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それは光源氏の話に何所か似ているな、と思っていた。


育てるのは自分の子供として、というよりも

人間一人を”自分の恋愛対象”として、自分の理想通りの人間に育て上げ、愛を与えた分、自分も愛してもらう。


光源氏は愛する者を失った。

それでも尚、自分の理想である女の姿を追い続け、様々な女性、果ては幼い娘にそれを重ね、あらゆる手段を用いて恋を繰り返した。


きっと、どんな事をしても、何を作っても、彼は理想そのものを叶える事は出来なかっただろう。

それは絶対に手に出来るはずがない、と彼自身もよく解っていただろう。


解っていても、彼はあえてソレを繰り返し、物事が進む毎に自分は前に進んでいる、と安心を得ていたのではないだろうか。

近付いている、もうすぐ自分の望み通りになる、という錯覚が人を生かし、歪ませていったのだ。


綺麗な言葉で飾り立てるならば、”夢”。

現実的な言葉で表現するならば、”現実逃避”。



それはいくら繰り返しても、決して終わりも満足感も得られない、希望と失望のループ。

苦しみは、増すばかりだっただろう。


人としての”死”という終わりがあったから光源氏は、まだマシだった。


目の前にいる、死も迎えられないババアよりは、ずっと。







(さて、どうするかって…やる事は決まってるんだけど…。)





細く長い石段を上がった先にある、朽ちかけた社。

それを囲むように生えている背の高い雑草が風に煽られて不気味な音をたて、それに混じるようにヒソヒソと声が聞こえる。


体中に感じる重だるさ、鈍い痛みがあちこちに点々と伝わる。

普通に呼吸しているのが、自分でも不思議なくらいだ。


これほどの異常な状況なのに、私は、普段と変わらず頭の中で策を練っていた。



昨日散々悩み、火鳥との打ち合わせも散々したのだが、いざとなるとタイミングが合わないものである。


事実、昨日考えていた私の予想の4割程が外れている。


まだ最悪の事態だけ迎えてはいないが…大体、こういう事を考えていると最悪の事態を本当に迎えてしまうものだ。



(ここは、冷静に…。)




昨夜、火鳥は私に言った。



『…アタシの調べによるとぉ〜、あの祟り神のババアの弱点はぁ〜、ほぼ無ぁい。』


だらあっとソファにもたれかかったまま、火鳥は大事な話をダラダラ喋った。


『じゃあ、ダメじゃないですか!勝てないじゃないですか!…ていうか、やる気無いんですか!?』



私のツッコミにも疲れた様子でやはりダラダラと答えた。


『だからぁ〜ほぼって言ったでしょ〜?あるには〜、あるのよ。』


『じゃあソレ!』


『…”社”よ。』


『社って…あのオバサンの?』


私の脳裏には、すぐにあの朽ちかけた社の風景が浮かんだ。

数回しか訪れていないが、あの社は彼女の家、というか…祟り神を抑えておく、ようなものだと私は考えていた。

神様を祀ったりするイメージがあったから…あそこは、そういう存在だろう、と。


『昔の人間は、祟り神の怒りを鎮める為にあの社を作ったの。

ま、それしか対抗手段が無かったからよね。ああやって祀り上げる事で、自分が標的にされる事を防いだってわけ。』


やっぱり。



『それを…直すんですか?』


『逆よ。壊すの。』


『え!?それって…逆効果じゃ…?』


私の問いに、火鳥は気だるそうに、遂にソファに寝転がった。


『水島、あの社に祟り神を抑制する効果なんて無いのよ。』

『え!?そ、そうなんですか!?』



言われてみれば、あの社に祟り神の力を抑制する効果があるのだとしたら・・・ザルすぎる。

私や火鳥は呪われまくっているのだし。



『ねえ・・・アンタは、何故”祟り神”なんて非科学的なモノが、現代になっても、まだここに存在し続けられると思う?』


火鳥の突然の質問に私は首をかしげた。


『ん〜…』


『実際、細かく言っちゃうと、ただ、アタシ達に認識出来てるってだけでヤツラは存在はしていない、とも言えるんだけどね。

で、この世に望まれてもいないのに生まれ出て、寿命を迎える事なく、ダラダラと存在し続けられるのはどうしてか…。』



少しの間、沈黙し、私は考え、一つの考えを口に出してみた。



『・・・餌(人間)が、いるから・・・?』


『そう。それもあるわ。

あいつらの力の源は、結局は”人間”なのよ。遊ぶのも人間なら、餌も人間。

あれだけ好き勝手に蔑んでいても人間がいなければ、あいつ等は何も起こらない、起こせない。

それだけじゃない。行動する理由が人間を弄る事だから、人がいなければ、自分の存在意義も危ういって訳。…全く最低ね。』



じゃあ、やつらを消すには人を無くすしかないじゃないか、と言おうと思った私より先に、火鳥は口を開いた。



『ただ、餌は無くなりはしない。無くせない。アイツ自身を攻撃して消すなんて、諏訪湖の石があったとして、1tあっても無理でしょうね。』

『・・・ほぼ、無理っていうのは・・・そういう意味ですか。』


というか、ほぼじゃない。

絶望的に無理じゃないか。


『ただ…あいつ等を認識できる人間は限られている。認識できなくても、存在を知っていた人間はいた。

あの社を建てた人間は、少なくとも”祟り神の存在を認め、信じていた”って事を現しているわ。

祟り神にしたら、数少ない”信者”よね。』


『信者…。』


(いたんだ…そんなもの…。)


『まあ、害しか与えないんだから、普通ならば信じる事無く、否定して拒否する、無視するだけでいいのよね。

祟り神の存在なんて。

・・・でも。』



そこまで言って、火鳥はむくりと起き上がった。

右腕を右膝にのせて、目つきは最高に悪く、今にも怒り出しそうな不機嫌な顔で喋り続けた。



『昔は、自然災害の原因なんて究明できなかったから、天からの罰…あるいは祟り神のせいだと思うしかなかった。

人の為せる業じゃないモノに、人間は祈るしか出来ない。どうしようもない。太刀打ちできない。

それでもどうにかしたい、と思う。

だから、こうなってしまった原因を他に求めるのよ。

それで一番手っ取り早いのが・・・人間ではない”神様の仕業”。

そうすれば、自分達の置かれている不幸な状況を作り出したのにも一応の理由がつく。神様が試してらっしゃるなら仕方が無い、と納得したフリが出来る。


いや・・・諦めがつく。』



『・・・・・。』




諦めない。

何度も私はそれを口にしてきた。

粘り強く、継続する事で、自分の思う願いを通す事が出来る。


だけど・・・通せない事もある。

どんなに粘っても、強くなっても、願いが届かない事はある。

そもそも、その願いを通してしまってはいけない事もある。



だから、逆もまた然り。


諦める。


それは時として最上の選択で。

決して悪いことではない。



だけど・・・。



祟り神に選ばれて試練を受けているから女難に遭ってもしょうがない、なんて諦められるわけがないだろ!!

大体なんだよ!神の試練で女難って!馬鹿じゃないの!?

カードとかコインとかボールとか集めるくらいにしてよッ!…集めねーよ!!!(自分ボケ・ツッコミ。)




『そういう人間の中に、祟り神の存在をわざわざ認めて、わざわざあんな社を作って、これまたわざわざ生贄を捧げたヤツがいたのよ。


”ここで活動してください”と言わんばかりにね。

だから言い換えれば、あの社は祟り神の”活動の拠点”なのよ。

あの社こそ、祟り神にとって、自分が存在している事を人間にアピール出来る場所だもの。

それが無くなれば…間違いなく、ヤツは怒るでしょうね。』


『怒らせるだけ、ですか?』


火鳥の話によると、あの社の役目は、祟り神の怒りを鎮める為と祟り神の生贄になった人間の鎮魂の意味を込めて建てられたそうで。

いずれにしても壊すのは、限りなく罰当たりな気がするのだが…。


『勿論、それだけじゃないわ。

この資料には…古くから、神が人間と交流するには、神聖な場所が必要であった、とあるし。』


交流・・・。

人嫌いには最も忌むべき単語である。


『あの社が、その神聖な場所?』


あの寂びれまくって、一週回って情緒が出るかもしれない、と思えばやっぱりボロ小屋の社が”神聖”!?



