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「では、準備運動始めま〜す。しっかり伸ばしてね〜

 足つって、溺れても知らないよ〜。なんつって〜

 あ、今、足つってとなんつってをかけたん…あ、はいはい…体操始めまーす

 いーち、にー…」


拡声器で、つまらない事を言いながら女子社員の失笑を取っているのは、人事部の部長さんだ。

……あのギャグのレベルからも解るように、近藤係長と同期である。


「もう、ダルい…1kmも無理かも…」

「アンタ、大丈夫?泳ぎ切らないと、日にち改めてやらされるわよ…。」


確かに、毎年の事ながら、このプール施設は、移動だけでも疲れるほど、広いと感じる…。

この筋肉バカ行事の恐ろしい所は、単に疲労を味わうだけでは済まない。

…クリアしないと、そのまま日にちを改めてやらされたりするのだ…。


日頃、運動とは縁の無い事務課の女達にとって、この行事は…


「早く泳ぎ切って、懇親会で男GETしないとね〜。」

「そうよね、この研修会って、それしか楽しみないのよねぇ〜。」


そう、事務課の女達にとって、この行事は他の課と親しくなるチャンス以外の

楽しみなど、ありはしないのだ。


勿論、人嫌いの私にとっては、苦痛オンリーしかない行事だ。


私は準備運動の間…泳いだ後の”懇親会”をどう切り抜けるか?を考えていた。


…あの”秘書の阪野さん”がいる以上、絶対的に早く身を隠さねば、彼女に捕まる可能性が高い。


ああ、ややこしいなぁ…帰りたいなぁ…。



「えー…遠泳と言っても、海難事故が起きては元も子もないので毎年、このプール施設で行ってますが

 参加する以上は、全員諦める事無く、1kmを泳ぎきっていただきたい。」


水泳1km…

日頃から運動とは無縁の社員達にとって、たかが1km、されど1kmだ。



「…これは、己自身との戦いでもあります…

 是非、己の甘えや弱い心を打ち破って、頑張っていただきたいと思います。それでは、はじめまーす。


 …位置についてー」


…日頃から、私は自分の呪い…『女難』という強大な敵と戦っているのだ。

自分の中に敵はいない。敵は、私以外の、全ての女性。


「よーい…」


私は、私の味方だ。というか、私しか私の味方はいない!!

さっさと泳いで、私は、帰宅する!!


「…どんっつったら、はじめてね♪」


「もぅ〜!」「やだー人事部長ったら〜」「キャハハハ!」



「・・・・・・・。」



オイ、コラ…お約束は良いから、早くしろ…帰りたいんだよ…!


  ※注 水島さんは、若干イラッとしています。


周囲の緊張感をほぐそうとか、そういう気遣いするんなら

始めからこんな行事しなきゃ良いだろうが…!!



「じゃあ、よーい…どん!!」


良い歳した大人の女子社員が、一斉に泳ぎ始める。



私は、水泳は得意な方ではない、と言ったが…。


幼少の頃から、私は水泳教室に通わされていて、泳ぐだけなら、多少の自信がある。

…悲しきかな、水島という名前は、伊達じゃなかったのだ…。


水は冷たくは無く、適温で泳ぎやすい。

私は無心で泳いだ。


あの頭痛は、まだ無い。今なら、一人きり。


女難も忘れられ…


”…チクンッ”



「…ブゴガボッ!?…ぷはっ…!」


す、水中だぞ…!?…女難IN水中!?

なんだ?何が来る?ポロリとかあっても、私はちっとも、ときめかないぞっ!?


私はすぐに周囲を見回した。

だが、私の周囲の女子社員は、皆一心不乱に泳いでいる。

「はぁ…!はぁ…!」


…気の、せいか…?いや、違う!


すると。


「水島さーん!頑張ってー」


突然私の名と応援する声。その声の方向に顔を向けると…

阪野詩織が、プールサイドから、私に向かって手を振っていた。


「・・・・・・・。」

(…ああ、阪野さんかぁ…あの人ホントに行動が早いんだから…)



女難のシグナルの矛先は、彼女か…ああビックリした…

阪野さんの行動の早さに、脅威を感じつつも私は、冷静にまた泳ぎ続けた。


女難のシグナルが、知人の阪野さんで少しホッとした、のが正直な感想だ。


そう、私は…ココ最近の女難トラブルに、少しずつではあるが、慣れはじめているのだ。



しかし!

