私の名前は水島。

悪いが、下の名前は聞かないで欲しい。


性別は女、年齢25歳。

ごく普通の、出世願望も、結婚願望もない、本当に普通のOL。


経歴だけは、普通だ。


私は、現在・・・呪われている。

”縁切り”という名の呪いで、望まない縁が次々と結ばれるという。


そのせいで、私は”女性”に好かれやすくなった。


・・・ややこしい、人生だ・・・。


「お昼どうする?」 「この間行けなかったヤツ行く?」

「え?ダメよ。あそこ混むんだもん…」 「じゃあさー…」

「●×のパスタ、味落ちたよねぇ」 「まあまあ、ウェイターがイケメンだから、別に良いじゃない♪」

「一人なら、安い社員食堂でも良いんだけどさぁ…」

「ダメダメ。混むし、そんなに美味しくないし、上司と一緒になるとややこしいしー…」


「「だよねぇー」」


現在、11時58分。


OL達は、そわそわとランチの相談を始める。


…もうすぐ、お昼休みという名の…

普通のOLにとっては、安らぎと至福の時間が…




・・・私にとっては・・・・・・”戦争”が始まる。





  [水島さんは昼食中]




”カチ…カチ…カチ…”

(5…4…3…)


カウントダウンと共に、私はゆっくりと立ち上がり、宣言する。


「…お昼、行って来ます。」

”カチ”


私のお昼宣言と共に、社内に12時を知らせるチャイムが鳴る。


…会社なのに、学校のようだが、これは非常に大事だ。

チャイムという区切りが無ければ、午前中は、社員は休む事無く、上司も休ませる事無く、仕事を続けなければならない。


”バタン!”


私はチャイムがなり終わる前に、事務課を素早く出た。

そして、素早く非常階段を下りる。途中で息切れはするが、足は止めない。


1Fの正面入り口とは、全く逆方向の『警備室前 廊下』を走る。


「すいませーん!水島でーす!通りまーす!」


私は、警備室のガラス窓に向かって、手を振りながら言った。


「うーい。あいよー。」


このゆる〜い返事をする警備室のオッサン…”今岡さん(51)”は、仕事と態度はゆるいが、性格は大変良い人である。


…滅多に”人”を褒める事は無い私だが、彼には感謝をしている。


なぜなら。


「ういぃ、どうぞぉ〜」

酔っ払いか、エセ・フランス調の言い回しが、ちょっと気にはなるが、今岡さんはあっさりと『裏口』を開けてくれた。



私は昼休み、いつも今岡さんに、裏口の扉を開けてもらって外へ出ている。


・・・前は社員食堂や、人気の無い場所で、一人で気楽に食べていたのだが。




すぐにでも、事務課を出なければならない事態、になったのだ。




すぐにでも出ないと…阪野 詩織・花崎 翔子、両名と鉢合わせしてしまい…


いやいや、それだけならまだしも。


彼女達、水と油…いや、龍と虎の猛者2人の間で

私は、気まずさに体を震わせながら、真冬なのにベランダに出されたチワワのように、食事をしなくてはならないのだ…



(私は、一人がいいんだ…!一人で、食事している方が、気楽なんだ…!)


・・・と念じても、勿論…通じる相手ではない。

 ※ この場合、ちゃんとハッキリ断らないのは、水島さんが”小心者”だからです。



そして、正面玄関から出ないのにも、勿論!理由があるのだ。


ダッシュで、事務課を抜け出した私の目の前に現れたのは…

天下の…城沢 海お嬢様 With 会長 城沢 豪気。

    ※ ↑ご存知かとは思いますが、アーティストでは、ありません。


組長…いや、会長と海お嬢様のお誘いに、私は会長秘書の宮元さんに

強引にリムジンに押し込められて、そのまま訳がわからないまま


・・・何故か”横浜”の寿司屋に連行された。


…何故に、横浜で”寿司”を…

…普通、中華とかじゃないのか…?