『そう。一応神聖な場所よ。

まあ、崇めていた人間なら交流でも交尾でもなんでもすりゃいいんだけど。

まったく崇めてもいないアタシ達は、別にヤツらとのこれ以上の交流は必要ないのだから…ね?わかるでしょ?』


よーし。交尾の所は理解に苦しむけれど、後はよくわかった。


『なるほど。だから、社を壊せば良いんですね?』


『そうよ、色々考えておいたから、あとはコレ読んでおいて〜…あ〜ぁ…だるい。』



火鳥はそう言うと、気だるそうに資料を私に渡した。

(ラストだってのに、面倒臭そうにするなよ)と思ったが、火鳥は色々裏で頑張っていたらしいので、ここで責めるのは止めた。






(という訳で、社を壊せば良いのよね…!)




今の私の狙いは、社を壊す事だ。

その為には、目の前の祟り神が邪魔なのだ。

一瞬でも良いから隙があれば…!


いや、隙を作らなければ!!


風が吹いただけで今にも壊れそうな小屋なのに、祟り神が目の前に立ちはだかっているせいで、一歩も近づけない。

ざわざわと雑草の揺れる音とヒソヒソ声が耳につく。



祟り神と向かい合ったまま、私は隙をうかがっていた。




「アンタ、今の自分がここに存在するのは、女難共のおかげだなんて考えてるんじゃないだろうね?」



自分がいたから、今のお前がいる。

祟り神はそう言いたいのだろう。


祟り神の問いに、私は意味ありげに少しだけ笑ってみせて、一言言った。


「・・・だとしたら?」



確かに呪われてなければ、そもそもこのSSシリーズ自体無かった訳だが。



…存在するだけなら、誰のお陰でもない。

今、こうして自分と誰かの為に立ち向かおうと思えるようになったのは、コイツのお陰なんかじゃない。


「貴女、ただ呪っただけでしょう?私が女難…いや、人に会って、こうなったって考えるのが普通でしょう。

貴女の呪いなんて、単なるキッカケの端くれに過ぎないですよ。」



火鳥のおかげだろうか。

随分とこの手のやり取り、駆け引きに慣れてきた気がする。

そして、見事に祟り神はのってきた。


「ふざけるな…!おかしな事を考えるんじゃないよ…!今のアンタは、あたしが育てたんだッ!!」


今の私に、自分が全く関わっていない、という事が祟り神には気に入らないらしい。

更に渾身の力で私は大声を出した。


「CD買い漁っただけでプロデューサー気取りの痛いアイドルオタクみたいな事言ってるんじゃない!!」



生憎、私は、祟り神の理想の女育成ゲームのキャラクターになった覚えはない。

祟り神にならないかとスカウトされかけ、祟り神の餌にされかけようとも、私は絶対に私である事を諦めない。

私がこの先どうなるのか、行く先も生き方も私が決める。


それは、周囲の人と全く無関係ではなくて。

周囲の人々がいたから、私は今、自分がどこにいるのか、どこを向いているのかを彼女達に教えてもらえたのだ。

それの根元に呪いがあろうとなんだろうと、私がこうして前に進めるのは、彼女達のお陰だ。




「アンタは、人間が嫌いなんだろう!?今まで自分が受けてきた事を思い出しな!人間に色々された筈だ…!

開き直っても尚、アンタの周りにはアンタを苦しめる人間ばかりだった!

アンタは学習するが、他人は学習しない!変わらない!

変わらないなら、アンタが変わるしかないんだよッ!!」




祟り神は社の柱をドンと叩き、そう言った。



そうだった。

確かに、そうだったけど…!


人間関係のアレコレを失敗し続け、意味も無く嫌われて、笑われてきた学生時代を経て

自分なりに頑張って希望通りの会社に入社するも、やはり人間関係で私は苦しんだ。


この人がこういう人だったらな、とか色々考えた。

考えただけで、私は私のまま。伝えないから、他人も変わらないまま。


日々受ける苦しみをなんとか飲み込み流して、これが現実なんだ、と言い聞かせて耐えて。


耐えて。


私だって人が嫌いなのだから、おあいこだって言い聞かせて。


耐えて。

耐えて。



慣れた。



”成れた”んじゃない。

ただ、慣れたのだ。


順調とは言えない人生だった。



そんな時。



祟り神に女難の呪いをかけられた。


今度は他人に好かれまくった。

あんなにも嫌いだと思っていた人間から、欲しくもない好意をぶつけられて、私は大いに混乱した。



―― 人は、なんて勝手なんだ。



でも、それは自分自身にも跳ね返ってきた。

自分一人きりで過ごしていたから見えなかった、己の背中に書いてある、自分自身の”弱点”や”欠点”が他人を通して見えた。


―― 私は、なんて勝手なんだ。


ブーメランのように返ってきた。


これ以上、見たくない。

こんな私への愛の言葉も聞きたくない。


それでも、彼女達は私へ想いを向けていた。



それにも、耐えて。


耐えて。

逃げて。


逃げた先に、何も無いと解って。

帰ろうと思った時、手を差し伸べてくれる人がいると理解した。


呪いの影響を受けていたから、私を好きになっていただけとはいえ、彼女は…









―― 他人は所詮、変わらない。






 『頑張ってね 水島さん』







―― だけど 私と彼女が出会って、何かは変わった。











そして…今の私に成れたのだ。


今にして思う。


あの呪われた日々は、全くの無駄なんかじゃなかった、と。





祟り神のオバサンは、紫の着物を振り乱しながら強く訴えた。




「アンタの事を思い、成長を願って、アンタに呪いをかけて、ここまで導いたのは、紛れも無くあたしだよ!

今、アンタの価値観や考え方が変わっているだろう!?それは、アンタだけでは決して手に入らなかった!

それが、どうしてわからない!?アンタを変えたのは、このあたしなんだよ!!」


「・・・・・。」



私は、満身創痍で●.M.Rのような衣装を纏ったまま、冷めた目で敵を見ていた。


確かに、あの日々は全くの無駄ではない。

だが、あの日々のせいで色々と狂わなくてもいいものが狂い、何人もの人を傷つけた。


私は、ただの水島だ。



そんな誰かの犠牲の上で、成長した自分なんか私には不必要だ。



私を好きだと言ってくれた人の涙を、あんな悲しそうな顔を見るくらいならば…

私は、事務課にいる地味で人嫌いな、ただの女難の女でいい。




「・・・呪っただけのクセに、随分恩着せがましいですね。」



「お、恩着せがましいだって!?誰のお陰かって聞いてるんだよ!!答えな!!」


祟り神は、嫌でも答えを聞き出したいらしい。


「せっかく特別な出来事を授けてやったのに、って顔しないで下さいよ。

実際、大迷惑だったんですし、呪われて良かった♪なんて、脳みそが蕩けてるような台詞言う訳がないでしょう?