問題は、私の周囲で泳いでいる女子社員だ。

もし、女難のシグナルが、新しい女性の影を知らせてくれているのだとしたら…

これは何としてでも回避しなくてはならない!


新たな女難の人物が増える事は、私としては!何としても!阻止したい!


…ホント、阻止したい…!!頼む、増えないで…!!



”チクン!”


「…ブゴガボッ!?…ぷはっ…!」



またしても、頭の奥に響く”あの痛み”…!

私は周囲を見回す。



「水島さ〜ん!無理はしないでね〜」


聞きなれた声の方向に視線をうつすと…


(・・・何故、花崎課長がココにいる・・・!?)


私の視線の先には、花崎課長がスーツ姿でプールサイドに立っていた。


いやいや!仕事してよ!阪野さんはともかく、貴女、企画課課長でしょーが!!


「…っ…はあ…はあ…」

私は、再び泳ぎ始めた。


とっとと泳ぎ切って、走ってこの会場を出よう…!

・・・ああ、これじゃホントに”トライアスロン”だ・・・!

待てよ…正面から出るよりも、この施設の裏口から…


…と。


このように、考え事をしながら、泳ぐのは非常に良くない。

まだ1kmの半分もこなしていないのに、私は息が切れてきていた。


”チクン!”


「…ブゴガボッ!?…ぷはっ…!」


私があの痛みに、水から顔を上げると、私を呼ぶ声がまた…”増えて”いた。


「水島ー!どうせなら1位取りなさーい!」


(ああ、海お嬢様か…大学、行ってくださいよ…)

…私は、なんとなく…ではあるが、声だけで理解し、特にその人物を見る事無く、泳ぎ始めた。


この3名だけは、会社の関係者なのだから、恐らく来るだろうとは思っていた。


しかし、こうも自分の予想通りに、女難が現れると、逆に気持ちが悪い。



…とにかく、今は…1kmを泳ぎきるしかない。

そして、逃げるしかない…!


”…チックン!”


私の女難シグナル…こと、頭痛がまた私に信号を出した。


またか?いや、もう無いだろう…。


…女難3名が、プールサイドにいるんだから、女難センサーが反応して当然だ

と私は思い、そのまま泳ぎ続けた。


早く泳ぎきらないと、本当に疲れてしまって、懇親会を抜け出す気力まで奪われかねない。



”…チックン!”


またしても、女難シグナル。

…いや、ちゃんと働けとは言ったけど、もう大丈夫だ、私の女難センサー…。

解ってるから…そんなにシグナル出さなくても…



”…チックン!”


…いやいや、ちょっとしつこいぞ、私の女難センサー…。

そんなに反応しなくても、私はちゃんとお前の出してくれたシグナルを頼りに

必ずや…懇親会も、女難も回避してみせる…!



そして、私は、泳ぐ事に全神経を集中させた。


水の流れと、自分の呼吸音だけが、支配する孤独な世界。

水泳中、私はずっと孤独を感じていた。


ここ最近は、人と関わり、喋りすぎていた気がする。

今、ようやく本来の私の世界に戻ってきた気さえする。


孤独。


孤独である事は、悪い事じゃない。

周囲から、そんな人生寂しいでしょ?だなんて言われても、余計なお世話だ。

人間のトラブルやら、うわべに付き合わされて、精神をすり減らすくらいなら


私は孤独を選ぼう。


誰とも馴れ合わず、誰かに手を伸ばす事も、伸ばされる事も無い。


それが、本来の私…水島なのだ。


私は、誰かにこんな自分を理解してもらおうなんて、考えてはいない。

それは、私が、誰かを理解しようとは思わないのと同じ事。


友達も、恋人も、私には必要ない。



「きゃー!?」「ちょっと!あれ見て!!」



いつだって、そう思って生きてきた。これからもきっと・・・



「・・・しまー!」「み・・・まー!!」



多分、このまま…



「もうちょっとよー!」「水島さーん!」



私は、一人で…


「頑張ってー!!」「水島ー!ガンバレー!」


ひ、ひとりで…



「「「「みっずしま!みっずしまっ!」」」」


・・・・・・・え?


何?・・・なんなの?


