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私の名前は水島。

悪いが、下の名前は聞かないで欲しい。


性別は女、年齢25歳。

ごく普通の、出世願望も、結婚願望もない、本当に普通のOL。


経歴だけは、普通だ。


私は、現在・・・この現代に生まれたにもかかわらず、呪われている。


呪われている、という自覚がある。


その呪いとは、”縁切り”という名の呪いで。


これは、私が人との縁を拒み続けた結果、私が繋いだり切ったりする筈だった”人の縁”に邪気が生じ

結果、私は呪われたのだそうだ。


そして、呪われるとどうなるか、というと。




自分の望まない人との縁…主に同性との縁が、次々と結ばれ、厄介極まりない状況になるという。



これは、人嫌いの私にとっては生き地獄だ。




ややこしい人間関係にストレスを感じる事は、誰にでもあるだろう。


だが・・・これはどうだ?


そこのあなたは体験した事があるか?





同性から告白され、迫られ、走り逃げる毎日。

同性のストーカーやレディース総長、メスゴリラに捕まって恐怖した出来事。

ホテル街で3Pに巻き込まれそうになったり、女体盛りを見せ付けられたり、人工呼吸させられたり。

同性のみで行われる、醜い自分の争奪戦を、見せつけられたり。





あなたは、耐え切れるか?




…どんなに逃げても、自室にこもっても、休みの日も、仕事の日も、お昼の時間も、通勤・帰宅中に至るまで!


何をしても、しなくても、やってくる、はた迷惑極まりない女難の日々。




断っておくが、コレは私が体験した、全て本物の出来事だ。





・・・別に、女が女を愛そうと私は、構わないと思う。




私は、男女関係無く、恋愛関係という、ややこしい人間関係を形成するつもりは、さらさら無い。




何度も言うが・・・私さえ、巻き込まないでくれたら、それでいいのだ。




しかし事は、そう簡単に、かつ、のんびりもしていられない。


縁のある女性の中から、私は自分が心から想う女性と”縁結びの儀式”をしなければならない。


…しないと、私は、いつかは解らないが、近いうちに死んでしまうのだ。



あやふやな死を宣告された微妙な私。



・・・助かる道は、一つ。





『私が心から愛する(ゥオエェッ…)女性と、縁結びの儀式をする事。』

 ※注 水島さんが台詞の途中で、えづきましたが、スルー致します。ご了承下さい。






命が掛かっているのだし、急がなくてはならない。

一時的に女性と恋愛関係を結び、適当な所で終わりにしてもいいだろう。

私は大人なのだし、それくらい割り切ってくれる相手を探すまでだ。




・・・ふと、思う。




あやふやに、ただ、女性と恋に落ちろといわれた私。

というよりも、もはや私には女性しか寄って来ない運命らしい。


じゃあ具体的に、私は女性とどうなったら、いいのか?という疑問が出てきた。


…で。



私は、とうとう…OLの貴重ともいえる”有給休暇”を高橋課長に願い出た。


突然の有給休暇に驚かれ、受理されないかと思ったが、高橋課長は実に穏やかな青い顔で


”うん、ゆっくり休むといいよ、うんうん…”と、頷きながら、どこか遠い所を見ていた。



いつも思うのだが、仙人(高橋課長のあだ名)は一体どこを見ているのだろう…。





それはさておき。


私は、現在・・・街の中で、人探しをしていた。


休みの日は、大抵、自宅にこもりっきりのこの私が、だ。


今までは仕事帰りの夕方から夜にかけて、捜索していたが、見つからず仕舞いだったので

思い切って、有給休暇を願い出て、その人物の探索に乗り出したのだ。


街を歩くのは、あまり好きではないが、すれ違う人々は皆、見知らぬ人々には関心が無い。

大勢の人ごみの中で、孤独でいられるのは、不思議な感覚だ。

埃が舞い、風もぬるく、人々が発する様々な匂いや、街の匂いや、飲食店の匂いと混ざって、私の鼻をつく。


午前中だというのに、やはり街の中心は、活気ついていた。


人と目を合わさなくても、女が一人で彷徨いうろうろしていると、それはもう

余計な誘いと詐欺の匂いをプンプンさせた、怪しい人間も近づいてくる。



Q「手相見せてもらっていいですか?」

A「呪われてるんで、手相見てもらっても運命は変わりません。」


Q「英会話に興味はありませんか?」

A「日本人なので、ありません。」


Q「神を信じますか?」

A「信じてませんし、勉強会にも行きません。」


Q「夜の仕事に興味はありませんか?」

A「人と接する仕事自体、求めてません。」



Q「女同士ですけど、付き合ってくれませんか?」

A「(無言で逃走)」



ちょっと女難にあったけど・・・相手にしている暇は無い。



一日で見つかるとは思っていなかったし…縁の呪いを受けている身の私が、そうそう自分の望む人との縁を

手繰り寄せられるとは思っていなかったが・・・




「……やっと、見つけた…!!」



幸運な私は、探していた人物…


この地球上で、最も安心して相談出来る人物に、対面を果たす事が出来た。




「……おや、アンタかい。」



その声の人物、私に”呪われている”と言った”占い師のオバサン”は


汗だくの私の姿を見ると、実に懐かしそうに、また愉しそうに、笑ったのだった。









          [水島さんは有給休暇中]