そんなツッコミを心の中でする私をよそに、時間は過ぎた。

勿論、午後からの業務に間に合うハズも無く…


3時に会社に戻った私の机には、同僚のプレゼントが…山のように…

…フ…フフフ…ちくしょー…

  ※ 水島さんの事務課では、席を外している者の机に、平然と仕事を置く”悪習”が存在する。



…という訳で、正面玄関も危険だという事が判明し。


しかも、私の精神と通常業務に支障をきたすので、どうしたものやらと…

非常階段で、あんパンをかじりながら考えていた私をゆるキャラ系警備員こと、今岡さんが、発見したのである。


何故、こんな所で飯を?とゆる〜く聞いてきた今岡さんに、私は…

『会社の人間関係に疲れて、ここでご飯を…』と無難というか…


初めて会った人の質問に対して、なんとも気分が、しこたま重くなるような回答をしてしまった。


「んじゃ〜」と今岡さんは、これまたゆる〜く『裏口の存在』を私に教えてくれたのだった。


通常、裏口なんて、社員の都合で開けてはもらえないだろう…と、社員の殆どが思っているだろう。

私だって、そう思っていた一人だ。


しかし。


私の予想を遥かに超える”ゆるキャラ系警備員”の今岡さんは、あっさりと

裏口という名の”希望のドア”を開けてくれたのだった。


「…いつも、すみません。」

「いやいや、いいよぉ〜」


…返事もゆるいが…良い人だ…。

私の中では、プリンを食べさせてくれる癒し系タレントより、癒してくれる人(オッサン)だ…!


心の中で私は、今岡さんを拝みながら、裏口を通過した。


…これは、本当に私の中で、すごい変化だった。


人を信用する事も、感謝する事も少なかった、この私が、だ。

ほんの少し前まで、名前も知らなかったオッサンに、感謝をしているのだから…。


私は、外の空気を吸って後ろを振り返り、扉を閉めようとする今岡さんに向かって会釈をした。


すると、今岡さんはまた、ゆる〜く…

「うぃ〜ごゆっくりぃ〜」

と、ヘラヘラッと笑った。



とにかく。


こうやって会社の外に出れば、私は見た目、普通のOL。


…うーんと、伸びをする。

吸い込まれそうな、雲ひとつ無い、晴天。


こんな日に出会うと、仕事をしている自分に、ふと思う。


こんな天気の良い日に、自分は室内で、何をしているんだろうと。

いや……勿論、仕事をしているに決まっているんだケド。


…しかし、だ。

ずっと1日中、オフィス内にいる生活をしていると、昼の日差しがやけに眩しく感じる。

PCの光や、蛍光灯等の人工的な光…

夜になれば、ネオンや、コンビニの明る過ぎる光が私を迎える。


それに比べると…この空の青さと、太陽の日差しは私にとって…


『太陽光は、女性の肌の天敵。シミ・そばかすに、ナチュラル〜ケア!!』


(……気分台無し…。)


街のどこからか、流れてくるCMのナレーションに、私の出鼻は挫かれた。


…うん、確かに、20歳過ぎたら、焼いたらダメだよなぁ…

…まともに太陽光を浴び続けるわけには、いかないよなぁ…


妙にしんみりとした気持ちを抱えて、私はお昼ご飯を食べに、街を歩いた。

何を食べようかと、考えながら歩いていると…


「お姉さん。」

”…チクン”


後方から女性の声と共に、いつもの…”いつもの痛み”…。

女難の前触れを知らせる、頭の奥の痛み…!

(…解ったわ…縁切りの呪い…)

…もう間違わないし、無視したりもしない…!


だから…女難よ、一度で良い、今日はスルーしてくれ!頼むからっ!


私は…今日だけは、お昼御飯をちゃんと震えないで食べたいんだー!!!


そんな私の心の中の祈りを無視するように、後方からは、まだ女性の声がする。


「ねえ、お姉さんってば…」

ぽんっと、肩に手を触れられ…

私は…



迷う事も、振り返る事も無く、そのまま走った!!


冗談じゃない!もし、振り返ったら…


なんかどっかの怪しいお店に連れ込まれて『炭水化物とご一緒にアタシもどお?』…的な

マックな展開になるんだろッ!?そうだろう!?

お前のメガ・スマイルは、何円だッ!?

女難だという事は、解ってるんだ!先読みしちゃってゴメンナサイねーっ!!!

もう、騙されないわよー!あーはははははは!!


  ※ 現在、水島さんの精神が著しく荒れております。しばらくお待ち下さい。




そして・・・3分後。



(・・・女難を回避したは良いが、ココはどこだ・・・?)


私は、知っている会社の周辺から、完全に見知らぬ場所へと足を踏み入れてしまっていた。

つまり・・・25歳にして、迷子という恐ろしい結果になった。


どこを見ても、全く見知らぬ土地だ。

…と、都会って怖い…!!
    