これは、幻聴か?水島コールぽいものが聞こえる…

花崎課長でも、阪野さんでも、海お嬢様でもない。


ものすごい複数の人間からの『水島コール』だ。


ま、まさかね…この水島は、違う水島さんだろう。


私は喋らない・目立たない・関わらない、の3拍子揃った水島なんだから

複数の人間に応援される覚えは…


「頑張ってー!水島さーん!」「ガンバレー!」

「もう少しよー!!」「早く!水島さーん!!」


いや、確かに水島と言っている…。

それに、よく考えたら…

私以外に”水島”という苗字の女は…事務課にも、営業3課にもいないはずだ…


しかし、私はまだ1kmのノルマの内、まだ半分の500メートルくらいしか、泳いでいないハズ…

なのに、この水島コールは一体なんだというのだ!?


「「「「みっずしま!みっずしまっ!」」」」


何がなんだか訳がわからないまま、私はとりあえず泳ぎ続けたが


ふと、私の手に ”ツン” と当たるモノがあった。



「…?…ぷはっ…」


私はクロールを止め、水面から顔を出して、自分の手に当たったモノを確認した。



そして…私の視界に飛び込んできたのは…『うつ伏せのまま、水面に浮かぶ女性』だった。


(…す、水死体!?)


いや、そんな訳ないだろ!そんな山村美紗テイストな事、私の人生にあってたまるか!!

私は、慌ててプールの水面に浮かんだ女性をくるりと、ひっくり返した。


「か、門倉さん…!?」


…浮いていた女は、門倉さんだった。

私が、門倉さんをひっくり返すと同時に、プールサイドは、サッカーのワールドカップ並に沸いた。


「おお!よくやったわ!水島さん!」

「水島さーん!彼女を早くプールサイドに!!」


その声で、状況はなんとなく、わかった。


門倉さんは溺れて、無心で泳いでいた私が”たまたま”一番近くにいて

それで、手がツンっと当たってしまっただけの事だ。


…そうとわかれば、人命救助だ!

とりあえず、プールサイドまで泳


”…チックン!”


(・・・・・・。)


…私の頭に、女難シグナルが、響いた。



女難の女が、女性にかかわってはいけない。



これは、私の中の鉄則だ。


・・・何故だ。何故、今なの?門倉さんは、溺れているんだぞ?


確かに、私は女難を回避する、と決意はしたが…

今から、女難来ますよって言われたら…助けるの、迷うじゃないの!!


…門倉さんの息を、私は祈るように確認する。


(・・・息・・・して、な・・・)



『私も、遠泳なんですよ、一緒に頑張りましょうね?水島さん♪』


『水島さん、コレコレ!コレ着てみて下さ〜い!』


『水島さんって、皆と喋る事少ないですけど、今日話してみて解ったんです。

 ああ、水島さんって裏表が無い人なんだなって。』




(・・・回想してる場合かーッ!!私の大馬鹿野郎ーッ!!)



私は、門倉さんを抱えてプールサイドまで、泳いだ。



人1人を死なせてまで、守るようなモノ、私には無いッ!!!


もうどうにでも、なりやがれ!!


「こっちだー!」「早くー!!」


プールサイドからも、門倉さんを助ける為に人が何人か飛び込み、私と一緒に、水面から彼女を引き上げた。


「よくやったわ!水島さん!」「オイ!大丈夫か!?」


「そんな事より!…彼女、息、してないんですっ!」


私は、近くにいた人々に、そう必死に伝えた。

「ホント!息してないわ!」

「救急車は!?」「今連絡しました!!」


(…後は、周囲の人に任せよう。)

私は、ゼエゼエと息を切らし、自分の役目を終え


「よし…じゃあ、人工呼吸だ!水島君!」


「…はあ…はあ…はあ…は、はいぃッ!?」



私は、自分の耳を疑った。

人事部長は、拡声器で、遠泳中に人命救助した私に、引き続き”人工呼吸を命じた”のだ。


(いや、他の人の方が・・・私だって、酸素が…)


しかし、”早くしないと!”という周囲の視線と


目の前で尽きようとしている尊い命に…


私に選択の余地はなかった。




「き、気道確保……い、いきます!…”ふー”…!(泣)」





[…女性との初めてのキスは、塩素っぽい味だった。 水島さんの女難日記より、抜粋。]