それに。これまでの苦難を乗り越えられたのは、貴女のお陰なんかじゃありませんから。」


睨んでいた祟り神の表情が、ふっと緩んだ。

そして馬鹿にしたように顎をあげて、私を嘲笑った。


「…そうやって、あたしの感情を煽って、隙を作り、この社を壊そうとしてるんだね?甘いよ、人間風情が。」



「・・・・・・。」


そう、隙がなくちゃ社は壊せない。


隙を伺いつつ、私は必死に考えていた。

隙を作る方法、社を壊すタイミング…。



「アンタの人生に大影響を及ぼす程の出来事を…人間なんかに出来る訳がないこの一連の出来事を…

あたし以外に誰が出来る!?そんな解りきった事…聞くだけ野暮だったね!」


かつてない程、自信に溢れてウザッたい祟り神。

今の私が、これ以上強気に出られないだろうと祟り神は思っているのだ。


「だから・・・影響及ぼされてもね、感謝も何も無いって言ってるんですよ。

貴女を倒して、呪いを完全に解きます。それでいいんです。」


「ふん、やっとこさ好きになれそうな人間にも傷をつけられて身も心もボロボロのアンタが、あたしに勝てると思ってんのかい?」


鼻で笑う祟り神に私はいたって冷静に言い放つ。


「思ってます。勝てるって思ってます。

だって、彼女にされた事を私は許しますから。別に、今、心はボロボロじゃないですし。」



「はあァッ!?」



私の言葉に、祟り神は口をあんぐりと開けて間抜けな声をだした。



「”許します”。だから平気。」



私は腰に手をあてて、さらりと言い放った。

これまで、女難の皆さんにされた出来事を全て水に流すのは難しい、が。

突き詰めて考えれば、私が本当に許せなかったのは、逃げまくっていた昔の自分だ。

まあ、その自分は私が受け入れるとして。



あと許せないのは・・・




「ふ、ふうん・・・ま、ソレも成長か。水島、心が広くなったね。それもこれも全部あたしが・・・」

「貴女は許しません。」



本当に許してはいけないのは、間違いを犯した私とコイツ(祟り神)だけだ。



「はああああああ!?!?」


顎が外れるほど、口を大きく開けて驚く祟り神に私は言った。


「貴女はダメです。許しません。絶対に、許さない!絶対にッ!!!」




私の許さない発言に祟り神はブチ切れて叫んだ。




「なああああああんで、だよおおおおおおおお!?!?!?!?」




私も負けじと叫び返した。




「私を呪っただろうがああああああああ!!逆に聞くけど、なんで許されると思ってんだよおおおおお!!!」




叫ぶ内容がどちらとも単純かつ低レベルだとは思う。

だが、単純な事だからこそ、譲れないのだ。


”許す”、という行為は”心が広い”とか”器が大きい”とか、人の過ちを責めずに許せる人間は良い人間だ、といわれがちだが。




だが、私は違う!!




心が狭くて結構!ていうか、そもそも広くなんか無いんだ!

私が心に留めておける、私が想える人には数に限りがあるのだ。



別に今更”良い人間”でいようだなんて思わない。


成長したいなんて、誰が言った!?

あの頃、私は私の人生にそれなりに満足していた。


…気が付かなければ、だったけど。



元はと言えば、私が人嫌いである事からすべては始まったのだし、今だって人間大好きって訳じゃない。

あの頃と全く同じ生活が送れるとは思えないし、戻れるかどうかもわからない、が…。


今、この状況を私は終わらせたい。


確かに祟り神の言うとおり、呪いで今の今まで貴重(笑)な経験をさせてもらった、のかもしれない。

普通ならばいいキッカケをくれてありがとう!と言うのだろうけれど。



「感謝しろっつってんだよおおお!アンタがこうなってるのは…!

あの人に近付けたのは…あたしの想いが…アンタに届いたからだろうがッ!!

アンタを苦しめる女共が自分勝手に自分の想いを通して、嫌気がさしたのを忘れたのかい!?」



だけど・・・。


私は違う!!(2回目)




「届いてねえよ!!届いたのは、呪いだけだよ!!お前の想いなんか知るかッ!

むしろ、アンタの想いに嫌気さしまくってんだよッ!!

ていうか、私に想いを届けるのに”呪って育成”ってどんな想いだよッ!?

それに今、あの人に近付きたいだなんて、私がいつ言った!?単にアンタが近づけさせたかっただけだろうがッ!!

勝手なのは、人間だけじゃない!私だってそうだし!アンタもだよ!!

それでも…同じ自分勝手でも、私の為にだなんて戯言をくっつけて、ただ我欲塗れの我侭を貫こうとするアンタと一緒にしないでッ!」




この女に対し、感謝は出来ない。私はコイツを許せない。




「あ、アンタまで…そんな事を言うの…!?」


「言いますよ。…ああ、長台詞に疲れた。


…ふう…しかし、実際口に出してみてハッキリしました。結局…そういう事なんですよね。」



「・・・なにが?」



「オバサンが本当に欲しいモノは、私じゃない。


私に似た…私に似て非なる”誰か”なんでしょう?


二度と、絶対に、オバサンのモノにはならない…”その人”が欲しいんでしょう?


だから、私を育てるとか言って、その誰かに近づけさせたいんでしょう?


欲しいモノをねだるようにダダをこねて…その人に似たような私を捕まえて…育てるって名目で、自分の理想を叶えたいだけなんだッ!!」



私が大声で突きつけると、オバサンは不機嫌そうな顔をして低い声で言った。




「だったら…どうなんだよ…。」






文句があるのか?と言いたげな祟り神に向かって私は、更にハッキリと大声で言った。








「・・・正直、気持ち悪いッ!!!!」








私がストレートにそう言うと、祟り神は相当なショックだったようで、ヨロリと後ろに傾いた。





「そんな目で…また…そんな事を…言うの…?」



オバサンは、その台詞は予想外だったようで、嘘だと言ってくれ、と訴えるように潤んだ瞳でこちらを見た。


一見しおらしい表情なのだが、同じ女の私には分かる。

泣いていても、目の前の女の中には悲しみだけが入っている訳ではない、と。


「貴女、言いましたよね?

”人と人の縁は、強くて脆い。だから、大切にしろ”って…。」


「・・・ああ・・・。」



祟り神の目の奥にかすかに私への憎悪が見える。

自分は間違っていない、自分は正しい、自分への理解が足りないだけだ、と思っている目。

非は、私にあると確信している目。


私はその目を射抜くように、真っ直ぐに見つめ言い返す。


「あれは貴女の経験に基づく言葉でしょう?

縁の強さを信じているけど、その脆さも知っている。

…その経験をどうして自分の成長にちゃんと生かせないんですか?

こんな事をして、私を育ててる場合じゃないでしょう?

いい加減、貴女自身が成長すべきなんじゃないですか?


自分に縁がなくなった人を私に重ねないで下さい。

貴女が正しいと思っている間違った私を、私に押し付けないで下さい!」



・・・うん。


いつになく真剣に長い台詞言った。疲れた。


祟り神が正しいとする世界は、私の世界じゃない。

祟り神が良いと思う正しい私は、私じゃない。


祟り神が自分をどうしたいのか決めるのは自由だが、私の事まで決定は出来ない。

それで私や私の大事な世界、大事な人が変えられてしまうならば、私は目の前の祟り神と戦わなければならない。


ぶつかるのは、否定されるのは、叩かれるのは、怖いし、面倒臭いけれど…。



「貴女にならハッキリ言えます。私、貴女のする事、貴女の事も、嫌いです。」



「・・・・・・・・。」




すると、祟り神は急にしきりにうんうんと納得するように頷き始めた。



「うん…うんうんうん。


そんな風に、堂々と自分の意見をぶつけられるようになったのは…アンタが成長したからだね。


そして、相手があたしだから、だろう?」




・・・・・・・・ん?




「・・・は?」




祟り神は表情をまたコロリと変え、余裕たっぷり、気味悪い程の笑顔で笑いかけてきた。

突然の豹変振りに、思わず私は口をぽかんと開け”なんだって?”というポーズをとった。




「そうやって、自分の感情をぶつけられるようになって”良かったね”。」


「・・・あ?」




よ、良かったねって…?

他人事のように喜んでいるけれど、自分があれだけ否定されたのに…なんだ、その反応は…!?



「あたしに素直に感情をぶつけ、甘えられるようになったんだよ、アンタは。いやあ、良かった良かった。

いいよいいよ、そうやってぶつければいい。甘えればいい。いい兆候だ。

これで、あたしがいないと、アンタはダメなんだって嫌でも解るからね。」



「・・・はァい?」


ついに両手を耳にあてて聞き返す、●々村議員ポーズを取った私。



「あたしはね、アンタと違って沢山のダメな人間を見てきたんだ。

だから、解るの。水島が何を思い、何を考えてるか。アンタより濃〜い経験をね、色々してるからねぇ。

あんな女達より、一番アンタの傍にいるべきは、あたしなんだよ。」



「・・・・・・・・。」


私は、言うべき言葉を失った。


祟り神は凄くポジティブというか、まるで私の言葉を聞いていない上、トンチンカンな事を口にしている。

自分に都合の悪い言葉を丸々聞き流してしまっている。

まるで、以前私をストーキングしていた女のように。



「いや、本当に分かるんだよね〜。今の水島の気持ち。

決め付けられると反抗したくなっちゃうって感じ?自分で伝えたいし、もっと細かく知って欲しいから、つい違うって言っちゃうんだよね〜?