     ※ 迷ったのは、水島さんのミスです。
   


私は慌てて、呼吸を整えながら、時計を確認した。

お昼休みは1時間…現在 12時14分。

…マズイな…会社へ戻る時間を考慮にいれて…あと10分以内に、店に入り注文しなければ…

私のお昼休みタイムが、単なる『一人早食いタイム』になってしまう!!



…どこでもいい!お昼を…!

一人で気楽に美味しい御飯を食べられる所…!!


「…休憩で、いいよね?」

「…ええ。」


ご…ご…は…ん…


「ここでいいわ。ねえカズヤ?」

「全然、いいよ。」


・・・・えーと・・・・。


看板に踊る…”ご休憩¥3800””宿泊¥6900”…の文字。


そして…こそこそ移動する男女のカップルの皆様…。


…私の目が確かならば…ここは、オフィス街ではなく…


…『ブティックホテル街』!(ラブホ密集地!)


…つーか、またかっ!このパターンは!!

この頃、多いわよ!?AVとか!そういう下ネタ系がっ!!


 ※ 作者の都合により、この先の水島さんの発言は、割愛させていただきます。コノヤロー。



とにかく!ここで性欲は満たされても、食欲は満たされな…


・・・・・・。


……ああ、また下らない事を心の中で言ってしまった…(泣)


道の真ん中で一人落ち込む私と、周囲をこそこそ移動するカップルの皆さん。


そして、そんな私の横では…


「信じらんない、やめてよ…マジ引くんだけど…。」

「ここまで来たら、普通に空気読めって…な?」


カップルの一組が、モメ始めた。

ホテルに入る、入らない、という内容の喧嘩だ。


人が真剣に悩んでいるというのに…全く、そんな痴話喧嘩はよそでやってくれ…。


私は、上がった息を整え続けながら、心の中でツッコミを入れていた。

悲しきかな、私の頭のツッコミ機能だけは、フル回転し続けていた。


「やだ!デートだって言うから来たのに!ラブホじゃん!」


そーですね。悲しいくらいラブホ街ですね。


「なんだよ!デートだろ!?」


そーですね。どこでもデートしたら良いじゃない。…私がいない、どっか遠くで。


そうこうしているうちに、私の息は、整った。

さーて…バカップルの痴話喧嘩に巻き込まれないうちに、移動移動…。

一人ランチが、私を呼んでいるんだ…!


「やだッ!もう最悪!あたし帰る!」


ショートパンツに、ホルターネックタイプのキャミソールを着た若い女性が、私を追い越し、早足で歩き出した。


「ちょ、ちょ待てよっ!」

慌てて、追いかけて来たのは、ジーンズと白いタンクトップ、顎ヒゲが少し生えた若い男性だった。


そして、カップルは見事なまでに、私の進行方向を塞いだ。

私は、そっと左に歩みを進めてみる。


「ちょっと!触らないでよ!」

「わかった!今日は、俺が昼飯奢るから!」


…そう言いながら、カップルは迅速に、私の進行方向を塞いだ。

私は、流れるような動きでそっと、右に歩みを進めてみる。


「ウッソ!信じらんないッ!!割り勘する気だったの!?」

「なんだよ!いつも男が奢るのが当然だと思ってんじゃネエよ!!」


…そう言いながら、カップルは完璧に、私の進行方向を塞いだ。

私の進行方向を塞ぐという点において、完全に、彼らの動きは同調している。


こんな事で、これだけ意気が合うのに、何故、小さな出来事でモメるんだ…。


そして、カップルの片割れの女性は、私の後ろに回った。

「何よ!逆ギレしちゃって!器が小っさい男!」

そして、カップルの片割れの男性は、私の前に回り込んだ。

「お前みたいな、見た目だけの女に、器がどうのこうの言われたくネエよ!」


私をサンドして、彼らはクルクルと回り続けた。


「あのー…通りたいんですけど…」


…私の言葉をサックリと無視して、カップルは回りながら、喧嘩を続けた。


ラブホ街のド真ん中で、クルクル回る男女。


「なによ!ヤリたがるクセに、そんなに上手くないじゃない!テク無し!」

「ちょ!待てよ!なんだよ!?それ!男に一番言っちゃイケない事だぞ!!」



「あのー…通りたいんですけど…」


…私の言葉は、再びサックリと無視し、カップルは回りながら、喧嘩を続けた。


(なんだこれ・・・コントか?これは。)

あまりの光景に、私はこれは街角ドッキリカメラではないかと思った。


「なによ!」

「なんだよ!」


…ラブホ街で、何故か私を中心にして、クルクル回る男女。



私は、電信柱か、ヤシの木か、何かか?