…そうだ。これは、人命救助だ。そんな邪な思想抱く方が間違ってる。

それに、これ、キスカウントに入れなきゃ良いんだ…。

大体キスなんて、皮膚と皮膚の密着だろ。

もう、回数とか、感触とか、どうでも良いよ。あーあ。


  ※注 現在、水島さんの精神が著しく荒れております。しばらくお待ち下さい。 





あれから、10分少々で、救急車が到着し、門倉さんは運ばれていった。

残された私は、というと。


よくやった!と、人事部長に肩をバシンバシン叩かれ、遠泳から外された。

そして、ぼーっとした酸欠状態の頭で、移動していた。


「あ、あの…事務課の方ですよね?」


意外な人物に声を掛けられた。


それは・・・門倉さんが避けていた、営業3課の男性だった。


彼は遠泳を終えたのか、スーツに着替えていた。

…なんだか様子がおかしい、そわそわして落ち着かないのだ。


「…はい、そうですけど。何か?」


ただ、こんな所で私と話しているよりも、早く病院に行った方が、良いと思うのだが…

その方が、よりを戻しやすいと…


「あの、いきなりこんな事、言うのもなんですけど…

 優衣子から、俺の事何か、聞いてませんでしょうか?」

「…いえ、何も。

 いや、それより、病院に行った方が、彼女さっきプールで溺れて…」


「ええ、知ってます…でも、俺にそんな資格ないんです。」


彼の声が沈む。

資格?何のことだ?


「…どういう、事でしょうか?

 あの、それから、お名前聞いてよろしいですか?」


女性じゃないので、私は幾分か気が楽だった。名前も聞ける。


「ああ、失礼しました…俺、門倉 勝(かどくら まさる)と言います。

 …優衣子の兄です。」

「!…お、お兄さんでしたか…!」


てっきり、門倉さんと付き合っているものだと思っていただけに、私は驚きを隠せなかった。


「はい、俺達…似てないけど、一応双子、なんです。

 こちらの会社には、親のコネがありまして…兄妹で入社させてもらってます。」

「は、はあ…。」

生々しい事情を聞いてしまったなと思いつつ、私は彼の話を聞いた。


「実は…優衣子が最近、好きな人が出来たと言うんです。

 俺、心配で…アイツ、普段からふわ〜っとぼけーっとしてるから…

 こんな事、上司の貴女に言うのもなんですけど

 最近優衣子、ソイツとデートもしたらしくて…あんまりにも浮ついてるもんだから、俺…

 俺、つい言ってしまったんです。会社にそんな事しに行ってるんじゃねえ!って…」


「はあ…。」


確かに、門倉さんは、普段からふわ〜っとしてるから、スキがありそうだ。


「…それで、大喧嘩です。

 ”お兄ちゃんだって、会社に彼女いるじゃないの!”って言われて…

 俺、思わず叩いてしまって…」


・・・ホントの事を鋭く言われると、誰でも感情的になるものだ・・・。


「それで、門倉さん、あなたを避けていたんですね…。」


「そうです…今日だって…俺…意地でも止めるべきでした!


 アイツ、本当は泳げないのに…”好きな人が遠泳するから”って理由で出たんですよ…!


 溺れたのは……俺の、俺のせいなんですっ…!」


「・・・・・・。」


何かがひんやりと、私の背中を通る。

…うん、気のせい。それは、考え過ぎだって…。



『じゃあ私も、遠泳にします。一緒に頑張りましょうね?水島さん♪』




・・・き、気のせい!!絶対!気のせい!!!!(泣)



「あの…お兄さん、病院行ってあげて下さい。

 妹さんに悪いと思うなら、仲直りするなら、そうすべきです。」


私は、顔をこわばらせながら、辛うじて、そう言った。

門倉さんのお兄さんは、私の言葉を聞くと、ズズッと鼻水をすすって


「…そうですね…俺、今度はアイツの話ちゃんと聞いてやります!

 兄妹ですから!!」


と力強く、暑苦しく言い放ち、猛ダッシュで出て行った。




・・・ああ、なんか・・・どうしよう・・・。


良かったような、悪かったような…。

いずれにせよ、私は、人助けをした…のだろうか…?