「おやまあ、よく見つけたねぇ。」



占い師のオバサンは、相変わらず、口の端を曲げて邪悪に笑っている。


いかにも占い師ですよという、紫の着物を身にまとい、街角の風景から完全に浮いている。

でも、浮いているクセに、存在感が無い。


特徴があるのに、こんなに印象深い、悪どそうな笑みを浮かべているのに

街にどこにでもあるような風景に、溶け込んでいる訳じゃないのに



存在感だけが、ぷっつりとない。

不思議なほど、無いのだ。


それが・・・ちょっと、うらやましい。



彼女ほど、存在感がなければ、私はきっと女性に追い回される事もないだろう。



彼女の特徴を覚えていて良かった、と私は思った。

前に彼女と出会っていなければ、私は、彼女を見つけられただろうか。


占い師のオバサンは、まあかけなよと、椅子を指差した。

午前中から客なんざ来ないんだけど、なんとなくね…と聞いてもいない事を説明してくれた。



……どうやら、私がココへ来る事が、なんとなく分かっていたと言いたいらしい。



そんなに予感が的中するのに、どうしてお客がいないのかが、不思議でならないが

私は、彼女の信者になる気は無いので、とっとと話を進めようと椅子に座った。


「で、何か用かい?・・・って、聞くのも野暮か。」


オバサンは、小さなテーブルに肘をついて、口の端をクッとあげた。

やはり、私がココへ来る事、何をしに来たのか、全て彼女は、わかっていたようだ。


「……ご相談したいんです。”縁切り”について。」


私がそう切り出すと、オバサンは、目を細めて頷いた。


「ああ、そうだねぇ…出会った時より、アンタ

 真剣にあたしの話を聞く気になっているみたいだし、ねぇ。」



初めてオバサンに会った時、私は…強く彼女の話を否定した。


人だからである事と、占い師のいう事など信用ならない、というが理由だった。



しかし、時間の経過と共に、私は”呪い”を自覚し、今は、その呪いが脅威となっている。



数多くの人間と関わらなくてはいけない苦痛。

しかも、女性に振り回される現状。


挙句…



「縁切りの呪いについてもまだわからない事がたくさんありますし…それに…

 
 ・・・・あの、私、このままだと死ぬん、ですよね?」



縁切りの呪いとオバサンの話が本当である以上、このままでは、私は確実に死ぬという事になる。


死は免れたい私は、具体的な対策を相談しようと、彼女を頼ったのだ。


・・・こんな事、高校受験の時、先生に解らない問題を聞きにいった以来だった。


「…込み入った話だ…場所を、変えようかね…」


オバサンは、商売道具を片付けながら、そう言った。




ところが。



「……やっと、見つけたわよ…!!」


私の後方から、息も絶え絶えの台詞が聞こえた。


先程の私と似たような台詞を吐きながら、息を切らせてこちらを睨んでいるのは…


女性だった。


しかも、見知らぬ女性だ。



(・・・まさか、また女難か・・・?)



身構えた私の予想を裏切り、女性は真っ直ぐ、オバサンに近づいた。

しかも、ちょっと怒ってる…いいや、かなり怒っているようだ。


その女性は、見るからに、目はつり上がっていて、放たれた言葉も、放つ雰囲気も、怒りに満ちていた。

髪型は、黒髪のショートで、スラッとした細身の女性で、ぱっと見て、爽やかな印象を受けた。

・・・ただし、髪の毛がボサボサじゃなければ、だが。


格好は、Tシャツ・ジーパンの”休日スタイル”の私と違って、スーツをちゃんと着ていた。


何か、トラブルにでも巻き込まれたのか、髪型はボサボサだし

よく見ると、膝・肘を擦りむいていて、スーツが台無しだ。



どこか精神的に疲れていて、なおかつ感情的になっている。


そして、私・オバサン・怒り狂う女性…の3名は、浮かない筈無いだろうというほど

街の中で浮きまくっていた。


…浮く、というより目立つと言ったほうがいい。

普通の人が見れば、それ以上関わりたくないだろうという雰囲気だけを、異常に発していたと思う。


私は、女性の観察を止めて、再び正面を向いた。


なんとなく、ではあるが、私は、この人は、女難じゃないなと思った。

いつもの頭の痛み(女性シグナル)もなかった。


とにかく、ボロボロスーツの女性が用があるのは、オバサンの方のようだった。


「ちょっと!どういう事なの!?なんでアタシが、こんな目に遭わなくちゃいけないのよ!?」


いきなりの第一声はヒステリックの金切り声。


・・・どういう事かは、私が聞きたい。というか、私の話がまったく進まない。


そして、オバサンは、落ち着き払った態度で


「・・・自業自得、さ。」


と、一言。



(・・・オイオイ、オバサン・・・マリオにキノコあげる様な真似しないでよ・・・!)



この手のタイプ、つまり気の強そうな相手が怒っている時は、何を言っても起爆剤になるのだ。

それに対し、たった一言、しかも『自業自得』なんて言い放つとは…喧嘩買いますと言わんばかりじゃないか…


女難じゃない、と思ったのだが…こういうゴタゴタに巻き込まれるのも、また運命なのか。

トラブルは、ゴメンだ。

私は私の事で精一杯なのだ。


私は、黙って、2人の間に挟まれたまま、目でチラリチラリと双方を見た。



「…なん、ですってぇ…!?」


ワナワナと体を震わせて、女性は更に怒りを増幅させる。

顔を伏せる事無く、目はどんどん恐ろしいほど、カッ開いていき、オバサンを威圧していく。


(・・・ホラァ、テンション上がってきてるじゃーん・・・)


その迫力は、ゴリラに負けない。

そして、オバサンは、どこ吹く風と涼しげに、意地悪く笑っている。



私は、この場にいるのも嫌になってきた。

こうも簡単に感情的になる人間が、傍に居るとややこしい事になるのを私は知っている。

こういう場合、とばっちりは、いつだって、無関係の私に来るのだ。


「……ところで、あんたは、何よ?」


怒りを抑えながら、急に私に話を振るゴリラ…いや、女性。

気が立っているとはいえ、初対面の人間に随分な態度だと、私は心の中で少しムッとした。


「………。」


こちらだって、命がかかっているのだ。

いつもの私なら、小心者だから『あ、どうぞどうぞ』と、簡単に引き下がるが…今回はそうもいかない。


ゴリ子(仮名)に、何があるのかは知らないが、私は順番を譲る気はない。

※注 水島さんの心の中でのこの女性の俗称。スト子といい、ネーミングセンスが無い。


「…そういや、アンタ名前なんだったっけね?」


占い師のオバサンは、商売道具を片付ける手を止めて、私を見た。

今、聞くことか?と私は心の中でツッコんだが、素直に答える。


「………水島です。」

(下の名前は聞くなよ…)

私が無難な答えをすると、オバサンは素っ気無く

「ああ、そう…ま、あたしの占いにゃ関係ないけどね。」

と、ヘラヘラ笑った。


そんな緩いやり取りに、ついにゴリ子(仮名)は爆発した。


「ちょっと!なんなのよッ!?アタシの事、無視して!!

 アンタが、アタシの生活を滅茶苦茶にしようとしてるのはわかってんだからね!

 嫌がらせかなんかは知らないけど、やめて頂戴!いつか、証拠を掴んで、訴えるわよ!」


・・・訴えるとは、穏やかではない。

このオバサン、やはり霊感商法か何かをしていたのだろうか?

