんて・・・!

同じ人嫌いの私ですら、火鳥の台詞を傷つかずにスルーするのに、半年もかかっているのに!


改めて。


蒼ちゃんと火鳥は、ぱっと見、良い人間関係を築き始めている、と言えるんじゃないだろうか。

ああいうタイプの人間は、そうそういない。

しかも、人嫌いみたいな、ろくでもない人間の傍には、特に。


忍さんですら持て余す、『真っ黒ハリネズミ火鳥』を素手で扱える人間、それが・・・高見蒼(未成年)なのだ!



「単に物分りが良いっていうよりも、彼女、火鳥さんの事、よくわかってるって感じですよね。」


私は、素直にそう感想をこぼした。

あの子は、きっと大物になるか、普通の幸せを掴むだろう、と心の中で頷きながら。


「・・・別に。」


やめて、と言わんばかりの態度で、火鳥は目線を天井に向けた。



「・・・蒼がアタシの女難の類なら、切り捨てるわよ。」


火鳥はそう言い切った。

それは、容赦の無い台詞に聞こえるが、裏を返せば”女難でなければ切り捨てる事は無い”という意味だ。


「ババアだろうと、神だろうと、なんだろうと・・・アタシの人生の邪魔をするなら、何者であっても消すわ。」


それは、容赦の無い台詞に聞こえるが、裏を返せば”邪魔にならなければ、消さない”という意味だ。


「大体、アンタと違って、アタシは”みんなにお優しく”なんかないんだから。」


火鳥は、何かと私を”お優しい”とか表現するが・・・その意味合いは、誰にでも甘いとか、八方美人って感じに聞こえる。


でも、それは普段の火鳥が他人に厳しくしすぎなのだ。

私のコレは、平均的なモノだ。責められるようなモノじゃない。

誰かに偏った態度なんか示せない。勘違いの元だし、微妙にややこしくなるし・・・。



「話戻すわよ。」

「あ、はい・・・ええっと、当面の目的は、あの行方不明の本を探すって事ですよね?」

「そう。とにかく、動くにしても情報が足りな過ぎる。アンタはあの本、もしくは、この地域に関しての資料をあるだけ集めなさい。

小さい図書館から、大学・・・この地域の風土を研究している物好きでもいいから、探すのよ。あのイカれたストーカー女の他にもいるかもしれない。」


火鳥は、テキパキとこれからの予定を説明した。

こういう会話をすると、同い年なのに火鳥は実に私よりしっかり将来を考えて、具体的な行動をしようとしている。

・・・出世するワケだよ。


感心している私に向かって、火鳥はポケットから鍵を取り出した。


「それから・・・アタシは、アンタのストーカー女の自宅に何か残っていないか、調べるわ。」


火鳥が言うには、その鍵は・・・スト子の自宅の鍵らしい。

あれから、火鳥はスト子の部屋を探し出し、大家を買収して部屋の中身ごと買い取ったそうだ。


・・・無駄金に思えるかもしれないが、時は金なり。

もはや、手段を選んでいる暇も、金を惜しむ余裕も無い。


うん・・・無い、のだが・・・ここまでくると、さすがに引く。


庶民の私には、せいぜい窓ガラスを割ってコソコソ不法侵入するくらいしか出来ないし・・・いや、そんな犯罪もできない。


「・・・なんか、サスペンスドラマみたい・・・。」

私の感想に、火鳥はビシッと釘を刺す。

「ドラマじゃないのよ、二時間で簡単に解決なんかしないし、手がかりも見つかると思わないで頂戴。」


そして、スト子の家の鍵を空中に放り投げ、無駄にスタイリッシュに鍵を掴んだ。

しかし、チラッと見えたキーホルダー・・・アルカパ、だった。

アルカパの毛を刈って、その場で食肉にも加工しそうな女が可愛いキーホルダーをつけるなんて・・・!


「お姉ちゃん、電話だよ〜」


そう言いながら、蒼ちゃんが火鳥の真っ赤な携帯を持ってき・・・


「ちょっと!?アタシの携帯にまで、ジャラジャラストラップつけないでって言ったじゃない!」


それは一言で言うと悲惨。

携帯に群がる、ストラップの地獄。

アルパカを始めとした、犬・猿・鳩・・・動物園状態ッ!!!


あー・・・昔、いたなぁ・・・やたらストラップ付けて、携帯が使いにくそうな本末転倒なヤツ。


「ん?コレ?可愛いでしょ?これ、君江さんに連れて行ってもらったゲーセンで会ったキャバ嬢っぽいお姉ちゃんに貰ったの。」


ニコニコしながら、携帯だかストラップ動物園だかわからない代物をこちらに見せる蒼ちゃん。


・・・恐るべし、蒼ちゃん効果。


「こうなった経緯を聞いてるんじゃないの!・・・ああ、もういい!携帯よこして!」


イライラしながら、火鳥は携帯を奪い取って、耳に当てた。

ストラップがジャラジャラと音を立てる。


「お待たせしました、火鳥で・・・ああ、忍ねーさん。何?今、大事な・・・・・・あ?」


どうやら電話の相手は、忍さんらしい。

しかし、明らかに火鳥の表情が、面倒臭そうなモノから、険しい表情に変わった。


「・・・そう・・・それが、本当なら・・・お気の毒だけれど、アタシは、アンタ達のした事を簡単に許せないわね。

・・・フン・・・よく言うわよ・・・深く関わるなって忠告したわよね?馬鹿馬鹿しいと思ってるんでしょうけど、これでも命かかってんのよ!?

惚れたなんだで、中途半端に首突っ込むから、そうなるんでしょッ!?何故、アタシか水島に連絡しなかったのよ!!」


火鳥が興奮して怒り出した。

な、なんだ!?今度は忍さん、何をやったんだ!?


「それが・・・アタシ達にとって、どれだけのモノか解ってて!

あんた等は、くだらない与太話する為に、みすみすどこかの馬鹿に盗られたって言うんでしょ!?


どこまで!馬鹿なのッ!?」


火鳥は、遂に激高した。ブチギレだ。

蒼ちゃんは、そんな火鳥の後ろを通過し、アイスをスプーンで突きながら、私の隣に座った。



「・・・ごめんなさいね?お姉ちゃん、時々ああなるの。」

「あ、はあ・・・。」



・・・知ってる。それは、私も知ってるけれど、蒼ちゃん・・・どこまで火鳥を知り尽くしてるんだ・・・!?

いや、ここは、お母さんか!!とツッコむべきだろうか。


とにかく・・・お、恐ろしい子・・・!!



「・・・で?その半分は、あるの?じゃ、ちゃんとこっちに渡してくれるんでしょうね?」



イライラを一切隠さない口調だった火鳥は・・・何かを聞いた後、目をカッと見開き、電話に噛み付きそうな勢いで再度噴火した。





「・・・は?・・・・・・・ふっ・・・ざけんじゃないわよ・・・ッ!?どこまで馬鹿にしてんの!?」




忍さんが、何かをやらかして、今、火鳥を爆発させるような何かを言ったのは、確かだ。

ハラハラしている私に対し、隣の蒼ちゃんはケロッとしたまま、アイスのスプーンを咥えていた。

その堂々とした態度は、こんなのすっかり慣れているわ、と言わんばかりだった。

・・・この子、適応能力が高すぎる、というか、単にふてぶてしいのか・・・!


すると、今度は私の携帯が鳴った。

番号は・・・。


(非通知着信?)


誰かからもわからない電話。


(嫌な予感、しこたまするけれど・・・。)



普段なら出ないのだが、何故かこのまま出ない方がいけないような気がして、私は通話ボタンを押した。



「もし、もし?」


少し緊張で上ずった声が出た。


『もしもし』


耳に聞こえてきたのは、女性のやや声量を抑えた声。テンションも声も低い。


『水島さんですか?・・・お休み中にすみません。』


いや、カッスカスに声が枯れている?それとも痰が喉にひっかかっているのか?少し、聞き取りにくい。

そのカッスカス具合に、思わず、こちらが咳払いをしてしまいそうになる。


「う゛うんっ!(咳払い)・・・えーと・・・はい・・・?」


何故か、電話の向こうの女性は、私が今日休日だという事を知っている・・・?

どうして、どいつもこいつも私の個人情報・スケジュールを知ってるんだ!ド畜生ぅッ!



『今、誰かと一緒ですよね?・・・いえ、良いんです、それはいつもの事でしたね。そんな事よりも、お困りですよね?』


「は・・・?」


『助けます。私なら、貴女の助けになります。

今から、お一人で・・・私に、会っていただけませんか?渡したいモノがあるんです。』


これは、新手の詐欺か・・・?

こういう詐欺の電話は年寄りを狙う、と聞いていたが、最近は20代も狙うのか。

新たに警視庁はこの詐欺の名称をネットで公募するのだろうか、『オレオレ詐欺』→『母さん助けて詐欺』は遂に世間に浸透しなかったし・・・いや、言ってる場合か。

怪しすぎるし、詐欺に引っ掛かっている暇はないので、私は通話を切ろうとしたが、相手はすかさずこう言った。



『貴女の為に、手に入れたんです・・・あの、本を。』


「・・・え?・・・あ、あの本って・・・!」


まさか。

まさか、と思いつつも、期待と不信感が募る。


『この地域に伝わる古文書。お探しでしょう?』


相手はカッスカスの声で、ゆっくりと答えを口にした。


「そ、それ・・・!?」



どうして、それを求めていることを知っているのか。

どうして、それを持っているのか。

ていうか、誰なのか。

ていうか、のど飴かトローチを舐めないのか。


相手がわからない分、私は変な緊張感に支配される。


『私は、貴女の味方です。


貴女が・・・私をちゃんと見てくれるなら。

私を愛してくれるなら。


私は、貴女の味方です。』



それは、逆を言えば・・・私が電話の彼女を拒めば、敵になるという事。


『貴女にとっては、私はただの呪いや災難の一つって認識なんでしょうけど・・・私の認識は違いますし、貴女の間違った認識を変えたいって思うんです。

だから、ちゃんと・・・じっくりと二人きりで、お話がしたくて。』


誰だが知らんが、どうやら電話の向こうの彼女は、私の女難らしい。

声がカッスカスの『カス子さん(仮名)』に向かって、私は再度質問した。


「・・・あの・・・あなた、誰ですか?」

『・・・・・・・・・ふっ・・・』


長い沈黙の後、電話の主・カス子(仮名)は笑った。


「もしもし?な、なんなんですか?」


少々イライラしてきた私に対し、カス子(仮名)は軽い口調で答えた。


『いえ、そこまで自分が貴女に認識されていないなんて、改めて寂しいなーって思って。

会えば、すぐ分かると思いますよ。では、メールで待ち合わせの場所を送りますね。

必ず、一人で来て下さい。』


「ちょ、ちょっと!?」

『私の元に来るまで・・・見て、いますから・・・ずっと。』


掠れた声が、小さく笑う。

耳に伝わる、女の執着から来る・・・恐怖。


”ずっと”とは、どれくらいの間なのか、瞬時に考えて悪寒が走り、私は頭からすぐに振り払った。


いや、今の今まで恐怖に怯えない方が、どうかしているのだ。

いつも・・・誰かもわからない人間から、私に向けて、一種の病気のような強い想いを常に向けられているのだ。


改めて、この呪いは・・・酷い!!


「ちょっと、待って!貴女は、私が人嫌いで、呪われているって・・・知ってるんですよね?」


『・・・知っていますけど、”そんなもの、関係ありません”。』


電話は、その直後切れた。


知っているけれど、関係ない。

私の置かれている状況など、彼女には、確かに直接関係はない。

ただ、電話の彼女は私のアホらしい危機的状況を知っていて、それを利用した挙句、私に自分の想いを押し付けようとしている。



自分の想いを通すのに、私の状況やそれに苦しむ私の気持ちなどは利用はするが”自分には関係ない”と言っているのだ。



私は携帯を畳んだ。


(・・・・・・あンの野郎・・・。)


あそこまで、自分本位で来られると、逆に清々しさすら感じた。


・・・そうだ。こちらも遠慮なく、相手を敵と思い、容赦なく戦略を立てられる。



(徹底的に、叩き伏せる。)


既に出来てしまった女難なら、縁は切れないが、私との縁ができて日が浅ければ・・・切れる!



もう、ブッちぎってやるッ!

もしくは・・・紐でブンブン振り回してやるッ!

そして、踏んづけてやるっ!!(オネエ風に)



頭の中で、瞬時に相手を潰すシミュレーションを始め、それが終わると私は”完璧だ”とばかりに、ニッと笑みを浮かべた。



「水島のお姉ちゃんって・・・そういう笑い方するんだね?」

「え?」


蒼ちゃんが、アイスのスプーンで火鳥を指しながら言った。


「その笑い方・・・あんまり似合ってないかも。むしろ、あっちのお姉ちゃんみたい。」


蒼ちゃんの視線の先には、火鳥が邪悪に微笑みながら毒づいているのが見えた。

もう、あれじゃ”ただの邪悪なマレ●ィセント”だ。


「・・・あ・・・。」


思わず、笑った顔を手で撫でて、本物の”あっちのお姉ちゃん”を客観的に見る。


「あぁ!?だからッ他人の下らない想いとアタシらの命を秤にかけないでよ!馬鹿なの!?ホント、馬鹿なのね!!」


・・・ああ、嫌だな・・・あっちのお姉ちゃんと一緒だなんて。


「もう、あれでしょ!?ヤリたいだけなんでしょ!?も〜うッいいッ!アタシが、順番にそいつらと寝てやるわよッ!!」


嗚呼、火鳥さん・・・未成年の前で、そんなに興奮なさらないで下さい。

初登場時から、興奮しやすい癇癪持ちだとは思っていたけれど・・・最近どんどん滑稽になっていってますよ・・・。


(あ〜あ。)


私は、隣に座ってアイスを食べている未成年のリアクションを気にした。

未成年の前でヤるとか不健全な発言されては、気も遣うというものだ。


いや、蒼ちゃんは女難じゃないし、案外さっきみたいに、あっさりさっぱり塩ラーメンのように・・・




「・・・お姉ちゃん。」




「 ―――――――――!!!!」




立ち上がった未成年は・・・いや、立ち上がったのは女の子ではなく・・・”一人の女”だった。

先程まで纏っていた筈の、ほやほや、のんびりした空気は、途端に一変した。


目の奥には、確かに怒りがあった。


あっさり塩ラーメンどころか、これは・・・た、坦々麺だ!

石鍋でグラグラ煮立つ、真っ赤な激辛坦々麺ッ!!!


食べかけのアイスをテーブルに乱暴に置いた蒼ちゃんは、火鳥の背後からゆっくり近付く。


未成年でも、女難じゃなくても・・・あの子も、やっぱり・・・人の子というか、一人の女だッ!


「だから!アイツがそんな話に乗るわけ無いでしょ!?アタシは手段は選ばないし、同じ人嫌いなんだし、テクニックだって・・・ッ!?」


坦々麺・・・いや、蒼ちゃんが火鳥の腰に両腕を回す。

その瞬間、ビクリと火鳥が反応し即座に振り向き、蒼ちゃんを見るなり、顔を微妙に引きつらせた。


「・・・誰と、何を、話してるの?お姉ちゃん。私、具合悪くなっちゃった。」


蒼ちゃん、本当に具合が悪い人はね、そんな余裕ありませんし、台詞の棒読み具合がすごく怖いですよ。

背中から負のオーラが凄いよ!蒼ちゃん!


しかし、火鳥は蒼ちゃんをじっと見つめると落ち着きを取り戻し、すっと蒼ちゃんから目線を逸らすと言った。


「・・・薬の時間だから、一旦切るわ。忘れたの?アタシの傍に”病み上がり”がいるのよ。

言っておくけれど、アタシやアイツを誘き出す為に蒼をだしに使ったりしたら・・・二度と光が見えないようにしてやるわよ。じゃ。」


なんという、電話の切り方だ・・・。


やはり、火鳥の傍に、未成年は置いちゃいけない。

コンロの傍に、ガソリン入りの水槽を置いちゃいけないのと同じように。


「お姉ちゃん。」


催促するように蒼ちゃんは、火鳥の背中に顔を押し付けて、内臓に向けて声を出している。


「はぁ・・・わかったわよ、オブラートのゼリーどこだったかしら。・・・よっと。」


火鳥は、いつもの事だわといったような、ややうんざりとした表情で蒼ちゃんを抱き上げた。


「むー。アレ、ゼリーで包んでもやっぱり苦いんだもん。」

「だから、子供だってーのよ。」

「じゃあ、お姉ちゃんも飲んでよー。」

「嫌よ。アタシ、健康ですもの。」


パタパタと動く細い足と、その持ち主を抱きかかえて部屋の奥に消えていく火鳥。



・・・そして・・・私は、リビングに置き去りですか・・・。




しばらくすると、火鳥はいつも通り戻ってきた。

先程までの興奮はすっかり冷め切り、冷静な火鳥に戻っていた。


「話の腰が折れたわね。」

「ええ、もうボッキボキですね・・・それより、本の事ですけど。」


私が話を再度切り出そうとすると、火鳥が溜息をついた。


「・・・忍達が、持ってたわ。あの本。」

「え・・・!?」


なんと!探すまでも無かった!