思い返せば、あたしにもそんな時期、あったなーみたいな?今多分苦しい時期だと思うの!うんうんわかるわかるーって感じ。

でもね、過ぎてしまえば?色んな事全部、結果、自分の糧になった?みたいな?」




「・・・・・・。」


・・・うぜぇ・・・。

言葉は悪いが、ただただ、うぜえ・・・!



何だ?この余裕は…!

後半の知ったかぶった自称恋愛マスター気取りの中年女みたいな話し方は何だ…ッ!?


目の前の生物が何を経験してきたのかは知らない。


私の人生と比較したら、私の人生なんて波風も少ない方なのかもしれない。

私より苦しんでいる人なんて、探せばもっともっといると思う。


だが、そんな不幸自慢大会で、自分の幸福な立場を自覚したからってどうなる?

ああ、自分はあの人より恵まれているからガンバろ☆・・・みたいな優越感と安心に包まれろ、と?

そして、お前の経験と私の経験のどこに符合する点がある!?


あったとしても、私のこの苦々しい経験は、元は祟り神と自分の不始末で作り出したと言ってもいいのに!?





嗚呼、なんにもわかっちゃいないよ!祟り神!!





他所は他所!家は家!!

もとい!それとこれは別なんだ!



私は私なんだ!


同じ痛みだろうが、経験だろうが、受け手は全く別の生き物なんだ!


苦しいのはみんな同じ!だから頑張ろう!、なんてスローガンめいた言葉で簡単に片付けてくれるな!


その痛みを受けて、戦わなきゃいけないのは、私だ。

どこが痛いのか、何故痛いのか、気付かなきゃいけないのも、私だ。


そして、痛みで膝をついた時、立ち上がれないって思った時、声を掛けてくれたのは…祟り神!お前じゃない!!



こんな私だけど、今の私なら…今までの私には出来なかった事が出来る…筈!




「…貴女、やっぱり何にも解ってないですね。私は、貴女を倒して呪いを解くって言ってるでしょう!」


「うんうん、今は信じられないだろうさ。

だが、このまま人間の世界で、アンタはまた他人に何もかもを擦り減らされるような生き方をする気なのかい?

あたしなら、そうはさせないよ。」



どうあっても自分を認めさせたいのか・・・。


面倒臭いなと思いながら私は頭をぽりぽり掻きながら、言った。


「あーあ、そういう他人にとってイイ事しか言わない人って、大体、悪い人なんですよねー。

損するよって言っておいて、自分の都合の良い方に他人を誘導するんでしょう?」




「いいから、あたしに任せておきな。

呪いで変われなかったアンタを欠点ごと愛して・・・”貴女を変えてあげる”。」





これには思わず…ゾクッ。とした。




(このババア…やっぱり私の言葉を聞いていない…!)




そして、今まで私が出会ってきた女難のみなさんの最初の目に、それはよく似ていた。



”愛してあげる。”


”変えてあげる。”




私が望んでいない事。

私が望んでいない愛の言葉と熱っぽい視線。

そして、私の否定の声を聞いていない。いや、聞こうとしない。いや、必要としていない。

受け入れてくれるだけの器(私)を求めて、なみなみと愛という名の汚い汁を注いでいく。


醤油皿(私)はコップに変わる事など出来ない。

それでも、みんな…変えようとする。


誰かに影響を与えたくて仕方ないんだ。

自分を知って欲しくて、自分を受け入れて欲しくて、求めて、追いかけて。



それで、みんな…変わろうとする。足掻く。

何も知らない人にらしくない、とか色々言われて、ありのままの〜とか歌われたりしながら。



私は、どっちもしたくなかった。

私はそんなモノを受け入れられない。

私はそんなモノを誰かに押し付けたくない。



「水島ァ…!」


だが、目の前のババアは…そんな事を考えてもいない。

ただ、私を自分色に染めようと向かってくる。



『頑張ってね、水島さん。』



(あ・・・。)



彼女の目は…彼女の声は、最初の頃と違う…気がした。




(…彼女は、まだ私を待ってくれているのかな…)



ここに辿り着く前に、一目会えた彼女は…。



「水島ァ!今、誰の事を考えている!?」


祟り神が一段と声を張って私の名前を呼んだ。

すぐに私は、今はポエムめいた事考えている場合じゃない!と目の前の状況に意識を戻した。


「他の…女の事を…考えていないよなァ!?水島ァ!!!」


問題なのは…女難の変化ではなく、ここまで来ても隙が出来ない、このババアだ…!!



「さあ、どうでしょう?…最近…百合的な意味で…気になる人間がいたりしてぇ〜?」


挑発のつもりで口にした言葉だったが、顔が引きつり始めた私だが、祟り神は真顔のまま黙って私を見つめる。


(…なんとか時間を稼がなければ…!)


焦りが顔を出し始める。


祟り神はニタリと嗤って、両手を広げてみせた。




「・・・おいで、水島。」


「はあ!?」


●ウシカが獣を手懐けるように、本人としては精一杯笑顔のつもり…?


だが、怖い。素直に怖い。ババアだから怖い。

背景の寂れた社があるだけに、余計怖い。


相手が一歩踏み出し、思わず一歩後ずさりする私。

祟り神の目は深く黒い瞳を爛々に輝き、私に向かってただ微笑み続ける。



「もっと、もっともっとも〜〜〜っと、甘えさせてあげるよ。他の女には出来ない事もしてあげる。

全て私の前で吐き出しておしまい?・・・だから、おいで。」


「甘えないし、女には何も求めてないッ!吐き出す事なんかないわよッ!!」


全て吐き出させる事によって、私の弱みを握る気か…!?

それとも、吐き出した私の本音の中から、私への反論の材料を探すつもりか…!


そうはいくか。

人外と討論するつもりも無い。

今目の前にいるババアを乗り越え、私は私の生活を手に入れる!


いずれにしても…”おいで”と言われてホイホイ行ったら、そのまま飲まれそうな気がした。



「どうした?あたしの隙を作って、後ろの社を壊すんだろう?さあ、おいで!」



祟り神が両手を広げたまま、私に向かって歩いてくる。

ゆっくり、ゆっくり、と。

足元の砂利の音が、私の恐怖を煽る。



どうする?真正面から立ち向かっても、敵う相手じゃない。

体を掴まれたら、また魂を抜き出されて、強制的に祟り神にされる可能性が高い…!!

今、真正面から戦うのは不利。



(だけど…勝機はある!もっと…距離をとらなきゃ…!)



ジリジリとゆっくり後ろに後退する私を追い詰めるように、祟り神は向かってくる。

今、ヤツのテンションはよくわからないが、とにかく高い。


(そのハイテンションに漬け込んで…上手く誘導すれば、社との距離が取れる!)


私は、更に後退した。

私に近付こうと祟り神はどんどん歩いてくる。


(いいぞ…もっと…!もっと、来い…!社から離れろッ!)


祟り神を社から少しでも遠ざける。


(十分に距離が出来たら…次は…ッ!)


私は、発煙筒に火をつけた。

それを見た祟り神は、特別驚いた様子もなくニヤニヤと気味の悪い笑みを浮かべていた。



「おやおや…放火はイケナイよぉ?おやおやぁ?…そんな小さな火じゃあ、あの社を焼くのにちょいと時間がかかるねえ?」


(無駄に煽ってくるわね、このババアッ!)