だとすると、私の女難ももしや……いや、こればっかりは霊感商法でも、度が過ぎる仕掛けだ。


何人キャスト仕込んで、単なるOLを騙そうとしてるの?、という話になる。


単に金をふんだくりたいだけなら、単なる事務課のOLにあんな大掛かりな罠を仕掛けずに

もっと海お嬢様などの大金持ちを狙う筈だ。


「…だから、さっきっから言ってるだろう?アンタの自業自得さぁ。

 ・・・ちょいと、アンタ、確か、水島ってったね?」


「あ、はい…。」


またしても、脈絡の無いところで、私に話を振るオバサン。

だが、彼女の口から出たのは、驚くべき事だった。





「…そこで噴火してるのは、アンタの”お仲間”だよ。」





「・・・・・・え?・・・えぇッ?」

思わず、私はゴリ子(仮名)を2度見した。


仲間・・・ゴリ子(仮名)と私の共通点。


・・・なんかボロボロ。

・・・精神的・肉体的疲労。


・・・人を、嫌っている・・・そのスレた目つき。



(・・・ま、まさか・・・!?)




ゴリ子(仮名)も”仲間”と言われて、戸惑いの表情を一瞬浮かべたが、すぐに立ち直った。


「ど、どういう事よッ!?

 貴女も騙されてるの!?それとも、そこのインチキババアとグルなの!?」


ヒートアップされては、話が進まない。

私は右手で、ゴリ子(仮名)を抑えながら、話を進めた。


「いやいや、あの…ど、どういうことですか?

 彼女も・・・”縁切り”の呪いを喰らった人なんですか?」


「・・・え、縁切り・・・何よ、ソレ・・・?」


ゴリ子(仮名)はどうやら、私より情報が少ないようだ。

呪われて、日が浅いのだろうか…。


「…ふふ…水島、アンタは、落ち着いてるねぇ…」


そりゃ…色々なパニックに巻き込まれてましたからね…と心の中で呟く。


「落ち着き具合はどうでもいいんです。一体どういう事なんですか?

 そもそも”縁切り”ってなんなんですか?」


情報が少ない。

このままの状態で、女難に遭い続けるのは、避けたい。


私が、聞くと、オバサンはテーブル以外のモノをカバンに仕舞い込み、再び

椅子に座り、テーブルに肘をついた。


「…縁切りってのは、前も説明した通り。

 アンタらは、本来、関わるべき人との縁を拒んできた。

 そのせいで、アンタらの結ぶべき縁・切るべき縁に、邪気が生じて…アンタらは呪われたのさ。

 ・・・まあ、ここまでは、水島には話したね?」


「ええ、それが”縁切り”という呪い、ですね?」


私が、そう相槌を打つと、後方で、ゴリ子(仮名)は

「…呪い?現代になって、呪いなんて………」

鼻で笑いながら、口を挟んだ。



「・・・・・・。」

「・・・・・・。」


私とオバサンは、無言でゴリ子(仮名)を見つめた。

・・・そこまで言うなら、聞かなくてもいいのよ?という目線で。


「わ、悪かったわ…話の腰折って…話、続けて頂戴。」

さすがに、これにはゴリ子(仮名)もたじろぎ、話を進める事が出来た。




「…まぁ…縁切りと言っても、人との縁はそうそう簡単に切れるもんじゃない。

 すれ違うだけでも、人との縁は簡単に生まれて、そして消えていく。

 で、だ。

 縁切りの呪いにかかると、アンタらの望まない、ややこしい縁が無理矢理ついてくる。

 アンタらの場合は、ややこしい女に好かれやすい、というワケだけど…」


思わず、私とゴリ子(仮名)は顔を見合わせる。


それは『え?おたくも?』という、戸惑いの中に芽生えた仲間意識に近い。

・・・どうやら、ゴリ子(仮名)も”女難”によって散々な目に遭って来たらしい。


ゴリ子(仮名)も女難の女ならば、話はスムーズに進む筈だ。


私は、オバサンに顔を再び向けて、話を進めた。


「それで…私達、このままでは、死んでしまうんですよね?

 この呪いを”縁結びの儀式”をして、解かない限り。」


真剣な私とは対照的に、オバサンはまだ邪悪に笑っている。


…もしや、縁切りの呪いをかけたのは、このオバサンなんじゃないか?とも思う。

だとしたら、目的がわからない。


私達が、女難にヒイヒイいう姿をせせら笑うのが、目的なのだとしたら…


…それは、無いと信じたいが…



「そうだね。水島の方には、そこまで説明したかねぇ…」


ニヤリと笑う、見ず知らずの占い師の邪悪な笑いは、信じにくい。


私が口を開こうとしたが。


「……それで?」


それより先にゴリ子(仮名)の表情が、キリッとした冷静なものに変わった。



そうだ。今は、原因より…結果の回避だ。


私も、再び、オバサンの顔を真剣に見た。


「…その前に、アンタの名前も聞いておこうかねぇ?」


「火の鳥と書いて・・・火鳥(かとり)よ。苗字で十分でしょ?」


ゴリ子改め、火鳥さんは、ツンとした態度で答えた。



「で…縁結びの儀式って、どうしたら良い訳?」


私も口を開く。


「・・・確か、私には、女性と恋をしろと言いましたね?」



「まあね。それは簡単に言っただけ。

 それに、今のアンタらには、どうあがいても女性しか寄ってこないから。」


・・・・そう、キッパリハッキリと突きつけられると、結構、痛い事実だった。


「・・・それは、別にどうでもいいわ。諦めたから。」と火鳥さん。

「・・・私は、元々どっちも興味ありませんので。」と私。


縁切りの呪いを喰らったという共通点を持っているのに

似ているようで、火鳥さんと私は、全く違っていた。



私達の回答を聞いたオバサンは、そうかい、とクックックと笑った。




「具体的に言うと、アンタと相思相愛の相手と共に、一夜を過ごす事。

 …呪われた人物の歳の数だけ。」



…私は思いをめぐらす。


女性と…自分が…





…一夜に、自分の歳の数だけ…







「「……し、死んじゃうよッ!!一晩に25回もヤッたらッ!!」」






叫んで、再び、私と火鳥さんは顔を見合わせる。

それは『え?おたくも25歳?』という……いや、それはいいや。


とにもかくにも、とんでもない儀式だ。


エロゲーじゃあるまいし、どれだけ人を玩具にすれば気が済むのだろう。


相思相愛の人物を見つけたとしても、そんな儀式付き合ってくれなんて言ったら

きっと・・・いや、絶対!相手が裸足で逃げ出すに決まっている。



「仮に、アタシとそこの水島さんが、百歩譲って、呪われているとしましょう。

 で・・・その……その儀式をヤって、本当に呪いという奴が解ける保障はあるわけ?