知り合いの手にあるのならば、話は簡単・・・いや、待て。


「・・・持ってた?持ってたって、どういう事です?」


”持ってた”・・・過去形だ。じゃあ、今は?


「一昨日、本の半分を誰かに持ち去られたそうよ。」

「なんて事だ・・・!」


思わず、私は顔を覆って、米国人のようなリアクションをした。


「あのパーティーの後、忍達が本を手にしていたんですって。

今の今まで、知らせもしないで。挙句、どこの誰かもわからないヤツに本をとられたのよ。」


火鳥は淡々と、しかし不機嫌そうに説明した。


「”達”って事は・・・他にもいたんですか?」

「そうよ、あのパーティーにアンタの女難が他に3人いたでしょ?あいつらもグル。」


私は、それを聞いた時、天井を見上げた。


「・・・そう、ですか。」


ああ、花崎課長に阪野さんに海お嬢様、みんな手を組んでいたのか。


「気に入らないのは、忍よ。アタシ達の状況を知っていながら、ずっと黙って、女難の味方していたのよ!?

どいつもこいつも・・・あの本をダシに使って、アンタを呼び出すのが目的だったのよ!

”この想いをちゃんと水島さんに理解してもらいたかっただけ”、とか抜かしてたけど、そんなもん関係ないってのッ!

その為に、アタシとアンタが命の危険に晒されてるなんて、考えもしなかったのよ!あの女共は!!」


・・・なるほど。

火鳥が怒ったのは、そこか。



「・・・そう、ですか。」


私は再度、同じ台詞を天井に向かって呟いた。



結局、そうなんだ。

みんな、自分を優先するんだ。


いや、解っていた事だ。

私だって、自分の意思を何より、誰より第一に考え、行動してきたのだ。


彼女達は、私よりずっと社会に適応していて、コミュニケーション能力もバッチリで。

仕事も容姿も、人間性も、魅力的だった。



そんな彼女達が、呪いのせいとはいえ、私に好意を寄せてくれて・・・。


しかし、そこからは、私の思い込みだったのだ。


好意を抱いた相手に、嫌がる事はしない筈だ、と。

好意を抱かれている以上、彼女達は私の味方である、と。


それは勝手な思い込み。


現に、彼女達は自分達の思いを通す為、私の弱点を握り、利用しようとしていた。


だから、変な話だが・・・私は、火鳥から今回の話を聞き、彼女達に勝手に落胆していた。

別に、心から信じていた訳じゃないが、なんだか裏切られたような気持ちになっていた。



まったく、勝手な話だ。


彼女達だって人間だ。それぞれ意思を持っているし、彼女達にだってプライドや人生がある。


だから、他人の私が、彼女達にどうこう言う資格は無い。



・・・その逆も、だが。




「アタシは、今から忍達が持っている本を回収しに行くわ。あっちは、アンタをご指名だったんだけど。

ホイホイ、アンタを向かわせたら、忍達が何をするか解らない。確実に本を手にする為にも、ここはアタシが行くわ。」

私は了承した。

火鳥なら、私より適任だ。本の半分は確実に手に入るだろう。


そして・・・問題は・・・あの本の、もう半分。


「あ、それなんですけど・・・私も報告が。」


私は、先程のカス子(仮名)の電話を報告した。


「ふうん…辻褄は合うわね。本の半分を盗んだのが、その電話の女なら・・・回収に成功すれば、本が一冊手に入る。

OK アンタはその電話の女の呼び出しに応じなさい。」


私はコクリ、と頷いた。


「・・・さすがのアンタも今回の事で、忍に呆れた?」


「ん・・・いや、忍さんだって人間ですし。

いや・・・忍さん達だって、とんだ災難ですよ。

好きになった人間が私じゃなかったら、こんな事せずに済んで・・・もっと良い人生送れてたのに。」


私が苦笑いのまま、そう言うと、火鳥は呆れたように言った。


「ホンット、お人好しね。反吐が出るほど。」

「・・・・・・・。」


私、本当に・・・この口の悪い女と同類なんだろうか。

協力者ながら、嫌だなぁ・・・と思ったりして。


「とりあえず、そっちはそっちで上手くやって。」

「はい・・・そっちは、お願いします。」



私と火鳥は、ほぼ同時に、火鳥のマンションを出た。

火鳥は車、私は・・・徒歩。


お互い、こまめに連絡は取る、と約束はしたものの。

人嫌いは、わざわざメールのやり取りを頻繁にしない事は解りきっていた。


あまり期待はせずに、私達はいつも通りあっさり分かれた。


玄関を出て歩き始めて1分もしないうちに、メールが届いた。


差出人は不明。


だが、アドレスが・・・


『 mizusima-everlasting-love 』


・・・とあるから、マジで怖い!(訳は、読者様に任せます!)


タイミング的に、ホントに私を監視しているのか・・・?

周囲を見回したが、誰もいない。


(とにかく・・・向かうしかないわ。)


メールに記載されている場所を探す。

しかし、探すも何も 『そのまま、真っ直ぐ』 としか書かれていないので、とにかく、大きな道路を真っ直ぐ歩き続ける。


結構歩かされ、20分以上歩いた所で、メールが届く。


次のメールには 『左の小道に入れ。』 と書いてあり、私は左を見て、そこにある細い路地を通る。

薄暗い路地の向こう側に、大きな道路が見え、安心したのも束の間。


『右のドアを開けて、ビルに入れ。』



右を見たら、ドアがある。


(ホントに見てる・・・どこから、見てるの・・・?)


錆びたドアに『関係者以外立ち入り禁止!』の上から『喧嘩上等!ブッ壊す!』の赤い文字が、妙な不安を煽る。

鍵は開いており、ドアを引くとぎぎぎっと、どう考えても何年も使われていなかったような鈍い音がした。



すぐ目の前に階段が見え、小さい窓から光が僅かに差し込み、空気中に舞う大量の埃を照らす。

(うっぷ・・・)

袖で口を押さえ、周囲を警戒しつつ、私は携帯で火鳥に場所を知らせた。

・・・当然だが、火鳥からの返信は無かった。



階段を上がる。


私を呼び出したのは誰なのか・・・そんな事を今更考える余裕は、なかった。

誰だか知らんが、私は屈しない。


こんな馬鹿げた呪いを早く解く為に。

女難なんて、切れるものは、全部切っていく。


そして、あの本を手に入れる。



次のメールが届いた。


『5階のフロアに入って、矢印を辿って私の元に来て。』


・・・急に文面に”女”を出すな。(ツッコミ)


5階のフロアのドアを開けると、廊下の壁にピンク色の矢印の張り紙があった。

不審に思いつつ、私は矢印の通りに進む。


矢印を追って、とあるドアの前で、矢印は上を向いていた。

”ここに入れ”という意味か、と私はドアノブに手を掛けた。


固いドアノブを開けると、薄暗いオフィスの風景があった。

そこには、いくつものデスクが斜めにズレて置いてあり、小汚い書類が、床に大量に散らばっていた。

オフィスのようだが、コピー機やパソコンの類は一切無い。あってもさほど価値の無い物ばかりが散乱している。


どうやら、このフロアは、倒産したどこかの会社のようだ。



「・・・水島さん。」


声の方向を向くと、壊れかけて光が漏れているブラインドの中央に、腕を組んでいる女性らしきシルエットが見えた。


この、カッスカスの声・・・間違いなくカス子(仮名)だ!



「来てくれたんですね、水島先輩。」



そこには、意外過ぎる人物が微笑んで立っていた。

薄暗いオフィスの再奥のデスクの上に腰掛けて、足を組んでいたのは・・・。



「門倉、さん・・・?」


名前を言い当てると、門倉さんはニッコリと笑った。

私を呼び出したのは・・・事務課の後輩の門倉 優衣子さんだったのか・・・。


ゆるふわ・おっとり系の先輩に従順で無害な後輩に、一体何があったんだ・・・!?









「ほ、本当に門倉さんが・・・私を?」

「そうですよ。水島さんの欲しがっている本、半分ですけど、私が持っています。コレ、証拠です。」


そう言って、あの本の表紙のコピーをぴっとこちらに飛ばした。

手渡してくれないのか、と思いつつ、それを拾い上げ私は、改めて門倉さんを見た。


ゆるく巻いた茶髪を指でくるくると巻いていじる、そのクセ。間違いなく、門倉さんだ。

黒いチュニックにデニム。彼女にしては、らしくない色のチョイスとファッションだ。

イメージ的に、白とか・・・レースとかふわふわした感じの服を着てたような・・・。


しかし、目の前の門倉さんの表情、雰囲気からは・・・私のイメージなどまるで合う気がしない。


再度コピーを見る。間違いない、あの本の表紙だ。

門倉さんは、いつも通りニコニコ笑っているようには見えるが・・・カッスカスの声も相まって、なんだか返って不気味だ。


そうだ、忘れちゃいけない。目の前の女は、私の女難だ。


「あの・・・肝心の、本は・・・?」


私の質問に、門倉さんは会社と同じようなテンションで、答えた。

しかし、門倉さんと背景と状況が全く合わず、ちぐはぐなこの空気が、やはり私を緊張させた。



「○×駅のコインロッカーにあります。鍵は、コレです。」


そう言って、黄色いタグの付いた鍵を私に見せた。

私は、素早く手を伸ばしたが、ひょいっと避けられる。


「うふふっ・・・ダメですよ、せっかちなんだから。私、さっき、電話で言ったじゃないですか。」


私は、あの言葉を思い出す。


『私は、貴女の味方です。


貴女が・・・私をちゃんと見てくれるなら。

私を愛してくれるなら。


私は、貴女の味方です。』



「じょ、冗談でしょ?門倉さん、ノーマルじゃないですか。合コンだって、よく行っ・・・」

「私、貴女が好きですよ。水島さん。」



いきなり どストレートッ!!




門倉さんは、直球を投げてきた。

そして間髪いれずに、彼女は喋り出した。


「知ってます、水島さんが人嫌いだって。

でも、私はそんな貴女を好きになりました。

嫌いだって言ってる割に、優しくて・・・私が困っている時にいつも手を差し伸べて助けてくれたのは貴女でした。

貴女に会えるのが楽しみで会社に行ってましたし、同じ空間にいて、話せたら嬉しかった・・・。

話せない時や、会えない時、他の女性と一緒の時は、不安で苦しかった・・・。


私は・・・自分でも嫌になるくらい、何の取り柄もありません。


花崎課長のように仕事が出来て、カッコイイ女性じゃない。

阪野さんのように美人でもないし、スタイル抜群じゃない。

海さんのように若くも無いし、お金も無い。

伊達さんのように、素直に心の底から笑顔でいる事も難しくなった。

忍さんみたいに、貴女を理解する心も考え方も無い。


私、あの人達と並んだら、本当に何も無い女なんです。」


「そ、そんなの、別に気にしなくても・・・。」


あれらを並べられても、あれらも好きにはならないですよ、と言いかけたが、門倉さんは先に喋り始めた。


「いいんですよ。フォローして欲しくてこんな事を口にしている訳じゃないんです。

それに・・・私のこの気持ちは解らないでしょう?水島さんは、いつも追われる立場だから。

貴女の背中を追うしかない、追っても取り残されて、追いつけないって悟ってしまったけれど、どうする事も出来ない、独りぼっちの女の気持ち。

私、貴女のように強くも無いんです。」


なんなんだ、このネガティブ思考・・・!!

自分を全否定する、この姿勢・・・!!


「いや、だから・・・」


門倉さん、やっぱりいつもと比べて様子がおかしい。


普段こんなに喋る機会が無いから、どれだけおかしいのかわからないけれど。

だけど、彼女の視線はフラフラと定まらず、虚ろなのに、口調だけが鋭く、滑らかに言葉が堰を切ったようにどんどん出てくるのだ。



「ああ・・・こんな事言ったら、面倒臭い女ってまた思われちゃうんでしょうね・・・

水島さんにとって、やっぱり私は女難なんですよね?邪魔、なんですよね?

いずれ、呪いを解いたら・・・この想い、今までの日々、消えちゃうんですよね?」


畳み掛けるように門倉さんは質問を連投してくる。

しかし、私は戸惑うばかりだった。


「え・・・!」

門倉さんまで・・・私の呪い、そして、呪いを解いた後の事を知ってる・・・?

どうして!?


駄々漏れなの!?私の抱えている情報に、プライバシーは無いの!?

動揺を隠せない私を見据えて、門倉さんは目を細め、胸に手を置き、私に一言一句伝えようと喋り続ける。


「ああ、やっぱり呪いを解くと私の想いは成就することなく消えるんですね・・・。

酷いですよ、こんなに想って、苦しんだのに・・・何も無かった事にされるなんて。

第一、私は・・・貴女から、ちゃんと答えを貰っていないんですから。」


「・・・答えって・・・?」


「貴女は、優しい人です。きっと、私の想いを知っても、あくまで見ないフリしていたでしょうね。

それが・・・余計、私を貴女への想いに縛り付けると知ってか知らずか・・・。

いえ、見ないフリや避ける行為で、私に察して諦めろと促していたのなら、それは・・・余計酷い行為です。

だって、毎日会うんですよ?声が聞けたら嬉しくって、仕事を教えてくれる優しさにときめいて、コーヒーを受け取ってくれて、お礼まで言われたら、胸がドキドキするんです。

明日は、きっとこれ以上進むかもって期待したら・・・貴女は、私を避けて、他の女性と一緒にいる。


毎日が・・・そんな事の繰り返し。

私は、未だに、貴女を諦める事が出来ないんです。」


そ・・・そんな事、言われたって・・・!


「それで・・・私に、どうしろ、と・・・?」


私がそう聞くと、門倉さんは私に背中を向けた。まだ冬の寒さが残っているのに、パックリと開いた白い背中を向けたまま、つかつかとミュールを鳴らし、一番奥のデスクに腰をかけた。

彼女は、会社では見せた事もない笑顔で微笑むと、こう言った。


「水島さん、私の事を好きだ、と言って下さい。嘘でも良いです。」


「は・・・!?」


い・・・意味が、わからん・・・!


「言って下さい。コレ、渡しますから。」


そう言って門倉さんは、微笑みながら鍵を揺らして見せた。


形だけの”好き”という言葉で、彼女は満足なのか?

いや、全くもって、意味が解らない。


そんなの、何になる?

口からでまかせだけで、鍵が手に入って前進するならやるべき事、なのだろうが・・・。

後にも先にも、そんな事をして何の意味があるのか解らない事に、身を投じて嘘を口にするのは・・・私は形だけでも、そんな事を口にするのは嫌だった。


「あの・・・そんな事に、何の意味が・・・?」


そんな私の質問に、少々呆れた感じで門倉さんは答えた。


「意味が無い、と思ってるんですか?あっは・・・ここまで、追い詰めておいて・・・それは、無いんじゃないですか?水島さん。」


半笑いで門倉さんは私にそう言った。


(お、追い詰める・・・!?)


そんなつもりはなかったのだが・・・いや、確かに追い詰められてなかったら、こんな事していないよな、と私は思い直す。

いや、だけど・・・それでも、だからってどうなの?嘘でも好きだと言えって・・・!

少女マンガのタイトルだけで良いんだよ!そういう台詞は!絶対言わないけどッ!!



「言って下さい。私が好きだって。ここには、私と貴女しかいません。好きだって言って下さい。

ねえ・・・言ってくださいよッ!私が・・・一番好きだって!!」


カッスカスの声が、必死さを纏って、私に刺さる。

・・・これは、言いたくない。

好きって言いたくない。

今の門倉さん、好きじゃないし。


それに強制される好意の言葉の後に、一体、何が生まれるというんだ?


「あ、あのね、門倉さん・・・私、誰が一番とか、好きとか・・・そういうの、本当に考えてないから・・・!

あの・・・だから・・・好きになってくれたのは、嬉しいんだけど・・・だけど・・・」


私は、言い訳じみた言葉を口にした。

とにかく、落ち着いて欲しい、と願いつつ。


しかし、相手はとっくに落ち着き払っていた。


「ホントは、嬉しくなんか無いんですよね?水島先輩って、人の気持ちを負担に感じる人ですから。

だから、好きだなんて言われても、困るんですよね?良いんですよ、それはそれですから。


でも、この場に来て、ココにいる以上、私を愛してください。好きだと言ってください。


それが嘘でも、私はこの気持ちを満たせれば、もう良いんです。

水島さんの本当の気持ちなんか、どうでも良いんです。


どうせ、消えちゃう気持ちと記憶です・・・でも、今、この状態のまま放置されて、無くなっちゃうとか・・・耐えられないんです。

今だけで良いから、この気持ちは報われたって・・・実感したいんですよ。」


そう言って、門倉さんは”早く言え”と急かす。


・・・む、無茶苦茶だ・・・!