怒りを抑えつつ、私は鞄から発煙筒を次々と取り出し煙を出す。

やがて煙で社の周りは真っ白になった。


「これで、最後だああああ!!」


片腕で煙を防ぎながら、発煙筒を放り投げ、煙に紛れて私は大きく迂回して社に向かった。

雑草が身体に当たるがお構いなしだ。


「はあッ…はあッ…!」


全速力で走る。煙の向こう側に社の影が見えた。

社まで、もう少し。

私は鞄の中に手を突っ込んだ。


「はあッ…はあッ…!」


私が雑草を揺らす音とざわつく声が耳に響く。

朝からずっと酷使してきた身体が悲鳴を上げる。



終わる。

終わらせてみせる。


私が、社に辿りついたら終わりだ。

社の柱の色が見えた。


(よしッ!)

鞄の中から唯一の鈍器、諏訪湖の石を取り出し…



「それで隠れているつもりかい?」



急に喉を掴まれ、私の身体は一気に宙に浮いた。



「ふ、ぐぅあッ!?」


石が掌から零れ落ちる。


「ガッカリだよ…。

いくら口で大きい事を言っていても、人間で出来る事は限られている。

それは仕方が無い。なぜなら、それが人間というモノだから。

だがね、敗因はもう一つある・・・教えてあげようか?」


「あ・・・あ、が・・・!」


苦しい。

だが、これでいい。

祟り神が私を捕まえている。

祟り神の注意が私だけに注がれている。


それでも、十分なのだ。



(…今だ…火鳥――ッ!!)



声は出せないが、社周辺にありったけの煙を撒く事が火鳥への合図なのだ。

社さえ壊してしまえば…って、さすがに首を捕まれたままは、苦しい…ッ!


火鳥!早く!





















・・・・・・・・・・・。























・・・あれ?






(…火鳥…?)




来ない。


火鳥が、来ない。




「ぁ・・・か、と・・・り・・・!」



風が吹いてきた。


このままでは煙が晴れてしまう…!

火鳥!花びら撒きながらとか、カッコつけて木の上から登場する、とかそういう演出はいいから!早くッ!



(か、火鳥…?)



火鳥の姿は見えず、声も聞こえず、何も起こらなかった。



(煙が…!)



煙は風に流され、うっすらと月の光が私の顔を照らし…私の首を掴んだまま気味の悪い笑みを浮かべる祟り神の顔をも晒した。



「ついでに言っておくが、火鳥なら来ないよ。」


「・・・あ・・・?」



まさか。という表情を浮かべる私を祟り神は、大口を開けて盛大に笑い飛ばした。


「あーっははははははッ!!あんたらが何か企てるだろうと、あたしが考えなかったとでも思うのかい!?

あたしはねえ、あんたら、人嫌い且つ性格も往生際も悪い女の事をよおおおおおおく知ってるんだよおおお!!」



「な…ん…ぅ…ぁ…!」


「今頃、火鳥には寿命の祟り神から贈り物をされている頃だろうよ…!とっておきの…”結末”をね!!」



…もう一人の祟り神…!!


”結末”という単語を聞いて、私はすぐに寿命の祟り神が火鳥の方に関わっている、と悟った。



「寿命の祟り神は、以前、高見蒼の結末を見そびれた恨みがあるからねぇ…

今、感動的な結末を見ているんじゃないかねぇ?火鳥と高見蒼の二人分の結末☆」



残念でした、とぺろりと舌を出す祟り神。



「――ッッ!くッ!」


私はジタバタと足を動かし、抵抗を試みる。

祟り神の腕を蹴ったりしてみるが、上手く力が入らない。


「おーおー…声も出ないのに、悔しさがひしひしと伝わってくるよぉ。…ざ〜んねん、でしたァ☆」


ただ煽られている、と解ってはいるのに、ジタバタと抵抗してしまう。



「ぅ゛――ッッ!!!」


「かわいそうに…。

そうやって、追い詰められた時に限って、あたし以外の他人を信じるから、こうやって痛い痛〜〜い目をみるんだよ?

どうして、それがわからないのかねぇ…?」



「あ゛…ッ!」



「ん?なんだって?」


「あ゛、ん、た、を、信じ、る、より…人、を、信じ、て、死ん、だ、方が…ま、し…!!」



私の言葉に、祟り神はスッと真顔に戻った。



「あ、そ。」



祟り神は、実につまらなそうな顔をし、私の喉から手を離した。

ふざけている最中に、真面目な教師に正論で叱られ、テンションがぐんと下がった馬鹿な学生のようだった。




「っ…ゲホゲホゲホッ!すー…はあ…すー…はあ…ッ!」



必死に酸素を求める身体をなんとか奮い立たせ、私は祟り神と少し距離を取った。



「ホントにさぁ…いい加減にしなさいな。目に余るんだよ。

アンタのその態度、言動、全て…一体あたしの何が気に入らないんだい?吐き出しなよ。

安心して、あたしについておいで。」


社までの距離は先程より近い。

もう少しなのに…力が、人が、何もかもがまだ足りない!!


(悔しい…ッ!)


「やだ…絶対、絶ッ対!!絶対やだあああッ!!」


大声を搾り出し、私は四つんばいから立ち上がった。

ふらついて、膝をつくが私は祟り神を睨みつけた。


「涙目になって、無様になって…それがあんたの目指す自分の姿かい?格好悪いねぇ〜

あんたは人に好かれる事を考えず、己の為にこそ行動できる女だ。そんなチワワみたいな格好…あんたの魅力が半減しちまうよぉ?」



「・・・。」


お前に、私の何がわかる!その言葉を全身で示す。


「ふっ…もう、勝てる見込みは無いって気付いただろう?

再度あたしの手を取るしかないんだよ、水島。」


そう言って、私に向けて手を差し出す祟り神に私は噛み付くように言った。


「か、格好悪いのは、百も承知だ!!気に入らないのは今の現状全てだ!吐き出したいのはゲロだけだ!!

貴女は、私の気持ちを屈服させたいだけで、私を理解しようなんて思ってない!私に、貴女を理解させたいだけ!!

私に自分の想いをぶつけたいだけだろ!

本当は私じゃないのに!私に向ける想いでもないモノを、私にぶつけたいだけだろッ!

お門違いもいい所だよッ!いい迷惑だよッ!!」




「何を言おうと…アンタはあたしに敵わないし、あたしの言う事に従うしかない。

この手を取り、愛を受け、生まれ変わるんだよ、水島。」



「私は貴女の手はとらないッ!私は、私の行きたい方向へ自分で進みたいのッ!

例え、今の自分から別の自分に変わるのだとしても、貴女の愛でなんか変わらないッッ!!」



「じゃあ、アンタは…人間を愛せるのか!?他人と一緒にいられるとでもいうのかい!?」



「おぅ…」
















・・・・・・・・・・・・。












悲しきかな、その後の言葉が続かなかった。ちょっと外国人みたいな反応をして黙り込んでしまった。


実にシンプルな質問だ。

人嫌いに向かって、そんな質問…卑怯だろ!!

 ※ 逆切れ。



「そ、それは、また・・・べ、べべ別の、問題でしょうが・・・!」

「何、動揺してんだよ。」


私としたことが、ツッコまれた…!



「と、とにかくね!少なくとも、貴女だけは愛せないし、一緒にいられないッ!!」

※ 水島さん、やや弱めのフィニッシュ。



「ふん…まだ解っていないようだねぇ…

結局、他人を受け入れる覚悟も、誰かを愛する事も出来ていない。

あんなに人に愛されながら、アンタはそれを理解せずに拒む!


それは、罪なんだよッ!


なぜなら、人は一人では生きられないからだッ!

人を思いやり、その思いを返す!

愛されたら、愛し返す!

支え合い、生きる事こそ、人の姿!


それが、アンタには出来ない!」


うっ・・・。

少しだけ心が痛む。

分かっている事だけど、今まで私が出来なかった事だ。


祟り神が凄く良い事を言っているのは解る。

人として、正しいのかもしれない。

でも、それが簡単に出来るかっていうと、話は別だ。

私、正直…愛されたら愛し返すとか、気持ちが悪くて出来ない。

でも…そういうのが出来る人って普通に平和に生きられるんだろうな…とは思うのだが…。


罪って…そこまで言われる必要あるか?





「罪の意識が無いようだね…そんなアンタだからこそ、あたしを選ぶしか選択肢が無いんだよ!」



「はあああ!?」






 他人を愛せない人嫌い → それは罪 → だから祟り神と愛し合う。





接続詞つけても訳が解らんわっ!!繋がらないわッ!!