 古文書か、文献…そういうの、残ってるの?」


先ほどまで感情的になっていた火鳥さんだったが、意外に早く冷静さを取り戻していた。

私も、落ち着きを取り戻し、オバサンに質問をする。



「…大体、貴女は…何者なんですか?」



「いっぺんに聞かれても困るよ。
 
 まず…儀式についてだけど、保障はない。信じる信じないは、アンタらの自由。

 それから、あたしが何者かは、見たまんまさね。」


「…答えになってないんですけど。」と私。

「…それに、儀式の内容だって…あんまりだわ」と火鳥さん。


女難の女2名は、聞かなきゃ良かったという、表情を浮かべて途方にくれた。


「…だから、言っただろう?自業自得だとね。

 人との縁を自分の好き勝手に選り好みしてきた…言わば、報いなのさ。」


ゴリ子は、オバサンのその言葉に噛み付いた。


「…選択の自由と言って欲しいわね。


 アタシは、単に今まで、自分以外のバカと関わりたくなかっただけなの。

 この世の中、バカばっかりよ。偉そうな使えない、口だけのバカばっかり。


 物事よく考えないで、マスコミの情報鵜呑みにして踊らされてたり

 血液型で人の性格わかった気になってたり、挙句、協調性だとか、なんとか言って、下らないイベントで、バカ騒ぎ。

 人が死ぬ不幸を映画にして、感動とかぬかして、涙する自分に酔いしれるバカばっかりよ。


 …そんなバカ共をアタシは理解できないし、そんなバカにアタシを理解なんかされたくないし、出来ないだろうから

 アタシは諦めて仕方なく、距離置いて、奴らに関わってやってるだけなのよ。


 そうじゃなきゃ、こっちの気が狂いそうよ。首吊りモンだわ。」



吐き捨てるように、火鳥さんは言った。



確かに…私もそう思っている節がある。

でも、自分より、相手がバカかどうかはどうでもいい。それ以前に、私は人と行動するのが嫌いなだけなのだ。


…話し合わせなきゃ、ノリが悪いだの、何だの、ややこしいし…


私の事、解ったようなフリして、自分の都合のいいようにしか解釈してないクセに。


自分の意見と合わないと、異物みたいな目でみて、可笑しいと笑うし。


自分はハッキリ言うタイプだからって言って、ズケズケ他人の傷つくような事言うし。

それは”ハッキリいうタイプ”じゃない。

言われる人の気持ちを考えないだけなのだ。


そして、他人の容姿や行動を気持ち悪いと笑って、自分が言われたら、世界が崩壊したみたいに泣くし。

 
自分がされて、嫌な事を他人には、平気でする。


近い未来を考えも想像せず、ノリと空気で、人を蹴落とす。

 


それが、私が見てきた・・・・・・『人間』だった。


関わるのが、嫌だった。

だから、人とつかず離れず、生きていきたいと願った。


「…私達は、ただ…自分の為に生きてきただけです。

 …なのに、どうして自業自得で、呪われなくちゃいけないんですか?

 どうして、自分のポリシー曲げなくちゃいけないんですか?

 ダメなんですか?嫌いな人と深く付き合わないと、生きちゃいけないんですか?」


私がそう言うと、オバサンは目を細めた。


「……アンタが、本当に嫌いなのは、なんだい?」

「・・・・・・・え?」


そう聞かれて、私は声が詰まった。


・・・私が、本当に・・・嫌いなもの・・・?


…私は、人間が嫌い…で……それで…



「だーかーらー、人間よ、人間。…他人はみんな、敵なの。」


火鳥さんが、すかさず答えた。

(そう、だ…私が嫌いなのは、人だ…)


でも、どうしてすぐに答えが出なかったんだろう…。

いつもなら、私は…どうして…



「……そうだわ、貴女、水島さんって言ったわね?」

「はい?」


火鳥さんは、私の方をみて、妖しげな笑いを浮かべた。





「・・・貴女、私と縁結びの儀式しましょうよ。」


「・・・・・・はぁッ!?」




私は、今日一番の大きな声を出した。

すると、火鳥さんは、両手を私の肩に置いて、落ち着くように促した。


「まあまあ、話は最後まで聞きなさいよ。

 いい?アタシも貴女も、この人生、人と付き合っていく気なんか、さらさらないでしょう?」


「・・・・・ええ、まあ。」


「…下手に恋愛関係なんか結んで御覧なさいよ。目に見えて面倒で、ややこしい未来しかないじゃない。

 会えない位で、ギャースカ泣いたり、つまんない詮索して、嫉妬して怒り散らしたり…

 女のややこしさは、同性なんだから、貴女も良く知ってるでしょう?」


「・・・・・・ええ、まあ。」


「・・・だから、アタシと貴女で、縁結びの儀式をするの。

 勿論、恋愛するわけじゃない。一時的に、儀式するだけの関係よ。それ以上の事は、一切なし。」


それじゃあ、まるでセフレこと、セックスフレンドでは無いか。と私は思った。


「ねえ、呪われてる同士でも、儀式ってやっても通用するのよね?オバサン。」

「・・・ああ、そうだね。女難にも入らないし。」


・・・なんという新事実!

女難の女に対し、女難の女は、女難に入らな・・・・・・早口言葉かッ!

つまり、女難の呪い喰らった者同士であれば、呪いの効力はなく、お互い、妙に好かれる事はない、というわけだ…!

・・・なるほど、どうりで火鳥が現れても、私の女難サイレンが鳴らなかった訳だ…!