お前らは、虎か?最終的に、私の周りで、バターになるのか?

なれるかボケ。


・・・と一人で、ボケてツッコんでいる場合ではない。


時計を確認すると……12時26分…!?

…時間が無い!!

でも、どうする?強引に突破できるような、状態じゃない。

彼ら2人は、とても興奮している。大体、こんな近くにいる私の言葉がマトモに届かないのだ。

おそらく、説得は不可。

・・・というか、日本語が通じるかどうかも危うい男女だ。

とにかく、カップルどちらかの動きを止めて、この迷惑なメリーゴーランドを抜け出さなければ。


ところが。


”…チクン”

・・・・・・・なに?この、痛みは……まさか!!


「アンタにヤラれるくらいなら、この人とヤるわよ!」

そう言いながら、若い女性は、私の肩をむんずと掴んだ。


そうそう・・・・・ん?


「…え?…ええええええぇッ!?」


思わず私は、叫んだ。

いや、叫ばずには、いられない展開だろう。


ところが。


「ああ!ヤレヤレ!!好きなだけヤレよ!!」

そう言いながら、若い男性は首を上下に動かして、私ごと彼女を、威嚇している。



そうそう・・・・・・ん?


「…え?…いやいやいやいやいや!!」


私は、たまらず”全身”で拒否の意をカップルに示した。


おかしい!それはおかしいだろ!?この展開は、無理があるだろう!?

大体、これは…女難に入るのか!?





いーや!!入らない!!認めない!!!





「よし!入りましょ!見てなよ!この人の方が、アンタより絶対上手いわよ!」

私の腕を取り、彼女はズルズルと私をラブホの入り口に連れて行く。

「おーし!穴が開くほど、見ていてやるよ!!」

腕組をして、彼氏が私と彼女の後ろについて歩く。


私は、力いっぱい叫んだ。



「だから!!!

 お前ら、違うだろぉおおぉおおおおおおおおぉ!!!!!」




…ラブホ街に、OLの悲しき叫びがこだました。




ー 10分後 ー



「いい?大体ね…喧嘩するならするで、ちゃんとやりなさいよ。

 人を巻き込んでまで、やる喧嘩?

 真っ昼間のラブホ街で、あなた達は一体何がしたいの?」


「「…すいませんでした。」」



…昼間のラブホ街で何がしたいのか?の問いには、私も含まれるだろう。


食事をしに街に出てきたのに、道に迷った挙句

カップルの痴話喧嘩に巻き込まれて、叫び…

今は、ラブホ街のど真ん中で、若い男女にお説教ときたもんだ。



…ああ、普通だった私は、もうどこにもいないんだな、と実感する瞬間である。


カップルは、第3者の私が叫んだ事で、すっかり戦闘意欲を無くしたらしく

それ以上、モメる事もなく、私に謝ってラブホ街から抜けて行った。


…そして、わたしは、というと。


「ああ…ダメだ…こりゃ…」


時計を見ながら、私は空を仰いだ。

12時41…あ、今、42分になった……あと18分しかない。

これでは、立ち食い蕎麦も無理だ…



仕方がない…コンビニに寄ってパンと牛乳で済ませよう…



(…ああ、空が青いな…)

私は、ラブホ街から脱出し、オフィス街に戻る事が出来た。

歩きながら、物思いにふける。

周囲の人は、携帯電話をいじったり、ただ下を向いて歩いている。

私だけ、上を見ながら歩いている。


(こんな天気の良い日に、このまま会社に戻るのは…勿体無いな…)


それだけ、今日の空は清々しい青さだった。


休日は、どこか人気の無い所…公園にでも出かけようかな…

あ、ダメだ…私には縁切りの呪いのせいで、女難があるんだよなぁ…


…満足に出かけられない、お昼も食べられない…

一人で行動しようとすれば、必ず…女とトラブルが、アンハッピーセットで付いてくる。


…一人で、行動しようとすれば…?


私は、その時ピンとひらめいた。


(そうか…法則があったのか!)