なんだか、自分がそもそもの元凶のような気もするが…。




それから私は、水着姿のまま、更衣室そばの喫煙スペースで、動揺を静める為、タバコをふかしていた。



「あ、ココにいたのね。お疲れ様、水島さん。」


声をかけられて、頭を上げると、そこに花崎課長がいた。


「…彼女、門倉さん、さっき意識取り戻したらしいわ。」


花崎課長はそう言って、私にスポーツドリンクを渡した。


「そうですか。ありがとうございます。」


それは良かった、と私は、タバコを消して、スポーツドリンクを受け取った。


「…まさか、あんな事故が起きるなんてね。

 もう少し、万全の管理体制で行うべきだったわね…

 もしかしたら、来年からの研修デーの内容…見直されるかもしれないわ。」

「…そうですね。」

花崎課長は、私の隣に座り、頬杖をついてそう言った。

まあ、いっそ無くなってくれたら、ありがたい話だ。


私は、貰ったスポーツドリンクを手に

「花崎課長は、どうしてここにいるんですか?」

と聞いた。


そして、彼女からは”仕事のついで、よ”という、予想通りの返事が返ってきた。

少しの沈黙の後、花崎課長は口を開いた。


「……こんな事、今言うべきじゃないとは、思うんだけど…」

「(ゴクゴク…)ぷはぁ………なんですか?」


そして…それ以降は、私の予想を越える事態が起きた。


「不謹慎、ね…きっと。」

「…?」

「・・・ちょっと、彼女、門倉さんが羨ましかった。」

「・・・・はいぃ?」


(突然、何を言いだす…!?)


「……だから、こういう事…」



花崎課長は、いきなり私のクビに右腕を回すと、一気に引き寄せ、口唇をつけた。




…ああ、そういう事ですか…。


・・・そりゃあ・・・確かに、不謹慎極まりませんなぁ・・・




って納得できるかー!!!!




「……。」


放心状態の私に、花崎課長は今まで見たことも無いくらい、乙女チックな顔で微笑んだ。


「…ごめんなさい、驚いたでしょ…

 でも、私…貴女の事…そういう目で、みているの。」


「・・・・・・・・。」


「…勿論、返事が欲しくて、こんな事言ってるわけじゃないのよ。

 …単に、伝えておきたかっただけ、なの。…誰かに奪われる前に。」


「・・・・・・・・・・・・・・・。」



「それじゃ、仕事に戻るわ。お疲れ様、水島さん。」


「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。」



”…パタン。”



[…2回目の女性とのキスは、スポーツドリンクっぽい味。 水島さんの女難日記より、抜粋。]





・・・いかん、あんまり、働かない、頭が・・・。


危ういな…日本語すら…。


私は、無心で、もそもそと着替えた。閉会式に出たら、もう帰ろう。

水着を脱いで、下着をつけて、シャツに腕を通したところで、声が聞こえた。


「…さんってば、水島さん?」

「…ん?え?」


私は、ハッと我にかえった。


「…大丈夫?さっきから、声掛けてたんだけど?」


いつの間にか、阪野さんが私の背後に苦笑しながら、立っていた。


「ああ、すいません、なんか疲れてるみたいです(精神的に。)」


私が棒読みで、そう答えると”それはそうね”と阪野さんは笑った。


「…大分お疲れの、水島さんに朗報が2つあります。」

「はあ…。」


「副社長からのご提案で…

 人命救助をした貴女の功績を称えて、今回の研修デーの遠泳は、完泳してなくても、免除します。

 ・・・だそうよ?」

「…それは、良かった。」


すっかり忘れてた…私、今日、研修を受けていたんだっけ…。

 ※注 水島さんは現在、精神的ショックにより、軽い記憶喪失に陥っています。


「……ねえ、ホントに大丈夫?水島さん、目に力無いけど…。」

「…ああ、良いんです(もう、どうでも)。

 で、もう一つは何ですか?」


心配そうに私の顔を見つめる阪野さんに、私がもう一つの朗報を聞き返した。

すると、阪野さんの顔つきが、突如変貌した。


・・・さしずめ、それは…女豹。



”ガタ…ッ”


阪野さんは、私を突然ロッカーに押し付けると、すかさず一気に、口唇をつけた。





…ああ、そういう事ですか…。


・・・こりゃあ・・・朗報ってより悲報・・・




って言ってる場合かー!!!!




何度目かの放心状態の私に、秘書…いや、女豹さんはニコリと、いつも通り微笑んだ。



「2つ目の朗報は…私が、貴女を好きだって事。」


「………。」


更に阪野さんが何か言いかけようとした時、携帯電話の着信音が響いた。


”〜♪〜♪〜♪(※仁義無き戦いのテーマの着メロ)”



「あら…副社長だわ。…じゃ、確かにお伝えしたわよ、お疲れ様。水島さん。

 はい、お待たせしました、阪野です。…はい、はい…ああそれは」


”…パタン。”


[…3回目の女性とのキスは無味でした。 水島さんの女難日記より、抜粋。]






危うい…私…凄く、危うい所にいるかもしれない。


…確実に、確実に…女難がパワーアップしてる…!