(・・・そ、そうだったのか・・・。)



いや、納得している場合じゃない。問題はまだある。

重要な”前提条件”が、抜けている。


「・・・でも・・・儀式するには、相思相愛じゃないとダメなんじゃ・・・。」


儀式の相手は、相思相愛の相手。つまりは、自分が心から…〜な人とじゃないとダメなのだ。

 ※注 水島さんは自主的にカットしましたが、正確には『自分が心から好きな人じゃないと』です。


「…じゃあ、相思相愛の基準って何よ?」

「基準?」


火鳥さんは、右手の人差し指をクルクル回しながら、言った。


「人間の気持ちなんて、あやふやなものよ、基準なんか無いわ。

 だから、相思相愛ってのも、どこまでがそれで、どこまでが片思いかなんて、わかるはず無いじゃない。


 要は、お互いある程度、求め合っていれば、成立するのよ。そこに愛情なんか無くてもね。

 そう、ちょっと古いけど、仮面夫婦みたいなモンよ。愛し合ってなくても、夫婦にかわりは無いのと同じ。


 私達は、同じ目的の下に、お互いを求めるだけ…これでも十分相思相愛のハズよ?お互い、それで損は無いしね。」


「・・・!」


「…それに、私達、基本的な考え方は同じの筈よ。…大体、他人に、自分の人生を台無しにされたくないでしょ?」


「……」


確かに、火鳥さんと私の考え方は、似ている。

他人を自分の人生に関わらせたくないこと、他人との関係をややこしく、疎ましく思っていること。


・・・でも、この違和感はなんだ?


「…何、悩む必要があるのよ?どうせ、貴女もバカな女に振り回されているんでしょう?

 迷惑してるんでしょう?アタシも同じよ。男女問わず、人間と一生を共にする気はさらさら無いの。

 ロクでもない人間にばかり、好かれて迷惑極まりないわ。

 ねえ…この状況をどうにかするのに、アタシ程、都合のいい人間は居ない筈よ?

 それに、お互い、命がかかってるんだからね…選択の余地はないでしょ。」


彼女、火鳥さんと儀式をすれば、呪いは解ける。

そして、呪われた、同じ女難の女である火鳥さんと私は、それ以上の関係にならずとも、儀式を行える。

恋だ、愛だ、なんて言わなくても済む。そして、儀式終了後、つまりは、呪いが解けた後も、彼女と関係を続ける必要も無い。


私が今まで、避けていた、最もややこしい人間関係…『恋愛関係』を形成せずに済む。


利点は、たくさんある。拒む理由は、確かに無い。


「………。」

・・・でも、何かがひっかかる。

何かが、違う気がする。


・・・私は、火鳥さんと、何が、どう、違うのだろう。


…ここまで、人をバカにして無い分だけ、私の方が、人として、火鳥さんよりマシだと心の中で、そう思っていた。



・・・でも、第3者から見れば、どっちも同じようなモンなのかもしれない。


心の中で、他人を所詮そんなモンだと、見下していた。

反面教師のように。火鳥さんを見て、自分の嫌な部分を見ている気分だった。

下手に自分と似ている人物を目の前にすると、自分がどんなに嫌な奴かよくわかる。


・・・私は・・・なんて、嫌な奴なんだろう。



ただ・・・似ている部分はあっても、彼女と私では・・・決定的に何かが、違う気がしていた。



「今夜にでも、さっさと済ませて、お互い元の生活に戻りましょうよ。それで、また呪われたら、また儀式すれば良い話よ。」

火鳥さんは、そう言ってニッコリと笑った。

…それは、私に笑いかけているものじゃ、決してない。


自分が、呪いから解放される喜びの、笑みだった。


・・・ああ、そうか・・・火鳥さんにとって、私は儀式の”道具”なんだ。



(なんて、わかりやすい人なのかしら。親切すぎて、涙と笑いとゲップがいっぺんに出そうだわ。)


別に、相思相愛とか、愛のあるセックスとか、そんなモン、自分でもどうだっていいと思っていた。

この手の人間関係を、信用なんかしていないし。

どうせ、呪いを解いたら、元の生活に戻れるのだ。相思相愛の相手には悪いが、別れを告げる気でいた。

儀式できるチャンスがあれば、やってみてもいいかな、くらいに簡単に考えていた。


だが、それを実行しようとする人物を目の前にし

それを実行できるのだ、という現実が、目の前にある今。



・・・違和感の答えが、今…ようやく私の頭の中ではっきりと見えた。






「・・・お断りします。」




彼女と私は、違う。


そして、私は火鳥さんと、儀式はしては”いけない”んじゃなく、『したくない』とハッキリ思った。


火鳥さんの言葉に、私は、私に好意を寄せる女性ごと、自分をバカにされた気がした。

私がバカにされるだけなら、それもいいだろう。


だが、彼女達は…私と違って、個性的でややこしく、迷惑な部分はあるものの

普通の人間からみれば、十分魅力的な人間だ。


私が、彼女達を、好きか、嫌いかは、別として。


私は、彼女達をバカの一言で片付けられるほど、偉い人間じゃない。

ただ一人で生きて生きたいと願う、普通の女なのだ。


そして、何も知らない火鳥さんに、見ず知らずの彼女達をこれ以上、馬鹿呼ばわりさせておけない。



簡単に言えば・・・・なんか、コイツ、ムカつくから。


一体、コイツは、何様だ?


馬鹿にされたのが…自分だからか…それとも、自分に好意を寄せている人間だからか・・・?

いや、もう怒りの原因なんか、どうだっていい、コイツ…なんっか、ムカつく…!


ただ、コイツ、ムカつく…!


「・・・あんまり、賢い選択じゃないわよ?水島さん。

 貴女、ややこしい他人の女と恋愛関係なんて結んで、25回もその他人と交わりたいわけ?

