私の名は水島。

悪いが下の名前は聞かないで欲しい。

年齢25歳。いたって普通の事務課の独身OL・・・・・・だった。


私は人嫌いだ。

その人嫌いのせいで、ある日を境に呪われた身となり、好きでもなんでもないややこしい人間・・・

とりわけ女性に好かれ、ややこしいトラブルに巻き込まれる・・・という不甲斐無い、女難の日々を送っている。

そんな女難の女の私だが、溜息が出てくるのは”女難”だけに留まらない。


不況だ、ボーナス減額だと叫ばれ、タバコ税が上がるというこの社会情勢・・・。


だから、独身OLにとって『安売り』・『セール』は、大変ありがたい事である。

スーパーの生鮮食品から始まり、服にいたっても、ワンコイン(500円)で済んでしまう。

いや、最近は・・・それ以下もあるというのだから、驚きだが・・・品質をどこか疑ってしまう自分がいる。


入院だ、死に掛けだ、なんだかんだとかなり出費してしまった現在の私だからこそ、お金のありがたみがわかるのであって・・・。


だが。


・・・だからって・・・。


『いらっしゃいませ〜!いらっしゃいませ!只今!レディース服、50%OFFです!』


・・・時に、安売りは身を滅ぼす、というか・・・。



「・・・・・・・。」


女難の女が、帰り道に何気な〜く寄ったデパートで『不況だからこその安売り』に踏み切った現場に出くわしてしまうのは、仕方ない・・・としても、だ。


「きゃー!」「それ、あたしのよ!」「破けちゃうじゃないの!」「これのLサイズないの!?」


『押さないで下さい!押さないで下さい!商品はまだまだございます!』



「・・・・・・・。」



・・・という訳で。


今、私は・・・女性だらけのバーゲン会場の・・・よりにもよって、ど真ん中にいて動けない状況に、ある。





「・・・た、助けてー!!!」







[水島さんは試着中。]





「いてっ!?」


こ、こんな事なら、さっさと帰れば良かった・・・!”安売り”なんかより、私は女難を・・・痛ッ!!

・・・それより、誰だ!?さっきと今!私の足を踏んだのは!?さては、ピンヒールだろ!?この痛みは!誰だ!?コノヤロー!


・・・いや、落ち着け。冷静になるんだ、私。


まだ・・・まだギリギリ、女難じゃない・・・!!

私が、ただ単に女性ばっかりの白熱し過ぎたバーゲン会場にいて、ちょっとパニックになってるだけだ・・・!!

ていうか足の甲がすっごく痛いんですけど・・・ッ!

・・・やだなぁ・・・骨折の可能性もあるかも・・・家帰ったら、ちょっと見てみないと・・・。

湿布でなんとかならなかったら、接骨院行くか・・・いや、いっそちゃんとした病院に・・・

でも待ち時間を考えるとやはり、接骨院か?いやいや、でも、接骨院は当たりハズレがあるからなぁ・・・


※注 現在、水島さんは、あまりの足の甲の痛みに若干、集中力に欠けており、ナレーションが逸れがちになります。ご了承下さい。


・・・いや、落ち着け。冷静になるんだ、私。(2回目)

・・・そして、足の痛みも大分引いてきたぞ・・・どうやら骨折じゃないみたいだ・・・良かった。


よし!とにかく!今は、落ち着くんだ!(3回目)そして、このバーゲン会場からの脱出の糸口を・・・



「きゃー!」「ちょっと引っ張らないでよ!」「ママは忙しいから!翔ちゃん、あっち行ってなさい!」

「破けちゃうじゃないの!」「これのLLサイズないの!?」





落ち着けるか――ッ!!!!




何サイズかはタグを見やがれ!タグを!あと子供の面倒もみろ!そして私を押すなっ!コノヤロー!

こちとら、空腹なんだからみぞおち(胃)部分押したら胃液が出るわよっ!いいのね!?ホントに出るぞ!!

・・・って、心の中でツッコミ続けていてもしょうがない。


(・・・いや、何を熱くなってるんだ、私よ・・・!)