門倉さんは・・・もう、自分の気持ちを満たす事しか考えていない・・・!

いつから、こんなヤンデレになったんだ!?


「言って下さい。」


何も言わない私に向けて、門倉さんはペンチを取り出し、鍵を挟んだ。


「は・・・!?」


「言って下さい。・・・鍵、使い物にならなくなりますよ。」


ペンチを握る手に力が入る。

マズイ!彼女は・・・本気だ・・・!!


「あーッ!!す、好き!好き好きッ!!」



私は、勢いに任せて、何とも適当な”好き”を連呼した。

 ※注 あっさり完敗。



「・・・・・・。」


門倉さんは黙って、私を凝視した。

やはり感情が足りないとかダメ出しを喰らうのか?もう言いたくは無い・・・!


しばらくの沈黙の後。


「・・・ありがとうございます♪」


といつも会社で聞くような調子で、お礼を言うと、まるで不要とばかりにのゴミを捨てるみたいに私に向かって黄色いタグをポイッと投げた。

私は、それを受け取った。


なんともあっさり手に入れられた!よっし!!後は、コインロッカーに行って鍵を開け・・・


「あれ?鍵は?・・・タグだけ?」


私に放り投げられたのは、コインロッカーの番号が書かれた黄色いタグだけ。


「ちょっと、門倉さん!?鍵は・・・!?肝心の鍵はッ!?」


私は抗議の声を上げたが、私の視線の先では、とんでもない事が起きていた。


「あぁ、鍵は、別ですよ?形だけの好きでお渡しできるのは、タグだけです。・・・それが無かったら、どこのロッカーの鍵か、わかりませんよ?」


門倉さんはクスクス笑いながら、デスクに腰掛けて、私を見つめながら、下着を下ろしていた。


「ハッ!?」


床には、既に脱ぎ捨てられていたデニムパンツ。


「な、なななな・・・!?」


「何を驚いているんです?女同士・・・でしょ?」


女同士でも脱衣所でもないところで、同僚が脱いでいたらビックリするに決まっているだろうに!!

慌てふためく私に向かって、門倉さんは脱いだ白い下着を放り投げる。

思わず、私もキャッチしてしまったが、何故脱ぐ必要が・・・!?


「じゃ・・・次は・・・鍵、お渡ししますね・・・。」


門倉さんは、そう言うと、片足を上げた。

私は、思わず目を逸らしたが、門倉さんは私が視線を戻すまで待ち続けた。


「ふふっ・・・水島さんって年上なのに、結構免疫無いですよね・・・そこが、私好きですけど。

さっきも言いましたけれど・・・同性なんだし別に構わないじゃないですか。良いんですよ?見ても。私は気にしませんから、見てください。」


見たくて見る訳じゃないぞ、と言いたいが、鍵を潰されたらオシマイだ。

私は目を細めて、門倉さんの方を見た。


薄暗くても、ハッキリとわかる。


同性の性器の形。門倉さんは、毛が薄いタイプらしく、余計よく見えてしまう。


「っ・・・何、してんですか・・・?」


見えてしまった。

見てしまった。

他人のアソコを、お風呂でもないのに。


・・・鍵を、早く渡してくれ・・・!


「ふふっ・・・ホラ、ちゃんと見ないと、鍵・・・”探せませんよ”?」


「・・・今・・・なんて・・・!?」


私は、その言葉に、とてつもなく嫌な予感がした。

まさか、と思った瞬間、身体は反応し、素早く門倉さんの手に握られている鍵へ手を伸ばした。


「や、やめて―ッ!!」


15禁でも、そろそろアウトになってしまう・・・!

嘲笑うように、門倉さんは鍵を自分の中にねじ込んだ。

ぐちゅり、という小さな音が耳に届いた時には、鍵はもう・・・。


床に膝をつく私の目の前で、鍵は・・・消えた。


「・・・んゥっ!・・・はぁ・・・・・・残念、でした♪」


私の鼻の先に、門倉さんは指先についた自分の体液をちょんっとつけた。

彼女の恍惚とした表情と唇から漏れる甘い吐息が、私の視界・嗅覚を刺激する。

刺激され、体の内側から湧き上がってくる・・・怒りに似た・・・もっと負の感情がぞわぞわと私の体中に広がっていく感じがした。


「水島さんも、そういう顔するんですね・・・意外です。

・・・あ、その顔見るの・・・もしかしたら私が初めてかもしれませんね?だったら嬉しいなあ♪」


「・・・・・。」


私は、言葉を失った。

目の前の人間のしたことが、信じられなかったからだ。


「さぁて・・・水島さん・・・私の中に指を入れて、貴女の指で、鍵を取り出してください。・・・それで、終わりです。」


「・・・な、何て事を・・・!!」



・・・このシリーズ・・・始まって以来の最低最悪の大不祥事だッ!!



「早くしないと・・・もっと奥に入れちゃいますよ?水島先輩。」



すっかりヤンデレた後輩は、下半身丸出しで開き直ったようにM字開脚をして微笑んだ。(もはや、ただの痴女。)

中指で、鍵が入り込んだ入り口を撫でて、私を誘う。

鍵は・・・鍵穴に入れるものであって・・・決して、そっちの穴に入れちゃいけない。


そうは思っても、もはやツッコミとしても言葉が出なかった。


「水島さん、早く。」


ほぼ吐息で、私の名前は呼ばれた。

なのに、クッキリと聞こえる。


『水島さん!コーヒーいかがですか?』


事務課では、仕事はまあまあ。気が利いて、先輩受けが良くて、愛想も良い後輩・・・そんな感じだった。

ふわ〜っとおっとりした雰囲気で、ナメられやすい女って感じだったけれど・・・。


(こんな事、する人じゃ・・・なかった・・・!)



その表情は、もはや・・・事務課にいた門倉優衣子ではなかった。



「か・・・門倉さん・・・!」



彼女は変わってしまったのか。

それとも・・・私が、彼女を変えてしまったのか。


・・・これも、呪い、のせい・・・?


もし、そうなら・・・本当に、解かなきゃ・・・こんなふざけた呪いなんか・・・!!


私は、どこにもぶつけられない怒りが、怒りの先の負の感情が・・・全身を包んだ。



・・・もう、怒った!やってやる!!



「・・・わ、わかったわよ!指入れて、鍵取り出すだけなんだからッ!」


私はズンズン前に出て、門倉さんの上半身をデスクに乱暴に押し倒した。

左手で彼女を押さえ、右手を彼女の足の間にゆっくり、差し入れ・・・


差し入れ・・・られないッ!!


・・・腕が、拒否をする。



穴に指を突っ込んで、金属を取り出す。それだけ!!

これは、性行為じゃない!!

ただ、内臓の入り口に、指を突っ込むだけ!・・・ああ、でも・・・その表現方法はどうなんだ・・・!?


ああッもういい!とにかく、もう指を突っ込む!そして、鍵を取り出・・・




「水島先輩。ちなみに・・・私、処女です。」

「・・・ぅ・・・うわああああああああッ!!!」



その一言で、私の心はポッキリと音を立てて折れた。

即座に離れ、頭を抱えて叫ぶ私を、門倉さんは面白そうにクスクス笑っていた。



「これで、想いや記憶はなくなっても、貴女に抱かれた経験は、身体に残ります。

水島さんだって、私の処女を奪ったって経験が残りますよ。

・・・それで、私は・・・この恋を終わらせます。

だから、その指を差し入れて、私を抱いて下さい。イってもイカなくても、別に良いんです。貴女が、私の中に入ったか否か、それが大事なんです。

たった一度の事なんですから、ね?」


もはや・・・門倉さんの目的は破綻している、と言ってもいい。

どうせ、記憶が消えるから、と自棄を起こしているような、そんな感じだ。



「・・・どうか、してるわ・・・貴女・・・!」



歯を食いしばって涙目で言った私に対し、門倉さんは笑ったまま言った。



「はい。・・・全部、貴女のせいです。・・・水島、先輩。」




 私のせい。



その言葉は何より重く、喉が絞まる思いがした。





門倉 優衣子に、一体、何があったのか。


よくは知らない。わからない。


彼女は、こうなったのは、私のせいだと言う。

確かに、そうなのかもしれない。


私には、確かに巻き込んでしまった、という”後ろめたさ”がある。

その後ろめたさと同時に”勝手に好きになったのは、そっちでしょ”という思いもあった。



正直に言えば、呪われた私のせいでごめんなさい、という思いと

私は悪くない、という思いが、狭い心の中でギチギチに詰まっていた。


自棄を起こして暴走してしまった相手を思いやる心の余裕は、今の私には正直無かった。



「水島さん、早く・・・乾いちゃう。」



私の前で痴態を晒し続ける後輩。

暗く散らかったオフィスの風景が、余計に、無駄に、いやらしさを引き出す。



「私に対して、少しでも悪いっていう気持ちがあるのなら・・・出来ます、よね?」


門倉さんの言葉が、更に私を煽る。

逃げられるけれど、逃げたら・・・呪いを解く為の本の半分は、手に入らない。

何より、彼女の視線が、一動作が、言葉が・・・私から逃げる意思を奪うのだ。



目の前の現実は、間違いなく、この私を中心に引き起こされたものだ。



「こんな事に巻き込んでしまって、悪いとは思っています・・・でも、こんな事は、間違ってます!止めましょうよ!鍵、出して!!」


私の言葉を流すように、門倉さんは口を開いた。


「ええ、知ってます。でも、これだって、呪いを解いたら無かった事にされるんですよ?だから・・・善悪とか、間違ってるとか、関係ありませんよね?」

「関係ないって、そんなの・・・!こんな事を私にされて嬉しいんですか!?こんなの、本当に望んでるんですか!?」


「貴女が、それを私に聞くんですか?私の気持ちを知った上で、私の気持ちを消そうとした、貴女が?」

「し、知ってるから・・・知ってるからこそ、元に戻そうと・・・!」


私の必死の説得に対し、門倉さんはふと小さい声で尋ねた。


「・・・”元に”って何ですか?」


「も、元は、元でしょう!いつもの・・・そう、いつもの元あるべき、正しい日常に戻す事です・・・!これは・・・こんなの違うッ!」


「私にとっては、貴女がいる事が私の日常だったんです。

それの根源が呪いであろうとなかろうと、私は心底、貴女に恋した時間も自分も愛おしかった。

でも・・・やっぱり、貴女の元の日常には、私は不必要だったんですね。」


「・・・門倉さんは・・・会社の後輩で・・・私にとっては・・・」


「”それだけの存在でしかない。”

・・・悲しいけれど、それが現実なんですよね。だから、私は受け入れます。呪いも解いていただいて、構いません。

でも、何も無い、今の私は、ちゃんと貴女の一部を刻み込みたいんです。

貴女にとって意味が無くても、私には・・・あるんです。

人を好きになれない貴女には、多分・・・わかってもらえないだろうけれど。」


「あ・・・」


そう、私は・・・私を好きになる人の気持ちが、わからない。

そもそも、人を好きになる事が、理解できない。


人なんか、好きになれない。

ここまで、他人に執着する気持ちなんか、私には・・・わからない・・・。


もしも、少しでも理解出来ていたら・・・なんとかなったのだろうか。


もしも、私が彼女の気持ちを汲み取って行動できていたら、門倉さんは、ここまでしなかったのだろうか。


・・・わからない。


後輩の域を脱しなかった存在を、どう見て考えたらいいのか、わからない。


言葉が詰まって、言いたい事はあるのに、出てこない。

出てきたとしても、彼女の心に届かない気がして、苦しい。


門倉さんは、悩む私を見てニッコリと笑った。


「心、痛みますか?・・・ふふっ・・・本当に優しいんですよね、水島さんって・・・。

私は・・・そんな貴女が好きなんです。」


そう言いながら、つかつかとこちらに歩いてくる。



 ”優しい。”


門倉さんにそう言われて、私は違和感を覚えた。


・・・私って、本当に・・・優しい、のか・・・?



「だから、私は・・・なんでもしますよ。」


何も言えずにいる私に近付いてくる、下半身晒しっぱなしの門倉さん。


「貴女と一緒の時間を増やす為なら、なんでも、します。」


門倉さんは、両腕を私の首に回した。

彼女の言う、なんでも、という単語の意味は深く考えたくは無い。


ただ、ただ、彼女の言葉が重い。


「・・・・・・。」


何も言えない私の唇に、門倉さんは何の躊躇も無く唇を押し当てた。


「・・・ふ・・・こんな風に思い切る事が出来たのは、つい最近です。」


門倉さんは、そう言うと私の頬を優しく撫でた。


(・・・門倉さん、結構睫毛長かったんだ。)


こんな間近で、ちゃんと彼女を見たのは初めてかもしれない。


(・・・こんなに可愛いのに、私なんか好きになって・・・。)


心の底から、残念、としか言えなかった。

もしも、私が彼女を好きになっていたら、それはそれで救いはあったのかもしれない。


ただし、その救いは・・・彼女にだけ、だ。

いや、そもそも、それは救いになるのか?


私に好きだと言われて、私と一緒の時間が増える人間は、幸せか?

私が考えるのは、彼女の幸せを考える事自体、筋違いなのかもしれない・・・。


「・・・まだ、迷ってるんですか?鍵、欲しいんでしょう?」


門倉さんが片足を上げて、太ももの内側を私の腰に擦り付ける。

私は、黙っていた。

門倉さんは、誘うように何度も何度もキスをした。

頬に、唇に、耳に、首筋に、そしてまた唇に。


「・・・っはぁ・・・はぁ・・・水島さん・・・」


私は、視線だけを門倉さんに向けた。


「今だけ、今だけ・・・水島さんは、私だけのもの・・・。」


呪文のように唱えられる、愛情表現に似たような言葉。上気した頬に潤んだ瞳、どんどん荒くなる呼吸。


「・・・貴女も、気持ち良いですよね?他人同士だからこそ、こんな風に触れ合えば快感は得られるんですよ。

そこに好意があれば、もっと・・・もっと、気持ち良いんです・・・。

・・・花崎課長達には、渡せない・・・あ、知ってます?

あの人達、貴女に本を渡すって言って呼び出して、自分の想いを伝えて、交渉しようとしたんですよ。

多分、目的は、私と一緒です。良かった・・・一番が私で・・・。

仕事も容姿も何もかも私より上なのに、その上、貴女まで取られるなんてたまりませんから・・・だから・・・」


たった一人でどんどん盛り上がっていく変態を見て、私は何とも言えない気持ちになった。

一般的に”ドン引き”という言葉で表現されるのだろうが、そんなレベルじゃない。




「私・・・花崎課長を、襲いました。」


「・・・!」


ああ、今の一言で、なんとなく・・・火鳥の電話の会話の内容が繋がった。

忍さん達から本の半分奪われた、というのは、本当の事だった。


門倉さんが、本当に実力行使で奪ったのだ。



「許せなかったんですもの・・・あの人に優しい貴女が、良いように扱われて、取られていくの・・・黙って見ていられなかったんです。

だから、花崎課長から本を奪う為に、私・・・自分でも信じられない事、しちゃいました。

不思議と、アレはスンナリと出来たんです。自分の殻を破れたっていうのかな・・・これも、貴女のお陰かもしれないです。

・・・そう・・・それもこれも、私はですね・・・貴女を助けたかったんです。だから・・・」


そう言って門倉さんは、私にまたねっとりとしたキスをした。


「・・・私を・・・愛して・・・水島さん・・・。」


彼女が興奮すればするほど、私の気持ちは冷たくなっていった。



ただ、ただ不愉快。


それだけ。



何度目かのキスの時、私と彼女の心の温度差はハッキリと温と冷に分かれていた。



「・・・触って。ねえ・・・触って・・・。」



門倉さんの懇願するような声にも、私の手、指は動かない。

動かす気も無かった。



不愉快だ。


それだけ。



目の前の生き物は、どうして私の周りで発情なんかしてるんだろう。

私に身体を擦り付ける無駄な時間の為に、何故他人を傷つけたのだろう。






そんな事をしても、無意味じゃないか。





無意味なのに、どうしてここまでしてしまったんだろう?