 そんな事したら、どうなるかわかるでしょう?」


理解できないわ、と火鳥さんは言ったが、私にはハッキリとした結論がついている。


「だから…そんな貴女とするのは、尚更、嫌なんです。

 …どうするかは、自分で考えます。」


そう言って、私は、火鳥さんを睨みつけた。

火鳥さんは、少し呆れたような顔をしてから、息をふうっと吐くと、ニッと笑った。


いや、正確には…”喧嘩売るとは、いい度胸ね”の笑いだった。


「…そう、じゃあ…好きにして頂戴。

 まあ、気が変わったら、メールでも電話でも頂戴。それまで…そうね……
 
 フッ…私はせいぜいこの女難を利用してやるわ。」


そう言って、火鳥さんはテーブルに名刺を置いた。


「・・・・利用?」

私が聞き返すと、火鳥さんは、ニヤリと笑った。


「・・・そうよ、呪いの効力とはいえ、今は、女を惹きつける力があるんだもの。モノは考えようだわ。

 貴女がアタシに泣きついてくるまで、この呪い…いや、この能力を利用させてもらうわ。

 女は使いどころが色々あるしね。他人に利用される前に、アタシが利用してやるのよ。

 あそこまで、好かれたら、貢がせたり、会社の情報持ち出すのも、簡単でしょうね…せいぜい、骨の髄まで利用しつくしてやるわ。

 どうせ、呪いが解けたら、元通り。馬鹿女共は、寄り付かなくなるんだし、ね。」



女難を逆手にとって、火鳥はとんでもない事を言い放った。


女に好かれる事によって、起きる災難を…逆に利用するという事は…

自分に好意を寄せる人間を、利用するという事で……


・・・実際、ホントに、それをするのかは、知らんが・・・もし本気なのだとしたら・・・


(……最低か!コイツ…!!)



「…貴女が、呪われたの、今なら納得できます。そんな事、しなくたって生活するには、十分でしょう!

 貴女って…一体、どういう人なんですか…ッ!」


私は、火鳥と考え方が似ていると思っていた自分すら、憎らしく思えた。

・・・いや、自分と似ているからこそ、憎らしいのか。


私も、一歩間違えたら、こうなるのか?いいや、こうはならない!


自分にこんな部分があるのかもしれないと、意識するだけで、腹わたが煮えくり返りそうになった。


(・・・いや。こんなの、らしくない。落ち着け。私・・・。)


自分の感情を抑えようと、私は深く息を吸った。

ソレを見て、火鳥はまた笑った。


「ふっ…水島さん、貴女、アタシの事、嫌いでしょ?
 
 ・・・ますます、良い傾向だわ。


 嫌われたらこの先、貴女と儀式をしても、その後好きだのなんだの、なんて厄介な事、言われないで済むもの。

 それに…」


・・・一時期、儀式だけでも誰かと無難に済ませようと考えた事もあるが・・・


こうして、似たような人物に、言われると…非常に不愉快だ・・・!




「・・・それに、なんですか?」




「アタシも、アンタみたいな偽善者女、大嫌いよ。」




火鳥は、そう言い放つと背中を向けた。

私のどこが、何が、偽善なのかは、知ったこっちゃない。

呪われた事を前向きに考えるのは結構だが、私は、火鳥みたいに、人を利用する為に、この状態を活用するなんて考えない。

ただで、さえ、これ以上人と関わるのは、嫌なんだし。普通に生活したいだけなのだ。


背中を向けたまま、火鳥は、右手を上げて、人差し指だけを私に向けて言った。



「…まあ、名前からしてアタシ達、最初から、対立する関係だったのかもね?」




(…”水”島と”火”鳥…。)


出来すぎた話だ・・・火と水、なんて。



そう言い残して、火の女、火鳥は、ツカツカと歩いていった。




・・・・何かキザっぽくてムカつく・・・!



オマエなんか、火鳥じゃない!ゴリ子でもない!

キザ子だ!キザ子!!長ったらしい台詞を、渡鬼並に、喋りやがってッ!!

やーいキザ子!きな粉と似てるキザ子〜!黒乳首〜ッ!(勝手な予想)


※注 只今、水島さんが童心に返ってよくないハッスルをしております。ご了承下さい。



「・・・で、どうすんの?アンタは。」



心の中で、罵るだけ罵りまくっていた私を、オバサンは、呆れ顔で見ていた。


しばらく放っておいたのが、いけなかったようだ。



「今日・・・それ、相談に来たんですけど・・・」


「おや…自分で考えるんじゃなかったのかい?」


オバサンは、先ほどの私の台詞を言って、ニンマリ笑った。

それ以上、私も何も言えなかった。


「・・・まあ、あたしゃ、火鳥も水島の考え方も、否定はしないよ。人それぞれさ。」


そんな言葉で、あの女を野放しにしていいのかとも私は、考えたが・・・


確かに、他人の完成した考え方に口出ししても、よほどの説得力がなければ

その考え方は、間違っていると崩す事は出来ないだろう。


「でもねぇ、水島…」

「はい?」


「…人の縁は、不思議なモンでね…誰もが、一握りの縁しか、強く保てない。


 誰もが、意中の相手と結ばれる訳じゃない。

 結ばれたとしても、それは永遠じゃない。


 人と人との繋がりは、脆いんだ。」



「・・・・・・。」


「今のアンタなら、”脆くて結構”と思うかもしれないがね…

 いずれ、それがどんなに苦しく、辛い事かを…知るときが来るかもしれないし

 一生来ないかもしれない。これもまた、縁だね。」


黙る私の心を読むかのように、オバサンは笑いながらそう言って、商売道具を担いだ。



「・・・・・・。」


・・・黙って聞いてはいたが、私には、わからなかった。


占い師のオバサンは、私にテーブルの上にあった黒乳首の…いや、火鳥の名刺を渡すと

自分は『第2・第4の土曜日の夜にココにいる』と告げて、街の雑踏の中に消えていった。




「・・・はぁ・・・今日はなんだったんだか・・・」


時間は、まだ4時だった。

日も落ちておらず、空は明るかったが、別にする事もなかったので私は自宅へと足を向けた。


自室の前で、鍵を取り出すと、隣の部屋の扉が開いた。


「あ、今度は、やっぱり、みーちゃんだ。おかえり♪」


声を掛けたのは、お隣の伊達さんだった。


「なんだ、やっぱり今戻ってきたのね…」


そして、後ろからひょいと顔を出したのは、城沢海嬢だった。


「ふ、2人揃って…何を…?」


・・・意外な組み合わせだった。


「ん?あー…海ちゃんがね、みーちゃんのトコ、何度インターホン押しても出てこないって言うから
 
 私が、じゃあそれまで家で待つ?とか言って。お茶してただけー」


にへっと、子供みたいに伊達さんは、無邪気に笑った。


(ああ、なんだ…この2人がてっきり、仲良くなったのかと思ったら…)


「遅いわよ、水島…有給休暇取ったって言うから、てっきり、あたしとデートでもしてくれると思ったら、いないんだもの。

 とりあえず、何か飲ませてくれない?香里のトコ、お酒しかないんだもん」


と、海お嬢様は相変わらず、怒ってるんだか、なんだかよく分からない態度で私に話しかけた。


(どんだけ、前向きにできてるんだ・・・このお嬢様の意識は・・・

 というか、この2人打ち解けるの早いなぁ・・・。)