いつもそうだった。

私が、女難を避けようとすれば、するほど…余計に厄介な女と出来事に巻き込まれるのだ。


しかし、だ。


もし、私が…ちゃんと行動すれば…結果は違っていたかもしれない。


そもそも、私の縁切りの呪いは、人との縁を拒んできたせいで、かかったものだ。


…つまり、今まで通り、私が人との縁を拒めば、拒むほど…

縁切りの呪いの効力は、強まる事になるのだ。


…法則は、わかった。


しかし、人嫌いの私が、どうすれば…人を拒まずに行動できるんだろう。

会う人会う人、全てとホイホイ縁を結ぶわけには、いかない。

だからって、拒めば状況は悪化する。


私は、人と関わるのが、大嫌いだ。

例え、それが上辺だけの付き合いだとしても、私はそんなモンしたくない。


上辺だけでも、本音を出しても、きっと…そんな関係は、続かない。


嫌いなんだ。

私は、一人が好きなんだ。


誰かの事で、頭の中をいっぱいにして、一喜一憂する自分を想像するだけで、嫌な気分になる。


ああ…回避方法がわかっても、行動できないなんて…!



「…お、お姉さん……」

…ゾクリ。

「・・・・・っ!?」


後方から、数十分前に聞いた声。私は、思わず振り向いてしまった。


そう、ラブホ街に迷い込むキッカケとなった声。


(…女難からは、逃げられない…の…?)


「・・・・・・・。」

立っていたのは、頭にバンダナを巻いた、女性。

少し緩めのウエーブした長い黒髪。

目鼻立ちがハッキリしていて、特徴的で…そう…ハーフかクオーターを思わせる美人だった。

年齢は…恐らく、26、7歳…くらいか…?


「…やっと…追いついたわ…」


見ると、女性は息が切れている。今まで走っていたのか、うっすら汗をかいている


一方…私は、というと。

先程、思いついた法則が、頭にチラついて、再び逃げる事も無かった。

…ああ、観念するしかないのか、と。


すると。


「…さ、財布…落としましたよ…お姉さん…」

そう言って、女性は私の手に財布をぽんと置いた。

「警察に届けようとも思ったんだけど、お昼時だったし…直接届けた方が、良いと思って。」

そして、なんとも無邪気にニコッと笑った。

渡されたソレは、確かに、私の財布だった。


「あ…」


この女性は、最初から、私の財布を届けようとしてくれただけだったのだ。


「ありが、とう…ございます。」


・・・私は、自分を恥じた。


恥じるべきだ。


私と言う人間は…なんて、小さい人間なんだ…。


「いえいえ…街中で、突然声掛けられたら、普通逃げちゃいますよね?」


そう言って、彼女はまた笑った。

私の心から、罪悪感のようなものが、こみ上げてくる。


「そ、そんな事ありません!ご親切に拾って下さったのに、どうもすみませんでした…!」


誠心誠意、謝らなければならない。


縁を結ぶか、どうか以前の問題だ。

見ず知らずの私の財布を拾ってくれた上

今まで、逃げたこの私を、探し回っていた彼女に対して…。


「本当に、すみません…ありがとうございました。」


私は、彼女に謝らなければなら…


”チクン…”


・・・あれ?


”チクン…”



「あぁ、いえいえ!そんな、いいんですよ!

 ・・・・・付き合ってくれたら。」

「…は……」

・・・私は、危うく『はい』と返事しそうになったが、辛うじてその動きを止めた。


あーダメ…お馴染みのその熱っぽい目と、赤くなった頬…


あーぁ…やっぱりですか?そうなんですね?

あーもう、わかりますよー…次の言葉がぁー…手に取るようにー…。

 ※ 現在、水島さんの精神が著しく荒れております。


「私と…付き合ってください。一目惚れなんですっ!」





…よし!!逃げよう!!!!




「…ああっ!待ってぇ!!」



…私は、走った…

何故か、涙も出た。いや、これは…心の汗だ…!!

いや、そんな事どうだって良いんだ…!!


どちくしょー!!何が、法則だッ!!

そうだ!これは”呪い”なんだ…!!

始めから、法則も何も…無いんだわッ!!


例え法則でも、美人でも…私はッ…私はッ…!!



人が、嫌いなんだああああああああああああああ!!!


というか!



昼飯くらい、いい加減食わせろおおおおおおおおおおおおおおお!!!



私は、心の中で叫びながら、財布を持って走り続けた。


…一体どうしたら、私の呪いの効力は、弱くなるのだろう?

…どうすれば、私は…


自問自答しながら、私は会社まで走り続けた。


”チクン…チクン…”


頭が、また痛む…ズキズキと、痛む。

今までに無い、強い痛み…。


これは……会社に戻ったら、最大の女難が待ってるとでも言うのか…?