  カ ワ イ ソ ウ  ・・・





私の目を見た門倉さんは、急に表情を変えた。






「・・・・・・どうして・・・そんな・・・カワイソウなものを見るような目で、私を見るんですか・・・?」



私は何も言っていないし、何もしていないのに、門倉さんは、まるで心を抉られたような顔をしていた。

心底、傷ついたような顔をするので、私は閉じていた口を開きかけた。



その時、背後から声がした。




「・・・実際、カワイソウだからじゃない?水島、お望み通り、適当に指突っ込んでやれば?」



その嘲笑を含む、人の感情を逆撫でするような言葉使いとその声には聞き覚えがあった。



「誰ッ!?」


ヒールの音が近付き、私の真後ろで止まった。


(遅せぇっつーの。)


私はそう思いつつ、チラリと後ろを見た。


(こうなる前に、もう少し早く、この攻撃的な女が到着してくれたら良かったのに。)



私は、そう思ったが、なんでもかんでもこの女に任せるのは、それこそ筋違いというものだ。

一方、門倉さんは、あの女が来たのが意外だったのか、激しく動揺して、露出していた下半身を左手で隠した。


「・・・あら、そんなにアタシがここに来る事が意外だった?残念ね。お邪魔させてもらうわ。

ああ、見苦しいけれど、気にしないで。アタシも女だから。」


火鳥は、そう言って鼻で笑った。


「どうして・・・!?」


動揺する門倉さんに、火鳥はドンドン近付いていく。


「いい作戦ね。水島の馬鹿優しい所に漬け込んで、既成事実を作っておく。

コイツの性格上、一度情けをかけたら、そこからズルズルと関係を結べる・・・そう考えたんでしょう?


・・・でも、同情を更に引こうとして花崎翔子を襲った事を喋ったのは、マズかったわね。」


門倉さんが私の目を見た。彼女は酷く動揺していた。


「・・・・・・。」


私は、黙って彼女の揺れる瞳を見た。



「言っておくけれど・・・コイツの優しさはね、目の前の人間の為じゃないの。

結局、コイツが本当に思いやってんのは、他人なんかじゃないのよ。

水島って女はね、自分が嫌いで、それでも心底、自分しか愛せない・・・そういう女なのよ。」


門倉さんが、私の上着を掴んで、否定するように首を横に振った。



(・・・まったく、人が黙っていれば言いたい放題言いやがって。)



私は横を向いて、火鳥に視線を向けた。

火鳥は、私の顔を見て、驚いたように少しだけ目を見開いた。



しかし、まあ・・・否定はしない。


全て、認めよう。

火鳥の言う事は、事実だ。



私は、自分が嫌いだが、それと同等に・・・自分の身がかわいい。



だから、大嫌いな自分の為に・・・自分に好意を寄せる女性を避けてきた。

しかし、私は己の身の可愛いさに、女性達の好意を最低ラインギリギリに保って、ハッキリと真正面から彼女達にNOとは、一度も伝えきれていない。


相手が、YES・NO、正義と悪をハッキリさせたがるアメリカ人なら、とっくに私は銃殺されているだろう。


自分と相容れない他人に向き合い、意思を伝えるのは、とてつもなく疲れる。

だから、私は逃げた。

・・・それは、己の身が可愛かったからだ。


私は、曖昧な態度で避け続け、それで薄れてしまう好意なら、彼女達の気持ちなど、その程度だ、それもそれで良し、とか考えていたのだ。

しかし、いざ彼女達が自分の目の前に現れ、人の心を打つ笑顔で気持ちを伝えてきた時、私は作り笑顔を浮かべ、出迎えてしまう。

・・・そんな自分が、大嫌いだ。


ああ、それを総じて”優しさ”と呼ぶのなら・・・こんなに残酷な事は無い。


・・・私ってヤツは、本当に・・・


火鳥が、カツカツとヒールを鳴らしながら、私の前に出て、横目で門倉さんを見た。


「・・・貴女、 ”情けは人の為ならず。”って諺、ご存知?


コレは、水島(コイツ)の為にあるような諺よ。


本来の意味は、他人に情け・・・つまりは優しくすると、それは巡り巡って、自分に返って来るって意味なんだけど。


ならずって言葉のせいで、勘違いされたの。”むやみに情けをかけたら、その人の為にならない”って意味にね。勿論、これは間違い。


でも、アタシ後者の意味も、十分に諺として評価に値すると思うの。

だって、その水島って女が、まさにそれを表しているんですもの。


むやみやたらに安売りした情け(優しさ)で、アンタみたいな女を引き寄せて、結局ロクな目に遭っていないし。


そして、それは・・・アンタの為にも、誰の為にもならない。」




「な、何を言ってるんですかッ!今は、水島さんと私が話してるんです!貴女も、私の邪魔をするんですか・・・ッ!?」



動揺して掠れた声で喚く門倉さんの問いに火鳥は答えず、今度は私に向かって言った。



「・・・わかってるわよね?水島、そこに救いは無いのよ。」



ああ、その通りだ。

私ってヤツは、本当に救いが無い、大馬鹿野郎だ。



「そこのソレは、ただの、アンタの”女難”。

自然災害と女難は違うの。わかるでしょ?アンタが黙って耐えていても、何にもならない。


適切に”処理”しなさい。それが、アンタの責任ってもんよ。」



ああ、そうだな、と思った。

火鳥の言う事に、今まで私は反感を抱いてきた事が多かった私だが 責任、という言葉が私の背中を押した。






責任をもって・・・処理をする。






「火鳥さん・・・頼みがあるんですが。」

「何?」



私は門倉さんの両肩に手を掛けて、言った。



「・・・”コレ”、押さえるの、手伝って下さい。」



その瞬間、”コレ”と呼ばれた門倉さんの表情が変わった。



「え・・・?水し・・・ッ!」



門倉さんの肩を掴んだまま、私はズンズンと前に進んだ。


「仕方ないわねぇ・・・奥のデスクで良いわ。足はアンタが押さえて。

手はアタシが押さえてあげるから、早いトコ済ませて。」


後ろから、火鳥がまるで仕事の書類を作るようなテンションでやって来る。


ガタンッと言う音と共に、私は門倉さんをデスクの上に組み敷いた。

驚きで動けない門倉さんの足を広げて、持ち上げると、火鳥がデスクの後ろに回りこんで素早く彼女の両手を捕まえた。



「み、水島、さん?」




「アンタ、女抱くの初めてだったわよね?やり方、教えよっか?」

「ああ、そうでしたね。どうするんですか?」


私と火鳥は、鍵が入った入り口を見ながら淡々と会話と続けた。


「水、島さん・・・ッ!?」


「穴に指突っ込んで、適当に出し入れして、時々中で回すだけ。」

「ああ、そうなんですか。楽で良かった。」


「ねえ!?む、無視しないで!水島さん!!」


「処女膜なんて気にしなくて良いわよ。血が出るやつと出ないやつがいるし。そもそもそんなモン無いから。」

「ああ、ソレ聞いた事あります。1年くらい放っておけば、膜も何も復活するでしょうしね。」


「ま、待って!水島さんッ!お願い!待ってッ!」


「気をつけなきゃいけないのは、膣の中に傷を作らないようにするだけよ。あ、はい、医療用のゴム手袋使って。」

「ああ、助かります。どうも。・・・これで指が汚れなくてすみます。」


私は利き手に手袋をつけた。

ゴム特有のパチン、という音に門倉さんは、ビクリと身体を強張らせた。


「あら、この子、今更震えてるわ。・・・望みが叶うっていうのに。」

「い、いや・・・こんなの・・・違う・・・!違う!違う!」


門倉さんが暴れるが、私と火鳥はしっかりと彼女を押さえ込んでいた。


「・・・何が違うんです?門倉さん。暴れないで下さい。鍵で、中が傷ついてしまいます。」


私は、門倉さんを見下ろした。

自分でも不思議なくらい落ち着いていて、冷静だった。



「ち、違う・・・!違うわ!こんなの・・・望んでない!!水島さんじゃないものッ!!こんなの嫌ああああああああ!!」



火鳥は鼻で笑った。


「フンッ・・・一体、何が違うって言うの?甘えてんじゃないわよ。

自分の理想通りの展開と、アンタが刺激して完全にブチ切れちゃった水島の行動が”ちょっと違った”だけでしょう?」


ちょっと、どころじゃない気がする。


火鳥は、そう言うと両手を片手で持ち、反論しようとする門倉さんの口を空いた手で塞いだ。

私は、改めて門倉さんを見下ろした。


彼女は、私の目を見てジワジワと涙を目に浮かべた。


その表情は、まるで怯えているようだった。

首を振って必死にもがく門倉さんの太ももを私は撫でた。



こんな事をするのは、初めてだ。


そして、これが最後でありますように。




「・・・門倉さん・・・本当に、すみませんでした。」



私は、彼女に向けて、謝罪の言葉を口にした。



声にならない声が、火鳥の手の内側から聞こえた。




 その時、私は間違いなく・・・今まで繋がっていた何かが、切れていたのだ。




「暴れないで。」


火鳥の掌の内側から、抵抗するようにくぐもった声と呼吸が聞こえ、段々小さくなっていく。

私は、それを黙って見ていた。



「・・・――ッ・・・!!」



やがて・・・門倉さんは、動かなくなった。


「いいわよ、水島。”終わったわ”。」


閉じられた瞼、長い睫毛は涙で濡れていた。

彼女の胸が静かに上下している所からすると・・・


「やれやれ。この手の女は、本当に面倒臭いわね・・・。

それにしても水島、アンタ、よくアタシが”睡眠薬”持ってる事に気付いたわね。」


火鳥はそう言って、門倉さんの口を押さえていた掌の内側にある白いガーゼを見せた。

大方、忍さんか医療関係者の女経由で調達したんだろう。


「アンタにしては機転が利いたわね。」


火鳥は私が門倉さんを押し倒そうとする後ろで、睡眠薬を仕込み、私に足を押さえさせて、自分は門倉さんの口を押さえる係になる事で、彼女を眠らせたのだ。


”そうか、やはり眠っていたか。”と私は思いながら、私は利き手の長袖を肘までまくった。


「・・・ありがとうございます。これで、やりやすくなりました。」


私がそう言って指を門倉さんの性器付近まで伸ばした・・・


「ちょっと!何してんの!?」


私の指が、性器に触れるか触れないかのところで、火鳥が私の腕を取った。


「鍵、取ろうと思って。」


私がそう言うと、火鳥は目を細めた。


「・・・アンタ、自棄でも起こしてんの?鍵なんか無くても、詳しい場所とそのタグさえあれば開くわよ!!」


そう。

火鳥が来た時、私もそう考えた。

火鳥なら、きっと鍵が無くてもロッカーの鍵を開けられる、と。


「でも・・・。」


門倉さんは花崎課長を襲って、こんな痴態まで晒し、私に鍵を取らせるという名目で、自分の中に私の指を突っ込ませようとしたのだ。

ここまで、する程・・・彼女は思い詰めていたのだ。


そんな状況に追い込んだ私が彼女にできる事は、謝罪し、彼女の望みを叶えるくらいしか出来ない。

今の今まで、私は逃げてばかりいたのだ。

彼女の気持ち全てには応えられないが、一時の感情と性欲の処理くらいならば・・・。


「まさか・・・水島。この女の言った事を真に受けてるの?」


私は黙っていた。

その沈黙を火鳥は肯定の意味に捉えたらしい。


「何考えてんのよ。アンタ、前にアタシに言ってたじゃない!


『私は諦めない!それに妥協も嫌だ!自分の好きな道を生きて、死ぬんなら、私はそれでもいい!でも・・・!

私は最後の最後まで、諦めるつもりは一切無い!!』


今アンタがやろうとしてるのは、どこからどう見ても諦めたヤツが取る、妥協の行動よ!」


火鳥に怒鳴られて、私の口からは堰を切ったように台詞が出てきた。


「・・・門倉さんは、こんな事する人じゃなかった・・・。

私が変えてしまったんですッ!呪われた私なんか好きになってしまったから・・・!

私が、とっとと呪いを解かないからッ!私が、ちゃんと・・・彼女達に向き合わなかったから・・・ッ!」


「自分の女難の一つが暴走したからって、そこまで悩む必要なんか無いでしょうが。アンタらしくもない。」


そう言って、火鳥は私をいさめるように、私の左の鎖骨下にとんっと人差し指を置いた。

それでも、私は、私の心は止まってはくれない。


「私は、彼女達の気持ちも、そうなってしまった原因も知ってる・・・。

不幸な事故に近い、この酷い状況を、早く解決しなくちゃいけない・・・!

なのに、私達がこれからする事は、彼女達にとっては追い詰める事でしかないんです。

私は・・・私への気持ちが消えれば、みんな元に戻って・・・楽になると思ってたのに・・・!


それが一番だって思ったのに・・・!

でも、彼女達にとっては、そうじゃないんですっ!


彼女達にとっては、私のやってる事なんて・・・ただ、私だけが楽になるだけの方法にすぎなかったんです・・・!

それでも・・・私は、死ぬのは嫌だし、彼女達全員に応えられそうもないし・・・だから・・・!」


口、喉の奥まで渇いて、喉がひっつくような苦しさを覚えた。

自分の呪いを解いて、彼女達を呪いから解放したい、だから今は偽りの好意から逃げる・・・。


「だから、好きでもない女に指を突っ込むってワケ?それが、今のアンタのこの女に対する優しさ?これが、一番良い方法なの?」


「偽善者だって言うんですよね?そうです。偽善です。でも・・・じゃあ!!

一体、私は、どうしたら良いんですかッ!?」



私は、偽善者だ。自分でも、その事はよく知っていた。

だけど、それは・・・ただ開き直っただけだ。


何も解決に向けて進んではいない。

現に、そのせいで、門倉さんは痛々しく変わってしまった。


それでも・・・私は、今まで私なりにやってきた。

逃げて、避けて。

なんとか、誤魔化して。

それ以上、関わらないように。

誰も、私に深く関わらないように。

そして、呪いを解こうとしていた。


そうすれば、何も起こらずに、いつもの日常が戻ってくる。

それが、一番全員にとって良いと思ったから。


だから、その為の努力をした。



私は、もう一度声を絞り出し、もう一人の女難の呪いを受けた女に言った。



「私、この先、どう頑張ったら良いんですか?

私の今までの苦労はなんだったんです?私、今まで”頑張ってた”のに・・・ッ!

どうして・・・どうして、こうなっちゃうんですかッ!!」



私は、他人に理解されようだなんて思ってなかった。

誰かに理解される事を諦めたからだ。


理解を得ようとする行動も、理解されたら良いなと思い描くのもやめた。


それでも、みんな私を知ろうとして、どんどん近くに寄ってきた。

私も彼女達を知って、自分より優れていて、優しくて、しっかりしてて、愛想も人付き合いも上手な人を知っていった。


私よりも、みんな、あんなに人間が出来ているのに・・・。

私を好きになる人は、時間の経過と共にどんどんおかしくなっていく。


そして、門倉さんのように・・・壊れてしまう。


私の事を好きになってくれた人は・・・みんな、私の抱えている事情を知っても、私のする事に理解はしてくれない。


私が死ぬかもしれないのに。

その”好き”という気持ちは、ただの呪いのせいなのに。

私が、今やっている事を完遂すれば、ちゃんと元に戻れるのに。


でも、みんな、それは違うと拒否をする。


私には、何が違うのか、解らない。

貴女達は、みんな私と私と関わる必要が無いのに。


みんな、呪いで作られた自分の気持ちを、私に伝えてくる。

伝えられたとしても、私には、どうする事も出来ないのに。


彼女達は、それがわかっている上で、まだ・・・私のトラブルになるのだ。




「・・・水島。」


火鳥は机の上から降りて、私の両頬を両手でがっちりと押さえた。

いつにない真剣な火鳥の眼を、私はただ歪んだ視界で見つめ返した。



「水島。大人になった以上、アタシ達にはね・・・

”頑張った”だの”努力しました”だの、そんな過程(モノ)は、汚染された大気にも劣るような価値しかないのよ。

過程を積み上げる事を褒められるのは、”勤勉”という言葉が似合う学生のガキだけ。

大人になったら、結果・結論が全てよ。過程なんか、もう関係ないの。


他人が頑張っている姿だって、目に付いても自分に利益がこなきゃ、努力する目的も、アンタ自身への理解も何も感じられる事は無い。

TVで1日やそこらで何km完走しろって無茶苦茶な長距離マラソンを走ってるの毎年見るでしょ?あれと同じよ。

毎年の事で見飽きた、偽善だ、何の意味も無い、そもそもあんなのがチャリティー活動なのか?・・・走らされてる本人の努力なんか関係ない。

文句言う奴は、走ってるヤツの苦しみも痛みも、努力も知らない。勝手に頑張ってるだけだろうとか、もっと頑張れるだろ、くらいにしか思ってない。

それはそれで、正論よ。じゃ、努力したっていう時間を過ごした本人はどうなるって事だけど。

走ってるのだって、チャリティーと言う名の”仕事”だしね。完走する為の努力なんか当たり前なのよ。


それに、残念ながら、他人が興味や理解を示そうと腰を上げるのは、自分に関係する事だけ。


だから。


一人の成人女性でしかなくなったアンタが、どんなに走り回って、女達の感情を逆撫でしないように接していようと

何人ものややこしい女に手を伸ばして、あいつらの何かを救ってこようとも。

女難の呪いを解く為に、縁切りの能力を鍛えようと、その途中で何度も死に掛けていたとしても。


結局、それらアンタが”頑張ってきた事”っていうのは結果とは別の物よ。・・・頑張ったって経歴は、アンタの自己満足でしかないの。


あいつらに理解されようだなんて、考えるだけ無駄なの。理解しないんだから。

たった一人しかいないアンタを欲しているあの女達にとっては、アンタの努力なんて最初から関係の無い事なのよ。


今考えている事が、アンタのしようとしている事が、あの女達の幸せの為であったとしても、ね。

女達の進もうとしてる道と、アンタが頑張って進もうとしてる道と交わる事は、無いわ。

だから、他人の事なんか、考えるだけ無駄なのよ。」


「無駄、なんですか・・・?