熱狂しきったバーゲン会場はある種・・・戦場である。

その人間・・・いや、物欲と激安という言葉で”闘士”と化した女達が暴れる、この戦場に・・・

人嫌いで人を避けてきた女が、冷静さを保つなど、当然、無理な話なのだ・・・!ただ、もみくちゃにされて、踏まれるだけだ・・・!

現在・・・いわゆる”おしくらまんじゅう”状態の・・・あんこと皮の中間部分にいる私。

・・・一見、あんこが一番圧力がかかりキツそうに思えるが、実は・・・

人数によっては皮とあんの間が実は一番、揺すぶられてキツく、危険なの「痛っ!?」

踏まれた!ていうか、また踏まれたッ!誰だよ!?バーゲン会場にまで、ピンヒール履いてるヤツは!心の中の語り途中で分断されたじゃないか!

心の中で言っておきますけど!お前の脚線美は、バーゲン会場で何の効果も発揮されませんからね!バランス崩すだけの凶器ですからねッ!!

ていうか、誰だ―ッ!!せめて、一押し・・・いや・・・唾液もしくは、胃液かけるぞ!コノヤロー!その気になれば胆汁も出すぞッ!!

※注 現在、水島さんは慣れないバーゲン会場の熱気に晒されて狂犬化しつつあります。決して真似をしないでください。それから、胆汁は自由自在には出せません。



とにかく、この会場から抜け出さなくては、本当に足が・・・女難から逃れる為の必須の私の足が・・・やられてしまう・・・っ!


そうなったら・・・そうなったら、なんか・・・なんか、なんか色々あって・・・・・・もう・・・死ぬッ!!

※注 水島さん、極論に達しました。



私は必死にバーゲン会場脱出を試みる。

だが、商品を掴もうとする飢えた闘士達の力の方向と、真逆の方向に進むには、私の力はあまりにも・・・小さ過ぎたのだった・・・。

もがいてももがいても、引き戻され、女達の香水と汗の臭いに、胃液が本格的にあがってきていた・・・!

・・・ダメだ・・・抜けられない・・・限界(吐きそう)だ・・・!


遂に、女難も関係ない場所で散る(大勢の人前で吐く恥をかく)のか、とすら思ったが・・・その時。


(・・・・あれ・・・?)


極限状態にまで追い詰められた私は、ふと・・・商品を掴もうとする女達の手が、まるで・・・”波”に・・・この人ごみ自体が・・・”海”に見えてきた。


(・・・そうだ・・・なまじ足だけで、歩いて人ごみから抜けようと思うからダメなんだ・・・こうなったら・・・)


こうなったら。



・・・人波を・・・”泳ぐ”しかない!!

※注 水島さん、極論に達しました・・・パート2。


「うおおおおおおおおっ!!」





・・・私は”荒波”に闘いを挑んだ。




― そして、その15分後 ―




『本日はご来店いただき誠に、誠に、ありがとうございました!大変申し訳ございませんが・・・本日50%OFFの品は、完売いたしました!