「どどど、どうして、そうなる!?それとこれは関係ないじゃないですかッ!」



「アンタは、縁に関する力が強い。それは本当だ。

他人に与える影響力が強いのに加え、関わった人間の力を引き出す事も半減させる事も出来るのに…

アンタは誰とも関わろうとせず、力も使わなかった。」


「そ、それで誰がどう困るんですかッ!?大体私は力なんてわからなかったし!

その力とやらに気付いていたとしても、別に何も問題なんか…!

いや、そんな事より、私が貴女を選ばなきゃいけないのかがわからないッ!」



「…そう…アンタらは…いつもいつもいつもそうだ!選ぶ立場だから、そういう考え方しか出来ないんだッ!!」


「いつも?あんたら?」


…ダメだ…この祟り神、私と誰かを完全に混同して見ている。

目に冷静さが無い。



「もう立場は違う!選ぶ立場にいるのはアンタらじゃなくて、このあたしだ!

あたしがアンタらを待つ時間は、もう終わったんだって事だよッ!」



「自分だけポジティブもいい加減にしろ!ポジティブを私にまで強要するなッ!!終わらせるのは、私の方だッ!」


「強要?だからァ…さっきから言ってるだろうが!」



祟り神が私の首を再び掴んだ。



「あッ…がァッ!?」



「選ぶんだよ。あたしが、欲しい、と言え!」


(首絞められて言える訳ないだろ…!!)



「・・・!!」

私は、顎をなんとか横に振る。







「こんなにも、愛してるって言ってんのに、どこまで孤独を貫くつもりだあああああ!!イスカンダルうううううう!!!」








祟り神の指が、私の喉に食い込み始め、いよいよ…意識が遠ざかってきた。


(マズい…これは目覚めたら…また、あの黒歴史っぽい祟り神編が始まっちゃうパターン!!)


ああ、最終回が近いのに、ここでエンドレス祟り神とは…!



その時だった。

突然、バイクのマフラー音のようなヴォンヴォン、という大きな音が辺りに鳴り響いた。

音の発生源を探す祟り神よりも先に、一際大きい”ヴィーーーーーーン!”という音が轟いた。


「なッ!?」


驚く祟り神は私の首から手を離す、それと同時に木が削られていく音がする。


「ゲッホゲッホ…!!」


本日二度目の酸素の取り込みをしつつ、私はその音がチェーンソーの音だと解った。

ぼやける視界の中、柱の一本がミリミリと音を立て、屋根がズズズ、と大きく傾き、チェーンソーの音が止まった。





「残念だけど、アタシ達はどこまでも独りなの。これでも、それなりの覚悟を決めてンのよ!」




「か・・・!」



チェーンソーを肩に担いだ、ボロボロのスーツ姿の火鳥が現れた。

両袖が無くボタンの取れたスーツ、伝染しまくったストッキング、土だらけのスカート…赤いハイヒールだけが違和感を覚える程、新しくピカピカだった。

髪型はボサボサで、火鳥はもはやヤケクソ気味に笑っているようにも見えた。




「あと、意識して貫いてる訳じゃあないわ。気付いたら、いつも独りなの。・・・ていッ!!」


ていッで、火鳥は柱を蹴った。

屋根は更に傾き、あと柱を一本倒せば、社は完全に潰れそうだった。



「や、やめろおおおおお!人間如きが壊すなッ!!」


祟り神が火鳥の方へ駆け出していく。


「フン…やっぱり、壊されるのは嫌なのね!そおれぃッ!!」


そう笑いながら、火鳥はチェーンソーを社の中にブン投げ、私の傍までやって来た。

ガシャン、という一際大きな音が社の中で鳴り、チェーンソーがもう正常に機能しないだろうと私は悟った。



「遅いッ!遅いですよ!火鳥さん!!あんなに合図の煙出したのに!!」


私はやっとの思いで立ち上がり、火鳥に抗議した。

しかし、火鳥は謝るどころか明らかに不満そうに言い返した。


「何言ってんのよ!アンタの足が早すぎただけでしょ!?あんなタイミングで煙出されても、アタシはまだ遠くにいたのよ!

アタシはアタシで物凄い苦労して来たんだからッ!!!」


それにしては、遅すぎ!という意味合いを込めながら、私は火鳥に抗議を続けた。


「あーあー!まあたそれだ!

どうせスピンオフSSでシリアスと百合成分多めにUPされて”最近は本編より火鳥さんのお話の方が楽しみです”とか言われるんですよね〜!

いいですね〜合法的なロリ百合SSがやれて、苦労が報われるからイイですよね〜!!」


「助けに入ってあげたのに、その言い草は何よ!?ロリ百合って、そんなのやった覚えないわよ!!」

「こっちは首二回も絞め上げられてるんですよ!ロリ百合でヤッたら、ある意味勇者ですわァ!私はドン引きだけど!」


「あ゛あ゛!?水島ァ、今すぐ祟り神のババアの懐に頭から突っ込んでやろうか!!」

「もう何回かツッコみかけて危ない思いしてるんで〜火鳥さんお願いします〜ロリじゃなくて大変申し訳ないんですけど〜お願いしますぅ〜!」










「いい加減にしろおおおおお!!無視してんじゃないよおおおおお!!」







祟り神が私達に向かって、吠えた。



「「・・・・・・。」」


私と火鳥はスッと表情を無に戻し、祟り神を見た。





「社を壊した所で、あたしは死ぬ訳じゃない!無駄だッ!残念だったね!!」


「ええ、そんな事は知ってるわよ。ただ社を壊せば、アンタの人間に対する影響力は減るわよね?」



「ほう…しかし、寿命の祟り神を放っておいていいのかい?」

「…フッ…アイツ、あくまで蒼が狙いみたいだし?アタシは確実に勝てる所から手をつける主義なの。

だから、蒼には囮になってもらったわ。」



「・・・・・・。」


火鳥の言葉を私は黙って聞いていた。


「んまあ!聞いたかい?水島ァ…アンタの隣にいる人間は、そういう人間らしいよぉ?いいのかい?

少女を踏み台にし、犠牲が出ても平気な顔をして隣にいるような人間と手を組めるのかい?」



祟り神は、私に向かって煽るように言った。



「本音を言えば、組みたくは無いんですよ。」と私。

「アタシも。馬鹿正直な思いやりは自分達を殺す原因になるから。」と火鳥。



人嫌いの思いは一緒だった。



「だったら…!」



私達、人嫌いの声は、自然と揃った。





「「だけど、アンタにどうこうされるより コイツと組んだ方が、マシ。」」




周囲のひそひそ声がピタリと止まった。





「ぐッ!?…だが、社は完全に壊れていない上に、あたしはまだ何のダメージも受けていない!

あんたらに、あたしを倒す手なんか絶対に無いんだ!!」




自分を奮い立たせるように祟り神はそう言った。

私達が不利な状況である事には変わりない。

なのに、人嫌い二人揃っただけで、空気は完全に変わった。



「絶対、ねぇ……本当にそうですか?」と私。

「形あるものは、いつか壊れる…誰かが言ってたわね?」と火鳥。



私達は半笑いの表情で仁王立ちで祟り神を見つめた。






「アンタ達、随分と余裕だけど、それは単なるハッタリじゃ・・・・・ハッ!?」



祟り神は私達から目を離し、自分の背後に建っている社に目を向けた。

社の中からは煙が隙間という隙間から漏れ出していた。




「まさか、さっきの…チェーンソーから!?」


祟り神に向かって、火鳥は言った。


「ええ、珍しいでしょう?強い衝撃を与えると、発火装置が作動して辺りを綺麗に…」




”ドカンッ!!!!!”