私のしている事は・・・彼女達を呪いから・・・私に関わる事から解放してあげたいって思うことは・・・ッ

そんなに身勝手な・・・自分の・・・自己満足って事なんですかッ!?」


私はいつも、答えは自分の中から出していた。

考えて、考えて、捻り出して来た。それで、なんとかやってきた。

だけど、今の私の中身は空っぽもいい所で、答えを出す材料すらなかった。


目の前の、同じ女難の女に問うしかなかった。



「・・・もう一度、言うわよ。アンタの”ソレ(優しさ)”が自己満足である限り、誰も救わないし、誰も救われない。」



それは、母親が、子供に大事な事を言い聞かせるように。

静かに、ゆっくりと耳に伝わった。



「確かに、アンタのそういう考え方・・・そういう部分は、一般的には、長所と呼べるものなのかもしれない。

アタシには、とてもじゃないけれど真似できないし、しようとも思えないもの。


他人の立場になってモノを考えようって、多分、イイ事なのかもしれない。

でも、アンタが奴らの事を考えて、一番良い方法を思いついたとしても・・・

他人ってヤツは、こちらの思い通りにいかないし、一番の方法が関係者全員に良い結果をもたらす事は少ないわ。


で、その時。


考えに考えた答えに対し、アンタに返って来る結果や見返りが周囲から返って来ない時、アンタはどうやってフラストレーションを発散させんの?

今みたいに、そうやってオロオロしてどうしたいいのか迷って、”あの時、ああしておけば良かった”とか後悔の念を叫ぶだけなの?」


「・・・・・・・・。」


「人の気持ちを考えるってヤツはね、心に余裕があるヤツがするの。少なくとも、今のアンタには無理な話。

優しいだの、思いやりだの、それらは全部、心に余裕がある人間がやるの。

今のアンタのそういう他人への優しさは、アンタ自身を確実に破滅に追いやるわよ。

いい加減、自分は身勝手な生き物なんだ、と割り切ってしまいなさい。」


「・・・いや、それは十分解ってます・・・私、元から自分勝手に生きたくて、人間嫌いなん・・・ですから・・・!」


「じゃあ、辛そうに”泣く”のは、やめなさい。

ただ、泣いて喚くだけじゃ、アタシは、今のアンタに何も出来ない。

行動を起こすなり、言葉を出すなりして、アタシにちゃんと前進しようって意志だけは見せて。」


火鳥に言われて、私は袖でぐしぐしと顔を拭った。

「・・・・・・っ・・・!」


ファンデーションが袖に付くが、お構いナシだ。

最後に両手でパーンッと両頬を叩き、目を開いた。


「フッ・・・よし。」


火鳥は、私の顔を見て、いつも通り意地の悪い顔で笑った。


「まぁ・・・そんな事言っても、アンタってヤツは多分身勝手には、なりきれないんでしょうけどね・・・。」


・・・それって、あまり私の変化に期待していないって事だろうか。

こうなったら、徹底的に割り切ってやる!青竹を割ったようにカッパリと!!


「水島、先に行って、アタシの車に乗ってて。中に、アタシが回収してきた本の半分があるわ。アタシ、電話するから。」

「あ、はい。」

火鳥は私に向かって車のキーを投げた。

鍵には、やけに精巧なゴマフアザラシの赤ちゃんのキーホルダーが付いていた。


(・・・蒼先輩、マジぱねえッス。)


火鳥の愛車の鍵にこんな可愛いキーホルダーをつけるとは・・・ある意味、拷問。


私は、その場に火鳥を残して、階段を下り始めた。


ゴマフアザラシの毛を掌でモフモフさせながら、私は改めて火鳥の凄さを実感した。


さすが、火鳥。

この短時間で、本当に本の半分を回収してくるなんて。

やってる事はエゲツないし、言ってる事はクソ長ったらしくて、ぼうっと聞いてると正論かもしれないなんて思えてくるけれど・・・やっぱりどこか黒くて、納得できない事は多いけれど。


でも、確実に私より、火鳥の方が毅然とした態度でこの問題に取り組み、結果を出している。



(・・・それに引き換え・・・私、本当に情けないなぁ・・・)


電気もついていない暗いビルの階段を下るこの状況は、まさに今の私の状況をも表していた。

扉を見つけなければ、永久に私はこのままなのだろう。


こういう所で、終わりもなくグジグジと考えるから、周囲から”押せば恋愛フラグ立つかもしれない!”とか思われるんだろうか。


私は、他人を押しのけて、自分を通そうとは思わなかった。

無益な争い、面倒な討論、何をしても、どうしても、気に入らないというだけで文句を言う他人。


そんなモノなんかに、最初から関わりたくないのだ。


私は、私の望む幸せを知っている。

それ以上の幸せも刺激は望んでいない。


一人で感じられる、小さい幸せが毎日一つあれば、良い。


そう、自己完結しているのだ。


その自己完結(幸せ)の先に、他人なんか必要ない。



そうだ。

それが、私の信念だったはずだ。


色々な人と馴れ合ううちに、すっかり揺らいでしまったが・・・私は、人が嫌いなんだ。


理解されないし、理解出来ないし・・・恋愛関係なんて、もっともややこしい人間関係なんか、ノーサンキュー!!


更に、女という生き物は、感情のブレが激しい上に、徒党を組み、個人を攻撃し

一時の感情で、他人を死よりも辛い現実に叩き落せる生き物だ。


忘れていた。

いくら、良い人でも・・・彼女達は、私を狙う牙を隠し持った野獣。

私が、相手にしているのは、そういう一面を隠し持っている人間・・・”女難”なのだ。



弱すぎた。

私は、弱すぎたのだ。


拒否の意志も、行動も、何もかも。


自分の追及すべき幸福からも逃げてどうする!


黙って耐える事で相手がいつかきっと理解してくれるだなんて、夢を見ない方がいいのだ。


せめて、嫌なものは嫌だ、と声に出さねば。


私は、再度自分に強く”女難に同情は無用!断固拒否!”と言い聞かせた。



ビルの扉を開け、火鳥の車を探した。

日は、まだ高かった。

今年は、妙に季節の移り変わりが早いな、と思いながら私は空の太陽を3秒ほど睨んだ。


火鳥の車は赤くて、今にも駐車禁止を取られそうな位置に駐車してあるから、すぐに解る。


助手席に乗り込み、私は運転席に置いてある茶封筒を取った。

中身は、やはりあの本だった。


ぱらぱらとページをめくる。

厚みのある和紙だ。


内容は・・・




 ”呪われし者よ 己の行いに その眼を向けよ お前の眼が腐ってさえいなければ ”



表紙の次は、大抵は・・・”目次”か”まえがき”の筈だろうが、この本はそんなものは無視だ。

読者に対し、いきなり脅し文句と皮肉ときたもんだ。


(…とりあえず、私は腐女子じゃねーぞっと。)


その後、ぱらぱらとページをめくるのだが・・・。

今までの資料と比べて、この本はやたら手抜きの挿絵が多い本だった。

手抜きの挿絵・・・というのは、人物よりも真っ黒く塗り潰された部分がやたら多い、という点だ。

髪の毛、着物、木・・・塗り潰せるモノはやたらと黒く塗り潰され、文章は添え物程度に書いてあった。


「・・・・・・・何、これ・・・。」


この地域に伝わる祟り神に関する資料のはずなのに、内容ときたら、奇妙な挿絵と短い文章の羅列で、まるで作者のクソSSのようだ。

 ※注 『おい水島、テメエ覚えてろよ。』


しかも、その挿絵は、絵の作者のクセなのか、全ての曲線の強弱の落差が激しい、という絵の特徴もさることながら

全て墨で描かれているため、余計その白と黒の世界が不気味に映るのだ。


一見、幼児のようなタッチの絵なのに、人間の表情は見れば見るほど虚ろで、間違いなく大人が描いた絵だと解る。

挿絵の渦を巻いたような真っ黒な瞳を見ていると、吸い込まれてしまいそうだ。


(・・・コレ、学校の怪談より怖いかもしれない・・・。)


ページをめくると、 ”性格が不細工な娘 と 顔が不細工な娘。” という話から始まっていた。

話の始まりは、村の名前とその村に二人の娘が住んでいた、という始まりで完全に”昔話”だ。


(この地域の祟り神の話、巫女の話は、どこにあるんだ・・・?)


もう一度読み返そうとすると、丁度そこに火鳥が戻ってきて運転席に座った。


「どう?御感想は。」


感想を求められても、私に言える事は何もない。

むしろ、疑問がある。


「あの、この本・・・本当に、この地域に関する資料なんですか?これで、祟り神の事や巫女、呪いの事がわかるんですか?

なんか、ただの昔話の本って感じなんですけど・・・。」


「今、その”W不細工女”の話の舞台になっている”村”を調べさせたんだけど、その村は”女幸村(にょこうむら)”っていうらしくて、遠い昔、この街と同じ場所にあったらしいわ。」

「うーん・・・女幸って響きがなんとも嫌な感じですけど・・・祟り神には関係あるんですか?」


確かに、この地域の昔が知りたい、という学者ならばこの本に価値を見出す事が出来るだろうが

今、必死に呪い解決の糸口を探している私にとっては、この本の話が役に立つとは思えない・・・。

第一、古い言葉使いで読みにくい。


しかし、今・・・これしか手がかりが無い・・・!


「・・・簡単にアタシが説明してやりましょうか?」

「あ、お願いします。」


車の中で渋い顔をする私を見かねた火鳥がそう言ったので、甘えることにした。




 水島さん昔話 ”性格が不細工な娘 と 顔が不細工な娘。”  〜 訳 火鳥さん。〜



ある所に、女幸村という村がありました。

比較的、女が多く生まれ、村の女子は皆仲良く暮らす事から、そう名付けられました。



 「・・・地獄ですね。」←水島さんのツッコミ。



その村には、大変不細工な女が二人おりました。

一人は顔が醜いが、性格は村一番優しく、村人に好かれている女 ”お摩緒”

もう一人は、美しい姿だが、人嫌いで性格が悪く、誰からも好かれていない女 ”イスカンダル・お真里”


 「すいません、後者の方の名前、色々ツッコミたいんですけど・・・あ、いいです。」


二人は同い年で、何かと周囲の女達に比べられていました。

村人はお摩緒に大変優しくしてくれるので、お摩緒も村人みんなの役に立とうと一生懸命働きました。

村人はますます、お摩緒を可愛がりました。


村人はイスカンダルを遠くから見ているだけで関わろうとしませんでした、イスカンダルもみんなの事が嫌いなので、一人家でゴロゴロしたり、野原でぼうっとしていました。

村人はますます、イスカンダルに対し冷たくなりました。


お摩緒は、せっせと働きました。みんなが働き者だ、いい子だと褒めてくれるからです。

イスカンダルは、ぐうたら過ごしました。みんなが怠け者だ、美人を鼻にかけていい気になっている、と陰口を叩きます。


いくら美人でも、イスカンダルのような人間になったら終わりだ、とみんなはお摩緒に言い聞かせました。

お摩緒も、イスカンダルの態度は普通ではないと思っておりました。

村人はイスカンダルを忌み嫌い、イスカンダルもまた村人を嫌っておりました。


ある日、そんな村人とイスカンダルの関係を見かねたお摩緒は、イスカンダルに声を掛けました。


『おイスちゃん、もう少し村の人と仲良くしてみてはどうかしら?おイスちゃん、こんなにも美人なのに。』


 「・・・お摩緒ちゃん、イスカンダルの呼び名を”お真里”にしたらどうだろう?文字数もこんなに少なくて済むのに。」


『それに、一人で働かないで、一人でぶらぶらしたって楽しくないでしょう?そうだわ・・・どうせ遊ぶなら、私と遊ばない?』

『うるさい。顔面崖崩れ。私に話しかけないで。』


イスカンダルは、お摩緒を強く拒否しました。

イスカンダルのその言い草を聞いた村人達は、怒って、ますますお摩緒を可愛がり、イスカンダルにますます冷たく当たりました。


しかし、お摩緒は熱心にイスカンダルに声を掛け続けました。

村人みんなと仲良くして欲しい。その前に、自分もイスカンダルと仲良くなる必要がありました。

しかし、人嫌いのイスカンダルはお摩緒に冷たくしました。


『どうして、他の人と仲良くしないの?どうして嫌いなの?』

『うるさい。顔面津軽海峡冬景色。私に話しかけないで。』


 「イスカンダルの口の悪さが過ぎる!!なんなのコイツ!?あと、さゆりに謝って!!」


『他人なんか、信用できないわ。口では良い事を言ってるけれど、その腹の内はわからないし。結局自分の事しか考えていない。』



  その台詞が・・・私の心に深く 深く、突き刺さる。

  まるで・・・イスカンダルは・・・私、のようだ・・・。



『みんな優しいわ!だから、私みんなの為に頑張って働けるの!みんなだって、仲良くなれば力になってくれる!みんなで過ごすのは、楽しいわよ?

腹の内だって、自分から割ればみんなだって割ってくれるわ!私に対して、みんなそうだもの!

自分にして欲しい事は、他人にしてあげるの!そうすれば、みんな・・・みんな幸せに・・・』


『・・・どうだか。あなた程度の考える幸せが、他人全員の幸せだなんておこがましいと思わないの?

大体、あなたが知ってる村人の腹の内は何枚目の皮かしら?・・・それは本音と言うのかしら?』

『え・・・?』


『みんな、あなたが醜い人間だから、気を遣っているのよ。かわいそうな子だって。

あなただって、みんなに優しさを振りまく事で、うまくブスを誤魔化して、みんなに必死に好かれようとしてるんでしょ?