またのお越しを・・・またのお越しをお待ち申し上げております!!』



「あ、あの・・・主任!」

「なに?クレーム?」


「女性が・・・何故か、女性が一人・・・空の商品ワゴンの中で倒れています!」

「・・・お・・・お客様―っ!?」



・・・私は・・・泳ぎ、きれなかった・・・。

あの荒波は私の予想を遥かに超えて凄まじく、強大で、私は泳ぎきる事は出来なかった・・・ていうか、両足踏まれたから・・・動くも何も・・・。


「あの・・・お客、様?・・・だ、大丈夫・・・でしたでしょうか?」

「あ、はい・・・大丈夫です。・・・今、降ります・・・。」

ワゴンの中で、力なく突っ伏す私に誰一人声は掛けなかった。

声を掛けてくれたのは”売り場主任”のネームプレートを付けた20代後半らしき店員さんだけだ。


うふふふ・・・都会なんて、そんなもんよ・・・。

・・・だが、これでなんとか、帰れる・・・。


「・・・あのお客様、ご気分が悪いのでしたら・・・こちらの休憩室までお連れ致しますが・・・。」

「あ、大丈夫で・・・す・・・。」

ワゴンの中で突っ伏す客なんて、警備員に摘み出されると思っていたが・・・さすが客商売・・・。

主任の女性は、思ったよりも優しく丁寧に対応してくれた。


「どうぞ、遠慮なさらず。さあ、肩につかまって下さい。どうぞ・・・。」


主任らしき女性は、力尽きた私の腕をとり、肩にかけると、そのまま私を休憩室まで運んでくれた。


「・・・安藤さん!安藤さーん!私、休憩室にいるから、売り場お願〜い!!」

「あ、はーい!」


キビキビと売り場を仕切る主任のネームプレートには「小泉」と書かれていた。

髪の毛は肩までの長さで、きっちりと揃っており、乱れも無い。あのバーゲン会場にいるにも関わらず、化粧崩れもしていない、それも目鼻立ちがくっきりとした美人だ。
そして、キビキビとした動きと口調で、売り場を仕切っている姿に、私は、主任のプレートは伊達じゃないな、と感じた。


「・・・あの、お客様・・・つかぬ事をお伺いしますが・・・貧血、か何か持病をお持ちでしょうか?」

小泉さんはそう言いながら、私の方を心配そうに見た。


「いえ・・・波に、いや・・・人に、酔っただけです・・・。」と力なく歩く私に対し。


「セール中とはいえ、こちらの配慮が足りませんで・・・本当に申し訳ございません。」と小泉さんは言いながら、カーテンを開けた。

狭い空間に大きな黒いソファが一つあるだけで広さは、ウチの事務課の給湯室並みの広さだった。


「いえ、そっちに非は全然ないですから・・・」


・・・そう言うしかないだろう。大体、どこをどうしたら、商品ワゴンに女が一人、突っ伏していられるというのか。

・・・・・・・当たり前だけど・・・変にテンション上がっちゃったのも敗因だけど・・・気付くのが遅かった・・・。





『・・・人ごみは避けるものであって・・・泳ぐもんじゃないよね・・・』




・・・それから・・・。



 ” チクン! ”



「・・・・はっ!?」





『・・・油断大敵、だよね・・・』




不意を付くように、あのサイレンが私の頭に響き・・・それと同時にカーテンも”シャッ!”と、勢いよく閉められた。


し、しまった―ッ!?・・・いや、今のは、駄洒落じゃなくて・・・って言ってる場合か!!


まさか・・・こんな時に・・・スタミナ切れの時にやってくるとは・・・!



「お客様、ご提案がございます・・・」

カーテンを閉めた後ろを向いたままの状態で、小泉さん(婦人服売り場主任)は小さな声で言った。


「・・・な、な・・・なん、なんですか・・・っ!?」

そのご提案・・・なんとな〜く・・・察しがついてしまうのは・・・私の経験上と、あのサインから、だった・・・。


「・・・お客様に特別似合う服をお見立てしたいので・・・少々、サイズを測らせていただけますか?すぐ、終わりますので。」

そう言って、小泉さんはくるりと振り向くと同時に、私のYシャツに手をかけてきた。


「ちょ、ちょちょちょちょちょ、ちょっと!まままま、待っててっててて!」

※注 ラップじゃありません。



「休憩ついでに、お客様のヌードサイズを測らせて下さいッ!それ以外の事は、何にも・・・・・・・・・・しませんから!!」


そう言いながら、メジャーを縄のように操り、私にそれをかけようとギラギラした瞳を向ける。

お馴染み・・・・・その飢えた瞳と赤く染まった頬・・・を私に見せ付けながら!


「い、いいいです!いいですって!なんですか!?ヌードサイズって!!(しかも、今なんか妙な間があって怖ッ!!)」


に、逃げなきゃ・・・仕立てられて・・・結果的に喰われる―ッ!!


「え、遠慮なさらず・・・!ハアハア・・・。」

「いや、遠慮じゃなくて!!(い、いやー!ハアハア言ってる―ッ!?よくも主任やってられるな!オイ!)」



しかし、スタミナ切れの今の私の身体に、抵抗する力など残ってな・・・・・・・・・






・・・諦めるのか・・・?