私は、そんな2人に感心しながら、違和感を感じた。



「ん・・・待って・・・”今度、は”ってどういうことです?」




私は、部屋に入ろうとしたが、動きを止めて2人に聞いた。



「「・・・え?」」


「いや、伊達さん、さっき言ったじゃないですか…『今度は、やっぱり、みーちゃんだ。』って…

 そうだ、海ちゃんも…さっき、『やっぱり今戻ってきた』って…。」



普段なら、気にもかけないんだろうけど、なんか気になる。



「ん?ああ…なんか、2時間くらい前に、水島のトコのドアが、開く音したのよ。」と海お嬢様。

「で、みーちゃん、戻ってきたのかなって、何度もインターホン押したんだけど、応答無くてねー。」と伊達さん。



”チクンッ…!”

「・・・・・・。」


・・・嫌な、予感がする。




それでも、私は、ドアに手を掛けた。

ドアは……鍵を差し込んでいないのに、開いていた。


「あれ?みーちゃん、無用心だなぁ〜…鍵、かけてなかったの?」


「・・・それは、おかしいわよ。香里。

 水島のトコの鍵、あたしが来た時も、2時間前もガッチリかかってたじゃない。」


「あれ?そうだったっけ?」


私は、2人の会話を後ろで聞きながら、ドアを開け、玄関を観察した。


・・・変な所は無いし、視界に入る部分に、部屋が荒らされた形跡はみられない。



全く、なんという有給休暇になってしまったのだろうか。

結局、悩みは解決せず、妙な女に出会った挙句、今度はドロボーに入られたかもしれないのだ。



「……水島…警察呼ぶ?」

海お嬢様が、冷静にそう尋ねた。それを聞くなり、伊達さんは、激しく動揺した。

「え、ど、ドロボー!?うそっ!?」


私は、靴を脱いで、部屋に入った。


「一応…とりあえず、入って確認してみます…。」


私は、そろりそろりと部屋に入った。

自分の部屋なのに、忍び足とは…


「……あれ?こんなの……」


テーブルの上には、私が作った覚えの無い料理が並んでいて、ラップもかけられていた。

肉じゃがに、ひじきの煮物…和食の定番のオカズが並んでいた。


・・・なんだか、気味が悪い・・・。


「水島ー?」

「みーちゃん!け、警察呼ぶ!?」


玄関の方から、海お嬢様と伊達さんの声がした。

私は、周囲を見回し、浴室、トイレ、クローゼット、人が隠れられそうな各スペースを見てみたが、人はいなかった。


「…大丈夫みたいですー…」

私がそう言うと、2人は部屋にはいってきた。


「…海ちゃんの勘違いだったのかな?」

「違うわよ、確かに鍵、掛かってたもの。・・・水島の勘違いよ。」


私は、苦笑いをしながら、いつの間にか招き入れてしまった女難チームの2人に、お茶を出そうと台所へ向かおうとした。

いつもなら、全力で自室にこもろうとする私だが、今回はスルーした。


まあ、それもそれでいいやと思いなおしたのだ。


(…確かに、人と関わるのは、嫌だけど…)




『…何、悩む必要があるのよ?どうせ、貴女もバカな女に振り回されているんでしょう?

 迷惑してるんでしょう?アタシも同じよ。男女問わず、人間と一生を共にする気はさらさら無いの。

 ロクでもない人間にばかり、好かれて迷惑極まりないわ。

 ねえ…この状況をどうにかするのに、アタシ程、都合のいい人間は居ない筈よ?

 それに、お互い、命がかかってるんだからね…選択の余地はないでしょ。』



確かに、私は女難に振り回されている。

結局、女性を自分の道具か何かとしか、見ていない黒乳首…いや、火鳥のような考え方は、やはり私にはできない。


『だから…そんな貴女とするのは、尚更、嫌なんです。

 …どうするかは、自分で考えます。』


・・・あーんな事を宣言してしまった手前、今更どうにも出来ない。


どうにか、迫り来る死を回避しつつ…元の生活に戻れる方法を探さねばなるまい…。

私は、やはり人と適度な距離を置き、生きていきたいのだ。そこだけは、未だ変わらない。


「…みーちゃん、TVつけていい?」



海お嬢様と伊達さんは、テレビの前に座って、足を伸ばし、くつろぎ始めた。


・・・・・・他人の家なんですけど、随分自由ですねぇ〜アンタ達ー。


そう心の中で突っ込む私。



”ピリリリ…”


すると、今度は私の携帯が鳴った。


私は、とりあえず、電話に出た。


「どーぞ、お好きに。でも、音量は下げて下さいね。


 ・・・お待たせしました、水島です。」



電話の向こうから聞こえてきたのは、聞き覚えのある声だった。



『もしもし?水島さん?…私、警察の遠野です。覚えてます?』


遠野さんは、婦人警官の女性で、私が、ストーカーのスト子(仮名)に監禁された際、調書を取った人物だった。

 ※注 詳しくは、水島さんは監禁中・参照。


「あ、はい…お久しぶりです。」


『実はですね…その…落ち着いて聞いてください。』


遠野さんの声は、緊張感ではりつめたような声だった。


「はあ・・・。」


ソレに対して、私の間の抜けた声。




しかし、遠野さんがそれを口にする前に、何気なくTVの画面をみた私は、凍りついた。



「続いてのニュースです。

 女性への拉致監禁、暴行・銃刀法違反の容疑で、逮捕されていた影山 素都子(かげやま もとこ)容疑者が

 今朝、拘置所へ護送する際、脱走しました。

 警察では、全力で影山容疑者の行方を追うとともに、何故逃走を許したか等の原因について詳しく調べて…」




・・・TVの画面に映っているのは、紛れもなく、以前私を監禁したストーカー


”スト子”だった・・・!



というか・・・影山素都子って…そのまんま、スト子って読めちゃうじゃないかッ!!


いやいや、そんなツッコミしてる場合じゃない!!

あのスト子が…逃げただってッ!?