顔は醜くても性格美人ねって言葉をどこまで信用しているの?馬鹿なの?ブスでしょ!』


イスカンダルの言葉に、お摩緒は衝撃を受けます。


 「イスカンダル、いちいち辛辣すぎるッ!ブス言い過ぎッ!あと、”いつやるの?今でしょ!”みたいな言い方しないでッ!」


『今まで、誰も私をブスだなんて言わなかった・・・!薄々そうじゃないかと思ってたけれど、みんな素朴でぽっちゃりして可愛いって言ってたのに・・・!』


 「あ、お摩緒ちゃん、意外と図太かった!」


『村人の優しさと言う名の嘘を馬鹿正直に信じるあなたが愚かなのよ。

おまけに、素朴って事は、目鼻立ちがぼやけているって事だし、ぽっちゃりって事はデブ、可愛いっていうのはブスって事なのよ。』


 「もうやめてーッ!お摩緒ちゃんに、それ以上現実を突きつける攻撃しないで!イスカンダル!!」


『おイスちゃんの目には、私はどう映っているの?』

『無害なブス。』



 「言葉を選べえええええええ!!」




イスカンダルの正直な言葉に、お摩緒は心が揺れました。

一体、何を信じたら良いのか。


目の前の女に好かれるには、どうしたら良いのか。

イスカンダルは、村で一番綺麗な娘。

あの性格さえなければ、すぐに結婚もできるだろうと言われていたが、イスカンダルは誰も寄せ付けない。

もはやイスカンダルに近付くのは、お摩緒だけだった。


お摩緒は、イスカンダルにこう質問した。


『無害なら、傍にいていい?ブスだけど、正直で綺麗なあなたの傍にいていい?』

『うるさい。顔面糠床。私に話しかけないで。』


『話かけないなら、いていいの?』

『うるさい。ブス。勝手にして。』


その日から、お摩緒は仕事の合間や、仕事が終わるとイスカンダルの傍に居続けました。

勿論、周りの村人は、それを決して良くは思いませんでした。

お摩緒がイスカンダルの影響を受けて変わっていくのではないか、と心配でならなかったのです。


そこに隣村の青年と結婚をさせよう、という話が持ち上がりました。

結婚さえさせてしまえば、二人はもう一緒にはいられません。

村人達は、隣村の青年にお摩緒を嫁に、と勧めました。


『えー・・・なんかブスじゃん、その人。』


 「ストレートすぎるッ!!」



青年は、お摩緒を嫁にしたくないと言い出し、たまたま傍にいたイスカンダルを嫁にしたいと言い出しました。


『働き手なら、オラが働けばええ。だが、家に帰ってきて、その不細工な女の顔をみたら明日への労働意欲が無くなる。だから、美人の方を嫁にくれ。』


お摩緒は青年のあまりの物言いに、その場で泣き喚きました。

すると、今まで口を開かなかったイスカンダルは口を開きました。


『私は嫁になど行かない。そんな馬鹿野郎の嫁になるくらいなら、人身御供になった方がマシだわ。』


イスカンダルは、そう言うと裸足で青年の顔を何度も踏みつけ、縁談を滅茶苦茶にしました。


イスカンダルのお陰で、隣村との交流は完全に絶たれました。

そして、村に残ったのは婚期を逃しまくった女ばかりになり、どんどん女幸村は寂れていき、村は貧しくなっていきました。


やがて、その村に生まれた女達は、前々から異性に積極的はなかったのですが・・・遂に異性に興味を無くしました。


 「なんでだーッ!!!!」



まるで祟り神に取り憑かれているような寂れ具合が末期の村に、村人はこれは祟り神に呪われたに違いない、と言い出しました。

村長は、全てはイスカンダルのせいで祟り神の怒りに触れたのだと言い、怒りを鎮める為に、イスカンダルを人身御供に差し出すと言い出しました。

村人は、イスカンダルに早く生贄になれと、急かしました。


そして、イスカンダルは祟り神を鎮める為の人身御供になる事になりました。



そこで、火鳥は語りを止めた。



「どう、なったんですか?イスカンダルは・・・!?」

「ここで、本の半分が終わってるの。」


イスカンダルは・・・まるで私のような、人嫌いだった。


「さっき言ってた、親子二代、巫女で女難に遭ってた人って・・・まさか、このイスカンダル?お母さんの話は!?」

「どうかしらね・・・まだハッキリはしないけど、多分・・・そうでしょうね。」


「・・・人身御供って・・・生贄、ですよね・・・?」


人間にとって最も尊い命を捧げる事で、なんとか出来ない事を神頼み。

神とやらが、いつそんなモノを望んだのかは知らないが、そういう風に信じられてきた。

今は、そんな事あってたまるか、と科学者達は頑張った結果、辺境の村でしかその手の話は聞かなくなった。


「そう・・・祟り神ってキーワードも出たし、これでこの本は無関係とはいえなくなった。

祟り神の存在、人身御供にされる人嫌いの巫女は、確かにこの地域に存在していたことになる・・・。

・・・で。祟り神を鎮める生贄の人間がよりにもよって”人嫌いの女”、なんて出来すぎた話だと思わない?」



確かに・・・共通点はある。



「そして・・・その人嫌いの女は人身御供になった後・・・どうなったのか・・・。

・・・案外、祟り神の”仲間”になって、祟り神にジョブチェンジしたりしてね・・・。」


あの縁の祟り神の言ってた”人間をやめてこちらに来い”と言った事と、辻褄はなんとな〜く合う気はするが、無理矢理すぎるような気もする。


「人間が嫌いなのに、人間の為に犠牲にされた女。

ソイツが祟り神になったのだとしたら・・・アタシなら、自分を生贄に仕立て上げた人間達に復讐するわね。」


今まで火鳥の予想を聞いていた私だが、そこで口を開いた。


「・・・じゃ、あのババアは・・・私達を・・・どうする気なんですか?」


あのババアは・・・

人間に復讐する為に、私と火鳥に女難の呪いをかけたのか?

それとも、本当に、私達を祟り神の仲間に誘っているのか?


いや、単に私達は・・・あのババアの生贄になるのか・・・?


「ま、結論に出すには早いわ。とにかく、本の後半を取りに行くわよ。この話が祟り神に本当に関係あるのか、対処法も書いてあるかもしれないし。」

「そう・・・ですね、場所は○×駅です。急ぎましょう。」


ここで予想話だけを広げても仕方が無い。

火鳥は車を走らせ、20分程で目的地に到着した。


「縁の紐を見てて、女難と繋がりそうだったら切って頂戴。ロッカーは、アタシが開けるから。」

「あ、はい。」


車を降りて、真っ直ぐ駅の中のロッカーを目指す。

あまり大きな駅とは言えず、お世辞にも綺麗とは言えない古さの駅だ。

駅の扉を開け、すぐ右手に通路があり、その奥に緑の扉のコインロッカーが見えた。


少し薄暗いのだが、私は火鳥と自分の縁の紐に集中した。

複数の赤い紐が脈打つようにうねっている。


改めてみると・・・この紐・・・。



(・・・生きてる、みたい・・・。)


なんだか血管にも見えてきて、少々気分が悪くなってきた。

こんな紐一本で、世界が違う彼女達と繋がってるなんて・・・変な話だ。

そして、こんな紐を切っただけで、何も無かった事になる。


いつだったか・・・誰かが、言ってた・・・。



 『…人の縁は、不思議なモンでね…誰もが、一握りの縁しか、強く保てない。


 誰もが、意中の相手と結ばれる訳じゃない。

 結ばれたとしても、それは永遠じゃない。


 人と人との繋がりは、脆いんだ。』



・・・人と人との繋がりは・・・脆い・・・。


これを言ったのは・・・誰、だったっけ・・・?



「水島、本は回収したわ。行くわよ。」

「・・・あ、はい。」


「ぼうっと馬鹿面晒してるけれど、大丈夫?」

「な・・・ごほんっ!!・・・大丈夫です。」


どうせ気遣うなら、もっと言葉を選んで欲しい。

とにかく、あっさりと本は回収できた。



「これで全部揃いましたね。早速どこかで読んで・・・」

「・・・おかしい。」


本をぱらぱらめくっていた火鳥が険しい顔で何度も本をめくった。


「え?」

「ページが足りないわ。・・・さっきの話から、数ページ分くらい飛んでる。」


「ええ!?」

「・・・あの牝犬共・・・!また、ハメたわね・・・!何が”何度も嘘なんかつけないわ”よ!あのエロ女・・・ッ!」


か、火鳥!?なんか、子供に見せられない、すごい顔をしているよ!?

火鳥はすぐに携帯を取り出し、ものすごい形相のまま携帯を耳にあてた。



「・・・・・・・・本のページが足りないんだけど、どういう事?

・・・とぼけないで。足りないの。持ってるんでしょ?

だから・・・足りないのよ・・・本のページも、あんたらのアタシ達の命に対する配慮も何もかもッ!!」



ヒートアップしてきた火鳥を、電車から下車した通行人がチラチラとこちらを見る。

私は、少しだけ火鳥と距離を取った。


(はい、私は無関係でーす。)


火鳥と一時的に無関係を装い、私は、イスカンダルの事を考えた。


縁の祟り神のルーツが、あの話の中にあるのだとすれば・・・

私は間違いなく、イスカンダル側だ。

美人ではないし、あんなに口は悪くは無いけれど・・・お摩緒の働きぶりに違和感を覚えたのは確かだ。


ブスが、容姿をカバーする為?に、その他の部門で圧倒的に活躍したとして、誰も文句は言わない。

むしろ、そんなブスなら歓迎!万歳!と言うだろう。


お摩緒は、村人に愛されていた。自分も人が好きだから、人々が望むように振舞った。

それが、村人と自分の幸せである、と言って。


だけど、お摩緒が働きまくっていたのは・・・本当に・・・それだけ、なんだろうか。


なんだろう・・・お摩緒みたいな人って・・・いい人なんだろうけれど・・・

なんだか、私は心に引っかかるんだよなぁ・・・ああいうのが、一番怒らせたら怖いっていうか・・・一番・・・。



(・・・ん?)



私の携帯が、また鳴り、思考は一時切断された。

このタイミングで鳴る電話の音に、私はふと嫌な予感がした。


もう、電話なんか携帯しても良い事なんか無いって解ってるのに・・・!

大体、電話かけてくるのって、全部”人間”なんだもん!良い事なんかある訳がないッ!


とはいえ・・・出ない訳にもいかないか。


「もしもし?」

「・・・みーちゃん、私。」



今回の話は、あんまり出番の無いキャラが使いまわされる回なのだろうか。

お隣に住む、伊達香里さんだ。


「ああ・・・体の具合、大丈夫ですか?」

「あ、うん。それは平気。・・・ねえ、みーちゃん、今日おやすみだよね?話せないかな?」


それは、伊達さんにしては妙に真剣な口調で、いかにもこれ以上話していたら面倒臭そうな展開になりそうな予感がした。


「・・・・すみません、今立て込んでて・・・。」


「ねえ・・・どうしてかな・・・?

みーちゃんは・・・どうして、みんなでいる時間を楽しめないのかな・・・?」


(・・・話し始めちゃったね・・・今、立て込んでるって言ったケツから、話し始めたね・・・。)


正直、楽しくないからだよ。と言ってやりたかったが、伊達さんの声は本当にいつになく真剣そのもので、とてもそんな事は言えなかった。

でも、ここで人嫌いと女難がどうして共生できないのか、と話している余裕は無い。


私は、急いでいるのだ。

早く、呪いを解きたいのだ。

こういう質疑応答を他人とかわす事が嫌いで、一刻も早く過去のものにしたいのだ。


「私・・・みーちゃんは・・・人嫌いだって言うけれど・・・決して人を愛せない人じゃない、と思うの。

本当に人嫌いだったら、あんなに人に優しく出来ないよ・・・!そうでしょう!?」


「そういう部類の人嫌いだっているんです・・・あの、緊急の用事じゃなかったら・・・本当に今、立て込んでるので切りたいんですけど・・・。」

「大事な話だよ!みーちゃんの為だよ!」


(私の為なら、さっさと電話を切ってくれよ・・・。)


”ハッキリ言わないのは、優しさ、か?”と自分に問う。


空気を読めないのに無理に読もうとして、結局、他人の都合の良い人間に成り下がって、その場を収め、そんな自分を情けなく思う。

どうにか争わずに、誰も傷つけずに、自分を保つ。


”ハッキリ言わないんじゃない。ただ、言えないんじゃないの?”と自分を嘲笑う。


ハッキリさせる必要性がなかった、と今まで私はそう思い込んでいたが・・・今となっては・・・

ただ、私の曖昧な態度が、彼女達を悪い意味で刺激していた、という残念な結果だけが残っている。



いっそ、イスカンダルのように言ってやれば良いのか。


私は、人嫌いです。貴女達に何を言われても変わりませんし、何を言われても、誰も好きになんかなりません。



「みーちゃんの事、みんな・・・大好きなんだよ・・・どうして、わかってくれないの?」


わかってくれないのは、そっちじゃないか。

何を言ってるんだ?この女難は。


私は電話から聞こえてくる非難の声を聞きながら、そう思った。


「ねえ・・・人を好きになるのってね、特別な事なんだよ。みーちゃんの一言で、みんながどんなに・・・」


あーそうなんだ。大変だね。

呪われてる私の影響なのに、そんなに振り回されて。

でも、気にしなきゃ良いんじゃないかな。ただの呪いの影響なんだから。


「みんな、みーちゃんの答えを待ってるんだよ・・・私も・・・前に進みたいから。」


前から”人は好きじゃない”って知ってませんでしたっけ?

私がハッキリ言わないと、本当に解らないの?


違う。


私が、ちゃんと・・・強く、拒否をしなかったからだ。


ああ、そうだ。

私が、単に弱すぎたんだ。


だから、ここまで他人の侵食を許してしまったんだ・・・。


私と他人の境界線を曖昧にしてしまったのは・・・私自身の弱さ・・・だ。


他人に振り回されるのは、もう嫌だ。

他人の気持ちを考えて、悩みたくなんか無い。



「ねえ、みーちゃん・・・なんでも、嫌いだって言って、関係を切ってしまうのは楽かもしれないよ?

でも、この先、ずっとそうやって生きていくの?寂しくないの?」


「・・・別に。」



「私はね・・・そんな貴女を見るのが、寂しいよ・・・一緒に・・・少しでも一緒に、人生を楽しめないのかな?その方がずっと・・・」



好きだの嫌いだの・・・あなたの短所を直そうだの・・・二人で人間的に成長していこうだの・・・もう十分だ・・・!

その方がずっと良いのか悪いのか・・・判断するのは、私だ。


「ねえ・・・みーちゃんの人生って・・・そんな過ごし方で、ホントに楽しいの?」


私は、一人で成長出来る・・・!

私は、今まで、一人で十分幸せだったんだ・・・!

途中から私の人生に割り込んできて、好き勝手掻き回して、好きだから、一緒にいろだと・・・?





(・・・呪いの付属品のクセに、何言ってるの・・・?)





「・・・私だったら、耐えられないよ?ねえ、みーちゃ・・・」






 もう、解放してくれ!私は、人が嫌いなんだッ!






「・・・余計なお世話だ。」





私の口から、自分でも信じられない程、低い声でそんな言葉が出た。

イスカンダルのように、私はべらべらとまくし立てた。



「何を言うかと思えば、いい加減にして下さい。

私は、人嫌いです。その皆さんから、望んでも無い感情を向けられて、心底迷惑してるんですッ!

大体、女同士くっついて何が面白いんです!?禁断の同性愛って響きに酔ってるだけなんじゃないですか?

それとも、適当に都合の良い人間がいなくて、たまたま私がいた。それだけなんじゃないですか?

そっちこそ、私なんかに関わらないで、もっと世の中に目を向けたらどうなんですか?

私を矯正するよりも、自分の望むような理想の人間を探した方が早いし、ずっと良いでしょう!!」





類は友を呼ぶ、というより、自分にとっての理想・・・いや、自分に都合の良い対応をしてくれる人間など、そうそういないのだ。

一般的にそういう人物を『理解ある、気の合う友人』と言うのだそうだが。

理解とか、気が合うだなんて、こじ付けの理由に過ぎない。

それは、単に、自分にとって都合がいい、自分の邪魔をしない人、なのだ。



所詮、私は彼女達にとって・・・呪いの効果も無く、普通に接していたら、そういう存在になるのだ。


自分の人生を彩るのに、都合の良い人間。





「人間関係を豊かにすれば人生が楽しいなんて、誰が言ったんです?

人間関係なんて、苦痛ばっかりだ!!

そんな人嫌いの私が、好きだって言われたくらいで、余計ややこしくなった人間関係を楽しめるわけないでしょう!?