火鳥の説明の途中で、私は耳を塞いだが、大きな爆発音は掌を通り越して聞こえた。

辺りに一瞬、熱風が走り、ビリビリと空気が震えた。



「…吹き飛ばしてくれるのよ。」



雨のように朽ちた木材がバラバラと落ちてきた。

社は、完全に破壊された。


祟り神は、一時停止したまま動かなかったが、火鳥は更に煽った。



「昔と違って、色々人は進歩したのよ。


生前の思い出にしがみつくババアの幻想くらい…簡単に吹き飛ばせるようになったわ。


良かったわね?”もう待たなくてもいい”わよ?」




火鳥のねっとりとした煽り言葉に、こちらを向いた祟り神の目は真っ赤になった。





「火ァ鳥ィ…アンタから、喰い殺してやるゥァッ!」




祟り神の全身から怒りが溢れている。





「水島ッ!行くわよッ!!」

「OKッ!!」



私と火鳥は二手に分かれた。

祟り神は目で左右と私と火鳥を交互に見たが、火鳥の方に怒りの視線を向けた。



「人間如きが…いい気になるなあああああああ!!!」



祟り神の叫びと同時に、祟り神の髪が物凄い勢いで伸びた。

ぐんぐんと伸び、うねうねと動き、それはまるでヤマタノオロチのようにも見えた。



(うわァ…さすがに気持ち悪いッ!!)


「チッ…気色の悪い…!」


髪の毛を順調に避ける火鳥に対し、私は社の焼け跡に向かっていた。

私には、私の役目があった。


だが、私の目に地面を這って進む髪の毛を見てしまった。

咄嗟にジャンプを繰り返し、髪の毛の網を避けた。


(火鳥…!)




私が案じた同時に、地面を這った髪の毛が火鳥の足首を掴まえていた。


「…化け物め…きゃあああああああああ!?」


火鳥の両足首に絡まった髪の毛は火鳥を軽々と宙に浮かし、逆さまにダラリと吊るした。

あっけなく捕まった助っ人・火鳥。


「か、火鳥!!」


険しい表情の火鳥は私をチラリと見た。

”アタシに構うな”という目を見て、私は足を止めずに走った。



「ほらほらほらほらあ!人の進化でこれもどうにかしてみなさいよおおおお!!!」


祟り神は怒りに任せて、髪の毛で火鳥をブンブン振り回し…

木に火鳥の背中を思い切り叩きつけた。



「――が、はッ!」


火鳥は口を開けたまま、呼吸が一時止まった。

あんな衝撃を受けたら…肋骨、下手をすれば背骨がどうにかなってもおかしくない…!


「火鳥ッ!!」


足を止めようとする私を、火鳥は歯を食いしばって睨みつけた。


「ぐ…ッ!」


”自分の役目を果たせ”と言いたげな目。


「大口叩いておいて、ざまあないね!そんな姿をお婆ちゃんが見たら、さぞや悲しくなるだろうねぇ!!」


火鳥の…トラウマ兼泣き所を責めた…!?

祟り神は絶対に触れてはならない火鳥の話を嘲笑った。


髪の毛に吊るされたままの火鳥は、やっとの思いで呼吸をしながら、低い声で言った。



「…”顔もブスなら…中身は救いがたいクソブスだな”…!」


まるで誰かの台詞のようだった。火鳥の口調ではない。

だが、その台詞に祟り神はぞわっと髪の毛を総立ちにさせて、反応した。



「……キ、サマ…!!キサマあああああああ!!!!」


祟り神の髪の毛は火鳥の両手首、首と腹部に絡みつき、締め上げた。





「ぅあ…ああああああああああ!!」



「あ、火鳥―ッ!!」



”ちょっと触手っぽくてエロい”、と一瞬でも思ってしまった自分が情けない!


ゴメン火鳥ッ!ちゃんと、作戦通りやるから!!



(…ここら辺でいいわね。)


社は粉々になっていて、辺りには木の焦げたニオイがしていた。

私は、社の中心地だったであろう、その場所に拳を叩きつけた。



「水島ァッ!何をしている!?アンタも逃がさないからねッ!!」



触手、じゃなかった髪の毛が私に巻き付こうと襲い掛かる。

だが、私の身体に巻かれたT●Rテープがソレを阻むように弾く。


この為のテープ!恥ずかしい想いをしただけはある!!



「くッ…人間の巫女風情が…余計な小細工を…!

しかし、逃げ回っているだけじゃあたしは倒せないし、火鳥が死ぬよッ!!」


「ふふ…祟り神も大変ねぇ…」



逆さまに吊るされたまま、火鳥が祟り神を嘲笑った。


「あ゛ァ゛!?なんだい!?」



(よせ…火鳥!もう煽らなくていい!それ以上、挑発したら…!)


私は、火鳥に首を横に振って見せたが、火鳥は口を止めなかった。


「死ぬって強制ゴールが無い上、人間の時にクリアできなかった悔いを持ったまま、第二の人生に突入して永遠にクリア出来ないんだから…。

虚しいでしょうね…色の無い世界をただ彷徨い続けて…待ち続けて…

やっと自分の悔いを果たせると思って期待しても、自分の待ち人とは全然違うって気が付いて…!」


「火鳥!もういい!やめてッ!!」


私が叫ぶ。

しかし、火鳥は大声で言い放った。





「そして、みんな同じようにアンタの愛を、アンタを全否定するッ!それが、どんなに滑稽で、かわいそうか自分でもよく解ってるんでしょうねッ!!」


「だ…黙れえええええええ!!!」




「あ゛が…ッ!?」



火鳥の首に巻きついた髪の毛がギリギリと締まり始めた。


(コイツ、火鳥を殺す気だ!)

祟り神の視線は、完全に私から外れている。



(――今しか無いッ!!)




私は、一気に距離をつめ、祟り神の背後から飛びついた。



「なっ!?自ら飛び込んできただと!?馬鹿か!?」


私は、触手のように伸びた髪の毛を手で弾きながら、髪の毛を掻き分けた。


「ええ!私は馬鹿です!馬鹿で結構!!」


手触りがゴワゴワしていて気持ちが悪いが、私は無我夢中で祟り神の上によじ登った。



「ええいッ!何をする気だッ!!」と祟り神。

「教えてやるからジッとしてろ!!」と私。


毛の中でもぞもぞ動く私と祟り神。


埒が明かないと思った私は、思い切って、祟り神の方へ息を吹きかけた。


狙うは…耳!



「…ひゃうッ!?」


ババアの少し甲高いビックリボイスに多少イラッとしたが、髪の毛の動きは一瞬止まった。


私は、祟り神の肩に乗り、完全な肩車の体勢を取った。





「水島…!ま、まさか…!?」




私は、右手に縁の力を集中させ、口を開いた。




「…”弓矢八万撃って捨て申すぅ”!!」

「そ、その台詞は…ッ!!」



祟り神の驚きをよそに、私は呪文を唱え続ける。

絶対に使わないだろうと決めていた呪文を。




「…”いよおおおおおお!!!!”」

「も、元●…だと!?今更、和泉○彌だと!?」



「そうよ!とことん人生の何かを間違い続け、あらゆる世界を切り離し続けた人が繰り出す技!


”空中元○チョップ”!!しかし、まだまだ世界を切り離す負の力を叩き込ませてもらうわよッ!!!」




「あ、あたしの肩に乗って、何をするつもりだ!?やめろ!落ちろ落ちろッ!落ちろおおおお!」


「あっれぇ!?私の素直な感情諸々受け止めてくれるんじゃなかったんですかぁ!?」


「き、貴様あああああ!!!」


「どうです!?望んでもいない気持ちや行為をぶつけられる気持ちはああああ!!」


「落ちろ!落ちろ!落ちろ!!落ちろ!!」



暴れ馬のように祟り神は暴れたが、私はしっかりと乗ったまま、呪文を唱えた。





「”ダデニ投票シデモ! オンナジオンナジヤオモデェー!アゥッアゥオゥウアアアアアアアアアアアアアアーゥア!!”」


 ※注 あくまで祟り神を倒す呪文です。




「や、やめろぉッ!元●と野●村は、やめろおおおおおお!!!」





「”コノヒホンァゥ…世の中を…ウッ……ガエダイ!!”」


 ※注 繰り返しますが、あくまで祟り神を倒す呪文です。




「やめろおおおお!!微妙に古いネタを挟むなあああッ!!」





「”ナッツ姫リターン!!”」


 ※注 しつこいようですが、あくまで祟り神を倒す呪文です。




「や、やめろおおお!国外ネタはやめろおぉ!!世間とのズレが強く…ああッ!やめろッ!しおらしく謝っても…ダメなのに―ッ!!」




祟り神は、自分がこの世界から切り離されそうな感覚に襲われている・・・筈!