これ以上、は…もう、精神的に、限界かもしれない…。


空腹と焦りが、私の判断力を、鈍らせたのかもしれない…。

私は、自棄になった。


足を止めて、私は周囲を見回した。


…こうなったら、イチか、バチか…結ぶしかない、か…

”縁”を…!!


私は、身構えた。

それは、人生最大の決意をした瞬間でもあった。

自分のポリシーを捨ててしまった、と言っても過言では無い。


人間嫌いの私が、人間と…女性と…縁を結ぼうとしているのだから!


(さあ、来い…女難…!

 どんな女でも…結んでやろうじゃないのッ!!)


私は、道の真ん中に仁王立ちしていた。


すると、突然…男性の声がした。


「そこの人ーッ!!!危なーーーーーいッ!!!」


「・・・・え?」




−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−



現在、13時32分。




私は、ぐったりしていた。

断っておくが、空腹の為ではない。



私の周囲は、人・人・人…で埋め尽くされている。



野次馬・マスコミ・警察・・・それから、飼育員。



そして、私の隣には…



「えー…現在、今も…OLの方が人質にされています…ッ!

 依然として…”ゴリラ”の『リリアン』は、女性を離そうとはしません!

 本日未明、ワイルドランドから、突然、逃げ出したとされるメスゴリラ、リリアンが…

 今、ここオフィス街で…!OLの女性を掴んだまま、離そうとしません!

 これは、前代未聞です!
 

 なお、女性がいる為、今は麻酔銃の使用が出来ない状態です!!


 女性の安否が気遣われま…あ!リリアンが!またバナナを女性に…!

 一体どれだけ、女性に食べさせれば、気が済むのでしょうかッ!?」


私の隣には、女性ではなく…女性に近いであろう…”哺乳類”がいる。



というか、女性じゃなくない?


というか、思いっきり…ゴリラなんですけど?


というか、コレ…酷くない?オチとか、そういうの以前に、酷くない?


…これ、女難?いや、そもそも…女難って、何?



私は、薄ら笑いを浮かべながら、とりあえず”女難”の意味を考えていた。



『ウホ』


知ってか知らずか、メスゴリラ・リリアンは、私にバナナをくれた。


「…あぁ…バナナね…うん、ありがと…」


私は、受け取ると、とりあえずバナナの皮をむいてみた。

飼育員の話では…

リリアンは、気に入った仲間に自分のエサを分けてくれる習性を持っているそうだ。


(これ、3本目のバナナだなぁ…そういえば…女難って、何だろう…?)


…こんな事でも考えていないと、今にも舌を噛み切って死んでしまいたくなる程、辛い状況だった。


バナナを見つめて、私は自分自身に問う。


これで、良いのか?私の人生…。



「…と、とりあえず、もう一本食べて下さい!OLの方!!

 リリアンを、興奮させない為にですね…!」


飼育員の男性に向かって私は、力の限り叫んだ。


「もう、いいから!サッサと、助けろおおおおおおおお!!!」



[水島さん 本日のランチ…リリアンから貰ったバナナ(提供:ワイルドランド )。]











『もう、いいから!サッサと、助けろおおおおおおおお!!!』

  ※プライバシー保護の為、映像と音声を加工しております。


「…いやぁー…不幸な人もいるもんだねぇ…

 あれぇ?あのOL…誰かに似てない?ねえ?」


近藤係長はTVを見ながら、そう呟いたが、平和な事務課の人々は、誰も答えなかった。



そして、私の机には…またプレゼントが、積もっていくのであった。



ちなみに、私が、救助されたのは…午後4時23分。


そして私の中で…人間嫌いの他に、今日から…”ゴリラ嫌い”も、新たに加わる事となった。






   ー 水島さんは昼食中 ・・・END ー






   あとがき


GW中に書き上げたモノです。

・・・ええと、まずは、百合っぽくなくてゴメンナサイ!!(苦笑)


期待していますと書いてくれた方、本当にスミマセン。

GWだからって、思い切りやりたい事やっちゃいました…うふふ…(ごまかし笑い)


実は、フルーツ占いをやってみたところ。神楽は、『バナナ』だという事が解りまして。

ええ、単純に・・・バナナでオチを、と思ったのです。(オイオイ)


しかし、書きあがったのは、バナナオチというか、ゴリラオチでした。



…ああ、さすがに、ゴリラのスピンオフはやりませんよ?(笑)