大体!貴女達は、呪いで私に繋がってるだけの、呪いの付属品にすぎないんだからッ!!」



私は、そう言うと電話を乱暴に切った。

気が付くと通行人は、火鳥ではなく私を見ていた。


「・・・水島、アンタ今日、沸点低過ぎない?」


火鳥にそう言われて、”さっきまで今にもスーパーサイヤ人3にもなりそうな形相だった女が何を言うか”、と私は思った。

息を吸って落ち着く。


・・・どうも、さっきから私の頭の中が、いつも通りに働かない。

さっき、門倉さんの件があったせいかもしれない。


 『はい。・・・全部、貴女のせいです。・・・水島、先輩。』


私がしっかりしないと、また・・・あんな人が増える・・・。

一話のみ出てきただけの懐かしいキャラが、あんな感じになって帰ってきてしまうのだけは、避けたい。


あんな風になってもらっても・・・私は・・・。


「また門倉さんみたいな人を増やしたくないんです。私・・・きっと、できることはあっても、何もしてあげられませんから・・・。」


彼女達の期待にも、気持ちにも応える事は出来ない。

呪いを解いて、私を忘れてもらう事しか、出来ない。


私がそう言うと、火鳥は軽く溜息をついた。


「・・・それは、アンタの本音?」

「それ・・・どういう意味です?」


「いくらお人好しでも限界があるでしょ?そんなに聖者ぶった事を無理に口にしなくても、アタシは責めたりしないわ。

言いたい事があるなら言ってしまえば良いじゃない。」


「・・・あ・・・」



”別にありませんよ”という言葉は、すぐに出なかった。



私は、呪いを解く。

自分の為・・・巻き込んでしまった彼女達の為・・・。

その気持ちに嘘は無い。


だけど・・・その気持ちの奥の奥の方に、言葉として出してしまったら最低最悪なモノが静かに潜んでいる。


火鳥は、きっとそれに気付いていて、私に言わせようとしている。。



「・・・ありませんよ。」



言う訳にはいかなかった。


なんでもかんでも言えばいいってモノじゃない。

例え、不特定多数の人間がひしめき合う、顔も何もわからない人間達が自由に書き込める掲示板が目の前にあっても、だ。

形が残るのなら、最低最悪なモノは私の目の前に現れてしまう。

私は、自分のコレを自分の中からいかなる形でも出すつもりは無い。


「馬鹿正直でも、言ってはダメな事くらいはわきまえてるのね。」


火鳥はいつものような意地の悪い笑みも浮かべず、真顔で言った。

単に茶化したいとか、私を陥れようとか、そんな事ではなく・・・


火鳥は、真っ直ぐ私を見ていた。

その目に、私の中の最低最悪なモノが射抜かれてしまうんじゃないか、と思うと怖かった。


火鳥には、解るのだ。私に一番近くて、全く似ていない人間だから。

その理解が・・・今の私にとっては苦痛でしかない。

解って欲しいのに、私というモノが理解されると、他人はきっと私の欠点を口にする。

口にしなくても、私の中の最低最悪なモノを知ってしまう。


私は、自覚せざるを得ない。


自分も他人の事をとやかく言う事が出来ない、最低最悪なモノを持っている只の人間である。

それを、自覚してから、尚突きつけられ、思い知るのだ。


自分は、不出来な欠陥人間である、と。



「・・・どうとでも言って下さい。」


火鳥から目を逸らした私に向かって、火鳥は浅い溜息をついて言った。


「どこまでもお人好しのつもりなのね・・・ホント感心するわ。

じゃあアタシ、残りのページ回収してくるわ。今度は、ちょっと長引きそうだから・・・明日、会いましょう。」



「・・・そうですね・・・あんまり行動してないのに、なんだか凄く疲れました。駅から帰ります。」



”お疲れ様でした。”と私は頭を下げた。

なんだか、本当に疲れた。



「水島。」


火鳥に呼び止められ、私は振り向いた。


「染められるんじゃないわよ。」


言葉の意味は、正直解りかねた。

だけど、火鳥があまりにも真剣にそう言うから、私は黙って頷いた。



軸がブレてるような感覚。

地に足が着いていないような感覚。

自分が自分じゃなくなっていくような・・・感覚。


(染められるな、かぁ・・・)


真っ白なティッシュだった私は、色々な人に色々な絵の具を垂らされて、ぐちゃぐちゃになった。

色々な色が混ざって・・・ゆっくり、黒になった。


黒になったら、もう染まりようが無い。ティッシュとしては、最低で、使いようも無い。

既に染まりきってるんだから、女難が降りかかろうとも、私の色は変わらない。



(イスカンダルみたいに、あんな風に強く言えたら良いのになぁ・・・。)


嫌なモノは嫌。

ブスはブス。

彼女に会った事は無いけれど、私みたいに心の奥にモノは溜め込んでなさそうな、本当にシンプルな人。

私は・・・どっちかというと・・・お摩緒の方かもしれない。

お摩緒はブスだからこそ”いい人”でいなければ、いけなかった。


私は電車に乗り込み、いつも通り、最後尾の車両に乗って壁に寄りかかり、黙って窓から無機質なビルを眺めた。

この時間が、私は一日の中で・・・何番目に好きだったっけ・・・?


ああ、もう忘れちゃった・・・。


自分のマンションに向かって歩く。

犬の散歩をしている老人が、ゆっくり歩いていく。犬が私をチラリと見て、寄って来ようとするが、老人がリードを引っ張り、犬はあっさり私に寄るのを諦める。

左右に揺れる茶色い尻尾を眺めて、私は再び歩き出す。


こうして、ゆっくり自宅まで歩いて帰るのは、久しぶりだ。

いつも、女難に遭わないように、走って帰ってたっけ。


自分のマンション着いて、今日は早めに休もうと階段を上がる。

自分の部屋を目指してあるいていると、手前の部屋の扉が開いた。



「・・・おかえり、みーちゃん。」

「どうも。」


私とお隣の伊達さんは、社交辞令のような挨拶を交わした。

そのまま、私は伊達さんの前を通り過ぎようとした。


「・・・ちょっと来て。」


自分の部屋に向かおうとする私の手首を、伊達さんは引っ張って自分の部屋に引き込んだ。


「な、なんですか!?」


扉が閉まり、部屋の中にぐいぐい通される。


部屋の中には・・・忍さんと海お嬢様がいた。

みんな、悲しそうな顔で私を見ていた。お葬式のような雰囲気だった。


嫌な感じ。


いつもの女難トラブルとは、雰囲気が違う。

ジワジワと空気から”嫌な感じ”を私の中に押し込んで、ややこしいとか面倒臭いを通り越していく、嫌なトラブルの感じ。


「水島。聞いてると思うけれど、花崎が・・・門倉優衣子に襲われたの。

アンタの呪いを解くのに必要な本の為に。」


海お嬢様が重い口調で、既に知っている話を私に始めた。


「本は、花崎が持っていたらしいんだけれど・・・水島とはみんな、それぞれちゃんと話したかったから・・・

だから、本をみんなで・・・分けて、さ・・・水島にそれぞれ言いたい事言えるようにしようと、してたんだけど・・・

結局、花崎が一人の時に、本半分取られちゃって・・・それで・・・あの・・・ごめんッ!」


あんだけ、普段から言いたい事言ってるのに、まだあるのか・・・と私は思った。

私なんか、言いたい事はちゃんと言葉として浮かんでこないし、浮かんできても全て発しきれない・・・全く、ふがいない。


「・・・そうですか。」


私がそう答えると、忍さんが口を開いた。


「翔子は命に別状は無いわ・・・でも・・・貴女には、知っていて欲しいの。

私達は、ただ貴女と話がしたかっただけなの・・・伝えたい事がたくさんあったの。

・・・でも、きっと貴女はちゃんと聞いてくれない。

呪いを解く本を渡すって条件が無ければ、きっと貴女は・・・私達の話を最後まで話を聞いてくれないかもって思ったの。」


忍さんまで、”話したい”だなんて・・・。


忍さんは、私の事情も本音も知っている・・・なのに、こんな事をするのか。


正直、女難と話して、トラブルに身を委ねている時間は無い。

今日だって、早く身体を休めて、火鳥とまた連絡を取り合わなくちゃならないのに・・・。


「・・・話・・・。」


私が、ぽつりとキーワードを口にすると、海お嬢様は畳み掛けるように話し始めた。


「始まりは、アンタの言うとおり、呪いなのかもしれない。

でも、今のこの気持ちは・・・紛れも無く、私と水島が一緒の時間を過ごして、積み上げてきた気持ちなの。

呪いなんかじゃないの!だから・・・!」


今の気持ちは、呪いじゃないから消さないでくれ、って言いたいのか?

呪いで始まった一時の恋心と私の命を秤にかけろ、と?

彼女はそこまでは言ってはいないけれど・・・このまま話を進めて、私がいざ呪いを解こうとすると結果的にその選択肢が出てきてしまう。


何度も言うが、迷っている余裕はない。

私は、彼女達の気持ちを否定しなければならない。


それは、呪いだと。

それは、恋ではない、と。


これは・・・もう、遊びじゃない、と。


「あたしは・・・あたしも、みんな・・・みんな、水島が好きなのッ!」


海お嬢様の目には涙がうっすらと溜まっていた。彼女の両手は、私の脱力した両手をがっしりと掴む。


心からの叫び・・・のようには、見えるが・・・

その根底にあるのは、私の呪いなのだ。


ああ、まだ、この人達は・・・私なんかに・・・こだわっているんだ。




 『はい。・・・全部、貴女のせいです。・・・水島、先輩。』




・・・早く解放してあげなきゃ・・・みんな・・・門倉さんのようになってしまう。

私のせいで、どんどん痛々しい女になってしまう。



「・・・いえ、これは呪いなんですよ。呪われた本人が言ってるんですから、間違いないんです。

あの・・・早く解けるように努力しますから、だから、今は待っていて下さい。


もし、気持ちに振り回されて困るようなら・・・繋がってる縁の紐を切ります。そうすれば、大丈夫ですから。

忍さんの時みたいに、全力出せば、一日一本くらいなら切れると思うんで。


・・・本当に”こんな事”に巻き込んで、すみませんでした。」


私はそう言って、頭を下げた。


門倉さんのようには、したくない。

ここで縁を切ってでも、彼女のようにしてはいけない。


「皆さん、安心して下さい。私、頑張って・・・皆さんを元に戻します。何もかも、ちゃんと・・・無かった事にしますから。」


これは、私の決意だ。


時間は戻せないが・・・何もかも、元の位置に戻す。

今持っている気持ちだって、過去の痛い思い出にすらさせない。

全て、消してみせる。


「私なんかを好きになったなんて、くだらない黒歴史は、全て消してみせます。」


私が顔をあげると、みんな傷ついたような目をして、すぐに私から逸らした。

私を見たくないのか、見るのも嫌になったのか。



「・・・謝って。」


「はい?」


伊達さんの声は震えていた。



「今の言葉は、みーちゃんらしくないし、最低だよッ!」



なんだか解らないが、伊達さんに怒鳴られた。




「黒歴史とか呪いの付属品とか・・・そんな酷い事を言うみーちゃんなんて・・・大ッ嫌い!!」




伊達さんは、泣きながら言った。

心底、私にあきれ果てたように、私を叱り飛ばした。



「みーちゃんが人嫌いっていうのは、知ってた!知ってたけれど・・・だからって・・・人の気持ちを・・・人との縁をそんな風に扱って自分を保って、何が残るの!?

何が大丈夫なの!?無くなって欲しいことなんか、私達には無いんだよ!?

”こんな事”って何!?私達にとっては、こんな事じゃないんだよッ!簡単に切るとか言わないでよッ!」


だって・・・私にとっては、貴女達は・・・他人だから。


「大体、元に戻すって何!?そんなの、私達が一度でも望んだ?”戻して”って!

みーちゃん・・・それはね・・・優しさなんかじゃない!みーちゃんが、そうしたいだけだよ!

みーちゃんは、ただ人と関わって、これ以上自分が傷つきたくないだけッ!!

そんなの我侭だよ!みんなだって、同じように人間関係で苦しんでる!だけど、それでも、みんな頑張ってるんだよ!?

なのに、みーちゃんは、ずっと一人”安全地帯”で、冷めた目で見てるだけッ!そんなのズルイよッ!!」



みんな、頑張ってる・・・?

みんな、人間関係上手くやってるじゃないか。

好き好んで、いっぱい集まって、いっぱい喋ってるんでしょ?


私は、それらが嫌いなだけだし。


でも、そんな私の言い分や行動は、我侭・・・?


みんな、同じだから・・・頑張らないと、いけないの?


私は、我侭で・・・みんなが普通で・・・。


私は、まだ頑張らなきゃ・・・いけなくて・・・

どう、頑張ったらいいのかも・・・わからなくて・・・



「じゃあ、どうすれば満足なのよッ!?私は・・・これ以上、人とこうやって感情的に言い争ったりしたくない!


みんなはみんな!私の気持ちは私のものよ!みんな頑張ってる!?私は私なりに苦労してるわよッ!貴女達が邪魔さえしなければ!もっと、ちゃんとできたわよ!!」


私は、初めてみんなを責めた。

邪魔をした、と責めた。



「何が同じなのよ・・・!人と人並みに話せない、話せたとしてもそういうのが嫌いな人間がいたっていいじゃない・・・!

そういう人間は・・・無理して!脂汗かきながら!したくもない天気の話を頑張って広げなきゃいけない義務でもあるわけッ!?」


「そ、そんな事・・・」


「傷つきたくないわよ!そうよ!貴女達に振り回されて、元に戻して解決しようとしたら、それは、私の”我侭”!?・・・勝手なこと言わないでよッ!

十人十色、千差万別!どこにどういう人がいてもいいじゃない!人の生き方や考え方に間違ってるとか、これが正しいとか説教される言われは無いわッ!!

私なんかに、ご意見が出来るほど、貴女達は良く出来た人間なのかもしれないけどね!私はこれで、l満足なのよ!!貴女達と関わりさえしなければッ!!

私は・・・誰にも自分の意見や要求を強いたり、望んだりなんかしていないッ!

私は、絶対に貴女達の変化を望んだりなんかもしていないッ!!

だから・・・貴女達も、私を・・・私の中も私の生活も何もかも!変えようだなんて思わないでッ!関わらないでよッ!!」



私は、今の自分にある意味満足していた。

何かあれば、きっとこれより下に下がる事を知っていた。


自分を乱さない事が、変わらない毎日が、他人の影響を受けない事が・・・今の自分をキープする唯一の手段だった。



なのに。


怒りが、哀しみが、止まらない。

理解なんかされる筈がない、と分かっているのに・・・いや、解っているからこそ、こうして口に出して伝えなければならない事が、こんなにも辛い。




もう、ダメだ・・・壊れそうだ・・・。




『アンタの”ソレ”は、誰も救わないし、誰も救われない。』



それは、周囲からもう頑張っても無駄、と言われている気がしてきた。



私は、目の奥がきゅっと痛み始めた。




「みーちゃんは、ずるいよ・・・人嫌いだって言っても・・・以前のみーちゃんは、そんな言い方しなかった。

私達の事も考えないで、そんな事を言うんだったら・・・そんな、だったら・・・!」




ああ、伊達さんが次に言う事がなんとなく、わかる・・・。

やめて欲しい・・・それ以上、私に、その言葉を突きつけないで欲しい・・・。



 これでもね・・・私なりに、ここまで・・・頑張ったんだ・・・。

 みんなの事を、私なりに・・・考えて・・・。



 ・・・これが、一番良い方法だって思ったんだ・・・。



 それは・・・それだけは、本当なんだ・・・。




『女達の進もうとしてる道と、アンタが頑張って進もうとしてる道と交わる事は、無いわ。

だから、他人の事なんか、考えるだけ無駄なのよ。』



火鳥の言葉が、頭の中に響く。


今のままでいる訳にはいかないし。

状況は、どんどん酷くなるし。

挙句、私は死んでしまう。


呪いの効果で私を好きになった彼女達の心を繋ぎとめる術も権利も、その意志すらも私には無い。

呪いなど無ければ、私は彼女達にとって、ただの通行人Aでしかない。




・・・だから・・・私なりに、考えて・・・ここまで、頑張った、のに・・・!




 貴女達なんかに、好意を寄せられるような人間なんかじゃないって、私が私を一番解ってるんだ。

 だから、消してしまいたいんだ。貴女達の好意なんか、こんな私にはもったいないから。





 『アンタの”ソレ(優しさ)”が自己満足である限り、誰も救わないし、誰も救われない。』





 ・・・私は、どうすれば、良かったんだろうか・・・。


 何が自己満足で・・・何が・・・誰の・・・救いになるのか・・・。



 私は・・・何を、どうしたかったんだろう・・・?もはや、それすらもわからない。



 自分の為。

 他人の為。


 ・・・人が嫌いなのに・・・私は、何故・・・他人の事を想ったのだろう?



伊達さんは、私に向かって大声で言った。




「わかったわよ・・・人と一緒に生きていくのが、そんなに嫌なら・・・無理して優しくしないでよ!

 そんな風に思っているなら・・・私達の為だなんて言わないでッ!

 呪いとか縁の紐とか、訳わかんない!みーちゃんは、もう普通の人でも、私の知ってるみーちゃんでもないよっ!

 そんなに人が嫌いなら・・・みーちゃんの方こそ、良い人なんかやめてしまえば良いのよっ!!」





 ・・・人なんか・・・やめる・・・




その言葉が、妙に私の心の中にスッと入り込んできた。

まるで物凄い切れ味のナイフが音も衝撃も無く、スッと私の身体を通るように刺さったような感覚だ。




みんなが、無言で私を見る。

誰も、何も言わない。

伊達さんの言葉を肯定する、沈黙。



 私は・・・呪われてから、生活が変わり・・・自分自身も変わった。

 生活は大きく変わったが、自分自身だけは・・・変わらないつもりでいた。


でも、そうじゃなかった。


私が知っている筈の自分自身は・・・自分が思っている以上に大きく変わってしまっていた。


理想の自分には程遠い・・・情けない、自分・・・。



今の私は・・・普通の私じゃ・・・ない。




人が嫌い。

人嫌いなのに、人間の自分が可愛いだけ。

人嫌いなのに・・・私は誰かの為に・・・何かをしようとした。

他人を救うという役目を背負った気で、自己満足を?




  矛 盾・・・している・・・。





 じゃあ、どうすれば良かったの?


 他人(みんな)は、どうすれば・・・喜んでくれた?