「いよおおおおおおお!喰らえッ!!空中!●々村・元○・ナッツチョップ!!!!」




”ぺち。”



私は、祟り神の額にチョップを何度も叩き込んだ。



「うが…ッ!?」


祟り神の目が見開かれ、火鳥を拘束していた髪の毛が縮れていく。



”ぺち。”


(う゛…!効いてる!…けど、私にも効いてる…!)


右手が祟り神に触れる度に、痛みが私の全身の骨に響いた。


「が…があああああッ!?」


しかし、この一見ただの皮膚チョップが、祟り神には本当に効果的だったようだ。



火鳥が髪の毛から解放され地面に落ち、小さい呻き声を出した。



「うっ…!!」


(火鳥…!良かった…!!)






「ふ、ふふふ…!」



祟り神は立ったまま、笑い始めた。

祟り神の身体の節々から、紫色の煙が出始め、目からは紫の汁が涙のように流れた。



「あ、あたしを殺すって事は…神を消す事…!人の分際でそれを犯す事は、死に値する事…!

己の命と引き換えだって、わかってやってるんだろうね…っ!?」



「ええ。」


「ふふふふふ…しかし、ただの相打ちで終わる訳は無いだろう?水島ぁ…!」


「・・・・・・・・。」



「アンタと火鳥の事だ…二人共、仲良く生き残る為の策を用意しているんだろう?そうに決まっている!

諦めないのが、アンタ達人間の信条だからね!」



そう、私達は諦めない。

この阿呆らしい戦いに勝利する事を諦めない。

だから…一つだけ”諦める”。




「神でも祟り神でもない、”無”となったイスカンダルは、あんたらのような特別な巫女じゃないと呼び出せない。

どちらかが、その身に宿しているのはわかってるんだ!

そして!イスカンダルをその身に宿していさえすれば…アンタ達は死を恐れる事無く、祟り神殺しが出来るッ!!

さあ!イスカンダル!あたしの前に姿を現せ!さもなくば、この人間は死ぬよ!!

もしくは、お前ごとこの水島を私が取り込むッ!」



「・・・・・。」


祟り神が会いたかったのは、本当に求めていたのは、私ではない。

昔々存在していた人嫌いの巫女”イスカンダル・お真里”だった。



私と火鳥は、イスカンダルを呼ぶ”器”に過ぎなかった。

もし、イスカンダルが呼び込めなくても、似たような女を自分の傍において、満足感を得るつもりだったのだろうが…。


祟り神のヤツめ。なんて回りくどく、手間のかかる事をしたんだ…。





だが、私は残酷な結末を祟り神に伝えなくてはならない。




「イスカンダルはココにはいません。」



「・・・え?」




祟り神の見開いた目が大きく揺れた。



「残念ながら、今の私は”ただの水島”です。

貴女が期待していた、イスカンダルとの再会は不可能です。

貴女が祟り神のままでは絶対に会う事が出来ない、”イスカンダル・お真里”は、私と火鳥、二人の巫女の身体には宿っていません。」



「な、んだと…!?」


「貴女がイスカンダルに会う事は不可能です。ここにはいませんから。よく見て下さい・・・ほらね?」



私の目をジッと見た祟り神の表情は、徐々に絶望のそれに変わっていった。



「じゃあ水島…あ、アンタ…まさか…本当に人のまま、祟り神殺しを…!?」



「そうですよ。

始めから”相打ち覚悟”でした。囮は火鳥さん。私が貴女を倒す。」




「じ、じゃあ、イスカンダルは誰に宿っているんだ!?一体、あの人はどこにいるのよおおおお!!!」



祟り神の目からは、噴水のように紫色の汁が飛び散り、祟り神の身体は徐々に溶ける様に崩れていった。

懇願するようにイスカンダルを求める祟り神に、私は言った。



「教える訳ないでしょう?一度壊れた縁は…そう簡単に戻らないんだから。」




「…くそ…ッ……人選を…誤ったというのか…!」




「そうですね。”私”を選んだ時点で、間違いでしたね。」



「・・・ホント、アンタはあの女にそっくりだよ!それが、間違いだった・・・!」



余程、私はイスカンダルという女に似ているらしい。



・・・ホント、会わなくて良かった。



私は、浅い溜息を一つして、最後のチョップ…いや、掌を祟り神の目の上に置いた。





「・・・さようなら。」



掌から、縁の力を注ぎ込む。






「くそゥ……ちくしょおおおおおおおおおおおおおおおお!!!」







心底から悔しさを叫んだ祟り神は…いつの間にか消えていた。















辺りはまだ焦げ臭く、草の揺れる音は無かった。

静かで寒い夜の空気。



「はァ・・・寒っ。」



私は白い息を吐きながら、両膝をついて空を見た。


空気がまだ冷たいから、星がよく見える。



ふと、呟いた。



「…終わった…。」


そう、戦いは終わった。



「そうね…。」



私の隣には、不機嫌そうな表情の火鳥がいた。



「タバコ、吸う?」


火鳥はそう言って、私が答えない内に口にタバコを突っ込むと火をつけてくれた。



「・・・ありがとうございます。」



私は、両膝をつきながら、空を見ていた。

星達は、人工衛星とは違う輝きを放っていた。

自己主張なんて彼らは考えていないのに、それでも光り輝き、地上の人間を惹きつける。



私の周りにいた、彼女達のように。

彼女達は、解放されただろうか。

私から解放されたら、私のいない遠くでいつものように光り輝くのだろう。



「…ふー…」




足は、石のように重く動かない。

辛うじて動く手で一度タバコを口から離して、煙を吐いた。




ああ、久々にタバコがうまい。

本当に久々に、そう感じた。




「ゴメン、水島。」



らしくなく、火鳥が謝った。

私は、彼女の表情を見る事はしなかった。

首が動かなかった、ともいえるが、火鳥は見てほしくは無いだろう、と思ったから。



「いえ…謝らないで下さい。ちゃんと目的は達成出来たのですから。」


「祟り神を殺す事?」


「いいえ。私がいつも過ごしてきた、私の好きな時間を取り戻す事です。

こうして、安らかな気持ちでタバコを吸えたのは、久しぶりでした。


…これが、女難の女である私の日常の幸せ…ですから。」



「…水島…アタシは…」


火鳥の言葉を遮り、私は言った。



「火鳥さん、ありがとう。」

「・・・やめて。」




火鳥の声が掠れている。

やがて、星空は見えなくなり…視界が真っ暗になった。



心残りは、あるっちゃある。


部屋を片付けていないし、色々整理する事がいっぱいあった。




だけど、とりあえず満足だ。




「…究極の自己満足、達成……」



そう呟いてみるが、全てが終わった今、もう一度ちゃんと彼女の顔を見たいだなんて思ってる私がいる。








欲張りだ、人間って。









私の口から咥えたタバコが、落ちた。












































・・・・・・・あーもしもし?






そこの方?


そう、これ読んでるあなた。


私が本当に死んだ、と思ってます?


さすがに3度目の正直で死んだ、って思ってるんでしょ?



まあ、ある意味、死んだといえば死んだんですけどね〜…。




そんなにそんなに同じネタで、死んでいられないし、死にっぱなしって訳にもいかないんですよ。
















―― それは、祟り神決戦 から 6時間後の事。










 私は、重い瞼をゆっくりと開けた。



 空は、まだ薄暗かった。





 私は口を開き、声を発した。









 「     。」








 ― 水島さんは激闘中。 END ―






最終決戦なのですが、そんなに盛り上がらずにひっそり終了(苦笑)

なぜって、これ一応しょっぱい”百合”SSですから。

盛り上げるなら、最終回にどーんと百合でいきましょう。


という訳で、次回 正真正銘 最終回です。