『貴女の事を拉致監禁した、ストーカーが、今朝逃げたの…緊急配備したんだけど、間に合わなかったらしいの…

 逃走した場所から、離れているとはいえ、もしかしたら、そっちに行くかも知れないから…』




オイオイオイオイ!!何やってんの!?国家権力!!





「…へぇ〜…捕まっても、簡単に逃げられるモンなのねぇ〜…」

「女だと思って、油断してたんじゃないのー?ま、すぐに捕まるわよ。」


のん気な会話をしている2人に対し、私は、固まったまま、視線だけをテーブルに向けた。

全身の毛穴が開いて、ひんやりとした汗が出るような…そんな感覚。


(だとしたら、もしかして・・・)



これで、ぴったりとつじつまが合う。

二時間前に、私の部屋のドアの開いた音、その時にはしっかりと掛かった鍵。

私が帰宅した時に開いていた、ドアの鍵。


そして、テーブルの上の、用意した覚えの無い、この食事……


「ん?そういえば、どうしたの?みーちゃん、この食事。」

「…この季節、冷蔵庫に入れないで置いとくなんて……ちょっと、これ…何?」


そう言って、海お嬢様が、テーブルの上に並んだ食器の間から、紙切れをつまみ出し、広げた。


「…あ、何コレ…手紙?


 えーと・・・”私は、貴女を許す旅に出ます。戻って来るまで待っていてね”…だって。


 水島、なによ?コレ。」



・・・何かは、私が聞きたい。けど、言葉が出ない。



・・・間違いない!


スト子は、間違いなく、ココへ来たんだ!!


・・・鍵、こじ開けたのか!?合鍵か!?いずれにしても、怖い!怖すぎる!!





電話の向こうから、黙る私を不審に思ったのか遠野さんが、声を張り上げた。



『もしもし?水島さん?もしもし?貴女、今、自宅にいるの?』


私は、顔を引きつらせながら、報告した。


「と、とと、とお…遠野さん、す、すみません…き、きて、来てたみたいです…

 か、影山って人…私の部屋に、入ったみたい、です…な、なな、なんか、和食とかい、色々…身に覚えの無いものが…あって」


動揺しまくる私の言葉を聞いて、遠野さんは、落ち着くように私に、静かな声で言った


『……わかった、すぐ行くわ。それ以上、部屋のものに触っちゃダメよ?』


「はい…お願いします…どうか、早めに来てください…」



私は、電話を切って、その場に座った。


「水島…?」

「…みーちゃん?」


海お嬢様と、伊達さんは、私の様子に気付くと、何があったのかを聞いた。


私は、素直に2人にスト子の事を話した。


2人は、顔をしかめつつも、話を聞いてくれた。




「…なるほど、じゃあコレは、ストーカーの証拠品ってワケね?

 いい度胸してるじゃない。あたしの水島を監禁とはねぇ…」


聞き終わった海お嬢様は、肉じゃがを指差して、溜息をついた。

何気なく”あたしの水島”とか言ってるけど、あえてここはスルーしよう。ツッコミ入れる余裕ないし。


「…みーちゃんって女の子にモテるモテるとは、思ってたけど、そういう人にもモテるんだねぇ…」

…伊達さんの言葉は、どこかズレている…。




「いや、モテてるわけじゃないし、モテたくもないんですけど…。」



一応、心配はしてくれているだろう2人に、私はそう力なく言って、タバコに火をつけた。


とりあえず、落ち着かないと…。


スト子が、逃げた・・・。


スト子は、私を許す旅に出たと手紙に残し、消えた…。

旅が済んだら、戻ってくるとまである…!(つーか戻ってくるな…!)



何よ、許す旅って…大体、犯罪やらかしたのアンタだろーッ!?




私に許される旅じゃないんかい!?




そもそも、移送中に脱走してまで、旅に出るなよッ!単なる逃走だろうが!!




ともかく・・・あのスト子は、何をするかわからない・・・!

・・・危険中の危険な・・・女難、なのだ・・・!




「あ、みーちゃん、ストーカーからの手紙、まだ書いてあるよ。

 ・・・”追伸:とりあえず、貴女の実家を尋ねてみようと思います。”・・・怖っ」


「うわ、実家だって…怖っ。…水島、アンタ一体何したら、こんな女に好かれるわけ?」



そ、そんなの・・・



そんなの・・・私が、聞きたいわあああああああああああああ!!!


もう、嫌ああああああああああああああァ!!!




私は、携帯を取り出し、すぐ実家へと連絡した。




「……あ、もしもし?お母さん!?あのね!?いや、漬物の催促じゃないのっ!

 き、緊急事態なの!!あのね、私の事、尋ねてくる女が居たら、迷わず警察行って!!

 違うッ!借金じゃないって!いいから!とりあえず、その女を警察突き出して!!」





「水島って、行動早いよね…生き急いでるっていうか…。」

「うん、なんかいつも必死に生きてるよね…。」





「…だから、違うって!不倫相手の奥さんじゃないってッ!

 どんだけ娘の信用無いんだよッ!?話聞けよーッ!何笑ってんのッ!?

 ・・・必死過ぎてツボに入った?おいコラ、ババアーッ!娘を笑うなッ!」




「水島のお母さんって…。」

「うん、どんな人なんだろうね…。」




・・・私は、女難の女。女にまつわる災難が、容赦なくやってくる運命の女。




私の耳には、火鳥の『ほうら、アタシと儀式しとけば良かったのよ』という高笑いが聞こえたような気がした。




ち、チクショウ・・・ま、負けるもんか・・・!(泣)


私は、私なりに…この呪いと戦ってみせる・・・っ!!!



でも、もう挫けそうだ……!!







・・・ちなみに、影山素都子は、未だ捕まっていないという・・・。






『水島さんは有給休暇中』・・・END









ーあとがき。ー



今回は、物語の進展を重視して、笑い少なめにお送りしました。


黒乳首こと、火鳥さんという、ライバル(?)キャラ出現でさらにややこしくなる水島さんの近辺。

脱走したスト子は、どこへ行くのか!?いつ戻ってくるのか!?何気に本名そのまんまだった素都子こと、スト子!

そして、一晩で歳の数だけヤるって儀式はいかがなものか。(自分で設定しておいて、どうかと思います)


・・・反省点たっぷりです。


でも…今回、ちょっと、パンチが少なくて、物足りなさを感じている(?)そこのアナタ!


・・・次回は、通常の水島さんでお送りします、ご安心下さい♪