 他人(みんな)は、どうすれば・・・私を・・・




 『考える必要は無い。』



 声が、聞こえる。





 『 ヤメロ ヤメロ ニンゲン ナンカ ヤメロ 』




呪文のような声が頭に響く。


視界が、ぐらりと揺れた。

せっかく、嫌われたのに・・・なんだろう?この気持ちは。



あれ?私、何の為に頑張ってたんだっけ?



なんの為に、呪いを解こうと・・・


・・・ああ、そうだ・・・自分の、為だ・・・。


うん、自分の為、だったけど・・・なんか・・・もう・・・




 『もう十分だよ。アンタはがんばった。もう、やめてしまいな、水島。』




やっと、私の隠れた努力をを褒めてくれる声が聞こえた。

やっと、私を・・認めてくれる声が・・・。




『よくやったよ、あんたは。 もう、いいんだよ、水島。 人間なんか、その女の言うとおり、やめてやればいい。』




そうだ、人間なんか、やめられるんだ、私。

前の私は、それが出来なかったけれど、今の私にはその選択肢があるんだ。




『水島・・・どうだい?やっと、わかっただろう?アンタは、人間の悪い所を見すぎた。

だが、それも人間の真なる姿。

無理をすることは無い。そんな一面を持った生き物と無理して一緒に過ごさなくても、幸せを追求する権利はたんとある。

もう、わかるだろう?自己満足は、己の救済。自己満足の何が悪い?それすら認められないこの世は、アンタの居場所じゃないのさ。


・・・アンタの居場所は ”祟り神(こっち)側” なんだよ。』



・・・ああ、そうだ・・・もっと早く、この無駄な歩みを止めれば良かったんだ。

頑張っても、結果が出ない事だってある。

元々、この世は私の居場所じゃないんだから。いくら頑張っても、何もならないんだよ。

諦めが肝心だ。タイミングを失ったら、ずっと頑張らなくちゃいけなくなる。


大体、結果なんか出たって出なくたって・・・もう、私は・・・。



・・・うん・・・もう、いいや。




『・・・アンタのいるべき祟り神の世界へ・・・おいで・・・おいで・・・







 おいで・・・!』








私は、私の肩に置かれた手を取った。

それは、不思議と楽に取れた。

前は随分、抵抗があったと思うが。



もう、楽になりたい。



どさり、と何か重い物が落ちる音がした。

同時に身体が軽くなり、振り向くと、私の抜け殻が地面に転がっていた。




この世の、私の、残骸だ・・・。




「・・・え?みーちゃん?どうし・・・嘘・・・息、してな・・・!」


「ッどいて!・・・水島さん?水島さん!?・・・息は・・・

いや、微かにしてるけれど、こんなに弱いなんて・・・・・・脈は?・・・嘘・・・こんなのって・・・!?」


「ちょっと!どうなってんの!?ねえ!?水島は・・・!」


「・・・・・・死にかけてる・・・。」

「そんな・・・救急車ッ!」


みんなは部屋の真ん中に立っている私を無視して、慌てふためいている。


私は自分の手を見た。

いつも通りの私だった。

ただ、すこぶる気が楽になっていた。






「・・・ああ、遅かったようね。」


火鳥が、いつの間にか玄関から自然に入ってきた。


「りり!?」


火鳥は、私の抜け殻を見るなり、上を向いて瞼をきつく閉じて、深い溜息をついた。


「・・・あー・・・下らない事だけど、一応言い訳は聞くわ。 アンタら、何言ったの?・・・コイツに、何を言ったの?」


「・・・あ・・・う・・・!」


「・・・あー・・・もう、いいわ。わかった。」


伊達さんに向かって舌打ちをして、火鳥は私の抜け殻の傍に寄った。


「・・・諦めないってどの口が言ったのよ・・・ったく・・・。」


「りり・・・何が起きているのか知らないけれど、とにかく緊急事態なのよ。

病院に運ばないと、脳に酸素が・・・今、処置するから、運ぶの手伝って・・・」


”パシッ”

火鳥は、烏丸女医の手を叩き落して睨んだ。


「・・・あのね、それ以上味方のフリして、コイツに触らないでくれる?

もう、十分よ。コイツに何を言ったのかは、大体想像つくし。

まったく、何が理解したかったんだか。ホント、恋愛に染まった馬鹿共の言葉には、反吐が出るわ。」


「りり!?こんな時に何を言ってんのよ!?まだ、彼女は生きてるのよ!?処置をさせて!」


「いいえ。”人間”のコイツは、もう死んでるの。つーか、アンタらがトドメっていうか・・・あーいいから、もう引っ掻き回さないでくれる?はい、どいて。」



「え!?」

「な!?・・・死ん、で・・・る?」

「どういう事!?」




「だから〜・・・見てわかんないの?コイツ、アンタらに自分の心の拠り所をズバリ否定されたから”諦めた”のよ。


アンタらと一緒に生きる事、その他もろもろ、何もかも。


アタシ、言ったわよね?これは、馬鹿馬鹿しいけれど、命にかかわる呪いだって。」



「「「・・・え・・・?」」」



「正論なんだから、胸張ってて良いわよ。コイツが、正論に負けただけの話なんだから。


人には、その人間なりの適度な距離ってものがあるのよ。あんたらがコイツの領地を踏み荒らしたとしても、コイツが黙認していたなら、アタシが言う事は何も無いわ。

・・・コイツが、言いたくても言えないだけだったのかもしれないし・・・コイツが言っても聞かなかったのがアンタら、だったのなら・・・話は別でしょうけど。

ま、安心なさい。コイツが”完全に死んだら”アンタらの頭の中から、コイツに関する記憶、罪の意識も徐々に消え失せるわ。

それまでの数日間は苦しむだけ苦しめばいいわ。人のあるべき正しい姿なんて曖昧な枠で、押し潰したコイツの死に苦しめばいいわ。」




そう言って、私の抜け殻の顔をみんなに見せる。

・・・正直、やめて欲しい。すごいだらしない顔だから。

目も口も半開きで・・・もう、主人公の顔じゃない。


「ホラ、よく見なさいよ。アンタらが、心底愛して殺した女の顔よ?」


”殺された”私の顔は、正直アホみたいな顔をしていた。


「そんな・・・」


ホラ、みんなだって、驚いてるっていうか・・・完全に引いてるじゃないか。



「・・・ねえ・・・人を矯正させようとして、縊り殺してしまった今・・・どんな気持ち?」



火鳥の煽るような質問に彼女たちは何も答えなかった。

質問者は、返答が返って来ないのをわかっていたかのように、鼻で笑った。



「じゃ・・・皆さん、お疲れ様。GAME OVERよ。」




火鳥の終了宣言を聞き、皆はその場にガックリと膝をついた。

誰も何も聞き返さなかったし、火鳥を追う事もしなかった。



ドアを開ける前、チラリと火鳥は”私”を見た。


私は、手を軽く振った。

他の人には、今の私が見えないらしいが、火鳥には今の私が見えるらしく、私の目をしっかり見てくれた。

火鳥は、すごく哀れむように私を見て、溜息をついた。


「・・・あーあ・・・重いったらありゃしない。これで、デブだったらますますもって救えないわね。」


ブツブツ言いながら、火鳥は私の抜け殻を運んで外に出た。

抜け殻の私ときたら、口から涎なんて流して・・・見るに耐えない。



「・・・あの、火鳥さん、どうするんです?」

「うるさい。話しかけないで。」


「いや、だって・・・それ、もう・・・私じゃないし。」

「うるさい。」






火鳥は、そのまま私の抜け殻を自分の部屋に持ち帰った。

20分ぐらい経った頃、機材を運ぶ人間数人と、医者らしき男性がやってきて、私の抜け殻に色々器具を付けていった。



「・・・極めて珍しい例ですが、このままだと確実に植物状態コース一直線ですね。

自発呼吸が弱すぎるとはいえ、さっきまで一応してましたし、今も弱いですが、してるといえばしていますから、脳への影響は今は出てないでしょうが・・・。

この状態が続くと・・・完全に人間としては終わりです。臓器移植には使えるでしょうがね。」


「・・・そう。」

「もしも、安全に処理なさるなら、別料金になります。」

「わかったわ、その時は連絡する。」


火鳥は、医者らしき人と機材を運んだ人間に茶色い封筒を渡した。

そして椅子を引いて、私の抜け殻の傍に座り、ツギハギだらけの古文書を読み出した。


蒼ちゃんが火鳥の傍に寄ってどうしたのか聞いたが、何も言わない火鳥の顔を見るなり「おやすみ」と言い残し、あの甘ったるいドロドロのコーヒーを置いて、他の部屋へ行ってしまった。



火鳥は黙って、古文書を読み込んでいた。

性格ブスの美人と性格が良いブスのお話。


後半、どうなったのかわからないけれど・・・火鳥は熱心に読んでいる。


・・・ああ、そうか。火鳥は、まだそっち側にいたいから足掻いてんだ、と私は思った。


「火鳥さん・・・もう、そんな頑張らなくても良さそうですよ。私、今、凄く楽です。」


私は、火鳥に話しかけた。

私の声は聞こえているはずなのに、火鳥は無視をする。

知り合いで私が見えるのは火鳥だけだ。折角、こうして、楽になった感想を呟いているのに、火鳥ときたら素っ気無い。


「始めは抵抗あったんですけど、こうしてみると楽ですよ。

それに、コレ。この衣装、白くて浴衣っぽいけれど・・・楽だし、なんかヒラヒラしてて・・・こう、いかにも”神様”って感じしますよね。

現実世界でこんな格好してると、絶対指差されて笑われて、ツイッターに写真つきで馬鹿にされるんでしょうけど。

ああ・・・でも、神は神でも・・・祟り神ですけどね!」



「・・・似合ってない。」


やっと火鳥がそう言った。

本のページをめくりながら、視線は一切私に向けずに、そう言った。


「あ、ひどいなぁ・・・やっと喋ってくれたと思ったら。慣れですよ、こういうのって。」


「似合ってない。その衣装も、その喋り方も、何もかも。」

「ある意味、生まれ変わったんですから、そりゃあ何もかも違いますよ。」


私は、意外と新しい私を気に入っていた。

だが、火鳥は本をぱんと閉じると、私を睨んで言った。


「・・・アンタの今の状態ってね。

致命的な短所を教えてやったら、逆ギレして開き直って、暴走。

自棄を起こしたのか、テーマパークで伝説作ってやるって裸になって、乗り物乗って、馬鹿やらかして、怒られて。

周囲の人間に後ろ指さされて笑われても、これが”自分のスタイルです。みんなもっと注目してください。私は、もっと凄い事出来ますよ。楽しみでしょう?”

・・・って、胸張って自分の恥と汚物をネットの海に垂れ流す、どっかの馬鹿なクソガキと一緒よ。

褒めるべき所は、何も無い。自由と可能性の意味を履き違えた、ただの馬鹿よ。」


「ひどいなぁ・・・やっと喋ってくれたと思ったら、そんな悪口めいた、下手な例え話を長々と・・・。」


「アタシは、アンタと違って、諦めないから。」


「いや、私もね、思ったんですよ。はじめは、諦めないぞって。

うーん・・・でもね・・・もう、疲れちゃった・・・。」


「・・・・・・・。」


「人が人として生きていく限り、誰かが言ったとおり、必ず誰かとぶつかるんです。仕方が無いんです。

避けて通っても、避けきれない。人と関わらなければ、進まない。

人生は、茨の道ですよ。傷無しでは通れない。しかも長くて、つまんない。


他人に折角通ってきた自分の道に、あれやこれやと文句を言われ

それは普通じゃないと吐かれ、それでも信じて自分の道を進んでも、やっぱり誰かが間違いだと言って、私の道は変えられる。


・・・挙句、その道の最終ゴールが”死”ですよ? やってらんないですよ。人間なんか。」


「あ、そう。」


「火鳥さん、いつまで私の抜け殻、保存しておくんですか?

私が完全に死なないと、私、祟り神として活動できないんですけど。」


「そんなの、アタシの知った事じゃないわ。」


「私が困るんですよ。私は、今日から祟り神です。

あ、そうだ。なんなら、火鳥さんの呪いは私が解きましょうか?今までのお礼に・・・」


「黙って。」


「・・・何、怒ってるんですか?」



「アタシにとっての水島って人間は、ベッドでアホ面晒して寝てるコイツだけよ。

目の前のアンタなんか、アタシの知ってる水島じゃないわ。」


「ちょっと、それは・・・」



”ゴンッ!”



火鳥は、喋りかけの私の額に、諏訪湖の石をぶつけた。


「いてっ!?」


反動で、私は火鳥の部屋から追い出された。



「前のアンタも嫌いだったけど、今のアンタはもっと嫌い。・・・今すぐ、消えて。」



その後、火鳥はすぐに諏訪湖の小石を部屋中に撒き、私は火鳥に話しかけられなくなってしまった。



火鳥は、一体、何を怒ってるんだろう?

私が一人で新しい一歩を踏み出した事に、怒っているのだろうか。



「・・・水島・・・。」



ベッドの上の私の抜け殻の頬を、火鳥がさすっているのが窓から見えた。

ん?今度は・・・何故、泣いてるんだろう?


私は、今とても楽なのに。




(・・・人間って、さっぱりわからない・・・)



うん、多分、そういう存在なんだろう。人間って。


わからないから、答えが無いから、素晴らしいってヤツ。


よくあるよね。


我々は考える事をやめてはならない、これからもみんなで一緒にこの問題を考えよう!

・・・で、結論出さないで、曖昧に疑問だけ投げつけて終わる議論。



結局、自分の中の答えはあるのに、解決できるだけの力がない。

自分の中の答えを、誰かに言ったら叩かれるから、言わない。

どうしようもないから、誰かに放り投げる。


行動に移しても、その人間は、人類の礎と言う名の・・・他人の犠牲。

犠牲がいくら出ても、同じ人類は”まだまだやれる”と文句を垂れ流し、また違う誰かをヒーローに仕立てようとする。


そのヒーローだって、他人に裏で何を言われてるのか、わからない。


頑張ってんのに、悲しいよね。


嫌だね、人間って。

正しさや公平を求めるくせに、自分達が一番そうじゃないんだから。




誰かを踏みつけにして、進化しても・・・結局は、こんなに無力なんだから。




それでも、前を向いて歩こうとか・・・ホント、諦めを知らないというか。



人間だと、そりゃあ・・・わずかでも可能性ってモノを信じたくなるよね。

自分を信じて、周囲の温かい空気に包まれて・・・前に、前に、前に進むだけ。



周囲をびくつきなら見まわして、気を遣って、善い人で前に進んだって

なんとなく嫌いだの、偽善者だの、何も知らない人間は簡単に言う。

傷つけば、そんなものをいちいち気にする方が小さい、なんて事も言われる。



とにかく、前に進め。


傷ついても、何を言われても、あなたなりのより良い人生を進め。



・・・で?


進んだ先に・・・自分が信じた先に何があった?

何が、どうなった?



「・・・こうなった。」



いつから、私は人が嫌いになったのか。


そんな事、考えた時期もあったけれど、人間をやめた今、もうどうでもいい。


そんな事考えたって、答えは無いし、考える事にも、何の意味も、価値も無い。


文化人気取りたいなら、勝手に呟けば良い。


何億、何兆人もいる人々の内、何人かは”いいね”と同調してくれるかもしれない。


それだけでも、満足だろう?認めてくれたんだ、笑えば良い。

その満足をもっと得たいのなら、みんなの基準や普通を知って、自分のこだわりなんかは捨ててしまえば良い。



もっとも、それにだって・・・何の意味も無いけれど。



自分を理解してくれたり、自分の意見を肯定してくれる誰かがいたら、そこに意味があると思いこんでしまう。

自分のスタイルは間違っていなかったんだ、と胸を張って、ますます増長する。




それにだって、何の意味も、価値も無いのに。




そう、単純な事に、気付いたんだ。




普通の人間、特別な人間・・・何をやってたって、何も無いんだって。





 「・・・あ〜あ!ホントに馬鹿らしいッ!あっはっはっはっはっは!!」




窓の外で、大声で笑う私に対し。

ベッドの上の私の閉じられた目からは、何の価値も無い涙が零れた。





「哀れね・・・前のアンタは、あんなに馬鹿じゃなかった・・・。」




火鳥の小さくて悲しそうな声が、なんとなく聞こえたような気がした。





 ― 水島さんは捜査中。・・・END ―





 あとがき。


おおまかには変えずに、細かい所に伏線を張りつつ、修正版です。

色々考えましたが・・・私のやりたい事はあくまでやる方向で行きつつ、修正をしてみました。

誰に、何を言われたからっていちいち直していたら、キリがない、と友人に諭されました。

その通りですが、直せるものは直しました。

正直、これがダメだなって思ったら、この先の話、エンディングも見ない方がいいでしょう。


祟り神のオバサンの狙い通りになった訳ですが、次回の修正版に続きます。