ここで、本当に、喰われていいのか・・・?



・・・嫌だ・・・!



・・・力が無い、なんて・・・

・・・スタミナが無いからだなんて・・・



そんな事を言い訳になんてしない!そんな事、こそ!”無い”わ!!


・・・限界は己が決める事・・・限界を超えてこそ、それは己の力となるんだ・・・ッ!!



※注 只今、水島さんはバーゲン熱の効果により、普段より訳の解らない熱血傾向がみられます。キャラ路線変更ではないのでご安心下さい。



(足が、疲労と痛みでどうにもならないのならば・・・!)

私は、自分の上にのしかかろうとする小泉さんを、体を捻って避け、床を素早く這い蹲るように・・・もう殆ど、手で動いていた。



それは、まるで早送りの匍匐前進か、自分で言うのもなんだけど・・・気持ち悪い半死半生のゴキブリのような動きで、休憩室から、全力で逃げた。


「な、な・・・!?」


・・・小泉さんも驚いて、私を追うのを躊躇う程のこの動き・・・!

どうだ!情けないだろう!人はこんな動きも出来るのよ!!

※注 只今、水島さんの精神が乱れております。ご了承下さい。


周囲の人間も、床を物凄い勢いで匍匐前進してくる私を、悲鳴や驚きの声を上げながら、避けていく。


・・・25歳にもなって、こんな事をデパートでやるのは本当は物凄い恥ずかしいのだが・・・

あのまま辱められるのならば、自ら恥をかいてでも、逃げて生きていたい!!



・・・ただ、それだけだった。



普通に孤独に生きたい。・・・・・・その一心で、私は逃げた。




『お客様のまたのお越しを、従業員一同お待ちしてお・・・




「うおおおおおおおおおおおお!!(泣)」



『・・・りませーんッ!お引取り下さいッ!!誰かッ!誰かーッ!!警備の人ーッ!

もう万引きGメンさんでもいい、呼んで―ッ!早く!不審者がーッ!』


ふざけんな―ッ!!とっ捕まってたまるかーッ!不本意に不審な動きしてるだけで不審者じゃねえやい!




※注 一般的にそういう人を、他人は『不審者』と呼びます。



(・・・うっ!・・・胃液あがってき




※注 以下省略します!!





― 1時間後 ―



全力の匍匐前進で、一旦身を隠せる場所を探し、休憩をとると私の足はなんとか動いてくれるまで回復したのだった。(幸い、胃液も外に出なかったし・・・)



そして、私は無事、帰宅できた。

・・・いや、正確には、通勤用のスーツ一着を犠牲にした。(そして、成人女性としてしちゃいけない動きをデパート内でやった。)


「・・・ありがとう。」


・・・去年買った9800円のスーツ。9800円なのに、よくぞあの摩擦の連続にここまでもってくれた。

これだけ丈夫じゃなかったら、右半身モロ出しで帰宅しなくちゃいけなかったものね・・・。


私は、すっかり右半身がボロ雑巾のようになったスーツにお礼を言い、捨てようと思ったが・・・クリーニングに出す事にした。

クリーニングから戻ってきた9800円のスーツは…2800円まで値下がりしたような残念なスーツになっていたが、やはり捨てるのは躊躇われた。

・・・なんだか、変な愛着が湧いてしまった9800円のスーツは、私のお守りみたいなモノと化して、箪笥に今も眠っている。


「・・・エコって事に、しよ・・・。(全然違うけど。)」


そう呟きながら、私は今日もネットで、同じスーツを注文した。


『・・・基本的に、水島さんのショッピングは、インターネットである。』



― 水島さんは試着中(試着してねえじゃん!)。・・・END ―



あとがき


このSSは、小ネタSSとして、WEB拍手に上げていたモノです。

本編『水島さんはご臨終。』では人間的成長をチラ見させた彼女ですが、根本的には、やはり変わってない部分もあるようです。(苦笑)

人間、そうそう簡単には変わりませんよね〜。