もう帰ろう。


帰って、来たるべき次の綿流しのお祭りの対策を考えなくちゃ…

とりあえず、48の関節技を極めて、この地球への環境を考えて、今日からレジ袋を削減し


   ※注 水島さんは、現在ものすごく混乱しております。しばらくお待ち下さい。
  







・・・いかん。



門倉さんを助けた時、女難シグナルを無視した影響なのだろうか…

以前は、ちゃんとチクンと教えてくれたのに…今度は、マトモに働いてくれない。


キス3連撃だぞ…!?ちゃんと働けよ!私の女難センサー!!


私は、着替え終わって、閉会式が始まるのを喫煙ルームで待っていた。

タバコを吸って、とりあえず私は、心のざわつきを抑えた。



すると。


「水島。」


「………はははは!!」



私は、その人物を見て、何故か笑ってしまった。いかん、本当にヤバいぞ(精神が)。


腕組をして、立っている見慣れたお姿。

海お嬢様は、喫煙室にいる私の方へ、煙を手で仰ぎながら、やってきた。



「ちょっと…何爆笑してんのよ?水島。」

海お嬢様は、そう言いながら、少しムッとした表情を浮かべた。


「あ、いえ、すみません、ちょっと思い出し笑いを…」

「・・・あたしの顔見て、何を思い出して、爆笑すんのよ。」

「…すみません。はい。」


謝る私の隣に、お嬢様が座って足を組んだ。


「……タバコ、吸うんだ。…ハッキリ言って、似合わないわよ、水島には。」

「ははは…」

(こちとら、吸わないとやってやれないんですよ・・・。)


「…やっぱり、水島はさ…イザとなったら、やる女ね。

 カッコ良かったよ、水島。」


…それは、褒めているのだろうか?

それに、どちらかというと、あれはやったというより、”やらされた感”で心はいっぱいだ。


「…いえ、たまたまですよ。」


私はタバコを咥えて、時計を見た。そろそろ、閉会式が始まる時間だ…。

やれやれ、やっと今日という日が終わ…

「水島。」

海お嬢様が、突然立ち上がり私のタバコを取り上げた。


そして・・・。


・・・ええ、そうですー。この人、一気に、口唇をつけたんですー。

キスですよ〜…えーもう、どうにでもしやがれー…

 ※注 現在、水島さんの精神の荒れにより、表現が超・適当になっております。ご了承下さい。



「……タバコ、止めなさいよね…水島。苦くてしょうがないわ。」

「・・・・・・。」


”ガラララ・・・・・・パタン。”




[…私、タバコは、まだ止めない。 水島さんの女難日記より、抜粋。]







「えー…残念ながら、事故が起きてしまいました。

 一時意識を失い、呼吸も停止していたそうですが…

 とある社員の勇気ある行動により、先程…えー意識が回復したそうです。

 今後、このような事故が無いように努めると共に…

 勇気ある行動をとった社員を表彰したいと……え?いない?どうして?



 あ、そう…じゃ、いいや。解散しま〜す。」



研修デーの閉会式が、グダグダに終わりを告げた頃…


・・・その頃の私は、というと。


女子トイレに閉じこもり、ケータイ電話の電池がなくなるまで、ゲームをして時間を潰していた。

そうする事で、私は、なんとか何かに負けそうな自分を保っていたのだった。


(…来年からは、マラソンにしよう…。)



「…あ、キングボ●ビーだ…あははは…楽しいなー……」





    [ 水島さんは研修中 ]・・・・END





    あとがき



お待たせしました〜…”しょっぱい百合。”こと、水島さんです(笑)

たくさんのメッセージをいただきましたが、またしてもアホな話完成です。

・・・ご、ご期待に添えていますでしょうか????(研修中というより、遠泳中…いや、プールだから、単なる、水泳中かも?)


今回は、会社のヘンテコな行事により、どれだけ社員が苦労するか?をテーマにしてみました。

学校でも会社でも、なかなか面倒な行事ってありますよね…。

神楽は、この手の行事が本当に、苦手です。…大抵、損な役回りが来るんですもん。

まあ、それはさておき、補足ですが。

今回、意外と水島さんのスタイルが良いという、どうでもいい情報がありましたが、それは、女難で痩せたせいです。(苦笑)

走ったり、走ったり、とにかく歩いたり…が日常ですから。・・・これでタバコを止めたら、きっと彼女は健康体ですね♪


何気に、女難チームに告白されてい